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■前書き
※この物語には霊夢や魔理沙と言ったZUN氏の創り上げた人物は一切登場しません。
※第2幕から読み始めても楽しめるように努力はしているつもりですが、
これまでのお話を読んでいたほうが楽しんでいただけるかと思います。
※前作は作品集10-11 もしくはhttp://www.geocities.jp/mizthss/
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幻想郷外伝 涼古 第二幕
第一話 「浮遊刀」
私の名前は涼古。年齢不詳のうら若き少女である。
不詳といっても別に隠しているわけじゃなく、本当に自分でも知らないのだから仕方が無い。
人間の住む里からほんの少しだけ離れたところにある山の麓で、妖精のイルイルと二人で暮らしている。
妖精なんだから一人と一匹だと思うんだけれど、そう言うとイルイルがまたきーきー怒り出すので二人。
ずっと二人で妖怪退治なんてやくざな商売をして生活していたが、最近その二人の生活にちょっとした変化が訪れた。
ラヴェンダー・ティートリィ。
彼女は魔女で、占いをする程度の能力を持っている。
私は以前はとても魔法が苦手で、彼女のことを毛嫌いしていたんだけど、まぁ色々有って最近では仲良くやっている。
そんなこんなで今日も私の家には、私とイルイルとラヴェンダーの三人がいて、いつものように紅茶を飲んでいるのだった。
「・・・ねえ、涼古」
「なに?」
ラヴェンダーが本から顔を上げて私に声をかけた。
彼女の読んでいる本は、いつも違う言語で書かれていて、私にはとても理解できないのだが、彼女はそれをまるでパズルを解くようにすらすらと楽しそうに読んでいる。
「仕事よ」
彼女がそう言うとほぼ同時に、私の家の玄関をノックする音が響いた。
この来訪者のことを事前に察知したのだろう。そしてラヴェンダーが仕事と言うからには、このドアを開けたら妖怪退治を求める依頼者が立っているのだ。
「はいはーい」
私は紅茶をテーブルにことりと置いて、ドアを開けた。
案の定、そこには里の人間が立っていた。
訪問者を家に招きいれ、新しいカップに紅茶を淹れて、用件を尋ねる。
「辻斬り?」
「ええ、そうなんです。今のところ人間に被害は出ていませんが・・・」
「・・・・・・」
里の人間が言うには、ここのところ毎晩のように牛や豚などの家畜が、鋭利な刃物で斬られたような殺され方をして死んでいるとの事だった。
ラヴェンダーはさらさらの黒髪をぱらりと舞わせ、本を静かにテーブルに置くと、値踏みするように目を細めて、じっと窓の外を見ていた。
恐らくは事件の真相を占おうとしているのだろう。
「人間の仕業じゃないのぉ?」
イルイルがぶっきらぼうにそう言った。
「その可能性も無いわけではないんですが・・・」
「話を聞く限りでは、深夜のうちにやられてるんでしょ?なら人間の可能性は低いわ。少なくとも里の人間じゃあ無いでしょうね」
幻想郷の夜は危険に満ちている。
夜は妖魔の時間。
妖魔と対等に渡り合える力が無い人間が、夜に外を出歩こうものならばたちまちのうちに食料になってしまうだろう。
里にはそんな力を持った人間はいない。
対等に渡り合える力が無いからこそ、人間は寄り集まって里を形成して生活しているのだ。
「まあ、ともかく話はわかったわ。・・・ラヴェ、何か見えた?」
先ほどから自分を抱くように腕を組んで、じっと目を瞑っているラヴェンダーに声をかけた。
ラヴェンダーはその姿勢のまま、小さくふるふると首を左右に振った。
珍しいこともあるものだ。
いつもなら依頼の話を聞けば、たちどころにその真相を占ってみせて、私を驚かせるのに。
「・・・・・・おかしい」
ぼそりと、一言だけラヴェンダーはそう呟いた。
「どうしたの?」
イルイルがふわふわとラヴェンダーのところに飛んでいってそう尋ねる。
ラヴェンダーはゆったりと目を開いて、物音を立てずに椅子から立ち上がり、黒いロングヘアに良く似合う漆黒のプレーンドレスローブをふわふわと揺らしながら窓際まで歩いていった。
こういう、女の私でも見とれるような耽美な仕草が、嫌というほど彼女の魔女らしさを感じさせる。
別に不快なわけではなくて、彼女もまた私と同じように、純粋な人間ではないのだと。
ラヴェンダーは窓辺に立つと、まだ日の高い外を眩しそうに見つめた。
「想念が感じられない・・・。人間・・・?妖怪・・・?亡霊・・・?・・・・そう言った類のモノなら想念はあるはず・・・・」
独り言を呟くように、ラヴェンダーはそう囁いた。
彼女の言うことは、私には理解できないことが多すぎるので、深く考えないでおく。
「とにかく、現場に案内してもらえる?何かわかるかもしれないし」
里の人間のほうへ向きなおして、そう尋ねると、彼は大げさに頷いた。
「里へ参りましょう。まだ村人に被害が出てないのが幸いですが、いつやられるかもしれません。なるべく急いでもらったほうが皆も安心します」
