うちの総領娘様はとても可愛い。
頭のてっぺんから足の先まで可愛い。特に興味を惹かれる物を見つけるときらきらと輝く目が可愛い。性格も可愛い。いつも偉ぶって少しでも相手の上に立とうとするのに、何かあるとすぐに落ち込んで甘えてくるのが可愛い。特に叱ると途端にしょげかえって、ちらちらとこちらの機嫌を伺ってくるところが可愛い。こちらが困っているとそわそわと落ち着かなくなって、おずおずと手伝いを申し出てくるところも可愛い。私の天子様、と言うと、あんたのじゃないって必死で否定するのも可愛い。とにかく可愛い。
総領娘様が家にやって来た。一体何年振りだろう。ずっとご両親に禁止されていたのだが、それを破って来ていただいた。自分の家で総領娘様と二人きりになれる。言い知れぬ感動が全身を包んでいる。
「ねえ、買い物行こう」
天子様に誘われたので、私は二つ返事で承諾し、地上の隙間妖怪に頼んで幻想郷の外に出た。天子様はいつも明るく周りに元気を振りまいてくれる、傍に居る人を幸せにしたいと考えられる優しい方だ。
ただ、少し相手の事を考えないきらいがある。
「あ、これ可愛い。ねえ、衣玖もそう思うでしょ? お揃いにしよう!」
天子様はこちらの答えなど待たずに、その服を籠へ入れてレジへと持って行った。その様子を眺めながら私は傍のハンガーに掛かった、天子様が持って行ったのと同じデザインの服を眺める。確かにそれは天子様の言う通り可愛いのだがあまり自分の趣味では無いし、自分に似合うとも思えない。けれどそれを言ったところでそんな事は無いと一笑されて結局買ってしまうのだろう。着るのを拒めば憤慨するに違いない。
そんな風に天子様にとって、自分の考えは他の人々にとっても同意見であるに違いなく、自分が良いと思う事は他人にとっても良い事なのだ。それが時偶行き過ぎる時があって、良く周りに迷惑を掛ける。天子様は自分の行動を良い事だと信じて疑わないので、責められてもきょとんとしている。だからまた誰かに迷惑を掛ける。迷惑という点に目を瞑れば、天子様はそれを善意で行っているのである。天子様という存在は愛らしく、性格だって良い事には違いない。けれど時偶辟易する事がある。
「ほら、買ってきたよ」
満面の笑みで袋を下げて駆け寄ってきた天子様に微笑みを返し、荷物を預かると、次の店へと向かう。
「何か面白い事ないかなぁ」
煮物が余ったので天子様のところへ持って行くと、天子様が寝転がって雑誌を読んでそんな事を言っていた。
「地上のお友達のところへ行ったらどうですか?」
最近天子様には地上の友達が何人か出来た。ここのところ毎日の様に遊びに行っていた。それが二日続けていかないなんて。昨日は私と買い物に行ったのだからともかく、今日も遊びに行かないのはどうしてだろうと不思議に思う。だから水を向けてみたのだが、天子様は可愛らしく不機嫌そうにそっぽを向いた。何かあったらしい。天子様の少々独善的な性格の所為で衝突したのだろうと、何となく思った。昨日私を買い物に連れだしたのも、友達と喧嘩した憂さを晴らす為の甘えだったのだろう。
しばらくして天子様のお母様がやってきて牛乳が無いから買ってきて欲しいと天子様に言った。天子様が起き上がって、じゃあ一緒に行こうと私に言ったので、二人で牛乳を買いに出かけた。
「お友達と何かあったのですか?」
天子様は何か嫌な事があると一人で溜め込むタイプだ。きっと聞かなければずっと溜め込んだままで苦しむに違いない。しかし回りくどい聞き方をすれば、勘の鋭い天子様は気を使っている事に不満を抱くだろう。だから直截に尋ねてみたのだが、やっぱり素直には答えてくれなかった。
「別に良いでしょ。衣玖には関係無い」
そう言って落ち込んだ様に俯いた。どうやら根は深そうだ。結局追求しきれずに、天子様は落ち込んだままだった。
そのまま牛乳を買って帰る途中、道の端に子犬がうずくまっているのが見えた。野良の犬なのだろうが、辺りを見回しても親らしき姿が無い。あまり深入りしない方が良さそうだと思って、天子様を止めようとしたが遅かった。
「親、居ないのかな?」
そう言って悲しそうな表情で、けれど目はきらきらさせて子犬の下へ駆けていく。そうして嬉しそうに撫で始めた。子犬は天子様の事が怖い様で怯えていたが、天子はお構いなしになであげる。そうしてこちらを振り向いた。
「ねえ、衣玖」
「飼えませんよ。私の家でも、天子様の家でも」
先を越されて、天子様が口を噤む。歩み寄ると、天子様が反抗的な、けれど可愛らしい態度で睨んでくる。
「生き物を飼うのは簡単な事ではありません」
すると天子様は悔しそうに口を唇を噛んで立ち上がった。
「分かってるよ! 別に飼おうなんて思ってないし」
私から牛乳を奪い取り、自分の帽子を取って地面に落とすとその中に牛乳を少量注ぎ込むと子犬の前に差し出した。
「天子様」
「分かってるって! お腹すいてそうだから上げるだけでしょ? それも駄目なの? このままじゃ死んじゃうかもしれないのに!」
子犬は尚も天子様を恐れている様だったが、空腹に耐えかねたのだろう帽子の中に頭を突っ込んで舐めだした。
それを見て天子様が安堵した様に笑顔を見せた。
