Coolier - 新生・東方創想話

酷暑

2005/09/07 09:15:42
最終更新
サイズ
19.27KB
ページ数
1
閲覧数
873
評価数
5/79
POINT
3380
Rate
8.51
*一応、文花帖のP39を参考にしていますが、無くてもまるで大丈夫かもしれません。
*我らが幽々子様は、お嬢様故に料理が下手という事にさせていただきました。ご了承ください。





「あ・・・」

 我ながら気の抜けた声が口から漏れ、次いで皿の割れる嫌な音が台所に響き渡った。これで何枚目だろう。しまったと思うより先に朝から割った皿の枚数を数えている私に気づき、さらに溜息が出た。
 割った皿の破片を片付けなければと思い、物置に箒と塵取りを取りに行く。しかし、本来は走ってでも早急に後片付けをしなければならないのだが、走ろうという気力が微塵にも起きなかった。
 普段よりも酷く緩慢な動作で破片を回収した後、のろのろと朝食の準備を再開する。だが、すぐに魚を火にかけっぱなしだった事に気づき、お焦げの二人前が出来上がった。今日何回目かの不手際に苛立ちと諦めを覚えつつ代わりの魚を探してみたが、あれが最後であった事を思い出した。
 何をしようにも、全てが不手際に終わる。しかし、何も今日に限った話ではない。ここ二、三日中ずっとこの調子なのだ。何故か体がしんどい、体に力が入らない、どうしても注意力が散漫になる、寝ても疲れがとれた気がしない、すぐに疲れる、かといって熱があったり風邪を引いたりしている訳じゃない。

「妖夢、ご飯まだ~?」

 居間の方から幽々子様の催促の声が聞こえてきた。私が朝食を作るために台所に立ってから随分経ち、いい加減空腹で痺れを切らしているようだ。朝食の献立の代案がまるで思いつかないので、適当にそこら辺にある食材で作ることにした。
 きっと、私が弛んでいる証拠だ。いくら気を引き締めても、すぐに注意が散漫になる。これは決定的に心が緩んでいる証拠ではないか。しかも自分が気づかぬ所で緩んでいるとは、非常によろしくない。
 どうにかしなくては。この緩んだ状態を治すために、心身ともに鍛えなおさなければいけない。もし幽々子様に万が一の事があるとすると、今の状態で対処できるかどうか分からないからだ。



 不味かった。厳しい顔をして妖夢が持ってきた朝食は、何て言うか不味かった。明らかに調味料を間違えている物もあれば、火がちゃんと通っていない物もある。だけど、妖夢が作ってくれたご飯を無下に下げる訳にもいかず、ただ黙々と食べるのみだ。
 妖夢は一体どうしたのだろうか。ここ最近体調が優れていないようだが、本人に聞いても要領を得ない。自分の気が緩んでいるからの一点張りなのだ。
 私が思うに、あのかの有名な夏バテではないだろうか。私は幽霊だから一度もなった事ないから詳しい事は分からないが、時期的に考えても当てはまるし、妖夢は半分は人間なのだ。
 今までに妖夢が夏バテになった事は、たぶん一度も無い。だが、今年は例年に無く暑い夏だし、このクソ暑い中で弾幕を張り合ったことも何度もあったようだ。いくら妖夢が己を鍛えようとも、流石に無理というものだ。
 妖夢の夏バテをどうにかしなくてはいけない。もしこのまま妖夢の夏バテが続くようなら、妖夢も辛いだろうが私も辛い。こんな調子の外れた食事を朝昼晩と出された日には、私の口と胃袋の危機である。妖夢には何の落ち度もないので、責めるのも酷な話しだし。
 ならば、夏バテが治るまで療養休暇でも取らせようか。ここのところよく働いてくれている事だし、たまには休みを取らせるのも良いかもしれない。そう言えば、妖夢が風邪をひいて寝込んだときは休みにしてあげた事もあったような気がする。
 しかし、食事はどうすればいいのだろうか。私が食事を作るなんてもってのほかだし、自分で言うのもなんだが、それこそ私の口と胃袋の危機であるし、妖夢も治るものも治らないだろう。かと言ってお腹は減るし、妖夢の分の食事をどうすればいいのだろうか。

妖夢にこのままいつも通り仕事をしてもらって、食事も作ってもらう→何時まで経っても夏バテは治らない、と言うか夏が終わるまで治らない→その間中、調子外れの料理を食べ続けなければならない→私の危機

