Coolier - 新生・東方創想話

烏天狗注意報(文花帖ネタバレ)

2005/09/09 12:33:51
最終更新
サイズ
20.13KB
ページ数
1
閲覧数
762
評価数
3/39
POINT
1340
Rate
6.83


 ※文が壊れ気味です。
  ご容赦ください。




















 ――うー……むむむ……ぬぅぅ……。


 ある幻想郷の晴れた一日。
 朝、気難しげに唸る声が空の上から降ってきた。

 声自体は大きくない。

 耳の良い者なら聞こえてしまう、
 耳の普通な者なら聞かなくてすむ、
 耳の悪い者ならそもそも聞こえない、

 その程度のもの。

 それもそのはず、声の持ち主は遥か上空にいるからだ。
 風に乗って流れ着いた声の欠片が、耳の良い者のところへ届く。

 ただ、それだけのこと。

 そして、この声が聞こえるとろくなことが起こらない。

 ――ただ、それだけのこと。



 < 烏天狗注意報・紅魔の章 >



「うー……むむむ……ぬぅぅ……」

 風に身を任せても良いネタは浮かんでこない。
 逆立ちしても音速超えてもその衝撃で萃香が吹っ飛んでも同じこと。久々のガチンコバトルで疲れただけだった。

「だいたい防御って何よ……こっちは弾幕ごっこ……ぶつぶつ」

 何のことかはわからないが、とにかく負けたのだろう。
 ぼろぼろの格好で愚痴ってる時点で見当はつく。
 ……というか考えてることが変わっていないか?

 それはさておき。
 彼女――射命丸 文は困っていた。

 良いネタがない。
 良いネタがないから面白い記事をかけない。
 面白い記事をかけないから誰も新聞を読んでくれない。

 ないないないと、ここまでそろえば立派なものだ。
 もちろん別の意味で、だが。

「……どうしよう」

 そろそろ天狗仲間の新聞大会が開かれる時期。
 この大会、発行した新聞の部数で勝敗が決まるというもの。
 しかしながら、参加者が天狗、つまり同業者に限られる以上、その優劣は=ブン屋としての力量、となる。
 勝ち知らずの文としては、「今年こそ!」という気概はあった。
 いろいろなところに取材に行ったり、思いつきで号外を発行してみたり……全部徒労に終わったことは見ての通り。


 そんなわけで彼女の『文々。新聞』の読者は例年通り底辺横這い一直線。
 定期的に読む人となると、指折り数えるほどしかいないとは寂しいものである。

「面白い事件が起こりそうな場所はいくつかあるんだけど……」

 ネタ帳をひっぱり出してぱらぱらめくる。
 そこには、博麗神社、香霖堂、紅魔館、白玉楼、永遠亭、マヨヒガ……幻想郷に名立たる名所が記されていた。
 同時にこれらは(仲間内で)良ネタの発生源としても有名だった。

「問題はどこへ行くかよね」

 手堅くいくなら博麗神社だろう。
 あそこなら、人間妖怪関わらずいつも誰かしらがいる。
 人が集まれば事件が起こる可能性も自然と高くなり、事件が起これば記事を書ける可能性も高くなる。

「よし、決めた――」

 ……ぐぅ。
 腹の虫の自己主張。
 すなわち空腹。
 時刻。
 よくわからないけどお昼を過ぎた頃。
 そういえば、紅魔館の紅茶とクッキー美味しかったなぁ。

「――紅魔館に行こう」

 刹那のうちに考えは変わっていた。
 まぁ少女の思考回路なんてそんなもの。
 文は風を駆って飛び出した。


 一路目指すは――





 ――数時間後・紅魔館。



「……騒々しいのがやってくるようね」

 一陣の風を感じ、レミリアは目を覚ました。
 日は未だ天高くあり、本来なら眠っているはずの時間。
 しかし、彼女の感じた風。
 それはただの風ではない。
 一つ間違えればこの館そのものを吹き飛ばす暴風となるかもしれない風だ。

「まったく。たまに寝ようとするとこれだわ」

 眠気の抜けきらない顔でぼやいてベッドから降りる。
 ドアに向けて歩く。
 一歩、二歩。
 彼女の服装は、ネグリジェから、日常の、白を基調とした服へと変わっていた。

 部屋を出ると二度目の予感が来た。
 夢で感じたものより遥かに強く、鮮明に。
 風がこの紅魔館に来る。
 その力でこの館の中を引っ掻き回しにやって来る、傍迷惑な風。
 残念ながらレミリアにそれを止めるだけの力はない。
 全ては運命の導くままに。

