「ねー、えーりーん」
「何ですか? 姫」
「最近、もこたん来ないわね」
かりかりと、患者のカルテを書いている八意永琳に、蓬莱山輝夜女史が声をかける。
彼女は両手を頭の後ろで組みながら、「おかげで平和すぎて頭がボケてしまいそう」と冗談を口にする。
「最近、彼女はアルバイトをしているそうです」
「アルバイト?」
ふぅん、と輝夜。
「珍しいわね」
「そうですね」
永琳、その後、返答なし。
後ろでじーっと、彼女の背中を見ているのにも飽きたのか、それとも『無視されてる』と感じたのか。
「退屈だわ」
「そうですか。
でしたら、病院のお手伝いをしていただけますか? 最近は患者さんが増えて大変なんです」
「風邪が流行してるんだっけ」
「ええ」
風邪と言うのは厄介な病気だ、と永琳は言った。
何せ、この天才にですら特効薬を作り出すことが出来ないのだ。結局、対症療法を勧めるしかないのが現状であり、『これなら、里の診療所に行った方がいいですね』とアドバイスするのがせいぜいの毎日。
それでも、彼女を頼って多くの患者が訪れている現状、笑顔で『どうなさいましたか?』と声をかけるしかないのだ。
「アルバイトねぇ」
「何か気になることでも?」
そして、永琳が輝夜に『手伝ってください』と声をかけるのもいつものことだ。
医療の知識0の彼女の場合、いてもいなくても関係ない――どころか、いてもらったら困ることになることも多数なのだ。
輝夜も最近はそれをわかってきたのか、『任せなさい!』と腕まくりすることもなく、『はいはい』と永琳の言葉を受け流している。
「それって、どこでやってるの?」
「人里です。喫茶店ですね」
「ああ、以前、イナバが『美味しいケーキ、買ってきましたよ』って持って来たあれ?」
「そうです」
なるほど、と輝夜。
何やら企んでいるのか、そこで、永琳がペンを置いた。
振り返り、「今度は何をお考えですか?」と釘を刺すような声音で尋ねる。
「ん~?
……むっふっふ。
やはり、ここは姫である私の実力の見せ所じゃないかと思って」
「はあ」
「ちょっと、イナバ、借りるわね」
「ダメです」
「へっ? 何で?」
「彼女は今日の午後、難しい手術を執刀してもらう予定が入っています。
彼女の訓練でもありますから」
「あー。そんじゃ、明日でいいわ」
「はい」
何やら物分りのいい輝夜であった。
ひょっとしたら、『人の命がかかっている』ことに対してまで、わがままを言ってはならないと考えているだけかもしれない。
ふらふら漂うように歩きながら、『あ、そうだ。盆栽の手入れしてこよう』と言って去っていく輝夜。
その後ろ姿を見送って、『まぁ、いつものことだし。放っておいても大丈夫ね』と永琳は肩をすくめるのだった。
――さて。
「妹紅。そろそろ仕事の時間のはずだが」
「ちょっと待って、慧音。まだ顔洗ってない」
「お前は、全く、いつまでそうやってだらしない生活を続けているつもりだ。けしからん」
場所を移して、ここは藤原妹紅の家。
朝からどたばた大忙しのそこに、上白沢慧音が訪れている。
その目的は、妹紅を連れて、彼女のアルバイト先まで足を運ぶことである。
「仕方ないでしょ。昨日、酒盛りに誘われたんだから」
「ほう。誰にだ?」
「近くの里の威勢のいい連中。
そこの里長を永遠亭まで運んでいってあげたことがあるんだけど、やたら感謝されてさ。何かと声をかけてくれるってわけ」
「なるほど。それはいいことだな」
ようやく衣装を調えて出てきた妹紅を連れて、慧音は歩き出す。
彼女は時計を見て、『まぁ、これなら間に合うか』とつぶやく。
「……にしても、いつまで、私、こんなこと続けないといけないのさ」
「何だ。もう音を上げたか」
「いや、そう言われると腹立つんだけど。
別にそういうわけじゃなくて、ほんと、いつまで続けないといけないのかな、って」
「働かざるもの食うべからず。お前にとって、数少ない定期収入だ。お前が別の仕事を始めたいと言うのなら、やめても構わない」
「……」
迷いの竹林の案内役として、時として、妹紅はお金をもらうことがある。
しかし、それは案内していった相手が『ありがとうございました。これはほんのお礼です』と言ってくれないと始まらない。
そもそも、妹紅自身、それでお金をもらうことをよしとはしていない。
大抵、『いや、いいよ』と断るのだが、それでも『どうぞどうぞ』と言ってくれた場合にのみ、お金を受け取っている。
――端的に言って、彼女、収入がほぼないのだ。
「そういえば、最近、ミスティア殿も屋台の人手が欲しいといっていた。
今度はそちらの手伝いに行ってみるか? なかなか楽しいそうだぞ」
「……慧音さー、どっからそういう情報得てきてるのさ」
「人脈だ」
そうこうしていると、辺りがにぎやかになってくる。
里の中を歩いていくと、周囲の雰囲気とは違う、ひときわ目立つ建物が現れる。
妹紅のアルバイト先――『喫茶かざみ 人里支店』である。
「おはようございまーす」
店の裏手から、ドアを開けて中に入る。
声を上げると、彼女と一緒にアルバイトとして働いている女の子たちが、『妹紅さん、おはようございます!』と元気一杯かつ黄色い声を上げる。
「じゃあ、妹紅。頑張るんだぞ。
そういえば、そろそろ給料日だな。うまい食事をするといい」
「はいはい。じゃあ、またね」
慧音は手を振りながら去っていく。
妹紅はため息混じりにそれを見送ってから、何だかんだで、更衣室へと向かって歩き出した。
店の一角、勝手口から中に入り、廊下を左手に曲がった先に、従業員用の更衣室がある。空間は狭く、3~4人も入れば一杯と言う空間だ。
そこに用意されている、自分のロッカーから衣装を取り出し、着替え、出口の鏡でさっと様子を確認して。
「あ、妹紅さん、おはようございま~す」
「……早苗か。
アリスと幽香、今日はいないんだっけ?」
「今日は本店ですね」
店のアルバイトたちを統率する東風谷早苗が、妹紅の姿を見て声をかけてくる。
彼女はそのまま、店の方に向かって歩いていった。
「今日も忙しいのかな?」
「忙しいと思いますよ。何せ、口コミで広がってますからね」
店の方に足を運ぶと、開店準備が進んでいる光景が目に入る。
アリスが用意した人形たちが忙しく辺りを飛び回り、店の掃除やディスプレイを行なっている。アルバイトの女の子たちは、人形では動かせない重たい椅子などを調えたり、商品の並びの最終チェックをしていた。
「あ、そうそう」
「何?」
「今日、新しいアルバイトの人を雇ったんですよ」
「今日?」
「ああ、いや。昨日だ。
で、今日から出勤なんですけど……」
と、早苗が言った直後、
「待たせたわね! 妹紅!」
いきなり、後ろから聞き覚えのある声が響いた。
反射的に振り返った妹紅の視線の先に立っていたのは、
「……輝夜。お前、何でこんなところに」
『かざみ』のウェイトレス衣装に身を包んだ輝夜の姿。
普段のロングヘアだと作業の邪魔になるためか、なぜか髪型はツインテールであった。
