Coolier - 新生・東方創想話

私は射命丸! 貴方は何々丸?

2005/09/07 07:58:37
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「いい天気ねぇ」

新緑瑞々しい五月のある日。
いつもの様に神社の縁側に腰掛け、呑気にお茶を啜る少女の姿。
惜しげもなく晒された腋が言葉よりも雄弁に少女の人となりを語る。
そう、楽園の素敵な腋限定露出狂の巫女、博麗霊夢である。

天気明朗、季候温暖、湿度適切、風量完璧。
おまけにいつもいつも辺りの迷惑考えずに迫ってくる
白黒やら七色やら吸血鬼やらアル中やら幼女やらの姿も無い。
今日の気分は最高だ。
今なら目の前で紫が魔理沙を頭からバリボリ食っても笑顔で流せそうな気さえする。
加えて、最近は専ら宴会続きだった事もあり、霊夢は久し振りの一人の時間を満喫していた。

と、そんなプチリゾート気分を満喫している霊夢の目の前に一匹のカラスが現れた。


「あら……あんた、確かアイツの……ん?」


よくよく見ると、そのカラスは口に何やらの紙を咥えていた。
この辺りでカラスと紙の組み合わせといったら答えは殆ど一つである。
そう、どこぞの天狗ご自慢の幻想郷一早くて素敵な情報を伝える「文々。新聞」だ。


「また号外でも出したのかしら……えーと、何々……」


トコトコと寄って来るカラスの咥えた新聞を取る霊夢。
最近何か特別面白い事なんてあったかしら、と詮無い事を考えつつ
手元に用意しておいたお茶を一口含んで、新聞に視線を落とし。


「ブバッシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」


朝の静かな境内に、天を劈く様な轟音が木霊した。
しかし霊夢が驚くのも無理はない。
そこに写っていたのは何と他ならない自分、つまり博麗霊夢のあられもない痴態の数々だった。
しかも食事や着替えのスッパ抜き画像などはまだまだ序の口で
洗顔洗濯湯浴みに歯磨、掃除に昼寝に欠伸にしゃっくり、
しまいにゃ人には言えないひとり遊びの様子までもが余す事無くスッパ抜かれている。
これを時系列に沿って並べれば、完璧に博麗霊夢の一日が再現出来るであろう。


「ぬ、ぬ、ぬ、ぬぅぅぅぅぅぅぅぅわんじゃあこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


流石の霊夢もこんな大惨事を目の当たりにしては平気で居られる筈もない。
そのあまりの衝撃に飲んでいたお茶を亜光速に迫る勢いで豪快に噴射して
反動で幻想郷の空へと美しく儚い白鳥の如く華麗に舞い上がり
そのままスピードを弱める事無く紅魔館めがけて一直線に突き進んで
たまたま軌道上にいたリグルとチルノを跳ね飛ばして紅魔館の外壁及び内装を突き破り
部屋で寝ていたレミリアのちょうど真上に美しく回転しながら着陸してしまった事を主因とする
約半刻に渡る狂乱桃色煉獄涅槃な死亡遊戯を展開してから命からがら逃げ帰ってきて
ここでようやく前述の台詞を叫んだ。
その絶叫ともに新聞を引っ掴み、食い入る様に目を凝らすと、記載された発行日は昨日。
自分が起きている間には届いていなかった筈なので、配達されたのはそれ以降だろう。
ちなみに昨夜霊夢が寝ている間にこの新聞が配られたまさにその時には、
「霊夢! どうして私というものがありながらあんな人型猛禽類にこんなあられもない姿を!!」と
狂ったように泣き叫びながら暴れるアリスと魔理沙の姿が同時多発的に目撃されたり、
「人は見かけによらないものねぇ」としみじみと呟きつつ、その形のいい鼻から流れ出した欲情に煮え滾る鮮血で
あやうく自分の部屋で溺死しかけている紫を藍が危機一髪で発見したけど結局そのまま救出しなかったり、
「いいからさっさと離しなさい咲夜貴方の料理の手間を省いてあげるわ今日のディナーは私お手製の焼き烏よ」
「いいえ離しませんお嬢様未来永劫魂魄百億回生まれ変わっても離しませんああいいお味ペロペロハァハァ」
というやり取りを繰り広げているあられも無いとある主従の姿を目撃したとある門番が虹色の泡を吹いて気絶したりと
もはや阿鼻叫喚と言う言葉すら生ぬるい程の地獄絵図が所狭しと繰り広げられていた。
ちなみに表面の記事のインパクトがあまりにも強かった所為で、その裏面に載っていた
香霖堂店主寄稿のコラム「幼男の魅力」という記事が完膚無きまでにスルーされているのだが
それはむしろ注目される方が大問題なのでこのまま最初から無かった事にして話を進める。


「犯人は……って、まあ、好き好んで新聞なんか出す様な奴は一人しか心当たりがないけど
いや、でも、な、何であいつがわざわざこんなアホらし過ぎて逆に感動的な事を…………ッッ!!」

「ちわー、裏を取るついでに取材に来ましたー」


霊夢がまるで鈍器でぶん殴られた様にぐるぐる回る頭で必死に思考を巡らせた、その刹那。
唐突に霊夢の周囲が闇に包まれ、一体何事かと頭上を見上げた先には一匹の天狗の姿。
そう、幻想郷一早くて正確で素敵で革命的で爆発的で根本的で抜本的で
そして何より発行部数のあまり芳しくない「文々。新聞」の記者、射命丸文である。
角度的な問題で絶対領域の内部が暗くて見えない為に詳細を確かめられないのがちょっぴり残念だが、
今の霊夢には文の下着なんぞを気にかけている暇も余裕も心算も無かった。


「噂をすればノコノコと! ちょっと、あんた! 一体これは何の心算!?」

「これって……あー、昨日の号外ですねー。いやあ、この号外のコンセプトが
『皆が知りたいあの子のカラダのえっちなひ・み・つ(はぁと)』なもので」

「別にあんたの編集上の意図とか裏に込めた意味とかそんな事は聞いてないって言うか
何そのあまりにも悪意的かつ恣意的な情報操作の施された極悪桃色黙示録!?」

「ああ、それについては大丈夫ですよ。そもそも私にとって号外っていうのはつまり
『あややの胸がドキワク罪と罰☆捏造濫造冤罪妄想何でもござれのプリティリバティゴシップペイパア』、
これを略して『号外』という呼称にしてるだけなんですから、むしろこういう記事の方がメインなのです」


文がふわりと地面に降り立つや否や、すかさず手に持っていた新聞を突きつける霊夢。
しかし文は霊夢のプレッシャーを物ともせず、おまけにこれっぽちも悪びれもせずにいけしゃあしゃあと言い放った。
あまりにも混沌としたその寝言に、霊夢の背中に一筋の汗が流れる。
こいつは違う。今までの文とは何かが確実に違っている。
それこそレミリアや紫じゃあるまいし、実は以前から自分の事を好きだったとしても
この様な目どころか色々当てられない凶行に走るような性格ではない。
今ここに来る前に切欠となる何があったのか、それともこれが文の本性なのか。
もしくは何時だかのアリスの様に何処かの脳天常春桜花爛漫娘に春でも伝えられたか、と
霊夢が原因追求に思考を巡らせている内にも、文の発言及び行動はどんどんエスカレートしていった。


「ほら、さっき「コンセプトは皆が知りたいあの子のカラダのひみつ」って言ったじゃないですか。
でもまあ、実際に新聞の方を見ていただければ分かると思うんですけど、
アレは一日の流れを把握するだけに終始していて結局本来の目的は果たせなかったんですよ。
なので第二号を出す事にしまして、これはその取材という訳です。
加えて新聞には嘘は書けませんし、そもそも私は嘘を許してません。
よって私には細部及び内部を詳細かつ事細かつ妖艶かつ淫靡に記す為に
貴方の色んなところに色んな刺激を加えて色んな事態を招いてみる義務があるのです。
ああ安心して下さい、号外といっても今回のは私一人しか読みませんから。
ところで取材をきっかけにリポーターとアイドルの間に目覚める禁断の恋って素敵だと思いません?
目に映るのはギターを抱えているジャケットの写真、私の知らない顔で笑っている貴方……ああ!」

「何に使うのかは大体想像付くから聞かないけどそれは既に新聞ですら無いじゃないのよ!!」

「そりゃそうです、号外って言うのは闇の帳に包まれた百合の芳香匂い立つ褥の中で
一人密かに読み耽りつつまた別の行為にも耽る為の臨時新聞って意味なんですから」

「確か聞いた話ではそういうモノを何とかペットだかって呼んでるんじゃなかったっけって言うか
じゃあさっきの胸がドキワクとか冤罪とかリバティとか一体何だったのぉぉぉぉぉぉ!?」


