私は冷たく、人間は暖かい
だれもかれも ずっと一緒にいることなどできはしない
それでも側にいて、などと言うのは ただのわがまま
だれも自分に枷を填められることなど望んじゃいない
だから彼女らが終わる時まで少しでも多く一緒にいる
……その終末を見届けるために
だれよりも彼女らを知る永遠、その自負があるがため
―――つまりは、それだけのこと
***
「あ………んの陰険魔女がぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
ある日の昼下がり、紅魔館の門番――紅美鈴は館の前で怒声を張り上げていた。
つい先程のことである。図書館で働く善意の小悪魔(匿名希望)により衝撃の事実が明かされたことが原因であった。
美鈴はこの館の門番を任されるほどの実力派の妖怪である。結構長く、そして誠心誠意を込めて勤め上げてきた自負がある。……にもかかわらず、最近彼女の株は大暴落の一途を辿っていた――。
全てはあの犬畜生……十六夜咲夜が現れてからだ。以前は屋敷の中の警備も私の領分であり、強力な侵入者はほとんど私が葬ってきた。しかしあの犬がメイド長に任じられてからというもの、私のお株は奪われっぱなし。……おかげでもはや屋敷の中に私の居場所は存在しない。このクソ暑い中、外回りなんぞをやらされる始末だ。
今や紅魔館における私のヒエラルキーは最底辺……手順を踏んで入館を許された場合、そこらの氷精にすら劣る。
特に最近ではまるで餓え死にしろと言わんばかりの食事制限が課せられ満足に力も出せない。
このままではマズイと判断して図書館在住の知識人を頼ってみたのだが、そこで私は来訪者に大怪我させるという不始末をやらかしてしまう。これでいよいよクビかと思ったら意外にも知識人が証拠の隠滅を図ってくれたおかげで今もこうして門番をやっているのである。いくら感謝しても足りない。私はこの素晴らしき紅魔館の門番としてコッペパン一つで身を粉にして働こう。そう決めた。私の生涯は門番としての誇りと共に在り続けるのだ―――。
…そう考えていた時期が私にもありました。
さすがは魔女、やり方がえげつない事この上なしだ。
怪我をしたように見えたスキマ妖怪は実はピンピンしており、自分を退室させた後で性悪同士仲良く杯を交わしていたというではないか。小悪魔が急ピッチで酒を飲ませて酔い潰した後 聞きだした話によれば、私に罪悪感を与えて不平不満を封じ込める腹積もりだったらしい。つまるところ私は紅い悪魔も真っ青の奸計に為す術もなく嵌められたのである。
さらに度し難い事に、最近ではその小悪魔も意味もなくジト目で睨まれたり、問答無用で血を抜かれたり、勝手に日記を読まれたり、挙句の果てに食事に毒を盛られたりと気の休まる暇もないという。いつも本ばかり読んで良識ぶるので人畜無害な印象を持っていたが、あきれた外道ぶりだ。……あの魔女とはいつか決着をつけなければなるまい。
「くそぅ、性悪魔女め。お嬢様のご友人だからって図に乗って……!」
「類は友を呼びますからね、まったく救いようの無い方です。
だからこそ私達がしっかりとフォローしなくては。
大丈夫、私だけは何があってもあなたの味方ですよ………、…紅美鈴さん」
日差しが強くなった為だろうか。小悪魔が一瞬言葉を切り、額に手をかざしてからそう言った。
……何てしっかりした娘なのだろう……、あの知識人扱いの引きこもりとはえらい違いだ。
それに何故か私の名前をフルネームで呼んでくれるなんて、彼女のためなら何でもしてやろうという気になる。
そうだ、どんなに辛くてもいつの日かお嬢様が私の頑張りを認めてくれる時は必ず来る。今は耐えるとき。
そうと決まれば、私は自分にやれることを精一杯やるまでだ。とりあえずこれ以上失態を重ねることがないよう、気を引き締めて仕事に掛かろう。お嬢様と犬の留守中は私が紅魔館を守るのだ。暑さに参って部屋でのびている紫もやしなど当てにはならない。
……門番の誇りに懸けて、紅魔館の門は何人たりとも通しはしない。
決意を新たにして、先ずは小悪魔に礼を述べようと思ったが、気が付くと彼女の姿は既になかった。
小悪魔も忙しい身だろうから仕方がない。
別れ際に一言くらいあっても良さそうなものだが、自分が呆けていて聞き逃したのかも―――。
美鈴は忘れていた……門番は侵入者の排除だけが仕事ではないことを。
許可なく外出しようとするもう一人の悪魔を押し止めることも職務であり、それが自分の手に余ることを。
「コインいっこ、入れてもいいかしら?」
その声が聞こえるや否や、紅魔館の前に突如として阿鼻叫喚の地獄絵図が展開された。
「パパパ、パチュリーさまあーーーーー! 雨っ、雨降らしてプリーズッ!! っぎゃぁぁああああああああ!!」
爆音が轟き、地面が乾いたクッキーか何かのように割れ砕ける中、美鈴は悲鳴を上げて逃げ惑う。
そこには最早一切の余裕はなく、戦意など一塵たりとも存在しない。
先程の決意はどこへやら、なりふり構わず救助を要請するも、魔女どころかメイドの一人すら出てこない。
しかも彼女はこの話とあまり関係がないのだった。
㊥㊥...○
その紅魔館の主、レミリア・スカーレットは日傘を手に博麗神社に向かっていた。
背後には、今日は荷物持ちなのか、いつもの如くメイド長を引き連れて上機嫌に空を翔る―――。
「ふふふ、今日という今日こそは霊夢を私のモノにしてみせるわ」
にんまりと頬が緩むのを自覚できた。
ヴワルから借りてきた本を参考に霊夢攻略の糸口を掴む……、今日はその偉大なる第一歩。
あわよくば今日一日で最後まで……おっといけない、乙女は決して鼻血など流さないのだ。咲夜は数少ない例外である。
まぁ、まずは深呼吸でもして落ち着こう。話はそれからだ。
日傘越しに太陽を見る。いつもなら不愉快極まる陽光も、今日ばかりは二人の新たなる門出を祝福しているように感じられた。今なら素っ裸で海水浴としゃれ込んでもきっと大丈夫、そんな気がする。もちろん私はどこかの狐と違って慎み深い淑女なのでそんな破廉恥な真似は考えも付かないが。……でも開放的でいいかもね。いやいや。
ふと後ろを振り向くと、咲夜が高度を落として斜め下からこちらを見上げていた。
……また覗きか。逆光で見えやしないだろうに。まるで望みを抱き続ければいつか夢は叶う、そう信じてやまない純粋な子供のように、しかしやたらと濁った目でスカートの中身を一心に見つめる咲夜。……今日の私は機嫌が良い。
気付かぬ振りをしてスカートをぐいっと大胆に持ち上げる。途端、プシッ!!っとかなり景気のいい音がしたが結果は見るまでもないだろう。……咲夜も随分(血が)溜まってたのね……、などと妙な感慨を抱いた。
同じことは私にも言える。
自己記録を大幅に超えた5日間にも及ぶ霊夢絶ちを経た今の私の欲望は止まるところを知らず、天を衝き山をも砕く勢いである。例え博麗大結界といえども封じ込めること能わざりけり。多少いきなり襲い掛かったり、自然に卑猥な単語を連発したりしようと一体誰が私を責められるだろうか、責められはしまい。
……博麗神社が見えてきた。
私は一気に咲夜よりも高度を下げ、うれしさのあまり頭を下に回転しながら境内に落下する。
ギリギリで身をひねり、音を立てずに足先から華麗に着地。スカートをすこし摘み上げるのも忘れない。
デーモンロードウォークで石畳を気持ちよく踏み砕きながら境内を駆け抜けて、霊夢の部屋の前で急停止。
地面が盛大にめくれ上がるが気にしない。
素早く身だしなみをチェックしてまずは呼びかける。親しき仲にも礼儀ありである。
「霊夢ーー、遊びましょぉーーっ」
……しぃーーーん。
何だ聞こえなかったのか。気を取り直してもう一度。
「れえーーいーーむうぅぅううう! アソびましょぉおおおおおお!!」
……しぃーーーーーーん。…ぽたぽた。
「――出てきませんね。留守なのか、昼寝でもしてるのかしら」
なんだ留守か。
……ん? 昼寝ですって?
