命蓮寺。
洩矢の地神が拓いた土地に聖輦船がその形を変え出来た寺。元々は妖怪達の楽園としての寺であったが、人間を排斥するわけではなく信心を以って訪れる人間であれば分け隔てなくその門戸を開いている。
この寺を訪れた人間曰く、
「恐ろしく稚拙な方法で人間を驚かせようとしてくる妖怪がいる」と。
その妖怪は大分の昔に人間に捨てられた傘の成れの果てであり、未練、怨みとは関係なく、只、寺を訪れる人間を害することなく驚かせることによって生を永らえる、比較的人間の大きな脅威とはなりにくい妖怪であった。
そんな妖怪の、変化は少ないが穏やかで、何よりも安全な日々は、とある一体の僵尸によって破られることとなる。
0、冷たくなった手のひら
小傘の新たな楽園、命蓮寺。
住人は皆程々に心優しく、命の危険を感じなければならないような外敵も存在せず、驚かすべき人間も最低限は訪れ、最低限、驚いてくれる。食料となる人間の心的資源は決して潤沢とは言えないが、ここにいればひもじい思いをすることだけはなく済んでいた。ついこの前までは。
今、小傘が目前で必死にくれているガンにも全く怯むことなくふらふらと左右に揺れ続けるキョンシーが一体。
これが来てからこっち、小傘が人間を驚かせる機会は0に漸近する程に危機的な減少を見せていた。ただでさえ疎らであった人間の数はその鳴りを更に潜め、稀になった人を驚かせる機会そのものも、このキョンシーの無自覚な妨害によってその悉くを奪われる。
今、縄張りを守る猫の如くフー、フー、と嵐を吹きながらキョンシーを睨み続ける小傘が生きていられるのも、小傘本人ではなく青白い肌をしたキョンシーこと宮古芳香に驚いた人間を便乗して驚かせ、その薄味な出涸らしとなった心を幾許か啜ることが出来ているからである。
「……屈辱」
ぼそりと、小傘のガサガサになった唇から、言葉が漏れる。
その言葉がきっかけになったのか、小傘の表情がより一層鬼気迫るものとなる。
不十分な栄養事情と、屈辱のあまり碌に取れていない睡眠のせいで出来た目の下の隈、痩けた頬、乱れ放題の髪、ついに割れて血の滴る唇が、更に小傘の様子を恐ろしげなものに変えている。
小傘の心中に去来するのは、ただひたすらに屈辱、その二文字のみ。
なんだかんだ他人との関係を気にする小傘が全てを口に出すことは決して無いが、敢えて今の彼女の心境を何処ぞのスキマがスキマでも使って覗こうものなら…
(驚かせることを生業としている私が、種類すらなにも問わず、其の物の質の良し悪しも問わずなんでもバリバリ喰らうような悪食の小娘に専売特許で負けているというのか大体どうして私を見ても笑顔で挨拶してくるあの僧侶芳香ちゃんだと驚くのっていうか驚かせる気もなくただ威嚇してるだけの芳香ちゃんの後ろで改めて人を驚かせようとするのが一体どれだけ惨めで恥ずかしいのか分かっているのかそもそも私は誰に話して誰にわかって欲しいんだそんなことはどうでもいいとにかくお腹が空いた人を驚かせたいでも外に出る余力は無いしでもお墓には芳香ちゃんいるしそうだそもそもなんでこの子何処からともなく唐突に湧いたわけ近寄るなってこっちのセリフだ何かを守ってるってその代わりに私の胃袋事情がカタルシスしてるんですけどそれについてはノータッチですかそうですかそーなのかーこのネタはいかんそーですよねーどうせなにいってもゾンビでーすの一言で開き直るんですもんね脳みそ腐ってるから分からないで押し切るんだもんねというかだからどうしてそんな脳髄の芯まで腐り落ちてるかもしれないこんな子に私は専売特許で負けてるんだこの子の能力何でも食べるって…好き嫌いなくて褒められるのなんて生まれて十年が限度だよてかあの子生まれて何年で死んで何年死んでて何年前に生き返ったんだいやそんなことは今は関係ない何の話だっけそうそうなんで私があの健康優良雑食娘に十八番で負けているのかということでつまりは………)
………マヨヒガ住人が全員溺死しかねない勢いでそこそこ黒いことを吐き出し続ける小傘だったが、腹が激しく鳴るのと同時に現実に今現在直面している問題に向き合わざるを得なくなった。
(もう、勝った負けたの話はこの際どうでもいい。そんなのは今の私には大した問題じゃない。本当に問題になるのはーー)
もう一度激しく小傘の腹が鳴る。二度目は聞き逃さなかったのか、芳香が左右に揺れるのをやめて、首を傾げる。
「……恥ずかしいからやめてよ」
今、多々良小傘は物凄くひもじい。
もし、今の小傘の目の前に純真無垢な子供でも置いてしまったら彼女は迷わず子供に襲いかかり、その心を貪るための枚挙にいとまはないだろう。
(…心が欲しい。ここ暫く緊急避難的に口にしている薄味の、パサパサしたものではなく、プルプルした、水気の滴るような、濃厚な"心"の匂い立つような、そんな心に今すぐむしゃぶりつきたい……!)
