たしかにその鬼殺しを持ってきたのは私である。
前回の宴会の時皆に好評だったから、今回もと思って張り切っていたのも事実である。
だが、そのせいで酔っぱらった彼女を介抱する役目までもが私なのは、少しおかしいのではないだろうか?
しかもその理由が同じ仙人だからというのは至極納得がいかない。
飲み過ぎて泥酔してしまった責任は彼女にある。
私にはないはずだ。
よって、私には彼女を介抱する責任もなければ義務もない。
よし、捨ててしまおう。
彼女ならば、妖怪の山に一晩捨てられたところで飄々と生きているに違いない。
近頃野生の妖怪が活発化してきて狼天狗たちも警備を強化していると聞くが、そんな事は私に知ったこっちゃあない。
酔った責任が彼女にあるならば、妖怪に喰われる原因も彼女だ。
私は悪くない。
よし、捨ててしまおう。
「そう決意しても、結局家に連れてきてしまう私の意志の弱さ……」
見上げれば、私の隠れ家に辿りついていた。
私は基本的にはいい仙人なのかもしれない。
自分で思っていた程に極悪人ではないのかもしれない。
だが、隠れ家と自認して、わざわざ結界まで張っている我が家に誰かを招くなんて矛盾にも程があると思う。
しかも招かれた相手が正真正銘の極悪人である邪仙なのだから取り付く島もない。
「ふにゃあ~……」
おんぶしていた彼女が情けない声をあげる。
と、供に酒臭い息が辺りに広がった。
なんて幸せそうな顔をして寝ている邪仙なのだろう。殴りたくなる。
「起きろ~、起きなさ~い。あなたが起きれば万事解決するのよ~」
「むにゃ……むにゃ……。
そうじゃないでしょ、芳香……。私の事はプリンセス青娥と呼びなさいと言ったでしょ」
なんていう夢を見てるんだろうか、この邪仙。
火あぶりの刑にして魔女裁判の再現でもしてやろうか?
「ほら、ベッドに着いたから。自分で入りなさい」
「や~だ~。プリンセス青娥はそんな事しないも~ん」
あぁ、もうっ。
いい歳してなんてセリフを吐くんだか……。
それでも彼女の言う通りにしてあげる私。いい仙人を通り越して、もはや苦労仙人のような気がする。
ベッドに彼女を入れてあげ、毛布をかけてやる。その際に着衣の乱れも直してやった。
壁抜けの簪とやらは、寝る時に邪魔だろうから抜いて近くの机に置いておいた。
途端にばさりと広がる彼女の青髪。
雲一つない青空のような、はたまた幻想郷には存在しない海のような。
そんな雄大で混じり気のない彼女の青髪は、同性の私でも嫉妬したくなる。
彼女の性格もこれくらい混じり気がなければいいんだけどな。
あぁ、違う。確かに彼女はこの青髪のように純粋だ。その方向性が間違っているだけで。
「こうしてみると、ただの女の子にしか見えないんだけどな……」
眠る彼女の頬をつつくと、くすぐったそうに身体をよじった。
その反応がおもしろくてつい悪戯をしてしまう。
彼女には邪仙と呼べる程の邪悪さは存在しなかった。私の目の前でくすぐったさに耐える彼女は少女そのものだ。
基準が分からなくなってくる。
「まぁ、私には何も関係ないか……」
結局はそう結論づけられる。
今日はたまたま邪仙と床を一緒にしているが、明日からはまた別々の生活が待っている。
彼女が何をしようが、どんな刑罰を受けようが私には関係ない。
彼女と私が同じ仙人というのならば、そういった混じり合わない生活というのが仙人というものだろう。
この私が仙人を語るというのも、なんだか後ろめたい気分にもなる。
まぁ、世間には私が仙人であると思っている輩が大半なので、傍目から見たらこういう気分になる私というのがそもそもおかしく見えるかもしれない。
