「暑いな……」
僕は額に浮いた汗を手拭いで拭きながら長い坂道を登る。しかも大きな荷車を引きながらだ。余り肉体労働を得意としない僕にとって、この苦行は拷問にも等しい。
照り付ける太陽が容赦なく僕の身体から体力と水分を奪っていく。真上からの日差しと地面からの照り返しで効果は倍だ。はて、僕は一体何をやっているのか。こんな炎天下で、こんな荷車を引いて、こんな汗水垂らして。
思考がうまく働かない、自分が何をしているのかも判らないまま、それでも足は動きを止めようとしない。
「あぁそうか、仕入に来たんだっけ……」
この間、魔理沙が僕の店で暴れたせいで……いや、あれは僕が悪かった。魔理沙のせいにする訳にはいかない。しかし、狙った訳でもないだろうに僕の店の中でも比較的価値のある物を的確に壊していた。
さすがに名うての蒐集家、壊す時も選定眼は確かなようだ。
魔理沙を責める事は出来ないとはいえ僕にも生活がある。店の修理は魔理沙が手を貸してくれたものの商品の仕入をしない事には売る物がない。生憎、無から有を生み出すような事も出来なければ他所から仕入れる為の先立つ物がない僕には、外界からの漂着物を当てにするしかない。
いつもの墓の裏では目欲しい物などたかが知れている。そうして僕は普段出向く事のないもう一つの穴場へと向かっているのだ。
滝のような汗が地面に流れ落ちる。落ちた汗が地面に黒い染みを作り、点々と僕の歩んだ道程を印付けていく。だがその痕跡は強い日差しに炙られ三歩も歩かぬうちに跡形もなく消えていく。
まるで人生のようだ、とは思いこそすれ口にはしない。人生なんぞを語るには僕は年を取り過ぎている。人生や夢や将来について口に出来るのは若者の特権だ。大人になれば日々の生活に押し流されるだけ。色々なものを妥協し、阿り、諦めたならば、そのような事を口にする資格はない。
もうそのような猶予期間(モラトリアム)は終っているのだ。口にする前に手を動かさねばならない。
「―――て、考えてしまっているじゃないか」
僕もまだまだ修行が足りない。
長い長い坂道をやっとの思いで登りきる。眼下に広がるまだ延々と続く道。目的地まで未だ遠い。僕はげんなりとして荷車に乗せていた水筒を開けると一気に呷った(あおった)。
荷車を路肩の木陰に寄せると荷台の上に寝転がる。無理をして倒れでもしたら身も蓋もない。
何、焦る事はないのだ。腐るものでもあるまいしのんびり行こう。
魔理沙の「怠け者め」という声が聞こえた気がしたが、とりあえず聞こえない振りをした。
『瓦礫と夕日と壊れたラジオ』
目的地に着いた時にはすでに大分日が傾いていた。これから使えそうな物を選別し積み込んでいたら家に帰る頃には夜になるだろう。
「ま、涼しくて良いか」
できるだけ前向きに考えよう。
しかし、どうも最近自分への言い訳が多くなった気がする。他人は騙せても自分を騙す事など出来はしないのに。
いや、そうでもないか、騙される側が何よりも騙される事を望んでいるのだ。これで騙せないような三流詐欺師が他人を騙す事など出来る筈もない。
「さて、と」
僕は目の前に広がる瓦礫と鉄屑の山を見渡す。
幻想郷は立地条件と結界で外界と遮断されている。妖怪の中には結界を自由に出入りできる者もいるがそれは余りにも限られた例外であろう。
しかしどうやら結界には隙間が開いているらしく、時折こうして外界の物が流れ着く。ここはその吹き溜まりのようなものだ。生憎、これらの物が結界を越えてきた瞬間に立ち会った事はない。
ひょっとしたらあのスキマ妖怪が、外の世界から拾ってきた物を此処に捨てているのかもしれない。
まぁ、どちらにせよ捨てられている物だ。遠慮なく頂くとしよう。
