※流血の表現があります。
苦手な方や嫌いな方はその辺を考慮して進んでください。
私は一人だった。
月から逃げ出した私は見たこともない竹林を彷徨っていた。
地上人の侵略で月の民が戦争だ共存だと議論を始めて、段々戦争の方に民意が傾いていった。
そしていくつかの戦が始まる。
その中で私は逃げ出した。
脇目も振らず、今も戦う仲間を振り返ることもせず。
ただ、怖かったんだと思う。
誰かを殺すのが、誰かが死ぬのが、自分が死ぬのが。
気付けば地上にいた。
自分がどうやって月から地上に降りてきたのかは覚えていない。
見上げた空には遥かな空に浮かぶ珠。
自分の力ではもう戻ることも出来ないだろう。
月の仲間は私のことをどう思うだろう。
腰抜けだと罵るだろうか。
何故見捨てた、何故逃げたと問い詰められるだろうか。
誰かは心配してくれるだろうか。
気付けば、私は倒れていた。
ここは敵地だ。
見つかれば捕虜になるかこの場で殺されるか。
見つかったところでこの体に逃げる気力も体力も残されていない。
ああ、視界が霞む。
私は死ぬのかな。
死にたくない、と思ったら少し涙が出た。
私のそばに誰かがいる気配を感じる。
何か暖かいものが触れた。
手だろうか?
霞んだ眼を巡らせてようやく何かが見える。
追手が最後に見るものになるのは遠慮願いたかったが。
そこにはどこか懐かしい感じがあった。
きれいな銀の髪の
美しい顔の
暖かい手が
私に
例えば一匹の狂った兎・下
「姫!永琳さま失礼します!」
使用兎Aが奥の間の襖を主の返事を待たずに開ける。
中の二人は別段驚いた様子も無く、兎Aを睨むでもなく見る。
「ひっ」
Aはそれだけで気圧され、言葉につまる。
「あわてもののイナバねぇ。」
輝夜が口を開く。
その口は少し歪んでいるように見える。
「急ぎみたいだけど何かあったのかしら?」
「そ、そのっ昨日永琳さまが紹介して弟子にした月の兎が・・・・」
ゴゴゴゴゴゴゴゴン!
轟音と衝撃が永遠亭を揺らす。
天井からパラパラと埃が落ちてくる。
菜種油の灯りも倒れそうになったが永琳が支えたので倒れることは無かった。
「・・・あなたたちとてゐがいてウドンゲを止められないの?」
「あ、あの・・・弾幕がおかしくて、次々と落とされてます・・・。」
弾幕は自分で制御できることが最低条件である。
制御を誤れば力あるスペルが暴走し、周囲を巻き込みながら自爆することになるからだ。
永琳はまだレイセンにそれを教えていない。
つまりレイセンはスペル暴走の危険がある中で弾幕を使用していることになる。
(気でも違ったかしら・・・。)
「あら、あの大きいイナバは弾幕も少しできたじゃない。それでもだめなの?」
「てゐさまは応戦に出てはいますがそれでも押されています。危険ですから避難してください!」
その兎の言葉に顔を見合わせ、軽く吹きだす永琳と輝夜。
それを見て眼を瞬かせる兎A。
「私たちは大丈夫だから早くてゐの応援に行きなさい。」
「で、でもっ」
「いいから。」
無理やり言い包める永琳。
兎Aは泣きそうな顔をしながら下がっていった。
そしてそのまま茶をすする二人。
まだ断続的に轟音が永遠亭を揺らす。
「いいの?」
「・・・・何がですか?」
「月のイナバ。」
「・・・。」
「心配なんでしょう?」
見透かすように笑う輝夜と不機嫌そうに手の中の湯飲みをいじる永琳。
廊下は兎が忙しなく走り回っている。
外から攻め入る妖怪も少ない永遠亭でこのように兎が総出になるのは稀有なことだ。
「・・・すいません姫、私も出てきます。」
「あら、私も行くわよ?」
「は?」
「暇だし月の兎の暴れっぷりもみたいしね。」
「てゐさまー、私たちじゃ無理ですよぅ。」