一体何処の星雲から発射された毒電波に中てられたのか、
文が謎の妄想ストーリーを垂れ流しつつ妙なダンスを始めた。
そして、逃げるには絶好のチャンスとも言えるその隙に何故か動けないでいる霊夢。
しかしそれも無理は無い。
今までは何か一つ二つ悶着を起こしている内に勝手に興奮した魔理沙なりアリスなりが
訳の分からない呪詛を叫びながら飛び掛ってくるのが今までのパターンだったのだが、
今回の文は何故か最初から既にアクセル全開、フルスロットルの状態で突っ込んできた。
よって肉体的にも精神的にも不意打ちを喰らった格好となり、華麗なステップを踏みつつ妄想に浸って
体を昆布の様にモジャモジャと揺らす文を前にしても、未だ戦闘態勢に移る事が出来なかった。


「ちょ……ち、近寄らないでよこの完全無欠の倒錯烏(アブノーマルレイヴン)!!
って言うか何その口の端からとめどなく滴り落ちる涎及び鮮血、ふざけてるの!?」

「いえいえ、そんなに怖がらなくても大丈夫ですって。
私の必殺奥義バスターカラスは人体には一切傷を付けず服だけを消し飛ばしますから
まるで春一番に吹かれて舞い散る桜の様に軽やかなプレイになる事を保証しますよー」

「バスターカラス!?」

「あ、それともカラスロワイヤルの方が良かったですか? こっちだと少し手が滑っただけで腕の五本六本は軽いですけど。
でもまあその状態で事に及ぶというのも中々ネクロでフィリアでファンタジアな愛憎模様に感じられて実にスキャンダラスで
ああそうそう聞いて下さい私凄くいい事考え付いたんですちっとも新聞のネタが無いって言うのならいっその事
自分がピンで三面記事の主役を張れる様な事件を起こしちゃえばいいんだってアハハハァハァハァハァハァハァハァハァ」

「アンタさっきから一体何言ってるのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

「ああもう、女同士でも腋巫女でもいいや。 これから、やらしいラストレイヴンプレイが始まるよ。 ではさっそく!」

「(他人の台詞! 恐らく鳥繋がりで妙なシンクロニティを起こしたんだろうけど他人の台詞ッッ!!)……きゃっ!?」


もはや意味不明と称するのすらおこがましい文の言葉に霊夢がたじろぐ。
その隙に文が何処からとも無く取り出した新聞紙で優しくきめ細やかに霊夢を簀巻き状に包み込んで
そのまま神社の壁と廊下の障子をブチ破り、居間のちゃぶ台の上へと激しく華麗なダイブをぶちかました。
ちなみにこの状態を一般的に「ちゃぶ台返し返され挿しつ挿されつ後ろから前からプレイ」と言い、
「ちゃぶ台から落ちたら終わり」という事実が擬似的な吊り橋効果を引き起こしてある種の背徳感を刺激し
普段の軽く数十倍の効果を齎す事が出来るという、和風情緒と破滅感が絶妙のバランスで混在する
幻想郷中のナウなヤングにバカウケな流行性ネクシャクシエロチシズムである。


「ふっふっふ、今の私は怖いですよー? 何せ今はこの通りの真っ昼間なので鳥目により目が見えなくて
もはや何処が胸で何処が腋で何処がおへそで何処が秘密の花園なのかも分からない有様ですから」

「いや、鳥目って確か昼じゃなくて夜になると目が見えなくなる現象じゃなかったっけっていうか
それは鳥目じゃなくてただ単に夜になると自我と理性を見失う心の病気なんじゃないの!?」


「あら、酷いですねぇ。例え目が見えなくても燃え盛る
この子育てへの飽くなき情熱を病気なんて称するとは」

「こ、子そだ…………ッッ!?!?」


一見話の流れに合っていそうでその実毛ほども掠ってすらいない爆弾発言に
最後まで言葉が続かなくなる霊夢。
そしてその時、文の肩越しにちらりと見えた壁の暦、
そこに記されていた今日の日付が目に止まった。


五月──五日。


一見して何の変哲も無い、それどころか人里では男の子が元気に育つようにと願いをかけて
様々な催しが行われる所もあるくらいの目出度い日である。
しかし女の勘かはたまた虫の知らせか、何故か霊夢の心はその日に引っ掛かる物を感じていた。

そして、文の口から語られる衝撃の事実が、霊夢の僅かに残った希望を木っ端微塵に粉砕した。


「うふふ、気付きました? 今、丁度ここらのカラス達の繁殖期なんです」

「繁殖期!?」

「ええ、なのでちょっと私もこう、何と言うか、その……もはや記事を執筆する際に使っている
何の変哲も無い墨汁の匂いですらあっさりと催すという惨劇を繰り広げるようになってしまいまして。
しばらくは我慢してたんですけど、三日前くらいからどうにも治まりがつかなくなって……」


今明かされる驚愕の事実。
確かカラスの繁殖期は三月下旬から七月上旬。
そして文の種族は天狗、それもカラスを連れているところから見て烏天狗だ。
つまり文はカラスの繁殖期になると発情して色々と当てられない状態になるんだよ!!
な、なんだってェ────ッッ!?


「って言うかそもそもあんたはカラスじゃなくて天狗でしょうが!
もしも烏天狗だったとしてもメインは天狗でカラスはさして重要じゃないでしょ!
それなのに何でこんなカラス側の生態に思いっ切り引っ張られてるのよ!」

「何を言ってるんですか。烏天狗というのはそもそも『カラス・点・Good』、
つまり頭のいいカラスという意味なんですよ。じゃ、そういう事でいただきまーす(はぁと)」

「せめて地球人に理解出来る言語で喋りなさいよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
何この何処までも下品で淫猥な鳥葬儀式、ふざけてるのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」


叩く、打つ、脱がす、剥く、揉む、撫でる。
ありとあらゆる角度から襲い掛かる文の百合色千手羅漢殺を
霊夢が紙一重で防ぎ、かわし、捌き、撃ち落す。
目にも止まらぬそのスピードは、どこぞの刃物及び幼女依存症メイド長のスペルカード
紅魔館メイド必殺奥義その六百六十五『ジャック・ザ・千手観音』、
つまり早い話がインスクライブレッドソウルに勝るとも劣らないモノであったと
たまたまその時神社の上を通り掛ったとある二体の人形が後に語っている。


「……ホントは、私もこんな事やりたくないんですけどね」

「え……!?」


そしてお互い一歩も譲らぬその激しい攻防の最中、
文が場の状況から致命的なまでにかけ離れた憂いの表情を浮かべ、呟いた。
ショックに次ぐショックですっかりやさぐれている霊夢が、どうせまたそうやって
思わせぶりな事を呟いてこちらが一瞬戸惑った隙を目掛けて必殺の一撃を叩き込む為の
ミスディレクション的行動だろと突っ込もうとしたが、文が嘘を付いていない事は目を見れば分かった。
例え霊夢が普段から頭が春だとか腋だとか赤貧だとかある事ない事言われていようが、
その小さな体では支えきれない大いなる絶望の影に怯えて煩悶し思い悩む
可憐な少女の心の機微に気付かないようなアンポンタン野郎ではない。
この場合大いなる絶望の影に怯えているのはどちらかと言えば霊夢の方なのだが
哀しい事にそれに気付いて尚且つ突っ込んでくれるような親切な者はここには居なかった。


「こんな事……って……いや、やりたくないなら、何で、こんな……ッッ!!」

「あー、まー、そのー、実はですねぇ……」


そして、ゆっくりと文の叙情が始まる。
その言の葉を運ぶ、障子の隙間から静かに吹き込む風の音は
まるで幼い少女が絶望にすすり泣く声の様に儚く、そして哀しかった……。


・ ・ ・


『あ~く趣味~ネタを収集~♪ た~のしく~て堪らないよ~♪
理~解不~能奇声罵声~♪ 今日も張り切ってネタ集め~ま~す~♪』


ここで話は二週間前にさかのぼる。
全くもって夢も希望も血も涙も無い歌を口ずさみつつ
文はいつもの様に「文々。新聞」のネタ集めに東奔西走していた。
空は快晴、風は涼やか、手には先程たまたま拾った世にも珍しい二又大根ならぬ八又大根。
まさに絶好の取材日和、今日は何かイケてるネタに出会えそうだと
文が期待に身を焦がし使命感に意気込み、幻想郷の空駆け回っていたその時である。


『あー、根太なら人里に行って適当な家の床引っぺがせばいくらでもくっ付いてるぜ』


非常に疲れたギャグが何処からともなく発せられた。
そして文が周囲を探るまでもなく、声の主が文の横を通り過ぎ、眼前に躍り出た。
そもそもまがりなりにも天狗である文のスピードについて来れる上に
こんな言葉遣いをするような者は、幻想郷広しと言えども一人しかいない。


