Coolier - 新生・東方創想話

鳥獣伎楽FW

2013/09/10 23:03:50
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 二十四時間説法~南無三は人妖を救う~はまさしく、響子とミスティアにとっては永遠にも等しい時間であった。
 翌日のライブのためにセッティングをしていたところ、般若の面をした聖にあれよあれよという間に寺に連れ込まれ、飲めず食えずただ聖からのありがたきお言葉を聞かされて辟易とさせられるだけでなく、たまに飛んでくる南無三に、二人は戦々恐々と怯えるしかできなかった。
 しかも、それが終わってからもお仕置きは止まらなかった。反省するまで与えられた部屋を出てはいけないという。だからこうして、鳥獣伎楽は寺の最深部に位置する一室で軟禁されている。彼女たちが計ったところ、体内時計でおよそ六時間は日の光、外の明かりを拝めていない。いや、もう恐らく日は沈んでいる。お月さまがグッモーニンというズレた挨拶をしている頃だろう。
「ねえ、あとどれくらいで解放されると思う?」
 畳にうつ伏せになり、顔を突っ伏してぐったりとしているミスティアに響子が訪ねた。
「……あと十八時間?」
 壁に背中を預け、足を放り出し虚空を見つめる響子が答える。お互いに死んだように疲弊しきっている。
「ふざけてるわ……」
「特大サイズの惨劇ね」
「あの尼……絶対後悔させてやる」
「たぶん私たちが後悔するはめになるからやめて」
 ミスティアは体を返し、仰向けになる。その目は死んでいる。腹筋のみで体を起こすも、響子の半開きになっている口を見るや否や、またパタリと倒れる。
「そういやさ」
「なによ」
 響子が黒目だけを動かしてミスティアを見る。首だけを響子に向け、相変わらずぶっきらぼうに返すミスティアだが、響子はそれによって気力を削がれることはなかった。
「今からでも間に合うかな」
 少し体を動かしたからか、ミスティアの目に光が微かに灯る。いや、この場合は違うだろう。やるべき事、行動の指針が見えてきたからだ。
「それはつまりここから脱出するって意味?」
 ミスティアが問う。
 響子はダルい体を酷使し、なんとか襖まで辿り着くと、耳をすませる。ミスティアが身じろぎする度にする衣擦れの音以外は静かなものだったが、しばらくすると、響子の耳が異音を捉える。
 響子がそれに傾注すると、その内にドタドタという慌ただしい足音が近づいてきた。
「ああ、また宝塔を無くしてしまいました! どうしましょう!」
 そんな声と共に足音が響子たちのいる部屋の前を通り過ぎる。ミスティアたちが氷のように身を強張らせる。
 あれからしばらく経ち、気配や足音があれ以上何もないことを確認すると、響子は四つん這いになってミスティアの側に寄った。
「そう、今日ライブだって告知してたじゃない」
 響子は万が一を考え、相手に伝わる最小限の音量で、ミスティアに耳打ちする。
「幸いセッティングは終えた後だったからね……しかも開始時刻はちょっと遅めにしてあったし、いけるかも」
「ファンのみんなの期待も裏切れないから、なんとかして脱出しないとね」
 ミスティアが起き上がり、正座をする響子と向かい合う。死んでいた目は完全に生気を取り戻し、響子も同様、自分達のやらなければならないことに対して、意気込みを見せている。
「途中、たぶんいっぱい妨害が入るよ」
「大丈夫、二人ならなんとかできるよ」
「……」
「……わかった」
 暫し睨みあった後、二人とも決心を固めた。ミスティアが響子の、響子がミスティアの手を強く握りしめる。
「それはともかく響子、あなた寺の構造はわかる?」
「ここから寺の外への最短距離ならなんとか覚えてる。連行されてるときに必死で覚えたわ」
「ナイスよ、響子」
「ナイスでしょ」
 軽くハイタッチをし、見えるわずかな希望へ胸を膨らませる二人。彼女たちの脳裏には大勢のファンの姿が。そして、体には演奏中に駆け巡る痺れが蘇りつつある。
「そうと決まればグズグズしてる場合じゃない。さっさとこんなところ出ましょ」
「私はあまり悪く言えない立場なんだけれども……おおむね同意ね」
 ミスティアがまず立ち上がり、足音をたてないように襖に近づく。響子もそれにならい、そしてミスティアの背後についた。襖一枚の向こう側に意識を馳せる。ミスティアは絶好の機会と捉え、後ろにいる響子にOKサインを出す。
(行くわよ)
(了解)
 襖に手をかけるミスティア。滑るように開けるミスティアだが、ふと、嫌な予感が寒気のように体に走り、その手を止める。頭一個分ほどは開いていて、その隙間から、なにか細工がされていないかどうかを確かめるために頭を出す。
 するとどうだろうか、敷居に、桃色の物体が鎮座しているではないか。妙にモコモコしていて、絶えずその形は変化している。それどころか触れれば霧散してしまいそうな密度の低いそれは、襖障子をこれ以上行かせないと言わんばかりに立ち塞がっていた。
(あれに触れたらたぶんアウトね)
 それに気づいたミスティアは、それに触れないギリギリのところまで開けると、板張りの床にそっと足を下ろす。そして体全てを外に出すと、響子に注意を促した。
(あれは……雲山の欠片?)
 響子もそっと覗きこんでその物体を見るなり、その正体が一目でわかってしまった。どう見ても時代親父である。ミスティアはほとんど会ったことがないが、響子はほぼ毎日会っている。それゆえにすぐに見抜くことができた。
 つまり、あれに触れれば脱走がバレてしまう。その事から二人は、息を潜めるほど慎重に行動しなければならなかった。
 なんとか響子も部屋から抜け出すことができ、そしてそっと襖を閉じる。指でつまむようにして最後の一押しを終えると、抜き足差し足忍者ウォークでその場を立ち去ろうとする。
(こっち!)
 ミスティアが、先程の襖から見て左を指差す。ミスティアは小さくうなずくと、今度は響子についていくことにした。
 何度も何度も振り返り雲山の状態を確認する。しかし、以前として変化は見当たらない。このまま行ける、そう確信を持って響子が廊下の角を曲がった。

