「はがれないシールにDって書いて、とれんでぃー」
姫海棠はたて、マイナス五ポイント。そんな声が聞こえた気がして、その鴉天狗は『D』とだけ書かれた手帳のページを破り取って捨てた。
あー、などとぼやきながら見上げる空は、恨めしいくらいに青い。
「何書けばウケるんだろ……」
はたてが手にしているのは、彼女自身が制作・発行している新聞だ。その名も『花果子念報』。このタイトルは自分でも気に入っている。
載せるテーマに縛りはなく自由奔放、その時面白いと思った話題やニュースについて取材し、書く。鴉天狗の新聞は皆そうだ。
彼女なりに面白いと思ったネタを書いてはいるのだが、どうにも売り上げは芳しくないようで、
「面白いってなんだろう……わかんなくなっちゃった」
――などとため息をつくのも致し方ない現状なのである。
やがて彼女が取り出したのは、別の新聞。『文々。新聞』と銘打たれたそれは、彼女の親友にして最大のライバル・射命丸文の発行する新聞だ。
先日、妖怪の山のみならず人間の住む里でも、多くの人間がこの新聞を手にしているのを見て以来、はたての心にはジェラシーの炎が燃えさかるばかり。
天狗の新聞は良くも悪くも気ままで、時にだが正確性に欠けることもある。文は特にスピードを売りにしていることもあってか、誤解を招く表現や思い込みなんかが多分に含まれることも珍しくない。
それでも文の新聞が売れている以上、そこには『面白ければ正義』という覆しようのない事実が見え隠れする。
文々。新聞の方へ改めて目を通す。一面記事は『河童の技術は世界一! 浄水装置、近く実用化へ』。河城にとりを中心とした河童チームが、多少の汚れた水であれば飲料に適するレベルまで浄化を可能にする装置のテストに成功した、ということらしい。
当然のようにでかでかと写真が載っている――が、肝心の装置は殆ど見えていない。河童チームもリーダーのにとりが半分見切れているだけ。
では何がそんなに大きく写っているのかと言うと、満点スマイルな文の顔であった。まさかの自撮り、まさかの観光地気分、まさかの主役無視。
傍若無人の限りを尽くされた紙面なのに、『文ちゃんかわいい』という理由で新聞はバカ売れ。世の男なんて単純だ。
「ぶーっ」
唇を尖らせてブーたれるはたて。写真の七割を占める文の顔に落書き開始。
少し強い風が吹いて、彼女の二つに括った髪と、紫と黒のチェックが印象的なスカートを揺らしていく。
「ごきげんよう、新聞記者さん」
そんな声が掛かったのは、はたてが文の目元に七本目の小皺を書き込んだ時であった。
「へ?」
顔を上げると、誰もいない。彼女が腰掛けているのは里の入り口付近にある柵。見渡しても姿はなく、里の方を見ても特にこちらへ注意を払う者はいない。
「ここよ、ここ」
「わひゃあ!」
彼女は飛び上がらんばかりに驚いた。声もそうだが、ぬぅ、と背後から肩越しに出てきた腕。誰もいなかった筈なのに。
振り返れば、何もない空間から、ひょいと飛び降りる者有り。
「な、な、なんであんたが」
「んー? なんか、ため息が聞こえたからですわ」
おほほほー、と八雲紫はわざとらしく笑ってみせた。彼女ははたてが持つ新聞を目ざとく見つけ、くすりと笑み。
「苦労してるのね」
「うるさい」
出会って数秒ではたての胸中を全て見抜いたかのような言葉を向ける紫に、彼女はむっとした顔を作る。その心境を鑑みれば無理もないことであろう。
だが、このスキマ妖怪の次ぐ言葉に、はたては否が応でも興味を向けてしまうのだった。
「そんな怖い顔されると困るわぁ。今日はちょっと、面白いものを持ってきてるのに」
「……おもしろい、もの?」
新聞記者である以上、好奇心は彼女の心を構成する大きな要素。この胡散臭さ幻想郷代表を誇る妖怪に、面白いと言わしめる物。半信半疑とは言え、鴉天狗のスクープセンサーが敏感に反応する。
「ええ。その名も『はやりの消しゴム』」
「……はやりの、消しゴム?」
「いえーすざっつらい」
オウム返しするはたてと、流暢とは言い難い発音の紫。このスキマ妖怪が袖の中から取り出したるは、薄紫色の紙ケースに包まれた、何の変哲もない消しゴム。
「わざわざそんな言い方するってコトは、普通の消しゴムじゃないのね?」
「さあ? その効果は、手にした者だけが分かる……とだけ」
「その消しゴム自体が、なんかの流行なの?」
「手にした者だけが、分かるのですわ」
当然のような質問にも、紫は曖昧な笑みを浮かべるだけ。はたての黙考は、十秒にも満たなかった。
「……ほしい、って言ったら?」
「タダではないの。一個三百円」
「……買うよ」
「まいどありー」
消しゴムにしては結構な高額だ。しかしはたては迷わず購入を決めた。
紫に代金を渡し、代わりにその『はやりの消しゴム』とやらを受け取る。
ぐよぐよした、少し硬めの触り心地は紛れもない消しゴム。
(手に取ってみても、普通の消しゴムにしか……)
「ねぇ、ゆか……」
質問しようと顔を上げた時、紫の姿はもうどこにもなかった。どうして良いか分からず、はたては頬を掻いた。
わざわざあんな物言いをするからには、何かがあるのだろう。そう考えての購入だった。よしんば騙されたとしても三百円ならさしたるダメージもなし。ついでにその、思い悩む思春期女子を手玉に取るかのような意地悪商法を記事にしてしまえばいい。
ふと見ると、里の入り口に見慣れた姿。大きなカメラを片手で支え、ピースサインまで作って自撮り。文である。
ぱしゃぱしゃ、とシャッターを切る音に吸い寄せられるように集まる人々。その手に渡っていく新聞。我知らずぎりり、歯噛みするはたて。
「今に見てなさい……!」
颯爽と踵を返し、自宅へと向かう。その途中少し立ち止まり、先の新聞にでかでかと載った文の顔に、八本目の小皺を書き込んだ。
・
・
・
机に向かい、腕を組んだまま十分が経過した。
手書きされた新聞の下書き――アナクロニズムこそ新聞に欠かせない要素、とははたての弁――と、その上に転がった例の消しゴム。
「消しゴムってコトは、字を消すのよね?」
一人ごちて、鉛筆を手に取った。とりあえず、普通に使ってみることにしたのだ。
かりかり、静かな部屋に鉛筆の音。こんな時に限ってペースは快調、誤字も修正もありはしない。
気付けば一時間が経過しており、制作の順調ぶりとは裏腹にはたてはため息。
(んじゃ、試しに……)
彼女はメモ帳を取り出すと少し考え、『カメラ』と記す。一番手元にあった物――見た目は携帯電話だが――の名前を書いたに過ぎない。
続いてあの『はやりの消しゴム』をメモ帳に押し当て、一度、二度――
「あれっ」
――驚きの声が上がる。一回擦っただけで、『カメラ』の文字は消えてしまった。どんなに良い消しゴムでも、一回擦るだけで跡すら残さず字を消せるなんて聞いたことがない。
(もしかして、そのまんま高性能だから流行ってる消しゴムってこと?)
真っ白なメモを見てそんな思いが過ぎる。じゃあ、と呟いて、はたては鉛筆を握り直し『姫海棠はたて』と己のフルネームを書いた。
そうして消しゴムに持ち替え、ごし、ごし。だが――
「……あれー? 消えない……」
今度は字が全く消えない。一回目はあんなにもあっさり消えたのに、今度は何度擦っても字は掠れもしない。先に紙の方が傷付いてくる始末。
首を傾げ、普通の消しゴムで字を消した。
(変なの)
一体全体、何がどう『はやり』なのか。謎だらけで頭が痛くなってきたはたては、書きかけの下書きをそのままに布団へと飛び込んだ。
普段より長い睡眠を経て翌朝。消しゴムの謎が気になってなかなか寝付けなかった。当の物体をポケットに入れたまま、外へ。
(もっかいやってみたけど、やっぱり字は消えないし……やっぱ騙された?)
今朝、もう一度字を消すことにトライしたが結果は同じ。一抹の不安は過ぎるが、最初の完璧な消し具合を思うと一概には決め付けられなかった。
ならば直接訊いてみようと、昨日紫に会った場所――里へ。そこで彼女は、意外な光景を目にすることとなった。
「んえ?」
里の大通りに足を踏み入れると、右から左から、ぱしゃりぱしゃり。まるで記者会見でも行われているかのような、フラッシュの洪水。
見やれば、あちらこちらで記念撮影が行われている。何かのイベントだっただろうか、しかし通りの様相自体は普段と全く変わらない。
(なんでこんなに撮影が?)
しかも、鴉天狗に撮って貰う者もいれば、河童が開発したらしいいわゆる使い捨てカメラを使う者、なかにはピカピカの銀塩カメラを手にした人間の姿もある。
皆が皆写真を撮りまくるその光景はどこか不思議で、思わず足を止めるはたて。と、彼女もまたカメラ持ちであることが早くもバレたようで、気付けば周りには黒山の人だかり。
「カメラ持ってるの? 見せてみせて!」
「平べったくてへんな形だけど、これもカメラ?」
「写真撮れる?」
「どこで買ったんだい?」
「わ、わわわわ」
矢継ぎ早な質問を受け、インタビューすることはあってもされることには慣れていないはたては目を白黒させる。一点モノであることだけを答え、人妖問わないその囲いから空を飛んで脱出した。
「ふへぇ。なんだって、急にカメラなの……あっ!?」
里から少し離れ、湖付近。木に腰掛けたはたては、思考を巡らせるまでもなく答えを見つけた。ポケットを探り、あの『はやりの消しゴム』を取り出す。
「……やっぱり」
呟いた彼女の視線の先には、消しゴムの先端部分。新品同様の角張った姿、その先端面に転写された『カメラ』の文字。明らかにはたての筆跡だった。
「はやりの消しゴムって……」
(書いて、消したモノが……人々の間で『流行る』消しゴム……)
呆然と呟く。あのカメラに、写真に熱狂する人々の姿。あれを流行と言わずして何と言おう。信じられなかったが、確かにその目で見たのだ。
暫しぼけっと座りながら消しゴムを弄んでいたはたてだったが、不意に木から降りると羽を広げ、一直線に自宅へと戻っていった。
今まで撮った写真のアルバムや取材用のデータ、にとりに以前貰ったカメラの広告チラシなんかを机に広げ、書きかけの下書きをしまって新しい紙に下書きの鉛筆を走らせる。
それなりの期間記者として活動してきたはたての、間違いなき最速のスピードで新聞が完成した時、既に辺りは真っ暗だった。
僅か三ページの、新聞と言うよりおまけ記事。だがその後三時間だけ眠り、多少の数印刷したそれを鞄に押し込んではたては家を飛び出した。
まだ朝靄の残る里の大通りには、早くもカメラを持った人々が多い。様々な景色、色んな時間帯で撮ってみたくなるのはカメラマンの性だろうか。そんな集団へ向けて、はたては声を張る。
「おはようございまーす! 本日は今流行りのカメラ特集でーす! 初めての方でも安心の情報がいっぱい! ぜひぜひごらんくださーい」
その声を聞いた人々が、徐々にはたての周りへ集まっていく。ページ数が少ないので普段より低い価格設定なこともあり、彼女の新聞は飛ぶように売れていく。
一晩かけて、少ない初期投資でも始められるカメラや写真撮影のコツ、お勧めの撮影スポットなんかを特集したのだ。部数自体がそこまで多くなかったこともあり、あっという間に完売。
(うっそーん……)
新聞がなくなり、代わりにその代金で重くなった鞄を抱え、彼女は自分の作った新聞を読みふける人々を遠くから眺めていた。人々のニーズを完璧に捉えてみせたのだ、その評判もどうやら上々のよう。
何故か一緒に写真を撮って欲しいと頼まれ、一家や子供達と記念撮影なんかをしている内に昼。流石に眠気が厳しく、はたては自宅へ引き上げた。
(すごい効果ね。これがあれば……あれ?)