「さて……と」
すぐにでも床に就こうかとも思ったが、なんだか妙に目が冴えてしまっていた。
こういう日には月夜酒というのも悪くない。
屋根にあがり、徳利に酒を注ぐ。
昼間はまだまだ気温が高いものの、最近は夜になるとその暑さもだいぶマシになる。
周りが自然だらけという事もあって、時折優しい風が吹いた。
心地いいとさえ感じる夜の帳の中で、酒を煽る。
悪くない。最近は誰かと触れ合う時間というのが増えてきたが、時折こういった一人の時間が無性に恋しくなる。
やはり私は一匹狼かもしれないな、と恰好つけてみるが、そういう子供っぽい考えに行き着いた自分自身に苦笑してしまう。
今日はやけに静かだった。
先ほどまで彼女の相手をしていたせいもあるかもしれない。
だけど、私はこの静けさというのもまた好きだった。
そんな折にかさりと何かが音を立てた。
静けさの中、その異音はやけに辺りに響いた。
「こんばんは、宴会の後に一人酒とはあなたもずいぶんと洒落ているね」
「あぁ……貴方か」
姿を現したのは地獄の水先案内人である小野塚小町だった。
考えてみれば、この家に訪れる輩など彼女以外には考えられなかった。
結界を施していくら隠したところで、彼女には全くの無意味なのだから。
酒を勧めるが、小町は頭を振った。
「珍しい。幻想郷随一の大酒飲みの貴方がお酒を断るなんて」
「あたいも普段なら断らないさ。だけど、今は仕事中でね。
……いるんだろう、彼女が?」
小町の瞳が怪しく揺れる。
あぁ、そうか。小町はもう彼女の事を嗅ぎ付けてきたのか。
彼女はよくも悪くも有名人だ。彼女の行動には何かと幻想郷中が注目する。
その彼女が泥酔したとなれば、そのニュースは瞬く間に幻想郷中に広まる事だろう。
小町がここに辿り着くのも時間の問題だったわけだ。
だからといって、私が何かするわけでもなかった。
「邪仙なら酔いつぶれて寝ているわ。
今ならたやすく捕まえる事も可能でしょうね」
彼女を助ける義理など私にはないのだから。
「おや、素直に引き渡すというのかい?
ここまで連れてきた割りにはあなたもずいぶんと薄情なんだねぇ」
「勘違いしないでほしいわね。
罪人はどこまで行っても罪人なのよ。その罪が浄化される事なんてありえないわ。
追われるべき立場なのだから、自分の身は常に自分で守らなければいけないのよ。
酔いつぶれるなんて持っての他。それは間違いなく彼女の責任だわ」
「立派な意見だねぇ。あたいもその精神には見習いたいものだよ」
小町が笑う。
点数稼ぎとでも思われたのだろうか? それとも保身のための策とでも?
私としてはどちらでも構わなかった。私には彼女を守る義理はないのだし、助ける責任もないのだから。
彼女がミスをしたならば、その尻拭いをするのも彼女のはずだ。
私には関係ない。
「だけど――」
なのに、その言葉が出てしまった。
今の私は酒を飲み過ぎて意識が混濁しているのだろうか?
「酔った邪仙を捕まえる行為もまた酔狂と言えるのも事実ではなくて?」
私は何を言っているのだろうか。
もし、彼女の仲間とでも思われてこの先の行動に制限でもついたらどうする気でいるのだろうか。
自分の事のはずなのに、やけに他人目線で考えてしまう。
他人目線で考えているからこそ、今の私にひどく矛盾を感じてしまっていた。
取り繕おうとしても、いい意見が見当たらない。
まるで無意識に封印しているみたいだ。
「あいにくこちらとて手段は選んでられないんでね。