天子様はお優しい。けれどその優しさが良い方向にばかり行くとは限らない。
「天子様、野良の生き物に餌付けは止めた方がよろしいかと。自分で餌を取る事が出来なくなります」
「でも」
「それと子犬は牛乳を飲むとお腹を下しますよ」
「え? 嘘」
天子様が慌てて犬を見る。
「牛乳は犬の為の飲み物ではありませんから」
「嘘! ごめん! ごめんね!」
天子様が急いで犬を帽子から拾い上げて抱きしめた。巨大な人間に掴み上げられ締めあげられるというのは子犬にとって恐怖でしかなかったのだろう。悲痛な叫びを上げた子犬は天子様の胸の中でお漏らしをして、辺りに凄まじい臭気が立ち上った。驚いた天子様が子犬を取り落とすと、子犬は危なっかしい足取りで何処かへ駆け去って行った。
残された天子様をどう励まそうか考えていると、天子様が啜り泣き始めた。涙でしゃがれた声が私に問いかけてくる。
「ねえ、衣玖。私、そんなに間違った事した」
妙に落ち込んでいるなと不思議に思いながら、私は正直に答えた。
「はい。天子様が善意でやった事は分かりますが、手段が間違っておりました」
すると天子様が泣き声を上げ始める。
「ねえ、衣玖。何で私っていっつもこうなのかな?」
「いつも?」
「そう! いつもいつも、私は良いと思ってしてるのに、でもみんなはそれを認めてくれなくて。どうして私のする事は人の為にならないんだろう」
「それは」
天子様が自分の欠点に気が付かれているとは思わなかった。そうしてそれに苦悩している事も知らなかった。ずっと傍に居たのに。天子様が苦しんでいた事に気がつけなかった、
「ねえ、衣玖!」
天子様が振り返ってくちゃくちゃの泣き顔を私へ向ける。見るだけで胸が詰まる、痛々しい顔をしていた。
「どうして私は人の心が分からないの? この前だって、友達にに、人の痛みが分からないとか散々言われて。ねえ、どうして? みんなは分かるんでしょ? 人の心とか痛みが。衣玖も分かるんでしょ? なのに何で私だけ分からないの? どうして私だけ嫌われなくちゃいけないの?」
それは違う。
私にも人の心が分からない。しかも私はそれを今気がついた。今の今まで天子様が苦しんでいた事を分からなかった。
そんな私が天子様に助言を差し上げる事なんて出来るはずが無い。天子様の言葉に何の答えも返せない。私はそれでも何とかしたくて天子様を抱きしめた。
けれど言葉が出てこない。何も言う事が出来ない。抱きしめただけでは何も伝わらないだろう。人の心が分からない者同士だから。
私は馬鹿だ。
天子様がぎゅっと体を抱きしめ返してくる。
「いっつも私、色んな人に迷惑を掛けてるって知ってる。でもそれがどうしてだか分からないの。自分では正しいと思ってるのに、誰かを傷つけてるみたいで。衣玖にまで迷惑かけて。そんなの絶対やなのに。なのに気がつくと迷惑を掛けてるの。どうしても人の心が分からないの」
私は馬鹿だ。
ずっとずっと天子様の傍に居て、何も気がついていなかった。明るく笑っている天子様の心の中を覗こうともせずに、自分で勝手に天子様の心の内を推し量って、それでずっと天子様を苦しめていた。ずっと本当の天子様を見ていなかった。
「ねえ、衣玖! 昨日の買い物の時だってそうなんでしょ? 私、また衣玖に迷惑掛けたんでしょ? なのに分からないの! だからいっつもいっつも不安なの! 不安で不安で仕方ないの! ねえ! 教えて! 私、昨日は何しちゃったの? どんな迷惑を掛けちゃったの?」
私は馬鹿だ。
泣きながら私の胸に顔を埋めている天子様に掛ける言葉が見つからない。励ます事も叱る事も、本当の事を指摘する事も出来なくて、私はただ嘘を吐いた。
「迷惑なんて掛けていませんよ」
天子様が気にする程の事じゃない。何せ好きで一緒に居たのだから。けれど昨日一日振り回されていたのは事実で、迷惑を受けていないかというと、それもまた違った。
天子様は鋭い方だ。当然私の嘘なんて見破ってしまう。
私から離れた天子様の顔は、涙こそ収まっていたものの、さっきよりも苦しそうな顔をしていた。
「そっか。良かった。安心した」
天子様は馬鹿な私でも分かる位に簡単な嘘を吐いて俯いた。
酷く気まずい空気が流れる。
耐え切れなくなって私は言った。
「天子様、人の心が分からないというのなら、言葉だったら伝わりますか?」
「ん?」
「私は天子様が好きです」
天子様の瞳を見据えてはっきりと言う。
「天子様の性格も好きです。だから迷惑だって何だって気にしません。そうじゃなかったら一緒に居ないでしょ? ずっと一緒に居たんだから、そんな迷惑だなんて思っていません!」
天子様はしばらく呆然としていたが、やがて寂しそうに笑った。
「そっか。分かったよ、衣玖」
「え? 本当ですか?」
私の気持ちが通じたのだろうか。
「うん、どうして人の心が分からないのか。きっと私の性格が悪いからだ。私が嫌な奴だから、みんなの心が分からないし、みんなに迷惑かけるんだ」
思わぬ言葉に混乱する。どうしてそんな風に思ったのかまるで分からない。
「そんな事ありません! どうしてそんな」
「だって私、衣玖の言葉を聞いても、嘘にしか思えなかったんだもん」
嘘?
