Coolier - 新生・東方創想話

ずっと。夕陽を見てるだけ。

2013/10/20 03:22:50
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 光陰矢のごとし、という言葉が早苗の頭をよぎる。
 幻想郷に来てからの毎日は本当に慌ただしくて、故事通りに時間が経ってしまう。
 しかも困ったことにその『慌ただしい時間』は何の前触れもなく訪れるから早苗を飽きさせることが無い。
 だから時間が経ってしまうのだ。
 幻想郷に来てから、身長も少しだけ高くなっていることに昨日気づいた。最初の頃のようにお腹を抱えて最後に笑ったのは、いつのことだろう。
 雲海の下から少しだけ見える幻想郷の緑を風流に感じることが、果たして昔の早苗にはできただろうか。

「んで、なんでこんなところにいるのよ」

 鈴のような声が早苗の鼓膜を揺らす。

「あら天子さん」

 振り返ると、陽の光を浴びた透き通るような青い髪を揺らし、小柄だが不遜な態度の天人が桃を片手に立っていた。

「ちょっと休憩です」
「休憩って……休憩しに来るほど気楽な場所でもないでしょここは」
「だから休憩ですよ」
「あぁー……。つまりここに来てからの休憩ということ?」
「そういう言葉遊びですねぇ」

 よっと。早苗は立ち上がる。

「あれ? あなたそんなに背高かったっけ?」
「そうですねぇ、前回ここに来たのは何年前でしょうかね」
「知らないわよそんなの」

 むしゃり。天子は大きな口で桃に噛り付くが、そんな動作でさえ下品さを感じさせない秘訣を教えてほしいものだと早苗は思ってしまう。

「まぁいいわ。ここでまた騒ぎを起こされちゃたまんないから、見に来ただけだし」

 はー良かった良かったと天子はため息を吐いた。

「それなら衣玖さんでもいいじゃないですか。わざわざ天子さんが来るほどでもなかったでしょうに」
「う、うるさいわね。別に退屈してたわけじゃないんだからね」
「そうでしょうそうでしょう」
「ふ、ふん! じゃあついでに聞くけど、最近地上の様子はどうなってるのよ」
「地上ですか? そうですねぇ……」

 そのまま早苗は最近あった地上の出来事や異変の内容を天子に伝えていく。
 なるべく大げさに、時にはやや脚色もして物語を子供に言い聞かせるように話す。そのたびに天子は目を輝かせて

「え!? そうなの!?」「うそ……それでどうなっちゃったの?」

 といった具合に新鮮な反応をしてくれる。
 どれくらい話しただろうか。ふわりと、一陣の風が二人の間を駆け抜けていく。
 それが合図だったように、早苗は「ま、こんな感じですかね」と言って話を終わらせる。

「ふーん」

 頬を少し紅潮させながら天子はやや不満そうな声を出した。

「あら、そんなにお話を聞きたいならまた来てあげましょうか」
「はぁ!? べ、べついいわよ! まぁ、どうしても来たいなら止めないけどね」
「はいはい」
「じゃ、私はそろそろ行くから。気が済むまでそこにいれば」

 そう言って、ぷいと早苗に背中を向ける天子。 
 あ、そうだ。と早苗は天子を呼び止め、桃を指差した。

「せっかくですし、桃くださいよ」
「えー」
「いいじゃないですかぁ。お話し相手になった私への報酬ということで」
「しょうがないなー」

 そう言って帽子の桃をむしると早苗に差し出した。

「え! それ取っていいんですか!?」
「いいよ。生えてくるし」
「生えてくるんですか」

 新事実だった。

「じゃあもう1つください」
「欲張りだなー」
「神であるまえに人間ですから」

 いつか天子と戦ったあとに言われた言葉を返してみる。
 天子はしぶしぶ帽子から最後の桃を取って早苗に差し出した。

「はい。じゃあまたね。忘れないうちにまた来なさいよ。人間の寿命なんて短いんだから」

 天子は早苗に軽く手を振ると飛んで行った。
 その小さな背中が見えなくなるまで見送って、早苗はその場に座りなおす。
 天界に生えている青々とした芝生は高級なカーペットのようで、すぐにでも寝転んで眠りたくなる。
 でもそうしないのは。

「新聞のネタには使えないと思いますよ?」
「バレてました?」

 どこからともなく射命丸文が現れる。
 パリ、パリリと大きい静電気のような音を発するビニール素材のようなポンチョを脱ぎながら、バツの悪そうな顔をしている。
 どうやらそのビニールのような服が文の全身を透明にして隠していたらしい。

