人里のある一角、異様なまでに熱狂とした人だかりが出来ていた。
真夏の日差しよりも熱いその輪の中心にいるのは二人の少女。
紅白の衣装に身を包んだ巫女と、如何にもな黒白の格好をした魔法使い。
今まさに切って落とされんとしている戦いの火蓋。
それを他所に、しゃくりと涼しげな氷の音を響かせたのは、緑髪の少女であった。
「意外だよねぇ」
そう呟いたのは、緑髪の少女の傍にいた水色の髪をした少女であった。
自身の肩近くもある大きな紫色の傘の持ち手に頭を乗せて、窓から外を眺めている。
「何が、ですか?」
先程氷の音を響かせた匙を口に咥えたまま、緑髪の少女が問いを返した。
「あの輪の中に早苗がいないのが」
振り向く事無く返ってきた答えに、はて、と首を傾げた緑髪の少女。
口に咥えていた匙を離しまだ高いかき氷の山に差すと、立ち上がって水色髪の少女の視線を追う。
その視線の先に熱狂とした人だかりを見た緑髪の少女は、納得した面持ちになった。
「確かに意外でしょうねぇ。私自身、意外ですから」
返した答えを聞くに、早苗というのは緑髪の少女の名であるらしい。
人だかりを一瞥した早苗は、どうでもよさそうに踵を返すと、元の椅子に再び座った。
しゃくり、と涼しげな氷の音が再び響く。
その音に振り返った水色髪の少女は、傘を片手に抱いたまま、もう片方の手に持った物を見下ろす。
空になったラムネの瓶が、からからと音を鳴らした。
「さなえー、私にもかき氷ちょーだい」
「小傘さんも自分で買えばいいじゃないですか。ここは甘味処ですから、幾らでも売ってますよ」
「もうお金ないよ」
小傘と呼ばれた水色髪の少女は、両側のポケットをひっくり返して見せる。
埃一つ落ちてこない様子に、早苗は匙を咥えたまま呆れた目で小傘を見た。
「……一口だけですよ」
匙を口から離して小さく溜息を吐いた早苗は、氷の山から一掬いした匙を小傘に向けて差し出した。
嬉しそうに頬張った小傘は、傍から見る人がいれば餌付けされる子犬の様に見えたであろう。
「うーん、冷たくて美味しいねぇ」
「まぁ、かき氷ですし」
一匙だけの冷たさを堪能する小傘に苦笑しつつ、早苗は再び氷を掬う。
しかし、今度は涼しげな音が響く事はなく、代わりに外から轟音とはち切れんばかりの歓声が響き渡った。
反応して、二人はもとより甘味所にいた全員が窓の方を振り向く。
「! 始まったみたい」
「これはまた、いつになくド派手ですねぇ」
身を乗り出さんばかりに窓に駆け寄る小傘。
それとは対照的に、席に座ったまま遠巻きに眺めるだけの早苗。
そんな早苗の様子に気づいたらしい小傘が、振り向いて小首を傾げた。
「早苗は見ないの?」
「あんまり見てると、疼いて来ちゃいますからね。それに、氷も溶けてしまいます」
そんな早苗の答えに、小傘の表情が疑問の色をより深くする。
その意味するところが分かったのが、早苗は軽く苦笑した。
「そう思うんなら参加してきたらいいのに、ですか?」
「自分でもわかってるんじゃない。らしくないよ」
「まぁ、自分でもそう思わなくはないのですが」
答えながら、早苗はしゃくしゃくと氷を食べ進めていく。
涼しげな音は、外をより一層熱くさせる音にかき消された。
「今回の異変は、一部そうでない方も混じっているとはいえ、基本的には宗教家の戦いです。
一宗教家たる守矢が静観の構えを取るとした以上、私にこのお祭り騒ぎに参加する資格はありませんよ」
「まともに考えてるのって、聖とあの、えーと、たいし、だっけ?
その位な気がするんだけど。霊夢が巫女してないのは今更だし、お弟子さんたちは遊んでるだけな気がする」
「滅多な事を言うんじゃありません」
一体どこから取り出したのか、いつの間にか持っていた大幣で、早苗は寄ってきた小傘の頭を叩いた。
「あいたっ」と可愛らしい声が響くが、甘味屋の客も店員も外の騒ぎに夢中で気にも留めない。
「私が言いたかったのはさぁ。皆そんな感じなんだから、早苗も気にせず祭りに参加すればいいじゃんってこと。
神様達の言いなりになる必要はないんだとか、自分で言ってたじゃない」
叩かれた所を手で押さえながら、小傘は文句を言う様に若干語気を強めた。
その言葉に早苗は軽く上を向き、顎に手を当てて考える様な姿勢を取る。
「まぁ、正直私もそう思わなかったわけじゃないんだけど。流石に守矢の巫女としてでは罰が悪いし。
一度改宗した身の上ですので、いっそ道教の新米道士として参戦しようかな、とか」
「巫女ってそんなんでいいのかなぁ」
「良くないからここでこうして留まっているんでしょう」
「もう手おく……いや、なんでもない」
ニコリと笑って大幣をわざとらしく示した早苗に、小傘はその軽口を閉ざした。
しかし容赦なく、小気味よい快音と痛みを訴える可愛らしい悲鳴が店内に木霊する。
あまりに理不尽で一方的な暴力を、しかして気に留めるものは誰もいなかった。
「うう、暴力巫女、さでずむ巫女~」
「まだ仕置きが足りませんかねぇ」
今度は目の端に涙まで浮かべて抗議する小傘を嘲笑うかのように、冷たい瞳で更なる追い討ちを口にする早苗。
その視線と声色の冷たさに、顔を青ざめさせた小傘は思わず身じろぐ。半歩下がった足が椅子にぶつかり、軽く音を立てた。
冷や汗を浮かべ、固まったまま動けない小傘を、あまりにも冷たい早苗の視線が射抜き続ける事数秒。
「冗談です」
早苗はそれだけを言うと、何食わぬ顔で再びかき氷を食み始めた。
特に悪びれた様子はないその態度に、小傘が脱力して溜息を吐いたのは無理なからぬ話だろう。
呆れたような溜息と、恨みがましい視線を意にも介さずに、氷が音を奏でては周囲の歓声に掻き消えた。
「顔がね、頭から離れないんですよ」
氷の音を止めることなく、早苗がぽつりとつぶやいた。
少しばかり申し訳なさを含んだその声色に、何の話かと小傘はきょとんとした顔をする。
それでも小傘に話を聞く意思はあるらしく、傘を手に持ったまま早苗の向かいの椅子に腰かけた。
「堪え切れなくなって、押し入れにしまっていた道士服を取り出しては見たのですが。
……あの時のお二方の顔が頭をよぎって、結局袖を通せずにまたしまってしまったんです」
「あの時?」
早苗の言葉に思い当たる節が無かったらしい小傘は、小首を傾げる。
「私が道教に改宗すると言い出したとき、神奈子さまと諏訪子様はどんなお顔をしたと思いますか?」
「諏訪子様の方はちょっと想像できないけど、神奈子様は烈火の如く怒りそうなもんだよ」
