最後に魔理沙と会話をしたのはいつだろう、そう思いアリスは溜息を付いた。
魔理沙はここ一ヶ月ほど自分の研究に没頭していた。
博麗神社にも行かず、ただ自宅に籠もりきって、黙々と作業を続けていた。
別にそれ自体は構わない。よくあることだ。
魔理沙に会えないことは寂しいけれど……それ自体は問題ではない。
何より我慢できないのは、それがパチュリーとの共同作業ということだった。
パチュリーの体調がすこぶる良いらしく、魔導書、実験器具、
その他諸々を魔理沙の家に持ち込んで、一ヶ月近くも泊まり込んでるというのだ。
あの二人が、魔理沙の家で、それも二人っきりで…… 一晩中一緒にいるなど
アリスには到底耐えられる事ではなかった。
(これは……何か手を打たないと……)
思い詰めたアリスは、作業を手伝う名目で霧雨邸を訪れた。
とうぜん魔理沙に他意はない。「雑用でいいなら構わんぜ?」とOKしてくれた。
それが全ての間違いだと気付かずに……
すでに二人の呼吸はピッタリで、長年寄り添った夫婦の様だった。
「……なあ、パチュリー……此処が上手くいかないんだが……判るか?」
「ああ、ここは『こう』すると良いんじゃないかしら?」
「……おお~~、なるほど流石パチュリーだぜ」
「それはいいから、さっさと片づけて次に行きましょ……(ポッ)」
口調とは正反対に魔理沙を見つめるパチュリーの瞳は、
(ああん、もっと褒めて……私の魔理沙ぁ)とでも言っている様だった。
もう魔理沙はワタシのモノ……そのパチュリーの表情が何よりアリスの癪に障った。
これは不味い……アリスの焦燥感はピークに達した。
そして……焦って、無断で実験に手を出したのが大きな間違いだった。
慎重を要する魔法に勝手に手を出した結果、大失敗を招いてしまったのだ。
こればかりはアリスが悪い。魔理沙とパチュリーに白い目で見られて当然だった。
「何てことしてくれるかな…………やれやれだぜ」
「……ここ2、3日の成果が……パァね……」
「まったく余計なことしてくれるぜ」
「……まあ、仕方ないわよ魔理沙……もう一度、最初から……ね?」
無理もないことなのだが、二人からは完全に無視された状態で放置された。
精神的な八方ふさがりに陥ったアリスは、ただ感情を爆発させるしかなかった。
「もう良いわよっ。魔理沙なんて大ッ嫌いよ!!」
わっと泣いてアリスは飛び出してしまった。
そして現在に至るのである……
自責の念が収まったところで、さてどうしよう、とアリスは思いを巡らした。
ああ言ってしまった手前、おいそれと戻るわけにも行かない。
とはいえ、相手にされなかったおかげで、アリス自身の雑事は一段落付いていた。
つまり、何もすることが無いのだ……さて、何をするか。
あれこれ思案して行き着いた結論、それは別パートナーを探しに行くというものだった。
このまま、パチュマリが確定してしまったら(実際、その可能性が高いのだが……)
アリスは本当に独りぼっちになってしまう。それは考えただけでも恐ろしいことだ。
(うん……別に恋愛対象じゃなくても、友達を作っておくのは悪くないよね……)
こうして、アリスの新パートナー探しが始まったのだ。
○ ○ ○
最初にアリスが思い浮かべた人物は博麗 霊夢だった。
かつてはアリスも霊夢を手に入れようとしていたことがある。
霊夢をターゲットにするのは、当然といえば当然なのかもしれない。
だが、その案は即座に却下された。
アリスは気付いていた。あの娘は誰にも靡かないことを。
文字通り、無重力の巫女なのだ……誰も拒否しない代わりに、誰も寄せ付けない。
それに万が一、霊夢をゲットできたとしても、
待っているのはレミリア、紫と三つ巴の壮絶なバトルロイヤルだ。
ハッキリ言って、それだけは避けたい。
同じ理由で、レミリアと咲夜もパス。
あのレミリア狂いの殺人メイドと付き合っていたら命が幾つあっても足りない。
と、なると……同じ人間である魂魄妖夢はどうだろう?