大きな物から小さな物まで様々な物が山と積まれている。どれもこれも使えるのか使えないのか一体何を目的として造られた物なのか、さっぱり見当も付かない塵の山。これだけあれば他の者には塵でしかなくとも何某かのお宝も眠っている事だろう。僕は自分の能力に感謝する。
『名称と用途が判る程度の能力』
魔理沙などに言わせると「つまらん能力だな」と一蹴されるが、古道具屋としてこれ程相応しい能力はあるまい。この能力のせいで他の職業を選択する機会を捨てたとすれば、呪われた能力とも言えるかもしれないが。まぁ、どちらにせよ僕は今の自分に満足している。それで十分だろう。
取り敢えず手近にあった大きな鉄屑に手を触れる。
「ふむ……名称は『自動車』、用途は『人や物を乗せて走る』か……これは良い」
これを使う事ができれば帰りにあの長い道程を歩かずに済む。僕は『自動車』を繁々と眺めた。
窓は割られ、表面は錆びだらけの襤褸の金属の函。さて、これがどうやって走るのか。
側面には小さな車輪が4つ付いている。成る程これを転がして走るようだ。基本的には僕が運んできた荷車と同じなのだろう。函の中に布張りの椅子が付いているところを見るとやはり人は中に乗るらしい。覗いてみると右側の椅子の前にも車輪のような物が取り付けられている。中で回すのだろうか? 時計もそうだが小さな歯車を回すことで大きな歯車を回す絡繰りがある。きっとこれも中の車輪を回す事で外側の車輪を回すのだろう。
「……試してみるか」
四苦八苦して扉を開け椅子に座る。狭苦しいが柔らかくて座り心地が良い。店の椅子よりも上等なんじゃないだろうか。
函の中から見る景色は屋根を板で区切られている所為か、妙に先まで見通せる気がする。いつもよりも低い視点は中々新鮮だった。
座ってみると目の前の車輪以外にも色々な部品が付いているのに気が付いた。扉の脇についた帯、左の手元には先に丸い飾りの付いた黒い棒、足元には三つの板切れ。僕の能力では物の総体としての名称しか判らないので、これらの部品が何の為に付いているのか皆目見当が付かない。
とりあえず最初の目論見通り目の前の車輪を回してみよう。
きりきりきり……右に回す、何も起こらない。
きりきりきり……左に回す、やっぱり何も起こらない。
車輪の後ろに付いていた棒を押したり引っ張ったり、左手の棒を倒してみたりしたがぴくりとも動かない。
「ははぁん、成る程」
どうやらこれには動力が必要なのだ。こういう事は今までにもあった。
特に壊れているようには見えないのにうんともすんとも云わない絡繰り。蒸気や発条(ぜんまい)仕掛けであれば何となくでも判るし、魔法で動くとなればそれなりに伝手(つて)もある。しかしエレキテルや燃料で動くとなると一筋縄ではいくまい。今日動かすのは諦めた方が良さそうだ。改めて調べに来よう。
「しかし……『自動車』ね……自力で動くのか、凄いな」
ここまで汗だくで荷車を引いてきた身としては、その用途の素晴らしさに素直に感心する。
しかし何というか……この『自動車』という物の形状には妙に惹かれるものがあった。直線と曲線の有機的な組み合わせ、表面を覆う金属板は錆だらけで、ところどころ塗装が剥げているものの未だ玉虫色に輝いている。この色といい形といい巨大な昆虫のようだ。ひょっとしたらカブト虫のように翅(はね)を何処かに隠しているんじゃないか。
例え壊れて使えないにしても手元に置いておきたい、そう思わせる何かがある。
「って、何処に置こうというんだ」
店も倉も満員御礼。流石にこれほど大きな物を置いておく場所などない。使用方法が判らず売り物にならないなら諦めるしかないだろう。
屋敷の空間を自在に広げる事が出来るというメイドが羨ましい。彼女に借りを作るのは後々怖い気もするが試しに今度お願いしてみようか。
僕は『自動車』から離れ、他に掘り出し物がないか散策を続けた。
