私の世界は病院の中だけだった。
物心が付いた頃にはよくわからない病気だった。だから病院の中から出たことが無かった。
両親は私に愛情を注いでくれた。ぬいぐるみ、人形、花、絵本、いろんなものをプレゼントしてくれた。
特に私は人形と魔法使いが出てくる本を気に入った。よく人形で遊んで、本は何度も読み返してすり減っていた。
お母さんに「大きくなった何になりたい?」そう聞かれた。
「魔法使いになりたい」そう答えると、お母さんは困った顔をした。
「いろんなまちに行ってみたい」と言うと、笑ってくれた。
お父さんはいろいろ持ってきてくれる。人形にはまちの名前をつけた。お父さんは困っていたが、もう決めた。
お気に入りのこの子は上海。
元気になったら行ってみたい。いろんなものが混じったまちだってお父さん言ってたから。
良い子にしていれば、病気を治せば外に出れると私は信じていた。だから悪い子にならない。良い子になろうと頑張った。
それでも、私は死んだ。
悪い子だった。両親がわんわん泣いたからだ。私をずっと診てくれたお医者様も、看護婦さんも、遊びに来てくれる友達も、他の病室の子もみんな泣いた。
お化粧をして、きれいな服を着せてもらった私の体は人形の様だった。
初めての外出は、私のお葬式だった。
死んだらあの世へ行き審判を受けるらしい。皆を泣かせたわたしは地獄行きだろうと思ったが、そうならなかった。
気が付いたら私は知らな場所にいた。多分ここは森の中。私は外を知らない。
あちこち彷徨っているうちに嫌になって座り込んでいると、女の人が私の前に現れた。赤い服に、左側だけまとめた白銀の長い髪。魔界の神様らしい。
私は魔界にいた。
神様ってみたことないけど、この女の人には6枚の羽があった。白くきれいな羽だ。聞けば黒くもできるらしい。
私は幽霊らしい。死んだから幽霊になるのはわかるけど、何で地獄ではなく魔界に?
全て話すと、魔界の神様は私に触れた。
私には生まれつき呪いがかかっていた、その痕跡があると言った。
死んだから少しずつ衰弱して死に至る呪いから解放された。私は病気ではなかったのだ。
家のことを聞かれた。私は家のことは何も知らないけど、とても裕福な家だったと思う。
お父さんは立派な服を、お母さんはきれいな服を着ていたし、私へのプレゼントもそう。そういえば病院の部屋は個室だった。
呪いの理由はわからない。でも家が関係しているだろう。両親や親戚かもしれないし、遠いご先祖が原因かもしれない。
はっきり言って、迷惑だ。
おかげで私はどこへも行けず、皆を悲しませて死んだのだから。
魔界の神様は私に部屋をくれた。ここがどこなのかはわからないけど、広い部屋だ。
でも病院と違って窓もない。あるのは机と椅子、ベッドだけだ。
そこで体をくれた。人形の体だった。
体は直ぐに慣れるからと言って、裸の私をベッドに寝せた後、彼女は去った。
後を追おうとして、人形の体を動かそうとしてもなかなか動かない。
指一本を動かすにも苦労した。寝返りも打てなかった。球体関節が恨めしい。
寝返りを打てるようになったらベッドから転げ落ちた。立ち上がれなかった。そもそも腕も足も満足に動かなかった。
私は歩くどころか這う事すらできなかったのだ。
余りに惨めで泣こうにも、泣けなかった。人形の体では泣けなかった。
助けを呼ぼうとした。叫ぼうとした。人形の体では何も話せなかった。
この部屋には誰も来ない。
本当は魔界ではなく地獄なのかと思った。
どれだけ時間が経っただろうか。
そういえば体があるのに何も飲んでいないし、食べてもいない。トイレに行こうとも思わない。
とりあえず私はベッドの上へ戻る為に、ベッドの足へ向かって這った。
腕を少しずつ動かして、ベッドの足を支えにする。立ち上がろうとして失敗した。
失敗して、失敗して、失敗して、失敗して、失敗して、何度も繰り返すうちに成功した。
でも立ち上がったら後ろ向きに転んでしまった。頭を打った。痛くない。人形の体だ。当然だ。
幾度も挑戦するうちに、私はいつの間にか床で寝てしまった。
肉体的な疲れや痛みは無くても、精神的には疲れてしまったのだ。
