私は木に寄り掛かりながら座り込んだ。
チルノと別れ、森に入ってから大体一時間ぐらい。
足場が悪く、自転車を使わないで今まで歩いていたんだけど……
思っていた以上に体力の消耗が激しかった。
はぁーあ、その理由の見当はついてるんだけどさ。
私は地図を取り出してチラッと現在地を確認する。
「幻想郷・イン・ミステリーサークル!!」
地図を見る度に心労が溜まっていった。
そう、この地図、一言で言えば「使えねぇ……」
その上、持っていると何か分かるのではと淡い期待を抱いてしまう。
そして見てみると、一気に肩の力が抜け落ちる。
悲しいかな、今までずっとそんなことを繰り返していた。
ああぁー、駄目駄目だよ、私。
「取り合えずお腹も空いたし、お昼にしよっと」
沈んだ空気を無理矢理盛り上げる為に、殊更明るく口に出す。
現実逃避となめてはいけない。
今のままでは、どんどん暗い方暗い方へと考えが行ってしまう。
そうなると精神的疲労は加速度的にあがって来る。
多分私は肉体的には座り込むほど疲れていないはず。
出口が分からないという不安が、その原因。
なんとか、前向きにお腹を膨らませて頑張ろう。
「木漏れ日も気持ちいいし」
私は自転車の籠に入れておいた紙包みを取り出す。
中には、十六夜さんの手作りだったら嬉しいな、のおにぎりが入っている。
これで重石などが入っていたら、紅魔館向けて何か叫んでやる。
……しくしくしくしく……
よく考えたら紅魔館の方向もわからないよ。
あぅ、また後ろ向きなこと考えちゃった。
気楽に行かないとね。
「良かった、おにぎりだ」
紙包みの中からはおにぎりが三つ出てきた。
……喉、渇きそう。
もう、いいもん。
お腹空いたから早く食べよう。
私はおにぎりを一つ掴んで、口に運んだ。
一つ目を食べ終え、二つ目に手を伸ばしたところで急に日が陰る。
曇ってきたのかと思い、木々の隙間を見上げようとしたところで……
「な、何!?」
突然視界を奪われた。
えっと、何も、見えない?
自分の手さえ見えない、異常な状況らしい。
ドクン!
くっ、どうすればいい?
心臓は鼓動の一つ一つを認識できるほど高鳴る。
視界ゼロと言う状況が、冷静だった心に波紋を投げかける。
「はぁ、はぁ」
広がる波紋が恐怖に変わり、呼吸まで乱れる。
それでも何とか、私は自分の冷静な部分をかき集めた。
ゆっくりと立ち上がる。
集めた冷静な部分が、直ぐに動けるようにと命令を出している。
ドクン! ドクン!
「ハァ、ハァ」
自分が五月蝿い。
どうすればいいのか考えなくては。
今、できる事は何がある?
私は自分の手を一度握り、直ぐに開いてみる。
うん、見えないだけで他の感覚は正常らしい。
「あなたは――」
「ぁ!」
突然の声に、私は悲鳴を上げかけ、飲み込んだ。
悲鳴の代償なのか、鼓動が痛いぐらいにまで感じる事が出来るようになる。
せっかく、落ち着いて、きたのに……!
「食べられる人類?」
声は私の正面からしているようだ。
そして、それは私に聞いている。
何を?
何のことを?
(落ち着け……落ち着け……)
必死に言い聞かす。
早く答えなければならないという、正体のない焦燥感が私を責め立てる。
「た、多分、駄目なんじゃ、ない、かな」
呼吸の乱れと恐怖心から、声はみっともないほど震えていた。
叫びだして逃げ出せれば、この恐怖から逃れられる。
そんなごく当たり前の欲求さえも、冷静な部分が押し留めてしまう。
「えぇー、そうなのー?」
やはり声は私の正面、それもおそらく目の前からしている。
もしかしたら、手を伸ばせば相手に触れる事も出来るのか?