『誰ですか、そんな疲れたギャグを言う人は……って、本泥棒さん』

『誰がこそ泥だよ。確かに私の怪盗……じゃなくて拝借テクは音速を超えてるがな。
いや、それはともかくいい所で会ったぜ。丁度お前を探してたところなんだ』


山みたいな形の帽子にふんわりとしたスカート、そして清純な雰囲気のエプロンドレス。
その上から下までビシッと白黒で決めたコントラストの強いコーディネートに
一歩間違えれば全体のバランスを崩してしまいかねない美しい金髪が見事に調和している。
それが普通だったらこの世界から異常っていう概念自体無くなるだろと言いたくなる様な
世にも普通の魔法使い霧雨魔理沙、華麗に参上である。


『これはこれは、どうも光栄ですわ。で、御用の向きは何でしょ』

『ちょっとな、お前のブン屋としての腕を見込んで頼みがあるんだが』

『……私に窃盗の証拠写真及び記事を眼前に突きつけられても
なお屁理屈を捏ねシラを切った貴方とは思えない台詞ですね』


まさか魔理沙に「腕を見込んで」と言われるなど
天地がひっくり返ってもあり得ないと思っていたのだろうか、
思いもよらない台詞に一瞬目をぱちくりさせつつ白黒させたが、
すぐに過去の悲惨な経験を思い出して怪訝そうなジト目で魔理沙を見つめる文。


『いやはや、よくよく考えてみれば全面的に私が間違ってたぜ。
人のものを勝手に持っていった挙句に屁理屈で自分を正当化し
挙句の果てにはただ真実をありのままに書いただけのお前にも
三流だの何だのの聞くに堪えない暴言を吐く始末、穴があったら入りたい位だ』

『い、今更そんな事言ったって……』


しかし魔理沙の口から立て板に水で飛び出す甘い言葉の数々に、
最初は話半分で聞いていた文の顔にも少しずつ喜色が広がっていった。
一作(便宜上の単位)の間にパチュリーの技をパクった使いこなしている
類稀なる観察力を活かした、痒いところに手が届くその褒めっぷりは
まさにタラし野郎と評するのが適当である。
「褒められて悪い気がする女は居ない」という有名な格言の真偽が証明された
学術的にも文化的にも非常に大きな意味のある、歴史的瞬間だ。


『……それによく見ればあの新聞、私の記事のみならず他の奴等のも素晴らしい出来だぜ。
状況及び事実を過不足なく正確に伝えるハイソサエティな文章に的確な写真のチョイス、
更には全体のレイアウトの絶妙さが醸し出す、お子様にも安心してお勧めできる読み易さ』

『ちょ、ちょっと魔理沙さん、褒めすぎですよ』


口ではそう言いつつも、その唇の端が僅かに吊り上がっているのは隠せない。
もはや文の心は今にもスキップしそうな位に舞い上がっていた。
これが普段から周囲にペコペコしてお世辞ばかり言っている様な者が相手なら別だろうが、
人を褒めるなどそれこそ白が黒になってもあり得ない様な魔理沙がそれをしているという事実が
その言葉に数割増の信憑性を持たせていた。
ちなみに白が黒になってもあり得ないと言ったが、これは別に魔理沙の服の色が
白から黒に変わった事についてどうこう言っている訳ではないので誤解しないで頂きたい。


『……で、でもそれは勿論です。正確・迅速・究極・至高が文々。新聞の売りですから。
読んでもらうからには記事の内容だけじゃなく総合的な完成度にも気を配っています。
それにしても嬉しいです、貴方もようやく私の新聞の素敵さを分かってくれたんですね!』

『ああ、まったく感服したぜ! あの新聞全体から漂ってくる研ぎ澄まされた知性の芳香!
あの新聞全体がお前の匂い立つ美しさとインテリジェンスをこれでもかと訴えかけてくるぜ!
よ! 一流ジャーナリスト! 敏腕新聞記者! 特A級イレギュラーハンター! 不気味な靴!』

『ウフフフフそんなに褒めないで下さいよぉウフフフフ、照れちゃうじゃないですかぁアフフアフアフ』


虚勢乙、じゃなくて巨星堕つ。
強い者には下手に出て弱い者には強く出るという、
寄らば大樹の陰だね! を地で行く天狗が、あろう事かただの人間に口説き落とされた。
そして人生は坂道。一度躓いてしまえば、後は一番下まで真ッ逆さまに転げ落ちていくだけ。
夜空に流れて煌く星は、最後は燃え尽き塵となる。
今この瞬間の喜びはその彗星の最後の煌きに似ている事に、文が気付く事は無かった。


『そこでだ! そんな幻想郷を所狭しと駆け巡り飽くなき真実を地の果てまでも追求する
天才美人ジャーナリストのお前にしか出来ない仕事があるんだ! 引き受けてくれないか?』

『とうとう貴方もこれまでの窃盗強盗略奪女誑しを悔い改める気になったのですね!
感動しました! これも私の書いた厳正で厳粛で一撃必殺な記事の賜物!
自分の書いた物で誰かを正しい道へと導ける、これだから記者は止められません!
いいでしょう、お任せ下さい! どこぞのスキマ妖怪の左足の小指の長さ及び薫りの成分組成から
紅魔館門番が一日にかく汗の内何パーセントがあのムカつく胸の谷間から分泌された物なのかまで
完膚無きまでに突き止めて見せますよ! さあ、何を調べればいいんですか!?』

『よーし、それじゃあ霊夢の一番感じるところは一体何処なのか調べてくれるか?』

『はい!! ……はい!?』

『それと出来れば霊夢のハラスメントな自給自足シーンの写真を。
あ、でも万が一にも霊夢に触ったらマジックミサイルで蜂の巣だぜ』


気付いた時にはもう遅かった。
魔理沙の巧みな話術に乗せられた文が景気のいい返事をしつつ大きく頷いたのを
何時の間にそんなものを取り出したのか、その繊細かつ可憐な手には似合わない
無骨な写真機を駆使して私的アカシックレコードに残しつつ、魔理沙がニタリと哂う。
新聞を褒めまくっていい気にさせそこに生じた絶好の隙につけ込むと言う、
いつも天狗仲間の大会で負けてばかりの文の心の傷を残酷にも抉った
非人道的極まりない魔理沙の姦計が見事に炸裂してしまったのだ。


『いやぁ、まったく楽しみだぜ。一体どんなあられもない痴態が私の元に届けられるのか
ちょっと想像しただけで決壊した堤防から溢れる津波の様な鼻血が止まらないぜドッブシュウゥ!』

『ちょ、ちょっと待ってください! そのシーンをカメラに収める事はまだいいとしても
どこが感じるとかそんなのは実際に触ってみなくちゃ分かる訳が無いでしょう!
いくら私が天才美少女ジャーナリストだと言っても出来る事と出来ない事がありますよ!』


引っ掛かった、罠、ブラフ、計画的。
色々と間違ったベクトルに風雲急を告げる事態に文が珍しく狼狽する。
そもそも霊夢の痴態を余す事無くカメラに収めるというのはまだ良いとしても、
何処が感じるのか調べろなどというのはおよそ考え得る限り新聞記者の仕事ではない。
おまけに実際に触るのは禁止だとまで言われては、これはもう酒を呑まずに酒盛りをしろと言うようなものだ。
天才だとか鬼才だとかそんな事は一切関係なく、そもそも出来る筈が無い遙けき彼方の夢物語だ。


『何だよ、今確かに「はい」って言ったじゃないか。ブン屋に二言は無いんだろ?』

『妙な諺を作らないで下さい! それとモノには限度ってものがあるでしょう!
って言うか私はあくまで単なる新聞記者であって貴方の様な凶悪強盗魔ではないのです!
何でそんな自分勝手で変態無残で極悪非道な夢物語の編纂に付き合わなきゃならないんですか!』

『は、そんな変な靴を履いてるせいでたまについうっかりバランスを崩してずっこけて
足を思い切り挫いて、でも周りに誰も助けてくれそうな人が居なくて一気に心細くなって
挙句の果てにはいい年かっぱらってめそめそ泣いてるような奴には言われたくないぜ』


魔理沙が冷たく鋭利なナイフを突き刺すように、「フン」と鼻で笑いつつそう言い放つ。
そしてその台詞に何か思う所があったのか、文が僅かにたじろいだ。


『ッ……べ、別にそんな根も葉も身も蓋も脈絡も意味もない事言われたって痛くも痒くもって
何ですかその私のプライバシー絶賛侵害中の極悪黙示録はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』

『どうだ、私の「池山。新聞」は? お前のよりもよっぽど素敵な新聞だろ?』


魔理沙が軽快な動きでスカートの中から取り出した紙切れを見て
今だかつて無い程の衝撃を受け空中で激しくバレルロールしながら叫ぶ文。
その丁度新聞紙程の大きさの紙切れには、何と事もあろうに
たった今魔理沙が言った内容そのままの光景を激写した写真が所狭しと貼り付けられていた。
地面に体育座りでぺたんとへたり込み幼い子供の様にめそめそと泣きじゃくるその可憐な痴態と
今だ成熟の域には達していなくとも、まるでぷっくりとふくらんだ春の若芽の様なそのまろみ具合が
瑞々しい弾力と確かな柔らかさを醸し出す、ふともも及び絶対領域の絶妙な露出っぷりが
実に背徳的でアンビバレンツな風情をこれでもかと発散している辺り、
これは新聞じゃなくて一種の春画帖か何かではないかと感じさせるが、
紙切れの上部に豪快な筆致で書かれた「池山。新聞」という文字が
耳を劈きかねないほどの大音声で「これは新聞だ」と、果てし無く的外れな主張をしている。