輝夜はびしっと妹紅を指差すと、
「当然、私の方があなたより優れていると言うところを、世の中の皆様に見せ付けるためよ」
と、わけのわからないことをのたまってくれる。
妹紅の視線が早苗へ。
「先日、うちでアルバイトさせてほしい、ってやってきたんです。
アリスさんが面接してますから、特に問題はないかと」
その辺りの、人を見る目の厳しさは幻想郷トップクラス。それが、この店のパトロンであり実質的経営者のアリス・マーガトロイドという人間である。
アリスが『OK』の太鼓判を押したのだから、別に否定する必要もない、と早苗。
「お前、まともに働けるのかよ」
「任せなさい。こう見えて、永遠亭では家事が上手として有名だったのよ」
「んなこと一度も聞いたことないんだけどな」
「あら、そう?」
ごごごごごごごご、と両者の間で高まる気配。
しかし、それを真っ二つに断ち切るのが早苗であった。
「それじゃ、そろそろ、お店、開けますので。
妹紅さんはいつも通りに接客をお願いします。輝夜さんは初めてですので、まずは周りの様子を見つつ、レジをお願いします」
「……わかった」
「レジね。了解」
「わからないことがあったら聞いてくださいね。
あと、忙しいですけど、ミスは少なく。するなとは言いませんけど、レジが混雑するとお店の評判が下がりますので。
いいですね?」
「……え、ええ。了解」
「じゃ、頑張りましょう」
にこっと笑う早苗は、他のアルバイトの少女達にも同じように声をかけていく。
「……ねぇ、妹紅」
「……何」
「彼女さ……割と怖いのね」
「怒ると怖い。マジで」
なぜか所在無く佇む輝夜の横で、同じように佇む妹紅の背中は、何だかすすけていたと言う。
「いらっしゃいませー!」
店の中に、店員の明るい声が響き渡る。
朝10時の開店と共に、すでに店の中は大賑わい。外では店員の少女が『すいませーん! ただいま、お待たせしておりまーす!』と、『ただいまの待ち時間30分』と言う看板を片手に声を上げていた。
「お会計、お願いします」
「あ、は、はい。
えっと、えー……ショートケーキが、一個120円で……プリンが、90円……えっと、それから、それから……」
レジに並ぶ客の列。
その先頭の女性が、『この人、きっと初めてなのね』と言う顔で、彼女――輝夜を見つめている。
輝夜はレジ裏に張られている『商品一覧』のリストから値段を見つけるのに精一杯。
たまらず、それをフォローする人形が、横からレジをかしゃかしゃ叩き、『550円です』と言うフリップを出す始末だ。
「早苗さん、レジ、並んでますけど……」
「仕方ないわね。初めてなんだもの。
まぁ、あのくらいの列なら、アリスさんの人形が何とかしてくれるわ。
それより、こっちはこっちで」
「あ、はい」
店員の仕事は多岐にわたる。
客の案内、商品説明、商品補充、床などが汚れていたら掃除、イートインスペースを利用する客への給仕などなど。
それらをわずか6人でこなさなくてはならない。そのうちの一人である輝夜は、レジうちに大苦戦だ。
「あ、あの、妹紅さん! これ、受け取ってくださいっ!」
「あ、いや、その、今は仕事中なんで……」
「妹紅さ~ん! これ、新製品ですか~!?」
「あ、ああ。うん。それは先日、新しく並べた……」
「も、妹紅さんっ! わたし、これが欲しいですっ!」
「じ、じゃあ、レジにならんで……。
あーっ! もーっ!」
そして、『かざみ人里支店』名物店員の一人である妹紅は、女の子にたかられて大変なことになっていた。
通称、『イケメン店員』の彼女には、もう後から後から、女の子達が声をかけてくる。
そのたびに商品説明だの店内案内だのといった、店員の基本業務が降りかかってくるわけだが、とにかくその量が半端ではない。
「輝夜! レジ、並んでる! 早くして!」
「う、うぐぐ……!
え、えっと……よ、480円です!」
金額を算出、客が出してくる硬貨の枚数を確認、お釣りがあったらお釣りを手渡す、商品の梱包は人形任せ。
そんな感じの輝夜の手元は、実にぎこちない。
「ったくもー!
ほら、どいて! 私の手伝いして!」
「うぐぐ……!」
「すいません。お待たせしております。
えっと、ショートケーキが二つ、フルーツケーキが三つ、特製チョコレートミックス一つ、合計で840円です」
そして、妹紅の手際はスマートなものだ。
さすがは、この店が開店して以来、ずーっと務めてきている『ベテラン』である。
「輝夜、これ、包んでお客さんに渡してあげて」
「わ、わかってるわよ」
「手順はアリスの人形に教えてもらって」
「……えっと、この子?」
『よろしくお願いします、輝夜さま』
そんなこんなで、どたばたのお仕事は続く。
輝夜のラッピングの手腕は、それなりのものだったということを追記しておこう。
「あー……疲れたー……」
「まだ午前中の仕事が終わっただけ。午後もあるんだから」
早苗から『休憩、入ってください』と言われて、輝夜と妹紅の二人は店の裏手に移動していた。
従業員用の休憩室には二人だけ。
そこでは、やはりアリスの人形たちが忙しく働いていて、二人に『どうぞ』と昼食を手渡してくる。
「これ、この子達が作ったの?」
「さあ? 多分、幽香が作っておいたやつなんだろうけど」
出されたのはチキンライスとオムレツ、フルーツサラダ。飲み物として、オレンジジュースもセットだ。
それを二人、そろってもぐもぐと食べていく。
「……美味しい」
「ここの食事は確かに美味しい。それは認める」
「うちは永琳の料理がすっごく美味しいんだけど、なかなか作ってくれないのよね」
「へぇ、そうなの。言えば作ってくれると思ってた」
「というより、病院の仕事が忙しいのよね。
だから、なかなか時間が取れないのよ」
「鈴仙は? あいつも医者でしょ」
「イナバはまだまだなのよね。永琳と比べたら、腕前が一段どころか二段、三段、落ちる感じ」
しかし、それでも毎日頑張っていて、ちゃんと実力もつけてきているのだ、と輝夜は言う。
ふぅん、と適当に相槌を打ちながら、妹紅。
もぐもぐ頬張るご飯は実に美味しい。普段の食生活が割りと適当な彼女にとって、ここの食事は、『食事』とは何であるかを再確認させてくれる美味しさだった。
「ところでさ」
「何?」
「どうして、あんた、ここで働こうとか思ったの」
「暇だったから」
「あっそ」
「それに、あんたばっかり真面目に働いていて、私が何もしてないのって悔しいし」
「何それ」
「対抗意識よ、対抗意識。
もこたんばっかり真面目に働いていてずるい! 私も働く!」
それを自分で言うのはどうなのかな、と妹紅は思ったが、尋ねるようなことはしなかった。
輝夜とはそういう人間だからだ。
「それに、あそこにいると病院の手伝いとかさせられそうになるのよね。
受付とかならまだいいんだけど、薬持ってきて、とか言われてもわからないのよ」
「あー」
「間違えたら患者さんが死ぬこともあるわけでしょ?