そう思うが、これも却下。
なんだかんだ言って彼女の主、西行寺幽々子は妖夢を大切にしている。
変に、かどわかしたりすれば瞬く間に幽々子の餌食になってしまう。
もちろん貞操ではなくて肉体が、という意味でだ。思わず身震い。
永遠亭関連はどうだろう? けれど特に興味のあるメンバーは居なかった。
輝夜、妹紅、慧音のトライアングルに加わるのは絶対にゴメンだった。
アリスもツンデレと呼ばれるほど不器用ではあるが、輝夜には遠く及ばない。
殺し合うことで愛情を確かめるなど正気の沙汰ではない。
永琳もノーサンキュー。あの女の実験材料として一生を終えたくはない。
ウドンゲとてゐは兎同士、ああ見えて固い絆で結ばれている。
そんな風に悩んだあげくアリスが導いた結論とは……
とりあえず、美鈴あたりが無難だろうと思い紅魔館へと赴いたのだ。
だが、上手くいかないときは何をやっても上手くいかないものだ。
もちろん美鈴はアリスを優しく迎えてくれた。
だが、それはヴワル図書館の利用客として扱っているにすぎなかった。
勘が良いのか、それとも「気」を使う程度の能力がアリスの邪気を察知したのか、
ほとんど事務的な態度で図書館の入り口に案内すると、そそくさと姿を消した。
ひとり、図書館前にポツンと佇むアリス……
肩を落としていても仕方がない、美鈴パートナーの可能性は消えたのだ。
紅魔館に長居は無用だったが他にすることもない。
そう思い、アリスは仕方なく図書館へと入っていった。
けれど一条の光も差さぬこの図書館は、アリスの孤独を更に際立たせるだけだった。
埃くさい空気が、アリスの惨めな気持ちに拍車をかける。
薄暗い空間に一人でいることで……改めて自らの孤独を再認識してしまった。
美鈴にも相手にされず、ヴワル図書館で独りぼっち。
この場所はアリスの境遇と同じく、誰一人いない空間だった。
誰もいないのは当然だ、と思い咄嗟に後悔する。考えたくない妄想が次々と浮かぶ。
この図書館の主、パチュリーは今頃、魔理沙のところで
あんな事やこんな事を……
(………………)
一筋の涙がアリスの頬を伝う。ああ、もう駄目と崩れ落ちてしまいそうだった。
誰もいない、この空間でなら……大声で泣いても構わないかな、そう思った。
だが……
「……あら、アリスさんじゃありませんか?」
突然、声をかけられ、大慌てで瞳を拭うと、慎重に慎重を重ねて振り返った。
そこには胸に数冊の魔導書を抱えた黒衣の司書、
赤髪の小悪魔(リトル※)がニッコリと笑っていた。
「お久しぶりですね。アリスさん」
「…………え、ええ。しばらくね……」
アリスの様子を目の当たりにしても、小悪魔の表情に変化はない。
バレてはいないだろうが、念のためアリスは小悪魔の事に話題を振った。
「そんなに沢山抱えて……相変わらず仕事熱心なのね?」
「えへへ、でもパチュリー様が居ないので、仕事自体は少ないんですよ?」
屈託の無い笑顔を投げかける小悪魔を見て、アリスはピンと閃いた。
(そうだ……もし、この娘を私のモノにしたら……?)
考えるまでもない、パチュリーが嫉妬するのは火を見るより明らかだ。
自分の不在中に部下を掠め取られて怒らないはずがない。
これはいい、とほくそ笑む。
次に魔理沙だ。
もしアリスと小悪魔が親密な関係になったら魔理沙はどうするだろう?
