チュンチュンチュン──。
まだ早朝だというのに小鳥達がさえずりを始める。
まるで、これが自分の仕事だとでも言わんばかりのさえずりっぷり。
こんなにすごいさえずりっぷりを聞いたら、内容も気になるとこだ。
そうだな、ここはミスティア博士に翻訳してもらおうか?
──うん、そうしよう。
チュンチュンチュン。
「おう! おめーも朝からがんばるねぇ!」
「ははは! おめーこそ今日は一段といい声じゃねぇか! 一体どうしたんだ?」
「昨日よぉ、うちの娘と神社に行ったんだよ。ちょうど宴会をやっててな…」
「おう。それでどうしたんだ?」
「いきなり周りが真っ暗になったんだ…。そしたら、娘がいなくなってた…」
「そ、そんな!? お前んとこもあの『全てを攫う宵闇』にやられちまったのか!?」
「俺は、俺は…! 絶対にあの闇を…許さんぞ!!」
「お、落ち着け! そのままだとお前が暗黒に染まっちまう!」
「うおおおおおおおぉぉお!!」
「くっ、もう…遅かったか…」
こうして、また一匹の小鳥が柵から放たれた猛獣となった。
獰猛で、勇敢で、それでいてとても脆弱な。
「いくぞ! 俺は今から全てを滅ぼす!」
「ま、待て! それでお前は何を得るっていうんだ!!」
「ふっ! くだらん! 俺は修羅だ! 俺が求めるものは血だ!」
ベキッ!
「ぐはっ!」
「なにか変な気を感じたと思ったら…ただの鳥か」
あまりの一瞬の出来事に何が起こったかわからなかった。
ただ、そこにあるのは中国風な女性が一匹の小鳥を手にした姿があるだけ。
「ジョ、ジョセフーーー!!」
いきなりの友の変貌。
いきなりの友の喪失。
この小鳥は、一度にいろんなことを味わいすぎた。
もう、今は正常に考えることもできない。
今すべきこと。
それは…目の前の中国(仮)を倒すことのみ。
「うおーーーー!!」
ベキッ!
「ぐはっ!」
「うーん…なんでこんなに鳥が私を襲うの?」
そこには、手中の二匹の鳥を眺める女性の姿があるのみだった。
紅魔館の朝は早い。
鳥がさえずりを始める頃にはもう起きないといけない。
門番だからなんて例外は許されなかった。
でも、門番は皆より早起きなだから問題は別にないんですけどね。
「よしっ! さぁ飛んでお行き!」
バサバサバサバサッ!
三匹の小鳥が大空へと向けて飛び立っていく。
その姿は仲の良い家族を思わせるものがあった。
「ふぅ。これでよし。
まさか昨日ルーミアちゃんが食べようとしてたのと家族なんてねぇ。助けといて正解だったわ」
チュンチュンチュン。
「ふふふ。お礼を言ってくれてるのかな?」
満面の笑みでお返しをする。
美鈴は、朝からいいことをしたなー、なんてぼやきつつ館のほうへ歩いていった。
「あ、咲夜さん。おはようございます~」
「おはよう美鈴。あら、なんか今日は一段と機嫌がいいわね」
「はは、ちょっといい事ありましてね」
「ふふっ、なんだかあなたのその笑みを見てるとこっちまで嬉しくなってくるわね」
談笑をしつつ、食事の間へ向かう二人。
噂ではこの二人の仲はよくないとか拷問とかおしおきとかがあるが、
実際にはそんなことは皆無といえる光景だった。
仲の良い友達、といったところだろう。
二人は笑顔で歩いていく。今日も楽しい一日になると信じて。
そうして二人は主が待つ食堂へ到着した。
食堂にはこの二人に加え、小悪魔、パチュリー、フランドール、そしてレミリアが集まる。
紅魔館主力メンバー集合。
力の弱いものがこの場にいたらひぇぇとも言いたくなるだろう。
リグルは強い子はなのであしからず。
「「失礼します」」
