注意、このお話は東方projectの二次創作です。
オリ設定があります。
うう、体が動かない。 何故だ? 金縛りと言う奴か?
「ん~っ、ん~っ」
呻き声? 一体なんだ、何が起こった。
体が動かん。 まるで、がっちりと押さえつけられている様だ。
声も出ない。 何かに埋められている様だ。
肩が動かなければ、手も動かんだろう。 足も動く気がしない。
「すー、すー」
何をされている。 気持ちが悪い。
くそぉ、離せ。 離せよ。
「……リン」
ん? 聞き覚えがある声だ。 誰のだったか?
ああ、そうか。
スリスリ。
「ひゃっ」
やはりな、この引き締まった太腿の持ち主で、私にこんな事をする人物は一人しか知らない。
「もがもが」
「あ、あら? 起きてしまいましたか。 ナズーリン」
今度はちゃんと聞こえたぞ。 この声はご主人様の声だ。
何という事はない。
ご主人様に抱き締められていて、金縛りと勘違いした為に体が動かないと思い込んでいただけか。
「むがっ……ん~。 いい加減離せよ」
「駄目です。 まだ、ナズーリンの匂いを堪能していません」
「どれ位の時間こうしている?」
「日の出前からです」
「離して」
「駄目です。 まだ、匂い付けも終わっていません」
結局、私は朝食の時間までご主人様に抱き締められていた。
匂いを嗅がれ、頬擦りをされ、額や頬にキスをされ、ご主人様の荒々しい愛情表現を堪能させられた。
起こしに来たのは、やはり響子だ。
最初の頃は私とご主人様を見て、悲鳴を上げて逃げ去った奴が今では慣れたものだ。
去り際に、寅丸様の様な格好良い彼氏が欲しいなぁ。 等と、のたまいやがった。
盗れるものなら、盗ってみろ。
これは私が探し出したんだ。 絶対に誰にも渡さないぞ。
~~~~~
やや、寝ぼけ眼で寝癖を直さずに食卓に着く、星とナズーリン。
周りも食事当番や聖以外は変わらないので、大した問題ではない。
各々が好きな席に座り、食事の開始もまばらである。
二つだけ開いた席も何を表しているか一目瞭然だ。
「座って待っていてくれ」
「はい、お待ちして……ふわぁ~」
櫃から椀にご飯を二人分。
囲炉裏を囲む席は、どの場所からでも汁をよそう事が出来る。
未だ寝ぼけ眼を擦る星を余所にナズーリンは用意されている食事を準備した。
「ほら、挨拶ぐらいはしっかりしないか」
「はい、頂きます」
寺での食事とはいえ、この食卓を構成しているのは妖怪達である。
当然、静かな食卓など囲える筈も無かった。
特に本日は珍しく、一同が揃っている。
ぬえと村紗は賑やかに話しているし、そこにマミゾウや響子や小傘が加われば、姦しい所ではない。
聖も母性全開でこころの世話を焼いている。
その聖の隣で静かにしている一輪もチラチラと聖の方向を見て、慕っている気持ちを隠しきれない様子だ。
その騒がしい場である。 当然、星とナズーリンを気にする者はいなかった。
「ご主人様、あ~ん」
「あ~ん、……ん~、おいしい」
「大袈裟だ、それに随分と嬉しそうに食べるじゃないか」
「だって、ナズーリンが食べさせてくれているんですよ? 嬉しくない訳がありません。 それに、この食材は……」
「私が用意した。 ……か?」
「そうです。 二人で採った愛の結晶です」
「他の人が聞いたら誤解するぞ」
「二人の共同作業で……」
「はぁ、良いか? ご主人様。 部下として上司の世話をするのは当然の事だ」
「でしたら。 上司は部下の面倒をしっかり見ないといけませんね」
星が椀からご飯を箸で掬うと、ナズーリンに向かって差し出す。
大体の状況と言いたい事は解っているが、一呼吸置き、改めて何をしたいかを聞く。
間違っても彼女は何をしたいかが、解らない訳ではない。
「何だ?」
「あ~ん」
「ご主人様にそんな事をさせる訳にはいかんだろ?」
「口移しにしますか? それも上司命令で」
「ご主人様の意地悪。 ……あ~ん」
食べさせ合う事等、周りもしている。
