幻想郷の遙か上空。人間は疎か鳥すらいないそこに、生まれたばかりの付喪神――九十九姉妹の姿があった。
鋭い目付きで琵琶を弾く弁々と、固い面持ちで琴を弾く八橋。子供のような無邪気さは影を潜め、いつになく真剣な表情である。
一頻り演奏が続き、やがて唾を飲み込む事さえ許されないような静寂が訪れる。そんな張り詰めた空気の中、合図も無く顔を合わせた二人はどちらからともなく口角を上げる。
「うん、良い感じね。この調子なら本番も成功するはずよ」
「はぁー……練習とは分かっていても、緊張しちゃって手が汗だらけになっちゃたわ。本番ではどうなる事やら」
「八橋ったら、顔まで真っ赤になってるわ。私も人の事は言えないけれど、険しい表情だけはしないように気を付けなくちゃね」
彼女達の言う本番とは、命蓮寺で行われる演奏会の事である。多くの人に自分達の演奏を聴いて欲しいと思った二人は、人間の里の収穫祭に乗じて場を設けてもらったのだ。
九十九姉妹による、九十九姉妹のための演奏会。生まれて初めての晴れ舞台、彼女達にとって失敗する訳にはいかないのだろう。
「ずっと集中してたし、そろそろ休憩にしましょうか」
「わっほーい! 持ってきたお菓子食べよ、姉さん!」
練習の合間にある休憩時間は、八橋にとって一日の中でも特に大好きな時間である。何を隠そう、みんな大好きおやつタイムだからだ。
上機嫌な彼女が腰につけた巾着袋から取り出したのは、色とりどりの金平糖が入った小袋。白色、緑青色、桃色、蜜柑色、空色、菖蒲色と、舌だけでなく目も楽しめる一品である。
「あら、金平糖なんて何処で拾ってきたの?」
「ひどいなぁ、私が拾い食いなんてする訳ないでしょ。命蓮寺の狸さんから貰ったのよ」
その言葉を聞いた弁々は、手に取った甘い星屑が別の何かじゃないかどうか確かめ始める。じっと見つめて、匂いを嗅いでみて、それでもまだ警戒を解かない。そんな彼女を尻目に、八橋は口の中へと豪快に金平糖を放り込んでいく。
「……、太るわよ?」
妹のその様を見て一言。残酷で無慈悲な言葉を受けた八橋は、勿論良い顔をしない。
「そういうこと言わないでよー。ぜーんぶ、蕩けるくらい甘い金平糖が悪いんだからさ。それに、練習を頑張った自分へのご褒美ってやつなんだから」
「あ、一気に三つも! 八橋ったら、ゆっくり味わって食べなさいよ。私の分がなくなっちゃうわ」
「へへーん、食べた者勝ちだよー」
次々と口に放り込んでは音を立てて噛み砕く八橋と、恐る恐る口に入れてはゆっくり溶かしていく弁々。
小さな塊から広がる上品な甘さと香りを感じながら、二人は仲睦まじく話に花を咲かせる。音楽の事や弾幕の事、些細な事から考えも及ばないような事まで、話の種はいくらでもあるのだ。
そうして和やかな時を過ごすと思いきや、悲しいかな、それは意外な事に長続きしなかったのだ。
休憩時間になってから数刻が経った。
普段なら休憩はすでに終わって練習の時間になっているのだが、何故か少しも楽器の音がしない。
聞こえるのは風の音と……八橋の怒声だった。
「だーかーらー! 姉さんと私の二人だけじゃ盛り上がらないってば! 雷鼓さんを呼ぶべきよ!」
「盛り上がらないって……。八橋、あんたはそれでも楽器の付喪神なの?」
言わずもがな、演奏会の事で揉めているのだ。和気藹々とした会話はどこへやら、今度は喧嘩に花を咲かせている。
「楽器の付喪神だから分かるのよ! 琵琶と琴の侘しい音だけじゃ、静かで暗い演奏会になっちゃうわ!」
「八橋ったら、侘び・寂びの精神を分かってないわねぇ。それに、観客が盛り上がるかどうかは弾く人によるの。楽器は演奏者と観客を繋ぐ中継点なのよ」
「中継点? 何それ、意味分かんない!」
「私達だけでも演奏会を十分盛り上げられるってことよ。あんたはもう少し賢くならなきゃ駄目ね」
「姉さんは人を馬鹿にできるほど、いつの間に偉くなったのかしら?」
悠然と言葉を紡ぐ姉に、勝ち気な性格の妹が食いかかる。口論は延々と続いていくが、解決の糸口はさっぱり見つかりそうにない。
このまま言葉をぶつけ合ったところで、互いに理解し合える訳が無い。そして何より、余裕綽々な姉の態度が気に入らない。そう思った八橋は、とうとう強硬手段を用いることにした。
「痛っ! 急に四分休符弾をぶつけないの!」
「弾幕ごっこで決着をつけようって言ってるのよ!」
「そんな事してる暇はないでしょ! 演奏会まであと何日だと思ってるの!」
「……ふーんだ、姉さんなんて知らない!」
「ちょっと待ちなさい! 八橋!」
繰り返される制止の声と追ってくる弁々を振り切って、八橋は空の果てを目指す。分かり合えない苛立ちからか、とにかく今は姉の下から離れたかったのだろう。
