「デュラハンに取材をしたい?」
私――上白沢慧音が稗田阿求からそんな依頼を受けたのは、夏が始まってすぐのある日の事であった。
今年も暑くなりそうだなぁ、と例年通りのセリフをつぶやきながら庭先に水を撒いていたところ、阿求が突然やってきたのである。
何事か、と私は身構えたものの、当の阿求は興奮しているのか何を言っているのか分からない。
とりあえず家に招き入れお茶を出し、少し落ち着いたところで話を聞くと、阿求はこう告げたのだ。
――デュラハンに取材がしたい、と。
「ええ。最近人里でデュラハンを目撃したという噂が広まっています。
出所は不明で噂話に過ぎないのですが、もしいるのならぜひ取材を行ってみたいのです」
「ふぅむ、要件は理解した。
でもなぜ私なのかが分からないな。未確認の妖怪ならば博麗の巫女に任せるのが筋でないかな?」
あの巫女は被害が出ないと動かないかもしれないけどね、とは付け加えないでおいた。
ついでに言うと巫女の感とやらが反応しないと動かないのかもしれない。
「最初は言おうと思ったんですけど……」
阿求が言いよどむ。
これは私の勘が当たったのかな、と思ったが、実際はそうではなかった。
「霊夢さんは最近宗教戦争の方で忙しいですから。
未確認の妖怪には構ってられないようです」
「あぁ、あの連日やっている騒ぎか……」
人里では最近神道、仏教、道教の宗教家たちが戦う祭りが人を集めている。
その熱気はすさまじく、人々は己の仕事も忘れて騒ぎ立てる程であり、私は熱中したこの祭りに一度注意に赴こうとした事もあった。
だが熱中とは言い換えれば活力の源でもあり、これに水を差す事は人々から希望を奪う行為に等しい。
なので、私はこの祭りはひと時のものであると自分に言い聞かせてこの件を黙認していた。
彼女らもプロである。何か異変が起きればすぐに戦いを止めて異変に赴く事だろう。
逆に言えば、未確認妖怪の件も彼女らはすでに気づいているもの、取るに足らない出来事と考えている可能性すらある。
「そこで私に白羽の矢が立ったというわけか……」
「いかがでしょう? もし、慧音に何か用事があるのなら別の方にお願いしますが」
「いや、いいよ。私が引き受けよう」
彼女らが人々に娯楽を提供しているなら、その裏を守るのが私の仕事と言えるだろう。
損な役割の気もするが今に始まった事ではない。
「気にしなくていいよ。私自身も実を言うと退屈だったんだ。
未確認妖怪の探索だなんて少しワクワクするじゃないか」
「ありがとうございます。
では、早速デュラハンの探索方法についてですが……」
「何か策があるとでも?
人里といっても結構広いから、それを一つ一つ調べるのはさすがに身に染みるな」
聞くと、阿求は任せてくださいと言わんばかりに胸をどんっと叩いた。
事前準備はすでに万端という事か。マメなところは阿求らしいと思った。
いや、私もそうかもしれないけど。
「事前に2つの情報を入手しています。これらを元に探索するつもりです」
阿求が持ってきた紙を広げると、そこには人里の大まかな地図が記載されていた。
よく見てみると、とある2か所に赤い○が見受けられた。
「これすらも未確定かもしれないけど、それを言ったらおしまいか。
よし、じゃあさっそく一つ目から回ろうか」
阿求の情報によると、デュラハンの目撃情報には一つだけ共通点があるという。
それが赤髪であるという事だ。ただし、人里には赤髪の住人も多くそれだけで確定するには情報が足らなさすぎる。
あくまでも赤髪はデュラハンかどうか判断する前提条件に留めておくのが無難だと思われた。
「で、一つ目の情報を元に来たのがここか……」
阿求に連れられてやってきた私は頭上の看板を見やる。
甘味処である。私も何度も訪れた事のあるごく普通の店である。
「阿求、これはさすがに大雑把すぎないか?
この甘味処は私もよく訪れる場所だ。でも、この店でデュラハンに出会った事なんてないぞ?」
阿求は少し猪突猛進なところがある。
これと決めつけたら一直線なのである。純粋、まっすぐといったプラスの言葉で置き換える事もできるが、さすがにこれがデュラハン探索に必要な事とは思えなかった。
だが、阿求は自信満々な態度を崩さない。
むしろ、私の発言を予測していたかのように、「ふっふっふ」と不敵な笑みを見せた。
変なスイッチが入ってしまったらしい。
「甘い、甘いですね、慧音!
私はむしろ今の慧音の言葉でデュラハンがここにいる事を確信しましたよ!」
「その根拠は?」
「慧音はデュラハンと出会っているのにも関わらず気づいていないだけなのです」
「……全く理由になっていないと思うが?」
たしかに阿求の言う事に間違いはない。
私はデュラハンを知らないのだからすれ違っている可能性はある。
だが、それはデュラハンの事を赤髪としか知らない今も同じと言えるだろう。
要は決定的な情報が枯渇しているのだ。
「この甘味処にデュラハンが来た、だけではなく、私はもう一つの決定的な情報を得ているのです。
これがデュラハンを見つける最後の決め手となるでしょう」
「ほぅ、その情報とは?」
「デュラハンはこの甘味処で納豆白玉イカスミパフェをよく注文するのです」
「……えっと、もう一回言ってくれないか?」
「納豆白玉イカスミパフェです!」
きらきらとした目で語る阿求を見て思う。
――ずいぶんと世間に溶け込んだデュラハンだ、と。
「それのどこが最後の決め手となるんだ?」
「えぇ!? 慧音は分からないんですか? だって納豆白玉イカスミパフェですよ?
慧音は納豆白玉イカスミパフェを頼んだ事がありますか?」
「そのメニューを連呼するのはやめてくれ……。
想像するだけで吐き気が催してくる……」
ついでにそのメニューを考えた店主に頭突きがしたくなる。
「つまりはそういう事です」
「すまん、全くお前の思考が理解できない」
突き進む阿求に私はなんとかブレーキをかけようとする。
「はぁ、分かりました。じゃあ一から説明するのでちゃんと聞いててくださいね。
全く、慧音は普段は頭がいい素振りを見せるのに、こういう肝心なところでは駄目なんですから……」
「溜息をつかれる理由が分からないのだが!?