その態度を見れば、魔理沙がどう思っているかも判る。正に一挙両得。
これはいい、と再びほくそ笑む。
「……あの……アリスさん? なんだか目が怖いんですけど……?」
「え?……ああ、ごめんごめん、考え事してて……」
言ってる側からアリスの頭はフル回転し、
いかにして小悪魔を陥落しようかと思いを巡らせていた。
「ところで、アリスさん……今、お忙しいですか?」
「え?……いえ、別に暇だけど?」
「不躾なお願いなんですが……魔導書でどうしても判らないところがあって……
パチュリー様も不在ですし……もし良ければ……教えて頂けませんか?」
渡りに船だった。天はアリスへと味方したのだ。
○ ○ ○
アリスが図書館に通い始めてから一週間が過ぎた。
もちろん、小悪魔を落とすなどという無謀な作戦に進展があるはずもなかった。
魔理沙に『好き』の一言もハッキリ言えない奥手なアリスが、
知り合い程度でしかなく……しかもパチュリーと懇意にしている小悪魔を、
どうこうできる道理はなかった。
とはいえ……小悪魔とアリスの仲は『友人』としては上手くいっていた。
会話の大部分はパチュリーと魔理沙のことだったが、
二人はどこかしら共感する部分が多かった。
アリスは朝早くから図書館を訪れると、司書の仕事を手伝ったり、
二人で紅茶を飲んだり、小悪魔に対魔理沙の弾幕講義を施したりと、
そんな風にして時間を過ごした。
上海人形、蓬莱人形とも小悪魔を気に入ったようで、よく懐いていた。
人形達は、特に小悪魔の頭の羽に興味があるようで、後ろからこっそり忍び寄っては、
二体同時に飛びついていた。その度に嬌声をあげる小悪魔が妙に可愛らしかった。
それを見てアリスはクスクスと笑い、毎度毎度、小悪魔が涙目で抗議した。
そんな二人の微笑ましい様子は、まるで仲の良い友人として……いや、
仲の良い姉妹のように見えた。
パチュリーからの伝言が届いたのは、そんなある日の午後だった。
二人でレミリアと咲夜の艶話に華を咲かせているところへ、
何処からか一羽の梟が舞い込んできたのだ。
それは図書館をふわりと滑空すると、小悪魔の肩に降り立った。
「……なんなの?、この迷い鳥は?」
アリスは場違いな来訪者に視線を投げる。
「……多分、パチュリー様の使い魔ですわ……」
梟は周囲を見回すと、両目を妖しく輝かせた。
双眸から虹色光が放たれ、空中にパチュリーの立体映像が映し出された。
【 ああ、小悪魔? そこに居るわよね?
急で悪いんだけど、今から言うモノを用意してくれないかしら?
私としたことが、用意し忘れちゃったみたいなのよ。
よろしく頼むわね。それじゃ、まずは…… 】
映像の中でパチュリーが幾つもの品々を並べ上げた。
映像の後方に見える魔理沙が「小悪魔、元気かぁ」と叫んで手を振るのが見えた。
説明を中断されたパチュリーは魔理沙を窘めたが、その表情はどこか嬉しそうだった。
一方的に映し出される情景は、おそらく過去に録画されたものだろう。
そこにアリスが居ることに気が付いていないのだから。
【 ……で、最後に『シャンパン』ね。
あ、正確な意味でのシャンパンは幻想郷に存在しないから、
似た味のもので構わないわ。
どういうものかは、『魔法食品大全』の第三巻に載っているから。
これさえ揃えば、この魔法も完成するわ。 】
ここでパチュリーは口に手を添えて近づき、声を潜めた。
【 これが終われば、魔理沙も私のモノになるわ。
だから、いつも通り応援しててね。
以上よ。なるべく早く届けて頂戴ね……それじゃ。 】
ブツッ、という音と共にパチュリーの映像は消えてしまった。梟の姿も消えている。
残された小悪魔とアリスの間には、どこか微妙な空気が流れていた。
先に口を開いたのは、影のある表情を浮かべた小悪魔だった。
「ごめんなさい。仕事ができちゃいましたね……」
「え……いいの?、このままにしておいて?」
既に霧雨邸へと乗りこむ気満々だったアリスは、のん気な言葉に出鼻を挫かれた。
「何が、ですか?」
「このままじゃパチュリーは、本当に、ずーっと帰ってこないわよ。それで良いの?」
「それでも……それが私の役目です。
