※この話は作品集188「椛と趣味」~「椛と趣味3」と作品集189「椛と趣味4」「椛と趣味5」の続きになっています。
読んでいない方でも、椛の趣味は将棋などのゲーム、彼女の休日の話、とだけわかれば問題ないと思います。
犬走椛は妖怪の山に住む白狼天狗である。
最近幻想郷のあちらこちらに出没する彼女だが、元は河童の河城にとりと対局の時間が合わず、唯の暇つぶしであった。
さて、そんな彼女だがようやくにとりと休みが合致したのだ。
やっぱり、いい。
霊夢や早苗、人間の里の人たち、紅魔館、永遠亭他あちこちで対局を行った。指す相手ごとに各々の考えや性格が出る。数々の将棋、チェス、オセロ等々種類やルールは変わってもそこは変わらない。
だから椛は楽しいと感じるのだ。
その中でも椛にとってにとりとの対局はやはり特別なものがあった。
本日、椛にしては珍しく日課の訓練そっちのけで、早朝からにとりと天狗大将棋の対局の続きを指していた。
場所は椛の家だ。単身者にとっては狭くもなく広すぎず、そんな家の居間でにとりと二人、将棋盤を挟んで向き合っていた。
早くやりたくてしょうがないと椛が将棋盤と駒をメモの通りの配置にし、対局を再開してから一時間程度経ったか。にとりがが口を開いた。
「そういえば」
椛が盤から顔を上げ、にとりに向ける。にとりは盤を見ながら続ける。
「この前、大変だったね」
「何の事だ?」
にとりは駒を動かすと、椛に顔を向けた。
「いや、最古参の天狗と本将棋を指したでしょ」
「ああ」
椛はその時の状況を思い出す。ちょっとした騒動があった。
以前天魔に呼び出されたときにいた古参の天狗が何人か、前触れもなく椛のいる詰め所を訪れたのだ。
彼らは椛の上司に椛と本将棋を指したいと言うと、上司は「いいですよ」とあっさり了承、当日の配置換えを行った。外を巡回するはずだった椛は詰め所での待機に変更され、結果としてずっと古参の天狗達相手に本将棋を指したのだ。
「そうか? 本将棋を指しただけだったが」
「相手が相手でしょ?」
ふむ、と椛は顎に手をやる。
「そういえば、妙に楽しげだったな」
「……大物だねぇ」
「そうか?」
中には昔話や古典に登場する天狗もいたのだ。目の前に有名な天狗ががいることに椛の同僚は生きた心地がしなかったか、有頂天だったかのどちらかだろう。
椛からして見れば、格上相手に手加減など失礼に当たる。彼らに敬意を払いつつも、会話に嘘が無い限り正直に答え、時にははぐらかし、本気で本将棋を指した。彼らが満足して帰ったから良いものの、怒らせたらどうなっていたか。
にとりは相方のあっけらかんとした感想と、彼女の同僚の心中との差異に苦笑いをする。
そういえば彼女の上司も椛の対局という彼らの要望に応えたが、他はいつも通りだったらしい。こいつらは心臓に毛が生えているのか?
一度、永遠亭の八意永琳に診て貰うことを勧めるべきだろうか。そんなことを考えていると、椛が逆に質問をした。
「そういや永遠亭の輝夜さんに天狗大将棋を教えたんだよね」
「ん、駒の動かし方とルールだけだけど」
椛は一度立ち上がると、部屋の隅にある書き物用の机から紙束を取り出し、にとりに渡す。
「これを見てくれ」
「ほう、これは」
「天狗大将棋のルール、駒の動かし方をまとめたものだ。あとは基本的な戦略。初心者向けの物を書いてみた」
「へぇ」
にとりはぱらぱらとページを捲っていく。
「うん、いいんじゃない? 以前に言っていた将棋のルールの纏めたものか」
「その一つだ。今度の連休に輝夜さんと天狗大将棋を指すから渡そうかと思ってね」
にとりはその一言に驚き椛を見る。
「泊まりはしないよ。宴会ならともかく、流石に泊まりは不味い」
「いや、そうじゃなくて永遠亭に行ったの? さっきはスルーしちゃったけどさ」
「この前行ったよ。天狗大将棋を指してみたいって言ってたから早い方がいいし。この前聞いたけど、にとりは休みが分からないんだろ?」
「うん」
椛はにとりを訪れて、休みについて聞いていた。それで今日対局をすることができたのだ。
「少し前に届けを出さないといけなかったんだ。
知っていると思うけど、白狼天狗は正月前後が警備や何かで忙しくなるからその前後に纏めて休みを取るのが定例だ」
椛はいつもは職務の疲れが残る正月の後を希望するのだが、今回は前にした。
「急に活動範囲が広がったねぇ」
「全く。夏にミスティアの屋台で霊夢と会ってからだ」
呆れたように言うにとりに同意する椛。
「本当、ついこの前じゃん」
「うん」
「職務中に将棋を指す、遊び天狗になりつつあるし」
「いや、あれは上司命令だから。普段は仕事しているよ」
「本当?」
「本当」
にとりは面白がるようににやにやしながら続ける。
「じゃあ、次が無いと言える?」
「……言えないな」
椛は反論できず、がっくりと肩を落とした。
ドンドン。玄関の扉が叩かれ、椛とにとりは玄関を見る。
「椛いる~」
この声は椛の同僚だ。だがその同僚は今日は仕事、しかも外の哨戒任務に就いているはずだ。
「直ぐ行く」
椛は立ち上がると玄関に向かう。非番の天狗を職務中の天狗が訪ねてくるなど普通はあり得ない。
にとりも何か起きたのかと、じっと玄関を見ている。
「どうしたんです」
椛は扉を開ける。外にいたのはやはり同僚の白狼天狗だった。
「お客さんだよ」
「お客さん?」
「うん。でも博麗の巫女からの紹介で、椛との面識は無いって言ってた。
流石にこれじゃあ中に入れられないから麓で待たせている。博麗神社の方向だよ」
「誰なの?」
「地霊殿の霊烏路空と火焔猫燐だって。霊烏路空の方は間欠泉地下センターに居ることがあるから、河城なら知ってるんじゃない?」
同僚がにとりに話を振る。
間欠泉地下センターは妖怪の山の麓にある、地下深く続く竪穴の施設だ。確かに守矢神社や河童が建築を行ったので、にとりも関係者かもしれない。
椛もにとりをみると、彼女は座ったまま答えた。
「うん、お空(おくう)なら知ってるよ。何回か会った程度だけど」
「お空?」
「あだ名だよ。大抵はお空で通るよ」
「じゃあ悪いけど、一緒に来れる?」
「しょうがないねぇ、将棋はまた今度か。それとお空の方なんだけど……」
にとりは詰まった様な言い方になる。
「どうした?」
「いやさ、向こうが私の事覚えているかなってね?」
「何回か会ったんでしょう」
「多分、行けばわかるよ」
苦笑いをしながらの返答に、椛は同僚と顔を見合わせた。
「じゃあ、確かに伝えたよ」
首を傾げつつも、同僚は椛の家を出る。持ち場に戻る為だ。
「とりあえず、見てみたらどう?」
それもそうだと、椛は『千里先まで見通す程度の能力』を使う。相手の居場所と特徴を探るのだ。見慣れない妖怪は直ぐに見つかる。
「両方とも女だね。猫の妖怪と黒い鳥の妖怪だ。
猫は赤毛を三つ編みにして頭に猫耳、尻尾が二本ある。周囲には変な幽霊っぽい何かが浮いているね。
鳥の方は背が高くて長い黒髪、頭に緑の大きなリボン、背中に大きな黒い羽根、胸に赤い目玉みたいなものが……」
「あー、黒髪がお空だね。猫は知らないよ。いや声だけ知っているかな」
そうなると猫の方が火焔猫燐か。だが椛は別の事が気にかかった。
「いや、胸に目玉が」
彼女の直感が、あれはおかしいと告げていた。決して外見ではない。本質的な何かだ。
「あれは八咫烏だって」
「八咫烏?」
椛は一瞬思考停止に陥る。それは高位の神では?
