とても暑い日でした。
午前中に人里の檀家の方々に挨拶を済ませ、お昼近くになって私は帰路につくところでした。もうすっかり夏の気配があちらこちらに感じられて、額の汗を袖で拭いながら、少しばかり気持ちが高鳴りました。
私は夏が好きなのです。
朝露に濡れた朝顔の花、陽炎が立ち上る人里の道、せわしなく鳴き続ける蝉、夜の縁側に訪れる涼しい風、そういったひとつひとつの要素が私を愉快にさせます。朝、昼、夜、と色々な顔を見せてくるのも私の気に入る理由なのでしょう。
この暑さに気が滅入る人も多く、夏が嫌いだ、などと言う人も少なくありません。そう言う声を聞くと私は悲しい気持ちになります。寺の中でも実際に聞こえるのです。特にぬえはその筆頭で、日中はとにかく涼しい場所を求めて寺の中を移動します。大体は日の当たらない縁側で、尺取り虫のような体勢を取っているため、はしたないので止めなさいと私は注意するのですが、「んー」やら「あー」としか言わない彼女に結局は私が折れるのでした。
逆に響子は、暑さにも負けずに元気な声を響かせてくれます。彼女の挨拶の声は、夏のさわやかな朝にはとても合います。お互いに元気良く挨拶を交わして、その後一緒に体操を行うのが密かな日課になっています。朝一番で汗をかくのは、実に気持ちの良いことです。
みんなに夏の良さを感じてもらいたいと、私は常に思うのです。好き嫌いがあるのは当然仕方ないことですが、考え方次第で少しは変えられると思っています。例えば、この暑さ。暑さ自体を変えることはできませんが、考え方を変えれば、暑さのおかげで水浴びが大変気持ち良いとも言えますし、お風呂で体を洗えば汗をかいた分それだけすっきりとした気分になれるのです。氷を入れて冷やした素麺などは格別に美味しく感じます。暑くて寝苦しいという人は、毎日が我慢大会なのだと思えば良いのです。
とにかく日本の季節はそれぞれに楽しみ方があり、夏には夏の魅力があります。ただ暑いから嫌いと言うのではなくて、それを踏まえた夏の魅力に目を向けて欲しいのです。
だから、その時「あー暑くて嫌になっちゃうわー」という声が聞こえて、私は気分が落ち込みました。その声がした方を見ると、知った顔がありました。
「ん?」
と彼女もこちらを見て、私に気付いた様子です。
「やあ、これは聖ではありませんか」
彼女が片手を上げて言ってきます。暑さに参ったような表情とは裏腹に、彼女のトレードマークであるぴんと尖った髪は、いつもと変わらず凛々しい姿でした。
「どうも、こんにちは」
と私は返します。神子さんと人里で出くわすのは、偶にあることなので驚きはありませんが、夏を蔑むようなことを言ったのが神子さんだったというのは、私に少しばかりの衝撃を与えました。率直に言って、とても残念でした。
「今日は何をしているのですか?」
神子さんが興味ありげに訊いてきます。
「檀家の方たちに挨拶をしてきました。日頃から感謝の念をお伝えするのは大切なことなので」
「なるほど。ダンケだけに」
そう言った神子さんの表情はすごく満足そうでした。残念ながら、その時の私は彼女が言ったことの意味がよくわからなかったのですが、後々考えてみて、おそらく「檀家」は「だんけ」とも呼ばれることと、ドイツ語で「ありがとう」と言う意味の「ダンケ」を掛けたのではないかと思われます。神子さんは本当に面白い方です!
「神子さんは何を?」
「特に何をしようと言うわけではないのです。足の向くままにふらふらと」
「そうですか、ところで」
と私は切り出します。夏を好む者として、彼女の言動を見過ごすというわけにはいきません。若干空気が変わったのを察したのか、神子さんの顔が引き締まります。
「先ほどあなたが言われたことですが」
「何か変なことでも言いましたっけ」
「『暑くて嫌になっちゃうわー』というやつです」
「ふむ。確かに言ったわね」
「神子さんは夏がお嫌いで?」
彼女はほんの少し考える素振りをして、
「……そうね。確かに好きか嫌いかで言えば、嫌い、でしょうね。暑くてどうしようもないもの」
私はその言葉に落胆し溜め息をつきます。ここにも夏の良さを理解していない人がいたのです。それもよりによって神子さんだったということが、私の落胆に拍車を掛けました。
「まったく聖徳王ともあろうお方が、そのようなことを言うとは」
「んん?」
と私の言葉に彼女は困惑したような顔を見せます。
私はもう一度、深く溜息をつき、
「嘆かわしい、嘆かわしい。何ということでしょう。かつてこの国を導いた伝説のお方が、異国の宗教に染まっていた挙げ句に、まさか『夏が嫌い』などと言い出すとは……。ああ、南無三」
私はその場にへたり込んでしまいそうなのを必死に堪えました。
「ちょっとちょっと、いったいどうしたの」
彼女は困惑の色を一層強めて私を見ました。何を言っているのかわからないと言った風です。私は少し冷静さを失っていたことを恥じ、ゆっくりと深呼吸をしました。
「神子さん。私は夏が好きなのです。それもとびっきり」
「はい。それで」
「だから、夏が嫌いなどと聞くと、どうしても悲しくなるのです」
「ふむ。確かに自分が好きな物を、他人に否定されるのは悲しいことです」
「ええ。だから、神子さんに『夏が嫌い』などと思って欲しくないのです」
「そんなことを言われても、難しい。嫌いなものは嫌いとしか言えません」
「そうでしょう。でも『嫌い』を『好き』に変えることだってできると思うのです」
「しかし、そう簡単に変えられるものでもないと思いますが」
「はい。だけど、変えられないことはないと思っています」
私はそこで一呼吸置きます。人々が多く行き交う里の道で、神子さんはまっすぐ視線をこちらへ向けています。
「そのためには実感して頂くのが一番かと。夏にしか味わえない素晴らしい部分を体で感じれば、きっと神子さんも夏を好きになってくれるはずです」
「実感と言われても、いったい何を実感すれば良いのやら」
彼女はそう言って、困ったように眉をひそめました。その様子は、面倒だとか、どうでもいいとか、そういう投げやりさはなく、純粋にわからないというような印象でした。