「演奏会を盛り上げるだなんて、あんたの手ぬるい音楽じゃあ無理でしょうね!!」
突然降りかかってきた、吐き捨てるような弁々の言葉。しかしその内容とは裏腹に、それは弦を震わすような声だった。
いつも冷静な彼女から初めて聞いた怒声。驚いた八橋は後ろを振り向こうとしたが、彼女の意地がそれを許さなかった。
「……ばかばかばか、姉さんが悪いんだ」
すん、と鼻を鳴らした音は誰のものか。
八橋はただひたすらに、前を向いて飛んでいく。行き先なんて無かった。
ひゅうひゅうと髪を揺らしていく風に流され、雲の無い空を一人漂う。練習は勿論、琴を弾く気力なんて八橋にはなかった。
姉とのやり取りを思い返す度に、怒りとも悲しみともつかない激情が彼女の心で渦を巻く。そのどれもが暗く重いもので、風と共に飛んでいって欲しいと願っても体に縛りついて離れないのだ。
やり場のない苛立ちに舌打ちをするも、それを聞く者はいない。いつもなら、姉が咎めているところだろう。
何を考えてもイライラが付き纏ってきたが、それでも時間が経つことで気持ちが静まり冷静さが戻ってきた。
「そういえば、姉さんと喧嘩したの初めてだなぁ」
件の異変で生まれたばかりだから、当然と言えば当然の事だろう。今まで仲良くしていた相手と喧嘩をするのは不安なもので、八橋もその例に漏れることはなかった。
酷い事を言っちゃったかな、琵琶に傷が付いていたらどうしよう。そう心配をするも、今はまだ姉のところへ戻る気にはなれない。
「演奏会、どうしよう。どうすればいいのかな……」
姉妹どちらも演奏会を成功させたい気持ちは同じである。
二人の晴れ舞台を他の者に邪魔されたくない、そんな姉の気持ちは分かる。しかし、琵琶と琴では盛り上がらないと考える彼女にとって、当初の意見を変える気は更々ないのだ。
「雷鼓さんを呼べば絶対に盛り上がるのになぁ。でも相性の良さを考えるなら、三味線とか瑟とかが…………ん?」
考えを巡らせている時、不可解な音が八橋の耳に届いた。
聞いた事の無い、不可解な音。息を潜め、全神経を耳に集結させてその正体を掴もうとしたが、自然のものではないという事以外なにも分からない。
「一人でいたい気分だったんだけどなぁ」
聞きなれない音の出所が気になって仕様がないのだろう。音を辿って辺りを見回してみると、八橋がいる場所よりも遙か上空に一つの人影が見えた。
悪い妖怪の罠かもしれないと一抹の不安を覚えた八橋だったが、誰もいないこんな場所で待ち構える奴はいないだろうと思い至り、勇気を出して声を掛けてみることにした。
「あのー、こんにちは」
「あら? こんな上空に誰か来るなんて久し振りねぇ」
星の飾りが付いた赤い帽子、小柄な体格、そして大きな鍵盤の楽器。八橋の存在に気付いた少女は、気さくな笑顔で彼女を迎える。
「演奏中にご免なさい。不思議な音が気になって来たのだけれど……」
「ああ、そりゃ私の音だね。初めまして、リリカ・プリズムリバーよ。可愛いカチューシャの貴女は何て名前なの?」
「あ、えっと、九十九八橋です」
「ふんふん、八橋ね。美味しそうな名前だわー。あ、私のことは呼び捨てで構わないよ」
初対面であるのに、まるで親しい友人のように話しかけられた八橋は驚きを隠せない。彼女の中で、幻想郷には博麗の巫女や野良魔法使いのような粗暴な人が多いと思っていたからだ。
そんな八橋の心境を知ってか知らずか、リリカは人懐っこい笑顔で握手をしてくる。
「見たところ、貴女……リリカも楽器の付喪神なの?」
「いいや、私は騒霊さ。所謂ポルターガイストってやつだよ。そういう八橋は楽器の付喪神なの?」
「ええ、お琴の付喪神なのよ」
くるりとその場で一回転。そしてお嬢様が挨拶をするように、スカートの裾をつまんで恭しくお辞儀をする。
彼女曰く、そのポーズをすることで指につけた琴爪と琴でもあるスカートを美しく見せる事が出来るらしい。演奏会の自己紹介で披露する為に、こっそり練習していたのは彼女だけの秘密である。
「七弦の琴って初めて見たなぁ。あ、琴柱があるって事は古琴じゃないのかな……?」
予想以上にじっと見つめられて恥ずかしくなったのだろう。八橋の顔は紅魔館にも負けない位に赤くなり、ついには俯いてしまった。
何を隠そう、彼女は意外と恥ずかしがり屋なのだ。普通に会話をしている時や弾幕ごっこの最中では気にならないのだが、他人から注目されているのを意識すると酷く緊張するらしい。
それでもなお舐めるように観察されて耐え切れなかったのか、気を逸らす為に相手に話題を振る。
「その不思議な音がする楽器は……鍵盤だけのピアノ?」
「ん? ああこれ? キーボードっていう楽器だよ」