ガチャリ、とうい音と共に二人は部屋に入る。
「おはよう、ふたりとも」
主の声が響く。
その声はいつもと何ら変わりは無い。
いや、むしろ機嫌がいいくらいと言っても差し支えない。
だが、二人は時が止まったかのように動かなかった。
何かが、おかしい。
「(ちょ、ちょっと美鈴! あれはなんなのよ!?)」
「(わ、分からないです! あれですか? 何か新しい宗教とか?)」
「(んな訳無いでしょ!!)」
二人はもう一度だけ主の顔を見る。
もうちょっとだけ詳しく言うのなら主の額。
そう、そこにあるのは──『 肉 』の文字。
「ん? どうしたの? ふたりして」
「い、いえ、今日はいい天気だなぁ…と思いまして」
「そ、そうですよ! 小鳥も喜ぶいい天気ですね!」
「そうね。今日はまた一段といい曇り空…って曇りじゃないの!」
ノリツッコミを華麗に決める。
お嬢様ともなるとこれくらいのスキルは必要なのだろう。
「いえ、曇りだとその太陽光線的なのが少なくていいかなぁ、と」
「そ、そうです。太陽光線はお肌にもアンデッドにも良くないんですよ?」
「そうね…って私はアンデッドじゃないわよ!?」
「そろそろ落ち着いたらレミィ?」
さすがにこのアホアホな空間に疲れたのか、パチュリーは止めに入る。
知識人にもなると、色々な単語が気になるのかもしれない。
太陽光線とかアンデッドとか。
その証拠とも言わんばかりに、パチュリーは詳しく説明したそうにウズウズしている。
「(パチュリー様の普通な対応からして異常はないみたいね)」
「(そうですね。ここは私たちも普通にいきましょう)」
「(ええ。それが得策だわ)」
食事も終わり、ティータイム。
『肉』は今も健在だ。
「パチェは今日どうするの?」
「どうするも何もいつもと一緒よ」
「図書館で本、ね。たまには外で遊んだりしたらどう?」
「外は太陽光線が怖いから」
何気ない会話をして、パチュリーは席を立つ。
この『肉』についての詳細を知ってるかもしれない人物を逃すのは好ましくない。
咲夜、美鈴のふたりは図書館に向かうパチュリーを追っていた。
「パ、パチュリー様! お待ちください!」
「…? どうしたの?」
「えーと、お嬢様のアレは一体?」
「…そうね。あなた達は大切なことを見落としているわ。
たとえ主に何が起きても、あれはあなた達の主に違いない。
そう、額に肉と書かれていてもあれは間違いなくレミィよ」
「…それっぽいこと言っても、それ質問の答えじゃないですよね?」
「もちろん」
いつもとなんら変わりない顔をして頷く。
それはもうめんどくさいという意思がビンビン伝わってくる。
「で、あの文字の真意は何なんですか?」
「…さぁ?」
「し、知らないんですか!? 唯一の頼み綱だったのにー…」
「まぁレミィに言うも言わないもあなたたちの自由よ」
「何故パチュリー様は言わなかったのですか?」
「触らぬアレに祟り無し」
ふたりして頷く。
まぁ、何事もほっとくのが一番なのだろう。めんどくさいし。
だが、ふたりには死活問題だった。
主の額の『肉』。
きっと、そのまま事実を述べたら──。
「お嬢様。あなたは、肉です」
「何ですって!? くっ、こんな屈辱始めてだわ!」
「お、落ち着いてください! お嬢様!」
「くそっ、イライラする! …あら? 咲夜に美鈴、いいところにいるわね」
「お、お嬢様! 冗談ですよね!?」
「そうね、この肉が冗談であって欲しいわ」
「ひ、ひぇぇぇ…」
──うん。こうなるだろう。たぶん。
これは駄目だ。
──ならば言わないとどうなる?