失敗を重ね、ようやく床ではなくベッドで寝ることができた。
這って、捕まり立ちをして、よじ登ることができたのだ。
此処まで何日経ったかなんて覚えていない。
そんな事よりも私はベッドで眠れることに喜びを覚えた。
今日からは歩くことに挑戦する。
ベッドを支えに足を動かそうとするが、そもそもどうやってベッドから降りようか。
結局転がり落ちた。転がることができるだけ私は進歩した。
床に叩きつけられたけど、痛くなかった。
ベッドに戻ろうとした。しまった、捕まり立ちからやり直しだ。
今度は思いのほかうまくいった。立った状態で右足を踏み出し、バランスを崩して転んだ。
何かで支えなくては体を立たすことができない。私はベッドへ向かった。
やがて、立つことができるようになった。
やがて、ゆっくりと歩くことができるようになった。
やがて、普通に歩くことができるようになった。
今度は机に向かう。立った時に気が付いたのだ。机の上に何か置かれている。
一冊の分厚い本だった。
立ったまま本を読むのは憚れる。そもそもこの体で立ったまま、分厚い本を読むことができるのか。
私は椅子に座ることにした。
椅子は机にぴったりとくっ付いていたので、引くにも苦労した。何度か転んだし、椅子を倒してしまった。椅子の位置を戻すのはもっと苦労した。何度か自分にぶつけてしまった。
椅子を壊してしまった。
もう座ることができないと泣いてしまった。折れた椅子の足を抱いて、泣き疲れて寝てしまった。
起きたら椅子は治っていた。
ここで私は自分が泣けたことに気が付いた。気が付いたらまた泣いた。
落ち着いた後、椅子を立たせることに成功した。
でも、押したら倒してしまった。
椅子を押すことにも成功した。満足のいく位置に椅子を移動させた。
ようやく私は座ることができた。
それで、どうしようか。
椅子に座ったまま、手前に引こうとして、私は転がってしまった。力加減がおかしかった。
椅子も倒れた。また、やり直し。
全て成功した。
ようやく本が読める。
よく見ると、本には鍵が付いていた。開かない。何で?
鍵を探す。ベッドにはない。
机には引き出しがあった。そこを探す。引き出そうをして勢い余ってお腹にぶつける。
少し痛かった。
痛い? 生前は何度も苦しんだ痛みだったが、この時は変にうれしかった。
引き出しの中に鍵があった。掴もうとするが、失敗する。指に細かな動きが必要だ。
何度かやっているうちに、指に引っ掛けることに成功する。そのまま鍵を机の上に置いて、本と並べた。
さて、どうしよう。どうやって鍵を開けよう。
鍵を掴もうとする。失敗。繰り返す、繰り返す、繰り返す、成功した。
次は本の鍵穴に通す。こちらも何度か挑戦してようやく成功。
私は本の1ページ目を開いた。
見たことが無い文字だった。でも何が書かれているか理解できた。
夢中で読んだ。書かれていることを試した。感動した。これは魔法だ。
楽しい。
次のページに進む。区切ることが出来たら、纏めてみる。試す。繰り返す。
ここには昼も夜もないのだ。人形の体に疲れはないのだ。
次のページへ、次のページへ、次のページへ、次のページへ……やがて空白になった。
「あれ?」
私は思わず口に出していた。続きが無い。その次のページも真っ白。思わず本を持ち上げ、下から表紙まで覗き込む。
くすくすと、笑い声が聞こえた。振り向くと魔界の神様がいた。
「ページが真っ白です」
「そうね」
本に目を戻してから気が付く。私、喋っていた。
「本が休みなさいって言ってるの。どうすれば分かるわよね」
疲れたら寝る。例え人形の体でも、中身は私なのだ。
私は頷くと、椅子から降りる。
「待ちなさい」
呼び止められる。
「鍵が掛かっていたでしょう? もう使わないならどうすればいいの?」
「……鍵を掛けます」
私は鍵を掴んで掛けようとする。魔界の神様は手助けをしてくれない。でも終わるまで居てくれるだろう。
不思議と安心感があった。
ようやく鍵をかけることに成功した。
今度こそベッドへ向かう。ベッドの上で横になり、魔界の神様におやすみを言った。
「はい、お休みなさい」