分かったレミリア落ち着くのよレミリアすかーれっと……これはまたとない機会ではないのか。いやしかし寝ているところを邪魔するわけにもバカ、普段目にすることも叶わぬ霊夢の寝顔、それがこの、この鍵も掛からない薄紙一枚隔てた向こう側に広がっているというのよ!!桃源郷はここにあったのだ。こんなチャンスは二度とないかもしれない。寝ている間なら普段は我慢しているあんなことや以下省略がやり放題で且つお咎め無しときたものである。据え膳食わぬは何とやら、既に紅く暮れなずむ夕焼けを背景にセーヌのほとりで将来を誓い合ったふたりの仲を考慮すれば何をか言わんやだ。勘の良い霊夢のこと、ぐずぐずしていては今にも起きてしまうかも知れない―――。
「――いただきまーす」
1ピコ秒で全会一致、すぐさま気配を消して抜き足差し足で忍び寄る。
心得たもので咲夜もすぐに私にならう。
ぶち抜きたいのをこらえつつ、そっと障子を押していく――。
「あ、あれ? このっこのっ、…開かないわ。結界でも張ってあるのかしら」
「お嬢様、押すんじゃなくて横に引いてください」
軽く通過儀礼を済ませて慎重に障子を引いていく。
鼻腔に芳醇な巫女の馨りが広がり、徐々に霊夢の部屋の中が見えて――。
――がらん
「いないじゃーん……」
何だほんとに出かけてるのかぁ……期待して損した。
まぁいいか、霊夢が帰ってくるまで図書館から持ってきたバイブルでも読んで復習しておこう。
縁側に腰掛け一人静かに本を読む吸血鬼……実に絵になる。あとはアレだ。おとなしく留守番をしていれば通い妻めいた幼い魅力にノックアウトされた霊夢が私の小さな親切に何故か全身全霊で以ってお礼をしたくなるという素敵なハプニングもあるかもしれないから私がいつも準備万端で神社を訪れる甲斐があるというものである。
期待に胸を躍らせながら、咲夜に持たせていた本を適当に一冊抜き取った。
本番で下手を打ったら霊夢が可哀想だからね。
◇◆◇
神社に近づくと「…ここは戦場かっ!」と言わんばかりの破壊の爪痕が境内に深々と刻まれているのが確認できた。
留守中に襲撃でも受けたのだろうか。盗られる物など別にないけれど、また掃除が手間ね、と考える。
見れば縁側に腰掛けて読書にふけるレミリアとその傍らでハァハァしている従者の姿がある。
……コイツらの仕業か。
ただでさえ暑い中を飛んできて疲れてるのに。
不機嫌な声になるのを自覚しつつ呼びかける。
「…何よ。また来たの?」
「また来たの。
…とっておきの魔法はいらないわよ」
「やけに辺りが荒れてるのは……あんたの仕業ね。
これはちょっと灸を据えてやる必要があるのかしら」
「……っ! れ、れいむ…その手に抱えているのは……?」
私は一本の青々しい竹を両手で抱えていた。
神社を留守にしていたのは、竹林にこれを採りに行っていたためである。
「ああ。今日は魔理沙が来てて流し素麺にしようって話が出たんだけど、途中で別行動になってね。
もう昼過ぎだし、今から竹を割ったりするのも面倒だから、また今度にしようかと――」
「…そ、そうね。竹やりプレイというのも斬新でなかなかいいと思うわよ。でもね霊夢……よく落ち着いて聞いてちょうだい。
さすがにいきなりその大きさはどうかと思うのよ。物事には順序というものがあってね?そりゃ私もちょっとあざといぐらいにいろいろ狙って霊夢をソノ気にさせてしまった非はあるんだけど、それにしたっていきなりその太さは物理的に無理があるというか、そもそもホントにここまで覿面に効果が表れるものとは思ってもみなかったわけでABCでいうならCないしBくらいを望んでいたつもりがまかり間違ってSSSの境地に達してしまったような恐怖と期待のうれしはずかしアンビバレンツがえもいわれず心地よくて何が言いたいかっていうと、とどのつまり節がちょうどイイかもしれないわね?」
……私はレミリアをよく落ち着かせるために、手にした竹をぶん回して思い切り彼女の首に叩き付けた。
一度は青ざめ、次第に赤くなっていった彼女の顔色が打撃によって中庸の紫色に変移し、ガクガクと痙攣を始める。
そんなレミリアを見ながら鼻血が一向に止まる気配の無いメイド長は剛の者だと不覚にも感心してしまった。
あれは少なくとも瀟洒とは言わない。もう何でもいいのだろうか。
「たしかに節目は大切ね、割と何事にも」
「やっぱり霊夢もそう思うのねっ!
うん、分かったわ。私も出来るだけ頑張るから最初は――」
――ぱしーんっ。
……どうやら薮蛇だったらしい。
着衣に手を掛けたおバカな吸血鬼に再度天誅を喰らわせる。鞭で打ったような音があたりに木霊した。
まだ脱いでもいないのに、このシチュエーションだけでお腹一杯なのか咲夜の出血量が激増する。
神社に帰ってからまだ一度も言葉を交していないが、一種異様なまでの存在感がある。
……全く以って見習うべきところではないけれど。
早いところ日陰に入って休みたかったので、私は何時まで経っても鼻血が止まらない従者と何故か恍惚とした表情を浮かべるレミリアともども家に上げて食事の準備に取り掛かることにしたのだった。
◆◇◆
目の前で霊夢が素麺を啜っている。……長くて細い白いモノが霊夢の唇につるつると吸い込まれ、んぐっんぐっと頬が妖しく蠢き、白いのどをコクンと鳴らして嚥下する。私はそのひどく淫靡な光景に卑猥な妄想を逞しくしながら、じっくりねっぷり舐め回すように思う存分空想に耽る。乾ききったハートにしみ入るような悦楽のひととき。
……ふふっ、霊夢ったらそんなに慌てなくてもまだまだたっぷりあるのに。ほんとに好きねぇ。
ああ、汁が跳ねて顔に……、まったく手がかかるわね霊夢は。しかたがないから今度は私が舐めて―――
「……レミリア、お腹空いてるの? そんなに物欲しげな顔されたら食べづらいんだけど。
あと何かがいっぱい出てるわよ、よだれとかいろいろ」
「――そうね。もうお腹がいっぱいだから霊夢の可愛らしいほっぺに跳ねたその甘いお汁で十分よ?」
「は、話がつながらない……。真顔で何言ってるのよ…。というか何考えてたの?」
「別に、視姦してただけよ?」
……目を潰された。
私は再生できるからいいようなものの、失明なんて人間なら一生モノの傷である。
これはつまり霊夢は私のことを人間と変わらず扱ってくれているということで、且つ私の一生を貰い受けるという遠まわしの愛情表現といって過言ではないのだろう。
そして同時に二人のあいだに遠慮なんていらないわ、という意思表示でもある。あと一押しだ、詰めを誤ってはならない。
「だめよっ霊夢、まだ早いわ、結婚なんて……。その前にもっと大切なことがあるでしょう?」
「そうね……、あんたが日本語話せるようになることかしら……」
「そう! そうなのよ!
お互いの気持ちを確認し合うための愛溢るる共同作業がまだだったじゃない! 私たち!」
「ねぇ聞いてよ人の話」
「ええ、言われなくても分かってるつもりよ、霊夢が私のことをとても大切に思ってくれているということは。
だからこそ私はその思いに応えたいの。二人のあいだに遠慮なんていらないのでしょう?
霊夢だって健康な若い肉体をもてあましてるわけだし我慢はきっと身体によくないわ。改造巫女服の、
というかその魅惑的な腋の下に押し込められ抑圧された狂おしいほどの欲望を今こそ解放すれば良いのよっ。
さあれいむ、恥ずかしがらないで!? ふたりでめくるめく官能の世界へ―――」
「――夢想封印・瞬」
一瞬我を忘れて飛び掛った私は遠慮なく外まで吹き飛ばされて荒れ果てた境内を跳ね転がりながら霊夢の歪んだ愛情を懸命に受け止める。恥ずかしがり屋の霊夢のことである、愛する私に突然襲われれば彼女の乙女回路が意に反した誤作動を引き起こし、その結果純情な彼女が混乱してついスペルカードを発動させてしまうことなど自明だったではないか。
年頃の少女に極めてありがちな行動に、今ごろ自責の念に駆られながら激しく後悔していることだろう。
かわいそうな霊夢……ここは年上らしく笑って許してあげなくてはね。
こういうのなんて言うんだっけ? …つん、ツン、ツン―――
「ツンドラ?」
このとき湖上の氷精が盛大にくしゃみをして折しも絶賛冷凍中だった蛙を欠片も残さず粉砕四散させてしまい、それを偶然目撃した彼の同胞たちの間で憎しみが新たなる憎しみを生む壮大なるトラジェディに発展していったのだが長くなるので割愛する。……そして誰もいなくなった。チルノ恐るべし。
◇◆◇
レミリアを叩き出して食事を終え、食器類を片付けるついでにお茶を淹れ直す。
戻ってくると、そこには既に彼女が復活しており、あまつさえ私の座布団に鼻先を押し付けてくんくんするという犬っぷりを遺憾なく発揮していた。こちらの視線に気づいたのか、何事もなかったように顔を上げて謝罪しはじめる。
「今のはさすがに私が先走りすぎたわね。ごめんなさい霊夢、おどろかせちゃって。
だから私のことは気にしなくて良いのよ。ほら元気を出して、もう私も気にしてないから」
まともそうに聞こえても彼女の中で常人には理解不能なトンデモ理論が展開されたであろうことは想像に難くない。
それでも儚げな笑顔を浮かべてしおらしく謝ってみせるレミリアに咲夜内部でドラマが盛り上がりまたぞろ鼻血を垂れ流し始めた。咲夜の座っている場所には先程から流していた血がたっぷりと染み込んでいるのだが「コーヒーこぼしちゃったわ」みたいな顔でそ知らぬふりを決め込んでいる。そのポーカーフェイスぶりだけは瀟洒と言えなくもない。
「そう、それは良かったわ…」
ちょっとは気にしなさいよ。「今の」ってどこから。
暑さで思考がダレ気味になっている私は、いちいち指摘する気力もなく投げやりにそう応える。
今に始まったことではないし、レミリアの狂態についてはすでに諦めているので別に構わない。
「あー…緑茶、いる?」
レミリアたちはすでに食事を摂って来たらしいのですっかり忘れていたが、お茶の一杯も出していない。
いまさらとも思ったが一応訊いてみた。
「………緑茶? …ええ、そうね、もらおうかしら……?」
何故か一瞬ぎょっとした表情を浮かべるレミリア。
よく分からないが、彼女はともかく咲夜のほうには水分を補給させなくてはまずいと思う。
新たに湯呑みを二つ持ってきてお茶を注ぎ、腰を落とす。
まだ熱湯に近いそれを咲夜はずぞっと一口で飲み干し、レミリアは一度口をつけただけで湯呑みを置いて私の背後に回り込み、背中に負ぶさるように抱きついてきた。
「離れなさいよ…。というかお茶飲まないの?」
「まんざらでもないくせに。お茶は後でもらうわ、まだ熱くて飲めないから」
「口に合わないとか言うのかと思ったわよ」
「――まさか!
