Coolier - 新生・東方創想話

メリー「霊夢を信じた私がバカだった」中篇

2013/08/24 22:01:37
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■前篇のあらすじ!
・マエリベリー・八雲は、メリーが12代目を外界へ連れてきてしまう事、
 そこから派生する霊夢のコンプレックスの事や、
 霊夢が先代との過去を取り戻すために博麗の巫女の職務を放棄する事、
 それによって博麗大結界へ人柱が必要になるなどの一連の流れを、
 全て把握していながら教授たちに手を貸さないでいた。
・その目的は、教授と紫を精神的に追い詰め、自分の異常性癖を満足させる為であった。
・しかし15話までの話の通り、マエリベリー・八雲の計算通りにパラレルは運んでいなかった。
 メリーは秘封倶楽部解散の憂慮を解消していたし、
 さらに霊夢は過去へ飛ばずに、教授パラレルへ介入している。
・マエリベリー・八雲自身が、その計算通りに行っていないことに気付いておらず、
 “太田霊夢”が13代目巫女だという事を知らないままである。
 全てが教授のパラレルへ来た霊夢の思惑通りに進んでいたのだった。
・かくして霊夢はマエリベリー・八雲のパラレル転移能力を得ることに成功。
 あらゆるパラレルへ影響を与えることが出来る力を手に入れた。
・霊夢によってTASさんばりに露骨に調整された教授パラレルはどうなってしまうのか!
・また霊夢は、マエリベリー・八雲の能力を借りて何をしようとしているのか!
・ますます設定がこんがらがり最初から読んでいる読者でさえ設定が把握しづらいため
 もはや手遅れ気味なほどにハードルが高くいい加減にしろとコメントが付くほど末期的な
 ちゅっちゅリーマンボムシリーズ! いよいよ佳境!
・どのようにして霊夢と妖怪メリーさんは他パラレルへ干渉したのか!(←今話の主題はここ!)

※エグイ表現を含みます
※暴力描写を含みます。
※東方キャラが妖怪メリーさんに食べられちゃいます。
 妖怪メリーさんが東方キャラに食べられちゃいます。
(性的な意味でも、精神的な意味でも、肉体的な意味でも)
 苦手な人は要注意推奨。推定R-15です。
※オリキャラ注意
※オリ設定注意



注意! シリーズものです!
以下の作品を先にご覧いただくことをお勧めいたします。

1.メリー「蓮子を待ってたら金髪美女が声をかけてきた」(作品集183)
2.蓮子「メリーを待ってたら常識的なOLが声をかけてきた」(作品集183)
3.蓮子「10年ぶりくらいにメリーから連絡が来たから会いに行ってみた」(作品集183)
4.蓮子「紫に対するあいつらの変態的な視線が日に日に増している」(作品集184)
5.メリー「泊まりに来た蓮子に深夜起こされて大学卒業後のことを質問された」(作品集184)
6.メリー「蓮子と紫が私に隠れて活動しているから独自に調査することにした」(作品集184)
7.メリー「蓮子とご飯を食べていたら金髪幼女が認知しろと迫ってきた」(作品集184)
8.魔理沙「霊夢が眠りっぱなしだから起きるまで縁側に座って待ってみた」(作品集184)
9.メリー「未来パラレルから来た蓮子が結界省から私を救い出すために弾幕勝負を始めた」(作品集185)
10.メリー「蓮子と教授たちと八雲邸を捜索していたら大変な資料を見つけてしまった」 (作品集185)
11.魔理沙「蓮子とメリーのちゅっちゅで私の鬱がヤバい」(作品集185)
12.メリー「幻想郷から拉致してきた先代巫女に拉致られて幻想郷京都支部に滞在する事になった」前篇(作品集186)
13.メリー「幻想郷から拉致してきた先代巫女に拉致られて幻想郷京都支部に滞在する事になった」中篇(作品集186)
14.メリー「幻想郷から拉致してきた先代巫女に拉致られて幻想郷京都支部に滞在する事になった」後篇(作品集187)
15.メリー「結界資源を奪い合って魔理沙と結界省たちが弾幕勝負を始めた」(作品集187)
16.メリー「霊夢を信じた私がバカだった」前篇(作品集187)
17.メリー「霊夢を信じた私がバカだった」中篇(作品集188)(←今ここ!)





国から予算が下りた。リバウンド式跳躍装置が完成するまで、3年が必要だと言う。
国のバックアップが得られると分かった時の二人の様子はまさに狂喜乱舞という感じ。

もちろん研究者に任命された学者さん達は3年間寝て待っていられるわけじゃない。
膨大な予算がつぎ込まれるのだから、それ相応の研究および報告が必要だ。
さらに豊富な資金を使った研究ができる。無駄遣いできるわけじゃないけどね。

研究所が用意されて、沢山の学者がそこに集まった。
世界中から優秀な人たちが沢山集まった。
蓮子と紫はもちろんの事、徹と圭もこのプロジェクトへアサインした。

蓮子が大学教授とJAXAの研究所を辞めようとしたら、同僚たちに泣きつかれたという。
お願いだやめないでくれと足を掴まれ、裾を引かれ、身動きが取れなくなったらしい。
蓮子が直々に提出した辞表は、現場統括者により破かれ口に放り込まれ嚥下され胃袋に収まった。

休職、という事になったらしい。
流石の蓮子も十数人の人間を引きずったまま生活するのは不可能だし。
辞表が蓮子のボディブローにも耐えた胃袋に収まってしまったのならば仕方がない。
そしてなぜか給料は働いている時よりも多い金額が出ると言う。――無茶苦茶だろ。

蓮子と紫で、装置根幹の部分の設計にあたるという。
これはもう何年も前から研究を続けていた二人だからこそ出来る役割である。
日本中いや世界中の学者の中でこの装置を完成させられる人材が、二人しかいないのだ。

これってスゴい事だよね? 世界中で、蓮子と紫しかできない事なんだ。
まあもちろん学問にも色々な分野があるし、他の部品でも専門家は沢山いるんだけど。

「まだまだ早いけれど、ありがとうメリー」
「ん? なにが?」

なんか良く分からんが、一緒に八雲邸でご飯を食べていたら、唐突にお礼を言われた。

「支えてくれて、ありがとう」
「ありがとうママ。こんな言葉でしか表せないのが恨めしいわ」
「もう紫、こういう時はね、変なことは言わないのが華なのよ」
「でも宇佐見、もっとこう、ボキャブラリーが無いのかな? 最上級の感謝をさ」
「日本語のありがとうほど最上級の感謝を表す言語は地球上に無いわね」
「どういたしまして。支えになってるのならば光栄だわ」

がんばって積み上げて、高い高い塔を作ってほしい。
いつか私が用意した事故により潰れて崩れて人格破綻を起こすほど落ち込むために。
いつか二人の感情が壊れる為に、私の欲望を解消するために、今は世界中から期待されて欲しい。



蓮子と紫に会う時間は、確実に減っていった。
3日に10分、そして1週間に5分。
最終的には半年に数十分、電話で会話するのみになった。

蓮子も紫も研究所に寝泊まりしているようだった。
紫は電話で私の声を聞いて安心する様だった。

二人は確実に私を信頼してる。辛い研究生活を支える心の柱になってる。
私はただ待つだけだった。待てば待つほど、欲望が蓄積されていくのを感じた。
この堰を解き放つ瞬間が待ち遠しい。とても、とても素晴らしい時間になることだろうね。

研究へ没頭する蓮子と紫を、熟れる果実を観察する思いで待つのだ。
いつか収穫するその瞬間に極上な味を楽しませてくれよと願いながら。
今はその期待を日記に書き記す。長大な文章がいかにも病んでいた。

普通じゃないって自覚はあるんだけどね。
だけど、欲求不満って誰でも持ってるものじゃん。
それが単に私の場合、十数年間溜まっただけの話だ。
誰にも迷惑かけてないし、いいよね? 今のところはだけどさ!



1年が経ったある日のことである。
午前のトレーニングメニューの内、二時間の水泳を終えた時。
梯子から手を滑らし、プールに一度落ちてしまった。

下は水だ。落ちても大丈夫だ問題無い。
問題だったのは、肘を梯子にぶつけてしまった事だ。
後で観察をしてみたら鬱血し青痣になってしまっていた。
いや、大丈夫だこれくらい。骨にも異常は無さそうだから。

昼食を食べて一休みをすると、小間使いがやってきた。客人だと言う。
霊夢だった。1年と半年ぶりだ。リバウンドの式を受け取った時以来だった。

1年の間に何が起こったかを霊夢に伝えた。
コーヒーを飲みながら近況を伝えた。

霊夢のお蔭で機器を取り返すことができ、徹と圭が研究に協力してくれるようになったこと。
二人が国に跳躍装置の研究の必要性を提案し、予算が通ったこと。
今はその予算で研究所が設置され、跳躍装置の開発中であること。
そして開発完了まであと二年かかること。

一年ぶりに会った霊夢は様子が激変していた。完全に、無口になっていた。
完全にと言っては語弊があるかも知れない。話は無表情で聞き、相槌だけを口にするのだ。
今までの友好的な様子とは全く違い、話しにくいことこの上ない。

しかし私が話すのをやめると、霊夢は先を促すのだった。
そうやって二時間ほどでとりあえず近況を話し終えた。
一段落を確認した霊夢が言った。

「今日の夜、そっちに行くわ。23時に寝室にいてね」

霊夢が発した意味のある言葉はその一言だけだった。
それだけで霊夢は帰って行った。

きっと交換条件として提示してきた、霊夢の仕事の手伝いをするのだろう。
私は特に緊張もせず、平常通り寛いだ時間を過ごした。

部屋でごろごろとして、本を読んだりしていたら、夕飯の時間になった。
徹も圭もいない。小間使いが用意してくれた夕飯を一人で食べ、寝室へ戻る。

23時になった。
霊夢が虚空からいきなり姿を現した。亜空穴だ。
霊夢め、いつの間に私の部屋へ穴をあけたんだ?

「お待たせ。っていうか、時間通りか」

愛想の無い話し方だ。少しぎくりとするが、相手は恩人の霊夢である。

私は霊夢を観察した。格好は私服。
日本人女性特有の形の良い頭と、頬骨が無い丸みを帯びた輪郭。
綺麗な髪は色素が薄く若干茶色が混じる。一年が経ってさらに綺麗になった。
日本、いやアジアのくくりで見ても、霊夢は端麗の枠に入るだろう。

「そうね。それで、どのパラレルのどこへ行きたいの?」
「はいこれが行き先よ」

霊夢が、そんな私の視線も気にせず、お得意の保存用結界を投げ渡してくる。
例のパラレル移動式と、行先を示す五次元方程式。

「科学の力を借りずにパラレルを跳躍するのは初めてなんだけど」
「出来るはずよ。いつも通り、時間を跳躍するのと同じように、やってみなさい」

霊夢が勝手に照明を落とした。
ごくごく微弱な光量にする。
私が式を持っていても仕方が無いので、霊夢に返却した。

妖怪化するのは約二年ぶりである。
さっそく準備に取り掛かる。

「霊夢、お風呂に入った方が良いわ」
「入ってきたから大丈夫」
「あらそう。それで、私の妖怪化を利用するんだよね?」
「そうね。蓮子と一緒に境界を越えた時と同じように」
「じゃあ、ちょっと言いにくい事なんだけど――、」
「服は着ない方が良い、裸の方が跳躍し易い。そうでしょ? ほら早く準備しなさい」

霊夢が何のためらいも無く服を脱ぎ捨てた。ばさり、と布が落ちる音。
驚きと期待に思わずそちらへ目を向けてしまった。本能だった。

一糸纏わぬ全裸の姿。
霊夢の体は筋肉があり健康的に引き締まっている。
均衡が取れた肢体に、少し、見惚れてしまった。

裸体を上から下へ、幾度となく視線を往復させてしまう。
私の視線に気づき、こちらに向き直る霊夢。

「そうか、あんたは女の体に欲情するんだったわね」

挑発的に顎を上げ、腰に手を付き、片方の足へ体重をかけて、ポーズを取って見せる。
全裸で肌を晒している事に全く羞恥を感じないらしい。

「私は、生娘よ。妖怪を誘い出すならそっちの方が好都合だからね。どう? 触ってみる?」
「いや、いいわ。前にも言ったじゃん、あなたは不合格だって」

と口では言ったが、私よりもずっと若い女の肌を見て、欲望が鎌首をもたげていた。
視線を外し、せっせと働いた。しかしアロマポットを用意する時、不覚にも取り落してしまった。
水は入れてなかったから被害は無かったが、動揺していることが霊夢にばれたようだった。

霊夢はベッドの上に胡坐をかき、準備している私を観察していた。
痛いほどの視線を感じて、霊夢へ少しだけ、目を向けてしまった。

そうして後悔した。あまりにも自然体だった。
目が奪われてしまう。引き締まった肉体が息を呑むほど美しい。

うなじからから盆の窪、背筋から臀部、そこから延びる足、太腿、ふくらはぎ、踝、つま先。
贅が無い腹部、背筋と腹筋は女性らしく縦に割れている。ああなんて細いウェストだろう。
そしてわずかに曲線を描く背中のライン。傷一つない純白の肌。

それが部屋の照明を跳ね返している。美しい黄褐色のグラデーションだ。
欲望が燻り始めていた。襲え押し倒せと本能が理性を煽っている。

「さっきからなにしてんのよ。はやくしてくんない?」
「え、ああ、そうね。さっさと始めましょう」

ぐっと目を瞑り、体の向きを変えてから、開眼。
アロマポットへオイルを垂らし、火をつけ、ヒーリングメッセージを再生させ、照明を消す。
たったそれだけの間、霊夢の肉体を観察したい本能へ抗わなければならなかった。
しかし照明を消してしまえば、こっちのものだ。ベッドまでは目を瞑っても移動できる。