目を瞑ると、あっさり眠りに落ちた。
目が覚めると、魔界の神様はいなかった。寝る前の続きをしようと机に向かう。
本の上には書置きがあった。
『 本に続きが出ない理由はどちらか二つ。
一つ、本があなたに休めと言っている。
一つ、本に書かれている内容を間違って理解している。
あなたが起きても続きが書かれていないなら、数ページ前からやり直しなさい。
神綺』
魔界の神様は神綺と言うらしい。可愛らしい字だった。
どれだけ時間が経っただろうか。私は自由に動き回れるようになった。
行き詰った時は体を動かして気分転換や魔法の復習をしてみる。
特に気に入ったのは、ものを作る魔法。楽しくて人形を作ってみた。本と並行して進めてみる。
神綺様は時々訪れて私の進み具合を確認をする。
棚を作った。作った道具や人形を並べてみた。作る方に傾倒した時、神綺様に怒られた。
本の進み具合を見てもらった。神綺様に褒められた。
そんなこんなで時間は過ぎ、本を進めていった。
『初級、終わり。』最後のページにそう書かれていた。
神綺様がやってきた。鏡を作る様に、それも全身が映るような大きな鏡を作る様に言われた。
ちょっと怖い。だって、人形の体なのだ。
大丈夫、そういって神綺様は微笑んだ。だから私は作った。
恐る恐る私は映ってみる。鏡には人形ではなく、少し大きくなった裸の私が映っていた。
気が付いたら人形の体は血となり骨となり肉となってたのだ。顔に私の面影があるが、人形みたいに綺麗だった。
人形だった体は、完全に私の体になった。
神綺様が服をプレゼントしてくれた。青いリボンと白いブラウス、青いスカート。
「今日から『アリス』と名乗りなさい」
両親がくれた名前だ。でもそれは『唯の人間のアリス』。
魔界の街に『魔法使いのアリス』が誕生した。
どれだけ時間が経っただろうか。私は魔法の腕を磨き続け『死の少女』と呼ばれるようになった。
人間だったとき、呪いが掛かって生まれてきた私にはぴったりだ。
魔界の街に侵入者が現れた。
私は自分が作った人形と共に戦ったが負けた。
神綺様もやられたらしい。悔しくてぴーぴー泣いた。
困った顔をした神綺様が一冊の本をくれた。本当は、もう少ししたら渡す予定だったらしい。
『the Grimoire of Alice』
私の名前が冠され、私の為作られた魔導書。封印されていても溢れる魔力でわかる。これには究極の魔法が記されている。私がどこまで使いこなせるか。
人形作りをそっちのけにし、本格的に修行をした。
読みながらなら何とか使えるレベルに達した。すいぶん時間も使ってしまった。
私はあいつらのいる幻想郷へ向かった。
負けた。
焦りすぎた。じっくり修行して、レベルを上げるべきだった。他にも反省点がある。
相手は私が現れたことを警戒していた。『the Grimoire of Alice』は奥の手にするべきだった。
最初から使ったので、後が無くなったのだ。もっと頭を使い立ち回るべきだった。
せっかく作った人形も使って、ここぞという時に『the Grimoire of Alice』を使うべきだった。
実力不足もあるが、作戦ミスが大きい。
散々な目にあって、何とか魔界に帰る。出迎えてくれた神綺様にしがみついて泣いた。
やってやる。あいつらはもうどうでもいい。
魔法使いとして、レベルを上げてやる。
『the Grimoire of Alice』は私自身のレベルが上がるまで使うのを控えよう。
さて、レベルを上げるにはどうするか。
私は全ての属性を使うことができる万能らしい。神綺様曰くすばらしい才能だそうだ。
でもそれは器用貧乏であることも意味していた。一つ一つに割くことができる時間が減るからだ。
私はものを作り操ることが楽しかった。特に人形。
私は様々な人形を作り、操る魔法使いになる。
今まで以上に試してみる。
どうも私は器用らしい。思った以上の数を一度で扱えるようになった。
人形に属性も上乗せしてみる。それぞれに合うように、得意そうな武器も持たせてみる。上手くいく。
この前まで人形の体で這いつくばっていたのに、何でだろう? 人形の気持ちがわかるからかな?
