Coolier - 新生・東方創想話

やみぬえ日常話

2013/09/09 15:11:40
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着物の裾をぼろぼろにした少女が一人、夜の森を駆けていた。
草履の底は切った足から流れた血でじんわりと赤く染まり、荒い息は既に気力を使い果たしている事を示している。
しかし少女は未だ止まらず、足元に張り巡らされた木の根を蹴ってただ前に進む。後ろから迫りくる彼らから逃げるよう、細腕を振り回すように駆けていた。

お初は人里で団子屋の手伝いをしている純朴な少女だ。決して目立つ容姿ではないが愛嬌があり、里でも男女を問わず人気がある。
異性に恋文を貰った事もあるし、直接口説かれた経験もある。
しかし所帯を持つにはお初はまだ年若く、また彼女自身が恋に対して一定の幻想を抱いていたこともあり、お初の出す答えはいつもそっけなかった。

今回の事も、そうして断れば済む話だとばかり考えていた。
「夜に一本杉まで来て下さい」と文で誘い出されて向かった先にいたのは、番格を張る乱暴者が一人と、その取り巻きが二人。
情欲に目を滾らせた彼らの様子は、どう取っても健全な交際を申し込むものではなかった。

あの男に無理矢理掴まれた腕の跡が、未だにお初の手首には残っている。
その生々しさが薄気味悪くもお初の置かれた状況を如実に表しており、駆けながらお初はぞくりと身を震わせた。

早く、里に戻らないと。

自分がどこへ向かっているかも分からないまま、お初はただそれだけを考えていた。



一本杉から里に向かうのであれば、その道は一つしかない。弥彦と彦次郎は杉と里とを結ぶ道の、脇の茂みに身を潜めていた。
ガキ大将の龍太郎はお初を追って森を探しに行ってしまった。竜太郎からはお初が戻ってきたら取り押さえておけと言われているが、いくら里が近いとはいえ夜の森の、それも道から外れた茂みに屈み続けるのは少々酷だ。
それに弥彦が思うに、仮に龍太郎がすぐにお初を見つけても、ここへ帰ってくるのは小一時間もした後だ。
いつもの事ながら、割に合わないと一人ごち、弥彦は自分に溜息をついた。

「彦次郎よう、お前、ちゃんとそこにおんのかあ」

まとわりつくやぶ蚊を叩きつつ、弥彦は道を挟んで向かいに隠れた友に声を掛ける。
道幅はそう広くないとはいえ、夜のこんな場所ではろくに前も見えやしない。
実際藪から少し顔を出して覗いた向こう側の風景はどんよりとした闇に覆われ、人影すらも見えずにいた。

「彦次郎、おおい、彦次郎、返事ぐらいせんかね」

その耳に届くのは、遠くで響く虫の音ばかり。
流石に奇妙に思った弥彦はやおらに立ち上がり、辺りに気を遣りつつ闇の中を動く。
夜の森の鬱蒼とした空気は、人の心を縮こまらせる。生来肝が小さい弥彦はきょろきょろと辺りをせわしなく見回しながら茂みを移動した。

「おい、いったい何をしとるか……あん?」

茂みの奥から、むしゃり、と音がする。
粘着質な水音。どこか背徳的なその響きは鼓膜から心臓に伝わり、弥彦の心の臓を激しく打ち鳴らす。

一寸先も見えぬ無明の闇の中、弥彦はぽっかりと浮かぶ赤を見た。
見慣れた顔を口から下げ、友の肉をすするほおずきみたいに赤い二つの瞳を。

「ひっ……!」

後ずさった拍子に蹴躓き、弥彦は強かに尻を打つ。
強い衝撃に眼窩から涙が漏れる。闇の中の赤い目は何も行わず、ただ弥彦の体をじっと捉えていた。

「ヒッ! や、やめろ、食うなッ、おらを食うなッ!」

痛みが去るのを待つことも叶わず、弥彦は腰を持ち上げ後ろへ倒れこむように駆け出す。足元が覚束ない事も構わずに、両手を振って逃げ出した。
赤い瞳は動かず、その背中をただ目で追いかける。里とは正反対の方向へ逃げ出した弥彦の姿を認識すると、やがてゆっくりと動き始めた。



森の中、提灯を下げて歩き回る龍太郎の姿はすぐに見つかった。大きな体格に似あわぬ小さな提灯を下げる姿はさながら新しい妖怪のようにも見える。
弥彦の姿を認めた龍太郎は擦り傷だらけの弥彦の体を心配することもなく、何やってんだッ、とその頭に拳骨を落とした。