睡眠薬を左手に持ち、服を脱ぎ、適当なところへ投げて放り、ベッドへ接近――。

「ところでさっきから気になってたんだけど、肘どうしたの? 痣になってるわよ?」
「なっ、えっ? 見えるの? っていうか、服を着てた時から?」

暗闇から霊夢の声が聞こえた。
痣、プールの梯子へぶつけてできた傷である。

完全に光が無いため観察は出来ない。
手を伸ばして軽く触れて、ちくりと痛んだ。
今の今まで私自身が忘れていた。

「だから、さっきから気になってたって言ったじゃん。分かるわよ」
「なんで? どうやって?」
「少し膨らんでる。鬱血してるわ。痛そうね、大丈夫?」
「なんで膨らんでるって? 分かるの?」
「だって私よ? 私は、太田霊夢。暗闇くらい枷にならないわ」

そうだった。一年も経って、霊夢の人外的な能力を忘れてた。
こいつは常時が私の妖怪状態に匹敵する化け物だった。

光が無い空間でも物が見えるし、直に触れなくとも物の温度や形状が分かる。
前回ここに来た時もそうだった。目を瞑って暗闇の中を自由自在に歩き回っていたじゃないか。
私はこいつにずっと体をまさぐられていたのだ。身体の形状を余すことなく調べられていたのだ。

絶望した。なんという屈辱。私の肌を、知らずの内に!
私は咄嗟に、両腕で体を隠した。
先ほど放り投げた衣服を掴み、体の前面を隠した。

霊夢がさぞかし楽しそうにあははと笑い声をあげた。

「なにやってんの!? 早く始めましょうって言ってるじゃん! 面白いわねあんた!」
「う、うるさい! 大きな声出さないでよっ」
「大きな声出さないでよっ、だってさ。くくっ、くくくく」

私は急にこの霊夢と言う人間が嫌いになった。
強烈な嫌悪を感じていた。屈辱だった。

「霊夢、今日の話は無しよ。帰ってちょうだい」

今日は終わりだ。お引き取り願おう。私は一人で眠るのだ。
幸い、まだ睡眠薬は飲んでいない。道具を片付ければ済む話である。

照明を付けようとスイッチへ接近しようとした時である。
唐突に温かい何かに体を掴まれた。胴体へ力強く太い何かが巻きつく。

霊夢の腕だ、と気付いたときにはそのまま、振り回される。ベッドに投げ飛ばされた。
暗闇だから、自分がどのような軌道を経て落下したのかわからない。ただ、巨大な力だった。
高く放物線を描いて放り投げられたという事だけは、分かった。

ベッドにうつ伏せになって落下すると、声を上げる間もなく腕の関節を極められる。
同時に組み伏せられる私の背中を、霊夢の膝が圧迫していた。激痛。顔が歪む。

「い、痛い! やめ、て! 離して!」
「良い? マエリベリーちゃん。私はここに、仕事をしに来たの。あんたは勘違いしてる。
 私は決してあんたとレスリングごっこをするためにここに来たわけじゃない。
 当然、肌を見せ合いに来たわけでもない。慰め合う為に来たわけでもない。
 私の肌に欲情するのならば好きにすればいい。だけど私はあんたの肌なんかに微塵も興味は無い」

肩関節に掛かる力加減と言い、背中に掛ける体重の比率と言い。
霊夢は人間の体の構造を完全に理解しているようだった。
視界が赤く染まるほどに痛い。肩が捥げてしまいそうだ。背骨も悲鳴を上げている。
だがこれは、人間が苦痛に耐えながら言葉を発せられる、ぎりぎりの痛みだった。

霊夢が、余ったもう片方の手で、私の髪の毛を掴む。
私の大事な髪が、掴まれている。私の肌が、私の体が、乱暴されている。
その事実に心が悲鳴を上げている。やめてくれ話してくれと泣き叫んでいる。
頭を持ち上げ、耳に向かってそっと言葉を発した。

「あんたが快楽主義者だって事は知ってる。女の体に興奮するレズだってことも知ってる。
 無刺激な毎日の中で欲求不満を解消する方法ばかりを考えてる事も知ってる。
 宇佐見や実の娘を乱暴する妄想ばかりをする異常性癖者だって事も知ってる。
 だけど私はそうじゃない。私は、仕事を全うしたい。何でもすると約束した筈よ。
 あんたの感情なんて知らない。ただ今は約束通り、私の仕事を補佐しなさい」
「う、うぐぐ」
「分かった?」
「イタ、い。れいむイタイ」
「返事をしろ」
「う、うう、うぁい」
「返事をしろ!」
「はいっ」

私の体が解放される。
痛みが引くまでベッドの上で丸くなっていた。
霊夢がつまらなそうにため息をついた。

「明日にする? あんたちょっと、甘すぎるわ」
「いや、いい。今、やろう」

涙を腕で拭き、ベッドに仰向けになり、暗闇に向かって言う。
体が、震えていた、恐怖に。怒りは無かった。
霊夢の先の恫喝が、耳の裏で反響し続けていた。
ベッドが、揺れる。私のすぐ隣に、温かい何かが仰向けになって横になった。
霊夢の呼吸を感じる。霊夢の髪の匂いを感じる。霊夢の体の温かさを感じる。

接近したい密着したいという本能を全力で抑える。
この人間とこれから、別のパラレルへ飛ぶのだ。

失敗は許されない。さっきみたいに叱られるのは、イヤだ。
私は霊夢の手を握った。さらさらとした触感だった。温かく、形も良い。
指の間まで余すことなくまさぐりたい本能をぐっと押し殺す。睡眠薬を飲む。
深呼吸を繰り返し、意識を集中する。

「この手を、離さないで」
「了解」
「完全に眠りに入らず、半覚醒の状態を維持するのよ」
「了解」

意識が落ちて行く。
体が徐々に軽くなる――。

そして、両足で着地。
正しく、妖怪状態に変異できた。

傍らには霊夢と手を繋ぎ全裸で眠る、私の姿。――妖怪化した自分の体を調べる。
当然室内は暗闇であるが、妖怪の目を持ってすれば難なく観察する事が出来る。
服は、紫色のワンピース、白い手袋、お気に入りの帽子に、――日傘? まあいいや。

霊夢が隣に立っていた。
赤色の緋袴、黄色の蝶ネクタイ。大きなリボンを後頭部につけている。
かなり大きめに採寸がとられた袖の部分。まるでこのデザインは――。

「なにその格好? 巫女装束?」
「ええ、昔の仕事着よ。神社で働いてた時の、ね」

私の悪戯心へ途端に火が付いた。
先ほどの仕返しをしてやろうと思った。なるほどと自己分析。
妖怪状態の私はますます変態になるようだ。だけどこれならば対等だ。

「脇、出てるわよ」
「これがいいのよ」
「なんで出すの?」
「何でもいいでしょ」
「それに気になったんだけど、あなた私の性癖をどうやって調べたの?」
「調べるも何も、三年前のあのやりとりで気付くわよ」
「やっぱり霊夢あなたステキだわ。キスしても良い?」
「良いよって言ったら、私の唇を噛み千切るつもりでしょう」
「あは、分かった? なんでわかるの?」
「快楽主義の妖怪はみんなそうよ。あんたらは人間の表情で興奮するんだよね。
 期待を裏切られた時の表情の変化が好きなんでしょ? ほんとクソよね」
「気丈夫で健康的な人間を貶めるのが、楽しいの。特に精神的に追い詰められた人間の顔は絶品よ。
 こう、今にも死にそうな眼をして、顔色も悪くて、げっそりとしてるの。
 そういう人間を期待させて持ち上げて、落とすの。それがスッゴク魅力的なのよ。分かる?」

霊夢の服で露出している肩や首などを、指先で触れるか触れないかぎりぎりで刺激する。
優しく優しく、少しでも感じさせたら私の勝ちだ。ほら喘いでみろと五指で優しく撫でる。
と思ったら、興奮してるのは私の方だった。

「マエリベリーは妖怪状態になると異常性癖を楽しそうに話す、むっつりスケベ。
 最初に言ったけれど、興味無いわ。ほらさっさと仕事を手伝いなさい」

霊夢からパラレル跳躍式と、五次元を移動するための方程式を受けとる。
やっぱり霊夢には敵わないなと思い直す。向こうの方が一枚上手だ。

立ったまま霊夢の手を握る。
ここからは、未知の領域だ。

上手く行くか分からないけれど。
式を展開。周囲の景色が解け落ち、四次元へ突入。

五次元方程式を解く。移動する。
目的地に着く。次元を一つ落とす。上手く行った。
もう一つ、落とす。

目的地は、約16年前の、知楽ビル地下だ。



景色が戻ってくる。伸びに伸びた景色が四方を着色してゆく。

トラベルが完了するや否や、霊夢に手を引かれ柱の陰に隠れる。
腰をおろし、亜空穴を開いて視界を確保した。

「あああああ! 徹さん! 圭さん! なにもここまでっ! なにも殺さなくたって!」

蓮子の声が聞こえた。ほぼ絶叫に近かった。
何かを訴えている。辺りを観察する。

知楽結界がある。その傍らに、私服姿の霊夢と、蓮子と、メリー。
16年前だ。霊夢も、蓮子も、私も、すごく若い。
そして私服霊夢のすぐ近くへ、誰かが倒れている。

二人。水たまりの中に倒れている。
水たまりは、赤色をしていた。
かなりの量が流れ出ている。

あれは、――血だ。

「そいつが、悪いのよ。巫女様の式なんて付けて来たから……」

私服霊夢は返り血を浴びていた。
額から胸のあたりまでが、驚くほどに真っ赤っかだ。
そうして呆けたように自分の両掌を見下ろしている。

「あ、わたし、……人を殺したのね、……二人も?」

半ばパニックになりながら徹の止血をする蓮子と、棒のように突っ立っているマエリベリー・ハーン。
私服霊夢が壊れた機械人形の様に、ゆっくりと首を回す。
傀儡のような抜け殻の視線を秘封倶楽部の二人に向けて、無感情に言い放った。

「あんたたちは、部外者よ」
「せめて! せめて病院に運んであげて! まだ助かるかも!」
「もう、帰りなさい」

血に染まる手を軽く振る。
秘封倶楽部の二人は足元にできた亜空穴に落下して吸い込まれた。
残されたのは、二つの遺体と、私服を血に染めた霊夢と、知楽結界。

「出るわよ。付いてきて」
「了解」

巫女服霊夢の指示で柱から出る。
早足でつかつかと歩み寄る私たちを、私服霊夢が見る。
抜け殻、光の無い双眸。無防備、隙だらけ。完全に自失の状態。

「結!」

素早く飛翔した札が私服霊夢を拘束した。
両手両足喉と口へ札が最短で張り付き私服霊夢をその場に転がす。

札を投げた霊夢はそれを無視して通過。知楽結界へ歩み寄る。
拘束されて倒れた私服霊夢を観察する私へ、淡々とした口調で言い放つ。

「そいつは食べていいわよ」
「え? 食べるって? どういうこと?」
「首をへし折って、人肉を食らいなさい。妖怪はそうやって力を増すのよ」
「でもこれってあなただよね? パラレルと言えども、あなたはそれで良いの?」
「どうせこの先は木偶の棒になるだけだわ。そういうパラレルなのよここは」
「あらそう。じゃあお言葉に甘えよっかな。えー、嬉しいなぁ。えへへ、どうしようかなぁ」

私はそこに転がる霊夢へ接近。ひざを折ってしゃがみ込み、観察した。
私の顔をうつろな目で見つめている。生気の無いガラスの様な双眸に、私の体が写っている。
その姿は私、――金髪の成人女性ではなく、なにかおぞましい化け物に見えているようだった。

「どんな味がするのかなー? でもただ殺すだけじゃあれだから、楽しもっか。
 服脱がして全裸にしてもいい? いやそれじゃあちょっとなぁ。
 髪の毛を全部抜いてやろうか? 歯を全部抜いてやろうか?
 指先から少しずつ齧ってあげようか? 齧るなら足からがいい?
 手からがいい? それとも、首? 二の腕もありかな?」

表情が、絶望に上塗りされてゆく。見る見るうちに双眸へ涙が溜まる。
何か強く叫んでいるようだが、札に封じられている為、くぐもった声が聞こえるだけだ。
ぼきりと“精神の背骨”が折れる音がした。彼女はもう立ち直れないだろう。
あらこの表情、凄く美味しそうだわ。調理はこれで十分かもしれないね。

私は手を伸ばし、霊夢の頬をそっと撫でた。

命は奪わない。
ただ“吸う”だけだ。

これは実験である。未来に蓮子と紫へ行う処置が正しく遂行できるかどうか。
精神の背骨が折れた人間の肌は、撫でるだけで良い筈だ。
本能的に理解していたが、試したことは無かったのだ。

さて結果は――。
頭の先から足の先までを駆け巡る快感。全身が鳥肌立つ。
恍惚。予想通り、甘美な味だった。素晴らしい。官能。なんて滑らかな触感。

「あっはぁ! ――はいごちそうさま」

拘束された霊夢はその場で白目をむき、気絶していた。
あらもう空っぽだわ。でも十分楽しんだ。
一日寝れば気付くだろうし、後遺症は残らない筈だから。

よし実験は成功だ。計画は続行しよう。本番は、手加減の必要がありそうだね。
あの快感をコンスタントに供給できる日常を得られるのならば、この先どんな苦痛にも耐えられよう。
さっきのは霊夢だったが、あの肌が蓮子と紫の物ならば、確実に私を魅了してくれるはずだ。