『ちなみに私は読者一人一人の感性を重視してるから写真に対するフォローも補足も無しだ。
だからコレを読んだ奴の中から「ずっこけて泣いてる文たんかわいいよ!!」とかほざきつつ
夜這いを掛ける様な不届き者が出てきたとしても責任は取らないぜ。コンゴトモ、じゃなくてそこんとこヨロシク』

『池山新聞!? いや、って言うか何時の間にそんな写真撮ったんですか!!
そ、そんな寝た子を起こすどころか起きてる子を無理矢理寝かせてすぐさま起こして
更にそれを幾度と無く繰り返し最後にはストレスと疲れで命の灯火を消してしまう様な死海文書は
即刻誰の目にも付かない所で跡形も無く焼却ならぬ消却処分してくださいよぉ!!』

『私の神聖なる蒐集行為を盗撮した挙句テキトーな記事までくっ付けた奴とは思えない言い草だな。
それに、そもそも壁に耳あり障子に目あり。その事を一番よく分かってるのはお前だろ?』

『貴方の覗きと私の取材を同列に論じないでください!
と、とにかくこんな仕事はお断りさせていただきます!
記者の側にだってネタを選別する権利があるんですから!』

『あー、まあ、私だって鬼や悪魔じゃないからな。どうしてもイヤだって言うなら仕方ない、他を当たるぜ。
ところでこの新聞どうしようかなぁ。パチュリーに頼んで雨の代わりに降らせてもらおうか、勿論幻想郷中満遍無く』

『なッ……きょ、脅迫する気ですか!?』

『号外だよー! 幻想郷一火力の大きい新聞、「池山。新聞」の号外だよー!!』

『やめてくださいよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』


魔理沙にすがり付いて必死に懇願する文。
外ヅラはともかく、内に秘める力は鬼にも匹敵すると言われる天狗とは思えない痴態である。
流石に文が全力を出せば取り返せはするだろうが、一歩間違えれば
魔理沙を攻撃した瞬間にこの新聞が幻想郷中にブチ撒けられると言う
ブービートラップが仕掛けられているかも知れないので迂闊に手は出せない。
そもそもこの『ひねくれている。性格悪し。』な霧雨魔理沙に
先手を取られた時点で、文の敗北は十中八九決定しているようなものだ。
魔理沙が色んな意味で普通の人間ではなかったのが災いした格好となった。


『だったらさっさと取材に行けィ!! 滅殺マスタースパァァァァァァァァァァァァク!!』

『のわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』


ああ、何と言う悲劇であろうか。
いやらしい写真で何も知らない可憐な少女を脅迫し、
気丈にも少女が抵抗すると今度は暴力を振るってまで言う事を聞かせるとは、
まさにお医者様でも草津の湯でも許されないレギュレーション違反である。
あわれ魔理沙の放った光の洪水に押し流され、遙か彼方へと吹き飛ぶ文。
てめぇの血は何色だァ──────ッ! ……え? 白黒? 何それ、突然変異体?


・ ・ ・


『うう……酷い目に遭ったわ……今度会ったら必殺の売符・バスターカラスで吹き飛ばしてやるぅ……』


凶悪な力を持った幼きデーモンロードと兇悪な性癖を持った瀟洒なメイド長が
夜な夜な衝撃的かつ倒錯的な一大スペクタクルを繰り広げているともっぱらの噂の紅魔館。
湖のほぼ真ん中に存在する小島に鎮座ましますこの館、そのまさに眼前に有る湖からにょっきりと手が生えた。
しとどに濡れ、ぽたぽたと止め処なく水が滴る美しく艶やかな黒髪に、
妙な突起の生えたさっぱり設計思想の分からない靴。
そしてそれで空を飛ぶってのは女の子としてどうなのかしらと突っ込みたくなるようなスカート。
言うまでもなく、つい先程魔理沙のマスタースパークによってかっ飛ばされた伝統の幻想パパラッチ、射命丸文である。
あの後このまま博麗大結界に激突するのかではないかという程の勢いで飛んでいった文だったが、
たまたまその軌道上に緑色の服を着た長くて赤い髪の門番らしき生命体が居た為、
その豊満かつふくよかかつ大いなる母の愛的な二連装夕張メロンにより衝撃が和らげられ
間一髪で紅魔館前の湖に墜落するだけで済んだ。
ちなみに文がぶつかった二連装夕張メロンを装備した妖怪の方はその衝撃をモロに受け
そのまま目にも止まらぬ早さで夢の彼方へと吹き飛んで行ってしまい、その先にあった
「永遠亭」という屋敷に住む極悪狂乱変態薬師の部屋に墜落して
たっぷり三日三晩凄まじい目に遭って帰ってくる羽目になるのだがこの際それは関係ない。


『あらあら、大丈夫ですか?』

『あ、す、すいません……って、貴方は……』


そんな濡れネズミならぬ濡れ天狗と化した文の眼前に、すらりと細い手が差し出された。
半ば反射的にその手を掴んで、ふと顔を上げた先にあったのは
ある意味紅魔館の主より悪魔的だとの噂も有る完全で瀟洒なメイド長、十六夜咲夜の
とても疑惑と疑念と嘘と虚飾と一抹の哀しみにまみれた、パッと見はふくよかな胸であった。


『よいしょ、っと……こんにちは、文さん』

『あ、これはどうも……いや、お見苦しい所をお見せしまして』

『珍しいですわね、こんな季節に水泳なんて』

『……コレが水泳に見えます? それより仮にもメイド長の貴方が一人でこんな所にいる方が珍しいですよ。
まさかまたスペースシャトルがどうとかボイジャー二号がどうとかエンセラダスがどうとかカロンがどうとか
水金地火木土天海冥的に壮大な夢を追いかける手伝いでもさせられてるのですか?』

『当たらずとも遠からず、という所ですね。
いえね、お嬢様があのパパラッチに用があるから連れてきて、と仰るので』


この時文は動物的な本能で危険を察した。
しかし、何故か逃げ出そうという思考に至る事は無かった。
それも無理は無い、本能は忍び寄る危険の影を察知すると同時に
相手がこの十六夜咲夜では逃げるだけ無駄だと言う事も感付いてしまっていたのだから。
愛する主の頼みとあれば、例えこちらの両足を斬り刻んででも連れて行こうとするだろう。
十六夜咲夜とはそういう女である、って慧音が言ってたって萃香が言ってたって紫が言ってた。つまり嘘だ。


『パパラッチ……って、もしかして私の事ですか? うう、何だか嫌な予感がします……』

『で、私は貴方を探していたと言う訳です。では、さっそくですが参りましょうか』


そして異常なスピードでとんとん拍子に進む話に待ったをかけようとして、文が慌てて口を開いた。


『ちょ、ちょっと待ってください。 別に行くなんて一言も言ってな』


















『……あれ?』

『いらっしゃい』


今度は気付く暇すら与えられなかった。
ふと周囲を見渡すと、僅かの陽光も差し込まない暗い部屋の中で
ランプの灯りにぼんやりと照らされた、目を覆わんばかりのペドペドしさ(ロリっぽさの度合い)を
惜しげもなく撒き散らす紅い悪魔、レミリア=スカーレットと向き合う格好で豪奢な椅子に座らされていた。
まさに魔法少女マジカル☆咲夜ちゃんスターの名に恥じない超絶技巧瞬間移動マジックである。


『あ、お邪魔します……じゃなくて! な、何で……何時の間にこんな所に……ッ!?』

『この際そんな事はどうでもいいじゃないの、貴方がいて私がいる、ただそれだけよ』

『い、いや、そういう問題じゃなくてですね……あの、確認したいんですけど
私確かにさっきまで外の湖にいましたよね? これ、私の妄想じゃないですよね?』

『そうね、早速依頼内容の確認をして貰おうかしら』

『いや、だから、そうじゃなくて……あー、もう……何て言えばいいのか……』


レミリアが絶望的なまでに話を聞いていない事に気付いて頭を抱えつつ、
精一杯の恨みつらみを籠めた視線を咲夜に向ける文だが、
当の刃物及び幼女依存症の重症患者は、レミリアの斜め後ろに瀟洒に立ち
仄かに漂ってくるレミリアの髪の香りを貪るように吸い込みつつ
ちらちらと見えるうなじの観察に夢中になっていたので、その視線に気付く事は無かった。


