Coolier - 新生・東方創想話

萃香の夢 -Purple Power-

2005/08/27 14:53:18
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※注意事項

 ・このSSには筆者独自の想像が盛り込まれています。
 ・このSSは時期的にはth076といった所です。 萃夢想の少し後のお話です。
 ・このSSは作品集その13、拙作『萃香の夢』の続編です。
  前作を読まないと訳のわからない部分があると思います。 前作を読んでからご拝読下さい。

























「私、こんなトコで何やってんだろ。」

そう寂しげに呟いたのは、鬼。
幻想の幻想、伊吹萃香その人だった。













ざざざ と吹き付ける乾いた風が身にしみる。
時は流れ、盛り上がりに盛り上がった宴会もナリを潜めた。
季節は―――秋。

寂しく物悲しい季節。
全てが終わる季節。
終焉の始まり。
それが秋。

萃香は顔を上げた。
夏の間はひんやりとして気持ちの良かった縁側も、今では最早恋しくある筈もない。
寝そべっていた身体を よっ と起こし、遠くの山を見上げた。

紅葉とは誰が言ったのか。
成る程。
血の色に順ずるその紅は、見るものによっては生命に満ち溢れている様にも見える。


「馬鹿みたい。」


目の前にある山。
そこに見える紅は僅かで、多くは黄金色に染まっていた。

黄金色と言えば聞こえは良いが、所詮は土に順ずる破滅の色だ。
消え往く者の色だ。
目の前の山には黄色ばかり。
破滅、破滅、破滅。
黄色ばかり。

紅は、その中に埋まってしまい、見れたものではない。


「何を頑張ってるんだか。 馬鹿みたい。」


そう口をついた言葉は何気ない言葉だった。
しかし。


「馬鹿みたいだよ。 ホント。」


自分で何気なく発した言葉こそが自分を切り刻む。
あぁ、馬鹿みたいだ。
本当に馬鹿みたい。

あぁ、本当に馬鹿だったらどれだけ気が楽だろう。
何も考えずに笑って過ごせたら、どれだけ幸せだろう。
何も考えずに、ただ毎日酒を呑み。
何も考えずに、ただ毎日騒ぎ出す。

あぁ、なんて甘美で心地よい理想の日々なのか。


「だめなのかなぁ。」


やはり、駄目なのか。


「鬼は……だめなのかなぁ。」


どんなに頑張っても駄目なのか。


「鬼には友達……できないのかなぁ。」




――――――――――――――――――――――――――――――
























最初は少し不安もあった。

私は、幻想郷を騒がせた。
私の力を使って、皆を呼んで。
私の力を使って、皆を騒がせた。

自分の意思で動いていると信じ込み、私の手の平で踊る彼ら。
滑稽だと思う反面、楽しげに歌う彼らを見て、
「いいなぁ。」
私はそう思ってしまった。

何を馬鹿な。

私は羨ましくなんて無かった。
当然だ。
私は遊びで幻想郷に来てるんじゃない。
私は……

そう。 私は鬼の友人を作りに幻想郷にやってきたんだ。

だから、みんなの事を観察して。
あいつがどんな性格だとか、あいつはこういうのが好きだとか、色んな事を調べた。
調べて調べて。
どうすれば友人を作れるかを考えた。

それは調べ始めて一日目でわかった。
なにせ、世界がまるでその少女を中心に回っているかのようだったのだ。
だから幻想郷で友人を作るのは簡単だ。
博麗の巫女を怒らせればいいんだってすぐにわかった。

レミリアっていう吸血鬼は言っていた。
幽々子っていう幽霊姫も言っていた。

「貴方と会ってから世界が変わったわ」って。

だから。
このままでいいんだと安心した。
幸い、巫女は異変に気が付いているみたいだったから。

時たま、薄く薄く広がった私を ギッ と睨んでは
「まったく、今度はなんだってのかしら」
と囁いていた時のあの眼光の鋭さは今でも忘れられない。

私は嬉しかった。
だって、本当なら気付くはずが無いんだもの。
「そう」力を使ったから。
誰もが無意識のうちに集まって、無意識のうちに騒ぐ。
辺りの妖気なんか気にも留められないくらいに騒ぐ。
その中でも、博麗の巫女だけは、私をジッと睨んでくれた。