他人から酔狂と思われようが、あたいらはただ仕事を実行するのみなのさ。
そこにチャンスがあるならば、どんなリスクを冒しても厭わない。それがプロってもんさね」
「…………」
なんとか理性を取り戻す事に成功して、自分の意見を抑えられた。
私にできる事はここまでだ。
これ以上彼女に手助けする必要性はない。
「――と、周りの連中は言うんだろうけどね」
「……貴方は違うと?」
「第一にだね、あたいは仕事中に酒は控えているが、今はあなたが飲んでる酒の匂いを嗅いでしまったのさ。
こんな状態ではもう仕事にはならない。
第二に、あたいはプロであるものの真面目じゃあない。
だからあたいはこう考えてしまうのさ。今回のように彼女が泥酔する機会が今度またあるに違いない。その時に捕まえればいいってね」
「呆れた死神ね」
素直に感想を述べると、小町はそれを期待していたかのように笑った。
今度は屈託のない笑み。どうやら小町は本心からそのような事を言っているらしかった。
それはそれで問題があると思うが。
「結局は地獄への案内も気分次第なのさ。
のらりくらり生きている幻想郷なんだから、真面目に生きていても肩が凝るだけだよ」
「何か引っかかるような言い方ね」
牽制してみるが、それはあっさりと受け流された。
小町もよく分からない人種ではある。というか、幻想郷の住人自体よく分からない人種で溢れかえっていると思う。
じゃあ、私は分かりやすいかと言えば、答えはノーになるのだろう。
悲しいかな、悲しいかな。私も幻想郷というぬるま湯にどっぷりと浸かった一人なのだ。
「月のない夜に月見酒なんて酔狂を通り越して不気味すら感じるね。
底知れぬあなたと袂を分かつ程あたいは馬鹿じゃあないのさ」
「あら、今日は月が出ていなかったのね」
小町に言われて初めて気づく。
あぁ、そうか。今日は新月だったのか。
月は人を狂わせる力を持つとされている。満月の夜には人や妖怪がより活発になるらしい。
だからこそ、今日の私はおかしかったのだろう。
月のせいなのだ。私がほろ酔いになっている事も、ましてや彼女の事も何も関係ないのだ。
小町に話しかけようとしたところでいなくなっている事に気づく。
現れた時には音を立てていたのに、去る時には無音とは小町も人が悪い。
私は月のない真っ暗な夜空を見上げながら、もう一度酒を煽った。
朝起きてみると、いい匂いが鼻を燻ぶった。
すぐに彼女が朝ごはんの支度をしている事に気づく。
それにしても、朝起きた時に誰かがいて、その誰かが朝ごはんを作っているなんて光景はずいぶんと久しぶりな気がした。
昨夜は彼女の世話で大変だったからそれぐらいはすべきだろう――と理由をつけて、私の本心を押し隠す。
「おはようございます。これは野鳥の丸焼きでしょうか?
朝から豪勢ですね」
彼女に声をかけると、特に驚いた様子もなく笑顔で返された。
適応力が高いというか図々しいというか……。泥酔して起きてみたら見知らぬ天井だった時、普通の人なら驚くと思う。
それを彼女は顔色一つ変える事なく、さらには朝食まで作ってみせる。
変人揃いの幻想郷の中でも彼女は群を抜いていると思った。
いや、それが邪仙としての立ち振る舞いと言うべきなのかもしれない。
「おはようございます。勝手に台所を借りてますわ。
もう少しで大鷲の丸焼きが出来上がるのでそれまでお待ちくださいましね」
「大鷲? ……竿打!!??」
「冗談ですわ。大鷲と野鳥の違いなんて一目で分かるでしょうに♪」
返す言葉もない。
「ところで華仙さまは雷獣の丸揚げは召し上がりになりますか?
