満月が煌々と輝く夜だった。
外の世界と幻想郷を遮断する結界。
その両の世界の堺に在る博麗神社の巫女博麗霊夢は、今日も今日とて特に何かする訳でもなく、ただ暇な夜長を月を眺めながら過ごしていた。今、幻想郷界隈では花が咲き誇っている。まるで、自分の生命力を誇示するかのごとく。それに浮かれて妖精達も騒ぎ出すし、騒霊三姉妹は彼方此方でライブを行っているらしい。こんなに騒がしい幻想郷は少なくとも、霊夢の記憶には無かった。自分が博麗神社の巫女になる以前にこんな事は有ったのだろうか、と想像して苦笑した。知って居るかもしれない人間―…は、居なくも無い。だが、特に気になる事でもないし、気にしてもしょうがない。それに…どうせ訊いたって、輝夜や妹紅が教えてくれるとは思えない。他の妖怪変化の類もそうだろう。忘れているか、教える気が無いか、はたまた自分の悶絶する姿を楽しむか。そんなもんだろう。ごろりと仰向けに寝転がった。頬を撫ぜる風が心地良い。夜中だと言うのに、彼方から妖精達の騒ぐ声が聞こえてくる。それが少し耳障りだが、そんな物を気にさせないほど今宵の満月は美しかった。
「…懐かしいわね……萃香の宴会」
不思議とこんな言葉を紡いでいた。確か最後の宴会は、満月の下で馬鹿騒ぎをしたっけ。その時も騒がしかった。けれど…居心地も、良かった。結果的に片付けは自分がする事になったが、それでも楽しかった事に変わりは無い。言うじゃないか。宴会は、片付けが大変な程楽しかった証拠だ、と。そういえば、と思った。萃香は今何処で何をしているのだろうか。妖精たちに混ざって宴会騒ぎをしているのだろうか。それとも、どこかで静かに酒を飲んでいるのだろうか。
どちらも有り得そうで、…確定も出来ない選択肢だった。
「やっ、霊夢。こんな所で何してるの?」
「ひゃぅあっ!?すすす萃香!?」
突然声をかけられ屋根から転げ落ちそうな位動転する霊夢を尻目に、いつの間にか其処に立って居た伊吹萃香は「何をそんなに驚いているんだ」と訝しげな表情をして霊夢を見ていた。そりゃ、あんたには判らないだろ。丁度、思い浮かべていた人物が、唐突に自分に声をかけるのだから。それにしても取り乱しすぎたなと今更の様に、奇声を上げたことを後悔する。
「今日は月が綺麗ね。どう?一緒にお酒でも」
萃香は了承を得る前に霊夢の傍らに腰を下ろし、いつも腰からぶら下げている瓢箪を傾けた。霊夢は満月を眺め続ける。何も言わないと言う事は、了承という事だ。萃香は酒を、霊夢は満月を。ただ、それだけの時間が長く続いた。
「…霊夢。……はい、これ」
「…………ん?」
萃香が突然、霊夢に小さなお猪口を手渡した。そのまま萃香は何も言わず、お猪口に酒を注ぐ。霊夢も黙って、どんどん酒が注がれていくお猪口を持っていた。たっぷりと酒が湛えられたところで、萃香は瓢箪の傾きを元に戻し、
「たまには良いでしょ?…満月を頭上に、静かにお酒を飲むって奴も」
普段は騒がしい宴会を好む萃香が、こんな事を言うのも珍しい。霊夢からしてみれば、萃香は『酒さえ飲めればそれでいい』と言う酒好き鬼っ娘のイメージなのだが。
「…そうね」
霊夢はただ一言、そう答えた。萃香はにっこりと笑って、瓢箪を再び傾ける。瓢箪の中で酒がチャプチャプと音を立てた。それを見て霊夢も、お猪口に口を付けた。
「そういえばさ」
萃香が瓢箪から口を離し、独り言の様に呟いた。霊夢には、独り言なのか自分に向けた言葉なのか判別することが出来ず、結局「ん?」と返しただけだった。
「私達が始めて逢った時も、こんな満月だったよね」
萃香の言いたい事は、なんとなく判る。3日おきの百鬼夜行、もとい宴会。その時の犯人が紛れも無い、この目の前の伊吹萃香だった。紫に連れられ不思議な空間に行き着いて…其処に居たのが、萃香。