「」

 が、目の前にあったのはピンク一色の光景だった。一瞬の思考停止状態の後、響子は天井を見上げる。顔があった。すさまじくダンディである。その眉……があろうところが厳しく寄せられて、口も、顎がしゃくれているのかわからないが、堅く閉じられている。威圧感は恐ろしいほど溢れていた。貫禄というものでもあるだろうか。
 ミスティアが響子の様子を確認しようと顔を出す。彼女の目にもまた、同じような光景が広がり、ビクリと肩を痙攣させた。
「何処へ行く」
 雲山が渋い声で喋った。
「雲が喋った!」
 今更だが、ミスティアが驚愕をうける。それもそのはず。雲山が入道と知らなければ、大抵はそういう反応を返すものだ。この幻想郷には、例外の方が多いのだが。
 響子がすぐさま我に帰った。ミスティアの手を引き、雲山とは反対の方へ駆けていく。
「ちょっと、勢いでこっち来ちゃってるけど道わかんなくなったりしないの?!」
「大丈夫、ついてきて!」
 ミスティアが避難めいた声色で叫ぶが、幽谷響子の自信は揺るがない。次は右ッ、とミスティアに合図をすると、足を滑らせてしまうがスピードを維持したまま曲がりきれた。
「次を右に曲がればもとのルートにぶつかるわ!」
 そう、響子の頭の中には道筋がしっかりと記憶されていた。計算が苦手な彼女でも、暗記能力はなかなかにある。
「もしかしたら雲山が待ち構えてるかもしれない、だからジャンプするみたいに曲がるよ! いい?!」
「好きにしてっ!」
 金切り声をあげるミスティアだが、それほどに彼女は必死だった。勝手もわからぬ屋敷の中、頼れるのは響子だけ。そうこうしているうちに突き当たりが見えてくる。
「せーのっ、今っ!」
 響子が叫んだ。ミスティアは跳んだ。響子も跳んだ。右足に体重をかけ、一気に床を蹴る。尻目にピンク色の雲が見えたが、二人はそれを気にする余裕がない。
 着地に失敗をしたのか、響子が勢い余って壁に激突しそうになる。しかし、響子の手をミスティアが掴んだ。そして思いっきり自分の体に引き寄せると、手を繋いだままその場を離脱する。響子はビックリしながらも、転ぶようなことはせず、なんとか体勢を持ち直した。
「ありがとう!」
「お礼は全部終わってから!」
 とりあえず危機を乗り越え、互いに余裕ができたのか軽く会話を交わす。スピードを落とすことはしなかったが、表情も多少和らいでいる。
 しばらく道を進んでいると、遠くに何やら黒い箱のようなものが天井に張り付いているのが目についた。
「なにあれ」
 響子が呟く。寺でよく見かけるものならば気にならなかっただろうが、どうやらそうではないらしい。
 二人はその箱を警戒して少しスピードを落とした。そして、できるだけ箱の真下を通り過ぎないように廊下の隅をわたる。が、
『よくもまあ脱走してくれたわね』
 いきなり箱から声が鳴り響いた。
「うわっ」
「ひぇっ」
 驚きのあまり変な声を漏らす二人。思わず足を止めてしまう。
『この件は私に一任されているからね、勝手な事されちゃ困るのよ』
「この声は、一輪!」
「正解」
 めんどくさそうに喋る声の主を見事に響子は当てる。ミスティアはいったい誰かわからなかったが、寺の構成員であること、そして、自分達の味方でないことは十分に察することができた。
『こんな馬鹿馬鹿しいことに駆り出される身にもなってちょうだい』