「え、八咫烏?」
「道中で話すよ。余り待たせるのも悪いだろうしねぇ」
「あ、ああ。とりあえず行くか」
椛は困惑しながらも家の戸締りし剣と楯を持つと、リュックを背負ったにとりと家を出た。
外はすっかり紅葉に染まり晴天の空から眺める景色は最高と言えたが、景色を見ている椛の心中は曇り空だった。
道中で椛はにとりからお空について話を聞いているのだが、にわかに信じがたい。
彼女は幻想郷の地下深くに住む、地底の妖怪であり山の神(二柱いる守矢神社の神)から八咫烏を与えられた地獄烏で、地霊殿の主である古明地さとりのペットである。ペットと言っても場所が場所なだけに可愛らしいものではなく、怨霊や魑魅魍魎を飲み込む強力な妖怪で、愛玩動物ではなく仕える方がイメージとして近いらしい。ペットというのも要は身内扱いというところか。
同じく地霊殿を名乗った猫妖怪も、八咫烏はともかく境遇や実力は似たようなものだろう。椛は彼女の周囲に怨霊が漂っていたことを思い出す。
最後にあまり知られていない間欠泉騒ぎの始まりと顛末。異変を起こした神の火を持つ八咫烏の力を制御できる霊烏路空、そして彼女の記憶力。
「……」
畏怖を感じた方がいいのか、呆れた方がいいのか、それとも笑うべきか、にとりの話は椛を困惑から脱するどころか、更に混乱をさせてしまった。
にとりは口が上手い。的屋もやり更に詐欺まがいのことまで行う事すらある。それ故に本当の事なのか、嘘なのか、誇張が含まれているかさっぱりわからない。
そんな椛の様子を見てにとりは説明を諦めたようだ。最後に
「会えばわかると思うよ」
とだけ言った。にとりですら、もうそれしか言えることがなかったのだ。
後は無言のまま空を飛ぶ。やがて二人が見えてきた。彼女たちも椛とにとりに気が付いたのか、猫の妖怪がこちらに向かい手を振った。二人は向かい合うように着地する。
椛は二人から独特の臭いを感じていたが、無視をする。
最初に口を開いたのは火焔猫燐だった。
「天狗のお姉さんが犬走椛さん?」
「ええ、私が犬走椛です。こちらは」
「河童の河城にとりだよ。椛と一緒にいたんだ。お空とは面識あるから来た方がいいと思ってね」
「そうなんだ。
さっきのお姉さんから聞いていると思うけど、私が火焔猫燐。地底に住む火車だ。お燐って呼んでくれると嬉しい。
こっちが霊烏路空。お空って呼んで」
「火車?」
「何を言いたいのかわかるよ。猫車は此処へは持ってきていない。お姉さん鼻が利きそうだし、天狗を警戒させたくない。博麗神社に預けてる」
「ああ。なるほど」
猫車とは車輪が一つの手押し車だ。おそらく死体を運搬するものだろう。どうしても直接死体に触れる部分は臭いが染み付くし、洗っても完全に落ちない。
実に気が利く。
「よろしく、お燐さん。早速で申し訳ないが、霊夢から紹介されて来たと聞きました」
互いに自己紹介が済んだところで椛は話を切り出した。何かお空がきょろきょろしていたのが気にかかったが後回しにする。
「お燐で良いよ、お姉さん。霊夢に相談したら犬走椛を訪ねろって言われてさ。これが紹介状」
椛はお燐から封筒を受け取る。糊付けされていない封筒から中の便箋を取り出して中身を見る。
『こいつらをよろしく。
博麗霊夢』
これだけだ。簡潔な文である。霊夢らしいと感じてしまうのは椛が悪いのだろうか。便箋を封筒に戻し懐にしまう。
丸投げされて苦笑いをする椛に、眉根を寄せるにとりとお燐、じっと佇んでいるお空は何を考えているのか挙動不審だ。
「とりあえず、霊夢からの紹介というのはわかりました。ただし用件が書いていないので聞かせてもらいたいのですが」
「そうなの? じゃあ、ってお空どうしたの?」
お空はお燐の袖を引っ張っていた。椛は人見知りの妖怪兎を思い出すが、彼女はもっと別の何かな様な気がする。
だがお空の発した言葉は椛の予想を裏切った。
「ねぇ、さっきの白狼天狗と違うの?」
椛の目が点になる。にとりはやっぱりといった感じだ。同僚と種族は同じだが、瓜二つというわけではない。
お燐は椛に謝りつつも、お空に状況を説明する。とはいえ、霊夢の紹介で妖怪の山に来ていること、さっきの白狼天狗と椛は別人という事だけだが。
「天狗の区別がつかないよ」
しげしげと椛を観察しつつお空が発した一言を、思考停止した椛は他人事のように聞いていた。
にとりは私の事を覚えているかと質問する。
「河童の区別もつかないよ」
「……こういう奴なんだよ。本当に悪いとは思うけど、気を悪くしないで欲しいんだ」
困った顔のお空とひたすら謝るお燐。お燐の発する気配は苦労人そのものだ。
椛は初対面の相手に失礼だと思いながらも、いつの間にかお燐に同情をしていた。
「なるほど」
再起動した椛は主にお燐から事情を聞く。要約すると『心を読まれても問題ない遊びは無いか知りたい』だ。背景は『ペットたちは主である古明地さとりと遊びたい』『しかしさとりは心を読んでしまうので、逆に気を遣わせてしまう』『さとりの心を読む能力は自動的なので封印できない』との事。
心を読まれると言うのは知性のある者にとって深刻な問題だ。一番プライベートでデリケートなものであるからだ。だが、目の前の二人は自分の意志で妖怪の山まで訪れている。つまりさとりはペットたちに信頼されている様だ。
にとりは心の底から感心した様子で言う。
「遊び天狗は巫女や地底の妖怪から頼られるまでになりましたか」
「おい」
にとりの変な方向性に椛は突っ込む。
「遊び天狗なんているんだ」
「いないから」
ふむふむとお空が納得するように言い、椛は否定する。
「はっ、白狼天狗ではない。すると目の前にいるのは偽物!?」
「話聞けよ!!」
お空は右腕に、肘から先が収まる棒の様なものを出現させ、反射的に椛は剣をお空に向けた。
「待った待った!!」
お燐は臨戦態勢に入ったお空と椛の間に入り、二人を制止する。
お燐がお空に説明を、いや説得を開始した。どうも遊び天狗がおかしな方向に働いたらしい。
しばらくしてお空が困った様子で棒を消し、それを確認した椛は柄から手を放す。
困った顔をしたいのは椛だと言うのに。
「……お燐、帰っていいですか?」
「お姉さん帰らないで下さい。お願いします」
疲労感と共に絞り出すように言う椛に、焦るお燐。
「大変だねぇ」
「ちょっと黙れ」
他人事の様なにとりに椛は少し怒りを込めた。にとりはにまにましながら自分の口を抑える。
椛は理解した。にとりは本当のことを言っていた。そして会えばわかるとはこういうことだったのか。
そこでふとしたことに椛は思い当たる。
「なぁ、にとり」
「何だい」
「八咫烏の力の前で、お前は巻き添えを食わずに逃げられるの?」
にとりは青い顔をする。思い至って無かったらしい。
本気で暴れられたらどうなるか。神の火を相手に、いち河童でしかないにとりの『水を操る程度の能力』はどれだけ役に立つのか。灼熱地獄を作ろうとした能力だ。冗談抜きに辺り一帯が火の海、焼け野原になるのでは?