せっかく霊夢が淹れてくれたんだもの、そんなこと言うわけないじゃない。
霊夢が出してくれるなら、泥水だろうが硫化水銀だろうが3回はお代わりできるわよ?」
……レミリアたち吸血鬼の体温は低い。
それは日に当たるを厭う体質ゆえの恩恵か、はたまた永久(とわ)に朽ちぬ骸がゆえの代償か。
どちらにしても同じ事、その特性に根ざした半ば呪いに近い付随効果。
生ある者の代名詞たる人間が、その限られた生命を燃焼させるように生きることに対して、先天的な不死者たる彼女らにそうした体温がないのは至極当然なのかもしれない。
人の身である私が知るところではないけれど、そんな彼女を背に感じてどこか物悲しい気持ちになるのは傲慢だろうか。
彼女もまた、儚い人の生に或いは同じ思いを抱いているのかもしれないというのに……。
偏った視点しか持たない私には、一長一短、そんなありきたりの結論で自分を納得させるより他にない。
取り留めのなくなってきた思索を打ち切る。
今重要なのは、彼女の体温が私のそれと比して格段に低い、ただその一点に尽きる。
そのため、たしかにくっつかれるのは悪くない。むしろはっきり言って気持ち良い。けれどそんなことを口に出そうものなら一体どこまで暴走されるやら想像するのも恐ろしいので意図して邪険に扱う。張り付いたまま一向に離れないレミリアに、
しかし噛みつかれないように細心の注意を払いつつ顔をぐいぐいと押しやる。あくまでポーズとしての牽制である。
「れいむー、元気でた?」
身体が冷えた為、たしかにかなりダルさは消えたのではあるけど、彼女の発言の意図を鑑みればここで是と答えるわけにはいかない。あれだ、方向性がぜんぜん違う。ここしばらく会っていなかったからとか実はスキンシップを欲していたとか、そういう風に誤解されるのは極めて危険なのだから。
さりとて今のレミリアには真冬の炬燵に匹敵する魅力がある。
団扇と風鈴だけでは限界があるし、あまり強硬に拒絶するわけにはいかないのが悲しいところ。
「あ゛ーー……」
……結果として現状維持しか選べず、我ながらどうかと思う呻き声を上げるに留まる。
ふと見れば、今の私の状況に自分を当てはめて妄想しているのか咲夜の周辺は血だまりによって実に猟奇的なアナザーワールドが展開されていた。……だからここ私の家なんだってば。
私の返答がお気に召さなかったらしく、どこかしょんぼりした様子でレミリアがこちらを見つめる。
「……それとも、気持ち悪かった……?」
「ん、いや…」
「じゃあ濡r」
「 夢 想 天 生 ッ !!」
勢いよく回転しながら地面とほぼ平行に弾け飛んだレミリアは境内を突っ切り鳥居に激突して甚大な被害をもたらした後、錐揉みしながら垂直に落下しゴロゴロと石段を転がり落ちていったようだがここからは見えないので確かめようはない。彼女が消えた途端に室内の熱気が増したように感じた。
最悪ね、レミリアのよけいな一言のせいで何もかもが台無しだわ……。
◆◇◆
縁側から上がり込みながら只今のフライトの感想を口にする。
「まさに天にも昇る心地良さだったわ。危うく戻って来れなくなっちゃうくらいに。
でも分かってる。この痛みこそが溢れんばかりの霊夢の思い。
情け容赦のない言葉の裏に潜む私への愛のメッセージ、しかと受けとめたわっ!」
「……いい加減にして欲しいものよね」
いい加減にシて欲しい?
何かを待っているのか。何を?
ああ、なるほど――。
「聞いてるの?」
「いよいよ脱げということね。自分で出来るわ」
スピードには自信ありだ。瞬きする間に出来上がる生まれたままの私。
動揺する間もあればこそ、ふたりの愛は燃え上がり――。
瞬きする間に情け容赦ない乙女の拳が人中に叩き込まれ、凄いスピードで壁に叩きつけられた私は身を苛む地獄の苦しみにドキドキしっぱなしで少し鼻血が止まりにくい。惚れ惚れするような迷いのない重い一撃に感嘆の吐息を漏らす私に冷たい瞳を向ける霊夢。その眼差しに冷やされてふたりの愛の証である疼痛がグングン癒される。少し残念。
「やっぱり暑いとイライラするのかしら。
何だかいつもより霊夢の反応が激しくていい感じだわ……」
「……早いわね、復活するの。
それはそうと、暑いのは本当に何とかして欲しいかもね。落ち着きのない奴が来て対処に困るから」
……咲夜の事か。
従者の落ち度は主人の落ち度でもある。ここは私自ら責任を取らねばなるまい。
しかしどうやって……。
「あ、そうだ。怪談なんてどう? 涼しくなるかもよ?」
……我ながら何というグッドアイディアだろうか。
巧みな語り口と演出で相手の不安感や恐怖心を煽り、揺れる恋心と錯覚させる。
いわゆる吊り橋効果とかいうやつで霊夢の乙女心に直接揺さぶりをかけるのだ。
己のあまりにも偉大なる才知の迸りに、私は思わず戦慄を覚えた。
咲夜には演出を担当してもらおう。彼女ならば私の意を汲んで上手くやってくれるはず。
唯一にして最大の障害は霊夢の無重力ぶりだが、私の悪のカリスマを以ってすれば試してみる価値はある。
無重力対策の秘訣は、何より霊夢をその気にさせることだ。
彼女自身が乗り気じゃなかったら何をやっても暖簾に腕押し。
受け入れ態勢を取らせることが必要不可欠なのである。
微妙に刺激的なフレーズに自然とテンションが高まっていく。
「正直あんまり期待できないけど、少しはマシなのかな。けど、自分の話は却下よ?」
…やはりどこか淡々とした様子が見受けられる。
もっとM字開脚みたいにがっつり来てもらわなくては。
胸を張って気持ち見下すようにしながら大見得を切る。
「馬鹿にしてもらっては困る。この私がそんな恥知らずな真似をする筈が無いでしょう。
伊達に500年も生きてないからねぇ。私は怪談ネタには造詣が深いのよ?」
カリスマを醸し、傲然と言ってのけた。すかさず咲夜に目配せする。
パートナーが力強く頷きを返したのを確認。これでフォローが見込める。
「やけに自身ありげね。これは信用してもいいってこと?」
ああっ!? れいむってば私のことを信頼してくれてる!!
意味深なセリフに今こそ妄想の翼を広げ、全てを忘れてこの大空に舞い上がりそうになるのを鍛え抜かれた理性で抑制しつつ、今晩のオカズ…いや、後のお楽しみに取って置くことを金剛石より固く誓いながら悪魔の如き邪悪な笑みを浮かべてみせた。即興で怪談の内容を考えながらゆっくりと、恐ろしげな声音で語り始める。
「――これは私の館でうわさになってる話なんだけどね………出る、らしいのよ……」
何だかんだで霊夢がじっと聞き入っているのを確かめて、内心ほくそ笑む。
さてどうやって繋げていこうか。適当にありそうなエピソードを想像して怪談の捏造に集中する。
「私なんかは夜行性だけど、館の大抵の住人は夜寝るでしょう?
……遅くなると自然と明かりが少なくなって、皆、寝静まるのよ……」
実際はそうでもない訳だが。
虚言に脚色を施して真実味を持たせつつ、リアリティを向上せんと試みる。
「それでね、夜間は一部のメイドが夜勤で館を警邏するというわけ……二人一組で。
暗ぁい廊下を、ランタンの灯りだけを頼りに見回りしていると、どこからともなく女の子の声が聞こえて来るらしいの。
……館には昔から一般メイドは立ち入り禁止の一角があるんだけど……。
決まってそこを含む区画を担当したメイド達がその声を聞いてね……。中には戻って来なかった子までいるのよ……。
証言もまちまちでね…。けたたましい笑声やラップ音、切なげにすすり泣く声など様々よ……」
咲夜が時間を止めて手を回してくれたらしく、辺りは急にしんと静まり返った。
宵闇妖怪でも拿捕したのか、昼間にしては随分と薄暗い。
これが功を奏したのか霊夢が神妙な面持ちで聞き入っているではないか。順調そうだ。
咲夜、グッジョブ。今度思う存分にいたぶってあげよう。悦ぶ姿が目に浮かぶ。
……しかし、こうなると少し欲が出てしまう。
どうせならこの機に乗じてさりげなくアピールも兼ねてみようか。
「そこで私は自ら事の真相を暴きに動いたわ。この私の館で勝手な真似は許せないからね。
ちょうど丑三つ時くらいだったかしら。私がたったの一人で徘徊していると……どこからか女のくぐもったような声が。
出所を探ると、確かに例の立ち入り禁止の場所でね……。うわさは本当だったのよ……。
それはもう不気味な声だったけど、それでも私には紅魔館の主人として館の住人達を守る義務がある。
――意を決して、暗い階段を足音を殺しながら下りていくと……突き当たりの頑丈そうな扉の奥からもう一度、
苦しげで悲しそうな声が響いてくるじゃない。
慎重に慎重に……扉へ耳を当てて息を潜めていると……今度こそ、はっきりと聞こえたのよ……!
………恐るべき、謎の声の内容が―――!!」
――くわっ、と目を見開き、恐怖に引き歪んだ表情を作る。何故か咲夜がよだれを拭っているが気にしない。
霊夢はびくっと緊張に身を固め、息を殺しつつ私の言葉の続きを待つ――――。
「――はぁっ、はぁっ、お姉様あぁ……わたし、せつないよぅ……」
「…って、それは猥談でしょおおぉぉおおおおーーーーーーっっ!!!?」
「……しまった!
霊夢の反応に劣情を催すあまり、思ってもないこと……じゃなくて、いつも思っていることが明るみに……!!」
加えて気が動転したため、いつもの私なら有り得ないような墓穴まで掘る始末。
「突っ込みどころが多すぎて何処からツッコむべきか!! あんた一体どこまで業が深いの!?」
「えっ!? ちょっ……やだ、れいむったら。こんなに日の高い内からそういう話題を振らないでよ、馬鹿……。
上でも下でも後ろでも好きにすればいいじゃないっ。むしろ何時でも、無茶苦茶にしていいのよっ!!!」
次の瞬間、照れ怒った霊夢のアツくて激しいイチモツが突っ込まれ、衝撃が私の正中線を駆け抜けた――――。
◇◆◇
満面の笑みを浮かべて全身ダイブを敢行してきたレミリアの額に、すこんとカルい音を立ててニードルが突き立つ。
飛び込みの勢いも相まって深々と刺さった調伏針が、まるで昆虫標本のように彼女を虚空に縫い留めた。
人形のように整った顔立ちに針が一本生えると、それは一気にどこか陰惨で冒涜的なオブジェと化す。
「痛い! 痛い!