「咲夜」
「――ここに」
「そろそろ来るわ。怪我人の相手は任せる」
「お嬢様、それはどういう――」

 咲夜の言葉を遮って、館が激しく揺れる。
 爆発の類ではない。
 何かがものすごいスピードで近くに落下したような、

 ――きゃああああああぁぁぁぁぁぁ………………。

 悲鳴を上げて吹っ飛んでった人妖は中国っぽい姿をしていた。

「……行ってきます」
「行ってきなさい」

 一礼をして咲夜は消える。
 「こんなときまで律儀な奴だ」声には出さず、レミリアは呆れる。

 それはともかくと、日傘を引っ掴んでレミリアはロビーへと向かった。
 紅魔館を引っ掻き回すという傍迷惑な風を見に。


「何これ……」

 ロビーに下りたレミリアは唖然とした。
 いや、ロビーだった、と言った方が正しいかもしれない。
 罅割れ崩れて瓦礫の山と化していたからだ。
 まさに転ばぬ先の何とやら。
 レミリアは日傘を差して外へ出る。
 ロビー同様瓦礫の山と化した門をくぐって館の外へ。
 そして愕然とする。

 島には巨大なクレーターができていたのだ。
 その端っこが紅魔館をかすめ、門とロビーを倒壊させたらしい。
 自分も結構好き勝手やってきたと思うが、さすがにここまでやったことはない。

「……ん?」

 目を凝らして見ると、クレーターの中心に人の脚らしきものが生えていた。
 この一連の被害はそれが原因と思われる。
 というか絶対それ以外にありえない。

 それにしても……とレミリアは辺りを見回す。
 例え人一人分の小さな質量でも十分な助走距離とスピードがあれば、衝突した際の破壊力は凄まじい。
 現にこの紅魔館よりも大きなクレーターを作り上げたのは埋まっている人らしきものだ。
 美鈴が体を張って方向を変えなければ、これが館の中央に落ちていた。
 急ごしらえの結界でこれを防ぐなど夢のまた夢。
 普段は役に立たないが、今度ばかりは労いの言葉でもかけてやらなければ割に合わないだろう。

 ――そんな考えすぐに忘れてしまうわけだけど。

 てくてくてく。
 対象物に向かってレミリアは歩く。
 初めは直立していた脚は、今は海老反って痙攣している。

「で? お前はどこの馬鹿だ?」

 冷酷非常な一言が突き刺さる。
 が返事はない。
 心なしか痙攣の感覚が長くなったように思える。

「答えろ」

 レミリアの目がきらりと光る。


 ――ばぼーん。(日中につきただいま能力減少中


 間抜けな音を立てて地面が爆発する。
 それでも威力は充分。埋まっていたものは宙を舞った。
 きりきりと空中で回転しながら落ちてくるのは――射命丸 文。
 目を回していたようだが、地面に接触するすれすれで意識を取り戻し、体勢を立て直す。
 が、その目はどこか虚ろだ。

 ぱくぱくぱく……。

 口を何度か開けて閉じて。
 ぱたりと。
 射命丸文はその場に倒れこんだ。

「何なのよ、もう……」

 わけがわからない。
 こいつは何をしにここに来たのか?
 こんなことをした理由は何なのか?
 そしてなぜこんなに衰弱しているのか?
 目的など取材くらいしか思いつかないが、それならこんな真似をする必要もないし、衰弱している理由にもならない。
 まったくもって不可解――


 ぐごごごごごご…………。


「……あー」

 鳴り響くは巨大な腹の虫。
 なるほど。『お・な・か・す・い・た』ね。
 レミリアは不可解な謎を一つ解いた気がした。







 がつがつがつはぐはぐはぐはぐむぐむぐごくんむしゃむしゃむしゃむしゃ…………



 テーブルに置かれた料理は見る間にその数を減らしていく。
 それを見つめる三人と包帯一人。

「……これだけ食べてもらえると作った甲斐もあるというものですけど……いったいどこに入っていくのかしら?」
「それより咲夜。この一食でエンゲル係数がずいぶんと上がったわ」
「……グラフにするとこんな感じ」
「(もごもご)」