それに納豆白玉イカスミパフェとデュラハンがどう結びつくのか分からない私が悪いのか!?」
もう一度阿求に溜息をつかれる。
私は辛酸を舐めるつもりでその苦行を耐える事にした。
「デュラハンが納豆白玉イカスミパフェを頼むと考えるから答えが出てこないんです。
逆に納豆白玉イカスミパフェを頼んだ人物こそがデュラハンだと考えれば自ずと答えは出てくるはずです」
「なるほど、そんな奇天烈で頭のおかしいメニューを頼む者なんてデュラハンしかいないという事だな」
確かにその考えには一理あると思った。
私はこの甘味処に何度も通っているとは先ほど言ったが、その私ですら納豆白玉イカスミパフェの事を知らなかった。
だが、デュラハンはその裏メニューを知った上でよく頼むという。
ならば、納豆白玉イカスミパフェを頼んだ赤髪の少女こそがデュラハンである可能性も高くなるのだ。
「納豆白玉イカスミパフェを一つくださ~い!」
そんな折にその声が店内に響き渡った。
私と阿求は顔を見合わせて、あわててその注文した少女を見やる。
「赤髪だ!」
「納豆白玉イカスミパフェを頼んだ!」
ビンゴだ!
私は逸る気持ちを抑えながらも、少女の元へと向かう。
相手はデュラハンだ。いきなり襲い掛かってくる可能性すらある。
ここは冷静に戦う準備をしなければ。
「見つけたわ、デュラハンっ!!」
「ふぇ?」
阿求が叫ぶと、その少女が顔をあげる。
「って、小鈴じゃないか!?」
納豆白玉イカスミパフェを頼んだ赤髪の少女――それは本居小鈴であった。
私は思わず天を仰いでしまった。
「あなた、本当はデュラハンだったの?」
「え、阿求ってば何のこと?」
まだ可能性を諦めきれない阿求が小鈴に問う。
当の小鈴はまるで状況を分かっていない様子だ。当たり前だろう。いきなりデュラハンと聞かれて反応できる方がすごい。
「だって小鈴ったら納豆白玉イカスミパフェを食べてるじゃない」
「これ私の大好物なんだもん。
……あ、来た来た。いただきま~す!」
納豆のねばねばが白玉とイカスミの白黒を一層コントラストに引き立てて――いや、どう表現しても件のメニューを美味しくする事は適わないだろう。
そんなメニューを美味しそうに食べ始める小鈴。
いや、正直それを美味しそうに食べる構図を見せられるとこちらが気持ち悪くなってくる。
小鈴の味覚はおかしいのか?
「だって、小鈴ったら赤髪じゃない」
「いや、小鈴はデュラハンではないよ、阿求」
私は追及する阿求を止める。
「小鈴の事は私も貴方も十分に知っているだろう?
彼女は貸本屋の本居小鈴だ。私たちが探しているデュラハンではないよ」
「それはあくまでも世を忍ぶための演技で……」
「それに小鈴とデュラハンでは決定的な違いが一つある。
阿求ならすぐに分かるだろ?」
私の言いたい事を阿求はすぐに理解してくれたらしい。
さすが阿求だ、と私は感心した。
「そう、彼女は人間でありデュラハンは妖怪だ。種族の違いは絶対的なものだ。
私のような半妖ならともかく、彼女は正真正銘の人間だよ」
「それも……そうですね」
しょぼくれる阿求を他所に、美味しそうにパフェを食べ続ける小鈴。
しかし、納豆白玉イカスミパフェを好む赤髪の少女がこの狭い人里に二人もいるのには恐れ入る。阿求が先走ってしまうのも無理はない。
そしてその事を知らない私もまだまだ未熟という事なのだろう。
「さて、次に行こうか。候補地はもう一つあるのだろう?」
阿求の肩に手を置いて告げると、それでスイッチが入ったらしい。
阿求は再び燦々と目を輝かせた。
「えぇ! ここが違うとなると、もう一つの候補地にいる赤髪の少女こそがデュラハンに間違いありません!!
私たちはついにデュラハンを追い詰めたのです!!」
根拠がないのは困るが、それでも元気になった事は好ましいのだろう。
私はやれやれと頭をかくと、猪突猛進の勢いで店を出ていった相棒を追いかけるのであった。
「今日は本気でいっちゃうんだからね、こころちゃん!」
「望むところだー、こいしー」
二つ目の候補地である人里バトルステージでは今まさに少女二人による戦いの真っ最中であった。
古明地こいしと秦野こころ。
彼女らは人々が熱狂している宗教戦争において、人気を二分とする言わば人里のスター的な存在であった。
こいしが弾幕を放てば歓声をあげ、こころがそれをグレイズすれば歓声をあげる。
多少行きすぎな面もあったが、ここには少女二人と観客の心の一体感が存在していた。
しかし、と私は思う。
宗教戦争とはその名の通り宗教同士が争うために始まった戦いであり、信仰を奪いあうのが第一の目的だったはずである。
それなのに、宗教に全く関係のない二人が一番人気というのは一体どういう事なのだろうか?
結局のところ、人々は騒げる要因が欲しかっただけのでは、と思ってしまう。
「慧音さ~ん!!」
「……ん?