さすがに、『姫のせいじゃないですよ』とかフォローされても耐えられないわよ、あれは」
「やったの? まさか」
「やった。
幸い、死ぬようなことじゃなくて、治るはずだった病気が治らずに長引いただけだったけど」
しかし、それでも相手に対しては申し訳ない気持ちで一杯だったし、フォローしてくれる永琳や鈴仙の言葉が痛くて痛くてたまらなかったのだそうな。
以降、『手伝って』と言われても断るようにしているし、適当に話を流すようにしているのだという。
姫、そして蓬莱人とはいえ、人間である以上、精神はそれほど頑強ではないと言うことだ。
「案外、あんた、大変だったんだ」
「そうよ。あなたみたいに、日がな一日森の中ぶらついてる暇人とは違うんだから」
「……いい度胸してんじゃない」
「やる? 私はいつでもいいわよ?」
「……やめとく」
「あら」
一瞬、高まった緊迫感がすぐに溶けていく。
「ご飯、美味しいし」
「そうね」
そんな適当な理由で話をごまかして、妹紅は『ご馳走様』と空っぽのお皿を人形たちに向けた。
そして、時計に視線をやり、「休憩、一時間だから」と言ってどこかへ行ってしまう。
残された輝夜は「こんなに美味しい料理、自分でも作ってみたいわねぇ」とつぶやきながら、食事を堪能していたのだった。
午後を迎え、さらに店は忙しくなる。
ランチ目当てでやってくる客が増えるため、彼らの接客もしないといけないからだ。
「輝夜さん、あっちのお客さんのオーダー取ってきてください」
「まっかせなさい」
そして、意外なことに、輝夜のスキルがこんなところで発揮されていた。
「いらっしゃいませ」
「えっと、ランチセットの、Aください」
「わたしはBと、あと、食後のコーヒーをレモンティーに変更してもらうことって出来ますか?」
「はい、可能でございます」
「じゃあ、それで」
「あ、じゃあ、私もコーヒー苦手なんで、ココアに」
「畏まりました」
「それから、このおみやげセットを三つと……」
「あと、やっぱり、ここに来たらケーキだよね! 今日のお勧めケーキ、二つください!」
「畏まりました。
確認させて頂きます。ランチセットA、コーヒーをココアに。ランチセットB、コーヒーをレモンティーに。それぞれお一つずつ。
それから、おみやげセットを三つ、今日のお勧めケーキをお二つで間違いないでしょうか?」
「はい」
「ありがとうございます。しばらくお待ちください」
――と言う具合である。
足取りも軽やか、周りの客から『お水くださーい』と途中で頼まれても、『はーい』と笑顔で応対する。
「……どうなってんだ?」
「輝夜さん、どこかで喫茶店のアルバイトとかしてたんでしょうか?」
外の世界にいた頃、喫茶店のバイトを経験しまくってきた早苗ですら驚くほどに、輝夜の接客は完璧であった。
片手に持った伝票を、厨房の『伝票、ここ↓』と書かれたところに引っ掛け、『オーダー、お願いしまーす』と声を上げる。
そうして、10分もしないで出てきた品物を、揺らさずこぼさず見事なバランスで客の下に届け、『ごゆっくり』と頭を下げる。
何もかもが完璧である。
「輝夜、どうしたのさ。何か悪いものでも食べた?」
「どういう意味よ、失礼しちゃう」
腰に手を当て、ツインテールふりふり怒る輝夜。
いや、だって、と妹紅。
「さっきまでの無様なお前はどこに」
「ふっふっふ……。
伊達に、永琳の病院で接客やってたわけじゃないのよ……」
「仕事断ってるって言ってなかったっけ」
「断ってるわよ。今は」
「あー」
なるほどそういうことか、と妹紅。
要するに、輝夜は永琳の病院で『看護婦』として働いていたわけであるが、看護婦の仕事は、何も患者に対して薬を手渡したり、医者を手伝うことばかりではない。それこそ、この喫茶店のような接客もあるのだ。
その経験を生かして、と言うことなら、なるほど、わからないでもなかった。
「けど、輝夜さん、なかなかですね。わたしも教えることが少ないですよ」
「少ないの?」
「少ないです。
接客は大したものですけど、それだってまだまだですね」
「……え? マジで?」
早苗のにっこり笑顔に、自信持って仕事していた輝夜の顔が引きつる。
早苗は冷静に、そして冷徹に、『まだまだですね』と笑顔。
それには妹紅も輝夜に哀れみを感じたのか、ぽん、と彼女の肩を叩く。
「さあさあ、まだまだお客さんは来ますよ。
支店は在庫が底をつくまでがお仕事です。営業時間内に売り切っちゃいましょう!」
やたらやる気満々の早苗。
こうしていると、昔の自分を思い出してしまうのかもしれない。
ともあれ、妹紅と輝夜の二人は、『お、お~……』と間の抜けた声を上げるのだった。
お疲れ様でしたー、とアルバイトの少女たちが店を後にする。
営業時間ぴったりに、商品を売り切った早苗たちは、店を閉めつつ、『明日以降の販売計画』を立てている。
「今日は早々に売り切れになった商品がありましたから、幽香さんに頼んで、明日以降の販売量を増やしてもらいましょう」
「はあ」
「妹紅さんは明日も、輝夜さんは明後日にシフトが入ってますので、遅れずに来て下さい」
「……わかりました」
「あと、今週末はお給金の支給日なので、必ず、午後4時にお店に来てくださいね。
来てくれないと、お金、渡せませんから」
支店の経理担当とまではいかないが、金庫を任されている早苗の一言に、二人そろって首を縦に振る。
『それじゃ、お疲れ様でしたー』と早苗は帰っていく。まだまだ元気一杯で。
残された二人――そのうちの一人、妹紅は大きく伸びをして、『行くぞ』と歩いていく。
一方の、相変わらずのお姫様衣装の輝夜は『待ちなさいよ』と歩き出す。その格好に、ツインテールが非常に似合わない。
「何か微妙な時間よねー」
「盛り場、空いてるところ知ってる。行く?」
「もこたんのおごりね♪」
「もこたん言うな。あと、あんたの方がお金持ってんだから、割り勘に決まってんでしょ」
「けちー」
「……蹴っ飛ばされたい?」
二人はてくてく、里を歩き、妹紅の提示した『昼間から空いている盛り場』へとやってくる。
店の雰囲気は、盛り場と言うよりは、大衆向けの食事どころといった感じだ。
「盛り場なのに、お酒、ないのね」
「そういうところだから」
何か変わった店だと思いつつも、輝夜は店員に、『お茶とお菓子くださいな』と注文する。
しばらくして、二人の前に用意されたのは、緑茶とお団子と言う、和菓子スタイルどんとこいのセットだった。
「さっきまで、ケーキとか紅茶とかと戯れてたのにね」
「正直、私、ケーキとかの味は苦手。こっちの方が好きだわ」
「おっさんくさーい」
「うっさいな。私より年上のくせして」
とりあえず、お茶を一口。
妹紅の仕草と違って、輝夜の仕草は上品だ。
「あんた、これから、マジであそこで働くつもり?」
「もちろん! もこたんが、『輝夜さま、私が負けました』って土下座するまで続けるわ」
「誰がするかっ」
げしっ、と椅子の下で輝夜の足を蹴りつける。
やったわね、と輝夜が妹紅の足を蹴り返し、かくてテーブルの下で始まる醜い争い。
それが終了したのは、5分ほど後。店員から、『お客様、お静かにお願いします』と怒られてからだった。
「もこたんのせいで怒られたじゃない」
「もこたんやめろ。あと、どう考えてもお前のせいだろ」
「またそうやって人のせいにする。
他人に責任を転嫁してると成長しないわよ」
「だから、お前の頭の中身も見た目も成長しないのか。よくわかったよ」
相変わらず、互いに減らず口の叩きあいである。
にらみ合う二人は、しかし、とりあえずといった感じでその矛先を収めて、お団子一口、かじる。
「最近、うちに来ないからさー。
何やってんのかしら、と思って来てみたのよ」
「あっそ」
「永琳とかに話を聞いたら、『忙しそうに、楽しそうに、仕事をしていました』と言われてね。
まさかあいつが! って思って来てみたんだけど……」
「『だけど』?」
「まさか本当だとは」
拍子抜けした、と言わんばかりに、輝夜。
「あんたのことだから、めんどくさそーに、いやそーに仕事してるだろうと思ったんだけど。
ほんと、楽しそうじゃない。よかったわね」
「……楽しいかな」
「傍目に見てると、楽しそうに見える」
毎日……というわけではないが、営業時間中は目が回るほど、喫茶店での仕事は忙しい。
しかも、早苗が妹紅のことを見世物にするものだから、その忙しさもまたひとしお。
『妹紅さまファンクラブ』の女の子たちや、『もこたんを愛する紳士の会』に声かけられまくって贈り物されまくって、てんやわんやなのだ。
「お互い、長生きするだけの暇人でしょう?