「見張ってろって言っただろうが、お初が里に逃げたらどうするんだ!」

いつもなら拳骨を落とせばすぐに素直になる弥彦だが、擦り傷だらけの体が痛みを感じさせずにいるのだろうか、
この日ばかりは怯むことなく、縋るように龍太郎の着物に掴みかかった。

「でっ、出た、出た、出たんだよォ! 彦次郎が、彦次郎が食われッ」
「落ち着け! おい、何が出たっていうんだ」
「『るみや』だよォ! 夜の森に入ったおら達を食いに来たんだァ!」

弥彦の言葉に龍太郎は目を見開く。
「るみや」と言えば、里で知らない奴はいない人食いの化物だ。少女の姿で人を惑わし、夜の森を歩いては人間を頭から食うという。
不勉強な龍太郎でも知っている。だから夜の森へは行ってはいけないと、里の子供は皆が親にそう教えられているのだ。

「落ち着け、この野郎!」
「うわァッ!」

どっと沸いた汗をごまかすように手のひらを握り、竜太郎は力任せに弥彦へぶつける。

「おい、確かか。彦次郎はどうなった!?」
「うっ、お、おら、彦次郎に話しかけたんだけど、応えがなくて……
 そんで、様子を見に行ったら、化物の真っ赤な目が、あいつを頭から……うあ、あああああ!」
「糞ッ、あの腰巾着……」

龍太郎は吐き捨てるように言うと、提灯の持ち手の部分を外して明かりを弥彦に持たせる。
竹製の持ち手は一尺ほどもあり、よくしなり硬度も十分にある。

「弥彦、蝋燭持って付いてこい!」
「あ、熱っ……龍太郎、どこ行くんさ!」
「たかが妖怪一匹で引き下がれるか! お初を探すぞ、黙って来い!」

竹の棒をひゅんひゅんと振り回しながら龍太郎は言う。気の弱い性質である弥彦は口答えなど申せるはずもなく、ただ愚直にその背中を追いかけた。

「妖怪つったって所詮人間と同じだ……頭かち割って、お初と一緒に並べてやる……」

病的な呟きを残し、二人は里の明かりから遠ざかって行った。



人は追い詰められるほどに都合のいい妄想が頭に浮かぶ。
お初はずっと前から、温もりに満ちた我が家の事を思い返していた。

少し堅物だが、誠実で頼りになる父。
料理が上手く、優しくて綺麗な母。
そうだ、これは夢に違いない。目覚めたら自分はいつもの茶店の二階で寝ていて、隣には父と母がいる。
外からは朝の光が差し込んでいて、母は寝坊した自分を優しく起こしてくれる。
寺子屋に通う友達の声が表通りから聞こえて、自分は慌てて用意を終わらせて、先生から難しい事をたくさん教わるんだ。
将来は父の後を継ぎ、父のように誠実な男の人と子供を作るんだ。

幾度となくそんな事を考えたが、目前に広がる夜の帳はいつまで経っても開いてはくれない。
当然明るい未来など開けるはずもなく、お初に今あるのはひどく現実味のある足の裏の痛みだけだった。

「あうっ!」

疲労から引きずるように動かしていた足の首が木の根に捕らわれ、お初は里の少女が羨んだ愛嬌のある顔を地面に擦りつける。
転んだ際に頬を切り、口からじわりと鉄の味がしみ込んだ。
その痛みはお初を現実に引き戻す。
強かに打ちつけた右足は力を込めるたびにじくじくと痛み、例え立ち上がろうとも走ることはできないという事実を明確に伝達した。

「……う、うう……うっ、く」

転んでようやく足を止めると、流す暇もなかった涙がここぞとばかりにお初の両目に溜まって落ちる。
なぜ、自分はこんなところに? 心の閻魔に何度問いかけても、少しも答えてくれはしない。
彼女はいよいよこの世の絶望し、汚れる事も構わず顔を地に伏せ、土や葉をで涙を拭わんばかりに大きな声で泣き叫んだ。
惨めだった。辛かった。自分は今世界一不幸せな人間だとさえ思えた。

そうして泣き喚くこと半刻ほど、彼女は龍太郎の提灯を視界に捉え、更なる絶望を思うことになる。



「嫌、嫌ぁ! やめて、来ないで!」

弥彦が提灯を持たされてから程なくして、あっさりとお初は見つかった。
艶やかな白い肌には一本の赤い線が入っており、そこからたらりと血が流れ落ちている。
提灯で照らすと、この辺りは木の根が複雑に入り組んで歩きにくい事が分かる。きっとこの一つに足をとられて挫いたのだろう。
弥彦などはむしろ、そのお初の姿に心を痛める。しかし龍太郎にとってそれは、これから行われる行為への期待を高める要因の一つであるに過ぎなかった。