あぁ、すまない。少し考え声をしていた」
「え!? なんですって!?」
「少し! 考え事をしていた!」
歓声のあまり阿求の言葉が聞き取りづらい。
声のボリュームを上げるにしても限界がある。私は仕方なくジェスチャーで意志を伝える事にした。
ここにデュラハンがいるのかもしれない。
それは分かるのだが、この人ごみの中赤髪の少女を探すのには骨が折れそうだった。
先ほどの甘味処では納豆白玉イカスミパフェという奇妙奇天烈なヒントがあったから探しやすかったものの、今回はそれがない。
地道に探すしか方法がなさそうだった。
「ほぅ、こいしもこころもなかなかやるじゃないか」
戦いに目を向けると、戦況はクライマックスへと突入していた。
こいしがスペルカードを決め勝負が決するかと思ったが、こころは残り少ない体力の中地道に弾幕を張り徐々にこいしの体力を削っていく。
こいしとしても人気を糧に早く勝負を決めたいから多少の被弾も覚悟の上距離を詰める。
こころはそこを見逃さずに本命の射撃を当てる。
こいし有利かと思われた戦況が次第に五分へと近づいて行った。
人々が戦いに熱狂するのも分かるような気がした。かくいう私もいつの間にか拳を握り固唾を飲んで戦況を見守っていた。
お互いに体力も残りわずか。
次の一手で勝負が決まるかと思われた。
そんな時である。
ふと見まわした視線の先に見知った少女を見つけた。
赤髪でツインテール。たしかにデュラハンの条件には合うものの、さすがに彼女だと決めつけるのは早計だと思われた。
「やぁ、久しぶりだな。またいつものさぼりかい?」
少女は昼間から日本酒を煽りながらスルメイカを齧っていた。
一目見て分かる程にこの状況を満喫していた。逆にこれがさぼりならば、私は地獄へ訴えに行く覚悟すら芽生える程であった。
「いや、今日は休みさね。
休日なんだからどうやって過ごそうかはあたいの勝手だろう?」
「これは失敬。
君がこんな場所にいるなんて珍しかったからね。つい声をかけたというわけだ。
お楽しみのところ邪魔をして悪かったね」
少女――小野塚小町は気にしないというように手を振った。
日本酒を勧めてきたが、私は丁重に断りを入れた。私も休日の身であるが、昼間から酒を飲む程堕落しているつもりもなかった。
ただそれを他人に強要するつもりがないだけである。
「他人の弾幕勝負というのは見ていてなかなか面白くてね、いい刺激になるのさ」
「死神の君が刺激を受けるというのも怖い話だな。
今度命を奪いにくる時は奇策を施す気かい?」
「あっはっは、死神が命を奪う行為と娯楽の弾幕勝負は全くの別物さ。
気分転換と言い換えた方が分かりやすいのかもしれないね」
「それなら安心だ。
――おっと、勝負が着いたか」
勝負はこころの勝ちであった。
こいしの一か八かの突撃をこころが見事にガードで凌いだのが勝因と言えるだろう。
突撃はリターンも大きいがリスクも大きい。こいしの敗因は勝負を急ぎ過ぎたところといえるか。
「ところで、お前さんはなんでこんなところにいるんだい?
こういう騒がしい場所が苦手だったはずでは?」
「あぁ、それは――」
言い終わる前にその原因である阿求を見つけて手を振る。
阿求はこちらに気づいて小走りに近づいてきた――と思ったら猛ダッシュへ変わる。
「デュラハン、召し取ったりぃ!!!!!」
そのままの勢いで小町にラリアットを仕掛ける阿求。
私は冷静に彼女のおでこにチョップを当てて勢いを殺した。
「ぐべっ!」
阿求は少女らしからぬカエルのような声をあげて地面に倒れこんだ。
私はやれやれと思いながらも、阿求に手を貸す。
立ち上がった阿求は自分の失態を思い返し、顔を赤らめながら愛想笑いを作った。
「つまりこういう事だよ」
私は阿求を指さしながら小町に説明する。
小町は最初理解できていないようであったが、すぐにぽんっと手を叩いた。
「あぁ、大道芸の練習か!」
「違う! ってか、なんでそうなる!?」
「阿求がぼけでお前さんがつっこみだろう? チョップのタイミングなんてまるで差し合わせたようだったよ」
「全くの誤解だ!
私は阿求に付き合わされているという事を説明したかったんだ」
私は多少興奮気味で小町に弁解する。
それをにやにや顔で受ける小町。
その顔を見ていると、なんだか彼女に担がれた気分になった。
「……デュラハンを探してるねぇ」
一通りの説明が終わると、小町はあまり興味がなさそうに答えた。
「あぁ、今のところデュラハンの手がかりは『赤髪』と『この戦いをよく見に来ている事』の2つだけだったからね、君にも一応声をかけたというわけだ」
「残念ながら、あたいは――」
「いや、分かってるよ。
死神の君の正体がデュラハンというのも芸がなさすぎるからね」
そう、私の中では小町がデュラハンではない事は話しかける前から結論付けられていた。
だから、小町に声をかけたのはあくまでも一応に過ぎない。
だが、彼女の方はそうではなかったらしい。
「デュラハンは地獄の死者と呼ばれる事もあるそうですね」
ぽつり、と。
聞き逃してしまいそうな程の小声でぽつり、と阿求が口を挟んだ。
「そして、あなたの仕事は死神。
死神も当然地獄の死者と言えるのではないでしょうか?」
阿求の瞳が推理モードへと変わる。
こうなってしまっては、彼女は自分理論で相手を追い詰めるまで放さない事は小鈴の件で承知済みであった。
「なるほどなるほど。ではアタイは死神であって同時にデュラハンでもあると言えるかもしれないねぇ」
「いえ、あなたはデュラハンです!