「そうですよー、てゐさまも突破されたのにどうやって止めろって言うんですかぁー。」
「日給の人参1本増やしてくださいよぉー。」
「やいのやいの」
「ええいうるさい!」
永遠亭の長い廊下を走り回るイナバ部隊。
夜行性ゆえに就寝時間を過ぎてもまだ寝てなかった兎たちは比較的迅速に行動を開始していた。
いまてゐの周りには一回りくらい小さい妖怪兎が5匹程度。
他にもまだまだいたのだがレイセンの弾幕にやられて医務室を埋めている。
「でもあの弾幕ってちょっと変だよね。」
「だよねー。突然弾がぶれたり向き変わるんだもんねー。あんなの見たことないよ。」
「おなかへったー。」
「わいのわいの。」
「ええい「待ちなさいてゐ。」
動きとだべりをぴたりと止めるイナバ。
全員で錆びた機械の動きで後ろを振り返ると永琳と輝夜がいた。
永琳はいつもの笑みは無く、輝夜にはいつもの笑みが有る。
いつの間に後ろに居たかはわからないが今の話は全部聞かれていただろう。
やいのとかわいのの辺りが聞かれるとまずいことが含まれていたりする。
「簡潔に答えなさい。ウドンゲはどこに行ったのかしら?嘘をいったらいつもよりきついお仕置が待ってるわよ。」
「え、ええと自室と玄関周辺を破壊して竹林の方に・・・。」
「そ。」
それだけ言い残して玄関の方に向かう永琳。
「火の鳥がきたら出かけたっていっといてねぇ~。」
笑いながらそれについていく輝夜。
かくしてそこには兎たちが取り残された。
立ち尽くすこと数分。
兎の誰かが言った。
「・・・玄関の修繕でもしましょうか?」
誰かが答えた。
「・・・そうしようか。」
昼に見たときは青々と繁っていた竹さえも紅かった。
いや、今の私の眼に映るものは例外なく紅かった。
まるで血の絵の具でも視界に塗りたくったように。
私はそんな竹を掻き分けながら、紅い月明かりの中を進む。
「はぁ・・・はぁ・・・」
自分の視界に異変を感じて、永遠亭を飛び出して、その周りの竹林を当ても無く彷徨って。
その間、私の心臓の鼓動は早まるばかりで遅くなってはくれなかった。
もしかしたら気づいたときにあげた声で誰か起こしてしまったかもしれない。
師匠と姫に迷惑かけたかな、と後悔する。
いい加減つかれたので適当なところに腰を下ろすことにした。
どれくらい走っただろうか、もう走ってきた方向に永遠亭の灯りは見えない。
少しずつ心臓がおとなしくなってくるにつれて、頭の方も落ち着いてきた。
この紅い視界を壊そうとする衝動も落ち着いてくる。
「よく考えれば師匠に相談すればよかったんじゃ・・・。」
精神のほうはわからないが肉体の異常だったら師匠に聞けば何かはわかったはずだ。
自分の中にはそういう確信があった。
師匠の名前は確かあの薬師だから。
「でも教本に載るくらい昔のことだからなぁ・・・。」
私がその名前を知っているのは歴史の教本を読んだからだ。
昔不老不死の薬を作るのに成功した薬師の名前が確か師匠と同じで。
共犯というか主犯というか当時の地上送りになった姫と二人で不老不死の薬「蓬莱」を作ったと書いてあった。
まぁ不老不死なんて眉唾ものだしあれから千年以上経つ昔の話が真実だとは思いがたい。
「でもまぁ・・・。」
そんな問題はあまり意味は無い。
たとえ偽者だろうが本物だろうが、私の師匠の「八意永琳」はとても優しくて、暖かかったんだから。
今は竹林の中に一匹。
なんとなく寂しくなって、泪が出た。
その泪さえも、紅かった。
がさっ
繁みを掻き分けた音か、足元の笹の葉を踏んだ音か。
音に反応したレイセンの耳がわずかに動く。
顔は伏せている。
その音の元には永琳がいた。
「こんなところに居たのね。」
努めていつもと同じ口調にしようとする永琳。
よほど急いで来たのか顔には汗が浮かび、息も乱れている。