「ハーン、あなた優しいわね。殺して食べればいいのに。きっと美味しいわよ」
「あれで十分。人間だもの殺すのはダメだわ。いやぁ、ごちそうさま霊夢。あなた、素晴らしい味だった」
「どういたしまして。こっちの私はゲロマズよ。ダイヤモンドみたいに頑丈だからね」

そんな無駄話をしている間に、知楽結界が割れた。
いつか見たのと同じように霊夢は保存用結界で遺骨を回収。
そしてそれを懐にしまい、後ろへ振り返る。

「クソ調整者! 出てこい!」
「ひえーん、何なのよ霊夢、1400年の苦労が水の泡よぅ」
「黙れ。これで、分かったでしょう? 私のやりたいことが」
「良く分かりました。でも、まだやり直せるわよ? 謝る気はないの?」
「知るか。あんたらが犯した罪を、すべて私一人が受け持ってやる。
 先代の悲しみも、理不尽な調整で犠牲になった人の恨みも、全て私が引き受けてやる」

柱の陰から姿を現したOL風の女へ、霊夢が札の先端を銃口の様に向けた。
霊夢の瞳に怒りが満ちていた。歯を食いしばり、札を握る手に力がこもっている。
指先が白くなり、腕の筋肉が戦慄いている。

「私はあんたたちに、宣戦布告するわ。邪魔できるものなら、してみろ」
「れ、れいむ? 話し合いをしようよ。まだなにかが」
「マエリベリー」
「ほいよ」
「結界術は使える?」
「使えない」
「妖力を具現化して武器にするのは?」
「やったことない」
「じゃあ、その場で思いっきり腕を振って見なさい」
「腕を振る? どんなふうに?」
「手を鉤爪みたいにして、空間を思いっきり切裂く感じで」
「こう? 猫が引っ掻くみたいに?」
「そうそう。あのクソ調整者で実験してみましょう」
「マジで? よっしゃあ、それじゃあ遠慮なく」
「え、ちょっと、霊夢、そんなことしたら私が――」

私は腕を振り上げ、耳の隣まで持ち上げた。
調整者と呼ばれた女性が脱兎のごとく背を向けて逃げ出す。
逃げる背中へ全力の攻撃。走り寄ろうとしたら、霊夢に腕を掴まれた。

「そこで振るだけでいいわ」

私は頷き、そして数歩助走をつけて、腕を振り下ろした。
暴風。がりっと空間を刈り取る音。巨大な力が疾走する。
私は手を振り切った姿勢のまま、思わず感嘆の意を込めて口笛を吹いた。

巨大な四本の爪痕が前方に向かって走っている。
コンクリートを深く抉り取って十数メートルを走っている。

「逃がしちゃったみたいね。まあいいわ。上出来よマエリベリー、帰りましょう」

霊夢が私の手を取った。それが合図だった。
意識を集中し、次元跳躍。元のパラレル世界へ戻った。

自室、寝室。全裸で眠る私と霊夢が居る。
霊夢が暗闇の中でふうと息をついた。

「完璧よ。どう? 疲れた?」
「全く。むしろ元気になっちゃった」
「あらそう? もう一つ、行ける?」
「マジで!? 行こう行こう!」

次元跳躍。

次の知楽結界には、かなりの大人数が居た。
霊夢、魔理沙、徹と圭、秘封倶楽部の二人、そして30人を超える結界師。
全員が強い妖力を放っている。妖怪化していた。

「おい出てこいよ! ばれてるぜ!」
「調整者の予言は正しかったか」
「メリー、これ終わったら天丼食べに行きましょう」
「えへへ、いいよ。多分それだけじゃ足りないから、次にはハンバーガーね」
「まさかおまえとこうなるとはな。霊夢私が前だ援護頼むぜ」
「所詮は獣の身よ、人の言葉も介さないでしょうね」

巫女服霊夢が指を鳴らしながら気怠そうに私を見た。

「マエリベリー」
「なあに?」
「見てわかるでしょう。こいつら全員敵よ」
「そうみたいだね」
「殺さなければ、殺されるわ。言ってる意味わかる?」
「自分の身は自分で守れってこと?」
「いいえ、相手を行動不能にする用意をしなさいってこと」
「分かった。さっきみたいに吸えばいいわけだ」
「うん、ところでさっきのパラレルで、私を吸ったじゃん?」
「ええ美味しかったわ。思い出しただけでぞくぞくするね」
「それで間違いなくこいつらとは対等にやりあえるから、存分に吸っちゃいなさい」
「やったあ、途端に人間がお菓子に見えてくるんだからおかしな話だね、お菓子だけに」
「危なくなったら言ってね。助けに行くから」

結論だけ言う。
私は全員吸った。

あとには気絶して転がる人の山が残った。

まだ私の爪は一撃で実力者を仕留めるほどにはなっていないようだ。
だからこそ、思いっきり振りぬいて、相手を気絶させることが出来た。

「怪我した?」
「あちこち切れたけど、治ったわ」
「よしそれじゃあ、調整者! 骨は貰っていくわよ!」

しんとしている。誰も、出てこない。
霊夢は保存用結界に骨を集め、私に帰還を命じた。



再度寝室に戻ってきた。
私は気分が良かった。

好きなだけ暴れ回り、そして数えきれないほどの心を吸ったのだ。
両手足を拘束され身動きが取れない状態で絶望するあの表情を思い返すだけで何度だって興奮できる。

「気分良さげね」
「そりゃもう。まさか霊夢の交換条件がこんなに楽しいものだとは思わなかったわ!
 パラレルの向こう側だから責任を取らなくていいし後のことなんて知らないし。
 好きなだけ吸って壊して満喫できて、私は大満足よ霊夢。次はいつになる?
 こんな事なら毎日でもいいわ。っていうか、今日はもう終わりなの?」
「ええ、今日は終わりにしましょう」
「あらそうそれは残念だわじゃあまた今度ね。うふふ、誰が一番おいしかったかしら?
 霊夢も良かったけれどやっぱり蓮子かしらあの顔、あの涙を溜めた表情!
 蓮子はやっぱりすごく丈夫な心を持ってたわ。どうやれば壊れるのか困っちゃった。
 でも蓮子の目の前でハーンを潰したら簡単に傾いたわね。あの味は本当に甘美だったわ。
 あ、それじゃあもう肉体に戻るのね? もう妖怪化を解除して起きちゃっても良いの?」
「よろしく」

能力を切り、肉体に戻る。眠りから覚醒する。
ベッドの上。霊夢と手を繋ぎ仰向けの状態の肉体。目が覚める。

「…………あれ?」

ついさっきまで感じていた興奮が薄れ、無くなってしまった。
砂浜の砂を手に握り海水に浸し、指の間から砂が失われてゆく時の様な。
握っていた氷の欠片が解けて無くなってしまう時の様な。
まるで元からそこには何もなかったかのような、感覚。いや錯覚、かしら?

興奮していたのは、分かる。その残滓が胸に残っているが。
なぜあの時私は、我を忘れるほどまでに夢中になっていたのだろう?

首を傾げる私に霊夢が言った。

「肉体は入れ物よマエリベリー。体が実際に体験していないことは、入れ物には残らないの」
「なんだか、残念だわ。あれぇ、なんでだろう? なんだかおかしな感覚」
「そのうち慣れるわ。精神と肉体の働きは、別だから」

霊夢が腕枕をして横を向き、私の顔を覗き込んでくる。
霊夢の形の良い乳房はハリがあり、崩れない。

人間状態の私でも周囲が見える。
どうりで明るいなと思ったら夜明けが近づいて来ていた。

次からはカーテンの隙間も完全にふさいでおこう。
でなければ、霊夢の肉体が放つ魅力に理性を失ってしまう。
そして私も裸体を晒している事に気づき、毛布を掴んで引き上げる。
頭の先まですっぽり潜り、霊夢の肌から視線を切る。

「な、なによ。見ないでくれる?」
「ここまで肉体と精神に差がある個も珍しいわね。あんた自己矛盾に陥らない?」
「言ってる意味が分からないわ。どちらかがどっちかならば、もう片方もどっちかでしょ」
「それがマエリベリーは、全く反対の属性に偏ってるからね。
 考えてる事と実際に行動に移す事に、矛盾が出ないかって話よ」
「もっと噛み砕いて」
「妖怪状態と人間状態で性格が真逆」
「もっと噛み砕くと?」
「精神はドSなのに肉体はドM」

私が潜る掛布団を霊夢が掴み、引きはがそうとする。
私は悲鳴を上げてそれに抗った。
霊夢が堪えるように笑い、面白いわと言った。

「欲望を消化するために人を傷付けることばかりを思いつくのに、行動に移さないの?」
「だって実際にやったら社会的に抹殺されちゃうもの。アグレッシブには動けないわ」
「でも、秘密裏に進めてるんでしょ? 蓮子と紫を潰す方法をさ」
「いやまあそうね。私が既に異常だし、普通の方法じゃ満足できないから」
「妄想する事で消化してるのね。でもちょっと、良い事思い付いたかもしれない」
「なにその良い事って。聞かせてよ」
「マエリベリー、背中見せて」
「いやよ。なにするつもり?」
「あなたちょっと厄を貰ったわ」
「え? 厄? 厄払いできる? このままじゃダメだよね?」
「取ってあげる。だから背中見せなさい」

渋々寝返りを打ち、霊夢に背中を向ける。
掛布団を操作し背中だけを霊夢に見せる様にする。

「動かないでね」

霊夢が私の背中に近づき、なにかぶつぶつと呪文を唱えている。
吐息が、背中に当たる。むずかゆい。いや、気持ちいい。
焦らされているかのようにぞくぞくとする。

そうして霊夢の人差し指が、盆の窪の当たりにぴたりと付いた。
ぴくりと、身体が反応した。これは、まずい。これは、気持ちが良すぎる。
ああだめだ気持ちいい! ――戻って来れなくなってしまう!

私は霊夢へ静止を呼びかけた。遅かった。
指が背骨をゆっくりと下って行く。えもいわれぬ官能。

声が、喘ぎ声が出る。口を押えたが、漏れ出てしまう。
尾骶骨のあたりまで下って、すと離す。それで、終わりだった。

「なに? そんなに気持ち良い?」

という霊夢の声は聞こえたが体が反応できない、しばし硬直。私は達していた。
激しい官能に耐えるために全身の筋肉が極限まで緊張し筋が壊れて痙攣している。
力を緩めようとするが無理だ全筋肉が痺れて意識から外れる自力で制御ができない。
全身の筋肉が大暴走している痛いという感覚が少しあとは全て官能の激流に身を揉まれる。
陸に打ち上げられた魚の様に体が大きく痙攣を繰り返していることだけが分かる。

意識はしっかりしているのに、上手く呼吸が出来ない。
いや、手放しそうになる意識を必死で繋ぎとめる。
抗いを辞めたら大変なことになる。この状態で無意識に体を許したら大変だ。
喘ぎ声が止まらない。両手で押さえる口から変な声が絶えず出てしまう。

想像を絶する深度まで無理やりに高められた絶頂。
半ばパニック状態、中々戻って来れない。
霊夢が首筋を揉んでくる。自由がきかない体でそれを振り払った。

「あははは! あなた壊れた人形みたいよ!」
「うるっ、さいっ!」

霊夢がベッドから降り服を着ている間、私は掛布団に潜り丸くなっていた。
痙攣が止まらなかった。声は出来る限り押し殺したがどうしても漏れ出てしまった。

「それじゃあハーン、また会いましょうね」

そう言い残して霊夢は部屋を去って行った。



六か月間、霊夢から音沙汰が無かった。

私はその間、一日中霊夢に撫でられた背筋がうずいて仕方が無かった。
そして少しずつ、睡眠薬を飲み妖怪化する頻度が増えて来ていた。
まずいと思った。依存症だ。睡眠薬が無ければ、眠れない。
いや、違う。服用しているのは市販の睡眠薬だ。依存性は低い。

ならば何か。
私は妖怪化して夜遊びに耽っていた。

睡眠薬を飲み妖怪化し、毎日の様に夜闇へ繰り出していた。
都市部を抜け出し、山の方まで飛び、上下左右が分からない闇夜まで飛翔していた。

一度浮力を切って失速し落下したあと、地面ぎりぎりで体を持ち上げ激突を回避する遊びを発見した。
最初は十分に余裕を取りかなり高い位置で体勢を立て直していたが――。
コツを掴むと、地面をぎりぎりまでひきつけてから急ブレーキを掛けられるようになった。
暗闇から突如現れた地面に、眼鼻の先までひきつけてから浮力で浮くのだ。

最初はこれで興奮していたが、段々と新鮮味が薄れて行った。3日で飽きた。

次に、スピードをだして木々の間を飛翔し素早くかわす遊びを発見した。
激突すれば重症だろう。痛いでは済まされない。
時々ぶつけた肩が痣になったが、妖怪状態の肉体ならばすぐに治った。
痛みはあった。しかしそのリスクが、そのスリルが、私を興奮させた。

だが、足りない。
結界争奪戦の時の、あの危険性に比べたら。
そしてそれを制した後の、人の心を吸う快感に比べたら。

六か月が経つと、野山を風の様に飛翔することが出来る様になっていた。
空中で自由自在に体勢を変えて、バック状態でも難なく障害物を躱すことが出来る。
試しに多数の小石を上空へ投げ飛ばし、飛翔して躱してみた。一つも体に当たらなかった。