私はパチュリー様に幸せになって頂ければ……それで満足ですから」
再び二人の間に沈黙が流れた。
「……それよりも、アリスさんこそ……今ならまだ間に合うんじゃないですか?」
いまさら意地を張る必要もないのに、何故か本心と裏腹に答えてしまう。
「……別に魔理沙がどうなっても、私には関係ないわよ」
小悪魔のじっとりした視線は、下手な嘘ですね、といっているようだった。
「それでは……作業に取りかかります。
申し訳ありませんが、本日は、もうお引き取りください……」
そう言って小悪魔は俯いてしまった。
しばし二人は沈黙のまま向かい合っていた。二人の間に気まずい空気が流れる。
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
沈黙が続き、アリスのイライラは募る一方だった。もちろん魔理沙のこともある。
けれど小悪魔の表情に、何かをジッと耐えているような、そんな影が浮かんでいた。
先程までの愛らしい笑顔は、もう消えてしまった。
それが何よりも心苦しかった。とても彼女を一人にしておけなかった。
「……仕方ないわね」
「……?」
「私も手伝ってあげるわよ」
「……どうして、ですか?」
「さあね……、私も何故そんな気になったのか、判らないけどね?」
もちろん、アリスにはよく判っていた。
このまま自分だけ逃げ帰っても後悔するだけだということを。
不器用な自分だからこそ、最後まで意地を張り通してやろうと、そう思ったのだ。
○ ○ ○
「な~んだ、シャンパンなんて、名前だけで単なる発泡ワインじゃないの」
アリスの呟きも最もだった。
あのパチュリーが指定するからには、どれほどのマジックアイテムかと思ったが、
実際には『外の世界』の、特定の産地で生産されたというだけの発泡ワインだった。
つまり拘らなければ、発泡ワインなら何でもオーケーな筈だった。
「でも、パチュリー様が指定しているんです……なるべく近いモノを探さないと」
そういって小悪魔は、紅魔館中から様々な白ワインを掻き集めてきた。
アリスも自分のコレクションから数本を持ち寄った。
どれを選ぶか二人で議論した結果、やはり味で確認するべきだという結論に至った。
正直、アリスは早めに切り上げたかったのだが………
図書館の片隅にあるテーブルに、集めたワインボトルをならべ、
即興のテイスティング大会を始めた。
「では味見をさせて頂きます」、ワイングラスを片手に小悪魔が意気込む。
ワインナイフ片手に、アリスが一本目のボトルに手をかける。あまり乗り気ではない。
ポンッ、とくとく、ペロ………「う~ん、ちょっと違いますね」
即答だった。小悪魔は案外、味にはうるさいのかもしれない。
二本目:ポン、とくとく、クィッ………「違いますね」
三本目:ポン、とくとく、クィクィッ………「これ、近い気がしますね」
・・・・・・・
十本目:ポンッ、とくとくとく、ゴクッ………「う~ん、なめらかで、こくがあって」
・・・・・・・
二十五本目:ポンッ、とくとくとく、グビグビ、「ちがぁいますねぇ、これはぁ……」
はっと気が付く。小悪魔が酔っているのだ。
頬を紅くした小悪魔が、アリスの目前でワインをグラスに注いでいく。
とくとくとくとく、グィッ。「ああ、おいしー。アリスさんこれれすよ。これ…」
って、それは一本目に違うと言ったワインだろうが、
と心の中でツッコミを入れるアリスだったが、面倒なのでそのままにした。
前言撤回、味などどうでも良いらしい。
さて、これで材料は揃った。
とはいえ、アリスにはもう一つ仕事が増えてしまった。
酔っぱらって、へべれけになった小悪魔をこのままにはしておけない。
眠ってしまいそうな小悪魔を、とりあえず彼女の部屋まで送ろうとした。
部屋に導こうと手を引いた拍子に、アリスの背中を小悪魔はギュッと抱きしめた。
「………やさしいんですね、アリスさんは………」
抱きつかれたアリスの背中がビクッと反りあがる。
「ちょっ、冗談は止めなさいよぉ」
顔を真っ赤にしながらも、小悪魔を引きずって彼女の部屋へとたどり着いた。
せまいながらも、程よく整理された気持ちの良い部屋だった。