丸々と太ったいい雷獣が手に入ったのです。クセもなく美味しいですよ」
「雷獣? ……それ、私のペット!!??」
叫んでから、それも彼女の戯れだと気づく。
悔しくなって顔を背けると、彼女が笑いをかみ殺している声が聞こえて余計に悔しくなった。
「そんなに人を騙して、貴方は恩を仇で返すおつもりなんですか?」
「あらあら、気を悪くしたのなら謝りますわ。ごめんなさいね。
私はこれでも感謝しているのですよ。昨夜、私のために死神を追い払ってくれたのでしょう?」
「……知っていたのですか?」
たぶんこの時の彼女は真面目だったのだろう。
だけど、彼女の表情に変化は全くないから、彼女が何を考えているのかがまるで読めなかった。
「追われる身ですもの。私には一時の油断も許されぬのです」
「その割には泥酔して気持ちよさそうに眠っていたように見えましたが」
「貴女のおかげですよ、華仙さま。誰かに守ってもらいながら眠るというのは久方ぶりですが、ずいぶんと気持ちのよいものだったのですね」
好意なんてこれっぽっちもなくただの狂った行動だっただけに、素直に感謝を述べられるとどう言葉を返していいものか分からなくなる。
私は彼女に感謝される権利はないのだ。
「おかげでぐっすり眠れましたわ。
また時折ここを訪れてもよろしいでしょうか?」
「わざわざ結界まで張っている隠れ家にまた来たいだなんて、貴方もずいぶんと性根が曲がっているのね」
「あら、私には道なんてあってないようなものですもの」
壁抜けの簪を撫でながらどこかで聞いたセリフを言う彼女。
これでは訪問客が二人に増えてしまうのではないか。これは何かしらの対応を考えなければならないだろう。
「とは言っても、ダメと言われても来てしまうのが邪仙たる所以なのでしょうね。
ならば止めても無駄なのでしょう」
「天邪鬼とは違いましてよ。
私は常識ある仙人ですから、貴女が来るなと言うならば二度と敷居を跨ぐ事はしませんわ」
「では、二度と来ないでください」
「えぇ、ではまた来週にでも訪れますわ」
そう言ってにこりと彼女は笑った。
どうも昨日から私は彼女に利用されている気がしてならない。
弱みを握られているわけではないのに、彼女の方が立場が上の気がするのはなぜだろう。
だけど、私ではない誰かが家の中にいる事が心地よく感じてしまったのも、また事実として認めなければいけないのだろう。
でも、それを彼女に知られるわけにはいかないから私は歴然とした態度をとり続けるのだ。
結局のところ、私も世間から見たら彼女と同じ変人に分類されるのだろう。
まぁ、仙人=変人というのが一般的な認識なのだから仕方のない事なのかもしれない。
決して私が望んでしているのではない事だけは付け加えておく。
了。
前回の宴会の時皆に好評だったから、今回もと思って張り切っていたのも事実である。
だが、そのせいで酔っぱらった彼女を介抱する役目までもが私なのは、少しおかしいのではないだろうか?
しかもその理由が同じ仙人だからというのは至極納得がいかない。
飲み過ぎて泥酔してしまった責任は彼女にある。
私にはないはずだ。
よって、私には彼女を介抱する責任もなければ義務もない。
よし、捨ててしまおう。
彼女ならば、妖怪の山に一晩捨てられたところで飄々と生きているに違いない。
近頃野生の妖怪が活発化してきて狼天狗たちも警備を強化していると聞くが、そんな事は私に知ったこっちゃあない。
酔った責任が彼女にあるならば、妖怪に喰われる原因も彼女だ。
私は悪くない。
よし、捨ててしまおう。
「そう決意しても、結局家に連れてきてしまう私の意志の弱さ……」
見上げれば、私の隠れ家に辿りついていた。
私は基本的にはいい仙人なのかもしれない。
自分で思っていた程に極悪人ではないのかもしれない。
だが、隠れ家と自認して、わざわざ結界まで張っている我が家に誰かを招くなんて矛盾にも程があると思う。
しかも招かれた相手が正真正銘の極悪人である邪仙なのだから取り付く島もない。
「ふにゃあ~……」
おんぶしていた彼女が情けない声をあげる。
と、供に酒臭い息が辺りに広がった。
なんて幸せそうな顔をして寝ている邪仙なのだろう。殴りたくなる。
「起きろ~、起きなさ~い。あなたが起きれば万事解決するのよ~」
「むにゃ……むにゃ……。
そうじゃないでしょ、芳香……。私の事はプリンセス青娥と呼びなさいと言ったでしょ」
なんていう夢を見てるんだろうか、この邪仙。
火あぶりの刑にして魔女裁判の再現でもしてやろうか?