そうして私たちは椅子から立ち上がって、家をでようとした。
すると、いつもは家で待っているはずのラヴェンダーまでもが、私たちに付いてこようとしていた。
「あれ?珍しいね」
「・・・・・・気になるの」
「ふぅん。ま、いいけど」
日の光が嫌いな彼女が、こんな真昼間から外に出ようなんてよほどのことだ。
これはひょっとしたら、私たちの今後に関わるような大きな事件なのかもしれない。
****
人間の住まう里は、意外なまでにいつもと変わらぬ雰囲気だった。
まぁ、まだ人間には被害は出ていないし、いちいちこの程度で騒いでいたらこの地で暮らしていくなんて出来やしないと言えばそうなんだけれど。
そうして里の人間に案内され、私たちは事件現場までやってきた。
「これが、今朝やられていた牛の死体です」
そう言って村人は、横倒しになっている事切れた牛の死体を指した。
頭部はすっかり切り落とされ、肩から後ろの脚にかけて長い切り傷が走っている。
どちらもとても鋭利な刃物で切られたように、鮮やかなまでにばっさりと。
「これまでに被害にあった家畜は全部その日のうちに処分してしまっているのですが、どれも似たような感じでした」
村人がそう言った。
この牛の死体には、妖怪の仕業だとしたらおかしな点がある。
肉がまったく食べられていないのだ。
ズタズタに切り裂かれていはいるが、肉に喰らいついたような跡は無く、頭は切り落とされてはいるが、持ち去ったような欠落した箇所も無い。
もちろん、悪戯で殺生をする性質の悪い妖怪もいるにはいるが、それにしては死体が綺麗すぎる。
そういった類の妖怪の犯行なら、こんな一発で死に至るような傷をつけずにじわじわと嬲り殺して、死後も原型がわからないほどに痛めつけるはずだ。
・・・これは例えるなら、刀の切れ味を試すような、村人がそう言ったようにまさに「辻斬り」だった。
「・・・人間の仕業って線も、あながち捨てられないわね」
ちらりとラヴェンダーのほうを見た。
ラヴェンダーは、考え込むように、じっと牛の切り傷を見つめている。
そこには牛に対する哀悼の念も無ければ、生々しい傷跡に対する不快感のカケラも無く、ただその先にある手がかりだけを探り出すような無機質な視線。
よくよく考えれば、太陽の下に立つラヴェンダーを見るのは初めてかもしれない。
ラヴェンダーがうちに来るときは、日が昇りきる前にやってきて、日が沈んでから帰っていく。
・・・ひょっとして吸血種?
でも、普通にニンニクの入った料理も食べているし、彼女の家に十字架のマジックアイテムもあったからそれは無いか。
実際、いま日光の下に立っているし。
「うーん、わからないなあ。もうこうなったら夜に張り込んで現場を押さえるしか無いわね」
元からそうするつもりだったけど、結局はそれしか方法は無いようだ。
ま、どうせ犯人がわかっても、こちらから出向くよりここで待っていたほうが効率的だし。
「じゃ、そう言うことだから、一旦戻りましょ。夜また来るから、夜食用の弁当でも用意しておいてよ」
村人にそう告げて、私たちは再びやってきた道を戻り始めた。
ラヴェンダーは最後まで、切り口を眺めていた。
****
帰宅後。
「で、大体検討はついてるんでしょ?」
私たちは、新しく紅茶を淹れなおして、夜を待っていた。
「・・・・・・どうかしら」
ラヴェンダーは紅茶の香りを楽しむようにカップを揺らして、そっけなくそう言う。
・・・絶対何か突き止めた顔だあれは。
「何よ・・・。実際戦うのは私なんだから、教えてくれたっていいじゃないの」
ラヴェンダーは、直接的な魔法を不得手としているので、滅多に自らが戦うことは無い。
というか、私の知る限り、皆無と言っていい。
どうせ今日も私が戦うんだから、少しでも何かわかっているのなら教えてくれたっていいのに。
「・・・そうね・・・・・・。大体検討はついているけど、信じにくい・・・。有りえざる事で確信に至らない・・・、と言った所かしら・・・」
そう言うとラヴェンダーは紅茶を飲んでかちゃりとテーブルに置いた。
そうしてテーブルの上におきっぱなしだった読み止しの本を取ると、読書を始める。
・・・ラヴェンダー得意の、もう話すことは無いの合図だ・・・。
「もしラヴェが情報を教えてくれなかったせいで私が死んだら化けてでて取り憑いてやるから」
じっと睨みつけてそう言ってやる。
「・・・・・・死ぬ気なんてさらさら無いくせによく言うわ」
ラヴェンダーは、そんな私の呪詛たっぷりの視線を受け流してぱらぱらとページを捲っていた。
こうなった時のラヴェンダーから何かを聞き出すのは不可能ということは、経験上わかっているのでもうこれ以上言及はすまい。
それに彼女は私なんて比較にならないくらい聡明だ。
ここで私に情報を与えないで、むざむざ物事を悪い方向へ持っていくような愚かな真似は決してしないだろう。
きっと本当に私は知らなくてもいいことなのだ。
「はー、まあいいわ。こっちはこっちで勝手に準備するから。イルイル、呪符をそれぞれ3枚づつ用意しておいて」