「そんなこと知らないわ! 行くよ、ミスティア」
『ちょっと待った、私がすんなり行かせると思って?』
「どういう意味……?」
「き、響子、あそこ!」
 ミスティアが指差した先を響子は見る。そして思わず身構えてしまう。ミスティアもそれにつられて腰を低く構える。
「ここから先には行かせないからね」
 少女が、その外見からは釣り合わない、半身はありそうな大きさのアンカーを伴って廊下に仁王立ちしていた。
『村紗、頼むわ』
「よっし、じゃあチャッチャと終わらせますか!」
 水兵服を着こなした黒髪の少女、そして聖輦船の船長だった村紗水蜜だった。
『あなたたちの実力、見せてもらおうかしら』
 そう一輪は言い残すと、何かが切れた音が黒い箱から発せられた。それきり一輪の声が聞こえることもなく、村紗と鳥獣伎楽が睨み合う膠着状態が作り上げられた。
 しかしそれはあまり続くものでもなかった。
「こんなことして聖がなんて言うか……わからないでもないよね」
 村紗が脅迫混じりに言う。ミスティアは生唾を飲み込み、自らが体験した悪夢を想起する。響子も同じであったが、村紗の気迫に飲み込まれないよう必死に耐えている。
「言ってわかる相手じゃないね……突破するよ」
「……うん」
 響子とミスティアが一歩踏み出す。村紗はアンカーを肩に担ぐ。片手はだらしなくぶら下がっているものの、隙があるようにも見えない。響子たちが押し通ろうとすれば、すぐさまアンカーが降り下ろされるだろう。
 しかし、ミスティアたちは端から肉薄するつもりではない。響子が屈み、ミスティアがその背後に立つ。村紗は何事か、と怪訝そうに顔をしかめるが、様子を見ることを選択した。しかし、それは間違いだった。
 ミスティアは深呼吸をし、肺に溜まっていた空気をすべて絞り出すまで息を吐き続ける。それが攻撃モーションだと村紗が気づいたとき、彼女は慌てて二人を止めようとする。だが、時既に遅し。
 ミスティアは精一杯、思いっきり息を吸い込んだ。肺だけでなく、腹にまで空気を送り込む。自然と身体がのけぞり、後ろに倒れそうになる直前で体を静止した。
 村紗がアンカーを振りかぶる。ミスティアと響子はしっかりと村紗を見据えている。そして、








「   」










 轟く高音。寺が揺れ、廊下に風が巻き起こり、廊下の襖、調度品、先程の矩形の箱、そして村紗までもが吹き飛ばされた。村紗は床と平行に数十メートル吹き飛ばされ、ドサリと床に落ち、そのまま意識を失いピクリともしなくなった。
 普段ライブで響子の能力を使っているのと同じように、ミスティアの声を増大させただけである。しかし、その音量は桁違いであった。衝撃波を巻き起こすほどのそれは、十分すぎるほど凶器だ。
『な、何……起……ったの……』
 吹き飛ばされたはずの箱から、一輪の声がする。一輪自体に影響はなかったはずだが、もはや謎の直方体は使い物にならなくなってしまった、というのは響子たちもわかっている。
『やっぱりムラムラ来てるようなのはダメね……』
 という言葉を最後に、箱は火花を散らせ、黒い煙と共に永遠の眠りについた。
「よし、行こう!」
「うん!」
 足止めを食らい、さらには自分達の位置を他の面子に教えてしまったも同然の今、ぼんやりしている暇などない。二人は、少しばかりダルさを覚える体に鞭打ち走り出した。