腕に力が入る。
正体さえ分かれば、ここまで怖がることはないのに……
「でも、お腹空いてるしなー」
腕は伸ばす事を固く拒否した。
相手に触れた瞬間何が起こるか分からない、そういう恐怖に縛り上げらている。
『あなた、弱いわね』
……ええ、そんな事ぐらい知ってますよ。
自分が他人より臆病な事ぐらいは。
だから普段から、こっちに来てからは特に、気を張り続けてしまうんです。
そうした方が、少しだけ、マシな自分になれる気がして。
でもそれは、自分を必要以上に自制で縛ってしまう……苦しいのに……
「お、おにぎりが、あるん、だけど」
「ん~?」
「よ、よかったら、食べる?」
「え、いいの?」
「あ、ああ」
「やったー」
はぁ、はぁ。
た、助かったのか?
私は後ろの木に背中を預けた。
まだ、座り込むなと頭が告げている。
弱気なところを見せるな、と。
「き、君は、何者なんだい?」
相手の正体が早く知りたい。
「ん? 私はルーミア」
名前じゃなくて、姿が知りたいんだよ。
「な、何も見えないんだけど」
「ああ、そっか。……ほら、これで見えるでしょ」
やっと周囲に明かりが戻ってきた。
多分、私の足元でおにぎりを食べているのがルーミアなのだろう。
(はぁ~)
私は力が抜けて、その場にへたりこんだ。
「どうしたの?」
「……何でも、ないよ」
姿が見えた安堵感から、思ったより優しい声が出てしまった。
……疲れた。
多分幻想郷に来て一番疲れた。
私は空を仰いで、胸に溜まった空気を気付かれないように吐き出した。
ルーミアは金髪何だ。
ここまで青、赤、銀、と見てきて今度は金色。
次に来るのは緑色辺りかな……?
……はー、何とか落ち着いてきている。
まだ少し心臓は早いけど、それも徐々に治まるだろう。
おや? 自分の状況を確認していたら、ルーミアが私の事を見ている。
「どうしたの?」
そこで始めてルーミアの顔が見えた。
赤い瞳をした、可愛い女の子。
そんな印象だった。
「もう一個、もらっていい?」
「ん?」
慎み深い事を言って来た。
てっきり全部食べてしまうのかと思っていたので、ちょっと驚いた。
いいよ、と言おうとしたけど、
「……じゃ、じゃあ半分個しよう」
自分もあまり食べていない事を思い出す。
……そんな事より、声がまだ少し震えてる。
もう少し……時間が欲しい。
「どうやって?」
「先に、食べていいよ。残りを貰うから」
「うん、分かった」
無邪気な返事をして残りのおにぎりを食べ始める。
落ち着いてみると、食べてる姿は無防備で愛くるしいんだけだなぁ……。
っと、これは少しげんきんだった。
「あぐあぐ」
せっかくだから集落の場所を聞いてみよっか。
このままだと、森の中を彷徨い続ける事になるし。
「この辺に人間の集落ってない?」
「あぐ? うん、あるよ」
元気よく教えてくれるところはやっぱり可愛いと思う。
「まだ、ここからあるの?」
「うーん、そんなにないよ」
素直に教えてくれる。
人のことも深くは詮索しないし、純粋でいい子だった。
「はい、半分個」
「あ、ありがと」
……渡されたおにぎりは半分もなかった。
三分の一個ぐらい?
まぁ、いっか。
食べてる姿は可愛いかったし。
「悪いんだけど、集落まで案内できない? 道に迷っちゃって」
「えー、あそこはちょっと」
「そこを何とか」
「……おにぎりのお礼もあるし、じゃあ、近くまでなら」
交渉成立。
「ありがとう、助かるよ」
「んにゅー」
頭を撫でてあげたら、面白い声をだして顔を綻ばせた。
う、ちょっとお持ち帰りしたい。
よし、これからは積極的に頭を撫でながら行こう……。
くだらない事を心に誓ってしまった。
「そうそう、私飛べないから速さ合わせてくれる?」
「はーい」
「よろしく」
「んにゅにゅー」
くー、真剣にどうにかしたい可愛さだよ!
…………どうにかって、何だろ?
前を行くルーミアは私の速さに合わせてゆっくり飛んでくれている。
手を広げて、木々の合間をすいすい飛んでいく様は何とも気持ちよさそうだ。
はっきし言って羨ましい。
「飛ぶの気持ちいい?」
「気持ちいいよー。あなたも飛べれば早いのにねー」
「非常に残念です」
ルーミアと一緒に空のお散歩かー。
風を受けて気持ちよさそうだなぁ。
……なんで、ルーミアに限定してるんだろう?