『そんなに構えなくていいわよ、別にどこぞの誰を殺してこいとかの用事じゃないんだから。
手っ取り早くイエスかノーかでビシッと答える事。いいわね?』

『は、はい……で、用事って何ですか?』

『そ、それはね』


ぱぁっと淡紅を散らした様に、レミリアの頬が色付く。
その様子だけ見れば恋に恋する可憐な乙女と言えなくも無いが
某メイド長を除き、この幼女の実態を知っている者からしてみれば
兇悪な食虫植物が甘い香りで何も知らない虫を誘き寄せて
今まさに捕食せんとしている様を幻視するであろう、実に微笑ましい姿である。


『一から説明していくと長くなっちゃうんだけど……ま、まあ、掻い摘んで話せば
Pの文字はポリスの略、すなわち正義の使者であると言う事になる訳で、
数々の戦友を誤射した問題兵士が参加するとあっては私も黙ってられない訳で、
レギュレーションに違反しているという事は結局自然環境にも非常に悪い訳で、
例え非平和行動をしてでも街を発展させようとしたあいつは案の定暴君と呼ばれた訳で、
やっぱりラーメンは鉄の様に硬くないと真面目にやってないって言われちゃう訳で、
ああん、もう、霊夢のいけずぅ! こんな見目麗しくキュートな幼女が
恥も外聞も捨てて迫ってるって言うのに微動だにしないなんて酷いわぁ!
でもそれでこそ私の霊夢! そこにシビれる! あこがれるぅぅぅぅぅぅ!!』


妄想を垂れ流している内についうっかり興奮してきてしまったのだろうか、
それこそ恥も外聞も無くテーブルの上に飛び乗って歓喜の大乱舞を繰り広げるレミリア。
ちなみに咲夜はと言うと一体何をどうやったのかは知らないが、鼻の辺りまで床にめり込んでしまっていた。
その状態で時折床と顔の僅かな隙間から鼻血が噴き出したり不気味な笑いが聞こえたりするのだから堪らない。
そしてそれを見た文の脳裏に「人面マンドラゴラ」という単語が浮かんだのは言うまでも無い。


『あー、あのー……おっしゃる意味がいまいち良く分からないんですけど……』


今一どころか今兆くらいに分からない。
未だ狂乱の渦の中にいるレミリアに、文がおずおずと声をかける。
この踊りの隙に逃げ出そうかとも思ったのだが、その圧倒的なパワーに押されて
何故か椅子から立ち上がる事すら出来なかった。
死ぬほど好意的に解釈すれば、スカーレットデビルの二つ名は伊達ではないと言った所だろう。
確かに伊達ではないのは間違いないのだが、その代わり別の所が致命的に間違っている。


『し、仕方ないわねぇ……ええと、一言で言うと……そ、その……れ、霊夢の……初恋薊を……
やぁだ、もう! 私の様に可憐で華麗で暴虐非道で我侭三昧昇竜煉獄な美幼女に
こんなこっ恥ずかしい事を微に入り細に穿って言わせないでよぉ! ウフ! ウフ! ウフフ!』

『その通りですわ! まったく文さん! 悪ふざけも大概にして下さい! お嬢様をこんなに恥ずかしがらせるなんて
いやむしろもっとやって下さいお願いします! アハ! ウフ! アハハ! アハァハ! ハァ! ハァ! アハハ!』


何の脈絡も無く暴れ出す永遠に紅い幼き月と完全で瀟洒な従者。
文の背中に嫌な汗が滝の様に流れ落ちる。
……一体この主従はどうなっているのだろうか。
主は白昼堂々巫女のエロ画像持ってきやがれ等と寝惚けた事を言い出すし、
そちらはまあ月の光を糧とし生きる吸血鬼と言う事で思考体系が常時ルナティックにつき
色々逸脱しているからだと考えられない事も無いが、問題なのは従者の方である。
そもそも普通の神経の持ち主なら主のこんな痴態を目の当たりにしたが最後、
その日の内に光の速さで田舎に帰ってしまう事請け合いだろうに、
それなのにこのメイド長の狂喜乱舞ッぷりは一体どういう仕組みなのだろうか。
恐らく、この人は自分勝手にキレるだけキレて寝てしまうそんな君でも好きなのだろう。
それほどまでに想える相手がいる事をちょっぴりうらやましく思いつつも、
行き着く先がコレじゃあ最初から恋なんてしない方がいいかもと文が考えた事は言うまでも無い。


『初恋薊って……初恋薊……薊……薊……花……花びら……って、ちょ、結局貴方もこれ系の用事だったんですかぁ!?』

『貴方もって……ああ、あの白黒か、それとも人形師か。どっちにしろ、向うも動いてるみたいね。
こちらもモタモタしていられないわ、じゃあ、早速だけど今から仕事にかかって頂戴』

『ちょ、ちょっと待ってください! 何ですか今日は皆さん揃って徹頭徹尾に意味不明な事ばかり!
どうなってるんですか! もしかしてお祭ですか!? フェスティバルですか!? カーニバルですか!?』

『ああ、まあ、別に断っても構わないわよ。ところでカーニバルって言葉で思い出したんだけど
私前々からちょっとカニバリズムというのがどういうものか興味があったのよ。
喰う側はウチの門番がいるからいいけど、喰われる側がどうしても見つからなくてね』

『羊たちの沈黙!? わ、分かりましたよぉ! やります! やりますから!
だからそんな市場に連行される何も知らない子羊を見る様な目で見ないで下さい!
ぶっちゃけた表現をすれば食材を見る様な目で私の体を嘗め回さないで下さい!』


重ね重ね言うが、文も決して弱くはない。むしろかなり強い部類に入る存在ではある。
これがレミリアか咲夜、どちらか一人だったら何とかなったかもしれない。
しかし、運命を操る能力と時間を操る能力を二人纏めて相手にするなど
どこぞのスキマ妖怪の前で「年増の癖に若作りしてる奴この指とーまれ」と言う様なものだ。
早い話が自殺行為、むしろ既にそれは自殺そのものである。


『ふふ、貴方が話の分かる妖怪で助かったわ……さて、それじゃ咲夜』

『既に完了していますわ、お嬢様。では文さん、こちらへ』

『うひゃっ!?』


いつの間にか人面マンドラゴラ状態から回復した咲夜が文の背後に立っていた。
よくよく見ればあれほど噴水の様に吹き出していた血も涎も、最初から無かったかの様に
跡形も無く消え去ってしまっている。
この瞬間、時間を止めて自分の鼻血を処理するメイド長の姿を幻視して
文が吹き出しそうになるのを必死で堪えたのは言うまでもない。
更に実際は時間を止めている間に美鈴の部屋から適当な布(服)を持ってきて
それを処理に使っているという事も言うまでもないだろう。


『これは極秘会談だからね。万が一にも誰かにバレたら全て台無しになるわ。
咲夜に空間を曲げてもらったから、そこのドアからこっそり出て行って頂戴』

『お疲れ様でした』

『ええ、ホントに……それと一応言っておきますけど、あんまりドギツイのは期待しないで下さいね……?』

『ええ、流石に私だってそこまでは言うないわ。最低限、丸見えだったら何も文句は無いわ』

『(ハードル高ッ!!)』


まあ、それでも魔理沙の様に何処が感じるか調べろなどと言わない辺り
少しはマシな依頼かもしれない。
何はともあれ、ようやくこの紅い牢獄から開放されたのだ。
文の心が安堵感で満たされていく。
こうなれば例え一秒でもここにいる理由はない。
早く退避しないとこっちの精神も危ないし、とそそくさと扉に向かう。


『じゃあ、このドアから出て行けばいいんですね?』

『はい、この館の裏口に繋がってますから』

『そうですか……えーと……じゃあ、お邪魔しました……出来ることならもう二度と……ゲフンゲフン』

『ええ、じゃあ、宜しくね』

『…………はい』


ぎい、と木の軋む音を立てて扉が開き、文の姿がその中へと消える。
そして数秒後、咲夜がはたと何かを思い出し、扉に向けて声をかけた。


『あ、ちなみに迂闊に脇道に逸れると死後の世界を疑似体験できるともっぱらの評判ですわ』

『それを先に言って下さいっていうかそんな小粋なアトラクションは要りませんよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
い、いやぁぁぁぁぁぁ! ねじれが! 歪みが! じ、じ、時空乱流がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』


・ ・ ・


『うう……き、今日は厄日だわ……今日はもう、早いとこ家に帰って……』


紅魔館の長い廊下を、全身ボロボロになった文がよたよたと歩いている。
道中、核の炎で包まれて無残にも荒廃した世界に迷い込んだり
頭だけ残ってれば復活する宇宙人が星ごと自爆しようとしている場面に出くわしたり
青いピラミッドを二つくっ付けた様な形の謎の生命体がレーザーをぶっ放している場面に遭遇したりと
まさに波乱万丈な道程を辿り、ようやく出口に辿り着いた文が大きく溜息を付きつつ、ドアノブに手をかけた。
そして、がちゃりと小気味良い音を立てて扉が開いた、その次の瞬間。