「へ、へへ……弥彦、お前はそっちで見張ってろ。見つかるから提灯は消しておけ」
「分かったぞ、龍太郎」
「大人しくしてたらお前にも分けてやる。俺のお古でよければな」

そう言って龍太郎はガハハと下品に笑う。
弥彦はそんな龍太郎を心底軽蔑しつつも、心のどこかで「分けてやる」という言葉に少しばかり期待していた。

そんな弥彦の心の内など露知らず、龍太郎はお初の着物を破くように乱していく。
お初の抵抗はあるにはあったが、疲れと足の怪我がありその力は微々たるものだ。
男の力で強引にねじ伏せ、龍太郎ははやる心を抑えお初の股ぐらを力任せに開かせた。

お初はいよいよ我が身に起こる不幸が避けようの無いものである事を悟り、
最早身を捩る事すら煩わしく張りつめた力をも抜こうとしていた。
龍太郎がそんな様子ににんまりと醜悪に顔を歪め、自らの一物をお初へ晒そうとした刹那。

「ウアアアアアアアアア!!」

形容しがたい絶叫が龍太郎の鼓膜を劈く。その声は普段より幾分か高いが、紛れもなく弥彦のもの。
龍太郎は下に敷いたお初を僅かに見据えたのち、遠くまでは逃げられまいと踏んですっと立ち上がる。
脇に除けておいた竹棒に手を掛け、一度脅すような目つきをお初に向けると、そのまま弥彦がいた方向へと歩んだ。

「おい、弥彦、どうした」

息を潜めて、龍太郎は声を掛ける。
返事がないと分かるといよいよ龍太郎は竹の棒を上段に構え、足音を立てないよう注意しながら一歩、一歩と進む。
すると、近づくにつれ何か粘着質な水音が聞こえてきた。

ずるり、むしゃり。
むしゃり、ずるり。

同じくして、つんと香る血の匂いが龍太郎の鼻孔に届く。
しばらく茂みに立ち闇の奥で目を凝らすと、奥へ五歩も歩いた所に座り込む一人の少女が目に入った。

月を想起させる、里の人間ではあり得ない金色の髪。
飾り気の無い髪型を目立たせる、夜風にたなびく紅い髪飾り。
返り血を浴びて光沢を得た、喪服のような黒い服。
それは馬鹿のように赤い二つの瞳を綻ばせ、既に息の無い弥彦の体を貪っていた。

「……」

その光景を目にしてなお、龍太郎がとった行動は異様なまでに冷静だった。
竹の棒をすっと降ろし狙いを定め、未だこちらに気づいた様子の無い少女の脳天をめがけて振り下ろす。

「くらえ、化物……っ!」

風切り音とともに竹はしなり、芯を捉えた軽い音が反響を含んで響き渡る。
並の人間ならば大人でも昏倒する一撃に、龍太郎はこの一瞬だけ勝利を悟った。

少女の動きは止まっていた。水音が止み、永遠にも等しい数秒の間が流れる。
しかし、化物はいつまで経っても倒れる事はなかった。

化物の顔がこちらを向く。金髪を自らの血で赤く染める事もなく、けろりとした顔で龍太郎と向かい合う。

「う……畜生っ!」

龍太郎は僅かにたじろいだが、それを表に出す前にもう一度棒を振るう。
何度もあちこちを打ちつけるが、化物はそれらに対し何も反応は返してはくれなかった。

やがて打ち所が悪かったのか、竹の棒が根元からべきりと折れる。そうして龍太郎はようやく目の前の化物へ恐怖を感じた。
彼は悪知恵の回る男だったが、自身の命の危機に関してはひどく鈍感だったのだ。

「や……止めろ……」

追われる側である事に気付いた龍太郎は、ぼおっとした目でこちらを覗きこむるみやに背を向けしゃにむに走り出す。
お初の事などは既に頭から抜け落ちている。夜の帳の中、方向も目的地も何物も分からぬまま、龍太郎はただ生き意地を賭けて走り出していた。

それから四半刻も走り続けただろうか。
龍太郎はすっかり息が上がり、一度木の根に膝をつく。背後からるみやが追ってこない事を知ると、大きく息を吐いて身の安全を噛みしめた。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