質問を質問で返されてか、ほんのわずかに顔を顰めつつも小傘は律儀に答えを返す。
小傘の答えに、フルフルと首を振る早苗。その面持はどこか寂しげであった。
「お二方とも、返ってきたのは「そうか」の一言だけでした。
それも、とても寂しそうなお顔でおっしゃられるのです。
それからずっと、お二方のあのお顔が頭の片隅にちらついて……。
結局、それきり道教の修業に身が入らず、元の鞘に収まる事になりました」
匙から手を離して両の手で頬杖をつくと、早苗は寂しげに笑った。
「それが、今早苗が神様達の指示に大人しく従ってるワケ?」
「ええまぁ、そうね。これで良かったとも思っていますが」
ふーん、とどうでもよさげに、小傘は手に持ったラムネの空き瓶を揺らす。
ビー玉とガラス瓶がぶつかるよりも早く、周囲の人々が湧き上がっては涼しげな音を熱く呑み込んだ。
「まぁ、何となくは分かる気もするな」
「私の気持ちが?」
「神様達の気持ちが、だよ」
少しばかり意外そうに眼を見開いた早苗を一瞥して、早苗には経験が無いのかもしれないけど、と小傘は前置いた。
「大切な人に捨てられるのって、思ってるよりも辛いものだよ」
軽く伸びをしながら、小傘は事も無げに言い切った。
その言葉に何か思う所があったのか、早苗の面持が幾分沈む。
「私は、そんなつもりはなかったんだけどな」
「人には人の、傘には傘の、神様には神様の基準があるんだよ。きっとね」
「私、現人神なんですけど」
「なら現人神の基準もあるんじゃない? 私には分かんないけど」
どこか適当な言葉と同じように、気楽な様子でけらけらと小傘は笑う。
早苗は一つ溜息を吐いて、軽い苦笑を零した。
「全く、貴女にはしんみりしようとする気持ちはないんですか」
「重たい空は好きだけど、重たい空気は嫌いだもん。そんな事よりかき氷食べたい」
早苗は小傘に呆れた目を向けつつも、自身の前に置かれた器を小傘の方へと差し出した。
少々溶けているとはいえ、未だ小さな山を築いているその中身をみて、小傘は目線だけで早苗に問う。
意を汲み取ったらしい早苗が小さく頷くと、小傘は満面の笑みで匙を手に取り、氷を掬う。
その様は、見るものにどこか餌を目の前にした子犬を思い起こさせるようで。
思わず早苗が微笑んだのと、一際大きな歓声が響き渡ったのは、ほぼ同時であった。
◆
「夏草や兵どもが夢の跡、って感じですね」
「なんだっけ、盛者必滅?」
「なんか混じってませんかそれ」
時間にして十分の後、二人は先ほどまで人だかりがあった場所に立っていた。
先程までの熱気はどこへやら、周囲には人っ子一人いない。
まさに祭りの後の静けさという言葉が似合う状態であった。そこだけを見れば、であるが。
「でも、なんか変な感じがする」
「まだ陽が高くて、蝉の声も鳴りやんでいませんからね」
「寂しさを感じるにはまだ暑すぎるよ」
まだ下り始めて間もない夏の日差しが二人を照り付け、蝉達が命の限り鳴きつづけている。
小傘の言も尤もであり、祭りの後の静けさとするには些か騒がしく、汗が滴るほどの熱気がそこにはあった。
「お? 早苗じゃないか、遅かったな」
背後からかけられた声に、二人が振り返る。
そこにいたのは先ほど人だかりを作っていた原因の片割れである、黒白の魔法使いであった。
しかし、土埃に汚れた服は幾らか破れてしまっていて、腕や足にはすり傷や痣が見えており非常に痛々しい。
「魔理沙さん。またこっぴどくやられましたね」
「ああ、霊夢の奴容赦が無かったからな。そこの軒先借りてちょっと休んでたんだ」
そう言って魔理沙と呼ばれた黒白の魔法使いが指を差したのは、何の変哲もない民家であった。
見た感じ家主はいないようで、どうやら無断で借りていたのだろう。
それを察したのか早苗が渋い顔をしたが、魔理沙は気にも留めずに自分の話を続けた。
「お前もこの祭りに参加しに来たんだろう? 観客共は霊夢と一緒に命蓮寺の方に向かったぜ」
「いえ、私は参加する気はありませんよ」
「冗談きついぜ。お前も宗教家じゃないか、それにそこの傘はお前のファンだろう?」
渋い顔をしたままの早苗の言を一笑に伏した魔理沙は、小傘を指で指す。
しかし、小傘は首を振って魔理沙の推測を否定した。
「いんや、私は別に早苗のファンなんかじゃないよ」
「だったらなんだっていうんだよ」
「持ち物」
「ただの友人です」
魔理沙の言葉を否定した小傘の言葉を、すかさず早苗が上書きして否定する。
えー、と小傘が不満げな声を上げたが、早苗は気にも留めず不思議そうな顔をしている魔理沙を見やった。
「今回の異変に関して、守矢としては静観の構えを取る事になったんですよ。
ですので、今回は私は参戦しません」
「……いや、冗談だろ?」
信じられないと言った風に、愕然の表情をする魔理沙に早苗は緩く首を振った。
しかし、魔理沙はなおも食い下がる。
「騒ぎあるところに守矢あり、だろう。そんなお前らがこの祭りに参加しないだって?」
「なにかものすごく失礼な事を言われた気がするのですが。しかも一番言われたくない人に」
「奇遇だな。私もとてつもなく失礼な事を言われたような気がするぜ。
まぁいい、お前らが来てから起きた異変や騒ぎの中で、関わってないものを数えてみろよ」
「天子さんの時や、月への侵攻には参加してませんよ」
「天気がおかしくなってた間も、巨大ロボがーとか言って騒いでた蒼い巫女がいたって聞いたんだけど」
「ちなみにだが、お前らが来た時のも含めると起きた異変は五つだ。それ以外にもダム騒ぎとかあったな。
もっというと、月への侵攻はお前らが来る前から色々動いてたし、別に異変じゃないな」
不名誉な称号に早苗はどうにか反論を試みるが、小傘の横槍に、魔理沙の補足が追い討ちをかける。
早苗はそれらに対し反撃する術が思いつかなかったらしく、苦虫を噛み潰した面持ちになった。
そんな早苗に、魔理沙はほれみろとばかりにニヤリと笑うと、傍らの箒にまたがってふわりと浮かんだ。
「人里にも守矢の信者はいるんだろ? そいつらはお前らの登場を期待してると思うぜ。
ま、私としちゃそのままでいてくれたほうがライバルが減って都合がいいんだがな」
言いたいことだけを言った魔理沙は、じゃーなーと声を上げながら空へと消えて行った。
恐らくは、傷の手当てや洋服の繕いをする為に家へと帰ったのだろう。
「全く、好き勝手言ってくれますねぇ。そんなこと、分かってるわよ」
空に掻き消えた箒星を眺めて、早苗は溜息を吐いた。
「溜息を吐くと幸せが逃げるよ」
「なら、小傘さんが吸っといてくださいよ」
