月と星の綺麗な夜だった。
その月が天上に上ぼりきる頃、霊夢はふと目を覚ました。
これといって何かあったわけではない。
ただ、誰かに呼ばれたような気がしただけで。
「・・・・・・むー、一発殴ってやる・・・・・・」
こんな夜更けに誰だ、はた迷惑な。
目を擦りながら霊夢は障子を開けた。
外は真夜中だというのに、それを忘れるほど明るい。
それもそのはず、空には雲ひとつ無かった。
だから月と星の光が何物にも遮られることなく地上に降り注いでいる。
その中に、彼女はいた。
流れるように長い金の髪、その手には時間はずれな日傘を持ち。
夜空を仰ぎ見るその瞳も同じく金であり、月の光を反射して美しい金細工を思わせた。
だからだろうか。
一瞬この妖怪が誰だかわからなかったのは――――。
星月夜 -星に願いを-
「・・・・・・」
「こんばんは、霊夢。あら、どうかしたのかしら? ポカンとしちゃって」
「・・・・・・うるさいわね、眠いのよ」
見惚れていたなんて口が裂けてもいえない。
これは墓の中まで持って行こうと心に決めた。
「で、何の用よ? わざわざ叩き起こしといて、くだらない用事だったら張り飛ばすわよ?」
「短気ねぇ、あなたは。珍しい酒が手に入ったものでね、あなたと飲もうと思って来たのよ。ほら、ちゃんとした用事です」
「・・・・・・何企んでいるのかしら? 凄く怪しいわよ、あんた」
「酷いわね、ただの気まぐれよ」
胡散臭い、なんとも胡散臭い。
なにしろそう言いながらニヤリと笑っているのだ。
これで疑うなというほうが無理というものだろう。
しばし霊夢は紫を睨みつつ・・・・・・考えるのをやめた。
ここでどうこうしても始まらないし、何しろ考えるのが面倒になったのだ。
「まぁいいわ。そうね、月見酒というのもたまにはいいかも」
「そうそう、考え込むのはよくないわ。ねぇ霊夢、今夜は屋根で飲みましょう? こんなにも星の海が綺麗な夜なのだから」
そう。
こんな夜に、地面で飲むのは勿体無いというものだ。
「ところで紫、どうしたのよ。その格好?」
屋根に上がって、霊夢は開口一番にそう聞いた。
よくよく見ると、紫の服はあちこち破けたり焦げたりしている。
スキマに立てかけてある傘も、心なしか少し曲がっているようにも見えた。
「ちょっとねぇ。いつもカリカリしてる、カリウムの足りない子と弾幕ごっこをね」
「カルシウムでしょ。・・・・・・あぁ、レミリアね。どうせあんたがちょっかい出したんじゃないの?」
「あら、失礼ね。香霖堂の主人が、『紅魔館のメイド長がいい酒を買って行ったよ』とか言うから、それをいただきに行っただけよ?」
「あんたねぇ・・・・・・そのお酒レミリアのじゃない。後で何言われるやら。っていうか、何で日本酒なんて持っているのかしら?」
「コレクションだとか何とか言ってたわね。あと、煩いのでついでにそのメイド長と妹君にも眠ってもらいました」
「・・・・・・」
――正直、死ぬかもしれない。紫と酒を飲むのはしばらくやめよう・・・・・・。
遠い目で月を眺める霊夢。
後で絶対にとばっちりが来る。
それをあえて気がつかない振りをしているのか、紫は酒を注いだ。
「ほらほら、せっかくの銘酒よ? 暗鬱とした気分で飲むのは勿体無いわ」
「誰のせいだと思ってるのよ、誰の!」
何か見舞いの品でも持って行ってやろう。
それしか博霊神社(とばっちり)と紅魔館の全面戦争は避けられそうにない・・・・・・。
霊夢は欝な気分を振り払うように杯を仰いだ。
他人のだとわかっていながら飲むところが霊夢らしい。
「・・・・・・へぇ、結構おいしいじゃない。なんて名前なの?」
「八塩折之酒(やしおりのさけ)って書いてあるわ」
「・・・・・・本物?」
「さぁねぇ。おいしければいいじゃないの。本物と偽物の境界なんてあってないような物なんだから」
上機嫌で酒を口に運ぶ紫。
なるほど、紫が手に入れようとするのもわかる。
八塩折之酒は、かつて須佐之男命が創ったとされる酒だ。これはその何代目かだろう。
きっと紫は八雲繋がりで手を出したくなったに違いない。
