・上巻を読んでいない方は先にそちらをお読みください。
・みこふとじこの生前譚です。
・神子様男です。男性であることをしめす描写はありません。
布都と屠自古は人里に買い物に来ていた。
「じゃがいも・・・にんじん・・・砂糖・・・醤油・・・(中略)。うむ、大丈夫だ。全部買ったな。」
布都が律儀に買い物リストを確認している。
「なあ布都。帰る前に甘いものが食べたい。」屠自古が言った。
「おお!我もちょうどそんな気分だ。どの店にしようかの?」
屠自古が指さした先には、幻想郷のスイーツ女子の幅広い信仰を集める老舗の甘味処チェーンがあった。二人はその中に吸い込まれていく。二人とも飛鳥時代からの筋金入りのスイーツ女子だった。
この店の本日のおすすめメニューは、『どか盛り苺チョコキャラメルレインボーバニラアイスクリームパフェ』だ。創業当時からの伝統のメニューは、『抹茶あんみつ』。屠自古は前者、布都は後者を注文した。相変わらず布都は昔ながらのものが好みなのだ。だが屠自古のどか盛りパフェにはさすがに瞠目したらしく、目を白黒させて言った。
「す、すごい量じゃの。」
バケツと見まがうほどの巨大な器に入った、どか盛りの名に恥じないパフェである。屠自古は早速食べ始めている。
「ほむぶらいほふーはよ。はんふんいはいにふっへはんよ。」
「・・・すまぬ。口の中を空っぽにしてからしゃべってくれ。」
屠自古はごっくん、と口の中のものを咀嚼した。
「こんぐらい余裕だよ。三分以内に食ってやんよ。」
「豪快じゃの・・・。昔のお主はもっとおしとやかなやつだったんだが。怨霊として復活して以来、女子力の低下が著しいのう。」
布都は半分あきれ、半分愉快そうに笑う。
「昔のことはあまり覚えてないな。どこぞの阿呆がいらんことしてくれたからな。壷をすりかえてみたりとか。」
「そ、それはもう水に流すと言ったではないか(汗)」
「冗談だ。この体は便利だし、もう怒ってない。」
布都はほっと胸をなでおろした。
「なあ、布都。昔の私ってどんなだったんか?」
屠自古が聞いた。
「昔のお主か?うーむ。ひかえめで察しのいいやつじゃったな。我らは昔から菓子を片手に四方山話(よもやまばなし)をする仲での。お主は我に悩み事を相談してきたこともあったぞ。」
「悩み事を相談?アンタみたいなアホの子に?ねーわwwww」
「アホの子言うでないわぁぁぁ(泣)!そうじゃ、たとえばこんな事があったぞ。お主は太子様のお体の具合と尸解の術のことで心配そうにしておった時があっての。我がお主を元気付けてやったのだ。」
※
布都姫は刀自古郎女をたずねた。太子様に付きまとう仙人、青娥殿が教えてくれた大陸の菓子を持っていった。なにやら米の粉を練って油で揚げたもののようである。菓子といえば栗や柿といった木の実しか食べた事がなかったから、新鮮でなかなかおいしい。
「何、これ?」邪仙がもたらした物とあってか、最初は郎女殿は怪訝な顔をしていたが、おいしいと分かると喜んで食べた。もそもそと、ほんの少しづつしか食べないから、一見どう思っているのか分かりづらいが、郎女殿はこの菓子をだいぶ気に入ったらしい、ということが布都姫には分かった。
「ねぇ布都姫。聞いてほしいの。」
郎女殿はよく我に相談事を持ちかけてくる。我は誰に対してもあけっぴろげな態度で接するから、八方美人でおべっか使いで互いの腹を探って牽制しあってばかりの豪族供に比べ、人の信用を得ることが多い。
「太子様のお部屋の前を通りかかるときに、お姿をひと目見たくてお仕事なさっているところをこっそり覗いたりすることがあるのだけれど・・・。」
郎女殿は落ち着きなく菓子をいじくりながら言った。
「太子様、最近筆をとる手が震えていらっしゃるの。もう相当お体が悪いのではないかしら?」
「うむ。振戦は丹砂中毒の典型的な症状よの。」
「近々尸解なさるのね?心配だわ。うまくいくといいのだけれど・・・。」
我は腰に手をあて、大げさに胸を張ってみせた。
「だーいじょうぶ。案ずることはない。我らも太子様とともに逝き、太子様が復活なされた後は、その参謀として活躍するのじゃからな!」
郎女殿はとたんに笑顔になると言った。
「ああ、たのしみね!今まで私は、何の力もなく政も分からずに、ただ妻として太子様をお慕い申しあげることしかできなかった。尸解仙として復活して後はきっと、右腕として太子様のお役に立ってみせる。太子様をお守りするために力を、いつまでも太子様のお側にいるために永き命を、手に入れてみせるわ!」
※
「・・・という感じだ。どうだ!我、かっこいいであろう?」
「「かっこいい」の前に「アホ」を付けるといいと思う。」