『ハロにちわ(はぁと)』


『だから何で貴方がこんな所に居るんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?』


事もあろうにその先で待ち構えていたのはあの暇で年増でスキマでコアラな大妖怪、八雲紫だった。
遅刻しそうになって必死で全力疾走していたらパンを咥えた転校生とぶつかって
恋が始まるのかと思ったらいきなりその相手の目から塩辛が飛び出したかの様な衝撃に
なけなしの気力と体力を無理矢理振り絞って文が慟哭する。


『あら、自分の家に居ちゃいけないのかしら?』

『貴方の家!? そ、そんな、だってここは紅魔館の裏口の筈……こ、これはッッ!?』


きょろきょろと辺りを見回す。
ちゃぶ台、襖、押入れ、障子、畳、そして縁側で気持ち良さそうに寝転がる橙。
文はこの景色に見覚えがあった。そう、ここはいつかこの眼前の大妖怪の式、八雲藍の取材に赴いた際に通された部屋だ。
しかもよく見れば自分は確かにドアから出た筈なのに何故か箪笥の引き出しから顔を出している。
次から次へと巻き起こるスペクタクルの嵐に思わず失神しかけた文だったが、
紫の放つ強烈な妖気に無理矢理現実に引き戻されるた。


『まあ、とにかくそこから出なさ……あら、この匂いは、確か……』

『あっ……や、ちょっ……あ、な、何するんですかぁ!?』


箪笥に嵌った文をその細腕で軽々と持ち上げると、そのまま首筋に顔を近付けて
匂いを嗅ぎ始めるという実に倒錯的な行為をおっ始める紫。
そしてひとしきりそうした後、ふむ、と小さく頷き、文を抱き上げたまま口を開いた。


『この未だ花開かぬ想紫苑の若い蕾の如くささやかに薫り立つ少女の芳香……魔理沙かしら。
それと、さっきの「ここは紅魔館の裏口の筈」という発言。これで大体今の貴方の状況が分かったわ。
さあ、ここまで言えば私が何で貴方をここに呼んだのか分かるでしょう? 私にもひとつよろしくお願いするわ』

『分かりたくないですけど分かっちゃいますって言うか嫌です!!』


まさか一日に全く無関係の三人から同じ女の子を襲えと頼まれるなど誰が想像出来ようか。
およそ考え得る限り最悪のシナリオが実現してしまった。
自分のアイデンティティとか越えてはならない一線とかを守る為に、必死で叫ぶ文。
それと同時に、確かにあの時自分は霧雨魔理沙にしがみ付きはしたが、
ただそれだけの接触によって付いた匂いすらあっさり嗅ぎ分けるその力に戦慄した。
コイツはヤバい、ヤバ過ぎる。下手な事にならない内に何としてでも逃げなければ、と。


『あら、困ったわねぇ。私が直に行くと十中八九ヒジキとスペル桶で撃墜されるし、
萃香は同じ女を愛した女だから、貴方しか頼める相手が居ないんだけど……』

『そ、そんな変態的な裏事情なんかどうでもいいです!
もう帰ります! 逃げます! せつなさよりも遠くへ逃げます!』

『そう……仕方ないわね、こんな事はしたく無かったんだけど……



と、ここでようやく紫が文から手を放した。
開放された文が素早く部屋の隅へと退避するのを気に止めず
無造作に開いたスキマに手を突っ込んでごそごそと何かを探り、
その中から何やら詳細不明の白い布を取り出した。


『これでどうかしら?』


そう言って紫が広げたその布は、誰が何処からどう見ても下着であった。
スタンダードな清純さとオーソドックスな可愛らしさを演出する純白の絹布に施された
ファニーなヒヨコのアップリケが、絶妙なスパイスとなって魅力を何倍にもアップさせている。
そして嫁入り前の女の子にいきなり下着を見せ付けるという
破廉恥な行為を受けた文が頬を薄紅色に染め、僅かにどもりながらも言葉を紡ぐ。


『な、何ですかそのあまりにも可愛らしい下着は。
どうかしら、って、そんな物で私が釣られる訳が無いでしょう。
いや、って言うか出来る事ならこんな事は言いたくないんですけど
ジャーナリズム及びマスコミュニケーション的見地から見ても
そんなヒヨコのアップリケが付着している無闇にキュートな下着なんて
どう考えたって貴方には似合わないです。死人が出ますよ?』

『残念でした。そもそも私は下着なんて七面倒くさい物は着けないのよ。
それより前も言ったけど、貴方はやっぱり理解力というものが足りてないみたいね』

『む……それはどういう意味ですか。あの時はともかく、どうして今の話の流れでそんな事言われなきゃ……』


そこまで言いかけて、文がはっと何かに気付いて口をつぐんだ。
……まさかあのヒヨコさんパンツは私のものでは無いのか。
最初はよく似た別物だと思ったが、よくよく見ればこれは紛れもなく私のだ。
とすると、私の下着をこっそり抜き取り、それをネタにして言う事を聞かせようという魂胆なのか。
しかし最初に魔理沙と会った時の様に油断していたならともかく、
今この神経が限界まで張り詰めている状態ならば、相手が八雲紫と言えど
全く自分に気付かれずに下着を引っこ抜く事など不可能だ。
第一、自分の下腹部にはちゃんとした下着の感触が有る。
知らぬ間に脱がされたなんて事はある訳が無いのだ。
それはこうして触ってみればそれこそ火を見るよりも明らかである。
そう、そこには厳然として揺るがない、こんなにも頼もしい剛直が聳え立ち……剛直?


『きゃああああああああああああああああああ! な、な、何ですかコレはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』


文の感動の雄叫びがマヨヒガにあるガラス製品を片っ端から砕け散らせた。
確かに下着自体は脱がされてはいなかったが、その代わり事もあろうに
巨大な白鳥の首を模したオブジェが蒸着されているではないか。
こんなものを付けて外を歩いたが最後、普段ビクビクとカラスの脅威に怯える
何処までも臆病かつ善良かつ平和主義かつ不戦論者のハトでさえも
「クルッポー(貴様の様な奴を放っておいたらいずれ幻想郷が崩壊する!
今ここでこの命に代えても成敗してくれるわ!)」と叫んで襲い掛かってくるのはまず間違いない。


『まさか下着をすりかえられた事に気付かないとは思わなかったわ。
だから貴方はいまいち理解力が足りてないって言ったのに。
あ、ちなみにソレはこの間新しく式にした白鳥の東村山くんよ』

『東村山!?』

『何やねん、会って早々ワイの事呼び捨てたぁ中々に大胆な嬢ちゃんやなぁ』

『しゃべった!? い、嫌! こ、股間から声が出るなんていやぁぁぁぁぁぁ!』


それで喜ぶ様な奴がいたらそれはそれで大問題ではある。
そして凄まじい羞恥とおびただしいショックでもはや顔どころか耳まで真赤になった文が
東村山くんの首根っこを引っ掴んでぶち抜こうとした、まさにその瞬間。
紫の口から、あまりにも残酷かつ無慈悲な死の宣告にも等しい呪言が発せられた。


『別にそれを脱ぐのは構わないけど……そうすると貴方はどういう状況に置かれるかしら?』

『うっ……そ、そ、それはッ……!!』

『それとも東村山くんと一緒に帰る? 話してみると結構気さくでいい人よ、人じゃないけど』

『…………ッッ!』


この瞬間、文は悟った。
もはやどうやっても逃げ道は無い。そもそも相手が悪過ぎたのだ。
相手に一切気付かれずに下着を穿き替えさせるという絶技の持ち主に
逆らおうというのが馬鹿な話だったのだ。


『さて、セミスッパ(半裸)で飛んで帰るか、素直に私の頼みを聞くか。
もはや考えるまでもないと思うけど、どっちがいいかしら?』


もはやこれは質問ですらない。単なる確認である。
そしてこの時文がまるで斬首刑か絞首刑か、どっちで殺されたいかを
選ばされている様な気持ちになったのは言うまでも無い。


『早く(ハリー)』

『う……』

『早く早く(ハリーハリー)』

『うぅ……』

『早く早く早く(ハリーハリーハリー)』

『あ、あう……』


もはや文にはここでノーと言える気力も体力も残っていなかった。
がくり、とうな垂れる文を見下ろし、満足そうに紫が笑う。
それはまさに「人生の勝利者」および「負け犬」と称するのがぴったりな程、
大いなる希望と無残なる絶望が交差する、混沌とした人間模様を
絢爛として美しく、そしてどこか一抹の儚さをも孕む万華鏡の様に映し出していた……。


