Coolier - 新生・東方創想話

Real friend of the underdogs ~残酷潜在仮面即興劇~

2013/09/15 23:31:07
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 月の明るい夜だった。
 何か不思議な事が起こりそう。
 そんな事を思える夜。
 お姉様からもらったドレスに着飾って、夜の廊下を冒険する。
 真紅の絨毯が敷かれた廊下を歩く。居並ぶ窓の外には月が照って、森を暗く縁取っている。風にざわめく真っ黒な森の影絵は不思議なお茶会が開かれていそうな予感を孕んでいる。
 廊下の先にお姉様の気配を感じた。曲がり角の向こうからふと聞こえた衣擦れの音。きっとお姉さまだと思って、角を曲がるとそこにおミ様が居た。
 レミんリアおミ様は単純な赤形をした敷かれた真紅の絨毯の上で眠るレミんリアおミ様がして居た。
「おミ様?」
 私が呟くと、レミんリアおミ様は眠っていた。起きない、レミんリアおミ様は眠っていた。起きない。レミんリアおミ様は眠っていた。敷かれた真紅の絨毯で葡萄酒るレミんリアおミ様が、咲ナイフが立っていた。だらだらと紅い立っていた。
「これはこれはフりンドールお嬢様」
 咲ナイフが笑いながら、大きく息を吸うのがとても苦しい、だらだらと紅い液体を零している。
「これはこれはフりンドールお嬢様」
 咲ナイフが笑いながら、歩み寄ってくる。
 唇が震えて、喉が乾いて、怖くて怖くて仕方が無い。
「何を、してるの?」
「これはこれはフりンドールお嬢様」
 咲ナイフが笑いながら歩み寄ってくる。
「何か御用ですか、フりンドールお嬢様?」
「いりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいり」
 怖い。怖い。
 咲ナイフが違ってくる。
「どうなさいました?」
「いりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいり」
 怖い。怖い。
 咲ナイフが違ってくる。「これはこれはフりンドールお嬢様」後ろは壁、だ!」
 怖い。怖い。
 廊下の先におミ様の気配を感じた。曲がり角の向こうからふと聞こえた衣擦れの音。きっとお姉さまだと思って、角を曲がるとそこにおミ様が居た。
 目の前が暗くなる。意識が遠のいていく。
「どうなさいました?」
「いりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいりいり」
 怖い。怖い。


「っていう事があってね、私はおかしくなっちゃって、閉じ込められちゃったの! 酷いと思わない?」
 フランが自分の部屋で憤慨しながら二人に訴えかけると、こころが無表情で言った。
「ごめん。全然意味が分かんない」
「え? だからー、お姉様がどっきり何てするから怖すぎて私おかしくなっちゃって、その所為で閉じ込められちゃったの」
「最初からそう言えば良いのに」
 こころの言葉に、フランはむっとして睨む。こころはそれを無表情で見つめていたが、やがて怖がっている様な表情になった。
「でも、分かるよー。お姉ちゃんて意地悪だよねぇ」
 そう言いながら、こいしがもぐもぐとシュークリームを食べている。
 フランは理解者の出現に笑みを見せたが、手に持っているシュークリームを見て唖然とした。
「ねえ、そのシュークリーム、冷蔵庫に入ってた奴だよね? 私のだよね?」
 そう言って、フランは部屋の隅の冷蔵庫を指さした。
 こいしは冷蔵庫を見て、それから自分の手元のシュークリームを見た。
「ごめん」
「酷いよ! 楽しみにしてたのに」
「無意識が勝手に」
「無意識ってそういうのなの!」
 フランが驚いて声を上げるとこいしが頷いた。
「割りとそういう感じ」
 フランは何も言えなくなる。
 こころが気怠げに溜息を吐く。
「もう、じゃあ、次はこいしがお姉ちゃんの意地悪話をすれば良いんでしょ?」
「え? 何で?」
 フランが尋ねると、申し訳なさそうな表情の面をつけた。
「ごめん、適当に言っちゃった」
「あれはね、雪の降る夜の事だった」
「あ、もう話し始めてる」
 こいしが訥々と語る。


 お姉ちゃん(注1)はね、いっつもいっつも我儘(注2)ばっかり言うの。だからね、ポテトチップス(注3)の袋に「手で切れます」(注4)って書いたら、お姉ちゃんが歯で噛みちぎろうとしてね(注5)、それでも切れないから私のふりかけを取ってね(注6)、それが私のなのにお姉ちゃんが私(注7)のだって言って、お姉ちゃんが噛みちぎろうとした方(注8)が私(注9)のだって言ったの。でもね、私のだから(注10)、それは私のだって言ったらそんな証拠は無い(注11)って、私が持っているんだから私のはずだって(注12)。そう言うんだよ! そしたら鼻血出したお姉ちゃんがふりかけくれた(注13)。

 注1:古明地さとり。目が三つあって相手の心を読む。話者である古明地こいしの姉。
 注2:寝る前にジュースを飲んではいけない等。
 注3:話者の誤り。正しくはふりかけ。
 注4:ポリエチレンやポリエチレンテレフタレート等で出来た包装袋に書かれる常套句。
    実際は切れない。どこからでも切れます等の亜種も。
 注5:さとりは身体構造がヒトと酷似しており、指で摘んで引きちぎるより噛みちぎる
    力の方が強い。
 注6:二人は朝食を摂っている。
 注7:古明地さとりの事。直接話法。
 注8:ふりかけ。
 注9:話者の事。間接話法。
 注10:古明地家庭内で、小袋に分けられたふりかけは無主物であり、先占した方が所
     有権を持つという論理。姉の前では意味を成さない。
 注11:古明地家ではさとりが認めない限り、いかなる証拠も証拠能力を持たない。
 注12:把握(スカラー量)を唯一のパラメータとする一次元場が想定されている。古明
     地空間では、さとりが自由に場を設定する権利を持つ。
 注13:何かあった様だが、不明。


「ね? お姉ちゃんて酷いと思わない? どう思う?」
「何か一一注釈が鬱陶しかった」
 こころが無表情で言った。
「酷い」
 こいしが残念そうにうなだれる。
 それを励ます様に、フランが言った。
「でも、分かるなぁ。お姉ちゃんてとにかく意地悪だよね。人の物勝手にとったり」
 その時、ばたんとという音が聞こえて、フランとこころが音のした方を見ると、こいしが冷蔵庫を開けていた。
「ちょっと何してるの!」
 こいしが冷蔵庫からシュークリームを取り出してかじる。
 フランが悲鳴を上げる。
「また私のシュークリームが!」
「ごめん、無意識が勝手に」
「何でも無意識で済まされると思ったら大間違いだよ!」
 急にこころが立ち上がる。
「分かった!」
「え? 急にどうしたの?」
 フランが困惑して尋ねた。
 こころが拳を握って頷く。
「私も面白エピソードを話す!」
「何で?」
「そこまで言われたら仕方が無い!」
「何にも言ってないよ! 絶対自分が話したいだけだよね?」
 フランが突っ込むと、その背後から笑い声が聞こえた。
「ふぉっふぉっふぉ。そうではあるまいて」
「誰?」
 こいしが両腕を組んで立っていた。
「彼は優しい青年じゃよ。目を見れば分かる」
 フランが眉根を寄せる。
「ごめん、良く分かんない」
「まあ、見ていなされ」
 二人がこころを見ると、話のタイミングを逸していたこころはぺこりと頭を下げた。
「昔昔の事です」