これは好機だと私は考えます。
「ええ、そうでしょう。でも安心してください。わからないのなら知っている人物に訊けば良いのです。夏の魅力を十分に理解している人物に教われば良いのです。かつて、あなたが為政者としてこの国を導いたように、今度は誰かがあなたを導けば良いのです」
「はあ」
と神子さんは中途半端な返事をしました。いまいちぴんときていないようです。
私はそっと笑みを浮かべると、ゆっくりと口を開きます。
「この後お時間ありますか?」
そんなわけで、神子さんを連れてまず向かったのは、私が気に入っているお食事処でした。季節を体感するには、やはりその季節の料理を頂くのが一番だと思うのです。夏は食欲が落ちるなどと言われますが、だからこそ夏の料理はそんなだらけた体でもすんなりと入って行けるように工夫がされていて、とても美味しいのです。
昼時と言うこともあり、私はお腹がぺこぺこでしたし、神子さんもまだ食事を済ませていないとのことでしたので、これは調度良いと、私たちはさっそくお店に入りました。
店内はなかなかの賑わいを見せていました。大衆向けの食堂で、メニューの種類も豊富であるのにも関わらず、その料理は素人目に見てもひとつひとつにこだわりがあると理解できます。客に満足して貰うのに一切の手抜きはしないと豪語するのはここの店主である泰蔵さんで、その実の娘である八恵さんが私たちを出迎え、席に誘導してくれました。
「何を頼むんです?」
神子さんは店内を興味深げに見渡しながら訊いてきます。私はもうここに来る前から決めていたので、水を持ってきた八恵さんに注文を頼みます。
「冷やし中華を二つお願いします。それと……」
と私はそこで少しばかり言い淀みました。一つ迷っていることがあったのです。と言うのも、私はその時非常にお腹が空いていて、それこそお腹と背中がくっつきそうなくらいでした。このお店ではそれぞれのメニューに量を決められるので、それが私を悩ませます。このお腹の空き具合ならいつもは何のためらいもなく「あれ」を頼むところですが、今は神子さんが一緒にいるので、少しばかり恥ずかしいという思いもありました。しかし、やはり最後はお腹一杯食べたいという欲求に負けました。
「一つは『超特』でお願いします」
「はい。冷やし中華二つで、その内の一つは『超特』ですね。いつも通りお肉は抜きですよね。そちらの方は?」
「そちらの方は平気なので、私のだけで」
「はい、了解しました。しばらくお待ち下さい」
にっ、と元気な笑みを見せながら八恵さんはそう言うと、厨房へ下がりました。彼女はとても明るくて性格がそのまま顔に出ていると、ここを訪れる方々に人気です。八恵さんの笑顔を見ていると、何だか元気が湧いてくるような気がします。
私は水をちびりと口に含み、それから神子さんがこちらを見ているのに気が付きました。
「ああ、そう言えば、勝手に注文を頼んでしまいましたが、もしかして何か食べたい物がありましたか?」
「いえ、それは君に任せているので」
と彼女が言うので、私は安心しました。夏と言えば冷やし中華だろうと、神子さんの意見も聞かずに頼んだのは反省すべき点でした。私はあくまで夏の魅力を伝えるのが目的で、押しつけるわけではないのです。それを履き違えてはいけません。
「冷やし中華とは?」
「やはりご存知ありませんでしたか」
私はそこで手を叩き、
「なら、それはお楽しみということで」
「そうですか。それなら楽しみにしておきましょう」
「中華ですから、道教の神子さんの口にもきっと合うと思います」
「いや、別に道教だから中華が好きというわけではないのだけど。生まれも育ちも日本ですし」
「冷やし中華も『中華』なんて言っているのに、実は日本生まれの料理なのです。日本と中華のハイブリッドという点において、神子さんと似ていますね」
「私と似ている料理とは、いったいどんなものか」
テーブルに片肘を付き、その腕で顔を支えながら面白そうに彼女は笑みを浮かべます。料理が運ばれて来るのを待っている間、私たちはあまり会話をしませんでした。気まずい雰囲気はなかったので、特に必要性は感じません。私はお腹の空き具合がだいぶ限界に近付き、お腹の虫が鳴き出していたので、それを必死に抑えようと努力しました。もしかしたら、この音が彼女に聞こえてはいないかと冷や冷やしましたが、神子さんは店内の様子に興味があるようで、こちらへ何かを言ってくるような素振りは見せませんでしたから、恐らくは大丈夫でしょう。
窓から入ってくる風が私たちを涼ませてくれましたが、それでも店内はとても暑く、うちわで顔を扇ぎながら何とか料理を食べている男性の姿も見られます。うちわを持つ腕は筋肉が盛り上がり、陽に焼けた顔には汗が玉のように浮いています。良く見ると、その方が食べているのはカレーでした。
何と男気に溢れた方でしょう! この猛暑の中で、汗を流しながらも、ひたすらにスプーンを口に運ぶ姿が私にはとても凛々しく見えました。きっとこれが彼なりの夏の楽しみ方なのです。暑いときにこそ熱い物を食べるという、彼なりの夏に対する礼儀なのです。私はそんな彼に対し、心の中でそっと手を合わせました。
しばらくして、私たちのもとに料理が運ばれてきました。
「お待たせしました。冷やし中華です」
八恵さんは神子さんの前に料理を置くと、すぐにまた厨房へと戻りました。神子さんは運ばれてきた料理をしげしげと見つめ、それから私の分が運ばれ来ない事に気付き、あれ、という感じでした。なぜ自分のだけしか来ないのだろう。一緒に運んで来ればいいのに、と。その理由はすぐにわかることでしょう。
「どうぞ、先に食べてください」
「いや、しかし」
「私としては神子さんの感想が聞きたいので、どうぞ遠慮せずに」
「そ、そう。では、いただこうかしら」
私の言葉に、神子さんが箸を手に取ります。それから、じっと目の前に置かれた料理を見つめます。見た目はどこにでもある冷やし中華ですが、ここのは麺に腰があり、それがさっぱりとしたかけ汁と合わさり、絶妙な味わいになっています。