それから程なくして。
博麗の巫女がやってきた。

幻想郷に広がる私を萃め、あろう事かこの私に挑んできた。
人間が。
我等が鬼に。

その巫女が強いという話は知っていた。
でも私は負ける気はしなかった。
人間と鬼の立場は昔から確立されているのだ。



しかし、私は負けた。



悔しかった。
私は鬼だ。
異端児ではあるものの、誇り高き鬼の娘だ。
たかが人間如きに負けるのは我慢がならなかった。

騙し討ちなんかじゃない。
人間が鬼を降すのは決まって騙し討ちである筈である。
しかし、私は違う。
正面から人間と闘って負けた鬼は、私くらいのものではないだろうか。
なんて脆弱、なんて貧弱。

私は己の弱さを呪い、鬼に泥を塗った巫女を呪った。

その時、私は鬼の事など忘れていた。
その時、私は友人の事など忘れていた。
私は、ただ鬼だった。
目の前のヒトを睨み続けていた。


巫女は、最早動けない私の目の前に歩み寄る。
感情の見えない能面のような顔。
つかつかと、一定のリズムで歩み寄る巫女。

私は死の直前までこの巫女を睨んでやろうと思った。
いや、首を刎ねられても、奴の喉笛を喰い千切る。
それこそが鬼だからだ。

だから。
私にはわからなかった。

目の前に差し出された手の平が、いったい何を示すものなのか。













それから。
巫女は、「今後は力の使用を控えるように」と言って去っていった。
それだけだった。













悔しかった。
悲しかった。

私は負けた。
それは構わない。

何が悔しいのか。
何が悲しいのか。

博麗の巫女に敗れた時、
私はただ、鬼だった。

己の志も忘れ、ただ鬼として。
喧嘩を楽しみ、負けては嘆いていた。

あぁ、なんて滑稽。
それでは彼らと何も変わらない。
それではただ鬼であり、何にもならない。
ただの鬼では、最早友人は作りようも無い。


何が萃香だ。
何も萃める事も出来ずに。
一番大事な場面でただ鬼として行動した。

嗚呼、鬼として生き、その果てに何があるのか。










最早、自分には何も無いと知った。
鬼として、未熟な私。
鬼として、脆弱な私。
鬼ではない、その弱さ。

ただ私はこの時の為だけに生きてきたのだ。
それが……
あぁ、なんて馬鹿な自分。
最早愚かと呼ぶ事も適わぬ己を見て、私はただ哂うしかなかった。

その時、傍らに置いてあった伊吹瓢が目に入った。
私は迷いもせず瓢箪の栓を抜き、酒を浴びるように飲んだ。
嫌な事を忘れたかった。







カシャリ


その時ふと、聞き慣れぬ音がした。
何事かと辺りを見回したら。
私から少しばかり離れた所に、ナニカが在った。








それは。











いつの日か紫にあげた。

可愛らしいハートの髪飾り。



















次の日。
気付けば私は、博麗神社に赴いていた。


きゃあきゃあと、境内から騒がしい音がしていた。
見てみれば、そこには多くの人妖が入り乱れて酒を飲み交わしていた。
私は何もしていないのに。
そこでは宴会が開かれていた。

「あら、やっぱり来たのね。」

いつのまにか、私の後ろには博麗の巫女が立っていた。
片手には御猪口を持っていて、少し酔いが回っている様にも見えた。

「見ての通りよ。
 別にアンタの力が無くても宴会は起こる。
 三日に一度とは言わずとも、一週間に一度くらいはね。」

私は何も言えなかった。
それならば、私の力はいったい何なのか。
巫女は、黙っている私を暫く見つめていたかと思うと。

「アンタも飲んでいくんでしょ?」

と、さも当然の事かのように言った。
そのまま巫女は私の背中を どんどん と押していく。
私は困惑しながらも、そのまま押されて行った。

巫女は私を皆に紹介した。
そして言った。
私の杯に酒をなみなみと注いで、

「何があったかは知らないけどね。
 嫌な事は飲んで忘れるに限るわよ。」

その言葉はとてもあたたかで、とても嬉しかった。
私はありがたく酒を頂戴した。
その酒は、一人で飲む酒よりずっと美味しくて、そして心が安らいだ。


でもどうしてか。
その時、巫女の顔は少し悲しそうだった。











それから。
巫女の言うとおり、一週間に一度は宴会が開かれていた。

勿論、私は毎回参加した。
とてもとても楽しかった。
嫌な事なんてすぐにどこかに吹き飛んだ。
とてもとても楽しかった。
大勢で飲む酒がこんなに美味しいなんて知らなかった。