妄想と呼ぶにはあまりにリアルな、一種の幻覚のせいで、小傘の腹がより一層激しく鳴る。
「腹減ってるのか〜?」
芳香が、たまたま近くを飛んでいた半霊をみょん、と妙な効果音と共に捕まえる。
「食うか〜?」
目に見えてあたふたし始める半霊。
「食べられない!」
目に見えて安堵する半霊。
「そうかー」
ひょいぱく。芳香は目にも留まらぬ早さでその霊魂を口に収める。
「なかなかうまいぞー」
小傘は静かに手を合わせるしかなかった。
「そ、それよりもっ!」
「どうした〜?」
「今日こそは…」
そこで一度言葉を区切り、小傘は空気を肺に入れ直してから、
「命蓮寺から出ていってもらうからね!!」
行き場の無かった右手で力一杯芳香を指差す。行儀の悪さなんて今は小傘の知ったことではない。
このまま芳香に命蓮寺に居座られ続けたら、小傘にとっては商売あがったりなのだ。おまんまの食い上げなのだ。
そんな小傘の厳しい胃袋事情なんて何処吹く風で、芳香は、「それは無理だー」の一言で小傘の要求を突っぱねる。
それはいつものことなので、小傘もそこにはさしたる失望は抱かず、今日は簡単には退かないぞ、という意思に表情を険しくさせる。
芳香の頑丈さの前には、小傘の火力に不安の残る弾幕では手も足も出ないのは小傘自身重々承知していた。ならば、平和的解決。それ以外に小傘に残された道はない。
「どうしてなの?」
普段の有無を言わせず弾幕を放つ小傘とは様子が違うことは露程も気にしていない様子で、芳香は答える。
「守るのが私の役目だからだー」
初めて聞く彼女の使命をほんの少しだけ意外に感じながら、故意か不意か語られずに欠けた情報を得るために小傘は言葉を続ける。
「何を?」
小傘のその言葉に、まるで今までの人生に於いて一度も考えたことのない盲点を突かれたような顔をして、その後暫く何かを考えているかのような空白の後、彼女は首を傾げる。
「えーと、……なんだっけ?」
「な、なにそれ……」
こ、この腐敗死体め……と頭を抱える小傘。同時に、芳香相手に会話による解決は不可能であることを知る。
「と、とにかく、芳香ちゃんが命蓮寺に来たせいで、人を驚かせるチャンスが減っちゃったんだから!」
「そーなのかー」
このゾンビめ。人の気も知らないで他人のネタを二番煎じか。他人のことを言えないはずの小傘は、それでも目に見えてイライラし始める。
そのままの勢いで弾幕を作り出さんと少ない妖力をかき集め、これでは今までと同じだ、と頭を振る。
「そ、そう! だから、隠れんぼ! 私が隠れるから、芳香ちゃんは私を見つけて! 見つからなかったら私の勝ち! ここから出ていってもらうからね!」
「見つけた」
目の前の小傘を凝視する芳香。
「まだ私隠れてないから! ほら、いいから早く後ろ向いて」
「わかったぞー」
馬鹿正直に後ろを向く芳香。こうしてる分にはとっても可愛らしいんだけど……と嘆息する小傘。
「いいよって言ったら探しに来てね。ほっ」
唐傘と共に一度空へ飛び上がる。その後、飛んで行く必要もないくらい近くの木陰に身を隠す。
「もういいよー」
平和な戦の開始が告げられた。
どこだー、と、小傘の術中に嵌ったか、ただ単になにも考えていないだけなのかは分からないが、明後日の方向へとフラフラ漂っていく芳香。
彼女は、前代未聞の勝負中に霊を食らうことでの体力回復と、そうでなくても非常に厄介な程の頑丈さを誇ってはいるが、そのせいかおつむまで非常に硬く、考えが回っていない。相手が視界から外れると、その場で周囲を少しキョロキョロしただけで、相手を見失ったと判断するのだ。つまり、立ち向かうにはあまりにも厄介だが、巻くのは非常に簡単なのだ。
正直、半分口から出任せの提案だったが、これは正解だったな、と木の陰で一人ほくそ笑む小傘。
「隠れんぼなら、私は隠れてるだけ。芳香ちゃんを弾幕ごっこで負かす必要もない。芳香ちゃんの弱点をつくだけで勝てちゃうなんて、我ながら完璧な作戦ね……って」
常にだらしなく垂れているベロだけじゃなく、その不気味な程鮮やかな紫の体を全く隠す気のない唐傘に焦る小傘。
「ちょ、あんたそこにいたらバレっ……!」
「そこかー」
ふよふよと芳香が近付く気配。もはやこれまで、と小傘は息を吐く。
「はー……。見つかっちゃしょうがないね……。もう、唐傘のバカ……」
ゆっくりと立ち上がり、芳香の前に姿を見せるべく木陰から足を踏み出す小傘。
「あっ」
地面から出ていた木の根に足を引っ掛け、小傘はバランスを失う。
転っ……!