「一緒に居るのだって、天人だからで、もしも私が元の地子に戻ったら、きっと衣玖は離れていく。って思っちゃう」
「そんな事ありません! 私は本当に天子様の事を」
「ごめんね。それが信じられないの。衣玖が悪いんじゃないよ。私が悪い。こんな自分変えたくて仕方ない。今は、衣玖の言葉が信じられない」
そうして天子様は俯いて背を向けた。その背が全てを拒絶する様で、私の喉から言葉が出てこなくなった。
「帰ろう。牛乳、お母さん待ってるし」
私と天子様は一緒に帰ったが、お互い一言も発する事が出来なかった。家に帰って、天子様のお母様に臭いを指摘された時の泣き顔が、頭から離れない。
悶々とした夜を過ごして次の日、とにかく自分の不明を謝ろうと思って、天子様の家に行くと天子様はいらっしゃらなかった。天子様のお母様が、天子様は友達の所へ謝りに行った、と言う。きっと昨日の言い合いで何か思う事があったのだろう。私は天子様を見に行かなければと慌てて地上へ降りた。当ては無かったが、勘に任せて神社へ行ってみると、天子様が居た。天子様は友達を前に必死で何か言っている様子だったが、聞き入れられている様には見えなかった。近寄ってみると声が聞こえてきた。
「だからそういう上辺だけの謝罪は要らないから」
そんな冷たい言葉が天子様に浴びせられる。天子様は本心からの言葉だと言い返したが、相手の態度は緩まない。
「信じられないから。この前は神社壊して、またこれでしょ? どう考えても悪意持ってやってるでしょ」
するともう一人が嘲る様に言った。
「いや、違うって。こいつは人が嫌がる事かどうかっていう区別がついてないだけだよ。だから平気であんな事が出来るんだ」
言い返せずに、天子様の表情が苦しげに歪む。
「良い事してあげたって思ってそうですよね。自分は正しい事をしてる。どうして悪いのか分からないって思ってそう」
笑い声が起こり、天子様が羞恥に顔を赤らめる。
「何にせよ、あんたがやった事は許せる事じゃないから」
天子様が三人に縋る様に体を寄せた。
「どうしたら許してくれるの?」
「少なくとも、上辺だけの謝罪じゃね」
「違うの。本当に心から」
「そう聞こえないんだよ! さっきみたいな態度で、本気で謝罪してると思ってるの? ならお前おかしいよ!」
「おかしい?」
「そう、おかしいんですよ。多分心が化物なんじゃないですか? だから人の心が分からんくて」
「そんなの、違う! 私は」
天子様が悲痛な声で三人から離れ、頭をかきむしった。天子様の綺麗な髪がぐちゃぐちゃと乱れて、悲惨な姿になる。私はそれを見て、我慢できなくなって飛び出した。
「止めてください!」
天子様を抱きしめて三人に訴える。
「天子様は優しい方です! 化物の心なんて持っていません!」
三人はうろたえた様に、お互い顔を見合わせた。
一人が私を睨む。
「何、いきなり! あんた関係無いじゃん」
「関係あります! 私は天子様とずっと一緒に居たから。天子様の事を全て知っている訳ではないけど、これだけは知っています! 天子様は可愛らしくて優しい方です! それだけは絶対に間違いありません!」
「衣玖」
天子様が私を見つめてくる。私はそれを見つめ返して、はっきり言った。
「天子様、私はあなたの事が好きです。あなたの地位なんか関係無い。健気で、可愛らしくて、明るくて、本当は誰よりも優しいあなたが好きなんです!」
「ありがとう。でも」
「信じられないなら何度でも言います。信じてくれるまで何度も何度も、ずっとずっと、あなたの傍で何度も言います。天子様、あなたは誰よりも優しい。私はそんなあなたが好きです。大好きなんです」
天子様はしばらく呆然としていたが、やがて表情が歪んだ。
「でも私は」
「信じてくれなくても結構です。それでも私は優しい天子様が大好きだと本気で思っていて、それを天子様の傍で何度も何度も繰り返し伝えます」
天子様は更に表情を歪めると、泣き声を上げて私に抱きついた。それを抱きしめながら、天子様の友達に問いかける。
「天子様があなた達に何をしたのかは分かりません。でもきっと天子様は本当に悪気があった訳じゃなくて。本当に善意から」
「いや、それは分かったけど。でも善意だからってやられる方は」
「ただ少し方法を間違ってしまっただけなんです。正しい事は私がこれから教えていきます。だから天子様の事を嫌わないでください」
三人はばつが悪そうにしてから、頷いた。
「良いけどさ」
「別に、遊んであげたって」
「でも殺そうとはしないでくださいよ」
殺す?