まぁ、帰ったら親に真剣に抗議してみるか。
「なんか飛ぶ秘訣とかってないの?」
「気合だよ」
「全然そうは見えないけど」
「私は特別だよ」
蛇行しながら適当な飛行講座をしてくれる。
始めから自分が飛べるようになるとは思ってないけど、やっぱり悔しい。
「えへへ、いいで――キャア!」
「うわ、大丈夫?」
顔だけこちらに向けていたルーミアが、木に体当たりしていた。
ええっと、前方不注意って減点いくつだっけ?
落ち着いてそんな事考えている場合じゃないな。
取り合えず安否を確認しないと。
私は急いで駆け寄る。
「大丈夫? 怪我はなかった?」
「私より木の方が大切?」
的確な突っ込みが来た。
「急に視力が落ちちゃって、悪いねー」
「ふーん、私はこ、こ、よ!」
私の顔を挟んで思いっきり引き寄せるルーミア。
うわっ、ちょっと近いよ!
「分かった分かった。怪我はしなかった?」
「もう、飛べないかも」
よよよ、と崩れ落ちるルーミア。
かなり白々しい。
「お姫様抱っこでもしてあげようか?」
自分で言っておいて自分でドキッとする。
なんかさっきから、必要以上にルーミアの事意識しちゃってるなぁ。
「してくれるの?」
「ううん、嘘」
あまり意識しているところを見せたくないのであっさり断る。
「つまんない」
「これに乗る?」
言いながら自転車を指してみる。
「遅そうだから、嫌」
確かにここだと荷物にしかならないけどさ。
広いところに出れば本領発揮してくれるもん。
早く森抜けないかなぁ。
「森、抜けたよー」
「ん、おぉー!」
森を抜けた先は草原だった。
障害物もないし、足場も悪くない。
ついに自転車の封印を解く時が来たらしい。
「ここからはさっきより早く行けるよ」
「そうなの?」
「これに乗っていけるから」
「ふーん」
気のない返事をして今までと同じ速さで前を行くルーミア。
あまり興味はないようだ。
ふふふ、甘く見てると痛い目見るよ。
「じゃあ、お先にー」
私はルーミアを抜き去って風になった。
その後の道は分からないけど、風を受けて走るのって気持ちいい。
もう、止まれないかも~。
「あ、いいな。ちょっと待って待って!」
「ん、どうしたの?」
どうしたの? は、自分に言った方がいい気がしつつも私は自転車を止める。
ルーミアの声が意外に真剣だったので思わずブレーキに手を伸ばしてしまった。
「ちょっと待ってね……んしょ」
どこかで聞いた可愛い声と共に、一度空高く舞い上がる。
んで、降りてきた場所は私の直ぐ後ろ……ではなく肩の上!!
えっと、これってもしかして肩車というヤツではないのでしょうか?
「え? ちょ? うわ!」
意味不明な言葉を口走る私。
唯でさえ意識しちゃってるのにー。
「どっちに行けばいいかは、口で言うね」
「あ、はい」
動揺しまくってる私と違って、肩の人は普通に冷静でした。
「それじゃあ、しゅっぱーつ!」
「……はーい」
ルーミアの無邪気な合図と共に私はゆっくりと走り出した。
かなり危険な乗り方だけど、自分から軽く浮いてるらしく、少ししか重さは感じない。
そうでなければ……大事な人をこんな風に乗せたまま走り出しはしない。
……あーあ、認めちゃった。
「まだ真っ直ぐね」
「ん、わかった」
「それと、もっとスピード出していいよ」
「うっ、はい」
つまりもっと早く走れと言いたいらしい。
仕方なく私は少しずつスピードを上げていく。
間違っても振り落とすわけにはいかない。
「……うん、いい感じ」
結局一人で走るときぐらいの速さで満足してくれた。
私はちらりとルーミアを見上げてみる。
彼女は飛ぶときいつもそうしているように手を広げていた。
風を、感じてるのかな?
