赤、黒、赤、黒、赤、黒、赤――
☆☆☆
きっかけになったのは、喉が渇いたので立ち寄った博麗神社の縁側で麦茶を飲みながら読んだ文々。新聞。
隣りに座っていた霊夢に「また早苗達が何か始めたみたいよ。面倒な事にならなきゃいいけど」と言って手渡された新聞の一面記事。
見出しはずばりこうだ。「今、地底でカジノが大ブーム!カジノの魅力に迫る!」
記事によると、守矢に唆された博打好きの鬼が河童と組んで、外の世界のでかい賭場を真似たものを旧都に作ったところ、これが大当たり。
今じゃ同種の施設が周りに建ち並び、一大歓楽街を形成しているとの事だった。
新聞のインタビューを受けている妖怪達の写真には、見覚えのある顔が幾つか並んでいた。
今回の仕掛け人の一人でもある東風谷早苗の「今幻想郷で一番エキサイティングでホットでクールなゲームを貴方に!」とかいう煽りはどうでもいい。
私の興味を引いたのは、今後の地底の主要産業の一つとして、娯楽産業を打ち出したいと語る地底の大物、古明地さとりのインタビュー写真。
あのさとりが新聞なんかに出てるってだけでも私達は軽く驚いたんだが、もっと驚いたのは彼女の写真の背景だ。
彼女が出資しているというホテル(地底の主流スタイルはホテルにカジノと呼ばれる博打場を併設したスタイルらしい)の一室で取られた写真だったのだが、もの凄く良さそうな部屋だったのだ。
ピカピカに光る大理石の床、鈍い光沢を放つ薄茶の革張りソファ、鏡みたいに上に載せたカップを綺麗に写す、柔らかな曲線のローテーブル。
ご丁寧に暖炉まで付けられた無駄に贅沢な部屋だったが、シックな茶系統ベースの色合いからは落ち着いた高級感が漂っていた。
「こいつは凄いな。このソファーなんか、私のベッドよりも広そうだ。こんなソファーで魔導書読んだらきっと捗るぜ」
「気のせいよ。本なんてどこで読んだって変わらないわ」
「お前なあ。この写真見て気にならないのか?」
「全然。どうせ一ヶ月もしたら魔理沙もこんな記事の事忘れて自分の部屋で読書してるでしょ」
「ノリ悪いなあ。おい、針妙丸はどう思う?こんな部屋素敵だと思わないか?」
やっぱり霊夢にはこういうものの良さってのが解らないみたいだ。聞く奴間違えたな。
霊夢の膝の上で小さく切った羊羹とお猪口に入れたお茶を楽しんでる、新しい同居人に呼びかけてみた。
「そうですねー、とっても素敵だと思いますよ。でも私にはちょっと広すぎると思いますね」
「ほら見ろ。やっぱり真の乙女にはこの良さが解るんだよ」
「私は魔理沙が流行り物に弱いだけだと思うけどね」
「流行り物に敏感なのも乙女の資格だよ、解ってないな」
そうやって話に興じる内に、私はすぐに地底に遊びに行きたい気持ちになってきた。
だってあの寂しい地底が今や幻想郷一番の歓楽街になっているんだぜ?気にならないか?
私には魔法使いに欠かせない資質を持っている。とびきりの好奇心だ。気になったら即実行しないと気が済まない。
その日は早めに神社を辞去すると、家に帰って荷物を纏めて地底に出発した。
好奇心猫を殺す。後悔先に立たず。先人達は立派だった。
☆☆☆
旧都についた私は、早速さとりの所有するカジノをガイドブック片手に目指した。
「ソーレ・デル・ソテラーニオ」という名前はどこかの国の言葉で地底の太陽という意味らしい。流石は少女さとり 気障な上に親馬鹿を発揮してる。
カジノが立ち並ぶ旧都の通りは馬鹿みたいに大きな建物が多かったが、その中でも一際目立つ建物だったんですぐに見つかった。
乳白色を基調にした、西洋風の壮大な建物で、正面玄関前には滝と見間違えるぐらい大きな噴水があった。
大きな回転扉を抜けてロビーに入ると、外観に負けないぐらいに立派な作りだった。
古今の様々な地域の宮殿や神殿を上手く混ぜ合わせたような作りで、全体的な色調はベージュや茶といった、暖かみのある色で構成されている。
どこまでも続く壁はところどころアーチになっており、大理石と思われる白い柱に支えられていた。奥の天井にはご丁寧にステンドグラスまで拵えてある。
大理石と精巧な細工がされた木で作られたカウンターを眺めながら、手近なソファーに腰掛けてみる。紅魔館のソファーよりも柔らかい。
頭上には大袈裟すぎるシャンデリアがぶら下がっているが、この空間を照らす光源としては抜群だ。テーブルの上の花の趣味もいい。
私はこの建物に一発でやられてしまった。すっかりここに泊まりたいと思ってしまったのだ。
どうせ泊まるんなら、さとりがインタビューを受けていたあの部屋しかない。だが都合が付かないのは宿泊料金だ。
「ソーレ・デル・ソテラーニオ」は古明地さとりが地底を一大観光地にすべくブチ上げた五つ星ホテルらしく、宿泊料金もそれに見合ったお値段だった。
当然、私にそんな金はない。言っとくが私が貧乏なんじゃない。さとりの料金設定がおかしいだけだからな。
そこで、今自分がどこにいるか考えると、自分の悩みが馬鹿げたものだという事に気が付いた。
なあ私、今どこにいると思ってるんだ?博打場だらけの街のど真ん中にいるんだぜ?ちょちょいと勝てばアッという間だろ?
この建物の中にもカジノがある。しかも地底で有数の立派な奴が。
そうとなれば勝負しない手はない。毛足が長すぎて足を取られそうな絨毯を蹴って、颯爽とソファーから立ち上がった。
私の知っているゲームはポーカーぐらいしかないが、心理戦ならお手の物だ。普通の魔法使いの手並みを見せてやる。
☆☆☆
「それで来た、見た、負けたってわけだ。過去の賢人の言葉を学ぶべきだったな」
「多分その言葉どっか間違ってるぞ。しかしお前何でこんなところいるんだよ」
「地底は私達嫌われ者の楽園だからな。お前こそ一応人間なんだから、堂々と地底をうろついている方がおかしいんだ」
あっさりと勝負に負けて大枚をはたいた私は、旧都の中でも今よっつぐらいな飲み屋にいた。予定じゃホテルのバーで祝杯を上げてる筈だったんだが。
カウンターも大理石や黒檀なんて上等なものじゃなくて、年季だけは入った安そうな素材だった。評価出来るとしたら耐久性だけだろう。
隣りに座ってる珍妙な髪の色をした双角の持ち主は鬼人正邪、一見鬼と間違えそうな外見だが種族天邪鬼で幻想郷でも屈指の問題児だ。
まあこいつなら地底に押し込められててもおかしくないか。何かやらかして、地上に居づらくなったとかで。
ポーカーでボロ負けして憂さ晴らしに飲みに行こうとした時に、こいつに声を掛けられた。
そうして、薄暗くて煙たくて、駄目な酒を出す店でこいつと二人で飲む事になったのだ。
「ところで何で私を飲みに誘ったんだ?お前は私みたいな強い奴は嫌いだろ?」
「博打の方は大した事ないみたいだがな。実を言うと、私が今探している人間にぴったりなんだよ」
「私がポーカーしてるところから見てたのか?」
「たまたま見知った背中があったんでね。何をやってるのか気になるじゃないか」
正邪の顔が、一気に私の耳元まで来た。耳に息がかかる。
「必ず勝てる博打があるんだが、私と組まないか?儲けは山分けでいいからさ」
「お断りだ」
正邪の顔を押し返す。天邪鬼に持ちかけられた旨い話を信じる程、私は馬鹿じゃない。
こいつは世間知らずの小さなお姫様を騙して、異変を引き起こすぐらいの悪知恵がある奴だからな。
「邪険にされるのは嬉しいんだが、話ぐらいは聞いても損しないと思うぞ」
「お前の与太話を聞くようになったら、いよいよお終いだな」
「そこまで評価されるとは思ってなかった。だがお前はすぐ私の話に興味を持つよ。今日の負け分は博打で取り返すつもりなんだろ?」
「そのつもりだ。さっきお前は大した事ないと言ったが、私は勝負勘が良い方だからな。今日はたまたまツキがなかっただけさ」
「今日のポーカーを見ていた限りではどうだろうな。明日からも今日と同じ事の繰り返しになると思っているよ」
グラスの底に残っていた酒を飲むと、正邪は鼻で私の事を笑ってみた。
「私はいつもこの店で飲んでるから話が聞きたくなったら来るといい。大将、勘定頼む」
飲み代を置いて縄暖簾を潜って出ていく正邪。
相変わらず感じの悪い奴。感じのいい天邪鬼なんてのが居てもそれはそれで不気味だけど。でもそれもある意味天邪鬼だよな。
手元のグラスに入った妙に甘い酒を一口飲みながら、今日の負け分の額を考える。
思っていたよりも負けている。どこか安いホテルを探す必要がありそうだ。この時間から地霊殿に押し掛けてもさとり達に迷惑だろう。
☆☆☆
正邪は見た目だけで言うと、私と同い年かちょっと下に見えるぐらいだ。だが妖怪って奴は長生きだし、見た目だけじゃ年齢は解らない。
あいつはその経験から、私がどうなるか大体想像がついていたからあんな口を利いたんだろう。
三日連続で負けた。
どうも私は勝負事になると熱くなって見境がなくなる癖があるみたいだ。今更気が付いても仕方がないんだが。
弾幕勝負は当たり所が悪ければ死ぬ。だが勝負の最中にそんな事を気にする奴なんかいない。勝負ってのはそういうもんだろう。
そういう気持ちでこの三日間博打をやってたんだが、そういうものじゃないみたいだ。
途中で軍資金が尽きたんで、歓楽街には付き物の人間――金貸しに世話になる事になった。
地底の発展を商機とみて進出していた、かの高名な化け狸、二ッ岩マミゾウから高利で借りたのだ。
マミゾウ曰く「儂は博打打ちには高利でしか貸さんぞ」との事だったが、地底じゃ人間に金を貸すような妖怪なんていない。
何より勝負に勝てなきゃこれまでの負け分が取り返せない。これは重大な問題だ。よって涙を飲んで高利で借りた。
マミゾウから借りた金はスロットに使ってみた。これが一番当たった時の金額が大きそうだったからだ。
ルールもシンプルでいい。金を入れてレバーを引く、ボタンを押す、柄が揃う。
もっとも物事はそんなにシンプルに進まないのが世の常だって事を、私は失念していたみたいだ。
マミゾウから高利で借りた金も、あっという間に半分ほど目減りしてしまった。
惨憺たる気持ちでカジノを後にすると、私は正邪に連れて行かれた店に足を運んだ。
相変わらずの安っぽいカウンターで、一人でささやかな晩酌を楽しんでいる正邪がいた。
「来たか。私のところに来たって事はどうせ負けが込んでるんだろう。最初の一杯ぐらいは奢ってやろうじゃないか」
「お前に奢って貰う程負けたつもりはないんだが、せっかくのお誘いだから奢られてやるよ」
しばらくして、私の前にコップ酒とお通しが置かれる。なんか得体の知れないお通しなのが恐い。これ人間が食べて大丈夫なんだろうな。
「私が何でここに来たか解ってるよな?」
「勿論だとも。だがあの話はここじゃしづらいな。一杯やったら場所を変えて話そう」
私達は一杯だけ引っかけると、店を出て旧都の路地裏を歩いていた。
すっかり明るくて健康的になった表通りとは対称的に、酔っぱらって殴り合う奴等、路地に座り込んで花札に興じる奴等と、解りやすいろくでなしが勢揃いしていた。
しかしそれは、博打で大負けして天邪鬼の持ちかけてきた胡散臭い話に飛びつこうとしてる私が考える事じゃない。
案内されたのは正邪の家だ。裏通りにひっそりと建った、昔ながらの木造のあばら屋。
最低限の家具はあるが、女性らしいかわいらしさのない殺風景な部屋だった。何でも仮の住まいだからこんなもんでいいらしい。
湯飲みに注がれた安酒に口を付けると、私の方から口火を切った。
「さて、ここまで来てやったんだ。そろそろ勿体付けずに教えてくれてもいいだろ?」
「お前も存外鈍いんだな。博打で必ず勝てる方法なんか一つしかないだろう」
そこまで言うと、正邪は楽しそうに口元を吊り上げた。
「イカサマ」
「……お前、本気で言ってるのか?もうちょっとマシな話だと思ってたぞ」
「まあ、まず話ぐらいは聞けよ。前回も私の話を聞こうとしなかったんだからな。その結果はどうだ?私の言ったとおり、話を聞きに来ただろう」
「そこはごもっとも。ただ、博打素人の私がイカサマが出来るとも思わないし、やろうとも思わない」
「安心しろ、実際にイカサマするのは私だ。お前は側にいるだけでいい。負け分全額を諦めて構わないぐらい裕福なら私の話は聞かなかった事にすればいい」
マミゾウから聞いていた金利はかなり高い。おまけにその前にやられた金額を考えると真っ当にやってたんじゃ、取り返せる気はあまりしない。
だが、私はこれでも勝負は正面からするタイプだ。こすっからい絡め手は好きじゃない。
その答えを聞いた正邪は口元を押さえた後、堪えかねたように大笑いし始めた。
「こりゃ失礼!百戦錬磨で鳴らす霧雨魔理沙がそんなに奥手だとは知らなかった。弾幕の方は大したものだが、こっちの道は初いもんだな」
「お前と違って健全に生きてきたんだよ。フェアな勝負じゃないと気が乗らないんだ」
「そうやって笑いを取ろうとする姿勢は嫌いじゃないぞ。今にも腹が捩れそうだ……まさか胴元とフェアな勝負してると思ってるなんて!」
そう言って正邪はまた笑いながら机をだんだん叩く。何がそんなに面白いんだ?