「私が人間如きに後れを取る訳が無い、って高を括ってたけど…結局、見事に負けちゃったのよね」
萃香の苦笑いに対応する様に、霊夢はあははと曖昧な笑みを浮かべた。
「そうでもないわよ?…手強かったわ、萃香は」
そう言って霊夢はお猪口を再び傾けたが、すぐにそれが空である事に気付く。どうやら、無意識の内に飲み干してしまったらしい。そんな霊夢の様子を察したのか、萃香はお猪口に瓢箪を傾けた。瞬く間にお猪口に酒が湛えられていく。
「鬼だからね。幻想郷中の奴らに、遅れを取るつもりは無かったんだけどなぁ…」
少し悔しそうに萃香は言い、髪をばりばりと掻き毟った。霊夢は湛えられた酒に満月を映す。確か、永夜異変が解決した時に紫が式にそんな話をしていた様な。霊夢はただ「乙じゃない」と言う理由で映しているが。
「ねぇ、霊夢。私ってさ、…幻想郷に、居ても良いのかな……」
「………………」
話の脈絡も無く、突然萃香の表情に影が差した。いや、その表現は正しくない。
『元々』、差していたのだ。
霊夢には反応が出来ない。ただできる事と言えば、聞き役に徹する事位だと霊夢は悟った。萃香は少し、失言だったかどうか考えている様だったが、何も言わない霊夢の様子で決心したのか、再び口を開く。
「私は、幻想郷に戻って来て良かったと思ってる。宴会を起こしたりしたのも楽しかった。霊夢が私を探して彼方此方飛び回って居るのも、霊夢には悪いんだけど…面白かった」
でも、と萃香は繋ぐ。
「宴会が無くなったら、私の存在意義が、………無くなった気がする。私は、ほら、宴会のおかげで皆が私の存在を知ったでしょ。霊夢が私を暴いたのも、宴会が3日おきに行われていることに違和感を持ったから。けど、最後の一番楽しかった宴会を期に……皆、私の事忘れてるんじゃないか、って」
最後の宴会は、満月の下で行った。一番楽しくて、騒がしかった。それは霊夢自身も感じている。でも、確かに。萃香の言う通り、それ以降の会話で萃香の名が出る事は稀だった。
「もしかしたら私、誰かに構って欲しくてあんな事をしたのかもしれない。…我ながら、なんて幼稚なんだろうって思うけど……。寂しかったんだと、思う」
たった一人で幻想郷に来て。周りに知り合いの居ない環境の中。誰だって、孤独感に苛まれるに違いない。ただ、萃香は鬼だから、妖怪に喰べられる心配は無かったと思うけれど。結局鬼も、精神的な面では人間と同じ、という訳か。
「ご免。でも、あれ、やだな、はは…霊夢………なんか、涙、出てきちゃった…」
いつの間にか、萃香は泣いていた。声も上げず、ただ水滴が、瞳から流れ落ちるだけの。
「……ぅく……………ぇっぐ……」
「萃香………」
突然霊夢が、萃香を抱き寄せた。
「?……!?れ、霊夢?」
「萃香。私に貴方の苦悩は判らない。でもね。一つ確かな事も有る。それは、紛れも無く私が思っていた、事実」
見れば、霊夢の顔も真っ赤だった。酒の酔いが回っているのか、自分のしている事が恥ずかしいのか。それとも…
「私も案外寂しかったのかもしれないわ。だから、貴方の宴会を、いや貴方自身を懐かしく思ったのかもしれない」
「れ、霊夢……」
「存在意義が無いなら、探せばいい。例え何年かかろうとも。貴方が大事に思える物を、存在意義にする。貴方には、宴会以外にも大切な物が在る筈よ」
霊夢がココまで大きく見えたのは初めてだった。普段は、ただぼぉ~っと縁側で茶を啜るのが日課の巫女なのに。今の霊夢は、なんだか抱擁力が有って。とっても、―…
「…温かい………」
安直な感想だった。人間の体温は36度平均だから云々とか言う奴じゃない。人智では説明できない『温かさ』が、今の霊夢には有った。