だから私は私で、自分のすべきことをすることにした。
イルイルに呪符を用意させてる間に、壁に掛けてある弓を手に取る。
霊木で作られた弓に、麒麟の尾を紡いで作った弦。
手入れをしなくても常に最高潮のコンディションを維持できる長弓だが、それでも戦闘前の調整は心情的に欠かせないものだ。
矢は要らない。
私には「矢が無くても弓が撃てる程度の能力」があるから。
一通りチェックすると、最後に弓に括り付けてある鈴をちりんと鳴らした。
鈴はいつもどおり、澄み渡った音を立てた。
「・・・その準備も、無駄になるかもしれないわ・・・」
ラヴェンダーがぼそりとそう呟いた。
****
草木も眠る丑三つ時とはよく言ったもので、風の無い今宵は、草も木もしんと静まり返っていた。
当然、里の人間は寝静まっており、夜行性の動物は里までは降りてこない。
完全な無音地帯。
そしてやっぱりというか、なんと言うか、空には満月。
必然か偶然か、古来よりこう言った戦いの夜には満月になるような決まりがあるらしい。
「・・・眠い」
仮にも主人である私の頭の上に座っている駄目使い魔のイルイルがそうぼやく。
張り込みを続けてから早数時間。
事前に村人からもらった差し入れのおにぎりも全部食べつくしてしまっていた。
「今日は出ないのかしら・・・」
そんな気になっていた、まさにその瞬間。
隣に座っていたラヴェンダーが突然立ち上がり、ドレスローブを翻しながら駆け出した。
「なっ、ラヴェ!?」
「・・・早く!」
ラヴェンダーでも走ることがあるのか、と変な関心をしながらも、その先にいるであろう敵に備えて神経を最大限まで尖らせる。
先を走っていたラヴェンダーがその足を止める。
そしてそこに、敵はいた。
「これ・・・」
「・・・やはり・・・」
そこにいたのは一振りの日本刀だった。
黒い柄。ギラギラと月明かりを照らして輝く刃。
刀に造詣の深くない私でも、一目で業物とわかるほど美しく禍々しい、何の変哲も無い日本刀。
ただ一点、おかしな点があるとすれば。
その刀を持っているはずの侍はおらず、
刀だけがただふわふわとそこに浮遊している点だった。
「ラヴェ・・・あれは・・・」
「・・・浮遊刀・・・。妖刀の一種よ・・・。普通の妖刀と違うのは、見ての通り自らの意思で動けるところ・・・」
ラヴェンダーは鋭い眼光で浮遊刀を見つめていた。
まるで目を離したら最後、その鋭い切先で切り裂かれるのだと言わんばかりの緊迫した視線。
「・・・本来、浮遊刀は最高位の錬金術士でないと作ることは出来ない。・・・自然発生なんて例は聞いたこと無いからまさかとは思っていたけど・・・・・・」
「自然発生?刀の変化ってこと?」
「・・・恐らくそう。アレにはどこにも術式の後が無いわ」
古今東西、妖刀の出現例は幾らでもある。
その大半は刀が変化したもので、極々稀に人が作り出したものもある。
浮遊刀とは本来そういう人が造り出す部類の妖刀だと言う。
しかし今目の前にいる浮遊刀には、人が手を加えた痕跡が無い。
「くるっ!」
ただふわふわと漂っていただけの浮遊刀が、こちらへ矛先を向け、明確な殺意を持ってこちらに突進してきた。
弓を撃っている時間的余裕なんて無い。
とっさに土の呪符を浮遊刀へ投げつける。
激しい地響きの音を立て、大地が盛り上がり、浮遊刀を飲み込んだ。
「・・・すぐ出てくるわ。ラヴェンダーは下がって」
私は肩にかけていた弓を左手に持ち直し、隆起した刀の埋まっている土の塊へ向けて構えた。
「あれは生き物ではないわ・・・。あなたの攻撃方法じゃ倒せない」
ラヴェンダーがそう言うと、一歩前に出る。
「なっ・・・!ラヴェ、危ないわ!あなた戦えるの?」
するとラヴェンダーは、左手で髪を軽くかきあげ耳にぱさりと掛けて、小さく笑う。
「餅は餅屋に・・・、呪物は魔女に。・・・これは戦いじゃないわ。・・・・・・魔術儀式よ」
どこから取り出したのか、ラヴェンダーの右手には金貨が3枚握られていた。
どこの国の金貨だかはわからないが、その全てに、赤い文字で呪印が刻み込まれている。
ラヴェンダーは片手だけのしなやかな動作で3枚の金貨を1枚ずつ指の間に挟むと、すっと右手を夜空に掲げた。
「身は鉄よりも硬く、風よりも軽い、瞳は鷹のごとく、代価はここに・・・・・・!」
それは呪文だった。
いつも聞いているはずのその声は、いつも聞いているラヴェンダーの声では無かった。
言葉ではなく、魔法を使うためだけの詠唱。
金貨が全てはじけ飛び、ラヴェンダーの周りに金色に輝く粉が舞う。
「ラヴェ!危ない!」
その瞬間、土符によって封じ込められていた浮遊刀が、その縛めを振りほどき、土の丘から飛び出してくる。
速い。
私の射る矢と同等か、それ以上の速度でラヴェンダーへと迫る。
ラヴェンダーは避けようとはしなかった。
避けられない。それもあるかもしれない。
しかしそうではなく、その必要が無いのだと思い知らされる。
キラキラと金色に輝く粉が舞い踊るラヴェンダーは、左手一本で浮遊刀を掴まえていたから。