大抵の幻想郷住民にとって未知の楽器であるキーボードを、これでもかと自慢げに見せ付ける。所変わって見る側となった八橋は、それを下から持ち上げてみたり横にある羽に触れてみたりと、次々湧き上がる好奇心を満たしていく。
そんな彼女の注意を引き付けるように、リリカがわざとらしい咳払いをひとつ。
「とある有名アーティストが使っていたけれど、音が独特過ぎて売れなくて幻と消えた、不遇のシンセサイザーの幽霊なのよ」
「わーお、よく分からないけど凄いわね」
「えへへ……今のはライブの時の口上なの。どれ、音を聞かせてあげようか」
そう言って、リリカは鍵盤を軽快に叩いていく。
見た目通りのピアノの音ではない。そこらの楽器からは出せないような、癖の無い純粋な音が空気を震わせる。
「面白い音がするのね。今までに聴いたことがないわ」
「でしょでしょー! 外の世界で死を迎えた、あの世の音なんだ。他の奴らには出せない、私だけの音なの」
「自分だけの音、かぁ。なんだか羨ましいな」
「八橋だって、世にも珍しい七弦の琴じゃない。ねぇ、音を聴かせてよ」
きらきら輝くどんぐり眼に見つめられ、八橋は引くに引けなくなってしまう。このくらいで緊張してどうするのだと自分で自分を奮い立たせて、ひとつひとつ弦を弾いていく。
演奏会で弾く予定の、嵐のアンサンブルという曲だ。曲名から分かる通り、本来なら姉と一緒に演奏する曲である。
「わぁ、綺麗な良い音ね! 私の楽団にゲストとして呼んだら面白いかも……」
「楽団? 楽器仲間がいるの?」
「そうそう、二人の姉がいるのよ。長女がヴァイオリン、次女がトランペットを演奏するの」
「へぇー。私も姉が一人いてね、琵琶の付喪神なの。とっても綺麗な音で…………」
そこまで言ってやっと、八橋は喧嘩をしていた事を思い出す。姉とのやり取りを思い出せば思い出す程、様々な感情が次々と湧いてくる。やがてその全てが苛立ちとなって、八橋の顔に暗い影が差す。
突如止まった言葉と八橋の様子に、リリカは不思議そうな顔をする。
「急に怖い顔しちゃって、どうしたの? 私なにかしちゃった?」
「ああ、いや、ちょっとね」
声はおどけた様に笑っているが、表情は一切笑っていない。誰が見ても分かるような、下手な作り笑いである。そんな八橋を見たリリカは一瞬眉をひそめるも、すぐに何かを察したように口を開く。
「もしかして、お姉さんと喧嘩したの?」
「えっ!?」
「あっ、図星だー。私もよく姉さん達と喧嘩して一人でいることがあるから、何となく分かっちゃった。ふっふーん」
上機嫌なリリカに毒気を抜かれた八橋は、まるで噂に聞く覚妖怪のようだと独りごちる。
「……リリカも、お姉ちゃん達と喧嘩をするの?」
「そりゃあするさ。私達の喧嘩は人一倍、いや二倍騒がしいのよー」
誇る事じゃないでしょうと八橋がツッコミを入れるも、得意げに喧嘩の様子を語るリリカには効果がない。そしてその調子のまま、リリカは八橋にある提案をする。
「ね、ね、お悩み相談をしてあげるわ。口は堅い方だから、何でも話してくれたまえ」
困った時はお互い様だと彼女は言うが、八橋はあまり気乗りしない様子だ。楽しそうなリリカの表情とは対照的に、視線は下を向いている。
「いや、別にいいよ。私達の問題だし」
「そう言わずにさぁ。話せばすっきりするかもよ? 同じ妹だからこそ、分かる悩みもあると思うし」
「…………」
「そして何より、音楽の悩みなら力になれるわ」
「むぅ」
「ほらほらぁーゲロっちゃいなよー」
「ちょっ、汚いってリリカ」
いたずらっ子のように、そして昔からの親友のようにリリカは八橋の肩に腕を回す。終始押され気味な八橋は、彼女の勢いに流されて大人しく腹を割ることにした。
「姉さんとさ、命蓮寺で今度行う演奏会の話をしていたのよ」
「ほう、命蓮寺で演奏会をするのかい。続けて続けて」
口を開いてみれば先程までの軽いノリから一転、話を聞いてはしっかり相槌を打っているリリカ。そんな彼女の真摯な態度を見た八橋は、声は暗いながらも続きを語り始める。
「私達にとって、生まれて初めての演奏会なの。どうすれば盛り上がるのか話していたら、口論になっちゃって」
「あーあるある、意見が合わなかったんだねぇ」
「私達二人だけじゃ静か過ぎるからゲストを呼ぼう、って私は言ったんだ。そしたら姉さんが、観客が盛り上がるかどうかは弾く人によるとか、楽器は演奏者と観客を繋ぐ中継点だとか言ってさぁ。とにかく私の意見にいい顔をしないのよ」
人に話して頭を整理してみる事で、八橋はあることに気付く。こうして考えてみると、喧嘩と言うよりは私が一方的に当たり散らしていただけではないか? 声を荒げていたのは、私だけではないか?
