ある夏の日のこと。
AM 6:00くらい。
私はテンションが低いことはあっても低血圧ではない。
まず騒霊に血圧があるとはあまり思えないが。
騒『霊』といっても夜ばかりが活動の場ではない。
妹どもはこの時間に起き出してくることはない。
ないばっかりだな。
テンションが下がる。
ついでに気圧も。
着替えを済ませ、愛用のヴァイオリンを持って家の外に向かう。
多少物音を立てたがそれでも妹どもは起きない。
好都合だ。
家の外には草原が広がっていてところどころに木が生えている。
まだ朝露が降りていて空気が湿っぽい。
そこらから鳥の声も聞こえてくる。
庭先で毎日の日課、軽い演奏の練習をする。
三人で合奏の練習をするのが通例だがソロも時々あるためそこは自分で暇を見つけるしかない。
家事全般を担う私にはこの時間がちょうどよかった。
何しろ邪魔が入らない。
「さて、今日の曲目はと。」
一人ごちながらバイオリンを構える。
近くの木に気配を感じて見上げれば、そこには小さな聴衆が4匹。
クスリと笑いながら演奏を始める。
「しばしの間、ご清聴ください。」
♪
AM7:30
練習を切り上げて手入れを済ませ、朝食の準備に入る。
今朝のメニューはスクランブルエッグとトーストと昨日の残りのミネストローネ。
あと生野菜を少し。
あらかた準備が終わると妹を待つ間自分のコーヒーを淹れる。
うん、うまい。
「姉さんおはよう~。」
「ああおはよう。」
まずリリカが8時になる少し前に下りてきた。
まだ眠いらしく眼を擦っている。
それでも髪に一応櫛を通して着替えてきている。
こいつは朝と寝る直前のぼーっとしている時にかぎって静かになる。
狡賢い性格と口車さえなければ可愛いのに。
「何か言った?」
「いや別に。」
どうせメルランはいつものパターンで来るからリリカと先に食卓に着く。
リリカがいつも飲んでいるのはホットミルクだが今日はめんどくさいのか冷たいまま飲んでいた。
リリカと私が食事を終え、コーヒーとホットミルクをもう一回飲もうとした時だ。
「ねえさああああぁぁぁっぁん!リリカああああぁぁぁぁぁ!」
ああ、今朝も発作か。
メルランが全速力(多分)で食堂に突っ込んできた。
隣を見ればリリカがめんどくさそうな顔をしていた。
私も同じような表情だろう。
「愛してるわああぁぁぁぁぁ!」
いつものように私達に飛び込んでくるメルラン。
いつものように左右に展開する私とリリカ。
リリカが横からタックルを仕掛け、飛来するメルランの動きを制する。
そこへ私が顎の先端を狙いストレートを放つ。
ガッ。
「あ。」
「ぐえ。」
顎の先端を狙った拳はメルランの顔の中心、つまりは鼻に直撃した。
そのまま意識を失うメルラン、それに潰されたリリカ。
静かになったから結果オーライとする。
AM10:30くらい。
メルランが復活して朝食を与えた後、家事のほとんどをこなした。
なんとなくリビングで今日の予定でも話し合う。
「今日って何あったっけ。」
「午前は何もなかった気がするわ。」
「私は今日は何もなかったはずだ。」
リリカとメルランはそれぞれ午後はソロ活動だったはずだ。
何もない私は家にいる予定だ。
リリカのソロライヴ正午からだったはずだからそろそろ出ないといけないと思うんだが。
「あーマジでダッシュかければ1時間で着くってばー。」
とはリリカの談。
「前回それで遅刻したのお前だろうが。」
「う。」
しぶしぶ出掛ける仕度をするリリカ。
ついでにメルランも仕度をしている。
「「それじゃいってきまーす」」
「ちょっと待てお前ら。」
ポルターガイスト現象よろしく台所にあった弁当を妹に向けて飛ばす。
ガン。
「あぅっ」
メルランにまた当たったようだが気にしない。
リビングの窓から二人の妹が出かけたのを見送って、今日の残り時間をどうすごそうか考える。
上昇気流のところにでも遊びに行ってみようかと思ったがまたいきなり極太レーザーが待ってそうだからやめた。
「暇だな・・・。」
こんな風に一人になったのは久しぶりな気がする。
最近はソロも少なくて三人一緒だった。
その時は賑やかを通り越してうるさいと感じていたが、今は少し寂しく感じる。
寂しいと感じることすら久しぶりな気がする。
「・・・出かけるか。」
どうせ訪れる客人もいない屋敷だ。
あても無くふらつくのもいいかもしれない。
そう思い立ち上がった私の目に壁にかけてあったカレンダーが入った。
「・・・やっぱりやめておこう。」
そうだ、忘れていた。
