陽が落ちて、満月の夜。
元々夜になると活発になる妖怪がさらに力を増す日だ。今日も例に漏れず、宵の色に怪しくも美しく映る月に感化され獣と化す者がひとり、ふたり。身体中毛むくじゃらになり、腹から轟く咆哮は不穏な空気を鋭く切り裂いてゆく。
そんな、声にならぬ遠吠えが耳に届くたびに耳をぴくぴくと動かしながら呑気に湯船に浸かる狼女がいた。
「あぁ、やっぱり満月の夜って嫌だわー」
浴室の中でふんふんと鼻歌が響いては消えてゆく。湯の中で揺蕩う自らの体毛は、湯気に視界を阻まれてはっきりと見えない。影狼は、極力満月の夜には外に出ないようにしている。自らの毛むくじゃらな身体を、あの明るい満月の元に晒してしまうのが嫌でたまらないのだ。だから、今もこうやって自分の身体を直接見ないように湯気が立ち込める浴室にこもっている。満月の夜のバスタイムはいつもより良い石鹸を使って、ちょっぴりだけ湯船にお酒を入れる。美肌効果があるのだ。夜が明けて人間に戻った時、いつもその効果に驚く。これだけ手入れをしていれば、獣人といえども清潔感は生まれるだろう。ぐふふ。おっといけない、狼チックな笑い声出しちゃった。
とんとんとん
ピク、と耳が反応する。玄関だ。いけない、長湯しすぎた。急いで浴室を出て、軽く身体を拭き、バスローブを羽織って玄関に急ぐ。少し立てつけが悪いドアをぎいいっと開けると、そこには、二本のツノが生えた獣人が立っていた。
「夜分にすまない。上白沢だ」
影狼は牙を剥き出しにしてにいいっ、と笑むと、
「けーねー!!」
その獣人に思いっ切り抱きついた。
「うっ、こら、苦しい! 満月の夜は力を抑えろ!」
影狼はくーんくーん、と犬のように慧音に擦り寄る。あの恐ろしい狼女はどこへやら、完全に慧音に手懐けられていた。
「あー、お風呂から出てきたばかりだったのか。髪の毛が濡れてるぞ」
そう言うと、慧音は影狼の濡れそぼった体毛をくしゃと撫でた。慧音はいつも、体毛と言わずに髪の毛と言う。それが同じ獣人である事から来る配慮なのか、それとも影狼に対する気遣いのあらわれなのかはよく分からない。だけど、影狼は慧音といてとても幸せな気分になるのだった。
「うー、けーねー」
「よしよし。今日はちょっと仕事が忙しいから後で相手してやるからな」
そう言うと、慧音は歴史書と筆、硯を鞄から取り出し机に置いた。影狼はそれを横で尻尾を振りながら見ている。影狼の家は竹林の中でも端に位置しており、静かで作業にうってつけなのだそうだ。満月の夜はいつも家に来て歴史の編纂を行っている。仕事をしている時の慧音の顔は、とても理知的で使命感に満ちた顔をしていて、それを夜が明けるまで見つめ続けるのがとても好きなのだ。
影狼が幻想郷に来たばかりの頃、普段は大人しいのだが満月の夜になると凶暴になり風貌も変わってしまうという事が恥ずかしく、隠れるように迷いの竹林に逃げ込んだ。しかし、そこは慣れない妖怪の社会が築かれており、びくびくと怯えるように暮らす毎日を過ごしていた時、手を差し伸べてくれたのが慧音だったのだ。
すらすらと紙の上を泳ぐ筆跡を見ながら、ぼうと昔の事を思い返す。
「ウウッ、ウグウッ」
一度、満月の夜の竹林で怪我をした事があった。獣人や妖怪が蔓延る中不用意に何者かの縄張りに踏み込み、腕を攻撃され派手に負傷した。
とめどない痛みとどくん、どくん、と流れる血の紅が影狼の体力を摩耗させる。このまま夜が明けたら死んでしまうかもしれない。されど身体は動かない。声にならない獣のうめき声が湿った土に吸収されてゆく。
ああ、ここで死んでしまうのか。誰にも助けられないまま。凶暴化した獣人の定めを受け入れて淘汰されてしまうのか。
意識が、ずっとずっと遠のいて行った。