「リリカはどう思う?」
目を瞑ってうんうん言っているリリカに意見を仰ぐ。しばらく悩む様子を見せた彼女だったが、最後には自分の言葉に自信があると言わんばかりに口を開いた。
「私としては、せっかくの二人の晴れ舞台なんだから二人だけで演奏した方がいいと思うよ。ゲストを呼ぶなら、次の演奏会からだね」
その演奏会は里の人への自己紹介の意味もあるだろう、それなら関係の無い者は居ない方がいいわ、と付け足すリリカ。
八橋は気付いていなかったが、リリカの言う通り、演奏会の目的は演奏を披露することだけではない。里の人間への自己紹介と害をもたらす者ではないという証明、そしてこれから幻想郷で生きる為のネットワークを持つ事が本来の目的である。彼女達にとって、何より大切な一歩なのだ。
「んー、でも、琵琶と琴で盛り上がるかな?」
姉との口論の切欠にもなった、八橋の素朴な疑問。それを聞いたリリカはあからさまに口を尖らせる。
「八橋はなにか勘違いをしているみたいね」
「勘違い? 一体何を?」
「あのね、静かな音でも悲しい曲でも、いくらだって盛り上がる事は出来るのよ。心が動く音楽を演奏すれば、どんな楽器だろうがどんな曲だろうが関係ないの」
「心が動く音楽を演奏する、ねぇ……。そうは言っても、実際に音で心を動かすのは難しい事よ」
「何言ってんのさ、難しい事なんか何にもないよ」
やれやれと言うようなポーズをとったリリカは、ひとつ深呼吸をする。その様子をどこか胡散臭そうな目で見る八橋を諭すように、彼女は丁寧に言葉を紡ぎだす。
「言葉が通じなくても、種族が違くても、生まれたばかりの子供でも、何年も生きたお年寄りでも、音楽が理解出来なくても、聞こえる音が何の音か判らなくても、演奏の技術が優れていなくても……心を籠めた演奏をすれば、自ずと心は動くものだわ」
そう言い切って、どうだと言わんばかりに息をつく。
対する八橋は、彼女の覇気におされて言葉を失ったのか口をだらしなく開けている。
「心を籠めた、演奏……」
「心は届くものだからね。琴の付喪神なら小細工をしなくたって、心の琴線に触れることが出来るはずよ」
そう言ってどこか恥ずかしそうに笑うリリカ。それに釣られてか、八橋も晴れやかな色を顔に浮かべる。そして、その八橋の表情を見たリリカはより一層笑顔になる。
「ありがとう、リリカ。何だか頑張れる気がするわ」
「礼には及ばないよ。他にも気になる事があるなら何でも聞いておくれー」
「じゃあ、演奏会とかで緊張を解すにはどういたらいいの?」
「ふっふっふ……それはねー、誰にでも使える良い魔法があるんだよ」
「まっ、魔法?」
「やり方は簡単。手のひらに人の字を三回書いて呑むだけさ」
「えっ、え!? 何それ凄い!」
そうして会話に夢中になる内に、気付けば夜が降りてくる時刻になっていた。
そろそろ帰らねばと二人が思った時、リリカがふと遠くを見やる。
「おや、お迎えが来たみたいだよ」
「え? あ……姉さん!」
リリカの視線を追って見た先には、どこか安心した様子の弁々の姿があった。
「もう! こんな辺鄙なところにいたのね、八橋ったら」
「辺鄙なところ?」
「ここは冥界の入り口さ。すぐそこが顕界と冥界の境界だよ。もしかして八橋は気付いてなかったの?」
「めっ、冥界!? それって、死んだ人が行く危ない所じゃん!」
「幽霊がいるってだけで、別に怖い場所じゃないよ。春には満開の桜が咲くし、私達のライブがあるから是非おいで」
今日は驚く事だらけだと、八橋が手を口にあてる。生まれたばかりの彼女にとって、幻想郷は驚きに満ち溢れているのだ。
「じゃあ、私はそろそろお暇しようかな。姉さん達が心配しちゃうし」
「今日はありがとう、リリカ!」
「どういたしまして。演奏会、聴きに行くから頑張ってねー!」
大きく手を振りながら、リリカは地上へと降りていく。
彼女の姿が見えなくなるまで見送ると、自然とその場には二人だけになる。そうしてやっと八橋は、姉と喧嘩をしていた事を思い出した。
どうしよう、まだ怒ってるかなと、どう声をかけるべきかオロオロと迷っている八橋。そんな彼女を見かねてか、弁々が先に口を開いた。
「……その、ご免なさい八橋。ついカッとなって、酷い事を言っちゃって」
かつて見た事がない程に、しょんぼりとした様子を見せる弁々。そんな彼女の姿を見て、八橋は自然と口が動くのを感じた。
「私も、ご免なさい。姉さんの気持ちを考えてなかったわ。演奏会は、私達二人で頑張りましょ」
「……いいの? 八橋、あんなに反対してたじゃない」
「いいのいいの! 私達の演奏で観客みんな圧倒してやるんだから!」
そういった八橋の表情は、今日一番の笑顔だった。