その様子に力強さは微塵も感じさせず、当たり前のように、まるで羽ペンを掴むがごとく軽やかに。
私はそのあまりに非現実的な光景に、ただただ見惚れていた。
いや、見惚れる、なんてものではない。
ただあっけにとられていた。
ラヴェンダーはその姿勢のまま、右手の人差し指を自らの口にあて、かり、と噛み付く。
人差し指の先から滴り落ちる赤い血液。
「ラヴェンダー・ティートリィの冠る魔女の血の印。其が刃は、我が僕へ・・・」
再び呪文。
ラヴェンダーがそう唱えながら、左手で掴んでいた刀の刃へ血の雫を垂らすと、血が刃上で走り、印を形成していく。
それで終わり。
あまりにあっけの無い、魔術儀式の完了だった。
満月に照らされて、もう金色に輝いてはいないいつもの黒髪の魔女が、まるで不釣合いな一振りの刀を握り締め、ただ佇んでいた。
****
翌日。
結局なんだかんだで明け方ごろにベッドに入った私は、日が昇りきってから目を覚ました。
いつもはきちんと朝早くに起きる規則正しい生活をしているのに。
そんな寝ぼけ眼の私の鼻こうを、紅茶の香りがくすぐった。
「・・・いつから・・・・・・」
そこには、まるで我が家のようにくつろぐ魔女が紅茶を飲んで椅子に座っていた。
「2時間くらい前かしら・・・。無用心ね・・・・・・」
・・・つまり丸々2時間ずっと寝顔を見られていたということか・・・、不覚。
愚痴っても仕方が無いので、私もベッドから出て顔を洗い、いつもの落ち着いた色合いの赤いタイトなシャツに、しっかりと折り目のついた黒いロングフレアスカートに着替える。
「ん、さんきゅ」
そうしてラヴェンダーから紅茶を受け取り、椅子に座る。
そこでやっと気がついた。
壁に、例の浮遊刀が掛けられていることに。
「あんた、それ大丈夫なの?」
つい昨日まで自我を持ってバッタバッタと牛やら豚やらを切り伏せてきた札付きの妖刀だ。
我が家にいてあまり気持ちのいいものではない。
「・・・ちゃんと帰ってから応急措置の血印じゃなくて、ちゃんとした呪印を刻みこんだからもう私の意志に反することはしないから大丈夫よ・・・・・・。それより昨日はなし崩し的に私が持って帰ったけれど、あなたが受けた依頼だからこうして持ってきてあげたのよ」
ラヴェンダーにしては珍しく饒舌でそう言った。
彼女もまた寝不足で本調子ではないのかもしれない。
「んー、別にもう被害もでることは無いんだし、わざわざ破壊することも無いでしょ?ラヴェの好きにしたら」
実際、あれを封じたのはラヴェンダーだし、私がどうこういう権利も無いだろう。
それに私の武器は弓だから、刀もほしいとは思わないし。
「・・・助かるわ。・・・これ、とっても便利なのよ」
ラヴェンダーが、浮遊刀に目配せすると、浮遊刀はその名の通り、昨日の晩のようにふわふわと宙に浮いた。
そのままふわりふわりとキッチン(と言っても同じ室内の調理設備がある一角だけど)まで行き、そこに置いてあったリンゴを器用にしゃりしゃりとむき始めた。
ラヴェンダーが席を立ち、浮遊刀が皮を向いて綺麗に8つに切りそろえたリンゴを、お皿に移してフォークを添えて、私のところまで持ってきた。
「・・・はい、朝ごはん」
「ありがと・・・。確かに便利だわ・・・」
そのリンゴを食べながら、ふと浮遊刀を見ると、もうすでに普通の刀に戻っておとなしく壁に掛けられていた。
「まるで生きてるみたいね」
「・・・・・・生きているのよ。呪的生命体だけれど・・・」
生きていて、これからともに生活していくというなら、必要なものがあった。
生きているなら、誰でも等しく持っていてるもの。
「名前、付けてあげないと」
「・・・名前?」
ラヴェンダーは腕を組んで、顎に手を軽くあててう~んと考え込んだ。
しかし良いアイデアは浮かばなかったようで。
「涼古が考えてよ・・・・・・」
「うーん、そうね・・・」
私は考える。
昨日の夜に出会い、ラヴェンダーが術を施して、ラヴェンダーが主となった日本刀。
その浮遊刀にふさわしい名前を。
「紫丸」
「紫丸?」
「ラヴェンダーの花の色。それに丸って日本刀って感じがするでしょ?」
ラヴェンダーは浮遊刀をじっと見つめた。
「・・・そうね。良い名前だわ」
心なしかその視線は、とても優しげに見えた。
ふと窓から外を見ると、日が暮れかかっていて、この部屋を赤く染めようとしていた。
昨日までは3人だけだったこの部屋。
今日からは私たち3人の生活に、新たに一振りの日本刀が加わることになる。
そう考えるとなんだかとても可笑しくて。
「どうしたの涼古、急に笑って」
「べっつにー。それよりラヴェ、ご飯作ってよ。やっぱりリンゴじゃ足りないわ。もう時間も時間だし、夕飯でもいいよ」
「・・・はいはい」
そんな何でも無い日常が、やっぱりとても心地が良い。
■前書き
※この物語には霊夢や魔理沙と言ったZUN氏の創り上げた人物は一切登場しません。
※第2幕から読み始めても楽しめるように努力はしているつもりですが、
これまでのお話を読んでいたほうが楽しんでいただけるかと思います。