妖夢に休養を取ってもらう→夏が終わるまで待つよりも短い期間で済むかもしれないが、その間中は自炊する事になる→世にも不思議な料理(料理と言えないかもしれない)を食べ続けなければならない→私の危機(ついでに妖夢も危機)

「・・・不味いわね。」

 ついつい悲観的な気持ちになって、危機感が口から言葉となって出てしまった。しかも、悪い事に妖夢にも聞こえていたらしく、妖夢が俯いてしまった。

「申し訳ありません、幽々子様。」
「別に、妖夢が謝る事は無いわよ。」

 いけない、妖夢に無用な気概を負わせる事は無い。食事の事は、外食で済ませればどうにかなると思う。例えば、八雲家の食卓の恩恵を預かるとか、今話題の焼八目鰻屋に行くとか。たまには三食を外食で済ますのも悪くないかもしれない。
 とにかく、妖夢は余計な心配をせずに、しっかり夏バテを治してもらわなければ。病気を治すのは、心身ともに癒す必要があるだろう。だから、妖夢に余計な負担をかけるような真似は止めよう。



 幽々子様は、やはり怒っているようだ。それもそのはずで、こんな料理を出されれば誰だって怒るだろう。何故、こんな料理を出す気になってしまったのか、今となっては分からない。これも、気の緩みがもたらした結果なのか。
 全て食した後の幽々子様が漏らした言葉。不味い。当たり前の言葉だ。明らかに調味料を間違えているし、半生の物もある。誰が食べたって不味いとしか言いようが無いだろう。口の中が不味いからとか、体が重いだなんて唯の言い訳に過ぎない。
 やはり、ここは修行に出なければ。この弛んだ気持ちを引き締めるために、己の心身と共鍛え直さなければならない時が来たのだろう。
 生まれながらにして西行寺に仕え、日々幽々子様の為にと頑張ってきた。どんな理不尽な事でも、どんな難儀な事でも言われればやって来た。と言うか、やらされてきた。
 だが、いつしかそこに甘えが生まれたのだろう。頑張っていると自分をだまし、更なる高みを目指す努力を怠った。私は、堕落していたのだ。その結果が、最近の不始末であることは明白だ。
 このままでは駄目だ。なんとしてでも己の心の甘さを乗り越え、この無気力感を払拭せねば。しかし、幽々子様は許してくれるだろうか。朝から失敗続きの私に、修行の為の暇をくれるだろうか。

「あの、幽々子様。お願いがあります。」

 怪訝な顔をされるかと思ったが、何かを考えていた幽々子様は普段と変わらぬ表情で先を促してきた。

「誠に勝手な事ですが、私に少しお暇をください。」
「あら、いいわよ。二日でも三日でも、妖夢が必要とするだけいくらでもいいわ。」

 ほとんど、即答だった。理由すらも聞かれずに、許可が出るとは思いもしなかった。それほどまでに、私の堕落振りが目に余ったのだろうか。即答されたと言う事は、私が言い出すのをずっと待っていたのかもしれない。



 妖夢が自ら休暇の願を言い出してきたので、ついつい即答してしまった。根がクソ真面目な妖夢を、どうやって休ませるようにするかが問題だったのだ。病気だから休めって言うと変に傷づくかもしれないし、かと言って説得力の無い事を言えば休みを拒否するだろう。頭ごなしに休めって言うのも変な話であるし。
 私が休養の件を承認したら、早速妖夢はどこかへ出かけて行った。恐らくどこか涼しい場所にでも行ったのだろう。こういう暑い日には、涼しい場所で一日中昼寝をするに限るのだ。後は栄養のあるものを食べて、たっぷりの休養と栄養で夏バテも解消である。
 ただ、出かける妖夢の顔は厳しいものだった。休みに行くのだからもっと気を楽にすればいいのもを、どうやって休みを満喫するべきかと馬鹿正直に考え込んでいたのだろう。今までに休みをあげたことは無かったから、休みの満喫の仕方を知らないのかもしれない。
 さて、ここで考えなければならないのは、今日の昼食である。ひょっとすると妖夢は昼食を何処かで済ませてくるかもしれないので、昼食は自分でどうにかしなければならない。夕食は、妖夢が戻ってきたら一緒に焼八目鰻の屋台に繰り出すと決めている。夏バテには鰻が一番と言う事を何処かで聞いたことがあるからだ。
 自分で試しに食事を作ってみるというのは、まず論外である。そうすると、八雲家の食卓にでも乱入でもしようか。何度か食した事があるが、藍の料理は妖夢には及ばない物の美味しい事には間違いない。
 それとも、たまには趣向を変えて博麗神社で昼食を取ろうか。何かお土産と食材を持っていけば、霊夢はそれに食いつくだろう。何せ、万年貧乏なのだから。
 霊夢だって自炊が出来るだろうし、妖夢程とは言わないがそれなりの料理が期待できるかもしれない。食材が買えず、まともな料理の仕方を忘れてなければの話だが。
 こう考えていると、やはり私は妖夢の手料理が一番良いと思えてくる。長年食べてきたがまるで飽きず、やはり一番美味しいと思えてくるのだ。
 考えているうちに、妖夢の手料理が恋しくなってきた。妖夢には黙っていたが、今日は別としてここ最近の料理も酷い物だった。本人は体調の変調でダウンしていたのだろうから、気づいていなかっただろうけど。それ故に、なおさら恋しくなってきたのだ。