レイセンがいつも見ていた永琳とは違い、今の紅く見える永琳は別人のように見えた。
「さ、帰るわよ。あなたが永遠亭壊したのも少ないお仕置で済ませてあげるから。」
そういって近寄ってくる永琳。
まだ二人の間には5、6歩ほどの間隔がある。
レイセンは疲労で笑う脚で立ち上がる。
「師匠・・・聞きたい事があります。」
「・・・何かしら?」
永琳は歩みを止める。
「師匠は月で有名な蓬莱の薬の罪人ですよね?」
「・・・何でそのことを?」
「私は月の生まれです。そのくらいは知っています。あまりに有名ですから。」
レイセンは片手を銃のような形にして永琳の胸元に向ける。
まだ顔は上げない。
「だから聞きたいんです。」
「知ってるなら何を聞きたいというの?」
レイセンは震える口で聞く。
「あなたは誰ですか?」
永琳の表情が少し険しくなる。
レイセンは永琳の重圧に言葉が詰まりそうになりながらも必死に言葉を紡ぐ。
「私は確かに師匠に助けられました。それは感謝しています。」
「弟子になったのも急でしたがそれほど不満でもありません。私が瀕死に近かったのを助けてくれたぐらいの実力ですから。」
「永遠亭の兎たちも慣れてないにしろ私にはよくしてくれたと思います。」
「本当の家族にもなったような気分でした。」
「・・・・・・それで?」
永琳は反論せずに先を促す。
その言葉に初めてレイセンは顔を、眼を永琳に向けた。
その顔には流れているものがあった。
「なんで師匠は千年も前の罪人の名前を語ってるんですか?」
「千年も前じゃないわよ。」
即答する永琳。
「月で蓬莱の薬を作ったのも、姫を迎えにいった使者を殺してここに引き篭もったのも私。」
「私があなたが知ってるその月の罪人の八意永琳よ。」
「そんなことより―」
「そんなことってなんですか!」
永琳の言葉に反論すると同時に、レイセンから弾丸型の弾が放たれる。
「ごっこ」ではない手加減無しの一発。
それは指が向いている先、永琳の胸元にまっすぐ吸い込まれ、着弾した。
「あ・・・。」
鮮血が溢れ出す。
それは素人のレイセンにも危険な量だとわかる。
レイセンの弾丸は貫通はしなかったが臓器にダメージを与えるには十分なものだった。
傷口から出た血が服を濡らし、それだけに留まらず地面にまで滴っている。
レイセンはたっていることが出来ず、膝から地面にへたりこむ。
「し・・・しょう・・・?」
永琳は倒れない。
口からも血が流れている。
微動だにしないのでレイセンは自分が殺してしまったのではないか、と不安になる。
「師匠?師匠。師匠!師匠!!」
レイセンは狂ったように永琳を呼び続ける。
腰が抜けてしまっているレイセンは駆け寄って確かめることも出来ない。
眼が痛む。
この不吉な紅の中にいる血まみれの永琳は何よりも不安で、直視できないものだった。
突然永琳の口が歪む。
「これで信じてもらえるかしら?」
咳き込みながらも永琳は言葉を投げる。
すでに手で覆っていた傷口は元から無かったかのように消えている。
レイセンは紅い眼を未だ信じられないように瞬かせる。
「残念ながら不老は証明できないわね。こっちには私が来たっていう記録もないし。」
ダメージも残っているようには見えない。
やれやれといった感じで距離を詰め、しゃがんでレイセンの具合を診る永琳。
「さぁ眼を見せなさい。なんか変な風に見えてるでしょ。」
「なんで眼が変だとわかるんですか?」
「血の泪流してれば誰でも変だと思うわよ。ほら、包帯巻くから眼閉じなさい。」
「・・・なんか世の中が真っ赤に見えるんです。」
「じゃあ私の自慢の髪も真っ赤なのかしら?」
「はい、真っ赤です。」
「・・・。」
手をてきぱきと動かしながらも不機嫌そうに顔をゆがめる永琳。