「ほら、ベッドに着いたから。自分で入りなさい」
「や~だ~。プリンセス青娥はそんな事しないも~ん」
あぁ、もうっ。
いい歳してなんてセリフを吐くんだか……。
それでも彼女の言う通りにしてあげる私。いい仙人を通り越して、もはや苦労仙人のような気がする。
ベッドに彼女を入れてあげ、毛布をかけてやる。その際に着衣の乱れも直してやった。
壁抜けの簪とやらは、寝る時に邪魔だろうから抜いて近くの机に置いておいた。
途端にばさりと広がる彼女の青髪。
雲一つない青空のような、はたまた幻想郷には存在しない海のような。
そんな雄大で混じり気のない彼女の青髪は、同性の私でも嫉妬したくなる。
彼女の性格もこれくらい混じり気がなければいいんだけどな。
あぁ、違う。確かに彼女はこの青髪のように純粋だ。その方向性が間違っているだけで。
「こうしてみると、ただの女の子にしか見えないんだけどな……」
眠る彼女の頬をつつくと、くすぐったそうに身体をよじった。
その反応がおもしろくてつい悪戯をしてしまう。
彼女には邪仙と呼べる程の邪悪さは存在しなかった。私の目の前でくすぐったさに耐える彼女は少女そのものだ。
基準が分からなくなってくる。
「まぁ、私には何も関係ないか……」
結局はそう結論づけられる。
今日はたまたま邪仙と床を一緒にしているが、明日からはまた別々の生活が待っている。
彼女が何をしようが、どんな刑罰を受けようが私には関係ない。
彼女と私が同じ仙人というのならば、そういった混じり合わない生活というのが仙人というものだろう。
この私が仙人を語るというのも、なんだか後ろめたい気分にもなる。
まぁ、世間には私が仙人であると思っている輩が大半なので、傍目から見たらこういう気分になる私というのがそもそもおかしく見えるかもしれない。
「さて……と」
すぐにでも床に就こうかとも思ったが、なんだか妙に目が冴えてしまっていた。
こういう日には月夜酒というのも悪くない。
屋根にあがり、徳利に酒を注ぐ。
昼間はまだまだ気温が高いものの、最近は夜になるとその暑さもだいぶマシになる。
周りが自然だらけという事もあって、時折優しい風が吹いた。
心地いいとさえ感じる夜の帳の中で、酒を煽る。
悪くない。最近は誰かと触れ合う時間というのが増えてきたが、時折こういった一人の時間が無性に恋しくなる。
やはり私は一匹狼かもしれないな、と恰好つけてみるが、そういう子供っぽい考えに行き着いた自分自身に苦笑してしまう。
今日はやけに静かだった。
先ほどまで彼女の相手をしていたせいもあるかもしれない。
だけど、私はこの静けさというのもまた好きだった。
そんな折にかさりと何かが音を立てた。
静けさの中、その異音はやけに辺りに響いた。
「こんばんは、宴会の後に一人酒とはあなたもずいぶんと洒落ているね」
「あぁ……貴方か」
姿を現したのは地獄の水先案内人である小野塚小町だった。
考えてみれば、この家に訪れる輩など彼女以外には考えられなかった。
結界を施していくら隠したところで、彼女には全くの無意味なのだから。
酒を勧めるが、小町は頭を振った。
「珍しい。幻想郷随一の大酒飲みの貴方がお酒を断るなんて」
「あたいも普段なら断らないさ。だけど、今は仕事中でね。
……いるんだろう、彼女が?」
小町の瞳が怪しく揺れる。
あぁ、そうか。小町はもう彼女の事を嗅ぎ付けてきたのか。
彼女はよくも悪くも有名人だ。彼女の行動には何かと幻想郷中が注目する。
その彼女が泥酔したとなれば、そのニュースは瞬く間に幻想郷中に広まる事だろう。
小町がここに辿り着くのも時間の問題だったわけだ。
だからといって、私が何かするわけでもなかった。
「邪仙なら酔いつぶれて寝ているわ。
今ならたやすく捕まえる事も可能でしょうね」
彼女を助ける義理など私にはないのだから。
「おや、素直に引き渡すというのかい?
ここまで連れてきた割りにはあなたもずいぶんと薄情なんだねぇ」
「勘違いしないでほしいわね。
罪人はどこまで行っても罪人なのよ。その罪が浄化される事なんてありえないわ。
追われるべき立場なのだから、自分の身は常に自分で守らなければいけないのよ。
酔いつぶれるなんて持っての他。それは間違いなく彼女の責任だわ」
「立派な意見だねぇ。あたいもその精神には見習いたいものだよ」
小町が笑う。
点数稼ぎとでも思われたのだろうか? それとも保身のための策とでも?