彼女の持った箸が冷やし中華へと伸び、上に乗っけられたキュウリ、豚肉、錦糸卵の順に箸の先が向けられます。彼女がちらりとこちらに視線を送ってきて、今度は辺りをきょろきょろと目だけで見渡します。初めての料理ということで、彼女はどう食べればいいのか迷っているようでした。
別に決まった食べ方があるわけではないので、好きにすればいいのですよ、と私が言えば問題ありません。強いて言えば、やはり麺がメインなので、それを豪快に啜って食べてください。そう言えば良かったのですが、私はそこで意地悪をして、黙ってその様子を眺めることにしました。
彼女はしばらく箸を空中でさまよわせた後、意を決したように箸を冷やし中華に突っ込むと、見事トッピングの下に隠された麺を掘り起こすことに成功しました。
それを口に含み、余っていた部分をするするっと啜ると、麺は何の抵抗もなく吸い込まれていきます。
彼女が一口分を食べ終えるまでしばらく待ってから、
「どうですお味は?」
「ふむ、これはなかなか。さっぱりしていて美味しい」
「そうでしょう。このさっぱりした味わいが、暑くてだるくなった体にぴったりなんです」
「確かに、食べやすいかも」
「それから上に乗せられたトッピングがですね……」
私は冷やし中華がいかに美味しいか、それが夏にいかに合うかを説きます。ふむふむと頷きながらも彼女は麺を啜ります。
そうしていると、ざわざわと店内が騒がしくなり始めました。店内の奥の方からさざ波のようにそれは段々と伝わって来ます。
「おや、どうかしたのかしら」
辺りの変化に神子さんも気付きます。
少しずつ、人々のがやがやとした声がこちらへ近付いて来るのがわかります。
そして、この騒がしさを作り出している「それ」が姿を見せました。
「お待たせしました。冷やし中華、超特盛りです」
どん、とテーブルに置かれたそれは冷やし中華なのですが、とにかく大きさが普通ではありません。お盆として代用できるくらいの大きなお皿の上に、喰えるものなら食ってみろと言わんばかりに山盛りされた麺とトッピングが、ものすごい存在感をアピールしています。
初めてそれを目にする人は必ず二度見をすることから、「二度見盛り」なんて異名まであるほどの、このお店で一番のボリュームを誇るメニューが、今私の目の前に置かれた冷やし中華、超特盛りなのです。
店内の人々の視線を感じます。これを頼むと、どうしても目立ってしまうという欠点があります。
「ほ、本当にそれ食べるの?」
神子さんは呆然と目の前にある巨大な山を見ながら言います。
「はい」
「……そう」
もうすっかりお腹が減っていたので、私はさっそく手を合わせて、
「では、いただきます」
箸を麺の山に突き刺すようにして入れると、挟める物は可能な限り挟んで引っこ抜ぬき、それを口に運びます。
口に入りきらなかった麺を、すすっと啜ってから、顎を動かします。
麺のもちもちとした歯ごたえが絶妙でした。さっぱりとしているのにしっかりと味のあるタレが麺に絡まって、噛めば噛むほど味が出てくるのです。口の中が一杯で言葉にできないので、心の中で「美味しい」とつぶやきました。
量が量でしたので、食べるのに時間が掛かります。しかし、神子さんをお待たせさせるのも悪いので、私は最大の速度で食べ進めます。
箸を動かし、料理を掴んで、口に入れて、飲み込む。山のようにあった冷やし中華が、たちまち土砂崩れでも起きて削れた山みたいになります。どんなに急いで食べようが、料理が本当に美味しいので嫌になりません。
ひたすら麺を啜り、時々味に変化をつけるために盛りつけられたキュウリやら錦糸卵を口の中に押し込めるだけ押し込みます。
ここで言っておきたいのですが、いつもはもう少しゆっくり味わうようにして食べています。今回は神子さんに配慮してかなり速めに食べていると言うことを、ぜひとも念頭に置いて欲しいのです。
後々に神子さんはその時の様子を「信じられない光景でした」と振り返って言いました。「食べ物が自分から吸い込まれていくようだった」と。
土砂崩れの起きた山は、すぐに小高い丘になり、それが切り崩されてどんどん平地へと近付いていきます。
そうして、私は神子さんよりも早く食べ終えることができました。最後に残った麺を啜ってゆっくりと味わってから飲み込むと、箸を置いて手を合わせます。
「ごちそうさまでした」
と私が言った瞬間、店内で爆発が起こったような歓声が上がります。「うおー本当に食べちゃったよ」とか、「すごかったぞ姉ちゃん」やら、「サイン貰っちゃおうかしら」等々、色々な声が飛び交います。八恵さんが拍手をして、厨房から出てきた泰蔵さんが帽子を取って首を振ります。
「お見事」
神子さんですら、そんな事を言います。
私はすっかり恥ずかしくなりました。一応これでも女なので、あまりこういう所は見られたくないという思いはあります。でも、みんな喜んでくれているようなので、そこは私としても喜ばしいことです。
咳払いを一つします。
「今回は神子さんに夏を楽しんで貰う企画なんですよ。あくまで主役は神子さんです。私の事はいいんです」
「いやいや、今は君が主役でしょう。店内を見れば一目瞭然」
今も拍手が鳴りやまない店内は、多いに盛り上がっています。大人たちが昼間にも関わらず、ビールを片手に乾杯まで始める始末です。
私はなるべく早くここから出たい気持ちで一杯になり、まだ料理を食べきっていない神子さんを急かすのですが、彼女はそんな私の様子を気にせず、と言うよりもむしろ面白がるように、ものすごくゆっくりと残った分を食べるのです。
おかげで、私は色々な人から声を掛けられて、誉められたり、サインをねだられたりと、大変な思いする羽目になりました。
そんなこんなで、お食事処を後にした私たちは次なる場所へと歩いて向かうことにします。
「いやあ、すごい騒ぎでしたね」
「いつもはあれほどの騒ぎにはならないんですけれど……」
かなりのハイペースで食べたことがいけなかったのかもしれません。とにかくお祭り状態の店内から抜け出せて、ほっとします。
