ふと、その時のことを思い出す。
不意に感じる衝撃と地面の冷たさ。それによって、自分が落とされたのだと気付く。そのことは全く気にしていなかった。ただ、早く拾ってくれないかなと思っていただけだ。他の人間からはまるで茄子みたいだと馬鹿にされ、それでも主は好きだと言ってくれた折角の鮮やかな紫が土でくすんでしまう。
そして、拾い上げられることは無いまま、自分の元に流れてくる温かい水。お湯、という程でもない、人肌に温められた液体が自分の骨に貼られた油紙に触れる。これはまずい、と思った。
お湯ではないから即座に、ということはないだろうが、たとえ冷水でも長時間濡れっぱなしなら、油紙はダメになってしまう。
お願い、お願いだから早く拾ってこの水気を落として…。
傘としてダメになることを恐れて、必死で主にそう願った。だが、結果としてそれは叶えられることは無かった。
一昼夜をすぎてなお、傘は地を離れることはなく、とっくの昔に熱を失った液体は油紙に染みてしまっていた。それでも主は傘を拾うことはなかった。
認めたくはない。認めたくは無かったが、傘である自分からですら、どこからとも知れず止めどなく溢れてくる涙を止めることができない。
それは、認めたく無い事実を認めざるを得なかったから。
自分は、捨てられた。まだ、使えたはずなのに、捨てられた。
雨が降り始めた。既にふやけ切っていた油紙は簡単に破れる。
風が吹き始める。水を吸った竹の骨組みは、転がりつつ簡単に折れる。
悔しかった。ただただ悔しかった。
主を恨みかけたこともあった。だが、自分に傘としての誇りを思い出させてくれて、傘としての喜びを教えてくれた主を嫌いになることなど、自分には到底できようはずも無かった。
それからは、感情をぶつけさせてくれる相手さえ見つからず、ただただ悲嘆に苦しむだけの日々が続いた。
傘は、他人を守る術を知っていても、自らを守る術を何一つ知らなかった。道具は、一人では生きてはいけない。
そうして、傘として、道具として、悔しさと悲嘆の内に完全に朽ちた後、妖怪としての第二の生を受けることとなる。
2、風神転婆
ーー出来事について調べたいのなら、鴉天狗に訊きなさいーー
青の邪仙の言葉により、小傘は単身、天狗の根城、妖怪の山を目指していた。その道中、天狗との交流を一切持たない小傘は、天狗という存在についてあれこれ思案する。
「確か、天狗にも色々種類がいるんだよね……? だけど、どうして青娥さんは鴉天狗、って限定したんだろう……」
「それは、私のことでしょうか?」
不意にかけられた声に、小傘は飛び上がる。
「あややや、驚かせてしまったようですね。これは失敬。どうもどうも。私、毎度お馴染み、清く正しい幻想郷の伝統ブン屋、射命丸文でございます」
そう早口に語る少女、射命丸文の背中には、黒光りする一対の羽。
「あや、貴女は唐傘お化けとお見受けしますが、珍しいですね、九十九神のような文明的で非力な妖怪はこの辺りではなかなかお目にかかれませんが」
非力、という言葉に思わず眉が動く小傘。
「気分を害してしまいましたか、失礼しました。ですが、あまり感心しませんねぇ。ここは妖怪の山の麓の森。いわば、妖怪のパラダイスです。そんなところには、ほら、あのように」
文が指差す先に、一対の瞳がこちらに向いて光っている事に気付いて、小傘は顔から血の気が引いて行くのを感じる。
それは、野生の目だった。それは、文明にも規律にも一切縛られていない、ただ自分の格下と見做したものを糧とするためにある獣の目だった。
「しっ、しっ! あっちに行きなさい。今は私が話をしているんです。新聞記者の取材を邪魔だてしようというのなら容赦はしませんよ?」
文が片手で追い払う仕草をするだけで、その瞳は音もなく姿を消した。それはつまり小傘の目の前にいる「取材中」などというわけの分からない腕章をした少女が、程度は分からずとも腕の立つ者である事を知るには十分な出来事であった。
「ここまで無事に来られたのは僥倖でしたね。ですが悪い事は言いません、ここで引き返しなさ……」
「あのっ!」
「はい?」
「貴女が、鴉天狗さんですか?」
「……仰る通り、私は妖怪の山を治める天狗の一人、鴉天狗ですよ?」
「お訊きしたい事があるんです!」