「お主はどうしても我をアホの子にしたいのじゃな。正直、そんなアホみたいな量のスイーツを食べるやつに言われとうはないのだか。」
屠自古はとっくにどか盛りパフェを完食して、バケツプリンを平らげ、今はアイスケーキを1ホールまるごと食べている。霊体だからいくら食べても太らないのだ。羨ましい。
「つまり昔から神子様は素晴らしいお方で、私は神子様にぞっこんで、アンタはアホの子だったと。」
「・・・最後のひとつがおかしい。」
「それで布都、アンタは昔の私と今の私のどっちが好きなんだ?」
「比べられぬな。おしとやかなお主も可愛いし、おおざっぱで姉御肌なお主も頼もしいし。
あ、でも本音をいうならお主は常に口を閉じているべきだと思うな。喋ったり食ったりするたびに口から女子力が漏れていっておるぞ?」
「やかましいわッ!」ボカッ☆
屠自古は布都に雷を落と・・・すのはお店の中なので思いとどまって、代わりにゲンコツをくらわせた。
「痛い!何するのじゃ屠自古!痛いではないか!」
布都がたんこぶをさすりながら涙目で抗議してくる。屠自古は面倒臭そうなためいきをつきながら席を立った。
「あーあ、アンタと話してたら腹が痛くなってきた。お手洗い行ってくるんよ。」
「いや、それ絶対食べ過ぎだから!我のせいじゃないから!」
屠自古は一瞬ふり返って露骨にあっかんべーをしてくる。布都も思いっきり舌をつき出して応じる。しかし屠自古の姿が店の奥に消えて見えなくなると、一瞬にして布都の顔からひょうきんな表情が剥がれ落ちた。ぼそり、とつぶやく。
「・・・・・・屠自古よ。本当にお主は察しのいいやつじゃった。物事をあらかじめ察していながら諦めてそれを甘んじて受け入れようとするやつだったな。我はそんなお主を救ってやりたくて・・・。・・・・・・お主は我がしたことを本当はどう思うのだろう。」
※
「太子様、最近筆をとる手が震えていらっしゃるの。もう相当お体が悪いのではないかしら?」
「うむ。振戦は丹砂中毒の典型的な症状よの。」
「近々尸解なさるのかしらね。」
郎女殿は気だるげに菓子をいじくりながら言う。我は郎女殿の逡巡を断ち切るようにきっぱりと言った。
「刀自古郎女殿、我らも共に逝くのだ。太子様のご命令ぞ。」
それを聞いた郎女殿は、ため息をつくと伏せていた目をあげて我を見据えた。
「・・・ねえ布都姫。薄々分かってはいるのだけど、あえて聞くわ。どうして太子様は私達に尸解の術をすすめるのかしら?不死の代償は大きい。太子様は私に誤魔化しているけど、そんなこと私は気づいているわよ。自分を知る者が絶え果てても永遠に生き続けるという事は、人の身に余る生き地獄。それに尸解の術は、記憶を失ったり人格が変わったりする恐れもあるという話も聞く。そうまでして不死を目指す意味なんて・・・」
やはり郎女殿は察していた。精神を圧迫するであろう長すぎる年月の重み。太子様のように、不死を目指すことそのものが生きる目的であるならば容易に耐えられようが、不本意にそれに巻き込まれた者は違う。しかし従うしかないのだ。
「我に依存はない。我は太子様の忠実なる手駒ゆえ。刀自古郎女殿、お主も太子様と妹背(いもせ)であるのだから、その意の是とするところに従わねばなるまい?」
郎女殿は、さらに深いため息をつくと吐き捨てるように言った。
「妹背(いもせ)などと。私は所詮、政略結婚の道具。蘇我から太子様に差し出された人質にすぎないわ。太子様にとって私は手駒ですらないというのに何故。」
「なればこそよ。なればこそお主は太子様にとって必要な存在なのだ。のう、郎女殿。太子様が摂政としてこの国の政を手中に収めるまでに、一体何人が命を落としたであろう?一体何人を欺いてきたことであろう?太子様とて胸が痛まぬ訳がないではないか!・・・しかし太子様はそれを表に出すことは出来ぬ。手駒はひとたび盤上に置けばいつ敵方の手に落ちるかも分からぬのだから。そのような者にどうして胸の内を明かすことができよう?しかしお主は違う。手駒ですらないものに警戒を抱く必要はないのだからな。お主は太子様の弱みも、さもしい部分もみんな知っている。そうであろう?」
郎女殿の手の中で菓子が粉々になった。ギリ、と奥歯が軋む音がする。
「・・・そんな、太子様はそんな勝手な理由で私を永遠の苦しみに巻き込もうというの?己の後ろ暗き心を慰むためだけに?・・・やっぱりそうだったのね。ひどいお方だわ。尸解などせず、人並みの死が私に与えられたなら!死して後(のち)は怨霊となって太子様をお怨み申しあげたものを!」
※