 ある所に博麗霊夢という人が居ました。
 私は言いました。
「お姉ちゃんになって下さい!」
「醤油取って」
「妹にして下さい!」
 私が醤油を渡すと、お姉ちゃんはそれを大根おろしに掛けます。そして言います。
「増えるのがなぁ」
「増える?」
「面が。異常に」
 お姉ちゃんに浮かぶ私の面を指さします。お面は沢山あります。私が感情を得る度に、神子お父さんが作ってくれます。
「今幾つあんの? 二百個位?」
「分かりません!」
「神子が作り過ぎなのよ。これじゃあ、いずれ面で埋もれちゃう」
 怒った様子で私が手を振る。
「だったらしまっておけば良いんでしょ! しまっておけば!」
 私が面をしまうとお姉ちゃんが驚く。
「あら、消せるんだ。便利ね」
「何で! どうして妹にしてくれないの?」
「えー、別に良いけどさぁ」
「もう良い! お姉ちゃんなんか知らない!」
 私は神社を飛び出しました。すると背後からひたひたと足音が聞こえるのです。まるで私を追いかけてきている様な足音でした。私は嫌な噂を思い出しました。お姉ちゃんしか住んでいないはずのこの神社から夜な夜な酔っ払いの声が聞こえるという噂です。
 後ろを向くのが怖くて、私は必死で走りました。怖くて、走り続けて、どれ位走ったか、気がつくと背後から聞こえていた足音は消えていました。
 あれは何だったんだろう。
 逃げ切った安堵で近くの木の股に腰をおろし、ふと上を見上げると、そこには、
「お前だぁ!」
「うわ」
 突然こころに指をさされて、フランが驚いて仰け反った。
「いきなり何! 何で私が木の上に居たの?」
「怪談のお約束かなって」
「怪談だったの?」
「そう。妖怪から逃げ切って安堵したところに、妖怪が」
「私を勝手に妖怪にしないでよ!」
 フランが叫ぶと、こいしがツッコミを入れる。
「いや、妖怪でしょ」


「ちょっと! どこまで喋るの? 私達の反応まで喋ってるじゃん!」
「止めどころが分からなくて」
 こころは一瞬落ち込んだ様に顔を伏せたが、すぐに顔を上げて笑った。
「とにかく、そんな感じでお姉ちゃんは酷い人なの!」
 どういう感じなのか分からず、フランが黙り込んでいると、こころが不安のお面をつけて首を傾げた。
「あれ? 私の表情変だった?」
「いや、表情は変じゃなかったけど、話の内容が」
「変だった?」
「良く分かんなかった」
「そっか」
 こころは悲しげに顔を背ける。
「やっぱり私の事なんて、誰も分かってくれないんだ」
「違うよ! そういう事じゃないの、ただ」
「嘘ばっかり。あの女の方が良いんでしょ。あのこいしとか言う」
 こころが無表情でフランを睨む。フランは首を横に振りながら後ずさった。
「そんな二人を比べられないよー」
「ふん! どうせ誰も分かってくれない! みんなみんな死んでしまえば良いんだ!」
 そう言って、およよと言いながらこころが地面に泣き縋る。フランが慌てふためいていると、こいしがこころの肩に手を載せた。
「食べる?」
 こころが顔をあげると、その目の前に小さなパフケーキが差し出された。
「あ、頂きまーす」
 こころが嬉しそうに受け取ってかじる。
「美味しい!」
「ね、美味しいよね」
 フランが恐る恐る二人に近寄った。
「こころ、さっきはごめんね」
「さっき?」
「あの、分かって上げられなくて」
 それを聞いて、こいしとこころがころころと笑った。
 笑われたフランが不思議そうに二人を眺める。
「もうそのシーンはお終いだよ」
「そう、今は食事シーンだから」
 フランが不満を口にする。
「えー、中途半端だよぉ。ちなみに今のは何てお話?」
「えーっとね、なんだっけ? 何かのドラマ」
「気になるー!」
「食べる?」
 パフケーキを差し出されて、フランが思わず受け取ってかじる。
 美味しかった。
「あ、これ美味しい!」
「ね?」
「甘みが主張しすぎなくて、上手く素材の味を。ってまた冷蔵庫から勝手に」
 呆れながらケーキを齧っていたフランはふと、自分の部屋の冷蔵庫にこんなの入っていただろうかと疑問に思った。
「ねえ、こいし。これ、あの冷蔵庫から持ってきたの?」
 こいしが首を横に振る。
「分かんない。気がついたら手の中に」
 その瞬間、遠くから凄まじい怒鳴り声が聞こえた。
「おい、咲夜! 私のケーキは何処だ!」
 フランの姉であるレミリアの声だった。
 フランががたがたと震え出す。
「これ、お姉ちゃんのだったんだ」
 そう言って見下ろしたケーキはすでに半ばが齧り取られている。フランが顔を上げて、こころとこいしを見ると、こころの持つケーキも半分程齧られており、こいしに至っては、丁度全部口に頬張ったところだった。
「謝らないと」
 また声が聞こえてくる。
「盗まれた? 誰に! はあ? じゃあさっさと探しだせ! 殺しても構わん! お仕置きだ! 謝っても許さん!」
 フランの顔が恐怖で固まる。
「どうしよう。殺される」
 こいしが申し訳なさそうに項垂れた。
「フランのお姉さんのだったんだ。ごめん、全部食べちゃった」
「食べかけで許してくれるかな?」
 こころも不安そうに齧っていたケーキから口を離す。
 フランは二人の声など聞こえていなくて、がたがたと震えながら涙を浮かべていた。
「どうしよう。また嫌われちゃうよぉ」
 そう言って泣きだしたフランを、こころとこいしが持て余していると、突然扉が開いた。
「フラン様!」
 飛び込んできた美鈴は泣いているフランを見つけて駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか?」
 フランが顔をあげる。
「美鈴」
 涙を流しながら美鈴の胸に飛び込んだ。
「どうしよう。お姉ちゃんのお菓子食べちゃった。ばれたらまた嫌われちゃう。また閉じ込められちゃうよぉ」
 美鈴がフランの頭を撫でながら、こいしとこころを見る。視線を向けられた二人は怒られると思って、体を震わせた。
「フラン様のご友人ですか?」
 二人が頷くと、美鈴は真剣な表情で頷いた。
「分かりました。私に任せてください」
「美鈴」
「ご安心下さい」
 美鈴は微笑むと、失礼しますと言ってフランとこころからケーキを取り上げ口の中に放り込み、そうして部屋を出て行った。しばらくして階下から「良い度胸ね!」というレミリアの怒鳴り声が聞こえてきたかと思うと、「本当の事を言えば許してあげるわ」と続き、しばらくして美鈴の悲鳴が何度か聞こえた。
 それを聞いて、フランは居ても立っても居られなくなり、部屋を出て、悲鳴のした方へ駆けていった。こころとこいしもその後を追う。フランが階下に降りると、レミリアが咲夜を連れて歩いていた。
「お姉様! 美鈴は? 美鈴を何処にやったの?」
「美鈴なら私のおやつを食べたから」
「殺してしまったの?」
「そこまでしないわよ。ただちょっとお仕置きに」
「島流しに?」
「だからそこまでしないって!」
「お姉様、酷い! 冬なんだよ? 外は寒いのに、それなのに追いだしちゃうなんて! 死んじゃうじゃない!」
「だからそこまでは、っていうか、死にはしないでしょ」
「お姉様!」
 フランが食って掛かろうと近寄った瞬間、レミリアは溜息を吐いてから、フランの襟元を思いっきり掴み上げた。
「フラン。まさか私に逆らうつもり? 元々はあなたが」
 レミリアはそこで口を閉ざし、思い直した様に言った。
「とにかく美鈴が食べたんだというのなら、美鈴がお仕置きを受けるべきよ。美鈴が食べたのならね」
 フランが何も言えないで居ると、レミリアは大きく欠伸をした。
「じゃ、私寝るから。こんなに起きてたの久しぶり」
 そう言って、咲夜を伴って去っていく。
 残されたフランとこいしが呆然としていると、こころが追い付いてきた。
「あ、居た居た」
「こころ。何処へ行ってたの?」
「トイレ。何かあったの?」
「お姉様のおやつを食べた罪で、美鈴が島流しにされちゃったの!」
「島流し! って、あの愛する人と離れ離れにされられちゃう?」
「そう。どうしよう」
 こいしがフランの両肩を掴んだ。
「追いかけよう!」
「え?」
「まだ彼の事愛してるんでしょ?」
「うん」
「ずっと一緒に居たいんでしょ!」
「うん!」
「じゃあ、会いに行こう!」
「でも、何処へ行ったのか」
 こころが無表情で手を上げる。
「お姉ちゃんの所かも」
「え?」
「お姉ちゃんは外の世界に繋がる門を司ってるから」
 フランがぱっと笑顔になる。
「そうか! もしも外の世界に島流しされるのなら、きっとそこに」
 こころが不安そうな表情で言った。
「でも、既に外の世界に出たら。外の世界は広いから」
「あ」
 そうしたら二度と会えなくなる。
 そんな絶望に気がついて、フランが俯くと、こいしが励ます様に言った。
「大丈夫! きっとまだ神社へ護送されてる途中だよ。それなら早く追いかけないと!」
 こいしの言葉に励まされて、フランは大きく頷いた。
「うん。追いかけよう!」
 フランの言葉を合図に、三人は外へと駆けていく。
「待っててね、美鈴。絶対に助け出して上げるから」
 フランが空を見上げて決意する。
「もしも美鈴が死んじゃってたら、すぐに私もこいしもこころも後を追うから!」
 こいしとこころが驚いた表情で、フランを見た。