「判った?」
「……ん…………うん」
よし、と言わんばかりに大きく頷いて、霊夢は萃香を離そうとした。が、萃香はそれを、霊夢をきつく抱き締める事によって拒む。
「す、萃香?」
「ご免。でも、いいよね?…もうちょっと、このままで居ても」
ハァと霊夢は息を吐き出した。
「判った。判ったから、あのさ、その…胸に顔を押し付けるの、やめてくれないかしら」
「…………やだ」
まだまだ夜は更ける。この状況がどれ位続くのか考えると気が重くなる気がしたが、不思議とそんな気は起きなかった。いや、むしろ―…時間を止めて欲しいとさえ、思った。
◆
自分が何故、幻想郷に来たのか。自分でも理由は判っているつもりだった。
でも。深層心理は、そのは思っていなかったのかも知れない。今となっては知る由も無いけれど、私はこう思う。
霊夢の言う『大切な物』を探すために来たんじゃないかって。
宴会とか、そういう物じゃなく。もっと、存在が確定的な何かを。
明日からは探しに行こう、そうしよう。
…いや。その必要も無いか。
だって、もう、判った。
本当に、温かかったんだよ?
それに、とっても嬉しかった。
ついさっき、自分で決めた。私の大切な『者』は、―……
◆
今日も幻想郷は、花が満開だ。何の異変かは判らないけれど、霊夢なら我先にと自慢の勘を活用して異変解決へと向かうだろう。
「…?霊夢ぅ~、何処行くの~?」
「ん~?いや、そろそろ花の異変を解決しないと。ついでにあの天狗シメに行かなくっちゃ」
「ほう。そりゃまた、何で?」
「忘れたの!?ったく、ほら、この間の号外に、『博麗神社の巫女、恋人発覚か!?』とかいうガセネタ写真付きで掲載されちゃって。ご丁寧に詳しい説明まで付けられてさぁ…。直ぐに弁解したんだけど、信じてもらえないし。アリスなんて、マジでアンタを呪おうとしてるわよ」
多少の問題があったって、幻想郷は普通に動く。そんな些細なこと1つ1つに囚われることないのだ。
(私としては、そのままでも良いんだけどね…)
「萃香ぁ、なんか言ったかしら?」
「なな、何でもない!…それよりもさ、私も一緒に…行っていいかな?」
「へ?…別にいいけど」
霊夢は今日、当ても無く飛び立った。
それが自由奔放な彼女の性格を表現している様で。
それでも心強い存在だと、私は判っているから。
花の異変も、もうすぐ終わりを告げるだろう。
ただ、私は鬼だから。
人間のそれとは比べ物にならないほど長寿。
だから、少しでも長く…霊夢の近くに、居たかった。
「…ねぇ、霊夢」
「……何?」
「手、つないでも…いいかな」
終わり
外の世界と幻想郷を遮断する結界。
その両の世界の堺に在る博麗神社の巫女博麗霊夢は、今日も今日とて特に何かする訳でもなく、ただ暇な夜長を月を眺めながら過ごしていた。今、幻想郷界隈では花が咲き誇っている。まるで、自分の生命力を誇示するかのごとく。それに浮かれて妖精達も騒ぎ出すし、騒霊三姉妹は彼方此方でライブを行っているらしい。こんなに騒がしい幻想郷は少なくとも、霊夢の記憶には無かった。自分が博麗神社の巫女になる以前にこんな事は有ったのだろうか、と想像して苦笑した。知って居るかもしれない人間―…は、居なくも無い。だが、特に気になる事でもないし、気にしてもしょうがない。それに…どうせ訊いたって、輝夜や妹紅が教えてくれるとは思えない。他の妖怪変化の類もそうだろう。忘れているか、教える気が無いか、はたまた自分の悶絶する姿を楽しむか。そんなもんだろう。ごろりと仰向けに寝転がった。頬を撫ぜる風が心地良い。夜中だと言うのに、彼方から妖精達の騒ぐ声が聞こえてくる。それが少し耳障りだが、そんな物を気にさせないほど今宵の満月は美しかった。