レミリアには気の毒なことだったが。
「ふふ、おいしいわねぇ、これ。掘り出し物ね」
「まったく、盗人猛々しいって言うのはこのことだわ・・・・・・」
「あら、人生楽しまなくては張り合いがないわよ?」
「あんたは楽しみすぎなのよ」
「お褒めに預かり、光栄です」
「いや、褒めてないって」
軽口を叩きながら、二人は静かに酒を飲む。
ここ、幻想郷の夏も終わりに近づき、虫の声が聞こえ出し始めている。
また酒がおいしくなる季節が来たのだと霊夢は感じた。
「ところで紫」
「あら、何かしら?」
「前々から聞きたかったんだけど、さ」
少し月が傾き始めた頃、霊夢は唐突に切りだした。
前からずっと抱えてきた疑問を。
なんとなく、今聞いておこうと思ったから。
「あんた――どうして私にこんなにも構うのかしら?」
「何のことかしらね?」
「とぼけないの」
キッ、と紫を睨めつける。
対する紫はどこ吹く風だ。
「まぁまぁ、そう怒らない。あなたに構う? 魔理沙だってよく来てるじゃない。いえ、どちらかと言うとあの娘の方が私よりも来ているはずよ? どうして私にだけそう言
うのかしら?」
「魔理沙は遊びに来てるだけよ。でもあんたは違う」
「・・・・・・」
「あんたはなんて言うか・・・・・・私に会いに来る理由が他のとは違う気がするの」
「それは・・・・・・勘かしら?」
「そ、勘」
「便利ねぇ、あなたの勘は。適当に働いているようで、そのくせ一番本質を見抜く力を持っている」
さも愉快そうに紫は杯を口に運んだ。
まったく、霊夢の勘はやっかいなものだ。まぁ、勘で生きているような霊夢のことだからしかたのないことだが。
しかし、いい機会でもあった。ここにはあることを確かめに来たのだから。
「しかたないわねぇ。言うわ」
「最初から素直にそうしなさい」
「――あなたが好きだから」
「・・・・・・え」
「私はね、あなたの心を奪いに来ているのよ」
「・・・・・・本気で言ってるの?」
「さぁ、どうかしらね?」
「・・・・・・嘘、ね」
「あら、どうしてそういい切れるのかしら?」
――駄目だ駄目だダメだダメダ・・・・・・!
「・・・・・・勘よ」
「また勘、か。・・・・・・もう、ちょっとは慌てふためいてくれてもいいんじゃない?」
「うるさいわね。その手の冗談は間に合ってるのよ。それに、あんたが言っても信憑性皆無だわ」
「酷い、酷いわ! 霊夢!」
よよよ、と嘘泣きを始める紫。
霊夢は無視した。
「それにね、紫。それがもし・・・・・・もし本当だったとしても」
「・・・・・・」
「私のここには絶対に入れない。いいえ、入れさせやしない。何人たりとも・・・・・・ね」
霊夢は胸に手を当てながら紫を見る。
その瞳は真っ直ぐで、それでいて底の見えない井戸のような深さを湛えていた。
だからこそ、それが冗談ではない、霊夢の本心を表していた。
「・・・・・・あなたがいつも根本的なところで他人から一歩引く理由は、ソレね?」
「・・・・・・そうよ。だって、私は博麗の巫女だもの」
「・・・・・・」
「私はね、紫。博霊 霊夢である前に博麗の巫女。その逆はありえないのよ」
霊夢はそういうと腰を上げて、屋根を降りていく。
これ以上この話を続けるのは、あまり好ましくなかった。
「どこへ?」
「お酒だけだと飽きちゃうでしょ? 何か持ってくるわ」
「・・・・・・霊夢」
「・・・・・・何?」
背を向けながら霊夢は紫の言葉を待つ。
紫はさっきとはうって変わって、面白くなさそうに酒を注ぎながら、
「私は博麗の巫女をずっと見てきたわ。初代の頃から、ずっとね。大抵があなたの様に孤独を生きた。でもね、中には人並みに愛し合って、人の中で生きた者もいたわ」
「・・・・・・」
「博麗の巫女が、他人を拒否しなければならない、などということはないのよ。だからね、霊夢」
月を見上げる。
――ああ、こんなにも月は綺麗で、こんなにもいい酒があるというのに。
「私はあなたにそんなつまらない生き方をしてもらいたくはないわ。あなたは私のお気に入りだから。それに、博麗 霊夢の在りようは何事に関しても自由なのではなくて?」