「霊夢あんた、私の背筋になにかしたでしょ」
「性感を刺激する式よ。依存性は無いわ」
「それは数分で止むでしょ。もう一つの方よ」
「ドMなあんたが気持ち悪いから、精神に依存する呪術を掛けたわ」
「なんか難しくカッコよく言ってるけれど、それって要するに」
「うん、肉体面の働きを抑えて、妖怪寄りになるってことね」
「厄って言うのは?」
「ウソよ」
「呪いを剥がしなさい」
「いやだ」
「生活に支障が出てる」
「ダウト。そんな強い呪いじゃないわ」
「毎日睡眠薬を飲んで妖怪化しないと気が済まないの。こんなの、イヤだよ」
「いいじゃん。別に困らないでしょ? 妖怪化してどんなことしてたの?」
「人が居ない深夜の野山に繰り出して、木を躱したりあちこち飛び回ったり」
「連続でどれくらいの間飛んでいられる?」
「その場に浮き続けるだけなら3時間くらい。激しく飛ぶなら40分くらい」
「上出来よ。どう? 出来ない事が出来るようになるのは楽しいでしょ?」
「前までは地面からほんの30センチくらいしか浮き上がれなかったのに」
「戦闘機みたいに自由に空を飛べるでしょ? エンジョイしてるじゃん」
「ねえ霊夢、お願い、本当にお願い。術を剥がして」
「妖怪化の力の使い方を学ぶべきなの。そうでなければこの先、生き残れないわ」
「? それってどういうこと? 生き残れないって?」
「調整者がより強い刺客を送り込んでくるわ。私は良いけれど、あんたがね」

まあ、行ってみればわかるわよと霊夢。
服を脱いでベッドに寝転がる。

次元跳躍。
知楽結界。

「来たな、外道め。手加減は無しだ」

結界の前にたたずむ成人女性がたった一人。
両手に黒色のグローブをつけ、空手の様な構えを取っている。
切れ長の目つき。緋袴を身に付けた巫女装束。

「私がまいた種だからな。刈らせてもらうぞ」

グローブを両手から外し、無造作に捨てて見せる。
直後、爆発的に霊力が増えた。かなりの手練れ。今までの敵とは次元が違う。

「式はついてる。だから、別人」

霊夢は独り言を自分に言い聞かせるように呟き、私の顔を見る。

「ハーン、あなたは今日、日頃の訓練に感謝するわよきっと」
「あの敵めちゃくちゃ強いよね? 逃げてもいい?」
「そうしたらぶっ飛ばすわ。私が前、あなたは後ろから援護。
 はいこれ御札。爪と合せて適当に投げてね。攻撃より回避優先でよろしく」

二時間にも及ぶ戦闘だった。
私は右足を失った。膝から下を吹き飛ばされた。正拳突きを食らった。
構えを取ったと思ったら、10メートルの距離を瞬きの瞬間に詰めてきたのだ。

確かに六か月間の飛翔練習が無かったら絶対に回避できなかっただろう。
あと少しでも遅れていたら確実に胴から体を真っ二つにされていた筈だ。
緊急回避が成功して、右足だけで済んだのだ。

「さあハーン、死にたくなければ食べなさい」

内臓を破壊され血を吐き倒れる私の前に、霊夢が無造作に女性の肉体を転がした。
女性はすでに死んでいるようだった。そしてその体が魅惑的な食糧だと、私は一目で気付いた。

このままでは死ぬ。この女性を食べれば助かる。女性の、人間だ。
しかし死体を目の前にすると、人肉を食すことに全くの抵抗が無くなっていた。
生きたいと言う本能よりも、食べたいと言う本能が強かった。もちろん人肉を、である。

私は這って女性の体に乗り、首に齧りついた。初めての血肉だった。
あまりに甘美な味に、たった一口肉を含んだだけで、達してしまった。

女性の肉体を食べ終えるのに三時間を要した。
何度も何度も達しながら、肉に齧りつき、咀嚼し、飲み込んだ。
自分の体が血肉に汚れてべたべたになっていたが、それさえも興奮の材料だった。

飲み込むたびに身体を痙攣させ嬌声を上げる私を、霊夢は傍らに座ってじっと観察していた。
悦びにがくがくとする顎をそのまま、霊夢を観察する。
全くの無表情だった。どのような感情を抱いているか、分からない。

骨に付着する筋まで舐めとり完食する。
後に残ったのは人間一人分の黄ばんだ白骨だけだ。

「終わったわ」

恍惚状態から抜け出した私は霊夢にそう言った。
右足は、治っていた。元通りに生えてきていた。

全身血まみれである。
咽返るような鉄の匂いはしかし、バニラの芳香のごとく甘く魅惑的だった。
口内に筋肉の残滓が残っていた。人差し指の爪で掻きだし、舐めて嚥下する。
手に付着した唾液交じりの血液を、鼻の下に塗り付けた。
信じられない話だが、理性を揺るがすほどの良い香りだったのだ。

霊夢が立ちあがり接近してきた。私に用があるのかと思ったら、違った。
片手でドンと押された。後ろへ数歩下がり場所を譲る。

ところどころ乾きかけている血だまりへ霊夢は手の平をそっとつけた。
当然のことながら、血の朱色がべったりと手を汚した。

無言で見おろし、女性が着けていたグローブへ血を丁寧に塗り付ける。
そして懐に仕舞おうとして、――考え直したかのように床に置いた。ふうとため息をつく霊夢。
保存用結界を取出し、そこへ女性の白骨と、グローブも共に、吸い込ませた。

「帰るわよ」

霊夢は最後の最後まで、無表情だった。



寝室に戻ると、肉体へ戻るよう霊夢が指示するが、私はそれに待ったを掛ける。
私は戦闘で布きれと化した手袋を取り払い、穴が開いた脇部から手を差し込んで体を擦った。

「なに? くねくねして気持ち悪いわね。なにしてんの?」
「さっきの綺麗な女性の人肉、スッゴい味だったわ」
「それで?」
「食べ物で達しちゃうなんてびっくり。齧りつくたびに全身がしびれてさ、」
「興奮してるのは分かった。あんたの無駄話に付き合う気はないわ。要約してよ」
「肉体に戻るとこの感情を忘れちゃうから、最後にここで感じたい」
「人肉の余韻に浸るのと、背中に術を追加で張り付けられるの、どっちが好き?」

即座に肉体へ戻った。覚醒した。
寝返りを打って霊夢へ背中を向ける。
全身がうずうずとする。快楽の予感に思わず叫んでしまった。

「れいむはやく! はやくちょうだいっ! はやく術をかけてっ!」

今度は、指が二本だった。純粋に、二倍の効果なのだろうか?
どちらにせよ人肉以上の快感であることには変わりはない。
手足が痺れて身動きが取れなくなるほどなのだから。

官能と絶頂の激流に身を揉まれながら霊夢の言葉を聞いた。

「爪を使った格闘攻撃だけじゃなくて、結界術も身に付けなさい。
 もう霊力を使う下地は出来ている筈。この先絶対に必要になるわ」

自分がどんな言葉で返事をしたかは、覚えていない。
ただ激しい官能に身を任せ、嬌声をかみ殺していたことだけは、覚えている。



私は夜な夜な妖怪化を繰り返し、野山に繰り出して訓練を積んでいた。
満月の夜はとても調子が良かった。逆に、新月の夜は中々上手く行かなかった。

結界の術は練習すればするほど上手くなった。
素早く、堅固な結界を張った。張った結界を自分で破った。
段々と、ただ作るだけでは満足できなくなってきた。
どうすればより素早く、より多様な結界を作れるだろうかと考えた。

簡単だった。事前に、作っておくだけだ。
あらゆる部品を事前に用意しておき、要求に応じて組み上げるのだ。
初期化、妖力を供給し、結界壁へ均等化し、脅威からは防御する。
その部品をテンプレートへ取り付ける様にして組み立てるのだ。

更には必要な機能を互いに関係させる。
最低限の思考で動作するように部品化する。
再利用可能な単位で互いを補完し合う。

例えるならば、人間の体のような物だ。
腕には肩から指先まであり、先に行くにつれて精密な作業が出来る。
指は手の一部(part-of)の関係で、さらに手は手首の関節の動きを集約(has-a)しているのである。
更に手と指はなにか別の道具を掴んで使い、機能を継承(is-a)できる。
拳銃を撃つ時は、手と手首で狙いを定め、指の機能は継承されトリガーを動作させるのである。
この関係をたくさん作れば作るほど、短い時間で強力な結界を瞬時に構築する事が出来るのだ。

私はこれに満足した。
霊夢へ、はやく報告したい。
きっと褒美をくれるはずだ。

快楽という名の魅惑の褒美を。



半年が経った。霊夢が来た。

私は霊夢の顔を見ると、殆ど条件反射的に体がうずいていた。
また絶頂の波を感じさせてくれるはずだ。
全身を痺れさせる官能が待っているはずだ。
脳髄蕩かす魅惑の時間へ投げ込んでくれるはずだ。

全ては快楽のために。肉体的快感を享受するために。
霊夢に従えば、想像を絶する快楽が待っている。
私は霊夢に完全服従していた。

「次の知楽結界に行こうよ霊夢。もう戦えるわ」
「まだまだよ。今行ったら絶対に返り討ち。課題を出すからそれを消化しなさい」

霊夢曰く、次の敵は現段階で考えられる最強の組み合わせが用意されるらしい。
入念な準備を行う必要がある。もし敵わなかったとき、逃げられないかもしれない。

ところで気になったんだけれど、妖怪状態で負傷して死んだら、寝室の私はどうなるのかしら?
返答は、能力を失って目覚める、だそうだ。
あとは、深い精神の傷を受け統合失調症を患い、精神病院へ一生お世話になるだろう、と。

「怖くなった? 降りてもいいわよ」
「いえ、着いて行くわ。あんな気持ちの良いことは他にないもの」

リスクがあるならば尚更興奮できるというものだ。
霊夢から宿題を出された。
それを解いて理解するのに、さらに半年が経過した。



「コードT-AhbA」
「結界CvBAS」
「よろしい。やっと、戦えるレベルになってきたわね」

私は霊夢へ腕を差し出した。霊夢が私の手を掴む。
直後、官能。性感帯を愛撫されたかのように全身が悦び震える。

「あっ、れいむっ、あっ、――あっはぁ! えへへ、どうも」
「大袈裟ねぇ。まあ喜んでくれるならいいんだけど」
「まだ夜明けまで時間があるけれど、どうするの?」
「あんたは、どうしたい?」
「もう二年近く誰も吸っても食べてもいないから、知楽結界に挑戦したいけれど」
「それは、次回にしましょう。今日は息抜きで、三日休んだら、本番ね」

私は少し考えた。そうして結論を出した。

「あのね霊夢、蓮子と紫のパラレル跳躍装置が、もう少しで完成するの」
「知ってる。加速器で加速させた粒子を結界にぶち当てるなんて、贅沢なことするわよね」
「あの跳躍装置は、完成するのかしら? きちんと動作する?」
「グラボスにハッキングさせて見たけど、ちゃんと動くと思う。どうかした?」
「蓮子たちがパラレルでどういう感じになってるか、先回りしてみたいなぁとか」
「なるほど。でもあんた、向こうのパラレルがどんな風に展開するのか、計算すれば分かるでしょ?」
「ええ。でもさ、私を仲間外れにして楽しんでるのは、ちょっとイラッとするわ」

霊夢は少しの間だけ考えているようだった。
そうしてぽんと手で腿を叩き、言った。

「よし、流れに直接影響しない所に飛ぶのってできる?」
「分かった。行先は私の部屋かな」

次元跳躍。

私の部屋の中だった。ワンルームマンションである。
室内は警備システムが作動していたので、無効化した。
これも式で構築した。人間の科学は私の驚異にはならない。

霊夢が「よくできました」と私の背中を撫でた。官能を感じた。
右のわき腹が、びくりびくりと痙攣した。私の弱い所だ。

「なんか飲みましょ。緑茶ってある?」
「あるっ、よ。そっこ、あっ! あっ!」
「ここね、あったあった」

私は快楽に腰が砕け、ベッドに座り込んだ。
仰向けになる。今回の快楽は不意打ちで、しかも強い。
お湯が沸いて霊夢が茶を煎れてくれるまで、結局私はベッドで伸びていた。

「ちょっと霊夢、なんなのよさっきの。強すぎない?」
「んー? でも、良かったでしょ」
「まあね。ところで時間ってあるの?」
「どうせあと数分で団体さんが到着するから、待ちましょ」

指示で、今このパラレルの状態を口頭で説明する。
徹と圭がメリーと接触し、結界省へスカウトした。そして教授と合流。
八雲邸に泊まる為、着替えを取りにこの部屋へ戻ってくる。そこへ私が悪戯を仕掛ける。

「イタズラって、何するつもり?」
「んー、ちょっと妖力をぶつけてみようか」
「それで? どうなるの?」
「本来だったらここのメリーさんは、八雲邸で心身不安定になって幻想郷へ飛ぶの。
 だけどここでそれだけゆさぶりをかけてみる。一夜で解消するレベルのダメージよ。
 だけど今夜メリーが寝る間は、幻覚と幻聴に怯えるくらいかな。蓮子に取ったらご褒美ね」
「それだけ?」
「うん、まあそれだけ」
「なんか隠してない?」
「あはは、バレた?」
「教えなさい」
「メリーは大学卒業後に秘封倶楽部を解散するか否かって事で悩んでるはずよ。
 その精神ストレスと、今の私のプレッシャーが合わさると、今夜中に壊れちゃうかもしれないね。
 ようするに、寝たきり。植物人間。でも24時間ずっと妖怪状態になったままだから、そういう意味では得かもね」
「少し後の時間軸に飛んで、メリーが無事だったらストレスに耐えたって事ね」
「そゆこと。高い確率でぶっ壊れると思うけどね。どう? 賭けてみる?」
「いいわよ。私が勝ったら、あなたは私のいう事は絶対聞く事ね」
「えへへ、それじゃあ私が勝ったら、あの術を私に掛けてね」
「あの術ってなに?」
「二年前にやってくれた、背筋を撫でるやつよ」
「あああれか。そんなに好きなの?」
「だって気持ちいいんだもん」
「あれくらいの術、あなたくらいならば自分で作れるはずだけれど」
「え? マジで? 今度作ってみよう」
「依存性を無くすのが難しいから、完成したらチェックするわよ」