私としてはどちらでも構わなかった。私には彼女を守る義理はないのだし、助ける責任もないのだから。
彼女がミスをしたならば、その尻拭いをするのも彼女のはずだ。
私には関係ない。
「だけど――」
なのに、その言葉が出てしまった。
今の私は酒を飲み過ぎて意識が混濁しているのだろうか?
「酔った邪仙を捕まえる行為もまた酔狂と言えるのも事実ではなくて?」
私は何を言っているのだろうか。
もし、彼女の仲間とでも思われてこの先の行動に制限でもついたらどうする気でいるのだろうか。
自分の事のはずなのに、やけに他人目線で考えてしまう。
他人目線で考えているからこそ、今の私にひどく矛盾を感じてしまっていた。
取り繕おうとしても、いい意見が見当たらない。
まるで無意識に封印しているみたいだ。
「あいにくこちらとて手段は選んでられないんでね。
他人から酔狂と思われようが、あたいらはただ仕事を実行するのみなのさ。
そこにチャンスがあるならば、どんなリスクを冒しても厭わない。それがプロってもんさね」
「…………」
なんとか理性を取り戻す事に成功して、自分の意見を抑えられた。
私にできる事はここまでだ。
これ以上彼女に手助けする必要性はない。
「――と、周りの連中は言うんだろうけどね」
「……貴方は違うと?」
「第一にだね、あたいは仕事中に酒は控えているが、今はあなたが飲んでる酒の匂いを嗅いでしまったのさ。
こんな状態ではもう仕事にはならない。
第二に、あたいはプロであるものの真面目じゃあない。
だからあたいはこう考えてしまうのさ。今回のように彼女が泥酔する機会が今度またあるに違いない。その時に捕まえればいいってね」
「呆れた死神ね」
素直に感想を述べると、小町はそれを期待していたかのように笑った。
今度は屈託のない笑み。どうやら小町は本心からそのような事を言っているらしかった。
それはそれで問題があると思うが。
「結局は地獄への案内も気分次第なのさ。
のらりくらり生きている幻想郷なんだから、真面目に生きていても肩が凝るだけだよ」
「何か引っかかるような言い方ね」
牽制してみるが、それはあっさりと受け流された。
小町もよく分からない人種ではある。というか、幻想郷の住人自体よく分からない人種で溢れかえっていると思う。
じゃあ、私は分かりやすいかと言えば、答えはノーになるのだろう。
悲しいかな、悲しいかな。私も幻想郷というぬるま湯にどっぷりと浸かった一人なのだ。
「月のない夜に月見酒なんて酔狂を通り越して不気味すら感じるね。
底知れぬあなたと袂を分かつ程あたいは馬鹿じゃあないのさ」
「あら、今日は月が出ていなかったのね」
小町に言われて初めて気づく。
あぁ、そうか。今日は新月だったのか。
月は人を狂わせる力を持つとされている。満月の夜には人や妖怪がより活発になるらしい。
だからこそ、今日の私はおかしかったのだろう。
月のせいなのだ。私がほろ酔いになっている事も、ましてや彼女の事も何も関係ないのだ。
小町に話しかけようとしたところでいなくなっている事に気づく。
現れた時には音を立てていたのに、去る時には無音とは小町も人が悪い。
私は月のない真っ暗な夜空を見上げながら、もう一度酒を煽った。
朝起きてみると、いい匂いが鼻を燻ぶった。
すぐに彼女が朝ごはんの支度をしている事に気づく。
それにしても、朝起きた時に誰かがいて、その誰かが朝ごはんを作っているなんて光景はずいぶんと久しぶりな気がした。
昨夜は彼女の世話で大変だったからそれぐらいはすべきだろう――と理由をつけて、私の本心を押し隠す。
「おはようございます。これは野鳥の丸焼きでしょうか?