二人の演奏会は、人妖問わず盛況で幕を下ろしたそうな。
了
鋭い目付きで琵琶を弾く弁々と、固い面持ちで琴を弾く八橋。子供のような無邪気さは影を潜め、いつになく真剣な表情である。
一頻り演奏が続き、やがて唾を飲み込む事さえ許されないような静寂が訪れる。そんな張り詰めた空気の中、合図も無く顔を合わせた二人はどちらからともなく口角を上げる。
「うん、良い感じね。この調子なら本番も成功するはずよ」
「はぁー……練習とは分かっていても、緊張しちゃって手が汗だらけになっちゃたわ。本番ではどうなる事やら」
「八橋ったら、顔まで真っ赤になってるわ。私も人の事は言えないけれど、険しい表情だけはしないように気を付けなくちゃね」
彼女達の言う本番とは、命蓮寺で行われる演奏会の事である。多くの人に自分達の演奏を聴いて欲しいと思った二人は、人間の里の収穫祭に乗じて場を設けてもらったのだ。
九十九姉妹による、九十九姉妹のための演奏会。生まれて初めての晴れ舞台、彼女達にとって失敗する訳にはいかないのだろう。
「ずっと集中してたし、そろそろ休憩にしましょうか」
「わっほーい! 持ってきたお菓子食べよ、姉さん!」
練習の合間にある休憩時間は、八橋にとって一日の中でも特に大好きな時間である。何を隠そう、みんな大好きおやつタイムだからだ。
上機嫌な彼女が腰につけた巾着袋から取り出したのは、色とりどりの金平糖が入った小袋。白色、緑青色、桃色、蜜柑色、空色、菖蒲色と、舌だけでなく目も楽しめる一品である。
「あら、金平糖なんて何処で拾ってきたの?」
「ひどいなぁ、私が拾い食いなんてする訳ないでしょ。命蓮寺の狸さんから貰ったのよ」
その言葉を聞いた弁々は、手に取った甘い星屑が別の何かじゃないかどうか確かめ始める。じっと見つめて、匂いを嗅いでみて、それでもまだ警戒を解かない。そんな彼女を尻目に、八橋は口の中へと豪快に金平糖を放り込んでいく。
「……、太るわよ?」
妹のその様を見て一言。残酷で無慈悲な言葉を受けた八橋は、勿論良い顔をしない。
「そういうこと言わないでよー。ぜーんぶ、蕩けるくらい甘い金平糖が悪いんだからさ。それに、練習を頑張った自分へのご褒美ってやつなんだから」
「あ、一気に三つも! 八橋ったら、ゆっくり味わって食べなさいよ。私の分がなくなっちゃうわ」
「へへーん、食べた者勝ちだよー」
次々と口に放り込んでは音を立てて噛み砕く八橋と、恐る恐る口に入れてはゆっくり溶かしていく弁々。
小さな塊から広がる上品な甘さと香りを感じながら、二人は仲睦まじく話に花を咲かせる。音楽の事や弾幕の事、些細な事から考えも及ばないような事まで、話の種はいくらでもあるのだ。
そうして和やかな時を過ごすと思いきや、悲しいかな、それは意外な事に長続きしなかったのだ。
休憩時間になってから数刻が経った。
普段なら休憩はすでに終わって練習の時間になっているのだが、何故か少しも楽器の音がしない。
聞こえるのは風の音と……八橋の怒声だった。
「だーかーらー! 姉さんと私の二人だけじゃ盛り上がらないってば! 雷鼓さんを呼ぶべきよ!」
「盛り上がらないって……。八橋、あんたはそれでも楽器の付喪神なの?」
言わずもがな、演奏会の事で揉めているのだ。和気藹々とした会話はどこへやら、今度は喧嘩に花を咲かせている。
「楽器の付喪神だから分かるのよ! 琵琶と琴の侘しい音だけじゃ、静かで暗い演奏会になっちゃうわ!」
「八橋ったら、侘び・寂びの精神を分かってないわねぇ。それに、観客が盛り上がるかどうかは弾く人によるの。楽器は演奏者と観客を繋ぐ中継点なのよ」
「中継点? 何それ、意味分かんない!」
「私達だけでも演奏会を十分盛り上げられるってことよ。あんたはもう少し賢くならなきゃ駄目ね」
「姉さんは人を馬鹿にできるほど、いつの間に偉くなったのかしら?」
悠然と言葉を紡ぐ姉に、勝ち気な性格の妹が食いかかる。口論は延々と続いていくが、解決の糸口はさっぱり見つかりそうにない。
このまま言葉をぶつけ合ったところで、互いに理解し合える訳が無い。そして何より、余裕綽々な姉の態度が気に入らない。そう思った八橋は、とうとう強硬手段を用いることにした。
「痛っ! 急に四分休符弾をぶつけないの!」
「弾幕ごっこで決着をつけようって言ってるのよ!」
「そんな事してる暇はないでしょ! 演奏会まであと何日だと思ってるの!」
「……ふーんだ、姉さんなんて知らない!」
「ちょっと待ちなさい! 八橋!」
繰り返される制止の声と追ってくる弁々を振り切って、八橋は空の果てを目指す。分かり合えない苛立ちからか、とにかく今は姉の下から離れたかったのだろう。