「河童の新発明ですけど、どうしてバレたんですかねぇ」

 わざとらしい疑問符を浮かべる文の表情に、少し嬉しそうな色を見つけて早苗はくすりと笑って見せる。

「バレバレですよ。しかもわたしと天子さんの間を裂くように風まで送られたら、気づきますよ」
「あれは偶然で……」
「偶然と書いて嫉妬と読むんですかねぇ?」
「あやや。それは誤字です。重大な誤字です!」

 心外な! とでも言いたいように文は語気を荒げた。

「えーそうですか? じゃあもっと天子さんと話していたかったんですけど。無理やり話を終わらせてまで文さんに会おうと思ったのにな」

 そう言うと早苗はふわりと体を浮かせて、

「もう少し話してきますよじゃあ」
「ダメですよ!」

 ぐぃ、と手を握られ無理やり地面に引き下ろされる早苗。

「わっと……」

 着地の瞬間、よろけてしまい文の胸の中に飛び込んでしまう。

「わわ、大丈夫ですか早苗さん?」
「へ、平気ですけど……」

 鼻腔いっぱいに、山の――文の匂いが入り込んできて、早苗の頭をくらくらと揺らしてしまう。
 人気の無い天界は清浄で静謐で、特に文の香りが強調されて、早苗はペタンとその場に座り込んでしまった。

「ど、どこか痛めました!?」

 慌てて早苗の足を触って異常を確かめる文を本能的に抱きしめてしまう。

「えぇ!? あ、あのぅ!」

 抱きしめた文の背中越しに、慌てる気配が伝わってくる。

「文さん」

 早苗は文の背中に頬と耳を付けて

「なんか喋って」

 と言った。

「な、何かって……えっと早苗さん、き……今日は天気がいいですねぇ」

 困惑したような声。
 どうでもいい内容だ。

「もっと」

 しかし今早苗が聞いているのは聞きなれた文の口から聞こえる声でなく、文の体全体が震えて出される声すべて。

「早苗さんが珍しく天界の方へ行くのを見て……もし会えれば……そうしたら久しぶりに二人っきりでお話できるなーって思いまして」

 文の呼吸一つ一つで奏でられる甘い低音が早苗を心地よくさせてくれる。

「それで? そしたら?」
「そしたら……天子さんと話してるじゃないですか。取材しようとしましたよ。えぇしましたよ! でもなんか、なんだろう……」
「ほら。嫉妬じゃないですか」
「……うぅ」
「文さん」

 早苗は文に全体重をかけて押し倒した。

「ぐぇ」

 文は驚いたものの、早苗を抱き留めるように胸で頭を抱いた。

「まだ何か喋ります?」
「もういいです」

 文の体温と鼓動をずっと聴いていたいから。

「しばらく、このままで」
「はーしょうがないですねぇ」

 そのまま、二人は静かに目を閉じる。

 ――暖かな日差しが西へとゆっくり沈み、赤い夕陽に変わろうとする頃。

「そういえば、早苗さんもすっかり大人になってしまいましたねぇ」

 早苗と文は座って、赤い雲海に沈んでいく幻想郷を眺めていた。

「こっちにきてからけっこう経ちますからね」
「今や天狗にも負けないくらい厚かましくなりましたし」
「あら、心は少女ですけど」

 早苗と文はお互いに顔を見合わせて、にこりと笑いあう。

「あ、そうだ文さん」
「はい?」
「ちょっと遅くなっちゃいましたけど、おやつがありますよ」

 そう言って早苗は天子からもらった桃を取り出した。

「おぉ、天界の桃とは珍しいですね」

 そう言って文は早苗から桃を受け取ると豪快に大きな口でかぶりついた。
 何故だろう。天子と同じ所作なのに、何かが違う。地上の者はだれがやっても同じなのだろうか。
 きっと、早苗だって同じだ。
 そう思うと早苗はふふと笑って自分の桃を頬張った。

「わたしも文さんも同じなんですよね」

 ふいにでる言葉に、文は一瞬驚いた表情になるが、すぐに頬を緩めて「それほど変わらないですよ」と言って羽をパタパタとやって見せた。
 桃を食べ終わると二人は立ち上がり、帰り支度を始めた。

「文さんところでこんな故事があるのを知っていますか?」
「はいなんでしょう?」

 それはいつか八雲紫から聞いた言葉だったか。

「投我以桃、報之以李。文さんはわたしに何をくれますか?」

 歌うように言ってから、文の瞳を見る。
 他人から貰った桃で対価を請求するのはずるいだろうか。
 早苗はいつものように少しいじわるな声で問うてみる。
 文は少し考えてから