天子様を引き剥がして問い尋ねる。
「あの、天子様? 一体お友達に何をしようと?」
すると友達の一人が言った。
「捨食の法を手伝ってあげるとか言って、人の口と鼻を塞いで息の音を止めようとしてきた」
思わずその友達を見る。冗談を言っている様には見えない。再び天子様を見ると、天子様は訴える様に顔を寄せてきた。
「だって食事をしなければ良いんでしょ? だったらそれを閉じちゃえば良いでしょ? それで捨食が出来たらもう食べなくて良いんだし」
どうやら本気で言っている様だった。可愛らしい間違いだが、冗談では済まされない。
「天子様」
私は天子様と顔を突き合わせる。
「とりあえず、今晩から私の家で常識を学びましょうか」
「え? 何がおかしいの?」
本気で不思議そうな顔をして、天子様は可愛らしく首を傾げる。
少し、ほんの少しだけれど、前途多難だと思った。
家にやってきた総領娘様に一つ一つ当たり前の常識を教えていく。そのほとんどは総領娘様にとっても常識の事で、そんなの子供でも知っていると一一文句を言われた。その文句を言う姿も可愛らしい。総領娘様の可愛らしさを堪能していると、遠くから薬缶の沸騰する音が聞こえてきた。
お茶を入れようと立ち上がった拍子に態勢を崩して、思わず総領娘様の上に圧し掛かる。総領娘様を押し倒す形になって、お互いの顔がすぐ間近に迫った。天子様のお顔が痛みにしかめられていて可愛らしい。
「ちょっとどいてよ、衣玖」
総領娘様がそう言ったが、何だか惜しくて顔を離せずに居ると、総領娘様がまた怒鳴った。
「ちょっと衣玖! 早く退いて!」
ふと可愛らしい天子様を見ている内に、いたずら心が湧いた。
「天子様」
「何? 早く退いてよ」
「次の常識です。若い男女が二人きりで部屋の中に。その後する事はなんでしょう?」
そう言って顔を近づけていく。
「は? 意味分かんない! 私達女同士でしょ!」
顔を真赤にして叫んでいる天子様が可愛らしい。
このまま最後まで行っても良いかなと思った。
「先程、子供でも知っている常識は態態教えてもらわなくて良いと言っていたではありませんか。だからここからは、大人の常識です」
更に顔を近付けると、益益赤くなった総領娘様は目を瞑って、
「好い加減にしろ!」
総領娘様の膝が私の脇腹に思いっきり入って、意識が飛んだ。
すっかり中身の蒸発してしまった薬缶に水を入れなおして火にかけながら、痛む脇腹を押さえつつ、総領娘様の可愛らしさに思いを馳せる。
買い物に精を出す姿が可愛い。一つ一つ試着しては私に見せて可愛いかどうか何度も確認してくるのが可愛い。買い物の途中で甘い物が食べたいと言い始め、自分で言っておきながらいざ買う段になって太らないか気にし始める姿が可愛い。友達と喧嘩して落ち込んでいる姿が可愛い。指摘すると拗ねるもまた可愛い。道端で子犬を見つけて喜び、飼えないと分かると落ち込むのが可愛い。せめてお腹を満たしてあげようと牛乳を上げて、その間違いを指摘すると慌て出すのも可愛い。それで犬を掴みあげてお漏らしをされてしまうところも可愛い。それでまた落ち込んで泣きだしてしまうのが可愛い。そのまま家に帰って、母親に臭いを指摘されると、また泣いてしまうのがとても可愛い。友達と仲直りしようと謝りに言って全く相手にされていないのが可愛い。謝りに言ったのに友達から散々貶されてしまって可愛い。それを助けると、喧嘩していた事なんか忘れてあっさりと心を開いてしまうのが可愛い。信じられないと言いつつも、どう見ても信じきっているのが可愛い。そのまま油断して両親の戒めを破って他人の家に上がり込んでしまうのが可愛い。組み敷かれて赤くなる姿が可愛い。けれど屈せずに反撃してくるところが可愛い。部屋の隅に寄って半径一メートル以内に近寄らないでと訴えてくるのが可愛い。なので近寄らずにじっと見つめていると、視線に耐え切れなくなって早くお茶を入れてこいと言うのが可愛い。
不意に薬缶が湯気を上げて音を立てた。慌てて火を止め、急須にお茶を移しながら思う。
ずっとずっと知らなかった。
まさか明るい天子様が実はあんなにも苦悩していたなんて。
急須のお湯を捨ててまた入れ直す。
私の天子様はとても可愛い。
頭のてっぺんから足の先まで可愛い。特に興味を惹かれる物を見つけるときらきらと輝く目が可愛い。性格も可愛い。いつも偉ぶって少しでも相手の上に立とうとするのに、何かあるとすぐに落ち込んで甘えてくるのが可愛い。特に叱ると途端にしょげかえって、ちらちらとこちらの機嫌を伺ってくるところが可愛い。こちらが困っているとそわそわと落ち着かなくなって、おずおずと手伝いを申し出てくるところも可愛い。私の天子様、と言うと、あんたのじゃないって必死で否定するのも可愛い。とにかく可愛い。