「ん、りょーかい」
小傘はわざとらしく、すーはーと音を立てて深呼吸をしてみせた。
早苗のじとりとした呆れ眼が小傘に突き刺さる。
「素直に吸う人がいますか」
「人じゃなくて、私は傘」
「また減らず口を」
まぜっかえす小傘に苛立ったのか、冷めた声でどこからともなく大幣を取り出す早苗。
「で、なんで神様達は不参加表明なんて出したのか早苗は知ってるの?」
けれど、小傘は怯むことなく真っ向から話題を逸らした。
一瞬面を喰らったような顔をした早苗は、考えるように大幣を口に当ててからおずおずと口を開いた。
「全て、という訳には行きませんが、まぁある程度は」
「んじゃ、折角だし聞かせてくれないかな。私も早苗があの祭りに参加しないのはまだ納得がいってないし」
大幣を口に当てたまま、早苗は考えるように視線を空へとさまよわせた。
数秒の後、小傘の方へと向き直った早苗は問いかけを口にした。
「小傘さん、バブル景気って言って分かりますか?」
「ばぶるケーキ? あんまりおいしそうじゃないねぇ」
「ケーキじゃなくて景気です。まぁ今回だと信仰心がどんなふうに集まるかってことですよ」
首を傾げて難しい顔をする小傘に苦笑しつつ、早苗は続ける。
「バブルというのは泡の事。つまり、泡の様にどんどん信仰が膨らんでいくのが、今の状態らしいのよ」
「だから宗教家たちが戦っているってこと? なら、それこそ参加すべきじゃない」
納得がいかないとばかりに、語気を強めて詰め寄ってくる小傘のでこをピンと弾いて、早苗は首を振った。
あうぅ、と情けの無い声を上げた小傘は、額を押さえて痛そうにしている。
「そう都合がいいだけの話ではないんですよ。膨らみ切った泡はどうなりますか?」
「え? そりゃ、はじけて消えるだろうけど」
「そういうことですよ。異変が終わった時点で、今回得た信仰は泡沫に消えます。
それをどれだけ繋ぎとめるかが宗教家の腕の見せ所とも言えるけど、どの道今がピークになる事は避けられないわ」
成程とばかりに手槌を打って、納得の表情を見せる小傘。
しかし、それも持って数秒。すぐに他の事に気が付いたのか、疑問の表情に変わる。
「ん、でも元の信仰からは減るわけでもないんだよね。だったらやっぱり」
「マイナスも十分にあり得ますよ。割れた泡に引っ張られて、元いた人までいなくなっちゃったりとか。
特に守矢はその傾向が顕著に表れるのが確実だそうですし」
「そうなの?」
「今の守矢は妖怪の信仰が中心ですからね。まして、神様の力とはすなわち信仰そのものです。
人里から信仰を得過ぎて、力をつけすぎても天狗たちは良い顔をしないそうですし。
加えてバブル崩壊の反動で一気に力を失おうものなら、他の妖怪たちからも見捨てられるだろう、との事だそうで」
「色々とむつかしいんだねぇ」
腕を組んで考え込むふりをする小傘。どうやら、途中から早苗の話についていけなくなったようだ。
早苗は小傘のふりを見抜いているのか、若干目が冷やかになっている。
「せめて、この景気が長めに続くのであればもう少し話は違ってくるのかもしれませんが」
「このお祭り、そんなにすぐ終わるって分かるもんなの?」
「ええ、どうせすぐに終わりますよ。まぁ、ちょっとは尾を引いて騒がしさが続くかもしれませんが」
疑問を露に首を傾げる小傘とは対照的に、頷いた早苗の表情は確信に満ちている。
自信に満ち溢れた強気な表情がこの上なく様になっている事から、これが早苗の本質なのかもしれない。
「さっき、小傘さんも言ってたじゃないですか。祭りが終わった寂しさを感じるには早すぎるって」
「まぁ、そんな感じの事は言ったね」
「刹那的すぎるんですよ。何もかも」
人差し指を立て、講釈をするように早苗は続ける。
小傘は聞きに徹する事にしたのか、口を閉じたまま早苗の顔を見上げた。
「今の人里は大人も、子供も、老人もみんな生き急いでます。
まるで今しかないかの様に、弾幕が彩るたった一瞬の煌きに追いすがっているんです。
この先に希望なんてないとでも言わんばかりに」
一息に言い切った早苗は、立てていた指をおろし軽く俯く。
「これじゃまるで、外の世界みたい」
侮蔑の念を微塵も隠す事無く吐き捨てた早苗の、ここでは無い何処かを見つめる瞳は、恐ろしいほどに冷めていた。
背筋に走るものを感じたのか、身を軽く震わせた小傘が唾を飲む。
「私の知っている幻想郷は、もっとゆっくりとした時間の流れる場所なんですよ。
想像も出来ない様な何かがそこらじゅうにあって、人も妖怪も神様も、いつだって希望と活気に満ち溢れている。
この数年で私が知った、私が好きになった幻想郷はそういう場所です」
瞳を閉じ軽く首を振ってから、早苗は顔を上げた。開かれた瞳は、打って変わって明るく希望に満ちている。
胸をなでおろして一息ついた小傘の頬を、一筋の冷や汗が伝って落ちた。
「で、それが何でこのお祭りがすぐ終わる理由になるわけ?」
「初めから言ってるじゃないですか。これは異変だって」
話の先を促すべく問いかけた小傘が、そういえばと少しだけ驚いた表情になった。
あなたが驚いてどうするの、という軽口を叩きながら早苗が呆れた瞳を小傘へと向ける。
「自然に起きた事象にしては異常すぎるんですよ。ですのでこれは異変であると私は考えます。
必ずどこかに黒幕がいるはずです。おそらくは、人々から希望を奪い去った黒幕が。
そいつが倒されてしまえば、この異変は収まりますよ。その証拠に、ほら」
そう言って、早苗は寺へと続く道を指さした。小傘が振り向くと、二人のいる方へと向かってくる集団があった。
その先頭を歩いてやってくるのは、紅白の巫女服に身を包んだ、人だかりの元凶のもう片割れであった少女だ。
紅白の巫女は早苗と小傘に気付いたらしく、袖から札を取り出すと機嫌よさげに声をかけてきた。
「あら、早苗にいつかの唐傘じゃない。今度の相手はあんたらってワケ?
いいわよ、今日の私は調子がいいから軽く蹴散らしてあげるわ」
「いやいや、私達には戦うつもりはありませんって」
若干身を引いて、交戦の意志を否定する早苗に、紅白の巫女は少しだけ意外そうな顔をした。
「あら、あんたが突っかかって来ないなんてどういう風の吹き回しかしら。
私としては山の連中ともケリをつけたかったんだけど。もしかして、何か企んでない?」
「同じ神道同士で争ってどうするんですか。それに、何か企んでても霊夢さんには勘で筒抜けでしょう」
「初っ端から神社乗っ取ろうとしたあんたがそれを言う?