「今度はどこへ?」
強まる一方の日差しに、神子さんは手をおでこに当てて目元に影を作ります。今日は恐らく、最高気温を更新することでしょう。人里の道には陽炎が立ち上り、まるで火に掛けられた鍋の中に入れられているような感覚になります。私はそれすらも楽しむことができますが、彼女は苦しそうに顔を歪めます。
「次は、そうですね。私のお気に入りスポットへお連れしようかと」
「お気に入りスポット……」
「ええ、今日は良く晴れているので、とても見応えがあると思いますよ」
「それは楽しみ……、なのだけど、とにかく暑い。もはや立っているだけで汗がでてきます」
「そうですね。私も暑いです。頑張りましょう」
里の通りには人々が多く行き交います。それらの顔は、どれも暑さに参っているように見えます。私は彼らにも心の中で「頑張れ」とつぶやきます。この暑さも夏の魅力なのです。暑いからこそ楽しいこともあるのです。一人でも多くの人が、そのことを理解してくれたらいいなと私は思います。
私たちは歩きました。早すぎず遅すぎず、神子さんの様子を見ながら、適当な速度で歩を進めます。空を飛んでも良かったのですが、それだと少し味気ないと思いました。夏の気配は至るところにあって、彼女にはできるだけ多くの夏を感じてもらいたかったのです。
商店の中から、桶と柄杓を持った方が出てきました。軒先に水が撒かれます。水が撒かれる度に、きらきらと光が反射して綺麗でした。見ているだけで、心が和み、涼しくなるような気がします。打ち水とは実に風情があるものです。夏の風物詩の一つですね。
と、今度は通りの向こう側から、数人の子供達が駆けてきます。その手には虫取り網がしっかりと握られて、まるでこれから戦へ行く戦国武将さながらに威風堂々とした姿でした。私たちの横をすごい勢いで駆け抜けて行きます。その背中を見送りながら、できるだけ多くの戦利品を獲られればいいなと私は思います。
「子供たちは、元気ですね」
神子さんが笑って言います。呆れているようにも、嬉しがっているようにも見えます。
「子供達が元気なのは、良いことです」
「ええ、まったく。無邪気な声というのは、聞いていて心地がいい」
私たちは大通りの角を曲がり、それからさらに少し歩き、今度は脇道に入ります。脇道に入ると建物で日差しが遮られるので、だいぶ涼しく感じられました。神子さんもほっとした様子です。
蛇のように曲がりくねった小道を歩き、分岐点を右、左、右と進んで行くと、今度は坂道が現われます。整備された道ではなく、所々にむき出しの岩が見えます。足下に気を付けて下さいと私が言うと、彼女は黙って頷きました。坂道自体はそれほど長くはありません。すぐに上り終えると、木々が覆いかぶさるように立ち並ぶ場所へ出ます。ここまで来れば、目的の場所まではもう少しです。
「ほら、神子さん。あそこが私のお気に入りスポット、その一です」
「一と言うことは、まだ他にあるのね」
「ええ、まあそれはまた後でと言うことで、とりあえずこの場所を楽しみましょう」
並んでいた木々が途切れ、一気に視界が開けたのと同時に、私の気に入っている夏の景色が目に飛び込んできます。
「ほう」
と神子さんが声を出しました。
私たちがいるのは小高い丘の上で、そこからは眼下に広がる景色を一望できます。下方には青々とした稲がどこまでも広がっています。田に植えられたまだ成長途中の稲がぎっしりと視界に映り、それらが風に煽られて、まるで水面を伝う波のように揺らめいています。風には新鮮な緑の匂いが感じられ、息を大きく吸い込むと清々しい気持ちになれます。また、空の清潔な青さが引き立て役となり、新緑の大地をより映えるものに仕立て上げているのです。
青と緑。夏を描くのに必要な色はその二つだけ。そう思えてくるほどに、ここからの眺めは素晴らしいものでした。
私はここへ来る度に息を呑み、引き込まれ、ほうと溜め息をつくのです。
「どうですかここの景色は?」
しばらく黙って眺めた後、私はそっと訊ねました。
「……そうですね。君が気に入るのが良くわかる。とても美しい」
その一言で私は嬉しくなります。上々の反応でした。
神子さんはすうっと目を細めて、遠くの方を見ていました。どこを見ているのだろうと気になり、私も目を細めてみると、遠く妖怪の山の稜線が見えます。ここから見る妖怪の山は、巨大な存在感もごつごつとした岩肌の質感もまったく感じられず、一枚の紙でできた背景のようにひっそりと佇んでいます。
二羽の小鳥がじゃれ合うように私たちの前を横切って行き、風がそっと髪を揺らしました。とても穏やかな時間です。
眼下に広がる稲は後数ヶ月もすれば収穫時を迎え、人々の食卓の前に真っ白でふっくらとした美味しいご飯として姿を現すことでしょう。
私はその様子を頭で想像しながら、そっと胸の前で手を当てて目を瞑りました。
「何をしているんです?」
「祈りを捧げているのです」
「何と?」
「美味しいお米になれー! っと」
沈黙が訪れました。
どうかしたのだろうかと私は彼女の方を見やると、肩の辺りがほんの少し揺れているのがわかりました。それからもう我慢できないと言う感じで、声を出して笑い始めました。
なぜ彼女が笑っているのか、私にはわかりません。だって、私はとても真剣に言ったのですから。
「すみません。つい可笑しくて」
彼女は謝るのですが、けらけらと笑う声は止みません。
いつまでも笑っている彼女に、私は少し拗ねて、
「ひどいです」
大げさにそっぽを向いて見せました。神子さんは「ごめんごめん」と謝り、私がそれでも顔を向けないので、何とか気を引こうと「君のおかげで夏が好きになりましたよ」などとその場しのぎの甘言を言ってきます。そのような言葉に、私は決して騙されません。神子さんが本当に心からそう思ってくれない限り、いくら上っ面だけを整えたところで、私が満足することはありません。彼女だって、それは十分わかっているはずです。だから、これは彼女の意地悪なのでしょう。私がどんな反応を見せるのか、面白可笑しく試しているのです。神子さんは本当にひどい方です!