「名称『目覚まし時計』 用途『時間を大声で知らせる』」
「名称『ガスコンロ』 用途『火を起こして調理する』」
「名称『ビデオデッキβ』 用途『映像記録を録画、再生する』」
「名称『ネオジオ』 用途『100メガショック』」
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僕は比較的小さな物を拾い集めては荷台に載せていく。
使い方の判らない物ばかりだが詳しい検分は持ち帰ってからにしよう。瓦礫は山と積まれており全てを検分するのは一生掛かっても無理そうだし、下手に昇ろうとすると崩れる危険がある。
僕は山の麓を荷車を引きながら回っていった。あぁ、もう夕方になりつつある。急がないと此処で野宿する羽目になりかねない。
その時、僕はやっとその声に気が付いた。
「うんしょ、うんしょ」
丁度、僕と山を挟んだ反対側にいたせいだろう。相手も僕に気が付いていないようだ。
僕は荷車を置いてこっそり声のする方に向かう。別に悪い事をしている訳ではないが、こんな人里離れた場所にそうそう普通の人間が来るとも思えない。もし妖怪だったら面倒な事になる。瓦礫に身を隠しながら声のする方をそっと覗いてみた。
「うんしょ……ん、何か引っ掛かってる? ん、ん! ん~~~!!」
そこにいたのは白いシャツに青いワンピースを着た女の子。髪も水色で気の強そうな瞳が印象的だった。
ただし人間ではない。人間にはあんな透明な羽根は生えていない。おそらく妖怪か妖精の類であろう。
女の子は顔を真っ赤にしながら何かを引っ張っている。何を引っ張っているか知らないがそんな力任せに引っ張ると……
どんがらがっしゃん!
「んにゃぁぁあああああ!!!!」
ほら、やっぱりね。
瓦礫に埋もれてじたばたともがいている足先。
一瞬見なかった事にして立ち去ろうかと思ったが、このまま見捨てるのも後味が悪い。余り危険そうな相手でもないし……
「大丈夫かい?」
「!? 誰よ?」
瓦礫の中から声がする。さすが人外、子供のような姿でも中々頑丈だ。
「僕はしがない古道具屋だよ。君は妖怪かい?」
「氷精よ! そんな事よりぼーっとしてないで助けなさいよ!」
足先がじたばたじたばたと動く。やれやれ、助けて貰おうというのに口の利き方を知らない奴だ。
本気で見捨てようかと思ったがこのまま自力で脱出は無理だろう。それに口の利き方を知らない奴の相手は幸か不幸か慣れている。
「上の瓦礫を退けるよ。下手に動かない事。また崩れるからね」
「う、判った」
やっと落ち着いた足先を跨ぐようにして僕は瓦礫を退けていく。比較的軽い物ばかりで助かった。余り重たい物だとこうはいかない。
その場合、助ける必要も無くなっていたかもしれないが。
「ん、これは! 名称『青銅の仮面』、用途『祭事に使用する』 ほぅ……造形的には未熟ながらも中々に味があるな。僕の知ってる祭事とは異なるようだ。異国の宗教かな? かなり古い物のようだが妙に惹かれる物がある……うん、これは良いものだ。
おや、こちらは……名称『丼』 用途『食器』、ふむ、しかし只の丼じゃないな。純朴な土の薫りがする無骨な造りながらも表面に浮く縞模様は緻密な計算の元に成り立っている。うむ、実に手に馴染む。無骨に見せ掛けているが使う者の事を考え抜かれた一品だ。
やはり道具というものは使う事を前提に生み出されるべきで、只の芸術品と成り下がった道具などその本質からすると死んでしまっていると言わざるを……」
「何やってんのよ! ブツブツ言ってないで早く退けて!」
は! いかんいかん、思わず鑑定に精を出してしまった。しかし彼女の上に覆い被さった瓦礫には妙に掘り出し物が多い。価値のある物を引き付ける幸運のようなものを持っているのだろうか?