「!? ミスティア、ちょっとストップ!」
「何があったのっ」
 村紗を撃退してから少しも経たないうちであった。先を走っていた響子がミスティアの進路を片腕で塞ぎ、制止をする。何があるのか気になるミスティアだが、しかしその原因はすぐにわかった。
「なにこれ、気持ち悪い」
「まるでゴ○ブリみたい……」
 ミスティアが思わず後ずさる。響子もまた同様に。彼女らが目にしたのは、床や壁のみならず天井にまで蔓延り、隙間なく敷き詰められた雲山の群れだ。いくつかの束になって蛇行し、徐々に二人に近づいてくる。色彩はともかく、それらの姿はまさしく黒光りするあれだ。
「どうすんのさ。さっきのもう一回やっちゃうと喉潰れちゃってライブやれなくなっちゃうし」
「また別の道を探すしかないか……」
「迷う確率は?」
「百パーセント」
「ダメじゃん!」
 今回は響子の記憶も頼りにならず、スペルカードも没収されている今、唯一の手段であるシャウトは使うことができない。まさに絶体絶命。最悪雲山を蹴散らしていかなければならなさそうだが、そうなれば、まるで蜜蜂の攻撃のように、小型の雲山の集合体に捕まってしまうだろう。
 やむを得ず、踵を返そうと振り向いた瞬間、二人の頬を高速の何かが掠めていった。
「ゲフッ」
 という太い悲鳴が次々と上がる。二人が雲山の方を向くと、先頭にいるはずの雲山の数が若干減っている。もう一度、二人は雲山を消滅させたであろう者を見る。
 それは少しばかりシュールな光景だった。リアルなウサギの顔面なのに、華奢な少女の体はブレザーに覆われている。何より不気味なのが、両手の親指と人差し指がピンと立っていて、それを右を後ろにして連結させているところだ。二人が知っているはずもないが、外の世界に詳しい者、もしくは外の世界出身者ならば誰しもがこう答えるだろう。マシンガン、と。
「伏せて!」
 兔面が二人に吠えた。その大音量に考えるまもなく二人は頭を抱え、その場に伏せる。それを見るなり、兔面の女は左手の指先から数多の弾幕を、弾丸を吐き出させた。炸裂音が鳴り響くごとに、雲山の数が減っていく。女が発砲をやめると、残った数体の雲山が角を曲がり撤退していくのが確認できた。
「このタイプにはマシンガンが有効ね。……ふぅ、よかった、間に合って」
 女は一仕事終えたあとの、しかし気を抜いてはいない、区切りのためのため息を吐いた。
 響子たちは恐る恐る立ち上がり、目の前の女を警戒しながら観察する。そんな視線に女は困ったように笑い、事情を説明し始めた。
「昨日”偶然”あなたたちが連行されるのを見てね、助けにきたの。居場所を特定するのに時間はかかっちゃったけど、ちょうどよかったみたいね」
「あの、何で私たちなんかを?」
「というかあなた鈴仙さんでは?」
 助けにきた、だけでは女を信用することなど二人には不可能に近い。というかミスティアに至っては正体がわかっているようだ。
「私は鈴仙ではないわ! あなたたちのファンとして、今ここにいるの。それから私の事はラビット大尉と呼んで頂戴」
「は、はぁ」
「さいですか」
 兎のマスクを隠すように右の手のひらで覆い、二人を制するように左の掌を向けるラビット大尉。幾分かキャラを演じているようでもあるが、そこさえ気にしなければ問題はなさそうだ。とにかく、二人の救援らしい。猫の手でも借りたい二人は、ラビット大尉に救援を申し込んだ。
「ら、ラビット大尉、じゃあ護衛をお願いできますか?」
「もちろん、そのために来た」