ま、いいわ。戦う気が無いんならとっととどきなさいよ。あんたの代わりにあの尸解仙でも吹っ飛ばしてくるから」
霊夢と呼ばれた紅白の巫女は、若干必死気味に否定する早苗に訝しげな顔を向ける。
けれど、すぐに興味を失ったのか正面を向くと、早苗と小傘を押しのけて取り巻き達と道の向こうへ歩き始めた。
「ね?」
「あー、うん。あの霊夢があれだけ活発に動いてるってことは、異変なんだろうなぁ」
「あの調子なら解決も時間の問題でしょう。私がこの手で解決できないのは少し残念ですが」
去っていく霊夢を先頭とした集団を見送って、自信に満ちた早苗の言葉に、納得の表情で小傘が同調した。
「さて、私たちも行きましょうか」
「どこへ?」
踵を返して、霊夢たちが消えた方向とは反対側へと歩き出す早苗。
小傘は後を追いつつも、その背中に向けて疑問をなげかける。
小傘の声が届いたのか、早苗は足を止めると後ろを振り向き、あからさまに呆れた目線を小傘へと向けた。
「元々、私達は食材の買い出しに来たんでしょうが」
「そだっけ?」
とぼける小傘に、より一層呆れたと言わんばかりに溜息を吐いて、早苗は再び歩き始めた。
その後を、けらけらと笑いながら小傘が追いかけていく。
今度こそ誰もいなくなったその場所は、相変わらず夏の日差しが照りつけ、蝉がうるさく鳴いていた。
◆
そろそろ夏の長い陽も沈み始めようかと朱に染まり始めた頃。
今や里では、仏教と道教、神道が入り乱れた宗教戦争を制した博麗の巫女、霊夢の人気が頂点に達していた。
彼女を見かけるやいなや、子供たちは駆け寄り、大人たちは声をかけ、老人たちは拝んでいく。
鴉天狗達までもがやんややんやとこぞっては、我先にとばかりに巫女の記事をばらまいている。
最早遠目からでは霊夢の姿を見つける事が不可能なほど、老若男女人妖入り乱れた人だかりが彼女を囲んでいた。
それほどまでの人混みを、それでもなお遠巻きに眺める人影が二つあった。早苗と小傘だ。
買い物を終えたばかりらしく、早苗は両手に大荷物を、小傘はそれぞれの手に大荷物と紫の大傘を手にしている。
早苗はどこか冷めた瞳で人だかりを眺めていたが、対して小傘の瞳は好奇に満ちており、感嘆の声を上げた。
「ばぶるってすっごいんだねぇ。あの巫女があそこまで人気になるだなんて」
「いつまで持つか怪しいもんですけどねぇ」
棘々しさを隠す気もない早苗の物言いは、侮蔑と嫉妬が混じっているように聞こえる。
言の葉に込められた思いに反応してか、小傘が早苗の方へと振り向いた。
「やっぱ、早苗もあんな風に皆からちやほやされたかったりするの?」
「まぁ私も巫女ながらに神様ですので、人々から信仰されたいという思いはありますが……。
でも、あれは何かが違うような気がするんですよね」
純粋な小傘の問いに、早苗は少しだけ罰の悪そうな顔をした。
けれどもすぐにまた元の表情に戻ると、冷やかな視線をまた人だかりへと向ける。
「小傘さんは、あの人だかりがいつまで保つと思いますか?」
「霊夢の人気がどこまで続くのかは知らないけど、あの人だかりはもうもたないと思うよ。
だって、ほら」
さらりと恐ろしい事を言ってのけた小傘は、手に持った傘で空を指し示した。
促されるままに早苗が空を見ると、今にも泣きだしそうな黒雲が急速に空を覆ってきている。
強くなり始めた風の唸る轟音もあいまって、その空は夏の風物詩の一つである夕立の到来を予感させた。
「あらら。まぁ熱くなり過ぎた人々を覚ますのには丁度いいんじゃないかしら」
「傘を蔑ろにする連中なんて、みんな急に降られて驚けばいいんだ」
誰一人として傘を持っている様子の無い人だかりに向け、小傘はあっかんべーと舌を出して捨て台詞を吐く。
同時に空に一筋の雷鳴が走り、直後空気を震わせるほどの雷鳴が轟いた。
音に驚いて人だかりが一斉に空を向き、先陣を切った一粒の滴が天より降って地を濡らす。
それを合図に二粒、三粒と雨粒が降ってきては、すぐさま堰を切ったような大雨と化した。
堪らず人々は蜘蛛の子を散らして走り去り、一分と経つことなく先の人だかりは嘘のように消え失せた。
後に残されたのは、大きな赤い舌を垂らした紫の化け傘に守られた二人だけである。
「小傘さんの言うとおりになってしまいましたねぇ」
「傘を大事に持っとかないからこんなことになるんだい」
当然の報いだとばかりに憤りを露にして口を尖らせる小傘に、早苗は軽く苦笑した。
尚、今日の天気はこの夕立を除いて晴れ渡っており、むしろ傘を持っていた小傘の方が異端である。
当の本人はそんなことに気付いていなさそうだが、早苗は気付いているのだろう。
だが、早苗がそれを口する事はなかった。
「まぁ、お蔭で一つだけはっきりしたことがありますよ」
「なにさ」
「やっぱり、あれは私の求める信仰とは違います」
何処か遠い目で先程まで人だかりがあった場所を見つめる早苗に、小傘が目線で先を促す。
小傘の方を振り向くことなく、けれども視線には気づいたのか早苗は口を開いた。
「あんな上辺だけの、雨風に負けて散ってしまう信仰心がいっぱいあっても仕方ないです。
どうせすぐ移ろいで、捨てられてしまうでしょうから」
早苗は小傘の方を振り向くと、ニコリと微笑んだ。
「たとえ小さくたって少なくたって、こうして傍にいてくれる信仰心の方が、私には大切ですね」
早苗に笑みを向けられた小傘は俄に頬を染め、照れくさそうに頬を掻きながら微笑みを返した。
そんな小傘の様子が可笑しかったのか、早苗がクスクスと笑い、それにつられて小傘もまた笑う。
重なる笑い声に更に笑いが大きくなり、いつしかお腹を抱えた二人の笑い声は激しい雨音さえかき消した。
「ちょっと前に、人には人の傘には傘の神には神の、現人神には現人神の基準があるだなんて言ったけどさ」
二人して一しきり笑った後、いつしか目に浮かんでいた涙を拭いながら、小傘が口を開いた。
「きっと、それは皆に共通する思いなんじゃないかな」
すっかり笑いを収めた小傘は、先ほどまで人だかりがあった方に目線を向ける。
「だからこそ、それが切られてしまった時は、とってもとっても痛いんだ」
続く小傘の声は少しばかりトーンが低く、何処か儚さを感じさせる声色であった。
今は誰もいない地面を見つめる瞳は、いつかの過去を見ているのだろうか。
「……そう、ですね。ええ、きっとそうです」
小傘の言葉に感じるものがあったのか、聞き入るように瞳を閉じて早苗が同調の意を示した。
そのまま暫し、二人して黙り込む。片方は瞳を閉じて、片方はどこか遠くを見つめたまま。
「帰りましょうか」
「そだね」
やがて、目を開いた早苗が小傘の方を向いて声をかけた。