そんな事に気が付かない程、ナズーリンは隣しか見ていなかったのだ。
当然、二人を観察して目を輝かせていた響子の視線に気が付く筈もなかった。
~~~~~
食事を終えた二人は星の部屋に戻る。
その間にナズーリンの手を取る星は流石と言う他ない。
何百年と一緒に暮らしていた二人が、お互い何を隠す事があろうか。
ナズーリンの頬は赤く染まり、視線は正面から動かせずにいた。
「さて、何をして遊びましょうか?」
「仕事だ」
「しごと? それはどういう遊びですか?」
勝手知ったる何とやら、ナズーリンは和紙などが保管されている引き出しを開けると、そこから大量の紙を取り出した。
星の顔が若干であるがひきつっている。
ナズーリンはナズーリンで笑顔を作り、威圧感を露わにする。
「仕事は仕事です。 ご主人様」
「ひっ」
「お札、朱印、経……その他諸々も含めて、この寺で最も仏の威光を携えているのは誰ですか」
「そ、それは……」
「今日、一日分。 終わるまでは、この部屋から一歩も外に出さないからな」
渋々と机に向かう星。
顔は青くなり、背中には悲壮感が漂っている。
彼女の虚ろな目は、この世の物とは思えない絶望に沈んでいた。
例えるなら、楽しみにしていたプリンが自分の目の前で封を切られ、食べられる事象に匹敵する。
「ご主人様」
「何です? まだ、何かありますか?」
明らかに不機嫌でやる気の無い返事を返す。
その声を聞き、小心者のナズーリンは気を呑まれてしまう。
言葉に詰まり、あの、その、と小さく言葉を出すので精一杯であった。
「何ですか? まだ、私に面倒事を押し付けるのですか?」
「そ、そのな……頑張って、仕事を終わらせたら……ご褒美、あげるから……」
途端に星の顔に精気が戻る。
明るく、何処までも明るい彼女は光に包まれていた。
後光が差し、見る者すべてが彼女を敬い、誰も彼もが毘沙門天様という事は間違いないだろう。
「まかせて下さいナズーリン。 今からパパっと仕事を終わらせてしまいます。 なに、貴女の手を煩わせる事は何一つありません!」
光の速さで机に向かうと、丁寧に文字を書き始めた。
その様子をポカンと見ていたナズーリンは段々と気が戻って来る。
ふと、我に返り、いつもの尊大な態度を再び取り始めると、とある言葉が浮かんだ。
(主人様、世間では君の様な者を、チョロイと表現するそうだ)
~~~~~
朝食後から、ずっと書き物を続ける星。 それもこれもナズーリンのご褒美を期待してだ。
本当に一歩も部屋から出ようとしない。 それどころか筆を置きさえもしない。
元々、優秀と呼ばれる彼女だ。 ナズーリンの言葉が無くともここまで出来るだろう。
ナズーリンはずっと本を読んでいた。
時々、顔を上げ星の様子を見る。
凛々しい顔つきを見ると見る見る内に顔が紅潮する。
そうして、本に目線を落とすのであった。
不意に涼しげな風が入って来る。
星の髪が撫ぜられ、綺麗な金色の髪が流される。
同時に固定していなかった紙が部屋中に舞った。
「ご主人様」
「何ですか?」
「休憩にしましょう」
「まだ、終わっていませんよ?」
「縁側に出て、少し待っていてくれないか?」
「強引ですね」
「君に言われたくない」
部屋から星を追い出したナズーリンは、散乱した紙を拾い種類別に分けていく。
それぞれを専用の棚に戻すと、まだ書いていない和紙も戻す。
流石に言い過ぎたと後悔するナズーリンは、別の襖から部屋を出ると食料庫から適当に茶菓子を見繕う。
廊下を歩く、彼女は主人が何と言ってくれるか楽しみであった。
顔もいつもの仏頂面ではなく、実に女の子らしい恋する乙女の顔であった。
「お疲れ様」
「ああ、お帰り。 ナズーリン」
「まぁ、私が焚きつけたからな。 少しは責任を感じている」
「部屋の片づけありがとうございます」
「……見たのか?」
「いえ、音で分かりますよ。 それに、貴女ならきっとやってくれたと思いましてね」
「そうか、ほら茶だ」