総領娘様が家にやって来た。一体何年振りだろう。ずっとご両親に禁止されていたのだが、それを破って来ていただいた。自分の家で総領娘様と二人きりになれる。言い知れぬ感動が全身を包んでいる。
「ねえ、買い物行こう」
天子様に誘われたので、私は二つ返事で承諾し、地上の隙間妖怪に頼んで幻想郷の外に出た。天子様はいつも明るく周りに元気を振りまいてくれる、傍に居る人を幸せにしたいと考えられる優しい方だ。
ただ、少し相手の事を考えないきらいがある。
「あ、これ可愛い。ねえ、衣玖もそう思うでしょ? お揃いにしよう!」
天子様はこちらの答えなど待たずに、その服を籠へ入れてレジへと持って行った。その様子を眺めながら私は傍のハンガーに掛かった、天子様が持って行ったのと同じデザインの服を眺める。確かにそれは天子様の言う通り可愛いのだがあまり自分の趣味では無いし、自分に似合うとも思えない。けれどそれを言ったところでそんな事は無いと一笑されて結局買ってしまうのだろう。着るのを拒めば憤慨するに違いない。
そんな風に天子様にとって、自分の考えは他の人々にとっても同意見であるに違いなく、自分が良いと思う事は他人にとっても良い事なのだ。それが時偶行き過ぎる時があって、良く周りに迷惑を掛ける。天子様は自分の行動を良い事だと信じて疑わないので、責められてもきょとんとしている。だからまた誰かに迷惑を掛ける。迷惑という点に目を瞑れば、天子様はそれを善意で行っているのである。天子様という存在は愛らしく、性格だって良い事には違いない。けれど時偶辟易する事がある。
「ほら、買ってきたよ」
満面の笑みで袋を下げて駆け寄ってきた天子様に微笑みを返し、荷物を預かると、次の店へと向かう。
「何か面白い事ないかなぁ」
煮物が余ったので天子様のところへ持って行くと、天子様が寝転がって雑誌を読んでそんな事を言っていた。
「地上のお友達のところへ行ったらどうですか?」
最近天子様には地上の友達が何人か出来た。ここのところ毎日の様に遊びに行っていた。それが二日続けていかないなんて。昨日は私と買い物に行ったのだからともかく、今日も遊びに行かないのはどうしてだろうと不思議に思う。だから水を向けてみたのだが、天子様は可愛らしく不機嫌そうにそっぽを向いた。何かあったらしい。天子様の少々独善的な性格の所為で衝突したのだろうと、何となく思った。昨日私を買い物に連れだしたのも、友達と喧嘩した憂さを晴らす為の甘えだったのだろう。
しばらくして天子様のお母様がやってきて牛乳が無いから買ってきて欲しいと天子様に言った。天子様が起き上がって、じゃあ一緒に行こうと私に言ったので、二人で牛乳を買いに出かけた。
「お友達と何かあったのですか?」
天子様は何か嫌な事があると一人で溜め込むタイプだ。きっと聞かなければずっと溜め込んだままで苦しむに違いない。しかし回りくどい聞き方をすれば、勘の鋭い天子様は気を使っている事に不満を抱くだろう。だから直截に尋ねてみたのだが、やっぱり素直には答えてくれなかった。
「別に良いでしょ。衣玖には関係無い」
そう言って落ち込んだ様に俯いた。どうやら根は深そうだ。結局追求しきれずに、天子様は落ち込んだままだった。
そのまま牛乳を買って帰る途中、道の端に子犬がうずくまっているのが見えた。野良の犬なのだろうが、辺りを見回しても親らしき姿が無い。あまり深入りしない方が良さそうだと思って、天子様を止めようとしたが遅かった。
「親、居ないのかな?」
そう言って悲しそうな表情で、けれど目はきらきらさせて子犬の下へ駆けていく。そうして嬉しそうに撫で始めた。子犬は天子様の事が怖い様で怯えていたが、天子はお構いなしになであげる。そうしてこちらを振り向いた。
「ねえ、衣玖」
「飼えませんよ。私の家でも、天子様の家でも」
先を越されて、天子様が口を噤む。歩み寄ると、天子様が反抗的な、けれど可愛らしい態度で睨んでくる。
「生き物を飼うのは簡単な事ではありません」
すると天子様は悔しそうに口を唇を噛んで立ち上がった。
「分かってるよ! 別に飼おうなんて思ってないし」
私から牛乳を奪い取り、自分の帽子を取って地面に落とすとその中に牛乳を少量注ぎ込むと子犬の前に差し出した。
「天子様」
「分かってるって! お腹すいてそうだから上げるだけでしょ? それも駄目なの? このままじゃ死んじゃうかもしれないのに!」
子犬は尚も天子様を恐れている様だったが、空腹に耐えかねたのだろう帽子の中に頭を突っ込んで舐めだした。
それを見て天子様が安堵した様に笑顔を見せた。
天子様はお優しい。けれどその優しさが良い方向にばかり行くとは限らない。
「天子様、野良の生き物に餌付けは止めた方がよろしいかと。自分で餌を取る事が出来なくなります」
「でも」
「それと子犬は牛乳を飲むとお腹を下しますよ」
「え? 嘘」
天子様が慌てて犬を見る。