「…懐かしいわね……萃香の宴会」
不思議とこんな言葉を紡いでいた。確か最後の宴会は、満月の下で馬鹿騒ぎをしたっけ。その時も騒がしかった。けれど…居心地も、良かった。結果的に片付けは自分がする事になったが、それでも楽しかった事に変わりは無い。言うじゃないか。宴会は、片付けが大変な程楽しかった証拠だ、と。そういえば、と思った。萃香は今何処で何をしているのだろうか。妖精たちに混ざって宴会騒ぎをしているのだろうか。それとも、どこかで静かに酒を飲んでいるのだろうか。
どちらも有り得そうで、…確定も出来ない選択肢だった。
「やっ、霊夢。こんな所で何してるの?」
「ひゃぅあっ!?すすす萃香!?」
突然声をかけられ屋根から転げ落ちそうな位動転する霊夢を尻目に、いつの間にか其処に立って居た伊吹萃香は「何をそんなに驚いているんだ」と訝しげな表情をして霊夢を見ていた。そりゃ、あんたには判らないだろ。丁度、思い浮かべていた人物が、唐突に自分に声をかけるのだから。それにしても取り乱しすぎたなと今更の様に、奇声を上げたことを後悔する。
「今日は月が綺麗ね。どう?一緒にお酒でも」
萃香は了承を得る前に霊夢の傍らに腰を下ろし、いつも腰からぶら下げている瓢箪を傾けた。霊夢は満月を眺め続ける。何も言わないと言う事は、了承という事だ。萃香は酒を、霊夢は満月を。ただ、それだけの時間が長く続いた。
「…霊夢。……はい、これ」
「…………ん?」
萃香が突然、霊夢に小さなお猪口を手渡した。そのまま萃香は何も言わず、お猪口に酒を注ぐ。霊夢も黙って、どんどん酒が注がれていくお猪口を持っていた。たっぷりと酒が湛えられたところで、萃香は瓢箪の傾きを元に戻し、
「たまには良いでしょ?…満月を頭上に、静かにお酒を飲むって奴も」
普段は騒がしい宴会を好む萃香が、こんな事を言うのも珍しい。霊夢からしてみれば、萃香は『酒さえ飲めればそれでいい』と言う酒好き鬼っ娘のイメージなのだが。
「…そうね」
霊夢はただ一言、そう答えた。萃香はにっこりと笑って、瓢箪を再び傾ける。瓢箪の中で酒がチャプチャプと音を立てた。それを見て霊夢も、お猪口に口を付けた。
「そういえばさ」
萃香が瓢箪から口を離し、独り言の様に呟いた。霊夢には、独り言なのか自分に向けた言葉なのか判別することが出来ず、結局「ん?」と返しただけだった。
「私達が始めて逢った時も、こんな満月だったよね」
萃香の言いたい事は、なんとなく判る。3日おきの百鬼夜行、もとい宴会。その時の犯人が紛れも無い、この目の前の伊吹萃香だった。紫に連れられ不思議な空間に行き着いて…其処に居たのが、萃香。
「私が人間如きに後れを取る訳が無い、って高を括ってたけど…結局、見事に負けちゃったのよね」
萃香の苦笑いに対応する様に、霊夢はあははと曖昧な笑みを浮かべた。
「そうでもないわよ?…手強かったわ、萃香は」
そう言って霊夢はお猪口を再び傾けたが、すぐにそれが空である事に気付く。どうやら、無意識の内に飲み干してしまったらしい。そんな霊夢の様子を察したのか、萃香はお猪口に瓢箪を傾けた。瞬く間にお猪口に酒が湛えられていく。
「鬼だからね。幻想郷中の奴らに、遅れを取るつもりは無かったんだけどなぁ…」
少し悔しそうに萃香は言い、髪をばりばりと掻き毟った。霊夢は湛えられた酒に満月を映す。確か、永夜異変が解決した時に紫が式にそんな話をしていた様な。霊夢はただ「乙じゃない」と言う理由で映しているが。
「ねぇ、霊夢。私ってさ、…幻想郷に、居ても良いのかな……」
「………………」
話の脈絡も無く、突然萃香の表情に影が差した。いや、その表現は正しくない。
『元々』、差していたのだ。