れいむっ、おねがい…、もっと優しくシてぇええええ……ッ!!」
ドやかましい。世間体が悪い悲鳴を上げるな。
ひとしきり喚いた後、俄然凄まじい勢いで鼻血を噴出し始めた咲夜に助けを求める。
「さくやぁ、痛いよう…。おねがい抜いてえ…っ」
「――お嬢様!! 只今ッ!!」
レミリアの台詞が心の琴線に触れたのか、ここで初めて人間らしさを見せた血まみれメイドは愛する主人の求めに応じてすぐさまスペルカードを発動し、あふれ出す鼻血の時間をプライベートスクウェアで瀟洒に堰き止めた十六夜咲夜と化して颯爽と駆け寄った。限界まで彼女の能力を引き上げた符が、その負荷に耐え切れず力を失い一瞬で灰燼に帰す。
咲夜の瞳が紅色に染まり眩いばかりの光を放つ。
それは能力発動の証左か、それともただの充血と眼光かは判然としないが、もうどうでも良かった。
咲夜がまるで割れ物を扱うように、傍で見ていて胸焼けがするほど優しくレミリアの頭を掻き抱き、私の放った針を引き抜こうと万力のような力を加え始める。
「あああっ! いやっ……抜けちゃうッ、さくやぁ……」
「今しばらく辛抱してくださいお嬢様! すぐに終わらせますから……っ!」
ぐっ、ぐぐ…っ
「――さくやぁぁああああ!!」
「――おぜうさまぁああっ!!」
きゅぽんと頭の構造丸分かりな音がして、大きなカブみたいにレミリアの頭から極太ニードルが引っこ抜ける。
ぴゅーーっと噴水のように額から血流を噴き散らして、くるくる回転する吸血鬼。
ドバアッ!!と滝のような鼻血の奔流を迸らせ、堪らずへたり込むその従者。
「ねえ、お願いだから他所でやってよ」
どうしたってため息が出てしまう。
私の中の何かが恐るべき勢いで磨耗していくのを感じた。
その何かが、若さとか元気とか寿命の類でない事を祈るばかりである……。
いまや十六夜咲夜の周囲は異次元といって過言ではない。
あふれ続ける鼻血は濛々たる血霧を創り上げ、その中で炯々と輝く赤い眼は妖怪よりも妖怪らしい。
気の弱い者が不用意に目を合わせれば、失禁は免れぬほど恐ろしげな風情を醸している。
「――何時ぞやの紅霧は全て私の鼻血でした」
……とか言われたら思わず納得してしまいそうな具合である。
「まさかね…」
識閾下から心の内側に浸透する無音の重圧を目下全力でスルーしながら視線をあてどなく彷徨わせる。
不意に、脇に積まれているレミリアたちが持ってきた数冊の本が気になった。
「そういえば今日は珍しく本読んでたわね」
「パチェの図書館から借りてきたのよ。
偉大なる先人達の著に触れることで、私もいろいろ学習しようと思ってね」
「へぇ。それはまあ、良いことよね。多分」
「でしょう。ときおり私の知的好奇心がうずくのよ。こうムラムラと。
我ながら実にインテリジェンスだと思うわ。今度伊達メガネでも掛けてみようかしら、どう思う霊夢?」
「……また大げさな。どうせ絵本とか小説ぐらいでしょ?」
「かわいい挿絵がいっぱい付いた恋愛小説よ。……すごいわね、大当たりじゃない」
「針と勘の鋭さには定評があるのよ…ってどうでもいいでしょそんなこと。
私もたまには読んでみようかしら、外に出る気にはならないし…。どれか貸してくれる?」
「もちろんよっ!
でも意外ね。霊夢はこういうのあんまり好きじゃないのかと思ってたから……」
「私はあんたと違って見た目どおりの歳なの。
そういうものにも、まぁ、多少の興味はあるわよ」
「そうよね! 年若い生娘だものね! 至極当然の欲求だと思うわ!
それを抜きにしても共通の話題を持つのって素晴らしいことだと思うわよ?
パチェはこういうの苦手みたいだからどうしても話が合わなくて、霊夢が興味持ってくれてうれしいわっ!」
……そうまでいわれて悪い気はしないわね―――。
レミリアがいそいそと本を取りに動く。彼女の無邪気な喜びようについつい頬が緩む。
私はそのことを彼女に悟られないように、まずは心を落ち着かせるため、ゆっくりとまだ少し熱いお茶を啜る。
「さあ霊夢っ、どれでも好きなのを選んでちょうだい!」
色とりどりの本がまとめてズシンと目の前に置かれた。
とりあえず背表紙にあるタイトルを読んでみる。
『百合色の吐息 -散華-』
『巫女さん強制妊娠計画』
『M女ッ娘ありす電車に乗る』
『はじめてづくし ~姉妹愛編~』
『正しい受け(ネコ)の躾け方』
・
・
・
「ばふぅッ!!」
私は飲んでいたお茶を霧状に噴出して仰向けに一回転するほどの衝撃を受け、しかし座ったままの体勢から360度の縦回転の実現は物理的に不可能であるので90度で妥協する代償として畳が摩擦熱で焦げ付きそうな程に強烈な下向きベクトルに苛まれながら2メートル弱の距離を一瞬の内に滑走した。
なぜ私の背中は熱した鉄板で炒められている具材のように熱いの?
「大丈夫っ、れいむ!?」
瞬時に焦げ臭くなった私を介抱する名目でのしかかろうとしてきたレミリアの腕を取って引き崩し、巴投げの要領で怒りや痛みと共に力いっぱい投げ飛ばす。勢いを増して箪笥の角にぶち当たったレミリアは、ただでは転ばないとばかりに衝突の反動を利用して再度飛び掛ってきた。空中で身を捻り、私を目掛けて顔から突っ込んでくる。
しかしその行動を見越していた私は体のバネを活かして身を起こし、すんでの所で回避に成功した。
――ぷじゃっ、ズズズッ……
直後、最前まで私の頭があった場所にレミリアが墜落…激突、あるいは着弾した。
盛大に我が家の畳と熱いベーゼを交わしたレミリアがいきり立って反駁してくる。
「んもぅ、非道いじゃない! どうして避けるのよ!」
「避けないと大怪我するからよっ!
それより何なの、あの本は! 特に上から二冊目!! まんまじゃない!!」
彼女に相応しすぎるベストチョイス、そして凄絶なラインナップに私は逆に感動すら覚えていた。
「なによっ! れいむが興味あるって言うから見せただけなのに!!」
「あれってそういう意味だったのっ!?
今更のように納得したわよ! ほんの一刹那でも温かい気持ちになった私が馬鹿みたいじゃないの!!」
……何もかもが台無しだった。
なおも憤然と喚きたてるレミリアを無視して、先程とは全く違う方向性から落ち着きを求めてお茶を口に含んだ。
やがて諦めたのか、こちらに恨めしげな視線を送りつつ元の位置に座り直すレミリア。
全く。泣きたいのはこっちだってば。
「――さくやっ、れいむが冷たいの……」
「お嬢様、可哀想に……。
どうぞ私の胸に顔をうずめて存分に泣いてください。
――くっ……!? こんなときに持病の貧血がっ……!」
「――咲夜? 大丈夫、咲夜ッ!?
ひどい血! ああ、ごめんなさい私のせいで……」
「ふ、お嬢様のためならこのくらい……っ」
「ああ! 咲夜……!」
何か明らかに頭の悪い会話が聞こえてくる。
顔をうずめるほど胸がないとか、その貧血は持病ではないとか、今頃この尋常ならざる出血に気付いたのとか、そもそも今の会話のどこらへんに感動すべきポイントがあるのかぜんぜん分からないんだけどとか、ともかく私の刺すような視線をものともせずにひしと抱き合う血腥い主従。……誰かコイツら埋めてきてくれない?
「さあ! 今度はれいむの番よ! 存分にハグるといいわ!」
一体何なんだろうか、この勢いは。今日何度目かの頭痛が走った。
思い返せば朝から怒ったり、怒りながら突っ込んだり、怒ったり、やっぱり怒ったり……。
怒ってばかりじゃないか。しかも原因は九割こいつだ。
「いい加減鬱陶しいわよ。今日はもう帰ってくれる?
あんたの所為で虫の居所が悪いかもしれないから」
「つまりお医者さんごっこがしたいのね。種族柄、私が医者役ということでいいかしら。
霊夢が患者で咲夜がナース……すごいハマり役ね、私たち。天を掴めるわ。
ではさっそく診察開始ね。……霊夢、言いにくいけどこれは恋の病よ。一日三回食事として私を服用しなさい。
そんなわけで速やかに処置に入るわよ。咲夜、ふとん持ってきて!」
調子に乗りすぎだ。ガツンと言ってやらねば分からないのだろうか。
「聞こえなかったの? 私は帰れと言ってるのよ」
「女どうし照れることないじゃない。私は霊夢になら全部見せてあげてもいいのに。
私がこんなに貴方を愛してあげているのに霊夢は全然愛情が足りてないと思うわ。
もっとオープンに自分をさらけ出したらいいと思うわね。手始めに服から」
愛…?
彼女が言うと滑稽な言葉だ。
頭に血が上るのを感じた私は厳しく容赦なく自分の考えを口に乗せた。
「あんたは私に一方的な共感を覚えているだけよ。
何の仕掛けも無く空を飛ぶ人間なんて狭義の人間では有り得ないものね。
時間を操る人間も同じ、人でありながら人の理から外れた存在。自分と同じ異端。
愛してるなんて建前でそれらを所有し、その上に君臨することで自己を確立する。
……まるで子供の我侭だわ」
「…それは誤解よ、霊夢?