なら、楽しそうなことを見つけたら、それに全力投球しても悪くないと思って」
「まぁ、そりゃそうだけど」
「それに、永琳も、『暇ならお手伝いしてください』ってうるさいから。
それなら、こうやって働いてお給金持って帰れば、そういうことも言わなくなるでしょ」
私にお金なんていらないし、と輝夜。
お姫様にアルバイト代。ある意味、猫に小判を超える無用なものだ。
「楽しかったの?」
「割と」
「珍しい。
あんたこそ、『めんどくさーい』『疲れたー』『もう帰るー』なんて、真っ先に言い出すと思ったのに」
「甘いわね、もこたん。
そんな飽きっぽい性格でいたら、盆栽は育てられないわよ」
「意味わからん」
「これがまた奥深いのよ。今度、人里で開かれる品評会に出品する予定なの」
ちなみに、輝夜が育てた盆栽は、病院を訪れるおじいちゃんおばあちゃんに大人気であり、『こりゃ見事だ!』とほめられること多数なのだそうな。
それであるとき、ひょんなことから病院を訪れた『幻想郷盆栽品評会』の審査員の男性に、『今度、うちに出してみませんか』と勧められたらしい。
「入賞したら賞金と賞状よ。これはやるしかないわね」
「……あんた、そんな趣味あったのね」
「あと、将棋。最近は囲碁も覚えたわ。
ま、私は将棋だけどね。やっぱり」
今度勝負する? と輝夜。
妹紅は、『望むところだ』と応えるのだが、正直、将棋で輝夜に勝てるとは思っていない。何だか知らないが、彼女、やたら将棋が強いのだ。
代わりにオセロだと、今度は妹紅が圧勝したりするのだが。
「あんた、何だか楽しそうに生きてたりするわね」
「まぁね」
「ま、楽しく生きるのはいいんじゃない?」
「もこたんだって、楽しそうに生きてるじゃない」
「だから、もこたんやめろって言ってるでしょ」
ったく、と彼女はお団子かじり、
「明日も仕事だから、私、そろそろ帰るわ」
と席を立つ。
輝夜は『頑張ってね~』と笑いながら手を振り、同じように、お団子食べ終えて立ち上がる。
二人そろって会計を済ませ、『それじゃね』と道を左右に。
「……ほんと、何を考えてるんだか」
里の中をてくてく歩きながら、妹紅はつぶやく。
しかし、今日の一件について、輝夜に対して悪いものは抱いていない。
またあのお姫様は妙なことを考えて、程度のものである。
「ま、だけど、あの店では私が先輩だし。後輩は先輩に逆らっちゃいけないってこと、教えてやらないと」
ふっふっふ、と笑う妹紅。
何やらよからぬものを考え付いたようだ。大抵、こういうことを考えると、失敗を呼び込んだりするのだが。
あいにくと、彼女はその点、反省しない人物のようである。
「ただいまー」
と、帰ってきた輝夜に、鈴仙が『あ、お帰りなさい』と声をかける。
「ちょうどいいわ、イナバ」
「はい?」
「レジ打ち教えて」
「へっ?」
「その機械。それ、お釣りとかの計算をしてくれるんでしょ? 教えて」
「え、ええ……いいですけど。
って言うか、姫、どこに行ってたんですか?」
「アルバイト」
「………………はい?」
「ずぇぇぇぇったい、もこたんになんて負けないんだからっ!」
永遠亭の入り口――『八意永琳医療相談所』の入り口でもあるそこで、受付に座っている白衣のうさぎさんは、輝夜の言葉に、頭の上に無数の『?』を浮かべる。
笑いながら話をしていたお姫様は、どうやら、本日の一件、かなり気にしていたようだった。
「ねぇ、早苗」
「何ですか? アリスさん」
「輝夜、意外と使えるわね」
「そうですね」
さて、それから。
相変わらず、レジうちに苦戦する輝夜の背中を見ながら、本日は支店にやってきているアリスが言う。
「まぁ、レジの打ち方とかの作業は早くなってるんですけどね。
品物の値段とかを覚えないといけないから」
「うちは品数、多いものね」
「しかも毎月、新製品来ますし。わたしでも、たまにごっちゃになりますよ」
そこから視線を移せば、妹紅が接客で大忙し。
本日は、彼女と同じく、『名物店員』として雇われている寅丸星と一緒に、女の子たちに囲まれて右往左往している。
「何だか、妹紅の働きがよくなったような気がするわ」
「輝夜さんが来て、負けてられるかって思ってるのかも」
「いいわね。そういうライバル意識」
「実際のところはどうだか知りませんけどね」
そう言って、早苗は、『これ、従業員の勤務態度なんかをまとめた書類です』とアリスにノートを一冊、手渡す。
年に一度の給与改定、そして半年に一回の一時金の支給に、それは使われる。
そして、今月が、その『半年に一回』の特別な日がやってくる月だった。
「よく見てるわね。相変わらず」
「じゃないと、リーダー、やってられませんからね」
「助かるわ」
そこには、以下のように書かれていた。
『藤原妹紅。勤務態度良好。最近は接客のスキルが上達。輝夜さんと組ませるといい感じ』
『蓬莱山輝夜。勤務態度良好。接客に関しては文句なし。品出し、レジ打ちなどの作業は今ひとつ。妹紅さんと組ませるといい感じ』
~以下、文々。新聞一面より抜粋~
『喫茶「かざみ」人里支店に名物店員がまた一人
最近、暑い日が続いているが、本紙読者諸兄はいかにしてお過ごしになっているだろうか。
本紙記者は相変わらずの暑さにやられ、近頃は涼を求めてお休み処を訪れることが多くなっている。
そんな本紙記者お気に入りのお休み処の一つ、喫茶『かざみ』の人里支店にて、先日、名物店員がまた一人、増えていた。
彼女の名前は蓬莱山輝夜。さて何者だろうと思う方も多いだろう。
彼女は、あの、永遠亭のお姫様である。永遠亭といえば、腕利きの医者である八意永琳女史にお世話になった方も多いのではないだろうか。
そこの殿上に座し、下々のものを侍らせるお姫様が彼女である。故に、人前にはあまり姿を見せていないのだ。
そんな彼女が、ただいま、喫茶『かざみ』人里支店にてアルバイトとして働いている。
さて、どんな心境の変化があったのか、突撃インタビューをしてみたところ、『退屈だったから』と言う回答がなされている。
何とも拍子抜けする回答ではあったが、ある意味、気まぐれなお姫様らしい回答であった。
彼女は現在、週に三日、お店に出てきて働いていると言うことを、東風谷早苗女史から伺っている。
永遠亭の奥におわしますお姫様に、一度、お目通りをという読者諸兄は、ぜひとも、喫茶『かざみ』人里支店を訪れてみてはいかがだろうか。
また、併せて今年の夏も、新製品として以下のような商品が追加されている。
これらは、今年の夏の限定商品と言うことなので売り切れる前にお店を訪れてみて欲しい。
なお、喫茶『かざみ』人里支店は、営業時間が午後の2時までなので忘れないように。本店とは営業時間が異なることを知らず、訪れてみたらもう終わっていた、という意見があることを聞いている。
本紙を読んで、お店の場所、営業時間、商品、そして名物店員のことを頭に入れたら、楽しみに、かつ、無駄足にならないように注意しながらお店を訪れてみて欲しい
著:射命丸文
「何ですか? 姫」
「最近、もこたん来ないわね」
かりかりと、患者のカルテを書いている八意永琳に、蓬莱山輝夜女史が声をかける。
彼女は両手を頭の後ろで組みながら、「おかげで平和すぎて頭がボケてしまいそう」と冗談を口にする。
「最近、彼女はアルバイトをしているそうです」
「アルバイト?」
ふぅん、と輝夜。
「珍しいわね」
「そうですね」
永琳、その後、返答なし。
後ろでじーっと、彼女の背中を見ているのにも飽きたのか、それとも『無視されてる』と感じたのか。
「退屈だわ」
「そうですか。
でしたら、病院のお手伝いをしていただけますか? 最近は患者さんが増えて大変なんです」
「風邪が流行してるんだっけ」
「ええ」
風邪と言うのは厄介な病気だ、と永琳は言った。
何せ、この天才にですら特効薬を作り出すことが出来ないのだ。結局、対症療法を勧めるしかないのが現状であり、『これなら、里の診療所に行った方がいいですね』とアドバイスするのがせいぜいの毎日。
それでも、彼女を頼って多くの患者が訪れている現状、笑顔で『どうなさいましたか?』と声をかけるしかないのだ。
「アルバイトねぇ」
「何か気になることでも?」
そして、永琳が輝夜に『手伝ってください』と声をかけるのもいつものことだ。
医療の知識0の彼女の場合、いてもいなくても関係ない――どころか、いてもらったら困ることになることも多数なのだ。
輝夜も最近はそれをわかってきたのか、『任せなさい!』と腕まくりすることもなく、『はいはい』と永琳の言葉を受け流している。
「それって、どこでやってるの?」
「人里です。喫茶店ですね」
「ああ、以前、イナバが『美味しいケーキ、買ってきましたよ』って持って来たあれ?」
「そうです」
なるほど、と輝夜。
何やら企んでいるのか、そこで、永琳がペンを置いた。
振り返り、「今度は何をお考えですか?」と釘を刺すような声音で尋ねる。
「ん~?