 博麗神社に行くと、霊夢が境内の掃除をしていた。鳥居をくぐる三人に気がついた霊夢が手を挙げる。
「あ、お帰り。それにいらっしゃい」
 霊夢の顔を見た瞬間、こころがいきなり駈け出した。
「お姉ちゃん! 遅くなってごめんなさい!」
 こころの言葉を聞いた霊夢は訝しげに眉根を寄せたが、すぐに両手を広げてこころへ駆けた。
「こころ! 何処行ってたの? 心配したんだから」
 駆け寄ってきた霊夢にこころは顔を輝かせた。それを眺めるこいしが何処か達観した顔で呟いた。
「何だ。良いお姉ちゃんじゃん」
 こころは霊夢に抱きついて、大きな声で霊夢を呼ぶ。
「お姉ちゃん、大好き!」
「な!」
 突然好意を叫ばれて霊夢は思わず顔を赤くする。恥ずかしがっている霊夢を眺めながら、フランとこいしが笑顔になっていると、その視線に気がついた霊夢は赤くなった顔を憎々しげに歪めてこころに向けた。
「べ、別に私とあんたは姉妹じゃないでしょ。姉って呼ぶ事だってまだ認めてないんだから」
 恥ずかしさのあまり言った言葉だったが、それを聞いたこころは絶望した様な表情になる。
 その表情を見て、霊夢はあっと小さく声を漏らしたが、もう遅い。
「そうだよね。私、お姉ちゃんと血が繋がってないもんね。妾の子だもんね」
「違うわ、こころ。私は……え? 妾?」
「どうせ、私お姉ちゃんに愛されていないんだ」
 こころが林へ向けて駆けだした。
「あ、待って、こころ!」
 霊夢がそれを追う。
 フランとこいしも二人の後を追った。