――気付いたら自分の家にいた。目が覚めた時、腕は手当てされており、眼前には見慣れない人物がいた。
「大丈夫か?」
「……あなたは」
「上白沢慧音だ。普段は人里で寺子屋をやっているが、今日は用事があって竹林に来ていてな」
「ありがとう……親切にしてくださって」
「気にするな。怪我をしている人をほっとける訳ないだろう」
慧音はにこりと笑うと、こう言った。
「同じ獣人として、苦しみも楽しみも分かち合っていこうじゃないか」
影狼は慧音が言った言葉を今でも鮮明に覚えている。あの時、獣である自分を見たであろう、そして自らも獣人であると明かしてくれたあの瞬間。きっと、介抱して家に送り届けてくれたのは慧音なのだろう。恩は忘れはしないし、むしろこれから慧音の役に立ちたい。そう思っている。
「ふぅっ」
慧音がバキバキと肩を鳴らす。影狼はは、と我に返った。
「あ、お疲れ様」
「うん、ありがとう」
「……お茶淹れてくるね」
影狼は台所に向かい、ちゃんと二つある湯呑を確認してからお湯を沸かす。茶葉は最近買ってきた新しいものだ。
「ねぇけーねー」
「ん?」
しかし、あの時から影狼は一つだけ、今でも慧音の分からないところがある。それは。
「……あのさ、そのツノのリボンって、なんなの?」
「あ、あぁ、これはな……うーん、ファッションだよ」
いまいち、慧音らしくない曖昧な返事だった。影狼の心に、満月にかかる雲のようなもやりとした気持ちが広がる。それをいちいち気にしていてはいけないと自分に言い聞かせる。
「おしえてよー」
影狼が慧音のリボンに手をかけようとした瞬間、けたたましい音を立ててやかんの中のお湯が沸騰した。影狼の指先がびくりと震える。
「あ、ほら、お湯が沸いた。私が淹れてきてやるよ」
慧音はそう言うと、よっこいしょと腰を上げた。
「あーたたた、足がしびれるしびれる」
誤魔化すかのようにわざとらしく主張しながら台所に行き、急須に茶葉がセットされているのを確認すると、お湯をその中に注いだ。
「あぁ、影狼」
「……なーに」
「藤原妹紅を知っているか?」
「だれ?」
慧音の口から人名が出るなんて滅多に無い事だった。あっても、あの紅白の巫女の名前くらい。露骨な嫉妬心が心を覆う。
「あいつを交えて今度勉強会でもしたいと思うんだが、どうかな」
慧音とそんなに親しい人物なのか。自分の顔がどんどんと不機嫌な感情を露わにしていくのが分かる。感情に素直になってしまうのも満月の夜特有だ。あぁ、やだやだ。
「まあまあ、そんな顔するな。あいつは影狼の命の恩人だぞ」
「……へ?」
「影狼が大怪我した時があっただろう。その時、永遠亭まで運んで、手当てした後家に運んでくれたのは妹紅なんだよ」
「……どういう事?」
……家まで運んでくれたのは慧音じゃなくて、その藤原妹紅って人?
一気に裏切られたような、嫉妬のような、思い込みが過ぎていた自分の恥ずかしさ、全部ごったになって自らに襲いかかってくる。じゃあなんで、あの時私に微笑んだのか。獣人だと打ち明けてくれたのか。私の恩人は慧音じゃなく、顔も知らない誰かだったのか。
「ウッ、ぐ」
それは最終的に葛藤という名の渦と化した。それを理性的に理解しようとしても本能が先に怒りに任せよと囁いてくる。
自分を裏切った慧音を、自分を騙した慧音を、殺せ。
「ウウウウ、ウオオオオオーーー」
影狼は叫んだ。壁がひび割れるほどの咆哮だった。
「影狼。落ち着け。大丈夫だ。な?」
慧音はさほど取り乱しておらず、冷静に影狼を諭す。それが、逆に影狼の神経を逆撫でした。鋭い爪を出し、慧音に傷をつけようと身体が勝手に暴れ回る。血が滾る。獣の神経が身体の隅々まで行き渡る。
慧音! 慧音!
