Coolier - 新生・東方創想話

■Thanks Despair■

2013/10/20 10:27:59
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「……初耳」


「あ?」


「悪霊って事…」


「………言ってなかったっけ?」


「亡霊としか」


「……」


「昔悪霊呼ばわりしたら逆さに吊るされたし…」


「……」


「……」


「…まじで?」





「…くっ」


起こした背中がまた丸まる


「っは、はっはっは…あははは…!!っうぅ、げほっ けッ、ほ…」


可笑しくって可笑しくって、久々に大笑いして、そんな急な動きに身体がついて来られず、また咳き込む


「ああああ~あ~あ~よしよしよし…」


亡霊もとい悪霊は母親の隣に座り、また背中をさする


「、……ほんと、に 貴女は面白い人ね 何一つ予想がつかないわ」


「……」


背けた顔は何色か


「…大体は、貴女の言う通り」


もう何度目か 娘の頭を撫でる
我ながら大した溺愛ぶりだとは思うが、寿命の長短に関わらず、振り返れば誰もが「もっと触れ合うべきだったか」と思うのだろう

親も、子も


「死にたくなる後悔も、生きててよかったと思う幸せも 全部が全部、私が自分で選んだ結果」


「……」


「それを踏まえても、私がした“あの後悔”は“あれ”でよかったと思うの」


「……」


「魔法使いになって、病気をなおして長命になって、沢山の未来と出会いを得られる その時はそれが幸せじゃないなんて思わないわ」


「……」



「でも…私が生きてるのは、“今”の“ここ”だから」



隣のベッドに座って眠る夫を見る

思えばもうずっと昔からの付き合いだ

死んだ母との付き合いより長くなってしまったか


「彼とこの娘に出会った今では、この道を選ばなかったら…二人に会わなかったら なんて、考えるのも恐いわ」


孤児で亡霊から魔法を教わっていて、親から病気を遺伝してるかも知れない(実際そうだったが)と大人達から避ける様噂される中、何の興味があったのか彼だけは私の元に通い詰めた

隣の亡霊が苦い顔をするくらいに


「…………まぁ、でも…」


その後、彼が御両親をどう説得したかは分からない
分からないが、最後には重病の身を明かした上でも結婚を許され、子の誕生を喜ばれ、「すまなかった」とだけ謝られた

実の娘の様に、扱ってくれた


「魔法使いになったらなったで、想像もつかない様な幸せがあったかも知れないし…今の人生だって、どこかで少し間違っていたらとても有り得ない幸せだし…」


結局、どちらを選んでも、どう転がるかは分からなかったのだ


「過去の事は変わらないからね…後悔はする事はあっても、大きくはならない…」


…眠いな


「ただ、未来の事…この娘の事だけが、ね…」


今まさに、私は自分が味わった苦しみを娘に与えようとしている

娘はもう、物心がついているのだ


「……貴女、私を苦しめに来たのよね?」


死に際の、心身が最も弱った人間の絶望
不の感情を食い物にする者がいるなら、これ以上の御馳走は

……って、さっき亡霊自身が言っていたか


「………えぇ」


「私が死んだ後…娘をどうするの?」


亡霊は表情を変えない

「私を苦しめる為に娘に何かするのか」、「私が死んだら次は娘なのか」

いずれにせよ、“分かった上での”質問だ


「……さしあたっては、母親が死んだ原因から“教えてあげる”わ」


三度、座る位置を変える


「『持病だけではない お前の母親は、お前を生んだせいで余計に寿命を大きく減らした』…ってね」


「あながち嘘じゃないのが笑っちゃうのよね」


実際の所、この娘を生まなければ私はどれだけ…

……いや、考えまい


「真相は夫も知ってるわよ? 全ては病気にあると」


「『それも嘘だ』と教え込む」


窓の外を眺める背中


「何も私が直接伝える必要もないさ どこぞの主婦にでも化けて、根も葉も無い噂として流せばあっと言う間に広まる」


そこで間を空け、呼吸をして




「お前を独りぼっちにした時みたいにね」




「……そう」


成る程

道理で夫の親戚や近所の人達等、人付き合いの長い人ほどすんなり親しくなってくれた訳だ

悪い噂程、嘘か真かを問わず広まりやすい
まして私の場合は根拠も多かったのだ



(そして…)