※前作は作品集10-11 もしくはhttp://www.geocities.jp/mizthss/
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幻想郷外伝 涼古 第二幕
第一話 「浮遊刀」
私の名前は涼古。年齢不詳のうら若き少女である。
不詳といっても別に隠しているわけじゃなく、本当に自分でも知らないのだから仕方が無い。
人間の住む里からほんの少しだけ離れたところにある山の麓で、妖精のイルイルと二人で暮らしている。
妖精なんだから一人と一匹だと思うんだけれど、そう言うとイルイルがまたきーきー怒り出すので二人。
ずっと二人で妖怪退治なんてやくざな商売をして生活していたが、最近その二人の生活にちょっとした変化が訪れた。
ラヴェンダー・ティートリィ。
彼女は魔女で、占いをする程度の能力を持っている。
私は以前はとても魔法が苦手で、彼女のことを毛嫌いしていたんだけど、まぁ色々有って最近では仲良くやっている。
そんなこんなで今日も私の家には、私とイルイルとラヴェンダーの三人がいて、いつものように紅茶を飲んでいるのだった。
「・・・ねえ、涼古」
「なに?」
ラヴェンダーが本から顔を上げて私に声をかけた。
彼女の読んでいる本は、いつも違う言語で書かれていて、私にはとても理解できないのだが、彼女はそれをまるでパズルを解くようにすらすらと楽しそうに読んでいる。
「仕事よ」
彼女がそう言うとほぼ同時に、私の家の玄関をノックする音が響いた。
この来訪者のことを事前に察知したのだろう。そしてラヴェンダーが仕事と言うからには、このドアを開けたら妖怪退治を求める依頼者が立っているのだ。
「はいはーい」
私は紅茶をテーブルにことりと置いて、ドアを開けた。
案の定、そこには里の人間が立っていた。
訪問者を家に招きいれ、新しいカップに紅茶を淹れて、用件を尋ねる。
「辻斬り?」
「ええ、そうなんです。今のところ人間に被害は出ていませんが・・・」
「・・・・・・」
里の人間が言うには、ここのところ毎晩のように牛や豚などの家畜が、鋭利な刃物で斬られたような殺され方をして死んでいるとの事だった。
ラヴェンダーはさらさらの黒髪をぱらりと舞わせ、本を静かにテーブルに置くと、値踏みするように目を細めて、じっと窓の外を見ていた。
恐らくは事件の真相を占おうとしているのだろう。
「人間の仕業じゃないのぉ?」
イルイルがぶっきらぼうにそう言った。
「その可能性も無いわけではないんですが・・・」
「話を聞く限りでは、深夜のうちにやられてるんでしょ?なら人間の可能性は低いわ。少なくとも里の人間じゃあ無いでしょうね」
幻想郷の夜は危険に満ちている。
夜は妖魔の時間。
妖魔と対等に渡り合える力が無い人間が、夜に外を出歩こうものならばたちまちのうちに食料になってしまうだろう。
里にはそんな力を持った人間はいない。
対等に渡り合える力が無いからこそ、人間は寄り集まって里を形成して生活しているのだ。
「まあ、ともかく話はわかったわ。・・・ラヴェ、何か見えた?」
先ほどから自分を抱くように腕を組んで、じっと目を瞑っているラヴェンダーに声をかけた。
ラヴェンダーはその姿勢のまま、小さくふるふると首を左右に振った。
珍しいこともあるものだ。
いつもなら依頼の話を聞けば、たちどころにその真相を占ってみせて、私を驚かせるのに。
「・・・・・・おかしい」
ぼそりと、一言だけラヴェンダーはそう呟いた。
「どうしたの?」
イルイルがふわふわとラヴェンダーのところに飛んでいってそう尋ねる。
ラヴェンダーはゆったりと目を開いて、物音を立てずに椅子から立ち上がり、黒いロングヘアに良く似合う漆黒のプレーンドレスローブをふわふわと揺らしながら窓際まで歩いていった。
こういう、女の私でも見とれるような耽美な仕草が、嫌というほど彼女の魔女らしさを感じさせる。
別に不快なわけではなくて、彼女もまた私と同じように、純粋な人間ではないのだと。
ラヴェンダーは窓辺に立つと、まだ日の高い外を眩しそうに見つめた。
「想念が感じられない・・・。人間・・・?妖怪・・・?亡霊・・・?・・・・そう言った類のモノなら想念はあるはず・・・・」
独り言を呟くように、ラヴェンダーはそう囁いた。
彼女の言うことは、私には理解できないことが多すぎるので、深く考えないでおく。
「とにかく、現場に案内してもらえる?何かわかるかもしれないし」
里の人間のほうへ向きなおして、そう尋ねると、彼は大げさに頷いた。
「里へ参りましょう。まだ村人に被害が出てないのが幸いですが、いつやられるかもしれません。なるべく急いでもらったほうが皆も安心します」
そうして私たちは椅子から立ち上がって、家をでようとした。
すると、いつもは家で待っているはずのラヴェンダーまでもが、私たちに付いてこようとしていた。
「あれ?珍しいね」
「・・・・・・気になるの」
「ふぅん。ま、いいけど」
日の光が嫌いな彼女が、こんな真昼間から外に出ようなんてよほどのことだ。