そうだ、自分で動き自分で考える人形を作ろう。完全な自律人形を作るのだ。
自律人形を護衛に私自身が魔法を使いこなす。
魔法使いに研究は不可欠。
目標が決まった。
ふと気が付いたら服が小さくなっていた。魔法使いは体が成長しない筈だ。神綺様に尋ねる。
魔法使いには『捨食の魔法』と『捨虫の魔法』が必要になる。でも私は片方は使っていないようだ。
食事と睡眠を取る必要が無くなる『捨食の魔法』を私は身に付けている。人形から魔法使いなった時だ。寝てるけど。
でも成長を止めて不老になる『捨虫の魔法』は使っていない。私にこれを教えてなかった理由は、身体の成長を待っていたからだ。
『捨虫の魔法』を教わった。でも使うことは選択になる。人間としての部分を残した魔法使いになるか、完全に種族として魔法使いになるか。
私は選択した。人間として残った部分を捨てることを。
少し時間が経った。最近は修行や研究が停滞気味だ。うまくいかないときの習慣である仮眠も増えた。
魔界の環境は最高だが、どうも頼りすぎる気がする。神綺様もいるし私自身に甘えが見られた。一度環境を変えて自立するべきだろう。
幻想郷へ行くことを考えた。あいつらがいる。復讐する気はないが、あの場所は面白そうだ。
まずは幻想郷中を旅をして回ろう。気に入った場所があったら家でも建てようか。
神綺様に相談することにした。
「今日から『アリス・マーガトロイド』と名乗りなさい」
出立の挨拶をする為、神綺様へ伺ったとき私は私について話を聞いた。
人間だったとき私にかけられていた呪いは『マーガトロイド家』の『アリス』という少女に掛けられたものだった。要は名前がアリスなら自動的に掛かるのだ。
神綺様は最初から気が付いていた。
皮肉である。両親が付けた名前が原因の一つだったとは。私がこの事実に耐えられる様になるのを待っていたらしい。もし私が耐えられず、両親を逆恨みして呪う可能性があったからだ。それを実行できる力量もある。
名前は強い力を持つ。条件が限定的なら呪いは強化される。誰がどんな目的で呪いをマーガトロイド家に掛けたかは不明だ。
だが、今の私は魔界出身の魔法使い。もう関係ないし、この程度の呪いは人間のままでも問題なく跳ね返せる。
私は両親から貰った名と神綺様から貰った体で、再び幻想郷へ向かった。
物心が付いた頃にはよくわからない病気だった。だから病院の中から出たことが無かった。
両親は私に愛情を注いでくれた。ぬいぐるみ、人形、花、絵本、いろんなものをプレゼントしてくれた。
特に私は人形と魔法使いが出てくる本を気に入った。よく人形で遊んで、本は何度も読み返してすり減っていた。
お母さんに「大きくなった何になりたい?」そう聞かれた。
「魔法使いになりたい」そう答えると、お母さんは困った顔をした。
「いろんなまちに行ってみたい」と言うと、笑ってくれた。
お父さんはいろいろ持ってきてくれる。人形にはまちの名前をつけた。お父さんは困っていたが、もう決めた。
お気に入りのこの子は上海。
元気になったら行ってみたい。いろんなものが混じったまちだってお父さん言ってたから。
良い子にしていれば、病気を治せば外に出れると私は信じていた。だから悪い子にならない。良い子になろうと頑張った。
それでも、私は死んだ。
悪い子だった。両親がわんわん泣いたからだ。私をずっと診てくれたお医者様も、看護婦さんも、遊びに来てくれる友達も、他の病室の子もみんな泣いた。
お化粧をして、きれいな服を着せてもらった私の体は人形の様だった。
初めての外出は、私のお葬式だった。
死んだらあの世へ行き審判を受けるらしい。皆を泣かせたわたしは地獄行きだろうと思ったが、そうならなかった。