なんて失礼な眼なのかしら、と漏らす。
「まぁ自分で言うのもなんだけど不老不死って胡散臭いしね。そんなことはともかく。」
とりあえずの応急処置を終わらせ、レイセンを抱きしめる永琳。
「えっその、師匠?」
「無事でよかったわウドンゲ。今はなにもしなくていい。謝罪はあなたが元気になってからでいい。」
(暖かいなぁ、師匠。)
永琳の腕の中、そんなことを思うレイセン。
そのまま少し経って腕を解く永琳。
互いの顔は真っ赤だったがこのままはずかしがっているわけにも行かない。
「さ、帰るわよ。手を貸すから立ちなさい。」
手を差し出す永琳。
「あ、えっと私腰が・・・。」
しかし、腰が抜けたレイセンは立つことが出来ない。
それに気付いて、永琳が悪戯を思いついた子供のように笑う。
「よっと。」
「ふぇ?!」
永琳は自分の前にレイセンを抱きかかえる。
まぁ俗に言うお姫様だっこだ。
「ちょっ師匠下ろしてください!」
「あら、下ろしたらどうやって帰るのかしら?」
「あぅ。」
レイセンの苦情など聞く耳も持たず、ずんずんと竹林の帰路につく永琳。
途中何度かレイセンが「下ろしてください」発言をしたが聞き入れられることもなかった。
そしてさしたる抵抗もしなくなり、気付けばレイセンは寝息を立てていた。
安らかな寝顔のレイセンを我が子を見るように眺める。
「姫。」
「あら、ばれてた?」
「ええ、とっくに。」
どこからともなく輝夜が現れる。
自分の従者がその弟子に撃ち抜かれた時も近くの繁みで眺めていたのだろう。
永琳の横に輝夜が移動し、元月の住人たちの夜の散歩となった。
「月のイナバも何年ぶりに見るかしらねぇ。」
「姫は千年単位で見てないでしょうね。私も姫を迎えに行って以来見てませんが。」
「いい暴れっぷりだったけどねぇ。」
レイセンの暴走での永遠亭の被害は
縁側、玄関の崩壊。
イナバ部隊数十名の被弾。
庭に多数のクレーター。
といったものだ。
「修繕にどのくらいかかるのやら・・・。」
「手がかかる子ほど可愛いのよ。」
「じゃあてゐは姫に任せます。」
「そのイナバに任せればいいじゃない。」
「今回も多分てゐ元凶の気がしますけどね・・・。」
ムダ話を続けているうちに永遠亭の灯りが見えてくる。
月も天頂から随分西に傾いている。
「ずいぶん遅くなってしまいましたね・・・。」
「そろそろ寝る時間かしらね。」
「私はウドンゲの治療をしてから寝ます。」
「まぁあなたがそんなに入れ込むのも珍しいことだわ。そのイナバ大事にしてあげなさい。。」
「師匠が弟子を可愛がるのは当然のことです。」
「あらそう。じゃ、おやすみなさいな。」
イナバ部隊の生き残りが速攻で直した玄関についた瞬間奥に消えていく輝夜。
永琳は兎も居ない廊下を歩いて自室に向かう。
自室ならしっかりと治療できるだろうと永琳は思う。
レイセンは未だ静かに寝息を立てている。
今回の暴走が負担をかけていたのか起きる気配が全く無い。
それは永琳の部屋で布団に寝かされても同じだった。
打ち身、眼の状態、脈拍などいろいろな診断をこなし、治療をしていく。
たいした損傷がないことに永琳は安堵した。
「・・・あとは私の服変えないと・・・。」
血のりでテカテカになった服から寝巻きに着替える。
ちなみにレイセンの服は永琳の手によって変えられている。
風呂にも入りたいと思ったが疲労困憊で多少血も流したためとりあえず自分の布団を出して横になる。
いままで待機していたとでも言うように大挙して押し寄せる眠気。
永琳は抵抗することもなく眠気に意識をまかせた。
「おやすみ、ウドンゲ。」
永琳が寝付いて程なく、レイセンがつぶやいた。
「ご迷惑かけました。これからもよろしく御願いします、師匠。」
苦手な方や嫌いな方はその辺を考慮して進んでください。