「・・・・・・博麗の巫女を見てきたなら知ってるわよね、紫」
「・・・・・・何をかしら?」
「博麗の者だけが規律を持つ。なら私が守らずして誰が規律を守るの? 博麗は全てに平等である中間者じゃないといけない。だったら、平等であるためにはどうするのか?」
「・・・・・・」
「私のこの生き方はね、その規律の一つだと思ってる。だから私は・・・・・・孤独に生きることを選ぶわ」
――ほんと、いい気分になれない。
「・・・・・・つまらない、つまらない答えね、霊夢。残念だわ」
「考え方の違いよ。それにね――自由は規律があるからこそ、自由なのよ」
霊夢はそう言って屋根から消えた。
後に残ったのは一人酒を飲む紫だけ。
「ほんと、つまらないわ。皆して同じような事ばっかり」
紫は月を見上げながら、過ぎ去った時代に想いを馳せる。
博麗の巫女と八雲の関係はもちろん霊夢が初めてではない。
博麗大結界を共に張った初代をはじめとして、何代も付き合ってきた。
時には永夜異変の時のように協力し合ったこともある。
しかし、そうして付き合った者は皆、霊夢と同じ事を言った。
皆が全てを拒否してきた。
「もっと気楽に生きればいいのに、ね」
そうは言いながら、彼女は普通に生きた者には興味はなかった。だからそれらとは深くは付き合わなかった。
もしかすると、ああした考えを持っているから気に入ったのかもしれない。
彼女らの博霊であろうとし続ける、その必死な姿が気に入ったのかもしれない。
それらがなんとも愚かしくて、気に入らなくて。だからこそ気に入ったのかもしれない。
この矛盾さ加減が、自分でもいいのだろう。
しかし彼女らの言う、それらは。
「そう、建前。建前もいい所ね・・・・・・」
そう、建前だ。
霊夢や他の巫女達が他を拒否する本当の理由はもっと簡単なこと。
「他人を拒否したあの娘達の心は半分に空白、言うなれば心のスキマを抱えているから。博麗は面白いわ。生まれながらにしてそんなモノを抱えているなんてね。不完全にも程がある・・・・・・」
紫だけには分かる。
スキマを操る彼女には、あらゆるスキマを視る事ができるから。
彼女らは、そのスキマに誰かが入ろうとするのを・・・・・・怖がっているだけ。
しかし、怖がって閉じこもっていては前には進めない。
それを誰もが理解しなかった。
永遠の孤独。そちらの方が恐ろしいことだと言うのに。
「・・・・・・霊夢は気がつくのかしら? そのスキマを埋めるのは他人じゃなくて、自分だって事に」
一人では埋められない心の空白。しかし、埋めようとしなければそれは埋まらない。
結局のところ、それは自分で埋めていくしかないのだ。
かつては自分が無理やり埋めてもいいと、紫は心の片隅で少しだけそんなことを考えた時もあった。
彼女達の、霊夢の無意識下で孤独に怯える姿をずっと見てきたから。
スキマ妖怪である彼女ならばそのような事は朝飯前あたりでできる。心を操ることなんてなんでもない。
だが、しない。絶対に。
なぜなら面白くないからだ。
そのような事をしてしまえば、霊夢は霊夢ではなく、紫の私物と化した霊夢となってしまう。
言うなれば式神のようなものに。
紫はそんなモノに興味はない。
興味があるのは愚かにも足掻き、しかし前へと進んでいく霊夢なのだから。
興味を優先するあたりがいかにも彼女っぽいところだ。
――でも、霊夢は今までとは違う。あの娘なら・・・・・・もしかすると。
霊夢を視てきて、分かった。
そう、彼女は今までの巫女とは違う。
霊夢は漠然とそれを知っている節がある。
孤独が何よりも恐ろしく、そして解決できるのは自分だけである事に。
ならば気がつけるかもしれない。ぽっかり空いた心のスキマを、埋められるかもしれない。
生まれながらにしてスキマを抱え、しかしそれを埋めることができたら。
彼女なら今までとは違う博麗の巫女として存在できるかもしれない。
霊夢がとる行動と、それによって彼女が何処まで行けるのか。
それが目下最大の興味事項であり、これが霊夢に関与する一つ目の理由。
そして、もう一つの最も重要な理由は。