「刀自古。」褥(しとね)にうつぶせた私の裸の背中に手の平が置かれた。「何でしょう?太子様。」右手が背骨をすべり降り、尾骶骨をくすぐった。ずしり、と押え付けるように、いたわるように、頭に置かれた左の手の平の重みがあたたかい。
―ああ、手の平はこんなにも温かいのに何故この人は・・・―
「永遠に私と共にいてくれますね?」
―人としての温かみに乏しいのだろう?―
私が言葉をなくしていると、太子様は私の肩に手を置いてあおむけにした。背中に腕を回して抱き起こす。そのまま強く抱き寄せられた。汗でわずかにぬめる私の背中に太子様の爪が食い込んだ。
―ああ、可哀想な人。―
そんな思いが頭をかすめた。私は太子様の背にそっと手を置く。この冷たい人を愛しく思うことはあっても、愛することは永遠にあるまい。
「・・・。」
太子様が私の背中から左腕を離して床の上をまさぐった。そこにはおそらく脱ぎ捨てられた衣にまじって、凝った装飾の施された剣があるはずだ。小さく金属の擦れる音がした。
―ああ、殺される。―
太子様の右腕に力がこもり、首筋に冷たいものが触れた。
―ああ、お怨み申しあげますわ。太子様。―
※
太子は廟の中を歩いていた。両手に布でくるまれたものを抱えている。この廟は道教の研究室として、道場として、世間の目に隠れて建てられたものだ。廟の入り口の扉から続く、蝋燭の弱々しい明かりに照らされた長い階段を地下まで降りると、八角形の塔のような建物が群立する広い空間にでる。四方を湿った土に囲まれ、同じ建物が並ぶばかりの殺風景な空間を奥に向かって歩いていくと、八角形だか、他の塔のような建物とは異なり一階部分のみで少し大きめの建物があった。最奥部にあるその建物の部屋には、尸解の術のための祭壇がしつらえてある。太子が、その建物の土台部分にある石段を登り観音開きの扉の前に立つと、それを待っていたかのようにひとりでに扉が開いた。木の扉がギィ・・・、と悲しそうに軋む。部屋の真ん中に祭壇が見えた。その向こうでは青娥が待っていた。顔にはいつも通り不愉快な笑みをはりつけ、その手には人の頭ほどの大きさの小ぶりな壷があった。
「お待ち申し上げておりましたわ。豊聡耳様。さあ、始めましょうか。」
※
ギィ・・・バタン・・・。しばらくの後、廟の入り口の重たい扉を開いて太子が出てきた。しばらく立ち止まって俯いていたが、やがて重たげな足どりで歩き去る。砂利の軋む音がそれに続いた。その様子を物陰から見ていた者がいる。その手には小ぶりの壷が抱えられている。その者は太子の姿が見えなくなったのを確認すると、今しがた太子が出てきたばかりの扉を開き、階段を降りていった。最奥部の部屋にたどりつくと、陣が書かれた祭壇に、お札で封がされた壷が置いてあるのが見えた。その者は祭壇に歩み寄ると、お札を乱暴にはがし、その壷をつかんで壁にたたきつけた。粉々に砕け散る。その者は壊された壷があった場所に、持っていた壷を置いた。見た目は元と変わらなく見えるが、こちらは素焼きの物だ。その者は陣を書き直し始めた。小さく呪詛をとなえる。それが済むと新しい壷にお札を貼って、つぶやいた。
「うむ、これでよい。やがて壷は朽ち、お主は人の肉体を失う。人の身の苦しみから自由になるのだ。そして怨みも、いやな記憶も、すべて忘れてしまうのだ。屠自古よ。」
その者は壷の周囲に結界を施すと、さて帰ろうかとつぶやいた。
「またの世で会おうの。屠自古。」
部屋の入り口の扉に向かい開けようと手をかけた。が、扉の方から勝手に開いた。
「!?た、太子様・・・?!」
「廟を出た後、扉が開く音が聞こえたから不審に思ってひき帰してみたら・・・まさか君だったとはね。布都姫。」
穏やかに笑う太子様がいた。
「そんなに刀自古のことが気になるの?君がそんなに我が妻のことを気にかけているとは知らなかったな。」
「刀自古郎女殿には幾度か伺って一緒に語らうことがあったのです。彼女は尸解するのを嫌がっておいででしたぞ。人並みに死にたい、いたずらに長く生きたくはない、と・・・。」
我は、太子様に抗議のひとつでもしなければ気が済まなかった。口調はつとめて穏やかなものだが、それでも主に口ごたえした事に変わりはない。しかし太子様は相変わらず穏やかな笑みをくずさず、刀自古の壷に歩み寄りながら、せせら笑うような口調で言った。
「どうせ君も刀自古も分かっていたのでしょう?刀自古はとるに足らない存在だからこそ私達と共に尸解しなければならなかったと。彼女がいなかったら私は自分のさもしさを、感情の捌け口を、一体誰に向ければいいのです。・・・ねえ?刀自古。」
太子様は壷に手を伸ばした。妻の頭を撫でるかの様に、壷に手を触れようとした。
しかし――――
バチィィッ!!!