私は一人だった。
月から逃げ出した私は見たこともない竹林を彷徨っていた。
地上人の侵略で月の民が戦争だ共存だと議論を始めて、段々戦争の方に民意が傾いていった。
そしていくつかの戦が始まる。
その中で私は逃げ出した。
脇目も振らず、今も戦う仲間を振り返ることもせず。
ただ、怖かったんだと思う。
誰かを殺すのが、誰かが死ぬのが、自分が死ぬのが。
気付けば地上にいた。
自分がどうやって月から地上に降りてきたのかは覚えていない。
見上げた空には遥かな空に浮かぶ珠。
自分の力ではもう戻ることも出来ないだろう。
月の仲間は私のことをどう思うだろう。
腰抜けだと罵るだろうか。
何故見捨てた、何故逃げたと問い詰められるだろうか。
誰かは心配してくれるだろうか。
気付けば、私は倒れていた。
ここは敵地だ。
見つかれば捕虜になるかこの場で殺されるか。
見つかったところでこの体に逃げる気力も体力も残されていない。
ああ、視界が霞む。
私は死ぬのかな。
死にたくない、と思ったら少し涙が出た。
私のそばに誰かがいる気配を感じる。
何か暖かいものが触れた。
手だろうか?
霞んだ眼を巡らせてようやく何かが見える。
追手が最後に見るものになるのは遠慮願いたかったが。
そこにはどこか懐かしい感じがあった。
きれいな銀の髪の
美しい顔の
暖かい手が
私に
例えば一匹の狂った兎・下
「姫!永琳さま失礼します!」
使用兎Aが奥の間の襖を主の返事を待たずに開ける。
中の二人は別段驚いた様子も無く、兎Aを睨むでもなく見る。
「ひっ」
Aはそれだけで気圧され、言葉につまる。
「あわてもののイナバねぇ。」
輝夜が口を開く。
その口は少し歪んでいるように見える。
「急ぎみたいだけど何かあったのかしら?」
「そ、そのっ昨日永琳さまが紹介して弟子にした月の兎が・・・・」
ゴゴゴゴゴゴゴゴン!
轟音と衝撃が永遠亭を揺らす。
天井からパラパラと埃が落ちてくる。
菜種油の灯りも倒れそうになったが永琳が支えたので倒れることは無かった。
「・・・あなたたちとてゐがいてウドンゲを止められないの?」
「あ、あの・・・弾幕がおかしくて、次々と落とされてます・・・。」
弾幕は自分で制御できることが最低条件である。
制御を誤れば力あるスペルが暴走し、周囲を巻き込みながら自爆することになるからだ。
永琳はまだレイセンにそれを教えていない。
つまりレイセンはスペル暴走の危険がある中で弾幕を使用していることになる。
(気でも違ったかしら・・・。)
「あら、あの大きいイナバは弾幕も少しできたじゃない。それでもだめなの?」
「てゐさまは応戦に出てはいますがそれでも押されています。危険ですから避難してください!」
その兎の言葉に顔を見合わせ、軽く吹きだす永琳と輝夜。
それを見て眼を瞬かせる兎A。
「私たちは大丈夫だから早くてゐの応援に行きなさい。」
「で、でもっ」
「いいから。」
無理やり言い包める永琳。
兎Aは泣きそうな顔をしながら下がっていった。
そしてそのまま茶をすする二人。
まだ断続的に轟音が永遠亭を揺らす。
「いいの?」
「・・・・何がですか?」
「月のイナバ。」
「・・・。」
「心配なんでしょう?」
見透かすように笑う輝夜と不機嫌そうに手の中の湯飲みをいじる永琳。
廊下は兎が忙しなく走り回っている。
外から攻め入る妖怪も少ない永遠亭でこのように兎が総出になるのは稀有なことだ。
「・・・すいません姫、私も出てきます。」
「あら、私も行くわよ?」
「は?」
「暇だし月の兎の暴れっぷりもみたいしね。」
「てゐさまー、私たちじゃ無理ですよぅ。」
「そうですよー、てゐさまも突破されたのにどうやって止めろって言うんですかぁー。」