例え強力な妖怪や神々、博麗の巫女も前触れのない一発目を防ぐことなど未来を予測する能力でも無い限り不可能だ。
椛の背には妖怪の山、下手をしなくても本物の戦争になる。その原因がにとりの冗談ではシャレにならない。
「本気でその口を閉じていようか」
「うん」
わいわい騒ぐお燐とお空を眺めながら、椛はどう収めるか考えていた。
一番簡単な方法としてさっさと本題を終わらせて帰すことだろう。いくつか思いついたこともある。
しかし、お空は何だろう。一度、永遠亭の八意永琳に診て貰うことを勧めるべきだろうか。
「お待たせしました」
ようやく説得が終わったのかお燐が此方を向く。どこか疲労感のあるお燐と比べ、お空は状況がわかっているのかいないのか、よくわからない表情をしている。しかめっ面に似ているが何かが違う。
椛はもうさっさと終わらせたいと思い、口を開く。
「金はどの程度まで掛けられる?」
「お金?」
お燐は首を傾げる。
「例えば将棋だったら将棋盤と駒を用意するお金とか、花札なら札を買うお金とかそんな感じです」
完全な趣味の世界である。ただ遊ぶだけなら子供でも手が届く程度の価格も多いが、お金を掛けようと思えば幾らでもかかってしまうのがこの世界だ。
「ああ、法外にかかるものじゃなかったら気にしないでよ。こっちで考えるから。霊夢も神社にあるのは貸してくれるって言ったし」
珍しい。椛とにとりの顔に出ていたのか、お燐が背景を言う。
「温泉の件があるからその位良いって」
成程、神社に湧き出た温泉か。
「だったら……要は心を読まれても問題ないか、運任せならいいわけでしょう」
「うん」
「例えば双六とか。盤双六じゃなくてサイコロを振る絵双六の方。或いは周り将棋みたいに駒を振って行うもの、要は運しだいのゲームとかは?」
「確かに。周り将棋は知らないけど、双六ならわかるよ」
お燐の顔に活力が戻る。
「説明は後にするよ。
他にも将棋崩しやジェンガとか技術は使うけど単純なものはどうですかね。心を読まれても結局はできるかどうかですから。
道具を使わない指で簡単にやるゲームもいくつかあるけど、やっぱり駄目ですね。読まれたらつまらなくなります。
後は、さとりさん本人を知らないから何とも言えないですが、主に寺子屋の子供がやるベーゴマやメンコ、おはじき。
ぱっと思いつくのはその辺りでしょうか」
「将棋崩しとジェンガは知らないですね。ベーゴマとかは知っています」
「ジェンガは私も知らないなぁ」
にとりも混じる。
「これは外の世界から入ったゲームですよ。もとは西洋の物らしいですが、これも後で説明します。
まぁ他にも似た遊びはあると思うから、一つ覚えたら別に思いつくかもしれないし地元ルールを作ってもいいかもしれない」
「ふむふむ」
納得するような仕草をするお燐、対してお空は首を傾げている。
「実際にやってみた方がいいと思うけど、周り将棋というのは……」
地域独自のルールがある前提で簡単に説明する。周り将棋は駒を複数個振って、出た目を回る遊びだ。地底にも似たようなものがあるかもしれない。
「ジェンガというのは……」
これは形すら知らないようなので細かく説明をする。崩したものが負けと言う点ではダルマ落としに近いかもしれない。
要は3つで正方形になる長方形を作る。これを互い違いに高く18段組み上げて開始する。順番に一番上以外の一本を抜いていき崩した者が負けという簡単なものだ。サイズや形が異なるものもあるが、基本的にはこのルールだ。
お燐が説明に食いつく。どうも乗り気なようだ。
「ベーゴマやメンコは、自分で言っていてなんですけど駄目ですね。上手い人が教えないとつまらないでしょうし、あれこれ手を付けても意味が無いない気がします」
「とりあえず、将棋関係とジェンガかな」
お燐が言う。
「どちらにしても一度やってみた方がいいと思います。勘違いでルールが変わっていくのも面白いですが。
でどこでやります?」
単純な質問だ。だが妖怪の山に入れさせるわけにはいかないし、どうしたものか。
「博麗神社が一番問題ない気がするねぇ。この二人はさっきまで居たわけだし」
今度はにとりだ。確かに他の場所で集まるのはきつい。お燐も首を縦に振る。
「実はさっき、神社で一通り道具を確認させてもらったんだ。本将棋の盤と駒は博麗神社にあるから借りれるし、双六は地霊殿のどこかで見かけたかな? 無ければ旧都で売っているから問題ないよ。でもさっきのジェンガは無いと思う」
旧都とは地底にある忘れられた都だ。今は鬼などの妖怪が住み着いているらしい。また、お燐やお空の住む地霊殿も旧都にある。当然生活するうえで店などもあるだろう。
それを受け、椛が案を出す。
「旧都はどうか知らないけど、地上では人間の里に行かないと多分手に入らない。一度物を確認しても良いかも。
遊ぶだけなら安いので十分だし」
大工や木工の職人が余ったり破棄する木材で作ったものだ。要は適度な重さとサイズが条件に沿っていれば良いので、彼らなら簡単に作る。飾りも素っ気も無いものだが、ただ遊ぶ分には十分だ。
「んー、値段によるけど買っても良いかも」
お金を出すだろうお燐がそういうなら問題ない。
「だったら博麗神社と人里へ二手に分かれようか。両方行くのは面倒だろう。
お燐が実物を確認するのと、もう一回霊夢にジェンガが無いか聞いてみるのと別れればいい」
「いいけどお姉さん、どうやって連絡取るの? 通信機があるならわかるけど」
椛の案にお燐が突っ込む。椛の能力を知らないなら当たり前の疑問だ。
「私には『千里先まで見通す程度の能力』があります。紙か何かに書いて机の上にでも置いておけば私へ連絡は出来る」
「おお」
彼女は納得した。やろうと思えば椛は博麗神社を覗けるのだが、家を漁るようで好かない手だった、
「で、肝心の別れ方だけど……」
椛は人間の里に行かないと話が始まらない。お燐は実物が見たいし、お空はお燐とセットにしないと不安が残る。
消去法だが椛とお燐は同じことを考えたのだろう。二人の視線がにとりに向く。
「わかった、私が神社へ行くよ」
にとりは察したのか諦め半分といった感じだった。
ここで椛はお空が話に全く入ってこないことを思い出す。不安を感じ其方を見ると、彼女は立ったまま寝ていた。
「……」
「……」
「……」
三者の視線がゆるゆるの寝顔に刺さる。お燐はしょうがないなぁという顔で、お空を起こそうと肩を揺さぶる。
椛は思った。まるで保護者と子供であると。
人間の里。
お燐は何度か訪れたことがあるらしい。お空は要領を得なかった。いい子なのは人里への道中でわかったのだが、この記憶力はどうにかならないのだろうか。しかも『核融合を操る程度の能力』って何だ。椛に核に関する知識は無かったが、彼女が言うには太陽と同じ炎だと言う。危険極まりない能力であることぐらいは察した。
大きな黒い翼を広げて飛ぶお空を見て、椛は一瞬射命丸文を思い出す。烏って頭が良いと思うのだが。いや鴉天狗だから別物か?