ポケットに入れっ放しだった例の消しゴムを取り出すと、新品同様だった筈の消しゴムは半分の大きさになっており、使い込んだように先が丸く削れている。『カメラ』の文字も既に消えていた。
「効果切れとかあるのかしら……」
彼女の呟きはまさに的中し、翌朝もう一度里へ足を運ぶと、シャッターの音は殆ど聞こえず、いつも通りの景色が戻っていた。もっとも一部の人間はそのままカメラを持ち歩いており、趣味として少し定着したようではあるが。
(まあいいや。次は何にしよう……多くの人にウケそうなものがいいかな)
予め流行らせたいものの特集記事を書いておき、消しゴムで流行らせ、新聞を売りまくる。完璧な作戦だった。今度は内容も更に充実させ、部数も増やす。野望に燃えるはたての目。
しかし彼女はすぐには着手せず、里から戻る足で自宅ではなく別の家へ。
「あーやー! これ見てー!」
どんどんと扉を叩き、返事も聞かずに中へ。家主――射命丸文は、はたての姿を見て困ったように眉を垂れる。
「んもー、なんですか。今ちょっと忙しいんですよー」
「それはお互い様でしょ? これ見て! すっごい売れちゃった」
「あややや」
じゃらり、と素敵な重量感が詰まった小さな鞄に触れ、文は驚いた様子だ。
正直な話をすれば、文へ売り上げを自慢しに来ただけである。完売などそうそうあることではなく、はたては得意気だ。
「はたてもやればできるんですねー。よしよし」
かと思えば頭を撫でられ、はたては顔を真っ赤にする。
「なっ、なっ! 何すんのよ、子供扱いしないでよね! 私には秘策があるんだから! そんな余裕も今の内よ!」
頬を膨らませるはたてと、そんな彼女を実に楽しそうな表情で見ながら原稿の下書きを進める文。はたてもその横に座り、作業風景を眺める。
「ネタ、取らないで下さいね」
「しないわよ。プライドってモンがあるの」
「へぇー」
「何よその目!」
「んー。立派だなーって思っただけですよ……あやや」
会話をしながらだったせいか、文が不意に作業の手を止めた。
「ごめんなさい、消しゴムってあります? 切らしちゃって」
「んもー、しょうがないわね」
はたては無意識のまま、妙な優越感と共にポケットに入っていた消しゴムを貸してやる。
「わぁ、ありがとうございます。使いやすいですねコレ」
「変なお世辞ね」
すぐに返却され、互いにくすりと笑った。
それから一時間程度ではたても帰宅し、すぐに記事の下書きを始め――ようとして、何かに気付いた。
(あれ、そういえば私……)
ポケットを探り、はたての口が『あ』の形で硬直した。
「あああああああぁぁぁっ!?」
紫から買った『はやりの消しゴム』。その丸くなった先端部にしっかと刻まれた『文々。新聞』の文字。驚愕、そしてちょっとした絶望。
己の迂闊さを呪うしかなかった。何の気もなしに、誤って『はやりの消しゴム』を文へ貸してしまったのだ。しかもよりによって新聞のタイトル部。
その後の結末は、予言者じゃなくたって予想出来た。翌朝そっと里の様子を見に行くと、黒山の人だかり。その中心部には文の姿。
「はーい、押さないでー……っと。まだまだいっぱいありますからねー」
消しゴムの効果は完璧で、『文々。新聞』が人々の間で大流行。元々の人気――新聞というよりは、文自身――もあって、はたての時よりも更に凄まじいペースで売れていく新聞。
呆然と眺めていたら、文がこちらに気付いた。鴉天狗の眼力は伊達ではない。
「あっ、はたて! ちょうどいいトコロに! 売るの手伝ってー!」
「……」
一瞬だけ考え、はたては無言で新聞の束を受け取った。すぐになくなった。
・
・
・
・
見慣れたいつもの机を前に、はたてはむくれていた。
「なんでよりによって文の新聞がー!」
がったんごっとん、椅子を前後に揺らす。あれから二日経ち、消しゴムの効果は消滅した。が、カメラの時に新たな趣味としてのカメラや撮った写真など、影響の名残があったように、今回の騒動で文の人気にはますます火が付いたらしい。
いつ見ても新聞が売れている文と、苦戦するはたて。その違いを考えるだけで、嫉妬と悔しさで食事もご飯一杯しか喉を通らない。
なお、カメラで消しゴムの半分が消えたことで予想はしていたが――『文々。新聞』のブームが訪れると同時に、消しゴムの残り半分も消滅してしまった。残ったのは紙のケースだけ。
『いやあ、最近は売り上げのお金を使う暇もないくらいに忙しくて。お金で時間は買えませんからねー』
せめてからかってやろうかと先程会いに行った時はそんな贅沢な悩みを吐露され、人知れずハンカチを噛み締めた。ますます椅子の揺れは激しくなる。
が、流石に床が痛みそうだったので椅子を降りる。カメラにメモ帳、財布。彼女にとって必要最低限のツールだけを装備し、外へ出た。
いつまでも羨んでも仕方ない、と何とか冷静な考えを取り戻す。それより、次なるネタを探すついでに散歩でもした方が心身に良い。
「ねぇ、何か最近流行ってるモノとかある?」
「え? うーん……わたしはジャム作りが最近楽しくって。ビスケットにぬるとおいしいんですよ」
通りがかりの妖精に話を聞いたりしつつ、適当にぶらぶら。
(お料理特集でもしようかしら……)
悪くないアイディアかも知れない。メモ帳に『幻想きょうの料理』『はたテリーヌ、またはめし処はた亭』『貝類NG』などと書き殴りながら歩くはたての足が、不意に止まった。
湖のほとり、木にもたれかかって物憂げな表情の紫を見つけたからだ。落ちてきた若葉をキャッチし、そっと吹いてひらひら。まるで映画のワンシーンのように美しい。
この後に登場するのが麗しき青年であるならばロマンス確定なものだが、
「ちょっと、紫ぃー!」
視界内へ滑り込むようにしてはたてが怒鳴りながら飛んできたのだから、ムードも何もあったものではない。
「あらあらこれは。乙女のたそがれの真っ最中だったのに」
「意味もなくそんな顔しなーい! それより、こないだのアレ!」
ムードに浸っていた――周りは遊んでいる妖精でかしましいが――紫にクレーマーのような口調でまくしたてようとして、はたては口をつぐんだ。
(考えてみれば、別に騙されてもハメられてもないし……)
そう、消しゴムの効果は確かだった。事実、自分の新聞だって売れたのだ。
少し考え、また物憂げな表情になって空を眺め始めた紫の肩をつつく。
「そ、その。こないだの消しゴム、もう一個欲しいんだけど」
「お生憎様、在庫はあれ一個こっきりよ」
「そんなあ」
「満足出来なかった?」
「えっと、いや、うーん……」
しかし返ってきた答えにがっくり肩を落とす。そんな彼女を見かねてか、今度は紫がはたての肩をぽんぽん、と叩く。
「まあまあ、乙女がそんなカオするのは想い人に会えない時だけにしなさいな。
一応、違うモノはあるんだけど」
「え、ホントに!? 見せてみせて!」
思ってもみない言葉に、はたての目が輝く。すると紫は、やはり袖の中から何かを取り出してみせた。ポケットでもあるのだろうか。
「その名も、『はやりのサングラス』よ」
「はやりの……サングラスぅ?」
「おーらい、おーらい」
やはり流暢とは言い難い発音で紫は頷く。これではフライ捕球だ。
「どんな効果なの?」
「手にした者だけが、分かるのですわ」
はたては当然のように訊くが、テンプレート的回答が返ってきただけだった。見た目は普通のサングラスのようにしか見えないのは、消しゴムの時と同じだ。
短い思考時間を経て、彼女は再度口を開く。
「売ってもらえる?」
「一個三千円」
「む、む……わかった」
跳ね上がる価格に、はたては一瞬だけ迷いを見せた。が、購入。
何だかんだで――余計なくらいに――効果のあった消しゴムのことを考えると、今度こそ、という思いが湧いてくる。今度こそ失敗しない。今度こそ、文に吠え面かかせたい。泣かせたい。そしてその後抱き締めたい。
「ちょっとかけてみていい?」
「どうぞ。それはもう、あなたの物だから」
代金と引き替えに受け取ったサングラス。紫に断ってから、はたてはそれをかけてみた。と――
『山菜の天ぷら』
「……はい?」
唐突に見えた文字列は、確かにそう書いてあった。疑問符を頭の上に五個は浮かべながらサングラスを外す。紫が何故か少し頬を染めて笑っているだけ。
もう一度かける。
『抹茶塩だと尚良し』
「……」
「あら、そんなに見つめられると照れますわ」
恥じらう紫の声で気付いたが、はたては彼女の顔を凝視していたようだ。
そして確信する。今の妙にお腹の空く文句は、彼女の顔に書いてあったものだと。
サングラスを外すと、文字は消えた。ぐぎゅる、どこからか腹の虫。
はたては少し考え、紫の顔を見た。
「……今から丁度お昼だし。うち、来る?」
「あら、何だか悪いわ」
「山菜あるし、天ぷらでもどう?」
「いやんそんな、嬉しいけど」
「いらないの?」
「ではご相伴に預かりましょう」
形式上二度断り、三度目で申し出を受けた紫だが、そのしてやったり感まんまんの表情をはたては見逃さなかった。
自宅へ向かう道すがらの『藍がね、最近よく作ってくれるの。天ぷら』という言葉もあって、ああなるほどとはたては一人頷く。
(かけて人を見ると、その人の欲しいものやマイブーム、言わば『流行り』が顔に書かれるサングラス、ね)
顔に書いてある、とはよく言ったもので。解説を貰うまでもなく理解し、ポケットに入れたサングラスの感触を服の上から確かめる。
(これで人々の流行をリサーチすれば……)
「そしたら、橙がさぁ……おーい、聞いてるー?」
「あ、ええ。ごめんなさい、聞いてるわよ」
消しゴム程直接的とはいかないが、新聞売り上げへの活用は十分可能だ。効果は既に、目の前で楽器のように天ぷらのサクサク音を響かせ続けるスキマ妖怪が証明してくれた。
買ってきた食材を残らず飲み込まれ、支払った金額以上に出費は大きかったが、その分はたての表情は燃えている。一度は完売したあの時のようなシナリオを思い描き、ニヤニヤ笑いながらの就寝。
翌朝、昼頃の最も人通りが多い時間帯を狙って彼女は里へ繰り出す。その手には無論、例のサングラス。
(今度こそ、私が勝つんだから!)
文への対抗心をガンガンに燃やし、そのエネルギーで全力滑空。あっという間にはたての姿は人混みに溶けていく。
――それから一時間後。はたてはひっそりと、自宅へ帰り着いていた。
玄関ドアを乱暴に閉め、布団にダイブ。
「うあああああん! くやしいーーー!!」
かと思えば泣き始め、足バタバタ。その日はたては、枕を涙でしんなりと湿らせたという。
無理もなかろう。彼女がサングラスをかけ、人々のマイブームをリサーチ。それは良い。
だが道行く人々、特に男性の八割強の顔には『射命丸文』の文字があったのだから。
・
・
・
・
ファンクラブが出来ている、との噂を聞いた。
それが自分のことなら、嬉しいながらも信じられないという心地になるだろうが、それが文のことだと聞いたのだから、悔しいが信じざるを得ない。
(……うー)
今日はそれなりに新聞が売れた。が、横目でみた文の新聞がその倍近いペースで売れていくのを見ると、喜びにも陰りが差す。
親友としてその活躍を喜ぶか、ライバルとして悔しがるか。自分でも残念には思っていたが、今のはたては圧倒的に後者であった。
(私自身に、魅力がないのかなぁ)
文自身の人気で売り上げを勝ち取っているの部分があるのは事実だろう。そうすると、自分自身はどうなのかと思ってしまう。ここの所、鏡の前で身だしなみを整える時間が増えた。
いっそ彼女のことを特集して記事にすればきっと売れるだろう。が、それをしないだけのプライドと肖像権の概念はまだあった。
その日の昼下がり、はたてはとぼとぼと里の通りを歩く。手にしたメモ帳に新たな項目はない。最近浮かんだネタも、料理特集くらいしか面白くなりそうなものがなく、たまに何かを書き込んでも二重線で消されるばかり。
『お菓子作り特集』『主婦へインタビュー』『いっそ貝類』『はたての買い柱 ←最終手段』などと数少ない書き足し項目を何度か見返しつつ、遠目に通りを奥まで見渡す。と、その視界の片隅に見覚えのある影が。
「あ……」
道端に何やら白いクロスのかかったテーブル。そこに座る怪しげなオーラを纏った人物。見紛う筈もなく、はたては全力でその人物の下へ飛んでいった。
「ゆ、紫!」
「あらあら、ごきげんよう」
まるで待っていましたと言わんばかり。その天井知らずな胡散臭さが人を寄せ付けないのか、その美貌にも関わらず彼女の待ち構える一角の人通りは少ない。ある種好都合だった。
「先日の商品はいかが? 満足されて?」
「あ、あー……うん、まあ。確かにすごい効果だったよ。それよりさ」
「それは、よう御座いましたわ」
「その……他に、ないかな。もっと、もっとすごい効果のやつ」
座ったままでも優雅と感じさせる一礼。それが終わらない内に、はたては畳みかけた。
瞬きひとつ、紫がはたてを見据える。気のせいか、その瞳がきらりと輝いたような気がして、はたては少し背筋を伸ばした。
「もっと、凄いもの……ね。あるには、あるけれど」
「み、見せて! お願い!」
テーブルに手を着き、身を乗り出す。すると紫は、袖口から小さな小瓶を取り出し、置いた。
「……『はやりの香水』。お望み通り、もっと凄い効果よ」
「香水……か。欲しいんだけど、いくら?」
「考えないの?」
「いいから!」
有無を言わさない勢いのはたてに、紫は目を細めた。まるで、血気盛んな若者を見守る保護者のような――。
「――三万円、よ」
「うぐ、高い」
「申し訳ないけれど、ビタ一文たりともまからないわ。これが下限」
「むむ……」
言おうとしたことを先読みされ、はたては言葉に詰まった。三百円、三千円ときて、三万円。消しゴムの百倍だ。
幸い持ち合わせはある。が、流石にポンと出せる金額でもない。結局考える羽目となった彼女に、紫が口を開いた。
「買わなければ、他の誰かにお売りするまで。鴉天狗は特に、こういう怪しいアイテムは好きそうだし」
「!!」
脳裏にちらつく文の顔。対抗心が一際燃え盛って、顔が熱くなった。
「……ちょうだい!」
「まいどー」
まるで初対面のような直前の会話から一転、気の抜けた口調に戻って紫が笑った。呑まれた、とは思ったが引くつもりもなかった。財布から紙幣を三枚、手渡す。
「おっけーい、ぐっびじねす」
流暢さなどどこかへ放り投げた微妙な英語と共に、紫から薄紫色の小瓶を受け取った。『あ、これもサービス』と、瓶の口にぴったり合う噴霧器も続いて手渡される。
それでお開きかと思われたが、不意に紫が神妙な顔になって手招き。顔を近付けろ、ということだろうか、はたてはそれに従った。
「ひとつだけ……一回にひと噴き。それ以上を求めないこと」
「……? う、うん。わかった」
後半部はいまいちよく分からなかったが、とりあえず言いたいことは分かったので頷く。瓶に視線を移すと、瓶そのものは無色透明で菱形のような変わったデザイン。
「そこまで言うからにはすごいんでしょうけど、どんな効果なの?」
はたてが顔を上げる。だが、答える者はもういなかった。白いテーブルクロスだけが、そよ風に揺れている。
「……テーブル、どうするんだろ」
呟きながら小瓶を振る。ぽちゃり、薄紫色の液体が水音を奏でた。
・
・
・
・
数日後の朝。鏡の前で、身だしなみを整える。別に出掛ける予定がなくとも、毎朝の日課だった。
完成したその日の新聞が詰まった鞄をちらりと見やり、鏡台の引き出しからあの香水を取り出す。
蓋を開けて少し匂いを嗅いでみる。何とも形容し難いが、果実に近いような不思議な甘い香り。
(さて、どんな効果なのやら……)
噴霧器をセットし、首筋にひと噴き。一瞬だけ部屋に甘い香りが立ちこめ、すぐに消えた。
「……これで、いいの?」
一人ごちて、はたては立ち上がった。鞄を肩に掛け、玄関ドアを開け放つ。
「うわぁお!」
「きゃっ!」
しかし気合いを入れて開けた傍から悲鳴が上がったので、釣られて悲鳴を上げる羽目に。
「ああもう、はたてさんじゃないですか。びっくりしたぁ」
ドアへの衝突を寸前で免れ、その影からひょいと顔を顔を出すのは風祝・東風谷早苗。はたては慌てて頭を下げる。
「ご、ごめんなさい。でも何で私の家の前に?」
「あー、ここがそうだったんですか。空き家ならここに分社でも建てようかと」
ぽんぽんと家の壁を叩く早苗。はたては唇を尖らせる。
「ひどい言い草だし、そもそも同じ山の、しかもこんな大してデカくもない家に建てなくても」
「家の大小は問題じゃないんですよ。土地です土地。川も近いですし」
「取り壊すつもりなの!?」
「い、いやいや! そんな乱暴でヒドいことはしないですよ。その場合はまずちゃんと話し合……」
不意にマシンガンのような口が止まった。彼女の鼻が微かに動いたのを、はたての目は捉えていた。
「ど、どうかした?」
恐る恐る尋ねてみる。と、早苗との距離が一瞬で詰まったかと思えば、両の手を握られていたのだから驚くばかり。
「は……はたてさん!」
「ななな、なに!?」
「守矢神社で一緒に風祝とかやりませんか!?」
「はいぃ!?」
告白まがいの爆弾発言が飛び出し、はたての驚きが更に追加。みるみる染まる頬。早苗の方もすっかり顔が紅潮し、目がギラギラ光っている。
「私のために一生境内の掃除をしてください!」
「なんか奴隷宣言みたいだけど、味噌汁的なニュアンスよねそれ!?」
「とんでもない、私と一緒にです! さあさあ!」
「きゅ、急に言われても……その、新聞記者の仕事もあるし……」
こんな発言をされるのは初めてで、しどろもどろになりながらも言葉を探す。と、それを聞いた早苗がやっと手を離した。
「新聞! じゃあまずはお付き合いの一歩目ってコトで! 新聞ください、五十部!」
「え、本当に? ありが……ごじゅうぶぅ!? ウソでしょ!?」
「ホンキです! もうすぐ信者の方々との集まりがあるので、そこで読み物として配ろうかと思って!」
財布から紙幣を抜き放ち、高らかに購入宣言。そんな注文も当然初めてなので、嬉しい筈なのにはたての背筋には若干の寒気が。
罪悪感に近い感情があって、本来の値段よりも二割程安値の金額を提示すると、早苗は迷わず代金を支払った。
「ありがとうございます! それじゃ、今度は是非ウチの神社で!」
五十部もの新聞を担ぎ上げ、彼女は飛び去っていった。残されたはたてはというと、中身が一気に少なくなった鞄の中を呆然と見下ろす。次いで、反対に重量が増した売り上げ入れのポケットを。
それらを交互に見てから、はたては思わずニヤリと笑った。
「……ちょっと、トンデモないものを手に入れちゃった……のかな?」
彼女はすぐに地面を蹴った。山に住まう知り合いの家を片っ端から訪ね歩き、もとい訪ね飛び回り、さりげなく新聞を勧めてみると――
「ちわー!」
「一部ちょうだい! あときゅうりあげる!」
「どもー!」
「新聞、まだある? ついでに厄とってく?」
「へろーう!」
「せっかくだし、私と穣子で一部ずつ頂こうかしら」
――売れる、売れる。早苗のような特例は流石になかったが、何も言ってないのに新聞が売れる。新聞の重みと引き替えに売上金がぎっしりの鞄を手に、笑いが止まらなかった。
「こ、これは……」
(ついに私の時代が……!)