ひとしきり笑いの波が収まった後、博打初心者の私にも分かりやすいようにどこが笑い所なのか説明してくれた。
まず、カジノでは現金とチップを両替してゲームをするんだが、ここで手数料が引かれている。これが所謂寺銭って奴だ。
この時点でカジノ側は何の勝負もする事もなく、客側に対して勝っている。最高の勝ちだろう?一切リスクがないんだからな。
更に言うとゲームによってルールは違うが、大抵のゲームは親側、つまりカジノ側が有利なようになっている。
これも当たり前だ。そうでなかったら誰が胴元なんか引き受けるものか。
ここまで一息に説明すると、正邪は酒で口を湿らせた後、結論を出してくれた。
「つまり、全くフェアな勝負じゃないんだよ、お嬢ちゃん。ついでに言うとディーラーがイカサマしている事もあるしな」
「マジで?」
「全員がやってるとは言わないがな。中にはそういうカジノもあるんだよ。また一つ賢くなったか?」
そう言われると、思い当たる節がある。ポーカーをやった時にカードの偏りが気になった事があるのだ。
全然手役が出来ないのに、親の方はストレートやフラッシュをあっさりと作ってくる。
スロットも何度回してもしても全くリールが揃わない事が何度もあった。
勝負に勝って豪遊するつもりが、あっさりカモにされてたって事か。考えてみれば外の世界のゲームなんか全く知らなかったしな。
ひょっとしたら、こっちがイカサマしてようやくイーブンの勝負が出来るのかもしれない。
「でも魔理沙にとって重要な事はそこじゃないだろう?お前にとって重要なのは負け分を如何に取り返して帰るか?そこだろうよ」
それは間違いない。一方的にカモられて帰るのも癪に触るし、金利がアホみたいに高い借金を返さなきゃならない。
「初めてお前の話を真面目に聞こうって気になったよ。ただし、幾つか聞きたい事がある。そう――お前の手札を見せてみろよ」
☆☆☆
「まず私が地底に来た初日、私みたいな奴を探していたって言ってたよな。あれはどういう事だ?」
「ああ、あれか。見るからに素人って感じの奴と組みたかったんだ。そっちの方が警戒されないからな」
「あー。それ以前になんでコンビが前提になってるんだ?絶対勝てるって言うなら一人でやればいいじゃないか」
「私は地底でもあまりお行儀のいい方じゃないからな。テーブルに付いたら嫌な顔する奴もいるんだよ」
「それで私を代打に出す、と」
「そういう事だ。幸いお前は人間だし、博打慣れしてないのも解りやすい。ディーラーも油断する」
薄暗い部屋で湯飲みからしみったれた酒を飲む乙女二人。あんまり絵にならないし、口をつく話題はそこらの親父よりも酷い。
恋の話代わりに博打の話してるんだから世も末だ。しかもイカサマの話だぞ。私の数多いファンもこれを知ったら幻滅するだろう。
「カモに見える奴の方が引っかけやすいってのは納得いく話だ。私が人間なのは関係あるのか?」
「大ありだ。魔理沙は一度勝負してるから、私の能力は大体解るだろ?あれが今回の勝負のキモなんだ」
正邪の能力は「なんでもひっくり返す程度の能力」。
異変で勝負した時、確かにこいつは天地も左右もひっくり返してみせた。
小槌の魔力がなくなったからどこまでひっくり返せるのか解らないが、能力自体はかなり厄介な代物だろう。
もっとも、ひっくり返す能力でどうやって博打に勝つのかは私には見えてこない。
「まさか、勝ちと負けをひっくり返せたりするのか?」
「それが出来たらお前に負ける筈ないだろ。っと、丁度酒が切れたな。まだ残ってたと思うんで取ってくる。私が戻るまでに正解を出してみろ」
偉そうに言って台所に向かっていく。
棚の中を探す正邪を眺めながら、色々考えてみたんだが今一つピンと来ない。
丁半博打で結果を入れ替えるとかか?ポーカーで使えるシチュエーションが思いつかなかった。
酒瓶を手に取って戻ってきた正邪に思いつきをぶつけてみる。
「丁半博打で丁半を入れ替えるとかやるって事か?」
「当たらずとも遠からず。カードやスロットで使えるとは思わなかったか?」
「お前の能力がどこまで作用するのか知らないからな。ただ、何となくあの手のゲームでは使えない気がする」
ひっくり返すという事は、表裏一体のものがあるという事だろうと私は解釈している。
例えば、右の反対は左で、上の反対は下で、天の反対は地だ。じゃあハートのエースの反対って何だ?リールを走る赤い7の反対は?
おそらく正邪の能力は厳密に反対のものがないと作用しないんじゃないか。
「どう推理したのか知らないが、正解だよ。私の能力はポーカーやバカラじゃ使えない。スロットなんか言うまでもなくだ。その結論なら、使えない理由も合ってるだろうな」
「でも丁半博打じゃ当たってないんだろ?それぐらいしか思いつかなかった」
「賽子だと丁半を入れ替えるというよりも賽子の上下を入れ替える事になるから、あんまり確実じゃないんだよ。それに笊を使うから結果が出るまでいじれないし」
「動きが止まった賽子が衆人環視の中で上下入れ替わったら、そりゃあすぐバレるな。で、結局何で勝つつもりなんだ?」
「お前はポーカーとスロットしかやってないと言っていたが、その二つしか地底ではやってないのか?」
「その二つ以外ルールが解るゲームがなかったんだよ。ルールが解らないゲームなんかやっても負けるだけだろ」
「ポーカーで初心者が勝てるとも思わないがな。まあいい、今回私たちが勝負するのはルーレットだ」
☆☆☆
ルーレットだ、なんて言われても私はやった事も見た事もないゲームなので何をするのか全く想像が付かない。
その旨を正邪に伝えると、ルールを説明してくれた。
まず、ディーラーがルーレットを回す。私達はどの数字が出るか予想をして、テーブルに書かれた数字に賭ける。
と言っても、賭け方は色々とあるらしく、ピンポイントで一つの数字に賭ける賭け方から一定の列の数字に賭けるという賭け方まで様々らしい。
その中でも正邪が勝負するのは赤黒と言われる賭け方。
1~36の数字は全て赤黒に分けられていて、どっちの色が出るのか賭けるという賭け方で勝負するのとの事だった。
このゲームなら明確に赤の反対が黒という事になり、正邪の能力で結果をひっくり返す事が出来るらしいのだ。
丁半博打と違って、ルーレットは全員が見える状態で回っており、最後に止まったところで勝負が決まるという事。
更に、自分達が一切ルーレットに触れないのがイカサマを疑われなくて都合がいいという事まで教えてくれた。
人間である私を代打にしたのも、人間ならそういう能力を使ったイカサマを疑われにくいからで、私ぐらいの有名人になればそういう能力を一切持ってない事も知られている。
こいつ、私が考えていたよりも用心深いタイプかもしれない。
「腕のいいディーラーは玉を狙って落とせるものだ。だが今回の勝負の真のディーラーは誰あろう、私なのさ」
そう言って自分の計画の完璧さを正邪は誇ってみせた。
その自信満面の笑顔を見ても、私にはどうしても一つ疑問があった。
それは、正邪の持っている手札の最後の一枚。これで役が決まるってぐらい重要な一枚の筈だ。
「最後に一つ聞いていいか?この計画って前から温めてたりするのか?」
「勿論だ。各種ゲームのルールは当然だが、各ホテルのディーラーの癖、払いの良さ、警戒心なんかもきっちり調べ上げてある。相方役だけが足りなかった」
「私が気になるのはさ、どうしてお前がそんなに金が欲しいのかだよ。そりゃ私は借金があるからな。ただお前の話を聞いてると、特に金に困ってるようには思えない。安酒とは言え毎日外で飲み歩くぐらいは困ってないんだろ?」
「逆に聞きたいが、金を欲しがらない奴なんかいるのか?特に私みたいな弱い妖怪なら尚更だと思わないのか?」
「思わないね。特にお前が弱い妖怪なら余計気になる。何でこんなヤバい橋を渡るのか」
鴉天狗達が嘘を書いてない限り、地底の大手カジノはそれぞれ大物妖怪達が後ろ盾になっている。
こいつは反逆精神旺盛な奴だから、強い奴に挑むのは望むところなんだろうが、いくらなんでも無茶が過ぎる。
イカサマがバレない自信があるのかもしれないが、バレれば袋叩きなんて生易しい事で済むとも思えない。
そこまで考えない奴とも思えないし、ひょっとしてこれ、罠なんじゃないか?