痛みを覚悟し、小傘は両手を前に突き出すが、いつまで経っても衝撃は来なかった。おかしい、と驚きに何時の間にか瞑ってしまっていた瞼を開くと、目の前にある芳香の顔。同時に、二の腕のひんやりとした感触に気付く。
「あぶないぞー」
「あ、ありがと……」
改めて芳香の顔を見上げて、小傘は絶句した。
初めて見る芳香の笑顔は、小傘の心の最も痛がりな部分をゆっくりと撫で付けた。
その顔を見た瞬間に小傘の脳裏をよぎる他人、人、ヒト。
その人が、小傘の足を掴み、その体を雨粒から守るために小傘自慢の紫色を天に広げる。かつての、小傘の一番暖かかった時を、思い出す。
「……ご主人様?」
「なんだー? ちがうぞー」
本人は否定しているが、今の自分の使命すら記憶できていない芳香が、生前のことなど覚えているはずがない、と小傘は一人、確信を深める。
この人、芳香ちゃんは、私のご主人様だったのかもしれない……。
そう思いながら小傘が取った芳香の手は当時とはまるで結びつかない程に冷たく冷え切っていた。
洩矢の地神が拓いた土地に聖輦船がその形を変え出来た寺。元々は妖怪達の楽園としての寺であったが、人間を排斥するわけではなく信心を以って訪れる人間であれば分け隔てなくその門戸を開いている。
この寺を訪れた人間曰く、
「恐ろしく稚拙な方法で人間を驚かせようとしてくる妖怪がいる」と。
その妖怪は大分の昔に人間に捨てられた傘の成れの果てであり、未練、怨みとは関係なく、只、寺を訪れる人間を害することなく驚かせることによって生を永らえる、比較的人間の大きな脅威とはなりにくい妖怪であった。
そんな妖怪の、変化は少ないが穏やかで、何よりも安全な日々は、とある一体の僵尸によって破られることとなる。
0、冷たくなった手のひら
小傘の新たな楽園、命蓮寺。
住人は皆程々に心優しく、命の危険を感じなければならないような外敵も存在せず、驚かすべき人間も最低限は訪れ、最低限、驚いてくれる。食料となる人間の心的資源は決して潤沢とは言えないが、ここにいればひもじい思いをすることだけはなく済んでいた。ついこの前までは。
今、小傘が目前で必死にくれているガンにも全く怯むことなくふらふらと左右に揺れ続けるキョンシーが一体。
これが来てからこっち、小傘が人間を驚かせる機会は0に漸近する程に危機的な減少を見せていた。ただでさえ疎らであった人間の数はその鳴りを更に潜め、稀になった人を驚かせる機会そのものも、このキョンシーの無自覚な妨害によってその悉くを奪われる。
今、縄張りを守る猫の如くフー、フー、と嵐を吹きながらキョンシーを睨み続ける小傘が生きていられるのも、小傘本人ではなく青白い肌をしたキョンシーこと宮古芳香に驚いた人間を便乗して驚かせ、その薄味な出涸らしとなった心を幾許か啜ることが出来ているからである。
「……屈辱」
ぼそりと、小傘のガサガサになった唇から、言葉が漏れる。
その言葉がきっかけになったのか、小傘の表情がより一層鬼気迫るものとなる。
不十分な栄養事情と、屈辱のあまり碌に取れていない睡眠のせいで出来た目の下の隈、痩けた頬、乱れ放題の髪、ついに割れて血の滴る唇が、更に小傘の様子を恐ろしげなものに変えている。
小傘の心中に去来するのは、ただひたすらに屈辱、その二文字のみ。
なんだかんだ他人との関係を気にする小傘が全てを口に出すことは決して無いが、敢えて今の彼女の心境を何処ぞのスキマがスキマでも使って覗こうものなら…