家に帰り、すぐに次の新聞を書き始める。溜めておいた僅かなネタを文章に変え、紙面を埋めた。
二日後、新たに完成させた新聞を鞄に詰めて家を出る。無論、あの香水を付けていくことは忘れない。妖怪の山、その道中を行く妖怪に片っ端から声を掛けてみると、やはり誰もが新聞を買ってくれる。それと同時に、妙に熱っぽい視線を送られるので、はたては恥ずかしいながらも上機嫌。
残り半分になった所で、ふと思い立ち自宅へ取って返す。鏡台の前に座り、香水を取り出した。
(ちょっとだけ、ブースト……)
一瞬だけ躊躇った後、はたては香水をもうひと噴き。そのまま山を下り、更に知り合いの住む場所を巡る。
「どもー、はたてちゃんニュースでーす」
「なんだ、またなんか騒がしいのが来たな」
「間に合ってるんだけどねぇ」
博麗神社の縁側で、ごろり寝転がる白黒と紅白。ゆっくりと先に身体を持ち上げたのは白黒――霧雨魔理沙だ。やれやれ、と呟いて立ち上がる。ここの主である筈の紅白――博麗霊夢は、未だごろごろ。
『射程圏内』に捉える為に、はたてはそそくさと縁側へ歩を進める。すると魔理沙の方が立ち上がり、出迎えるように歩いてくる。
「そりゃ、報道担当がだんまりしてちゃダメでしょ?」
「相変わらずご苦労なこって。新聞作るのも結構楽しそうだなぁとは思うけ……ど……」
はたての前に立った彼女の動きが止まる。表面上は素知らぬ振りでも、内心でニヤリと意地悪な笑みを浮かべるはたて。
「どしたの、魔理沙」
「あ、う……いや、その……なんでも……」
わざと、更に距離を詰める。瞬時に赤くなる魔理沙の顔。その様子はどきどきという心音が聞こえそうな程で、目を合わせられないのかはたての足下を見ている。
「声がちいさいぞー」
「わひゃっ!」
スカートの横で握られたままの彼女の手を、無理矢理取って握ってみる。すぽーん、と吹き飛ぶ帽子。
「あ、あ、その……」
「なにしてるのよ、二人と……も……?」
二人の様子が何かおかしいことに気付き、霊夢が横合いから割って入る。が、彼女の頬もみるみる染まっていき――
「ね、ねぇ。暇なんだったら……その。お茶でも飲んでかない?」
「いいの?」
「あ、ああ。そうするといいぜ……なぁ、霊夢」
「うん、うん」
お誘いを受け、はたては頷いた。縁側に三人並んで座り、湯呑みを受け取る。
ぼんやりお茶を飲んでいる間も、注がれ続ける左右両サイドからの熱い視線に、はたてはぞくぞくとした快感を覚えていた。
(ああ私、なんて罪深い女の子……)
「どうしたの霊夢、さっきからじっと見て」
「あえっ!? い、いや、その」
素知らぬ振りをして尋ねてみると、珍しく霊夢は慌てた様子を見せる。あたふたと弁解の言葉を探していたようだが、観念したようにため息。
「んー……その。あんた結構、いいセンスしてるなって。素直に」
「あら、ありがと。どの辺が?」
「服、とか? 可愛いじゃない」
「そっかなー」
褒められれば悪い気はしない。照れ笑いを湯呑みで隠しながらもはたては、後ろの魔理沙から未だじっと見られていることにも気付いていた。
「んじゃ、ごちそうさま」
「もう帰るの?」
「新聞作んなきゃだしね」
引き留められつつ、はたては神社を後にする。名残惜しそうに見送る二人の手には、勿論と言うべきかはたての新聞。
予定を変更し、家路を急ぐ。飛びながらはたては、未だに胸の中で躍るあの高揚感を思い出していた。
(最高の気分……新聞も売れるし、今なら文にだって勝てる!)
皆が皆、自分に見とれる快感。麻薬のようにはたての脳裏に刻まれた甘い響き。自宅へ帰り着くなりすぐに新聞の下書きを始める――かと思いきや。
ぱしゃり、ぱしゃり。
「んー、もうちょっとこっちかなぁ」
カメラを前後逆に持ち、セルフ撮影会開始。可愛い角度で写真が撮れると、特別号と銘打った新聞の下書きを始める。普段よりも写真スペースへの割り振りが圧倒的に大きい。
(これで……今度こそ、私が……!)
高揚感を鉛筆に乗せ、みるみる下書きが出来上がっていく――。
・
・
・
・
新聞完成の目処が立ったのはそれから二日後だ。
昨日まで作っていたものとは別に、ちょっとした一枚記事――内容は簡単な料理レシピ特集――を作り、印刷して鞄に押し込む。
それから鏡台の前に座ると、あの香水を取り出し――ごくり、息を呑む。
(やってやるぞお……私が、私こそがトレンドだ!)
一回、二回、三回――目にも留まらぬ鴉天狗のスピードで、香水を吹き付ける。その回数は誰もカウントしてはいないが、小瓶の八割はまだ入っていた香水が、残り半分以下になっている。
首筋を伝う香水の滴が、音もなく蒸発して掻き消えた。
「ふ、ふふふ……見てなさい、文……」
ゆらりと立ち上がり、はたては風の強い外へ。全力で飛んだ先は人間の里。
この日はもう文はおらず、そもそも新聞は朝売る者が多い為競合者もいない。
通りの真ん中にはたてが降り立ったその瞬間――ばっ、と何十もの視線が彼女を射抜いた。
忙しげに、或いはのんびりと通りを歩いていた人々が、一斉にはたてを向いたのだ。ぞくっとした快感に、脳髄が痺れる。
(そんなに見ないでぇ……あ、やっぱ見て……)
「えーっと」
何と言おうか迷った。が、本来の――建前上であっても――目的を思い出したので、鞄からペーパーを取り出しながら呟いた。
「……新聞、いかがですか?」
どっ、と人々がはたてへと吸い寄せられた。押し合いへし合い、もみくちゃになりながら、それでも正確な手捌きで新聞と引き替えに代金を受け取っていく。身体を触られた気もするが、不可抗力と思って見逃す。
完売まで、五分とかからなかった。新聞がなくなった後も、はたてへ注がれる視線は一向に冷めることはなく。
熱い眼差しを全身に浴びて、身体が火照る。何となくブラウスの一番上のボタンを外しながら、必死に冷静な表情を取り繕った。
(下準備はバッチリ……明日という日で、私の人気を不動のモノに……)
視線を振り切って自宅へ帰り、完成させた新聞の原稿を前に、はたては喉の奥からこみ上げる笑いを抑えようともしない。
「くふ、くふふ……」
原稿のあちらこちらに自分の写真。書いてある内容も、自分自身に関わることばかり。
――それはまさに、禁じ手であった。自分自身を売り込む記事。
香水の効果と併せて、人々の流行、人気の中心に立とうという彼女の目論見。成功する気しかしなかった。それ程までに香水の効果は絶大だ。
一度人気に火が着けば、もう何もせずとも新聞は売れ続ける。文の存在がそれを証明している。だが、そこに自分が取って代わるのだ。
その夜、はたては興奮してなかなか寝付けなかった。
・
・
・
・
翌朝――興奮を少し抑えるつもりで買ってきた新聞を読みながらも、はたては心ここに在らず。あまり効果はなかったらしい。
(どうしようどうしよう、新聞記者飛び越してアイドルとかになっちゃったら……)
女の子である以上、そんな妄想にまで及んでしまうのは致し方ない。もう待ちきれないとばかりに『謎の流行? 里の洋裁店から特定の布だけが売り切れ続出』という一面記事を隠すように新聞を折り畳む。
鏡台に座って、お馴染みとなった香水を取り出して――何も躊躇わず、猛烈な勢いで吹き付け始める。回数はとうに二桁を突破、残りのほぼ全部を使い切り、首筋だけが雨に打たれたかのような状態。
すぐにそれも乾き、鏡で身だしなみをもう一度見て、はたては立ち上がった。鞄には新聞、自分自身の魅力を余すことなく伝える為の特集記事。
外は風が強かった。いきなり里に行っても良かったが――お楽しみは後、という心理だろうか。彼女が向かったのは博麗神社だった。
まずは霊夢と、もしいれば魔理沙なんかの友人辺りで、その効果の程を試そうという腹積もりである。
天狗のスピードを余すことなく駆使し、鳥居の前に降り立って中を窺う。転がった竹箒。今日も大絶賛サボり中のようだ。
となれば、とはたては縁側へ向かう。いつものように寝転がっている最中だろう。自分の姿を見た瞬間のリアクションを想像するだけで、無性に身体が熱くなる。
興奮で荒くなってきた呼吸を整えながら、縁側へ回り込む。話し声――霊夢と、魔理沙のようだ――が聞こえた。
「……どうかなぁ」
「いいんじゃないか? ま、私の方が……」
(さあ、私の虜にしてあげるわ!)
はたてはいよいよ、二人のいる縁側の前へと堂々エントリー――
「おはよ……っ!?」
――しようとして、素早く身を隠した。
一瞬だけ見えた光景が、あまりに異様だった気がして――今度は見つからぬよう、そっと顔だけを出して様子を窺う。
「えー、似合ってるわよ。髪の色も近いんだし」
「似合ってないなんて言ってないぜ。私の方がって言ったんだ」
幸い気付いてはいないようで、霊夢と魔理沙の会話は続いている。だが、異様なのは二人の出で立ちだ。
お互いに立ち上がって服装を見せつけ合う二人。どちらも同じ、薄桃色がかったブラウスに黒と紫のチェックスカート、髪を二つに括っている。
それは彼女にとって、最も見た回数の多い服装。鏡の中で何度も何度も。
(わ……私の服……!?)
そう、二人が着ているのは紛うことなき、姫海棠はたての服装なのである。はたては自分の服をチェックし、もう一度二人を見る。多少サイズが違う程度で、どう見ても同じだ。偶然とは思えない。
と、そこへ――
「こんにちはー!」
「おー、お前もか」
「流行にはうるさそうだもんねぇ、あんた」
先日、大量に新聞を買っていった早苗が空から縁側へ降り立つ。そして彼女もまた、はたてと寸分違わず同じ服を着ているのであった。
「そりゃ当然! はたてさんこそが今の幻想郷を、そして我ら守矢神社を導いてくれる光なのです!」
「そこまで言うか? まあでも、確かに……あー」
えっへん、胸を張る早苗と、気恥ずかしくなったか顔を赤らめて口ごもる魔理沙。
(な、な、な、な、なんで……?)