体は大人、頭脳は子供なんていろんな意味で不味い気がする。悪い人妖に騙されたらどうするつもりなのか。
人里に到着し、近くにある木工店でジェンガを確認する。やはりお燐に見覚えはない様だ。お空は興味津々という感じだ。
博麗神社を『千里先まで見通す程度の能力』で確認する。にとりは到着し霊夢と何やら話しているが、何かに書く様子もない。
「あちらはもう少しかかりそうだな」
「ん、神社の様子?」
椛の様子を察したお燐が問いかける。
「ああ、にとりが霊夢に説明中だ。
少しかかりそうだけど、近くの店でも見る?」
「そうだね。お空は……」
そこでお空が居ないことに気が付く。ジェンガの確認では居たのに。見回すと店の木工職人である老人が手彫りを作るところ見ていた。お空の目はキラキラして実に楽しそうだ。お燐はしょうがないなという様子だ。老人も気分が良いらしく、お空に技術を見せてくれる。妖怪とはいえ少女に興味津々な目で自分の技術を見てもらうのだ。嬉しいのだろう。実年齢はともかく、見た目では祖父と孫娘で通じる。
「どうします?」
離れないお空について椛はお燐に問うが、お燐は
「いいんじゃない」
の一言で終わる。
どの道、ジェンガを買うのはお燐で遊ぶ場所は博麗神社だ。そこで椛は霊夢への手土産について思い至った。
妖怪らしく好き勝手すれば良いのだが、真面目すぎると言われる由縁だろう。
椛は再度博麗神社を確認する。すると『ジェンガは無し。霊夢は知らないみたい』と書かれた紙が写った。にとりからの連絡だ。
霊夢とにとりは傍で何やら話をしている。椛はお燐にジェンガが無い事を伝えると
「お空が満足したら帰ろうか」
と言いながらジェンガを購入した。お燐が若い職人に代金を払うと、逆にお礼を言われた。何でも好奇心を持って見てくれる人は少ないらしい。相手は妖怪だけど、人間の里にもいろいろあるものだと椛は感じた。一方でお空は離れる様子が無い。
「少し離れた店に、霊夢への手土産を買ってくる」
椛はお燐へそう伝える。霊夢が贔屓している店の煎餅だ。
「だったらついていくよ」
「お空は?」
「あいつに手を出す馬鹿はいないよ」
確かにそうだ。お空に少し出ることを伝えるも上の空だ。仕方なく職人さんにここに戻るのでお空をこの場に残すようにお願いし、二人で空を舞った。
「お空は、いつもこんな感じなのか?」
椛はお燐に問うも
「いんや、あそこまで熱心なのはしばらく振りかね」
と言い薄く笑った。その後も話しているうちに、目的の煎餅のある店が見えた。
煎餅に追加し、椛がいつもの茶屋で団子を購入してきたにもかかわらず、お空の眼が飽きることなく職人の手を見ていた。本気で気に入ったらしい。
おかげで引っぺがすのに手間取ったのだが、最後は老人の「またいらっしゃい」の一言で大人しくなった。お燐に手を引かれ、ついて行く様は完全に子供である。
さては店を出ようとしたところで、若い職人たちからは更に礼を言われた。
何でも滅多に見せない技術まで出したと言う。何かお空は飴玉を貰っていた。
ちなみに博麗神社では霊夢も加えた5人でジェンガに白熱し、他の将棋は通り一辺倒の説明で終わった。
お燐が熱心にメモを取っていたので、過不足は無いだろう。
お燐とお空を見送った際に、椛とにとりも帰ろうとしたが、霊夢が変に違和感のある、何かに引っかかるような顔をしていた。
聞いても彼女は首を傾げるばかり。その違和感の正体は後日判明する。
さて、お燐とお空との出会いから少し経ち、椛は霊夢に呼び出された。
対面に座る霊夢と茶を啜りながら、世間話をする。
最近お空が木工を始めたらしい。細かな作業に興味を持ったからなのか、能力のコントロールに磨きがかかっている様だ。その為か間欠泉地下センターの業務は良好とのこと。そして地霊殿に帰る前に、河童の精密作業や人里の職人技術を見て回っているらしい。
それについて椛は説明を求められ、人里での状況だけ話した。対面に座る霊夢は一通り聞いた後、納得した様子で懐から陰陽玉を取り出し椛に軽く放った。
椛は反射的に受け取る。すると手の中の陰陽玉からは聞いたことのない声が出てきた。
『あー、あー、聞こえますか?』
椛は一瞬ぎょっとするが、陰陽玉が通信機としての役割を持つことを思い出すと冷静になる。
「ええ、聞こえてますよ。どちらさまでしょうか」
椛が返すと相手が言う。
『突然失礼します。私は地霊殿の古明地さとりと申します。貴方が白狼天狗の犬走椛様でしょうか』
ぴしり、隣でにまにまと笑っている霊夢は、この時椛が音を立てて固まっていたと後に証言する。
「え、ええ。私が白狼天狗の犬走椛です」
地霊殿の主、すなわち灼熱地獄と怨霊の管理者相手に恐縮する椛を見て、霊夢はくすくす笑う。
『まず御礼申し上げます。私のペットたちについて邪険にせず、対応してくださったこと、心から感謝します』
「私は頼まれたことをしただけですよ」
『それが重要なのです。私たちに地底の者にとっては』
椛は地底の妖怪が持つ暗い背景を思い出した。
『さて実は私、真っ向から将棋を指したことがありません。私の能力は聞いていると思いますが、相手が何を指すのか全て読めてしまうので、相手の考えていない筋道も見えてしまうのです。
ですが博麗神社と地霊殿、ここまで離れれば心の声も届きません。今から一局願いたいのですが、よろしいでしょうか』
がちゃりと聞き慣れた音がした。見ると霊夢は隠してあった将棋盤を取り出し、本将棋の駒を並べ始めていた。
「お空とお燐を通して将棋天狗が地底まで伝わったからね、さとりに提案したのよ。どうする? やる?」
「やります」
椛は霊夢に陰陽玉を戻す。
『私からお願いしたのです。椛さんからどうぞ』
「では……」
真剣勝負が始まった。
後日、出版された『文々。新聞』は古明地さとりの特集記事だった。
細々と交流が始まったとはいえ、まだまだ地底の妖怪についてわからないことが多い。そんな中、地霊殿の主であるさとりの顔写真付きの新聞は相当売れたようだ。
人間の里でお空は木工職人たちにさとりがいかに優しいか、そしてジェンガを購入した経緯を話していたらしく、お空の愛らしさもあり好意的なインタビュー記事となっていた。
また、椛とさとりの対局についても掲載されていた。
対局場所が博麗神社だった為、霊夢当てにはさとりと対局をしたい、話し相手になりたいという人間や妖怪が訪れたせいで大変だったらしい。
博麗神社を訪れた椛に「ますます妖怪神社扱いされる」と霊夢は愚痴を漏らしたが、その椛も妖怪である。
話の中で判明したこととして、お燐とお空が訪れたときから射命丸は本気で気配を隠し、彼女たちを追ったらしい。人里経由で博麗神社に着いた時もいた様だ。その時霊夢は射命丸に気が付いていなかったが、違和感は感じていたので顔に出てしまった。
判明した理由は簡単。さとりとの対局を終えた椛が帰った後、射命丸がしれっとした顔でインタビューしにやって来たのだ。そこで射命丸は話を聞いた霊夢に蹴り飛ばされたらしい。
椛についた将棋天狗といい、一層の妖怪神社扱いといいほとんど射命丸が元凶である。
椛は射命丸が居たことに全く気が付かなかったのは己の修行不足と自身を叱咤する。
二人して愚痴っていると、椛は少々悪だくみを思いついた。霊夢に提案をすると、あっさりと了承される。
かくして、二人の愚痴は計画立案に変更された。