(驚かせることを生業としている私が、種類すらなにも問わず、其の物の質の良し悪しも問わずなんでもバリバリ喰らうような悪食の小娘に専売特許で負けているというのか大体どうして私を見ても笑顔で挨拶してくるあの僧侶芳香ちゃんだと驚くのっていうか驚かせる気もなくただ威嚇してるだけの芳香ちゃんの後ろで改めて人を驚かせようとするのが一体どれだけ惨めで恥ずかしいのか分かっているのかそもそも私は誰に話して誰にわかって欲しいんだそんなことはどうでもいいとにかくお腹が空いた人を驚かせたいでも外に出る余力は無いしでもお墓には芳香ちゃんいるしそうだそもそもなんでこの子何処からともなく唐突に湧いたわけ近寄るなってこっちのセリフだ何かを守ってるってその代わりに私の胃袋事情がカタルシスしてるんですけどそれについてはノータッチですかそうですかそーなのかーこのネタはいかんそーですよねーどうせなにいってもゾンビでーすの一言で開き直るんですもんね脳みそ腐ってるから分からないで押し切るんだもんねというかだからどうしてそんな脳髄の芯まで腐り落ちてるかもしれないこんな子に私は専売特許で負けてるんだこの子の能力何でも食べるって…好き嫌いなくて褒められるのなんて生まれて十年が限度だよてかあの子生まれて何年で死んで何年死んでて何年前に生き返ったんだいやそんなことは今は関係ない何の話だっけそうそうなんで私があの健康優良雑食娘に十八番で負けているのかということでつまりは………)
………マヨヒガ住人が全員溺死しかねない勢いでそこそこ黒いことを吐き出し続ける小傘だったが、腹が激しく鳴るのと同時に現実に今現在直面している問題に向き合わざるを得なくなった。
(もう、勝った負けたの話はこの際どうでもいい。そんなのは今の私には大した問題じゃない。本当に問題になるのはーー)
もう一度激しく小傘の腹が鳴る。二度目は聞き逃さなかったのか、芳香が左右に揺れるのをやめて、首を傾げる。
「……恥ずかしいからやめてよ」
今、多々良小傘は物凄くひもじい。
もし、今の小傘の目の前に純真無垢な子供でも置いてしまったら彼女は迷わず子供に襲いかかり、その心を貪るための枚挙にいとまはないだろう。
(…心が欲しい。ここ暫く緊急避難的に口にしている薄味の、パサパサしたものではなく、プルプルした、水気の滴るような、濃厚な"心"の匂い立つような、そんな心に今すぐむしゃぶりつきたい……!)
妄想と呼ぶにはあまりにリアルな、一種の幻覚のせいで、小傘の腹がより一層激しく鳴る。
「腹減ってるのか〜?」
芳香が、たまたま近くを飛んでいた半霊をみょん、と妙な効果音と共に捕まえる。
「食うか〜?」
目に見えてあたふたし始める半霊。
「食べられない!」
目に見えて安堵する半霊。
「そうかー」
ひょいぱく。芳香は目にも留まらぬ早さでその霊魂を口に収める。
「なかなかうまいぞー」
小傘は静かに手を合わせるしかなかった。
「そ、それよりもっ!」
「どうした〜?」
「今日こそは…」
そこで一度言葉を区切り、小傘は空気を肺に入れ直してから、
「命蓮寺から出ていってもらうからね!!」
行き場の無かった右手で力一杯芳香を指差す。行儀の悪さなんて今は小傘の知ったことではない。
このまま芳香に命蓮寺に居座られ続けたら、小傘にとっては商売あがったりなのだ。おまんまの食い上げなのだ。
そんな小傘の厳しい胃袋事情なんて何処吹く風で、芳香は、「それは無理だー」の一言で小傘の要求を突っぱねる。
それはいつものことなので、小傘もそこにはさしたる失望は抱かず、今日は簡単には退かないぞ、という意思に表情を険しくさせる。
芳香の頑丈さの前には、小傘の火力に不安の残る弾幕では手も足も出ないのは小傘自身重々承知していた。ならば、平和的解決。それ以外に小傘に残された道はない。
「どうしてなの?」
普段の有無を言わせず弾幕を放つ小傘とは様子が違うことは露程も気にしていない様子で、芳香は答える。
「守るのが私の役目だからだー」
初めて聞く彼女の使命をほんの少しだけ意外に感じながら、故意か不意か語られずに欠けた情報を得るために小傘は言葉を続ける。
「何を?」
小傘のその言葉に、まるで今までの人生に於いて一度も考えたことのない盲点を突かれたような顔をして、その後暫く何かを考えているかのような空白の後、彼女は首を傾げる。
「えーと、……なんだっけ?」