日差しはまだまだ暑く、残暑が続いている。
季節の変わり目の涼しげな風は縁側の日陰と共に清涼感を与えてくれた。
「ああ、熱めのお茶が非常に良いです」
少年の様な表情で笑顔を浮かべる星の顔に、ドキリと鼓動が高鳴る。
他人から見たら随分と間抜けな顔をしている事を気が付く事が出来ない。
視線は外せず、また外そうとも、外したいとも思わない。
ただ、一枚の絵画か写真の様な光景から目が離せなかった。
「んっ? 見て下さい。 茶柱ですよ。 縁起が良いですね?」
星の満面の笑み。 ナズーリンの心音は限界であった。
このまま、見続けたら心臓が破裂してしまうかもしれない。
それ程の事であった。
彼女はどう思っていたかは判らない。
だが、もしかしたら、この幸せな光景を見たまま心臓が破裂しても良いと言ったかもしれない。
「ナズーリン。 先程からどうしたんですか? 熱でもあるのですか?」
紅潮した顔で自分を見つめ続けるナズーリンを純粋に心配した星は顔を近づける。
額に額を当て、熱でもあるのかと疑った。
突然の事に動けずにいたナズーリンも一秒二秒とする内に状況を把握する。
星の顔が、自分の顔に近づいた。
息遣いが分かる程に。 それだけでなく、普段では絶対に見る事が出来ない位近く。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!」
時間が動き始めたナズーリンは唐突に叫び声を上げ、顔を離した。
その間も星は一点を見据えたまま、一度も視線を外さなかった。
「体調は大丈夫ですか?」
「な、ななななな、何をするんだご主人様!」
「いや、だから、体調は大丈夫ですか?」
「体調? 大丈夫だ、大丈夫に決まっているだろ」
「そうですか。 良かった」
慌てるナズーリンを余所に顔を戻し、茶を啜る。
安心した星の顔は非常に優しげで安心していた。
ふと、何かを思い出したのか、くく、と含み笑いをする。
落ち着いたナズーリンは星のすぐ傍に座り直し、何がおかしいのか尋ねた。
「どうしたんだ? 気持ちの悪い笑い声をあげて」
「約束……覚えていますか?」
「まさか……」
「そう、さっきの事ですよ」
「な、何をさせる気だ?」
「キス……どこにしたい?」
唇に指を当て、上目遣いで尋ねる星。
「貴女が決めて……」
目を瞑り、唇を突き出す。
ご褒美を懇願する。 無言のおねだりであった。
ナズーリンは心の中で、もう二度とご主人様にご褒美をあげる。 と言うもんかと人生で何万回目を誓うのであった
「良いか? 後悔しても知らんぞ?」
……chu.
~~~~~
夜。
「今日はどっと疲れた気がする」
「では、もう寝ますか?」
「ああ、では、そろそろ暇を……」
目に涙を浮かべてナズーリンを見つめる星。
その姿はさながら捨てられた子犬の様である。
拾わなければならない。 それが自然の摂理であるかの様な可愛らしさであった。
「……まさか、今日もか?」
「駄目、ですか?」
「最近、小屋に帰った記憶が無い」
「奇遇ですね。 私もナズーリンの小屋に行った記憶がありません」
「当たり前だろ。 はぁ、ご主人様には振り回されっぱなしだ」
「ふふ、振り回しても良いのですよ? それに、何百年も一緒に暮らしていたんです。 今更、何を遠慮する事があるのですか?」
不意に星から石鹸の香りが流れてくる。
朝はあれだけ抱き締められたのに、もう抱き締められなくても良いと彼女は思っていた。
だが、今の気持ちはあの心地の良い匂いに包まれたいという気持であった。
ナズーリンは蝋燭の灯りを吹き消し星の手を取る。
暗闇で見えない筈なのに二人の目は合っていた。
月明かりがあれば、影が輪郭を作っただろう。
二人は互いの顔の距離をゼロにすると、余韻を引きながらも仲良く同じ床に就くのであった。
「おやすみ、ご主人様」
「おやすみ、ナズーリン」
オリ設定があります。
うう、体が動かない。 何故だ? 金縛りと言う奴か?