「えへへ。私、アリスさんのお役に立てて本当に嬉しいのれす」
「はいはい、判ったからちゃんと立って(全く……パチュリーの間違いでしょ?)」
じゃれついてくる小悪魔を抱えるようにベッドに座らせると、
アリスもその脇に腰を下ろした。
小悪魔はアリスの肩に頭をのせると、眠るように目を閉じた。
「嘘じゃないですよぉ……最近は仕事に張り合いがなかったんですぅ」
「……その話は何度も聞かされてるから……」
「だって、最近パチュリー様は、ずっとあの魔理沙の所に入り浸っているんですよぉ」
「……判ったから……」
「パチュリー様ったらひどいんですよぉ、私という者が有りながら……」
小悪魔はアリスの鎖骨あたりに顔を埋めるように、しなだれかかっている。
甘い香りを放つ小悪魔の赤髪を、アリスの指がゆっくりと梳いていった。
やっぱり、この子も寂しかったのねと、同じ境遇の小悪魔に同情してしまった。
「アリスさんのお役に立てて、本当に嬉しいんれす」小悪魔は譫言のように呟く。
「だから、それはパチュリーの間違いでしょ?」
「……いいえ」
「……?」
「だって……泣いてましたよね、あのとき」
ドキリとする。
図書館に来たばかりの頃、泣いているのを見られていた?
小悪魔は上目遣いでアリスを見つめる。心臓が高鳴っているのは、
意表を突かれ、動揺しているからだけではない。
「私、ピーンと来ちゃいました。アリスさんも私と同じ境遇なんだって、
魔理沙さんに相手にされてないんだって」
「……あなた」
「だから、アリスさんに笑顔が戻って良かったのです」
「……」
「それに、せっかくだから……アリスさんと……浮気しちゃおうかなぁ……なんて」
その言葉にはっとする。アリスと小悪魔は並んでベッドに腰掛けている。
小悪魔はそのままゆっくりと体重を預けて、間も無くアリスをふわりと押し倒した。
「えへへ、思ったよりも大きいんですね、アリスさんの胸……」
ベッドの上で重なり合った状態で、
小悪魔の頭はアリスの胸の谷間にスッポリと収まっていた。
顔全体が火照っているのが判る。吸い込むほどに呼吸が苦しくなっていく。
ここで人形達を召還すれば、難なく逃げられることは判っている。
けれどそんなつもりは、今のアリスには不思議と沸き上がらなかった。
アリスは小悪魔の背中に両手を回すとぐっと抱き寄せた。
「ふぇ……アリスさん?」
「私も……おなじよ。小悪魔のこと……もっとよく知りたい」
少し上体を起こし、恥じらうように頬を赤らめる小悪魔……
「いやです……」
「え?」
「……ちゃんと、リトルって呼んでください」
「良いわよ……リトル」
伏し目がちに頬を紅らめているリトルに我慢できなくなったアリスは、
彼女の胸元のリボンをスルリと解いた。形の良い鎖骨が露わになる。
小悪魔が黒ベストのボタンを一つずつ外し、
その白い指の後を追うようにアリスはワイシャツのボタンを外していった。
恥じらいのせいか彼女の白い肌は次第に紅色に染まっていった。
アリスとリトルの視線が交差する。しっとりした唇から吐息が漏れる。
お互いの顔を近づけていく……
唇が重なったら………多分、もう戻れない……
・・・・・・・
「あなた達なにやってるのよ!!」
大声に驚いて部屋の入り口へと振り向くと、そこにはパチュリーが立っていた。
「遅いから様子を見に来てみれば……、一体ここで何をしてるのよっ?!」
珍しく怒気を帯びたパチュリーが、小悪魔を責め立てた。
だが、萎縮するかと思った小悪魔がまさかの反撃に出た。
「見て判りませんか? アリスさんと、いいことしてるんですよ。
パチュリー様が魔理沙さんとしているように!」
「してないわよっ!!」
「えへへ、アリスさんはパチュリー様なんかより、ずーっと優しいんですぅ」
「ちょっと止めなさいよ。だいたいアリスも何ふざけているのよ?」
今の遣り取りで判ってしまった。やはりこの娘はパチュリーのこと……
けれど、ホッとしたと同時に、アリスは何か苛立ちに似た別の感情に襲われた。
その戸惑いは、アリスの心をサディスティックな方向へと押し流した。
「パチュリー、貴方にはこれがふざけているように見えるのかしら?