すぐに皆とも打ち解けた。

全然普通じゃない自称普通の魔法使い。
完全で無いが故に完全であるメイド。
とても器用でとても不器用な人形使い。
つまらなそうに笑みを隠し続ける魔女。
皆に弄られながらも楽しそうな半人前。

他にも沢山の皆と酒を呑みあった。
笑いあった。
全てを忘れ、楽しく楽しく笑いあった。


ある時、私はふと気になって巫女に尋ねてみた。
紫はいないのか? と。

巫女は途端に不機嫌な顔になってぶっきらぼうに言った。
知らない。 呼んでないし。 来たければ勝手に来るでしょ。

そっか。
私はそう言って酒の席に戻った。










楽しかった。
本当に楽しかった。
皆で呑んだ。
皆で歌った。
皆で笑った。
















そして、夏は過ぎ、秋がやってきた。
それが当然であるかのように、夏が終わった途端に宴会は無くなった。

ただ霧雨魔理沙の「宴会は夏にこそ、だぜ。」
の一言で皆が納得してしまったようだ。
幹事がいなければ宴会は無い。
宴会が無ければ誰も集まらない。
誰も集まらなければ………私は誰とも会えない。





「ま、いいか。 宴会が無くてもお酒はあるもんね。」

そんな事は構うものかと。
秋の空を見上げ、私は明るく声を上げた。

いそいそと瓢箪を取り出す。
一口飲んで、息をつく。

そして、秋の風が頬をくすぐる。
私はごろりと縁側で横になった。

カサカサと、朽ちた落ち葉が風に揺られて悲鳴を上げる。
私はその様を見て、ふと物悲しさを覚えた。

黄色とは土の色に準じていて。
落ち葉が黄色いのは既に朽ちていてこの世の物ではないからだ。
実りの秋という言葉があるが、あれは果たして正しいのか。 と私は思考する。
あれは、ヒトが植物の子孫を奪ってそう謳っているに過ぎない。
誰がどう言おうと、植物の親にとっては秋は破滅の時期である。
大事な誰かが消えていくから、もう二度と会えないから。
故に、秋は物悲しいのだと思う。

誰だって、大事な物が無くなれば悲しいわけで。
大事な者には幸せあって欲しい筈で。
それは植物だって動物だって人間だって鬼だってそうな筈である。

そしてふと あれ? と思う。


「私、こんなトコで何やってんだろ。」


秋の山を眺めながらそう呟く。

ある一つの山を見てみれば。
他の山々と違って、その山だけは殆ど紅葉する木が無かった。
だから、その山は殆ど黄色で染め上げられていた。
その峰にボツンと、一株だけ紅い葉をつけた木があった。
私はその木に対して


「馬鹿みたい。」


と言い放った。
一人だけはみ出して、それで何が変わるというのだろうか。
所詮は同じ木な訳で、どんなに頑張ったって枯れる物は枯れる。 朽ちる者は朽ちるのだ。
だから、アンタも皆と同じで黄色になればいいんだ。
そっちのが見た目的にも綺麗なんだから。
そっちの方がアンタも幸せなんだから。
他の山の様に淡い橙色で居られぬなら、いっそまっ黄色になってしまえばいい。
あの紅い葉をつけた木はなんて愚かなのだろうか。


「何を頑張ってるんだか。 馬鹿みたい。」


そう口をついた言葉は何気ない言葉だった。
しかし。


「馬鹿みたいだよ。 ホント。」


自分で何気なく発した言葉こそが自分を切り刻む。
そう。 あの紅い葉をつけた木は私だ。


「だめなのかなぁ。」


違う、きっとあれは昔の私で。
きっと私はとっくに黄色なんだ。


「鬼は……だめなのかなぁ。」


きっと、鬼の山はとうの昔に、まっ黄色なんだ。
きっと、紅い葉が場違いに在っただけ。


「鬼には友達……できないのかなぁ。」


そして、紅い葉を持つ鬼は、既に朽ちていた。













伊吹萃香は今、博麗神社周辺に住んでいる。
特に何する訳でもなく、ただ安穏と日々を過ごしている。

気が向けばどこかに遊びに行く。
気が向かなければ一日中、酒をかっくらって寝てる。
特にやらなくてはいけない事も無いし、出来る事も無い。
やりたい事も無いし、やっていい事も無い。