慧音は抵抗もせず影狼の攻撃を受け入れた。血飛沫が飛び、時折獣のようなうめき声を上げる。まるで、あの時の影狼のように。
そして、最後に慧音のツノのリボンがふつんと切れた。そこで、影狼は我に返った。
リボンが解けたところには、ツノにひびが入っていたのだ。
「影狼……すまんな、あの時は、影狼を守るのに必死で、永遠亭に連れて行けなくて……」
慧音はゆっくり、ゆっくりと言葉を繋ぐ。歴史を編纂する時のように、細く、確実に。
「このヒビは、影狼を守った時にできたものなんだ。……なかなか、言い出せなくてな。本当にすまない。私はかなり傷を負って、そこで友人の妹紅に頼んだんだ」
じゃあ、目覚めた時の笑顔は。あの時からつけていたリボンは。全部、自分を守るためのものだったのか。影狼はへなへなとその場に座り込む。
「慧音……ごめん、ごめん。ほんとうに、ごめん。気付けなくて。それに、こんなに怪我させちゃって」
影狼は慧音に駆け寄って、傷口をぺろぺろと舐める。涙が溢れて、頬に放物線を描く。
「ああ、気にするな。これくらいだったら夜明けには治っているだろう」
「……ごめんね」
「はは、何言ってんだ影狼は。今気付いてくれたならそれで私は満足だ。大満足だよ。影狼はいい子だな」
影狼は慧音を思いっ切り抱き締めた。慧音が苦しいと言ってもやめなかった。ただただ、慧音がいとしくて仕方なかった。自分を守ってくれた慧音を、今度は、自分が守るのだ。そう、決心した。
「ううっ、ぐっ、けぇねえー……」
「あー、よしよし。今日はもう一緒に寝ようか」
慧音の匂いがする。獣臭いような柔らかい月光の匂いのような。きっと自分も同じ匂いなのだろう。一層いとしくなって慧音の腹に顔をもぐりこませる。
「慧音。大好き」
「ああ、私も大好きだ」
夜明けには、仲良く眠る人間二人が手を繋ぎ合っていたそうな。
元々夜になると活発になる妖怪がさらに力を増す日だ。今日も例に漏れず、宵の色に怪しくも美しく映る月に感化され獣と化す者がひとり、ふたり。身体中毛むくじゃらになり、腹から轟く咆哮は不穏な空気を鋭く切り裂いてゆく。
そんな、声にならぬ遠吠えが耳に届くたびに耳をぴくぴくと動かしながら呑気に湯船に浸かる狼女がいた。
「あぁ、やっぱり満月の夜って嫌だわー」
浴室の中でふんふんと鼻歌が響いては消えてゆく。湯の中で揺蕩う自らの体毛は、湯気に視界を阻まれてはっきりと見えない。影狼は、極力満月の夜には外に出ないようにしている。自らの毛むくじゃらな身体を、あの明るい満月の元に晒してしまうのが嫌でたまらないのだ。だから、今もこうやって自分の身体を直接見ないように湯気が立ち込める浴室にこもっている。満月の夜のバスタイムはいつもより良い石鹸を使って、ちょっぴりだけ湯船にお酒を入れる。美肌効果があるのだ。夜が明けて人間に戻った時、いつもその効果に驚く。これだけ手入れをしていれば、獣人といえども清潔感は生まれるだろう。ぐふふ。おっといけない、狼チックな笑い声出しちゃった。
とんとんとん
ピク、と耳が反応する。玄関だ。いけない、長湯しすぎた。急いで浴室を出て、軽く身体を拭き、バスローブを羽織って玄関に急ぐ。少し立てつけが悪いドアをぎいいっと開けると、そこには、二本のツノが生えた獣人が立っていた。
「夜分にすまない。上白沢だ」
影狼は牙を剥き出しにしてにいいっ、と笑むと、
「けーねー!!」
その獣人に思いっ切り抱きついた。
「うっ、こら、苦しい! 満月の夜は力を抑えろ!」
影狼はくーんくーん、と犬のように慧音に擦り寄る。あの恐ろしい狼女はどこへやら、完全に慧音に手懐けられていた。
「あー、お風呂から出てきたばかりだったのか。髪の毛が濡れてるぞ」
そう言うと、慧音は影狼の濡れそぼった体毛をくしゃと撫でた。慧音はいつも、体毛と言わずに髪の毛と言う。それが同じ獣人である事から来る配慮なのか、それとも影狼に対する気遣いのあらわれなのかはよく分からない。だけど、影狼は慧音といてとても幸せな気分になるのだった。
「うー、けーねー」
「よしよし。今日はちょっと仕事が忙しいから後で相手してやるからな」