でもちょっと悪ふざけが過ぎたかもしれないわね。
そんなに怒らないでよぉ」
「更にあんたは一度私に負けた。
自分を下した相手に友好的に振舞うのは、その時の事を敗北と認めたくないプライドからでしょう。
……自覚が無いのなら言ってあげるわよ。あんたのそれは好意でも何でも無い――」
「…………」
「――――卑小窮まる、ただの自己満足に過ぎないわ」
◆◇◆
息をするような自然さで空間が凍結した。
そう錯覚する程の静けさと冷たさに周囲が満たされる。
青く抜けるような空。むせ返りそうな熱気。
生を謳歌する小さな物。光あふれる世界。
外の喧騒は依然としてそこに在る。
にもかかわらず、まるで私だけが切り取られたように遠いものと知覚される。
――今更ながらに思い知らされた……それらが私と無縁なのだと。
呼吸をするのも億劫に思いながら、それでも軽く息を吐く。
どこか冷めた眼でそんな私自身を観察する。
返す言葉など有りはしない……彼女の言が的を射ている以上。
ゆえに否定する事は出来ない。明確な意思を持てずにそれをすれば最も見苦しい嘘になる。
さりとて彼女を黙らせる事も出来ない。それは彼女の言葉を何より雄弁に肯定する事になる。
結局の所、この場に居る誰一人騙す事は出来ないのだ。
真っ向視線を合わせられる筈も無く、それを悟られぬよう湯呑みに口を付ける。
程よく冷めた緑茶は苦味のあまり、とても飲めたものではない。
……私はわざと乱暴に湯呑みを置いて立ち上がる。
「また来るわ」
それだけ言い放ち、背を向ける。
――心にもない言葉だった。
だが、そう言わなければ二度と顔を合わせることが出来ないかもしれない。
それはきっと、そんな不吉な予感に囚われたがための虚言。
若しくは、ほとぼりが冷めた頃に何食わぬ顔でここを訪れるための布石。
――それとも、彼女に罪悪感を抱かせる為の……?
部屋の外に一歩踏み出す。
全部だ。
己の打算的な思考に心底嫌気が差す。
下賎窮まる思惑を振り捨てて、私は逃げるように博麗神社を後にした。
◇◆◇
「……また来る、ねぇ」
そう無表情に言い残し、レミリアは去っていった。
……私の目論見は外れたらしい。
痛い所を衝いている自覚はあったが、あの暴走具合から対応を見誤ってしまった。
鬱憤を晴らすとともに神経を逆撫でして弾幕ごっこに持ち込み、体よく追い払うつもりだったのに――。
無味無臭の違和感。
何の気無しに振り返る。
見れば咲夜が本を抱えて佇んでいた。
部屋の中は綺麗に片付けられている。
「邪魔したわね」
そう言う彼女の表情に険は見られない。
まるきり普段通りの声音だった。
……そんな筈が無いのに、だ。
呆れるほどのポーカーフェイス。
その表情豊かな人形に何か声を掛けようとして、やめた。
どうせ碌な答えは返って来ない。
彼女――十六夜咲夜は、間違いなく私を嫌っているのだから。
当て付けのように塵一つない室内に、有り得ない態度。
完全で瀟洒な従者はそれだけ残して姿を消した。
私にとっては一瞬のこと。
その一瞬はレミリアの姿が見えなくなるのに十分で――。
◆◆◆
――ヴワル魔法図書館。
永遠に失われた筈の、あらゆる魔導書の集う広大無辺な知識の墓場。
そこは深海。只管に、しんしんと澱のように溜まる知識と叡智の底である。
唯一図書館の主だけが檻に閉ざされたように、生きた知識(ノーレッジ)として其処にいる――。
「パチェ、入るよ」
「…鍵は開いてるわよ。いつもの事だけど」
鍵というよりは扉を全開にした大図書館は珍しく空気を入れ替えている所であった。本棚にはカバーが掛けられて少ない窓は全て開放されている。カーテン越しの陽光が喧騒に乗って薄暗い館内に差し込まれていた。
そのため、日陰と静寂を好む図書館の主としては遺憾な事に……妙に爽やかな雰囲気に包まれていた。
そんな図書館の一角。
椅子に腰かけ、テーブルにぐったりと突っ伏した格好で書を読みふける魔女を小悪魔がパタパタと扇いでいた。
返事をした魔女――パチュリーが身を起こし、来訪者に一瞥を送る。
小悪魔は椅子を引いて来客に勧めた後、慇懃に一礼してその場を辞した。
「本を返しに来たわ、もういらないから。すぐに咲夜が持ってくるよ。
…それよりパチェ……だらしないわねぇ。
たまには外に出ましょう。顔色悪いわよ、いつものことだけど」
「そう言うレミィは今まで出かけてたくせに顔色悪いわね。…これもいつもの事だったかしら」
「日光に当たりすぎてね。日射病にかかったのよ」
「それは外に出なくて正解。
……今日は随分と元気が無いみたいじゃない。
いつもなら声なんて掛けずに扉を破りそうな勢いで入ってくるのに……」
「そんなことないわよ?
神社が留守でね。だから今日はパチェと愛について語り明かそうかと思って…」
「間に合ってるわ」
「お題は”レミリア・スカーレットは博麗霊夢を愛しているか”
――さあ、思うところを述べてちょうだい」
視線と注意を手元の本に戻し、魔女は平板な声でいらえを返す。
「……やっぱり何かあったのね。
悪いけど何とも言えないよ、私が貴方じゃない以上。
それに、その議論に価値が有るとも思わない。
そんな事よりも今は読みかけの本が沢山あるし……」
「そんなつれないこと言わないでよぉ。私とパチェの仲じゃない。
カタく考えなくても、ちょっと本から得た知識とかで語って欲しいだけなんだから。
まあ、パチェにも分からない事はあるだろうし無理にとは言わないけどね。
あ、…もしかして妬いてるの?」
「……では回答するけれど。
貴方の言う本の知識とやらで、望みの結論にこじつける事は可能よ。
そして私は今ここでそれをする気は無い。
貴方が納得しなければ幾ら尤もらしい道理を挙げ列ねようと意味が無いもの」
「やってもいないうちから弱音を吐くなんて、流石もやしっ娘ね?」
「聞き手にそれを受け入れる土壌が無ければ、如何に崇高な思想も優れた教訓も、意味を為さない。
つまり徒労に終るの。それなら私は今まで通り本でも読んでるわ。……例え貴方の頼みでもね。
…背中を押して欲しいだけなら占いにでも頼りなさい、私より余程気の利いた答えを返してくれるから。
それを真に受けてどんな結果になるかは責任持てないけど」
「説教なんていらないよ。
頼りにならない友人だな。……占いなんて当てにはならないし」
魔女らしいとは思うけどね、と付け加える。
視線に耐えかねたのか、不機嫌そうな溜め息混じりに知識と日陰の少女は口を開いた。
「……結局、直感的な判断で行動するのが貴方には一番合ってると思うわ。
やり方なんて幾つも在り、どのやり方が正解か一概に言えない事に問題の奥深さがあるの。
真に納得するに足る答えを求めるならば、頼れるのは常に自分だけ。そう在るべきなのよ」
「頼りになるのかならないのか、……ならないわね」
「そう言ってるわ」
「――失礼します。お借りしていた本を返しに来ましたが……」
訪れる沈黙を見計らったように声が掛けられる。
「丁度良かったけど……遅かったわね、咲夜」
「ええ、少し門番に灸を据えていたので」
そう言ってテーブルの上に本を置き、ふぅと息を吐く。
門番と聞いてパチュリーが何かを思い出すように眉を顰めた。
「…そういえば昼頃、何事か大声で叫んでいたような気も……臥せっていたから良く覚えてないけど」
「妹様が遊びに出て行ったそうですわ。しかもまだ戻っていません」
「門に穴が開いてたのはそういう訳か。
てっきり黒くて速い例のアレが入り込んだのかと思ったよ」
「お嬢様、ゴキb…」
「それくらい言えなくてもいいんじゃないかと思うわよ、私はね。
……というか違うんじゃないかしら?」
余計な事を言いそうになった咲夜の言葉を素早くカットするパチュリー。
それもそうですね、と とぼけた相槌を打つ従者の声が静かな美声に掻き消される。
「――紅茶をお持ちしました」
「……」
狙い澄ましたような絶妙のタイミングで小悪魔が紅茶と一緒にプルーンのタルトを運んできた。
偶然である事を頭では理解しつつも、密かに楽しみにしていたパチュリーが暗澹たる表情を浮かべる。
「私は部屋に戻るから、咲夜、代わりに食べていきなさい」
「そうですか? 分かりました」
「じゃあね、パチェ」
「……ええ」
紅い悪魔の力ない足音がゆっくりと遠ざかっていく。
少し哀しげな顔で黙々と果肉を抉り出していたパチュリーがやがて作業を終えた。
そして平気な顔をして上品にタルトを口に運ぶメイドに話しかける。
「……で、どのくらい聞いてたの?」
「そうですねえ…。半分くらいでしょうか」
「最初から聞いてたみたいね……。
というか本当に半分でも大して変わらないから」
「随分適当な答えだったような気が…」
「良かれと思ってよ。