小傘もその声に反応してか、視線を早苗に戻すと応じる声を返す。
「帰ったら、神奈子様と諏訪子様に謝らないとなぁ」
「二人とも、早苗が戻ってきてくれただけでも十分に思ってそうだけどね」
空を仰いで早苗が申し訳なさそうな声色で口にした言葉を、小傘がお気楽に返した。
そのまま二人は、互いが雨に濡れないように寄り添ったまま歩き出す。
いつしか雨が止んでも、二人は傘を差したまま、互いに身を寄せ合ったまま歩き続けた。
真夏の日差しよりも熱いその輪の中心にいるのは二人の少女。
紅白の衣装に身を包んだ巫女と、如何にもな黒白の格好をした魔法使い。
今まさに切って落とされんとしている戦いの火蓋。
それを他所に、しゃくりと涼しげな氷の音を響かせたのは、緑髪の少女であった。
「意外だよねぇ」
そう呟いたのは、緑髪の少女の傍にいた水色の髪をした少女であった。
自身の肩近くもある大きな紫色の傘の持ち手に頭を乗せて、窓から外を眺めている。
「何が、ですか?」
先程氷の音を響かせた匙を口に咥えたまま、緑髪の少女が問いを返した。
「あの輪の中に早苗がいないのが」
振り向く事無く返ってきた答えに、はて、と首を傾げた緑髪の少女。
口に咥えていた匙を離しまだ高いかき氷の山に差すと、立ち上がって水色髪の少女の視線を追う。
その視線の先に熱狂とした人だかりを見た緑髪の少女は、納得した面持ちになった。
「確かに意外でしょうねぇ。私自身、意外ですから」
返した答えを聞くに、早苗というのは緑髪の少女の名であるらしい。
人だかりを一瞥した早苗は、どうでもよさそうに踵を返すと、元の椅子に再び座った。
しゃくり、と涼しげな氷の音が再び響く。
その音に振り返った水色髪の少女は、傘を片手に抱いたまま、もう片方の手に持った物を見下ろす。
空になったラムネの瓶が、からからと音を鳴らした。
「さなえー、私にもかき氷ちょーだい」
「小傘さんも自分で買えばいいじゃないですか。ここは甘味処ですから、幾らでも売ってますよ」
「もうお金ないよ」
小傘と呼ばれた水色髪の少女は、両側のポケットをひっくり返して見せる。
埃一つ落ちてこない様子に、早苗は匙を咥えたまま呆れた目で小傘を見た。
「……一口だけですよ」
匙を口から離して小さく溜息を吐いた早苗は、氷の山から一掬いした匙を小傘に向けて差し出した。
嬉しそうに頬張った小傘は、傍から見る人がいれば餌付けされる子犬の様に見えたであろう。
「うーん、冷たくて美味しいねぇ」
「まぁ、かき氷ですし」
一匙だけの冷たさを堪能する小傘に苦笑しつつ、早苗は再び氷を掬う。
しかし、今度は涼しげな音が響く事はなく、代わりに外から轟音とはち切れんばかりの歓声が響き渡った。
反応して、二人はもとより甘味所にいた全員が窓の方を振り向く。
「! 始まったみたい」
「これはまた、いつになくド派手ですねぇ」
身を乗り出さんばかりに窓に駆け寄る小傘。
それとは対照的に、席に座ったまま遠巻きに眺めるだけの早苗。
そんな早苗の様子に気づいたらしい小傘が、振り向いて小首を傾げた。
「早苗は見ないの?」
「あんまり見てると、疼いて来ちゃいますからね。それに、氷も溶けてしまいます」
そんな早苗の答えに、小傘の表情が疑問の色をより深くする。
その意味するところが分かったのが、早苗は軽く苦笑した。
「そう思うんなら参加してきたらいいのに、ですか?」
「自分でもわかってるんじゃない。らしくないよ」
「まぁ、自分でもそう思わなくはないのですが」
答えながら、早苗はしゃくしゃくと氷を食べ進めていく。
涼しげな音は、外をより一層熱くさせる音にかき消された。
「今回の異変は、一部そうでない方も混じっているとはいえ、基本的には宗教家の戦いです。
一宗教家たる守矢が静観の構えを取るとした以上、私にこのお祭り騒ぎに参加する資格はありませんよ」
「まともに考えてるのって、聖とあの、えーと、たいし、だっけ?
その位な気がするんだけど。霊夢が巫女してないのは今更だし、お弟子さんたちは遊んでるだけな気がする」
「滅多な事を言うんじゃありません」
一体どこから取り出したのか、いつの間にか持っていた大幣で、早苗は寄ってきた小傘の頭を叩いた。
「あいたっ」と可愛らしい声が響くが、甘味屋の客も店員も外の騒ぎに夢中で気にも留めない。
「私が言いたかったのはさぁ。皆そんな感じなんだから、早苗も気にせず祭りに参加すればいいじゃんってこと。
神様達の言いなりになる必要はないんだとか、自分で言ってたじゃない」
叩かれた所を手で押さえながら、小傘は文句を言う様に若干語気を強めた。
その言葉に早苗は軽く上を向き、顎に手を当てて考える様な姿勢を取る。
「まぁ、正直私もそう思わなかったわけじゃないんだけど。流石に守矢の巫女としてでは罰が悪いし。
一度改宗した身の上ですので、いっそ道教の新米道士として参戦しようかな、とか」
「巫女ってそんなんでいいのかなぁ」
「良くないからここでこうして留まっているんでしょう」
「もう手おく……いや、なんでもない」
ニコリと笑って大幣をわざとらしく示した早苗に、小傘はその軽口を閉ざした。
しかし容赦なく、小気味よい快音と痛みを訴える可愛らしい悲鳴が店内に木霊する。
あまりに理不尽で一方的な暴力を、しかして気に留めるものは誰もいなかった。
「うう、暴力巫女、さでずむ巫女~」
「まだ仕置きが足りませんかねぇ」
今度は目の端に涙まで浮かべて抗議する小傘を嘲笑うかのように、冷たい瞳で更なる追い討ちを口にする早苗。
その視線と声色の冷たさに、顔を青ざめさせた小傘は思わず身じろぐ。半歩下がった足が椅子にぶつかり、軽く音を立てた。
冷や汗を浮かべ、固まったまま動けない小傘を、あまりにも冷たい早苗の視線が射抜き続ける事数秒。
「冗談です」
早苗はそれだけを言うと、何食わぬ顔で再びかき氷を食み始めた。
特に悪びれた様子はないその態度に、小傘が脱力して溜息を吐いたのは無理なからぬ話だろう。
呆れたような溜息と、恨みがましい視線を意にも介さずに、氷が音を奏でては周囲の歓声に掻き消えた。
「顔がね、頭から離れないんですよ」
氷の音を止めることなく、早苗がぽつりとつぶやいた。
少しばかり申し訳なさを含んだその声色に、何の話かと小傘はきょとんとした顔をする。
それでも小傘に話を聞く意思はあるらしく、傘を手に持ったまま早苗の向かいの椅子に腰かけた。
「堪え切れなくなって、押し入れにしまっていた道士服を取り出しては見たのですが。
……あの時のお二方の顔が頭をよぎって、結局袖を通せずにまたしまってしまったんです」
「あの時?」
早苗の言葉に思い当たる節が無かったらしい小傘は、小首を傾げる。