私は、ストレスに耐えられずぶっ壊れる方に掛けた。霊夢は耐える方と言う。
この賭け、私に分があるということに霊夢は気づいているのだろうか?
私がメリーにストレスを加えるのである。どの程度加えるかは私のさじ加減だ。
だから当然、ぶっ壊れるようにストレスを与えるつもりである。

私の快楽のために潰れろ、マエリベリー・ハーン。

肩を並べて座る片方の人には与えず、片方の人には与えると言う器用な事が出来るかと心配だったが。
案外その場のアドリブで何とかなるものである。

蓮子は居るのに、紫は居なかった。私は蓮子へそのことを注意した。
あとは疑心暗鬼にするために、結界省を信用するなという事。
私が話している間、メリーは呼吸が止まっていたようだ。

これ以上長居すると窒息死する危険があると思って、早々に切り上げることにした。
まあどうせ今夜中にぶっ壊れるだろうからいいんだけど、賭けが無効になるのはイヤだから。

あとは分かれる寸前に、メリーが博麗の巫女へ接触する未来を示す言葉を残しておいた。
私の性質上、上手く行けば、今夜の夢で幻想郷へ迷い込み、博麗の巫女へ接触するだろう。
そうして博麗大結界と結界省の関係を質問し、回答を得るだろう。

本来だったら八雲邸に着いた後、徹から結界省の説明を受けるのだが。
それを今夜のうちに終わらせてしまおうと言う魂胆である。
そうすればまとめてショックを与えることができ、さらに精神的ダメージを与えることが出来る。

霊夢は隠密結界を張り、姿を消した状態で私のすぐ近くにいた。
そうして一緒に寝室へ帰還。まだこちらは夜中の時分だった。

「あはははははは! 見たあの顔!? 蛇に睨まれたカエルのようだとはよく言ったわね!」
「ちょっと圧力強すぎない? 私の賭けはどうなるのよ。無効試合にするわよ?」
「なんで無効になんてできるの。この賭けの内容で良いって言ったじゃん? それを今更?」
「この性悪め。じゃあいいわよ。未来に飛んでみようか」
「極上の式を今から組んでおくのね! さあ行くわよ!」

と思ったら、メリーは健在だった。
天井に寝転がり手を振る私を見つけて、なんとベッドからジャンプして引きずり降ろしてくるではないか。
計算上では私を見つけてトラウマが蘇り混乱状態に陥る物だと考えていたのに。
さらに運が良い事に、メリーは博麗の巫女へ接触はしたものの、話はしなかったと言う。

蓮子が機転を回し、いくつか質問してきた。ここらへん流石である。
質問へ適当に答えながら思考を巡らせる。なぜ、メリーが発狂していないのか。

このパラレルのメリーは、太田霊夢と接触していない。
当然のことながら子供を残そうとしている悩みを抱いたままである。
そして大学卒業後に秘封倶楽部は無くなるのだと言う不安を抱き続けているはずだ。

これが大本の悩みの根幹。
将来の不安を取り除かなければ、同時に生まれてくるストレスが、より大きいものになる。
そして時間的な余裕でも、蓮子へ相談するチャンスは無い筈。何か特別な事件が起きない限りは。

そう、なにか特別な事をしない限りは。
私の思考を理解した何者かが、メリーの発狂を阻止したようにしか思えない。
私は霊夢へ目を向けた。さも楽しそうに顎を突きだして笑いながら私を見ている。

「さあマエリベリー、私に忠誠を」
「なにが、私に忠誠を、よ。霊夢あなた何か操作したでしょ?」
「なっにもしてまっせーん! っていうかいったい何をどうやって操作したと?」
「何かをどうにか操作したでしょ、と聞いてるの」
「因縁つけても仕方ないわよマエリベリー? そんなに負けたのが悔しかった?」
「逆に聞いてやる。そんなに負けるのが嫌か。小さい度量だな霊夢?」

私は霊夢の胸ぐらをつかんで持ち上げた。所詮は小柄な女である。
軽々と体が持ち上がり、霊夢の両足が床から浮いてプラプラとした。

霊夢がそうして私に吊り上げらたまま、さもつまらない事だと言う様に、ため息一つ。
そうして胸ぐらをつかむ私の手を、親指と人差し指の二本の手で、抓み――。

「立場が分かっていない様ね、マエリベリー」

なんとその二本の指だけで私の手を上着から引きはがすではないか。
強烈な痛みで顔が歪む。何だこの怪力は!? とても、生身の人間とは思えない!
対妖怪用の小細工をしない限りは――、妖怪退治に特化した身体強化式に頼らない限りは!

「あんたは、賭けに負けた。約束通り絶対服従よ。異論は許さない」

ぽきり、と枯枝を折るような音が聞こえた。
直後、右手に燃えるような激痛。私はその場にうずくまる。
霊夢が、私の手首の骨を折ったのだ。たった二本の指で、妖怪の骨を!

霊夢が私の髪の毛を掴んでくる。霊夢が私の顔を上げさせる。
霊夢の、恐ろしいまでの双眸。霊夢の、恐ろしいまでの表情。
顔を背けることは出来ない。髪を掴まれている。

「すみませんでしたもうしません、と言え。それで許してやる」

私は霊夢を観察した。何か式が、貼られているはずだ。
その式さえ奪い取れば、力で私を圧倒する事は出来なくなるはずである。
当然式を制御する構造を乗っ取る技術を、私は身に付けている。それも、霊夢に秘密で!

だが分かったのは、強力なファイアウォールで防御されているという事だけだった。
霊夢の防御式が働き強烈な反撃を食らう。目が焼ける様に痛んだ。瞼を固く閉じる。

「私の目を見ろ。目をあけろ。どうした、開けられないか、じゃあ開けてやる」

霊夢が、私を掴む方とは逆の手の指で、私の額に人差し指を付けた。
勝手に瞼が開かれる。ファイアウォールの反撃で目が潰された直後である。
想像を絶する激痛。手の平で両目を覆うとした。しかし、持ち上がらなかった。
麻酔を打たれたがごとく、肩に力が入らないのだ。

驚愕した。こんな術もあるのか。
感覚を、乗っ取られたのだ。

痛みに悲鳴を上げたら、拳で口を塞がれる。
呼吸もままならない。顎が抜けそうだ。
恐怖に全身が震えていた。この働きは許されているようだった。

「ごめんなさい霊夢さん、ごめんなさい。許してください」

私は涙を流して懇願した。
死にたくない、痛いのもイヤだ。
ただそれだけで頭がいっぱいだった。

「口答えしてごめんなさい。霊夢さん、ごめんなさい」
「分かればよろしい」

顎から拳が引き抜かれる。髪の毛を掴む手が離される。
感覚は乗っ取られたままだ。無造作にそこへ横ざまに倒れた。

私はガタガタと震えていた。霊夢との力の差を見せつけられた。
肩を並べられたと思っていたが、誤解だった。
歴然たる、絶対的な、抵抗さえままならない巨大な、差。

霊夢を怒らせてはならない。霊夢に刃向ってはならない。
霊夢には従わなければならない。霊夢と対等だとは考えてはならない。

「マエリベリー、一度起きましょうか」

霊夢がいつも通りの口調、いつも通りの声色に戻っていた。
それが尚更に恐ろしかった。私は念じて、起床する。

肉体の体へ――。
――直後、霊夢が素早く動いた。

仰向けに寝ていた私の体を裏返しうつ伏せにして、その上に馬乗りになってくる。
私の腰の部分に、霊夢の臀部が乗っている。柔らかな内腿の感触。滑らかな肌。
両足を撒きつけられ拘束された。はっとする霊夢の茂みが腰に当たる。
後頭部の髪を掴み、私の頭部をベッドへ押しつけてくる。

「ごめんなさい! ごめんなさい! ゆるしてれいむ! ごめんなさい!」
「うるさい、黙れ」

私は全身を緊張させて細く呼吸を続けた。圧倒的な恐怖。身じろぎひとつ、取れない。
痛いのは嫌だ。でも服従していれば、その心配は無い、筈。

「あんたが欲しがってた術、どうやって編み出されたか、分かる?」

私はベッドに押し付けられたまま、頭部を横に振った。

「痛みを与える式を開発しようとしたのが、最初だった。
 ほら妖怪達って体が頑丈じゃん。捕まえて拘束しようとしても大変なのよ。
 だから痛みを永続的に与える式を開発して、捕まえた妖怪に貼りつけて。
 そして逃げようとした妖怪に作用するように工夫した。効果は覿面だった。
 だけどどこにでも変態が居るのね。そいつがこの式を改造したのよ」

霊夢が私の背中をなぞるように吐息を吹きかけた。
恐怖に体が震えているのにもかかわらず、全身へ快楽が襲った。
ぞぞぞぞと敏感に反応する。全身に鳥肌が立ってしまう。

「痛みの式を快楽に改造した、依存性を物凄く高めた、背筋を撫でるだけの簡単な式。
 完成したものを捕まえた妖怪に掛けた。三日三晩かけ続けて、それから解放した。
 解放された妖怪はどうなったと思う? 分かるわよね? わざとまた、捕まりに来たのよ。
 そうやって昔の人間は、妖怪の内通者を作った」

え? じゃあ私って既にジャンキーなの!? と心配したが。

「大丈夫よ。あなたに掛けたこれは、依存性を完全に無くしたものだから。中毒性は無いわ。
 でも体は覚えちゃってるみたいだけどね。ほらこれ」

と霊夢が背筋に指を這わした。
肉体が期待し脈動した。が、違った。
式など使わないただの指だった。
無意識に止めていた息を吐きだした。

「さて、どうして今ここでこの話をしたか、分かる? あんたね、私に口答えしたでしょ?
 それにあんた、防御の式は沢山つけているのに、寝室に来たらそれを全部剥がすじゃん。
 さっき私に口答えした罰は、妖怪側のあなたにはやったけれど、肉体側のあなたには済んでないわ」

霊夢に背筋を撫でられる。今度は、――本物だった!
絶頂。肉体が悦びに震える。口から喘ぎ声が出る。
ただし霊夢に全身は拘束されている。身動きが取れない。

「まだだ」

二回目。さらに深みへ。
深い快楽に全身の感覚が吹き飛ぶ。
何かにすがりつこうと両手を振り回した。
霊夢に首の後ろで拘束された。同時に両足首も拘束された。

「まだまだ」

三回目。想像を絶するほどの奥深く。
滅茶苦茶に言葉が出た。嬌声が口から出た。
口を札でふさがれた。

全身がばらばらになるほどの快感。
前も後ろも分からない。
全神経が悦びに震えている。

そして、四回目。
ここで意識が飛んだ。

気付いた。霊夢は居なかった。起きたら昼前だった。
ベッドから遠く離れた所で寝ていたらしい。全身に打ち身の跡があった。
手足が拘束されていなければ、もっとひどいけがをしていたかもしれない。
幸い、骨に異常は無いようだ。打ち身以外に痛む傷は、無い。

昼食を食べて、結界の資料を読み漁って、感覚に関係する資料にはメモを取って。
夕飯を食べて、メモを元に式を組む。人体の頭脳は計算が遅すぎてうんざりする。
そうして風呂に入り、全身を洗い清め、湯船につかり。

睡眠薬を飲んで。
妖怪状態。

すぐさま式を組もうとする。
だが、自分の肉体を観察して、驚愕した。
肉体へ、すべての式を防ぐ為の、防御式が張り付けられていた。

剥がせない。強力な防御だ。
なんてことだ。霊夢め、霊夢めっ!