「日給の人参1本増やしてくださいよぉー。」
「やいのやいの」
「ええいうるさい!」
永遠亭の長い廊下を走り回るイナバ部隊。
夜行性ゆえに就寝時間を過ぎてもまだ寝てなかった兎たちは比較的迅速に行動を開始していた。
いまてゐの周りには一回りくらい小さい妖怪兎が5匹程度。
他にもまだまだいたのだがレイセンの弾幕にやられて医務室を埋めている。
「でもあの弾幕ってちょっと変だよね。」
「だよねー。突然弾がぶれたり向き変わるんだもんねー。あんなの見たことないよ。」
「おなかへったー。」
「わいのわいの。」
「ええい「待ちなさいてゐ。」
動きとだべりをぴたりと止めるイナバ。
全員で錆びた機械の動きで後ろを振り返ると永琳と輝夜がいた。
永琳はいつもの笑みは無く、輝夜にはいつもの笑みが有る。
いつの間に後ろに居たかはわからないが今の話は全部聞かれていただろう。
やいのとかわいのの辺りが聞かれるとまずいことが含まれていたりする。
「簡潔に答えなさい。ウドンゲはどこに行ったのかしら?嘘をいったらいつもよりきついお仕置が待ってるわよ。」
「え、ええと自室と玄関周辺を破壊して竹林の方に・・・。」
「そ。」
それだけ言い残して玄関の方に向かう永琳。
「火の鳥がきたら出かけたっていっといてねぇ~。」
笑いながらそれについていく輝夜。
かくしてそこには兎たちが取り残された。
立ち尽くすこと数分。
兎の誰かが言った。
「・・・玄関の修繕でもしましょうか?」
誰かが答えた。
「・・・そうしようか。」
昼に見たときは青々と繁っていた竹さえも紅かった。
いや、今の私の眼に映るものは例外なく紅かった。
まるで血の絵の具でも視界に塗りたくったように。
私はそんな竹を掻き分けながら、紅い月明かりの中を進む。
「はぁ・・・はぁ・・・」
自分の視界に異変を感じて、永遠亭を飛び出して、その周りの竹林を当ても無く彷徨って。
その間、私の心臓の鼓動は早まるばかりで遅くなってはくれなかった。
もしかしたら気づいたときにあげた声で誰か起こしてしまったかもしれない。
師匠と姫に迷惑かけたかな、と後悔する。
いい加減つかれたので適当なところに腰を下ろすことにした。
どれくらい走っただろうか、もう走ってきた方向に永遠亭の灯りは見えない。
少しずつ心臓がおとなしくなってくるにつれて、頭の方も落ち着いてきた。
この紅い視界を壊そうとする衝動も落ち着いてくる。
「よく考えれば師匠に相談すればよかったんじゃ・・・。」
精神のほうはわからないが肉体の異常だったら師匠に聞けば何かはわかったはずだ。
自分の中にはそういう確信があった。
師匠の名前は確かあの薬師だから。
「でも教本に載るくらい昔のことだからなぁ・・・。」
私がその名前を知っているのは歴史の教本を読んだからだ。
昔不老不死の薬を作るのに成功した薬師の名前が確か師匠と同じで。
共犯というか主犯というか当時の地上送りになった姫と二人で不老不死の薬「蓬莱」を作ったと書いてあった。
まぁ不老不死なんて眉唾ものだしあれから千年以上経つ昔の話が真実だとは思いがたい。
「でもまぁ・・・。」
そんな問題はあまり意味は無い。
たとえ偽者だろうが本物だろうが、私の師匠の「八意永琳」はとても優しくて、暖かかったんだから。
今は竹林の中に一匹。
なんとなく寂しくなって、泪が出た。
その泪さえも、紅かった。
がさっ
繁みを掻き分けた音か、足元の笹の葉を踏んだ音か。
音に反応したレイセンの耳がわずかに動く。
顔は伏せている。
その音の元には永琳がいた。
「こんなところに居たのね。」
努めていつもと同じ口調にしようとする永琳。
よほど急いで来たのか顔には汗が浮かび、息も乱れている。
レイセンがいつも見ていた永琳とは違い、今の紅く見える永琳は別人のように見えた。