「私が道教に改宗すると言い出したとき、神奈子さまと諏訪子様はどんなお顔をしたと思いますか?」
「諏訪子様の方はちょっと想像できないけど、神奈子様は烈火の如く怒りそうなもんだよ」
質問を質問で返されてか、ほんのわずかに顔を顰めつつも小傘は律儀に答えを返す。
小傘の答えに、フルフルと首を振る早苗。その面持はどこか寂しげであった。
「お二方とも、返ってきたのは「そうか」の一言だけでした。
それも、とても寂しそうなお顔でおっしゃられるのです。
それからずっと、お二方のあのお顔が頭の片隅にちらついて……。
結局、それきり道教の修業に身が入らず、元の鞘に収まる事になりました」
匙から手を離して両の手で頬杖をつくと、早苗は寂しげに笑った。
「それが、今早苗が神様達の指示に大人しく従ってるワケ?」
「ええまぁ、そうね。これで良かったとも思っていますが」
ふーん、とどうでもよさげに、小傘は手に持ったラムネの空き瓶を揺らす。
ビー玉とガラス瓶がぶつかるよりも早く、周囲の人々が湧き上がっては涼しげな音を熱く呑み込んだ。
「まぁ、何となくは分かる気もするな」
「私の気持ちが?」
「神様達の気持ちが、だよ」
少しばかり意外そうに眼を見開いた早苗を一瞥して、早苗には経験が無いのかもしれないけど、と小傘は前置いた。
「大切な人に捨てられるのって、思ってるよりも辛いものだよ」
軽く伸びをしながら、小傘は事も無げに言い切った。
その言葉に何か思う所があったのか、早苗の面持が幾分沈む。
「私は、そんなつもりはなかったんだけどな」
「人には人の、傘には傘の、神様には神様の基準があるんだよ。きっとね」
「私、現人神なんですけど」
「なら現人神の基準もあるんじゃない? 私には分かんないけど」
どこか適当な言葉と同じように、気楽な様子でけらけらと小傘は笑う。
早苗は一つ溜息を吐いて、軽い苦笑を零した。
「全く、貴女にはしんみりしようとする気持ちはないんですか」
「重たい空は好きだけど、重たい空気は嫌いだもん。そんな事よりかき氷食べたい」
早苗は小傘に呆れた目を向けつつも、自身の前に置かれた器を小傘の方へと差し出した。
少々溶けているとはいえ、未だ小さな山を築いているその中身をみて、小傘は目線だけで早苗に問う。
意を汲み取ったらしい早苗が小さく頷くと、小傘は満面の笑みで匙を手に取り、氷を掬う。
その様は、見るものにどこか餌を目の前にした子犬を思い起こさせるようで。
思わず早苗が微笑んだのと、一際大きな歓声が響き渡ったのは、ほぼ同時であった。
◆
「夏草や兵どもが夢の跡、って感じですね」
「なんだっけ、盛者必滅?」
「なんか混じってませんかそれ」
時間にして十分の後、二人は先ほどまで人だかりがあった場所に立っていた。
先程までの熱気はどこへやら、周囲には人っ子一人いない。
まさに祭りの後の静けさという言葉が似合う状態であった。そこだけを見れば、であるが。
「でも、なんか変な感じがする」
「まだ陽が高くて、蝉の声も鳴りやんでいませんからね」
「寂しさを感じるにはまだ暑すぎるよ」
まだ下り始めて間もない夏の日差しが二人を照り付け、蝉達が命の限り鳴きつづけている。
小傘の言も尤もであり、祭りの後の静けさとするには些か騒がしく、汗が滴るほどの熱気がそこにはあった。
「お? 早苗じゃないか、遅かったな」
背後からかけられた声に、二人が振り返る。
そこにいたのは先ほど人だかりを作っていた原因の片割れである、黒白の魔法使いであった。
しかし、土埃に汚れた服は幾らか破れてしまっていて、腕や足にはすり傷や痣が見えており非常に痛々しい。
「魔理沙さん。またこっぴどくやられましたね」
「ああ、霊夢の奴容赦が無かったからな。そこの軒先借りてちょっと休んでたんだ」
そう言って魔理沙と呼ばれた黒白の魔法使いが指を差したのは、何の変哲もない民家であった。
見た感じ家主はいないようで、どうやら無断で借りていたのだろう。
それを察したのか早苗が渋い顔をしたが、魔理沙は気にも留めずに自分の話を続けた。
「お前もこの祭りに参加しに来たんだろう? 観客共は霊夢と一緒に命蓮寺の方に向かったぜ」
「いえ、私は参加する気はありませんよ」
「冗談きついぜ。お前も宗教家じゃないか、それにそこの傘はお前のファンだろう?」
渋い顔をしたままの早苗の言を一笑に伏した魔理沙は、小傘を指で指す。
しかし、小傘は首を振って魔理沙の推測を否定した。
「いんや、私は別に早苗のファンなんかじゃないよ」
「だったらなんだっていうんだよ」
「持ち物」
「ただの友人です」
魔理沙の言葉を否定した小傘の言葉を、すかさず早苗が上書きして否定する。
えー、と小傘が不満げな声を上げたが、早苗は気にも留めず不思議そうな顔をしている魔理沙を見やった。
「今回の異変に関して、守矢としては静観の構えを取る事になったんですよ。
ですので、今回は私は参戦しません」
「……いや、冗談だろ?」
信じられないと言った風に、愕然の表情をする魔理沙に早苗は緩く首を振った。
しかし、魔理沙はなおも食い下がる。
「騒ぎあるところに守矢あり、だろう。そんなお前らがこの祭りに参加しないだって?」
「なにかものすごく失礼な事を言われた気がするのですが。しかも一番言われたくない人に」
「奇遇だな。私もとてつもなく失礼な事を言われたような気がするぜ。
まぁいい、お前らが来てから起きた異変や騒ぎの中で、関わってないものを数えてみろよ」
「天子さんの時や、月への侵攻には参加してませんよ」
「天気がおかしくなってた間も、巨大ロボがーとか言って騒いでた蒼い巫女がいたって聞いたんだけど」
「ちなみにだが、お前らが来た時のも含めると起きた異変は五つだ。それ以外にもダム騒ぎとかあったな。
もっというと、月への侵攻はお前らが来る前から色々動いてたし、別に異変じゃないな」
不名誉な称号に早苗はどうにか反論を試みるが、小傘の横槍に、魔理沙の補足が追い討ちをかける。
早苗はそれらに対し反撃する術が思いつかなかったらしく、苦虫を噛み潰した面持ちになった。
そんな早苗に、魔理沙はほれみろとばかりにニヤリと笑うと、傍らの箒にまたがってふわりと浮かんだ。
「人里にも守矢の信者はいるんだろ? そいつらはお前らの登場を期待してると思うぜ。
ま、私としちゃそのままでいてくれたほうがライバルが減って都合がいいんだがな」
言いたいことだけを言った魔理沙は、じゃーなーと声を上げながら空へと消えて行った。
恐らくは、傷の手当てや洋服の繕いをする為に家へと帰ったのだろう。
「全く、好き勝手言ってくれますねぇ。そんなこと、分かってるわよ」