今日だけは駄目だったんだ。
私はまた椅子に腰を掛けなおした。
「・・・・暇だな。」
騒霊の屋敷には、今は古い椅子が軋む音しかしなかった。
PM3:00くらい。
私は昼食も済ませ、食器を片付けてまたソロの練習をして休憩をとっていた。
「「ただいま~」」
メルランとリリカが帰ってきた。
二人が帰ってきて安堵を覚えたのは本当に初めてかもしれない。
「おかえり。」
なるべく声と顔に出さないように努める。
「姉さん何にやけてるの?」
出ていた。
メルランはどっちかっていうと天然なのにこういうことは何故か鋭い。
適当にごまかしておく。
まさか長女が寂しかったなどと言うのはあるかどうかわからないプライドが許さなかった。
「で、あれはいつからやる?」
「今から。」
「そうか。」
椅子から立ち上がり、大きく伸びを一回。
手ぶらのまま玄関に向かう。
その際にヴァイオリンをポルターガイストを使って持ってくる。
いつもならそのまま浮遊させるのだが今日は自分の手に取った。
今日ばかりは特別だから。
三人そろって庭の隅に向かって歩く。
朝は暑すぎるくらいの陽気だったのに今は灰色の雲が空を覆っている。
テンションが下がる。
もうすぐ雨が降るだろう。
庭の隅には半径2メートルくらいの花壇があり、その中央には似つかわしくない縦長の石の下半分が埋めてある。
「始めるか。」
各々が自分の楽器を構える。
騒霊の私たちは楽器に触れずとも演奏ができる。
こうやって自分の体を使うのはめったに無いことだ。
リリカにいたってはキーボード用のストラップすら準備している。
「曲目は―――」
世にも珍しい騒霊の普通の合奏。
いつものような流れる様な音には少しだけ足りない。
いつものような激しさは少しだけ和らいだ。
いつもとは違う。
大衆のためではなく、ただ一人のために。
柔らかい雨が降り始めた。
PM8:00
「へっくし。」
夕飯時からくしゃみがとまらない。
1時間も雨に打たれていたせいだろうか。
そもそも霊が風邪をひくのか?
それでもくしゃみは出る。
メルランとリリカは何もないらしい。
不公平だ。
「ねぇ姉さん。」
メルランが食器の後片付けをしている私に声を掛けてきた。
「盆ってあれでよかったんだっけ。」
「さぁどうだろう。横文字の住人には馴染み無いからなぁ。」
午後の一連の行動は幽々子の発言が元だった。
白玉楼には前から度々酒飲みの肴みたいな感じで演奏しにいっていた。
その時に幽々子が
「そういえばそろそろお盆かしらね。」
と漏らした。
妹たちはさして気にしていないようだったが私は気になったので詳しい説明をしてもらった。
幽々子曰く簡潔にいえば先祖や家系の霊が戻ってくる期間のことらしい。
里に行けば墓参りに行く人や仏壇に茄子や胡瓜で作った馬を供えるらしい。
「でもこれって西洋にはないみたいよ?」
と言っていた。
私たちが帰ってくるのを望む相手と言えば一人しかいない。
レイラ=プリズムリバー
私たちの末の妹にして、ある意味では産みの親。
本当の『プリズムリバー』は知らないが、私たちの『プリズムリバー』はレイラだけだった。
私たちは彼女の姉の姿をした騒霊であって本当の姉とは別人なのだから。
それでもレイラが望んだが故に私たちは生まれた。
お盆がどういったもので本当にレイラが帰ってくるかはわからないが。
それでももう一度私たちは妹に会いたかった。
ただそれだけの話。
「姉さん何考え込んでるの?」
「あ、いや別になんでも。」
「私が思うにルナサ姉さんはやらしいこと考えてると思う。」
「何を言うか愚妹。」
ガッ。
そして夜は更ける。
AM0:00
浴びる必要があるのかないのかわからないシャワーを浴びて寝巻きに着替える。
今日は一日家にいたのに結局何もしなかったと思う。
妹もいなくて暇ばっかりは十分にあったのに。
惜しいことをした。
なるべく音を立てないように寝室に入る。
妹は二人ともすでに寝ていた。
なんとなく寝顔を覗き込む。
寝てれば二人とも可愛いのにな、とつい思ってしまう。
私はベッドに潜り込み、眠気に身を任せる前に一つだけお祈りをした。
どうか我が妹たちが明日も元気でありますように。
日中から降っていた雨は上がり、雲の間からは月がのぞいている。
庭の隅の花壇の雨に濡れた墓石と花は月の光を反射して淡く光って見えた。
それはまるで、少女の笑みのようで
どこか儚く、どこか力強い輝きだった。
4人の賑やかな姉妹に安らかな眠りを。
そしてその明日にささやかな祝福を。