私は今、博麗神社の縁側で休んでいる。
特に何する訳でもなく、ただ怠惰に時を過ごしている。
その時 タスタス と廊下を歩く音が聞こえてきた。


「あら萃香、また来てたの?」
「んー。」

博麗霊夢が縁側の私に気付く。
いつも通りに寝そべる私に対して、最早なんの驚きも無い。

「別に来ても構わないけど散らかさないようにね。」
「んー。」

いつものやり取りを交わして、博麗霊夢は立ち去る。
私はいつも通り、気の無い返事をして瓢箪を持った手を振り上げて応えた。


カシャリ


瓢箪とナニカがぶつかる音がした。
見てみると、スカートの中にしまっておいたモノと瓢箪がぶつかった音のようだ。
ソレが何かを確かめてから、私は霊夢を呼び止めた。

「あ、そうだ霊夢。」
「ん?」

縁側を素通りしようとしていた霊夢は立ち止まり、振り返った。

「紫、最近会ってない?」
「会ってない。」

即答だった。

「そっか。」

私はそう言って、また瓢箪を傾けた。
そろそろ酔いが回ってきたのか、頭が ふわふわ としてきた。
もう一口、と瓢箪を傾けようとした時。
とっくにどこかに行ってるかと思われた霊夢はまだ立ち止まっていた。
どうでもいいや、と言わんばかりに瓢箪を傾ける私。