 ラビット大尉は二人の安全を確保するために先行することとなった。二人は当初、完全な不審人物としてしかラビット大尉を見ていなかったが、その身のこなし方や、トラップへの対処の仕方、度胸、知恵、様々なものを目にし、だんだんと警戒を解いていった。
 その中でも極めつけは、再戦を仕掛けてきた一輪との一騎討ちである。万全とは言えないものの、一輪もそれなりに準備を整えてきたらしく、その身に蓄積されたダメージからふらふら揺れながらも、自信満々で三人に立ちはだかっていた。一輪はまだ喋る余裕があり、ラビット大尉を見て多少の動揺を見せたものの、少し計算が狂ったがまあいい、という大物ぶりを見せつけた。しかし一輪は、鈴仙の不意を突いた早打ちに対処することができず、一撃を脳天に食らい、ピチューンされてしまった。あまりにも呆気なかったが、鳥獣伎楽の咆哮によって気付かぬ間にライフポイントが減っていたのが原因だ。
 どんどん三人は寺の外縁部に突き進んでいく。ラビット大尉によるとまだライブの準備すら間に合うらしく、二人の焦りは少しずつ改善されていった。

「そういえばさ、あの楽譜」
「うん、なに?」
 ミスティアが響子になんでもない話題を振る。ラビット大尉によりかなり心身に余裕ができ、張り詰めた空気から解放されたからだろう。
「拾いもんだけどさ、正直歌詞の意味わかんないよね」
「幻想郷じゃ全く見ない文字だし、身の回りの誰かの手を借りてやっと発音できるようになった、って感じだし」
「よく歌う気になったね、私たち」
「元々ストレス発散だけのつもりだったのに、最近作曲とか韻とかも考えるようになって」
「そうね、きっと新聞によくわからないとか言われたのがショックだったからよ」
「ま、今の方が私は好きだけどね」
「同感。目指せ、プリズムリバー越え!」
 二人が、幾日かぶりの笑顔を取り戻した。そんな二人の様子に、ラビット大尉も安堵したかのように動きがハキハキとしている。
 ラビット大尉が本当に自分達のために戦ってくれている、そう確信した二人は大尉のためにも必ずライブを成功させなければ、そんな意気込みをあらたにした。
「ちょっと待って」
 と、ラビット大尉が立ち止まる。ミスティアたちもそれに倣った。彼女たちの横を、一匹のネズミが通りすぎた。ラビット大尉の指先がその鼠を追うが、
「待て、撃たないでくれ」
 と、廊下の奥から聞こえてくる。一瞬そちらに気をとられた隙に鼠は逃げていき、ラビット大尉が慌てて照準を合わせ直す。が、その鼠は人影に隠れてしまった。
「ナズーリン?」
 響子が人影に問いかけた。
「ああ、そうだ」
 ナズーリンは、先程の鼠を伴って二人の前にその姿を晒した。彼女もまた寺の一員だ。それをラビット大尉も察し、目の前の少女が怪しい動きをすれば即座に撃ち抜けるように心づもりを決める。
 ナズーリンは三人の反応を見て肩を竦める。そして自分に突きつけられている擬似的な銃口を眺め、嘆息混じりに肩を落とした。
「?」
 ミスティアの頭に疑問符が浮かぶ。こいつも寺の妖怪ならば私たちを捕獲するために遣わされたのではないか、と思っていたのだが、その実は違いそうだ。
「まあ話を聞いてくれ。別に時間稼ぎとかじゃあないんだ。鼠たちに撹乱させてるから多少は大丈夫だ」
「それは本当?」
「ああ、もしそうでなければ私を撃ちたまえ」
「……ナズーリン、といったか。なぜそんなことをするの? 私たちを捕らえたいんだったらその鼠たちとやらを使えばいいのに」
 ラビット大尉が問いかける。彼女の心中は穏やかではなかった。滲み出るオーラや、雰囲気が、まるで自分の師匠が思案に耽っているときのような知性が見え隠れしているからだ。
「兎の面したあんたはどうでもいいが……ちょっと後ろの二人がね、あれなんだ」
「あれ?」
「あれって何よ」
 少し語尾を誤魔化したナズーリンと、いまいちピンと来ていない、ナズーリンの言う後ろの二人、鳥獣伎楽。
「その、なんだ。君たちがライブをしているところを見たんだが……いや別に見に行ったとかじゃないんだ! たまたま、ご主人の失せ物を探していたからなんだからな!」
 三人はまだ何も言っていないのに、勝手に盛り上がっているナズーリン。響子たちの慈愛のこもった視線がナズーリンには痛い。
「そ、それでそう、君たちのライブを少しばかり拝聴させてもらって……。その時私もかなりストレスが溜まってたんだが、二人のお陰でなんとか発散できたんだ。別にあれから毎回行ってるとか、そういうのはないぞ、いいか!
 だから、だな、少しお礼をしたくて。特にミスティアにね。だってあまり会う機会もないし……」
 顔を赤らめながらも話続けるナズーリンを見て、鈴せ……ラビット大尉は銃を下ろした。鳥獣伎楽の二人は驚きで目を見開いている。さらにナズーリンは頬を赤らめた。
「さっ、さっさとここを通ったらどうだ。今からライブの準備に出るんだろう?」
 顔を俯かせ、三人の顔を見ないように道を開けるナズーリン。急がないとここも危ない、と三人を急かすと、ラビット大尉たちは口々に感謝を述べ、今だ恥ずかしそうに身をよじっているナズーリンのためにも全力で駆け出した。
 響子たちは、自分達の口元が緩んでいることを自覚している。ああして面と向かって応援されることには慣れていなかった。だから今、二人は思わずにやけてしまっている。二人の心に暖かいものが灯り始めた。