木の幹に背を預け手を付いて休んでいると、ふと、龍太郎の手に硬質の何かが触れる。
何の気なしにそれを引き寄せ、龍太郎は観察する。なんでもいい、気を紛らわすものが欲しかったのだ。

円柱型の蛇腹で、中からは仄かに蝋の匂いが香る。
その物の正体に気がついた時、まず龍太郎は驚愕し、そして絶望した。

「な、んで……え、逃げ……」

それは弥彦に持たせたままあの場所に置いてきた、あの提灯に他ならなかった。

龍太郎がもたれ掛かる木の幹の後ろから、二つの赤い目が顔を出す。
ぞくりと感じる、濃密な妖怪の気。振り向くことさえもできず、龍太郎は気がつけばはらはらと涙を流していた。

「うあ」

柔らかく細い指が龍太郎の首にかかる。死出の色を思わせる病的なその白い肌が、自らの首に食い込んでいく。
それが龍太郎が見た、最期の景色だった。





結局ルーミアのその日の収穫は、まずい男の子供が三人だけだった。
唯一おいしそうな女の子は、ルーミアが少し目を離した隙に足を引き摺って逃げてしまったのだ。

後ろから追い掛けてもよかったが、人里へまっすぐ逃げてしまった事を考えるとそれも憚られる。
ルーミアは一番面倒を掛けた大柄な男の首を縊りつつ、苦労に見合わぬ収穫に溜息をついた。

ふと、背後に視線を感じて振り返る。そこにあるのは闇と木立。

「……見てるでしょ」

誰に言うでもなく呟くと、木々の内ひとつの像が波打ち始める。
やがてその木は闇に溶けるような光に転じ、中から一人の少女が顔を出した。

「うひゃひゃひゃ、やっぱバレてたか」
「これでも闇の妖怪だし、変なのが混じってればすぐ分かるわ」

少女、封獣ぬえは鋭い歯をかしんかしんと鳴らしながら愉快そうに笑う。
背中の歪な羽をはためかせながら、不快感を煽るような口調で話し掛ける。

「んで、あの娘は結局逃がしちゃったんだ? 一番美味しそうだったのにさ」
「食べてもよかったんだけどね。どっちかって言うと食べられない人間かなと」
「勿体ないなあ。ま、私は恐怖が食えりゃいいんだけどねー。
 そうすると、さっきの奴はなかなかだったよ。そりゃ、私の獲物じゃなかったのが惜しいくらいにさ!」

何がおかしいのか、辺りを狂ったように飛び回りながらぬえはうひゃひゃひゃと笑う。
人間狩りを見て何かが盛り上がったのだろうか、はしゃぐぬえを見てルーミアはやれやれと嘆息した。

「あんまり節操無く食ってると、里の奴が怒るからね」
「えー? 別にいいじゃん里の人間くらい。向かって来たって、あんたなら軽くあしらえるんじゃない?」
「いや、人間じゃなくて」
「……ああ、先生気取りのあいつね」

ぬえは宙に浮きながら腕を組み、不機嫌そうに唇を尖らせる。

「面倒な世の中になったなぁ。妖怪は人を怖がらせてなんぼなのに、妙に人間面する奴らが多くてやりづらいよ。
 妖怪が人間を気にかけなきゃならないなんて、世も末だね」
「んー、妖怪は人間には慎重よ? 人間自身よりもずっとね。
 妖怪を生むのは人間だもの、後先考えずばくばく食ってたら、私達までいなくなっちゃうじゃない」

もいだ男の首をじろじろと見回しながらルーミアは言った。
ぬえはどこか手隙になり、ふよふよと上下を逆さに浮いてみたりしながら少しだけ話に聞き入る。

「……そんなもん?」
「そんなもん。まあ、鵺と私じゃちょっと毛色が違うかもだけど」

食らう妖怪と、脅かす妖怪。
同じようで違う立場を持つこの頭がいいんだか悪いんだかわからない妖怪の言葉は、時々ぬえに妙な知識を与えてくれていた。

ルーミアはやがて生首を見るのに飽きると、首を失った男の体を手に抱く。
そのまま文字通り宙を泳いでいたぬえの方へ放り投げる。慌ててぬえは体勢を戻し、大した重さのある子供の胴体を両手で抱えた。

「せっかくだし、運ぶの手伝って」
「あんたの力なら楽勝でしょ?」
「だって、力仕事はめんどくさいし」
「私だってめんどくさいよ」

文句を垂れるぬえ。ルーミアはまた一つ溜息をつき、両手で顔を覆った。
泣いているはずもあるまいし、何をしているのかとぬえはルーミアに近寄る。
するとぱっと両手が開かれ、ルーミアの顔があらわになる。