ま、幸運なら瓦礫に埋もれる事などないだろうが。
僕は彼女の上に覆い被さった瓦礫を慎重に退けていく。彼女には悪いが手荒に扱うには勿体無いような代物ばかりだ。後でじっくり鑑定するとしよう。
「よいしょっと、これで最後だ」
僕は彼女の上に覆い被さっていた一際大きい函を退ける。函に触れた時その物の名称が僕の脳内に浮かんできた。
名称『冷蔵庫』、用途『食べ物を冷やして保存する』
「っっっぷはっ!!」
彼女がやっと顔を上げた。服も顔も泥だらけだが特に怪我はなさそうだ。
「ぅえ~~ぺっぺっ!!」
口に入った泥を吐き出している。年頃の女の子だろうに余り品がない。
「改めて……大丈夫かい?」
「大丈夫な訳ないでしょ!」
ふむ、言われてみればもっともだ。どうして人は怪我をしたり病気に掛かっていると判り切っている者に対して「大丈夫か?」などと問い掛けるのだろう。そしてそれに対する答えの多くが、「大丈夫だ」というのも理不尽だ。
言葉は正しく使わねばならない。僕も今後は気をつけよう。
「ではもう一度改めて……怪我はないかい?」
「……ないと思う」
彼女は立ち上がると服に付いた泥を手で払う。警戒心全開の瞳をこちらに向けたままで。
全く助けて貰っておいて礼も言わない、妖精というのは恩知らずなものだ。
じーっ
彼女はこちらを睨んでいる。
じーっ
まだ彼女は睨んでいる。
じ、じ――――っ
「……何か用かい?」
「あ」
「あ?」
「あ」
「あ?」
「ありがとっ!!」
彼女はそう言い切ってそっぽを向く。耳まで真っ赤だったのを僕の目は見逃さない。
「くっ、くくく……」
「何、笑ってんのよ!」
認識を改めよう。妖精は恩知らずではない。中々気難しいようだが可愛いものじゃないか。
「いつまでも笑ってんじゃないわよ!」
彼女の叫びが瓦礫の山に木霊する。僕の笑いは中々収まりそうになかった。
「君は此処で何をしてたんだい?」
「宝探しよ」
僕たちは『冷蔵庫』に腰掛けていた。彼女の顔にまだ泥が付いていたので、僕の手拭いで拭ってやる。
「……ありがと」
余りお礼を言う事に慣れていないのだろう。できるだけ表情を変えずに礼を言っているつもりらしいが、顔がほおずきみたいに赤くなっている事に自分では気付いていない。
何となく子供の頃の魔理沙を思い出した。そういえばあの頃の魔理沙もこんな感じだったな。
「宝探し? 何か良い物でもあったのかい?」
「ん? ん~~~あ! そうだ!」
彼女は『冷蔵庫』から立ち上がると先程自分が埋もれていた場所へと駆け寄る。
「えーと、えーと……あった! これ!」
彼女が指差す方向を見ると、何やら木製の函が瓦礫の中から半分だけ顔を出している。
見た感じ小物入れのようだが、表側にツマミのような物が付いている所を見ると何かの機械かもしれない。
「よっこいしょ」
「あー待て待て、また崩れるぞ」
「はぅ!」
彼女は再びその機械を引っ張り出そうとしていた。先程の惨劇をもう忘れてしまったらしい。
「こういう時は慌てずに上から順番に退けていかないと駄目だ。只でさえ崩れやすいんだからね」
「むー判ったわよ!」
僕と彼女は交互に瓦礫を退けていく。
退けた物もそれなりに価値がありそうなので慎重に退けていこうという僕の主張と、そんな面倒な事やってらんないという彼女の主張が真っ向から衝突し僕達は喧々囂々の議論となる。
「こら! 物を投げるんじゃない! あ、ちょっと待て、今のその壷、ちょっと見せ……」
「ちょっと! 何てれてれやってんのよ! 日が暮れちゃうじゃな……」
「こ、これは! 名称『PCエンジン』、用途『ギャルゲー』、何だ、この胸の高鳴りは!!」
「ひゃあ! 何これ! うぃんうぃんって動いてるー!! やー気持ち悪ぅ!」
・
・
・
・
誠に賑やかだ。余り騒がしいのは苦手なのだが。
いつも仕事は一人でやってきた。大きな物を掘り出す場合人足を雇う事もあるが、基本的には一人だ。
それが故に仕事に没頭できる、物の声無き声を聞く事が出来る。それが僕の誇り。