これはひょっとしたら、私たちの今後に関わるような大きな事件なのかもしれない。
****
人間の住まう里は、意外なまでにいつもと変わらぬ雰囲気だった。
まぁ、まだ人間には被害は出ていないし、いちいちこの程度で騒いでいたらこの地で暮らしていくなんて出来やしないと言えばそうなんだけれど。
そうして里の人間に案内され、私たちは事件現場までやってきた。
「これが、今朝やられていた牛の死体です」
そう言って村人は、横倒しになっている事切れた牛の死体を指した。
頭部はすっかり切り落とされ、肩から後ろの脚にかけて長い切り傷が走っている。
どちらもとても鋭利な刃物で切られたように、鮮やかなまでにばっさりと。
「これまでに被害にあった家畜は全部その日のうちに処分してしまっているのですが、どれも似たような感じでした」
村人がそう言った。
この牛の死体には、妖怪の仕業だとしたらおかしな点がある。
肉がまったく食べられていないのだ。
ズタズタに切り裂かれていはいるが、肉に喰らいついたような跡は無く、頭は切り落とされてはいるが、持ち去ったような欠落した箇所も無い。
もちろん、悪戯で殺生をする性質の悪い妖怪もいるにはいるが、それにしては死体が綺麗すぎる。
そういった類の妖怪の犯行なら、こんな一発で死に至るような傷をつけずにじわじわと嬲り殺して、死後も原型がわからないほどに痛めつけるはずだ。
・・・これは例えるなら、刀の切れ味を試すような、村人がそう言ったようにまさに「辻斬り」だった。
「・・・人間の仕業って線も、あながち捨てられないわね」
ちらりとラヴェンダーのほうを見た。
ラヴェンダーは、考え込むように、じっと牛の切り傷を見つめている。
そこには牛に対する哀悼の念も無ければ、生々しい傷跡に対する不快感のカケラも無く、ただその先にある手がかりだけを探り出すような無機質な視線。
よくよく考えれば、太陽の下に立つラヴェンダーを見るのは初めてかもしれない。
ラヴェンダーがうちに来るときは、日が昇りきる前にやってきて、日が沈んでから帰っていく。
・・・ひょっとして吸血種?
でも、普通にニンニクの入った料理も食べているし、彼女の家に十字架のマジックアイテムもあったからそれは無いか。
実際、いま日光の下に立っているし。
「うーん、わからないなあ。もうこうなったら夜に張り込んで現場を押さえるしか無いわね」
元からそうするつもりだったけど、結局はそれしか方法は無いようだ。
ま、どうせ犯人がわかっても、こちらから出向くよりここで待っていたほうが効率的だし。
「じゃ、そう言うことだから、一旦戻りましょ。夜また来るから、夜食用の弁当でも用意しておいてよ」
村人にそう告げて、私たちは再びやってきた道を戻り始めた。
ラヴェンダーは最後まで、切り口を眺めていた。
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帰宅後。
「で、大体検討はついてるんでしょ?」
私たちは、新しく紅茶を淹れなおして、夜を待っていた。
「・・・・・・どうかしら」
ラヴェンダーは紅茶の香りを楽しむようにカップを揺らして、そっけなくそう言う。
・・・絶対何か突き止めた顔だあれは。
「何よ・・・。実際戦うのは私なんだから、教えてくれたっていいじゃないの」
ラヴェンダーは、直接的な魔法を不得手としているので、滅多に自らが戦うことは無い。
というか、私の知る限り、皆無と言っていい。
どうせ今日も私が戦うんだから、少しでも何かわかっているのなら教えてくれたっていいのに。
「・・・そうね・・・・・・。大体検討はついているけど、信じにくい・・・。有りえざる事で確信に至らない・・・、と言った所かしら・・・」
そう言うとラヴェンダーは紅茶を飲んでかちゃりとテーブルに置いた。
そうしてテーブルの上におきっぱなしだった読み止しの本を取ると、読書を始める。
・・・ラヴェンダー得意の、もう話すことは無いの合図だ・・・。
「もしラヴェが情報を教えてくれなかったせいで私が死んだら化けてでて取り憑いてやるから」
じっと睨みつけてそう言ってやる。
「・・・・・・死ぬ気なんてさらさら無いくせによく言うわ」
ラヴェンダーは、そんな私の呪詛たっぷりの視線を受け流してぱらぱらとページを捲っていた。
こうなった時のラヴェンダーから何かを聞き出すのは不可能ということは、経験上わかっているのでもうこれ以上言及はすまい。
それに彼女は私なんて比較にならないくらい聡明だ。
ここで私に情報を与えないで、むざむざ物事を悪い方向へ持っていくような愚かな真似は決してしないだろう。
きっと本当に私は知らなくてもいいことなのだ。
「はー、まあいいわ。こっちはこっちで勝手に準備するから。イルイル、呪符をそれぞれ3枚づつ用意しておいて」
だから私は私で、自分のすべきことをすることにした。
イルイルに呪符を用意させてる間に、壁に掛けてある弓を手に取る。
霊木で作られた弓に、麒麟の尾を紡いで作った弦。