「私の残りの人生全部ですかね」
「はぇ!?」

 頭がどこかに飛んで行った。

「え、えそれ……え…!?」

 よろよろと地面の端まで歩いて行って、

 そのまま地上に身を投げた。

 落下し、無重力を感じるのは一瞬だった。

「なななな何をしてるんですかーー!?」

 早苗は文に抱きしめられたまま、雲を突き抜け、幻想郷の空に落ちた。

「夢かと思って! だから落ちてみたんですよ!」
「ばか! 私を世界一不幸な天狗にするつもりですかぁ!」
「だって……だって!」

 感情が爆発して、力が暴走する。
 早苗を中心に発生した強力な風は幻想郷を駆け巡り、博麗神社の屋根を吹き飛ばして収まった。

「嬉しい時って、泣くしかないじゃないですかぁ」

 早苗は文の胸の中で力を抜いたまま、小さく口を動かした。

「早苗さんは大きくなっても変わりませんねぇ」
「どういたしまして」
「ところで、私の李は満足してくれたでしょうか? 意外にドキドキしてるんですが」

 わかってる。文の鼓動が不規則に早鐘を打っているのは聞こえているから。早苗は文に抱き付いたまま、

「ふつつかものですが」と答えた。

 文はそれに対し

「こちらこそ、ふつつかものですが」

 と答えたのだった。
 夕陽はすべてを平等に照らす。
 早苗は、また慌ただしくなる時間がやってきたことを感じた。
 それでも、またいつか、ただ夕陽を見つめているだけの時間があれば。それをまた二人で過ごせれば、きっとそんなに幸せなことは無いのだろうと思うのだった。



















 ――天界

「な、ななななんてことを天界でしてくれてんのよー!!」

 木の影から真っ赤になった顔を出した天子は、その場で地団駄を踏んで怒りを表現してみる。

「まぁ、あの子らもお年頃ってところかしらねぇ」

 八雲紫は涼しい表情で天子に微笑んだ。

「こ、この比那名居天子様の桃をダシにしてあんな破廉恥なことをするなんていい度胸じゃないの!」
「まぁまぁ。そんなに悔しがらなくてもいいのに」
「悔しくなんてないわよ」
「ふーん? つまり破廉恥なことが悔しかったと」
「だからそんなこ……」

 天子の言葉を遮るようにして、紫は天子の頬に口づけた。

「ひゃぁ」

 真っ赤な顔をさらに赤くして紫を見上げる天子。

「ふふ。ごちそうさま」

 紫は扇子で口元を隠しふふふと笑うのだった。

「……また負けた……」

 うなじまで赤くなってしまった天人は、目を伏せて小さく言葉を紡ぐのだった。


(終)
東風谷早苗2○歳のある日のことであった。
あやさなにはまるもゆか天も捨てきれない。困った困った。
あくまで主人公たちはプラトニックと言い聞かせるも、チュッチュさせたい欲求に囚われる。百合道は深い。業が深い。
楽しんでいただければ幸いです。
おおとり
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コメント



0.730簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
いいなぁこの甘い関係。情景も素敵でよかったです。
それから誤字報告を。
天子が一個目の桃を取るときに帽子が防止になってました。
3.90名前が無い程度の能力削除
 早く信仰を集めて、神霊のようになって欲しいですね。
 そうすれば、末永く文を幸せにしてあげられるから。
6.80名前が無い程度の能力削除
百合百合である。大人にならないと恋愛はできないのでしょう。
7.80名前が無い程度の能力削除
あやさなもゆかてんも両立すればいいじゃない!
文の初々しさがいいですね。
8.100非現実世界に棲む者削除
良い百合モノを読ませていただきました。
甘甘ですなあ。
9.100奇声を発する程度の能力削除
良い甘さでした
11.100名前が無い程度の能力削除
いやぁ、素敵じゃないですか
14.100満月の夜に狼に変身する程度の能力削除
タイトルで毎日更新の某動画を思い出したのは自分だけじゃないはず

なんともいい雰囲気でございました
15.80名前を忘れた程度の能力削除
奥が深いのではなく業が深いのですか・・・
百合道、侮り難し
17.100名前が無い程度の能力削除
これが百合の業か
20.90名前が無い程度の能力削除
さなてんが好きです
27.100名前が無い程度の能力削除
ゆかてんちゅっちゅっ
28.100レベル0削除
天界で食べる桃……。
どんな味がするのでしょう?
でも彼女達の愛はきっとそんな桃よりも甘いのでしょうね