……むっふっふ。
やはり、ここは姫である私の実力の見せ所じゃないかと思って」
「はあ」
「ちょっと、イナバ、借りるわね」
「ダメです」
「へっ? 何で?」
「彼女は今日の午後、難しい手術を執刀してもらう予定が入っています。
彼女の訓練でもありますから」
「あー。そんじゃ、明日でいいわ」
「はい」
何やら物分りのいい輝夜であった。
ひょっとしたら、『人の命がかかっている』ことに対してまで、わがままを言ってはならないと考えているだけかもしれない。
ふらふら漂うように歩きながら、『あ、そうだ。盆栽の手入れしてこよう』と言って去っていく輝夜。
その後ろ姿を見送って、『まぁ、いつものことだし。放っておいても大丈夫ね』と永琳は肩をすくめるのだった。
――さて。
「妹紅。そろそろ仕事の時間のはずだが」
「ちょっと待って、慧音。まだ顔洗ってない」
「お前は、全く、いつまでそうやってだらしない生活を続けているつもりだ。けしからん」
場所を移して、ここは藤原妹紅の家。
朝からどたばた大忙しのそこに、上白沢慧音が訪れている。
その目的は、妹紅を連れて、彼女のアルバイト先まで足を運ぶことである。
「仕方ないでしょ。昨日、酒盛りに誘われたんだから」
「ほう。誰にだ?」
「近くの里の威勢のいい連中。
そこの里長を永遠亭まで運んでいってあげたことがあるんだけど、やたら感謝されてさ。何かと声をかけてくれるってわけ」
「なるほど。それはいいことだな」
ようやく衣装を調えて出てきた妹紅を連れて、慧音は歩き出す。
彼女は時計を見て、『まぁ、これなら間に合うか』とつぶやく。
「……にしても、いつまで、私、こんなこと続けないといけないのさ」
「何だ。もう音を上げたか」
「いや、そう言われると腹立つんだけど。
別にそういうわけじゃなくて、ほんと、いつまで続けないといけないのかな、って」
「働かざるもの食うべからず。お前にとって、数少ない定期収入だ。お前が別の仕事を始めたいと言うのなら、やめても構わない」
「……」
迷いの竹林の案内役として、時として、妹紅はお金をもらうことがある。
しかし、それは案内していった相手が『ありがとうございました。これはほんのお礼です』と言ってくれないと始まらない。
そもそも、妹紅自身、それでお金をもらうことをよしとはしていない。
大抵、『いや、いいよ』と断るのだが、それでも『どうぞどうぞ』と言ってくれた場合にのみ、お金を受け取っている。
――端的に言って、彼女、収入がほぼないのだ。
「そういえば、最近、ミスティア殿も屋台の人手が欲しいといっていた。
今度はそちらの手伝いに行ってみるか? なかなか楽しいそうだぞ」
「……慧音さー、どっからそういう情報得てきてるのさ」
「人脈だ」
そうこうしていると、辺りがにぎやかになってくる。
里の中を歩いていくと、周囲の雰囲気とは違う、ひときわ目立つ建物が現れる。
妹紅のアルバイト先――『喫茶かざみ 人里支店』である。
「おはようございまーす」
店の裏手から、ドアを開けて中に入る。
声を上げると、彼女と一緒にアルバイトとして働いている女の子たちが、『妹紅さん、おはようございます!』と元気一杯かつ黄色い声を上げる。
「じゃあ、妹紅。頑張るんだぞ。
そういえば、そろそろ給料日だな。うまい食事をするといい」
「はいはい。じゃあ、またね」
慧音は手を振りながら去っていく。
妹紅はため息混じりにそれを見送ってから、何だかんだで、更衣室へと向かって歩き出した。
店の一角、勝手口から中に入り、廊下を左手に曲がった先に、従業員用の更衣室がある。空間は狭く、3~4人も入れば一杯と言う空間だ。
そこに用意されている、自分のロッカーから衣装を取り出し、着替え、出口の鏡でさっと様子を確認して。
「あ、妹紅さん、おはようございま~す」
「……早苗か。
アリスと幽香、今日はいないんだっけ?」
「今日は本店ですね」
店のアルバイトたちを統率する東風谷早苗が、妹紅の姿を見て声をかけてくる。
彼女はそのまま、店の方に向かって歩いていった。
「今日も忙しいのかな?」
「忙しいと思いますよ。何せ、口コミで広がってますからね」
店の方に足を運ぶと、開店準備が進んでいる光景が目に入る。
アリスが用意した人形たちが忙しく辺りを飛び回り、店の掃除やディスプレイを行なっている。アルバイトの女の子たちは、人形では動かせない重たい椅子などを調えたり、商品の並びの最終チェックをしていた。
「あ、そうそう」
「何?」
「今日、新しいアルバイトの人を雇ったんですよ」
「今日?」
「ああ、いや。昨日だ。
で、今日から出勤なんですけど……」
と、早苗が言った直後、
「待たせたわね! 妹紅!」
いきなり、後ろから聞き覚えのある声が響いた。
反射的に振り返った妹紅の視線の先に立っていたのは、
「……輝夜。お前、何でこんなところに」
『かざみ』のウェイトレス衣装に身を包んだ輝夜の姿。
普段のロングヘアだと作業の邪魔になるためか、なぜか髪型はツインテールであった。
輝夜はびしっと妹紅を指差すと、
「当然、私の方があなたより優れていると言うところを、世の中の皆様に見せ付けるためよ」
と、わけのわからないことをのたまってくれる。
妹紅の視線が早苗へ。
「先日、うちでアルバイトさせてほしい、ってやってきたんです。
アリスさんが面接してますから、特に問題はないかと」
その辺りの、人を見る目の厳しさは幻想郷トップクラス。それが、この店のパトロンであり実質的経営者のアリス・マーガトロイドという人間である。
アリスが『OK』の太鼓判を押したのだから、別に否定する必要もない、と早苗。
「お前、まともに働けるのかよ」
「任せなさい。こう見えて、永遠亭では家事が上手として有名だったのよ」
「んなこと一度も聞いたことないんだけどな」
「あら、そう?」
ごごごごごごごご、と両者の間で高まる気配。
しかし、それを真っ二つに断ち切るのが早苗であった。
「それじゃ、そろそろ、お店、開けますので。