 ホワイトボードにパチュリーが線を引く。
 右肩上がり。
 ほぼ垂直。
 角度で言えば八十八度くらい。
 幽々子もかくやといわんばかりの食べっぷりである。

「ごちそうさま! いや~ここっておやつだけじゃなくて食事も一級品ですね! ……メモメモっと」

 出されたお茶を飲んでから手帳になにやら書き込む文。

「……それはどうも」

 小食及び質より量な紅魔館の面子。
 趣向を凝らしたところで主人たちの反応は小さく。メイドたちに至ってはそれもゼロ。
 たまの来客もおやつしか食べていかないときた。
 大げさともいえるが、食事でここまで喜んでくれる者もない。
 そのせいで思いきり凝った料理を、それも大量に作ってしまったのだ。

「駄目ねえ……」
「家計を預かる者としては失格ね」
「(……)」

 後ろに控える主人とその友人の視線が痛い。
 ――大して食べない癖に!
 ――崩れた本の山から救出してやったのは私だというのに!
 キッと二人を睨んでから、未だ手帳に筆を走らせる文に問いかける。
 ちなみに、哀れみのこもった視線をくれた包帯娘にはナイフをプレゼントしておいた。

「それで、貴方は何をしに来たの? そもそもどうしてこんなことをしたのかしら?」

 答え如何によっては、と目を光らせる咲夜。
 文の手がピタリと止まる。

「………………」

 何故か上を向く文。
 つられて三人は上を向いた。
 もう一人は先ほどから泡を吹いて転がっている。ナイフに何か塗ってあったらしい。
 見上げた先には当たり前のように天井が。
 あ、隅に蜘蛛の巣発見。
 瞬きするうちにそれは取り除かれていた。

「………………」

 続いて文は下を向く。
 今度はつられず三人の視線は文に。
 彼女が何を考えているのかわかったのだろう、その目からはみるみるうちにやる気が抜けていった。

「もう一眠りしてくる。起こしたら殺す」
「書庫に戻るわ。少ししたらコーヒー届けて頂戴。今夜は徹夜になるから」
「わかりました。……そこの包帯、さっさと持ち場に戻りなさい」
「(もが! もご!)」

 主が自室へ、その友人が書庫へ戻るのを見届けた後、咲夜は未だ抗議らしきものを続ける包帯に向き直った。
 にっこりと。
 極上の笑顔と、よく切れるナイフを持って。

「戻りなさい」
「(こくこくこく!)」

 意思が通じたことに満足したのか、咲夜は音もなく姿を消した。
 包帯娘も目の辺りを濡らしながら芋虫のように這って部屋を出た。
 一人残されたことにも気づかない文は、ポンと手を打って振り返った。

「――思い出しました! 今日はこの紅魔館の取材をしに来たんです。でも途中でスピードを出しすぎて萃香さん撥ねて二回目のバトルを繰り広げまして空腹で動けなくなったところをポイ捨て……あれ?」

 矢継ぎ早にまくし立てる途中で気づく。
 誰もいない。
 私が考え事を始めてからそんなに時間は経ってないはず。
 これは噂に聞く住民の集団失踪?
 前提からしてすでに間違っているが、しかし、本人は気づいていなかった。

「ふ~む、これは興味深い現象です。さすがは紅魔館、来て正解でした」

 ブン屋魂の命じるまま、ペンと手帳を手に文は部屋を出る。





「はぁ……」

 彼女の目には、延々と続く廊下と、両脇に一定の間隔を置いて備え付けられているドアが映っていた。
 その数見えるだけで百はある。
 これを全部調べて回るのか。
 少しだけ眩暈がした。

「でも、この先にはきっととんでもない事実が待っているに違いありません!」

 一人気合を入れ直し、文は一番近くのドアに手をかけた。
 鍵はかかっておらず、いともあっさりドアは開く。
 多少拍子抜けしながらも中を覗き込む。

 この部屋、使われた形跡はあるものの人の姿はない。
 それは当たり前だ。
 ここは紅魔館のメイド一の部屋。
 今はシフトのローテーションで外回りの警備をやっている。
 だから部屋はもぬけの殻。

「むむむ……これはやはり住人の集団失踪」

 しかし、そんな当たり前のことも今の文にとっては自分の推論を証明する材料としか映らなかった。
 喜々として失踪したはずの住人の手がかりを求めて、部屋の中を調べ始める。
 出てきたものは数着のメイド服と下着、
 『外回り二十四時間!? 鬼メイド長! 休みよこせ!』
 と書かれた紙。
 その紙からはどす黒い怨念のようなものが感じられた。