 とりあえず、思いつく限りの事をしてみた。炎天下の中で素振りをひたすらしてみたし、照りつける太陽の下で走り込みもしてみた。昼になり空腹感も覚えたが、食事は取らなかった。それでも水分だけは取らなければならないので、必要最低限だけ摂取した。
 なんででもいいから、このだらけきった気持ちを引き締めなければならない。だから、あえて自分を苛めるような真似をしている。今までの生活に甘えきっていた自分を打ち壊し、新たな自分へと生まれ変わるのだ。
 不意に、この場に自分以外の存在を感じた。今は滝に打たれる修行の真っ最中で、精神統一の邪魔をされたくない。この乱入者にはお引取りを願おう。

「あら、妖夢じゃない。こんなところで何しているの?」

 目を開けた先にいた人物は紅魔館のメイド長、十六夜 咲夜であった。何故、貴方がここにいる。そう問おうと思ったが、変に口に水が入ってきたので咽返ってしまった。

「本当に、何やっているの。そんな時代錯誤な事をやって。ひょっとして出家でもした?」
「半霊が出家してどうするのよ。それに時代錯誤と言いうけど、これは精神統一には適した修行でもあるのよ。」
「私にはもっと最適な修行方法があると思うけどね。そうだ、妖夢もたまには妹様の相手をしてみない?」

 全力で断らせてもらった。精神統一どころか、あの奪幕を避ける為には無我の境地とか明鏡止水の境地とかまでいってしまう。それも半強制的に。それが出来なければ、あの世でサンバでも踊ってこなければならない。

「そ、それよりも、何故貴方がここにいるの?」
「ん、別に。ただ涼みに来ているだけよ。ここ、ここらじゃ一番涼しいから、私のお気に入りの避暑地だし。紅魔館からもそんなに離れていないし。」

 確かにここは紅魔館に近い。紅魔館の前の湖に流れ込む川の上流で、適当に滝を探していたら見つけたのだ。滝の近くは涼しく、暑さから逃れてきた氷の妖精も寝っころがっていたほどだ。まあ、氷の妖精には退いてもらったが。

「い、いや、だから。紅魔館でのメイド長のお仕事はいいの?」
「いいんじゃない、別に。暑いんだし。」
「本当にそんなんでいいんですか!?」
「あのね、妖夢は半分幽霊だから分からないかもしれないけど、この暑さは人間の身にはこたえるの。馬鹿みたいに仕事ばかりしていると、すぐにバテてるのが落ちよ。適度に涼んで休まないと身が持たないのよ。まったく、美鈴の頑丈さが羨ましいわ。」

 暑さでバテるとは、いったいどう言うことだろうか。そんな事は聞いた事が無い。

「やっぱり、妖夢には夏バテがピンと来ないようね。いいわよね、半霊は。暑さのせいで疲れやすくなったり、注意力が散漫になったり、胃腸の調子が悪くなって口にできものが出来たり、口の中が不味くなったり、風邪を引きやすくなったりしないんだもの。」