目の前の名も無き物と真摯に向き合いその名前を問い掛ける。それは神聖なる再生の儀式。
打ち捨てられた物を再び名付け、使用する事で新たなる生命を注ぎ込む。それが僕の仕事。
だけど……偶にはこういうのも良いかもしれない。
誰かと共に行う事。1+1は必ずしも2にならずマイナスとなる時もある。だが余り時間に囚われる事のないこの幻想郷において、マイナスは本当にマイナスなのだろうか。所詮気の持ちように過ぎないのではないか。ならばこのような思いがけぬ瞬間こそを大事にすべきではないか。
ふと彼女に目を向ける。ぶつぶつ文句を言いながらも決して手は休めない。いかに妖精とはいえ、このような力仕事はきついだろうに。
「ところで君は何でこれを掘り起こそうと思ったんだい?」
「ん? ん、ん~~~あれ? 何でだっけ?」
うん、見事なまでに天然だ。
「あ、そうそう! ここ面白い物が一杯あるから良く来るんだけど、これ見た時にピーン! ってきたの!」
「ぴーん?」
「そう! ピーンって!」
「……これ、何か知ってるのかい?」
「ううん、知らない。けど、これは絶対良いものよ!」
確かに瓦礫の山から半分だけ覗いているこれは良いものなのかもしれない。
だけどこんな半分埋もれたような物より、もっと簡単に手に入る良い物など此処にはいくらだって転がっている。おそらく理屈じゃない。僕のように埋もれている物に商品としての価値を見出すのではなく、純粋に自分にとって価値のある物を選び取ったのだろう。
ならばその勘に身を委ねるも一興か。
「そうか、それじゃ頑張って掘り出さないとな」
「うん!」
彼女は真っ直ぐな笑みを浮かべる。
そう、この笑顔を見られるのなら彼女の勘を信じてみるのも悪くない。
あぁ、正直に言えば僕もこの機械には何か惹かれるものを感じているのだ。
僕達はそれから口も動かさず必死になって瓦礫を退けていった。
汗が流れ、咽喉が渇き、腕は筋肉痛。だけど僕達は休もうとしない。
目の前の宝物を手に入れる為に手を動かす。
あと少し、あともう少し……
「「よいしょっと!!」」
二人掛かりで最後の瓦礫を退ける。
そしてそれはついに僕達の前にその姿をさらけ出した。
「これ何?」
「ちょっと待って……名称『ラジオ』、用途『電波を音に変える』だそうだ」
「え、何で判んの?」
「まぁ、これが僕の唯一の取り柄でね」
「へぇー」
彼女がキラキラした瞳で僕を見ている。中々良い気分だ。思わず胸を張ってみる。
「で、どうやって使うの?」
「いや、それは判らない」
「へぇー」
彼女がジト目で僕を見ている。中々屈辱的だ。思わず背中を丸めてみる。
「役に立たないわねぇ」
「む、失礼だな君は。いいかい? 道具というのはだね……って聞きたまえ」
彼女は僕に背を向けて機械をごちゃごちゃと弄くっていた。
「ん、ん~~~これかな? むー?」
僕はため息を一つ付くと彼女の前にしゃがみこむ。
「どれ、ちょっと見せてごらん?」
彼女からその機械を受け取り弄くってみる。
箱の前のツマミを回したり箱を引っくり返してみたり。
基本的に道具は使う物の事を考えて造られている。余り使用方法が複雑な事はない筈だ。
「む、この棒、伸びるぞ」
箱の横に付いていた銀色の棒、それを引っ張ると棒がするすると伸びてくる。成る程、太さの異なる筒状の棒を組み合わせているのか。しかし棒を伸ばしても特に機械が作動する気配はない。
だいたい『電波』とは何だ。電気の波? やはりこれも電気仕掛けという事か。
『ラジオ』という名称も不明だ。そんな名称は初めて聞く。意味のない名前などない。きっと『ラジオ』にも何か意味がある筈だ。
僕が『ラジオ』眺めて思案を始めると、痺れを切らした彼女が僕の手からそれを引ったくった。地面に置いて右手でぱしぱし叩いたり、銀の棒をぶんぶん振ってみたりしている。
「あ、こら! そんなに手荒に扱うと……」
彼女がツマミを引っ張った時、それは起こった。
が―――――――!