「ん~っ、ん~っ」
呻き声? 一体なんだ、何が起こった。
体が動かん。 まるで、がっちりと押さえつけられている様だ。
声も出ない。 何かに埋められている様だ。
肩が動かなければ、手も動かんだろう。 足も動く気がしない。
「すー、すー」
何をされている。 気持ちが悪い。
くそぉ、離せ。 離せよ。
「……リン」
ん? 聞き覚えがある声だ。 誰のだったか?
ああ、そうか。
スリスリ。
「ひゃっ」
やはりな、この引き締まった太腿の持ち主で、私にこんな事をする人物は一人しか知らない。
「もがもが」
「あ、あら? 起きてしまいましたか。 ナズーリン」
今度はちゃんと聞こえたぞ。 この声はご主人様の声だ。
何という事はない。
ご主人様に抱き締められていて、金縛りと勘違いした為に体が動かないと思い込んでいただけか。
「むがっ……ん~。 いい加減離せよ」
「駄目です。 まだ、ナズーリンの匂いを堪能していません」
「どれ位の時間こうしている?」
「日の出前からです」
「離して」
「駄目です。 まだ、匂い付けも終わっていません」
結局、私は朝食の時間までご主人様に抱き締められていた。
匂いを嗅がれ、頬擦りをされ、額や頬にキスをされ、ご主人様の荒々しい愛情表現を堪能させられた。
起こしに来たのは、やはり響子だ。
最初の頃は私とご主人様を見て、悲鳴を上げて逃げ去った奴が今では慣れたものだ。
去り際に、寅丸様の様な格好良い彼氏が欲しいなぁ。 等と、のたまいやがった。
盗れるものなら、盗ってみろ。
これは私が探し出したんだ。 絶対に誰にも渡さないぞ。
~~~~~
やや、寝ぼけ眼で寝癖を直さずに食卓に着く、星とナズーリン。
周りも食事当番や聖以外は変わらないので、大した問題ではない。
各々が好きな席に座り、食事の開始もまばらである。
二つだけ開いた席も何を表しているか一目瞭然だ。
「座って待っていてくれ」
「はい、お待ちして……ふわぁ~」
櫃から椀にご飯を二人分。
囲炉裏を囲む席は、どの場所からでも汁をよそう事が出来る。
未だ寝ぼけ眼を擦る星を余所にナズーリンは用意されている食事を準備した。
「ほら、挨拶ぐらいはしっかりしないか」
「はい、頂きます」
寺での食事とはいえ、この食卓を構成しているのは妖怪達である。
当然、静かな食卓など囲える筈も無かった。
特に本日は珍しく、一同が揃っている。
ぬえと村紗は賑やかに話しているし、そこにマミゾウや響子や小傘が加われば、姦しい所ではない。
聖も母性全開でこころの世話を焼いている。
その聖の隣で静かにしている一輪もチラチラと聖の方向を見て、慕っている気持ちを隠しきれない様子だ。
その騒がしい場である。 当然、星とナズーリンを気にする者はいなかった。
「ご主人様、あ~ん」
「あ~ん、……ん~、おいしい」
「大袈裟だ、それに随分と嬉しそうに食べるじゃないか」
「だって、ナズーリンが食べさせてくれているんですよ? 嬉しくない訳がありません。 それに、この食材は……」
「私が用意した。 ……か?」
「そうです。 二人で採った愛の結晶です」
「他の人が聞いたら誤解するぞ」
「二人の共同作業で……」
「はぁ、良いか? ご主人様。 部下として上司の世話をするのは当然の事だ」
「でしたら。 上司は部下の面倒をしっかり見ないといけませんね」
星が椀からご飯を箸で掬うと、ナズーリンに向かって差し出す。
大体の状況と言いたい事は解っているが、一呼吸置き、改めて何をしたいかを聞く。
間違っても彼女は何をしたいかが、解らない訳ではない。
「何だ?」
「あ~ん」
「ご主人様にそんな事をさせる訳にはいかんだろ?」
「口移しにしますか? それも上司命令で」
「ご主人様の意地悪。 ……あ~ん」
食べさせ合う事等、周りもしている。
そんな事に気が付かない程、ナズーリンは隣しか見ていなかったのだ。
当然、二人を観察して目を輝かせていた響子の視線に気が付く筈もなかった。