霊夢には反応が出来ない。ただできる事と言えば、聞き役に徹する事位だと霊夢は悟った。萃香は少し、失言だったかどうか考えている様だったが、何も言わない霊夢の様子で決心したのか、再び口を開く。
「私は、幻想郷に戻って来て良かったと思ってる。宴会を起こしたりしたのも楽しかった。霊夢が私を探して彼方此方飛び回って居るのも、霊夢には悪いんだけど…面白かった」
でも、と萃香は繋ぐ。
「宴会が無くなったら、私の存在意義が、………無くなった気がする。私は、ほら、宴会のおかげで皆が私の存在を知ったでしょ。霊夢が私を暴いたのも、宴会が3日おきに行われていることに違和感を持ったから。けど、最後の一番楽しかった宴会を期に……皆、私の事忘れてるんじゃないか、って」
最後の宴会は、満月の下で行った。一番楽しくて、騒がしかった。それは霊夢自身も感じている。でも、確かに。萃香の言う通り、それ以降の会話で萃香の名が出る事は稀だった。
「もしかしたら私、誰かに構って欲しくてあんな事をしたのかもしれない。…我ながら、なんて幼稚なんだろうって思うけど……。寂しかったんだと、思う」
たった一人で幻想郷に来て。周りに知り合いの居ない環境の中。誰だって、孤独感に苛まれるに違いない。ただ、萃香は鬼だから、妖怪に喰べられる心配は無かったと思うけれど。結局鬼も、精神的な面では人間と同じ、という訳か。
「ご免。でも、あれ、やだな、はは…霊夢………なんか、涙、出てきちゃった…」
いつの間にか、萃香は泣いていた。声も上げず、ただ水滴が、瞳から流れ落ちるだけの。
「……ぅく……………ぇっぐ……」
「萃香………」
突然霊夢が、萃香を抱き寄せた。
「?……!?れ、霊夢?」
「萃香。私に貴方の苦悩は判らない。でもね。一つ確かな事も有る。それは、紛れも無く私が思っていた、事実」
見れば、霊夢の顔も真っ赤だった。酒の酔いが回っているのか、自分のしている事が恥ずかしいのか。それとも…
「私も案外寂しかったのかもしれないわ。だから、貴方の宴会を、いや貴方自身を懐かしく思ったのかもしれない」
「れ、霊夢……」
「存在意義が無いなら、探せばいい。例え何年かかろうとも。貴方が大事に思える物を、存在意義にする。貴方には、宴会以外にも大切な物が在る筈よ」
霊夢がココまで大きく見えたのは初めてだった。普段は、ただぼぉ~っと縁側で茶を啜るのが日課の巫女なのに。今の霊夢は、なんだか抱擁力が有って。とっても、―…
「…温かい………」
安直な感想だった。人間の体温は36度平均だから云々とか言う奴じゃない。人智では説明できない『温かさ』が、今の霊夢には有った。
「判った?」
「……ん…………うん」
よし、と言わんばかりに大きく頷いて、霊夢は萃香を離そうとした。が、萃香はそれを、霊夢をきつく抱き締める事によって拒む。
「す、萃香?」
「ご免。でも、いいよね?…もうちょっと、このままで居ても」
ハァと霊夢は息を吐き出した。
「判った。判ったから、あのさ、その…胸に顔を押し付けるの、やめてくれないかしら」
「…………やだ」
まだまだ夜は更ける。この状況がどれ位続くのか考えると気が重くなる気がしたが、不思議とそんな気は起きなかった。いや、むしろ―…時間を止めて欲しいとさえ、思った。
◆
自分が何故、幻想郷に来たのか。自分でも理由は判っているつもりだった。
でも。深層心理は、そのは思っていなかったのかも知れない。今となっては知る由も無いけれど、私はこう思う。
霊夢の言う『大切な物』を探すために来たんじゃないかって。
宴会とか、そういう物じゃなく。もっと、存在が確定的な何かを。
明日からは探しに行こう、そうしよう。
…いや。その必要も無いか。
だって、もう、判った。
本当に、温かかったんだよ?