「牛乳は犬の為の飲み物ではありませんから」
「嘘! ごめん! ごめんね!」
天子様が急いで犬を帽子から拾い上げて抱きしめた。巨大な人間に掴み上げられ締めあげられるというのは子犬にとって恐怖でしかなかったのだろう。悲痛な叫びを上げた子犬は天子様の胸の中でお漏らしをして、辺りに凄まじい臭気が立ち上った。驚いた天子様が子犬を取り落とすと、子犬は危なっかしい足取りで何処かへ駆け去って行った。
残された天子様をどう励まそうか考えていると、天子様が啜り泣き始めた。涙でしゃがれた声が私に問いかけてくる。
「ねえ、衣玖。私、そんなに間違った事した」
妙に落ち込んでいるなと不思議に思いながら、私は正直に答えた。
「はい。天子様が善意でやった事は分かりますが、手段が間違っておりました」
すると天子様が泣き声を上げ始める。
「ねえ、衣玖。何で私っていっつもこうなのかな?」
「いつも?」
「そう! いつもいつも、私は良いと思ってしてるのに、でもみんなはそれを認めてくれなくて。どうして私のする事は人の為にならないんだろう」
「それは」
天子様が自分の欠点に気が付かれているとは思わなかった。そうしてそれに苦悩している事も知らなかった。ずっと傍に居たのに。天子様が苦しんでいた事に気がつけなかった、
「ねえ、衣玖!」
天子様が振り返ってくちゃくちゃの泣き顔を私へ向ける。見るだけで胸が詰まる、痛々しい顔をしていた。
「どうして私は人の心が分からないの? この前だって、友達にに、人の痛みが分からないとか散々言われて。ねえ、どうして? みんなは分かるんでしょ? 人の心とか痛みが。衣玖も分かるんでしょ? なのに何で私だけ分からないの? どうして私だけ嫌われなくちゃいけないの?」
それは違う。
私にも人の心が分からない。しかも私はそれを今気がついた。今の今まで天子様が苦しんでいた事を分からなかった。
そんな私が天子様に助言を差し上げる事なんて出来るはずが無い。天子様の言葉に何の答えも返せない。私はそれでも何とかしたくて天子様を抱きしめた。
けれど言葉が出てこない。何も言う事が出来ない。抱きしめただけでは何も伝わらないだろう。人の心が分からない者同士だから。
私は馬鹿だ。
天子様がぎゅっと体を抱きしめ返してくる。
「いっつも私、色んな人に迷惑を掛けてるって知ってる。でもそれがどうしてだか分からないの。自分では正しいと思ってるのに、誰かを傷つけてるみたいで。衣玖にまで迷惑かけて。そんなの絶対やなのに。なのに気がつくと迷惑を掛けてるの。どうしても人の心が分からないの」
私は馬鹿だ。
ずっとずっと天子様の傍に居て、何も気がついていなかった。明るく笑っている天子様の心の中を覗こうともせずに、自分で勝手に天子様の心の内を推し量って、それでずっと天子様を苦しめていた。ずっと本当の天子様を見ていなかった。
「ねえ、衣玖! 昨日の買い物の時だってそうなんでしょ? 私、また衣玖に迷惑掛けたんでしょ? なのに分からないの! だからいっつもいっつも不安なの! 不安で不安で仕方ないの! ねえ! 教えて! 私、昨日は何しちゃったの? どんな迷惑を掛けちゃったの?」
私は馬鹿だ。
泣きながら私の胸に顔を埋めている天子様に掛ける言葉が見つからない。励ます事も叱る事も、本当の事を指摘する事も出来なくて、私はただ嘘を吐いた。
「迷惑なんて掛けていませんよ」
天子様が気にする程の事じゃない。何せ好きで一緒に居たのだから。けれど昨日一日振り回されていたのは事実で、迷惑を受けていないかというと、それもまた違った。
天子様は鋭い方だ。当然私の嘘なんて見破ってしまう。
私から離れた天子様の顔は、涙こそ収まっていたものの、さっきよりも苦しそうな顔をしていた。
「そっか。良かった。安心した」
天子様は馬鹿な私でも分かる位に簡単な嘘を吐いて俯いた。
酷く気まずい空気が流れる。
耐え切れなくなって私は言った。
「天子様、人の心が分からないというのなら、言葉だったら伝わりますか?」
「ん?」
「私は天子様が好きです」
天子様の瞳を見据えてはっきりと言う。
「天子様の性格も好きです。だから迷惑だって何だって気にしません。そうじゃなかったら一緒に居ないでしょ? ずっと一緒に居たんだから、そんな迷惑だなんて思っていません!」
天子様はしばらく呆然としていたが、やがて寂しそうに笑った。
「そっか。分かったよ、衣玖」
「え? 本当ですか?」
私の気持ちが通じたのだろうか。
「うん、どうして人の心が分からないのか。きっと私の性格が悪いからだ。私が嫌な奴だから、みんなの心が分からないし、みんなに迷惑かけるんだ」
思わぬ言葉に混乱する。どうしてそんな風に思ったのかまるで分からない。
「そんな事ありません! どうしてそんな」
「だって私、衣玖の言葉を聞いても、嘘にしか思えなかったんだもん」
嘘?