布都姫の結界がその手を弾いた。触れたところから血がにじむ。太子様の顔から笑みが消え失せた。そしてはっきりそれと分かる怒りの表情に変わる。
「刀自古の壷に何か細工をしたな?」
布都姫は答えなかった。見ればその手には、陣を描くための白墨と、術に使う札を握りしめている。ひどく苛立った私は、布都姫の胸ぐらをつかんで力任せに引き寄せた。
「どういうつもりだ!答えろ!!」
激しく揺さぶりながら問う。しかし布都姫は悲しげな表情のまま答えなかった。私は違和感に気が付いた。布都姫の視線が私の背後を凝視したまま動かない。
「?」
嫌な予感に、あわてて振り返ろうとするより早く、視界の端を青い衣がかすめた。
こめかみに、鑿(のみ)が―――――――――
「・・・あら。」
青娥の間が抜けたような声がした。振り下ろされた鑿(のみ)はそのまま太子のこめかみを穿つかのように思われたが、それよりも早く、太子は青娥の手首をつかんでひねり上げていた。
「青娥ですか。まったく、物騒な。いったいどういうつもりです?」
太子が穏やかに苦笑して問う。青娥は、太子の手からするりと逃れると言った。
「うふふ。特に意味はありませんの。ただの暇つぶしですわ。」
「はぁ、勘弁してください。君の戯れで死ぬのは御免です。それより、私たちも早く尸解の準備をしましょう。丹砂で体を壊して一足先に死んでしまいましたが、またの世では、屠自古が、今度は私の妻としてではなく、私の忠臣として待ってくれています。私たちも後を追いましょう。」
「うふふ。いつでも尸解の術が組めるように準備をしておきますわ。豊聡耳様。」
「お願いしますね。さあ、いきますよ。布都。」
「・・・・・・・はい。」
※
「布都?ふ~と~?」
気がつくと屠自古が顔の目の前でひらひら手を振っていた。
「ぬわぁぁッ?!びっくりした!お、驚かすでないわ!」
「まったく。ボーっとしすぎだッ!日も傾いてきたしそろそろ帰るぞ!」
「何?!もうそんな時間なのか!これでは帰るのがすっかり遅くなってしまう(汗)」
「こんなときにかぎってあの邪仙が来てたりして・・・。」
「何と。なにか太子様に狼藉をはたらいておるかもしれぬぞ。早く帰らねば!」
「せやな。」
我らは屠自古のせいでだいぶ長くなったレシートを持って、甘味処を後にした。
※
仙界に帰ってきた私は、ちょうど神子様の部屋の前を通りかかったので、中に向かって声をかけた。
「神子様、屠自古です。ただいま戻りました。お夕飯は神子様の好きな肉じゃがですよ。」
「・・・。」
返事がない。部屋を覗いてみて、ただならぬ様子に驚いた。調度品が散らばり、壁や畳にはひどい焦げ跡がある。部屋の奥には、文机に顔を伏せて縮こまる神子の姿があった。
「神子様・・・?」
(終)
・みこふとじこの生前譚です。
・神子様男です。男性であることをしめす描写はありません。
布都と屠自古は人里に買い物に来ていた。
「じゃがいも・・・にんじん・・・砂糖・・・醤油・・・(中略)。うむ、大丈夫だ。全部買ったな。」
布都が律儀に買い物リストを確認している。
「なあ布都。帰る前に甘いものが食べたい。」屠自古が言った。
「おお!我もちょうどそんな気分だ。どの店にしようかの?」
屠自古が指さした先には、幻想郷のスイーツ女子の幅広い信仰を集める老舗の甘味処チェーンがあった。二人はその中に吸い込まれていく。二人とも飛鳥時代からの筋金入りのスイーツ女子だった。
この店の本日のおすすめメニューは、『どか盛り苺チョコキャラメルレインボーバニラアイスクリームパフェ』だ。創業当時からの伝統のメニューは、『抹茶あんみつ』。屠自古は前者、布都は後者を注文した。相変わらず布都は昔ながらのものが好みなのだ。だが屠自古のどか盛りパフェにはさすがに瞠目したらしく、目を白黒させて言った。
「す、すごい量じゃの。」
バケツと見まがうほどの巨大な器に入った、どか盛りの名に恥じないパフェである。屠自古は早速食べ始めている。
「ほむぶらいほふーはよ。はんふんいはいにふっへはんよ。」
「・・・すまぬ。口の中を空っぽにしてからしゃべってくれ。」
屠自古はごっくん、と口の中のものを咀嚼した。