折角快楽を与える式を自作しようとしたのに。
これでは二日後までお預けである。



二日後、予定通り霊夢が来た。
室内の準備は済ませ、もういつでも次元跳躍が出来るようにしておいた。

亜空穴で現れた霊夢は挨拶もなしに衣服を脱ぎ始める。
照明を落とす。私も全裸になる。霊夢の隣に寝転がる。

「前も言ったけれど、今日の相手が知楽結界で最強の敵よ」
「作戦は? 私は前回よりも、ずっと多くの事が出来るようになったよ」
「基本的には、私が前衛。だけど適度に役割を交換していきましょう」
「分かった。臨機応変にね」

妖怪化。
ベッドの横に着地する。

霊夢は持参したケースから札やら何やらを取出し、懐へしまって行く。
手慣れている。そしてその武器にいくつか、見覚えがあった。
圭が時々使っている針とか。なるほど結界師が使う装備は大抵が決まってくるのか。

「マエリベリー」
「? どうかした?」

霊夢の動作を観察していたら、意味ありげに名前を呼ばれた。
似合わず緊張を孕む表情を、私に向けてくる。
暗闇であるのに、珍しく瞼を開け、見えていない目を私に向けてくる。

「今回だけは、あなたに背中を任せるわ」
「背中を任せるって、どういうこと?」
「あなたを相棒と認めるって事よ。今回だけね」

どうやら霊夢は、今回の知楽結界で待ち受ける敵に、緊張しているらしい。
神経衰弱の様子は無い。弱っている印象も無い。

でもなにやら良い雰囲気である。
霊夢がデレた。数少ないチャンスだ。

私は、霊夢の頬へ、そっと手を伸ばした。
敵意が無いことを示す為、ゆっくりとした動作で。

振り払われることを予想したが――。
霊夢は首を傾け、私の手を受け入れてくれた。
しめしめ、と思った。決戦の前の景気づけと行こうか。

霊夢の頬を撫でる。指を伸ばし、霊夢の眉毛を撫でる。
頬骨を、顎を、首を、唇を、愛撫する。
霊夢が心地よさそうに、ため息をついた。

「マエリベリー、あなたそっくりだわ」
「? 誰と?」
「昔の相棒」
「相棒がいたんだ」
「ライバルもいたけれどね。それとは別」
「へぇ」

ぶっちゃけどうでもいいけどね。

霊夢が自分の手を添えて、自ら頬を擦りつけてくる。
ファンデーションの触感がしない、ぺたぺたとしていない、滑らかな肌だ。
私は驚いた。霊夢はすっぴんだった。化粧をしていないのだ。

眉は書いてあるようだ。口紅は塗っていない。
素肌の手触り。滑らかで暖かで瑞々しい手触りだった。

頬擦りをしようか。もしくは、舌でなめてやろうか。
そうすればこの肌の美を、私も得ることが出来るだろうか。
ああ羨ましい、この弛みの無い美しい、肌。

だけど吸うには、もう少し準備が必要なようだ。
私はげんなりとした。滑らかな手触りだが、この味は――。

「ゲロマズだわ」
「え? ゲロマズって――」
「ここであんたを吸ってしまおうかと思ったけれど、あんたの味があまりにもゲロゲロで辞めた。
 もっと精神的にやつれなさい。堕落しなさい。牛乳拭いた雑巾みたいな精神状態になりなさい。
 そうしなきゃいつまでたっても馬の糞みたいな味しかしないわ。
 何てったって霊夢の心は極上の素材なんだから、そうしなければ困るわよ。
 って言っても、あなたの精神の背骨を折る為の方法が思いつかないなぁ。
 貞操は大事にしてる? 肌は大事にしてる? その綺麗な髪は大事? 健康な体はどう?
 そうだ思いついた。全裸のまま町に出て片っ端から男を誘惑しておそってもらえばひでぶぅ!」

霊夢にぶっ飛ばされた。具体的に言うと、純粋な右ストレートだった。
思った。この威力、私の右足を奪った女性の正拳突きにそっくりだ。
うん、半年間の訓練が無かったら私、間違いなく首がねじれ飛んで即死だったね!

「あ、あんた! いったい、あんたぁ! 折角良いムードだったのに!」
「あがが、あごが、ちょっとストップ霊夢、ごめんって謝るから」
「やっぱりあんたはクソだわ! クソもクソ、大グソ野郎よ! このどクソ変態妖怪め!
 人肌を必要としている人間を受け入れて励ましておきながらそんなことを考えてるなんて!
 人の温かみに縋る人間がどれほど弱ってるか想像したことある!?
 あんたはそう言う事を考えて良心の呵責は全く無いの!?」
「仕方ないじゃん私の性癖なんだし。私に甘えてくる方が悪いのよ」
「開き直るなこの異常性癖変態妖怪め」
「私は半分人間でーす」
「ビルの屋上から突き落としてやろうか」
「いや私飛べるし」

っていうか霊夢元々、そこまで弱って無さそうだったし。
ただ単に人の温かみに触れたかっただけの様に思える。
だから私を受け入れても、精神の味はゲロマズのままだったのだ。

霊夢がため息をついた。

「妖怪はいつまで経っても妖怪ね。
 と言っても肉体のあんたは甘ちゃんでよわっちくてお話にならないし。
 まあいいわ。さあさっさと出発するわよ。準備は良いわね?」
「だからさっきからできてるって。霊夢が半泣きで縋って私を求めるからぐへぁ!」



霊夢の手を取り、次元跳躍。
跳躍の間、霊夢はやはり緊張しているようだ。
握る手がいつもより少し強く、そして汗ばんでいた。

空間へ色が着色されてゆく。
徐々に、知楽ビル地下の様子を形作る。

――Et、SqL6GB.
――OK.

トラベルが完了したら最高硬度の防護結界を張れ、らしい。
次いで、霊夢からインタフェース規約に則り防護結界の設計図が送られてくる。
即座に展開。コンパイル実行。完了。初期化部実行。妖力を注入。展開準備完了。

脳内に準備された霊夢の式で、コンマ1億分の1秒まで計測する。
なんてことは無い。この性能で数百年前の電子コンピュータレベルの性能である。
人間の感覚ならばパラレルのトラベルが完了したと同時に、結界を張れる。

凝縮された1ナノ秒、1塵。
トラベルが、完了、する!

――Fm.
――OK.

霊夢から命令。後に続け。
目の前にいた霊夢が横にスライド。私が張った結界と共に移動を開始する。
霊夢の後ろにぺったりくっ付き飛翔。知楽結界を回り込む様に加速。

索敵の式を展開。敵の居場所を調べる。
が、おかしい。何も、ヒットしない。静かすぎる。

霊夢が妖力を詰め込んだ音響弾を三つ展開。左右と後方へそっと投げ捨てる。
地面に、落下。ポーン! 高く遠くまで響く音。超音波探信、パッシブソナーだ。

敵影、無し。
戦闘式はReadyへ移し。
警戒式を展開。やはり、誰もいない。

以上、三秒の間の出来事だった。

「あんたは警戒を続けなさい」
「あいよ」
「なんでいないんだろう?」
「さあ」
「あんたはどう思う?」
「戦闘になる直前はぞくぞくするんだけど」
「今回は?」
「全くしない。何だか眠くなってきちゃった」
「うん、私も、第六感が働かないんだよね」

知楽結界周囲に迎撃式を設置し様子を見ていたが、周囲の状態に変わりは無かった。
知楽結界が崩壊し、霊夢が遺骨を回収し、そして帰還を開始する。
結局何も起こらなかった。霊夢は無償で結界資源を手に入れた。



肩透かしを食らっちゃった、と言い残して霊夢は部屋を去って行った。
私の背筋の防護結界は解除してもらった。ついでに、式も組んでもらった。
私は歓喜した。と思ったけれど、これって完全に自分を慰めるためのおもちゃだよね。

二日前までは我を失うほど、それこそ一晩中使おうと散々考えていたが。
いざ手元に来るとありがたみが無くなってしまう。
まあそんなもんだ。私は空間を裂き、奥にこの式を片付けた。

「訓練は続けなさい。これからいつ奴らが来ても良い様にね」

とは霊夢が言ったけれど、その“奴ら”の説明を受けていないのだからまったく実感がわかない。
そいつらがどれほどの実力なのか全くわからない。やっぱり実感がわくまでは危機感も何も無い。
霊夢は怖がってるみたいだけど、私はというと全く楽観的だ。
それ以前に、怖がらせるばっかりの霊夢の説明に、どう準備対処しろっていうんだ? という感じ。

ここら辺やっぱり、妖怪の考え方だよね。目前の事だけを考えられればいいんだよ。
最近は毎夜の様に妖怪化しているから、肉体の方でも妖怪っぽい考え方をするようになってきている。

度々、って言うか一週間に一回のペースで、夜中に霊夢が来た。
毎回が必ず重装備で、緊張した面持ちで来るのだけれど、やっぱり毎回が無人だった。
誰もいない知楽結界。消費するのは警戒の式だけで、無傷無償で資源を確保できる。

頻度が上がった。三日に一回になった。やることは同じだった。
快楽が無い褒美が無いという私の物言いで、一週間に一回霊夢に背筋を撫でて貰った。
自分を慰める用の式では、霊夢から撫でて貰うほどの効果が無いのだ。

八か月が経った。

その日は、達して悶絶する私を、霊夢が傍らに座ってじっと観察していた。
3分ほどの絶頂の波が過ぎて、10分ほどの恍惚状態。
それからいつもは風呂に入るのだが、なんと霊夢に追加でもう一撫でされた。
強かった。10分の荒波。30分の恍惚脱力状態。そしてもう一撫で。
3分の波、10分の恍惚が終わると、流石に全身汗まみれになった。
期待を込めてさらに霊夢に目線を送ると、風呂に入ってこいと言ってきた。
身体を洗い清め脱衣所から出ると、まだ霊夢がそこに座ったままで驚いた。

「なに? 霊夢も溜まってるの? 一緒にやる?」
「本当にアンタはクソ妖怪ね。まあそのおかげで助かるんだけどさ」

身体を拭き、髪を乾かし、汗で湿っぽくなったシーツを引っぺがして取り替えた。
霊夢は服を着ているが、私は下着だけの姿だ。そう言われてみれば、何も感じなくなってしまった。
六年の間こんなことを繰り返しているのだ。流石に慣れてきた。

私は下着姿のままベッドに寝転がり、柔軟体操を始めた。
前屈をすれば顎と胸までぺったりと足に着く。柔らかくなったものだよね。

「で? そんなに私の裸を見て、新しいプレイのつもり?」
「うん、そろそろ連絡が来ると思うから、そのまま外出の準備をした方が良いわよ」
「? 誰から? 何の連絡が来るって?」

そこで携帯端末が鳴った。なんと蓮子からだった。1年半ぶりである。
上着を着るのが億劫だったので音声オンリーで応答する。

「あ、メリー? どうも久しぶり」
「今風呂上りで下着姿だから、音声のみでごめんね」
「あらそう? 風呂上り? ふぅん」
「想像した? ねえ想像した? 私の裸を想像したでしょ」
「ええ、セクスィーな体を想像したわ。メリーは綺麗だから」
「柔軟してるのよ。前屈体操。風呂上りは必ずするようにしてるから」
「ほほうそれはそれは、そそられるね。でも今こっちには沢山の人が居るから、音声オンリーでね」
「あら蓮子ったら、あなた以外に私の肌を見られることが悔しいのね」
「あはは、バレた? お願いだから露出の高い服を着ないでね。お淑やかによろしく」
「大丈夫よ。あ、でもまあ、――いやこれは仕方ないね」

私は霊夢を見た。
そう言えばこいつには肌どころか、あられもない姿を見られているのだった。

「それでねメリー、今日は一日空いてるよね? 用事があってもあけさせるけど」
「ええ空いてるわよ。用事があってもあけるけれど」
「昨日、跳躍装置の最終動作テストが完了したわ」

そういえばもう、三年と半年が経ったのだ。
思い起こせば感慨深いものである。

蓮子の声色が、何か深い情欲を押し殺すかのように、震えていた。
深い深い愛情と、信頼と、――いや、言葉に直す事さえおこがましい感情だ。

「メリー、あなたの顔が見たい」



霊夢とは屋敷で分かれた。小間使いを一人ボディガードとして連れて、駅前へ。
午後から祝賀会になる。当然ドレスコードなので、正装を身に付ける。
そうして待ち合わせ場所に行くと、熟れた果実が二つ。

素晴らしい、と思わず呟いてしまった。

蓮子と紫だ。二人とも自信と矜持と充足に満ち満ちた顔をしている。
ああ素晴らしい。よくぞここまで育ってくれたものだ。

あとは時期を見計らって、握りつぶすだけである。
あの背骨を折る時は、一体どんな音がするのだろうか。想像して身震いした。

紫が走り寄って来て、私に抱きついた。
蓮子とも再会を喜びハグを交わした。
少し触れただけで分かる。素晴らしい味である。

「完成おめでとう」
「ありがとう」
「ありがとうママ。夢みたいだわ」

たった三年の間に、紫はずっと大きくなって立派になっていた。
だが甘えん坊なところは変わっていない。そして生き写しの様な姿もだ。

「つもる話はあるけれど、とりあえず腰を落ち着かせられる場所に移動しようよ宇佐見」
「そうね、じゃあみんなー、移動しまぁす!」

蓮子が何故かそう叫んだ。そうして一斉に、周りの人垣が移動を始める。
驚いた。そう言われてみれば周りの数十人が、みんな正装だった。

「あれ? もしかしてこの人たちって」
「宇佐見班、通称秘封倶楽部開発局、全員私とメリーの、部下だよ」
「あとで紹介するね。みんながみんな、体を壊しながら力を貸してくれたんだ」

なるほど、秘封倶楽部本部は世界トップクラスの学者さん達を統括するサークルになったのだ。



祝賀会である。
乾杯の音頭は蓮子が担当した。

パーティーは本当に素晴らしい時間となった。
学者たちはやはりと言うか、女性と接する機会が少ないらしい。
好意的な視線を会場中から向けられた。私はそれに応え笑顔を振りまいた。
だけれどトラブルを避けるため、蓮子からは絶対に離れなかった。

生まれつきの美貌に感謝しなければならない。
私の目を見てる間、無防備に私を視界に入れる時。
この隙が、私を見る人間へ術を掛けるチャンスとなるからだ。

簡易的な物であれば、指を指すだけ、目を合わせるだけで、呪術に掛けることが出来る。
よって会場中の人間に好きなだけ張りつける機会があった。

時々、興奮作用のある式を張り付けて、遊んだ。
酒が強い人間を探して、理性を抑えてワインを煽らせまくった。
平衡感覚を狂わせる式を張り付けて、ひっくり返らせた。
視界を曇らせる術を掛けて、後は軽くめまいを起こさせ、テーブルにぶつけてやった。

多数の人間を手玉に取る快感。全てが私の思い通りだ。
もちろん騒ぎになってはいけないから、ちゃんと限度は弁えた。
蓮子が参加するプロジェクトの仲間だ。怪我をさせてはいけない。