手入れをしなくても常に最高潮のコンディションを維持できる長弓だが、それでも戦闘前の調整は心情的に欠かせないものだ。
矢は要らない。
私には「矢が無くても弓が撃てる程度の能力」があるから。
一通りチェックすると、最後に弓に括り付けてある鈴をちりんと鳴らした。
鈴はいつもどおり、澄み渡った音を立てた。
「・・・その準備も、無駄になるかもしれないわ・・・」
ラヴェンダーがぼそりとそう呟いた。
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草木も眠る丑三つ時とはよく言ったもので、風の無い今宵は、草も木もしんと静まり返っていた。
当然、里の人間は寝静まっており、夜行性の動物は里までは降りてこない。
完全な無音地帯。
そしてやっぱりというか、なんと言うか、空には満月。
必然か偶然か、古来よりこう言った戦いの夜には満月になるような決まりがあるらしい。
「・・・眠い」
仮にも主人である私の頭の上に座っている駄目使い魔のイルイルがそうぼやく。
張り込みを続けてから早数時間。
事前に村人からもらった差し入れのおにぎりも全部食べつくしてしまっていた。
「今日は出ないのかしら・・・」
そんな気になっていた、まさにその瞬間。
隣に座っていたラヴェンダーが突然立ち上がり、ドレスローブを翻しながら駆け出した。
「なっ、ラヴェ!?」
「・・・早く!」
ラヴェンダーでも走ることがあるのか、と変な関心をしながらも、その先にいるであろう敵に備えて神経を最大限まで尖らせる。
先を走っていたラヴェンダーがその足を止める。
そしてそこに、敵はいた。
「これ・・・」
「・・・やはり・・・」
そこにいたのは一振りの日本刀だった。
黒い柄。ギラギラと月明かりを照らして輝く刃。
刀に造詣の深くない私でも、一目で業物とわかるほど美しく禍々しい、何の変哲も無い日本刀。
ただ一点、おかしな点があるとすれば。
その刀を持っているはずの侍はおらず、
刀だけがただふわふわとそこに浮遊している点だった。
「ラヴェ・・・あれは・・・」
「・・・浮遊刀・・・。妖刀の一種よ・・・。普通の妖刀と違うのは、見ての通り自らの意思で動けるところ・・・」
ラヴェンダーは鋭い眼光で浮遊刀を見つめていた。
まるで目を離したら最後、その鋭い切先で切り裂かれるのだと言わんばかりの緊迫した視線。
「・・・本来、浮遊刀は最高位の錬金術士でないと作ることは出来ない。・・・自然発生なんて例は聞いたこと無いからまさかとは思っていたけど・・・・・・」
「自然発生?刀の変化ってこと?」
「・・・恐らくそう。アレにはどこにも術式の後が無いわ」
古今東西、妖刀の出現例は幾らでもある。
その大半は刀が変化したもので、極々稀に人が作り出したものもある。
浮遊刀とは本来そういう人が造り出す部類の妖刀だと言う。
しかし今目の前にいる浮遊刀には、人が手を加えた痕跡が無い。
「くるっ!」
ただふわふわと漂っていただけの浮遊刀が、こちらへ矛先を向け、明確な殺意を持ってこちらに突進してきた。
弓を撃っている時間的余裕なんて無い。
とっさに土の呪符を浮遊刀へ投げつける。
激しい地響きの音を立て、大地が盛り上がり、浮遊刀を飲み込んだ。
「・・・すぐ出てくるわ。ラヴェンダーは下がって」
私は肩にかけていた弓を左手に持ち直し、隆起した刀の埋まっている土の塊へ向けて構えた。
「あれは生き物ではないわ・・・。あなたの攻撃方法じゃ倒せない」
ラヴェンダーがそう言うと、一歩前に出る。
「なっ・・・!ラヴェ、危ないわ!あなた戦えるの?」
するとラヴェンダーは、左手で髪を軽くかきあげ耳にぱさりと掛けて、小さく笑う。
「餅は餅屋に・・・、呪物は魔女に。・・・これは戦いじゃないわ。・・・・・・魔術儀式よ」
どこから取り出したのか、ラヴェンダーの右手には金貨が3枚握られていた。
どこの国の金貨だかはわからないが、その全てに、赤い文字で呪印が刻み込まれている。
ラヴェンダーは片手だけのしなやかな動作で3枚の金貨を1枚ずつ指の間に挟むと、すっと右手を夜空に掲げた。
「身は鉄よりも硬く、風よりも軽い、瞳は鷹のごとく、代価はここに・・・・・・!」
それは呪文だった。
いつも聞いているはずのその声は、いつも聞いているラヴェンダーの声では無かった。
言葉ではなく、魔法を使うためだけの詠唱。
金貨が全てはじけ飛び、ラヴェンダーの周りに金色に輝く粉が舞う。
「ラヴェ!危ない!」
その瞬間、土符によって封じ込められていた浮遊刀が、その縛めを振りほどき、土の丘から飛び出してくる。
速い。
私の射る矢と同等か、それ以上の速度でラヴェンダーへと迫る。
ラヴェンダーは避けようとはしなかった。
避けられない。それもあるかもしれない。
しかしそうではなく、その必要が無いのだと思い知らされる。
キラキラと金色に輝く粉が舞い踊るラヴェンダーは、左手一本で浮遊刀を掴まえていたから。
その様子に力強さは微塵も感じさせず、当たり前のように、まるで羽ペンを掴むがごとく軽やかに。
私はそのあまりに非現実的な光景に、ただただ見惚れていた。