私が口を開きかけた時、私の目を真っ直ぐ見据えながら正邪が言った。
「下克上の為だ」
「お前まだ諦めてなかったのか。物事は何でも見切り時や引き際ってもんがあるんだよ。それに前も言ったが、私は体制側の人間だぜ?」
「もう幻想郷をひっくり返そうなんて考えてないさ。私が考えてるのは姫の事だよ」
「姫って……針妙丸の事か」
少名針妙丸。小人のお姫様。正邪と共に二人で下克上を目指したレジスタンスの片割れ。今は博麗神社でその身柄を保護されている。
正邪の口からそんな言葉が出てくるとは思ってもなかった。異変の時は見捨てて逃げ出したというのに。
「驚いたな。針妙丸を見捨てて逃げたお前の口からそんな台詞が出てくるとは思わなかった」
「私まで捕まったらその後の事をやる奴がいなくなるじゃないか。負け戦はな、負けた後にどうするかが一番大事なんだよ」
「ほう。正邪が言うと含蓄があるな。で、お前はどうしたいんだ」
「私は姫を自由にしてあげたい」
私の嫌みにもめげず、正邪の表情は真剣そのものだった。
手元にあった酒を一気に飲み干すと、熱のこもった目で私を見据えて再度口を開いた。
「逆さ城を覚えているだろう?姫はずっとあの城の中で暮らしてきたんだ。ようやく外に出られたと思ったら今度は自分の足ではどこにもいけない。小人族は弱いからな」
「お前何か霊夢の事、勘違いしてないか?あいつはあれで悪い奴じゃないから、ちゃんと外には連れていってくれると思うぜ」
「強者には解らないだろうな。いいか、自分の足で、という事が大事なんだ。お前等みたいに自由に生きられる奴等と私達は違う。私達みたいな弱い奴等が自分の足で好きな所に好きな時に行ける。これが大事な事なんだ。そして、少なくとも姫の自由に関しては金で買える」
「どうやって金で買うんだよそんなもん」
「竹林に永遠亭とかいう屋敷があるだろ?あそこの医者が言ってたんだ、姫の身体を大きくする薬が作れるってな。値段を聞いて驚いたがね。何でも特殊な触媒を使うらしいが」
「霊薬なんかだと貴重な薬草や鉱石を湯水の如く使うからな。とにかく、それで金が欲しいってわけか」
「なあ、魔理沙。生まれてこの方、不自由にしか生きていない小さな小さなお姫様が、この世界で本当の意味で自由になれたとしたら、それこそが下克上だとは思わないか」
しばらく私達の間には沈黙があった。
気の利いた返事は思いつかなかった。
「いいよ、お前の計画に乗ってやる。そんな下克上なら私も大歓迎だ」
☆☆☆
話を聞いて、踏ん切りが付いたのは確かだ。
高金利の借金をきっちり返して私の生活費も取り戻さなきゃいけないし、それをするには私の実力じゃ厳しいだろう。
私の懸念事項はイカサマを実行する段になって、正邪が裏切る事だった。
さっきの話しぶりなら一応信用してやってもいいと思うし、人助けが目的なら私の良心の呵責も軽くなる。
正邪の書いた筋書きはこうだ。
まず、私と正邪は別々に行動する。正邪は観客として振る舞い、私は一人でテーブルに付く。
私は精一杯カモを演じながら、赤黒にしか賭けない。観客のフリをしている正邪がルーレットの出目を操作して私に勝たせる。
少額の勝負は勝ったり負けたりにして、大きく賭けた時のみ勝つようにする。これならバレにくくなる。
ダラダラと勝負するのではなく、どこかで大きな勝負をして目標額を一気に達成させて早めに退散する。これもボロを出さない為だ。
私と正邪は直接口を利かない。予めサインを決めておいて、それでやり取りをする。
「魔理沙の芝居の出来が肝要だからな、警戒させない為に私が教えた事は覚えてるか?」
「ああ、ホイールやディーラーの手元は見ない。テーブルの赤黒だけに視線を集中して、周りを見ないようにする」
「ついでに酒も飲んでくれ。カジノの酒がチップだけで飲めるのは客の判断力を鈍らす為だからな」
「そんな事言われると不安になるじゃないか。大丈夫なんだろうな、私はお前に任せるしかないんだぞ」
「それは私も同じだよ。もしこの場で心変わりされて、どこかの大物妖怪に耳打ちされたら一巻の終わりだ。こういうのはな、お互いの信頼が重要なんだ」
天邪鬼に信頼なんて言われるともの凄く嘘臭い。しかしもう後戻り出来る段階は過ぎている。後は一直線に勝負するしかない。
「そう言えば一つ聞き忘れてた。もう勝負するホテルって決めてあるんだろ?まさかさとりのところじゃないだろうな」
「あそこはパスだ。ありえないとは思うが、経営者がカジノに視察にでも来てみろ。あっという間に計画はご破算だ」
「私もそう思っていたよ。それでどこのカジノにするつもりだ?」
正邪は部屋の片隅に置かれていた、読み過ぎてボロっちくなったガイドブックを取り上げて、付箋の付いているページを開いた。
「どれだけ負けてもきっちり払うだろうし、カジノ側のイカサマも少ないと聞いている。ここが最適だ」
私の中の正邪の評価を改めなければならないだろう。
こいつはもの凄く度胸があるか、頭の螺子をどこかで落としているかのどちらかで、狡猾な小心者なんかではない。
こんな名前のカジノでイカサマがばれたらどうなるかなんて、その辺の妖精でも解りそうなもんだ。
このホテルにイカサマを仕掛けるとしたら、遺書を書いておく必要があるかもしれない。
白くて細い指が指したホテルの名前は「鬼ヶ島ホテル」だ。
☆☆☆
「鬼ヶ島ホテル」は「ソーレ・デル・ソテラーニオ」に並ぶと称されるホテルらしいが、馬鹿馬鹿しさではこっちに軍配が上がる。
ホテルの玄関真正面には瓦葺の異様な大きさの門がそびえ立っていた。なんでも羅生門をスケールアップして再現したらしい。
さとりのホテルが繊細さを感じさせるとすれば、このホテルは豪快さを感じさせた。
ホテル本体は見たまんま城で、黒々とした艶を放つ瓦が敷き詰められた天守閣の上では、黄金の鯱が二匹踊っていた。ここまで徹底するなら誉めてやる。
私は万が一イカサマが露見した時の事を考えないようにしながら、ロビーへと向かっていった。
城の中は総金箔貼りでも驚かなかったが、意外にも地味な作りだった。真っ白な漆喰の壁と森の中にいるみたいな香りを放つ無垢物の木の柱。
壁をへこませて作られた床の間のようなスペースには掛け軸が飾られている。立ち止まって眺めていると従業員が雪舟の真作だと教えてくれた。
壁に取り付けられた各種施設の方向を示す看板を見た。漆塗りに流麗な金文字が踊っている。「賭場はこちら」。
さっき眺めていた雪舟の真作とやらは、何回勝負に勝てば買えるか考えながら、カジノへ早足で歩いた。
正邪とはバラバラにカジノに入って、中でお互いの姿を探す手筈になっていた。
これまでの和風なホテルの作りからすると、拍子抜けするぐらい普通のカジノのスロットの前に座って、正邪は酒を飲んでいた。
何気なく隣りに腰掛けて、小銭を入れてスロットを回す。チェリー、チェリー、BAR。
「行くか」
「テーブルはもう決めてある。手前側の左から三番目」
私達は小声で囁き合うと、別々に席を離れた。
テーブルに向かう途中で、ウェイトレスに声を掛けて一杯持ってきて貰った。外の世界のカクテルはどれも甘くてジュースみたいに飲める。
テーブルには三人のプレイヤーがいて、具合のいい事にギャラリーもいた。勿論、その中に私の相方もいる。
私は空いている椅子に座ると、ディーラーを一瞥した。
ふわふわしたボリュームのある真っ白な髪の毛の女で、頭からは湾曲した角が二本生えていた。多分羊の妖獣だろう。
妖怪は見た目じゃ判断はつかないが、あんまり強そうなオーラは出ていなかった。
見るからに「私、鬼です!」ってディーラーのテーブルよりは緊張しないで良さそうだった。
テーブルには緑の羅紗が貼ってあって、白い枠で細かく区切られており、その中に細々と数字が書かれていた。
現物を見るのもこのゲームをやるのも始めてなんでさっぱり解らないが、赤と黒に賭けるにはどこに賭ければいいかだけはすぐに解った。
まずは様子見、赤に少額賭けてみた。
一通りテーブルにチップが並ぶと、ディーラーは可愛らしい声で「ノーモア・ベット!」と叫ぶと、回転するルーレットの中に玉を投げ入れた。
ルーレットの中をかたかたと音を立てて回転し、やがて止まったようだ。
「黒の11です」
平たい熊手みたいなのを使って、テーブルの上に残ったチップをかき集め、勝ったプレイヤーの手元にはチップが手早く押し出される。
今の私にとっては僅かな負けでも痛いが、最終的に取り返せばいいんだ。
逆張りでもう一度赤。結果はもう一度黒の31。今度は誰も取っていなかったらしく、チップは全額ディーラーに持っていかれた。
そろそろ様子見はいいだろう。私の側をウェイトレスが通った。彼女を呼び止めるとドリンクをオーダーした。
頼んだのはジンバック。次に大きな金額を賭けるサインだ。
手持ちの半分程を赤の枠の中に納める。ギャラリーに動きがあったのは何となく解った。久しぶりに大きな金額が動いたのだろう。
ディーラーは全員が張り終わったのを確認して、ルーレットを回した。
正直に言うと、こんな大きな金額を賭けるのは初めてなんで、軽く目眩を覚えるぐらい緊張した。
玉が止まったのを確認すると、あの可愛い声が響いた。
「赤の3です」
☆☆☆
その後、十回も勝負をこなす内に私がいるテーブルの席は埋まり、ギャラリーも随分増えた。
無理もない。私は大きく張る度に毎回勝っているのだ。何も解らない客からしたら抜群にツイてる客がいるようにしか見えない。
その代わり、私は特別な客になった。蝶ネクタイが全く似合わない強面の鬼と馬面(例えじゃない。言葉通りに取ってくれ)がディーラーの手伝いに付くようになった。
ディーラーの女の顔色は彼女の髪の毛みたいな色になっていた。彼女にしてみれば悪夢みたいなものだろう。
例の如くジンバックを頼むと、随分と増えたチップの半分を黒の枠に押し込んだ。
ディーラーは私の賭けたチップの数を確認すると、こわばった表情で玉を弾いた。
しゅるしゅると音をさせてルーレットは周り、やがて止まった。ディーラーの表情をちらりと見れば、あの声を聞かなくても勝敗は解った。
「黒の31です」
私と、私のツキに期待して黒に張った客達にチップを押しやると、ディーラーの交代を告げて彼女は去っていった。
代わりにきたのは針金みたいな色をした髪の毛の渋い面構えの男だった。二本の角さえなければ人里で奥様方に人気が出るだろう。
強面二人はほっとしたような顔をしたが、その後にまた厳しい顔に代わった。
また大きく赤に賭けた時に、ずばり当たってしまったのだ。イカサマしてるんだから当然なんだが。
博打で勝つってのは思っていたよりも楽しい事だった。
イカサマなんで間違いなく勝てる保証があったのも手伝ったに違いない。おまけにあの鬼ですら見抜けないイカサマだ。
ディーラーが代わってからも勝負を繰り返す内に、目の前に積まれたチップの額は私の負けた額を大幅に上回っていた。このぐらい勝っていれば正邪と山分けしても問題ないし、ひょっとしたら薬が買える額になってるかもしれない。
酒も随分飲んだし、そろそろ潮時だ。
私はチップを一掴みして立ち上がると、仕事を忘れてテーブルを眺めていたウェイトレスに渡し、ギャラリーに呼びかけた。
「ちょっと花摘みに行って来る。これでみんなに飲ませてやってくれよ。みんな、私のチップを見ててくれよ」
トイレは原則一回だけ。方針に迷った時に相談する為に使う。
☆☆☆
「そろそろ引き上げ時でいいんじゃないか?多分大分勝ってる筈だ」
「いや、まだだ。この勝負の仕込みには時間が掛かっている。せめて後一勝負ぐらいは勝たないと帳尻が合わない」
安全策を正邪は一蹴した。
その気持ちは分からないでもない。イカサマの安全は確認されているし、赤黒に適当に賭けているだけで倍々で増えていくんだ。
安全な橋を後一回渡りきれば、私の目の前に積まれるチップは見たこともないような額になるだろう。
そう考えると、当然欲が出る。チップが倍々に増えていき、ディーラーが唖然としているのを見るのは気持ち良かったし。
結局、私が折れた。
「解った。じゃあ最後に大きく勝負して、終わりにしよう」
☆☆☆
人混みをかき分けて席に着くと、何時の間にかディーラーの手伝いが一人増えていた。先の馬面と揃えたような牛面だ。黒いベストがまるで似合わない。
勝ち過ぎたのかもしれない。しかし何だってこのカジノはこんな武闘派みたいな店員を揃えているんだ?