「・・・・・・勘が外れたわね、霊夢。あれは本気だったのよ? 貴方はこんなにも、私を惹きつけるのだから・・・・・・」
霊夢のことを本気で好いているから。
だから紫には霊夢を放っておくことはできない。
だけど積極的な関与もしないし、手も差し出さない。彼女がするのは、ほんの少しだけ道を教えてやるだけだ。
これは本人の問題である故に。
まったく、中途半端に人がいいのだから。と自分でも思う。しかしそれもまた面白い。
あらゆる境界線上に立つのが、八雲 紫という大妖怪の在り方だ。
そしてその先で、自分が彼女のスキマを埋めることができたなら。
それは何よりも幸せな事だろう。
「ま、今夜はこのあたりにしておきましょう。あまり突っついて蛇でも出てきたら、たまらないわ」
クスクスと子気味よく笑う。
考えてみれば別に今すぐに解決すべき問題ではない。まだ時間はある。
彼女の寿命は短いが、だからこそ過ごす時間は長いのだから。
ならば前言は撤回しよう。
こんなにも月が綺麗で、こんなにもいい酒がある。
――ふふ、今夜はなんて気分のいい夜なのかしらね・・・・・・。
「滑稽ね、私は・・・・・・」
霊夢は台所で湯飲みに水を注ぎ、一気にのどに流し込んだ。
さっきの言葉は詭弁、建前。本当はこの心のスキマが侵されるのが怖いだけだ。
今まで多くの人物達と出会ってきた。
魔理沙や咲夜に妖夢。そして鬼である萃香や他の面々。
それらの誰かが、このスキマに入る者かもしれない。
でも心の底で拒否した。
怖かったから。それがとても恐ろしかったから。
そして今、その中で紫が最も危険な存在だ。
紫はこんなにも、霊夢の心を不安定にさせる。
「・・・・・・もしかすると、紫なら」
恐れている一歩を、踏み出させてくれるのかもしれない。
この孤独から救い出してくれるのかもしれない。
「まさか、ね」
紫に限ってそんな事はありえない。
そう、彼女はそこまで他人に優しくないからだ。
そして霊夢はこれについて考えるのを止めた。
今はまだ、何かを決められるとは思えないから。
しかし、それとは別の考えが浮かんでくる。
孤独についてだ。
霊夢は一人で生きることは寂しいことだと分かっている。
人は一人で生きていけるなんて言葉は嘘だ。
一人で生きていくには、この心は弱すぎる。
「・・・・・・寂しいと感じている私は、まだ人間ってことかな」
孤独をなんとも感じなくなった時に、霊夢は人間を止めて人形のような存在になるのだろう。
起こるすべてを受け入れ、何も感じず、何も考えず。ただ毎日を決められたように過ごし、何かあれば決められたとおりに動く。
それはもはや人間でもなんでもない、人形だ。博麗人形とでも名づけようか?
そうなったらアリスにでも引き取ってもらおうかしら? などという馬鹿げた考えに苦笑した。
しかし、そうなるかもしれない未来は確実に存在している。
実際、過去の巫女達の何人かはこうなったに違いない。いつまでもこの状態でいられる筈がない。
胸に空白を抱え、孤独に耐え続けられるほど人間は強くないから。
だがまた一方で、こうならない未来も同時に存在するのだ。
「全ては私次第・・・・・・なのかもね」
まるで他人事のように呟くと、霊夢は棚に向った。
まぁ結局のところ、今はその程度の問題でしかない。
しかしこれが大きな悩み事として降りかかってくるのは、時間の問題かもしれない。
――さて、私の心の在り様はいったいどこへ向かうのやら・・・・・・。
まぁ、とりあえずは今夜を楽しもう。考えるのはまた後だ。
時間は少しだけ、しかしまだ残っているはずだから。
それに、せっかく紫が会いに来たのだし。
紫が胸になにを抱いているのかは、結局話をはぐらかされたから分からない。だがそんな些細なことはこの際放っておこう。
なんだかんだ言ってはいるが、博麗 霊夢は彼女が尋ねてきてくれたことを内心喜んでいるのだから。
つまみをもって縁側から外に出ようとすると、屋根から何かが落ちてきて地面にめり込んだ。
「・・・・・・何?」
どうも落ちてきたのは酒瓶らしい。見ると「鬼半殺し」と書いてあった。
なぜ屋根から酒瓶が?