いや、見惚れる、なんてものではない。
ただあっけにとられていた。
ラヴェンダーはその姿勢のまま、右手の人差し指を自らの口にあて、かり、と噛み付く。
人差し指の先から滴り落ちる赤い血液。
「ラヴェンダー・ティートリィの冠る魔女の血の印。其が刃は、我が僕へ・・・」
再び呪文。
ラヴェンダーがそう唱えながら、左手で掴んでいた刀の刃へ血の雫を垂らすと、血が刃上で走り、印を形成していく。
それで終わり。
あまりにあっけの無い、魔術儀式の完了だった。
満月に照らされて、もう金色に輝いてはいないいつもの黒髪の魔女が、まるで不釣合いな一振りの刀を握り締め、ただ佇んでいた。
****
翌日。
結局なんだかんだで明け方ごろにベッドに入った私は、日が昇りきってから目を覚ました。
いつもはきちんと朝早くに起きる規則正しい生活をしているのに。
そんな寝ぼけ眼の私の鼻こうを、紅茶の香りがくすぐった。
「・・・いつから・・・・・・」
そこには、まるで我が家のようにくつろぐ魔女が紅茶を飲んで椅子に座っていた。
「2時間くらい前かしら・・・。無用心ね・・・・・・」
・・・つまり丸々2時間ずっと寝顔を見られていたということか・・・、不覚。
愚痴っても仕方が無いので、私もベッドから出て顔を洗い、いつもの落ち着いた色合いの赤いタイトなシャツに、しっかりと折り目のついた黒いロングフレアスカートに着替える。
「ん、さんきゅ」
そうしてラヴェンダーから紅茶を受け取り、椅子に座る。
そこでやっと気がついた。
壁に、例の浮遊刀が掛けられていることに。
「あんた、それ大丈夫なの?」
つい昨日まで自我を持ってバッタバッタと牛やら豚やらを切り伏せてきた札付きの妖刀だ。
我が家にいてあまり気持ちのいいものではない。
「・・・ちゃんと帰ってから応急措置の血印じゃなくて、ちゃんとした呪印を刻みこんだからもう私の意志に反することはしないから大丈夫よ・・・・・・。それより昨日はなし崩し的に私が持って帰ったけれど、あなたが受けた依頼だからこうして持ってきてあげたのよ」
ラヴェンダーにしては珍しく饒舌でそう言った。
彼女もまた寝不足で本調子ではないのかもしれない。
「んー、別にもう被害もでることは無いんだし、わざわざ破壊することも無いでしょ?ラヴェの好きにしたら」
実際、あれを封じたのはラヴェンダーだし、私がどうこういう権利も無いだろう。
それに私の武器は弓だから、刀もほしいとは思わないし。
「・・・助かるわ。・・・これ、とっても便利なのよ」
ラヴェンダーが、浮遊刀に目配せすると、浮遊刀はその名の通り、昨日の晩のようにふわふわと宙に浮いた。
そのままふわりふわりとキッチン(と言っても同じ室内の調理設備がある一角だけど)まで行き、そこに置いてあったリンゴを器用にしゃりしゃりとむき始めた。
ラヴェンダーが席を立ち、浮遊刀が皮を向いて綺麗に8つに切りそろえたリンゴを、お皿に移してフォークを添えて、私のところまで持ってきた。
「・・・はい、朝ごはん」
「ありがと・・・。確かに便利だわ・・・」
そのリンゴを食べながら、ふと浮遊刀を見ると、もうすでに普通の刀に戻っておとなしく壁に掛けられていた。
「まるで生きてるみたいね」
「・・・・・・生きているのよ。呪的生命体だけれど・・・」
生きていて、これからともに生活していくというなら、必要なものがあった。
生きているなら、誰でも等しく持っていてるもの。
「名前、付けてあげないと」
「・・・名前?」
ラヴェンダーは腕を組んで、顎に手を軽くあててう~んと考え込んだ。
しかし良いアイデアは浮かばなかったようで。
「涼古が考えてよ・・・・・・」
「うーん、そうね・・・」
私は考える。
昨日の夜に出会い、ラヴェンダーが術を施して、ラヴェンダーが主となった日本刀。
その浮遊刀にふさわしい名前を。
「紫丸」
「紫丸?」
「ラヴェンダーの花の色。それに丸って日本刀って感じがするでしょ?」
ラヴェンダーは浮遊刀をじっと見つめた。
「・・・そうね。良い名前だわ」
心なしかその視線は、とても優しげに見えた。
ふと窓から外を見ると、日が暮れかかっていて、この部屋を赤く染めようとしていた。
昨日までは3人だけだったこの部屋。
今日からは私たち3人の生活に、新たに一振りの日本刀が加わることになる。
そう考えるとなんだかとても可笑しくて。
「どうしたの涼古、急に笑って」
「べっつにー。それよりラヴェ、ご飯作ってよ。やっぱりリンゴじゃ足りないわ。もう時間も時間だし、夕飯でもいいよ」
「・・・はいはい」
そんな何でも無い日常が、やっぱりとても心地が良い。
まさかまたお目にかかれるとは。
幻想郷のふわふわ空気、しかと感じさせていただきました。
MIZさん帰ってきてくれて嬉しいよ~!
それにしても、東方の世界観だけをもとにした二次創作をきっちり展開できる筆主様のバランス感覚にはいつも度肝をぬかれるとです。
今回の話でもその幻創能力を一分も欠ける事なく味合わせて頂きました。
第二幕、楽しみにしてますよ~。