少し後、射命丸は博麗神社にて霊夢と椛の二人に挟み撃ちされることになる。
読んでいない方でも、椛の趣味は将棋などのゲーム、彼女の休日の話、とだけわかれば問題ないと思います。
犬走椛は妖怪の山に住む白狼天狗である。
最近幻想郷のあちらこちらに出没する彼女だが、元は河童の河城にとりと対局の時間が合わず、唯の暇つぶしであった。
さて、そんな彼女だがようやくにとりと休みが合致したのだ。
やっぱり、いい。
霊夢や早苗、人間の里の人たち、紅魔館、永遠亭他あちこちで対局を行った。指す相手ごとに各々の考えや性格が出る。数々の将棋、チェス、オセロ等々種類やルールは変わってもそこは変わらない。
だから椛は楽しいと感じるのだ。
その中でも椛にとってにとりとの対局はやはり特別なものがあった。
本日、椛にしては珍しく日課の訓練そっちのけで、早朝からにとりと天狗大将棋の対局の続きを指していた。
場所は椛の家だ。単身者にとっては狭くもなく広すぎず、そんな家の居間でにとりと二人、将棋盤を挟んで向き合っていた。
早くやりたくてしょうがないと椛が将棋盤と駒をメモの通りの配置にし、対局を再開してから一時間程度経ったか。にとりがが口を開いた。
「そういえば」
椛が盤から顔を上げ、にとりに向ける。にとりは盤を見ながら続ける。
「この前、大変だったね」
「何の事だ?」
にとりは駒を動かすと、椛に顔を向けた。
「いや、最古参の天狗と本将棋を指したでしょ」
「ああ」
椛はその時の状況を思い出す。ちょっとした騒動があった。
以前天魔に呼び出されたときにいた古参の天狗が何人か、前触れもなく椛のいる詰め所を訪れたのだ。
彼らは椛の上司に椛と本将棋を指したいと言うと、上司は「いいですよ」とあっさり了承、当日の配置換えを行った。外を巡回するはずだった椛は詰め所での待機に変更され、結果としてずっと古参の天狗達相手に本将棋を指したのだ。
「そうか? 本将棋を指しただけだったが」
「相手が相手でしょ?」
ふむ、と椛は顎に手をやる。
「そういえば、妙に楽しげだったな」
「……大物だねぇ」
「そうか?」
中には昔話や古典に登場する天狗もいたのだ。目の前に有名な天狗ががいることに椛の同僚は生きた心地がしなかったか、有頂天だったかのどちらかだろう。
椛からして見れば、格上相手に手加減など失礼に当たる。彼らに敬意を払いつつも、会話に嘘が無い限り正直に答え、時にははぐらかし、本気で本将棋を指した。彼らが満足して帰ったから良いものの、怒らせたらどうなっていたか。
にとりは相方のあっけらかんとした感想と、彼女の同僚の心中との差異に苦笑いをする。
そういえば彼女の上司も椛の対局という彼らの要望に応えたが、他はいつも通りだったらしい。こいつらは心臓に毛が生えているのか?
一度、永遠亭の八意永琳に診て貰うことを勧めるべきだろうか。そんなことを考えていると、椛が逆に質問をした。
「そういや永遠亭の輝夜さんに天狗大将棋を教えたんだよね」
「ん、駒の動かし方とルールだけだけど」
椛は一度立ち上がると、部屋の隅にある書き物用の机から紙束を取り出し、にとりに渡す。
「これを見てくれ」
「ほう、これは」
「天狗大将棋のルール、駒の動かし方をまとめたものだ。あとは基本的な戦略。初心者向けの物を書いてみた」
「へぇ」
にとりはぱらぱらとページを捲っていく。
「うん、いいんじゃない? 以前に言っていた将棋のルールの纏めたものか」
「その一つだ。今度の連休に輝夜さんと天狗大将棋を指すから渡そうかと思ってね」
にとりはその一言に驚き椛を見る。
「泊まりはしないよ。宴会ならともかく、流石に泊まりは不味い」
「いや、そうじゃなくて永遠亭に行ったの? さっきはスルーしちゃったけどさ」
「この前行ったよ。天狗大将棋を指してみたいって言ってたから早い方がいいし。この前聞いたけど、にとりは休みが分からないんだろ?」
「うん」
椛はにとりを訪れて、休みについて聞いていた。それで今日対局をすることができたのだ。
「少し前に届けを出さないといけなかったんだ。
知っていると思うけど、白狼天狗は正月前後が警備や何かで忙しくなるからその前後に纏めて休みを取るのが定例だ」
椛はいつもは職務の疲れが残る正月の後を希望するのだが、今回は前にした。
「急に活動範囲が広がったねぇ」
「全く。夏にミスティアの屋台で霊夢と会ってからだ」
呆れたように言うにとりに同意する椛。
「本当、ついこの前じゃん」
「うん」
「職務中に将棋を指す、遊び天狗になりつつあるし」
「いや、あれは上司命令だから。普段は仕事しているよ」
「本当?」
「本当」
にとりは面白がるようににやにやしながら続ける。
「じゃあ、次が無いと言える?」
「……言えないな」
椛は反論できず、がっくりと肩を落とした。
ドンドン。玄関の扉が叩かれ、椛とにとりは玄関を見る。
「椛いる~」
この声は椛の同僚だ。だがその同僚は今日は仕事、しかも外の哨戒任務に就いているはずだ。
「直ぐ行く」
椛は立ち上がると玄関に向かう。非番の天狗を職務中の天狗が訪ねてくるなど普通はあり得ない。
にとりも何か起きたのかと、じっと玄関を見ている。
「どうしたんです」
椛は扉を開ける。外にいたのはやはり同僚の白狼天狗だった。
「お客さんだよ」
「お客さん?」
「うん。でも博麗の巫女からの紹介で、椛との面識は無いって言ってた。
流石にこれじゃあ中に入れられないから麓で待たせている。博麗神社の方向だよ」
「誰なの?」
「地霊殿の霊烏路空と火焔猫燐だって。霊烏路空の方は間欠泉地下センターに居ることがあるから、河城なら知ってるんじゃない?」
同僚がにとりに話を振る。
間欠泉地下センターは妖怪の山の麓にある、地下深く続く竪穴の施設だ。確かに守矢神社や河童が建築を行ったので、にとりも関係者かもしれない。
椛もにとりをみると、彼女は座ったまま答えた。
「うん、お空(おくう)なら知ってるよ。何回か会った程度だけど」
「お空?」
「あだ名だよ。大抵はお空で通るよ」
「じゃあ悪いけど、一緒に来れる?」
「しょうがないねぇ、将棋はまた今度か。それとお空の方なんだけど……」
にとりは詰まった様な言い方になる。
「どうした?」
「いやさ、向こうが私の事覚えているかなってね?」
「何回か会ったんでしょう」
「多分、行けばわかるよ」
苦笑いをしながらの返答に、椛は同僚と顔を見合わせた。
「じゃあ、確かに伝えたよ」
首を傾げつつも、同僚は椛の家を出る。持ち場に戻る為だ。
「とりあえず、見てみたらどう?」
それもそうだと、椛は『千里先まで見通す程度の能力』を使う。相手の居場所と特徴を探るのだ。見慣れない妖怪は直ぐに見つかる。
「両方とも女だね。猫の妖怪と黒い鳥の妖怪だ。
猫は赤毛を三つ編みにして頭に猫耳、尻尾が二本ある。周囲には変な幽霊っぽい何かが浮いているね。
鳥の方は背が高くて長い黒髪、頭に緑の大きなリボン、背中に大きな黒い羽根、胸に赤い目玉みたいなものが……」
「あー、黒髪がお空だね。猫は知らないよ。いや声だけ知っているかな」
そうなると猫の方が火焔猫燐か。だが椛は別の事が気にかかった。
「いや、胸に目玉が」
彼女の直感が、あれはおかしいと告げていた。決して外見ではない。本質的な何かだ。
「あれは八咫烏だって」
「八咫烏?」
椛は一瞬思考停止に陥る。それは高位の神では?