次の勝負が最後である事は正邪には伝えてある。最後なんで全額賭けようとチップの山を全部押し出そうとした時だ。
ディーラーが見た目通りの渋い声で私に問い掛けた。
「その全額を賭ける、ということで宜しいでしょうか?」
「そのつもりなんだが、まずいか?」
「額が額でございますので、支配人に確認させて頂きます」
ディーラーが戻るまでの間、テーブルからも周りのギャラリーからも声は聞こえなかった。
少し待つと、ギャラリーの間から呻くような声が聞こえて、ディーラーが支配人を連れて戻ってきた。
やはりと言うべきか、私はその姿に見覚えがあった。
豪奢な金髪に女性としては大柄な身体、何よりも目立つのは額から生えた天突く真紅の一本角。
普段とは違い、青い着物を着てこそいるが間違いなく、地底の鬼の総大将、星熊勇儀だ。
「よう、久しぶり。楽しませてもらってるぜ」
「バカヅキしてる客ってのはあんただったんだね。大したもんじゃないか」
そう言って勇儀は私の目の前に積まれたチップの山に視線を落とす。チップの山は今や羅生門ほどに大きくなっていた。
「それ全額賭けるってんだから、恐れいるよ。その勝負、受けてやろうじゃないか」
「そいつはありがたいね。てっきり断られるかと思ってた」
「こんな面白い博打から逃げたとあっちゃ、地底で賭場なんかやってる意味がないじゃないか。私とあんたのサシで勝負といこう」
まずい。勇儀が直接出てくるのはまずい。
勇儀は他の鬼とは別格の能力を持っている。「力の勇儀」なんて呼ばれているが、決して力だけの妖怪じゃない。
早さも、鋭さも、妖気のコントロールも他の鬼とは段違いだ。その中でも飛び抜けて力が強いからそう呼ばれてるだけだ。
他の鬼がイカサマに気が付かなくても、勇儀であれば正邪の能力を感知する恐れがある。
おまけに嘘が大嫌いときてる。イカサマをするには最悪の相手だ。
そんな風に悩む私に、勇儀はとどめを刺しに来た。
「ただし、この勝負には条件がある。何、簡単な事さ」
☆☆☆
勇儀から提示された条件は単純だった。
ルーレットのテーブルを一つ空けて、私と勇儀が二人で勝負する。勇儀がルーレットを回し、私が赤黒どちらかに賭ける。
シンプルかつ、私を殺すのには打ってつけの提案だった。
弱い妖怪の力は、強い妖怪に及ばない事がある。埋めようのない妖力の差ってものが妖怪達の間にはあるのだ。解りやすく一言で言うと「格が違う」って事になる。
正邪の力が勇儀に効かない可能性もあるし、それ以前にイカサマがバレる可能性だってある。
「まあ気を悪くしないでくれ。魔理沙を疑ってるわけじゃないんだがね、額が額だから。お互い気持ち良く勝負したいじゃないか」
「そりゃあそうだ。ところで、そっちが有利なテーブルに変わってるとかないだろうな?」
「ないね。私がそんなケチな勝負するとでも思うのかい?だいたい、ウチのカジノがサマしてたら、あんたがそんなに勝てる道理がないだろうさ」
正論だった。むしろ私こそイカサマを疑われるべき立場だ。大きく賭けるたびに必ず勝ってるってのはどう考えてもおかしい。いや実際イカサマしてるけど。
だからと言って、こちらから勝負を持ちかけた挙げ句に、条件を聞いた後で断ったら、それこそイカサマしてましたと自白するようなもんだ。
どっちにしたって、この勝負を持ちかけた時点で私は退けないんだ。となれば、正邪を信じて勝負を受けるしかない。
「すまん、おかしな事を言ったな。勇儀の言う通りだ」
「お互い様だ、気にしなさんな。さて、聞くまでもないかもしれんが、どうする?」
「勿論、やる」
ギャラリーから歓声が上がる。旧都のカリスマが出てきたというのに、私を応援する声も多かった。カジノ対客という事なんだろうか。
声援を送るギャラリー達に紛れた正邪と目を合わせる。
正邪は小さく頷くと、私にも聞こえる大きさの声でウェイトレスを呼び止めた。
「すまないが大急ぎで一番強い酒を持ってきてくれ!今日一番の勝負なんだから早くしてくれよ!」
――そのサインの意味は「問題なし」だ。
☆☆☆
長方形のルーレットテーブルを挟んで、私と勇儀は目を合わせていた。
一対一での勝負という事もあって、ギャラリー達は私達のテーブルを遠巻きにして囲んでいた。
さっきまでは賑やかだったカジノは今や完全に無音だ。今夜一番の勝負を、皆固唾を飲んで見守っているのだ。
「覚悟が出来たら赤、黒言っとくれ」
静かに目を閉じて考える。
考えるふりじゃない。様々な事を考えなきゃいけないのだ。
まず、イカサマがバレた場合だ。これはどうにもならない。
勇儀が動いた瞬間に全力で飛んで、正邪を回収して逃げる。恐らく落とし前を付けるまで追われる事になるだろう。
私に出来るとしたら、逃げ回ってる間に出来るだけ説得力のある言い訳を考えるぐらいしかない。
さっき、正邪は問題ないと言ったんだから、これはもう信じる以外の事は出来ない。
今この場で一番真剣に考えるべきは、勇儀にイカサマもバレないが、正邪の能力が通じないパターンだ。
さっきに比べてギャラリーとテーブルの距離は遠く、正邪がルーレットの出目を確認できるかはちょっと怪しい。
確認出来なくても出目をひっくり返せるかもしれないし、ひっくり返せないかもしれない。
どんな事情にせよ能力が働かない場合、私は今日大一番の場面で初めて平で勝負する事になる。しかもルールが全く解ってないゲームだ。だって適当に赤黒に賭けてれば勝てるゲームだったんだから。
あんまり悩んでも仕方がない。とにかく赤黒どちらかを直感で決めていくしかない。
二分の一で勝てる勝負だと考えると少し気楽になってきた。これまで私が闘った妖怪達に対する私の勝ち目は、もっと少なかった筈だ。
私のイメージカラーである黒に賭けようと思った時、何故か正邪の前髪を思い出した。
真っ黒な髪の毛に一筋だけ走る赤だ。
なんでそんな事を思い出したのかは解らないが、こういうのには従わなきゃならない。魔法使いは閃きってのも重視するんだ。
「赤だ。赤に私の持ってるチップを全額」
☆☆☆
勇儀の投げ入れた玉がルーレットの中で何かを切るような鋭い音を立てて回転する。私はまた目を閉じる。
背中を冷たい汗が濡らす。胃の辺りが落ち着かない。座り込みたい。
やがて音は少しずつ小さくなり、カツカツという音が鳴り始めた。
誰に対してだかは解らないが、何となく祈った。
この勝負に勝てば、私は日常に無事に戻る事が出来る。もう二度と博打をやろうなんて考える事はないだろう。
正邪は大金を手にして、針妙丸を自由にしてやれる。万事良しだ。
負けたり、イカサマがバレたりしたらそれらは全部無しだ。そこから先は考えたくない。
赤、黒、赤、黒、赤、黒、赤――
頼むぜ、正邪。
やがて、音が止まって、勇儀の声が響く。
「黒の――」
心臓が止まりそうだった。
その時、確かにかたん、という小さな音がした。
「――いや、赤の7だ」
ギャラリー達の息を飲む音が聞こえ、その後歓声がカジノを埋め尽くした。
☆☆☆
私達は今、「ソーレ・デル・ソテラーニオ」の最上階の部屋にいる。さとりがインタビューを受けていたあの部屋だ。
私がフロントからチェックインして部屋でしばらく待つと、裏口からこっそり入ってきた正邪がドアをノックした。
あの後、チップを換金すると、とんでもない金額の勝ちになっていた為、早速祝勝会と博打に手を出した目的を達成する事にしたのだ。
見た目だけでも味わえるぐらいの瓶に入った酒と、簡単なつまみを乗せたテーブルを挟んで、正邪と祝杯を上げた。
「しかし、お前の能力凄いのな。他の鬼もだけど、あの勇儀ですら気が付けなかった」
「ん、ああ、そうだな。何というべきかな、私の妖力は弱いから。使っていても感知するのが難しいのさ」
気のない返事が返ってくる。正邪はどうにも落ち着かなそうにしていた。
酒もちびちび、といった風情だ。私の方はカジノでたらふく飲んでたから、こいつの為に酒を頼んでやったんだが。
無理もない。あの勝負はこいつも冷や冷やしたに違いないし、こいつの普段の暮らしを考えると、この部屋じゃ落ち着かないだろう。
「忘れない内に金を山分けしとこうか。これ以上飲むと眠っちゃいそうだ」
私は予め用意しておいた紙袋を正邪の前に出してやる。
正邪は袋の中身を覗き込んで、目を白黒させてた。
「なあ、これ金額間違えていないか?確かに大勝ちはしてるが、ここまでにはならない筈だ」
「いや、合ってるよ。お前の分と針妙丸の分が入ってる」
今回の勝負は正邪のイカサマありきだったし、私には大金の使い道ってのがあんまり思いつかなかった。正確に言うと、正邪の使い道以上のを思いつけなかった。
それに慣れない事はするもんじゃないと、今回の事ではっきり解ったのだ。こんなやばい橋を渡る事になったのも、変な欲をかいてやったこともない博打に手を出したせいだしな。
私が不慣れな大金を持っていても良いことはないだろう。よって私の手元に残した金は、私の負け分を借金込みで埋められる金額、プラス香霖の店と屋台のツケを払えるぐらいだ。
これぐらいは貰ってもバチは当たらないよな?
「勘違いするなよ、針妙丸の分が入ってるんだ。だからお前が天邪鬼であっても、素直に受けとっとけ。お前の金じゃないんだからな」
「そう言われると断りたくなるが、姫の分とあれば仕方がないな。貰っておいてやろう」
神妙な顔をして、口元をひくひくさせながら受け取った。
ああ、こいつそういう妖怪だったな。人の好意ってのが苦手なんだろう。
「さて、それじゃそろそろ帰らせてもらうよ。引っ越しの準備をしなきゃいけない」
「引っ越し?」
「今回はかなり目立つ勝負をしたからな。何があるか解らないし、しばらくは行方を眩まそうと思って」
「バレていないと思うんだがなあ」
「用心の為だ。弱者はいつだって用心深く逃げ回ってるんだよ。ああ、それと記念品だ。受け取ってくれ」
赤いリボンを掛けた、長方形の包みを渡された。
「お前の勝利を祝して、私からのささやかな贈り物だ」
「そりゃ違うだろう、私達二人の勝利だ」
「どうかな。まあ、お前がそういうならそうなんだろう」
正邪がドアから出ていく時に、今度は背の高くなった針妙丸も連れて三人でこの部屋に泊まろうと提案すると、正邪は何とも言えない顔をした。
それから、考えといてやるよと言って帰っていった。
☆☆☆
その後、酔いを醒ます為に風呂に入った。大の字で寝れるぐらいの大きな浴槽で、予想通りライオンがお湯を吐き出してくれた。
バスローブに着替えて広すぎる風呂場から出ていくと、カーテンを閉めていない窓から旧都を眼下に眺める事が出来た。
地底に星空はないが、それに負けないくらい明るくて、色とりどりの灯りが並んでいた。
今回ばかりはどうなるかと焦ったが、上手いこと万事が収まってくれた。私の運も大したもんだ。
初日にカジノに居た時、正邪に声を掛けられてなければどうなったか解ったもんじゃない。
この運の強さを今後博打で使う機会はないが、自信を持ってもよさそうだ。
そういえば、正邪のプレゼントは何だったんだろう。
ふと気になって、テーブルの上に置いた包みを開けてみた。
中身は、精巧に作られたルーレットの模型だった。勝負に勝った記念品としてはなかなか気が利いてる。
ルーレット本体をくるくると回しながら、今日の勝負の事を思い出した。
全く、初めて見るようなゲームをよくやろうって思ったもんだ。例えイカサマ前提にしたって。
指で回すのをやめて、しげしげと細かいところまで見てみる。
しげしげと細かいところまで見てみる。
しげしげと細かいところまで。
しげしげと。
あの馬鹿騙しやがったな!もっともらしい事言いやがって!今度会ったら、きついヤツを一発叩き込んでやる!
赤、黒、赤、黒、赤、黒、赤――緑!