「書いてあることはわかりますが……この念は一体なんでしょう?」

 気になるのでとりあえず手がかりとして押収。
 文は紙を懐にしまった。

 ――後日、とある理由でメイドたちの労働時間が一日三十六時間という気の触れた数字になったのはまた別の話。

 部屋を一通り調べつくした文は向かいの部屋へ。
 そこはメイド一の部屋と、合わせ鏡のようにまったく同じつくりだった。
 メイドの部屋にいちいち金と手間なんか掛けてられないという紅魔館側の事情だろう。
 それは文にとってありがたいことだった。
 部屋のつくりが同じなら調べる場所もほとんど同じ。
 余計な手間もかからなくてすむ。

「さあ、この調子でさくさく行きましょう!」

 行く先々の部屋であれやこれやと発見しながら文は進む。
 その度に後々の被害が大きくなるのはお約束。
 彼女は気づかぬうちに多くのメイドに不幸を振り撒いていた。





 『十六夜咲夜』
 ネームプレートにはそう書かれていた。
 他とは明らかに違う扉のつくりに、今までにないものがこの奥に隠されているのではないか、という期待が膨らむ。

「……ていうかねぇ」

 同じ部屋を延々二百室近く調べた文は何でもいいから変化が欲しかった。
 それも切に。
 祈りを込めてドアノブに手をかける。

 ――ガチ。

 ドアノブは半分も回らないうちに止まった。
 すなわち、鍵が掛かっている。

「いよぉし!」


 当たりを引いて大きくガッツポーズ。
 鍵の掛かっていない部屋には大した物はなかった。
 それなら鍵が掛かっていれば禁断のアイテムでもあるに違いない!
 ……当初の目的からずれるどころか正反対に向かって突き進んでいるような気がする。
 事実、文の頭は、
 『住民の集団失踪の捜索→宝探し』
 となっていた。

「――ふふ、鍵を掛けるとはやりますねぇ」

 いや常識だから。

「しかしブン屋に開けられない鍵などない!」

 はっきりと言い切る文。
 手帳を振るとピッキン○道具がぽろり。
 果たしてこれはブン屋の範疇だろうか?
 慣れた手つきでそれを鍵穴に差込み……

 ――カチャン。

 十秒と経たないうちに鍵は開いた。

「ふ……他愛のない。これならばまだ霧……」

 おっと、と文は口を押さえる。
 余計なことは言わないほうがいい。どこで誰が聞いているかわからない。
 記事のためとはいえ、他所様の家に不法侵入していることは知られてはならない。
 生命に関わる。

 それはさておき。
 彼女は咲夜の部屋へ侵入する。
 音を立てないようにドアを開き――プツン――足音を忍ばせながら中へ。
 開けたときと同じく細心の注意を払ってドアを閉めてほっと一息。
 額にうっすらと浮かんだ汗を拭って物色開始。

「……それにしても殺風景な部屋ですねえ」

 見たまんまの感想を文は口にした。

 今まで見てきたメイド部屋の数々。
 中には極彩色に彩られた目の痛くなる部屋もあった。
 お菓子で埋め尽くされた部屋もあった。
 いかにも女の子、といった可愛いグッズに溢れた部屋もあった。

 しかし、これはそのどれとも違う。
 生活感というもののまったく感じられない部屋。
 壁紙は全て剥がされ、石造りの壁がむき出しになっている。
 家具はベッドと衣装ダンスと椅子が一つずつ。
 まさに着替えて寝るためだけにあるような部屋だった。

 ――そう、一見すれば。

「見事な偽装です。しかし、この私の目は誤魔化せません!」

 そう言って、ビシリとある一点を指さす。
 そこにあるものは……衣装ダンス。
 彼女はその中に、この部屋の中において明らかに不自然なニオイを感じ取ったのだ。

「さぁて、どんなお宝が眠っているんでしょうねぇ……」

 衣装ダンスの中に着るもの以外の何が詰まっていると言うのか。
 手をわきわきさせながら衣装ダンスに迫るその姿は、もはや変態のそれである。
 鍵など掛かっていないことを確認し、取っ手に手を掛けて一気に開く。
 年齢不詳、紅魔館のメイド長・十六夜咲夜のタンスの中身が今ここに――!