文は少し考えるような表情を見せた後、相好を崩し、
「……ええ、いいでしょう。私がお答えできる事であればお答えしましょう。ただし、」
そこで文は眉をひそめ、
「場所を変えた後でね。……どうやら少し長話が過ぎたようです。辺りの”よくない”連中が集まってきたようですね。一先ず、安全な所まで貴女をお連れする必要がありそうです」
文の言葉に、再び小傘の顔は青ざめる。
「お願いします……」
「はい、承りました」
そんな小傘の様子を面白そうに眺めながら、文は了承の言葉と共に飛び立つ。小傘はそれを慌てて追いかけた。
飛んでいる最中、小傘は烏天狗を訪ねようとした理由を文に話した。
「なるほど……生前の芳香さんとは私も交流がありました。突然彼女の遺体が妖怪の山で見つかった時は私も驚きましたが……」
その言葉に、小傘は目を丸くする。
「芳香ちゃんの死体が、妖怪の山に……?」
「ええ。……あや、ご存知ありませんでしたか? 度々彼女は妖怪の山に侵入を試みていて、その度に山の哨戒を担当している白狼天狗たちに追い返されていたのですが……」
芳香が、妖怪の山に侵入しようとしていた。文が語ったその事実は小傘の心を強く揺り動かした。
自分の主人が妖怪の山に立ち入ろうとしていた事実。
それに危険が伴う事など、本人だってきっとわかっていたはずなのに。
どうしてそんなに危ない事を。そんなことをしていたから、主は……。
「……一先ず顔を拭きなさい」
ぶっきらぼうに差し出される、紅葉の刺繍が入った麻布。それで始めて、小傘は自分が涙を流していることに気が付いた。
「……ごめんなさい」
小傘は素直に受け取って、目元を拭う。
「全く……何か調子狂うわね…」
面白くなさそうに、少し乱暴な手つきで文は自分の髪を掻き上げる。
「先に断っておくわ、ここから先の言葉は全て、新聞記者、射命丸文ではなくて、ただの天狗、一妖怪としての射命丸文が言ってるだけだから誤解しないで」
ガラリと変わった言葉遣いに、小傘は無意識に顔をあげる。
そこには、仏頂面でふてぶてしく腕を組む、先ほどとはにても似つかない様子の鴉天狗の姿があった。
「今更貴女がうじうじしててどうするの。貴女が泣こうが悲しもうが貴女のご主人は帰って来ないの。むしろ、貴女が泣いたり悲しんだりできるようになった事の根底には、貴女のご主人の死があるのよ? 今ここで貴女が妖怪として悲しむ事にどんな生産性があるのか教えてもらえる?」
文の冷え切った言葉と視線に、小傘は俯く。
「……張り合いがないわね。付喪神っていうのは、みんなそうなのかしら……」
文はわざとらしく溜息をついた後、仕方ないわね、とでも言いたげに肩を竦めた。
「……逆に考えてご覧なさい。芳香ちゃんは原因はどうあれ不慮の事態で死んだのよ。もしそれが貴女が捨てられた前の出来事なら、芳香ちゃんが貴女を捨てるなんてことはできないでしょう?」
小傘はキョトンとした様子で首を傾げる。
「本当にその"可能性"に思い至ってないのね…。貴女の信用できるのかも怪しいおぼろげな記憶では、貴女は物理的に放り出されたのでしょう? 貴女はそれを捨てられた、と考えたようだけれども、もし、その時、貴女のご主人が貴女を持っていられるような身体的状況でなかったとしたら?」
そこまで言われて、小傘は目を見開く。
「やっと気付いたみたいね。もちろん、そうと決まったわけじゃないわ。けれど、個人的な勘として、その可能性は低くないと思ってる。……もし、貴女のご主人様が、貴女のことを気に入ったていたのなら尚更、ね」
いや、でも、まさか、そんな。そんな言葉ばかりが小傘の頭に浮かんでは消えて行く。
「まあ、いいわ。取り敢えず。今から教えることだけは覚えておきなさい……」
この道を真っ直ぐ行った先に、とある人里がある。そこで寺子屋の教師をやっている上白沢慧音という人物を尋ねるといい。
その文の言葉が、小傘にしっかりと届いていたのかどうかは、文の知る所では無い。
飛ぶこともできるはずなのに、白くてか細い、その両脚でフラフラと人里への道を歩いて行く小傘を眺めながら、文は小さく嘆息する。
他人が悲しみから涙する姿なんて、もう何世紀も見ていなかったような気がする。殊、幻想郷入りしてからは文の周りの存在なんて、皆清々しい程にさっぱりとした性格をした連中ばかりだったので、ああいう湿っぽいのとはとんと縁がなかったのだ。