悪いけど……私とリトルのことに口を出さないでくれない?」
ふらふらと退いて、よよと崩れるパチュリー
アリスを睨み付けるその瞳は、涙で潤んでいた。
思わぬ形でアリスの理想の展開になった。
だが、パチュリー側にも意外な助太刀が入った。
「おまえ、何やってるんだ?」
魔理沙だった。魔理沙は、なにごとか、という表情で立っていた。
まあ、アリスと半裸の小悪魔がベッドで抱き合っているのを見れば当然なのだが。
「いくら私が相手にしなかったからって、少々おフザケが過ぎるぜ?」
魔理沙もどことなく不機嫌な素振りを見せる。
その怒気はアリスへと伝播し、二人の間に緊張が走る。
均衡を打ち破ったのは、悪い虫が顔を出した小悪魔だった。
「ふざけるって……こういうことですか?」
そういって小悪魔はアリスの頬にキスをした。
「このっ!!」
魔理沙がスペルカードを抜いた。
行動を予想していたアリスも、小悪魔を抱いて飛び起きると
すかさずカードを抜いた。
「……今日は手加減しないぜ?」
「望むところよ……」
更に戦局は変化する。
「待ちなさい」そういって復活したパチュリーがアリスに敵意を剥き出しにする。
「いいえ、パチュリー様の相手は私です」小悪魔がパチュリーを睨む。
それぞれに牽制弾を放ちつつ、回避とグレイズを繰り返しながら、
戦いの舞台を図書館へと移していった。スペルカードの威力を最大限引き出す為に。
四人は、ジリジリとお互いの間合いを計っていた。
やがて魔理沙とアリスが、パチュリーと小悪魔が互いに対峙し、
ちょうど「十」の字を描くような陣形になったところで各々の魔力が一気に膨れあがる。
「いくぜっ、恋符『マスタースパァァク』!!」
「きなさいっ、『蓬莱人形ォ』!!」
「お仕置きね……土&金符『エメラルドメガリス』……」
「スペカだけが……パワーだけが弾幕じゃありませんっ!!」
マスタースパークと蓬莱人形、エメラルドメガリスと一点集中型大型弾がぶつかり合う。
その力は完全に拮抗していた。
一番不利と思われた小悪魔は大型弾とクナイを一点集中させることで、
自らの非力さをカバーしていた。皮肉にもアリスが教えた魔理沙対策の方法だった。
そして、それこそが破滅への引き金となったのだ。
完全に拮抗し、逃げ場の無くなった膨大なエネルギーは、
交差している『中央』にどんどん集約されていった。
やがてそのエネルギーは大きな光球を形成し、
次第に密度と輝度を高め……禍々しく膨れあがると……
…………やがて炸裂した。
○ ○ ○
あの一件から、半月が過ぎようとしていた。
アリスは自宅の作業部屋で最後の修復作業に取りかかっていた。
「これでよし、っと…………さぁ起きて、蓬莱」
上海人形が心配そうに見守る中、蓬莱人形はゆっくりと目を開き、上体を起こすと、
不思議そうに周囲を見回した。
「…………よかった、無事で」
アリスの心配を余所に、早くも上海とジャレ合っていた。
蓬莱人形はあの爆発に巻き込まれて半壊し、パーツの大部分を交換する羽目になった。
けれど、それ以外は、奇跡的に怪我人はいなかった。
・・・・・・・
あの時、四方から圧縮され続けたエネルギーは逃げ場を失い、上下へと爆散したのだ。
魔力の奔流は紅魔館を縦に貫き、図書館とレミリアの寝室を滅茶苦茶にしたものの、
運命を察知したレミリアのお陰で被害者はゼロだった。