『嬢ちゃんも大変やなぁ』

『って言うか人の股間で喋らないで下さいよぉぉぉぉぉぉ!』


・ ・ ・


「と言う訳でして」


終わった。
ついに終わった。
大いなる悪の跋扈する乱世を余す事無く描写した地獄の黙示録がようやく終わった。
流石の霊夢も、話の途中で一体何度気絶しそうになったか分からない。
そもそも女同士とか相手が妖怪だとか吸血鬼だとかタラシ野郎だとかはこの際仕方ないとしても、
どうして自分に言い寄ってくるのは揃いも揃って倒錯の極みに居る変態ばっかりなんだろう、と
霊夢が愛と感動に満ち満ちた大吐血をした事は言うまでも無い。
ちなみに今までの会話はすべて、長々と喋りながらもまったく真実を追究する手を緩めない文と
ここで無残にも散らされてなるものかと必死で抵抗する霊夢が目にも止まらぬ早さで繰り広げる
文の狡猾で淫猥で流麗な動きで襲い掛かるスキンシップを霊夢が持ち前の当たり判定の小ささと
長年の経験により身に付けた対変質者用護身術「ABC(アンチ・バカ・コーティング)」によって防ぐという
超絶桃色攻防劇の間になされている。


「ちなみにこれが二週間前の事です。で、発情期に突入したのはちょうど先週ですね。
皆さん酷いですよねぇ、あんな惨劇、例えお釈迦様だって見て見ぬフリしますよ」

「いや、こんなのお釈迦様どころか冷酷無残で阿鼻叫喚で
兇悪無比で傍若無人な冥府の死神だって裸足で逃げ出すわよ!
って言うか今の話って延々とあんたの身に起こった悲劇を語ってるだけで
結局今この瞬間の現実に対してはこれっぽっちも掠ってないじゃないの!」

「それはそうですよ、これはあの三人の依頼『それ自体』とはまったく無関係ですから」

「ちょっ……な、そ、それどういう事!?」


にっこりと笑いながらも、またもや聞き捨てならない爆弾発言をする文。
無関係とはどういう事か。
だったら今までのクソ長い地獄の黙示録は一体何だったのか。
関係があったからこそわざわざこんな話をしたのではなかったのか。
霊夢の思考が混乱の渦に巻き込まれる。
そして例えて言うならば満開の桜の傍でひっそりと咲く勿忘草の様に
どこが遠慮がちで気恥ずかしそうな、そして何より可憐で純粋なその笑顔には
髪の毛ほどもそぐわない言葉が続けざまに飛び出してきた。


「復讐ですよ」

「ふくしゅ……!?」


復讐。
あまりにも血生臭く物騒で、そして何より悲しい響きを孕んだその言葉に
先程の子育て発言にも匹敵する衝撃を受け、半ば絶息する霊夢。
そして二度ある事は三度あるとはよく言ったもので、先程までの話と今の復讐という言葉から
どんだけ酷い事されたのかしら、とちょっぴり文に同情しかけた霊夢の暖かい心を
木っ端微塵に打ち砕く残酷な言葉がまたも文の口から放たれた。


「ぶっちゃけますとですね、つまりはあの三人にいい様にこき使われてムカついたから
あの面子の共通の想い人、つまりは博麗霊夢を私が横取りして尚且つ手篭めにして
一泡どころか七泡くらい吹かせてやろうじゃないかと考えた次第なのです。
その新聞は取材中にたまたま撮影に成功したディレクターズカット的画像をふんだんに使用した
文々。新聞スペシャルエディション版バーストルネッサンスウンブリエルカスタムですね。
コレでまずあの三人の精神に取り返しの付かないダメージを与えると同時に神社へと誘き出し
そこで想い人が無残にも散らされている様をふんだんに見せ付けるという計画なんです」

「だ、だったら素直にあの三人を襲ったらいいじゃないの!
何でそこで復讐と劣情のベクトルがそもそも無関係の私に向くのよ!」

「あ、それは駄目です。さっきも言いましたけど、これは取材も兼ねてるんですから。
あの何者にも縛られない無重力と名高い楽園の素敵な巫女、博麗霊夢が
よりにもよって白昼堂々天狗と子作りだなんて美味しいネタを逃す手はありませんからね。
そもそも『ネタになるか』という観点から見ると、魔理沙さんは生粋のタラちゃん(誑す者)ですので
今更女の十人や二十人くらい増えたところで誰も驚きませんからボツ、
レミリアさんに手を出すとまず間違いなく咲夜さんに叩ッ殺されるのでこちらもボツ。
紫さんはもうどうやっても敵いそうにない上に一歩間違えると式にされそうなので当然ボツです。
って言うか向うは三人じゃないッスかァ、多勢に無勢じゃないッスかァ」

「いや、まあ、確かにそりゃそうだけど! そりゃそうだけどさァ!!」


あまりにも自己中心的かつ傍若無人なその発言に、
もはや霊夢は開いた口が塞がらず溢れ出す涙が止まらなかった。
そして発情期の癖に妙に理論的に危険を回避しようとしている辺りが実にムカつく。
って言うかこれだと発情期と言うより殺人鬼の方が近い気もする。


「まあ、そういう訳ですので。ここはひとつ貴方が困窮の余り三日前に食べてた
拾った鈴蘭の花とツクシで作ったおひたしにでも中ったと思って納得して下さいねー」

「何でそんな事まで知ってるのって言うか納得できる訳無いでしょうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


復讐、発情期、新聞のネタ。
全ての要素が的外れかつ複雑に絡み合って起こったのがこの惨劇であり、
それらは全て文が文である為に必要な行為であるが故に、誰にもこの惨劇を止める事は出来ないのだ。
よくよく考えてみれば復讐だったら直接やればいいだろとか発情期ってお前は根本的にカラスじゃねーだろとか
これは新聞のネタと言うよりむしろ黄表紙とか春画本とかそっち系のネタだろとか
ツッコみどころがまるで散弾銃の様に激しく降り注ぐ真夏の雹の如き勢いでボロボロと零れ出してくるが
そんな事を言い始めたら何時まで経ってもオチが付かないのでここはあえて見て見ぬフリをする。


「隙あり! 必殺! スーパーブンブン脚!!」

「ッ!? くッ、こ、これは……し、しまった!!」


霊夢が叫んだ一瞬の隙を見逃さず、文が背中の羽の力だけで小さく飛び上がりぐるりと体を回転させ、
爆発的な加速と共に霊夢の腋目掛けて渾身の蹴りを叩き込んだ。
下駄シューズの足の部分が霊夢の巫女服の袖を巻き込みつつちゃぶ台の天板を貫通し、
霊夢を十字架に磔られた聖者の様な格好のまま、悲劇的かつ神秘的に拘束を完了。
まるで稲光の如きその鋭さとスピードにさしもの霊夢も反応できず、まさに俎板の鯉となってしまった。


「うふふ、ここの出来が違うんですよ(はぁと)」


スカートからちらりと覗く内腿の肌理細やかな柔肉をぷにぷにと突付きながら妖艶な笑みを浮かべる文。
その細くしなやかで、筋肉など全く付いてないかの様にも感じられる綺麗な足の何処にそんな力があるのか、
確りとちゃぶ台に食い込んだ下駄シューズは、霊夢がどれだけ力を込めて脱出を試みようとしてもびくともしなかった。


「うふふ、記事執筆で鍛えた巧みな文術で怖がる乙女のフローズンハートをメルトダウンさせ
そのままなし崩し的に行為に及んじゃうぞ大作戦、爆発的に大成功ですね(はぁと)」

「いや、成功してないから! 結局目的は果たせたとしてもその作戦は成功してないから!」

「そんな瑣末事はどうでもいいんです。それより喋ってる間ずっと我慢してましたから……色々と覚悟して下さいね。アハ♪」

「──ッッ!!」


文の顔に、色んな意味で極上の笑顔が浮かんだ。
えいっ☆ と、無闇矢鱈とファンシーな仕草で霊夢のおでこをツンと突っつく。
そして目の前の少女から、まるで昔牛ブン殴ったり羆ブン殴ってたりしたかの様な
誇り高き餓狼の闘気及び手の施しようが無い変態の息吹を感じる霊夢。
考えてみれば今まで自分に迫ってきた奴等は皆そこそこいい家の「お嬢」だったり
魔界の神の娘だったり、吸血鬼と言えども一応貴族的な存在だったりして
これほどまでに荒荒しい、極端に言えば下品な真似はしなかった。
そこへ行くとコイツはよりにもよってカラスの発情期に引っ張られる様なワイルド野郎である。
野生か。野生なのか。これが社会の中で去勢された人間には無い野生のパワーなのか。


「さあ、右手は空へ! 左手は海へ! そして立派に蒼天仰げよと論う鴉達は右へならえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 白鳥が! 何だか知らないけど何処からともなく白鳥が!
って言うかこの白鳥ってさっきの話の東村山くんじゃないのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!
助けて! 助けてぇ! 何この悪逆非道の二連装鳥葬儀式、ふざけてるのはにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


二人の少女のほがらかな笑い声が、遙かなる蒼天に吸い込まれて消えていく。
(遙けき彼方より 微かな腐臭)
(風の生まれた場所には ちいさな鴉の骸)
(突き立てられた矢 もがれた翼 折れた嘴)
見上げたその先は、春風薫るその蒼の中を飛び回りたくなる様な、そんな空だった。