「演奏会を盛り上げるだなんて、あんたの手ぬるい音楽じゃあ無理でしょうね!!」
突然降りかかってきた、吐き捨てるような弁々の言葉。しかしその内容とは裏腹に、それは弦を震わすような声だった。
いつも冷静な彼女から初めて聞いた怒声。驚いた八橋は後ろを振り向こうとしたが、彼女の意地がそれを許さなかった。
「……ばかばかばか、姉さんが悪いんだ」
すん、と鼻を鳴らした音は誰のものか。
八橋はただひたすらに、前を向いて飛んでいく。行き先なんて無かった。
ひゅうひゅうと髪を揺らしていく風に流され、雲の無い空を一人漂う。練習は勿論、琴を弾く気力なんて八橋にはなかった。
姉とのやり取りを思い返す度に、怒りとも悲しみともつかない激情が彼女の心で渦を巻く。そのどれもが暗く重いもので、風と共に飛んでいって欲しいと願っても体に縛りついて離れないのだ。
やり場のない苛立ちに舌打ちをするも、それを聞く者はいない。いつもなら、姉が咎めているところだろう。
何を考えてもイライラが付き纏ってきたが、それでも時間が経つことで気持ちが静まり冷静さが戻ってきた。
「そういえば、姉さんと喧嘩したの初めてだなぁ」
件の異変で生まれたばかりだから、当然と言えば当然の事だろう。今まで仲良くしていた相手と喧嘩をするのは不安なもので、八橋もその例に漏れることはなかった。
酷い事を言っちゃったかな、琵琶に傷が付いていたらどうしよう。そう心配をするも、今はまだ姉のところへ戻る気にはなれない。
「演奏会、どうしよう。どうすればいいのかな……」
姉妹どちらも演奏会を成功させたい気持ちは同じである。
二人の晴れ舞台を他の者に邪魔されたくない、そんな姉の気持ちは分かる。しかし、琵琶と琴では盛り上がらないと考える彼女にとって、当初の意見を変える気は更々ないのだ。
「雷鼓さんを呼べば絶対に盛り上がるのになぁ。でも相性の良さを考えるなら、三味線とか瑟とかが…………ん?」
考えを巡らせている時、不可解な音が八橋の耳に届いた。
聞いた事の無い、不可解な音。息を潜め、全神経を耳に集結させてその正体を掴もうとしたが、自然のものではないという事以外なにも分からない。
「一人でいたい気分だったんだけどなぁ」
聞きなれない音の出所が気になって仕様がないのだろう。音を辿って辺りを見回してみると、八橋がいる場所よりも遙か上空に一つの人影が見えた。
悪い妖怪の罠かもしれないと一抹の不安を覚えた八橋だったが、誰もいないこんな場所で待ち構える奴はいないだろうと思い至り、勇気を出して声を掛けてみることにした。
「あのー、こんにちは」
「あら? こんな上空に誰か来るなんて久し振りねぇ」
星の飾りが付いた赤い帽子、小柄な体格、そして大きな鍵盤の楽器。八橋の存在に気付いた少女は、気さくな笑顔で彼女を迎える。
「演奏中にご免なさい。不思議な音が気になって来たのだけれど……」
「ああ、そりゃ私の音だね。初めまして、リリカ・プリズムリバーよ。可愛いカチューシャの貴女は何て名前なの?」
「あ、えっと、九十九八橋です」
「ふんふん、八橋ね。美味しそうな名前だわー。あ、私のことは呼び捨てで構わないよ」
初対面であるのに、まるで親しい友人のように話しかけられた八橋は驚きを隠せない。彼女の中で、幻想郷には博麗の巫女や野良魔法使いのような粗暴な人が多いと思っていたからだ。
そんな八橋の心境を知ってか知らずか、リリカは人懐っこい笑顔で握手をしてくる。
「見たところ、貴女……リリカも楽器の付喪神なの?」
「いいや、私は騒霊さ。所謂ポルターガイストってやつだよ。そういう八橋は楽器の付喪神なの?」
「ええ、お琴の付喪神なのよ」
くるりとその場で一回転。そしてお嬢様が挨拶をするように、スカートの裾をつまんで恭しくお辞儀をする。
彼女曰く、そのポーズをすることで指につけた琴爪と琴でもあるスカートを美しく見せる事が出来るらしい。演奏会の自己紹介で披露する為に、こっそり練習していたのは彼女だけの秘密である。
「七弦の琴って初めて見たなぁ。あ、琴柱があるって事は古琴じゃないのかな……?」
予想以上にじっと見つめられて恥ずかしくなったのだろう。八橋の顔は紅魔館にも負けない位に赤くなり、ついには俯いてしまった。
何を隠そう、彼女は意外と恥ずかしがり屋なのだ。普通に会話をしている時や弾幕ごっこの最中では気にならないのだが、他人から注目されているのを意識すると酷く緊張するらしい。
それでもなお舐めるように観察されて耐え切れなかったのか、気を逸らす為に相手に話題を振る。
「その不思議な音がする楽器は……鍵盤だけのピアノ?」
「ん? ああこれ? キーボードっていう楽器だよ」