と、愉快げな声が聞こえました。視線を下の方へ向けると、そこには先ほど虫取り網を掲げていた子供達の姿がありました。子供達ははしゃぎながら、あぜ道を駆け抜けて行きます。
その内の一人が突然足を滑らせ、体勢が崩れると、姿が見えなくなりました。「あっ」と私は声を上げます。田の周りに巡らせてある用水路に落ちたのです。大丈夫だろうかと心配になりましたが、その子はすぐに用水路から這い出して来ると、それから大きな声で笑い出しました。その様子を見て、周りにいた子供達も次々に用水路に飛び込み始めました。
どこまでも広がる稲の景色に、子供達のはしゃぐ声が響き渡ります。
私と神子さんはお互いの顔を見合い、それからにっこりと微笑みました。
日が昇りきり、暑さはピークに達しようとしていました。隣を歩く神子さんは「溶けてしまいそう」と言い、私もそれに同意します。陽炎がもうもうと立ち上り景色が揺らぎます。
一度大通りまで戻った私たちは、次の目的地へ向かって今度はひたすら道に沿って歩きます。
「次の場所は比較的涼しいので、もう少し頑張りましょう」
暑さに項垂れる神子さんを鼓舞しながら、幻想郷縁起で著名な稗田阿求さんの屋敷を通り過ぎ、お地蔵様が並ぶ道をさらに進むと、少ししたところで林が見えてきます。
「この中へ入るの?」
「ええ。夏の森林浴というのは、実に気持ちの良いものなのですよ」
私は夏になると良く森林浴をします。森林は季節によって色々な顔を見せてくれる場所でもあります。夏は青々とした植物が生い茂り、知らぬ間にまったく様子が変わって驚くこともしばしばあるほどです。
林に入ります。
木々の生い茂る空間に足を踏み入れた瞬間、今まで立っていた世界とは違う、何か別の世界へと入ったような気分になります。それはきっと私の単なる思い込みによるものなのでしょうが、私にそう思い込ませる分には、夏の森林というのは神秘的な空気を発しているものなのです。そして、独特の匂いがあるのです。語彙力の乏しい私には、どんな匂いなのかを言葉に表すことがとても難しく、はっきりと口にすることはできません。ただ、やはりここには独特の匂い、言ってしまえば「夏の匂い」があって、私はこの匂いを嗅ぐ度にとてもすっきりとした気分になるのでした。
林のより奥深くへ、私たちは入って行きます。
日の光は林を進むにつれて遠くなり、徐々に薄暗さを増していきます。木々の隙間からわずかにこぼれ落ちる光が、丈夫な幹の表面を照らし美しく輝いているのを見て、その幹を真っ二つに切ったら中からかぐや姫が出てきそうなどと思いました。
そのことを神子さんに言ってみると、
「それは竹でしょう」
「あれ、そうでしたっけ?」
恥をかいてしまいました。でも神子さんは愉快そうにしているので、良しとします。ポジティブな思考は大切なのです。
道は二人が並んで歩いても余裕があったのですが、段々と狭まって行き、生い茂る草が左右から迫り出してくるものですから、私たちはそれらを屈んだり、跳ねたりしながら避けて進みました。
里の通りと比べてこの場所は涼しく、独特の雰囲気も手伝って、私の足は軽やかになります。地面はでこぼことしているので歩きにくさはあるのですが、それすらも私は愉快に感じます。
森林の空気を目一杯、肌で感じながら、斜面を下り、上り、また下っては上ります。私はとても楽しい気持ちで満たされていました。いつもは一人で歩いている道を、今日は二人で歩いているのです。それだけで楽しさは二倍に膨れあがり、私はついつい浮かれてしまいました。
そのため、神子さんが疲労していることに気付かなかったのです。
「ちょっと……待って」
と、神子さんは歩みを止めました。私が振り返ると、彼女は荒くなった呼吸を整えようと深呼吸をしました。その様子を見て、ようやく私は彼女が疲れていることを知り、相手のことを考えず自分のペースで歩かせたことを反省します。私はこの場所を歩き慣れているものの、神子さんは恐らく初めてなので疲れるのも当然のことです。
「すみません。つい浮かれて……。もう少しゆっくり歩けば良かったですね」
「むしろ何で君は疲れていないのか、それが気になります」
神子さんはそう言い、上の方を見上げながら額を手で拭うと、
「何だか行脚をさせられている気分」
行脚とは仏教の言葉で、僧侶が修行のために諸国を歩き回ることを言います。彼女にそれだけ負担を掛けたことを申し訳なく思い、私はもう一度謝ります。
「いえ、気にすることはありませんよ。確かに森林浴というのは気持ちが良い。気分が晴れやかになる」
その言葉に、今度は急に嬉しい気持ちになります。自分の調子の良さに呆れつつも、やっぱり嬉しいものは嬉しいのです。
「神子さん。もう少しだけ歩けますか?」
平気です、と彼女は答えます。
少し行くと、湧き水が出ている場所へ出ます。岩の間から染み出した水は、小さな滝のように流れ続けています。
私と神子さんはそこでしばらくの休憩を取ることにしました。水は氷のように冷たくて、手に溜めると痛みを感じるほどですが、喉を潤すには最適です。
彼女は両手に水を溜めると、それを口に持って行き、一息に飲み干しました。
「ふう。生き返るわね」
「その『生き返る』という感覚は、夏だからこそ味わえるのですよ」
「なるほど。言われてみれば確かに」
冷たい水で喉を潤す。たったそれだけのことでも、気持ちよく感じることができるのは夏の良い所です。暑いのだって、悪いことばっかりじゃありません。