「さ、帰るわよ。あなたが永遠亭壊したのも少ないお仕置で済ませてあげるから。」
そういって近寄ってくる永琳。
まだ二人の間には5、6歩ほどの間隔がある。
レイセンは疲労で笑う脚で立ち上がる。
「師匠・・・聞きたい事があります。」
「・・・何かしら?」
永琳は歩みを止める。
「師匠は月で有名な蓬莱の薬の罪人ですよね?」
「・・・何でそのことを?」
「私は月の生まれです。そのくらいは知っています。あまりに有名ですから。」
レイセンは片手を銃のような形にして永琳の胸元に向ける。
まだ顔は上げない。
「だから聞きたいんです。」
「知ってるなら何を聞きたいというの?」
レイセンは震える口で聞く。
「あなたは誰ですか?」
永琳の表情が少し険しくなる。
レイセンは永琳の重圧に言葉が詰まりそうになりながらも必死に言葉を紡ぐ。
「私は確かに師匠に助けられました。それは感謝しています。」
「弟子になったのも急でしたがそれほど不満でもありません。私が瀕死に近かったのを助けてくれたぐらいの実力ですから。」
「永遠亭の兎たちも慣れてないにしろ私にはよくしてくれたと思います。」
「本当の家族にもなったような気分でした。」
「・・・・・・それで?」
永琳は反論せずに先を促す。
その言葉に初めてレイセンは顔を、眼を永琳に向けた。
その顔には流れているものがあった。
「なんで師匠は千年も前の罪人の名前を語ってるんですか?」
「千年も前じゃないわよ。」
即答する永琳。
「月で蓬莱の薬を作ったのも、姫を迎えにいった使者を殺してここに引き篭もったのも私。」
「私があなたが知ってるその月の罪人の八意永琳よ。」
「そんなことより―」
「そんなことってなんですか!」
永琳の言葉に反論すると同時に、レイセンから弾丸型の弾が放たれる。
「ごっこ」ではない手加減無しの一発。
それは指が向いている先、永琳の胸元にまっすぐ吸い込まれ、着弾した。
「あ・・・。」
鮮血が溢れ出す。
それは素人のレイセンにも危険な量だとわかる。
レイセンの弾丸は貫通はしなかったが臓器にダメージを与えるには十分なものだった。
傷口から出た血が服を濡らし、それだけに留まらず地面にまで滴っている。
レイセンはたっていることが出来ず、膝から地面にへたりこむ。
「し・・・しょう・・・?」
永琳は倒れない。
口からも血が流れている。
微動だにしないのでレイセンは自分が殺してしまったのではないか、と不安になる。
「師匠?師匠。師匠!師匠!!」
レイセンは狂ったように永琳を呼び続ける。
腰が抜けてしまっているレイセンは駆け寄って確かめることも出来ない。
眼が痛む。
この不吉な紅の中にいる血まみれの永琳は何よりも不安で、直視できないものだった。
突然永琳の口が歪む。
「これで信じてもらえるかしら?」
咳き込みながらも永琳は言葉を投げる。
すでに手で覆っていた傷口は元から無かったかのように消えている。
レイセンは紅い眼を未だ信じられないように瞬かせる。
「残念ながら不老は証明できないわね。こっちには私が来たっていう記録もないし。」
ダメージも残っているようには見えない。
やれやれといった感じで距離を詰め、しゃがんでレイセンの具合を診る永琳。
「さぁ眼を見せなさい。なんか変な風に見えてるでしょ。」
「なんで眼が変だとわかるんですか?」
「血の泪流してれば誰でも変だと思うわよ。ほら、包帯巻くから眼閉じなさい。」
「・・・なんか世の中が真っ赤に見えるんです。」
「じゃあ私の自慢の髪も真っ赤なのかしら?」
「はい、真っ赤です。」
「・・・。」
手をてきぱきと動かしながらも不機嫌そうに顔をゆがめる永琳。
なんて失礼な眼なのかしら、と漏らす。