気が付いたら私は知らな場所にいた。多分ここは森の中。私は外を知らない。
あちこち彷徨っているうちに嫌になって座り込んでいると、女の人が私の前に現れた。赤い服に、左側だけまとめた白銀の長い髪。魔界の神様らしい。
私は魔界にいた。
神様ってみたことないけど、この女の人には6枚の羽があった。白くきれいな羽だ。聞けば黒くもできるらしい。
私は幽霊らしい。死んだから幽霊になるのはわかるけど、何で地獄ではなく魔界に?
全て話すと、魔界の神様は私に触れた。
私には生まれつき呪いがかかっていた、その痕跡があると言った。
死んだから少しずつ衰弱して死に至る呪いから解放された。私は病気ではなかったのだ。
家のことを聞かれた。私は家のことは何も知らないけど、とても裕福な家だったと思う。
お父さんは立派な服を、お母さんはきれいな服を着ていたし、私へのプレゼントもそう。そういえば病院の部屋は個室だった。
呪いの理由はわからない。でも家が関係しているだろう。両親や親戚かもしれないし、遠いご先祖が原因かもしれない。
はっきり言って、迷惑だ。
おかげで私はどこへも行けず、皆を悲しませて死んだのだから。
魔界の神様は私に部屋をくれた。ここがどこなのかはわからないけど、広い部屋だ。
でも病院と違って窓もない。あるのは机と椅子、ベッドだけだ。
そこで体をくれた。人形の体だった。
体は直ぐに慣れるからと言って、裸の私をベッドに寝せた後、彼女は去った。
後を追おうとして、人形の体を動かそうとしてもなかなか動かない。
指一本を動かすにも苦労した。寝返りも打てなかった。球体関節が恨めしい。
寝返りを打てるようになったらベッドから転げ落ちた。立ち上がれなかった。そもそも腕も足も満足に動かなかった。
私は歩くどころか這う事すらできなかったのだ。
余りに惨めで泣こうにも、泣けなかった。人形の体では泣けなかった。
助けを呼ぼうとした。叫ぼうとした。人形の体では何も話せなかった。
この部屋には誰も来ない。
本当は魔界ではなく地獄なのかと思った。
どれだけ時間が経っただろうか。
そういえば体があるのに何も飲んでいないし、食べてもいない。トイレに行こうとも思わない。
とりあえず私はベッドの上へ戻る為に、ベッドの足へ向かって這った。
腕を少しずつ動かして、ベッドの足を支えにする。立ち上がろうとして失敗した。
失敗して、失敗して、失敗して、失敗して、失敗して、何度も繰り返すうちに成功した。
でも立ち上がったら後ろ向きに転んでしまった。頭を打った。痛くない。人形の体だ。当然だ。
幾度も挑戦するうちに、私はいつの間にか床で寝てしまった。
肉体的な疲れや痛みは無くても、精神的には疲れてしまったのだ。
失敗を重ね、ようやく床ではなくベッドで寝ることができた。
這って、捕まり立ちをして、よじ登ることができたのだ。
此処まで何日経ったかなんて覚えていない。
そんな事よりも私はベッドで眠れることに喜びを覚えた。
今日からは歩くことに挑戦する。
ベッドを支えに足を動かそうとするが、そもそもどうやってベッドから降りようか。
結局転がり落ちた。転がることができるだけ私は進歩した。
床に叩きつけられたけど、痛くなかった。
ベッドに戻ろうとした。しまった、捕まり立ちからやり直しだ。
今度は思いのほかうまくいった。立った状態で右足を踏み出し、バランスを崩して転んだ。
何かで支えなくては体を立たすことができない。私はベッドへ向かった。
やがて、立つことができるようになった。
やがて、ゆっくりと歩くことができるようになった。
やがて、普通に歩くことができるようになった。