空に掻き消えた箒星を眺めて、早苗は溜息を吐いた。
「溜息を吐くと幸せが逃げるよ」
「なら、小傘さんが吸っといてくださいよ」
「ん、りょーかい」
小傘はわざとらしく、すーはーと音を立てて深呼吸をしてみせた。
早苗のじとりとした呆れ眼が小傘に突き刺さる。
「素直に吸う人がいますか」
「人じゃなくて、私は傘」
「また減らず口を」
まぜっかえす小傘に苛立ったのか、冷めた声でどこからともなく大幣を取り出す早苗。
「で、なんで神様達は不参加表明なんて出したのか早苗は知ってるの?」
けれど、小傘は怯むことなく真っ向から話題を逸らした。
一瞬面を喰らったような顔をした早苗は、考えるように大幣を口に当ててからおずおずと口を開いた。
「全て、という訳には行きませんが、まぁある程度は」
「んじゃ、折角だし聞かせてくれないかな。私も早苗があの祭りに参加しないのはまだ納得がいってないし」
大幣を口に当てたまま、早苗は考えるように視線を空へとさまよわせた。
数秒の後、小傘の方へと向き直った早苗は問いかけを口にした。
「小傘さん、バブル景気って言って分かりますか?」
「ばぶるケーキ? あんまりおいしそうじゃないねぇ」
「ケーキじゃなくて景気です。まぁ今回だと信仰心がどんなふうに集まるかってことですよ」
首を傾げて難しい顔をする小傘に苦笑しつつ、早苗は続ける。
「バブルというのは泡の事。つまり、泡の様にどんどん信仰が膨らんでいくのが、今の状態らしいのよ」
「だから宗教家たちが戦っているってこと? なら、それこそ参加すべきじゃない」
納得がいかないとばかりに、語気を強めて詰め寄ってくる小傘のでこをピンと弾いて、早苗は首を振った。
あうぅ、と情けの無い声を上げた小傘は、額を押さえて痛そうにしている。
「そう都合がいいだけの話ではないんですよ。膨らみ切った泡はどうなりますか?」
「え? そりゃ、はじけて消えるだろうけど」
「そういうことですよ。異変が終わった時点で、今回得た信仰は泡沫に消えます。
それをどれだけ繋ぎとめるかが宗教家の腕の見せ所とも言えるけど、どの道今がピークになる事は避けられないわ」
成程とばかりに手槌を打って、納得の表情を見せる小傘。
しかし、それも持って数秒。すぐに他の事に気が付いたのか、疑問の表情に変わる。
「ん、でも元の信仰からは減るわけでもないんだよね。だったらやっぱり」
「マイナスも十分にあり得ますよ。割れた泡に引っ張られて、元いた人までいなくなっちゃったりとか。
特に守矢はその傾向が顕著に表れるのが確実だそうですし」
「そうなの?」
「今の守矢は妖怪の信仰が中心ですからね。まして、神様の力とはすなわち信仰そのものです。
人里から信仰を得過ぎて、力をつけすぎても天狗たちは良い顔をしないそうですし。
加えてバブル崩壊の反動で一気に力を失おうものなら、他の妖怪たちからも見捨てられるだろう、との事だそうで」
「色々とむつかしいんだねぇ」
腕を組んで考え込むふりをする小傘。どうやら、途中から早苗の話についていけなくなったようだ。
早苗は小傘のふりを見抜いているのか、若干目が冷やかになっている。
「せめて、この景気が長めに続くのであればもう少し話は違ってくるのかもしれませんが」
「このお祭り、そんなにすぐ終わるって分かるもんなの?」
「ええ、どうせすぐに終わりますよ。まぁ、ちょっとは尾を引いて騒がしさが続くかもしれませんが」
疑問を露に首を傾げる小傘とは対照的に、頷いた早苗の表情は確信に満ちている。
自信に満ち溢れた強気な表情がこの上なく様になっている事から、これが早苗の本質なのかもしれない。
「さっき、小傘さんも言ってたじゃないですか。祭りが終わった寂しさを感じるには早すぎるって」
「まぁ、そんな感じの事は言ったね」
「刹那的すぎるんですよ。何もかも」
人差し指を立て、講釈をするように早苗は続ける。
小傘は聞きに徹する事にしたのか、口を閉じたまま早苗の顔を見上げた。
「今の人里は大人も、子供も、老人もみんな生き急いでます。
まるで今しかないかの様に、弾幕が彩るたった一瞬の煌きに追いすがっているんです。
この先に希望なんてないとでも言わんばかりに」
一息に言い切った早苗は、立てていた指をおろし軽く俯く。
「これじゃまるで、外の世界みたい」
侮蔑の念を微塵も隠す事無く吐き捨てた早苗の、ここでは無い何処かを見つめる瞳は、恐ろしいほどに冷めていた。
背筋に走るものを感じたのか、身を軽く震わせた小傘が唾を飲む。
「私の知っている幻想郷は、もっとゆっくりとした時間の流れる場所なんですよ。
想像も出来ない様な何かがそこらじゅうにあって、人も妖怪も神様も、いつだって希望と活気に満ち溢れている。
この数年で私が知った、私が好きになった幻想郷はそういう場所です」
瞳を閉じ軽く首を振ってから、早苗は顔を上げた。開かれた瞳は、打って変わって明るく希望に満ちている。
胸をなでおろして一息ついた小傘の頬を、一筋の冷や汗が伝って落ちた。
「で、それが何でこのお祭りがすぐ終わる理由になるわけ?」
「初めから言ってるじゃないですか。これは異変だって」
話の先を促すべく問いかけた小傘が、そういえばと少しだけ驚いた表情になった。
あなたが驚いてどうするの、という軽口を叩きながら早苗が呆れた瞳を小傘へと向ける。
「自然に起きた事象にしては異常すぎるんですよ。ですのでこれは異変であると私は考えます。
必ずどこかに黒幕がいるはずです。おそらくは、人々から希望を奪い去った黒幕が。
そいつが倒されてしまえば、この異変は収まりますよ。その証拠に、ほら」
そう言って、早苗は寺へと続く道を指さした。小傘が振り向くと、二人のいる方へと向かってくる集団があった。
その先頭を歩いてやってくるのは、紅白の巫女服に身を包んだ、人だかりの元凶のもう片割れであった少女だ。
紅白の巫女は早苗と小傘に気付いたらしく、袖から札を取り出すと機嫌よさげに声をかけてきた。
「あら、早苗にいつかの唐傘じゃない。今度の相手はあんたらってワケ?
いいわよ、今日の私は調子がいいから軽く蹴散らしてあげるわ」
「いやいや、私達には戦うつもりはありませんって」
若干身を引いて、交戦の意志を否定する早苗に、紅白の巫女は少しだけ意外そうな顔をした。
「あら、あんたが突っかかって来ないなんてどういう風の吹き回しかしら。
私としては山の連中ともケリをつけたかったんだけど。もしかして、何か企んでない?」
「同じ神道同士で争ってどうするんですか。それに、何か企んでても霊夢さんには勘で筒抜けでしょう」
「初っ端から神社乗っ取ろうとしたあんたがそれを言う?