霊夢はそんな私を見つめて、静かに口を開いた。

「紫に会ってどうかしたいの?」

いつもの巫女の投げやりな声。
私は答えた。

「んー、別に。 落し物を渡すだけだよ。」

「ッ!!」




■■■■■■■■■■■■■■■■■■














その瞬間、世界が暗転した。

















何が起こったのか全くわからなかった。
気が付いたら自分は地面の上に寝転がり、服は酒でびしょ濡れだった。

「え?」

左の頬が ジンジン と痛んだ。

目の前には、右の拳を握り締め、こちらを睨む霊夢がいた。

「え?」

私はもう一度、間抜けな声をあげた。
巫女はそんな私を見下して、それから左手で胸倉を掴んで無理矢理立たせた。

「え? 霊夢?」

なに怒ってんの?
私がそうたずねる前に。

「帰れ。 二度と来るな。」

霊夢は怒りの表情でそう言って、私を ドン と突き飛ばす。
そして、何事も無かったかのように踵を返す。

「ちょ……どうしたのさ霊夢。」

私がそうたずねても、もう巫女には聞こえていないようだった。
巫女は神社に戻り、障子張りの襖を タンッ としめた。














何が何だか訳がわからない。
いきなり殴りつけて、もう二度と来るな。 だって?
あっそう。 ならば二度と来るものか、こんな薄汚れた神社。

さしたる痛みで無い筈の左頬がジンジンと痛む。
あぁ、気に喰わない。
あぁ、腹が立つ。

ガリガリと頭をかいて立ち上がる。

カシャリ

何かが落ちる音がした。
聞きなれた音だった。
私はスカートの中から落ちたソレを見る事も無く歩き始めた。

「くそ! なんだってのよ!」

ドスドス と神社の階段を下りる。
その時、ふと前方の山々が目に入った。

その中にあった。 
一点だけ紅い、鬼達の様なあの山が。
何故かわからないけど。 あの山が異常なほどに気に喰わなかった。

特にあの紅い木が気に喰わない。
生命力に満ち溢れたあの色が気に喰わない。
最後の最後まで、精一杯輝こうとするそのひたむきな姿に反吐が出る。

だから。
折ってしまおう。
潰してしまおう。
壊してしまおう。

そう思い、私は鬼の山へ向かった。





そして私は樹海の奥。
紅い木にまでたどり着いた。

紅い葉をつけた木。
鬼の山の中の異端児。
鬼の山の中で、一際目立つ紅い葉をつけた木。

私はその前で立ち止まった。

何か違和感があった。
その木は『そこに居てはいけない』気がしたのだ。


何を言ってるんだ自分は。
当然じゃないか。

最初からそう感じてたから癇に障るのだ。

木は悪くは無い。
ただ、私に似ているのがいけなかった。
昔の、何も知らない、愚かな自分。
そんな私に似ているのがいけなかった。



私は木を両手で掴み、思い切り引っ張りあげた。
ブチブチ と根の千切れる音を立てながら、木はそれこそ根元から引っこ抜かれた。

そして私はそれを無造作に放り投げた。
そして木は派手な音を立てて大地に叩きつけられる。

あぁ、せいせいした。
これでいい。
これがこの山のあるべき姿だ。
この紅い木はこうなる運命だったんだ。
この青い鬼がこうなってしまったように。

……?
違うか。
私と同じにするなら、この木は黄色にならなければいけなかったんだ。
でも、まぁ仕方ない。
この紅い木は私を……




と。

そこで気が付いた。
紅い木が無くなった所で初めて気が付いた。

ここはとても見覚えがある。

そうだ。
本来『木が在りえる筈の無い所に』この紅い木があったから気が付かなかった。
そうだ。
ここには本来、木は無かったんだ。
そうだ。
ここは。






「私が初めて幻想郷に来た時の森だ。」






ちょっと待て。
私は途端に嫌な予感が走った。
霊夢に殴られた頬の痛みが ジクジク と更に痛み出す。

 じゃあどうしてこんな所に紅い木がある!!
 ここには木など無かった筈だ!!
 つまり!!
 この木は『運ばれて』きた!!
 しっかりと根を大地に貼り付けながら!!

私は走り出した。
博麗神社に走り出した。
二度と来るなと言われ、二度と行かぬと決めた場所に。
スカートの中にしまっておいた大事な物を取りに。

 木をそのまま運ぶ!?
 そんな馬鹿げた事が出来るヤツは生憎と知り合いには一人しか居ない!!
 そんな愚かな事をするヤツは生憎と知り合いには一人しか居ない!!
 まさか!!
 まさか!!

私は走り続ける。
ただひたすら早く。

 だって!!
 私は彼女の『お気に入り』で!!
 彼女はどうしようもなく頭が良くて、どうしようもなく愚かで!!
 私の唯一の心からの友人だったじゃないか!!

神社に着いた。
しかし、本来ならば目的の物が落ちている筈の場所には何も無かった。
私は居ても立ってもいられなくなり、神社に土足で上がりこんだ。
「霊夢!! いる!!」 私は襖を乱暴に開け放つ。
「……何? もう二度と来るなって……」 霊夢が迷惑そうに振り返る。
「髪飾り見なかった!!? ハートのヤツ!! 髪飾り!!」 私は霊夢に詰め寄る。
「…………」 霊夢は押し黙る。
霊夢は暫く私の顔を睨むと、懐からソレを取り出し、私に思いっきり投げつけてきた。
「うわっ!?」 突然の行動に驚きながらもソレを受け取る。
「ふん……さっさと出て行って。」 忌々しげにそう吐き捨てる。
私は呆ける時間もかなぐり捨て、ありがとう! と怒鳴り走り去った。

 だから!!
 あの紅い木はそれこそ私だったんだ!!
 わかってる!!
 あの愚か者の事だ!!
 どうせ楽じゃ無い仕事を苦でも無い仕事だと偽ってやってのける!!
 ほら見てみろ!!

私は大事な物をしっかりと胸に抱き、走り始めた。
さっきの山は何処だったかを神社の階段から見渡す。
しかし、まっ黄色の山など何処にも見当たらない。
当然だ。

 あの山は本当に鬼の山だったんだ!
 まっ黄色なのが皆!!
 紅い木は私!!
 それで………!!

私は走り続ける。
真っ紅な山に向けて。

 あぁ、なんて馬鹿な鬼達だ!!
 皆が皆、紅くなっている!!
 黄色い馬鹿などいやしない!!
 そうだ!!
 私はこれがやりたかったんだ!!

そして私は辿り着く。
紅い葉のつけた木の傍へ。
『引き抜かれた筈の』紅い木の元に。
そこには何事も無かったかのようにあの紅い木が立っており、
その目の前には、ゆらゆらと紫色の境界が口をあけて揺らめいていた。









八雲紫は本当に愚かだ。
破滅に向かった私なんて放っておけば良いのに。
黄色く染まった私なんて放っておけば良いのに。
どうしてこんなに私に構うのか。
それはきっと彼女の都合。
愚かな異端児が大好きな彼女だから。
己が愚かな異端児である彼女だから。
だからこんなにも私に構う。