そこで不意に、辺りの空気が変わったのを感じました。肌ではっきりと感じられる程度にひんやりとした空気が、どこからともなく流れてきます。いくら林の中だろうと真夏の気温でこれだけの冷気が発生するのは普通の事とは思えません。何かしらの原因があるのは明らかでした。
神子さんもそれに気付いた様子で辺りをそっと窺います。私たちは押し黙り、緊張が走ります。じっとその場で動かず辺りの様子を探り、わずかばかりの時間が過ぎ、次の変化が唐突に訪れます。
すーっと木々の間を縫って、少しの白みを帯びた透明な物体が私たちの方へと向かって来るのです。最初、それが何かわかりませんでしたが、近付いて来るにつれ姿がはっきりと見え、正体が何なのか理解することができました。
「幽霊か」
神子さんがつぶやきます。
冷気を作り出していた原因は幽霊でした。それも一つや二つではなく、いくつも飛んでいます。なぜ、こんなところにこれだけの幽霊が集まっているのか、私にはわかりませんでしたが、特に何か悪いことがあるわけでもないので、それほど気にする必要もありません。
私たちは緊張を解き、通り過ぎていく幽霊を眺めます。
そこで私は良いことを思い付き、目の前を通った片手で掴めるほどの手頃な幽霊を捕まえます。ひんやりとしていて、体の熱を冷ますには持ってこいでした。疲れている神子さんを少しでも回復できればという思いで、私はそれを彼女の首筋にそっと当てました。
「ひゃあ!」
彼女は素っ頓狂な声を出しました。
「あ、ごめんなさい。こうすれば冷たくて気持ちいいかと……」
首筋を手で押さえてこちらを振り返り、何とも言えない表情で私を見ます。
驚かせるつもりはなかったので、悪いことをしてしまいました。
変な声を出した事を恥ずかしく感じたのか、彼女は咳払いをして体裁を取り繕います。
「……それで、君のお気に入りスポットその二はここでいいのかしら」
「いえ、ここもそうですが、ここだけではないのです」
と私は言い、
「もう少し進むと、農家があるので、そちらにお邪魔しようかと」
神子さんの疲れも取れたようで、私たちはまた歩き始めます。とは言っても、ほんの数分歩くと、林を抜け目的の農家が見えてきます。
「この農家の方たちは、寺の方に取れたての野菜を届けて下さるんです。本当にありがたいことです」
いつでも野菜を食べに来て下さいとの事ですので、今日はその言葉に甘えさせて貰うことにしました。
一軒の家屋が建っています。一軒家としては大きく、それなりに歴史を感じられる風貌をしています。瓦屋根が日差しを受けて、鉛色に輝いていました。私たちは玄関ではなく、裏手へと回りました。裏には畑が見え、そこには夏の野菜が美味しそうに実っているのがわかります。
「すみません。どなたかいらっしゃいますか」
建物の裏手は縁側になっているので、中の方へ向かって呼びかけると、すぐに人が出て来ました。
「あら、これは聖さん。良くお越しで」
そう言って頭を下げて来たのは、今年で八十歳を迎える夏子さんです。名前に夏が入っているなんて、とても素敵です。以前、ご本人にそう言ったところ、「ええ、そうでしょう。良くわかってらっしゃる」と無邪気な笑顔で答えて下さいました。日に焼けた顔は、まだまだお元気そうで何よりです。挨拶を交わすと、彼女に神子さんを紹介し、神子さんにも彼女を紹介します。
「実は今日は神子さんに夏の魅力をお伝えしようと、色々な所を巡っているんです」
「なるほど。それは調度良かった。今日取れたばかりの野菜を冷やしていたところなんですよ」
「まあ、ほんとですか」
私は手を叩いて喜びます。
「せっかくですから、食べていってください」
「ぜひ」
僥倖です。新鮮な取れたて野菜が、まさか冷えた状態で待っていてくれるなんて。
家に上がったらどうかという夏子さんの言葉を丁重に断り、縁側に座らせて貰うことにします。夏子さんは奥に引き下がり、桶を抱えてすぐに戻ってきました。
桶の中にはキュウリとトマトが冷たい水につけられています。
どうぞ、と言うので私はさっそく頂くことにします。まずはキュウリを取ると、そのままかぶりつきます。かりっと良い音がして、歯ごたえが何と言えません。噛むたびに水分が染み出して来るのですが臭みはまったくなくて、とても食べやすいのです。
神子さんも私の真似をしてキュウリにかぶりつきます。
「どうですか?」
夏子さんが訊ねます。
「うん、美味しい。とても新鮮で、何より大事に育てられたと言うのがわかります」
神子さんが言うと、夏子さんは嬉しそうに無邪気な笑みを見せました。その顔を見たら、何だか私まで嬉しくなって来ます。
トマトの方もぜひどうぞ、と言うので遠慮なくそちらも頂きます。綺麗な赤色をしている腹を囓ると、じゅわっとジューシーな汁が飛び出してきます。
「美味ひい」
正しい発音ができませんでしたが、意味は伝わるでしょう。
「聖さんは本当に美味しそうに食べてくれるから、作っているこっちとしても嬉しい限りですよ」
「確かに。聖の表情を見るだけで、どれだけ美味しいか伝わってくる」
「そ、そうですか」
私はちょっと困惑します。そんなにわかりやすいのでしょうか。
出された野菜は私がほとんどを頂きました。神子さんはあまりお腹が空いていないとのことで、キュウリとトマトを一つずつ頂いて夏子さんにお礼を言っていました。
「しかし、君は良く食べるわねえ。さっきあんなに大きな冷やし中華を食べたと言うのに」
神子さんはそう言って、夏子さんにもわかるようにどれだけ大きいかを腕を使って説明します。
「まあまあ。それはそれは」
と夏子さんは微笑みます。
「人を大食漢みたいな目で見ないでください」