ま、いいわ。戦う気が無いんならとっととどきなさいよ。あんたの代わりにあの尸解仙でも吹っ飛ばしてくるから」
霊夢と呼ばれた紅白の巫女は、若干必死気味に否定する早苗に訝しげな顔を向ける。
けれど、すぐに興味を失ったのか正面を向くと、早苗と小傘を押しのけて取り巻き達と道の向こうへ歩き始めた。
「ね?」
「あー、うん。あの霊夢があれだけ活発に動いてるってことは、異変なんだろうなぁ」
「あの調子なら解決も時間の問題でしょう。私がこの手で解決できないのは少し残念ですが」
去っていく霊夢を先頭とした集団を見送って、自信に満ちた早苗の言葉に、納得の表情で小傘が同調した。
「さて、私たちも行きましょうか」
「どこへ?」
踵を返して、霊夢たちが消えた方向とは反対側へと歩き出す早苗。
小傘は後を追いつつも、その背中に向けて疑問をなげかける。
小傘の声が届いたのか、早苗は足を止めると後ろを振り向き、あからさまに呆れた目線を小傘へと向けた。
「元々、私達は食材の買い出しに来たんでしょうが」
「そだっけ?」
とぼける小傘に、より一層呆れたと言わんばかりに溜息を吐いて、早苗は再び歩き始めた。
その後を、けらけらと笑いながら小傘が追いかけていく。
今度こそ誰もいなくなったその場所は、相変わらず夏の日差しが照りつけ、蝉がうるさく鳴いていた。
◆
そろそろ夏の長い陽も沈み始めようかと朱に染まり始めた頃。
今や里では、仏教と道教、神道が入り乱れた宗教戦争を制した博麗の巫女、霊夢の人気が頂点に達していた。
彼女を見かけるやいなや、子供たちは駆け寄り、大人たちは声をかけ、老人たちは拝んでいく。
鴉天狗達までもがやんややんやとこぞっては、我先にとばかりに巫女の記事をばらまいている。
最早遠目からでは霊夢の姿を見つける事が不可能なほど、老若男女人妖入り乱れた人だかりが彼女を囲んでいた。
それほどまでの人混みを、それでもなお遠巻きに眺める人影が二つあった。早苗と小傘だ。
買い物を終えたばかりらしく、早苗は両手に大荷物を、小傘はそれぞれの手に大荷物と紫の大傘を手にしている。
早苗はどこか冷めた瞳で人だかりを眺めていたが、対して小傘の瞳は好奇に満ちており、感嘆の声を上げた。
「ばぶるってすっごいんだねぇ。あの巫女があそこまで人気になるだなんて」
「いつまで持つか怪しいもんですけどねぇ」
棘々しさを隠す気もない早苗の物言いは、侮蔑と嫉妬が混じっているように聞こえる。
言の葉に込められた思いに反応してか、小傘が早苗の方へと振り向いた。
「やっぱ、早苗もあんな風に皆からちやほやされたかったりするの?」
「まぁ私も巫女ながらに神様ですので、人々から信仰されたいという思いはありますが……。
でも、あれは何かが違うような気がするんですよね」
純粋な小傘の問いに、早苗は少しだけ罰の悪そうな顔をした。
けれどもすぐにまた元の表情に戻ると、冷やかな視線をまた人だかりへと向ける。
「小傘さんは、あの人だかりがいつまで保つと思いますか?」
「霊夢の人気がどこまで続くのかは知らないけど、あの人だかりはもうもたないと思うよ。
だって、ほら」
さらりと恐ろしい事を言ってのけた小傘は、手に持った傘で空を指し示した。
促されるままに早苗が空を見ると、今にも泣きだしそうな黒雲が急速に空を覆ってきている。
強くなり始めた風の唸る轟音もあいまって、その空は夏の風物詩の一つである夕立の到来を予感させた。
「あらら。まぁ熱くなり過ぎた人々を覚ますのには丁度いいんじゃないかしら」
「傘を蔑ろにする連中なんて、みんな急に降られて驚けばいいんだ」
誰一人として傘を持っている様子の無い人だかりに向け、小傘はあっかんべーと舌を出して捨て台詞を吐く。
同時に空に一筋の雷鳴が走り、直後空気を震わせるほどの雷鳴が轟いた。
音に驚いて人だかりが一斉に空を向き、先陣を切った一粒の滴が天より降って地を濡らす。
それを合図に二粒、三粒と雨粒が降ってきては、すぐさま堰を切ったような大雨と化した。
堪らず人々は蜘蛛の子を散らして走り去り、一分と経つことなく先の人だかりは嘘のように消え失せた。
後に残されたのは、大きな赤い舌を垂らした紫の化け傘に守られた二人だけである。
「小傘さんの言うとおりになってしまいましたねぇ」
「傘を大事に持っとかないからこんなことになるんだい」
当然の報いだとばかりに憤りを露にして口を尖らせる小傘に、早苗は軽く苦笑した。
尚、今日の天気はこの夕立を除いて晴れ渡っており、むしろ傘を持っていた小傘の方が異端である。
当の本人はそんなことに気付いていなさそうだが、早苗は気付いているのだろう。
だが、早苗がそれを口する事はなかった。
「まぁ、お蔭で一つだけはっきりしたことがありますよ」
「なにさ」
「やっぱり、あれは私の求める信仰とは違います」
何処か遠い目で先程まで人だかりがあった場所を見つめる早苗に、小傘が目線で先を促す。
小傘の方を振り向くことなく、けれども視線には気づいたのか早苗は口を開いた。
「あんな上辺だけの、雨風に負けて散ってしまう信仰心がいっぱいあっても仕方ないです。
どうせすぐ移ろいで、捨てられてしまうでしょうから」
早苗は小傘の方を振り向くと、ニコリと微笑んだ。
「たとえ小さくたって少なくたって、こうして傍にいてくれる信仰心の方が、私には大切ですね」
早苗に笑みを向けられた小傘は俄に頬を染め、照れくさそうに頬を掻きながら微笑みを返した。
そんな小傘の様子が可笑しかったのか、早苗がクスクスと笑い、それにつられて小傘もまた笑う。
重なる笑い声に更に笑いが大きくなり、いつしかお腹を抱えた二人の笑い声は激しい雨音さえかき消した。
「ちょっと前に、人には人の傘には傘の神には神の、現人神には現人神の基準があるだなんて言ったけどさ」
二人して一しきり笑った後、いつしか目に浮かんでいた涙を拭いながら、小傘が口を開いた。
「きっと、それは皆に共通する思いなんじゃないかな」
すっかり笑いを収めた小傘は、先ほどまで人だかりがあった方に目線を向ける。
「だからこそ、それが切られてしまった時は、とってもとっても痛いんだ」
続く小傘の声は少しばかりトーンが低く、何処か儚さを感じさせる声色であった。
今は誰もいない地面を見つめる瞳は、いつかの過去を見ているのだろうか。
「……そう、ですね。ええ、きっとそうです」
小傘の言葉に感じるものがあったのか、聞き入るように瞳を閉じて早苗が同調の意を示した。
そのまま暫し、二人して黙り込む。片方は瞳を閉じて、片方はどこか遠くを見つめたまま。
「帰りましょうか」
「そだね」
やがて、目を開いた早苗が小傘の方を向いて声をかけた。
小傘もその声に反応してか、視線を早苗に戻すと応じる声を返す。
「帰ったら、神奈子様と諏訪子様に謝らないとなぁ」
「二人とも、早苗が戻ってきてくれただけでも十分に思ってそうだけどね」
空を仰いで早苗が申し訳なさそうな声色で口にした言葉を、小傘がお気楽に返した。
そのまま二人は、互いが雨に濡れないように寄り添ったまま歩き出す。
いつしか雨が止んでも、二人は傘を差したまま、互いに身を寄せ合ったまま歩き続けた。
金融で言う「バブル」とはすなわち、資産本来の価値からかけ離れた信用のこと。そして、「土地神話」という言葉が使われるように、信用と信仰は似ています。
こがさないいですよね、こがさな。もちょさんのこがさなすごい好きです。
好きです
二度美味しいすばらしい作品。GJ。
素敵なこがさなありがとうございます!
それを側から見ている傍観者の方が冷静に分析している……。
将棋などではよくある話ですが、こうしてSSとして出されると、なるほど、と思います。
早苗の評する、この異変での人々の状態は外の世界みたい、というような言葉と態度、
それだけでバックストーリーが感じられて大変に良かったと思いました。
あとはこがさな万歳。