一方で当のはたては混乱するばかり。自分がここへ来た目的も忘れて理由を必死に探した。
コスプレというより、本気でファッションとして真似ているような口振り。霊夢の口から出た『流行』の二文字――
(まさか、まさか、そんな)
「あっ、はたて!」
しかし思考はそこで断ち切られた。様子を窺う姿勢のまま固まっていたせいで、バッチリ魔理沙と目が合った。
「わー、はたてさーん! 見て下さいコレ!」
「ちょうどいいや、本人に判定してもらいましょ。ね、私が一番似合ってるわよね? あ、勿論一番はあんただけど、その」
「わ、私の方が」
「どうですかー?」
三者三様のはたてが迫る。服の中で滝のような冷や汗。三人の目は、軽金属を燃やしたように怪しげな炎で満ちていた。
「わ、わ……わああああ!」
本能的な恐怖を感じて、本物のはたては素早く踵を返して空へと逃げる。追ってくるのは見なくても分かった。
鴉天狗として速度で負けるわけにはいかず、全力を出して飛ぶ内――もっと嫌な予感が胸中を満たしていく。
(ちょ、待ってよ……そういえば)
進路を変え、本来の目的地であった人間の里へ向かう。羽を必死に動かす疲労のせいではない、掴んで揺さぶるかのような心臓の鼓動。
垂れ落ちる程の冷や汗と共に辿り着いたその場所で、はたてはついに立ち止まる。
そこにあったのは、見渡す限りの『はたて』の山――。
彼女は見落としていた。幻想郷に住むのは、霊夢や魔理沙のような特殊な人間や、妖怪ばかりではないことを。
更に言うのであれば――少女ばかりではないことを。
(なにこれ……)
道行く人々は全員が全員、何かに取り憑かれたかのようにブラウスとチェックスカート姿。そう、男性でさえも。
老若男女全てがはたての装い。確かにはたては流行の中心にいた。確かに皆に注目されていた。確かに人気者だった。いささか過剰すぎる方向で。
と、その瞬間。
「いた、そこだぁ!」
「え……きゃあっ!!」
いきなり背中に走る電流のような衝撃に、はたては悲鳴を上げる――だけならば良かった。羽に力が入らず、ふらふら地面へ吸い寄せられていく。
必死に飛ぼうとしたが叶わず、彼女は着地した。はたて集団のど真ん中へ。
ざわり、観衆の目が。数百の視線が、はたてへ向けられた。
「あっ」
「はたてちゃんだ」
「ホントに?」
「本物だ……」
「かわいい……」
「はたてちゃん!」
「はたてちゃーん!!」
「いっ」
「いやあああああああ!!」
襲いかかる群衆。はたては全力で地面を蹴り、人間の壁の中に微かに見えた隙間へ身体を捻じ込んだ。
腕、足、脇腹辺りを捕まれつつも振り解き、とにかく走り出した。
「もう逃がさないわよ!」
「うふふ、うふふ……はたてさぁーん……」
走りながら背中へ手を伸ばすと、何か紙のような物が貼り付いている。霊夢の仕業だろう、飛べなくなったのもこれが原因か。
ならば走るまで。しかし思うように走れない。全身が鈍い。
「うおおおおお!」
「はたてちゃん結婚してくれー!!」
「せめて触らせてー!」
「いやだってばああああ!!」
最早生理的な不安、嫌悪すら感じながらはたては逃げた。走っても走っても、多少距離は開けられど振り切れない。いつしか里を飛び出し、どこへとも向かわずひたすら逃げる。
「はぁ、はぁっ……いっ!?」
その時、がっちりと二の腕を捕まれた。距離はあった筈なのに――
「はたて……もう逃がしませんよ……」
「あ、あ、文!?」
振り返ると文が――はたての格好をした文が、腕を掴んでいた。いかに鴉天狗でも、その中で最速を誇る文には勝てない。
その目は紫色の光がぎらぎら燃えていて、明らかに異常だ。
「明日の特集は姫海棠はたて全集ですよ。今から取材です。とりあえず人気のないところで」
「やめっ……あ、文! お願い、離して」
「うふ、うふふ……それとも皆さんの前で公開インタビューですか? そういうのがお好みですか?」
「目を覚ましてよぉ! あーん、もう!!」
「あっ、待ちなさい!」
腕を無理矢理解き、走り出す。群衆との距離もかなり縮んで、先頭にいつの間にか妖怪の山に住まう妖怪やら神様やらが混じっているのを、はたては見逃さなかった。
「はあ、うぐ、げほっ……なんで、こんなコトにぃ……!」
息が苦しくて、だが捕まれば何をされるか。広がる恐怖。涙で視界を滲ませながら走るはたて。と――
「なんで? あなたは自分のアクビひとつにも理由を求めるのかしら?」
「はっ!?」
すぐ横で声がした。右を、それから左を見て、見つけた。
「どうかしら、あの商品。満足されて?」
最高に楽しそうな笑みを浮かべる、紫の姿がそこにあった。隙間から上半身だけを覗かせ、隙間ごとはたてに併走してくる。
「ゆ、ゆか……たっ、助けっ……」
「なんで? あなたは皆の人気者、流行の中心。全ての人があなたに憧れる。あなたの望んだ通りじゃない」
「こん、なの、やだぁ……こわい!!」
「熱狂しすぎると、人は盲目になるのよ。あなたも例外じゃなかったわねぇ」
「いいからなんとかしてぇ!」
会話している間にも、じりじりと距離が狭まる。はたては疲れ果てているのに、迫り来る姫海棠はたて軍団はまるで疲れた様子がない。
先頭を走る文は、いつ捕まえようかタイミングを計っているように見える。また全力で飛ばれたら、今度こそ振り解く自信はない。
呆れたような声色で、紫は肩を竦める。
「第一、私は言ったじゃない。最初に」
「あ、あぁ……」
『一回にひと噴き。それ以上を求めないこと』
紫はちゃんと、忠告してくれていた。やっと思い出した。
己が注目される麻薬のような快感に、そんな言葉などとうに忘却の彼方。その結果がこれであり、瓶の中身はもう殆ど空っぽだ。
「ごめ、ごめんなさい……あやまる、からぁ……げほ、げほっ!」
「ふーむ……んじゃ、最後の商品。超強力消臭スプレー。魔法の類にもバッチリ効いちゃうスグレモノ」
「ちょ、ちょうだい!!」
「値段は時価。効果は手にしたも」
「いいからぁ!!!」
はたては説明を遮り、紫の手から瓶入りのスプレーをもぎ取る。蓋を開け、吹き付けることすらせず、中身を頭から被った。
香水と同じように、滴る無色透明の液体はあっという間に蒸発してしまう。
使用を目の前で確認した紫の顔は、意地悪な笑みで満ちていた。
「まいどー。お金は後で取りに行くからねー」
「こっ、これでいいのぉ!?」
「多分。じゃあ私はそろそろ帰るわ」
「ま、まって」
「効果を目で確かめたいのは山々だけど、これ結構疲れるのよ」
言うなり、紫は隙間を下方向に広げる。長いスカートの裾を膝より上まで捲り上げてやる式神・八雲藍の姿と、土煙が上がる程の勢いでシャカシャカ走り続ける紫の脚が。
「白鳥って、優雅に泳いでるように見えても水面下じゃすっごい頑張ってるのよ。美しい者ほど努力してるってコトですわ」
「うぬおおおお……ゆ、紫様……そろそろ……」
藍が呻くような声を上げる。当然、彼女も猛烈な勢いで走っている上、スカートの裾を持ち上げる関係上屈み姿勢のまま。彼女の方が辛そうだ。
それって隙間の意味はあるのか、という突っ込みを入れる余裕などなかった。
「んじゃ、あでおーす」
最後まで微妙な発音で、紫は隙間の中へ引っ込み――残暑に揺らぐ陽炎の中に掻き消えた。
「ちょっと待って……あ、あー?」
後ろを振り返ったはたては思わず二度見した。視界を覆い尽くす程のはたて集団はもう大分まばらで、一部の妖怪や特異な人間が追ってくるのみ。
それも一人消え、二人消え――
「あやや、そういえば別件で取材の予定を忘れてました! はたて、また今度!」
とうとう最後まで残っていた文も、すちゃっと片手を上げると一目散に青空へ溶けていって――呆然と立ち尽くす、はたて一人が残された。
「……はぁぁぁぁ」
脱力し、ぺたりと座り込む彼女の腕から、いつの間にか新聞を詰めた鞄は消えていた。放り投げてきてしまったのだろうか。
それはまるで、己の新聞記者としての誇りをそうしてしまったように思えて。全てが済んでみてやっと、自分が恥ずかしくなる。
はたてはすぐ立ち上がり、来た道を引き返す。
里の入り口、柵に引っかかった鞄を見つけたのはそれから一時間後だった。
・
・
・
・
・
今日も空は青く、風は少し強い。
里の大通りは賑やかで、新聞を売る文の周りには人が沢山。
自分の新聞は――それなりだ。何もかもがいつも通りに戻った。
「はぁーあ」
ため息が浮かんで消える。通りから少し外れた、公園のような広場。はたては中身が半分くらい残った鞄を放り出し、草の上で寝転がった。
(まあ、前みたく新聞を売れるだけでもヨシとしなきゃかなぁ)
『代金は、あなたの反省の価値だけ頂くわ』
紫の言葉に、はたては香水の効果で売りまくった新聞の売り上げを全て彼女へ押し付けた。結局のところ、紫の手の上で躍らされていたに過ぎない気がして、そんな方法で手に入れた金を使う気にもなれない。
満足そうな顔で去っていった紫を見送ったあと、二日間寝込んだ。その果てに、再び新聞記者として活動を再開したのが今日。
売り上げは相変わらず、微妙だ。不調という程でもなく、かといって満足出来る程でもなく。しかし、あれだけの騒動があったにも関わらず、人々が、知り合い達が、何もなかったかのように接してくれているのは、間違いなく彼女にとって救いであった。
最後に使った匂い消しは、あの香水の余波も全て洗い流してくれたのだろうか。今となっては分からないし、探る気にもなれなかった。
「どうしたら、あんなにウケるのかなぁ」
遠くに見える文の姿。どうやら完売したようで、人々に頭をぺこぺこ下げている。
拝み倒して、秘訣を聞いてみるか。以前ならプライドが邪魔をしてそんなことは出来なかっただろうが、今は素直に頼れそうな気がした。
「でも私にそんな魅力なんてなぁ」
ドーピングに手を出した反動のようなもの。もう自分に自信が持てない。ため息がもうひとつ。
と、その時であった。
「あのう」
「は、はひっ!?」
急に声を掛けられたので、はたては文字通り飛び上がらんばかりに驚いた。
飛び起きた勢いで振り返ると、親子らしき妙齢の女性と少年。
「姫海棠はたてさん、ですよね?」
「そ、そうですが」
「この間の新聞に載ってたお料理、とっても美味しかったものですから」
「あっ」
母親が取り出したのは、騒動の下準備となった日に配った、一枚だけの料理特集記事。
自分でも忘れかけていた記事の存在。母親は笑っていた。一方でおよそ十歳を超えたくらいであろう少年は、若干俯き気味だ。
この記事を書いた目的は、香水の効果で自分に注目を集める為の手段に過ぎない。だが、いくら建前の為に用意したものとは言え、その内容には手を抜かなかった。それははたての、新聞記者としての最後のプライドだったのかも知れない。
その結果が、今目の前にいる親子。
「今日は新聞ありますか? もう売れちゃったかしら。お料理のことじゃなくても、あなたの書いたのが読みたいんです」
「あ、え、ええ! あります」
はたては鞄から新聞を一部取り出す。母親に渡し、代金を受け取ると、彼女は微笑ましそうに少年の頭を撫でる。
「よかった。この子もあなたの新聞がお気に入りみたいで」
「ちょ、ちょっとお母さん!」
「あらあら」
瞬時に顔を赤くする少年と、笑みを絶やさぬ母親。はたては暫し呆然とそのやりとりを見ていたが、
「あ、ありがとうございます!!」
我に返り、深く、深く頭を下げた。
挨拶の後、二人が去っていく。少年はまだはたての方を時折振り返って、ちらりちらりと様子を窺っているようにも見えた。
「……」
はたては暫し立ち尽くしていた。客と会話をすることもない訳ではない。だが、面と向かってはっきり『あなたの新聞が好き』と言われた経験は殆どなかった。ましてやあれだけの騒ぎがあったのに。
親子の姿が大分遠くなった頃、彼女は不意に思い出したことがあった。ポケットを探り、取り出したのはサングラス。
素早くかけて、目を凝らした。鴉天狗の眼力は、確かにその文字を見た。
「あ……」
親子の姿が完全に見えなくなっても、はたてはサングラスをなかなか外さなかった。目に何かを焼き付けるかのように。