・ ・ ・




「こんにちは、霖之助さん」

「ああ、霊夢か。また略奪に来たのかい?」

「違うわよ、はい、これあげる」

「これって……団扇か? む、ちょっと待ってくれ……こ、この羽根は……」

「そう。それ、天狗の羽根なの」

「やはり……しかし、どうして霊夢がこんなものを?
天狗の羽根なんて希少品、探してもそうそう手に入らない筈だが……」

「あー、まあ、そんな事はどうでもいいじゃない。希少品だろうが何だろうが、私は団扇よりお茶の方がいいのよ」

「……成る程、交換しろという訳か。いいだろう、好きなだけ持っていってくれ」

「あら、太っ腹ね」

「それだけの価値があるものだよ、これは。こんな風に簡単に人にくれてやる様な物ではない」

「ふぅん……ま、何だか私が持ってると呪われそうだったからね」

「……呪い? まさかこれ、生きてる天狗から無理矢理毟った羽根だとか……」

「さあ、それはどうかしらね。ウフ、ウフフフフフ」

「お、おい霊夢。ちょっと待ってくれ、呪いとはどういう事だ」

「さあねぇ、ウフフフフ、ウフフフフフフフフフ」

「ちょ、れ、霊夢、何が楽しくてそんなに笑っているんだ。
君はまがりなりも巫女だろう、そんな幼い子供が蟻を踏み殺して遊ぶ時の様な
愉悦に満ちた表情で笑うのは止さないか、おい、聞いているのか、霊夢、ちょっと……」




あざと過ぎたかしらん?
下っぱ
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コメント



0.6020簡易評価
3.無評価名前が無い程度の能力削除
表現がうっとおしいです。
5.100CCCC削除
いつもながらの爆走具合、笑いが収まりませんw

てゆーか文たん発情期……発情……発………ぶばっ!!!!(血の海
6.80おやつ削除
笑った……すっごい笑った……
爆走ノンストップの文。
褒め殺しで天狗を落とした魔理沙。
ごく自然にいろんなモノの右斜め上を行くレミリア。
さり気に履いてない宣言かました紫様。
そして『……幼い子供が蟻を踏み殺して遊ぶ時の様な愉悦に満ちた表情』の霊夢はもう最高。
自分のボキャブラリー不足ゆえ、少々読みにくいところもありましたが。
ほんと面白かったです。
あんた凄いよ……
10.100名前が無い程度の能力削除
あ、こーりんさんのコラムスクラップしとかなくちゃ。



……あれ?
19.100Izumi削除
正直、この芸風でこの方に太刀打ちできる人はいないんじゃないだろうか。
そう思える、というか十二分の確信できるだけの内容。
まさに驚天動地、まさに阿鼻叫喚、まさに天剣絶刀(何か違)

……っつーか笑い過ぎて腹筋痛ぇ……!
25.100ABYSS削除
怒涛の如く流れ込んでくる狂気と百合の幻想郷に驚嘆を禁じえないというか笑えすぎて逆に怖いよ!
なんていうかもう貴方はどっか違う世界に住んでますね。うん。
最高!!!!
26.100名前が無い程度の能力削除
うはは、このパワー真似できそうにない。
27.70名前が無い程度の能力削除
自分は時間を止めて自分の鼻血を処理するメイド長の姿を幻視して
吹き出しそうになるのを堪えきれませんでした。
32.100名前が無い程度の能力削除
霊夢は何時如何なる時も幻想郷中の困ったちゃん達の関(姦)心を全て自らに収束させて、大人(妖)災を未然に防いでいるんですな。感動した。これからも頑張って狙われてくれ(白いハンカチで目元を押さえながら)

……なんかいっそ白玉楼に住んだ方が平和に暮らせるような気がしないでもない。

PS.ずっこけて泣いてる文たんかわいいよ!! 
35.100no削除
この分野に関しての第一人者と愚考いたします。
一つ下の村人。氏とまったく逆ベクトルなのがまた最高。
39.100コヨイ削除
だめだ、この文はだめだw
死ぬw
40.無評価七死削除
>池山。丸新聞
ヤクルト吹いたw

どこどう間違えるとあの、(自己中心)正義が服着て歩いてるような文ちんが性技が服着てあるいてるような烏点GOODになるのやらw

でも文ちん、弄られながらも強キャラってのはポイントたかいやね。
43.100幻想郷の隅っこに入れてもらえない人削除
もう、吹きまくり。最高ですよ。
面白すぎですよ。

文の暴走っぷりが素敵ですな。

ところどころに某音ゲーの歌詞があって知っている自分としてはさらに吹きまくりました。
って言うかタイトルもー!
47.100まっぴー削除
……っ!………っ!!(笑死中)
…………っっ!!…っ!!!(まだ笑死中)

(もう喋れないっぽいので)
『最高でした、もっとやれ』
49.100名前が無い程度の能力削除
どうやったらこんな文章を書けるんだw
なんか言いたいことが10や20では足りませぬ
何はともあれ文サイコー!
53.90ムク削除
・・・でもゆかりん靴下ははいてる。
55.100吟砂削除
ダメだ・・・もうこの惨劇には笑うしかない
貴方様の構築する幻想郷はいつか人を笑い殺す事が出来る。
暴走文・魔理沙・レミリア・紫・霊夢も凄く素敵ですが、
個人的には文想像の中に有る鳩の『クルッポー』の一言にの中に
漂う使命感にもろ笑いました。

ああダメだ・・・笑いすぎて顔が痙攣する
56.100シゲル削除
また一人霊夢を好きな人が増えた。。(ぉぃ
64.80TAK削除
も、もはや笑うより他無し…!!
これは、今回一番不幸なのは霊夢なのやら文なのやら…。
…いや、一行で跳ね飛ばされたリグル&チルノだろうか…。

>幼い子供が蟻を踏み殺して遊ぶ時の様な愉悦に満ちた表情
貴方は本当に巫女か…(ガタガタ)
70.100名前が無い程度の能力削除
ええいもう変人ばっかりだなぁ・・・だが、それがいいw
剥かれた(?)カラスはその後どうなったのやら・・・
まさか霊夢に襲い返され手なずけられ(以下検閲)な事になっちゃったんじゃろか?

ちと気になったこと
「流行性ネクシャクシエロチシズム」と「写真に対するフォローも捕捉も無しだ。」
ってのは
「流行性ネコシャクシエロチシズム」と「写真に対するフォローも補足も無しだ。」
なんじゃないかと思ったり・・・勘違いだったら申し訳ない
72.100あさか削除
なにこの素敵文!なんて素敵な殺し愛!
73.70名前が無い程度の能力削除
うはwwwちょwwおまwwwwww
みんなぶっとんでるなぁww 
74.70名前が無い程度の能力削除
>ラストレイヴン
カラサワ噴いた
77.無評価shinsokku削除
今日も天気だ 氏がえろい
83.70名前が無い程度の能力削除
ヒヨコぱんつ履いたゆかりん想像したら死にそうにn(スキマ
90.無評価名前が無い程度の能力削除
あのな、文。話ややこしくなるからもうお前レイヴンズネストに帰れw
・・・とアーマードコアネタで返してみる(今はアライアンスかバーテックスか)

いやまあ文以外も出来れば御自分の生息地域から出歩かないで頂きたい人種
・・・もとい妖怪種ばっかなワケですがね

まったくなんて読んでて楽しい作品なんだ!
94.100訳あって名乗れない程度の能力削除
>コンゴトモ、じゃなくてそこんとこヨロシク
マグネタイト吹いた
あと東村山くんの勇姿を想像して腹筋がヤバイです
97.80床間たろひ削除
す、すいません! メッチャ腹痛いんですけどっ!!
あ、文が発情期っっっ!!!(声も出せずもがいている)
100.80名前が無い程度の能力削除
文は何をやっても可愛いなあ(お
116.70名前もない削除
素晴らしい百合妄想! だが残念、やや表現が長い!
119.90名前が無い程度の能力削除
腹ヨジレタw
123.80大根大蛇削除
圧倒的物量で迫り来る破戒的苦界的イメージの圧力(プレッシャー)ッッ!!
のワリに、ヤケに静かなあのラスト。十行にも至らぬ空白の間に、どんな阿鼻叫喚が……ガクブルです。
124.50名前が無い程度の能力削除
笑い所に言葉を詰め込みすぎ。
でも力業に負けて最後まで一気に読んじゃいました。
文たんのおぱんつハァハァ
125.50名前が無い程度の能力削除
エクセル風だね・・・・
なんていうかその・・・
さようなら( ´△`) アァ-
128.80翔菜削除
烏・点・GOOD 吹いたw
142.80bobu削除
小ネタの多さにびっくりです。
紫は電気グルーヴ知ってるのか!?
とりあえず非常に笑わせてもらいました。
145.100名前が無い程度の能力削除
赤い鈴wwwwwあさきネタを東方SSで見るとはwwwwwwww
151.80名前が無い程度の能力削除
うん、ひどい。色々と。(褒め言葉)