ざ――――――――!!
ぴゅい―――――――!!!
突然、『ラジオ』が奇怪な音、それも幻想郷中に響き渡りそうな大きな音を発したのだ。
間近にいた彼女は驚いて引っくり返っている。
僕も思わず尻餅を付いてしまった。
「な、な、何よこれ――――っ!!」
彼女が耳を塞ぎながら大声で叫んでいる。その叫びは何とか僕の耳にも届いたが答える事など出来はしない。
僕は何とかこの音を止めようと機械に近づきツマミを回す。ツマミを回す毎に音は段々小さくなっていった。
成る程、このツマミが制御装置か。ツマミを引っ張ると作動し、回す事で制御するらしい。
「何だったのよ、今の」
漸く起き上がった彼女が再び機械を覗き込む。さっきよりかなり音は小さくなったものの未だに『ラジオ』はがーがー音を発している。
「『電波を音に変える』、今のがそうらしいね。『電波』が何か判らないが……」
「で、何の役に立つの?」
「さっぱり」
「使えないわねぇ」
はて、今の言葉は『ラジオ』に対して言ったのか、僕に対して言ったのか。
気にしないでおこう。精神衛生上宜しくない。
「むー絶対良いものだと思ったんだけどなぁ……私の勘って外れた事ないのに……」
彼女は悔しそうな顔で『ラジオ』を見つめている。
僕は何か軽口でも叩こうと思ったが、彼女の顔が存外に真剣だったので口を噤んだ。
そう、彼女は真剣だったのだ。
理由も理屈もない己の勘。理由も理屈もないから否定する事も目を背ける事も出来はしない。
子供の勘と大人の勘は根本的な部分で異なる。
子供の勘は、未熟であるが故に表現する術を持たぬ観察眼、論理体系、思考ベクトル。
大人の勘は、只の怠慢による思考放棄。
例え行き着く場所は同じでも、同じなのだとしても。
だから子供は大人にならなくてはならない。
だから大人は思考しなければならない。
哀しい事だがそれが世界の理。それが定められたルール。
それが出来ない大人は淘汰されるのみ。
そう、世界とはかくも残酷なものなのだ。
僕は彼女の肩に手を置こうとする。諦めろ、そう言うつもりだった。
僕の右手が伸びる。
あと10cm――――――――彼女は未練がましく機械を弄くっている。
あと5cm―――――――――彼女はツマミをぐりぐり回している。
あと少し――――――――――彼女は―――――
てん、てててててん、て―――てて、ててん、て―――てて、ててん……
突然、『ラジオ』から柔らかなメロディが流れ出した。
僕の右手が止まる。その音に僕の右手が止められる。
そのメロディは知らない曲。
ギターとピアノとバイオリン、トランペットとドラムと良く判らない弦楽器。
それらの個別の音が絡んで織り成す音の樂。
懐かしくも斬新で、
哀しくも陽気で、
胸の奥に刺さるような、
胸の奥に溶け込むような、
そんな―――旋律。
やがて音の波に人の声が乗る。
その声は女性で、
その詩は異国の言葉で、
その意味は僕には判らないけれど。
僕は呼吸をする事も忘れ、その音楽を聞いていた。
すっと目を閉じる。
その曲の1フレーズすらも聞き漏らすまいと、意識ではなく身体が反応する。
音の流れに身体が運ばれていく。
感想など浮かばない。言葉に出来ない。只々その旋律に流されるだけ。
歌詞の意味など解らない。それでも僕の心は揺れ動かされていく。
あぁ、これが『音楽』というものか……
ふと彼女がどんな顔でこの曲を聞いているのか気になった。
僕は目を開ける。そこに彼女の姿はない。
僕は彼女の姿を探した。
奇妙な焦燥感、置いて行かれたような不安感、必死で彼女の姿を探した。
やがて彼女の姿を見つける。
この上ない安堵、そして湧き起こる自分に対する不信感。
いつから僕はこんなに弱くなってしまった?