今度は机に向かう。立った時に気が付いたのだ。机の上に何か置かれている。
一冊の分厚い本だった。
立ったまま本を読むのは憚れる。そもそもこの体で立ったまま、分厚い本を読むことができるのか。
私は椅子に座ることにした。
椅子は机にぴったりとくっ付いていたので、引くにも苦労した。何度か転んだし、椅子を倒してしまった。椅子の位置を戻すのはもっと苦労した。何度か自分にぶつけてしまった。
椅子を壊してしまった。
もう座ることができないと泣いてしまった。折れた椅子の足を抱いて、泣き疲れて寝てしまった。
起きたら椅子は治っていた。
ここで私は自分が泣けたことに気が付いた。気が付いたらまた泣いた。
落ち着いた後、椅子を立たせることに成功した。
でも、押したら倒してしまった。
椅子を押すことにも成功した。満足のいく位置に椅子を移動させた。
ようやく私は座ることができた。
それで、どうしようか。
椅子に座ったまま、手前に引こうとして、私は転がってしまった。力加減がおかしかった。
椅子も倒れた。また、やり直し。
全て成功した。
ようやく本が読める。
よく見ると、本には鍵が付いていた。開かない。何で?
鍵を探す。ベッドにはない。
机には引き出しがあった。そこを探す。引き出そうをして勢い余ってお腹にぶつける。
少し痛かった。
痛い? 生前は何度も苦しんだ痛みだったが、この時は変にうれしかった。
引き出しの中に鍵があった。掴もうとするが、失敗する。指に細かな動きが必要だ。
何度かやっているうちに、指に引っ掛けることに成功する。そのまま鍵を机の上に置いて、本と並べた。
さて、どうしよう。どうやって鍵を開けよう。
鍵を掴もうとする。失敗。繰り返す、繰り返す、繰り返す、成功した。
次は本の鍵穴に通す。こちらも何度か挑戦してようやく成功。
私は本の1ページ目を開いた。
見たことが無い文字だった。でも何が書かれているか理解できた。
夢中で読んだ。書かれていることを試した。感動した。これは魔法だ。
楽しい。
次のページに進む。区切ることが出来たら、纏めてみる。試す。繰り返す。
ここには昼も夜もないのだ。人形の体に疲れはないのだ。
次のページへ、次のページへ、次のページへ、次のページへ……やがて空白になった。
「あれ?」
私は思わず口に出していた。続きが無い。その次のページも真っ白。思わず本を持ち上げ、下から表紙まで覗き込む。
くすくすと、笑い声が聞こえた。振り向くと魔界の神様がいた。
「ページが真っ白です」
「そうね」
本に目を戻してから気が付く。私、喋っていた。
「本が休みなさいって言ってるの。どうすれば分かるわよね」
疲れたら寝る。例え人形の体でも、中身は私なのだ。
私は頷くと、椅子から降りる。
「待ちなさい」
呼び止められる。
「鍵が掛かっていたでしょう? もう使わないならどうすればいいの?」
「……鍵を掛けます」
私は鍵を掴んで掛けようとする。魔界の神様は手助けをしてくれない。でも終わるまで居てくれるだろう。
不思議と安心感があった。
ようやく鍵をかけることに成功した。
今度こそベッドへ向かう。ベッドの上で横になり、魔界の神様におやすみを言った。
「はい、お休みなさい」
目を瞑ると、あっさり眠りに落ちた。
目が覚めると、魔界の神様はいなかった。寝る前の続きをしようと机に向かう。
本の上には書置きがあった。
『 本に続きが出ない理由はどちらか二つ。
一つ、本があなたに休めと言っている。
一つ、本に書かれている内容を間違って理解している。
あなたが起きても続きが書かれていないなら、数ページ前からやり直しなさい。
神綺』
魔界の神様は神綺と言うらしい。可愛らしい字だった。