考えられることは一つだけだ。
「ちょっと紫! 何して・・・・・・」
屋根に出た霊夢は絶句した。
そこには大量の空の酒瓶がスキマに立てかけられていたのだ。
その中で紫は一際大きな酒瓶を一人でグビグビ飲んでいた。どこぞかの酔っ払い鬼もかくやというほどの勢いで。
見ると「鬼全殺し」と書いてある。
「あー? 霊夢ぅー? 自棄酒よ自棄酒」
「・・・・・・はい?」
「霊夢が私をフッタから、私の心はボロボロなのよ。失恋よ失恋。心の傷はね、酒で洗い流すのよ」
「な、何言ってるのよ。あんたは」
「まぁそんな事はどうでもいいわ。ほら、貴方も責任とって飲みなさい」
「責任って、ねぇ? まぁいいけど」
紫の横に座る。
紫はすっかり出来上がっていた。
酔っ払いに逆らうと、その後とんでもないことになるのは経験上知っている。
なにしろ宴会なんて日常茶飯事、酔っ払いも日常茶飯事だ。
だから霊夢はあえて逆らわず、紫の注いだ酒を飲んだ。
「う・・・・・・アルコール高いわね、これ」
「そりゃあ全殺しですからねー」
「八塩折之酒はどうしたのよ?」
「とうに飲んでしまいました」
「あれ、おいしかったのに・・・・・・」
「ふふ、また手に入れてきてあげるわよ」
「私に迷惑を振り掛けないなら、頼もうかしらね」
「それは無理な相談です」
「ならいらん」
やはり軽口を叩きながら、二人は酒を飲んだ。
――まったく、さっきまであれこれ悩んでた私が馬鹿みたいじゃない。
霊夢は内心文句をたれる。しかし、何も言わないし、それはもちろん本心でもない。
紫があえて話題を変えようと、こうしているのが分かっているから。
そして、彼女のおかげでずっと避け続けてきた問題を見直すきっかけにもなった事。
そのことを少しだけ、感謝しているから。
だからこれは胡散臭くて、それでいて中途半端に優しいこの妖怪への。
意地っ張りな霊夢なりの礼だったのだ。
「・・・・・・あら?」
「ん、どうかしたの?」
「ほら、御覧なさい」
「あ・・・・・・」
紫が夜空を指差す。
見上げると、そこは先ほどまでの静かな星空ではなくなっていた。
月がより傾き、さっきより少しだけ暗くなって。そのかわりに星が輝きを増して。
だから見え出したのか。
空一杯に――――所狭しと星が翔けていた。
「流星群ね。綺麗――・・・・・・」
「・・・・・・ねぇ霊夢。願い事してみれば?」
「え?」
「ほら、『星に願いを』って言うじゃない? これだけ流れていれば、一つや二つ叶うのじゃないかしら?」
「・・・・・・何言ってるのよ。そんなの柄じゃないし」
「そうかしら。私はしたわよ?」
「え、嘘!?」
「む、失礼しちゃうわ。私だってまだまだ乙女なのよ?」
「・・・・・・で、話は変えるけど」
「・・・・・・本当に失礼しちゃうわね、貴方は」
紫はプゥ、と頬を膨らませながら新しい酒を注ぐ。
それがなんともかわいらしくて、霊夢はクスリと笑った。
あながち乙女と言い切っても通じるかもしれない。その後、考え直して無理と断定したが。
「で、何を願ったのよ?」
「貴方のような失礼な娘には、教えてあげません」
「何よそれ。気になるじゃないの」
「自分の行いを省みなさいな」
「ふむ・・・・・・全く問題なし。世は事もなし。さぁ吐きなさいっていうか吐けッ」
神社の屋根の上で、彼女らはいつ終わるとも知れない押し問答を始める。
紫が何を願ったのか。
それを知るのは本人とそれを聞いた星だけ。
夏の終わりの幻想郷。
傾いた月と空を翔ける満点の星々だけが、この押し問答の行方を見守っていた。
――――願わくば、あなたが――――・・・・・・
オモテとウラみたいで、こう。
まぁすっごくイイってかゆあ&れいかわいいよ!!ということですね。
この二人が静かに語ってる情景はとても好きです。
GJ!