「一緒に居るのだって、天人だからで、もしも私が元の地子に戻ったら、きっと衣玖は離れていく。って思っちゃう」
「そんな事ありません! 私は本当に天子様の事を」
「ごめんね。それが信じられないの。衣玖が悪いんじゃないよ。私が悪い。こんな自分変えたくて仕方ない。今は、衣玖の言葉が信じられない」
そうして天子様は俯いて背を向けた。その背が全てを拒絶する様で、私の喉から言葉が出てこなくなった。
「帰ろう。牛乳、お母さん待ってるし」
私と天子様は一緒に帰ったが、お互い一言も発する事が出来なかった。家に帰って、天子様のお母様に臭いを指摘された時の泣き顔が、頭から離れない。
悶々とした夜を過ごして次の日、とにかく自分の不明を謝ろうと思って、天子様の家に行くと天子様はいらっしゃらなかった。天子様のお母様が、天子様は友達の所へ謝りに行った、と言う。きっと昨日の言い合いで何か思う事があったのだろう。私は天子様を見に行かなければと慌てて地上へ降りた。当ては無かったが、勘に任せて神社へ行ってみると、天子様が居た。天子様は友達を前に必死で何か言っている様子だったが、聞き入れられている様には見えなかった。近寄ってみると声が聞こえてきた。
「だからそういう上辺だけの謝罪は要らないから」
そんな冷たい言葉が天子様に浴びせられる。天子様は本心からの言葉だと言い返したが、相手の態度は緩まない。
「信じられないから。この前は神社壊して、またこれでしょ? どう考えても悪意持ってやってるでしょ」
するともう一人が嘲る様に言った。
「いや、違うって。こいつは人が嫌がる事かどうかっていう区別がついてないだけだよ。だから平気であんな事が出来るんだ」
言い返せずに、天子様の表情が苦しげに歪む。
「良い事してあげたって思ってそうですよね。自分は正しい事をしてる。どうして悪いのか分からないって思ってそう」
笑い声が起こり、天子様が羞恥に顔を赤らめる。
「何にせよ、あんたがやった事は許せる事じゃないから」
天子様が三人に縋る様に体を寄せた。
「どうしたら許してくれるの?」
「少なくとも、上辺だけの謝罪じゃね」
「違うの。本当に心から」
「そう聞こえないんだよ! さっきみたいな態度で、本気で謝罪してると思ってるの? ならお前おかしいよ!」
「おかしい?」
「そう、おかしいんですよ。多分心が化物なんじゃないですか? だから人の心が分からんくて」
「そんなの、違う! 私は」
天子様が悲痛な声で三人から離れ、頭をかきむしった。天子様の綺麗な髪がぐちゃぐちゃと乱れて、悲惨な姿になる。私はそれを見て、我慢できなくなって飛び出した。
「止めてください!」
天子様を抱きしめて三人に訴える。
「天子様は優しい方です! 化物の心なんて持っていません!」
三人はうろたえた様に、お互い顔を見合わせた。
一人が私を睨む。
「何、いきなり! あんた関係無いじゃん」
「関係あります! 私は天子様とずっと一緒に居たから。天子様の事を全て知っている訳ではないけど、これだけは知っています! 天子様は可愛らしくて優しい方です! それだけは絶対に間違いありません!」
「衣玖」
天子様が私を見つめてくる。私はそれを見つめ返して、はっきり言った。
「天子様、私はあなたの事が好きです。あなたの地位なんか関係無い。健気で、可愛らしくて、明るくて、本当は誰よりも優しいあなたが好きなんです!」
「ありがとう。でも」
「信じられないなら何度でも言います。信じてくれるまで何度も何度も、ずっとずっと、あなたの傍で何度も言います。天子様、あなたは誰よりも優しい。私はそんなあなたが好きです。大好きなんです」
天子様はしばらく呆然としていたが、やがて表情が歪んだ。
「でも私は」
「信じてくれなくても結構です。それでも私は優しい天子様が大好きだと本気で思っていて、それを天子様の傍で何度も何度も繰り返し伝えます」
天子様は更に表情を歪めると、泣き声を上げて私に抱きついた。それを抱きしめながら、天子様の友達に問いかける。
「天子様があなた達に何をしたのかは分かりません。でもきっと天子様は本当に悪気があった訳じゃなくて。本当に善意から」
「いや、それは分かったけど。でも善意だからってやられる方は」
「ただ少し方法を間違ってしまっただけなんです。正しい事は私がこれから教えていきます。だから天子様の事を嫌わないでください」
三人はばつが悪そうにしてから、頷いた。
「良いけどさ」
「別に、遊んであげたって」
「でも殺そうとはしないでくださいよ」
殺す?