その、亡霊の話が嘘か真かは関係無い

死に際の私を絶望させるだけなら、持ってこいの話だ


「じゃあ、娘も独りになってしまうわね」


「そうね」


「あわよくば、娘の寂しさに突け込んで貴女が色々教え込む、と」


「えぇ」


「私の様に」


「えぇ」


「また一食分、お弁当が確保出来るわね」


「えぇ」


「…死んでも死にきれないわね 親として」


「えぇ」


亡霊は背中を向けたままである





「…泣きながらじゃ説得力無いわよ?」



「……」


「……」


「……」グシッ


「嘘よ」


「なんッ…」


目元を擦った亡霊がこちらに振り返る


一滴として、涙は流れてなかった



「ごめんなさい…私、貴女がそんな事するなんて思えなくて」


絶望してはやれない



「私、貴女が好きだもの 信用してる」



「ッ…!!、…」


口を開いて何かを言いかけ 言わない 言えない


「私を拾って、あれこれ教えてくれて、好きな人が出来たら不機嫌になって、離れたくないから家庭に入るなと無茶言って…」


「違っ…」


「えぇ、きっと違うの 貴女が違うと言うならきっとそうなの」


こんなに喋るのは久しぶりだ
頭が、痛い


「でも、“私はそう思うの”」


目の前の亡霊が、やけに小さく見えた

と言うより、会ったばかりこ頃が大きく見え過ぎたか

寝た振りをすれば大抵背負って運んでくれた、あの背中が


「私がそう思ってる以上…貴女を悪霊扱いして、恨んだり憎んだり出来ない」


そうか

魔法使いだから、成長しないのか



「自分の人生に後悔があっても…貴女との付き合いに後悔は無いわ」



「…お前の、人生は」


またもその背中をこちらに向けてしまう貴女


「ほとんどは、私が誘導したんだぞ」


「選んだのは私よ」


「お前、が…苦労しかしない人生をだぞ」


「おかげで色々勉強出来たわ」


「それが何の役に…」


「私を」


あ 声が掠れた


「私を絶望させたいなら、娘を殺すなり手足や目玉を引き抜くなり、やり方はあるでしょう?」


出来る筈だろうに


「そもそもからして、絶望を得たいのなら幸せな人を陥れればよかったじゃない」


その方が反作用が強く、得られるものも大きい筈

精神系の魔法の授業の一環で習った事だ

他でもない、目の前の亡霊に


「……」


憤った表情だろうに、息を深く吐くだけで何も言い返さない



「でも、確かに貴女のしてきた…違うか 貴女の存在自体は、私にとってよくなかったわね」


目眩がする



「どうして?」


ここで

今まで黙ったり相槌だけで済ませてきたくせに


ここに限って、続きを求めるか



「だっ、て」


また、胸の奥が苦しくなった


「…ママ、が 死んじゃって…あの本、読んでたら……ママそっくりの、ぁ貴女が、現れて……」


あぁ、煩わしい煩わしい煩わしい



「もしッかしたら って、考えちゃうじゃ…ない」



息苦しさも、頭痛も、吐き気も、熱も



「ま、魔法を勉強していけば、ママ……ママも生きッ 生き返せるんじゃ、ないかって…」



頭と胸でグチャグチャ掻き混ざる、何もかもが鬱陶しい





「この 幽霊はもしッ…ゲほぅっ…、もしかしたら、って……」





心が、休まらない



「……」



悪霊は、今度こそ寄り添わなかった



「ん~……」


左手に、小さな暖かい柔らかさ


「……ッぅぇっ…」


「んぅ~……」


握り返せば身体の中の熱い塊が水に沈み、煙を上げて冷え、沈み、消える



「……勉強すればする程分かっていったけどね」


夫が額に乗せてくれた濡れタオルで自分の顔を拭い、初めてこの娘が生まれた時の様に人差し指を握らせる


「死者の完全な蘇生は星の数を数えるより難しいって言うし、そもそもママの亡骸は病気が広がらない様にってすぐに焼かれちゃったし…」


幽霊の方を向く

考えてみたら、霊体にしちゃ色や気配が濃いなぁ

私に会った時から、生力を吸い続けた為だろうか



「…遺体がちゃんと保存されてたら?」


亡霊が問う


「お前程の努力家なら、星の数を数える程度苦にはならないだろう?」


それよりちょっと多い位なら問題ない、と


「母の命と引き換えなら、易いものだ」


「…それは私も考えたんだけどね」


溜め息を

深い深~い溜め息をつく




「それに初めて思い至ったのが、娘におっぱいあげてる時でね」