妹紅さんはいつも通りに接客をお願いします。輝夜さんは初めてですので、まずは周りの様子を見つつ、レジをお願いします」
「……わかった」
「レジね。了解」
「わからないことがあったら聞いてくださいね。
あと、忙しいですけど、ミスは少なく。するなとは言いませんけど、レジが混雑するとお店の評判が下がりますので。
いいですね?」
「……え、ええ。了解」
「じゃ、頑張りましょう」
にこっと笑う早苗は、他のアルバイトの少女達にも同じように声をかけていく。
「……ねぇ、妹紅」
「……何」
「彼女さ……割と怖いのね」
「怒ると怖い。マジで」
なぜか所在無く佇む輝夜の横で、同じように佇む妹紅の背中は、何だかすすけていたと言う。
「いらっしゃいませー!」
店の中に、店員の明るい声が響き渡る。
朝10時の開店と共に、すでに店の中は大賑わい。外では店員の少女が『すいませーん! ただいま、お待たせしておりまーす!』と、『ただいまの待ち時間30分』と言う看板を片手に声を上げていた。
「お会計、お願いします」
「あ、は、はい。
えっと、えー……ショートケーキが、一個120円で……プリンが、90円……えっと、それから、それから……」
レジに並ぶ客の列。
その先頭の女性が、『この人、きっと初めてなのね』と言う顔で、彼女――輝夜を見つめている。
輝夜はレジ裏に張られている『商品一覧』のリストから値段を見つけるのに精一杯。
たまらず、それをフォローする人形が、横からレジをかしゃかしゃ叩き、『550円です』と言うフリップを出す始末だ。
「早苗さん、レジ、並んでますけど……」
「仕方ないわね。初めてなんだもの。
まぁ、あのくらいの列なら、アリスさんの人形が何とかしてくれるわ。
それより、こっちはこっちで」
「あ、はい」
店員の仕事は多岐にわたる。
客の案内、商品説明、商品補充、床などが汚れていたら掃除、イートインスペースを利用する客への給仕などなど。
それらをわずか6人でこなさなくてはならない。そのうちの一人である輝夜は、レジうちに大苦戦だ。
「あ、あの、妹紅さん! これ、受け取ってくださいっ!」
「あ、いや、その、今は仕事中なんで……」
「妹紅さ~ん! これ、新製品ですか~!?」
「あ、ああ。うん。それは先日、新しく並べた……」
「も、妹紅さんっ! わたし、これが欲しいですっ!」
「じ、じゃあ、レジにならんで……。
あーっ! もーっ!」
そして、『かざみ人里支店』名物店員の一人である妹紅は、女の子にたかられて大変なことになっていた。
通称、『イケメン店員』の彼女には、もう後から後から、女の子達が声をかけてくる。
そのたびに商品説明だの店内案内だのといった、店員の基本業務が降りかかってくるわけだが、とにかくその量が半端ではない。
「輝夜! レジ、並んでる! 早くして!」
「う、うぐぐ……!
え、えっと……よ、480円です!」
金額を算出、客が出してくる硬貨の枚数を確認、お釣りがあったらお釣りを手渡す、商品の梱包は人形任せ。
そんな感じの輝夜の手元は、実にぎこちない。
「ったくもー!
ほら、どいて! 私の手伝いして!」
「うぐぐ……!」
「すいません。お待たせしております。
えっと、ショートケーキが二つ、フルーツケーキが三つ、特製チョコレートミックス一つ、合計で840円です」
そして、妹紅の手際はスマートなものだ。
さすがは、この店が開店して以来、ずーっと務めてきている『ベテラン』である。
「輝夜、これ、包んでお客さんに渡してあげて」
「わ、わかってるわよ」
「手順はアリスの人形に教えてもらって」
「……えっと、この子?」
『よろしくお願いします、輝夜さま』
そんなこんなで、どたばたのお仕事は続く。
輝夜のラッピングの手腕は、それなりのものだったということを追記しておこう。
「あー……疲れたー……」
「まだ午前中の仕事が終わっただけ。午後もあるんだから」
早苗から『休憩、入ってください』と言われて、輝夜と妹紅の二人は店の裏手に移動していた。
従業員用の休憩室には二人だけ。
そこでは、やはりアリスの人形たちが忙しく働いていて、二人に『どうぞ』と昼食を手渡してくる。
「これ、この子達が作ったの?」
「さあ? 多分、幽香が作っておいたやつなんだろうけど」
出されたのはチキンライスとオムレツ、フルーツサラダ。飲み物として、オレンジジュースもセットだ。
それを二人、そろってもぐもぐと食べていく。
「……美味しい」
「ここの食事は確かに美味しい。それは認める」
「うちは永琳の料理がすっごく美味しいんだけど、なかなか作ってくれないのよね」
「へぇ、そうなの。言えば作ってくれると思ってた」
「というより、病院の仕事が忙しいのよね。
だから、なかなか時間が取れないのよ」
「鈴仙は? あいつも医者でしょ」
「イナバはまだまだなのよね。永琳と比べたら、腕前が一段どころか二段、三段、落ちる感じ」
しかし、それでも毎日頑張っていて、ちゃんと実力もつけてきているのだ、と輝夜は言う。
ふぅん、と適当に相槌を打ちながら、妹紅。
もぐもぐ頬張るご飯は実に美味しい。普段の食生活が割りと適当な彼女にとって、ここの食事は、『食事』とは何であるかを再確認させてくれる美味しさだった。
「ところでさ」
「何?」
「どうして、あんた、ここで働こうとか思ったの」
「暇だったから」
「あっそ」
「それに、あんたばっかり真面目に働いていて、私が何もしてないのって悔しいし」
「何それ」
「対抗意識よ、対抗意識。
もこたんばっかり真面目に働いていてずるい! 私も働く!」
それを自分で言うのはどうなのかな、と妹紅は思ったが、尋ねるようなことはしなかった。
輝夜とはそういう人間だからだ。
「それに、あそこにいると病院の手伝いとかさせられそうになるのよね。
受付とかならまだいいんだけど、薬持ってきて、とか言われてもわからないのよ」
「あー」
「間違えたら患者さんが死ぬこともあるわけでしょ?