天子様を引き剥がして問い尋ねる。
「あの、天子様? 一体お友達に何をしようと?」
すると友達の一人が言った。
「捨食の法を手伝ってあげるとか言って、人の口と鼻を塞いで息の音を止めようとしてきた」
思わずその友達を見る。冗談を言っている様には見えない。再び天子様を見ると、天子様は訴える様に顔を寄せてきた。
「だって食事をしなければ良いんでしょ? だったらそれを閉じちゃえば良いでしょ? それで捨食が出来たらもう食べなくて良いんだし」
どうやら本気で言っている様だった。可愛らしい間違いだが、冗談では済まされない。
「天子様」
私は天子様と顔を突き合わせる。
「とりあえず、今晩から私の家で常識を学びましょうか」
「え? 何がおかしいの?」
本気で不思議そうな顔をして、天子様は可愛らしく首を傾げる。
少し、ほんの少しだけれど、前途多難だと思った。
家にやってきた総領娘様に一つ一つ当たり前の常識を教えていく。そのほとんどは総領娘様にとっても常識の事で、そんなの子供でも知っていると一一文句を言われた。その文句を言う姿も可愛らしい。総領娘様の可愛らしさを堪能していると、遠くから薬缶の沸騰する音が聞こえてきた。
お茶を入れようと立ち上がった拍子に態勢を崩して、思わず総領娘様の上に圧し掛かる。総領娘様を押し倒す形になって、お互いの顔がすぐ間近に迫った。天子様のお顔が痛みにしかめられていて可愛らしい。
「ちょっとどいてよ、衣玖」
総領娘様がそう言ったが、何だか惜しくて顔を離せずに居ると、総領娘様がまた怒鳴った。
「ちょっと衣玖! 早く退いて!」
ふと可愛らしい天子様を見ている内に、いたずら心が湧いた。
「天子様」
「何? 早く退いてよ」
「次の常識です。若い男女が二人きりで部屋の中に。その後する事はなんでしょう?」
そう言って顔を近づけていく。
「は? 意味分かんない! 私達女同士でしょ!」
顔を真赤にして叫んでいる天子様が可愛らしい。
このまま最後まで行っても良いかなと思った。
「先程、子供でも知っている常識は態態教えてもらわなくて良いと言っていたではありませんか。だからここからは、大人の常識です」
更に顔を近付けると、益益赤くなった総領娘様は目を瞑って、
「好い加減にしろ!」
総領娘様の膝が私の脇腹に思いっきり入って、意識が飛んだ。
すっかり中身の蒸発してしまった薬缶に水を入れなおして火にかけながら、痛む脇腹を押さえつつ、総領娘様の可愛らしさに思いを馳せる。
買い物に精を出す姿が可愛い。一つ一つ試着しては私に見せて可愛いかどうか何度も確認してくるのが可愛い。買い物の途中で甘い物が食べたいと言い始め、自分で言っておきながらいざ買う段になって太らないか気にし始める姿が可愛い。友達と喧嘩して落ち込んでいる姿が可愛い。指摘すると拗ねるもまた可愛い。道端で子犬を見つけて喜び、飼えないと分かると落ち込むのが可愛い。せめてお腹を満たしてあげようと牛乳を上げて、その間違いを指摘すると慌て出すのも可愛い。それで犬を掴みあげてお漏らしをされてしまうところも可愛い。それでまた落ち込んで泣きだしてしまうのが可愛い。そのまま家に帰って、母親に臭いを指摘されると、また泣いてしまうのがとても可愛い。友達と仲直りしようと謝りに言って全く相手にされていないのが可愛い。謝りに言ったのに友達から散々貶されてしまって可愛い。それを助けると、喧嘩していた事なんか忘れてあっさりと心を開いてしまうのが可愛い。信じられないと言いつつも、どう見ても信じきっているのが可愛い。そのまま油断して両親の戒めを破って他人の家に上がり込んでしまうのが可愛い。組み敷かれて赤くなる姿が可愛い。けれど屈せずに反撃してくるところが可愛い。部屋の隅に寄って半径一メートル以内に近寄らないでと訴えてくるのが可愛い。なので近寄らずにじっと見つめていると、視線に耐え切れなくなって早くお茶を入れてこいと言うのが可愛い。
不意に薬缶が湯気を上げて音を立てた。慌てて火を止め、急須にお茶を移しながら思う。
ずっとずっと知らなかった。
まさか明るい天子様が実はあんなにも苦悩していたなんて。
急須のお湯を捨ててまた入れ直す。
私の天子様はとても可愛い。
衣玖さんの頭が完全に桃色になってる。
屠自古ー、本物の雷を当ててちょっと真っ白にしてやってくれー。
あ、作品自体は良かったです。
こりゃ天子のが大変じゃねーか。イクさん可愛いけど
愛があるから見えない 愛がないから見えることが
愛がある人間と愛がない人間とはわかりあえない 難しいのうヤス(適当)
とりあえず常識が違う相手には善意が悪意に見えるというわけみたいだ
ここまでだとあまりにもイメージと違いすぎて受け入れるのが難しい
いくさん?いつも通りですね。どうぞ、続けて。(ゲス顔
天子が困ったちゃんで、かつそれを自覚してて、ってのは凄く良く分かります。
しかしその後の捨食の法~のくだりは流石にそれは無いんじゃないかと。
と言ってもこれは自分の中の天子像と同じか違うかというだけなんですよね……。
とりあえず言いたいのは、この衣玖さんはもうダメだなということです。