死神とは仮の姿。あなたの本当の正体はデュラハンだったのです!!」
びしぃっ! と小町に指を突きつける阿求。
小町は少し困った様子で阿求を見ていたものの、返す言葉が見つからなかったらしく私に助けを求めてくる。
私は、今回はどうやって阿求を諭したらいいものか、と考え始めた。
たしかに、小町には『赤髪』、『戦いをよく見に来ている』、『地獄の死者』とデュラハンのキーワードが3つも揃っている。
だが、決定的な証拠が足りない。
甘味処の件の納豆白玉イカスミパフェのような決定づけられる証拠がないのだ。
だから、小町はデュラハンではないのだろう。
とはいえ、問題はそこではなく、それをどう阿求に言ったら納得してもらえるかにある。
阿求の意見も極端であるものの正しいと言えなくもない。
では、ここからどうやって阿求の意見が間違っている事を証明すればいいのか。
……少し考えて、私は一つのいい案を思いついた。
阿求は地獄の死者という新しいデュラハンのキーワードを使った。
ならば、私もデュラハンのキーワードを使い、絶対に小町がデュラハンでない事を証明してみせよう。
「いや、阿求。小町はデュラハンではないよ」
「どうしてですか、慧音。こんなにも証拠があるのに」
「デュラハンの特徴だよ。
阿求は別名が地獄の使者であると言ったね。それとは別にデュラハンにはデュラハンにしかない決定的な特徴があるんだ」
「それは?」
阿求と小町に注目される中、私は口を開く。
「首が飛ぶ」
自分の中では会心の言葉であった。
まさか小町の首が飛ぶはずもあるまいし、阿求もそれを試す事なんてしないだろう。
この一言により事態は収束するはずであった。
いや、たしかに阿求の方は納得した。
「あ~、なるほど~」と言いながら、私の意見にしきりにうなずいてくれた。
だが。
今度は逆に小町の方に困った事が起きた。
「な、な、な、何を言ってるんだい。あ、あたた、あたいの首は飛ぶわけがないだろう!?」
めっちゃ動揺していた。
それはもう周りの様子を一切鑑みない程であり、小町がこんなに動揺する姿を見るのは初めてだと感心した程であった。
「……え、えっとぉ」
私は予想外の反応に言葉を濁す。
まさか小町がそんな返答をするかとは思いもよらなかった。
阿求ではないけれど、私の脳内に小町=デュラハンという等式がちらついた。
「あはは、お前さんも阿呆だなぁ。アタイのお仕事はお休みだと言っただろう? お休みなんだから昼間から酒を飲んでいても全く問題ないはずだよ。たとえ四季様がこの場にいたとしても、あたいは胸を張って自分の行動を正当化する自信があるのさ。あはは、本当にお前さんは何を言ってるんだか。あまり阿呆な事を言うのもよくないねぇ。いや、ほんとに」
これ以上ないくらいに動揺しながら弁解する小町。
額には脂汗が浮かび、わたわたと揺れる両手にがくがくと震える膝。
こう言っては何だが、この時の小町は誰がどう見ても不審者であった。
「おっと、あたいはこれで失礼するよ。いや、保身のためじゃないよ。この場に四季様が訪れる可能性が無きにしも非ずだからねぇ。いや、四季様が来たところであたいに何も悪い事はないんだから問題はないんだけどね、ほら、一応って言葉があるじゃないか。うん、あたいは首が飛ぶ心配なんて全くしてないけどね。微塵もしてないよ。ほんとだよ」
小町はそこまで捲し立てるように一気にしゃべると、逃げるようにしてその場を後にした。
後に残された私と阿求はお互いの顔を見合わせるものの、言葉を紡げずにいた。
数十秒ほどに無言が続いた。
その間に私は阿求になんて言おうか考えていたし、阿求も私と同じだったと思う。
やがて口を開いたのは阿求の方だった。
「えっと……小町さんがデュラハンだったという事でしょうか?」
いつも自信満々だった阿求がこの時ばかりは途切れ途切れであった。
無理もない。
私も小町のあまりの変化に驚いて、事態を把握できないでいる。
「私もそう思いたいのだが、真相は恐らく違うんだろうな」
「どういう事ですか?」
「単純な勘違いだったんだろう。
私が言った『首が飛ぶ』と小町が言った『首が飛ぶ』とはまるで意味が違っていたという事だよ」
改めて考えてみれば簡単な事だったのだろう。
そして、あれだけ露骨な反応をされると、小町=デュラハン説は完全に否定できる。
あれが演技だとしたら、私は小町に土下座で弟子入り志願しようかと真剣に考えていた。
「私が言った『首が飛ぶ』とは物理的な意味だ。
だが、小町の言った『首が飛ぶ』は比喩表現。『クビになる』と言い換えたらすぐに分かるだろう」
「あ……、なるほど。そういう意味ですか」
もしかしたら、小町の中で例え休日でも昼間から酒を飲む事に少なからず罪悪感があったのかもしれない。
そこに『首が飛ぶ』という禁忌の発言を受け、思わず動揺してしまったのだろう。
思い返してみると、小町には悪い事をした。
私が来るまでは、小町は少なくとも楽しくお酒を飲んでいたわけなのだから。
なんにせよ、これでデュラハンの足跡は潰えた事となる。
「阿求、次の目撃証言は何かあるかい?」
一応聞いみるが、阿求は力なく首を横に振るった。
「今日のところは終わりですが、私は諦めたわけではありません。
デュラハンが人里にいる事は事実なのです。
いつの日か私はデュラハンの正体を突き止めてみせます!」
「あぁ、その意気だよ。
こうなったらとことん付き合うから、次に探す時も呼んでくれ」
帰路につきながら、私は今回の件について思い返す。
今回私たちが見つけたデュラハン候補は小鈴と小町の二人。
二人とも赤髪なのだから第一条件はクリアだ。
第二条件の居場所についても二人とも問題ない。
小鈴の方は納豆白玉イカスミパフェが好きというデュラハンの条件に一致し、小町の方も死神=地獄の使者という等式も成り立つ。
だが、二人はデュラハンではないのだろう。この推理には決定的な穴があるのだ。
小鈴は人間であり妖怪ではないという決定的な違い。
小町は『首が飛ぶ』という言葉を完全に勘違いしていた事による認識の違い。
この決定的な穴がある限り、二人のどちらかがデュラハンである事を決めつける事はできない。
だが、と私は考える。
阿求はあの時突拍子もない言葉を口にした。
もし、あれが本当ならば、いやあの言葉がそういう意味で取れるなら、彼女がデュラハンである可能性が非常に高くなる。
「……いや、全ては机上の空論だ」
たまにはこういう騒動も悪くない。
私は今日一日の出来事をそう結論付ける事にした。
☆ ☆ ☆
その少女は、阿求と慧音が自分の家に帰った事を見届けると、ほっと一息をついた。
少女とて自分がデュラハンである事を完全に隠し通せているとは思っていない。
だが、見つからないように努力はしているつもりだった。
それが今回の一件により露呈してしまう事となった。