「こんぐらい余裕だよ。三分以内に食ってやんよ。」
「豪快じゃの・・・。昔のお主はもっとおしとやかなやつだったんだが。怨霊として復活して以来、女子力の低下が著しいのう。」
布都は半分あきれ、半分愉快そうに笑う。
「昔のことはあまり覚えてないな。どこぞの阿呆がいらんことしてくれたからな。壷をすりかえてみたりとか。」
「そ、それはもう水に流すと言ったではないか(汗)」
「冗談だ。この体は便利だし、もう怒ってない。」
布都はほっと胸をなでおろした。
「なあ、布都。昔の私ってどんなだったんか?」
屠自古が聞いた。
「昔のお主か?うーむ。ひかえめで察しのいいやつじゃったな。我らは昔から菓子を片手に四方山話(よもやまばなし)をする仲での。お主は我に悩み事を相談してきたこともあったぞ。」
「悩み事を相談?アンタみたいなアホの子に?ねーわwwww」
「アホの子言うでないわぁぁぁ(泣)!そうじゃ、たとえばこんな事があったぞ。お主は太子様のお体の具合と尸解の術のことで心配そうにしておった時があっての。我がお主を元気付けてやったのだ。」
※
布都姫は刀自古郎女をたずねた。太子様に付きまとう仙人、青娥殿が教えてくれた大陸の菓子を持っていった。なにやら米の粉を練って油で揚げたもののようである。菓子といえば栗や柿といった木の実しか食べた事がなかったから、新鮮でなかなかおいしい。
「何、これ?」邪仙がもたらした物とあってか、最初は郎女殿は怪訝な顔をしていたが、おいしいと分かると喜んで食べた。もそもそと、ほんの少しづつしか食べないから、一見どう思っているのか分かりづらいが、郎女殿はこの菓子をだいぶ気に入ったらしい、ということが布都姫には分かった。
「ねぇ布都姫。聞いてほしいの。」
郎女殿はよく我に相談事を持ちかけてくる。我は誰に対してもあけっぴろげな態度で接するから、八方美人でおべっか使いで互いの腹を探って牽制しあってばかりの豪族供に比べ、人の信用を得ることが多い。
「太子様のお部屋の前を通りかかるときに、お姿をひと目見たくてお仕事なさっているところをこっそり覗いたりすることがあるのだけれど・・・。」
郎女殿は落ち着きなく菓子をいじくりながら言った。
「太子様、最近筆をとる手が震えていらっしゃるの。もう相当お体が悪いのではないかしら?」
「うむ。振戦は丹砂中毒の典型的な症状よの。」
「近々尸解なさるのね?心配だわ。うまくいくといいのだけれど・・・。」
我は腰に手をあて、大げさに胸を張ってみせた。
「だーいじょうぶ。案ずることはない。我らも太子様とともに逝き、太子様が復活なされた後は、その参謀として活躍するのじゃからな!」
郎女殿はとたんに笑顔になると言った。
「ああ、たのしみね!今まで私は、何の力もなく政も分からずに、ただ妻として太子様をお慕い申しあげることしかできなかった。尸解仙として復活して後はきっと、右腕として太子様のお役に立ってみせる。太子様をお守りするために力を、いつまでも太子様のお側にいるために永き命を、手に入れてみせるわ!」
※
「・・・という感じだ。どうだ!我、かっこいいであろう?」
「「かっこいい」の前に「アホ」を付けるといいと思う。」
「お主はどうしても我をアホの子にしたいのじゃな。正直、そんなアホみたいな量のスイーツを食べるやつに言われとうはないのだか。」
屠自古はとっくにどか盛りパフェを完食して、バケツプリンを平らげ、今はアイスケーキを1ホールまるごと食べている。霊体だからいくら食べても太らないのだ。羨ましい。
「つまり昔から神子様は素晴らしいお方で、私は神子様にぞっこんで、アンタはアホの子だったと。」
「・・・最後のひとつがおかしい。」
「それで布都、アンタは昔の私と今の私のどっちが好きなんだ?」
「比べられぬな。おしとやかなお主も可愛いし、おおざっぱで姉御肌なお主も頼もしいし。
あ、でも本音をいうならお主は常に口を閉じているべきだと思うな。喋ったり食ったりするたびに口から女子力が漏れていっておるぞ?」
「やかましいわッ!」ボカッ☆
屠自古は布都に雷を落と・・・すのはお店の中なので思いとどまって、代わりにゲンコツをくらわせた。