やがてゆっくり外して、ポケットに。鞄を担ぎ上げる。胸の奥底から、マグマのように熱い何かが込み上げるのを感じた。
「う……うおおお!! 私だって、やってやるんだからあああ!!」
満面の笑みで、はたては空に向かって叫んだ。叫びながら、地面を蹴った。
里の大通りを、一陣の風が凪いでいき――帰宅の準備をしていた、射命丸文の顔にまで届く。
彼女は空を見た。
「はたて?」
真昼なのに、流れ星が駆け抜けていった気がして。文は我知らず、笑っていた。
姫海棠はたて、マイナス五ポイント。そんな声が聞こえた気がして、その鴉天狗は『D』とだけ書かれた手帳のページを破り取って捨てた。
あー、などとぼやきながら見上げる空は、恨めしいくらいに青い。
「何書けばウケるんだろ……」
はたてが手にしているのは、彼女自身が制作・発行している新聞だ。その名も『花果子念報』。このタイトルは自分でも気に入っている。
載せるテーマに縛りはなく自由奔放、その時面白いと思った話題やニュースについて取材し、書く。鴉天狗の新聞は皆そうだ。
彼女なりに面白いと思ったネタを書いてはいるのだが、どうにも売り上げは芳しくないようで、
「面白いってなんだろう……わかんなくなっちゃった」
――などとため息をつくのも致し方ない現状なのである。
やがて彼女が取り出したのは、別の新聞。『文々。新聞』と銘打たれたそれは、彼女の親友にして最大のライバル・射命丸文の発行する新聞だ。
先日、妖怪の山のみならず人間の住む里でも、多くの人間がこの新聞を手にしているのを見て以来、はたての心にはジェラシーの炎が燃えさかるばかり。
天狗の新聞は良くも悪くも気ままで、時にだが正確性に欠けることもある。文は特にスピードを売りにしていることもあってか、誤解を招く表現や思い込みなんかが多分に含まれることも珍しくない。
それでも文の新聞が売れている以上、そこには『面白ければ正義』という覆しようのない事実が見え隠れする。
文々。新聞の方へ改めて目を通す。一面記事は『河童の技術は世界一! 浄水装置、近く実用化へ』。河城にとりを中心とした河童チームが、多少の汚れた水であれば飲料に適するレベルまで浄化を可能にする装置のテストに成功した、ということらしい。
当然のようにでかでかと写真が載っている――が、肝心の装置は殆ど見えていない。河童チームもリーダーのにとりが半分見切れているだけ。
では何がそんなに大きく写っているのかと言うと、満点スマイルな文の顔であった。まさかの自撮り、まさかの観光地気分、まさかの主役無視。
傍若無人の限りを尽くされた紙面なのに、『文ちゃんかわいい』という理由で新聞はバカ売れ。世の男なんて単純だ。
「ぶーっ」
唇を尖らせてブーたれるはたて。写真の七割を占める文の顔に落書き開始。
少し強い風が吹いて、彼女の二つに括った髪と、紫と黒のチェックが印象的なスカートを揺らしていく。
「ごきげんよう、新聞記者さん」
そんな声が掛かったのは、はたてが文の目元に七本目の小皺を書き込んだ時であった。
「へ?」
顔を上げると、誰もいない。彼女が腰掛けているのは里の入り口付近にある柵。見渡しても姿はなく、里の方を見ても特にこちらへ注意を払う者はいない。
「ここよ、ここ」
「わひゃあ!」
彼女は飛び上がらんばかりに驚いた。声もそうだが、ぬぅ、と背後から肩越しに出てきた腕。誰もいなかった筈なのに。
振り返れば、何もない空間から、ひょいと飛び降りる者有り。
「な、な、なんであんたが」
「んー? なんか、ため息が聞こえたからですわ」
おほほほー、と八雲紫はわざとらしく笑ってみせた。彼女ははたてが持つ新聞を目ざとく見つけ、くすりと笑み。
「苦労してるのね」
「うるさい」
出会って数秒ではたての胸中を全て見抜いたかのような言葉を向ける紫に、彼女はむっとした顔を作る。その心境を鑑みれば無理もないことであろう。
だが、このスキマ妖怪の次ぐ言葉に、はたては否が応でも興味を向けてしまうのだった。
「そんな怖い顔されると困るわぁ。今日はちょっと、面白いものを持ってきてるのに」
「……おもしろい、もの?」
新聞記者である以上、好奇心は彼女の心を構成する大きな要素。この胡散臭さ幻想郷代表を誇る妖怪に、面白いと言わしめる物。半信半疑とは言え、鴉天狗のスクープセンサーが敏感に反応する。
「ええ。その名も『はやりの消しゴム』」
「……はやりの、消しゴム?」
「いえーすざっつらい」
オウム返しするはたてと、流暢とは言い難い発音の紫。このスキマ妖怪が袖の中から取り出したるは、薄紫色の紙ケースに包まれた、何の変哲もない消しゴム。
「わざわざそんな言い方するってコトは、普通の消しゴムじゃないのね?」
「さあ? その効果は、手にした者だけが分かる……とだけ」
「その消しゴム自体が、なんかの流行なの?」
「手にした者だけが、分かるのですわ」
当然のような質問にも、紫は曖昧な笑みを浮かべるだけ。はたての黙考は、十秒にも満たなかった。
「……ほしい、って言ったら?」
「タダではないの。一個三百円」
「……買うよ」
「まいどありー」
消しゴムにしては結構な高額だ。しかしはたては迷わず購入を決めた。
紫に代金を渡し、代わりにその『はやりの消しゴム』とやらを受け取る。
ぐよぐよした、少し硬めの触り心地は紛れもない消しゴム。
(手に取ってみても、普通の消しゴムにしか……)
「ねぇ、ゆか……」
質問しようと顔を上げた時、紫の姿はもうどこにもなかった。どうして良いか分からず、はたては頬を掻いた。
わざわざあんな物言いをするからには、何かがあるのだろう。そう考えての購入だった。よしんば騙されたとしても三百円ならさしたるダメージもなし。ついでにその、思い悩む思春期女子を手玉に取るかのような意地悪商法を記事にしてしまえばいい。
ふと見ると、里の入り口に見慣れた姿。大きなカメラを片手で支え、ピースサインまで作って自撮り。文である。
ぱしゃぱしゃ、とシャッターを切る音に吸い寄せられるように集まる人々。その手に渡っていく新聞。我知らずぎりり、歯噛みするはたて。
「今に見てなさい……!」
颯爽と踵を返し、自宅へと向かう。その途中少し立ち止まり、先の新聞にでかでかと載った文の顔に、八本目の小皺を書き込んだ。
・
・
・
机に向かい、腕を組んだまま十分が経過した。
手書きされた新聞の下書き――アナクロニズムこそ新聞に欠かせない要素、とははたての弁――と、その上に転がった例の消しゴム。
「消しゴムってコトは、字を消すのよね?」
一人ごちて、鉛筆を手に取った。とりあえず、普通に使ってみることにしたのだ。
かりかり、静かな部屋に鉛筆の音。こんな時に限ってペースは快調、誤字も修正もありはしない。
気付けば一時間が経過しており、制作の順調ぶりとは裏腹にはたてはため息。
(んじゃ、試しに……)
彼女はメモ帳を取り出すと少し考え、『カメラ』と記す。一番手元にあった物――見た目は携帯電話だが――の名前を書いたに過ぎない。
続いてあの『はやりの消しゴム』をメモ帳に押し当て、一度、二度――
「あれっ」
――驚きの声が上がる。一回擦っただけで、『カメラ』の文字は消えてしまった。どんなに良い消しゴムでも、一回擦るだけで跡すら残さず字を消せるなんて聞いたことがない。
(もしかして、そのまんま高性能だから流行ってる消しゴムってこと?)
真っ白なメモを見てそんな思いが過ぎる。じゃあ、と呟いて、はたては鉛筆を握り直し『姫海棠はたて』と己のフルネームを書いた。
そうして消しゴムに持ち替え、ごし、ごし。だが――
「……あれー? 消えない……」
今度は字が全く消えない。一回目はあんなにもあっさり消えたのに、今度は何度擦っても字は掠れもしない。先に紙の方が傷付いてくる始末。
首を傾げ、普通の消しゴムで字を消した。
(変なの)
一体全体、何がどう『はやり』なのか。謎だらけで頭が痛くなってきたはたては、書きかけの下書きをそのままに布団へと飛び込んだ。
普段より長い睡眠を経て翌朝。消しゴムの謎が気になってなかなか寝付けなかった。当の物体をポケットに入れたまま、外へ。
(もっかいやってみたけど、やっぱり字は消えないし……やっぱ騙された?)
今朝、もう一度字を消すことにトライしたが結果は同じ。一抹の不安は過ぎるが、最初の完璧な消し具合を思うと一概には決め付けられなかった。
ならば直接訊いてみようと、昨日紫に会った場所――里へ。そこで彼女は、意外な光景を目にすることとなった。
「んえ?」
里の大通りに足を踏み入れると、右から左から、ぱしゃりぱしゃり。まるで記者会見でも行われているかのような、フラッシュの洪水。
見やれば、あちらこちらで記念撮影が行われている。何かのイベントだっただろうか、しかし通りの様相自体は普段と全く変わらない。
(なんでこんなに撮影が?)
しかも、鴉天狗に撮って貰う者もいれば、河童が開発したらしいいわゆる使い捨てカメラを使う者、なかにはピカピカの銀塩カメラを手にした人間の姿もある。
皆が皆写真を撮りまくるその光景はどこか不思議で、思わず足を止めるはたて。と、彼女もまたカメラ持ちであることが早くもバレたようで、気付けば周りには黒山の人だかり。
「カメラ持ってるの? 見せてみせて!」
「平べったくてへんな形だけど、これもカメラ?」
「写真撮れる?」
「どこで買ったんだい?」
「わ、わわわわ」
矢継ぎ早な質問を受け、インタビューすることはあってもされることには慣れていないはたては目を白黒させる。一点モノであることだけを答え、人妖問わないその囲いから空を飛んで脱出した。
「ふへぇ。なんだって、急にカメラなの……あっ!?」
里から少し離れ、湖付近。木に腰掛けたはたては、思考を巡らせるまでもなく答えを見つけた。ポケットを探り、あの『はやりの消しゴム』を取り出す。
「……やっぱり」
呟いた彼女の視線の先には、消しゴムの先端部分。新品同様の角張った姿、その先端面に転写された『カメラ』の文字。明らかにはたての筆跡だった。
「はやりの消しゴムって……」
(書いて、消したモノが……人々の間で『流行る』消しゴム……)
呆然と呟く。あのカメラに、写真に熱狂する人々の姿。あれを流行と言わずして何と言おう。信じられなかったが、確かにその目で見たのだ。
暫しぼけっと座りながら消しゴムを弄んでいたはたてだったが、不意に木から降りると羽を広げ、一直線に自宅へと戻っていった。
今まで撮った写真のアルバムや取材用のデータ、にとりに以前貰ったカメラの広告チラシなんかを机に広げ、書きかけの下書きをしまって新しい紙に下書きの鉛筆を走らせる。
それなりの期間記者として活動してきたはたての、間違いなき最速のスピードで新聞が完成した時、既に辺りは真っ暗だった。
僅か三ページの、新聞と言うよりおまけ記事。だがその後三時間だけ眠り、多少の数印刷したそれを鞄に押し込んではたては家を飛び出した。
まだ朝靄の残る里の大通りには、早くもカメラを持った人々が多い。様々な景色、色んな時間帯で撮ってみたくなるのはカメラマンの性だろうか。そんな集団へ向けて、はたては声を張る。
「おはようございまーす! 本日は今流行りのカメラ特集でーす! 初めての方でも安心の情報がいっぱい! ぜひぜひごらんくださーい」
その声を聞いた人々が、徐々にはたての周りへ集まっていく。ページ数が少ないので普段より低い価格設定なこともあり、彼女の新聞は飛ぶように売れていく。
一晩かけて、少ない初期投資でも始められるカメラや写真撮影のコツ、お勧めの撮影スポットなんかを特集したのだ。部数自体がそこまで多くなかったこともあり、あっという間に完売。
(うっそーん……)
新聞がなくなり、代わりにその代金で重くなった鞄を抱え、彼女は自分の作った新聞を読みふける人々を遠くから眺めていた。人々のニーズを完璧に捉えてみせたのだ、その評判もどうやら上々のよう。
何故か一緒に写真を撮って欲しいと頼まれ、一家や子供達と記念撮影なんかをしている内に昼。流石に眠気が厳しく、はたては自宅へ引き上げた。
(すごい効果ね。これがあれば……あれ?)