☆☆☆
きっかけになったのは、喉が渇いたので立ち寄った博麗神社の縁側で麦茶を飲みながら読んだ文々。新聞。
隣りに座っていた霊夢に「また早苗達が何か始めたみたいよ。面倒な事にならなきゃいいけど」と言って手渡された新聞の一面記事。
見出しはずばりこうだ。「今、地底でカジノが大ブーム!カジノの魅力に迫る!」
記事によると、守矢に唆された博打好きの鬼が河童と組んで、外の世界のでかい賭場を真似たものを旧都に作ったところ、これが大当たり。
今じゃ同種の施設が周りに建ち並び、一大歓楽街を形成しているとの事だった。
新聞のインタビューを受けている妖怪達の写真には、見覚えのある顔が幾つか並んでいた。
今回の仕掛け人の一人でもある東風谷早苗の「今幻想郷で一番エキサイティングでホットでクールなゲームを貴方に!」とかいう煽りはどうでもいい。
私の興味を引いたのは、今後の地底の主要産業の一つとして、娯楽産業を打ち出したいと語る地底の大物、古明地さとりのインタビュー写真。
あのさとりが新聞なんかに出てるってだけでも私達は軽く驚いたんだが、もっと驚いたのは彼女の写真の背景だ。
彼女が出資しているというホテル(地底の主流スタイルはホテルにカジノと呼ばれる博打場を併設したスタイルらしい)の一室で取られた写真だったのだが、もの凄く良さそうな部屋だったのだ。
ピカピカに光る大理石の床、鈍い光沢を放つ薄茶の革張りソファ、鏡みたいに上に載せたカップを綺麗に写す、柔らかな曲線のローテーブル。
ご丁寧に暖炉まで付けられた無駄に贅沢な部屋だったが、シックな茶系統ベースの色合いからは落ち着いた高級感が漂っていた。
「こいつは凄いな。このソファーなんか、私のベッドよりも広そうだ。こんなソファーで魔導書読んだらきっと捗るぜ」
「気のせいよ。本なんてどこで読んだって変わらないわ」
「お前なあ。この写真見て気にならないのか?」
「全然。どうせ一ヶ月もしたら魔理沙もこんな記事の事忘れて自分の部屋で読書してるでしょ」
「ノリ悪いなあ。おい、針妙丸はどう思う?こんな部屋素敵だと思わないか?」
やっぱり霊夢にはこういうものの良さってのが解らないみたいだ。聞く奴間違えたな。
霊夢の膝の上で小さく切った羊羹とお猪口に入れたお茶を楽しんでる、新しい同居人に呼びかけてみた。
「そうですねー、とっても素敵だと思いますよ。でも私にはちょっと広すぎると思いますね」
「ほら見ろ。やっぱり真の乙女にはこの良さが解るんだよ」
「私は魔理沙が流行り物に弱いだけだと思うけどね」
「流行り物に敏感なのも乙女の資格だよ、解ってないな」
そうやって話に興じる内に、私はすぐに地底に遊びに行きたい気持ちになってきた。
だってあの寂しい地底が今や幻想郷一番の歓楽街になっているんだぜ?気にならないか?
私には魔法使いに欠かせない資質を持っている。とびきりの好奇心だ。気になったら即実行しないと気が済まない。
その日は早めに神社を辞去すると、家に帰って荷物を纏めて地底に出発した。
好奇心猫を殺す。後悔先に立たず。先人達は立派だった。
☆☆☆
旧都についた私は、早速さとりの所有するカジノをガイドブック片手に目指した。
「ソーレ・デル・ソテラーニオ」という名前はどこかの国の言葉で地底の太陽という意味らしい。流石は少女さとり 気障な上に親馬鹿を発揮してる。
カジノが立ち並ぶ旧都の通りは馬鹿みたいに大きな建物が多かったが、その中でも一際目立つ建物だったんですぐに見つかった。
乳白色を基調にした、西洋風の壮大な建物で、正面玄関前には滝と見間違えるぐらい大きな噴水があった。
大きな回転扉を抜けてロビーに入ると、外観に負けないぐらいに立派な作りだった。
古今の様々な地域の宮殿や神殿を上手く混ぜ合わせたような作りで、全体的な色調はベージュや茶といった、暖かみのある色で構成されている。
どこまでも続く壁はところどころアーチになっており、大理石と思われる白い柱に支えられていた。奥の天井にはご丁寧にステンドグラスまで拵えてある。
大理石と精巧な細工がされた木で作られたカウンターを眺めながら、手近なソファーに腰掛けてみる。紅魔館のソファーよりも柔らかい。
頭上には大袈裟すぎるシャンデリアがぶら下がっているが、この空間を照らす光源としては抜群だ。テーブルの上の花の趣味もいい。
私はこの建物に一発でやられてしまった。すっかりここに泊まりたいと思ってしまったのだ。
どうせ泊まるんなら、さとりがインタビューを受けていたあの部屋しかない。だが都合が付かないのは宿泊料金だ。
「ソーレ・デル・ソテラーニオ」は古明地さとりが地底を一大観光地にすべくブチ上げた五つ星ホテルらしく、宿泊料金もそれに見合ったお値段だった。
当然、私にそんな金はない。言っとくが私が貧乏なんじゃない。さとりの料金設定がおかしいだけだからな。
そこで、今自分がどこにいるか考えると、自分の悩みが馬鹿げたものだという事に気が付いた。
なあ私、今どこにいると思ってるんだ?博打場だらけの街のど真ん中にいるんだぜ?ちょちょいと勝てばアッという間だろ?
この建物の中にもカジノがある。しかも地底で有数の立派な奴が。
そうとなれば勝負しない手はない。毛足が長すぎて足を取られそうな絨毯を蹴って、颯爽とソファーから立ち上がった。
私の知っているゲームはポーカーぐらいしかないが、心理戦ならお手の物だ。普通の魔法使いの手並みを見せてやる。
☆☆☆
「それで来た、見た、負けたってわけだ。過去の賢人の言葉を学ぶべきだったな」
「多分その言葉どっか間違ってるぞ。しかしお前何でこんなところいるんだよ」
「地底は私達嫌われ者の楽園だからな。お前こそ一応人間なんだから、堂々と地底をうろついている方がおかしいんだ」
あっさりと勝負に負けて大枚をはたいた私は、旧都の中でも今よっつぐらいな飲み屋にいた。予定じゃホテルのバーで祝杯を上げてる筈だったんだが。
カウンターも大理石や黒檀なんて上等なものじゃなくて、年季だけは入った安そうな素材だった。評価出来るとしたら耐久性だけだろう。
隣りに座ってる珍妙な髪の色をした双角の持ち主は鬼人正邪、一見鬼と間違えそうな外見だが種族天邪鬼で幻想郷でも屈指の問題児だ。
まあこいつなら地底に押し込められててもおかしくないか。何かやらかして、地上に居づらくなったとかで。
ポーカーでボロ負けして憂さ晴らしに飲みに行こうとした時に、こいつに声を掛けられた。
そうして、薄暗くて煙たくて、駄目な酒を出す店でこいつと二人で飲む事になったのだ。
「ところで何で私を飲みに誘ったんだ?お前は私みたいな強い奴は嫌いだろ?」
「博打の方は大した事ないみたいだがな。実を言うと、私が今探している人間にぴったりなんだよ」
「私がポーカーしてるところから見てたのか?」
「たまたま見知った背中があったんでね。何をやってるのか気になるじゃないか」
正邪の顔が、一気に私の耳元まで来た。耳に息がかかる。
「必ず勝てる博打があるんだが、私と組まないか?儲けは山分けでいいからさ」
「お断りだ」
正邪の顔を押し返す。天邪鬼に持ちかけられた旨い話を信じる程、私は馬鹿じゃない。
こいつは世間知らずの小さなお姫様を騙して、異変を引き起こすぐらいの悪知恵がある奴だからな。
「邪険にされるのは嬉しいんだが、話ぐらいは聞いても損しないと思うぞ」
「お前の与太話を聞くようになったら、いよいよお終いだな」
「そこまで評価されるとは思ってなかった。だがお前はすぐ私の話に興味を持つよ。今日の負け分は博打で取り返すつもりなんだろ?」
「そのつもりだ。さっきお前は大した事ないと言ったが、私は勝負勘が良い方だからな。今日はたまたまツキがなかっただけさ」
「今日のポーカーを見ていた限りではどうだろうな。明日からも今日と同じ事の繰り返しになると思っているよ」
グラスの底に残っていた酒を飲むと、正邪は鼻で私の事を笑ってみた。
「私はいつもこの店で飲んでるから話が聞きたくなったら来るといい。大将、勘定頼む」
飲み代を置いて縄暖簾を潜って出ていく正邪。
相変わらず感じの悪い奴。感じのいい天邪鬼なんてのが居てもそれはそれで不気味だけど。でもそれもある意味天邪鬼だよな。
手元のグラスに入った妙に甘い酒を一口飲みながら、今日の負け分の額を考える。
思っていたよりも負けている。どこか安いホテルを探す必要がありそうだ。この時間から地霊殿に押し掛けてもさとり達に迷惑だろう。
☆☆☆
正邪は見た目だけで言うと、私と同い年かちょっと下に見えるぐらいだ。だが妖怪って奴は長生きだし、見た目だけじゃ年齢は解らない。
あいつはその経験から、私がどうなるか大体想像がついていたからあんな口を利いたんだろう。
三日連続で負けた。
どうも私は勝負事になると熱くなって見境がなくなる癖があるみたいだ。今更気が付いても仕方がないんだが。
弾幕勝負は当たり所が悪ければ死ぬ。だが勝負の最中にそんな事を気にする奴なんかいない。勝負ってのはそういうもんだろう。
そういう気持ちでこの三日間博打をやってたんだが、そういうものじゃないみたいだ。
途中で軍資金が尽きたんで、歓楽街には付き物の人間――金貸しに世話になる事になった。
地底の発展を商機とみて進出していた、かの高名な化け狸、二ッ岩マミゾウから高利で借りたのだ。
マミゾウ曰く「儂は博打打ちには高利でしか貸さんぞ」との事だったが、地底じゃ人間に金を貸すような妖怪なんていない。
何より勝負に勝てなきゃこれまでの負け分が取り返せない。これは重大な問題だ。よって涙を飲んで高利で借りた。
マミゾウから借りた金はスロットに使ってみた。これが一番当たった時の金額が大きそうだったからだ。
ルールもシンプルでいい。金を入れてレバーを引く、ボタンを押す、柄が揃う。
もっとも物事はそんなにシンプルに進まないのが世の常だって事を、私は失念していたみたいだ。
マミゾウから高利で借りた金も、あっという間に半分ほど目減りしてしまった。
惨憺たる気持ちでカジノを後にすると、私は正邪に連れて行かれた店に足を運んだ。
相変わらずの安っぽいカウンターで、一人でささやかな晩酌を楽しんでいる正邪がいた。
「来たか。私のところに来たって事はどうせ負けが込んでるんだろう。最初の一杯ぐらいは奢ってやろうじゃないか」
「お前に奢って貰う程負けたつもりはないんだが、せっかくのお誘いだから奢られてやるよ」
しばらくして、私の前にコップ酒とお通しが置かれる。なんか得体の知れないお通しなのが恐い。これ人間が食べて大丈夫なんだろうな。
「私が何でここに来たか解ってるよな?」
「勿論だとも。だがあの話はここじゃしづらいな。一杯やったら場所を変えて話そう」
私達は一杯だけ引っかけると、店を出て旧都の路地裏を歩いていた。
すっかり明るくて健康的になった表通りとは対称的に、酔っぱらって殴り合う奴等、路地に座り込んで花札に興じる奴等と、解りやすいろくでなしが勢揃いしていた。
しかしそれは、博打で大負けして天邪鬼の持ちかけてきた胡散臭い話に飛びつこうとしてる私が考える事じゃない。
案内されたのは正邪の家だ。裏通りにひっそりと建った、昔ながらの木造のあばら屋。
最低限の家具はあるが、女性らしいかわいらしさのない殺風景な部屋だった。何でも仮の住まいだからこんなもんでいいらしい。
湯飲みに注がれた安酒に口を付けると、私の方から口火を切った。
「さて、ここまで来てやったんだ。そろそろ勿体付けずに教えてくれてもいいだろ?」
「お前も存外鈍いんだな。博打で必ず勝てる方法なんか一つしかないだろう」
そこまで言うと、正邪は楽しそうに口元を吊り上げた。
「イカサマ」
「……お前、本気で言ってるのか?もうちょっとマシな話だと思ってたぞ」
「まあ、まず話ぐらいは聞けよ。前回も私の話を聞こうとしなかったんだからな。その結果はどうだ?私の言ったとおり、話を聞きに来ただろう」
「そこはごもっとも。ただ、博打素人の私がイカサマが出来るとも思わないし、やろうとも思わない」
「安心しろ、実際にイカサマするのは私だ。お前は側にいるだけでいい。負け分全額を諦めて構わないぐらい裕福なら私の話は聞かなかった事にすればいい」
マミゾウから聞いていた金利はかなり高い。おまけにその前にやられた金額を考えると真っ当にやってたんじゃ、取り返せる気はあまりしない。
だが、私はこれでも勝負は正面からするタイプだ。こすっからい絡め手は好きじゃない。
その答えを聞いた正邪は口元を押さえた後、堪えかねたように大笑いし始めた。
「こりゃ失礼!百戦錬磨で鳴らす霧雨魔理沙がそんなに奥手だとは知らなかった。弾幕の方は大したものだが、こっちの道は初いもんだな」
「お前と違って健全に生きてきたんだよ。フェアな勝負じゃないと気が乗らないんだ」
「そうやって笑いを取ろうとする姿勢は嫌いじゃないぞ。今にも腹が捩れそうだ……まさか胴元とフェアな勝負してると思ってるなんて!」
そう言って正邪はまた笑いながら机をだんだん叩く。何がそんなに面白いんだ?