彼女は瓦礫の山で踊っていた。
彼女が右手を振るう度、透明な氷の欠片が生み出される。
彼女が左手を振るう度、白い雪の結晶が舞い踊る。
その旋律に身を委ね、心から楽しそうに彼女は踊っている。
うち捨てられた瓦礫の山
その頂でくるくると踊る氷精
くるくると回るたび
きらきらと氷雪が舞い
夕暮れの中に儚く溶けて消えていく。
その様を僕はただ―――見つめていた。
消え行く氷雪を嘆く事なく、
去り行く夏を惜しむでもなく、
沈み行く太陽に照らされた瓦礫の舞台で彼女は踊る。
彼女の顔は本当に楽しげで、
彼女の顔は何一つ縛られる事のない子供のようで
世界の理を知らぬ者だけに許された無邪気な微笑を浮かべて、
だから僕は痛たまれず目を逸らした。
もう僕はあんな風には踊れない。
もう僕はあんな風には笑えない。
その事が哀しくて
その事が寂しくて
僕にもあんな風に踊れた時があったのだろうか
僕にもあんな風に笑えた時があったのだろうか
思い出せないのか
初めから無かったのか
夕日の中に流れるメロディはいつの間にか終っている。
壊れたラジオはその役目を終えたかのように静かに黙している。
彼女は目を閉じたまま踊っている。
消えてしまったメロディを彼女は口ずさんでいる。
歌詞ではなくメロディを、
言葉ではなく本質を、
あぁ、今、消える筈の音を彼女は確かに引き継いだのだ。
彼女は踊る。黄昏の中で
彼女は歌う。失われたメロディを
彼女は伝える。今という一瞬の輝きを
赤い夕日に染まる瓦礫の山
沈黙している古びた機械
遠くに聞こえる蜩(ひぐらし)の声
秋はもう―――そこまで来ていた。
~終~
そーなのかー。
>用途『ギャルゲー』
そーなのかー。
あっさりと、素敵なお話しでした。
キャラの『らしさ』も存分にでていてとても素敵な一品でした。 ご馳走様です。
それなのに、胸が温かくなる様な不思議な読後感
とても綺麗な物語をありがとうございました。
自由で純真な子供と、理に縛られている大人
2つの心は、この先どの様に交わって行くのだろう……
読んでいくうちに引き込まれる作品でした。
稀に見る大人な雰囲気を持った香霖に拍手。
いい仕事してるなあ…。
こういった少し青臭い感じの霖之助もよいですね!
描写が凄く緻密で、読んでいて引き込まれました
いい作品をありがとうございます
謝れー! 全国数百名の現役PCエンジンフリークに謝れー!
いや、本題は面白いんですが。
大人になるにつれて、夢を失っていくとよく言いますが
夢は失うものではなく、忘れるものなのでしょうかね・・・
だって、人はそれを思い出せるじゃないですか・・・・
私の中で夏は子供達の季節というイメージがあります。
去りゆく夏に過ぎ去った少年時代を重ねながら……
うん、やっぱ青臭いね。
PCエンジンフリークの皆様ごめんなさいでした。
でも! 修正はしないっ!