「……気持ちよさそうだね」
「うん。風が気持ちいい」
「そうだね……」
前を向いて、私はルーミアと喋り続ける。
こうやって二人で風を受けて走るのは、とても楽しくて……幸せだった。
ルーミアの案内で走っていると、まず川が見えてきた。
その川に沿って行くと、ついに集落の入り口が見えてくる。
…………
「もう、大丈夫でしょ」
「まだ平気じゃない?」
自転車を止めて、ルーミアを仰ぎ見る。
近くまでと言う約束は、覚えているけど……。
「だーめ」
そう言って、ルーミアは私の肩から地面にひらりと舞い降りる。
お見事、十点満点。
「あなたも知ってるでしょ?」
「何を?」
「私たち妖怪は人間を襲うのよ。
人間は私たちを退治するのが仕事。
でも、あなたは食べられない人だから……特別」
……特別か。
もっと別の意味で言ってくれると嬉しいんだけどなぁ。
はぁ、ちょっと期待しすぎかな?
「それは、知ってるけど……」
「私が村に入ったら人間を襲うし、人間も退治しようとしてくる。
残念だけど、あそこには私より強い力をもった人もいるのよ。
君は、私がやられちゃってもいいの?」
ここに来て、ルーミアは途端によく喋るようになった。
その中に微かな違和感があったような。
さっきの言い回しは…………おかしい……?
「ねぇ、ルーミア。今のって――」
「あは、初めて私を読んでくれた」
「……え、うそ!?」
「私が言うんだから、きっと本当だよ」
今まで私は一度も、ルーミア、と呼んでいなかった?
私から聞いたのに?
……全然、気付けなかった。
「……ごめん」
「何で、謝るの?」
「何となくだけど」
何となく、悪い事をしたような気がして私は謝った。
それに他の言葉も出てこない。
「気にしないで……」
「……」
「私の方こそごめんね。楽しかったから、ちょっとサービスしすぎちゃった……」
えへへ、と小さな舌を出しながらルーミアは微笑んだ。
いたずらをしすぎてしまった時のように、少しだけばつが悪そうに。
「やっぱり、気付いてたんだ」
「君、恐怖心とかはほとんど出てこないのに、他の部分は結構顔に出ちゃうんだよ」
……少し、恥ずかしい。
私が隠している事は全部お見通しだった。
それに、今まで誰にも顔に出るなんて言われたことはない。
多分、ルーミアが極端に鋭いのだろう。
ルーミアに胸の内を知られてしまった私も少しだけ、ばつが悪かった。
「私に好意を持ってくれたことは、凄く嬉しかったよ――」
出会った時には、私もルーミアがこれほど大切な存在になるとは思わなかった。
「――でもね、私のことは……忘れたほうがいいよ」
「…………」
「ばいばい」
何て言っていいのか分からなかった。
ルーミアは別れの言葉を残して、集落とは反対の方向へ歩き出してしまう。
あれ……ルーミアは飛べるのに……何で歩くの?
…………私は…………
「ルーミア、ちょっと待って!」
「……ん?」
私は自転車を乗り捨てて、ルーミアの元まで走った。
勢いで呼び止めてしまったけど……言葉は自然と口に出来た。
「――ありがとう――」
「――んにゅー――」
あの時と同じように、ルーミアは顔を綻ばせて喜んでくれる。
「――ばいばい――」
「――うん――」
きっと、笑えているよね。
ルーミアも笑っているから、聞かなくても、きっと笑顔で…………
……私は振り返ることなく、集落へと足を進める。
続きが楽しみよー!
ちょっとムーンライトレイを喰らいに行ってきます。
今回も面白かったのですが、ちょっと「私」がルーミアに好意を持つくだりが
唐突かなぁ、と。
偉そうな事を言って申し訳ありませんでした。次回も楽しみにしております。
>真剣にどうにかしたい可愛さだよ!
悪いこと言わんから、テイクアウトだけはやめとくように
いろんな意味でヤバイから
さて、次に会うのは誰だろう・・・と考えると「里にいる」という条件から少しは絞れるわけで
そして、緑色の髪という予感が的中するとしたらExな彼女が真っ先に思い浮かんだわけで
・・・果たしてこの予想は当たるだろうか?
おもしろかったです。続きを期待してます