ひとしきり笑いの波が収まった後、博打初心者の私にも分かりやすいようにどこが笑い所なのか説明してくれた。
まず、カジノでは現金とチップを両替してゲームをするんだが、ここで手数料が引かれている。これが所謂寺銭って奴だ。
この時点でカジノ側は何の勝負もする事もなく、客側に対して勝っている。最高の勝ちだろう?一切リスクがないんだからな。
更に言うとゲームによってルールは違うが、大抵のゲームは親側、つまりカジノ側が有利なようになっている。
これも当たり前だ。そうでなかったら誰が胴元なんか引き受けるものか。
ここまで一息に説明すると、正邪は酒で口を湿らせた後、結論を出してくれた。
「つまり、全くフェアな勝負じゃないんだよ、お嬢ちゃん。ついでに言うとディーラーがイカサマしている事もあるしな」
「マジで?」
「全員がやってるとは言わないがな。中にはそういうカジノもあるんだよ。また一つ賢くなったか?」
そう言われると、思い当たる節がある。ポーカーをやった時にカードの偏りが気になった事があるのだ。
全然手役が出来ないのに、親の方はストレートやフラッシュをあっさりと作ってくる。
スロットも何度回してもしても全くリールが揃わない事が何度もあった。
勝負に勝って豪遊するつもりが、あっさりカモにされてたって事か。考えてみれば外の世界のゲームなんか全く知らなかったしな。
ひょっとしたら、こっちがイカサマしてようやくイーブンの勝負が出来るのかもしれない。
「でも魔理沙にとって重要な事はそこじゃないだろう?お前にとって重要なのは負け分を如何に取り返して帰るか?そこだろうよ」
それは間違いない。一方的にカモられて帰るのも癪に触るし、金利がアホみたいに高い借金を返さなきゃならない。
「初めてお前の話を真面目に聞こうって気になったよ。ただし、幾つか聞きたい事がある。そう――お前の手札を見せてみろよ」
☆☆☆
「まず私が地底に来た初日、私みたいな奴を探していたって言ってたよな。あれはどういう事だ?」
「ああ、あれか。見るからに素人って感じの奴と組みたかったんだ。そっちの方が警戒されないからな」
「あー。それ以前になんでコンビが前提になってるんだ?絶対勝てるって言うなら一人でやればいいじゃないか」
「私は地底でもあまりお行儀のいい方じゃないからな。テーブルに付いたら嫌な顔する奴もいるんだよ」
「それで私を代打に出す、と」
「そういう事だ。幸いお前は人間だし、博打慣れしてないのも解りやすい。ディーラーも油断する」
薄暗い部屋で湯飲みからしみったれた酒を飲む乙女二人。あんまり絵にならないし、口をつく話題はそこらの親父よりも酷い。
恋の話代わりに博打の話してるんだから世も末だ。しかもイカサマの話だぞ。私の数多いファンもこれを知ったら幻滅するだろう。
「カモに見える奴の方が引っかけやすいってのは納得いく話だ。私が人間なのは関係あるのか?」
「大ありだ。魔理沙は一度勝負してるから、私の能力は大体解るだろ?あれが今回の勝負のキモなんだ」
正邪の能力は「なんでもひっくり返す程度の能力」。
異変で勝負した時、確かにこいつは天地も左右もひっくり返してみせた。
小槌の魔力がなくなったからどこまでひっくり返せるのか解らないが、能力自体はかなり厄介な代物だろう。
もっとも、ひっくり返す能力でどうやって博打に勝つのかは私には見えてこない。
「まさか、勝ちと負けをひっくり返せたりするのか?」
「それが出来たらお前に負ける筈ないだろ。っと、丁度酒が切れたな。まだ残ってたと思うんで取ってくる。私が戻るまでに正解を出してみろ」
偉そうに言って台所に向かっていく。
棚の中を探す正邪を眺めながら、色々考えてみたんだが今一つピンと来ない。
丁半博打で結果を入れ替えるとかか?ポーカーで使えるシチュエーションが思いつかなかった。
酒瓶を手に取って戻ってきた正邪に思いつきをぶつけてみる。
「丁半博打で丁半を入れ替えるとかやるって事か?」
「当たらずとも遠からず。カードやスロットで使えるとは思わなかったか?」
「お前の能力がどこまで作用するのか知らないからな。ただ、何となくあの手のゲームでは使えない気がする」
ひっくり返すという事は、表裏一体のものがあるという事だろうと私は解釈している。
例えば、右の反対は左で、上の反対は下で、天の反対は地だ。じゃあハートのエースの反対って何だ?リールを走る赤い7の反対は?
おそらく正邪の能力は厳密に反対のものがないと作用しないんじゃないか。
「どう推理したのか知らないが、正解だよ。私の能力はポーカーやバカラじゃ使えない。スロットなんか言うまでもなくだ。その結論なら、使えない理由も合ってるだろうな」
「でも丁半博打じゃ当たってないんだろ?それぐらいしか思いつかなかった」
「賽子だと丁半を入れ替えるというよりも賽子の上下を入れ替える事になるから、あんまり確実じゃないんだよ。それに笊を使うから結果が出るまでいじれないし」
「動きが止まった賽子が衆人環視の中で上下入れ替わったら、そりゃあすぐバレるな。で、結局何で勝つつもりなんだ?」
「お前はポーカーとスロットしかやってないと言っていたが、その二つしか地底ではやってないのか?」
「その二つ以外ルールが解るゲームがなかったんだよ。ルールが解らないゲームなんかやっても負けるだけだろ」
「ポーカーで初心者が勝てるとも思わないがな。まあいい、今回私たちが勝負するのはルーレットだ」
☆☆☆
ルーレットだ、なんて言われても私はやった事も見た事もないゲームなので何をするのか全く想像が付かない。
その旨を正邪に伝えると、ルールを説明してくれた。
まず、ディーラーがルーレットを回す。私達はどの数字が出るか予想をして、テーブルに書かれた数字に賭ける。
と言っても、賭け方は色々とあるらしく、ピンポイントで一つの数字に賭ける賭け方から一定の列の数字に賭けるという賭け方まで様々らしい。
その中でも正邪が勝負するのは赤黒と言われる賭け方。
1~36の数字は全て赤黒に分けられていて、どっちの色が出るのか賭けるという賭け方で勝負するのとの事だった。
このゲームなら明確に赤の反対が黒という事になり、正邪の能力で結果をひっくり返す事が出来るらしいのだ。
丁半博打と違って、ルーレットは全員が見える状態で回っており、最後に止まったところで勝負が決まるという事。
更に、自分達が一切ルーレットに触れないのがイカサマを疑われなくて都合がいいという事まで教えてくれた。
人間である私を代打にしたのも、人間ならそういう能力を使ったイカサマを疑われにくいからで、私ぐらいの有名人になればそういう能力を一切持ってない事も知られている。
こいつ、私が考えていたよりも用心深いタイプかもしれない。
「腕のいいディーラーは玉を狙って落とせるものだ。だが今回の勝負の真のディーラーは誰あろう、私なのさ」
そう言って自分の計画の完璧さを正邪は誇ってみせた。
その自信満面の笑顔を見ても、私にはどうしても一つ疑問があった。
それは、正邪の持っている手札の最後の一枚。これで役が決まるってぐらい重要な一枚の筈だ。
「最後に一つ聞いていいか?この計画って前から温めてたりするのか?」
「勿論だ。各種ゲームのルールは当然だが、各ホテルのディーラーの癖、払いの良さ、警戒心なんかもきっちり調べ上げてある。相方役だけが足りなかった」
「私が気になるのはさ、どうしてお前がそんなに金が欲しいのかだよ。そりゃ私は借金があるからな。ただお前の話を聞いてると、特に金に困ってるようには思えない。安酒とは言え毎日外で飲み歩くぐらいは困ってないんだろ?」
「逆に聞きたいが、金を欲しがらない奴なんかいるのか?特に私みたいな弱い妖怪なら尚更だと思わないのか?」
「思わないね。特にお前が弱い妖怪なら余計気になる。何でこんなヤバい橋を渡るのか」
鴉天狗達が嘘を書いてない限り、地底の大手カジノはそれぞれ大物妖怪達が後ろ盾になっている。
こいつは反逆精神旺盛な奴だから、強い奴に挑むのは望むところなんだろうが、いくらなんでも無茶が過ぎる。
イカサマがバレない自信があるのかもしれないが、バレれば袋叩きなんて生易しい事で済むとも思えない。
そこまで考えない奴とも思えないし、ひょっとしてこれ、罠なんじゃないか?