「まぁ自分で言うのもなんだけど不老不死って胡散臭いしね。そんなことはともかく。」
とりあえずの応急処置を終わらせ、レイセンを抱きしめる永琳。
「えっその、師匠?」
「無事でよかったわウドンゲ。今はなにもしなくていい。謝罪はあなたが元気になってからでいい。」
(暖かいなぁ、師匠。)
永琳の腕の中、そんなことを思うレイセン。
そのまま少し経って腕を解く永琳。
互いの顔は真っ赤だったがこのままはずかしがっているわけにも行かない。
「さ、帰るわよ。手を貸すから立ちなさい。」
手を差し出す永琳。
「あ、えっと私腰が・・・。」
しかし、腰が抜けたレイセンは立つことが出来ない。
それに気付いて、永琳が悪戯を思いついた子供のように笑う。
「よっと。」
「ふぇ?!」
永琳は自分の前にレイセンを抱きかかえる。
まぁ俗に言うお姫様だっこだ。
「ちょっ師匠下ろしてください!」
「あら、下ろしたらどうやって帰るのかしら?」
「あぅ。」
レイセンの苦情など聞く耳も持たず、ずんずんと竹林の帰路につく永琳。
途中何度かレイセンが「下ろしてください」発言をしたが聞き入れられることもなかった。
そしてさしたる抵抗もしなくなり、気付けばレイセンは寝息を立てていた。
安らかな寝顔のレイセンを我が子を見るように眺める。
「姫。」
「あら、ばれてた?」
「ええ、とっくに。」
どこからともなく輝夜が現れる。
自分の従者がその弟子に撃ち抜かれた時も近くの繁みで眺めていたのだろう。
永琳の横に輝夜が移動し、元月の住人たちの夜の散歩となった。
「月のイナバも何年ぶりに見るかしらねぇ。」
「姫は千年単位で見てないでしょうね。私も姫を迎えに行って以来見てませんが。」
「いい暴れっぷりだったけどねぇ。」
レイセンの暴走での永遠亭の被害は
縁側、玄関の崩壊。
イナバ部隊数十名の被弾。
庭に多数のクレーター。
といったものだ。
「修繕にどのくらいかかるのやら・・・。」
「手がかかる子ほど可愛いのよ。」
「じゃあてゐは姫に任せます。」
「そのイナバに任せればいいじゃない。」
「今回も多分てゐ元凶の気がしますけどね・・・。」
ムダ話を続けているうちに永遠亭の灯りが見えてくる。
月も天頂から随分西に傾いている。
「ずいぶん遅くなってしまいましたね・・・。」
「そろそろ寝る時間かしらね。」
「私はウドンゲの治療をしてから寝ます。」
「まぁあなたがそんなに入れ込むのも珍しいことだわ。そのイナバ大事にしてあげなさい。。」
「師匠が弟子を可愛がるのは当然のことです。」
「あらそう。じゃ、おやすみなさいな。」
イナバ部隊の生き残りが速攻で直した玄関についた瞬間奥に消えていく輝夜。
永琳は兎も居ない廊下を歩いて自室に向かう。
自室ならしっかりと治療できるだろうと永琳は思う。
レイセンは未だ静かに寝息を立てている。
今回の暴走が負担をかけていたのか起きる気配が全く無い。
それは永琳の部屋で布団に寝かされても同じだった。
打ち身、眼の状態、脈拍などいろいろな診断をこなし、治療をしていく。
たいした損傷がないことに永琳は安堵した。
「・・・あとは私の服変えないと・・・。」
血のりでテカテカになった服から寝巻きに着替える。
ちなみにレイセンの服は永琳の手によって変えられている。
風呂にも入りたいと思ったが疲労困憊で多少血も流したためとりあえず自分の布団を出して横になる。
いままで待機していたとでも言うように大挙して押し寄せる眠気。
永琳は抵抗することもなく眠気に意識をまかせた。
「おやすみ、ウドンゲ。」
永琳が寝付いて程なく、レイセンがつぶやいた。
「ご迷惑かけました。これからもよろしく御願いします、師匠。」
既にばれて~らッ!!?
・・・この後彼女がどうなったか、知りたいよう無そうでないような・・・(苦笑