大抵の幻想郷住民にとって未知の楽器であるキーボードを、これでもかと自慢げに見せ付ける。所変わって見る側となった八橋は、それを下から持ち上げてみたり横にある羽に触れてみたりと、次々湧き上がる好奇心を満たしていく。
そんな彼女の注意を引き付けるように、リリカがわざとらしい咳払いをひとつ。
「とある有名アーティストが使っていたけれど、音が独特過ぎて売れなくて幻と消えた、不遇のシンセサイザーの幽霊なのよ」
「わーお、よく分からないけど凄いわね」
「えへへ……今のはライブの時の口上なの。どれ、音を聞かせてあげようか」
そう言って、リリカは鍵盤を軽快に叩いていく。
見た目通りのピアノの音ではない。そこらの楽器からは出せないような、癖の無い純粋な音が空気を震わせる。
「面白い音がするのね。今までに聴いたことがないわ」
「でしょでしょー! 外の世界で死を迎えた、あの世の音なんだ。他の奴らには出せない、私だけの音なの」
「自分だけの音、かぁ。なんだか羨ましいな」
「八橋だって、世にも珍しい七弦の琴じゃない。ねぇ、音を聴かせてよ」
きらきら輝くどんぐり眼に見つめられ、八橋は引くに引けなくなってしまう。このくらいで緊張してどうするのだと自分で自分を奮い立たせて、ひとつひとつ弦を弾いていく。
演奏会で弾く予定の、嵐のアンサンブルという曲だ。曲名から分かる通り、本来なら姉と一緒に演奏する曲である。
「わぁ、綺麗な良い音ね! 私の楽団にゲストとして呼んだら面白いかも……」
「楽団? 楽器仲間がいるの?」
「そうそう、二人の姉がいるのよ。長女がヴァイオリン、次女がトランペットを演奏するの」
「へぇー。私も姉が一人いてね、琵琶の付喪神なの。とっても綺麗な音で…………」
そこまで言ってやっと、八橋は喧嘩をしていた事を思い出す。姉とのやり取りを思い出せば思い出す程、様々な感情が次々と湧いてくる。やがてその全てが苛立ちとなって、八橋の顔に暗い影が差す。
突如止まった言葉と八橋の様子に、リリカは不思議そうな顔をする。
「急に怖い顔しちゃって、どうしたの? 私なにかしちゃった?」
「ああ、いや、ちょっとね」
声はおどけた様に笑っているが、表情は一切笑っていない。誰が見ても分かるような、下手な作り笑いである。そんな八橋を見たリリカは一瞬眉をひそめるも、すぐに何かを察したように口を開く。
「もしかして、お姉さんと喧嘩したの?」
「えっ!?」
「あっ、図星だー。私もよく姉さん達と喧嘩して一人でいることがあるから、何となく分かっちゃった。ふっふーん」
上機嫌なリリカに毒気を抜かれた八橋は、まるで噂に聞く覚妖怪のようだと独りごちる。
「……リリカも、お姉ちゃん達と喧嘩をするの?」
「そりゃあするさ。私達の喧嘩は人一倍、いや二倍騒がしいのよー」
誇る事じゃないでしょうと八橋がツッコミを入れるも、得意げに喧嘩の様子を語るリリカには効果がない。そしてその調子のまま、リリカは八橋にある提案をする。
「ね、ね、お悩み相談をしてあげるわ。口は堅い方だから、何でも話してくれたまえ」
困った時はお互い様だと彼女は言うが、八橋はあまり気乗りしない様子だ。楽しそうなリリカの表情とは対照的に、視線は下を向いている。
「いや、別にいいよ。私達の問題だし」
「そう言わずにさぁ。話せばすっきりするかもよ? 同じ妹だからこそ、分かる悩みもあると思うし」
「…………」
「そして何より、音楽の悩みなら力になれるわ」
「むぅ」
「ほらほらぁーゲロっちゃいなよー」
「ちょっ、汚いってリリカ」
いたずらっ子のように、そして昔からの親友のようにリリカは八橋の肩に腕を回す。終始押され気味な八橋は、彼女の勢いに流されて大人しく腹を割ることにした。
「姉さんとさ、命蓮寺で今度行う演奏会の話をしていたのよ」
「ほう、命蓮寺で演奏会をするのかい。続けて続けて」
口を開いてみれば先程までの軽いノリから一転、話を聞いてはしっかり相槌を打っているリリカ。そんな彼女の真摯な態度を見た八橋は、声は暗いながらも続きを語り始める。
「私達にとって、生まれて初めての演奏会なの。どうすれば盛り上がるのか話していたら、口論になっちゃって」
「あーあるある、意見が合わなかったんだねぇ」
「私達二人だけじゃ静か過ぎるからゲストを呼ぼう、って私は言ったんだ。そしたら姉さんが、観客が盛り上がるかどうかは弾く人によるとか、楽器は演奏者と観客を繋ぐ中継点だとか言ってさぁ。とにかく私の意見にいい顔をしないのよ」
人に話して頭を整理してみる事で、八橋はあることに気付く。こうして考えてみると、喧嘩と言うよりは私が一方的に当たり散らしていただけではないか? 声を荒げていたのは、私だけではないか?