~~~~~
食事を終えた二人は星の部屋に戻る。
その間にナズーリンの手を取る星は流石と言う他ない。
何百年と一緒に暮らしていた二人が、お互い何を隠す事があろうか。
ナズーリンの頬は赤く染まり、視線は正面から動かせずにいた。
「さて、何をして遊びましょうか?」
「仕事だ」
「しごと? それはどういう遊びですか?」
勝手知ったる何とやら、ナズーリンは和紙などが保管されている引き出しを開けると、そこから大量の紙を取り出した。
星の顔が若干であるがひきつっている。
ナズーリンはナズーリンで笑顔を作り、威圧感を露わにする。
「仕事は仕事です。 ご主人様」
「ひっ」
「お札、朱印、経……その他諸々も含めて、この寺で最も仏の威光を携えているのは誰ですか」
「そ、それは……」
「今日、一日分。 終わるまでは、この部屋から一歩も外に出さないからな」
渋々と机に向かう星。
顔は青くなり、背中には悲壮感が漂っている。
彼女の虚ろな目は、この世の物とは思えない絶望に沈んでいた。
例えるなら、楽しみにしていたプリンが自分の目の前で封を切られ、食べられる事象に匹敵する。
「ご主人様」
「何です? まだ、何かありますか?」
明らかに不機嫌でやる気の無い返事を返す。
その声を聞き、小心者のナズーリンは気を呑まれてしまう。
言葉に詰まり、あの、その、と小さく言葉を出すので精一杯であった。
「何ですか? まだ、私に面倒事を押し付けるのですか?」
「そ、そのな……頑張って、仕事を終わらせたら……ご褒美、あげるから……」
途端に星の顔に精気が戻る。
明るく、何処までも明るい彼女は光に包まれていた。
後光が差し、見る者すべてが彼女を敬い、誰も彼もが毘沙門天様という事は間違いないだろう。
「まかせて下さいナズーリン。 今からパパっと仕事を終わらせてしまいます。 なに、貴女の手を煩わせる事は何一つありません!」
光の速さで机に向かうと、丁寧に文字を書き始めた。
その様子をポカンと見ていたナズーリンは段々と気が戻って来る。
ふと、我に返り、いつもの尊大な態度を再び取り始めると、とある言葉が浮かんだ。
(主人様、世間では君の様な者を、チョロイと表現するそうだ)
~~~~~
朝食後から、ずっと書き物を続ける星。 それもこれもナズーリンのご褒美を期待してだ。
本当に一歩も部屋から出ようとしない。 それどころか筆を置きさえもしない。
元々、優秀と呼ばれる彼女だ。 ナズーリンの言葉が無くともここまで出来るだろう。
ナズーリンはずっと本を読んでいた。
時々、顔を上げ星の様子を見る。
凛々しい顔つきを見ると見る見る内に顔が紅潮する。
そうして、本に目線を落とすのであった。
不意に涼しげな風が入って来る。
星の髪が撫ぜられ、綺麗な金色の髪が流される。
同時に固定していなかった紙が部屋中に舞った。
「ご主人様」
「何ですか?」
「休憩にしましょう」
「まだ、終わっていませんよ?」
「縁側に出て、少し待っていてくれないか?」
「強引ですね」
「君に言われたくない」
部屋から星を追い出したナズーリンは、散乱した紙を拾い種類別に分けていく。
それぞれを専用の棚に戻すと、まだ書いていない和紙も戻す。
流石に言い過ぎたと後悔するナズーリンは、別の襖から部屋を出ると食料庫から適当に茶菓子を見繕う。
廊下を歩く、彼女は主人が何と言ってくれるか楽しみであった。
顔もいつもの仏頂面ではなく、実に女の子らしい恋する乙女の顔であった。
「お疲れ様」
「ああ、お帰り。 ナズーリン」
「まぁ、私が焚きつけたからな。 少しは責任を感じている」
「部屋の片づけありがとうございます」
「……見たのか?」
「いえ、音で分かりますよ。 それに、貴女ならきっとやってくれたと思いましてね」
「そうか、ほら茶だ」
日差しはまだまだ暑く、残暑が続いている。
季節の変わり目の涼しげな風は縁側の日陰と共に清涼感を与えてくれた。