「痛い!何するのじゃ屠自古!痛いではないか!」
布都がたんこぶをさすりながら涙目で抗議してくる。屠自古は面倒臭そうなためいきをつきながら席を立った。
「あーあ、アンタと話してたら腹が痛くなってきた。お手洗い行ってくるんよ。」
「いや、それ絶対食べ過ぎだから!我のせいじゃないから!」
屠自古は一瞬ふり返って露骨にあっかんべーをしてくる。布都も思いっきり舌をつき出して応じる。しかし屠自古の姿が店の奥に消えて見えなくなると、一瞬にして布都の顔からひょうきんな表情が剥がれ落ちた。ぼそり、とつぶやく。
「・・・・・・屠自古よ。本当にお主は察しのいいやつじゃった。物事をあらかじめ察していながら諦めてそれを甘んじて受け入れようとするやつだったな。我はそんなお主を救ってやりたくて・・・。・・・・・・お主は我がしたことを本当はどう思うのだろう。」
※
「太子様、最近筆をとる手が震えていらっしゃるの。もう相当お体が悪いのではないかしら?」
「うむ。振戦は丹砂中毒の典型的な症状よの。」
「近々尸解なさるのかしらね。」
郎女殿は気だるげに菓子をいじくりながら言う。我は郎女殿の逡巡を断ち切るようにきっぱりと言った。
「刀自古郎女殿、我らも共に逝くのだ。太子様のご命令ぞ。」
それを聞いた郎女殿は、ため息をつくと伏せていた目をあげて我を見据えた。
「・・・ねえ布都姫。薄々分かってはいるのだけど、あえて聞くわ。どうして太子様は私達に尸解の術をすすめるのかしら?不死の代償は大きい。太子様は私に誤魔化しているけど、そんなこと私は気づいているわよ。自分を知る者が絶え果てても永遠に生き続けるという事は、人の身に余る生き地獄。それに尸解の術は、記憶を失ったり人格が変わったりする恐れもあるという話も聞く。そうまでして不死を目指す意味なんて・・・」
やはり郎女殿は察していた。精神を圧迫するであろう長すぎる年月の重み。太子様のように、不死を目指すことそのものが生きる目的であるならば容易に耐えられようが、不本意にそれに巻き込まれた者は違う。しかし従うしかないのだ。
「我に依存はない。我は太子様の忠実なる手駒ゆえ。刀自古郎女殿、お主も太子様と妹背(いもせ)であるのだから、その意の是とするところに従わねばなるまい?」
郎女殿は、さらに深いため息をつくと吐き捨てるように言った。
「妹背(いもせ)などと。私は所詮、政略結婚の道具。蘇我から太子様に差し出された人質にすぎないわ。太子様にとって私は手駒ですらないというのに何故。」
「なればこそよ。なればこそお主は太子様にとって必要な存在なのだ。のう、郎女殿。太子様が摂政としてこの国の政を手中に収めるまでに、一体何人が命を落としたであろう?一体何人を欺いてきたことであろう?太子様とて胸が痛まぬ訳がないではないか!・・・しかし太子様はそれを表に出すことは出来ぬ。手駒はひとたび盤上に置けばいつ敵方の手に落ちるかも分からぬのだから。そのような者にどうして胸の内を明かすことができよう?しかしお主は違う。手駒ですらないものに警戒を抱く必要はないのだからな。お主は太子様の弱みも、さもしい部分もみんな知っている。そうであろう?」
郎女殿の手の中で菓子が粉々になった。ギリ、と奥歯が軋む音がする。
「・・・そんな、太子様はそんな勝手な理由で私を永遠の苦しみに巻き込もうというの?己の後ろ暗き心を慰むためだけに?・・・やっぱりそうだったのね。ひどいお方だわ。尸解などせず、人並みの死が私に与えられたなら!死して後(のち)は怨霊となって太子様をお怨み申しあげたものを!」
※
「刀自古。」褥(しとね)にうつぶせた私の裸の背中に手の平が置かれた。「何でしょう?太子様。」右手が背骨をすべり降り、尾骶骨をくすぐった。ずしり、と押え付けるように、いたわるように、頭に置かれた左の手の平の重みがあたたかい。
―ああ、手の平はこんなにも温かいのに何故この人は・・・―
「永遠に私と共にいてくれますね?」
―人としての温かみに乏しいのだろう?―
私が言葉をなくしていると、太子様は私の肩に手を置いてあおむけにした。背中に腕を回して抱き起こす。そのまま強く抱き寄せられた。汗でわずかにぬめる私の背中に太子様の爪が食い込んだ。