 とりあえず適当に昼食を済まし、暇なので妖夢の様子を見に行く事にした。と言うか、暑いので妖夢が見つけているであろう涼しい場所で昼寝でもしようと思ったのだ。夏バテ解消の為に外出したのだから、当然涼しい場所にいるに違いない。
 ただ、妖夢が何処へ行ったのかまでは分からなかった。こんな事なら行き先ぐらいは聞いておくべきだったと今更後悔しているが、後の祭りである事には変わりない。幻想郷で涼しそうな場所と、妖夢が行きそうな場所を照らし合わせて見つけるしかなかった。
 涼を求めるならと水だと思い、適当に思いつく限りの所を回ってみることにした。しかし、二、三箇所回った時点で、暑いし面倒臭くなったので止める事にした。こんな効率の悪い事は止めて、帰ってきた妖夢に聞けばいいだけなのだ。
 幽霊には相性が悪そうな灼熱の太陽が照りつける中での帰路で、既に片足をあの世に突っ込んでいそうな氷の妖精を発見した。溶けかけて私と同じくあの世への道に乗ったのかと思ったが、私を視認したチルノが凄い剣幕で詰め寄ってきた。

「どうしてくれるのよ。あんたの所のあいつに追い出されなきゃ、あたいがこんなに死にそうにならなくて済んだのに!!」

 少し考え、妖夢の事を言っていることだと分かる。どうやら、妖夢とひと悶着がったようだ。となると、妖夢の居場所を知っているかもしれない。

「どうやら、うちの妖夢がお世話になったようね。気が向いたら言っておくわ。ところで、あなたは妖夢の居場所を知っているのね?」
「当たり前でしょう。私のお気に入りの避暑地をあいつが奪ったんだから。お陰で散々な目に会っているのよ。」

 そこまで言うと、急にチルノが元気を失って黙り込んだ。どうやら、怒り任せに喋っているうちにヒートアップしてしまったようだ。ひょっとすると脳も少し溶けているかもしれない。この分だと近日中に私のところに来る事は間違いないだろう。

「ねえ、それは何処。それと、妖夢が何をしていたのか分かる?」
「あー・・・私のお気に入りの場所よ・・・あいつ・・・何していたっけ・・・ああ・・・滝に・・・うたれて・・・いたっけ・・・」

 駄目だ。完全に溶けかけている。何とか聞き出せれたのは、『滝に』と『うたれて』という単語のみ。普通に考えると、

『滝に』+『うたれて』=『滝に打たれている』

なのだが、休養なのに滝に打たれるというのは馬鹿である。休養で修行するということなのだからだ。
 一体、妖夢は何をしているのだ。いくら暑いからと言って、滝に打たれるのはやりすぎである。体の調子が悪くなっているのだから、あまり無茶をしてはいけないのだ。



「えっ、それって、どういう意味!?」

 今、メイド長から聞かされた内容は、ここ最近の私の体調と類似している。と言うか、酷似しているともいう。

「どう言う意味もこういう意味も無いわよ。夏の暑さで体の調子が狂い、色々な症状の総称を夏バテって言うの。やっぱり、長期的に暑さに当て
られるって体によくない事なのね。気をつけていないと、気がついたら夏バテにかかっているんだもの。やっぱり、妖夢は夏バテを知らないのね。羨ましい事だわ。」

 やれやれ、と言った感じで喋る咲夜だが、私には聞いている余裕は無かった。
 ひょっとして、私は単に夏バテにかかっているだけ?朝からやってきたことは、何の意味も無い?と言うか、私が勝手に早とちりして、一人で馬鹿をしていただけ?

「ん、どうしたの。急に黙り込んだりして。ところで、妖夢は普通に服を着て滝に打たれているけど、着替えを用意しているの?」

 まるで気がつかなかった。滝に打たれることしか考えていなかったので、服を脱ぐというところまで考えが及んでいないのだ。夏ばての思い違いも馬鹿だが、この話も馬鹿である。びしょ濡れで帰ったとき、幽々子様に何て言おう・・・

「その様子じゃあ、着替えを用意していないのね。本当に、何をしているんだか。ひょっとして、妖夢も夏バテでどうかしていた?」

 痛いところをつかれ、何も言えなかった。もし夏バテのせいに出来たとしても、余りにも私は間抜けすぎる。穴があったら、すぐにでも入りたい。て言うか、今すぐ穴を掘りたい。

「それじゃあ、私はこれで。いい加減戻らないと、仕事が山積みしているから。せいぜい風邪を引かない程度にね。」

 咲夜が手を軽く上げ、帰ろうとする。去ろうとする咲夜に何かを言おうとしたが、急に体が寒気を覚えて鼻が激しくむずがる。
 滝の音に負けないくらい、私のクシャミが辺りに響いた。