そう言うと、慧音は歴史書と筆、硯を鞄から取り出し机に置いた。影狼はそれを横で尻尾を振りながら見ている。影狼の家は竹林の中でも端に位置しており、静かで作業にうってつけなのだそうだ。満月の夜はいつも家に来て歴史の編纂を行っている。仕事をしている時の慧音の顔は、とても理知的で使命感に満ちた顔をしていて、それを夜が明けるまで見つめ続けるのがとても好きなのだ。
影狼が幻想郷に来たばかりの頃、普段は大人しいのだが満月の夜になると凶暴になり風貌も変わってしまうという事が恥ずかしく、隠れるように迷いの竹林に逃げ込んだ。しかし、そこは慣れない妖怪の社会が築かれており、びくびくと怯えるように暮らす毎日を過ごしていた時、手を差し伸べてくれたのが慧音だったのだ。
すらすらと紙の上を泳ぐ筆跡を見ながら、ぼうと昔の事を思い返す。
「ウウッ、ウグウッ」
一度、満月の夜の竹林で怪我をした事があった。獣人や妖怪が蔓延る中不用意に何者かの縄張りに踏み込み、腕を攻撃され派手に負傷した。
とめどない痛みとどくん、どくん、と流れる血の紅が影狼の体力を摩耗させる。このまま夜が明けたら死んでしまうかもしれない。されど身体は動かない。声にならない獣のうめき声が湿った土に吸収されてゆく。
ああ、ここで死んでしまうのか。誰にも助けられないまま。凶暴化した獣人の定めを受け入れて淘汰されてしまうのか。
意識が、ずっとずっと遠のいて行った。
――気付いたら自分の家にいた。目が覚めた時、腕は手当てされており、眼前には見慣れない人物がいた。
「大丈夫か?」
「……あなたは」
「上白沢慧音だ。普段は人里で寺子屋をやっているが、今日は用事があって竹林に来ていてな」
「ありがとう……親切にしてくださって」
「気にするな。怪我をしている人をほっとける訳ないだろう」
慧音はにこりと笑うと、こう言った。
「同じ獣人として、苦しみも楽しみも分かち合っていこうじゃないか」
影狼は慧音が言った言葉を今でも鮮明に覚えている。あの時、獣である自分を見たであろう、そして自らも獣人であると明かしてくれたあの瞬間。きっと、介抱して家に送り届けてくれたのは慧音なのだろう。恩は忘れはしないし、むしろこれから慧音の役に立ちたい。そう思っている。
「ふぅっ」
慧音がバキバキと肩を鳴らす。影狼はは、と我に返った。
「あ、お疲れ様」
「うん、ありがとう」
「……お茶淹れてくるね」
影狼は台所に向かい、ちゃんと二つある湯呑を確認してからお湯を沸かす。茶葉は最近買ってきた新しいものだ。
「ねぇけーねー」
「ん?」
しかし、あの時から影狼は一つだけ、今でも慧音の分からないところがある。それは。
「……あのさ、そのツノのリボンって、なんなの?」
「あ、あぁ、これはな……うーん、ファッションだよ」
いまいち、慧音らしくない曖昧な返事だった。影狼の心に、満月にかかる雲のようなもやりとした気持ちが広がる。それをいちいち気にしていてはいけないと自分に言い聞かせる。
「おしえてよー」
影狼が慧音のリボンに手をかけようとした瞬間、けたたましい音を立ててやかんの中のお湯が沸騰した。影狼の指先がびくりと震える。
「あ、ほら、お湯が沸いた。私が淹れてきてやるよ」
慧音はそう言うと、よっこいしょと腰を上げた。
「あーたたた、足がしびれるしびれる」
誤魔化すかのようにわざとらしく主張しながら台所に行き、急須に茶葉がセットされているのを確認すると、お湯をその中に注いだ。
「あぁ、影狼」
「……なーに」
「藤原妹紅を知っているか?」
「だれ?」
慧音の口から人名が出るなんて滅多に無い事だった。あっても、あの紅白の巫女の名前くらい。露骨な嫉妬心が心を覆う。
「あいつを交えて今度勉強会でもしたいと思うんだが、どうかな」
慧音とそんなに親しい人物なのか。自分の顔がどんどんと不機嫌な感情を露わにしていくのが分かる。感情に素直になってしまうのも満月の夜特有だ。あぁ、やだやだ。
「まあまあ、そんな顔するな。あいつは影狼の命の恩人だぞ」
「……へ?」
「影狼が大怪我した時があっただろう。その時、永遠亭まで運んで、手当てした後家に運んでくれたのは妹紅なんだよ」
「……どういう事?」
……家まで運んでくれたのは慧音じゃなくて、その藤原妹紅って人?