AM 6:00くらい。
私はテンションが低いことはあっても低血圧ではない。
まず騒霊に血圧があるとはあまり思えないが。
騒『霊』といっても夜ばかりが活動の場ではない。
妹どもはこの時間に起き出してくることはない。
ないばっかりだな。
テンションが下がる。
ついでに気圧も。
着替えを済ませ、愛用のヴァイオリンを持って家の外に向かう。
多少物音を立てたがそれでも妹どもは起きない。
好都合だ。
家の外には草原が広がっていてところどころに木が生えている。
まだ朝露が降りていて空気が湿っぽい。
そこらから鳥の声も聞こえてくる。
庭先で毎日の日課、軽い演奏の練習をする。
三人で合奏の練習をするのが通例だがソロも時々あるためそこは自分で暇を見つけるしかない。
家事全般を担う私にはこの時間がちょうどよかった。
何しろ邪魔が入らない。
「さて、今日の曲目はと。」
一人ごちながらバイオリンを構える。
近くの木に気配を感じて見上げれば、そこには小さな聴衆が4匹。
クスリと笑いながら演奏を始める。
「しばしの間、ご清聴ください。」
♪
AM7:30
練習を切り上げて手入れを済ませ、朝食の準備に入る。
今朝のメニューはスクランブルエッグとトーストと昨日の残りのミネストローネ。
あと生野菜を少し。
あらかた準備が終わると妹を待つ間自分のコーヒーを淹れる。
うん、うまい。
「姉さんおはよう~。」
「ああおはよう。」
まずリリカが8時になる少し前に下りてきた。
まだ眠いらしく眼を擦っている。
それでも髪に一応櫛を通して着替えてきている。
こいつは朝と寝る直前のぼーっとしている時にかぎって静かになる。
狡賢い性格と口車さえなければ可愛いのに。
「何か言った?」
「いや別に。」
どうせメルランはいつものパターンで来るからリリカと先に食卓に着く。
リリカがいつも飲んでいるのはホットミルクだが今日はめんどくさいのか冷たいまま飲んでいた。
リリカと私が食事を終え、コーヒーとホットミルクをもう一回飲もうとした時だ。
「ねえさああああぁぁぁっぁん!リリカああああぁぁぁぁぁ!」
ああ、今朝も発作か。
メルランが全速力(多分)で食堂に突っ込んできた。
隣を見ればリリカがめんどくさそうな顔をしていた。
私も同じような表情だろう。
「愛してるわああぁぁぁぁぁ!」
いつものように私達に飛び込んでくるメルラン。
いつものように左右に展開する私とリリカ。
リリカが横からタックルを仕掛け、飛来するメルランの動きを制する。
そこへ私が顎の先端を狙いストレートを放つ。
ガッ。
「あ。」
「ぐえ。」
顎の先端を狙った拳はメルランの顔の中心、つまりは鼻に直撃した。
そのまま意識を失うメルラン、それに潰されたリリカ。
静かになったから結果オーライとする。
AM10:30くらい。
メルランが復活して朝食を与えた後、家事のほとんどをこなした。
なんとなくリビングで今日の予定でも話し合う。
「今日って何あったっけ。」
「午前は何もなかった気がするわ。」
「私は今日は何もなかったはずだ。」
リリカとメルランはそれぞれ午後はソロ活動だったはずだ。
何もない私は家にいる予定だ。
リリカのソロライヴ正午からだったはずだからそろそろ出ないといけないと思うんだが。
「あーマジでダッシュかければ1時間で着くってばー。」
とはリリカの談。
「前回それで遅刻したのお前だろうが。」
「う。」
しぶしぶ出掛ける仕度をするリリカ。
ついでにメルランも仕度をしている。
「「それじゃいってきまーす」」
「ちょっと待てお前ら。」
ポルターガイスト現象よろしく台所にあった弁当を妹に向けて飛ばす。
ガン。
「あぅっ」
メルランにまた当たったようだが気にしない。
リビングの窓から二人の妹が出かけたのを見送って、今日の残り時間をどうすごそうか考える。
上昇気流のところにでも遊びに行ってみようかと思ったがまたいきなり極太レーザーが待ってそうだからやめた。
「暇だな・・・。」
こんな風に一人になったのは久しぶりな気がする。
最近はソロも少なくて三人一緒だった。
その時は賑やかを通り越してうるさいと感じていたが、今は少し寂しく感じる。
寂しいと感じることすら久しぶりな気がする。
「・・・出かけるか。」
どうせ訪れる客人もいない屋敷だ。
あても無くふらつくのもいいかもしれない。
そう思い立ち上がった私の目に壁にかけてあったカレンダーが入った。
「・・・やっぱりやめておこう。」
そうだ、忘れていた。