 しばらくたった頃だろうか、もうそろそろ月が拝めるだろう場所まで歩みを進めていた。不気味なものである。説法を夜行性である妖怪たちにする事も多く、これくらいの時間帯には読経が聞こえてくるのがここでは普通だ。しかし、やって来ている妖怪の気配も感じられず、妖怪も訪れる寺にしては妙に閑散としている。今三人が聞き取っているのは自身らの足音だけ。もちろん原因が自分達にあることはわかっているのだが、それ以上に嫌な予感を、三人は感じ取っていた。

 爆発音。三人の背後でとんでもない炸裂が発生した。彼女たちは足を止め振り返ると、こちらの方まで煙が漂ってきている。何が爆発したのか、最初はわかるはずもない。しかし、空から葉っぱのように舞い落ちてくる白い布切れ、いや服の一部だったものを見て、ナズーリンがやられた、という嫌な直感が働いた。
 煙がだんだんと晴れていくに連れ、人の形をした影が三人に近づいてきていることに彼女たちは気がつく。果たしてナズーリンが無事だったのか、それとも。
 風でも吹いたように不自然ながら、完全に煙が晴れた。ニッコリとした女性が、無言ながらかなりの圧迫感を三人に与えている。彼女は、今回、もっとも恐れなくてはならない、言わばラスボスで、特徴的な法衣にグラデーションのかかった金髪を持つ。そう、聖白蓮その人だった。その表情は恐ろしいほど笑顔に彩られ、しかしその装飾はふとした拍子に崩れてしまうのではないかというほど空虚なものだ。
 三人全員が同時に、背中が凍るのを感じる。
「っ逃げて! 先に!」
 真っ先に反応したのはラビット大尉。
「でも……」
 響子は足が竦んで動けずにいる。それはミスティアも同様だった。さらに言うと、二人はラビット大尉のやろうとしていることを察し、なかなか決心がついていないという事情もある。そんな二人の葛藤を目の当たりにし、ラビット大尉が声を荒げる。
「早く行って! ライブを成功させるんでしょ!」
 鳥獣伎楽はビクリと体を震わせる。
「絶対見に行くから、だから、お願い」
 ラビット大尉は口調を柔らかく、懇願するように変える。自分の決意を無駄にしないでほしい、そんな願いが込められている。マスク越しにでもわかるまっすぐ二人を見つめる視線。
 響子がミスティアの手を取った。プレッシャーと情に圧されていた状況から先に抜け出したのは響子だった。
「行こう、ミスティア」
 どんどん三人との距離を詰めてくる白蓮を見て、響子が焦り気味に言った。その顔は苦悶に歪められている。かなり無理をしているようだ。
「そ、それじゃあラビット大尉は!」
「私たちにできることなんて、大尉を信じることしかないのに、それすらしないでどうするの!」
 ラビット大尉と響子を交互に見ながら、半狂乱になりつつあるミスティアを響子がたしなめる。響子が、動こうとしないミスティアを無理矢理引きずるように引っ張る。
「大尉、ラビット大尉!」
 叫ぶミスティアに、ラビット大尉は悲しそうに手を振る。そして彼女たちと決別するように、白蓮へと一歩踏み出した。
「絶対来てくださいね、必ず! ラビット大尉! 大尉! 鈴仙さん!」
 そこまで言ってミスティアは、自分の足で響子と走り始める。響子は一瞬振り返るも、頭を振り、迷いを振り払い、ライブ会場へと急ぐ。
 二人の姿が見えなくなると、鈴仙は構えに力を入れ直した。
 白蓮は不気味なほど上機嫌な高いトーンで、
「逃がしませんよ」
 すぐさま二人の後を追おうとする白蓮。
「そうはいかせないわ」
 鈴仙は驚くほど冷静だった。周囲の音が聞こえなくなるほど、そして視力が何倍も良くなったかのように錯覚するほど集中している。
「約束、したもの」
 鈴仙が呟く。