「え、八咫烏?」
「道中で話すよ。余り待たせるのも悪いだろうしねぇ」
「あ、ああ。とりあえず行くか」
椛は困惑しながらも家の戸締りし剣と楯を持つと、リュックを背負ったにとりと家を出た。
外はすっかり紅葉に染まり晴天の空から眺める景色は最高と言えたが、景色を見ている椛の心中は曇り空だった。
道中で椛はにとりからお空について話を聞いているのだが、にわかに信じがたい。
彼女は幻想郷の地下深くに住む、地底の妖怪であり山の神(二柱いる守矢神社の神)から八咫烏を与えられた地獄烏で、地霊殿の主である古明地さとりのペットである。ペットと言っても場所が場所なだけに可愛らしいものではなく、怨霊や魑魅魍魎を飲み込む強力な妖怪で、愛玩動物ではなく仕える方がイメージとして近いらしい。ペットというのも要は身内扱いというところか。
同じく地霊殿を名乗った猫妖怪も、八咫烏はともかく境遇や実力は似たようなものだろう。椛は彼女の周囲に怨霊が漂っていたことを思い出す。
最後にあまり知られていない間欠泉騒ぎの始まりと顛末。異変を起こした神の火を持つ八咫烏の力を制御できる霊烏路空、そして彼女の記憶力。
「……」
畏怖を感じた方がいいのか、呆れた方がいいのか、それとも笑うべきか、にとりの話は椛を困惑から脱するどころか、更に混乱をさせてしまった。
にとりは口が上手い。的屋もやり更に詐欺まがいのことまで行う事すらある。それ故に本当の事なのか、嘘なのか、誇張が含まれているかさっぱりわからない。
そんな椛の様子を見てにとりは説明を諦めたようだ。最後に
「会えばわかると思うよ」
とだけ言った。にとりですら、もうそれしか言えることがなかったのだ。
後は無言のまま空を飛ぶ。やがて二人が見えてきた。彼女たちも椛とにとりに気が付いたのか、猫の妖怪がこちらに向かい手を振った。二人は向かい合うように着地する。
椛は二人から独特の臭いを感じていたが、無視をする。
最初に口を開いたのは火焔猫燐だった。
「天狗のお姉さんが犬走椛さん?」
「ええ、私が犬走椛です。こちらは」
「河童の河城にとりだよ。椛と一緒にいたんだ。お空とは面識あるから来た方がいいと思ってね」
「そうなんだ。
さっきのお姉さんから聞いていると思うけど、私が火焔猫燐。地底に住む火車だ。お燐って呼んでくれると嬉しい。
こっちが霊烏路空。お空って呼んで」
「火車?」
「何を言いたいのかわかるよ。猫車は此処へは持ってきていない。お姉さん鼻が利きそうだし、天狗を警戒させたくない。博麗神社に預けてる」
「ああ。なるほど」
猫車とは車輪が一つの手押し車だ。おそらく死体を運搬するものだろう。どうしても直接死体に触れる部分は臭いが染み付くし、洗っても完全に落ちない。
実に気が利く。
「よろしく、お燐さん。早速で申し訳ないが、霊夢から紹介されて来たと聞きました」
互いに自己紹介が済んだところで椛は話を切り出した。何かお空がきょろきょろしていたのが気にかかったが後回しにする。
「お燐で良いよ、お姉さん。霊夢に相談したら犬走椛を訪ねろって言われてさ。これが紹介状」
椛はお燐から封筒を受け取る。糊付けされていない封筒から中の便箋を取り出して中身を見る。
『こいつらをよろしく。
博麗霊夢』
これだけだ。簡潔な文である。霊夢らしいと感じてしまうのは椛が悪いのだろうか。便箋を封筒に戻し懐にしまう。
丸投げされて苦笑いをする椛に、眉根を寄せるにとりとお燐、じっと佇んでいるお空は何を考えているのか挙動不審だ。
「とりあえず、霊夢からの紹介というのはわかりました。ただし用件が書いていないので聞かせてもらいたいのですが」
「そうなの? じゃあ、ってお空どうしたの?」
お空はお燐の袖を引っ張っていた。椛は人見知りの妖怪兎を思い出すが、彼女はもっと別の何かな様な気がする。
だがお空の発した言葉は椛の予想を裏切った。
「ねぇ、さっきの白狼天狗と違うの?」
椛の目が点になる。にとりはやっぱりといった感じだ。同僚と種族は同じだが、瓜二つというわけではない。
お燐は椛に謝りつつも、お空に状況を説明する。とはいえ、霊夢の紹介で妖怪の山に来ていること、さっきの白狼天狗と椛は別人という事だけだが。
「天狗の区別がつかないよ」
しげしげと椛を観察しつつお空が発した一言を、思考停止した椛は他人事のように聞いていた。
にとりは私の事を覚えているかと質問する。
「河童の区別もつかないよ」
「……こういう奴なんだよ。本当に悪いとは思うけど、気を悪くしないで欲しいんだ」
困った顔のお空とひたすら謝るお燐。お燐の発する気配は苦労人そのものだ。
椛は初対面の相手に失礼だと思いながらも、いつの間にかお燐に同情をしていた。
「なるほど」
再起動した椛は主にお燐から事情を聞く。要約すると『心を読まれても問題ない遊びは無いか知りたい』だ。背景は『ペットたちは主である古明地さとりと遊びたい』『しかしさとりは心を読んでしまうので、逆に気を遣わせてしまう』『さとりの心を読む能力は自動的なので封印できない』との事。
心を読まれると言うのは知性のある者にとって深刻な問題だ。一番プライベートでデリケートなものであるからだ。だが、目の前の二人は自分の意志で妖怪の山まで訪れている。つまりさとりはペットたちに信頼されている様だ。
にとりは心の底から感心した様子で言う。
「遊び天狗は巫女や地底の妖怪から頼られるまでになりましたか」
「おい」
にとりの変な方向性に椛は突っ込む。
「遊び天狗なんているんだ」
「いないから」
ふむふむとお空が納得するように言い、椛は否定する。
「はっ、白狼天狗ではない。すると目の前にいるのは偽物!?」
「話聞けよ!!」
お空は右腕に、肘から先が収まる棒の様なものを出現させ、反射的に椛は剣をお空に向けた。
「待った待った!!」
お燐は臨戦態勢に入ったお空と椛の間に入り、二人を制止する。
お燐がお空に説明を、いや説得を開始した。どうも遊び天狗がおかしな方向に働いたらしい。
しばらくしてお空が困った様子で棒を消し、それを確認した椛は柄から手を放す。
困った顔をしたいのは椛だと言うのに。
「……お燐、帰っていいですか?」
「お姉さん帰らないで下さい。お願いします」
疲労感と共に絞り出すように言う椛に、焦るお燐。
「大変だねぇ」
「ちょっと黙れ」
他人事の様なにとりに椛は少し怒りを込めた。にとりはにまにましながら自分の口を抑える。
椛は理解した。にとりは本当のことを言っていた。そして会えばわかるとはこういうことだったのか。
そこでふとしたことに椛は思い当たる。
「なぁ、にとり」
「何だい」
「八咫烏の力の前で、お前は巻き添えを食わずに逃げられるの?」
にとりは青い顔をする。思い至って無かったらしい。
本気で暴れられたらどうなるか。神の火を相手に、いち河童でしかないにとりの『水を操る程度の能力』はどれだけ役に立つのか。灼熱地獄を作ろうとした能力だ。冗談抜きに辺り一帯が火の海、焼け野原になるのでは?