朝から豪勢ですね」
彼女に声をかけると、特に驚いた様子もなく笑顔で返された。
適応力が高いというか図々しいというか……。泥酔して起きてみたら見知らぬ天井だった時、普通の人なら驚くと思う。
それを彼女は顔色一つ変える事なく、さらには朝食まで作ってみせる。
変人揃いの幻想郷の中でも彼女は群を抜いていると思った。
いや、それが邪仙としての立ち振る舞いと言うべきなのかもしれない。
「おはようございます。勝手に台所を借りてますわ。
もう少しで大鷲の丸焼きが出来上がるのでそれまでお待ちくださいましね」
「大鷲? ……竿打!!??」
「冗談ですわ。大鷲と野鳥の違いなんて一目で分かるでしょうに♪」
返す言葉もない。
「ところで華仙さまは雷獣の丸揚げは召し上がりになりますか?
丸々と太ったいい雷獣が手に入ったのです。クセもなく美味しいですよ」
「雷獣? ……それ、私のペット!!??」
叫んでから、それも彼女の戯れだと気づく。
悔しくなって顔を背けると、彼女が笑いをかみ殺している声が聞こえて余計に悔しくなった。
「そんなに人を騙して、貴方は恩を仇で返すおつもりなんですか?」
「あらあら、気を悪くしたのなら謝りますわ。ごめんなさいね。
私はこれでも感謝しているのですよ。昨夜、私のために死神を追い払ってくれたのでしょう?」
「……知っていたのですか?」
たぶんこの時の彼女は真面目だったのだろう。
だけど、彼女の表情に変化は全くないから、彼女が何を考えているのかがまるで読めなかった。
「追われる身ですもの。私には一時の油断も許されぬのです」
「その割には泥酔して気持ちよさそうに眠っていたように見えましたが」
「貴女のおかげですよ、華仙さま。誰かに守ってもらいながら眠るというのは久方ぶりですが、ずいぶんと気持ちのよいものだったのですね」
好意なんてこれっぽっちもなくただの狂った行動だっただけに、素直に感謝を述べられるとどう言葉を返していいものか分からなくなる。
私は彼女に感謝される権利はないのだ。
「おかげでぐっすり眠れましたわ。
また時折ここを訪れてもよろしいでしょうか?」
「わざわざ結界まで張っている隠れ家にまた来たいだなんて、貴方もずいぶんと性根が曲がっているのね」
「あら、私には道なんてあってないようなものですもの」
壁抜けの簪を撫でながらどこかで聞いたセリフを言う彼女。
これでは訪問客が二人に増えてしまうのではないか。これは何かしらの対応を考えなければならないだろう。
「とは言っても、ダメと言われても来てしまうのが邪仙たる所以なのでしょうね。
ならば止めても無駄なのでしょう」
「天邪鬼とは違いましてよ。
私は常識ある仙人ですから、貴女が来るなと言うならば二度と敷居を跨ぐ事はしませんわ」
「では、二度と来ないでください」
「えぇ、ではまた来週にでも訪れますわ」
そう言ってにこりと彼女は笑った。
どうも昨日から私は彼女に利用されている気がしてならない。
弱みを握られているわけではないのに、彼女の方が立場が上の気がするのはなぜだろう。
だけど、私ではない誰かが家の中にいる事が心地よく感じてしまったのも、また事実として認めなければいけないのだろう。
でも、それを彼女に知られるわけにはいかないから私は歴然とした態度をとり続けるのだ。
結局のところ、私も世間から見たら彼女と同じ変人に分類されるのだろう。
まぁ、仙人=変人というのが一般的な認識なのだから仕方のない事なのかもしれない。
決して私が望んでしているのではない事だけは付け加えておく。
了。
娘々の髪の描写があったけど、華仙ちゃんの寝る時ってどんな髪型になってるんだろうな
泥酔した青娥のあられもない姿が見られると思ったのにっ!
着実に幻想郷に染まりつつある華扇ににやにや。
華扇も小町も良いですねぇ
言葉の響きだけでエロく感じるのはなぜだろう?
華仙はこんなことしそう、小町だったらこういう対応しそう、青娥はまさにその通り……
話全体として「ありそう」な話になっていたと思います。
しかしどう転んでも華仙が青娥に対して優勢に事を進めるビジョンが見えない不思議。
華扇もまた苦労人ですね。
4番目ですか。俺のキャラソートでは華扇は2番目でした