「実際そうでしょう。大食尼だ」
「違います」
私はきっぱりと否定します。すると夏子さんが、
「そう言えば、キュウリの漬け物があるんでした。お出ししましょうか?」
「ぜひお願いします」
私が即答すると、二人は大笑いするのでした。ひどいです。
小川が静かに流れる通り。
立ち並んだ柳が風に煽られてさわさわと音を立てます。
「次の場所は私の一番のお気に入りなんです」
「ほう」
川のせせらぎを聞いていると、涼しく感じられます。小川に沿ってしばらく歩くと、水の流れが横に小さく分かれる場所があります。川というよりも水路のような小さな流れで、今度はそちらに沿って歩きます。
神子さんは黙って着いてきてくれますが、もしかしたら本当は嫌なんじゃないかと不安な気持ちはありました。暑いのが嫌だと言っている人を、この猛烈な暑さの中で歩かせているわけですから。彼女に無理を強いているのだとしたら、それはとても嫌でした。どう思っているのだろうと彼女の顔を窺っても、私にはわかりません。
「後どれくらいで着くの?」
「えっと、もうすぐです」
「そう。今回は早いのね。さてさて、次はどんな場所なのか」
神子さんはそう言うと、一呼吸置いてから、
「そんな心配そうに見つめなくても平気ですよ。君とこうしているのが嫌だったら、とっくに帰ってるから」
心の内が完全にばれていました。でも、彼女がそう言ってくれたおかげで私はやる気が出ます。ここまで来たら最後まで付き合ってもらいます。
「君は内面が顔に出るから、わかりやすい」
「あなたはわかりにくいです」
私が言うと、彼女はふふんと楽しそうに声を漏らしました。
小さな川の流れは、やがて池に流れ込みます。
「はい。到着です」
「ここ?」
と神子さんが首を傾げます。彼女の反応も当然と言えば当然でしょう。
命蓮寺の敷地にそのまま入ってしまうほどの小さな池で、周りにも特に目立ったものはありません。見所と言えば池に咲いている蓮華くらいですが、わざわざこの風景を見にここに来る物好きは私くらいでしょう。
「私は好きなんです。ほら、ここから見ると池に空が映っているのが見えるでしょう。そこから蓮華が飛び出すように咲いているのは、何だか綺麗じゃありませんか」
池には空の青さが映し出されて、水面から飛び出した蓮華が風に揺れています。ひっそりと静かに咲き誇る白い蓮華はとても綺麗で、今が一番の見頃なのでしょう。
神子さんは池に近付いて池全体を眺め、それから蓮華をじっと見つめました。
「やっぱり少し物足りなかったでしょうか?」
彼女は私の言葉にそっと首を横に振りました。
「そんなことはない。十分楽しんでいますよ」
私は後ろから見ていました。池に映る空と白い蓮華と、それから神子さんの背中を。彼女は近くにあった蓮華を指でつんと突っつきました。
一瞬だけ、その後ろ姿が記憶の中の背中と重なりあって、私は目を閉じてゆっくりと深呼吸をしました。今は昔の思い出に浸っている場合ではないと、その幻影を振り払います。
目を開けると、そこには過去の思い出とは似ても似つかぬ神子さんの華奢な背中があります。
「聖」
と彼女が振り返って私を呼びます。
「何でここが好きなの?」
「……そうですね。ここから見ると、何だか空がぽっかりと切り取られたみたいじゃないですか。それが何だか綺麗だなあ、って」
私が答えると、彼女は首を横に振りました。
「嘘。それは嘘でしょう。誤魔化そうとしても私にわかりますよ」
「やっぱりばれちゃいます?」
「ばれちゃいます」
彼女は池の周りに巡らされた柵に寄りかかり、にこにこと笑って言います。
「それで、本当の理由は?」
私は溜め息をつき、神子さんの隣まで行って柵に手を掛けました。それからぼーっと池全体を眺めながら、そっと口を開きます。
「似ているんです。ここの風景が。かつて大切な人と一緒に見た風景と」
「大切な人?」
と神子さんが訊いてきます。だけど私はその問いには答えず、そっと微笑み返します。これはきっと誰かに言うようなものではなく、自分の心にしまっておくものなのです。
神子さんはそんな私の心情を察してくれたのか、それ以上追求はしてきませんでした。
「大切な思い出なのですね」
「ええ、とっても」
「じゃあ、二度美味しいというわけだ」
「え?」
「今見ているこの風景と、ここから思い出せる昔の風景を、同時に味わっているわけでしょう。ほら、二度美味しい」
神子さんは面白いことを言います。不思議とその言葉は私の中にすんなりと入ってきました。そっか、二度美味しいのか、と。
「特をしているわけですね」
「そう。それもかなり特をしているわね。だって私と一緒なんですから」
「ありがたやありがたや」
私が手を合わせて言うと、彼女は明るい笑顔を見せます。
昔見た景色と似ているけれど、今見ているのはやっぱり違う景色で、でもどちらも私は好きです。彼女が言うには昔の思い出が上乗せされる分、今の方がお得らしいので、私は十分に景色を楽しむことにします。小さな池に蓮華が咲いているだけの平凡な景色。だけど私にとっては特別な景色を。
私が何も言わずに池を眺めていると、横にいた神子さんが口を開きます。
「しかし、私はてっきり、いずれこの蓮の茎の部分が成長して食べられるようになるのが理由かと思ったのに。美味しいレンコンになれー、って」
「そんなに食べ物の事ばっかり考えているわけじゃありません! ……もう」
私は神子さんの肩の辺りをぽかぽかと叩きます。彼女は可笑しそうに笑い声を上げます。やっぱり神子さんはひどい方です!