さすがに、『姫のせいじゃないですよ』とかフォローされても耐えられないわよ、あれは」
「やったの? まさか」
「やった。
幸い、死ぬようなことじゃなくて、治るはずだった病気が治らずに長引いただけだったけど」
しかし、それでも相手に対しては申し訳ない気持ちで一杯だったし、フォローしてくれる永琳や鈴仙の言葉が痛くて痛くてたまらなかったのだそうな。
以降、『手伝って』と言われても断るようにしているし、適当に話を流すようにしているのだという。
姫、そして蓬莱人とはいえ、人間である以上、精神はそれほど頑強ではないと言うことだ。
「案外、あんた、大変だったんだ」
「そうよ。あなたみたいに、日がな一日森の中ぶらついてる暇人とは違うんだから」
「……いい度胸してんじゃない」
「やる? 私はいつでもいいわよ?」
「……やめとく」
「あら」
一瞬、高まった緊迫感がすぐに溶けていく。
「ご飯、美味しいし」
「そうね」
そんな適当な理由で話をごまかして、妹紅は『ご馳走様』と空っぽのお皿を人形たちに向けた。
そして、時計に視線をやり、「休憩、一時間だから」と言ってどこかへ行ってしまう。
残された輝夜は「こんなに美味しい料理、自分でも作ってみたいわねぇ」とつぶやきながら、食事を堪能していたのだった。
午後を迎え、さらに店は忙しくなる。
ランチ目当てでやってくる客が増えるため、彼らの接客もしないといけないからだ。
「輝夜さん、あっちのお客さんのオーダー取ってきてください」
「まっかせなさい」
そして、意外なことに、輝夜のスキルがこんなところで発揮されていた。
「いらっしゃいませ」
「えっと、ランチセットの、Aください」
「わたしはBと、あと、食後のコーヒーをレモンティーに変更してもらうことって出来ますか?」
「はい、可能でございます」
「じゃあ、それで」
「あ、じゃあ、私もコーヒー苦手なんで、ココアに」
「畏まりました」
「それから、このおみやげセットを三つと……」
「あと、やっぱり、ここに来たらケーキだよね! 今日のお勧めケーキ、二つください!」
「畏まりました。
確認させて頂きます。ランチセットA、コーヒーをココアに。ランチセットB、コーヒーをレモンティーに。それぞれお一つずつ。
それから、おみやげセットを三つ、今日のお勧めケーキをお二つで間違いないでしょうか?」
「はい」
「ありがとうございます。しばらくお待ちください」
――と言う具合である。
足取りも軽やか、周りの客から『お水くださーい』と途中で頼まれても、『はーい』と笑顔で応対する。
「……どうなってんだ?」
「輝夜さん、どこかで喫茶店のアルバイトとかしてたんでしょうか?」
外の世界にいた頃、喫茶店のバイトを経験しまくってきた早苗ですら驚くほどに、輝夜の接客は完璧であった。
片手に持った伝票を、厨房の『伝票、ここ↓』と書かれたところに引っ掛け、『オーダー、お願いしまーす』と声を上げる。
そうして、10分もしないで出てきた品物を、揺らさずこぼさず見事なバランスで客の下に届け、『ごゆっくり』と頭を下げる。
何もかもが完璧である。
「輝夜、どうしたのさ。何か悪いものでも食べた?」
「どういう意味よ、失礼しちゃう」
腰に手を当て、ツインテールふりふり怒る輝夜。
いや、だって、と妹紅。
「さっきまでの無様なお前はどこに」
「ふっふっふ……。
伊達に、永琳の病院で接客やってたわけじゃないのよ……」
「仕事断ってるって言ってなかったっけ」
「断ってるわよ。今は」
「あー」
なるほどそういうことか、と妹紅。
要するに、輝夜は永琳の病院で『看護婦』として働いていたわけであるが、看護婦の仕事は、何も患者に対して薬を手渡したり、医者を手伝うことばかりではない。それこそ、この喫茶店のような接客もあるのだ。
その経験を生かして、と言うことなら、なるほど、わからないでもなかった。
「けど、輝夜さん、なかなかですね。わたしも教えることが少ないですよ」
「少ないの?」
「少ないです。
接客は大したものですけど、それだってまだまだですね」
「……え? マジで?」
早苗のにっこり笑顔に、自信持って仕事していた輝夜の顔が引きつる。
早苗は冷静に、そして冷徹に、『まだまだですね』と笑顔。
それには妹紅も輝夜に哀れみを感じたのか、ぽん、と彼女の肩を叩く。
「さあさあ、まだまだお客さんは来ますよ。
支店は在庫が底をつくまでがお仕事です。営業時間内に売り切っちゃいましょう!」
やたらやる気満々の早苗。
こうしていると、昔の自分を思い出してしまうのかもしれない。
ともあれ、妹紅と輝夜の二人は、『お、お~……』と間の抜けた声を上げるのだった。
お疲れ様でしたー、とアルバイトの少女たちが店を後にする。
営業時間ぴったりに、商品を売り切った早苗たちは、店を閉めつつ、『明日以降の販売計画』を立てている。
「今日は早々に売り切れになった商品がありましたから、幽香さんに頼んで、明日以降の販売量を増やしてもらいましょう」
「はあ」
「妹紅さんは明日も、輝夜さんは明後日にシフトが入ってますので、遅れずに来て下さい」
「……わかりました」
「あと、今週末はお給金の支給日なので、必ず、午後4時にお店に来てくださいね。
来てくれないと、お金、渡せませんから」
支店の経理担当とまではいかないが、金庫を任されている早苗の一言に、二人そろって首を縦に振る。
『それじゃ、お疲れ様でしたー』と早苗は帰っていく。まだまだ元気一杯で。
残された二人――そのうちの一人、妹紅は大きく伸びをして、『行くぞ』と歩いていく。
一方の、相変わらずのお姫様衣装の輝夜は『待ちなさいよ』と歩き出す。その格好に、ツインテールが非常に似合わない。
「何か微妙な時間よねー」
「盛り場、空いてるところ知ってる。行く?」
「もこたんのおごりね♪」
「もこたん言うな。あと、あんたの方がお金持ってんだから、割り勘に決まってんでしょ」
「けちー」
「……蹴っ飛ばされたい?」
二人はてくてく、里を歩き、妹紅の提示した『昼間から空いている盛り場』へとやってくる。
店の雰囲気は、盛り場と言うよりは、大衆向けの食事どころといった感じだ。
「盛り場なのに、お酒、ないのね」
「そういうところだから」
何か変わった店だと思いつつも、輝夜は店員に、『お茶とお菓子くださいな』と注文する。
しばらくして、二人の前に用意されたのは、緑茶とお団子と言う、和菓子スタイルどんとこいのセットだった。
「さっきまで、ケーキとか紅茶とかと戯れてたのにね」
「正直、私、ケーキとかの味は苦手。こっちの方が好きだわ」
「おっさんくさーい」
「うっさいな。私より年上のくせして」
とりあえず、お茶を一口。
妹紅の仕草と違って、輝夜の仕草は上品だ。
「あんた、これから、マジであそこで働くつもり?」
「もちろん! もこたんが、『輝夜さま、私が負けました』って土下座するまで続けるわ」
「誰がするかっ」
げしっ、と椅子の下で輝夜の足を蹴りつける。
やったわね、と輝夜が妹紅の足を蹴り返し、かくてテーブルの下で始まる醜い争い。
それが終了したのは、5分ほど後。店員から、『お客様、お静かにお願いします』と怒られてからだった。
「もこたんのせいで怒られたじゃない」
「もこたんやめろ。あと、どう考えてもお前のせいだろ」
「またそうやって人のせいにする。
他人に責任を転嫁してると成長しないわよ」
「だから、お前の頭の中身も見た目も成長しないのか。よくわかったよ」
相変わらず、互いに減らず口の叩きあいである。
にらみ合う二人は、しかし、とりあえずといった感じでその矛先を収めて、お団子一口、かじる。
「最近、うちに来ないからさー。
何やってんのかしら、と思って来てみたのよ」
「あっそ」
「永琳とかに話を聞いたら、『忙しそうに、楽しそうに、仕事をしていました』と言われてね。
まさかあいつが! って思って来てみたんだけど……」
「『だけど』?」
「まさか本当だとは」
拍子抜けした、と言わんばかりに、輝夜。
「あんたのことだから、めんどくさそーに、いやそーに仕事してるだろうと思ったんだけど。
ほんと、楽しそうじゃない。よかったわね」
「……楽しいかな」
「傍目に見てると、楽しそうに見える」
毎日……というわけではないが、営業時間中は目が回るほど、喫茶店での仕事は忙しい。
しかも、早苗が妹紅のことを見世物にするものだから、その忙しさもまたひとしお。
『妹紅さまファンクラブ』の女の子たちや、『もこたんを愛する紳士の会』に声かけられまくって贈り物されまくって、てんやわんやなのだ。
「お互い、長生きするだけの暇人でしょう?