どれだけ時間が経っただろうか。私は自由に動き回れるようになった。
行き詰った時は体を動かして気分転換や魔法の復習をしてみる。
特に気に入ったのは、ものを作る魔法。楽しくて人形を作ってみた。本と並行して進めてみる。
神綺様は時々訪れて私の進み具合を確認をする。
棚を作った。作った道具や人形を並べてみた。作る方に傾倒した時、神綺様に怒られた。
本の進み具合を見てもらった。神綺様に褒められた。
そんなこんなで時間は過ぎ、本を進めていった。
『初級、終わり。』最後のページにそう書かれていた。
神綺様がやってきた。鏡を作る様に、それも全身が映るような大きな鏡を作る様に言われた。
ちょっと怖い。だって、人形の体なのだ。
大丈夫、そういって神綺様は微笑んだ。だから私は作った。
恐る恐る私は映ってみる。鏡には人形ではなく、少し大きくなった裸の私が映っていた。
気が付いたら人形の体は血となり骨となり肉となってたのだ。顔に私の面影があるが、人形みたいに綺麗だった。
人形だった体は、完全に私の体になった。
神綺様が服をプレゼントしてくれた。青いリボンと白いブラウス、青いスカート。
「今日から『アリス』と名乗りなさい」
両親がくれた名前だ。でもそれは『唯の人間のアリス』。
魔界の街に『魔法使いのアリス』が誕生した。
どれだけ時間が経っただろうか。私は魔法の腕を磨き続け『死の少女』と呼ばれるようになった。
人間だったとき、呪いが掛かって生まれてきた私にはぴったりだ。
魔界の街に侵入者が現れた。
私は自分が作った人形と共に戦ったが負けた。
神綺様もやられたらしい。悔しくてぴーぴー泣いた。
困った顔をした神綺様が一冊の本をくれた。本当は、もう少ししたら渡す予定だったらしい。
『the Grimoire of Alice』
私の名前が冠され、私の為作られた魔導書。封印されていても溢れる魔力でわかる。これには究極の魔法が記されている。私がどこまで使いこなせるか。
人形作りをそっちのけにし、本格的に修行をした。
読みながらなら何とか使えるレベルに達した。すいぶん時間も使ってしまった。
私はあいつらのいる幻想郷へ向かった。
負けた。
焦りすぎた。じっくり修行して、レベルを上げるべきだった。他にも反省点がある。
相手は私が現れたことを警戒していた。『the Grimoire of Alice』は奥の手にするべきだった。
最初から使ったので、後が無くなったのだ。もっと頭を使い立ち回るべきだった。
せっかく作った人形も使って、ここぞという時に『the Grimoire of Alice』を使うべきだった。
実力不足もあるが、作戦ミスが大きい。
散々な目にあって、何とか魔界に帰る。出迎えてくれた神綺様にしがみついて泣いた。
やってやる。あいつらはもうどうでもいい。
魔法使いとして、レベルを上げてやる。
『the Grimoire of Alice』は私自身のレベルが上がるまで使うのを控えよう。
さて、レベルを上げるにはどうするか。
私は全ての属性を使うことができる万能らしい。神綺様曰くすばらしい才能だそうだ。
でもそれは器用貧乏であることも意味していた。一つ一つに割くことができる時間が減るからだ。
私はものを作り操ることが楽しかった。特に人形。
私は様々な人形を作り、操る魔法使いになる。
今まで以上に試してみる。
どうも私は器用らしい。思った以上の数を一度で扱えるようになった。
人形に属性も上乗せしてみる。それぞれに合うように、得意そうな武器も持たせてみる。上手くいく。
この前まで人形の体で這いつくばっていたのに、何でだろう? 人形の気持ちがわかるからかな?