「咲夜、神社に行くわよ」
「分かりました、お嬢様。あ、今日は美鈴も一緒に行きますのでご了承ください」
「…? まぁいいわ。行きましょう」
そうして神社。
「レミリア。あなたは、肉ね」
「何ですって!? くっ、こんな屈辱始めてだわ!」
「お、落ち着いてください! お嬢様!」
「くそっ、イライラする! …あら? 咲夜に美鈴、いいところにいるわね」
「お、お嬢様? 冗談ですよね!?」
「そうね、この肉が冗談であって欲しいわ」
「ひ、ひぇぇぇ…」
──こうなる可能性は高い。
うん。駄目だ。
まったく、運命とは苛酷なものだ。
つまり、結論を出すとこうなる。
『お嬢様を家から出さず、尚且つ自分で気づいてもらう』
レミリアが自分で気づけば、なんとでもフォローができるらしい。
ハードルは相当に高かった。
「美鈴、今日は一日付き合ってもらうわよ…」
「えぇ!? えーと、今日は門番がきっと忙しい日なんですけど…」
「大丈夫。多分昨日みたいに昼寝できるぐらい暇よ」
「み、見てたんですか!?」
「いえ、鎌を掛けてみたの。そうしたらこれだものねぇ…」
「ははは、咲夜さん! 遅いですよ! 早くお嬢様のとこに行きましょう!」
それはもう満面の笑顔の美鈴。
そうしてふたりは長くなるであろう一日を思い、深い深いため息をつくのであった。
「じゃあ、今日の任務を説明するわ」
「いえっさー!」
「私たちは、お嬢様を家から出さず、さりげなく肉を気づかせる。以上!」
「はい! 質問があります!」
「却下!」
涙目で不満を態度に表す美鈴。
だが、それも知らんと言わんばかりにメイド長は歩いていく。
きっと、自分で言ってて可笑しいと分かっているのだろう。
質問? それなら私がしたいわよ畜生め! とか言いたいだろう。
でもそんな空気は微塵も見せないメイド長。
その完全で瀟洒な姿には涙が出てしまう。おもに咲夜が。
さぁ、今からが本番だ!!
Mission 1 ~私の名前は紅美鈴~ 難易度 EASY
「暇ねぇ…」
レミリアは、あたかも暇と言わんばかりに椅子に座り足をプラプラさしていた。
「そうですねぇ…。紅茶でも飲みますか?」
「あ! それなら私が淹れてきます!」
美鈴は元気よく答えた。
いつもの場所に、なんとなく似合わない人物だった。
「…なんで美鈴がここにいるの?」
「(きたっ! 第一の難関だ!)」
「えーと、美鈴は最近働きすぎだと思うのですよ」
「それで?」
「まぁたまには休みなさい、と言ったところ、
それなら今日一日は咲夜さんをお手伝いしますよ! とか言い出しまして」
「ふむ、美鈴らしいわね」
「休みですから、何をするのも自由ですよね?」
そう言って、笑いながら美鈴は淹れたての紅茶を置く。
なんだかんだ言って、こういったこともできるのだから門番は侮り難し。
「まぁ咲夜も働きすぎなところがあるからたまには休みなさいよ?」
「何を言ってるんですか。毎日が休日みたいなものですわ」
そうして、咲夜はレミリアに笑いかける。
レミリアは美鈴については特に違和感無く信じているようだった。
ていうか、即興でこの会話を成立させる二人。
とんでもないコンビネーション。
彼女達は本気ということ思い知らされる一面でもあった。
「(よし! いい感じよ!)」
「(はい! これなら問題なく解決できそうですね!)」
出だしが成功し、ちょっとばかしテンションも上がりめだった。
Mission 2 ~レミィと肉いアンチクショウ~ 難易度 NORMAL
「(これは簡単そうで難しい問題よ、美鈴)」
「(え? そうなんですか?)」
「(ええ。自分で気づいてもらうということはきっかけが必要。
そのきっかけを私たちが与える。間違っても教えちゃ駄目なの。分かる?)」
「(はぁ、確かに大変そうですねぇ…)」
「(よし! じゃあいくわよ!)」
二人は、己のテンションを高めてと戦いに挑む。
一方では、なんでこんなことに、と今日何回目かの溜め息も出てしまう。
実際、なんでこんなことになっているのか全く分からないから溜息は一層深まるばかりであった。
「咲夜、そういえばお茶請けはないのかしら?」