「な、なにそれ……」
こ、この腐敗死体め……と頭を抱える小傘。同時に、芳香相手に会話による解決は不可能であることを知る。
「と、とにかく、芳香ちゃんが命蓮寺に来たせいで、人を驚かせるチャンスが減っちゃったんだから!」
「そーなのかー」
このゾンビめ。人の気も知らないで他人のネタを二番煎じか。他人のことを言えないはずの小傘は、それでも目に見えてイライラし始める。
そのままの勢いで弾幕を作り出さんと少ない妖力をかき集め、これでは今までと同じだ、と頭を振る。
「そ、そう! だから、隠れんぼ! 私が隠れるから、芳香ちゃんは私を見つけて! 見つからなかったら私の勝ち! ここから出ていってもらうからね!」
「見つけた」
目の前の小傘を凝視する芳香。
「まだ私隠れてないから! ほら、いいから早く後ろ向いて」
「わかったぞー」
馬鹿正直に後ろを向く芳香。こうしてる分にはとっても可愛らしいんだけど……と嘆息する小傘。
「いいよって言ったら探しに来てね。ほっ」
唐傘と共に一度空へ飛び上がる。その後、飛んで行く必要もないくらい近くの木陰に身を隠す。
「もういいよー」
平和な戦の開始が告げられた。
どこだー、と、小傘の術中に嵌ったか、ただ単になにも考えていないだけなのかは分からないが、明後日の方向へとフラフラ漂っていく芳香。
彼女は、前代未聞の勝負中に霊を食らうことでの体力回復と、そうでなくても非常に厄介な程の頑丈さを誇ってはいるが、そのせいかおつむまで非常に硬く、考えが回っていない。相手が視界から外れると、その場で周囲を少しキョロキョロしただけで、相手を見失ったと判断するのだ。つまり、立ち向かうにはあまりにも厄介だが、巻くのは非常に簡単なのだ。
正直、半分口から出任せの提案だったが、これは正解だったな、と木の陰で一人ほくそ笑む小傘。
「隠れんぼなら、私は隠れてるだけ。芳香ちゃんを弾幕ごっこで負かす必要もない。芳香ちゃんの弱点をつくだけで勝てちゃうなんて、我ながら完璧な作戦ね……って」
常にだらしなく垂れているベロだけじゃなく、その不気味な程鮮やかな紫の体を全く隠す気のない唐傘に焦る小傘。
「ちょ、あんたそこにいたらバレっ……!」
「そこかー」
ふよふよと芳香が近付く気配。もはやこれまで、と小傘は息を吐く。
「はー……。見つかっちゃしょうがないね……。もう、唐傘のバカ……」
ゆっくりと立ち上がり、芳香の前に姿を見せるべく木陰から足を踏み出す小傘。
「あっ」
地面から出ていた木の根に足を引っ掛け、小傘はバランスを失う。
転っ……!
痛みを覚悟し、小傘は両手を前に突き出すが、いつまで経っても衝撃は来なかった。おかしい、と驚きに何時の間にか瞑ってしまっていた瞼を開くと、目の前にある芳香の顔。同時に、二の腕のひんやりとした感触に気付く。
「あぶないぞー」
「あ、ありがと……」
改めて芳香の顔を見上げて、小傘は絶句した。
初めて見る芳香の笑顔は、小傘の心の最も痛がりな部分をゆっくりと撫で付けた。
その顔を見た瞬間に小傘の脳裏をよぎる他人、人、ヒト。
その人が、小傘の足を掴み、その体を雨粒から守るために小傘自慢の紫色を天に広げる。かつての、小傘の一番暖かかった時を、思い出す。
「……ご主人様?」
「なんだー? ちがうぞー」
本人は否定しているが、今の自分の使命すら記憶できていない芳香が、生前のことなど覚えているはずがない、と小傘は一人、確信を深める。
この人、芳香ちゃんは、私のご主人様だったのかもしれない……。
そう思いながら小傘が取った芳香の手は当時とはまるで結びつかない程に冷たく冷え切っていた。
続き物ならば特に、点数とか評判とか気にせず、
わき目を振らずにガシガシ書き進める方が良いかと思います
完結させるのが、正義ですから。では続編をお待ちしてます
次回は出来ればもう少し長めでお願いします
芳香と小傘のコンビは良く見るようで結構見なかったりするのでわくわく