 鬱蒼とした薄暗い林の中をこころは駆けていた。
「お姉ちゃんなんか知らない。どうせ私なんかもらわれっ子なんだ」
 涙を流しながら、こころは駆けていく。背後から霊夢の声が聞こえたがそれを無視してひた走った。
「どうせお姉ちゃんは私の事なんか大事じゃないんだ」
 しばらく走ったこころは息が切れて、近くの木の根に座り込む。項垂れて荒く息を吐きながら、そもそもどうしてこんな事になったんだろうと言った。妾というのが何なのかが良く分かっていなかった。妾というのは家族から大事にしてもらえない存在で、お姉ちゃんが大事にしてくらないのはきっと自分が妾の子だからだろうと思う。妾の子でなくなりたかったけれど、妾が何だか知らないのでどうして良いのか分からない。ただ寂しかった。こころはそんな事を言いながら、木を見上げて溜息を吐いた。
 その時、傍から足音が聞こえた。
「お姉ちゃん!」
 期待して足音のした方を見て、落胆する。それは全く知らない妖怪だった。傘を差したその妖怪はにこやかに近寄ってくる。
「どうしたのこんな所で」
 何だか怖かった。
 こんな林の中をうろついているなんてきっとまともな妖怪じゃない。
「もしかしたら襲われて食べられてしまうかもしれない。
 どんどん目の前の妖怪が恐ろしい存在に思えてきて、こころは泣き顔になった」
 こころの呟きを聞いて、妖怪が不思議そうな顔をする。
 こころは後ずさる。
「止めて、食べないで」
「え? どうしたの?」
「いや、来ないで! 助けて」
「ちょっと、混乱しているの? 大丈夫、私はあなたを襲うつもりは」
「助けて! 助けてよ、霊夢お姉ちゃん!」
 こころが必死の様子で叫ぶと、目の前に霊夢が降り立った。
「大丈夫、こころ」
「お姉ちゃん」
「もう大丈夫だから」
「助けに、来てくれたんだ!」
「当たり前でしょ。だってあなたは」
 その時、傘を差した妖怪がおずおずと言った。
「ねえ、話が良く分からないんだけど」
「幽香。あんた、うちの妹に何したの?」
「え? 何も。え! 妹?」
「こんなに怖がってるじゃない!」
 こころが涙を流しながら恐ろしげな表情で幽香を見る。幽香はその視線に衝撃を受けた様子でよろめいた。
「そんな。だって私は何も」
 霊夢は幽香に背を向けて、こころを抱きしめた。
「もう大丈夫だからね」
「お姉ちゃん」
「こころ」
「私はお姉ちゃんの妹で良いの?」
「当たり前でしょ」
「嫌じゃない?」
「嫌じゃない」
「でもさっきは」
「さっきのは……さっきは、さっきよ」
「でも私妖怪だよ?」
「妖怪でも良い」
「私、上手く感情が表現出来なくて」
「それでも良い」
「役にも立たないし」
「能があるじゃない」
「でも」
「こころ。もう何も言わないで。あなたは私の妹。それは何があっても変わらないから」
「お姉ちゃん」
 そう言って、二人は抱きしめあった。
 フランが感じ入った様子で頷いている。
 幽香は完全に蚊帳の外で困惑していた。その肩をこいしが叩く。
「気にしないで。そういうストーリーなんだから」
「どういう事?」
「フランもこころも私も、その中でしかまともでいられないの」
 訳が分からないで居る幽香の前で、霊夢とこころの感動的な抱擁が続いている。

「美鈴? 見てないわ」
 霊夢の言葉にフランは落胆した。
「そっか。何処行ったんだろう」
 こいしが台所で見つけたふりかけを掲げる。
「ねえ、これ貰って良い?」
「え? 別に良いけど」
「やった! ありがとう!」
 こころがぺこりと頭を下げた。
「それじゃあ、行ってくるね、お姉ちゃん」
「はいはい、夕飯までには帰ってくるのよ」
「分かった」
 そうして三人は博麗神社を後にした。

 もしかしたら地下に流されたのかもしれないとこいしが言ったので、三人は地下世界へ降りた。地霊殿に着いた三人は程なくして自室で書き物をしているさとりを見つけた。
「あ、お姉ちゃん」
 こいしが嬉しそうにさとりに声を掛ける。
「あのね、お姉ちゃん」
「何?」
 さとりが鬱陶しそうに振り向く。その冷たい視線にこいしは思わず身を引いた。
 身を引いたこいしを冷たく見つめながら、さとりが抑揚の無い声を出す。
「今、忙しいの。要件があるなら、早くしてくれない?」
「美鈴を見てない?」
「美鈴?」
 さとりがこいしの後ろに立つフランとこころを見る。
「ああ、紅魔館の門番ね」
「そう。こっちに来てない?」
「来てない」
 それだけ言って、さとりは再び書き物に戻った。
「お、お姉ちゃん」
 あんまりにも素っ気なく答えるので、こいしは慌てた様子でさとりに抗議する。
「ちょっと、お姉ちゃん。友達も居るのに、そんな」
 そう言って、ふらふらとさとりの傍に寄り、その手元を覗き込んだ。
「何書いてるの?」
 こいしが声を掛けた瞬間、さとりは驚いて顔を赤くしてこいしを睨むと、思いっきりこいしの体を払った。
「見ないで!」
 押し飛ばされたこいしは倒れこんで痛みに顔をしかめ、そうして満面の笑みを浮かべる。
「そうだ! お姉ちゃん」
「今度は何?」
「あの、今朝の事なんだけど」
「また蒸し返すの? そんなに言うなら、あんなふりかけ全部上げるわよ!」
「お姉ちゃん」
「ふりかけ如きで愚痴愚痴愚痴愚痴。もう良いでしょ? あっち行って!」
「違うの。あのね」
「うるさい! あんたが居ると邪魔なのよ! さっさとどっか行って!」
 さとりの叫びに、こいしは衝撃を受けた様子でよろめいた。
「ごめんなさい」
 涙を流して謝罪の言葉を呟く。
 はっとして、さとりが振り返ると、こいしの姿が消えていた。後にはフランとこころと、こいしの持っていた包装袋が残された。
 さとりは溜息を吐いてから、その包装袋に気がついて近寄った。中を開けると新品のふりかけと、一枚の紙切れ。
『お姉ちゃん。お誕生日おめでとう。いつも大好きです。今日の朝はごめんなさい』
 さとりは思わず口を押さえた。
「あの子」
 慌てて立ち上がってこいしの後を追う。すると廊下の外でこいしが立っていて、さとりに気がつくと、涙を浮かべて俯いた。
「ごめんなさい、お姉ちゃん。私いっつも我儘ばっかり言って」
「私の方こそごめんなさい。何だか苛々してて」
「ううん、分かってる。死んじゃったお父さんやお母さんの分まで働いてくれてるんだよね」
「こいし」
「私もう我儘言わないよ。お父さんとお母さんと一緒に暮らしたいなんて言わない。お姉ちゃんが居れば良いもん。だから、お願い、お姉ちゃん、私の事嫌わないで」
 さとりがこいしを抱きしめる。
「嫌わない。嫌いになんかなるもんですか」
「お姉ちゃん」
「ごめんなさい、こいし」
 こいしが泣き声を上げて、さとりの胸に顔を埋める。
「誕生日プレゼントありがとう」
「あのね、私、本当はもっと高い物を買おうと思ったんだけど」
「良いのよ。ありがとう。今日はあのふりかけでご飯を食べましょう」
 そう言って、二人して泣き声を上げながら抱き締め合った。
 感動的な二人の抱擁を見ながら、フランとこころは頷いている。
 やがてさとりとこいしは離れ、こいしが尋ねた。
「美鈴は何処に居ると思う?」
「さあ。紅魔館じゃないの?」
 それを聞いて、こいしはフランに視線を移す。
「じゃあ、そうしよっか」
「うん」
 フランが頷いたので、そういう事になった。
 こいしがさとりに視線を戻す。
「じゃあ、紅魔館に行ってくるね」
「あ、ちょっと。もう外は夕暮れ時よ。遊びに行ったらお夕飯までに帰って来れないでしょ」
「あ、そっか」
 こいしは腕を組んで考えてから、フランに言った。
「じゃあ、後で行くね。私、晩ご飯食べなくちゃ」
「うん、分かった」
 こころも思い出した様に声を上げる。
「私もそろそろ帰らないと」
「じゃあ今日はお別れだね」
「こころ、途中まで一緒に帰ろうか」
「うん」
 二人が去ろうとすると、その背にさとりが声を掛ける。
「あ、うちのペットに送らせようか」
「お心遣いありがとうございます。でも大丈夫です。私達強いから」
 そう言って、フランとこころは家へ帰った。