 ――『ザ・ワールド』……時よ止まれ。





「……え~と」

 気がつくと、文は手足を縛られたまま椅子に括り付けられて座らされていた。
 目の前に置かれたテーブルには手帳やら筆やら部屋で押収したアイテムと、不吉な形をした数々の……拷問器具が乗せられている。
 ――Q.さてここはどこでしょう?
 ――A.わかりません。
 以前お茶を飲んだ部屋ではないし、さっき食事をご馳走になった広間でもないし。
 改めて部屋を見回してもどこにも見覚えがない。
 というか拷問器具の置かれた部屋に見覚えなんてあって欲しくない。

「お目覚めかしら?」

 声とともに咲夜が現れる。
 手でナイフを弄びながら、顔には作り物だと一発でわかる微笑みを浮かべていた。
 きっと、笑ってないと相当怖い顔になるのだろう。

「黙りなさい」

 はい、すみません。

「……あの、誰と話しているんですか?」
「貴方には見えない人よ。空間を操る私だから見えるの」
「そうですか」
「まあ、それはおいといて。貴方は私の…………いえ、私たちの部屋でいったい何をやっていたの?」

 今の間はなんだったんだろう?
 文は思った。

「最近の新聞記者は泥棒、それも下着泥棒まで兼ねているのかしら? こんなもので鍵まで開けて」

 ああなるほど。文は心の中でポンと手を打つ。
 咲夜は自分の部屋に入られたことが気に入らないのだ。
 言葉は冷静を装っているが目が怖い。殺る気満々。
 文は困った。
 「鍵の掛かっている宝箱って開けてみたくなりません?」なんて言ったらどうなることか。
 羽を毟られて皮とか剥がされるんだろうか?
 そしてメインディッシュとしてテーブルに並ぶのだろうか?
 それはまずい。生命の危機だ。

「……いや、あのですね。今日は紅魔館の取材をしにやってきたわけなんですが」
「取材? それがどうして泥棒紛いの真似になるのかしらねぇ……嘘はいけないわ」

 咲夜の手が近くにあった棒状の器具に伸びる。
 ああ、あれはどこかで見たことがある。確か、相手に突き刺してからスイッチを押すと、中で傘が開くみたいに……。
 想像して背筋を悪寒が這い登る。

 ――いけない、このままでは言論の自由が暴力によって踏みにじられてしまう!

 彼女の頭の中に(自分に向けられる)自業自得という言葉はない。

 何とかしてここから逃げ出さなければ……。
 幸いなことに手足を縛っているのは普通の縄。力を入れれば難なく千切れる程度のもの。
 出口は……咲夜の後ろにドアが一つあるだけ。
 時を止める彼女を相手にあのドアを使おうとするのは自殺行為だ。

 それなら――

「これにしようかしら。……あ、こっちのも捨てがたいわね」

 視線を戻すと咲夜はあれにしようかこれにしようかと、迷いながら凶器群を漁っていた。
 目は完全に文から離れており、注意は向けられていない。
 この好機を逃せば次はないだろう。
 力を込めて手足の縄を引き千切り、文は突貫した。


 ――天井に。



 ……………………

 ………………

 …………



 石が砕けたり板が割れたりする音が遠ざかり、やがて聞こえなくなる。
 咲夜はその原因が戻ってくる気配のないことを確認してほっと一息ついた。

「……あー疲れた。なかなか帰ってくれないんだもの」

 天狗という種族は強い。
 鬼にそう言わせるのだからその力はかなりのものだろう。
 がしかし、彼らは自分の力を見せようとはせず、余程のことでもない限りまず戦いを避ける。
 そこのところを利用して自発的にお帰り願ったというわけだ。

 咲夜の部屋にさえ入らなかったならこんなことにはならなかったのだが。

 侵入者用に仕掛けておいた髪の毛に、あと少し気づくのが遅れていたらどうなっていたか。
 まさに間一髪だった。

 それはそうと、天井に開いた大きな穴を眺めながら咲夜は思った。

「…………これ、私が修理するのかしら?」 

 カツカツカツカツ……。

「ここ地下なのに。よくもまあ屋根までぶち抜いていけたわね……」

 カツン……ギィ――。

「あれ? そういえばここの真上って……」

 咲夜の顔から見る間に血の気が引いていく。
 自分の失態に気づいたのか部屋に侵入したそれに気づいたのか、それはわからない。
 まぁ自分の運命が手に取るようにわかってしまったことだけは確かだろう。