今日だけは駄目だったんだ。
私はまた椅子に腰を掛けなおした。
「・・・・暇だな。」
騒霊の屋敷には、今は古い椅子が軋む音しかしなかった。
PM3:00くらい。
私は昼食も済ませ、食器を片付けてまたソロの練習をして休憩をとっていた。
「「ただいま~」」
メルランとリリカが帰ってきた。
二人が帰ってきて安堵を覚えたのは本当に初めてかもしれない。
「おかえり。」
なるべく声と顔に出さないように努める。
「姉さん何にやけてるの?」
出ていた。
メルランはどっちかっていうと天然なのにこういうことは何故か鋭い。
適当にごまかしておく。
まさか長女が寂しかったなどと言うのはあるかどうかわからないプライドが許さなかった。
「で、あれはいつからやる?」
「今から。」
「そうか。」
椅子から立ち上がり、大きく伸びを一回。
手ぶらのまま玄関に向かう。
その際にヴァイオリンをポルターガイストを使って持ってくる。
いつもならそのまま浮遊させるのだが今日は自分の手に取った。
今日ばかりは特別だから。
三人そろって庭の隅に向かって歩く。
朝は暑すぎるくらいの陽気だったのに今は灰色の雲が空を覆っている。
テンションが下がる。
もうすぐ雨が降るだろう。
庭の隅には半径2メートルくらいの花壇があり、その中央には似つかわしくない縦長の石の下半分が埋めてある。
「始めるか。」
各々が自分の楽器を構える。
騒霊の私たちは楽器に触れずとも演奏ができる。
こうやって自分の体を使うのはめったに無いことだ。
リリカにいたってはキーボード用のストラップすら準備している。
「曲目は―――」
世にも珍しい騒霊の普通の合奏。
いつものような流れる様な音には少しだけ足りない。
いつものような激しさは少しだけ和らいだ。
いつもとは違う。
大衆のためではなく、ただ一人のために。
柔らかい雨が降り始めた。
PM8:00
「へっくし。」
夕飯時からくしゃみがとまらない。
1時間も雨に打たれていたせいだろうか。
そもそも霊が風邪をひくのか?
それでもくしゃみは出る。
メルランとリリカは何もないらしい。
不公平だ。
「ねぇ姉さん。」
メルランが食器の後片付けをしている私に声を掛けてきた。
「盆ってあれでよかったんだっけ。」
「さぁどうだろう。横文字の住人には馴染み無いからなぁ。」
午後の一連の行動は幽々子の発言が元だった。
白玉楼には前から度々酒飲みの肴みたいな感じで演奏しにいっていた。
その時に幽々子が
「そういえばそろそろお盆かしらね。」
と漏らした。
妹たちはさして気にしていないようだったが私は気になったので詳しい説明をしてもらった。
幽々子曰く簡潔にいえば先祖や家系の霊が戻ってくる期間のことらしい。
里に行けば墓参りに行く人や仏壇に茄子や胡瓜で作った馬を供えるらしい。
「でもこれって西洋にはないみたいよ?」
と言っていた。
私たちが帰ってくるのを望む相手と言えば一人しかいない。
レイラ=プリズムリバー
私たちの末の妹にして、ある意味では産みの親。
本当の『プリズムリバー』は知らないが、私たちの『プリズムリバー』はレイラだけだった。
私たちは彼女の姉の姿をした騒霊であって本当の姉とは別人なのだから。
それでもレイラが望んだが故に私たちは生まれた。
お盆がどういったもので本当にレイラが帰ってくるかはわからないが。
それでももう一度私たちは妹に会いたかった。
ただそれだけの話。
「姉さん何考え込んでるの?」
「あ、いや別になんでも。」
「私が思うにルナサ姉さんはやらしいこと考えてると思う。」
「何を言うか愚妹。」
ガッ。
そして夜は更ける。
AM0:00
浴びる必要があるのかないのかわからないシャワーを浴びて寝巻きに着替える。
今日は一日家にいたのに結局何もしなかったと思う。
妹もいなくて暇ばっかりは十分にあったのに。
惜しいことをした。
なるべく音を立てないように寝室に入る。
妹は二人ともすでに寝ていた。
なんとなく寝顔を覗き込む。
寝てれば二人とも可愛いのにな、とつい思ってしまう。
私はベッドに潜り込み、眠気に身を任せる前に一つだけお祈りをした。
どうか我が妹たちが明日も元気でありますように。
日中から降っていた雨は上がり、雲の間からは月がのぞいている。
庭の隅の花壇の雨に濡れた墓石と花は月の光を反射して淡く光って見えた。
それはまるで、少女の笑みのようで
どこか儚く、どこか力強い輝きだった。
4人の賑やかな姉妹に安らかな眠りを。
そしてその明日にささやかな祝福を。