 フランが家に戻ると、美鈴が居た。美鈴の姿を見た瞬間、フランは満面の笑みになって駆け寄り飛びつく。
「美鈴! 良かった! ずっと探してた!」
 抱きつかれた美鈴は驚いて声を上げたが、すぐにフランを認めて、フランの頭に手を置いた。
「フラン様! 私もお会いしたかったです!」
「美鈴、無事で良かったよぉ」
「フラン様もおかわりなく」
「帰ろう、美鈴! これからは二人ずっと一緒だよ」
「すみません、フラン様。私はフラン様と一緒に行く事は出来ません」
「え! そんな」
「でも心はいつでもフラン様と一緒です。フラン様、お元気で」
 美鈴が仕事に戻ってしまったので、フランは仕方なく自室へ戻る。
 去っていくフランを美鈴がこっそりと見つめていると、横合いから声が掛かった。
「お疲れ様」
「あ、レミリア様」
「どう? ちょっとは反省してた?」
「いえ、もう覚えてすらいなかったみたいですけど」
「ああ、そう。まあちょっと予想してたけど」
 レミリアが溜息を吐く。
「どうしたものかしら」
「そういうお話をすれば良いじゃないですか。道徳的なお話に」
「あんまりお話に入れ込むのも問題だと思うんだけど」
「大丈夫ですよ。フラン様、お友達も出来たみたいだし。きっとすぐに成長していきます」
「友達? あの子に? まさか」
「え? 別におかしい事じゃ」
「もしもあの子に友達が出来たとしたら、あの子はまず私に言うわよ。それなのに私が知らないなんて」
「でも」
「あの子の妄想じゃない?」
「そんな馬鹿な。確かに見たのに」
 でも、と美鈴は思考する。
 本当にあのフランに友達が出来たのか。あのフランと深く関われるなんて、自分達位しか居ないのではないか。何か勘違いがあるのではないか。そもそも元から居なくて、自分が妄想してしまっただけなんじゃないだろうか。フランに友達が居て欲しいと願った所為で。
 確かに友達が出来るなんて。
 だったら全部勘違い?
 全部幻?
「いや、まさかぁ」
 美鈴がけらけらと笑う。
「居ましたって、絶対。フラン様もいつまでも私やレミリア様にべったりじゃないんですよ」
「白昼でも夢は見るものよ。特にここは吸血鬼の館なんだから」
 まるっきり信じずにレミリアは行ってしまった。美鈴は釈然とせず、居たと思うんだけどなぁと呟きながら、仕事に戻った。

 月の明るい夜だった。
 何か不思議な事が起こりそう。
 そんな事を思える夜。
 お姉様からもらったドレスに着飾ってて、夜の廊下を冒険する。
 真紅の絨毯が敷かれた廊下を歩く。居並ぶ窓の外には月が照って、森を暗く縁取っている。風にざわめく真っ黒な森の影絵は何処かで不思議な酒宴が開かれていそうな予感を孕んでいる。
 廊下の先に誰かの気配を感じた。
 きっと友達だ。
 フランは嬉しそうな満面の笑みを浮かべながら、廊下の角を曲がった。

 朝、レミリアは何か気配を感じて意識を覚醒させた。目を瞑った闇の中、何処からか声が聞こえてくる。ぼそぼそとした話し声はすぐ近くで聞こえてくる。まるで目の前で誰かが喋っている様な位に。
 夢だろうかとレミリアはぼんやり思った。
 自分の部屋に誰も入ってくる訳がない。きっと自分は夢を見ているのだろうと思った。なら聞こえてくるのは誰の声だろう。
 まさか、幽霊?
 くだらない想像に苦笑しつつ、目を開ける。
 そして目が合った。
 目の前に三つの顔があった。
 青白い三つの顔が無表情で見つめてくる。
 凍りついたレミリアの前で、青白い顔達の口は全く同じ動きをした。
「キノウハゴメンナサイ」
 レミリアはしばらく固まっていたが、やがて絶叫して跳ね起きた。
「うごおお!」
 目の前の誰かを突き飛ばし、部屋の外へと駆けて行く。それをフランとこいしとこころは呆然と見送った。


   おまけ

「魔理沙、お姉ちゃんって呼んでも良い?」
「え?」
 突然やって来たフランがそんな事を言うので、魔理沙は驚いてカップの紅茶を零した。
「あっつ」
 零した紅茶を拭きながら、魔理沙はじっとりとフランを睨んだ。
「急にどういうつもりだよ」
「だから、妹にして欲しいの」
「妹? 良く分かんないなぁ。別に」
 その瞬間、魔理沙の表情が凍りついた。
 フランの背後の窓に、目を見開いたレミリアが顔をへばりつかせていた。恨みがましい表情でこちらを睨んでいる。
「良いの?」
 フランが嬉しそうに聞いてきたが、魔理沙は慌てて首を横に振った。
「いや、駄目!」
「え?」
 ショックを受けた様子でフランはうなだれ、スカートを握りしめた。その様子があまりにも悲しげで、魔理沙は胸を締め付けられる思いに駆られる。
「いや、フランの事が嫌いとかじゃなくて。その、色々と不都合だろ」
 魔理沙がしどろもどろになってそう言うと、フランが顔をあげて笑った。
「そうだね。魔理沙の言う通り」
 フランが分かってくれたので、魔理沙は安堵の息を吐く。
「そういう訳だからさ」
「確かに妹になったら、結婚出来ないもんね」
「え?」
 魔理沙が呆然としている内に、フランは恥ずかしそうに顔を赤らめて両手で自分の頬を抑えると、嬉しそうに笑いながら魔理沙の家を飛び出していった。
 何か変な事言ってなかったか?
 そんな事を思って尚も呆然としていると、窓からかりかりという音が聞こえた。
 何だろうと思って窓を見た瞬間、けたたましい音をたてて窓ガラスが割れる。
「うわ!」
 魔理沙が驚いて椅子を蹴って立ち上がると、窓ガラスから入ってきた二人が地獄から響いてくる様な耳障りな声を出した。
「まーりーさー」
 血の涙を流したレミリアと美鈴が体を引きずる様に歩いてくる。
「何だよ、二人共急に。っていうか血涙流れてるぞ。大丈夫か?」
「まーりーさー」
「あわ。いぃ。おい! 止めろ! 止めろ!」
「まーりーさー」
 魔理沙の悲鳴が埋もれて消えた。