貴方みたいに甘やかすばかりじゃ反ってレミィが可哀想だわ。
……でも貴方にとっては、こちらの方が都合が良かったんじゃないの?」
「私は何よりお嬢様の幸せが最優先ですから、例え無責任と言われても。
パチュリー様こそ、あの程度で突っぱねたつもりだなんて大概過保護ですわ」
「本当は判らなかっただけ。
ところで彼女――フランドールの事だけれど、迎えに行った方がいいわ。
私もたまには出掛けようかしら……?」
「ああ、いえ、私一人でかまいません。
少しイライラしているので力ずくで連れ戻して来ます」
「喜ぶと思うわ。
でも責任は持ってね、最低限」
そういう魔女の皿には黒い粒から成る小さな山が築かれた。
魔女の昏い瞳が不吉なスミレ色の輝きを見せたのは光を反射した所為か。
僅かな光沢を放つ黒い山は、今にも仮初めの生を得て素早く動き出しそうである……。
† † †
自室に篭り、ベッドに身を投げ出した体勢で天蓋をぼんやりと眺める。
慣れ親しんだ柔らかい感触に身を委ね、しばし微睡んだ。
そうしながら思い出すのは、彼女に初めて出会った夜のこと――――。
……紅い満月の夜だった。
一目見て気に入った。
恐れを知らぬかのようなその眼に、今宵は楽しい夜になるだろうと心が躍った。
それに、メイド達は悲鳴を上げるだろうが、この館は――私は、基本的に挑戦者を歓迎する。
紅白の奇妙な衣装に身を包んだその闖入者は、館の守りを真正面から突破してきたものらしい。
そいつは面白いことに、私の姿を視界に納めると、何より最初に怒りを露にした。
原因には心当たりがある。だが、続く言葉は義憤ではなく、赫怒でもなかった。
――あのメイドのせいで服がボロボロよ、どうしてくれるの、と。
……こんなおかしな人間、一人くらいしか知らない。
何といっても主食なのだ、例え血を流していなくても人間だろうという事は匂いで分かる。
変わった出で立ちだが聖職者だろうか。処女の生き血は私にとって極上の美酒。
できれば生け捕りにしたいところだが、こんなに月も紅いから殺してしまうかもしれない。
死体はすぐに味も悪くなるし、血があまり溢れてこないから飲み辛くて仕方ない……。
そこまで考えるが早いか、私はその紅白に襲い掛かった。
しかし、彼女の強さは私の予想を遥かに超えていた。
……人間だからと、見くびったつもりはない。
同様の前例ならあるし、当の前例――十六夜咲夜を下して此処までたどり着く輩が只者であろう筈も無く。
それでも尚、予想を超えたというのは、つまるところ彼女の実力が私のそれすらも上回っていたからである。
動きを先読みした牽制に、スピード任せの撹乱は封じられる。
力任せの攻撃は巧みに軌道を逸らされ、時にはこちらの力すらも利用した反撃が返される。
手数を増やしたところで同じだった。緩慢な――しかしながら、私の虚を突くようなその動きは、ともすれば瞬間移動とすら見紛うほど。もはや吸血など如何でも良いと判断した私は、本気で殺しに掛かったが――。
時間でも止めない限り到底回避不能な筈の連撃も、彼女の服の切れ端を掠め取るのが精々という有様。
一切の手加減抜きに解き放ったスペルカードは彼女のスペルに質量を減殺され、残りもことごとく躱されて逆に鋭い反撃を叩き込まれる。十字の業火が、必殺の一撃が、まるで流水を相手取るように難なく躱されていく――。
今にして思えば、月の作用もあったのかもしれない。
力と引き換えに冷静さを欠いていたその時の私では、彼女との相性は最悪だ。
なればこそ、この一方的な蹂躙は半ば必然とも言える。
見る間に消耗した私は最後のスペルカードと同時に力尽きて地に墜ちた。
紅と白に彩られた蝶が降りてくる――――。
「よっぽど服の補修費用を請求してやろうかと思ったけど、もう気が済んだわ」
射殺さんばかりの殺気など何処吹く風でしゃあしゃあと言ってのける。
成程、私の服は自分の血で朱に染まった穴だらけの代物で最早雑巾にすらなるまい。
「……それは良かったわね。
そんな事の為にわざわざ此処まで来たのかしら」
「霧の出しすぎで、困る。
用はそれだけだから、あんたが霧を出すのをやめれば万事解決よ」
「――嫌だと言ったら」
「霧を出せなくするまでよ」
鋭い風切り音とともに、祓え串の先端を私に向けて即答した。
……不遜にも程がある。言われるままに従うなど君臨者としてのプライドが許さない。
まして恫喝など最たるもの。我を通す積もりならば黙って私を倒すべきだ。
「……ご苦労なことね。だけどお呼びじゃないの。
私の妖霧は、あのうるさい日光を遮断しているのよ。百害あって一利なしだわ」
「逆でしょ。……いや、逆じゃないわね。その通りよ。幻想郷を暗くして何が目的かしら?」
「知れたことよ。暗くするのが目的。
貴方には分からないだろうけどねぇ」
「つまりやっかみね。いい迷惑だわ」
「理由じゃないの。……言ったでしょ、お前には分からないって。
私達にとって、この季節の陽射しがどれ程辛いか、お前なんかに分かるはずがない。
雲がなければ地獄だし、雨が降っても出歩けない。…毎日の天気がどれだけ憂鬱か。
人の気も知らないで能天気に日の下を闊歩する奴らを見てると次第に腹が立ってきてね。
それならいっそ、みんな公平に霧に包まれてしまえば良いんだわ。涼しくて快適でしょう?
……だから、邪魔するな」
「迷惑よ、吸血鬼」
「…お前がね」
霧を止める積もりは全く無い。
それに、私の中でそんな段階は疾うに過ぎている。
……目にもの見せてやろうじゃないか。
刹那、私は意識を集中する――。
五感が研ぎ澄まされる充実感――。
遙かな高みから俯瞰する爽快感――。
時間と空間の一切を治める昂揚感――。
――そして私は思考を超えた直感を得る。
――目標への最短距離、己が為すべきは何か。
――因と果を繋ぐ真なる理が私だけにその姿を見せる。
――それは死命、ゆえに血の色。
何人たりとも逃れる術、無し―――。
私の左手は彼女の、運命の紅い糸を絡め取っている。
全てを支配し、意のままに操る繰り糸。
千切れよ命脈と、強く手綱を引くイメージを抱いて私は反撃する。
残った魔力を全て絞り尽くすように空間に溶かしていく。
同時に倒れたままの姿勢から腕の振りだけで短剣を放った。
濃密な瘴気が見えざる桎梏となり、密やかに紅白の身体の自由を奪う。
……気付いたときにはもう遅い。
金縛りに遭ったように身動きの取れない彼女の右脚に、私の投げた短剣が根元まで深々と突き刺さる。
――全ては予定通り。
予測と結果、未来と現在が重なって眼に視える。
「――ふん。これで、終わりか?」
噛み殺すように呟いて跳ね起きる。
地を這うように滑空し、首を刎ね飛ばすべく薙ぎ払う動きで腕を振るった。
運命に導かれた不可避の大鎌が紅く煌めき命を刈り取る――。
しかし、あろうことか寸前で戒めを解いた紅白は、身を振るような動作で紅い軌跡の外側に逃れた。
結果としてトドメとなるはずの一撃は彼女の左肩に浅い裂傷を刻むに止まった。
並ならぬ驚嘆と、それに倍する憤怒が心を塗り潰す。
……ちょこまかとしぶとい奴だ。
これ以上攻撃を躱されないように相手の体に掴み掛かろうと翼を打ち鳴らして――そこまでだった。
死角から大量の札が殺到して体を強かに打ち付けられ、受身も取れずに再度倒れ込む。
肉の焦げる嫌な臭いと激痛に顔を顰めつつ、追撃が来ない事に心の中で失笑した。
こいつは満月下の吸血鬼の不死性がまるで分かっていないようだ。いい気になるのは千年早い。
月は吸血鬼に無限の再生力を与える。……こんなものでは、私は死なない。絶対に。
朦朧とする意識を気力で繋ぎ止めながら、勝負がついたと油断しているであろう愚者を睨めつける。
そのとき風が吹いた。湿気を含んだ、生温い風。
何とも言えない甘い匂いが鼻腔をくすぐる。自分以外の、血の匂いである。
見れば、先ほど私の与えた傷から溢れた血が紅白の衣装を朱く染めていた。
白い肌を伝い落ちる赤が否応無しに食欲を刺激する―――。
「…………!!」
唐突に。そして恐らく初めて、私は目の前の敵に戦慄を覚えた。
余りにも充実した戦いぶりに、私としたことが完全に失念していたのだ。
――相手が人間であるという事実を。
有り得ないと思った。
人間はごく一部の例外を除き、弱い。精神的にも 肉体的にも。
特に後者は人間である以上どうにもならない壁があり、その壁は殆どの妖怪の下にある。
脆弱な肉体はいとも容易く血を流し、傷の治りも遅く、瞬く間に血を失って死に至る。
この紅白とて例に漏れない。ただの一度でも直撃を受ければ戦えなくなるというのに、…なのに何故。
己の死にすら直結しうる攻撃を、それも気負った風もなく平然と回避していたというのか。
そして私を圧倒したと? ……時間を操るような特別な能力も用いずに?