 溶けかけたチルノに案内をさせ、妖夢が居るという滝までやって来た。しかし、私達が来た時はもう既に誰も居なかった。辺りにも人の気配は無いが、人がいた気配はあった。
 とりあえず溶けかけたチルノを滝つぼに放り込み、ここで妖夢が何をしていたのかを考えた。滝つぼで泳いでいればチルノも元気になるだろうから、しばらくチルノがやって来ることは無いだろう。
 まさかとは思うが、ここで滝に打たれていたなんて事は無いだろうか。暑さに当てられたとは言え、急に過冷却すればいいというものではない。更に体調を崩す事になりかねないのだが、そこら辺を妖夢は理解していただろうか。
 そして、妖夢は何処へ行ったのだろうか。タオルを持っていないだろうから、濡れた体で服を着ているはずだ。家に戻ったかと思ったが、私は家のほうからここへ来たのだ。途中で行き会えば気がつく。
 妖夢の行動について考えていた時、滝つぼで泳ぎまわっていたチルノがやっと水面に浮上してきた。

「ぶは、あ、あたいを殺す気!?」
「あら、失礼ね。貴方の為を思ってしたことよ。その証拠に、貴方は元気になったじゃない。滝つぼって、普通の川よりも冷たいから。」
「そ、そうだけど、いきなり投げ込む事無いじゃない。それに、滝の下は流れが変に激しくて、危うく溺れ死にするところだったんだから。」
「それくらい我慢しなさい。それより、ここって貴方以外に利用していた人はいたの?」
「うーん、私以外ね。そう言えば、紅魔館のメイド長もたまにここに来るわ。場所の取りあいにはならなかったけど。」

 当たり前の話である。滝つぼ周辺は涼しいを通り越して、肌寒い。それに。水しぶきがふんだんに飛んで来くるので濡れる。妖夢やチルノ以外は普通なら近寄らないだろう。そこに妖夢の名があるのが、少し情けない話であるが。
 滝の水は冷たい。こんな物に浸かっていれば、風邪を引いてしまうだろう。何処に居るかは知らないが、妖夢はちゃんとしているだろうか。



「さ、最高。まさか、妖夢がそんなふうに勘違いしていたなんて。腹が、よじれて死にそうよ。この感動を、誰かに伝えたいわ。」
「そんなに笑わなくてもいいじゃないですか。あー、もう、穴があったら入りたい・・・」
「御免、御免。それにしても、半霊でも夏バテになるのね。やっぱり、半分が人間だから?」

 あの後、ずぶ濡れの私は咲夜に伴われて紅魔館へと移動し、タオルと着替えを用意してもらった。着替えとはいっても支給品のメイド服であるが、ずぶ濡れで着替えの無い私にとってはありがたかった。

「っ、クシュン!! うう・・・」
「まあ、あれね。夏バテで体の力が弱まっているときに、あんな冷たい水に長時間打たれていたら、風邪を引くなって方が無理な話よね。」

 ずぶ濡れの服を着替えても、既に時は遅かった。完全に風邪を引いてしまっていたのだ。寒気はするし、咳は出るし、くしゃみは止まらないし、頭はボーとするし。

「はい、これ。体を芯から温めるハーブ入りの紅茶よ。暑いからといって、体を冷やしすぎるのは良くないわ。もう遅いかもしれないけど。」
「うう、すいません・・・」
「いいわよ、別に。盛大に笑わせてもらったお返しよ。まだまだ返し足りないくらい。」

 そう言って、咲夜は再び笑い出す。しかし、これが自分の事じゃなければ私も盛大に笑っているだろう。それぐらい、私は馬鹿な事を思っていたりしていたのだ。
 恥ずかしさで自分が涙目になっているのを自覚しながら、受け取ったカップを口に運んだ。飲むと、体の中が温かくなるような気がする。明らかに自分の体温とは別の、何か温かなものが全身を駆け巡っている。