ポケットに入れっ放しだった例の消しゴムを取り出すと、新品同様だった筈の消しゴムは半分の大きさになっており、使い込んだように先が丸く削れている。『カメラ』の文字も既に消えていた。
「効果切れとかあるのかしら……」
彼女の呟きはまさに的中し、翌朝もう一度里へ足を運ぶと、シャッターの音は殆ど聞こえず、いつも通りの景色が戻っていた。もっとも一部の人間はそのままカメラを持ち歩いており、趣味として少し定着したようではあるが。
(まあいいや。次は何にしよう……多くの人にウケそうなものがいいかな)
予め流行らせたいものの特集記事を書いておき、消しゴムで流行らせ、新聞を売りまくる。完璧な作戦だった。今度は内容も更に充実させ、部数も増やす。野望に燃えるはたての目。
しかし彼女はすぐには着手せず、里から戻る足で自宅ではなく別の家へ。
「あーやー! これ見てー!」
どんどんと扉を叩き、返事も聞かずに中へ。家主――射命丸文は、はたての姿を見て困ったように眉を垂れる。
「んもー、なんですか。今ちょっと忙しいんですよー」
「それはお互い様でしょ? これ見て! すっごい売れちゃった」
「あややや」
じゃらり、と素敵な重量感が詰まった小さな鞄に触れ、文は驚いた様子だ。
正直な話をすれば、文へ売り上げを自慢しに来ただけである。完売などそうそうあることではなく、はたては得意気だ。
「はたてもやればできるんですねー。よしよし」
かと思えば頭を撫でられ、はたては顔を真っ赤にする。
「なっ、なっ! 何すんのよ、子供扱いしないでよね! 私には秘策があるんだから! そんな余裕も今の内よ!」
頬を膨らませるはたてと、そんな彼女を実に楽しそうな表情で見ながら原稿の下書きを進める文。はたてもその横に座り、作業風景を眺める。
「ネタ、取らないで下さいね」
「しないわよ。プライドってモンがあるの」
「へぇー」
「何よその目!」
「んー。立派だなーって思っただけですよ……あやや」
会話をしながらだったせいか、文が不意に作業の手を止めた。
「ごめんなさい、消しゴムってあります? 切らしちゃって」
「んもー、しょうがないわね」
はたては無意識のまま、妙な優越感と共にポケットに入っていた消しゴムを貸してやる。
「わぁ、ありがとうございます。使いやすいですねコレ」
「変なお世辞ね」
すぐに返却され、互いにくすりと笑った。
それから一時間程度ではたても帰宅し、すぐに記事の下書きを始め――ようとして、何かに気付いた。
(あれ、そういえば私……)
ポケットを探り、はたての口が『あ』の形で硬直した。
「あああああああぁぁぁっ!?」
紫から買った『はやりの消しゴム』。その丸くなった先端部にしっかと刻まれた『文々。新聞』の文字。驚愕、そしてちょっとした絶望。
己の迂闊さを呪うしかなかった。何の気もなしに、誤って『はやりの消しゴム』を文へ貸してしまったのだ。しかもよりによって新聞のタイトル部。
その後の結末は、予言者じゃなくたって予想出来た。翌朝そっと里の様子を見に行くと、黒山の人だかり。その中心部には文の姿。
「はーい、押さないでー……っと。まだまだいっぱいありますからねー」
消しゴムの効果は完璧で、『文々。新聞』が人々の間で大流行。元々の人気――新聞というよりは、文自身――もあって、はたての時よりも更に凄まじいペースで売れていく新聞。
呆然と眺めていたら、文がこちらに気付いた。鴉天狗の眼力は伊達ではない。
「あっ、はたて! ちょうどいいトコロに! 売るの手伝ってー!」
「……」
一瞬だけ考え、はたては無言で新聞の束を受け取った。すぐになくなった。
・
・
・
・
見慣れたいつもの机を前に、はたてはむくれていた。
「なんでよりによって文の新聞がー!」
がったんごっとん、椅子を前後に揺らす。あれから二日経ち、消しゴムの効果は消滅した。が、カメラの時に新たな趣味としてのカメラや撮った写真など、影響の名残があったように、今回の騒動で文の人気にはますます火が付いたらしい。
いつ見ても新聞が売れている文と、苦戦するはたて。その違いを考えるだけで、嫉妬と悔しさで食事もご飯一杯しか喉を通らない。
なお、カメラで消しゴムの半分が消えたことで予想はしていたが――『文々。新聞』のブームが訪れると同時に、消しゴムの残り半分も消滅してしまった。残ったのは紙のケースだけ。
『いやあ、最近は売り上げのお金を使う暇もないくらいに忙しくて。お金で時間は買えませんからねー』
せめてからかってやろうかと先程会いに行った時はそんな贅沢な悩みを吐露され、人知れずハンカチを噛み締めた。ますます椅子の揺れは激しくなる。
が、流石に床が痛みそうだったので椅子を降りる。カメラにメモ帳、財布。彼女にとって必要最低限のツールだけを装備し、外へ出た。
いつまでも羨んでも仕方ない、と何とか冷静な考えを取り戻す。それより、次なるネタを探すついでに散歩でもした方が心身に良い。
「ねぇ、何か最近流行ってるモノとかある?」
「え? うーん……わたしはジャム作りが最近楽しくって。ビスケットにぬるとおいしいんですよ」
通りがかりの妖精に話を聞いたりしつつ、適当にぶらぶら。
(お料理特集でもしようかしら……)
悪くないアイディアかも知れない。メモ帳に『幻想きょうの料理』『はたテリーヌ、またはめし処はた亭』『貝類NG』などと書き殴りながら歩くはたての足が、不意に止まった。
湖のほとり、木にもたれかかって物憂げな表情の紫を見つけたからだ。落ちてきた若葉をキャッチし、そっと吹いてひらひら。まるで映画のワンシーンのように美しい。
この後に登場するのが麗しき青年であるならばロマンス確定なものだが、
「ちょっと、紫ぃー!」
視界内へ滑り込むようにしてはたてが怒鳴りながら飛んできたのだから、ムードも何もあったものではない。
「あらあらこれは。乙女のたそがれの真っ最中だったのに」
「意味もなくそんな顔しなーい! それより、こないだのアレ!」
ムードに浸っていた――周りは遊んでいる妖精でかしましいが――紫にクレーマーのような口調でまくしたてようとして、はたては口をつぐんだ。
(考えてみれば、別に騙されてもハメられてもないし……)
そう、消しゴムの効果は確かだった。事実、自分の新聞だって売れたのだ。
少し考え、また物憂げな表情になって空を眺め始めた紫の肩をつつく。
「そ、その。こないだの消しゴム、もう一個欲しいんだけど」
「お生憎様、在庫はあれ一個こっきりよ」
「そんなあ」
「満足出来なかった?」
「えっと、いや、うーん……」
しかし返ってきた答えにがっくり肩を落とす。そんな彼女を見かねてか、今度は紫がはたての肩をぽんぽん、と叩く。
「まあまあ、乙女がそんなカオするのは想い人に会えない時だけにしなさいな。
一応、違うモノはあるんだけど」
「え、ホントに!? 見せてみせて!」
思ってもみない言葉に、はたての目が輝く。すると紫は、やはり袖の中から何かを取り出してみせた。ポケットでもあるのだろうか。
「その名も、『はやりのサングラス』よ」
「はやりの……サングラスぅ?」
「おーらい、おーらい」
やはり流暢とは言い難い発音で紫は頷く。これではフライ捕球だ。
「どんな効果なの?」
「手にした者だけが、分かるのですわ」
はたては当然のように訊くが、テンプレート的回答が返ってきただけだった。見た目は普通のサングラスのようにしか見えないのは、消しゴムの時と同じだ。
短い思考時間を経て、彼女は再度口を開く。
「売ってもらえる?」
「一個三千円」
「む、む……わかった」
跳ね上がる価格に、はたては一瞬だけ迷いを見せた。が、購入。
何だかんだで――余計なくらいに――効果のあった消しゴムのことを考えると、今度こそ、という思いが湧いてくる。今度こそ失敗しない。今度こそ、文に吠え面かかせたい。泣かせたい。そしてその後抱き締めたい。
「ちょっとかけてみていい?」
「どうぞ。それはもう、あなたの物だから」
代金と引き替えに受け取ったサングラス。紫に断ってから、はたてはそれをかけてみた。と――
『山菜の天ぷら』
「……はい?」
唐突に見えた文字列は、確かにそう書いてあった。疑問符を頭の上に五個は浮かべながらサングラスを外す。紫が何故か少し頬を染めて笑っているだけ。
もう一度かける。
『抹茶塩だと尚良し』
「……」
「あら、そんなに見つめられると照れますわ」
恥じらう紫の声で気付いたが、はたては彼女の顔を凝視していたようだ。
そして確信する。今の妙にお腹の空く文句は、彼女の顔に書いてあったものだと。
サングラスを外すと、文字は消えた。ぐぎゅる、どこからか腹の虫。
はたては少し考え、紫の顔を見た。
「……今から丁度お昼だし。うち、来る?」
「あら、何だか悪いわ」
「山菜あるし、天ぷらでもどう?」
「いやんそんな、嬉しいけど」
「いらないの?」
「ではご相伴に預かりましょう」
形式上二度断り、三度目で申し出を受けた紫だが、そのしてやったり感まんまんの表情をはたては見逃さなかった。
自宅へ向かう道すがらの『藍がね、最近よく作ってくれるの。天ぷら』という言葉もあって、ああなるほどとはたては一人頷く。
(かけて人を見ると、その人の欲しいものやマイブーム、言わば『流行り』が顔に書かれるサングラス、ね)
顔に書いてある、とはよく言ったもので。解説を貰うまでもなく理解し、ポケットに入れたサングラスの感触を服の上から確かめる。
(これで人々の流行をリサーチすれば……)
「そしたら、橙がさぁ……おーい、聞いてるー?」
「あ、ええ。ごめんなさい、聞いてるわよ」
消しゴム程直接的とはいかないが、新聞売り上げへの活用は十分可能だ。効果は既に、目の前で楽器のように天ぷらのサクサク音を響かせ続けるスキマ妖怪が証明してくれた。
買ってきた食材を残らず飲み込まれ、支払った金額以上に出費は大きかったが、その分はたての表情は燃えている。一度は完売したあの時のようなシナリオを思い描き、ニヤニヤ笑いながらの就寝。
翌朝、昼頃の最も人通りが多い時間帯を狙って彼女は里へ繰り出す。その手には無論、例のサングラス。
(今度こそ、私が勝つんだから!)
文への対抗心をガンガンに燃やし、そのエネルギーで全力滑空。あっという間にはたての姿は人混みに溶けていく。
――それから一時間後。はたてはひっそりと、自宅へ帰り着いていた。
玄関ドアを乱暴に閉め、布団にダイブ。
「うあああああん! くやしいーーー!!」
かと思えば泣き始め、足バタバタ。その日はたては、枕を涙でしんなりと湿らせたという。
無理もなかろう。彼女がサングラスをかけ、人々のマイブームをリサーチ。それは良い。
だが道行く人々、特に男性の八割強の顔には『射命丸文』の文字があったのだから。
・
・
・
・
ファンクラブが出来ている、との噂を聞いた。
それが自分のことなら、嬉しいながらも信じられないという心地になるだろうが、それが文のことだと聞いたのだから、悔しいが信じざるを得ない。
(……うー)
今日はそれなりに新聞が売れた。が、横目でみた文の新聞がその倍近いペースで売れていくのを見ると、喜びにも陰りが差す。
親友としてその活躍を喜ぶか、ライバルとして悔しがるか。自分でも残念には思っていたが、今のはたては圧倒的に後者であった。
(私自身に、魅力がないのかなぁ)
文自身の人気で売り上げを勝ち取っているの部分があるのは事実だろう。そうすると、自分自身はどうなのかと思ってしまう。ここの所、鏡の前で身だしなみを整える時間が増えた。
いっそ彼女のことを特集して記事にすればきっと売れるだろう。が、それをしないだけのプライドと肖像権の概念はまだあった。
その日の昼下がり、はたてはとぼとぼと里の通りを歩く。手にしたメモ帳に新たな項目はない。最近浮かんだネタも、料理特集くらいしか面白くなりそうなものがなく、たまに何かを書き込んでも二重線で消されるばかり。
『お菓子作り特集』『主婦へインタビュー』『いっそ貝類』『はたての買い柱 ←最終手段』などと数少ない書き足し項目を何度か見返しつつ、遠目に通りを奥まで見渡す。と、その視界の片隅に見覚えのある影が。
「あ……」
道端に何やら白いクロスのかかったテーブル。そこに座る怪しげなオーラを纏った人物。見紛う筈もなく、はたては全力でその人物の下へ飛んでいった。
「ゆ、紫!」
「あらあら、ごきげんよう」
まるで待っていましたと言わんばかり。その天井知らずな胡散臭さが人を寄せ付けないのか、その美貌にも関わらず彼女の待ち構える一角の人通りは少ない。ある種好都合だった。
「先日の商品はいかが? 満足されて?」
「あ、あー……うん、まあ。確かにすごい効果だったよ。それよりさ」
「それは、よう御座いましたわ」
「その……他に、ないかな。もっと、もっとすごい効果のやつ」
座ったままでも優雅と感じさせる一礼。それが終わらない内に、はたては畳みかけた。
瞬きひとつ、紫がはたてを見据える。気のせいか、その瞳がきらりと輝いたような気がして、はたては少し背筋を伸ばした。
「もっと、凄いもの……ね。あるには、あるけれど」
「み、見せて! お願い!」
テーブルに手を着き、身を乗り出す。すると紫は、袖口から小さな小瓶を取り出し、置いた。
「……『はやりの香水』。お望み通り、もっと凄い効果よ」
「香水……か。欲しいんだけど、いくら?」
「考えないの?」
「いいから!」
有無を言わさない勢いのはたてに、紫は目を細めた。まるで、血気盛んな若者を見守る保護者のような――。
「――三万円、よ」
「うぐ、高い」
「申し訳ないけれど、ビタ一文たりともまからないわ。これが下限」
「むむ……」
言おうとしたことを先読みされ、はたては言葉に詰まった。三百円、三千円ときて、三万円。消しゴムの百倍だ。
幸い持ち合わせはある。が、流石にポンと出せる金額でもない。結局考える羽目となった彼女に、紫が口を開いた。
「買わなければ、他の誰かにお売りするまで。鴉天狗は特に、こういう怪しいアイテムは好きそうだし」
「!!」
脳裏にちらつく文の顔。対抗心が一際燃え盛って、顔が熱くなった。
「……ちょうだい!」
「まいどー」
まるで初対面のような直前の会話から一転、気の抜けた口調に戻って紫が笑った。呑まれた、とは思ったが引くつもりもなかった。財布から紙幣を三枚、手渡す。
「おっけーい、ぐっびじねす」
流暢さなどどこかへ放り投げた微妙な英語と共に、紫から薄紫色の小瓶を受け取った。『あ、これもサービス』と、瓶の口にぴったり合う噴霧器も続いて手渡される。
それでお開きかと思われたが、不意に紫が神妙な顔になって手招き。顔を近付けろ、ということだろうか、はたてはそれに従った。
「ひとつだけ……一回にひと噴き。それ以上を求めないこと」
「……? う、うん。わかった」
後半部はいまいちよく分からなかったが、とりあえず言いたいことは分かったので頷く。瓶に視線を移すと、瓶そのものは無色透明で菱形のような変わったデザイン。
「そこまで言うからにはすごいんでしょうけど、どんな効果なの?」
はたてが顔を上げる。だが、答える者はもういなかった。白いテーブルクロスだけが、そよ風に揺れている。
「……テーブル、どうするんだろ」
呟きながら小瓶を振る。ぽちゃり、薄紫色の液体が水音を奏でた。
・
・
・
・
数日後の朝。鏡の前で、身だしなみを整える。別に出掛ける予定がなくとも、毎朝の日課だった。
完成したその日の新聞が詰まった鞄をちらりと見やり、鏡台の引き出しからあの香水を取り出す。
蓋を開けて少し匂いを嗅いでみる。何とも形容し難いが、果実に近いような不思議な甘い香り。
(さて、どんな効果なのやら……)
噴霧器をセットし、首筋にひと噴き。一瞬だけ部屋に甘い香りが立ちこめ、すぐに消えた。
「……これで、いいの?」
一人ごちて、はたては立ち上がった。鞄を肩に掛け、玄関ドアを開け放つ。
「うわぁお!」
「きゃっ!」
しかし気合いを入れて開けた傍から悲鳴が上がったので、釣られて悲鳴を上げる羽目に。
「ああもう、はたてさんじゃないですか。びっくりしたぁ」
ドアへの衝突を寸前で免れ、その影からひょいと顔を顔を出すのは風祝・東風谷早苗。はたては慌てて頭を下げる。
「ご、ごめんなさい。でも何で私の家の前に?」
「あー、ここがそうだったんですか。空き家ならここに分社でも建てようかと」
ぽんぽんと家の壁を叩く早苗。はたては唇を尖らせる。
「ひどい言い草だし、そもそも同じ山の、しかもこんな大してデカくもない家に建てなくても」
「家の大小は問題じゃないんですよ。土地です土地。川も近いですし」
「取り壊すつもりなの!?」
「い、いやいや! そんな乱暴でヒドいことはしないですよ。その場合はまずちゃんと話し合……」
不意にマシンガンのような口が止まった。彼女の鼻が微かに動いたのを、はたての目は捉えていた。
「ど、どうかした?」
恐る恐る尋ねてみる。と、早苗との距離が一瞬で詰まったかと思えば、両の手を握られていたのだから驚くばかり。
「は……はたてさん!」
「ななな、なに!?」
「守矢神社で一緒に風祝とかやりませんか!?」
「はいぃ!?」
告白まがいの爆弾発言が飛び出し、はたての驚きが更に追加。みるみる染まる頬。早苗の方もすっかり顔が紅潮し、目がギラギラ光っている。
「私のために一生境内の掃除をしてください!」
「なんか奴隷宣言みたいだけど、味噌汁的なニュアンスよねそれ!?」
「とんでもない、私と一緒にです! さあさあ!」
「きゅ、急に言われても……その、新聞記者の仕事もあるし……」
こんな発言をされるのは初めてで、しどろもどろになりながらも言葉を探す。と、それを聞いた早苗がやっと手を離した。
「新聞! じゃあまずはお付き合いの一歩目ってコトで! 新聞ください、五十部!」
「え、本当に? ありが……ごじゅうぶぅ!? ウソでしょ!?」
「ホンキです! もうすぐ信者の方々との集まりがあるので、そこで読み物として配ろうかと思って!」
財布から紙幣を抜き放ち、高らかに購入宣言。そんな注文も当然初めてなので、嬉しい筈なのにはたての背筋には若干の寒気が。
罪悪感に近い感情があって、本来の値段よりも二割程安値の金額を提示すると、早苗は迷わず代金を支払った。
「ありがとうございます! それじゃ、今度は是非ウチの神社で!」
五十部もの新聞を担ぎ上げ、彼女は飛び去っていった。残されたはたてはというと、中身が一気に少なくなった鞄の中を呆然と見下ろす。次いで、反対に重量が増した売り上げ入れのポケットを。
それらを交互に見てから、はたては思わずニヤリと笑った。
「……ちょっと、トンデモないものを手に入れちゃった……のかな?」
彼女はすぐに地面を蹴った。山に住まう知り合いの家を片っ端から訪ね歩き、もとい訪ね飛び回り、さりげなく新聞を勧めてみると――
「ちわー!」
「一部ちょうだい! あときゅうりあげる!」
「どもー!」
「新聞、まだある? ついでに厄とってく?」
「へろーう!」
「せっかくだし、私と穣子で一部ずつ頂こうかしら」
――売れる、売れる。早苗のような特例は流石になかったが、何も言ってないのに新聞が売れる。新聞の重みと引き替えに売上金がぎっしりの鞄を手に、笑いが止まらなかった。
「こ、これは……」
(ついに私の時代が……!)