これだけの被害を引き起こしたにも関わらず、
レミリアは四人に簡易な罰しか与えなかった。(咲夜は殺人鬼モード全開だったが…)
まず、パチュリーと小悪魔は一ヶ月間外出禁止、
二人だけで図書館と紅魔館の修復をこなすことを命じられた。
逆に魔理沙は、二ヶ月間ヴワル図書館への出入り禁止と、延滞していた魔本を
全て返却するように求められた。さすがの魔理沙もこれには応じるしかなかった。
アリスも同様の出禁を喰らったが、むしろ蓬莱人形が半壊したことのほうが
精神的ダメージが大きかった。
・・・・・・・
コンコン、コンコン。
ノックの音でふと我に返った。
来訪者だ。玄関のドアを開けると、そこに魔理沙が立っていた。
「よぉ、アリス、そろそろ準備はいいか?」
「はぁ?、いったい何よ、唐突に?」
「ご挨拶だな、今日は一緒に魔法の森にキノコを探しに行く約束だったろ?」
「え……そうだったっけ?」
「ああ、そうだぜ。最も、さっき私が決めた約束なんだが……」
「……それは約束とは言わないんじゃ……」
「グズグズしてると、置いてくぜ?」
「もうっ、いつも勝手なんだから……ちょっと待ってて。支度してくるからっ!」
口ではそう言っていても、やはり嬉しさは隠せない。
大急ぎで自室に戻り、身支度を調える。
気を利かせたのか、上海人形がアリスに真紅のリボンを手渡してくれた。
「あら、ありがとう……って、これ……」
それは小悪魔のリボンだった。
あの時のどさくさで、アリスが握りしめたままになってしまったのだ。
ちゃんと返すつもりで保存してあるが、
もう一度会ったときに、どんな顔をすればいいのか判らなかった。
このおかしな四角関係は、結果的に魔理沙とアリス、パチュリーと小悪魔という、
最も無難な組み合わせに落ち着いていた。
けれどアリスは、少なくとも魔理沙とパチュリーが会えない間は、
魔理沙に手を出すつもりはなかった。
何だかフェアじゃないような気がしてしまうからだ。
それに……
アリスの胸に去来する、小悪魔にもう一度会いたいという不思議な気持ちが
彼女を戸惑わせていた。それを確かめてからでも遅くはない。
外からアリスを急かす声が聞こえる。
小悪魔のリボンをしばし眺めてから大切にポケットにしまうと、
扉を開いて、まぶしいほどの陽光の中へと踊りだした。
「また……いつでも会えるよね……」
アリスの呟きが誰に向けられたものなのか、それは誰にも判らない………
<終>
でもアリスと子悪魔がとても魅力的でした。
あと「……パワーだけが弾幕じゃありませんっ!!」
に蝶同意見……
うん。
通常弾が強いのいるよね。
ヘニョリレーザーとか……
コメントありがとうございます。
>>「……パワーだけが弾幕じゃありませんっ!!」に蝶同意見……
「弾幕はブレインです」って台詞が、いつの間にかこの台詞になってました。
自分が嫌いな通常弾は妹紅の御札ですね。スペカより厳しいかと。
>名前が無い程度の能力
>>小悪魔かあいすぎる・・・
是非、次回作には自機で(気が早すぎ……)
その他評価頂いた方々にお礼申し上げます。
ふと妄想、永夜抄だと魔理沙&アリスの連携技「マリス砲」がありましたけど…
もし小悪魔(リトル)&アリスで同じ事したら「リリス砲」になるのかも?
アリスと小悪魔っていうのもいいですね。新しいのに意外性を感じない。
ありこあ・・・・・・・・なんという破壊力・・・!!!