「…肉、などはいかがですか?」
肉、に若干アクセントをつける。
そうすることでレミリアは肉のことを考えてしまう魂胆だ。
ちなみに、肉のことを考えても多分意味は無いです。
「…大丈夫? 咲夜?」
さすがにこの返答には不審を抱くレミリア。
むしろ不審というか不安に近いようなそんな視線を向ける。
こんなレミリア・アイは咲夜にこうかはばつぐんだった。
「あ、いえ、すいません。ちょっとぼーっとしてました。美鈴、何か持ってきて!」
「は、はい!」
そうして美鈴は急ぎ足でパタパタと駆けていった。
──数分後
「お嬢様! お待たせしました!」
「ふぅ…結構時間がかかったわねぇ…」
「いえ、でもこれはおいしいと思いますよ?」
「そうね、なんておいしそうな………サーロインステーキ」
そう。それは誰が見てもサーロインステーキ。
ジュージューと鉄板の上で己の価値を主張する、肉汁滴る高級和牛。
もうこれだけでご飯何杯でもいけそうだ。
「咲夜、ご飯を持ってきてもらえるかしら?」
「はい。かしこまりました」
そう言うのも束の間、一瞬でレミリアの左手にはお茶碗が乗っていた。
ほかほかの湯気を立てる白米。
あぁ、これが和と洋のコラボレーションか、といわんばかり。
「じゃあいただきまー……って朝からこんなの胃がもたれるわよ!」
「お嬢様! ツッコミどころが違う気がします!」
「美鈴! 責任もってあなたが食べなさい!」
「え? いいんですか!?」
「やっぱダメ!」
「そ、そんな~」
こうして進展の無いまま時間が過ぎる。
どうやらこの作戦、思った以上に難しいものだったらしい。
「(くっ、どうやらこの作戦失敗みたいね…)」
「(…いえ、そんなことはないですよ! きっとお嬢様は今日一日頭から肉が離れないはずです!)」
「(…そうね。そうに決まってるわ! これは立派な成功だわ!)」
「(はい! 次もがんばりましょう!)」
もはや『気づいてもらう』、が『嫌がらせ』、までランクアップしている気がするのはご愛嬌だ。
Mission 3 ~外は危険がいっぱいだ~ 難易度 HARD
「でも暇ってことには変わりないわねぇ…」
「はぁ、じゃあトランプでもしますか?」
「あ、いいですねー。ババ抜きでもしましょうか?」
こうしてトランプの虜になってもらえば苦労もなく任務完了といえただろう。
だが現実は中々にうまくいかないと相場は決まっているものだ。
「いえ、今日はそんな気分じゃないわね。
そうね…、たまには神社に行くってのも悪くないんじゃないかしら?」
「(くっ! この流れは中々難しいわね!)」
「(ど、どうするんですか? 咲夜さん!)」
「(とりあえず、さっきと同様に私に合わせて!)」
「(分かりました!)」
そういえばこの会話って小声で喋ってるんですか? みたいな疑問も浮かぶが、
この会話は全てアイコンタクトで行われているので問題は無いです。
今日は二人は本気だからこれくらいできちゃうのです。
「そ、外は太陽光線の餌食です!」
「(えー!? 咲夜さん! マジっすか!?)」
「む、そうね…確かに乙女の柔肌に太陽光線は厳しいものがあるわね」
肌以前に、生命の危機になるのに気づいて欲しいところだ。
「って、今日は曇りじゃない! …ってこれ今日2回目よ!」
「く、曇りでも多少の太陽光線はでてるんですよ?」
「それぐらい傘で防ぐわ! ていうかいつも傘してる!」
万事休す、とはまさにこのこと。
ふたりは焦ってあわあわとしだした。
「じゃあ二人とも、行くわよ!」
「お、お嬢様! ほら! 毛玉ですよ!」
「わ、わー! すごい毛玉だなぁ! お嬢様も見てください!」
「ん? あら。でかい毛玉ねぇ」
ちょっとばかし関心を示すレミリア。
「じゃあ行きましょうか」
飽くまでちょっとばかしだった。
「(くっ! こうなったらドアをぶっ壊して開かなくするわ!)」
「(ちょ、咲夜さん! 落ち着いてください!)」
「(えぇい! 止めるな美鈴!)」
咲夜が蹴りを繰り出そうと足に力を込めたとき、奇跡は起こった。
窓には丸い形が一つ、そうしてまた一つと増えていく。屋根からは何かが当たるような音が響く。
ざぁぁぁぁ!