「咲夜」
「は、はい」
「『起こしたら殺す』と言っておいたはずだけど?」

 咲夜の後ろには濃密な殺気を漂わせたレミリアが爪を――











 ~残酷シーンにつき少々お待ちください~












「これは酷いな。ほとんど死んでるぜ」

 部屋に立ち込める血の臭いに魔理沙は顔をしかめた。
 隅にはボロ雑巾のようになったメイドが一人、壁に寄りかかるようにして倒れていた。

「……誤解を与えるような言い方はやめてくれるかしら。まだ生きてるわ」
「だから『ほとんど』って言ってるじゃないか」

 にやりと笑って咲夜の元へ歩み寄る。
 止血はとうに終わらせていたのだろう、彼女の服や体についている血はほとんど乾いていた。……終わっていなかったら生きてはいなかっただろうが。

「ほれ。パチェに頼まれて持ってきてやったぜ」

 そう言って差し出したのはガラスの小瓶。
 中には琥珀色の液体が入っている。
 それを受け取ってしばらく眺めた後、咲夜は聞いた。

「これは?」
「賢者の石の欠片から作った聖水だそうだ。飲めばどんな怪我もたちどころに!……ってやつだな」
「そう。じゃあ頂くわ」

 パチュリー様が作ったものなら安心だ。
 咲夜は小瓶の蓋を開けて中身を一気に飲み干した。
 これが魔理沙の作った薬ならきっと飲まなかったに違いない。

「どうだ?」
「……苦い」
「それはそうだろう。『良薬口に苦し』って言うからな。ってそうじゃなくて、効き目はどうだって聞いてるんだ」
「え? あ、効き目ね……あら?」

 痛みがない。
 試しに腕を上げてみるがちくりとも痛まない。
 服を脱いであちこちを調べてみるが(もちろん時を止めて)体には傷一つ残ってはいなかった。

 いそいそと服を着て時止め解除。

「すごい……もう全部治ってる」
「賢者の石だからな」
「で、魔理沙。ありがとうついでに一つ聞くけど、その背中に背負ってる本の束は何かしら?」
「これか? これは人助けの正当な報酬だぜ。持ち主から許可は取ってないが」

 臆面もなく言い切る魔理沙。
 当たり前だ。あのパチュリー様が本を他人に譲渡するなんて考えられない。
 魔理沙が本を持っているということは盗んできた以外にありえないのだ。
 紅魔館のメイド長としては泥棒を目の前にして放っておくわけにもいかず、本を巡って壮絶な弾幕ごっこが繰り広げられるのだが……

「まぁいいわ。今日は助けてもらったわけだし、見逃してあげる」
「……珍しく聞き分けがいいんだな」
「その代わり、それは盗んだのではなく一週間という期限付きで貸しただけ。期限を過ぎても返しに来なかったら……わかってるわね?」
「……そんなことだろうと思ったぜ」

 本の束を箒の先に括り付ける魔理沙。
 何だかさっきよりも重く感じるらしい。疲れた顔をしている。

「じゃあな」
「ええ、またね」

 天井に開いた穴から出て行く魔理沙を見送った後、咲夜はテーブルに目を落とした。
 彼女の視線はそこに置かれている一枚の紙切れに吸い寄せられる。

 『外回り二十四時間!? 鬼メイド長! 休みよこせ!』

 紙にナイフが突き立てられる。
 そして、咲夜の姿はどこにもなかった。



◇◇◇◇◇



 こうして一人の烏天狗に端を発した事件は幕を閉じた。

 しかし、彼女――射命丸 文が健在である限りこれに類する事件はまだまだ続くかもしれない。
 気をつけろ。
 そして耳を澄ませ。
 危険を知らせるサインは、すぐそこにある。


ども、akiです。

まだ文花帖しか読んでないんですが、文ってかなり良いキャラだと思いました。
…むぅ、前作までのキャラより頭一つ抜き出てしまう予感。(でこんな具合に書いてりゃ世話ないわけですが)
あ、ちなみに大食らいなのは大酒のみなら胃袋も大きかろう、という発想です。

相変わらずよくわかんない話ですが、楽しんでいただければこれ幸いと。
…続くのかコレ?
aki
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.1210簡易評価
19.40床間たろひ削除
相変わらずかっちょいいレミリア様と瀟洒なんだか大ボケなんだか判んない咲夜さん。
もうちょっと文ははっちゃけても良かったかも。
22.50名前が無い程度の能力削除
全ての元凶は文なのか・・・紅魔館の面々、実にあはれ

「紅魔の章」と書いたからには、貴方にはぜひとも
文と他のメンツとの遭遇ストーリーを書いていただきたい
33.40自転車で流鏑馬削除
鼻血以外で倒れる咲夜さんとは珍しい