 そして、一発の銃声が寺に響いた。







「結局合わせはできなかったけど、今まで一緒に練習してきたから大丈夫よね」
「うん……」
「お客さんもいっぱい来てるし、頑張ろうよ」
「……うん」
 響子がミスティアを励まそうと頑張るが、ミスティアの意識はここにあらず、ラビット大尉のことをいまだ引き摺っているようだ。
 ライブ直前。会場には、妖精や妖怪、数は少ないものの人間までもが入り交じり、鳥獣伎楽の登場を今か今かと待ち望んでいた。お雇いMCも、
「オメェラァ、まだ始まってもないのに騒ぎ立てるなんて最高に妬ましいじゃないの! いいぞ、もっとやれ! パルパルパルパルパルルルルルルルル!」
 テンションが上がりきっている。
 響子とミスティアの後ろで待機しているドラムやギターの付喪神も、興奮から来る武者震いを隠せずにいる。彼女たちは集合時間になっても現れないミスティアたちのことをひどく心配していて、二人が姿を表した瞬間に安堵の涙を流したという筋金入りのいい子達である。多少の文句は垂れたものの、それもしょうがないことだった。
「私たちがこんなんじゃあラビット大尉も浮かばれないわ。あの人の分も、思いっきりぶちまけましょう」
「そう、わかってる、わかってるけど……」
 俯くミスティアを持ち直させる手段を響子は持ち合わせていなかった。しかし、なんとかしてライブに集中させなければならない。かける言葉を探すが、どうにも浮かび上がってこない。
 響子の必死な姿を見て、ミスティアも思うところがあったのだろう。ずい、と自分の右頬を差し出した。
「じゃあ一発、私のほっぺた叩いてよ。それで切り替える」
「そ、そんな」
「いいから、早く!」
 突然の提案に戸惑う響子だが、ミスティアの精一杯に表情を見て、覚悟を決める。
「……オーケー」
 パァン!
 乾いた音は、観客の騒々しさに掻き消えたが、響子の手のひらと、ミスティアの頬にじんじんと痛みを残した。
「ありがと、響子。なんとかやっていけそう」
「よし、じゃあいきましょうか!」
 痛みで少しだけ涙がたまったミスティアが、その涙を拭う。それを見た響子がMCに合図を送る。響子がメンバーを見渡すと、大きく頷く。メンバーもそれに応じた。
「さあさあ、本命の登場だー! 存分にパルパルしていってくれー!」
『パルパルはお前しかやんねーよ!』
「んだとこらー!」
 MCと観客の掛け合いの隙を見て、響子たちが登場する。声援を一身に受けながら、彼女たちは手を振り返したり、からかったり、思い思いのパフォーマンスをする。MC……パルスィがミスティアにマイクを渡した。
 ミスティアが何かを喋ろうとしたが、思い止まり息を吐く。少しの間目を閉じ、自分の心を律していく。
「皆聞いてほしい」
 静かに語り始める。観客の喚起が少し治まった。
「私と響子は大変な目に遭った。もしかしたら今回のライブの開催ができなかったかもしれないほどの大事件だ。詳しくは話せないが……」
 ステージから観客を見渡す。あのウサミミは、シワのあるウサミミは確認できない。その事にミスティアは胸を痛めるも、言葉を続けた。
「しかし、そんな私たちを助けてくれた奴がいた。誰だと思う? ……あなたたちみたいなファンだったわ」
 騒ぎは完全に治まり、ミスティアの言葉を皆が聞いている。
「今回だけじゃない。些細なことだって、皆の応援が、支えがあったから、ここまで来れたの。だから、ありがとう」
 ミスティアが頭を下げる。その様子を心配そうに見守る観客。しかしミスティアが再び顔をあげたときには、彼女の顔には笑顔が弾けるように咲いていた。メンバーは胸を撫で下ろし、観客から歓声が沸き起こる。
「だから、……その感謝も、日頃の鬱憤も、願いも、衝動も、全部含めて……」