だからだろうか。文がいつまでも小傘の去った方から目を離せないでいるのは。
彼女が肌身離さず持っている手帳、文花帖に、『宮古芳香の生前、特にその死亡原因について』などと書きつけてきまうのは。
「全てを受け入れることは、全てが笑顔であることとは異なる、か……」
賢者は言っていた、全てを受け入れることは、残酷なことであると。
もしかしたら、あの賢者はこのようなことを予見していたか、体験したことがあったのかもしれない。
そして、文自身、新聞記者となって何百年、妖怪とただの無力なヒトとが融和して、完全に幸福な結末を迎えた所など、見たことがなかった。
もしかしたら、この先、彼女は更に辛い現実に直面して行くのかもしれない。
今の彼女が、そんな現実に耐えられるのか。きっと、今頃彼女は事件の記憶を必死に思い出そうとしているだろう。本当に彼女が現場にいたのか、なんていうことはとっくの昔に忘れ去っているだろう。そして、何も思い出せない自分自身を強く責めている可能性が高い。
「久々に、後味の悪い取材をすることになるかもしれませんね……」
生前の芳香と何らかの接点を持っている可能性のある人物を一通り頭の中でリストアップしていく。
さて、どの順番に回って行こうか、と、考える最中、ふと手元に残されたまだ湿っている麻のハンカチをみる。
そこには、ワンポイントとして、真っ赤な紅葉が刺繍されていた。
そうだ、彼女だって白狼天狗、山の哨戒に当たる一人だ。
「まず、当たって見るのもいいかもしれませんね……」
ハンカチをスカートのポケットに仕舞うと、山に戻るためにゆっくりと地面を離れた。
小傘と文が別れた場所、妖怪の森と人里への道が続く草原の狭間、ヒトと妖怪の境界線。
かつて、神童と呼ばれた幼い少女の血が流れた場所に吹く風は、とても静かなものだった。
不意に感じる衝撃と地面の冷たさ。それによって、自分が落とされたのだと気付く。そのことは全く気にしていなかった。ただ、早く拾ってくれないかなと思っていただけだ。他の人間からはまるで茄子みたいだと馬鹿にされ、それでも主は好きだと言ってくれた折角の鮮やかな紫が土でくすんでしまう。
そして、拾い上げられることは無いまま、自分の元に流れてくる温かい水。お湯、という程でもない、人肌に温められた液体が自分の骨に貼られた油紙に触れる。これはまずい、と思った。
お湯ではないから即座に、ということはないだろうが、たとえ冷水でも長時間濡れっぱなしなら、油紙はダメになってしまう。
お願い、お願いだから早く拾ってこの水気を落として…。
傘としてダメになることを恐れて、必死で主にそう願った。だが、結果としてそれは叶えられることは無かった。
一昼夜をすぎてなお、傘は地を離れることはなく、とっくの昔に熱を失った液体は油紙に染みてしまっていた。それでも主は傘を拾うことはなかった。
認めたくはない。認めたくは無かったが、傘である自分からですら、どこからとも知れず止めどなく溢れてくる涙を止めることができない。
それは、認めたく無い事実を認めざるを得なかったから。
自分は、捨てられた。まだ、使えたはずなのに、捨てられた。
雨が降り始めた。既にふやけ切っていた油紙は簡単に破れる。
風が吹き始める。水を吸った竹の骨組みは、転がりつつ簡単に折れる。
悔しかった。ただただ悔しかった。
主を恨みかけたこともあった。だが、自分に傘としての誇りを思い出させてくれて、傘としての喜びを教えてくれた主を嫌いになることなど、自分には到底できようはずも無かった。
それからは、感情をぶつけさせてくれる相手さえ見つからず、ただただ悲嘆に苦しむだけの日々が続いた。
傘は、他人を守る術を知っていても、自らを守る術を何一つ知らなかった。道具は、一人では生きてはいけない。
そうして、傘として、道具として、悔しさと悲嘆の内に完全に朽ちた後、妖怪としての第二の生を受けることとなる。
2、風神転婆
ーー出来事について調べたいのなら、鴉天狗に訊きなさいーー
青の邪仙の言葉により、小傘は単身、天狗の根城、妖怪の山を目指していた。その道中、天狗との交流を一切持たない小傘は、天狗という存在についてあれこれ思案する。