「熱いだろうけど、我慢しなさい。熱が出ているときは、汗をかくのが一番なんだから。」

 咲夜の心使いに感謝して、再びカップに口をつけた。



 乾かしてもらった服に着替え、ふらつく体を叱咤しつつ何とか白玉楼にたどり着いた。送っていこうかという咲夜の提案には感謝したが、流石にそこまで甘える訳にはいかない。元をただせば、私が全て悪いのだから。
 屋敷を見たとき、台所に明かりが灯っているのに驚いた。そして、更なる自分の失態に気がついた。いつもなら、とおの昔に幽々子様に夕食を出していなければいけない時間なのだ。きっと、空腹の幽々子様が早く夕食を作れという合図に違いない。
 とりあえず、遅れた事を詫びろうと思い居間へ行く。しかし、幽々子様の姿は何処にも無かった。それどころか、台所の方から人の気配がした。
 まさか、空腹に耐えかねた幽々子様が食材を食べているのか。そう言えば、幽々子様の昼食を作るのを忘れていた。きっと、酷く怒っているに違いない。
 どうやって、謝ろうか。どうしたら、許してもらえるだろうか。許しを得るよりも先に、自分がしなければならない事をやる方が先ではないのか。混乱する頭をそのままに、大急ぎで台所に入った。とは言っても、熱で頭がふらつき、上手く走れなかったが。
 台所で私が見たものは、幽々子様が雑炊を作っている姿だった。私の不手際で主に食事を作らせるなど、従者失格である。何をどう言ったところで、許される事ではないだろう。健康管理を怠った、私の責任なのだから。

「あら、妖夢。戻っていたなら、そう言ってくれればいいのに。どうしたの、そんな所で立ち尽くして?」
「あ、あの、幽々子様。戻るのが遅くなりまして、申し訳ありません。この責は後で必ず負います。今料理を変わりますから、どうぞ居間でゆっくりしていてください。」

 しかし、幽々子様の顔は穏やかだった。何故だか知らないが、優しい眼差しで私を見つめてくる。そして私の額に手を当て、軽く溜息をついた。

「やっぱり。妖夢、貴方風邪を引いたでしょう。だいぶ、額が熱いわよ。たぶんそうじゃないかと思って雑炊の用意をしておいて、正解だったわ。」
「何故、私が風邪を引いた事を?」
「あら、私に妖夢の事が分からないとでも思ったの。ここ最近夏バテで弱っていたでしょう。それなのに、滝に打たれる様な事をした。だから風邪を引いてしまった。違う?」

 違わなかった。本当に、幽々子様は私の事を知っているようだ。ひょっとすると、私が思い違いをして馬鹿をやっていた事も知っているのかもしれない。そう考えると、また恥ずかしさが込み上げてきた。

「さあさあ、病人は向こうで大人しくしている。とは言っても、私が出来るのは雑炊が限界なの。何とか藍に教えてもらったけど、それでも不味かったら御免なさい。本当は栄養のある物を食べさせてあげなければならないのでしょうけど、今日はこれで勘弁してね。」
「いえ、そのお心使いだけで十分です。」

 結局、幽々子様には全てお見通しだという事か。その上で、幽々子様は優しくしてくれる。今回の件は、全て私の無知に始まった事なのだが、それでも幽々子様は許してくれるというのだ。無性に涙が込み上げて来て、それを我慢するのに苦労した。
 
 最後に、雑炊は見が目は悪いものの、不思議と美味しいと感じました。
お久しぶりです。
夏ばての症状とは、思考力の低下、全身の疲れがとれない、朝起きるのがつらい、食欲がない、冷たいものばかり飲む、下痢や便秘、胃腸の調子が悪くなるetc
これらの症状を総称して、夏バテと言うらしいです。一応、これに準じた事を載せたつもりです。違っていたら御免なさい。
そして、今私は猛烈に夏バテです。それも嫌になるほど。特に、胃腸関係やそこから来る口内炎が酷くて嫌です。
そんな中で書いたのが、このSSです。ほとんど突発的に書いたものなので、お目汚しにならなければと思っております。
さて、一応文花帖のP39に妖夢が以前病気のときに休みを貰った事があると書いてあります。そこから、半霊でも病気になると判断して妖夢には風邪を引いてもらいました。ご了承ください。
それでは、また。
ニケ
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.3020簡易評価
10.70ξ・∀・)削除
お大事に。
それから笑いとほのぼのをありがとう
37.80名前が無い程度の能力削除
気付かず症状を悪化させるドジっ娘妖夢に萌え

優しいゆゆ様と労ってもらってる妖夢は見てて幸せになれました
55.70七死削除
お、うまい話発見。
やっぱり冥界主従はこうでなくっちゃあね。
57.60毛玉削除
うん、冥界組に置いてのゆゆさまってやっぱりあれですね。あれ
いいお母さまですね。・・・いや、年くってるとかじゃなk(ギャストリドリーム
73.80bobu削除
カリスマあふれるゆゆ様萌え。