なんとかその露呈を顔に出す事はせずに、彼女ら二人には何の疑問を抱かせずに終わったが、その胸中は緊張の連続であった。
『それはあくまでも世を忍ぶための演技で……』
あの阿求の言葉には少女も言葉を失いかけた。
すぐに慧音が別の意見を出したところで、阿求の案は却下されていたが、実際のところは阿求の案は正解だったのだ。
そう、少女は普段は世間に自分がデュラハンである事をばれないように人間の演技をして生きていたのだ。
「さて漆黒の闇が辺りを支配する。
我々の時間の始まりだ」
結んでいた赤髪を解き、愛用のマントを羽織る。
昼間は別の名前で生活していたものの、夜からは少女本来の名前を取り戻す。
少女の名前は赤蛮奇。
昼の名前を貸本屋の娘――本居小鈴という。
了。
私――上白沢慧音が稗田阿求からそんな依頼を受けたのは、夏が始まってすぐのある日の事であった。
今年も暑くなりそうだなぁ、と例年通りのセリフをつぶやきながら庭先に水を撒いていたところ、阿求が突然やってきたのである。
何事か、と私は身構えたものの、当の阿求は興奮しているのか何を言っているのか分からない。
とりあえず家に招き入れお茶を出し、少し落ち着いたところで話を聞くと、阿求はこう告げたのだ。
――デュラハンに取材がしたい、と。
「ええ。最近人里でデュラハンを目撃したという噂が広まっています。
出所は不明で噂話に過ぎないのですが、もしいるのならぜひ取材を行ってみたいのです」
「ふぅむ、要件は理解した。
でもなぜ私なのかが分からないな。未確認の妖怪ならば博麗の巫女に任せるのが筋でないかな?」
あの巫女は被害が出ないと動かないかもしれないけどね、とは付け加えないでおいた。
ついでに言うと巫女の感とやらが反応しないと動かないのかもしれない。
「最初は言おうと思ったんですけど……」
阿求が言いよどむ。
これは私の勘が当たったのかな、と思ったが、実際はそうではなかった。
「霊夢さんは最近宗教戦争の方で忙しいですから。
未確認の妖怪には構ってられないようです」
「あぁ、あの連日やっている騒ぎか……」
人里では最近神道、仏教、道教の宗教家たちが戦う祭りが人を集めている。
その熱気はすさまじく、人々は己の仕事も忘れて騒ぎ立てる程であり、私は熱中したこの祭りに一度注意に赴こうとした事もあった。
だが熱中とは言い換えれば活力の源でもあり、これに水を差す事は人々から希望を奪う行為に等しい。
なので、私はこの祭りはひと時のものであると自分に言い聞かせてこの件を黙認していた。
彼女らもプロである。何か異変が起きればすぐに戦いを止めて異変に赴く事だろう。
逆に言えば、未確認妖怪の件も彼女らはすでに気づいているもの、取るに足らない出来事と考えている可能性すらある。
「そこで私に白羽の矢が立ったというわけか……」
「いかがでしょう? もし、慧音に何か用事があるのなら別の方にお願いしますが」
「いや、いいよ。私が引き受けよう」
彼女らが人々に娯楽を提供しているなら、その裏を守るのが私の仕事と言えるだろう。
損な役割の気もするが今に始まった事ではない。
「気にしなくていいよ。私自身も実を言うと退屈だったんだ。
未確認妖怪の探索だなんて少しワクワクするじゃないか」
「ありがとうございます。
では、早速デュラハンの探索方法についてですが……」
「何か策があるとでも?
人里といっても結構広いから、それを一つ一つ調べるのはさすがに身に染みるな」
聞くと、阿求は任せてくださいと言わんばかりに胸をどんっと叩いた。
事前準備はすでに万端という事か。マメなところは阿求らしいと思った。
いや、私もそうかもしれないけど。
「事前に2つの情報を入手しています。これらを元に探索するつもりです」
阿求が持ってきた紙を広げると、そこには人里の大まかな地図が記載されていた。
よく見てみると、とある2か所に赤い○が見受けられた。
「これすらも未確定かもしれないけど、それを言ったらおしまいか。
よし、じゃあさっそく一つ目から回ろうか」
阿求の情報によると、デュラハンの目撃情報には一つだけ共通点があるという。
それが赤髪であるという事だ。ただし、人里には赤髪の住人も多くそれだけで確定するには情報が足らなさすぎる。
あくまでも赤髪はデュラハンかどうか判断する前提条件に留めておくのが無難だと思われた。
「で、一つ目の情報を元に来たのがここか……」
阿求に連れられてやってきた私は頭上の看板を見やる。
甘味処である。私も何度も訪れた事のあるごく普通の店である。
「阿求、これはさすがに大雑把すぎないか?
この甘味処は私もよく訪れる場所だ。でも、この店でデュラハンに出会った事なんてないぞ?」
阿求は少し猪突猛進なところがある。
これと決めつけたら一直線なのである。純粋、まっすぐといったプラスの言葉で置き換える事もできるが、さすがにこれがデュラハン探索に必要な事とは思えなかった。
だが、阿求は自信満々な態度を崩さない。
むしろ、私の発言を予測していたかのように、「ふっふっふ」と不敵な笑みを見せた。
変なスイッチが入ってしまったらしい。
「甘い、甘いですね、慧音!
私はむしろ今の慧音の言葉でデュラハンがここにいる事を確信しましたよ!」
「その根拠は?」
「慧音はデュラハンと出会っているのにも関わらず気づいていないだけなのです」
「……全く理由になっていないと思うが?」
たしかに阿求の言う事に間違いはない。
私はデュラハンを知らないのだからすれ違っている可能性はある。
だが、それはデュラハンの事を赤髪としか知らない今も同じと言えるだろう。
要は決定的な情報が枯渇しているのだ。
「この甘味処にデュラハンが来た、だけではなく、私はもう一つの決定的な情報を得ているのです。
これがデュラハンを見つける最後の決め手となるでしょう」
「ほぅ、その情報とは?」
「デュラハンはこの甘味処で納豆白玉イカスミパフェをよく注文するのです」
「……えっと、もう一回言ってくれないか?」
「納豆白玉イカスミパフェです!」
きらきらとした目で語る阿求を見て思う。
――ずいぶんと世間に溶け込んだデュラハンだ、と。
「それのどこが最後の決め手となるんだ?」
「えぇ!? 慧音は分からないんですか? だって納豆白玉イカスミパフェですよ?
慧音は納豆白玉イカスミパフェを頼んだ事がありますか?」
「そのメニューを連呼するのはやめてくれ……。
想像するだけで吐き気が催してくる……」
ついでにそのメニューを考えた店主に頭突きがしたくなる。
「つまりはそういう事です」
「すまん、全くお前の思考が理解できない」
突き進む阿求に私はなんとかブレーキをかけようとする。
「はぁ、分かりました。じゃあ一から説明するのでちゃんと聞いててくださいね。
全く、慧音は普段は頭がいい素振りを見せるのに、こういう肝心なところでは駄目なんですから……」
「溜息をつかれる理由が分からないのだが!?