「輝夜様!」
「何、鈴仙」
「お姉ちゃんって呼んで良いですか?」
「良いけど? どうしたの急に」
「え? 良いんですか?」
「良いわよ。あなたの事は妹みたいに思ってるし」
 それを聞いて、鈴仙がぶるぶると体を震わせたかと思うと、輝夜の前の机に思いっきり拳を叩きつけた。
「違うんですよ!」
「え?」
「そういうんじゃないんです!」
 輝夜が困惑して問う。
「じゃあ、どうすれば良いの?」
「うーん、そうですねぇ。じゃあ、殴って下さい!」
「へ?」
「殴って罵って下さい! それに耐えられたら、お姉ちゃんと呼ぶ事を許してください!」
「え?」
「さあ、早く!」
「ねえ、鈴仙」
「早く!」
「でも」
「早く!」
「じゃあ」
 鈴仙の腹部に輝夜の拳が軽く当たった。
 鈴仙が叫ぶ。
「弱い!」
「ええ!」
「こんなのじゃありません。本気でやって下さい! 私は本気なんです!」
「良いの?」
「はい!」
 鈴仙がとても良い笑顔で頷いた直後に、鈴仙の体が天井を突き破った。それを見上げた輝夜が慌てて、声を掛ける。
「ごめん、鈴仙! 力の加減が上手く」
「次は罵って下さい!」
 天井に空いた穴の向こうから咳き込む音と一緒にそんな声が聞こえた。
「はあ?」
「罵って下さい! さあ、早く!」
 苦しげな声でそんな事を言ってくる。
「でも、そんな。あなたを罵るなんて」
「嘘でも良いですから!」
「えーっと、じゃあ。あなた馬鹿じゃないの?」
 鈴仙の咳き込む音が聞こえた。
 輝夜はそれを聞いて心配になる。
「大丈夫?」
「大丈夫です! さあ、次を」
「馬鹿。阿呆。間抜け」
「もっともっと!」
「愚図。頓馬。気持ち悪い」
「まだまだぁ!」
 それから五分程、輝夜のボキャブラリーから罵り言葉が無くなると、ようやっと鈴仙が穴から這い出て来た。
「これで、お姉ちゃんと呼んでも良いですよね?」
「ええ、別に良いけど」
 別に良いけど、本気で気持ち悪かった。

 諏訪子が新聞を読んでいると、早苗が勢い良く部屋に入ってきて言った。
「お姉ちゃん!」
 諏訪子はゆっくりと新聞を下ろし、じっとりとした目で早苗に尋ねる。
「何、それ?」
「え? 駄目ですか?」
「駄目じゃないけど、何なのかなって」
「いえ、ただ呼びたくなって。変ですか、お姉ちゃん?」
「まあ、神奈子には笑われるかもね」
「ええー」
 早苗が不満そうに言って、部屋を出て行った。
 諏訪子はおろしていた新聞を持ち上げると、その紙面に思いっきり血を吐いた。
「あ、危なかった」
 口から血を垂らしつつ、早苗の反則的な可愛さを思い返していると、ふと足音が聞こえた。諏訪子は慌てて口の血を拭って顔を上げる。やって来たのは神奈子だった。神奈子は部屋に入ってくるなり膝をついて、床に向けて吐血した。
「うわ、神奈子!」
「やられた。可愛すぎた」
「神奈子も?」
 そこへ早苗がやって来た。
「ちょっと、神奈子お姉ちゃん何処へ行くんです? ってどうしたんですか、神奈子お姉ちゃん!」
 早苗がお姉ちゃんと言う度に、神奈子が血を吐きながら咳き込んでいる。あまりの光景に、諏訪子は早苗をたしなめる。
「あの、早苗、あんまりお姉ちゃんって言うのは」
「え? どうしてですか、あなた」
「え? あなた?」
「だって、巫女は表向きは神様と結婚するものですから」
「ああ、夫って訳ね。だから、あなたなんだ」
「はい」
「そっか」
 諏訪子は新聞を畳んで立ち上がると、神奈子と早苗の傍を過って、襖に手を掛けた。
「あ、どうしたんですか?」
「いや、何。ちょっとね」
「何処へ行くんですか! 御主人様が大変なんですよ!」
 血を吐いていた神奈子が顔をあげ、諏訪子と同時に尋ねた。
「え? 御主人様?」
「そうですよ。支配してるのは神奈子様ですし。諏訪子様が私の旦那様なら、神奈子様は私の御主人様でしょう?」
「ああ、成程」
「ね?」
 早苗がそう言って可愛らしく首を傾げた瞬間、二柱は血を吐いて倒れ、動かなくなった。