外は、一瞬にして雨模様に変わっていた。
「(さ、咲夜さん! 奇跡です! 神様は私たちを味方してますよ!)」
「(ええ…今だけは神なんてものを信じてもいいかもしれないわね…)」
「あら、雨が降ってきたみたいね…」
「そうですねぇ。さすがにこれじゃ行けないんじゃないですか?」
「そうねぇ…じゃあトランプでもしましょうか」
「ババ抜きですね!」
そうして三人はトランプを始めたのであった。
「(ふぅ…さすがに今回は肝が冷えたわね)」
「(そうですね。こういう幸運も少ないと思いますから次からは冷静にいきましょう)」
「(ええ。そうしましょう)」
失敗、そして反省。
真の強者というものは、一度は失敗をするものだ。
そうして自分の弱点と向かい合い、自身の弱みを知ればおのずと道は見えてくるはず。
冷静さを取り戻した二人は、まさに最強になりつつあった。
「あれ? ちょっと! リグル! あれ見て!」
「ん? うわ、なんであそこだけ雨降ってるの?」
「んー、そういえば前にも似たようなことがあったような…気のせいかな?」
それはなんとも不思議な光景だった。
Mission 4 ~そして肉もいなくなるか?~ 難易度 LUNATIC
「(ちょっと、美鈴。聞いてくれる? 名案を思いついたわ)」
「(はい? 突然どうしたんですか?)」
「(そうね、説明するわ。
もしもよ。もしも、あの『肉』が最初からなかったとしたらどうする?)」
「(えーと、…はい?)」
「(つまり、私たちの手であの『肉』を消し去るのよ!
某知識人風に言うのならあの『肉』を無かったことにしてやる!)」
「(えー!? 無理じゃないですか!?)」
「(私たちがやらねば誰がやるのよ!)」
咲夜は拳をぐっと握りながら顔を上げる。
少々テンションが上昇気味みたいだ。
さっき冷静になったんじゃなかったのか、みたいな話になるのも仕方が無いが、
人とは新たに何かを思いついたら興奮してしまうのかもしれない。
「ねぇ咲夜。そうやってカードを一枚だけずらしているのは仕様なのかしら?」
「さぁ、それはどうでしょう?」
トランプで遊んでいるのにあのアイコンタクトっぷりには敬意を表してもいいだろう。
あの会話を表面上には一切出さない二人。
やっぱり、本気ってすごいや。
「まぁあなたのことだからそれが本命なのでしょう? だから私はこっちを取らせてもらうわね」
そう不敵に言い放ち、一枚のカードを取る。
その刹那、レミリアの表情は一転して悔しそうになっていく。
「ここにババがあったのね…ふん」
「常に先の先を読むのが大切なのですよ」
「美鈴! 早くカードを引きなさい!」
「は、はい!!」
なんだかんだいって微笑ましい光景ともいえる。
こうしてトランプだけをやれていたらどんなに楽しい一日だったか。
二人は、もう一度怨敵ともいえる根源を見る。
レミリアの無垢な瞳の上、それは揺ぎ無い姿で降臨し続けていた。
「うわ! またババですー!」
「ハハハ! これでまた私が有利になったね!」
二人の攻防は遂に5回目にまでなった。
どっちかが、一度でもババを引かなければ終わる攻防。
この場に残るカードはもう三枚にまでなっていた。
ちなみに咲夜はずっと前にあがっているので傍観モードだ。
「さぁ! どうぞ! 引いてください!」
「そうね、これで終わりにしてあげるわ!」