それに納豆白玉イカスミパフェとデュラハンがどう結びつくのか分からない私が悪いのか!?」
もう一度阿求に溜息をつかれる。
私は辛酸を舐めるつもりでその苦行を耐える事にした。
「デュラハンが納豆白玉イカスミパフェを頼むと考えるから答えが出てこないんです。
逆に納豆白玉イカスミパフェを頼んだ人物こそがデュラハンだと考えれば自ずと答えは出てくるはずです」
「なるほど、そんな奇天烈で頭のおかしいメニューを頼む者なんてデュラハンしかいないという事だな」
確かにその考えには一理あると思った。
私はこの甘味処に何度も通っているとは先ほど言ったが、その私ですら納豆白玉イカスミパフェの事を知らなかった。
だが、デュラハンはその裏メニューを知った上でよく頼むという。
ならば、納豆白玉イカスミパフェを頼んだ赤髪の少女こそがデュラハンである可能性も高くなるのだ。
「納豆白玉イカスミパフェを一つくださ~い!」
そんな折にその声が店内に響き渡った。
私と阿求は顔を見合わせて、あわててその注文した少女を見やる。
「赤髪だ!」
「納豆白玉イカスミパフェを頼んだ!」
ビンゴだ!
私は逸る気持ちを抑えながらも、少女の元へと向かう。
相手はデュラハンだ。いきなり襲い掛かってくる可能性すらある。
ここは冷静に戦う準備をしなければ。
「見つけたわ、デュラハンっ!!」
「ふぇ?」
阿求が叫ぶと、その少女が顔をあげる。
「って、小鈴じゃないか!?」
納豆白玉イカスミパフェを頼んだ赤髪の少女――それは本居小鈴であった。
私は思わず天を仰いでしまった。
「あなた、本当はデュラハンだったの?」
「え、阿求ってば何のこと?」
まだ可能性を諦めきれない阿求が小鈴に問う。
当の小鈴はまるで状況を分かっていない様子だ。当たり前だろう。いきなりデュラハンと聞かれて反応できる方がすごい。
「だって小鈴ったら納豆白玉イカスミパフェを食べてるじゃない」
「これ私の大好物なんだもん。
……あ、来た来た。いただきま~す!」
納豆のねばねばが白玉とイカスミの白黒を一層コントラストに引き立てて――いや、どう表現しても件のメニューを美味しくする事は適わないだろう。
そんなメニューを美味しそうに食べ始める小鈴。
いや、正直それを美味しそうに食べる構図を見せられるとこちらが気持ち悪くなってくる。
小鈴の味覚はおかしいのか?
「だって、小鈴ったら赤髪じゃない」
「いや、小鈴はデュラハンではないよ、阿求」
私は追及する阿求を止める。
「小鈴の事は私も貴方も十分に知っているだろう?
彼女は貸本屋の本居小鈴だ。私たちが探しているデュラハンではないよ」
「それはあくまでも世を忍ぶための演技で……」
「それに小鈴とデュラハンでは決定的な違いが一つある。
阿求ならすぐに分かるだろ?」
私の言いたい事を阿求はすぐに理解してくれたらしい。
さすが阿求だ、と私は感心した。
「そう、彼女は人間でありデュラハンは妖怪だ。種族の違いは絶対的なものだ。
私のような半妖ならともかく、彼女は正真正銘の人間だよ」
「それも……そうですね」
しょぼくれる阿求を他所に、美味しそうにパフェを食べ続ける小鈴。
しかし、納豆白玉イカスミパフェを好む赤髪の少女がこの狭い人里に二人もいるのには恐れ入る。阿求が先走ってしまうのも無理はない。
そしてその事を知らない私もまだまだ未熟という事なのだろう。
「さて、次に行こうか。候補地はもう一つあるのだろう?」
阿求の肩に手を置いて告げると、それでスイッチが入ったらしい。
阿求は再び燦々と目を輝かせた。
「えぇ! ここが違うとなると、もう一つの候補地にいる赤髪の少女こそがデュラハンに間違いありません!!
私たちはついにデュラハンを追い詰めたのです!!」
根拠がないのは困るが、それでも元気になった事は好ましいのだろう。
私はやれやれと頭をかくと、猪突猛進の勢いで店を出ていった相棒を追いかけるのであった。
「今日は本気でいっちゃうんだからね、こころちゃん!」
「望むところだー、こいしー」
二つ目の候補地である人里バトルステージでは今まさに少女二人による戦いの真っ最中であった。
古明地こいしと秦野こころ。
彼女らは人々が熱狂している宗教戦争において、人気を二分とする言わば人里のスター的な存在であった。
こいしが弾幕を放てば歓声をあげ、こころがそれをグレイズすれば歓声をあげる。
多少行きすぎな面もあったが、ここには少女二人と観客の心の一体感が存在していた。
しかし、と私は思う。
宗教戦争とはその名の通り宗教同士が争うために始まった戦いであり、信仰を奪いあうのが第一の目的だったはずである。
それなのに、宗教に全く関係のない二人が一番人気というのは一体どういう事なのだろうか?
結局のところ、人々は騒げる要因が欲しかっただけのでは、と思ってしまう。
「慧音さ~ん!!」
「……ん?
あぁ、すまない。少し考え声をしていた」
「え!? なんですって!?」
「少し! 考え事をしていた!」
歓声のあまり阿求の言葉が聞き取りづらい。
声のボリュームを上げるにしても限界がある。私は仕方なくジェスチャーで意志を伝える事にした。
ここにデュラハンがいるのかもしれない。
それは分かるのだが、この人ごみの中赤髪の少女を探すのには骨が折れそうだった。
先ほどの甘味処では納豆白玉イカスミパフェという奇妙奇天烈なヒントがあったから探しやすかったものの、今回はそれがない。
地道に探すしか方法がなさそうだった。
「ほぅ、こいしもこころもなかなかやるじゃないか」
戦いに目を向けると、戦況はクライマックスへと突入していた。
こいしがスペルカードを決め勝負が決するかと思ったが、こころは残り少ない体力の中地道に弾幕を張り徐々にこいしの体力を削っていく。
こいしとしても人気を糧に早く勝負を決めたいから多少の被弾も覚悟の上距離を詰める。
こころはそこを見逃さずに本命の射撃を当てる。
こいし有利かと思われた戦況が次第に五分へと近づいて行った。
人々が戦いに熱狂するのも分かるような気がした。かくいう私もいつの間にか拳を握り固唾を飲んで戦況を見守っていた。
お互いに体力も残りわずか。
次の一手で勝負が決まるかと思われた。
そんな時である。
ふと見まわした視線の先に見知った少女を見つけた。
赤髪でツインテール。たしかにデュラハンの条件には合うものの、さすがに彼女だと決めつけるのは早計だと思われた。
「やぁ、久しぶりだな。またいつものさぼりかい?」
少女は昼間から日本酒を煽りながらスルメイカを齧っていた。
一目見て分かる程にこの状況を満喫していた。逆にこれがさぼりならば、私は地獄へ訴えに行く覚悟すら芽生える程であった。
「いや、今日は休みさね。
休日なんだからどうやって過ごそうかはあたいの勝手だろう?」
「これは失敬。
君がこんな場所にいるなんて珍しかったからね。つい声をかけたというわけだ。
お楽しみのところ邪魔をして悪かったね」
少女――小野塚小町は気にしないというように手を振った。
日本酒を勧めてきたが、私は丁重に断りを入れた。私も休日の身であるが、昼間から酒を飲む程堕落しているつもりもなかった。
ただそれを他人に強要するつもりがないだけである。
「他人の弾幕勝負というのは見ていてなかなか面白くてね、いい刺激になるのさ」
「死神の君が刺激を受けるというのも怖い話だな。
今度命を奪いにくる時は奇策を施す気かい?」
「あっはっは、死神が命を奪う行為と娯楽の弾幕勝負は全くの別物さ。
気分転換と言い換えた方が分かりやすいのかもしれないね」
「それなら安心だ。
――おっと、勝負が着いたか」
勝負はこころの勝ちであった。
こいしの一か八かの突撃をこころが見事にガードで凌いだのが勝因と言えるだろう。
突撃はリターンも大きいがリスクも大きい。こいしの敗因は勝負を急ぎ過ぎたところといえるか。
「ところで、お前さんはなんでこんなところにいるんだい?