「ルーミア、重いもの持てないの。ねえ、手伝って……?」

そこにいたのは宵闇の妖怪ではなく、泣き虫で甘えたがりな保護欲をそそる儚げな少女。
一秒の沈黙、そしてぬえは爆笑した。

「ぶっ、あひゃひゃひゃひゃひゃ! 何それ、何それぇ!」
「……何よもう、恥ずかしいなあ。せっかくサービスしてあげたのに」

押しては寄せる周知の波を誤魔化すようにルーミアは顔をぷいと背け、二人分の胴体を肩に担ぐ。
真っ赤な顔を見られぬよう背を向けてのしのしと歩いて行ったが、ぬえはもう一つの胴体を手に後を追いかけ、囃し立てた。

「ねえねえ、今のアレ? 野良妖怪の技ってやつ? あんなんで引っかかった奴いるの?」
「うるさいよ! これでも結構有効な手段なんだから!」

ルーミアの一言一句がおかしくてたまらないという風に、ぬえはゴロゴロと涙を流して笑い転げる。
どこで覚えた、何で覚えた、誰に使ったとぬえ一人が分身すらしかねない勢いで質問を繰り出し、ルーミアはあれをぬえに晒してしまった事を激しく後悔した。

「いやあ、いいものを見た。いつもは小憎たらしいのに妙に可愛くなっちゃって」
「……ぬえのバーカ」
「もうその反応も可愛く思えてきちゃったよ。ねえルーミアもう私達付き合っちゃおうか? 毎日あれやってくれるなら私喜んでお嫁に行くけど」
「もう、いい加減にしてよ……」

半ば呆れつつぬえを引き離すようにずかずかと歩いていると、やがてルーミアは自分が塒にしている山の一角に辿り着いた。
死者への敬意もなく気分のまま担いだ死体を投げ置くと、ぬえもそれに倣い男の体を放り込む。

「一応、手伝ってくれてありがとう」
「ん、いーよいーよ。私も色々見せてもらったし」

そう、色々とねと小さく付け足し、またもぬえは薄気味悪くクックックと笑う。
ルーミアは憮然としていたが、やがて柔和に目を細めるとぬえの手を取って言った。

「ぬえもさ、私見つけたからって、別にこそこそ隠れてないでいいよ。今度、一緒にあの森へ行こう?」

そんな言葉に、ぬえは心底びっくりしたように目を開く。

「……いいの?」
「いいに決まってるよ。二人の方が出来る事多いし、友達でしょ?」

ルーミアの言葉に、思わずぬえは顔を綻ばせる。
満面の笑顔が浮かびあがるが、ぬえの性根がそれを即座に引っ込め、代わりに人の悪い笑顔を取り出した。

「じゃあ、その時はさっきのアレ、私にも教えてくれるよね?」
「もー、まだそれ言うんだ、意地悪」

そうして二人は笑い合い、ぬえはルーミアの塒を後にする。
現在のぬえの塒である命蓮寺へ向けて飛び立つぬえを、ルーミアは手を振って見送っていた。



夜の空を、正体不明が飛んで行く。
ある人には光、ある人には円盤、ある人には化物。
見る人によって姿を変えるその殻の中には、友達が出来た事に堪え切れない笑顔を浮かべるひとりの少女が浮いていた。
ロリを文章として書いているだけで幸せにります。これってトリビアになりませんか?
羽中累
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コメント



0.250簡易評価
1.10名前が無い程度の能力削除
里の人間は食べないと言うのは原作のトリビア
本当は怖い幻想郷ありきの安さを感じました
2.60名前が無い程度の能力削除
HAHAHA誰も一言もこれが幻想郷の出来事とは言っていません。むしろ、特徴的過ぎる一人称や人名、登場人物の行動などから見るに、これは大結界ができるはるか前、江戸時代の東北の農村の物語なのでしょう!(命蓮寺?そんなものは見てませんね。)

だからぬえも性格が違うし、巫女もいないのです。その点、ルーミアもぬえも妖怪全開で大変良かったです。
10.70名前が無い程度の能力削除
古来より宵闇へと移り替わる刻を大禍時とも言いますし、
里から一歩出てそれが夜であれば猶更妖怪の領分で正しいかと。幻想郷であるが故。
11.803削除
点数が伸びにくいジャンルであえて書いたその勇気、好きです。
一つの「妖怪らしさ」を示したSSではないでしょうか。
ぬえとルーミアが知り合いという設定はなかなか面白いですね。