例え強力な妖怪や神々、博麗の巫女も前触れのない一発目を防ぐことなど未来を予測する能力でも無い限り不可能だ。
椛の背には妖怪の山、下手をしなくても本物の戦争になる。その原因がにとりの冗談ではシャレにならない。
「本気でその口を閉じていようか」
「うん」
わいわい騒ぐお燐とお空を眺めながら、椛はどう収めるか考えていた。
一番簡単な方法としてさっさと本題を終わらせて帰すことだろう。いくつか思いついたこともある。
しかし、お空は何だろう。一度、永遠亭の八意永琳に診て貰うことを勧めるべきだろうか。
「お待たせしました」
ようやく説得が終わったのかお燐が此方を向く。どこか疲労感のあるお燐と比べ、お空は状況がわかっているのかいないのか、よくわからない表情をしている。しかめっ面に似ているが何かが違う。
椛はもうさっさと終わらせたいと思い、口を開く。
「金はどの程度まで掛けられる?」
「お金?」
お燐は首を傾げる。
「例えば将棋だったら将棋盤と駒を用意するお金とか、花札なら札を買うお金とかそんな感じです」
完全な趣味の世界である。ただ遊ぶだけなら子供でも手が届く程度の価格も多いが、お金を掛けようと思えば幾らでもかかってしまうのがこの世界だ。
「ああ、法外にかかるものじゃなかったら気にしないでよ。こっちで考えるから。霊夢も神社にあるのは貸してくれるって言ったし」
珍しい。椛とにとりの顔に出ていたのか、お燐が背景を言う。
「温泉の件があるからその位良いって」
成程、神社に湧き出た温泉か。
「だったら……要は心を読まれても問題ないか、運任せならいいわけでしょう」
「うん」
「例えば双六とか。盤双六じゃなくてサイコロを振る絵双六の方。或いは周り将棋みたいに駒を振って行うもの、要は運しだいのゲームとかは?」
「確かに。周り将棋は知らないけど、双六ならわかるよ」
お燐の顔に活力が戻る。
「説明は後にするよ。
他にも将棋崩しやジェンガとか技術は使うけど単純なものはどうですかね。心を読まれても結局はできるかどうかですから。
道具を使わない指で簡単にやるゲームもいくつかあるけど、やっぱり駄目ですね。読まれたらつまらなくなります。
後は、さとりさん本人を知らないから何とも言えないですが、主に寺子屋の子供がやるベーゴマやメンコ、おはじき。
ぱっと思いつくのはその辺りでしょうか」
「将棋崩しとジェンガは知らないですね。ベーゴマとかは知っています」
「ジェンガは私も知らないなぁ」
にとりも混じる。
「これは外の世界から入ったゲームですよ。もとは西洋の物らしいですが、これも後で説明します。
まぁ他にも似た遊びはあると思うから、一つ覚えたら別に思いつくかもしれないし地元ルールを作ってもいいかもしれない」
「ふむふむ」
納得するような仕草をするお燐、対してお空は首を傾げている。
「実際にやってみた方がいいと思うけど、周り将棋というのは……」
地域独自のルールがある前提で簡単に説明する。周り将棋は駒を複数個振って、出た目を回る遊びだ。地底にも似たようなものがあるかもしれない。
「ジェンガというのは……」
これは形すら知らないようなので細かく説明をする。崩したものが負けと言う点ではダルマ落としに近いかもしれない。
要は3つで正方形になる長方形を作る。これを互い違いに高く18段組み上げて開始する。順番に一番上以外の一本を抜いていき崩した者が負けという簡単なものだ。サイズや形が異なるものもあるが、基本的にはこのルールだ。
お燐が説明に食いつく。どうも乗り気なようだ。
「ベーゴマやメンコは、自分で言っていてなんですけど駄目ですね。上手い人が教えないとつまらないでしょうし、あれこれ手を付けても意味が無いない気がします」
「とりあえず、将棋関係とジェンガかな」
お燐が言う。
「どちらにしても一度やってみた方がいいと思います。勘違いでルールが変わっていくのも面白いですが。
でどこでやります?」
単純な質問だ。だが妖怪の山に入れさせるわけにはいかないし、どうしたものか。
「博麗神社が一番問題ない気がするねぇ。この二人はさっきまで居たわけだし」
今度はにとりだ。確かに他の場所で集まるのはきつい。お燐も首を縦に振る。
「実はさっき、神社で一通り道具を確認させてもらったんだ。本将棋の盤と駒は博麗神社にあるから借りれるし、双六は地霊殿のどこかで見かけたかな? 無ければ旧都で売っているから問題ないよ。でもさっきのジェンガは無いと思う」
旧都とは地底にある忘れられた都だ。今は鬼などの妖怪が住み着いているらしい。また、お燐やお空の住む地霊殿も旧都にある。当然生活するうえで店などもあるだろう。
それを受け、椛が案を出す。
「旧都はどうか知らないけど、地上では人間の里に行かないと多分手に入らない。一度物を確認しても良いかも。
遊ぶだけなら安いので十分だし」
大工や木工の職人が余ったり破棄する木材で作ったものだ。要は適度な重さとサイズが条件に沿っていれば良いので、彼らなら簡単に作る。飾りも素っ気も無いものだが、ただ遊ぶ分には十分だ。
「んー、値段によるけど買っても良いかも」
お金を出すだろうお燐がそういうなら問題ない。
「だったら博麗神社と人里へ二手に分かれようか。両方行くのは面倒だろう。
お燐が実物を確認するのと、もう一回霊夢にジェンガが無いか聞いてみるのと別れればいい」
「いいけどお姉さん、どうやって連絡取るの? 通信機があるならわかるけど」
椛の案にお燐が突っ込む。椛の能力を知らないなら当たり前の疑問だ。
「私には『千里先まで見通す程度の能力』があります。紙か何かに書いて机の上にでも置いておけば私へ連絡は出来る」
「おお」
彼女は納得した。やろうと思えば椛は博麗神社を覗けるのだが、家を漁るようで好かない手だった、
「で、肝心の別れ方だけど……」
椛は人間の里に行かないと話が始まらない。お燐は実物が見たいし、お空はお燐とセットにしないと不安が残る。
消去法だが椛とお燐は同じことを考えたのだろう。二人の視線がにとりに向く。
「わかった、私が神社へ行くよ」
にとりは察したのか諦め半分といった感じだった。
ここで椛はお空が話に全く入ってこないことを思い出す。不安を感じ其方を見ると、彼女は立ったまま寝ていた。
「……」
「……」
「……」
三者の視線がゆるゆるの寝顔に刺さる。お燐はしょうがないなぁという顔で、お空を起こそうと肩を揺さぶる。
椛は思った。まるで保護者と子供であると。
人間の里。
お燐は何度か訪れたことがあるらしい。お空は要領を得なかった。いい子なのは人里への道中でわかったのだが、この記憶力はどうにかならないのだろうか。しかも『核融合を操る程度の能力』って何だ。椛に核に関する知識は無かったが、彼女が言うには太陽と同じ炎だと言う。危険極まりない能力であることぐらいは察した。
大きな黒い翼を広げて飛ぶお空を見て、椛は一瞬射命丸文を思い出す。烏って頭が良いと思うのだが。いや鴉天狗だから別物か?