そうだ、自分で動き自分で考える人形を作ろう。完全な自律人形を作るのだ。
自律人形を護衛に私自身が魔法を使いこなす。
魔法使いに研究は不可欠。
目標が決まった。
ふと気が付いたら服が小さくなっていた。魔法使いは体が成長しない筈だ。神綺様に尋ねる。
魔法使いには『捨食の魔法』と『捨虫の魔法』が必要になる。でも私は片方は使っていないようだ。
食事と睡眠を取る必要が無くなる『捨食の魔法』を私は身に付けている。人形から魔法使いなった時だ。寝てるけど。
でも成長を止めて不老になる『捨虫の魔法』は使っていない。私にこれを教えてなかった理由は、身体の成長を待っていたからだ。
『捨虫の魔法』を教わった。でも使うことは選択になる。人間としての部分を残した魔法使いになるか、完全に種族として魔法使いになるか。
私は選択した。人間として残った部分を捨てることを。
少し時間が経った。最近は修行や研究が停滞気味だ。うまくいかないときの習慣である仮眠も増えた。
魔界の環境は最高だが、どうも頼りすぎる気がする。神綺様もいるし私自身に甘えが見られた。一度環境を変えて自立するべきだろう。
幻想郷へ行くことを考えた。あいつらがいる。復讐する気はないが、あの場所は面白そうだ。
まずは幻想郷中を旅をして回ろう。気に入った場所があったら家でも建てようか。
神綺様に相談することにした。
「今日から『アリス・マーガトロイド』と名乗りなさい」
出立の挨拶をする為、神綺様へ伺ったとき私は私について話を聞いた。
人間だったとき私にかけられていた呪いは『マーガトロイド家』の『アリス』という少女に掛けられたものだった。要は名前がアリスなら自動的に掛かるのだ。
神綺様は最初から気が付いていた。
皮肉である。両親が付けた名前が原因の一つだったとは。私がこの事実に耐えられる様になるのを待っていたらしい。もし私が耐えられず、両親を逆恨みして呪う可能性があったからだ。それを実行できる力量もある。
名前は強い力を持つ。条件が限定的なら呪いは強化される。誰がどんな目的で呪いをマーガトロイド家に掛けたかは不明だ。
だが、今の私は魔界出身の魔法使い。もう関係ないし、この程度の呪いは人間のままでも問題なく跳ね返せる。
私は両親から貰った名と神綺様から貰った体で、再び幻想郷へ向かった。
他の魔界キャラも出てきたほうが賑やかだったかと思います。
旧作キャラあんまり知りませんけどね。
最近は修行や研究が最近は停滞気味だ。
のように文章がくどいところが散見されるので、一度推敲したほうが良いのではないでしょうか。
こういうアリスも良いですね
ただ、文章中に”?”で問われたことには、答えがあって欲しかったです。
脱字(句点ぬけ)
>お化粧をして、きれいな服を着せてもらった私の体は人形の様だった
人形でも人間になれる、人形だったから人形の気持ちがわかる、原作の設定が上手く纏められていた気がしますね。あとは本気を出さないとこだけか……
このアリスちゃんがどう幻想郷で活躍するのか、想像するのがとても楽しみになるSSです!ありがとうございました!
ただ何となくですが、思いついたままにざざざーっと書いて終わり、みたいな印象を受けたような……
>気が付いたら私は知らな場所にいた。
>人形から魔法使いなった時だ。
みたいな脱字もそういう印象を強めたかもしれません。
違いましたら、ごめんなさい。