言葉の勢いをそのままのせてカードを引く。
誰もが注目する一瞬。二人の視線は交差する。
その直後レミリアは笑みを浮かべて、カードを二枚投げ捨てた。
「この勝負、私の勝ちよ!!!」
小さな胸を張り、勝利宣言をする。
その姿は、まさにお嬢様。お嬢様、リスペクト。
「はぁ…白熱した勝負でしたねぇ…」
「そうねぇ…。それにしても咲夜、何か勝つ秘訣でもあるの?」
「企業秘密ですよ」
「ずるいですねぇ。 …そういえば喉渇きませんか? 私水持ってきますね!」
そうして美鈴は急ぎ足でパタパタと駆けていった。
ちなみにこの光景、本日二度目だ。
──数十秒後
「お嬢様―! 水持ってきましたってぅわちゃー!!」
走ってきて、そのまま豪快にこける美鈴。
手にした水も宙を舞う。
そういえば、この世には慣性の法則ってのがありますね。
走っている人が持っていたものをその勢いのまま放してしまえば、無論、それはその勢いのまま飛んで行くもんですよ。
美鈴の正面にはレミリア。結果は歴然。
バシャッ!
レミリアの顔はそれはもう濡れた子猫のようにずぶ濡れになる。
「お嬢様! 少々お待ちください!」
かなりの反応速度でレミリアの顔をタオルで拭き始める咲夜。
そう、これは作戦。
こうやって濡らして拭けば忌まわしき『肉』も取れるはず。
これを実行するリスクは大きかったが、リターンはそれ以上に得られる作戦だったのだ!
「(美鈴! グッジョブよ! あなたはついにやったのよ!)」
豪快に転んだ美鈴に聞こえることもなく、咲夜は一人感動に打ちひしがれていた。
「咲夜、もういいわ。その手をどかしてくれる?」
「は、はい」
そうしておずおずと手をどかす。
期待を込めて見やるその視線の先には ──『 肉 』。
若干薄れていたものの、その凛々しい姿は健在だった。
「「(油性かよ!!!)」」
いつの間にか立ち上がった美鈴と、華麗にアイコンタクトでツッコミをいれる。
あいにく、お嬢様には聞こえていないのが惜しむべき状況か。
「ふぅ…まぁ美鈴も疲れていたということで、今回は不問にしてあげるわ」
「す、すいませんお嬢さま!」
「不問にすると言っているわ。だから、今日はゆっくりと休むのよ? 私も今日はもう休むことにするわ」
そう言って、ふわぁ、とあくびをしながら部屋を出るレミリア。
なんだかんだ言って、今日という日を一番楽しんでいたのはレミリアだったのかもしれない。
「結局なんだったんでしょうねぇ?」
「…謎ね」
「まぁ明日になればたぶん落ちてますから、忘れましょうか」
「…考えても答えが出るわけない、か。そうね、こんな日もたまにはあるものね」
結局、何も分からないままこの肉騒動は幕を閉じた。
次の日になってみれば、レミリアはいつもと変わらぬ姿で現れたからだ。
きっと二人は、時間の流れと共にこの出来事を忘れていくだろう。
ていうか、たぶん2,3日で忘れるかもしれない。
そう、二人にしてみればこの事件はそんな瑣末なものだったのだ。
──夜
「そろそろ姿、見せてもいいんじゃない?」
レミリアは、自室の闇に向かい問いかける。
「ふふふ、よく分かったねぇ」
闇の中で影が動く。 何かが、そこにはいた。
いいコンビネーションだなあ。
「レミリア、あなたは肉よ」
簡潔すぎる台詞にワロタっと。
>「「(油性かよ!!!)」」
で撃沈した。