「確か、天狗にも色々種類がいるんだよね……? だけど、どうして青娥さんは鴉天狗、って限定したんだろう……」
「それは、私のことでしょうか?」
不意にかけられた声に、小傘は飛び上がる。
「あややや、驚かせてしまったようですね。これは失敬。どうもどうも。私、毎度お馴染み、清く正しい幻想郷の伝統ブン屋、射命丸文でございます」
そう早口に語る少女、射命丸文の背中には、黒光りする一対の羽。
「あや、貴女は唐傘お化けとお見受けしますが、珍しいですね、九十九神のような文明的で非力な妖怪はこの辺りではなかなかお目にかかれませんが」
非力、という言葉に思わず眉が動く小傘。
「気分を害してしまいましたか、失礼しました。ですが、あまり感心しませんねぇ。ここは妖怪の山の麓の森。いわば、妖怪のパラダイスです。そんなところには、ほら、あのように」
文が指差す先に、一対の瞳がこちらに向いて光っている事に気付いて、小傘は顔から血の気が引いて行くのを感じる。
それは、野生の目だった。それは、文明にも規律にも一切縛られていない、ただ自分の格下と見做したものを糧とするためにある獣の目だった。
「しっ、しっ! あっちに行きなさい。今は私が話をしているんです。新聞記者の取材を邪魔だてしようというのなら容赦はしませんよ?」
文が片手で追い払う仕草をするだけで、その瞳は音もなく姿を消した。それはつまり小傘の目の前にいる「取材中」などというわけの分からない腕章をした少女が、程度は分からずとも腕の立つ者である事を知るには十分な出来事であった。
「ここまで無事に来られたのは僥倖でしたね。ですが悪い事は言いません、ここで引き返しなさ……」
「あのっ!」
「はい?」
「貴女が、鴉天狗さんですか?」
「……仰る通り、私は妖怪の山を治める天狗の一人、鴉天狗ですよ?」
「お訊きしたい事があるんです!」
文は少し考えるような表情を見せた後、相好を崩し、
「……ええ、いいでしょう。私がお答えできる事であればお答えしましょう。ただし、」
そこで文は眉をひそめ、
「場所を変えた後でね。……どうやら少し長話が過ぎたようです。辺りの”よくない”連中が集まってきたようですね。一先ず、安全な所まで貴女をお連れする必要がありそうです」
文の言葉に、再び小傘の顔は青ざめる。
「お願いします……」
「はい、承りました」
そんな小傘の様子を面白そうに眺めながら、文は了承の言葉と共に飛び立つ。小傘はそれを慌てて追いかけた。
飛んでいる最中、小傘は烏天狗を訪ねようとした理由を文に話した。
「なるほど……生前の芳香さんとは私も交流がありました。突然彼女の遺体が妖怪の山で見つかった時は私も驚きましたが……」
その言葉に、小傘は目を丸くする。
「芳香ちゃんの死体が、妖怪の山に……?」
「ええ。……あや、ご存知ありませんでしたか? 度々彼女は妖怪の山に侵入を試みていて、その度に山の哨戒を担当している白狼天狗たちに追い返されていたのですが……」
芳香が、妖怪の山に侵入しようとしていた。文が語ったその事実は小傘の心を強く揺り動かした。
自分の主人が妖怪の山に立ち入ろうとしていた事実。
それに危険が伴う事など、本人だってきっとわかっていたはずなのに。
どうしてそんなに危ない事を。そんなことをしていたから、主は……。
「……一先ず顔を拭きなさい」
ぶっきらぼうに差し出される、紅葉の刺繍が入った麻布。それで始めて、小傘は自分が涙を流していることに気が付いた。
「……ごめんなさい」
小傘は素直に受け取って、目元を拭う。
「全く……何か調子狂うわね…」
面白くなさそうに、少し乱暴な手つきで文は自分の髪を掻き上げる。
「先に断っておくわ、ここから先の言葉は全て、新聞記者、射命丸文ではなくて、ただの天狗、一妖怪としての射命丸文が言ってるだけだから誤解しないで」
ガラリと変わった言葉遣いに、小傘は無意識に顔をあげる。
そこには、仏頂面でふてぶてしく腕を組む、先ほどとはにても似つかない様子の鴉天狗の姿があった。
「今更貴女がうじうじしててどうするの。貴女が泣こうが悲しもうが貴女のご主人は帰って来ないの。むしろ、貴女が泣いたり悲しんだりできるようになった事の根底には、貴女のご主人の死があるのよ? 今ここで貴女が妖怪として悲しむ事にどんな生産性があるのか教えてもらえる?」