こういう騒がしい場所が苦手だったはずでは?」
「あぁ、それは――」
言い終わる前にその原因である阿求を見つけて手を振る。
阿求はこちらに気づいて小走りに近づいてきた――と思ったら猛ダッシュへ変わる。
「デュラハン、召し取ったりぃ!!!!!」
そのままの勢いで小町にラリアットを仕掛ける阿求。
私は冷静に彼女のおでこにチョップを当てて勢いを殺した。
「ぐべっ!」
阿求は少女らしからぬカエルのような声をあげて地面に倒れこんだ。
私はやれやれと思いながらも、阿求に手を貸す。
立ち上がった阿求は自分の失態を思い返し、顔を赤らめながら愛想笑いを作った。
「つまりこういう事だよ」
私は阿求を指さしながら小町に説明する。
小町は最初理解できていないようであったが、すぐにぽんっと手を叩いた。
「あぁ、大道芸の練習か!」
「違う! ってか、なんでそうなる!?」
「阿求がぼけでお前さんがつっこみだろう? チョップのタイミングなんてまるで差し合わせたようだったよ」
「全くの誤解だ!
私は阿求に付き合わされているという事を説明したかったんだ」
私は多少興奮気味で小町に弁解する。
それをにやにや顔で受ける小町。
その顔を見ていると、なんだか彼女に担がれた気分になった。
「……デュラハンを探してるねぇ」
一通りの説明が終わると、小町はあまり興味がなさそうに答えた。
「あぁ、今のところデュラハンの手がかりは『赤髪』と『この戦いをよく見に来ている事』の2つだけだったからね、君にも一応声をかけたというわけだ」
「残念ながら、あたいは――」
「いや、分かってるよ。
死神の君の正体がデュラハンというのも芸がなさすぎるからね」
そう、私の中では小町がデュラハンではない事は話しかける前から結論付けられていた。
だから、小町に声をかけたのはあくまでも一応に過ぎない。
だが、彼女の方はそうではなかったらしい。
「デュラハンは地獄の死者と呼ばれる事もあるそうですね」
ぽつり、と。
聞き逃してしまいそうな程の小声でぽつり、と阿求が口を挟んだ。
「そして、あなたの仕事は死神。
死神も当然地獄の死者と言えるのではないでしょうか?」
阿求の瞳が推理モードへと変わる。
こうなってしまっては、彼女は自分理論で相手を追い詰めるまで放さない事は小鈴の件で承知済みであった。
「なるほどなるほど。ではアタイは死神であって同時にデュラハンでもあると言えるかもしれないねぇ」
「いえ、あなたはデュラハンです!
死神とは仮の姿。あなたの本当の正体はデュラハンだったのです!!」
びしぃっ! と小町に指を突きつける阿求。
小町は少し困った様子で阿求を見ていたものの、返す言葉が見つからなかったらしく私に助けを求めてくる。
私は、今回はどうやって阿求を諭したらいいものか、と考え始めた。
たしかに、小町には『赤髪』、『戦いをよく見に来ている』、『地獄の死者』とデュラハンのキーワードが3つも揃っている。
だが、決定的な証拠が足りない。
甘味処の件の納豆白玉イカスミパフェのような決定づけられる証拠がないのだ。
だから、小町はデュラハンではないのだろう。
とはいえ、問題はそこではなく、それをどう阿求に言ったら納得してもらえるかにある。
阿求の意見も極端であるものの正しいと言えなくもない。
では、ここからどうやって阿求の意見が間違っている事を証明すればいいのか。
……少し考えて、私は一つのいい案を思いついた。
阿求は地獄の死者という新しいデュラハンのキーワードを使った。
ならば、私もデュラハンのキーワードを使い、絶対に小町がデュラハンでない事を証明してみせよう。
「いや、阿求。小町はデュラハンではないよ」
「どうしてですか、慧音。こんなにも証拠があるのに」
「デュラハンの特徴だよ。
阿求は別名が地獄の使者であると言ったね。それとは別にデュラハンにはデュラハンにしかない決定的な特徴があるんだ」
「それは?」
阿求と小町に注目される中、私は口を開く。
「首が飛ぶ」
自分の中では会心の言葉であった。
まさか小町の首が飛ぶはずもあるまいし、阿求もそれを試す事なんてしないだろう。
この一言により事態は収束するはずであった。
いや、たしかに阿求の方は納得した。
「あ~、なるほど~」と言いながら、私の意見にしきりにうなずいてくれた。
だが。
今度は逆に小町の方に困った事が起きた。
「な、な、な、何を言ってるんだい。あ、あたた、あたいの首は飛ぶわけがないだろう!?」
めっちゃ動揺していた。
それはもう周りの様子を一切鑑みない程であり、小町がこんなに動揺する姿を見るのは初めてだと感心した程であった。
「……え、えっとぉ」
私は予想外の反応に言葉を濁す。
まさか小町がそんな返答をするかとは思いもよらなかった。
阿求ではないけれど、私の脳内に小町=デュラハンという等式がちらついた。
「あはは、お前さんも阿呆だなぁ。アタイのお仕事はお休みだと言っただろう? お休みなんだから昼間から酒を飲んでいても全く問題ないはずだよ。たとえ四季様がこの場にいたとしても、あたいは胸を張って自分の行動を正当化する自信があるのさ。あはは、本当にお前さんは何を言ってるんだか。あまり阿呆な事を言うのもよくないねぇ。いや、ほんとに」
これ以上ないくらいに動揺しながら弁解する小町。
額には脂汗が浮かび、わたわたと揺れる両手にがくがくと震える膝。
こう言っては何だが、この時の小町は誰がどう見ても不審者であった。