暗転――
夜はまだ長く、私もまだ戦える。
だが――私の勝利が見えない。
気が付けば奥の手の運命操作が通じなくなっていた。
いくら試しても運命線がすり抜けるのだ。
どんなに手を伸ばそうと、そんな物は無いと嘲るように。
本当に勝てるのか、この恐るべき人間に。
……途方も無い話に思えた。
能力が効かない以上、何度立ち上がっても叩き潰されるだろう。
力を失い過ぎた今の私の攻撃では、最早彼女には届かない……。
それを思えば急速に体中から力が抜けた――心が折れた。
全ての感覚が喪失し、意識が遠ざかる。
霧の発生が止み、周りを侵す紅色が薄らいだのを見た紅白が、
「あ、降参ね? 丁度良かったわ。
ここに来るまでに使い過ぎたから、さっきので手持ちの御札が尽きて――」
のたまう。
己の窮地を私に悟らせる事無く、最後まで平静な態度を崩さなかった彼女が勝ち、私は己の未熟さに敗北した。
ただ、両者のメンタリティの相違が明暗を分けたのだ。
……だが、次があるのなら。
この借りは必ず返してやる……。
最後に、そう思った。
† † †
――翌日。
昨夜の内に、館の誰かが運んでくれたものらしい。
昼近くになって目を覚ました私は、しばらく横になったまま無為な時間を過ごしていた。
……妖霧の件は自分なりに考えて出した策である。
強引なやり方だったかもしれないが、日光を嫌う妖怪が昼にも出歩くための、偽りの曇り空。
彼女が指摘した通り、外への渇望と妬み嫉みだ。だが私は自分が間違っていたなんて思わない。
今までは偶にパチェが諫めるくらいで何だって思い通りになったし、事実その通りにしてきた。
細かい事なんて気にする必要はない、私は何でもやれる。そう思っていた。
だが、昨夜現れた突然の来訪者は予定調和を薄紙の如くに破り捨て、私の操る運命のことごとくを一蹴し、あらゆる束縛を跳ね除けてみせた。たったの一人で霧を止めるという目的を成し遂げた。
……初めての、完全なる敗北。
それも窮めて不名誉な負け方だ。
私ともあろう者が、人間相手に怖気づいた挙句、絶望のあまり気を失ったなどと。
プライドを土足で踏み躙られた実感。それは精神的な陵辱に等しい。今の私は一匹の負け犬に過ぎない。
その意味に於いて、夜の王たるレミリア・スカーレットは死んだも同然だ。
あの紅白を斃さぬ限り私のプライドが甦る事は無い……。
私はかぶりを振って際限なく沈んでいく思考を振り払った。
ゆっくりと身を起こし、自室を後にする。
いくら待っても咲夜が起こしに来ないのは、身体を動かすことも出来ぬほどの傷を受けたためか。
……それとも、まさか。
廊下を歩きながら瞳を閉ざし、血の滴る運命線を幻視する。
私と館の住人とを繋ぐ無数の糸を掴み取り、一人ひとり手繰っていく。
フランドール、咲夜、パチュリー、小悪魔、美鈴―――。
糸が途切れていない事に深い安堵を得る。
続いてメイドの全員にまで意識を再度敷延した。
そして愕然とする。
建物の受けた損害と、そこから推測できる被害の程とは裏腹に死者が一人も出ていない。
……手心を加えたというのか、私を含めた紅魔館の住人の殆んどを相手に。
ますます以って面目が丸潰れだ。できる事なら忘れたい。館はいずれ直るし、喪われた命も無い。
だが、それで表面上は平穏を取り戻しても敗北の事実は消えない。
ホールの様子を見ると、今も数名のメイドが館の修復に当たっている。
今働いているメイドも大半が怪我人であり、妖怪とはいえ昨日の今日では傷跡も痛々しい。
命には別状無しでも、彼女達でさえこの様子なら治りの遅い咲夜はしばらく復帰できまい。
やはり、これは何としてでもやり返さねば気が済まない。
そう結論した私は高い位置にある明かりとり用の窓を開き、誰にも告げずに館を飛び出した。
……忌々しい晴天に、仕方なく日傘を差して――。
適当な妖怪を数匹締め上げたところで、あっさりと素性が割れた。
博麗霊夢、巫女。……そう遠くない処に住んでいたようだ。
おおよその方角を聞き出し、そちらに向かって飛んでいると、果たして目的地と覚しき建物が見えてきた。
石畳が敷き詰められたそれなりに広い敷地に、小ぢんまりとした質素な木造の建築物。
……聞き出した特徴と一致する。
少し迷ったが潜入することにした。まさか吸血鬼が真昼間から日傘を片手に訪れるとは夢想だにするまい。
敷地の外側に降りて、静謐で人気の無い境内にそっと足を踏み入れる。なかなか掃除の行き届いた庭だった。
年季を感じさせるくすんだ灰色の石畳を横目に、素早く且つ慎重に神社の裏手に回る。ちょうど良い木陰を見つけたので日傘を畳み、そこに隠れて様子を伺うことにした。近くを川でも流れているのか、ひんやりとして湿気が多く快適である。
建物の中にまで入るかどうかを迷っていると、目当ての人物――霊夢が茶を片手に中から現れて縁側に腰掛けた。
……随分と薄着である。
「あー…暑いわねー。
そうだ。たまには禊でもしようかしら」
この程度の暑さでへばるとは、情けない。
しかし水浴びならば御札の類は持てないはず。それならば簡単に血祭りに上げられるだろう。
だが同時に、それでは足りないと感じてしまう。これで借りを返すと言うにはあまりにも……。
私の考えを見透かしたように、不意に声が掛けられた。
「冗談よ、覗き魔が居るみたいだし。昨日の紅い悪魔でしょ」
「…なぜ気付いた?」
「家の敷地内には何重にも結界が張ってあってね。
通り抜ける分には抵抗は無いけど、ゆらぎが生じるから来客があれば分かるの」
「へぇ。それは便利ね」
門番がいらないじゃないか。
「そんなとこ居ないでこっち来て座ったら? おまんじゅうあるわよ」
…………。
馬鹿にしてくれる。この私を菓子で釣ろうなどとは。
だがしかし、手っ取り早く敵の情報を得るにはこの申し出は好都合と考え直す。
何を企んでるのか知らないが、昨夜の傷や疲労は彼女も残っている様子。
なら条件は五分である。やれないことはないし、そもそもまんじゅうに罪は無い。
もし戦いになったとしても起きてからまだ何も食べてないから返り討ちにしてやろう。
思考がまとまったので、昼食代わりに頂いてやることにした。若干の距離を空けて隣に腰掛ける。
「まんじゅう怖くないの?」
「怖いわよ。
だからさっさと持って来なさい。ほら、今すぐに」
急かすように縁をばんばんと叩く。
彼女の横顔が微かに、楽しげにゆるんだ。
腰を上げ、一旦奥に引っ込んだ彼女が皿を手にして戻って来る。
「日保ちしないから全部食べちゃっていいわ」
ふんわり柔らかそうな皮に包まれた、小ぶりのまんじゅうが差し出される。
食べちゃってと言いつつ、霊夢が早速一つを口に運んだ。
……私は計算を働かせた。
ここでたくさんまんじゅうを食べれば、それだけ彼女の取り分は少なくなる。
私は空腹を満たし、霊夢は後々飢餓感に苦しむ。一挙両得。実に理にかなった戦略だ。
負けじと一口、頬張る。
上品な味が口中に広がった。中の餡もあっさりして喉ごしがいい。
これなら相当食べられるだろう。後はスピードである。
もぐもぐと咀嚼していると、彼女はいきなり虚空に向かって自己紹介を始めた。
曰く、名前は博麗霊夢、見ての通り巫女をやっている。あんたは?…と。
彼女の名前なんかとっくに知っている。だから私の名だって当然知っているはずだ。
その愚問が私の侵攻速度を減ずるための妨害工作であることは明白なので、
手を休めることなくレミリアと端的に答えた。
どうやら聞き取れなかったようだが構わず放置していると、やがて追求を諦めたらしく麦茶を飲んでふぅと息を吐く。
……皿は何時の間にか空になっていた。
ちらりと横目に窺うと、彼女は胸元に風を送り込みながらこの上なく弛緩していた。
吸血鬼がすぐ傍にいるというのに危機感というものがまるで感じられない。
平常心と言えば聞こえはいいが昨夜のことも考えれば明らかに異常。正気の沙汰ではない。
自分の腕に絶対の自信があるとか、厳しい鍛錬の末に悟りの境地に至ったとか――そんな風には見えない。
衝動――
気取られぬよう、私はそっと動き出した。速やかに、なれど音を殺して。
蝉の鳴き声が一際大きくなった気がした。苦しげに唸り声を上げる霊夢。
私は彼女の背後を取っていた。汗のにじんだ白い首筋が目の前にある。
静かに深呼吸。私は意を決して……後ろから彼女の体を羽交い絞めにした。
「わっ……! 心臓止まるかと思ったじゃない! 冷たくて」
「気持ちいいでしょう。
さっきのお礼……と言いたい所だけど、それは昨日の件でチャラだから、一つ貸しね」
「寿命が縮んだような気がするから差し引きゼロよ」
「根拠がない。
それじゃあ早速だけど対価を払ってもらうわね」
「吸血は却下」
「………ちっ」
私の分の飲み物を忘れてたくせに。
超然としているようでどこか抜けている。そして妙なところで鋭い。
先ほどから喉が渇いて仕方ないから妥協するか…。
―――
多分、こいつは人として壊れているのではないかと思う。
人の括りに入れるべきか否か。まるで蝙蝠みたいにどっちつかず。
……どこまでも、非人間的な人間――。
「よく冷えた麦茶って怖いよねぇ」
「だったら離しなさいってーーっ」
薄い布地越しの湿気と体温に、不思議と暑苦しさを感じない。
奇妙な安心感を得た私は、あれこれと言い逃れをして時間の延長をはかる。
離れるのが名残惜しいなどと感じる自分は、一体どうしてしまったのだろうか。
結局、張り付いたままの格好で彼女は麦茶を注いでくれたし、私はそれを飲み干した。
少しだけぬるく、それに文句を付けようにも――残念なことに美味しい。
「…今日のところはこれくらいで勘弁してやるわ。
それに今ごろみんな心配してると思うのよ。黙って出てきたから」
「それじゃ、早いとこ棺桶に戻りなさい。つかいい加減に離せってば」
「…私は寝るときはちゃんとベッドで寝てるわよ。
棺桶なんて辛気臭いもので眠れるのは死人ぐらいだわ」
……ふと気付く。
彼女の歯に衣着せぬ物言いに、いつの間にか好感を持っていることに。
私が必ずしも彼女に畏れられることを望んでいなかったということに。
人妖の別なく、分け隔てなく接することができる彼女に興味が湧いた。
―――
決して懐柔されたわけではないし、ましてや勝負を諦めたわけでもない。
ただ、舞台と理由が必要だと考えただけのこと。然るべき場所で、然るべき時に。
ゆめゆめ忘れないことだ。機会さえあれば借りは返す。絶対に――。
「じゃあね、また来るよ」
きっと、何度でも――。
***
目を覚ます。
私はベッドから跳ね起きた。
…博麗神社に行こう。
突き動かすのは一つの感情。
それは、極めて衝動的な――。
乱れた帽子を被り直す。
そうだ。部屋を出て最初に出会ったメイドに、咲夜への伝言を頼んで行こう。
心配掛けるのも悪いから、ね。
扉をそっと押し開いて廊下に出る。
壁際に飾られた調度品を熱心に磨いているメイドに目を留めて、私は歩き出した。
◇◆◇
遥か下の水面に、小さく紅白の影が映り込むのが見える。
……結局、紅魔館まで来てしまった。
去り際のレミリアの様子がどうにも気に掛かった為である。
元はと言えばあちらに非はあるが、ついキツイ言い方をしてしまったのは私の責任だ。
咲夜の事もあるし、このままでは非常に寝覚めが悪い。
気は進まないが一応謝る所だけ謝っておいて、それで駄目ならその時だろう。
…というか、ほとんどあいつが悪いのだから何も下手に出ることはない。付け上がるだけだし。
そもそも何で私がこんなことで負い目を感じねばならないのか。
「嫌なことはさっさとすませて、早く神社に帰ろう」
……先ほどからチルノが不思議そうにこちらを観察している。
なんだか居たたまれなくなった私は、取りあえず門番に話しかけようと館に近づいた。
すぐに、こちらに気付いた門番が向こうから近づいてきた。
大音声で制止が呼び掛けられる。
「ストップ! ストップ!
あなた何でここにいるのよ。神社に帰りなさいって」
「仕事熱心ね。
言われなくても帰るわよ、用が済んだら。…邪魔しないでくれる?」
御札を片手に、にこりと笑って見せると門番があわてたように両手を振る。
「いや、仕事とかじゃなくって!