私は愚かじゃなかった。
私は大馬鹿者だった。
私が鬼であるのは当然だ。
私は誇り高き鬼の娘だ。
だから、人間に負けて悔しくて何がおかしい。
何もおかしくない。
そこで鬼としての自分をさらけ出した事を悔やむ必要など無い。
当然だ。
私が友人を作るのが大事なんじゃない。
私が架け橋となり、鬼の友人を作る事こそが大前提。
それこそが私が愚かである最たる象徴だったのではないか。

私は鬼だ。
だから私は勝手気ままに振舞ってもいいんだ。
私は鬼でいていいんだ。
曖昧な鬼である私でしか仲良くなれない友人がいるだろう。
それが一番大事なんだ。
酒の力を借りた曖昧な存在である私が、いくら誰と仲良くなっても全く意味が無い。
『曖昧な鬼』である私が、誰かと仲良くなる事が最重要なんだ。

それを私はなんだ。
グチグチと友人が出来ない出来ないと嘆き。
甘い誘惑にホイホイついて行っては当初の目的を忘れ。
こうして頬を引っ叩いて貰わなきゃ目を覚ます事も出来ない。

あの黄色い山は鬼の国。
いずれ破滅に進むだけの鬼の国。
そこに一点だけ紅い私が居る。
一人だけ懸命に、頑張ろう頑張ろうと必死にもがいている私が居る。
馬鹿な私は、そんな自分を否定した。
その結果。
私は頬を張り飛ばされ、目を覚ます。
愚かな私は、自分が愚かである事を思い出す。
そう、そしてその未来は。
この麓まで紅に染まったこの山となるのだ。

まだだ。
まだ私は黄色になっていない。
まだまだ紅いまんまだ、まだまだ愚かな伊吹萃香のまんまだ。
だから紫。
お願い!
もう一度だけ!!

そして私は紫色の境界に声をかける。


「ムラサキ殿! 私は伊吹萃香!! 外の世界に出たい!!」


私は叫ぶ。

「ん~、呼んだかしら?」

紫が答える。

紫色の境界から身を乗り出す大妖怪。
その顔はニヤリ、と。
初めて見せたあの時の様に笑っていた。

「あら。 これはまた随分とちっさい。」

ニヤニヤと笑う紫。

「ちっさいって言うな。」

ニヤニヤと笑う私。

「あら、ごめんなさい、ちなみに私はゆかり。 ムラサキって言うな。」

そう言われ、私は ニッ と笑って言う。

「うん。 ごめん。」

そう言って私は髪留めを差し出した。

「? どういう事かしら?」
「貰って。」

そこまで私が言った時。
紫は

「これだけかしら?」

と言った。

「愚かしい事言ってもらっちゃ困る。
 この伊吹瓢、これも貰ってくれる?」
「えぇ。 これぐらいが対等な代価ね。」

紫はそう言って、満足そうに頷いた。

「なにを言ってるのさ、全然対等なんかじゃない。
 この伊吹瓢はいくらでも上等な酒が出てくるのよ。」
「いいえ、私はこれで満足よ」

紫はそう言って、ニヤリというより、ニコリと笑った。



「「……。」」

そして二人で見詰め合う。
そうか。
紫は本当に頭がいいんだ。
と、その時になってようやく再認識した。


「もう勝手はわかったわよね?」

「うん、大丈夫、伊吹瓢も紫に預かってもらったし。 もう同じ馬鹿はしないよ。」

「本当に大丈夫かしら? 今度の世界には霊夢みたいなお人好しは居ないわよ。」

「もう今度は絶対に馬鹿はしない。 いつまでも愚かしく足掻いてみせるよ。」

「それで良いわ、頑張りなさいな。 今回が最後のチャンスよ。」

「うん。」


私は力強く頷いた。
紫は少し悲しそうな顔をした後、ふと悪事を思い付いたかのようにニマリと笑った。


「覚えておきなさい萃香。 私が貴方の為に使うスキマはあと三回だけよ。」

「? 三回? 二回じゃないの?」

「三回よ。 今一回使う、そしてもう一回で貴方の目的を達成。 最後の一回で私の目的を達成。」


そう言った紫の顔はいつものあの愚かしい企みの時の顔だった。


「紫……。」


そして、こう言った。


「貴方には悪いけどね、私は鬼が嫌いよ。 あんな奴等には渡せないわ。」

「…………うん。」

「頑張ってね。 私の萃香。」

「うん!」


今日の紫はとても優しかった。
私には少し甘えの心があったのだろう。

少し期待を込めた眼差しで紫を見上げると、
紫は堪える様にかぶりを振った。


「さぁ、そろそろ行きましょう。 萃香」

「……うん! 紫、元気でね!!」


紫が左手の扇子で紫色の境界を軽く叩く。
紫色の境界はうねり、更に大きく口を開けて私の前に現れた。

紫は紫色の境界に足を踏み入れはしなかった。
どうしたのかと思って紫を見やる。

そこには少し困った顔をした紫が居た。

紫は私に向かって、何かを口走ろうとした。
その前に―――


バチィン!!