「騒ぎまくろうぜー!」



『ウオォォォォオオオオ!』






 会場が揺れた。



 掻き鳴らされるギター。激しく打ち付けられるドラム。しかし、以前の彼女らのようにデタラメではなく、筋の通った旋律を持っている。

「テイエブリシンレフフロンミー!」
「オール!」
「トゥ!」
「ブレイ!」

 夢中になっていた。誰も彼もが。会場が一体となり、空気を震わす楽器と化している。

「ウィワンイーツオール……ウィズノサクリファーイス!」

 額に浮かぶ汗。体が激しく動く度に水滴が弾ける。ステージはおろか観客の心臓にまで揺さぶる爆音。目を充血させ力の限り歌うボーカル。負けじと観客も咆哮する。金切り声をあげる一人の妖精に、周りの妖怪たちも呼応する。その中に、赤と青の特徴ある羽も見えた気がしないでもない。

「ドンウィーオール……」

 ゆっくりと、消え入るかのように演奏が終わる。
 恐らく、この場にいるもののほとんどが意味を理解していないだろう。しかし、魂を震わせる何かを感じることは、できているはずだ。
 一曲を演奏し終え、会場のボルテージは最高潮に達した。鳥獣伎楽のメンバーは互いの顔を見合わせ、多大な充足感に身を任せる。ミスティアも吹っ切れたのか、爽やかな表情だ。
 止まない歓声と拍手。いつまでもこの余韻に浸っていたい。そう思う、響子とミスティアであった。


















 ニッコリと笑っている白蓮が二人の視界に入ってきたその時、彼女たちの視線に南無三が満ち溢れた。
FW=Final Wars

We're all to blame にハマったときに思い付いたネタ。
ほんとはサッカーやらせたかったけどさすがに書いてる本人が訳がわからん状態だったのでやめときました。

(追記)
あまりにも悪ノリが過ぎました。深くお詫び申し上げます。
八衣風巻
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コメント



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早く言って

聖すげえな…鈴仙に勝つとか尋常じゃない。

今度は九十九姉妹や雷鼓なんてライバルも現れて、競争激しい音楽枠その中でもこの二人は、熱いです。
11.10名前が無い程度の能力削除
一輪の扱いの悪さはいつも通り
12.50名前が無い程度の能力削除
結局聖に邪魔されて終了か。
ワクワクしながら読んでたのにラストで興ざめした。
14.90名前が無い程度の能力削除
ってか、このタイプにはマシンガンとかラビット大尉とかって、タイムクライシスですかいw
鳥獣伎楽のために散って逝った大尉に、敬礼!
20.703削除
悪くないです。読んでいて普通に楽しめました。
ただ、なんと言うかとりえあずノリで突っ走ってみました、みたいな感じの文章のように思えてしまいまして。。
はっちゃけるならもっと宙返り二回転ひねり並にはじけた方が良いのではと思いました。
あと気になったのは、寺の連中がまるで「脱出するのを分かっていた」かのように配置されていることですね。
本気で防ぎたいならもっと警備を厳重にしておくなりなんなりの方法があると思うので、
私は最初は「ああ、わざと脱出させてるんだな」と思いましたがそれも違う。
細かい事かもしれませんが、このような細かい所を作中で語っていると話の説得力が出ると思います。

鈴仙は案外こういうことやってくれそうな気がします。