なら、楽しそうなことを見つけたら、それに全力投球しても悪くないと思って」
「まぁ、そりゃそうだけど」
「それに、永琳も、『暇ならお手伝いしてください』ってうるさいから。
それなら、こうやって働いてお給金持って帰れば、そういうことも言わなくなるでしょ」
私にお金なんていらないし、と輝夜。
お姫様にアルバイト代。ある意味、猫に小判を超える無用なものだ。
「楽しかったの?」
「割と」
「珍しい。
あんたこそ、『めんどくさーい』『疲れたー』『もう帰るー』なんて、真っ先に言い出すと思ったのに」
「甘いわね、もこたん。
そんな飽きっぽい性格でいたら、盆栽は育てられないわよ」
「意味わからん」
「これがまた奥深いのよ。今度、人里で開かれる品評会に出品する予定なの」
ちなみに、輝夜が育てた盆栽は、病院を訪れるおじいちゃんおばあちゃんに大人気であり、『こりゃ見事だ!』とほめられること多数なのだそうな。
それであるとき、ひょんなことから病院を訪れた『幻想郷盆栽品評会』の審査員の男性に、『今度、うちに出してみませんか』と勧められたらしい。
「入賞したら賞金と賞状よ。これはやるしかないわね」
「……あんた、そんな趣味あったのね」
「あと、将棋。最近は囲碁も覚えたわ。
ま、私は将棋だけどね。やっぱり」
今度勝負する? と輝夜。
妹紅は、『望むところだ』と応えるのだが、正直、将棋で輝夜に勝てるとは思っていない。何だか知らないが、彼女、やたら将棋が強いのだ。
代わりにオセロだと、今度は妹紅が圧勝したりするのだが。
「あんた、何だか楽しそうに生きてたりするわね」
「まぁね」
「ま、楽しく生きるのはいいんじゃない?」
「もこたんだって、楽しそうに生きてるじゃない」
「だから、もこたんやめろって言ってるでしょ」
ったく、と彼女はお団子かじり、
「明日も仕事だから、私、そろそろ帰るわ」
と席を立つ。
輝夜は『頑張ってね~』と笑いながら手を振り、同じように、お団子食べ終えて立ち上がる。
二人そろって会計を済ませ、『それじゃね』と道を左右に。
「……ほんと、何を考えてるんだか」
里の中をてくてく歩きながら、妹紅はつぶやく。
しかし、今日の一件について、輝夜に対して悪いものは抱いていない。
またあのお姫様は妙なことを考えて、程度のものである。
「ま、だけど、あの店では私が先輩だし。後輩は先輩に逆らっちゃいけないってこと、教えてやらないと」
ふっふっふ、と笑う妹紅。
何やらよからぬものを考え付いたようだ。大抵、こういうことを考えると、失敗を呼び込んだりするのだが。
あいにくと、彼女はその点、反省しない人物のようである。
「ただいまー」
と、帰ってきた輝夜に、鈴仙が『あ、お帰りなさい』と声をかける。
「ちょうどいいわ、イナバ」
「はい?」
「レジ打ち教えて」
「へっ?」
「その機械。それ、お釣りとかの計算をしてくれるんでしょ? 教えて」
「え、ええ……いいですけど。
って言うか、姫、どこに行ってたんですか?」
「アルバイト」
「………………はい?」
「ずぇぇぇぇったい、もこたんになんて負けないんだからっ!」
永遠亭の入り口――『八意永琳医療相談所』の入り口でもあるそこで、受付に座っている白衣のうさぎさんは、輝夜の言葉に、頭の上に無数の『?』を浮かべる。
笑いながら話をしていたお姫様は、どうやら、本日の一件、かなり気にしていたようだった。
「ねぇ、早苗」
「何ですか? アリスさん」
「輝夜、意外と使えるわね」
「そうですね」
さて、それから。
相変わらず、レジうちに苦戦する輝夜の背中を見ながら、本日は支店にやってきているアリスが言う。
「まぁ、レジの打ち方とかの作業は早くなってるんですけどね。
品物の値段とかを覚えないといけないから」
「うちは品数、多いものね」
「しかも毎月、新製品来ますし。わたしでも、たまにごっちゃになりますよ」
そこから視線を移せば、妹紅が接客で大忙し。
本日は、彼女と同じく、『名物店員』として雇われている寅丸星と一緒に、女の子たちに囲まれて右往左往している。
「何だか、妹紅の働きがよくなったような気がするわ」
「輝夜さんが来て、負けてられるかって思ってるのかも」
「いいわね。そういうライバル意識」
「実際のところはどうだか知りませんけどね」
そう言って、早苗は、『これ、従業員の勤務態度なんかをまとめた書類です』とアリスにノートを一冊、手渡す。
年に一度の給与改定、そして半年に一回の一時金の支給に、それは使われる。
そして、今月が、その『半年に一回』の特別な日がやってくる月だった。
「よく見てるわね。相変わらず」
「じゃないと、リーダー、やってられませんからね」
「助かるわ」
そこには、以下のように書かれていた。
『藤原妹紅。勤務態度良好。最近は接客のスキルが上達。輝夜さんと組ませるといい感じ』
『蓬莱山輝夜。勤務態度良好。接客に関しては文句なし。品出し、レジ打ちなどの作業は今ひとつ。妹紅さんと組ませるといい感じ』
~以下、文々。新聞一面より抜粋~
『喫茶「かざみ」人里支店に名物店員がまた一人
最近、暑い日が続いているが、本紙読者諸兄はいかにしてお過ごしになっているだろうか。
本紙記者は相変わらずの暑さにやられ、近頃は涼を求めてお休み処を訪れることが多くなっている。
そんな本紙記者お気に入りのお休み処の一つ、喫茶『かざみ』の人里支店にて、先日、名物店員がまた一人、増えていた。
彼女の名前は蓬莱山輝夜。さて何者だろうと思う方も多いだろう。
彼女は、あの、永遠亭のお姫様である。永遠亭といえば、腕利きの医者である八意永琳女史にお世話になった方も多いのではないだろうか。
そこの殿上に座し、下々のものを侍らせるお姫様が彼女である。故に、人前にはあまり姿を見せていないのだ。
そんな彼女が、ただいま、喫茶『かざみ』人里支店にてアルバイトとして働いている。
さて、どんな心境の変化があったのか、突撃インタビューをしてみたところ、『退屈だったから』と言う回答がなされている。
何とも拍子抜けする回答ではあったが、ある意味、気まぐれなお姫様らしい回答であった。
彼女は現在、週に三日、お店に出てきて働いていると言うことを、東風谷早苗女史から伺っている。
永遠亭の奥におわしますお姫様に、一度、お目通りをという読者諸兄は、ぜひとも、喫茶『かざみ』人里支店を訪れてみてはいかがだろうか。
また、併せて今年の夏も、新製品として以下のような商品が追加されている。
これらは、今年の夏の限定商品と言うことなので売り切れる前にお店を訪れてみて欲しい。
なお、喫茶『かざみ』人里支店は、営業時間が午後の2時までなので忘れないように。本店とは営業時間が異なることを知らず、訪れてみたらもう終わっていた、という意見があることを聞いている。
本紙を読んで、お店の場所、営業時間、商品、そして名物店員のことを頭に入れたら、楽しみに、かつ、無駄足にならないように注意しながらお店を訪れてみて欲しい
著:射命丸文
妹紅にファンクラブ、何か分かる気がしますね。男女ともにあるのが何かそれっぽい。
でも輝夜も(おそらくは)相当の美人でしょうからこれまたすごい数のファンが付きそうな気がします。
それで接客対決とかレジ打ち対決の後ファンの数対決とかやりそう。
あと右揃えにしたい時はhtmlタグを使うといいですよ。