「おっと、あたいはこれで失礼するよ。いや、保身のためじゃないよ。この場に四季様が訪れる可能性が無きにしも非ずだからねぇ。いや、四季様が来たところであたいに何も悪い事はないんだから問題はないんだけどね、ほら、一応って言葉があるじゃないか。うん、あたいは首が飛ぶ心配なんて全くしてないけどね。微塵もしてないよ。ほんとだよ」
小町はそこまで捲し立てるように一気にしゃべると、逃げるようにしてその場を後にした。
後に残された私と阿求はお互いの顔を見合わせるものの、言葉を紡げずにいた。
数十秒ほどに無言が続いた。
その間に私は阿求になんて言おうか考えていたし、阿求も私と同じだったと思う。
やがて口を開いたのは阿求の方だった。
「えっと……小町さんがデュラハンだったという事でしょうか?」
いつも自信満々だった阿求がこの時ばかりは途切れ途切れであった。
無理もない。
私も小町のあまりの変化に驚いて、事態を把握できないでいる。
「私もそう思いたいのだが、真相は恐らく違うんだろうな」
「どういう事ですか?」
「単純な勘違いだったんだろう。
私が言った『首が飛ぶ』と小町が言った『首が飛ぶ』とはまるで意味が違っていたという事だよ」
改めて考えてみれば簡単な事だったのだろう。
そして、あれだけ露骨な反応をされると、小町=デュラハン説は完全に否定できる。
あれが演技だとしたら、私は小町に土下座で弟子入り志願しようかと真剣に考えていた。
「私が言った『首が飛ぶ』とは物理的な意味だ。
だが、小町の言った『首が飛ぶ』は比喩表現。『クビになる』と言い換えたらすぐに分かるだろう」
「あ……、なるほど。そういう意味ですか」
もしかしたら、小町の中で例え休日でも昼間から酒を飲む事に少なからず罪悪感があったのかもしれない。
そこに『首が飛ぶ』という禁忌の発言を受け、思わず動揺してしまったのだろう。
思い返してみると、小町には悪い事をした。
私が来るまでは、小町は少なくとも楽しくお酒を飲んでいたわけなのだから。
なんにせよ、これでデュラハンの足跡は潰えた事となる。
「阿求、次の目撃証言は何かあるかい?」
一応聞いみるが、阿求は力なく首を横に振るった。
「今日のところは終わりですが、私は諦めたわけではありません。
デュラハンが人里にいる事は事実なのです。
いつの日か私はデュラハンの正体を突き止めてみせます!」
「あぁ、その意気だよ。
こうなったらとことん付き合うから、次に探す時も呼んでくれ」
帰路につきながら、私は今回の件について思い返す。
今回私たちが見つけたデュラハン候補は小鈴と小町の二人。
二人とも赤髪なのだから第一条件はクリアだ。
第二条件の居場所についても二人とも問題ない。
小鈴の方は納豆白玉イカスミパフェが好きというデュラハンの条件に一致し、小町の方も死神=地獄の使者という等式も成り立つ。
だが、二人はデュラハンではないのだろう。この推理には決定的な穴があるのだ。
小鈴は人間であり妖怪ではないという決定的な違い。
小町は『首が飛ぶ』という言葉を完全に勘違いしていた事による認識の違い。
この決定的な穴がある限り、二人のどちらかがデュラハンである事を決めつける事はできない。
だが、と私は考える。
阿求はあの時突拍子もない言葉を口にした。
もし、あれが本当ならば、いやあの言葉がそういう意味で取れるなら、彼女がデュラハンである可能性が非常に高くなる。
「……いや、全ては机上の空論だ」
たまにはこういう騒動も悪くない。
私は今日一日の出来事をそう結論付ける事にした。
☆ ☆ ☆
その少女は、阿求と慧音が自分の家に帰った事を見届けると、ほっと一息をついた。
少女とて自分がデュラハンである事を完全に隠し通せているとは思っていない。
だが、見つからないように努力はしているつもりだった。
それが今回の一件により露呈してしまう事となった。
なんとかその露呈を顔に出す事はせずに、彼女ら二人には何の疑問を抱かせずに終わったが、その胸中は緊張の連続であった。
『それはあくまでも世を忍ぶための演技で……』
あの阿求の言葉には少女も言葉を失いかけた。
すぐに慧音が別の意見を出したところで、阿求の案は却下されていたが、実際のところは阿求の案は正解だったのだ。
そう、少女は普段は世間に自分がデュラハンである事をばれないように人間の演技をして生きていたのだ。
「さて漆黒の闇が辺りを支配する。
我々の時間の始まりだ」
結んでいた赤髪を解き、愛用のマントを羽織る。
昼間は別の名前で生活していたものの、夜からは少女本来の名前を取り戻す。
少女の名前は赤蛮奇。
昼の名前を貸本屋の娘――本居小鈴という。
了。
こいつはまた突拍子もない……。
一箇所だけ気になった点が。
こころの名前が「秦野こころ」になっていました。
にしても阿求、凄く元気だなあ。こういう阿求も悪くないかと思います。
でもこの設定が本当だったらちょっと受け入れられないなあ。
二人が可愛いということは受け入れるが。
余計ですが「使者」ではないのですね。
ちなみにどちらが可愛いかと聞かれば私は小鈴派です。
そのため誤字を修正する事ができません。
こころちゃん好きの方には不快な思いをさせてしまって申し訳ございません。
確かに、言われてみればうなずける点も多く、面白かったです
あと、首が飛ぶに反応してた小町ちゃん可愛いよ
2次創作は無限大ですね。
予想の遥か斜め上を行くオチがイカスミパフェのインパクトすら吹き飛ばしました。暴走推理を展開する阿求も可愛らしいです。