家に帰り、すぐに次の新聞を書き始める。溜めておいた僅かなネタを文章に変え、紙面を埋めた。
二日後、新たに完成させた新聞を鞄に詰めて家を出る。無論、あの香水を付けていくことは忘れない。妖怪の山、その道中を行く妖怪に片っ端から声を掛けてみると、やはり誰もが新聞を買ってくれる。それと同時に、妙に熱っぽい視線を送られるので、はたては恥ずかしいながらも上機嫌。
残り半分になった所で、ふと思い立ち自宅へ取って返す。鏡台の前に座り、香水を取り出した。
(ちょっとだけ、ブースト……)
一瞬だけ躊躇った後、はたては香水をもうひと噴き。そのまま山を下り、更に知り合いの住む場所を巡る。
「どもー、はたてちゃんニュースでーす」
「なんだ、またなんか騒がしいのが来たな」
「間に合ってるんだけどねぇ」
博麗神社の縁側で、ごろり寝転がる白黒と紅白。ゆっくりと先に身体を持ち上げたのは白黒――霧雨魔理沙だ。やれやれ、と呟いて立ち上がる。ここの主である筈の紅白――博麗霊夢は、未だごろごろ。
『射程圏内』に捉える為に、はたてはそそくさと縁側へ歩を進める。すると魔理沙の方が立ち上がり、出迎えるように歩いてくる。
「そりゃ、報道担当がだんまりしてちゃダメでしょ?」
「相変わらずご苦労なこって。新聞作るのも結構楽しそうだなぁとは思うけ……ど……」
はたての前に立った彼女の動きが止まる。表面上は素知らぬ振りでも、内心でニヤリと意地悪な笑みを浮かべるはたて。
「どしたの、魔理沙」
「あ、う……いや、その……なんでも……」
わざと、更に距離を詰める。瞬時に赤くなる魔理沙の顔。その様子はどきどきという心音が聞こえそうな程で、目を合わせられないのかはたての足下を見ている。
「声がちいさいぞー」
「わひゃっ!」
スカートの横で握られたままの彼女の手を、無理矢理取って握ってみる。すぽーん、と吹き飛ぶ帽子。
「あ、あ、その……」
「なにしてるのよ、二人と……も……?」
二人の様子が何かおかしいことに気付き、霊夢が横合いから割って入る。が、彼女の頬もみるみる染まっていき――
「ね、ねぇ。暇なんだったら……その。お茶でも飲んでかない?」
「いいの?」
「あ、ああ。そうするといいぜ……なぁ、霊夢」
「うん、うん」
お誘いを受け、はたては頷いた。縁側に三人並んで座り、湯呑みを受け取る。
ぼんやりお茶を飲んでいる間も、注がれ続ける左右両サイドからの熱い視線に、はたてはぞくぞくとした快感を覚えていた。
(ああ私、なんて罪深い女の子……)
「どうしたの霊夢、さっきからじっと見て」
「あえっ!? い、いや、その」
素知らぬ振りをして尋ねてみると、珍しく霊夢は慌てた様子を見せる。あたふたと弁解の言葉を探していたようだが、観念したようにため息。
「んー……その。あんた結構、いいセンスしてるなって。素直に」
「あら、ありがと。どの辺が?」
「服、とか? 可愛いじゃない」
「そっかなー」
褒められれば悪い気はしない。照れ笑いを湯呑みで隠しながらもはたては、後ろの魔理沙から未だじっと見られていることにも気付いていた。
「んじゃ、ごちそうさま」
「もう帰るの?」
「新聞作んなきゃだしね」
引き留められつつ、はたては神社を後にする。名残惜しそうに見送る二人の手には、勿論と言うべきかはたての新聞。
予定を変更し、家路を急ぐ。飛びながらはたては、未だに胸の中で躍るあの高揚感を思い出していた。
(最高の気分……新聞も売れるし、今なら文にだって勝てる!)
皆が皆、自分に見とれる快感。麻薬のようにはたての脳裏に刻まれた甘い響き。自宅へ帰り着くなりすぐに新聞の下書きを始める――かと思いきや。
ぱしゃり、ぱしゃり。
「んー、もうちょっとこっちかなぁ」
カメラを前後逆に持ち、セルフ撮影会開始。可愛い角度で写真が撮れると、特別号と銘打った新聞の下書きを始める。普段よりも写真スペースへの割り振りが圧倒的に大きい。
(これで……今度こそ、私が……!)
高揚感を鉛筆に乗せ、みるみる下書きが出来上がっていく――。
・
・
・
・
新聞完成の目処が立ったのはそれから二日後だ。
昨日まで作っていたものとは別に、ちょっとした一枚記事――内容は簡単な料理レシピ特集――を作り、印刷して鞄に押し込む。
それから鏡台の前に座ると、あの香水を取り出し――ごくり、息を呑む。
(やってやるぞお……私が、私こそがトレンドだ!)
一回、二回、三回――目にも留まらぬ鴉天狗のスピードで、香水を吹き付ける。その回数は誰もカウントしてはいないが、小瓶の八割はまだ入っていた香水が、残り半分以下になっている。
首筋を伝う香水の滴が、音もなく蒸発して掻き消えた。
「ふ、ふふふ……見てなさい、文……」
ゆらりと立ち上がり、はたては風の強い外へ。全力で飛んだ先は人間の里。
この日はもう文はおらず、そもそも新聞は朝売る者が多い為競合者もいない。
通りの真ん中にはたてが降り立ったその瞬間――ばっ、と何十もの視線が彼女を射抜いた。
忙しげに、或いはのんびりと通りを歩いていた人々が、一斉にはたてを向いたのだ。ぞくっとした快感に、脳髄が痺れる。
(そんなに見ないでぇ……あ、やっぱ見て……)
「えーっと」
何と言おうか迷った。が、本来の――建前上であっても――目的を思い出したので、鞄からペーパーを取り出しながら呟いた。
「……新聞、いかがですか?」
どっ、と人々がはたてへと吸い寄せられた。押し合いへし合い、もみくちゃになりながら、それでも正確な手捌きで新聞と引き替えに代金を受け取っていく。身体を触られた気もするが、不可抗力と思って見逃す。
完売まで、五分とかからなかった。新聞がなくなった後も、はたてへ注がれる視線は一向に冷めることはなく。
熱い眼差しを全身に浴びて、身体が火照る。何となくブラウスの一番上のボタンを外しながら、必死に冷静な表情を取り繕った。
(下準備はバッチリ……明日という日で、私の人気を不動のモノに……)
視線を振り切って自宅へ帰り、完成させた新聞の原稿を前に、はたては喉の奥からこみ上げる笑いを抑えようともしない。
「くふ、くふふ……」
原稿のあちらこちらに自分の写真。書いてある内容も、自分自身に関わることばかり。
――それはまさに、禁じ手であった。自分自身を売り込む記事。
香水の効果と併せて、人々の流行、人気の中心に立とうという彼女の目論見。成功する気しかしなかった。それ程までに香水の効果は絶大だ。
一度人気に火が着けば、もう何もせずとも新聞は売れ続ける。文の存在がそれを証明している。だが、そこに自分が取って代わるのだ。
その夜、はたては興奮してなかなか寝付けなかった。
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翌朝――興奮を少し抑えるつもりで買ってきた新聞を読みながらも、はたては心ここに在らず。あまり効果はなかったらしい。
(どうしようどうしよう、新聞記者飛び越してアイドルとかになっちゃったら……)
女の子である以上、そんな妄想にまで及んでしまうのは致し方ない。もう待ちきれないとばかりに『謎の流行? 里の洋裁店から特定の布だけが売り切れ続出』という一面記事を隠すように新聞を折り畳む。
鏡台に座って、お馴染みとなった香水を取り出して――何も躊躇わず、猛烈な勢いで吹き付け始める。回数はとうに二桁を突破、残りのほぼ全部を使い切り、首筋だけが雨に打たれたかのような状態。
すぐにそれも乾き、鏡で身だしなみをもう一度見て、はたては立ち上がった。鞄には新聞、自分自身の魅力を余すことなく伝える為の特集記事。
外は風が強かった。いきなり里に行っても良かったが――お楽しみは後、という心理だろうか。彼女が向かったのは博麗神社だった。
まずは霊夢と、もしいれば魔理沙なんかの友人辺りで、その効果の程を試そうという腹積もりである。
天狗のスピードを余すことなく駆使し、鳥居の前に降り立って中を窺う。転がった竹箒。今日も大絶賛サボり中のようだ。
となれば、とはたては縁側へ向かう。いつものように寝転がっている最中だろう。自分の姿を見た瞬間のリアクションを想像するだけで、無性に身体が熱くなる。
興奮で荒くなってきた呼吸を整えながら、縁側へ回り込む。話し声――霊夢と、魔理沙のようだ――が聞こえた。
「……どうかなぁ」
「いいんじゃないか? ま、私の方が……」
(さあ、私の虜にしてあげるわ!)
はたてはいよいよ、二人のいる縁側の前へと堂々エントリー――
「おはよ……っ!?」
――しようとして、素早く身を隠した。
一瞬だけ見えた光景が、あまりに異様だった気がして――今度は見つからぬよう、そっと顔だけを出して様子を窺う。
「えー、似合ってるわよ。髪の色も近いんだし」
「似合ってないなんて言ってないぜ。私の方がって言ったんだ」
幸い気付いてはいないようで、霊夢と魔理沙の会話は続いている。だが、異様なのは二人の出で立ちだ。
お互いに立ち上がって服装を見せつけ合う二人。どちらも同じ、薄桃色がかったブラウスに黒と紫のチェックスカート、髪を二つに括っている。
それは彼女にとって、最も見た回数の多い服装。鏡の中で何度も何度も。
(わ……私の服……!?)
そう、二人が着ているのは紛うことなき、姫海棠はたての服装なのである。はたては自分の服をチェックし、もう一度二人を見る。多少サイズが違う程度で、どう見ても同じだ。偶然とは思えない。
と、そこへ――
「こんにちはー!」
「おー、お前もか」
「流行にはうるさそうだもんねぇ、あんた」
先日、大量に新聞を買っていった早苗が空から縁側へ降り立つ。そして彼女もまた、はたてと寸分違わず同じ服を着ているのであった。
「そりゃ当然! はたてさんこそが今の幻想郷を、そして我ら守矢神社を導いてくれる光なのです!」
「そこまで言うか? まあでも、確かに……あー」
えっへん、胸を張る早苗と、気恥ずかしくなったか顔を赤らめて口ごもる魔理沙。
(な、な、な、な、なんで……?)