浮かぶ亡霊が揺らいだ


「この娘夜泣きが多くって…星どころか月の満ち欠けすら見てられなかったわ」


ましてや星の数など

それ以上の事など


「……母は強しだね」


亡霊も溜め息を

深い深い深ぁぁぁい溜め息をついた



呼吸などしてないくせに



「うぅ…ん」


身動(みじろ)ぎ一つ取ってなかった夫が揺れた


「そろそろ…時間だね」


窓の外の見上げ、亡霊がまた溜め息をついた

短い溜め息を


魔法の解ける時間


「用件は済んだの?」


済ませられた?と聞くべきだったか


「腹六分目、かな」


右手を閉じたり開いたり


「ごめんなさいね、御意向に添えなくて」


「抜かせぇ」


お互いにケタケタ笑う


「…また会えるかしら?」


「お前が家族にでも未練を残せばね」


「亡霊になれって?貴女こそ成仏しなさいよ」


「それが出来ない理由が分からないんだから、しようが無いさ」


二人してニヤニヤする



……私、もうすぐ死ぬんだよなぁ

実感無いや


「……あんたが今日までに自発的に絶望してた分はキッチリ喰わせて貰えたけど」


右手に杖が現れ、肩に担がれる


「今夜の私の働き掛けじゃ、一回しか絶望してくれなかったね」


悪霊がニヤリと笑う


「……」


顔をタオルで脱ぐって隠す

ついさっき、半泣きで何か口走っていた気がする


「……お幸せに」


悪霊の、私に対する別れの台詞がそれか


「そちらこそ」


だから、私も悪霊にそう返した


振り返る前髪で目元が隠れて口元しか見えなかったが、亡霊は笑っていた 筈


漂う亡霊が扉に向かう


歩数にして一、二、三…






「…娘は」


何故声に出したろうか


「?」


確かに亡霊に話してもおかしくない一件ではあるが


「……娘を、ね お医者様や私の独学で検察にかけてみたんだけど」


これではまるで、引き留めてるみたいじゃないか


「…この娘は、健康よ」


……あぁ、そうか


「私の病気は、引き継いでいないの」


これが、“もうすぐ死ぬ”と言う事か


「……そうかい」


立ち止まった亡霊は、ちゃんとこちらに向き直った

表情は見えない



「よかったね」



不意に目元が熱くも冷たくもない、固くも柔らかくもない不思議な感触に包まれ、視界にあった薄暗い部屋も急に真っ暗になった


「よかった…本当によかった」


カランと床に物が落ちる音が響き、撫でられる


「…心配だったのよね」


右手を、やはり熱くも冷たくもない感触が覆う

不思議な感触


「… 」


「旦那も親戚も、あんたも 気付いていて言い出せなかったろうに」


「…ッ…ッ」


「あんたに関しちゃ、物心ついた時からの心配だったろうさ」


「……っぅ…」


娘の手を放す

でなければ、強く握り絞めてしまったろうから


「もう大丈夫だ」


「…ッッげほっ」


「もう、おしまいだからね」


「……   」


空いた左手で、亡霊の背中にしがみついた


「お前は…沢山遺したさ」


胸が苦しい

発作のせいだ そうに違いない


「ちょっとは哀しい事も残しちまったけど…酷い事は遺さなかったさ」


肉体ではない、けれど実体化した霊体にうずくまり、しがみついた

こんなに身体に力を込めたのは久しぶりだ


……ママが死んだ時以来だろうか


「娘が同じ心配をしなくていいんだ…よかったじゃないさ」


「…………………う、ん」







あ…



「泣き過ぎだよ、馬鹿たれ…そんな身体で」


頭がフワリと浮かび、身体は深く沈み込む錯覚



「そのままじゃ興奮して眠れないだろうからね…軽くかけといたよ」



全身の筋肉が優しくほどけ、汗や血液が霧状に吹き飛ぶ錯覚

意図せず背中に回した手が離れてしまう




「汗は…旦那に拭いてもらいな すぐに目ぇ覚ますだろうし」




顔からあの懐かしい感触が離れる

離れたのに、視界が暗い 瞼が持ち上がらない





「最後に、これだけは言っとかないとね…」





声が遠い 頭が回る






(待って…)






まだ、いかないで

私は まだ 話したい事が たくさん








「あんたと…あんたのママの病気なんだけどさ」








あなた は   わたしの

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