一気に裏切られたような、嫉妬のような、思い込みが過ぎていた自分の恥ずかしさ、全部ごったになって自らに襲いかかってくる。じゃあなんで、あの時私に微笑んだのか。獣人だと打ち明けてくれたのか。私の恩人は慧音じゃなく、顔も知らない誰かだったのか。
「ウッ、ぐ」
それは最終的に葛藤という名の渦と化した。それを理性的に理解しようとしても本能が先に怒りに任せよと囁いてくる。
自分を裏切った慧音を、自分を騙した慧音を、殺せ。
「ウウウウ、ウオオオオオーーー」
影狼は叫んだ。壁がひび割れるほどの咆哮だった。
「影狼。落ち着け。大丈夫だ。な?」
慧音はさほど取り乱しておらず、冷静に影狼を諭す。それが、逆に影狼の神経を逆撫でした。鋭い爪を出し、慧音に傷をつけようと身体が勝手に暴れ回る。血が滾る。獣の神経が身体の隅々まで行き渡る。
慧音! 慧音!
慧音は抵抗もせず影狼の攻撃を受け入れた。血飛沫が飛び、時折獣のようなうめき声を上げる。まるで、あの時の影狼のように。
そして、最後に慧音のツノのリボンがふつんと切れた。そこで、影狼は我に返った。
リボンが解けたところには、ツノにひびが入っていたのだ。
「影狼……すまんな、あの時は、影狼を守るのに必死で、永遠亭に連れて行けなくて……」
慧音はゆっくり、ゆっくりと言葉を繋ぐ。歴史を編纂する時のように、細く、確実に。
「このヒビは、影狼を守った時にできたものなんだ。……なかなか、言い出せなくてな。本当にすまない。私はかなり傷を負って、そこで友人の妹紅に頼んだんだ」
じゃあ、目覚めた時の笑顔は。あの時からつけていたリボンは。全部、自分を守るためのものだったのか。影狼はへなへなとその場に座り込む。
「慧音……ごめん、ごめん。ほんとうに、ごめん。気付けなくて。それに、こんなに怪我させちゃって」
影狼は慧音に駆け寄って、傷口をぺろぺろと舐める。涙が溢れて、頬に放物線を描く。
「ああ、気にするな。これくらいだったら夜明けには治っているだろう」
「……ごめんね」
「はは、何言ってんだ影狼は。今気付いてくれたならそれで私は満足だ。大満足だよ。影狼はいい子だな」
影狼は慧音を思いっ切り抱き締めた。慧音が苦しいと言ってもやめなかった。ただただ、慧音がいとしくて仕方なかった。自分を守ってくれた慧音を、今度は、自分が守るのだ。そう、決心した。
「ううっ、ぐっ、けぇねえー……」
「あー、よしよし。今日はもう一緒に寝ようか」
慧音の匂いがする。獣臭いような柔らかい月光の匂いのような。きっと自分も同じ匂いなのだろう。一層いとしくなって慧音の腹に顔をもぐりこませる。
「慧音。大好き」
「ああ、私も大好きだ」
夜明けには、仲良く眠る人間二人が手を繋ぎ合っていたそうな。
折角竹林に住んでるんだから、これから色んなカプ出てきてほしいですね!
乗るしかない このビッグウェーブに
しかし影狼さんよ、いくらなんでも自分をコントロール出来なさすぎじゃあないかい?
この様子だとまたいつか満月の日にトラブルを起こすのではと心配でなりません。