私が口を開きかけた時、私の目を真っ直ぐ見据えながら正邪が言った。
「下克上の為だ」
「お前まだ諦めてなかったのか。物事は何でも見切り時や引き際ってもんがあるんだよ。それに前も言ったが、私は体制側の人間だぜ?」
「もう幻想郷をひっくり返そうなんて考えてないさ。私が考えてるのは姫の事だよ」
「姫って……針妙丸の事か」
少名針妙丸。小人のお姫様。正邪と共に二人で下克上を目指したレジスタンスの片割れ。今は博麗神社でその身柄を保護されている。
正邪の口からそんな言葉が出てくるとは思ってもなかった。異変の時は見捨てて逃げ出したというのに。
「驚いたな。針妙丸を見捨てて逃げたお前の口からそんな台詞が出てくるとは思わなかった」
「私まで捕まったらその後の事をやる奴がいなくなるじゃないか。負け戦はな、負けた後にどうするかが一番大事なんだよ」
「ほう。正邪が言うと含蓄があるな。で、お前はどうしたいんだ」
「私は姫を自由にしてあげたい」
私の嫌みにもめげず、正邪の表情は真剣そのものだった。
手元にあった酒を一気に飲み干すと、熱のこもった目で私を見据えて再度口を開いた。
「逆さ城を覚えているだろう?姫はずっとあの城の中で暮らしてきたんだ。ようやく外に出られたと思ったら今度は自分の足ではどこにもいけない。小人族は弱いからな」
「お前何か霊夢の事、勘違いしてないか?あいつはあれで悪い奴じゃないから、ちゃんと外には連れていってくれると思うぜ」
「強者には解らないだろうな。いいか、自分の足で、という事が大事なんだ。お前等みたいに自由に生きられる奴等と私達は違う。私達みたいな弱い奴等が自分の足で好きな所に好きな時に行ける。これが大事な事なんだ。そして、少なくとも姫の自由に関しては金で買える」
「どうやって金で買うんだよそんなもん」
「竹林に永遠亭とかいう屋敷があるだろ?あそこの医者が言ってたんだ、姫の身体を大きくする薬が作れるってな。値段を聞いて驚いたがね。何でも特殊な触媒を使うらしいが」
「霊薬なんかだと貴重な薬草や鉱石を湯水の如く使うからな。とにかく、それで金が欲しいってわけか」
「なあ、魔理沙。生まれてこの方、不自由にしか生きていない小さな小さなお姫様が、この世界で本当の意味で自由になれたとしたら、それこそが下克上だとは思わないか」
しばらく私達の間には沈黙があった。
気の利いた返事は思いつかなかった。
「いいよ、お前の計画に乗ってやる。そんな下克上なら私も大歓迎だ」
☆☆☆
話を聞いて、踏ん切りが付いたのは確かだ。
高金利の借金をきっちり返して私の生活費も取り戻さなきゃいけないし、それをするには私の実力じゃ厳しいだろう。
私の懸念事項はイカサマを実行する段になって、正邪が裏切る事だった。
さっきの話しぶりなら一応信用してやってもいいと思うし、人助けが目的なら私の良心の呵責も軽くなる。
正邪の書いた筋書きはこうだ。
まず、私と正邪は別々に行動する。正邪は観客として振る舞い、私は一人でテーブルに付く。
私は精一杯カモを演じながら、赤黒にしか賭けない。観客のフリをしている正邪がルーレットの出目を操作して私に勝たせる。
少額の勝負は勝ったり負けたりにして、大きく賭けた時のみ勝つようにする。これならバレにくくなる。
ダラダラと勝負するのではなく、どこかで大きな勝負をして目標額を一気に達成させて早めに退散する。これもボロを出さない為だ。
私と正邪は直接口を利かない。予めサインを決めておいて、それでやり取りをする。
「魔理沙の芝居の出来が肝要だからな、警戒させない為に私が教えた事は覚えてるか?」
「ああ、ホイールやディーラーの手元は見ない。テーブルの赤黒だけに視線を集中して、周りを見ないようにする」
「ついでに酒も飲んでくれ。カジノの酒がチップだけで飲めるのは客の判断力を鈍らす為だからな」
「そんな事言われると不安になるじゃないか。大丈夫なんだろうな、私はお前に任せるしかないんだぞ」
「それは私も同じだよ。もしこの場で心変わりされて、どこかの大物妖怪に耳打ちされたら一巻の終わりだ。こういうのはな、お互いの信頼が重要なんだ」
天邪鬼に信頼なんて言われるともの凄く嘘臭い。しかしもう後戻り出来る段階は過ぎている。後は一直線に勝負するしかない。
「そう言えば一つ聞き忘れてた。もう勝負するホテルって決めてあるんだろ?まさかさとりのところじゃないだろうな」
「あそこはパスだ。ありえないとは思うが、経営者がカジノに視察にでも来てみろ。あっという間に計画はご破算だ」
「私もそう思っていたよ。それでどこのカジノにするつもりだ?」
正邪は部屋の片隅に置かれていた、読み過ぎてボロっちくなったガイドブックを取り上げて、付箋の付いているページを開いた。
「どれだけ負けてもきっちり払うだろうし、カジノ側のイカサマも少ないと聞いている。ここが最適だ」
私の中の正邪の評価を改めなければならないだろう。
こいつはもの凄く度胸があるか、頭の螺子をどこかで落としているかのどちらかで、狡猾な小心者なんかではない。
こんな名前のカジノでイカサマがばれたらどうなるかなんて、その辺の妖精でも解りそうなもんだ。
このホテルにイカサマを仕掛けるとしたら、遺書を書いておく必要があるかもしれない。
白くて細い指が指したホテルの名前は「鬼ヶ島ホテル」だ。
☆☆☆
「鬼ヶ島ホテル」は「ソーレ・デル・ソテラーニオ」に並ぶと称されるホテルらしいが、馬鹿馬鹿しさではこっちに軍配が上がる。
ホテルの玄関真正面には瓦葺の異様な大きさの門がそびえ立っていた。なんでも羅生門をスケールアップして再現したらしい。
さとりのホテルが繊細さを感じさせるとすれば、このホテルは豪快さを感じさせた。
ホテル本体は見たまんま城で、黒々とした艶を放つ瓦が敷き詰められた天守閣の上では、黄金の鯱が二匹踊っていた。ここまで徹底するなら誉めてやる。
私は万が一イカサマが露見した時の事を考えないようにしながら、ロビーへと向かっていった。
城の中は総金箔貼りでも驚かなかったが、意外にも地味な作りだった。真っ白な漆喰の壁と森の中にいるみたいな香りを放つ無垢物の木の柱。
壁をへこませて作られた床の間のようなスペースには掛け軸が飾られている。立ち止まって眺めていると従業員が雪舟の真作だと教えてくれた。
壁に取り付けられた各種施設の方向を示す看板を見た。漆塗りに流麗な金文字が踊っている。「賭場はこちら」。
さっき眺めていた雪舟の真作とやらは、何回勝負に勝てば買えるか考えながら、カジノへ早足で歩いた。
正邪とはバラバラにカジノに入って、中でお互いの姿を探す手筈になっていた。
これまでの和風なホテルの作りからすると、拍子抜けするぐらい普通のカジノのスロットの前に座って、正邪は酒を飲んでいた。
何気なく隣りに腰掛けて、小銭を入れてスロットを回す。チェリー、チェリー、BAR。
「行くか」
「テーブルはもう決めてある。手前側の左から三番目」
私達は小声で囁き合うと、別々に席を離れた。
テーブルに向かう途中で、ウェイトレスに声を掛けて一杯持ってきて貰った。外の世界のカクテルはどれも甘くてジュースみたいに飲める。
テーブルには三人のプレイヤーがいて、具合のいい事にギャラリーもいた。勿論、その中に私の相方もいる。
私は空いている椅子に座ると、ディーラーを一瞥した。
ふわふわしたボリュームのある真っ白な髪の毛の女で、頭からは湾曲した角が二本生えていた。多分羊の妖獣だろう。
妖怪は見た目じゃ判断はつかないが、あんまり強そうなオーラは出ていなかった。
見るからに「私、鬼です!」ってディーラーのテーブルよりは緊張しないで良さそうだった。
テーブルには緑の羅紗が貼ってあって、白い枠で細かく区切られており、その中に細々と数字が書かれていた。
現物を見るのもこのゲームをやるのも始めてなんでさっぱり解らないが、赤と黒に賭けるにはどこに賭ければいいかだけはすぐに解った。
まずは様子見、赤に少額賭けてみた。
一通りテーブルにチップが並ぶと、ディーラーは可愛らしい声で「ノーモア・ベット!」と叫ぶと、回転するルーレットの中に玉を投げ入れた。
ルーレットの中をかたかたと音を立てて回転し、やがて止まったようだ。
「黒の11です」
平たい熊手みたいなのを使って、テーブルの上に残ったチップをかき集め、勝ったプレイヤーの手元にはチップが手早く押し出される。
今の私にとっては僅かな負けでも痛いが、最終的に取り返せばいいんだ。
逆張りでもう一度赤。結果はもう一度黒の31。今度は誰も取っていなかったらしく、チップは全額ディーラーに持っていかれた。
そろそろ様子見はいいだろう。私の側をウェイトレスが通った。彼女を呼び止めるとドリンクをオーダーした。
頼んだのはジンバック。次に大きな金額を賭けるサインだ。
手持ちの半分程を赤の枠の中に納める。ギャラリーに動きがあったのは何となく解った。久しぶりに大きな金額が動いたのだろう。
ディーラーは全員が張り終わったのを確認して、ルーレットを回した。
正直に言うと、こんな大きな金額を賭けるのは初めてなんで、軽く目眩を覚えるぐらい緊張した。
玉が止まったのを確認すると、あの可愛い声が響いた。
「赤の3です」
☆☆☆
その後、十回も勝負をこなす内に私がいるテーブルの席は埋まり、ギャラリーも随分増えた。
無理もない。私は大きく張る度に毎回勝っているのだ。何も解らない客からしたら抜群にツイてる客がいるようにしか見えない。
その代わり、私は特別な客になった。蝶ネクタイが全く似合わない強面の鬼と馬面(例えじゃない。言葉通りに取ってくれ)がディーラーの手伝いに付くようになった。
ディーラーの女の顔色は彼女の髪の毛みたいな色になっていた。彼女にしてみれば悪夢みたいなものだろう。
例の如くジンバックを頼むと、随分と増えたチップの半分を黒の枠に押し込んだ。
ディーラーは私の賭けたチップの数を確認すると、こわばった表情で玉を弾いた。
しゅるしゅると音をさせてルーレットは周り、やがて止まった。ディーラーの表情をちらりと見れば、あの声を聞かなくても勝敗は解った。
「黒の31です」
私と、私のツキに期待して黒に張った客達にチップを押しやると、ディーラーの交代を告げて彼女は去っていった。
代わりにきたのは針金みたいな色をした髪の毛の渋い面構えの男だった。二本の角さえなければ人里で奥様方に人気が出るだろう。
強面二人はほっとしたような顔をしたが、その後にまた厳しい顔に代わった。
また大きく赤に賭けた時に、ずばり当たってしまったのだ。イカサマしてるんだから当然なんだが。
博打で勝つってのは思っていたよりも楽しい事だった。
イカサマなんで間違いなく勝てる保証があったのも手伝ったに違いない。おまけにあの鬼ですら見抜けないイカサマだ。
ディーラーが代わってからも勝負を繰り返す内に、目の前に積まれたチップの額は私の負けた額を大幅に上回っていた。このぐらい勝っていれば正邪と山分けしても問題ないし、ひょっとしたら薬が買える額になってるかもしれない。
酒も随分飲んだし、そろそろ潮時だ。
私はチップを一掴みして立ち上がると、仕事を忘れてテーブルを眺めていたウェイトレスに渡し、ギャラリーに呼びかけた。
「ちょっと花摘みに行って来る。これでみんなに飲ませてやってくれよ。みんな、私のチップを見ててくれよ」
トイレは原則一回だけ。方針に迷った時に相談する為に使う。
☆☆☆
「そろそろ引き上げ時でいいんじゃないか?多分大分勝ってる筈だ」
「いや、まだだ。この勝負の仕込みには時間が掛かっている。せめて後一勝負ぐらいは勝たないと帳尻が合わない」
安全策を正邪は一蹴した。
その気持ちは分からないでもない。イカサマの安全は確認されているし、赤黒に適当に賭けているだけで倍々で増えていくんだ。
安全な橋を後一回渡りきれば、私の目の前に積まれるチップは見たこともないような額になるだろう。
そう考えると、当然欲が出る。チップが倍々に増えていき、ディーラーが唖然としているのを見るのは気持ち良かったし。
結局、私が折れた。
「解った。じゃあ最後に大きく勝負して、終わりにしよう」
☆☆☆
人混みをかき分けて席に着くと、何時の間にかディーラーの手伝いが一人増えていた。先の馬面と揃えたような牛面だ。黒いベストがまるで似合わない。
勝ち過ぎたのかもしれない。しかし何だってこのカジノはこんな武闘派みたいな店員を揃えているんだ?