「リリカはどう思う?」
目を瞑ってうんうん言っているリリカに意見を仰ぐ。しばらく悩む様子を見せた彼女だったが、最後には自分の言葉に自信があると言わんばかりに口を開いた。
「私としては、せっかくの二人の晴れ舞台なんだから二人だけで演奏した方がいいと思うよ。ゲストを呼ぶなら、次の演奏会からだね」
その演奏会は里の人への自己紹介の意味もあるだろう、それなら関係の無い者は居ない方がいいわ、と付け足すリリカ。
八橋は気付いていなかったが、リリカの言う通り、演奏会の目的は演奏を披露することだけではない。里の人間への自己紹介と害をもたらす者ではないという証明、そしてこれから幻想郷で生きる為のネットワークを持つ事が本来の目的である。彼女達にとって、何より大切な一歩なのだ。
「んー、でも、琵琶と琴で盛り上がるかな?」
姉との口論の切欠にもなった、八橋の素朴な疑問。それを聞いたリリカはあからさまに口を尖らせる。
「八橋はなにか勘違いをしているみたいね」
「勘違い? 一体何を?」
「あのね、静かな音でも悲しい曲でも、いくらだって盛り上がる事は出来るのよ。心が動く音楽を演奏すれば、どんな楽器だろうがどんな曲だろうが関係ないの」
「心が動く音楽を演奏する、ねぇ……。そうは言っても、実際に音で心を動かすのは難しい事よ」
「何言ってんのさ、難しい事なんか何にもないよ」
やれやれと言うようなポーズをとったリリカは、ひとつ深呼吸をする。その様子をどこか胡散臭そうな目で見る八橋を諭すように、彼女は丁寧に言葉を紡ぎだす。
「言葉が通じなくても、種族が違くても、生まれたばかりの子供でも、何年も生きたお年寄りでも、音楽が理解出来なくても、聞こえる音が何の音か判らなくても、演奏の技術が優れていなくても……心を籠めた演奏をすれば、自ずと心は動くものだわ」
そう言い切って、どうだと言わんばかりに息をつく。
対する八橋は、彼女の覇気におされて言葉を失ったのか口をだらしなく開けている。
「心を籠めた、演奏……」
「心は届くものだからね。琴の付喪神なら小細工をしなくたって、心の琴線に触れることが出来るはずよ」
そう言ってどこか恥ずかしそうに笑うリリカ。それに釣られてか、八橋も晴れやかな色を顔に浮かべる。そして、その八橋の表情を見たリリカはより一層笑顔になる。
「ありがとう、リリカ。何だか頑張れる気がするわ」
「礼には及ばないよ。他にも気になる事があるなら何でも聞いておくれー」
「じゃあ、演奏会とかで緊張を解すにはどういたらいいの?」
「ふっふっふ……それはねー、誰にでも使える良い魔法があるんだよ」
「まっ、魔法?」
「やり方は簡単。手のひらに人の字を三回書いて呑むだけさ」
「えっ、え!? 何それ凄い!」
そうして会話に夢中になる内に、気付けば夜が降りてくる時刻になっていた。
そろそろ帰らねばと二人が思った時、リリカがふと遠くを見やる。
「おや、お迎えが来たみたいだよ」
「え? あ……姉さん!」
リリカの視線を追って見た先には、どこか安心した様子の弁々の姿があった。
「もう! こんな辺鄙なところにいたのね、八橋ったら」
「辺鄙なところ?」
「ここは冥界の入り口さ。すぐそこが顕界と冥界の境界だよ。もしかして八橋は気付いてなかったの?」
「めっ、冥界!? それって、死んだ人が行く危ない所じゃん!」
「幽霊がいるってだけで、別に怖い場所じゃないよ。春には満開の桜が咲くし、私達のライブがあるから是非おいで」
今日は驚く事だらけだと、八橋が手を口にあてる。生まれたばかりの彼女にとって、幻想郷は驚きに満ち溢れているのだ。
「じゃあ、私はそろそろお暇しようかな。姉さん達が心配しちゃうし」
「今日はありがとう、リリカ!」
「どういたしまして。演奏会、聴きに行くから頑張ってねー!」
大きく手を振りながら、リリカは地上へと降りていく。
彼女の姿が見えなくなるまで見送ると、自然とその場には二人だけになる。そうしてやっと八橋は、姉と喧嘩をしていた事を思い出した。
どうしよう、まだ怒ってるかなと、どう声をかけるべきかオロオロと迷っている八橋。そんな彼女を見かねてか、弁々が先に口を開いた。
「……その、ご免なさい八橋。ついカッとなって、酷い事を言っちゃって」
かつて見た事がない程に、しょんぼりとした様子を見せる弁々。そんな彼女の姿を見て、八橋は自然と口が動くのを感じた。
「私も、ご免なさい。姉さんの気持ちを考えてなかったわ。演奏会は、私達二人で頑張りましょ」
「……いいの? 八橋、あんなに反対してたじゃない」
「いいのいいの! 私達の演奏で観客みんな圧倒してやるんだから!」
そういった八橋の表情は、今日一番の笑顔だった。
二人の演奏会は、人妖問わず盛況で幕を下ろしたそうな。
了
わっほーい(挨拶)面白かったです。直線的で冷静な弁々姉さんと、曲線的で子供っぽい八橋の性格がよく出ていました。八橋とリリカがなんか相性良い感じですね。九十九姉妹のこれから先が楽しみです。
リリカが何気無くかっこよく見えました。
良い作品でした。
九十九姉妹中々良いキャラですね。リリカも魅力的な脇役という感じでいいですね。
プリズムリバーとの絡みはもっともっと見てみたいです。
>「痛っ! 急に四分休符弾をぶつけないの!」
シュールで吹きました。
何というか、わざわざ説明口調で書いてるあたりまだ余裕ありそうだなと。
面白かったです。