しかし私のファンだと言う男性にはちょっときつかったようだ。
いきなり泡を吹いて倒れてびっくりした。

「ああ心配ないですよマエリベリーさん、こいつはいつもどおりですから」
「ちゅっちゅ幹部でしかも秘封板住人だから、まあこんなもんだよな」
「美しすぎる。天使か。結婚したい」
「喋るな傷に触る!」
「バカ野郎! メリーは蓮子の嫁だつってんだろこのダラズ!」
「ゆかてん! ゆかてん!」
「異教徒だ! 生きて帰すな!」
「うつつのこっこは見つけたら殺せってばっちゃが言ってた」
「ちゅっちゅ衛生兵! ちゅっちゅ衛生兵はまだか!」

良く分からなかったが、こんな感じだった。

あとは、蓮子から学者さんの紹介を受ける時の、握手の瞬間である。
その皮膚に触れる時、味見をさせてもらった。

いずれの人間も学問に精通した、ずば抜けた頭脳を持つ者ばかりだった。
血肉を食らえばさぞかし美味であることだろう。
精神を追い詰めて調理した心を撫でるだけでも相当な味になる筈だ。

ヴィンテージ物のワイン、A5ランクの最高級食肉。脳髄をとろかすほどの美味。
握手をするたびに唾液を嚥下しなくてはならず、大変だった。

会場中を見回して満足した。世の中にはこんなにも極上な素材が揃っていたのだ。
ここで妖怪化し会場中の人間の皆殺しにして肉を食らえたら、どれだけ幸せな事だろう。
そんな妄想に耽り、いやいやと思い直す。

欲張りはいけない。たった一つで良い。
極上最高級最上級を一つだけ選び、愛でる。
たったそれだけに没頭するのが、一番贅沢なのだ。

っていうか今の私、人間の肉体だしね。
妖怪状態じゃないのに人肉を食ったら流石に腹を壊すだろう。

それに、世の中我慢が大切である。熟れた果実を潰す時期まで待つのだ。
この会場にいる百数十人の学者の中でさえ、蓮子と紫を上回る素材は、無かった。
だから忍耐強く、ひたすらに、蓮子と紫がさらに熟するまで、待つのだ。



「えへへ蓮子、なんか酔っぱらっちゃったぁ」
「調子に乗って飲み過ぎよ。まあ良い酒が揃ってたからね」

酒なんかで酔っぱらうはずがない。
私が酔ったのは、極上の素材に幾度となく晒されてしまったからだ。
あとは、蓮子が放つ食肉としての香りと、その魅力だった。

私は蓮子に寄りかかり、体の匂いを嗅いだ、髪に顔をうずめた。肺一杯に蓮子の芳香を吸い込んだ。
男は女の香りに酔うと言うが、なるほど分かる気がした。頭がくらくらとする。
今この場で蓮子の首筋を噛み千切れたら幸せだろうな。だけど、我慢だ。

夕方になって、一度祝賀会は終わりになった。各々が二次会へ行くらしい。
徹と圭は研究所に戻って研究を続けるらしいと、紫が聞いて来てくれた。
私が酔っぱらってしまったから、私と蓮子と紫で、八雲邸に帰ることにした。



「ああ久しぶりだなあ八雲邸。全てはここから始まったんだ」
「ママお水持って来たよハイこれ」
「ありがとう紫。みっともないところ見せちゃったわね」
「いいなぁ酔っぱらえて。あたしも早くお酒飲めるようになりたいわ」
「ところで紫、スクリュードライバーは美味しかった?」
「げげっ、ママってば分かってたんだ?」
「あなたが席を外した時にちょっと味見させてもらったわ。
 あなた、ハンドメジャーで作れるのね」
「えへへ、練習しました、ごめんなさい」
「マティーニ、モヒート、ジントニックを練習しなさいな。
 あ、あとは欲を言うと、ラムトニックとマルガリータもね。
 カクテルはこれだけ作れれば十二分に楽しめるわよ」
「こらマエリベリーママ、未成年にカクテル作りを推奨しないの!」
「だってこの子が作ったスクリュードライバー、美味しかったんだもの」
「宇佐見作ってあげようかー?」
「え? マジで? じゃあお願いしようか」

八雲邸のリビング、ソファーへ寝かせて貰い、水を一口。
紫がバーカウンターでオレンジを絞りに掛けるのを見ながら、なんとなく思考を巡らせる。

蓮子たちには、私が結界術を身に付けていることを秘密にした。
夜な夜な半妖になって野山に繰り出し、戦闘訓練をしていることも、もちろん秘密にした。
霊夢と結界資源確保のために争奪戦を繰り広げている事など言わずもがな、――であるが。
霊夢と二人で会っている、という事は二人に話しておいたほうが良さそうである。

何をやっているかは別の理由をかこつけて。
そうすれば霊夢が八雲邸にいても不審には思われまい、と考えたからだ。

「それでねママ、ちょっと謝らなきゃいけないことがあるんだけどね」

問題なのは、どのような用事で八雲邸に来ている事にするか、である。
二人に秘密にして、実は私は霊夢から結界術を教えて貰っている、という事にしようか?
いやそれでは、私が結界術を使える事を明かさなくてはならないし。
第一に霊夢が結界師であることは、蓮子に秘密にしている。つじつまが合わない。

「あら何かしら? きちんと叱ってあげるから言ってみなさい」

くそ失敗した、と私は、紫と会話しながら脳内で悪態を付いた。
時々でいいから六年前から霊夢を二人に会わせておけばよかったのだ。
そうすれば私と霊夢が懇意にしていても何ら違和感は無かっただろう。

今ここで不用意に霊夢との関係を明かしてしまったら、蓮子と紫は嫉妬してしまうかもしれない。
これは人間として当然の感情である。むしろ正常な思考の働き方だ。
三年半以上会わなかった親しい人が、他の人間と関係を作っていたのだから。

「ちょっと言いにくい事なんだけど、あたしと蓮子はね――、」

蓮子と紫は研究に没頭する傍ら、その苦痛に耐える必要があった。
その心の支えとして私があった。三年半という月日は、長い。
そうして再会したら、霊夢が居る。これは当然怒る権利があると言う物だ。

だがそうした嫉妬の感情は表に発散されない。
心の奥深くに鬱屈とした影を落とすだろう。

霊夢を排斥しようと行動するかもしれない。そうなればめんどくさい。
霊夢は部外者の扱いを受け、私は二つの別々のコミュニティを持つことになる。
私は、霊夢と、そして蓮子と紫の、二つのコミュニティへ気を使わなければならなくなる。

どうすれば良いだろうか。
こうなったら蓮子と紫に術を掛けてしまおうか?
二人の嫉妬の感情を圧殺するのだ。感情を取り除いてしまうのだ。
八雲邸にいる間だけは私の下僕にしてしまおう。それが良いだろうか。

「実はあたしと蓮子はね、霊夢と定期的に会ってたんだ」

うん、それが今現在の最適解であるように思う。
今の力を持ってすれば容易いこと、――ん?

「え? 霊夢と会ってたの?」
「そうだよ、研究室に来てくれてたよ」
「どれくらいの頻度で?」
「三年半、一週間に二回か三回くらい。
 このスクリュードライバーの作り方も、霊夢に聞いたんだ」

おいその頻度は私よりも多いじゃねぇか。
蓮子が眉を顰めて、申し訳なさそうに言った。

「メリー、ごめんなさい。もっと前から話しておくべきだったかも」
「いやいいのよ、うふふふふ、なるほどね、あはははは!」
「え? どうしたのメリー、いきなり笑い始めちゃって」
「いやね、うふふ、私たちが各々、全員が同じことで悩んでたのね」

全て霊夢によって配慮されていたのだ。
三年半の時間の隔たりも、霊夢によって計算されていたのだ。
つくづく、恐ろしい女だ。太田霊夢、敏腕にも程があるだろう。

しかしこうなれば話は簡単だ。
霊夢は時々に八雲邸へ顔をだし、茶菓子を食べて帰る関係があることにする。
あとは霊夢からメールで、蓮子と紫の近況を聞いていたと説明した。

こう話せばあとで小間使いに尋ねられても大丈夫だ。
二人が私の携帯端末を覗き見るなんてことも無いだろう。

蓮子がスクリュードライバーを一口飲み、なぁんだと言って笑った。

「ああそうなんだ。メリーにも会ってたんだね。安心したわ」
「霊夢とは付き合うなとかママが言ったらどうしようかと」
「沢山の人間と関係を持つことは、良い事よ。重荷になることもあるけどね」

ただその重荷が私の計画の邪魔をするならば容赦なくぶっ飛ばす!

「何はともあれお疲れ様。少しは、休めるんだよね?」
「うん、一週間はゆっくりできる。そうしたらトラベルの開始だ」
「紫もお疲れ様。がんばったわね。今日は一緒にお風呂はいろっか」

抱きついて甘えてきた紫の髪へ、私はキスを落とした。
もっと美味しくなれと願いを込めて。



「嬉しそうね、変態妖怪」
「そりゃもう。愛でる果実が熟れる様子は、それだけで幸せよ」
「くねくねするな気持ち悪い」
「それで? あなた蓮子と紫にも会ってたのね」

人の気配がすると思って目が覚めた。声で分かった。霊夢だった。
っていうかもういきなり部屋に現れるのがおなじみになってしまった。

時刻を確かめると深夜3時だった。目を開けても暗闇である。
ベッドに横になったまま暗闇に向かって話しかける。
どうせ向こうからは私が見えているのだ。これももうお馴染みである。

「……ところで霊夢、紫と蓮子はもう寝た? 盗み聞きされる心配は?」
「無いわ。寝室で寝てる。私としても、あんたの妖怪化が二人にばれるのは不都合だから安心して」
「そう、それじゃあ本題に入るけれど。霊夢あなた、私には結界資源確保を手伝わせたわね」
「パラレルへ飛んで資源を集める必要があるからね。あなたの才能は有りがたい事よ」
「蓮子と紫には? どんなことをしたの?」
「何もしてないわよ。仲良くしてるだけ」
「私の大事な趣味を取り上げないでね」
「趣味って、人肉嗜食のこと?」
「それだけじゃないわよ。肌を愛でるのも入ってるわ」
「どちらにせよ、人道的じゃないわね」
「あんたがパラレルの向こう側でやってる事もね」
「大丈夫よ。二人も取り上げないわ。片方だけよ」
「おい、それはどういう事だ」

私は、妖怪化した自分のダブルを作り出した。
ありったけの妖力を練り上げ、霊夢だけにぶつけた。
生身の人間ならばショックで即死する純度だ。

「あらあなた、もういつでも妖怪化できるようになったのね」

しかし霊夢はケロッとしている。
目を瞑って椅子に腰かけ、蓮っ葉に肩を竦めている。

――調子に乗りやがって。

妖力を具現化。クナイ型にして霊夢へ投擲。
霊夢は羽虫を払うがごとく、手の甲でクナイの軌道を逸らした。
後方にあったクローゼットへ根元まで突き刺さる。

「二人が八雲邸に戻ってきた途端にこれよ。マエリベリー?
 この三年半、あなたは散々私に腰を振ってきたじゃん?
 だらしなく唾をまき散らして、嬌声を上げて、もっともっとって靡いてたじゃん。
 私が怖くないのかしら? こんなことをして、許されると思ってるのかしら?
 腕の骨一本じゃ済まさないわよ。涙を流して許しを請う準備は出来ているのかしら?」
「黙れ。蓮子と紫、二人に手を出さないと約束をしろ。
 私が育ててきた歳月を無駄にするならば、たとえおまえでも容赦はしない。立て、半殺しにしてやる。
 今度はお前が私に靡く番だ。全裸にして首輪を繋げて、こき使ってやる」

境界を裂き、霊夢を亜空間に落とし込んだ。次いで私も後を追い、移動する。
ビビッてがたがたと震えているかと思ったら、全く平気な面をしているから困ったものだ。
どうして見ず知らずの空間に連れてこられて、ここまで平然としていられるのだろうか?

「陳腐な空間ね。私の相棒は、もっと私を効率的な空間を作って見せたわ」

ここに光は無い。広さも質量も存在しない。
面積は無限大だが、体積は存在しない空間である。
3.6次元を実装した私だけの場所だ。思う存分に暴れられる。

今日は一日、多くの人数の心を吸ってきた。
心身ともに充実している。この状態ならば、霊夢と戦えると踏んだのだ。
負けを認めさせるために、霊夢が扱う力を束縛したりはしていない。

もちろん圧倒的な力を見せつけるために、開幕から全力である。
私は妖力を練り上げた。とっておきをリロードして、実行状態に移した。
式が霊夢の周りを取り囲む。大きく周回しながらクナイを設置してゆく。
妖力を凝縮したクナイで周囲を圧迫する。

霊夢は目を瞑ったまま動かない。
呼吸は正常。心拍にも乱れはない。
ただ無抵抗のままそこでクナイに包囲されてゆく。

15秒後、式が正常終了する。
クナイの包囲はもはや傍から見れば球体の様にしか見えない。
さながら、角を取り除いた強力な結界の様に見える。
なるほど、この攻撃式を弾幕結界と名付けよう。

「命乞いをしろ霊夢!」

無反応。音が聞こえているのだろうか?
はたまた、脅威が見えていないのだろうか。

「ならば死ね!」

私の合図で包囲が一斉に収縮を始めた。
両手に包んだ小鳥を握り潰すがごとく――。
抵抗の余地さえ完全に奪った者を捻り潰す快感。
至高の瞬間だった。勝った。私は霊夢を、倒した。

式の供給が終わり、クナイが霧散する。そうして私は驚愕した。
あとには、ボロ布の様になった霊夢が残る、筈だった。
一寸の隙間さえ無かったはずだ。

だがしかし、霊夢はそこに無傷で居続けた。

目を閉じて、呼吸も心拍も乱れないまま。
佇まいは安らかだった。眠っているようにも見えた。
攻撃の一切が通じず、霊夢を通り抜けてしまったのだ。

靄に拳をふるう様に、私の攻撃は無意味なものだった。
対峙する私は霊夢を睨み付ける他にはどうする事も出来ないままだった。

「よろしい、マエリベリー。
 ならばこれを、避けてみなさい」

霊夢の周りに七つの発光体が現れた。美しい色だった。虹色の様に見えた。
しばし、あれが霊夢の攻撃だという事も忘れて、その場で無防備に見惚れてしまう。
息を呑むほどに美しい。心をわしづかみにされてしまう。全てを凌駕する圧倒的な美だった。

発光体は霊夢を周回し、後光の様に配置された後――。
一斉にこちらへ向かってなだれ込んできた!