体は大人、頭脳は子供なんていろんな意味で不味い気がする。悪い人妖に騙されたらどうするつもりなのか。
人里に到着し、近くにある木工店でジェンガを確認する。やはりお燐に見覚えはない様だ。お空は興味津々という感じだ。
博麗神社を『千里先まで見通す程度の能力』で確認する。にとりは到着し霊夢と何やら話しているが、何かに書く様子もない。
「あちらはもう少しかかりそうだな」
「ん、神社の様子?」
椛の様子を察したお燐が問いかける。
「ああ、にとりが霊夢に説明中だ。
少しかかりそうだけど、近くの店でも見る?」
「そうだね。お空は……」
そこでお空が居ないことに気が付く。ジェンガの確認では居たのに。見回すと店の木工職人である老人が手彫りを作るところ見ていた。お空の目はキラキラして実に楽しそうだ。お燐はしょうがないなという様子だ。老人も気分が良いらしく、お空に技術を見せてくれる。妖怪とはいえ少女に興味津々な目で自分の技術を見てもらうのだ。嬉しいのだろう。実年齢はともかく、見た目では祖父と孫娘で通じる。
「どうします?」
離れないお空について椛はお燐に問うが、お燐は
「いいんじゃない」
の一言で終わる。
どの道、ジェンガを買うのはお燐で遊ぶ場所は博麗神社だ。そこで椛は霊夢への手土産について思い至った。
妖怪らしく好き勝手すれば良いのだが、真面目すぎると言われる由縁だろう。
椛は再度博麗神社を確認する。すると『ジェンガは無し。霊夢は知らないみたい』と書かれた紙が写った。にとりからの連絡だ。
霊夢とにとりは傍で何やら話をしている。椛はお燐にジェンガが無い事を伝えると
「お空が満足したら帰ろうか」
と言いながらジェンガを購入した。お燐が若い職人に代金を払うと、逆にお礼を言われた。何でも好奇心を持って見てくれる人は少ないらしい。相手は妖怪だけど、人間の里にもいろいろあるものだと椛は感じた。一方でお空は離れる様子が無い。
「少し離れた店に、霊夢への手土産を買ってくる」
椛はお燐へそう伝える。霊夢が贔屓している店の煎餅だ。
「だったらついていくよ」
「お空は?」
「あいつに手を出す馬鹿はいないよ」
確かにそうだ。お空に少し出ることを伝えるも上の空だ。仕方なく職人さんにここに戻るのでお空をこの場に残すようにお願いし、二人で空を舞った。
「お空は、いつもこんな感じなのか?」
椛はお燐に問うも
「いんや、あそこまで熱心なのはしばらく振りかね」
と言い薄く笑った。その後も話しているうちに、目的の煎餅のある店が見えた。
煎餅に追加し、椛がいつもの茶屋で団子を購入してきたにもかかわらず、お空の眼が飽きることなく職人の手を見ていた。本気で気に入ったらしい。
おかげで引っぺがすのに手間取ったのだが、最後は老人の「またいらっしゃい」の一言で大人しくなった。お燐に手を引かれ、ついて行く様は完全に子供である。
さては店を出ようとしたところで、若い職人たちからは更に礼を言われた。
何でも滅多に見せない技術まで出したと言う。何かお空は飴玉を貰っていた。
ちなみに博麗神社では霊夢も加えた5人でジェンガに白熱し、他の将棋は通り一辺倒の説明で終わった。
お燐が熱心にメモを取っていたので、過不足は無いだろう。
お燐とお空を見送った際に、椛とにとりも帰ろうとしたが、霊夢が変に違和感のある、何かに引っかかるような顔をしていた。
聞いても彼女は首を傾げるばかり。その違和感の正体は後日判明する。
さて、お燐とお空との出会いから少し経ち、椛は霊夢に呼び出された。
対面に座る霊夢と茶を啜りながら、世間話をする。
最近お空が木工を始めたらしい。細かな作業に興味を持ったからなのか、能力のコントロールに磨きがかかっている様だ。その為か間欠泉地下センターの業務は良好とのこと。そして地霊殿に帰る前に、河童の精密作業や人里の職人技術を見て回っているらしい。
それについて椛は説明を求められ、人里での状況だけ話した。対面に座る霊夢は一通り聞いた後、納得した様子で懐から陰陽玉を取り出し椛に軽く放った。
椛は反射的に受け取る。すると手の中の陰陽玉からは聞いたことのない声が出てきた。
『あー、あー、聞こえますか?』
椛は一瞬ぎょっとするが、陰陽玉が通信機としての役割を持つことを思い出すと冷静になる。
「ええ、聞こえてますよ。どちらさまでしょうか」
椛が返すと相手が言う。
『突然失礼します。私は地霊殿の古明地さとりと申します。貴方が白狼天狗の犬走椛様でしょうか』
ぴしり、隣でにまにまと笑っている霊夢は、この時椛が音を立てて固まっていたと後に証言する。
「え、ええ。私が白狼天狗の犬走椛です」
地霊殿の主、すなわち灼熱地獄と怨霊の管理者相手に恐縮する椛を見て、霊夢はくすくす笑う。
『まず御礼申し上げます。私のペットたちについて邪険にせず、対応してくださったこと、心から感謝します』
「私は頼まれたことをしただけですよ」
『それが重要なのです。私たちに地底の者にとっては』
椛は地底の妖怪が持つ暗い背景を思い出した。
『さて実は私、真っ向から将棋を指したことがありません。私の能力は聞いていると思いますが、相手が何を指すのか全て読めてしまうので、相手の考えていない筋道も見えてしまうのです。
ですが博麗神社と地霊殿、ここまで離れれば心の声も届きません。今から一局願いたいのですが、よろしいでしょうか』
がちゃりと聞き慣れた音がした。見ると霊夢は隠してあった将棋盤を取り出し、本将棋の駒を並べ始めていた。
「お空とお燐を通して将棋天狗が地底まで伝わったからね、さとりに提案したのよ。どうする? やる?」
「やります」
椛は霊夢に陰陽玉を戻す。
『私からお願いしたのです。椛さんからどうぞ』
「では……」
真剣勝負が始まった。
後日、出版された『文々。新聞』は古明地さとりの特集記事だった。
細々と交流が始まったとはいえ、まだまだ地底の妖怪についてわからないことが多い。そんな中、地霊殿の主であるさとりの顔写真付きの新聞は相当売れたようだ。
人間の里でお空は木工職人たちにさとりがいかに優しいか、そしてジェンガを購入した経緯を話していたらしく、お空の愛らしさもあり好意的なインタビュー記事となっていた。
また、椛とさとりの対局についても掲載されていた。
対局場所が博麗神社だった為、霊夢当てにはさとりと対局をしたい、話し相手になりたいという人間や妖怪が訪れたせいで大変だったらしい。
博麗神社を訪れた椛に「ますます妖怪神社扱いされる」と霊夢は愚痴を漏らしたが、その椛も妖怪である。
話の中で判明したこととして、お燐とお空が訪れたときから射命丸は本気で気配を隠し、彼女たちを追ったらしい。人里経由で博麗神社に着いた時もいた様だ。その時霊夢は射命丸に気が付いていなかったが、違和感は感じていたので顔に出てしまった。
判明した理由は簡単。さとりとの対局を終えた椛が帰った後、射命丸がしれっとした顔でインタビューしにやって来たのだ。そこで射命丸は話を聞いた霊夢に蹴り飛ばされたらしい。
椛についた将棋天狗といい、一層の妖怪神社扱いといいほとんど射命丸が元凶である。
椛は射命丸が居たことに全く気が付かなかったのは己の修行不足と自身を叱咤する。
二人して愚痴っていると、椛は少々悪だくみを思いついた。霊夢に提案をすると、あっさりと了承される。
かくして、二人の愚痴は計画立案に変更された。
少し後、射命丸は博麗神社にて霊夢と椛の二人に挟み撃ちされることになる。
最もお燐が
波乱もなく平和に休日を過ごしながら、山の外との交流を深めていく椛。肝が座っているというのはあると思います。
ジェンガやら周り将棋やら教えてまわり。やっぱり遊び天狗ですね。
ジェンガとか懐かしい。最後にやったのはいつだろう。
将棋は棋譜がありますから、音声でも対局ができるんですね。便利!
文章も読みやすくてスラスラと進めました。木工に目覚めるお空が可愛かったです。
さとり様との一局は、椛の無限に広がる次の差し手に驚愕する場面があるかと思いましたが、これはこれで良かったと思います。
次の予想ー。古代日本で双六とかやってたぽい、神霊廟組登場かな?
かつての趣味探しのおかげで知識は(も?)遊び人の域なのが感慨深いです。
さとり様は普段読める分、こういう読めない形式だと途端に疑心暗鬼に陥って脆くなっちゃうようなイメージも。
さて、相変わらずの文は次回どうハメられるのか。楽しみにさせてもらいます。
今までコメントはしてなかったけど、気持ちが抑えられないくらい。