「ああ、熱めのお茶が非常に良いです」
少年の様な表情で笑顔を浮かべる星の顔に、ドキリと鼓動が高鳴る。
他人から見たら随分と間抜けな顔をしている事を気が付く事が出来ない。
視線は外せず、また外そうとも、外したいとも思わない。
ただ、一枚の絵画か写真の様な光景から目が離せなかった。
「んっ? 見て下さい。 茶柱ですよ。 縁起が良いですね?」
星の満面の笑み。 ナズーリンの心音は限界であった。
このまま、見続けたら心臓が破裂してしまうかもしれない。
それ程の事であった。
彼女はどう思っていたかは判らない。
だが、もしかしたら、この幸せな光景を見たまま心臓が破裂しても良いと言ったかもしれない。
「ナズーリン。 先程からどうしたんですか? 熱でもあるのですか?」
紅潮した顔で自分を見つめ続けるナズーリンを純粋に心配した星は顔を近づける。
額に額を当て、熱でもあるのかと疑った。
突然の事に動けずにいたナズーリンも一秒二秒とする内に状況を把握する。
星の顔が、自分の顔に近づいた。
息遣いが分かる程に。 それだけでなく、普段では絶対に見る事が出来ない位近く。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!」
時間が動き始めたナズーリンは唐突に叫び声を上げ、顔を離した。
その間も星は一点を見据えたまま、一度も視線を外さなかった。
「体調は大丈夫ですか?」
「な、ななななな、何をするんだご主人様!」
「いや、だから、体調は大丈夫ですか?」
「体調? 大丈夫だ、大丈夫に決まっているだろ」
「そうですか。 良かった」
慌てるナズーリンを余所に顔を戻し、茶を啜る。
安心した星の顔は非常に優しげで安心していた。
ふと、何かを思い出したのか、くく、と含み笑いをする。
落ち着いたナズーリンは星のすぐ傍に座り直し、何がおかしいのか尋ねた。
「どうしたんだ? 気持ちの悪い笑い声をあげて」
「約束……覚えていますか?」
「まさか……」
「そう、さっきの事ですよ」
「な、何をさせる気だ?」
「キス……どこにしたい?」
唇に指を当て、上目遣いで尋ねる星。
「貴女が決めて……」
目を瞑り、唇を突き出す。
ご褒美を懇願する。 無言のおねだりであった。
ナズーリンは心の中で、もう二度とご主人様にご褒美をあげる。 と言うもんかと人生で何万回目を誓うのであった
「良いか? 後悔しても知らんぞ?」
……chu.
~~~~~
夜。
「今日はどっと疲れた気がする」
「では、もう寝ますか?」
「ああ、では、そろそろ暇を……」
目に涙を浮かべてナズーリンを見つめる星。
その姿はさながら捨てられた子犬の様である。
拾わなければならない。 それが自然の摂理であるかの様な可愛らしさであった。
「……まさか、今日もか?」
「駄目、ですか?」
「最近、小屋に帰った記憶が無い」
「奇遇ですね。 私もナズーリンの小屋に行った記憶がありません」
「当たり前だろ。 はぁ、ご主人様には振り回されっぱなしだ」
「ふふ、振り回しても良いのですよ? それに、何百年も一緒に暮らしていたんです。 今更、何を遠慮する事があるのですか?」
不意に星から石鹸の香りが流れてくる。
朝はあれだけ抱き締められたのに、もう抱き締められなくても良いと彼女は思っていた。
だが、今の気持ちはあの心地の良い匂いに包まれたいという気持であった。
ナズーリンは蝋燭の灯りを吹き消し星の手を取る。
暗闇で見えない筈なのに二人の目は合っていた。
月明かりがあれば、影が輪郭を作っただろう。
二人は互いの顔の距離をゼロにすると、余韻を引きながらも仲良く同じ床に就くのであった。
「おやすみ、ご主人様」
「おやすみ、ナズーリン」
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何百年とともに暮らしてるのにいまだ乙女な反応をするナズーリンまじ恋する乙女