「――――っ!! ―――――ッ!!!」

我に返った私は、声にならない悲鳴を上げながら全力で逃げ出した。
しかし誘導性能があるらしく、逃亡する私を寸分の狂いも無く追い回した。
悪夢のようだった。こんな暴力的な、対妖怪性能のある術があるだろうか。

方向転換。前面に発光体を捉える。
ありったけの妖力をつぎ込み、正面に向かってぶつけた。
1つ、2つ、3つまでは無効化した。4つ目で、妖力が底をついた。

3つと半個分の発光体が、私に向かって殺到してくる。
飛翔する力は残っていない。防御するのも不可能。
暴力的な破壊力だ、即自的な式を張っても防ぎきるのは無理だろう。

攻撃が目の前に迫っている。もう時間の猶予は無い。
肺にある空気を吐きだすほどの時間。
講じることが出来る手段も、残っていない。
出来ることは死を覚悟することくらいだ。

くらりとめまいがした。そう、私は、死ぬ。終わりだ。
あの力によって五体を消し飛ばされるだろう。

きたる衝撃に備え、私は目を固く閉じた。全身を固くした。
無意味だと分かっていても、腕で目と首だけは守った。足は丸めて胴体を守った。

――予想した衝撃はいつまで経ってもやってこない。

「それだけの力があれば十分よ。変態妖怪」

目を開けると、寝室に戻って来ていた。
体を丸めてダメージに備えた姿勢のまま、ベッドの上に横になっていた。

手足を吹き飛ばされる覚悟から解放される。
どっと全身から汗が噴き出した。恐怖と悪寒。

「――っはぁ! はぁっ! はぁっ!」

まるで長い間水に潜っていたかのように、息が上がっていた。
全身が震え始める。七つの発光体、圧倒的な暴力をフラッシュバックした。

「――げん、じゅつ? さっきのは、――いったい?」
「全て現実の出来事よ。負けを認めなさい」

驚いたことに、霊夢が私の頬へ手を伸ばしていた。
そうしてその手から驚くほど大量の妖力が流し込まれている。
登山中に酸素吸入をするがごとく、体が安心を取り戻してゆく。
だが、根元からぽっきりと折られた自尊心はそのままだった。

「触るな! なんださっきのは! ふざけるな! こんなことが! 許せるか!」
「まあまあ、落ち着きなさいって、ほらほら負け犬は勝者の言う事を聞くものよ」

手足を激しくばたつかせて霊夢から距離を取ろうとするが、すぐに組み伏せられてしまう。
そうして再度、妖力注入。五体に力が戻って行く。震えも収まる。
落ち着きを取り戻した私は、やっと四方へ意識を巡らせることが出来た。

隣に、私の寝顔がある。
そして目の前に、霊夢が居る。
目を瞑って私の頬に触れている。
霊夢の、滑らかな手の平の感触。少しひんやりとしていた。

「負けた?」
「あんたの負け」
「そうか私、負けたのね」
「負け犬」
「じゃああんたは何よ?」
「人生の勝利者」
「ねえ霊夢、お願いよ。どうか、お願いだから。
 蓮子と紫に、手を出さないで。何でもするわ」
「またそれかい」
「何でもするから」
「何でもする?」
「うん」
「言ったわね?」
「言ったわ」
「何でも、してくれるのね?」
「一個だけね」
「約束よ?」
「あんましめちゃくちゃな内容だったらぶっ飛ばすけどね」
「おい、クソ妖怪。よく聞けい」
「へい」
「あなたは、私の挑発に乗った」
「挑発?」
「うん、挑発」
「なんで挑発したの?」
「あなたが一人で結界資源を取りに行けるか、テストしたの」
「はぁ!? あんた!? くそが! ふっざっけんなよこの!」
「しー! 静かに! 蓮子と紫が来るわよ。静かにしなさい」

霊夢が私の頬から手を離した。
ベッドから降り、また元の位置にある椅子へ腰かける。

「二人で二手に分かれたほうが、効率的よ」
「まあそうだけどさ」
「二手に分かれましょう」
「納得いかない」
「“何でもする”って言ったよね?」
「それは、手を出さないって前提からよ」
「四年前の“何でもする”の話なんだけど」
「そっちかよ!」

そこで霊夢がはっと脇を向いた。
懐から取り出した保存用結界を投げ渡してくる。
受け取った。中身は空っぽだった。

「二人が来るわ。時間が無い。良い? その結界に資源を集めなさい。
 調整者が近頃は鳴りを潜めてる。いつ本気を出すかは分からない。
 だけど、当分の間は大丈夫だと思う。だからあなた一人で集めなさい。
 危なくなったら、逃げなさい。怪我しない様にね。良い?」
「良くない」
「それじゃあまたね」

霊夢が姿を消すのと、扉がノックされるのは同時だった。

「メリー? 大丈夫? なんかどったんばったんしてたけれど?」
「入っていい? 大丈夫? 動けないなら、私が鍵開けるよ?」

蓮子と紫の声だ。
私は即座に妖怪化を解除。
ついでに、扉を封印していた結界も解除。
生身の肉体で返事をする。

「大丈夫よ。ちょっと、うなされただけ。
 鍵は開いてるわよ。入ってきなさいな」

扉が開かれる。
懐中電灯を持った二人が部屋に進入してきた。
私が促すと、蓮子が部屋の照明を付けた。

「壁を叩いたり、激しく暴れたりしてたみたいだけど」
「怖い夢を見たの」
「誰かと口げんかしてたみたいだけど」
「その夢が、デリカシーの無い暴力女とケンカする内容だったから」

私は二人の顔を見て、笑い掛けて言った。

「良い? いきなり何の予兆もなしに部屋に人が入ってきたら、大きな声を出すのよ?
 大声を出して、部屋から逃げ出して、助けを求めるのよ? それが一番だからね」
「いやメリー、それって普通の事じゃ?」

あ、そう言えばそうかも知れない。
■絶対に分かる筈の無い作者の自己満足的な伏線。
Q:なんで霊夢はマエリベリー・八雲の動向を見張ることが出来たの?
A:――「無料版、有料版、閲覧禁止、個人のイヤンな内容も全て数えますか?」――
  ――今はその期待を日記に書き記す。長大な文章がいかにも病んでいた。――
■徹と圭が霊夢に殺されるパラレルの発生条件
・霊夢が単独で仕事をしている
・霊夢がコンプレックスを克服していない
・先代が知楽結界に来ていない
・徹と圭が独自に知楽結界を発見している
・秘封倶楽部が独自に知楽結界を発見している
→この後、精神病院に入院している霊夢に合流
→博麗の巫女の存在を霊夢から聞き、先代を秘封の時代へ召喚
→パラレルタイムトラベルする手段を人生を捧げて研究
→別パラレルの霊夢へ、知楽結界はやばい事を教えることに
→本編のスーパー霊夢へ
■あれも書きたいこれも書きたいやってたら中編が出来ました。次回後篇こうご期待!
■メリ「私SS書き始めたって言ったじゃん」
蓮子「ああ前に言ってたね。最近はどう?」
メリ「官能表現が難しいって事に気付いた。これ書ける人って天才だと思うわー」
蓮子「でもあなたって推理物とか時代物とかばっかり読んでるじゃん。だからだと思うけれど」
メリ「ふふふ、そう言うと思って、BL本を読んでみる事にしたわ!」
蓮子「官能小説を読めよ! BLじゃなくて官能小説を読めよ!」
メリ「BLはいいぞぉ! BLはいいぞぉれんこぉ! たとえばこの二人なんだけどさぁ!」
蓮子「ダメだこの子完全に毒されてる! 私は残念ながらハードボイルド一筋だから残念!」
→(でもメリーさんってBLもばっちり押さえてそうだよね)
→(誰かこのネタ使って創想話で書いてくれないからなぁ(チラッチラッ))
■霊夢さんの妖怪調教講座!
1.相手が欲しがっている物をちらつかせます。
2.定期的にボッコボコにして力の差を教えます。
3.良い事をしたら惜しみなく褒美を与えます。少し大量と思えるほどに与えましょう。
4.1~3を繰り返し行います。しかし徐々に程度を上げていきましょう。
※対象となる妖怪よりも高度な実戦的実力を持っていることが前提です。
■教授パラレル篇が終わったら、二話で完結予定です。もうこればっかりですね。

2013/10/07 追記
期間が空いてしまっています。申し訳ありません。
10月下旬にある資格試験が終わったら、執筆を再開させていただきます。
予定ではあと三話、容量に直すと150kb程度で完結予定です。
楽しみにしていただいてありがとうございます。
もうしばらく、お時間を頂ければと思います。
スコアアタッカーの残機より重いボム
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コメント



0.520簡易評価
5.100名前が無い程度の能力削除
外道。その一言。妖怪メリーのゲスぶりに、吐き気がします。なにより、だんだんと言葉遣いが汚くなって行く過程、快楽に貪欲になって行く過程が、おぞましい。

メリー(人柱候補なほう)に圧迫を加えたとき、やり過ぎだろとは感じてましたが…遊び半分とか。こんな下卑た奴だったなんて。

そして、金剛石の精神でその外道を育て上げ、管理し、調整して利用するスーパー霊夢。それでも人並みの感傷を示すシーンが大きいものでも2つあって、そうありながらも冷酷なまでに自身の目的を追い続ける様は、鬼気迫るものがあります。

何が素晴らしいって、「妖怪は、追い詰められていて暗く憂鬱で怯え悲しんでいる、そんな負の感情を抱いている人間が好物である」という公式設定をうまいこと生かしているのです。徹底して作り上げられた設定と理念に乾杯です。

で、これが前話の最後のシーンに繋がるわけですね。
6.80名前が無い程度の能力削除
あかん
……あかん。

京都支部編と同じく別物感覚だと楽しめる。楽しめたんだけども。

ちょっと暗い所で幸せについて考えて来る。


7.100名前が無い程度の能力削除
 話を要約すると、9話でこのメリーに精神攻撃を受けたメリーの精神崩壊を防いだのは「グロい資料を探すのを明日に先延ばしする」決断を下した教授蓮子で、しかも彼女は妖怪化したメリーがパラレルに干渉しまくるのを認識している、と。
 で、そんな教授蓮子が、隣の部屋で尋常ならざる戦闘音が聞こえたことに疑問を抱かないわけがなく、そして蓮子ともあろうものがあんな無理のあるごまかしでごまかされるはずがない。
 --つまり、霊夢と会っている教授蓮子はメリーの現状を認識していて、そのことを隠して人形のフリをしている、ということになりますね。

 それから、久方ぶりのちゅっちゅ愛好の紳士たちの会ですが。連中はパラレル移動か、少なくとも連絡手段を備えていると。この連中の正体及び役割は、重要になってくるのかもしれません。
12.100名前が無い程度の能力削除
俺は学者だったのか……
13.90名前が無い程度の能力削除
なんだろう…。はじめから読み直してみるか。
15.100名前が無い程度の能力削除
ヤバイ、面白すぎる
17.90名前が無い程度の能力削除
こんな
マエリベリー・ハーンは
嫌だ
てか、最初は2人を性的な意味で頂くのが目的(この時点でゲスクズ)だったのが妖怪的な意味で頂く(退治すべき妖怪)に変わってますよね。霊夢は霊夢でeraばりの調教だし。
18.90名前が無い程度の能力削除
トリガーとフラグの関係が一番ややこしいな。たとえば、メリーの精神崩壊を防いだのは、誤読でなければグラボス(つまり霊夢)。秘封倶楽部の存続についてちゃんと話し合わせたこと、がトリガーになってる。
19.90名前が無い程度の能力削除
面白かった、面白かったんですが、フラストレーションとモヤモヤが大量に溜まってしまいました。話の橋渡し的役割のある中編だから仕方無いのですが、物語の半分以上が外道達の八面六臂の活躍で、まあ端的に言うとものすごく胸糞悪かったです(これも作者さんの思惑?)。願わくば、これから先の展開でカタルシスがありますように。
21.100名前が無い程度の能力削除
これ、タイムパラドックスはどうなるんでしょうね。多次元宇宙の調整者が各パラレルに介入した結果、パラレル転送技術ができて先代と霊夢は引き裂かれ、転送技術の存在を知って計画を立てた霊夢の介入によりパラレル転送技術ができ、その技術を使って多次元宇宙の調整業務ができている。矛盾が生じてしまう場合があります。全部別々のパラレルだから良いのかな。

すると、蓮子のキャミソールが超危険物だという扱いにも、時空を渡りまくりだからというシリアスな理由が生まれる。
23.100名前が無い程度の能力削除
続きが気になって夜も寝られません
25.80r削除
さてどのように物語が収束するのか、楽しみです。

誤字
やめてくれ話してくれと泣き叫んでいる。
→離してくれ

「陳腐な空間ね。私の相棒は、もっと私を効率的な空間を作って見せたわ」
→私の相棒は、もっと私に