 みょんみょんみょみょみょんまみむめみょん。
 縁側で幽々子が歌を歌っている。まだ日の出たばかりの薄暗い朝焼けの中で、幽々子は実に嬉しそうに歌を歌っている。
 みょんみょんみょみょみょんまみむめみょん。
「どうしてそんなに上機嫌なんですか?」
 妖夢が部屋の中から声を掛けると、幽々子は振り返った。曙光に輝く幽々子の顔は良く見えないが、口元には笑みが浮かんでいる。
「別に何でも無いわ」
「もう、お姉ちゃんはいつもそうやってはぐらかす」
「そうかしら?」
 幽々子は一笑いすると、また縁側を向いて空を見上げた。
 みょんみょんみょみょみょんまみむめみょん。
「それ何の歌ですか?」
「んー? 妖夢の歌」
「止めて下さいよ、お姉ちゃん! 恥ずかしいです!」
「良いでしょ?」
「いやです!」
「良いじゃない」
「いーやー!」
 幽々子は幸せだった。最近妖夢がお姉ちゃんと呼んでくれる。前にも増して慕ってくれる。いつもであれば、こんな歌を歌えばきっと冷たい目で無視してくるはずだ。それが今日は、ちゃんと話をしてくれて、嫌だとは言いつつも、嬉しそうにしてくれる。それが嬉しかった。まるで夢の様だった。
「ねえ、妖夢」
「何、お姉ちゃん?」
「何でもなーい!」
「なら呼ばないで下さい!」
 目くじらを立てる妖夢を見て、幽々子はけらけらと笑う。笑いながら幸せを噛みしめる。
「ねえ、お姉ちゃん」
 幸せだった。とてもとても。この幸せが永遠に続けば良いと思う。
「ねえ」
 日が段段と昇っていく。日差しが強くなり、辺りが白く染まっていく。
「ねえ」
 やがて世界が真っ白になった。
「ねえ! 起きて下さいよ!」
 体を揺さぶられて幽々子は跳ね起きた。気がつくと布団の上に座っていた。辺りを見回すと自分の部屋で、傍には妖夢が立っている。
「そろそろお昼になりますよ。早く起きて下さい」
「妖夢?」
「何ですか、幽々子様?」
「妖夢、お姉ちゃんて呼んでくれないの?」
「はあ?」
「さっきまでお姉ちゃんて」
 口ではそう言いつつも、既に幽々子は気がついていた。
「まだ寝ぼけてるんですか? 早く起きて下さいよ」
 そう、全ては夢だったのだ。それもそのはずだ。妖夢が自分の事を姉と慕ってくれるはずが無い。いつもちょっと冗談を言うだけで冷たい目を向けてくる妖夢なんだから。あんな歌を喜んでくれる訳が無い。
「大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫。大丈夫よ。ただ少し、幸せな夢の余韻に浸っているだけ」
 そう、夢。ならばせめてもう少しだけ味わっていたい。そう思うのだけれど、段段と夢の記憶は薄れていって、もうほとんど内容を思い出せなくなっていた。本当に、本当に儚い夢だった。
「そんなに幸せな夢だったんですか?」
「ええ。もう消えてしまったけど」
「そうですか。とにかく、もうお昼が出来ますから、早く起きて下さい!」
「ええ、すぐに」
 全ては夢。幻となって消えてしまった。姉と呼んでくれた妖夢もそれを聞いて喜んだ自分も全て無くなってしまった。残ったのは味気の無い日常。敬ってはくれるけれど何処か冷めた妖夢と、その関係にうんざりしている自分。そんな代わり映えの無い日常。
 幽々子が悶々として、布団の上で自分の手を見つめていると、苛立った様子の妖夢が声を荒らげた。
「もう! 良い加減に起きて下さい!」
「ええ、ごめんなさい」
「全く! お姉ちゃんは本当にお寝坊さんなんだから!」
 え?
 幽々子が思わず顔をあげると、顔を赤くして睨んでくる妖夢と目があった。
「妖夢?」
 幽々子が声を掛けると、妖夢は顔を益益赤くして、耐え切れなくなった様に顔を背ける。
「早く起きてくださいね!」
 そう言って、部屋を出て行った。
 幽々子が慌てて起き上がり後を追う。
「待って、妖夢。今のは」
「知りません!」
「ねえ、妖夢。もう一回」
「嫌です!」
 前を歩く妖夢とそれを追う幽々子。慕い合う二人。天頂に昇った日が照らす、そんな代わり映えの無い日常。

「お姉ちゃん!」
 突然布都からそんな風に呼ばれて、屠自古は物凄く疑わしい目付きで布都を見た。
「何、急に。また私の壺を割りに来たの?」
「そういう黒い冗談は要らん」
「いや、割りと本気で言ってるんだけど」
「今日はだな。太子様の妹にしてもらおうと思ったのだ」
「は? 意味分かんない」
「そのままだ。分かれ」
「いや、マジで頭大丈夫?」
「とにかく、太子様の妹にしてもらおうと思ったのだが、そうするとお前の妹という事にもなる」
「いやいやいや。何で?」
「だって太子様の妻だろ?」
「いや、そういうネタ要らないから」
「要る要らないではない。とにかく太子様の妹にしてもらうのだ。行くぞ!」
「何で私まで?」
「赤信号みんなで渡れば怖くない、という名言を知らないのか?」
「うぜえ! って良くそんな言葉知ってるね」
「昨日ドラマで見た。あ、太子様だ」
 神子が歩いているのを見つけた布都は満面の笑みで駆けていく。走り寄ってくる布都に気がついた神子が笑みを浮かべた。
「おや、どうした?」
「太子様! お姉ちゃんって呼んで良いですか?」
「え? 何で?」
「妹にして欲しいからです」
「え? 妹子?」
「違います。とにかく私のお姉ちゃんになって下さい!」
「意味が分からない」
 神子は面倒そうに手を払う。
 布都の呼吸が止まる。
「良く分からないけど、今は構ってる暇がないんだ。こころの為に仮面を作らないと」
 神子が走り去った後、残された布都が体を震わせながら立ち尽くしている。屠自古はそれに恐る恐る近付いた。爆発物を前にしている心境だった。
「布都。冷静にね?」
 布都が冷たい声を返す。
「分かってる」
「こころに復讐とかしたら怒られるよ?」
「分かってる」
「うん、一先ずお茶でも飲んで。淹れるからさ」
「いや、悪いけど」
「そ、そうだよね。今はショックで喉通らないよね」
 何とか宥めようとする屠自古に背を向けたまま、布都は言った。
「ちょっと寺燃やしてくる」
「え? ちょ!」
 駆け去る布都を、屠自古は止められなかった。

「姐さん。姐さんは姐さんですよね?」
 一輪が尋ねると、白蓮は困った表情になる。
「良く分からないけど」
「つまり、私は妹って事ですよね」
「え? 何で?」
「だって姐さんて呼んでるし」
「それはまた別の意味だと思うけど」
 白蓮があまりにも正論で叩き潰してくるので、一輪の焦りが加速する。
「まあ、そうですけど。あの、お姉ちゃんて呼びたいんですけど駄目ですか?」
「呼ぶのは構わないけど」
「呼んだら私は姐さんの妹になるって事ですよね?」
「いや、違うでしょ。血が繋がってる訳でも、契を結んだ訳でも、弟と籍を入れた訳でも無いし」
「う、じゃあ、どうすれば」
「どうすればもこうすればも、どうしようも無いんじゃない?」
 あまりにもばっさりと切り捨てる白蓮に、一輪だけでなく、周りまで焦りだした。
「ちょっと聖、もうちょっとオブラートに」
「オブラート?」
「つまり、もっと柔らかい表現で」
「そうは言っても無理なものは無理だし」
「いや、だけど、一輪だって必死なんだし」
「もう良いよ、星」
 一輪の抑揚の無い声が辺りに響き、部屋中がしんと鎮まった。
「私、死んで、姐さんの妹に生まれ変わる」
「ちょ、ちょっと!」
 出ていこうとする一輪に星がしがみついた時、白蓮があっさりと言った。
「でも、私の両親はもう居ないし。生まれ変わっても無理だと思うけど」
「聖! だからもっとオブラートに!」
 一輪はしばらく固まっていたが、やがて星を跳ね飛ばして、ナズーリンを睨んだ。
「ナズーリン!」
 血走った目で睨まれて、ナズーリンが硬直する。
「カテーテル持って来て!」
「カテーテル? 何で?」
「私と姐さんの血を交換する!」
「ちょっと、一輪、落ち着いて」
 ナズーリンと星が暴れる一輪を止めようとしていると、聖がまた言った。
「血液は絶えず作り続けてるから、入れ替えてもまたすぐに自分の血に戻ると思うけど」
「聖! だから、あんたって人は!」
「うおお! もう姐さん殺して自分も死ぬ!」
「村紗! あんたも一輪止めるの手伝って!」
 凄まじい形相で暴れる一輪を見て、村紗は何度も首を横に振る。
「無理無理絶対無理!」
「おら、仏教徒焼滅しろ!」
 そこへ布都までやって来た。
「うわ、変なのが!」
「燃やされる!」
「聖! 何とかして下さい!」
「大丈夫。うちは全部耐火仕様だから」
「建物はそうでも、私達は違うでしょうが!」
「姐さんと二人で火の鳥になる!」
「一輪、なんかもう色色違う!」
「焼滅しろー!」
「聖! この場を収められるのはあなたしか」
「あ、これ次の公案のネタにしよっ」
「聖ー!」