次の勝負が最後である事は正邪には伝えてある。最後なんで全額賭けようとチップの山を全部押し出そうとした時だ。
ディーラーが見た目通りの渋い声で私に問い掛けた。
「その全額を賭ける、ということで宜しいでしょうか?」
「そのつもりなんだが、まずいか?」
「額が額でございますので、支配人に確認させて頂きます」
ディーラーが戻るまでの間、テーブルからも周りのギャラリーからも声は聞こえなかった。
少し待つと、ギャラリーの間から呻くような声が聞こえて、ディーラーが支配人を連れて戻ってきた。
やはりと言うべきか、私はその姿に見覚えがあった。
豪奢な金髪に女性としては大柄な身体、何よりも目立つのは額から生えた天突く真紅の一本角。
普段とは違い、青い着物を着てこそいるが間違いなく、地底の鬼の総大将、星熊勇儀だ。
「よう、久しぶり。楽しませてもらってるぜ」
「バカヅキしてる客ってのはあんただったんだね。大したもんじゃないか」
そう言って勇儀は私の目の前に積まれたチップの山に視線を落とす。チップの山は今や羅生門ほどに大きくなっていた。
「それ全額賭けるってんだから、恐れいるよ。その勝負、受けてやろうじゃないか」
「そいつはありがたいね。てっきり断られるかと思ってた」
「こんな面白い博打から逃げたとあっちゃ、地底で賭場なんかやってる意味がないじゃないか。私とあんたのサシで勝負といこう」
まずい。勇儀が直接出てくるのはまずい。
勇儀は他の鬼とは別格の能力を持っている。「力の勇儀」なんて呼ばれているが、決して力だけの妖怪じゃない。
早さも、鋭さも、妖気のコントロールも他の鬼とは段違いだ。その中でも飛び抜けて力が強いからそう呼ばれてるだけだ。
他の鬼がイカサマに気が付かなくても、勇儀であれば正邪の能力を感知する恐れがある。
おまけに嘘が大嫌いときてる。イカサマをするには最悪の相手だ。
そんな風に悩む私に、勇儀はとどめを刺しに来た。
「ただし、この勝負には条件がある。何、簡単な事さ」
☆☆☆
勇儀から提示された条件は単純だった。
ルーレットのテーブルを一つ空けて、私と勇儀が二人で勝負する。勇儀がルーレットを回し、私が赤黒どちらかに賭ける。
シンプルかつ、私を殺すのには打ってつけの提案だった。
弱い妖怪の力は、強い妖怪に及ばない事がある。埋めようのない妖力の差ってものが妖怪達の間にはあるのだ。解りやすく一言で言うと「格が違う」って事になる。
正邪の力が勇儀に効かない可能性もあるし、それ以前にイカサマがバレる可能性だってある。
「まあ気を悪くしないでくれ。魔理沙を疑ってるわけじゃないんだがね、額が額だから。お互い気持ち良く勝負したいじゃないか」
「そりゃあそうだ。ところで、そっちが有利なテーブルに変わってるとかないだろうな?」
「ないね。私がそんなケチな勝負するとでも思うのかい?だいたい、ウチのカジノがサマしてたら、あんたがそんなに勝てる道理がないだろうさ」
正論だった。むしろ私こそイカサマを疑われるべき立場だ。大きく賭けるたびに必ず勝ってるってのはどう考えてもおかしい。いや実際イカサマしてるけど。
だからと言って、こちらから勝負を持ちかけた挙げ句に、条件を聞いた後で断ったら、それこそイカサマしてましたと自白するようなもんだ。
どっちにしたって、この勝負を持ちかけた時点で私は退けないんだ。となれば、正邪を信じて勝負を受けるしかない。
「すまん、おかしな事を言ったな。勇儀の言う通りだ」
「お互い様だ、気にしなさんな。さて、聞くまでもないかもしれんが、どうする?」
「勿論、やる」
ギャラリーから歓声が上がる。旧都のカリスマが出てきたというのに、私を応援する声も多かった。カジノ対客という事なんだろうか。
声援を送るギャラリー達に紛れた正邪と目を合わせる。
正邪は小さく頷くと、私にも聞こえる大きさの声でウェイトレスを呼び止めた。
「すまないが大急ぎで一番強い酒を持ってきてくれ!今日一番の勝負なんだから早くしてくれよ!」
――そのサインの意味は「問題なし」だ。
☆☆☆
長方形のルーレットテーブルを挟んで、私と勇儀は目を合わせていた。
一対一での勝負という事もあって、ギャラリー達は私達のテーブルを遠巻きにして囲んでいた。
さっきまでは賑やかだったカジノは今や完全に無音だ。今夜一番の勝負を、皆固唾を飲んで見守っているのだ。
「覚悟が出来たら赤、黒言っとくれ」
静かに目を閉じて考える。
考えるふりじゃない。様々な事を考えなきゃいけないのだ。
まず、イカサマがバレた場合だ。これはどうにもならない。
勇儀が動いた瞬間に全力で飛んで、正邪を回収して逃げる。恐らく落とし前を付けるまで追われる事になるだろう。
私に出来るとしたら、逃げ回ってる間に出来るだけ説得力のある言い訳を考えるぐらいしかない。
さっき、正邪は問題ないと言ったんだから、これはもう信じる以外の事は出来ない。
今この場で一番真剣に考えるべきは、勇儀にイカサマもバレないが、正邪の能力が通じないパターンだ。
さっきに比べてギャラリーとテーブルの距離は遠く、正邪がルーレットの出目を確認できるかはちょっと怪しい。
確認出来なくても出目をひっくり返せるかもしれないし、ひっくり返せないかもしれない。
どんな事情にせよ能力が働かない場合、私は今日大一番の場面で初めて平で勝負する事になる。しかもルールが全く解ってないゲームだ。だって適当に赤黒に賭けてれば勝てるゲームだったんだから。
あんまり悩んでも仕方がない。とにかく赤黒どちらかを直感で決めていくしかない。
二分の一で勝てる勝負だと考えると少し気楽になってきた。これまで私が闘った妖怪達に対する私の勝ち目は、もっと少なかった筈だ。
私のイメージカラーである黒に賭けようと思った時、何故か正邪の前髪を思い出した。
真っ黒な髪の毛に一筋だけ走る赤だ。
なんでそんな事を思い出したのかは解らないが、こういうのには従わなきゃならない。魔法使いは閃きってのも重視するんだ。
「赤だ。赤に私の持ってるチップを全額」
☆☆☆
勇儀の投げ入れた玉がルーレットの中で何かを切るような鋭い音を立てて回転する。私はまた目を閉じる。
背中を冷たい汗が濡らす。胃の辺りが落ち着かない。座り込みたい。
やがて音は少しずつ小さくなり、カツカツという音が鳴り始めた。
誰に対してだかは解らないが、何となく祈った。
この勝負に勝てば、私は日常に無事に戻る事が出来る。もう二度と博打をやろうなんて考える事はないだろう。
正邪は大金を手にして、針妙丸を自由にしてやれる。万事良しだ。
負けたり、イカサマがバレたりしたらそれらは全部無しだ。そこから先は考えたくない。
赤、黒、赤、黒、赤、黒、赤――
頼むぜ、正邪。
やがて、音が止まって、勇儀の声が響く。
「黒の――」
心臓が止まりそうだった。
その時、確かにかたん、という小さな音がした。
「――いや、赤の7だ」
ギャラリー達の息を飲む音が聞こえ、その後歓声がカジノを埋め尽くした。
☆☆☆
私達は今、「ソーレ・デル・ソテラーニオ」の最上階の部屋にいる。さとりがインタビューを受けていたあの部屋だ。
私がフロントからチェックインして部屋でしばらく待つと、裏口からこっそり入ってきた正邪がドアをノックした。
あの後、チップを換金すると、とんでもない金額の勝ちになっていた為、早速祝勝会と博打に手を出した目的を達成する事にしたのだ。
見た目だけでも味わえるぐらいの瓶に入った酒と、簡単なつまみを乗せたテーブルを挟んで、正邪と祝杯を上げた。
「しかし、お前の能力凄いのな。他の鬼もだけど、あの勇儀ですら気が付けなかった」
「ん、ああ、そうだな。何というべきかな、私の妖力は弱いから。使っていても感知するのが難しいのさ」
気のない返事が返ってくる。正邪はどうにも落ち着かなそうにしていた。
酒もちびちび、といった風情だ。私の方はカジノでたらふく飲んでたから、こいつの為に酒を頼んでやったんだが。
無理もない。あの勝負はこいつも冷や冷やしたに違いないし、こいつの普段の暮らしを考えると、この部屋じゃ落ち着かないだろう。
「忘れない内に金を山分けしとこうか。これ以上飲むと眠っちゃいそうだ」
私は予め用意しておいた紙袋を正邪の前に出してやる。
正邪は袋の中身を覗き込んで、目を白黒させてた。
「なあ、これ金額間違えていないか?確かに大勝ちはしてるが、ここまでにはならない筈だ」
「いや、合ってるよ。お前の分と針妙丸の分が入ってる」
今回の勝負は正邪のイカサマありきだったし、私には大金の使い道ってのがあんまり思いつかなかった。正確に言うと、正邪の使い道以上のを思いつけなかった。
それに慣れない事はするもんじゃないと、今回の事ではっきり解ったのだ。こんなやばい橋を渡る事になったのも、変な欲をかいてやったこともない博打に手を出したせいだしな。
私が不慣れな大金を持っていても良いことはないだろう。よって私の手元に残した金は、私の負け分を借金込みで埋められる金額、プラス香霖の店と屋台のツケを払えるぐらいだ。
これぐらいは貰ってもバチは当たらないよな?
「勘違いするなよ、針妙丸の分が入ってるんだ。だからお前が天邪鬼であっても、素直に受けとっとけ。お前の金じゃないんだからな」
「そう言われると断りたくなるが、姫の分とあれば仕方がないな。貰っておいてやろう」
神妙な顔をして、口元をひくひくさせながら受け取った。
ああ、こいつそういう妖怪だったな。人の好意ってのが苦手なんだろう。
「さて、それじゃそろそろ帰らせてもらうよ。引っ越しの準備をしなきゃいけない」
「引っ越し?」
「今回はかなり目立つ勝負をしたからな。何があるか解らないし、しばらくは行方を眩まそうと思って」
「バレていないと思うんだがなあ」
「用心の為だ。弱者はいつだって用心深く逃げ回ってるんだよ。ああ、それと記念品だ。受け取ってくれ」
赤いリボンを掛けた、長方形の包みを渡された。
「お前の勝利を祝して、私からのささやかな贈り物だ」
「そりゃ違うだろう、私達二人の勝利だ」
「どうかな。まあ、お前がそういうならそうなんだろう」
正邪がドアから出ていく時に、今度は背の高くなった針妙丸も連れて三人でこの部屋に泊まろうと提案すると、正邪は何とも言えない顔をした。
それから、考えといてやるよと言って帰っていった。
☆☆☆
その後、酔いを醒ます為に風呂に入った。大の字で寝れるぐらいの大きな浴槽で、予想通りライオンがお湯を吐き出してくれた。
バスローブに着替えて広すぎる風呂場から出ていくと、カーテンを閉めていない窓から旧都を眼下に眺める事が出来た。
地底に星空はないが、それに負けないくらい明るくて、色とりどりの灯りが並んでいた。
今回ばかりはどうなるかと焦ったが、上手いこと万事が収まってくれた。私の運も大したもんだ。
初日にカジノに居た時、正邪に声を掛けられてなければどうなったか解ったもんじゃない。
この運の強さを今後博打で使う機会はないが、自信を持ってもよさそうだ。
そういえば、正邪のプレゼントは何だったんだろう。
ふと気になって、テーブルの上に置いた包みを開けてみた。
中身は、精巧に作られたルーレットの模型だった。勝負に勝った記念品としてはなかなか気が利いてる。
ルーレット本体をくるくると回しながら、今日の勝負の事を思い出した。
全く、初めて見るようなゲームをよくやろうって思ったもんだ。例えイカサマ前提にしたって。
指で回すのをやめて、しげしげと細かいところまで見てみる。
しげしげと細かいところまで見てみる。
しげしげと細かいところまで。
しげしげと。
あの馬鹿騙しやがったな!もっともらしい事言いやがって!今度会ったら、きついヤツを一発叩き込んでやる!
赤、黒、赤、黒、赤、黒、赤――緑!
正邪ちゃんマジゲスロリ。
正邪ちゃん最高ですわ。
パチンコ屋で起こる必勝法詐欺みたいだな…w
魔理沙は文字通りツイてたよね。二ッ岩銀行で臓器とか売られなくて良かった
正邪、よく頑張った。
魔理沙がちょっと気の毒だなあ…心情の疲れが。
面白かったです!
それにしても、さとりオーナーのカジノとか敵無しだな。
魔理沙の馬鹿ヅキに乾杯だわ
面白かったです!
賭場に挑むギャンブラーが、ピタッとはまってますね。
それにしてもオチw
ときに仕掛けを仕込んでみたり、非常に筆が速かったり……
疑惑の新人と呼ばざるを得ない
これは小気味いい。
おもしろかったです!
ストーリーもよかったし、地底カジノの雰囲気描写も読んでるだけで楽しかった
意外と良い話で終わるのかなと思いましたが、期待通り天邪鬼ぷりを見せてくれましたね。危なかったなぁ。
魔理沙の行動のきっかけが、高級ホテルに憧れて、というのも可愛いらしくて良かったです。
圧倒的なまでに小気味良くカッコいい強者魔理沙の姿に、正邪は何を思ったのでしょう。
緑が3つ(0・00・000)のメキシカンだったら魔理沙も気付いてたかもねw
いやはや笑わせてもらいましたwww
いかんいかん、もう博打はしないと決めたのに決心が揺らぐww
天邪鬼はやっぱり天邪鬼でしたが、魔理沙に対して何を思ったかw
リアルラックオチかよwww
糞とまではいかない愛すべきクソ野郎に乾杯
せめて針妙丸に対する想いは本物だと信じたい!
しかし天邪鬼だしなー ぐぬぬぬぬ
軍資金は正邪持ちでしたよね?
正邪ちゃんマジ幸運の女神
というか、鬼の動体視力なら玉が変な動きしたり、色が変わったら分かりそうなもんだし