改めて、感想を頂いた方々、読んで下さった方々
本当にありがとうございました。
本編もそうですが、後書きも……
理由はいろいろありますが、しんみりさせていただきました。
そして錆びて塗装のはげた『かぶと虫』ってことは旧タイプか。うわめっちゃ欲しい。
追伸:うぃんうぃn……いや、なんでもない。背徳感が溜まるなんて思ってないよ?ホントダヨ?
特にラストの二人の対比に素晴らしさを感じました
それにしても 色々あるなぁ 瓦礫山
きっとこんなのもあったに違いない
『セガサターン』 用途『脳天直撃を楽しむ』
『バーチャルボーイ』 用途『赤色画面で視力低下を促す』
お礼代わりにおまけを……
妹紅「決着(けり)をつけようぜ……輝夜」
輝夜「貴方の死を持ってね」
妹紅「うぅ……りゃっ! 燃えろっ!」
輝夜「馬鹿めっ!」
妹紅「……ぁぁああああああああっっっ!! 喰らいやがれぇえええっっ!!」
輝夜「泣けっ! 喚けっ! そして死ねっっっ!!!」
鈴仙「なんであの二人、わざわざ声出してゲームしてるんです?」
永琳「その方が燃えるそうよ」
前者を実践するにはまだ経験が足らず、
後者を実践するにはもう覚悟が足りず。
優しい人間になりたいです。なりたかったです。
静の香霖と動のチルノ、これほど相性が良いとはw
達観し落ち着いた大人だからこそ、不意に自分が失ったものに
思いを馳せるのでしょうね。生きる為には、どうしても
捨てなければいけないものがある。大人はそれを子供に見て、
懐かしさや寂しさを感じるのかな、と。
こーりんは幸せになってほしいなぁ。魔理沙とかとさw
そのこころは『しあわせウサギ』(ォィ
思春期に少年から大人に変わる~♪
な香霖の心理描写(?)にジンと来た。
カムバック、せいしゅ~~~ん!
>so様 私もそうです。優しい人になりたいです。
でも、優しくない自分と知っていれば優しくする方法は判るはず。
後はちょっとした勇気……だけなんでしょうね。
その勇気がないヘタレな俺。orz
>豆蔵様 魔理沙については……実はもう一個話を作ってます。(フィーバー
じゃないですが)近いうちにお見せ出来るか、と。
>ぎゃあ様 最初、タイトルを『瓦礫と夕日と壊れかけのレディオ』にする
つもりだったのは内緒ですよ? でも「45歳の地図」を知っている貴方とは
年齢が近い気がする……
改めてありがとうございましたっ!
輝夜が京、妹紅が庵の方がハマり役かなあと思ったり。
そしてお互いに禁じ手(永久)を使用して最後はリアルファイトと化す。
『草薙 京』 用途『(画面端背面から)強七拾五式 改→{通常技(空キャン)→強七拾五式 改}×n』
『八神 庵』 用途『屑風→{ダッシュA→屑風→ダッシュA}×n』
点数は簡易の方で入れさせてもらっているのでフリーで。
ご馳走様でした。
七拾五式からのかち上げは、必ず大蛇薙ぎで締める。
ダメージなんざ関係ない。
何故ならそれが『格 好 い い か ら』
以前、小学生に3タテ喰らって以来、ゲーセンには行ってません…… orz
まさか霖之助に共感を覚えることになろうとは!
…かえせよう、俺の青春をかえせよう。
それはさておき、夕景に踊るチルノを幻視しました。素敵でした。
珍しい組み合わせですね。終盤のチルノがとてもよかった…。
こういう雰囲気、大好きです。100メガショッk(パワーゲイザー
感謝。
もう遠い。余りにも遠い幻想。
なのに悲しくもなく、虚しくも無く。
ただ切なくて、満たされて。
心地よい涙が零れました。素敵な物語をありがとうございました。