お嬢様ならまた神社に向かったんだってば、ほんとうに!」
「本当に? 嘘じゃないでしょうね…?」
「う、嘘じゃないですよ! どうせすぐにバレるでしょう!?」
まぁ、もっともな意見と、あまりに必死な形相に思わず納得した。
何だか妙に士気が低い。館の門が崩壊しているのと何か関係があるのだろうか。
それにしても、着いて早々とんぼ返りとは……。
私が行動に出るのが遅かったというのもあるが、立ち直りが早すぎるように思う。
「別にいいんだけど、心配して損したわね……」
てっきり落ち込んでいるものと思っていたんだけど。
取りあえず門番に礼を言って踵を返した。
宙に浮かび上がり、少し高度を上げながら夏でも微かに涼しい湖上を突っ切る。
徐々に速度を増して魔法の森の一端を掠めるように飛んでいく。
額に浮かんだ汗が顔面を伝い落ちる感触に、つい苛立たしげな声が漏れる。
「まだ暑いわね。少し休んでからにすればよかったわ」
後の祭りだ。それに、ここからではもう休めるような場所も無い。
辺りの風景が単調味を帯びる。やがて、鬱然たる木々に囲まれた白い境内が見えてきた。
人里からは遠く離れた山の奥、幻想の境界線上に私の神社は在る。
そのあまりの便利の悪さに自然人の足は遠のき、人間を狙う妖怪にとっても用が無いという辺境の中の辺境。
訪れるのは変わり者の妖怪と、もっと変わり者の人間ばかり。後は右も左も分からない遭難者くらいだ。
地に足を着く。
相も変わらず人気に乏しいが、代わりに私は微細な妖気を感じ取っていた。
しかし、いざとなると何と言って切り出せばいいものか、迷う。
やはりシンプルイズベストだろうか。
「悪い」 ……短い。
「ごめんなさい」 なんかやだ。
「すまんかった」 誠意が無い。
考えが纏まらないまま、とうとう部屋の前まで来てしまった。
良い考えが落ちてはいないものかと天を仰いだ。
「空が、青いぜ…」
意味もなく魔理沙の口調を真似てみる。…そのくらい進退窮まっていた。
だけど、何時までもこうしていたって埒が明かない。
未だ日差しが強いのは、ある意味僥倖と言える。
首筋を炙るような暑さが、さっさと中に入れと私を急かす。
……何となく、気配を消してそっと障子の前に立った。
確かに、居るようだ。
私は意を決して障子を開いた。
障子は音もなくスッと開き、室内に光が差し込んだ。
「……レミリア、さっきの事だけど……?」
姿が見えない。
明るい場所から急に暗い所に入ったために目が良く見えないのだ。
耳を澄ませば微かに衣擦れの音が聞こえてくる。
……隠れている? それともこちらに気づいていないの?
音が聞こえてくる辺りの暗闇をじっと凝視する。
そこには、ピンク色の丸い物体が蠢いていた。
「……レミリア?」
返事が無い。
何故か私は昼間の怪談もどきを思い出した。
不吉な予感に、いつでも対処できるように身構えながら、しばし待つ。
……次第に目が慣れてくる。
蠢いていたのはふわふわとふくらんだドレス――それに包まれた少女の下半身だった。
それに続く上半身は―――消えていた。
……開け放たれた箪笥の中へ。
びくりと少女(?)の尻が震えた。
胸をはだけてさらしを巻いて、あまつさえ私のドロワーズを頭にかぶった変態的な刺激に満ち溢れた上半身が現れる。
予備の緋袴に今にも食い付きそうな程に顔を押し付けて匂いを嗅ぎ、咲夜じみた荒い呼吸を繰り返している。
私は思わず目を逸らした。
もう一度見た。…今度は目が合った。
「おかえり。霊夢ったら少し無用心よ。留守中、最初に訪れたのが私だったから良いようなものの……。
今度から神社を空けるときは気兼ねなく私に言って? いいのよ、困ったときはお互い様でしょ?
まぁ、あくまで身体で御礼をしたいと言うのなら、私としてはその感謝の気持ちを受け取るに吝かではないのだけど」
「そんな格好で何言ってるのーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!?」
まさしく悪魔の所業。人知を超えたカタストロフィに矢も楯も堪らず絶叫を上げる。
私は勢いのまま全力疾走で間合いを詰めて彼女の尻に渾身の昇天蹴を見舞った。
感極まったような嬌声を上げながらカチ上げられた小さな身体が、天井の梁に激突して跳ね返り畳上を転がる。
顔を赤らめ目尻にうっすらと涙まで浮かべつつ、この上なく満ち足りた表情で尻を押さえて身悶える吸血鬼。
本当にこれで良さげな所が途轍もなく末期で凄まじく有害だと思った。隔離の必要性を感じる。
……などと分析してはいるが彼女によって散らかされた箪笥の中身から白いニーソックスを見つけ出して履こうとしているあたり、私もどうやら冷静であるとは言いがたい。
でもこれだけは言える。
こいつ、完全にいつも通りだわ……。
◆◇◆
「…………」
「悪かったわ霊夢。もう機嫌を直して、ね?」
「…………」
霊夢はどうやら私が無断で彼女の下着類を試着していたのが気に入らないようだ。
分かるような気がする。考えてみれば、私だって咲夜に同じ事をされれば怒る。まるきり配慮というものが足りなかったと、海より深く反省する。何故そんな彼女の気持ちに気付いてやれなかったのだろう、私は。
どうせ見るなら試着後ではなく、試着中の光景が一番良いに決まっているというのに。
つまり霊夢は結果よりも過程が大事なんだと声を大にして言いたいのだろう。忸怩たる思いである。
「……」
「…………」
押し黙って口を開こうとしない彼女を見ていると、申し訳ないとともに、愛おしいとも感じてしまう。
無重力。常に一人、寄る辺を持たない彼女はその言葉の響きから想起される自由には程遠い。
「何者にも縛られない」、他ならぬそのスタンスに縛られた紅白の蝶は、足を着く事も出来ずに飛び続けるより他に無い。
彼女にとって、「空」は何処までも広く――限りなく狭い。
誰よりも強い霊夢。誰よりも優しい霊夢。
……なのに、誰よりも辛く、寂しい思いを抱えた霊夢。
私は彼女のどんな小さな音も聞き逃さぬよう、背中に覆いかぶさるように密着する。
「…好きよ、霊夢」
そして自分の気持ちをストレートに口に乗せる。
―――誘うように、惑わすように。
「………」
それが一番効果的だと分かっているから。
―――例え、手に取る事が出来なくとも。
「巫女服を着せた咲夜で代用できるくらい、貴方が好きよ霊夢…」
「……をい。」
いつでも執拗なまでに甘く絡む。
―――切なげに揺れ動く彼女の心も。
「あれ。機嫌が悪いんじゃない、霊夢?」
「…………くっつくなってば!」
そうすれば……ほら、この通り。
―――今、この時だけは私の物に。
「大変よ、れいむっ!
動悸が激しいわ。病気じゃないかしら?」
「………うるさい!
って、ちょっと、どこ触ってるのよっ!?」
「どこって…気持ち良くしてあげようと思って」
「やめなさいって――ん!あふっ…!
れ、レミリア、こんなの何処で覚えたのよ……!」
「もちろん図書館よ。
パチェが時々、嫌がる小悪魔に無理矢理やらせてるの見て覚えたの。
じっくりと観察したからね。初めてにしてはなかなか上手いでしょう?」
「ほんとにやめてって――んくっ、うっ!あ!あはっ!あぅん!
くっ、この……! レミリア、後でひどいわよ……!!」
いつもならばこの辺りで手を退くところだが、今回ばかりはそのつもりは無い。
「ふふふっ。いつまで大口が叩けるか見物ね」
なぜなら私はまだ、ほんの少しだけ
「……さぁ、大人しくこれも運命と諦めることよ!」
――怒っているのだから。
† † †
顔を真っ赤にして荒い息を吐く霊夢を眺めて悦に入る。
腕力ではこちらに分がある。抵抗する気力も尽きたのか、霊夢の身体が力なく頽れる。
……きっと天罰が下ったのだ。
こんなにも好きになった私に気付く事無く、辛辣な言葉を投げかけた鈍感な彼女への。
「……さあ、本番はこれからよ。
あれ? 霊夢ったら、こんなに硬くして……これは相当溜まってたのね。
お泊りする旨はちゃんと伝えてあるから心配無用よ。今夜は寝かさないわ」
「……い、い、嫌ああああぁぁぁーーーーーーーーーーーーー!!?
誰かあああああ!! 誰でもいいから助けてえええええええええええええええ!!!」
誰にも邪魔はさせない。
同じ体温を共有し、自分だけの優越感を噛み締めながら、
奪うような強引さで彼女の唇を塞ぐ―――。
……抱き締めさせて、私だけを見て。
―――そして、いつか……きっと。
( the End of Hopeless Love. )
直球ど真ん中一直線すぎる打球、しかと受け止めます。
ツボに来たっす。
いや、まぁ、それが一番幸せなのかんも知れんけどね
これこそ紅魔組でつよ~
紅魔境でのシリアスモードや、すれ違いモードなど
全編力強い描写に心惹かれました。
しかし読み疲れたw
えろいえろいよレミリア
霊夢を視姦して目を潰されに行って来ます。
惜しむらくは前二つの接続に違和感が。描写も丁寧で、それさえなければ迷わず100点でした。
等と、ごちゃごちゃ言いましたが、それでも良作。楽しませていただきました。
御指摘、ごもっともです。多少なりと自覚はあったのですが、補足的に心理描写を入れてみても
それはそれで違和感を拭う事が出来ず、結局あまり有効な打開策が思い付かぬまま今の形に。
改めて見れば、あらかじめさり気なく不安要素も織り交ぜてみるとか、もう少しやりようが。んぬぅ…。
何にせよ、今後の課題とさせて頂きます。お読み下さり、感謝。
>3つ下の名前が無い程度の能力氏
つ〔おしぼり〕
やたら長いのも、そうしなければ書きたい内容を表し切れない未熟さが為。
短く、且つ不足なしにイメージを形にする技量が欲しい今日この頃えろいですね。
れいむかあうぃいよ!!れみぃもかくぁいいよ!1
……失礼。
さきが気になってもーそーがとまらないです。
シリアスとギャグの描写のうまさに脱帽です。
・・・やらせてる・・・
さすがパチュリー様!
…むしろたった九割というのが気になる