一方で当のはたては混乱するばかり。自分がここへ来た目的も忘れて理由を必死に探した。
コスプレというより、本気でファッションとして真似ているような口振り。霊夢の口から出た『流行』の二文字――
(まさか、まさか、そんな)
「あっ、はたて!」
しかし思考はそこで断ち切られた。様子を窺う姿勢のまま固まっていたせいで、バッチリ魔理沙と目が合った。
「わー、はたてさーん! 見て下さいコレ!」
「ちょうどいいや、本人に判定してもらいましょ。ね、私が一番似合ってるわよね? あ、勿論一番はあんただけど、その」
「わ、私の方が」
「どうですかー?」
三者三様のはたてが迫る。服の中で滝のような冷や汗。三人の目は、軽金属を燃やしたように怪しげな炎で満ちていた。
「わ、わ……わああああ!」
本能的な恐怖を感じて、本物のはたては素早く踵を返して空へと逃げる。追ってくるのは見なくても分かった。
鴉天狗として速度で負けるわけにはいかず、全力を出して飛ぶ内――もっと嫌な予感が胸中を満たしていく。
(ちょ、待ってよ……そういえば)
進路を変え、本来の目的地であった人間の里へ向かう。羽を必死に動かす疲労のせいではない、掴んで揺さぶるかのような心臓の鼓動。
垂れ落ちる程の冷や汗と共に辿り着いたその場所で、はたてはついに立ち止まる。
そこにあったのは、見渡す限りの『はたて』の山――。
彼女は見落としていた。幻想郷に住むのは、霊夢や魔理沙のような特殊な人間や、妖怪ばかりではないことを。
更に言うのであれば――少女ばかりではないことを。
(なにこれ……)
道行く人々は全員が全員、何かに取り憑かれたかのようにブラウスとチェックスカート姿。そう、男性でさえも。
老若男女全てがはたての装い。確かにはたては流行の中心にいた。確かに皆に注目されていた。確かに人気者だった。いささか過剰すぎる方向で。
と、その瞬間。
「いた、そこだぁ!」
「え……きゃあっ!!」
いきなり背中に走る電流のような衝撃に、はたては悲鳴を上げる――だけならば良かった。羽に力が入らず、ふらふら地面へ吸い寄せられていく。
必死に飛ぼうとしたが叶わず、彼女は着地した。はたて集団のど真ん中へ。
ざわり、観衆の目が。数百の視線が、はたてへ向けられた。
「あっ」
「はたてちゃんだ」
「ホントに?」
「本物だ……」
「かわいい……」
「はたてちゃん!」
「はたてちゃーん!!」
「いっ」
「いやあああああああ!!」
襲いかかる群衆。はたては全力で地面を蹴り、人間の壁の中に微かに見えた隙間へ身体を捻じ込んだ。
腕、足、脇腹辺りを捕まれつつも振り解き、とにかく走り出した。
「もう逃がさないわよ!」
「うふふ、うふふ……はたてさぁーん……」
走りながら背中へ手を伸ばすと、何か紙のような物が貼り付いている。霊夢の仕業だろう、飛べなくなったのもこれが原因か。
ならば走るまで。しかし思うように走れない。全身が鈍い。
「うおおおおお!」
「はたてちゃん結婚してくれー!!」
「せめて触らせてー!」
「いやだってばああああ!!」
最早生理的な不安、嫌悪すら感じながらはたては逃げた。走っても走っても、多少距離は開けられど振り切れない。いつしか里を飛び出し、どこへとも向かわずひたすら逃げる。
「はぁ、はぁっ……いっ!?」
その時、がっちりと二の腕を捕まれた。距離はあった筈なのに――
「はたて……もう逃がしませんよ……」
「あ、あ、文!?」
振り返ると文が――はたての格好をした文が、腕を掴んでいた。いかに鴉天狗でも、その中で最速を誇る文には勝てない。
その目は紫色の光がぎらぎら燃えていて、明らかに異常だ。
「明日の特集は姫海棠はたて全集ですよ。今から取材です。とりあえず人気のないところで」
「やめっ……あ、文! お願い、離して」
「うふ、うふふ……それとも皆さんの前で公開インタビューですか? そういうのがお好みですか?」
「目を覚ましてよぉ! あーん、もう!!」
「あっ、待ちなさい!」
腕を無理矢理解き、走り出す。群衆との距離もかなり縮んで、先頭にいつの間にか妖怪の山に住まう妖怪やら神様やらが混じっているのを、はたては見逃さなかった。
「はあ、うぐ、げほっ……なんで、こんなコトにぃ……!」
息が苦しくて、だが捕まれば何をされるか。広がる恐怖。涙で視界を滲ませながら走るはたて。と――
「なんで? あなたは自分のアクビひとつにも理由を求めるのかしら?」
「はっ!?」
すぐ横で声がした。右を、それから左を見て、見つけた。
「どうかしら、あの商品。満足されて?」
最高に楽しそうな笑みを浮かべる、紫の姿がそこにあった。隙間から上半身だけを覗かせ、隙間ごとはたてに併走してくる。
「ゆ、ゆか……たっ、助けっ……」
「なんで? あなたは皆の人気者、流行の中心。全ての人があなたに憧れる。あなたの望んだ通りじゃない」
「こん、なの、やだぁ……こわい!!」
「熱狂しすぎると、人は盲目になるのよ。あなたも例外じゃなかったわねぇ」
「いいからなんとかしてぇ!」
会話している間にも、じりじりと距離が狭まる。はたては疲れ果てているのに、迫り来る姫海棠はたて軍団はまるで疲れた様子がない。
先頭を走る文は、いつ捕まえようかタイミングを計っているように見える。また全力で飛ばれたら、今度こそ振り解く自信はない。
呆れたような声色で、紫は肩を竦める。
「第一、私は言ったじゃない。最初に」
「あ、あぁ……」
『一回にひと噴き。それ以上を求めないこと』
紫はちゃんと、忠告してくれていた。やっと思い出した。
己が注目される麻薬のような快感に、そんな言葉などとうに忘却の彼方。その結果がこれであり、瓶の中身はもう殆ど空っぽだ。
「ごめ、ごめんなさい……あやまる、からぁ……げほ、げほっ!」
「ふーむ……んじゃ、最後の商品。超強力消臭スプレー。魔法の類にもバッチリ効いちゃうスグレモノ」
「ちょ、ちょうだい!!」
「値段は時価。効果は手にしたも」
「いいからぁ!!!」
はたては説明を遮り、紫の手から瓶入りのスプレーをもぎ取る。蓋を開け、吹き付けることすらせず、中身を頭から被った。
香水と同じように、滴る無色透明の液体はあっという間に蒸発してしまう。
使用を目の前で確認した紫の顔は、意地悪な笑みで満ちていた。
「まいどー。お金は後で取りに行くからねー」
「こっ、これでいいのぉ!?」
「多分。じゃあ私はそろそろ帰るわ」
「ま、まって」
「効果を目で確かめたいのは山々だけど、これ結構疲れるのよ」
言うなり、紫は隙間を下方向に広げる。長いスカートの裾を膝より上まで捲り上げてやる式神・八雲藍の姿と、土煙が上がる程の勢いでシャカシャカ走り続ける紫の脚が。
「白鳥って、優雅に泳いでるように見えても水面下じゃすっごい頑張ってるのよ。美しい者ほど努力してるってコトですわ」
「うぬおおおお……ゆ、紫様……そろそろ……」
藍が呻くような声を上げる。当然、彼女も猛烈な勢いで走っている上、スカートの裾を持ち上げる関係上屈み姿勢のまま。彼女の方が辛そうだ。
それって隙間の意味はあるのか、という突っ込みを入れる余裕などなかった。
「んじゃ、あでおーす」
最後まで微妙な発音で、紫は隙間の中へ引っ込み――残暑に揺らぐ陽炎の中に掻き消えた。
「ちょっと待って……あ、あー?」
後ろを振り返ったはたては思わず二度見した。視界を覆い尽くす程のはたて集団はもう大分まばらで、一部の妖怪や特異な人間が追ってくるのみ。
それも一人消え、二人消え――
「あやや、そういえば別件で取材の予定を忘れてました! はたて、また今度!」
とうとう最後まで残っていた文も、すちゃっと片手を上げると一目散に青空へ溶けていって――呆然と立ち尽くす、はたて一人が残された。
「……はぁぁぁぁ」
脱力し、ぺたりと座り込む彼女の腕から、いつの間にか新聞を詰めた鞄は消えていた。放り投げてきてしまったのだろうか。
それはまるで、己の新聞記者としての誇りをそうしてしまったように思えて。全てが済んでみてやっと、自分が恥ずかしくなる。
はたてはすぐ立ち上がり、来た道を引き返す。
里の入り口、柵に引っかかった鞄を見つけたのはそれから一時間後だった。
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今日も空は青く、風は少し強い。
里の大通りは賑やかで、新聞を売る文の周りには人が沢山。
自分の新聞は――それなりだ。何もかもがいつも通りに戻った。
「はぁーあ」
ため息が浮かんで消える。通りから少し外れた、公園のような広場。はたては中身が半分くらい残った鞄を放り出し、草の上で寝転がった。
(まあ、前みたく新聞を売れるだけでもヨシとしなきゃかなぁ)
『代金は、あなたの反省の価値だけ頂くわ』
紫の言葉に、はたては香水の効果で売りまくった新聞の売り上げを全て彼女へ押し付けた。結局のところ、紫の手の上で躍らされていたに過ぎない気がして、そんな方法で手に入れた金を使う気にもなれない。
満足そうな顔で去っていった紫を見送ったあと、二日間寝込んだ。その果てに、再び新聞記者として活動を再開したのが今日。
売り上げは相変わらず、微妙だ。不調という程でもなく、かといって満足出来る程でもなく。しかし、あれだけの騒動があったにも関わらず、人々が、知り合い達が、何もなかったかのように接してくれているのは、間違いなく彼女にとって救いであった。
最後に使った匂い消しは、あの香水の余波も全て洗い流してくれたのだろうか。今となっては分からないし、探る気にもなれなかった。
「どうしたら、あんなにウケるのかなぁ」
遠くに見える文の姿。どうやら完売したようで、人々に頭をぺこぺこ下げている。
拝み倒して、秘訣を聞いてみるか。以前ならプライドが邪魔をしてそんなことは出来なかっただろうが、今は素直に頼れそうな気がした。
「でも私にそんな魅力なんてなぁ」
ドーピングに手を出した反動のようなもの。もう自分に自信が持てない。ため息がもうひとつ。
と、その時であった。
「あのう」
「は、はひっ!?」
急に声を掛けられたので、はたては文字通り飛び上がらんばかりに驚いた。
飛び起きた勢いで振り返ると、親子らしき妙齢の女性と少年。
「姫海棠はたてさん、ですよね?」
「そ、そうですが」
「この間の新聞に載ってたお料理、とっても美味しかったものですから」
「あっ」
母親が取り出したのは、騒動の下準備となった日に配った、一枚だけの料理特集記事。
自分でも忘れかけていた記事の存在。母親は笑っていた。一方でおよそ十歳を超えたくらいであろう少年は、若干俯き気味だ。
この記事を書いた目的は、香水の効果で自分に注目を集める為の手段に過ぎない。だが、いくら建前の為に用意したものとは言え、その内容には手を抜かなかった。それははたての、新聞記者としての最後のプライドだったのかも知れない。
その結果が、今目の前にいる親子。
「今日は新聞ありますか? もう売れちゃったかしら。お料理のことじゃなくても、あなたの書いたのが読みたいんです」
「あ、え、ええ! あります」
はたては鞄から新聞を一部取り出す。母親に渡し、代金を受け取ると、彼女は微笑ましそうに少年の頭を撫でる。
「よかった。この子もあなたの新聞がお気に入りみたいで」
「ちょ、ちょっとお母さん!」
「あらあら」
瞬時に顔を赤くする少年と、笑みを絶やさぬ母親。はたては暫し呆然とそのやりとりを見ていたが、
「あ、ありがとうございます!!」
我に返り、深く、深く頭を下げた。
挨拶の後、二人が去っていく。少年はまだはたての方を時折振り返って、ちらりちらりと様子を窺っているようにも見えた。
「……」
はたては暫し立ち尽くしていた。客と会話をすることもない訳ではない。だが、面と向かってはっきり『あなたの新聞が好き』と言われた経験は殆どなかった。ましてやあれだけの騒ぎがあったのに。
親子の姿が大分遠くなった頃、彼女は不意に思い出したことがあった。ポケットを探り、取り出したのはサングラス。
素早くかけて、目を凝らした。鴉天狗の眼力は、確かにその文字を見た。
「あ……」
親子の姿が完全に見えなくなっても、はたてはサングラスをなかなか外さなかった。目に何かを焼き付けるかのように。
やがてゆっくり外して、ポケットに。鞄を担ぎ上げる。胸の奥底から、マグマのように熱い何かが込み上げるのを感じた。
「う……うおおお!! 私だって、やってやるんだからあああ!!」
満面の笑みで、はたては空に向かって叫んだ。叫びながら、地面を蹴った。
里の大通りを、一陣の風が凪いでいき――帰宅の準備をしていた、射命丸文の顔にまで届く。
彼女は空を見た。
「はたて?」
真昼なのに、流れ星が駆け抜けていった気がして。文は我知らず、笑っていた。
これは紫がハマリ役だわ。
しかしはたてルックの早苗に霊夢にその他大勢…可愛いじゃない(オッサンとジジババ除く)
はたてちゃんは香水なんか付けなくたって魅力的なんだよなぁ
世にも奇妙な物語とかを見ていた気分。訓話だけど最後にちゃんと救いがあるのが良いね。
てっきりキン消しが出るものかとばかり…
そしてはたてはギャグセンスをもっと磨くべき。とれんでぃー…
調子に乗ってても新聞作りには手を抜かないはたても素敵でした。
消化されていました。面白かったです。
でも、知らなくても面白かったです!!
たぶんアレンジして、東方でなじむようにされてるんでしょうね。
しかし、女子高生の制服姿ばかりの幻想郷は、考えると良い世界ですねぇ~。
大抵こういう話は全部無くなって、でも成長して……みたいなものが大半なので少し意外でしたね。
何が映っていたのか……そんなものは書くまでもありませんね。
全体的に面白く、特に粗も無く素直に楽しめました。
個人的な好みを言うなら文がもうちょっと重要なポジションだと良かったかなーなんて。