―ああ、可哀想な人。―
そんな思いが頭をかすめた。私は太子様の背にそっと手を置く。この冷たい人を愛しく思うことはあっても、愛することは永遠にあるまい。
「・・・。」
太子様が私の背中から左腕を離して床の上をまさぐった。そこにはおそらく脱ぎ捨てられた衣にまじって、凝った装飾の施された剣があるはずだ。小さく金属の擦れる音がした。
―ああ、殺される。―
太子様の右腕に力がこもり、首筋に冷たいものが触れた。
―ああ、お怨み申しあげますわ。太子様。―
※
太子は廟の中を歩いていた。両手に布でくるまれたものを抱えている。この廟は道教の研究室として、道場として、世間の目に隠れて建てられたものだ。廟の入り口の扉から続く、蝋燭の弱々しい明かりに照らされた長い階段を地下まで降りると、八角形の塔のような建物が群立する広い空間にでる。四方を湿った土に囲まれ、同じ建物が並ぶばかりの殺風景な空間を奥に向かって歩いていくと、八角形だか、他の塔のような建物とは異なり一階部分のみで少し大きめの建物があった。最奥部にあるその建物の部屋には、尸解の術のための祭壇がしつらえてある。太子が、その建物の土台部分にある石段を登り観音開きの扉の前に立つと、それを待っていたかのようにひとりでに扉が開いた。木の扉がギィ・・・、と悲しそうに軋む。部屋の真ん中に祭壇が見えた。その向こうでは青娥が待っていた。顔にはいつも通り不愉快な笑みをはりつけ、その手には人の頭ほどの大きさの小ぶりな壷があった。
「お待ち申し上げておりましたわ。豊聡耳様。さあ、始めましょうか。」
※
ギィ・・・バタン・・・。しばらくの後、廟の入り口の重たい扉を開いて太子が出てきた。しばらく立ち止まって俯いていたが、やがて重たげな足どりで歩き去る。砂利の軋む音がそれに続いた。その様子を物陰から見ていた者がいる。その手には小ぶりの壷が抱えられている。その者は太子の姿が見えなくなったのを確認すると、今しがた太子が出てきたばかりの扉を開き、階段を降りていった。最奥部の部屋にたどりつくと、陣が書かれた祭壇に、お札で封がされた壷が置いてあるのが見えた。その者は祭壇に歩み寄ると、お札を乱暴にはがし、その壷をつかんで壁にたたきつけた。粉々に砕け散る。その者は壊された壷があった場所に、持っていた壷を置いた。見た目は元と変わらなく見えるが、こちらは素焼きの物だ。その者は陣を書き直し始めた。小さく呪詛をとなえる。それが済むと新しい壷にお札を貼って、つぶやいた。
「うむ、これでよい。やがて壷は朽ち、お主は人の肉体を失う。人の身の苦しみから自由になるのだ。そして怨みも、いやな記憶も、すべて忘れてしまうのだ。屠自古よ。」
その者は壷の周囲に結界を施すと、さて帰ろうかとつぶやいた。
「またの世で会おうの。屠自古。」
部屋の入り口の扉に向かい開けようと手をかけた。が、扉の方から勝手に開いた。
「!?た、太子様・・・?!」
「廟を出た後、扉が開く音が聞こえたから不審に思ってひき帰してみたら・・・まさか君だったとはね。布都姫。」
穏やかに笑う太子様がいた。
「そんなに刀自古のことが気になるの?君がそんなに我が妻のことを気にかけているとは知らなかったな。」
「刀自古郎女殿には幾度か伺って一緒に語らうことがあったのです。彼女は尸解するのを嫌がっておいででしたぞ。人並みに死にたい、いたずらに長く生きたくはない、と・・・。」
我は、太子様に抗議のひとつでもしなければ気が済まなかった。口調はつとめて穏やかなものだが、それでも主に口ごたえした事に変わりはない。しかし太子様は相変わらず穏やかな笑みをくずさず、刀自古の壷に歩み寄りながら、せせら笑うような口調で言った。
「どうせ君も刀自古も分かっていたのでしょう?刀自古はとるに足らない存在だからこそ私達と共に尸解しなければならなかったと。彼女がいなかったら私は自分のさもしさを、感情の捌け口を、一体誰に向ければいいのです。・・・ねえ?刀自古。」
太子様は壷に手を伸ばした。妻の頭を撫でるかの様に、壷に手を触れようとした。
しかし――――
バチィィッ!!!