それに、とっても嬉しかった。
ついさっき、自分で決めた。私の大切な『者』は、―……
◆
今日も幻想郷は、花が満開だ。何の異変かは判らないけれど、霊夢なら我先にと自慢の勘を活用して異変解決へと向かうだろう。
「…?霊夢ぅ~、何処行くの~?」
「ん~?いや、そろそろ花の異変を解決しないと。ついでにあの天狗シメに行かなくっちゃ」
「ほう。そりゃまた、何で?」
「忘れたの!?ったく、ほら、この間の号外に、『博麗神社の巫女、恋人発覚か!?』とかいうガセネタ写真付きで掲載されちゃって。ご丁寧に詳しい説明まで付けられてさぁ…。直ぐに弁解したんだけど、信じてもらえないし。アリスなんて、マジでアンタを呪おうとしてるわよ」
多少の問題があったって、幻想郷は普通に動く。そんな些細なこと1つ1つに囚われることないのだ。
(私としては、そのままでも良いんだけどね…)
「萃香ぁ、なんか言ったかしら?」
「なな、何でもない!…それよりもさ、私も一緒に…行っていいかな?」
「へ?…別にいいけど」
霊夢は今日、当ても無く飛び立った。
それが自由奔放な彼女の性格を表現している様で。
それでも心強い存在だと、私は判っているから。
花の異変も、もうすぐ終わりを告げるだろう。
ただ、私は鬼だから。
人間のそれとは比べ物にならないほど長寿。
だから、少しでも長く…霊夢の近くに、居たかった。
「…ねぇ、霊夢」
「……何?」
「手、つないでも…いいかな」
終わり
なかなか楽しめる作品でした
う~ん・・・私にはこの作品に石を投げることはできません
時には甘えたいときもありますよ・・というわけで
・・萃夢想の萃香のテケテケ歩きにやられた私としては美味しく頂きました<(_ _)>
呼んでて優しい気分になれる良い話でした。 GJ!
主題・話の筋がわかりやすくてとても読みやすかったです。
二人の関係みたいなのも私の理想系です。ご馳走さま。
>名前のない程度の能力様
いやいや、創想話の作家様に比べたらまだまだ稚拙なものです。これからも精進しますので、生暖かい目で見守ってやってください(笑
>てーる様
攻撃は洒落になりませんが、てけてけ歩きとチビ萃香と百万鬼夜行に私もやられました、轟沈です。反則だー。
>CCCC様
お似合いというか、私の中では最早王道です。萃夢想の霊夢エンディング大好きで、霊夢でばかりプレイしてますよ。
>名前が無い程度の能力様
ある意味ここ創想話は、東方二次創作界隈は、全ての東方ユーザーのもう一つの幻想郷なんだと思います。そんな中で他の方の理想系が作れたとは…。大袈裟ですが、感涙の極みです。
>名前が無い程度の能力様
成る程です、ご指摘ありがとうございます。次回作は改善…できるといいな(笑