文の冷え切った言葉と視線に、小傘は俯く。
「……張り合いがないわね。付喪神っていうのは、みんなそうなのかしら……」
文はわざとらしく溜息をついた後、仕方ないわね、とでも言いたげに肩を竦めた。
「……逆に考えてご覧なさい。芳香ちゃんは原因はどうあれ不慮の事態で死んだのよ。もしそれが貴女が捨てられた前の出来事なら、芳香ちゃんが貴女を捨てるなんてことはできないでしょう?」
小傘はキョトンとした様子で首を傾げる。
「本当にその"可能性"に思い至ってないのね…。貴女の信用できるのかも怪しいおぼろげな記憶では、貴女は物理的に放り出されたのでしょう? 貴女はそれを捨てられた、と考えたようだけれども、もし、その時、貴女のご主人が貴女を持っていられるような身体的状況でなかったとしたら?」
そこまで言われて、小傘は目を見開く。
「やっと気付いたみたいね。もちろん、そうと決まったわけじゃないわ。けれど、個人的な勘として、その可能性は低くないと思ってる。……もし、貴女のご主人様が、貴女のことを気に入ったていたのなら尚更、ね」
いや、でも、まさか、そんな。そんな言葉ばかりが小傘の頭に浮かんでは消えて行く。
「まあ、いいわ。取り敢えず。今から教えることだけは覚えておきなさい……」
この道を真っ直ぐ行った先に、とある人里がある。そこで寺子屋の教師をやっている上白沢慧音という人物を尋ねるといい。
その文の言葉が、小傘にしっかりと届いていたのかどうかは、文の知る所では無い。
飛ぶこともできるはずなのに、白くてか細い、その両脚でフラフラと人里への道を歩いて行く小傘を眺めながら、文は小さく嘆息する。
他人が悲しみから涙する姿なんて、もう何世紀も見ていなかったような気がする。殊、幻想郷入りしてからは文の周りの存在なんて、皆清々しい程にさっぱりとした性格をした連中ばかりだったので、ああいう湿っぽいのとはとんと縁がなかったのだ。
だからだろうか。文がいつまでも小傘の去った方から目を離せないでいるのは。
彼女が肌身離さず持っている手帳、文花帖に、『宮古芳香の生前、特にその死亡原因について』などと書きつけてきまうのは。
「全てを受け入れることは、全てが笑顔であることとは異なる、か……」
賢者は言っていた、全てを受け入れることは、残酷なことであると。
もしかしたら、あの賢者はこのようなことを予見していたか、体験したことがあったのかもしれない。
そして、文自身、新聞記者となって何百年、妖怪とただの無力なヒトとが融和して、完全に幸福な結末を迎えた所など、見たことがなかった。
もしかしたら、この先、彼女は更に辛い現実に直面して行くのかもしれない。
今の彼女が、そんな現実に耐えられるのか。きっと、今頃彼女は事件の記憶を必死に思い出そうとしているだろう。本当に彼女が現場にいたのか、なんていうことはとっくの昔に忘れ去っているだろう。そして、何も思い出せない自分自身を強く責めている可能性が高い。
「久々に、後味の悪い取材をすることになるかもしれませんね……」
生前の芳香と何らかの接点を持っている可能性のある人物を一通り頭の中でリストアップしていく。
さて、どの順番に回って行こうか、と、考える最中、ふと手元に残されたまだ湿っている麻のハンカチをみる。
そこには、ワンポイントとして、真っ赤な紅葉が刺繍されていた。
そうだ、彼女だって白狼天狗、山の哨戒に当たる一人だ。
「まず、当たって見るのもいいかもしれませんね……」
ハンカチをスカートのポケットに仕舞うと、山に戻るためにゆっくりと地面を離れた。
小傘と文が別れた場所、妖怪の森と人里への道が続く草原の狭間、ヒトと妖怪の境界線。
かつて、神童と呼ばれた幼い少女の血が流れた場所に吹く風は、とても静かなものだった。
粘着されていると思って諦めてください
序盤の独白、切なくて良い感じですね
なんとか報われて欲しいところですが……
後味が悪い取材の可能性?バッドエンドフラグ!?(戦々恐々
そしてでっけーね、だと?許せる!
けーねの身長は175くらいが理想だと思います。めーりん勇戯と同じくらいです
え?身長の話じゃない?これは失礼しました