布都姫の結界がその手を弾いた。触れたところから血がにじむ。太子様の顔から笑みが消え失せた。そしてはっきりそれと分かる怒りの表情に変わる。
「刀自古の壷に何か細工をしたな?」
布都姫は答えなかった。見ればその手には、陣を描くための白墨と、術に使う札を握りしめている。ひどく苛立った私は、布都姫の胸ぐらをつかんで力任せに引き寄せた。
「どういうつもりだ!答えろ!!」
激しく揺さぶりながら問う。しかし布都姫は悲しげな表情のまま答えなかった。私は違和感に気が付いた。布都姫の視線が私の背後を凝視したまま動かない。
「?」
嫌な予感に、あわてて振り返ろうとするより早く、視界の端を青い衣がかすめた。
こめかみに、鑿(のみ)が―――――――――
「・・・あら。」
青娥の間が抜けたような声がした。振り下ろされた鑿(のみ)はそのまま太子のこめかみを穿つかのように思われたが、それよりも早く、太子は青娥の手首をつかんでひねり上げていた。
「青娥ですか。まったく、物騒な。いったいどういうつもりです?」
太子が穏やかに苦笑して問う。青娥は、太子の手からするりと逃れると言った。
「うふふ。特に意味はありませんの。ただの暇つぶしですわ。」
「はぁ、勘弁してください。君の戯れで死ぬのは御免です。それより、私たちも早く尸解の準備をしましょう。丹砂で体を壊して一足先に死んでしまいましたが、またの世では、屠自古が、今度は私の妻としてではなく、私の忠臣として待ってくれています。私たちも後を追いましょう。」
「うふふ。いつでも尸解の術が組めるように準備をしておきますわ。豊聡耳様。」
「お願いしますね。さあ、いきますよ。布都。」
「・・・・・・・はい。」
※
「布都?ふ~と~?」
気がつくと屠自古が顔の目の前でひらひら手を振っていた。
「ぬわぁぁッ?!びっくりした!お、驚かすでないわ!」
「まったく。ボーっとしすぎだッ!日も傾いてきたしそろそろ帰るぞ!」
「何?!もうそんな時間なのか!これでは帰るのがすっかり遅くなってしまう(汗)」
「こんなときにかぎってあの邪仙が来てたりして・・・。」
「何と。なにか太子様に狼藉をはたらいておるかもしれぬぞ。早く帰らねば!」
「せやな。」
我らは屠自古のせいでだいぶ長くなったレシートを持って、甘味処を後にした。
※
仙界に帰ってきた私は、ちょうど神子様の部屋の前を通りかかったので、中に向かって声をかけた。
「神子様、屠自古です。ただいま戻りました。お夕飯は神子様の好きな肉じゃがですよ。」
「・・・。」
返事がない。部屋を覗いてみて、ただならぬ様子に驚いた。調度品が散らばり、壁や畳にはひどい焦げ跡がある。部屋の奥には、文机に顔を伏せて縮こまる神子の姿があった。
「神子様・・・?」
(終)
何かしっくりこないなあ。終わり方が雑過ぎるような気が...。
あと突然一人称になって誰なのかわかりづらかったです。作品全体としても。
よくある誤字報告
幻想卿→幻想郷
内容としては古代の時代背景がよく表れていたと思います。
では失礼いたします。
それと、シリアスにそぐわない現代パートの(汗)、wwwなどの表現、幻想郷観にそぐわない甘味チェーン、女子力、レシートなどの単語にちょっと萎えてしまった。ちょくちょくシリアスの間に挟まるものだから、脱力してしまう。
しかし、上下合わせて20kb程度でしたが、読み応えがありました。
今までにない解釈のシリアスで、途中ハラハラしながら読みました。これが本当だったら嫌だけど、確かに人の身でありながら不老不死になることは恐怖に違いない。
面白いSSでした。
プロットは悪くない気がするが、5番さんと同意見で肉付けが足りてなかった。
ただ最後まで読める程度には楽しめたのでコメント残します。
神子がこの後どうなっていくのか、気になります…