   おまけ二

 フランが机に向かってうたた寝をしている傍で、机の上に乗ったラジオが音を発している。フランは時折そこから流れる声や音楽に反応して、あるいは笑い、あるいは寝言を言っている。
 ラジオの発する音楽が高く低く鳴っている。部屋の中は窓から入り込む月の光に沈んで、青白く輝いている。窓からは見える月は大きく、完全な真円を描いている。その月はあまりにも完全で何処か嘘臭く見えた。
 ラジオの音が突然止んだ。
 部屋の中が深々と静まった。フランは眠りに落ちて動かない。静寂が月の光を一層強く、わだかまった闇を一層深く、明と暗が物音一つ無い世界で次第次第に浮かび上がっていく。浮かび上がった光の加減はへどろの様にどろどろと、やがて固まり部屋の時を止めた。音は絶え、光は固まり、時の止まった部屋の中で、フランは一人眠っている。
 不意にラジオから声が流れ出し、止まった時が打ち破られた。フランが薄っすらと目を開けて、寝ぼけたままラジオの声に耳を傾ける。ラジオから聞こえる明るい声が、暗い部屋の中、妙に侘びしく聞こえた。
 はーい、じゃあ、最初のお便り! 時給八百五十円の彩光乱舞さんから。紅魔館のメイド長が打出の小槌をじっと見つめていますが、どうしてか分かりません、だって。あはは、ひどーい。これ絶対分かって書いてるでしょ! あはは、それは勿論胸が……あれ? 内容が違ってる? あれ? 差出人も。っていうか、これ、ねー、永琳、これ読んで良いの? え? だってこれ、ま、良いか。えー、リスナーの皆さん、すみません。今のは私の見間違い? でした! 何か葉書に書いてあるのと全然違うの読んじゃった。えー、本当は、風光明媚な白夜さんから。死ね。
 ラジオがぷつりと切れた。
 再び静寂が訪れる。ラジオを見つめるフランの眼がゆっくりとまどろんでいく。ラジオから音は聞こえてこない。音を発する様子は無い。月の光に照らされたラジオはまるで海の底に打ち捨てられている様で、さっきまで音を発していたのが信じられない位に、泰然としてそこにある。フランの視線がラジオから外れ、ゆっくりと眠りに入る。
 真っさら静寂の中、屋敷の何処からか悲鳴が聞こえてくる。
 その悲鳴を子守唄に。
 フランは笑みを浮かべて眠りに落ちた。
 明日も三人で遊ぶ事を夢見て。
 その夢はあまりにも完全で何処か嘘臭く見えた。



Real friend of the underdogs ~残酷潜在仮面即興劇~
I, said the blue birds ~内向独善調和即興劇~
Harmonic Household ~反故即興劇~
Historical Hysteric Poetry ~冷索即興劇~
Flowers in the sea of sunny ~時分陽溜即興劇~
You're just an invisible man, I mean ~透明探究殺戮即興劇~
Lovely Lovey ~贈答即興日記~
フランは嫌われない様に出来るだけ否定しないかわいい。
こいしは好かれ様と親切にしようとするかわいい。
こころは変に思われない様に常に様子を伺ってるかわいい。
咲夜さんは家で狼男の真似をしているかわいい。
そんな想像。
烏口泣鳴
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コメント



0.270簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
タイトルと冒頭のとんでもっぷりからは想像もできないほどにイイハナシダナーで終わったので、ちょっとびっくりしてる。
面白かったです!
あと今までの読んできて作者さんの書く話の方向性が本気でわからない。こういうコメディチックなのはかなり楽しく読めるんだけど。
5.100非現実世界に棲む者削除
もー駄目だ、大爆笑が止まらんわー。
何この桃色な幻想郷は。スッゲー怖い。
個人的には霊夢とこころが一番よかったです。何だかありえそうで。
>ちょっと寺燃やしてくる
さらりとした放火宣言って怖えなー、別の意味で。
フラこいこころ、面白かったです。
あれ、ゆゆみょんは?
6.100奇声を発する程度の能力削除
こういう感じのもまた面白く良いですね
8.100名前が無い程度の能力削除
わけわからんが霊夢が可愛くて皆それなりに幸せそうなのは嬉しい 作者さんの作品はその辺ハラハラする作品が多いのでw

作者さんの方向性は狂気というか狂人と仲良く過ごす何でもない日常といった感じですかね
理解出来るのかそれとも最初から答えなんかないのかわからないホラーともナンセンスとも謎掛けともわからないのも作者さんの味ですかね 勿論皮肉じゃなくて

この意味があるのかないのか 計算されて作られているのかそうでないのか
狂気と正気と幸と不幸とがワルツを踊り、しかしそれでも日常を過すしかないような世界観はある種の方達の作品に共通して見られる傾向だと思いますがやはり自分は好きですね


10.603削除
どう評価すればいいんだ……。
10秒くらい固まって動けませんでしたよ。リアルに。
とりあえず本文は70点です。正直なところ意味はあまりわかりませんでしたが、
謎の狂気とよく分からないまま進むいい話成分がフュージョンして独特の味を出していたと思います。
あとがきは申し訳ありませんが-10点です。
本文とあまり関係がありませんし、長いです。この長さなら別のSSとして投稿した方がよいでしょう。
14.100名無しさん削除
意味不明な狂気がすごいです。