「よしっ! いってきます!!」


私は自分の両の頬を強く叩き、気合を入れた。
そして、ちょっとビックリしている紫に ニッ と笑いかけた。

紫は クスリ と笑うと、今度は安堵に満ちた表情で言った。


「さようなら萃香」

「うん、さよなら紫!」








そして私は紫色の境界に足を踏み入れた。





新しい世界はどんな所だろう。

これからいろんな幸せがあるんだろう。
これからいろんな苦労があるんだろう。
これからいろんなヤツと会うんだろう。
これからいろんな別れがあるんだろう。

これからは博麗霊夢は傍にいない。
これからは八雲紫も傍にいない。
これからは自分しか頼れない。

でもきっと自分は大丈夫だ。

私は誇り高き鬼の娘。
私は誇り高き幻想の娘だ!

遠くに見える紫の姿。
遠くに見える髪の飾。
遠くに見える紅の山。

それらに、感謝の気持ちを込めて、私は大声で叫んだ。






「さよなら幻想郷!」








化石の時代からこんにちは。
三ヶ月半ぶりの投稿。 転石です。
今回の話は約半年前の作品、『萃香の夢』の続編です。
前作を読む事が必要条件なので、結果として他の方より読者様の時間を二倍頂きました。
それならば二倍分を楽しんで頂ければ幸いと、萃香好きミッシングパワーを5倍くらいにして書きました。

今回は作品の内容については多くは語りません、皆様が読んで理解してくれる事を切に願います。

東方萃夢想でのみ活きる伊吹萃香。
しかし、本編中では彼女には明確なる救いがもたらされない。
それ故に、この作品を書き上げました。
彼女のこれから先の未来は幻視してください。
読者様の幻視した未来がハッピーエンドならば、すべからく正解とだけは言っておきましょう。

霊夢、紫、萃香。
この三人の想いの内を少しばかり見てやって下さい。

それでは失礼します。
感想批判誤字脱字などのコメントを是非ぶつけてくださいませ。

転石。
転石
[email protected]
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コメント



0.1720簡易評価
2.70名前が無い程度の能力削除
何と言うか・・・苦い話だなぁ
でも、ラストには希望がある

とても賢いならば最初から間違った道を進まない
救い様の無い馬鹿は何度でも同じ轍を踏む
しかし、ただ馬鹿ならば・・・惑うこともあるが、前車の轍を見て道を正すことが出来る

お見事でした
24.40藤村流削除
寂しいですね。
しかし彼女が選んだ道ならば、黙って見送るのが筋というもの。

個人的には、萃香はちゃんと救われてると思います。
まあ、救う救わないの世界観でもないかもしれません、幻想郷というのは。
26.無評価転石削除
まずは半年ものの間の空いた続き物を読んでくださった事に心より感謝致します。
そして、自分の文章能力の低さが悔やまれます。
一応HPの方にヒント編を作っておきます。(注目するべきキーワード)

>何と言うか・・・苦い話だなぁ
はい、苦くもありますが苦しみが無ければ笑顔はありえません。
苦しみが無ければ、痛みが無ければ、誰も前に進む事は出来ません。
そして悲しみの後の笑顔ほど素敵な物は無いと信じています。

>寂しいですね。
実は、寂しい事は何も無いのです。
ニマリと笑った紫の言葉こそが、この話の救いであり、異端児への救い。
故にこの話はハッピーエンドしか在り得ないのです。
誰もが笑顔になる世界が、必ず用意されているのです。
だからきっとこの話の未来は、さよならでは終わらないのです。
27.80てーる削除
とある鬼の子は異端児と言われ、とある幻想郷には異端の鬼が居た

そして異端は幻想となり、すべてを受け入れられ・・・そうでなくなった・・ですか


願わくば、旅立ちの刻を迎える者に、最後には、幸せでなくとも、満ち足りた世界を・・