「ねえ、神子さん」
「はい」
「最後にもう一ヶ所だけ付き合ってください」
最後に立ち寄ったのは甘味処です。
食べ物の事ばかり考えているわけではないと言ったばかりで、ちょっとだけ気が引けましたが、かき氷を食べないで夏を満喫したとは言えません。
神子さんはかき氷を食べたことがないそうです。あんなに美味しいものを食べないなんて、非常にもったいないことだと思います。
「とは言っても氷でしょ?」
神子さんが言います。
「わかっていません。あなたは全然わかっていません」
私はため息をつきます。これはぜひ食べてもらわないといけません。
ただのかき氷では彼女を満足させられないかもしれませんが、私おすすめの甘味処のかき氷を食べたら、彼女だってきっと虜になります。私には自信がありました。
結構な老舗らしく里でもかなり有名なお店です。昔ながらの和菓子から、外の世界から入り込んだ洋菓子まで色々と売っていますが、かき氷の種類は一種類だけ。宇治金時のみです。
私はさっそく注文を頼みます。すぐにお店の方がかき氷を作り始め、神子さんは興味深そうにその様子を眺めていました。
お待ちどお様、とお店の人が二人分のかき氷を差し出してきます。私たちはそれを受け取り、お店のすぐ目の前にある東屋の椅子に座ります。
「溶けないうちにどうぞ」
「そうですね」
私はすぐにでも口に入れてしまいたかったのですが、神子さんがかき氷を食べてどんな反応をみせるか気になり、様子を見ることにします。
器の中央には氷の山があって、見栄えの良い緑色をした抹茶のシロップがかけられています。その横には上品な味わいの小豆がメインである氷を邪魔しない程度に添えられています。白、緑、紫、と色のバランスがとても美しく、見ているだけでも十分に楽しめます。これを写真に撮って部屋に飾ってしまいたいくらいです。
神子さんはかき氷の山頂部分をスプーンで一口分をすくい取ると、それをゆっくりと口に入れました。その瞬間、彼女は目を丸くして、
「美味しい……」
とつぶやきました。
やった、と私は心の中で思います。彼女はかき氷の美味しさにとても驚いたようです。その反応も当然でしょう。
ここのかき氷は天然の氷を使っています。人工的に作った氷と比べて、口当たりがまったく違います。何というか、ふわっとしているのです。口に入れた瞬間に溶けてしまいますが、ほんの一瞬だけ柔らかい感触を舌で感じることができ、その感覚を言い表すと「ふわっとしている」としか適当な言葉が思い付きません。
とにかく彼女もその感覚を気に入ったのか、二口、三口とかき氷を食べていきます。私はすっかり安心して自分のかき氷に意識を向けます。スプーンで真ん中をすくい取って、口の中に入れると、思わずため息がこぼれました。
どうしてここまで美味しいのでしょうか。ふわっとした感触が去った後に、口の中に上品な甘味が広がっていくのです。幸せな気持ちでいっぱいになります。
「正直びっくり。こんなに美味しいなんて」
「ただの氷じゃないでしょう?」
「まったく、君の言う通り」
溶ける前にいただいてしまおうと、私たちは黙々と口に運びました。
夏の日差しで火照った体には、氷の冷たさが実にありがたいです。やっぱり夏にはかき氷なのです。そして、かき氷が美味しく食べられる夏はやっぱり良いな、と思います。
半分ほど食べたところで、ふと気付きます。
真ん中ばかりを食べ進めていたので、氷の山が中央で二つに裂かれていました。その様子が、神子さんの髪型とそっくりだったのです。
横に座る神子さんの方をちらりと見やると、かき氷に舌鼓を打ち満足そうな顔をしています。頭の上にぴょんと立っている耳みたいな髪が、頭の動きに合わせて揺れ動いています。このかき氷と神子さんの髪、どちらがふわっとしているのだろうと考えたら、思わずくすっと声が漏れてしまいました。
「む、今、笑った。私の髪を見て」
私は咄嗟に手で口元を隠しましたが、時すでに遅しです。
「どうせ君もこの髪型を馬鹿にするのでしょう。その手元のかき氷みたいだ、と」
「いえ、決して馬鹿にしたつもりでは……」
何とか誤解を解こうとしたのですが、どうやら触れてはいけない部分に触れたらしく、彼女は怒ります。
「ええ、ええ、そうでしょう。変でしょう。私には聞こえるんです。里に来れば、そりゃあもう、たくさんの声が聞こえます。人々の声から、欲からしっかり聞こえるんですよ。変わった、奇抜な、可笑しな、髪型だって」
神子さんはさらに声を強めて言います。
「まったくわかっていない。この髪型の良さがわかっていない。ああ、嘆かわしい。君が夏の良さを私に伝えようとした理由が良くわかりました。確かに悪く言われると、悲しい」
はあ、と神子さんはため息をつきました。私は何とか謝ろうと思ってタイミングを窺います。
彼女はそっと尖った髪の部分を手で優しく撫でます。
そして、ぽつりと小さな声でつぶやきました。
「可愛いと思うんだけどなあ……」
拗ねたような顔を見せる彼女に、私は我慢できなくて声に出して笑ってしまいました。もちろん彼女はさらに怒ってしまったので、許してもらうのに苦労したのは言うまでもありません。
夕暮れが近付いてきます。
少しずつ人の気配が減って行く人里を歩きながら、私は神子さんに訊ねます。
「今日はどうでした。楽しめたでしょうか?」
夏を楽しんで好きになって貰おうと、私ができることはやったつもりでしたが、正直なところ少し不安です。本当に彼女が楽しんでくれたのか。私の単なる自己満足になっているのではないか。
「楽しかったですよ。まあ、暑くて本当に苦労したけれど。でも、良い経験をさせて貰いました」
ほっと胸をなで下ろします。ただし、次が一番の問題です。
「それで、神子さん。夏は好きになってくれましたか?」
彼女は少しだけ考えるような素振りを見せます。
「そうね。まあ、悪くないかな」
「悪くない、ですか」
「うん、悪くない」
悪くない。好きになって貰おうという試みは失敗に終わりましたが、でも「嫌い」から「悪くない」に変化したのなら、それはそれで悪くない、という事にします。
「まあ、いいでしょう。何より、今日はとても楽しかったですし。神子さんにできるだけ楽しんで貰うつもりだったのに、すっかり私自身が楽しんでしまいました」
「よっぽど好きなのね、夏が」
「ええ。自分でも不思議に思います」
夏は本当に良い季節です。他の季節も当然ながら魅力はありますが、私にとってはやはり夏が一番で、特別な季節なのです。できることなら、神子さんにも夏を好きになって貰って、二人で思う存分夏を満喫できたら、それはとても素敵だろうなと思います。だって、今日は本当に楽しかったのですから。
「しかし、今日は何だか食べてばっかりの一日だったわね」
そう言われて、私は恥ずかしくなります。確かにその通りでした。
「あのですね。ほら、私の魔法って身体能力を向上させるでしょう。向上した分、かなり代謝も良くなってしまうので、それだけ食べる量も必然的に多くなってしまうんです。これは仕方ないんです」
「ふうん。ま、そう言う事にしておきましょう」
「しておきましょう、じゃなくて、実際そうなんですよお」
私はまた神子さんの肩の辺りをぽかぽかと叩きます。
「でも、どちらにせよ君が大食いという事実に変わりはないわよ」
「……そう、ですけれど」
反論できる余地はなかったので、苦し紛れに、
「で、でも、美味しかったでしょう」
「そうね。美味しかった。それに、君が何とか私に夏の魅力を伝えようとしているのは、すごく伝わった」
そして、彼女は「ありがとう」と言うのです。
「ずるいです」
「うん?」
「だって、その言葉は私が言うべきはずの言葉なのに、それを先に言っちゃうんですもの。私はなんて言えばいいのです?」
私が言うと、彼女は立ち止まりこちらを向きます。十字路の真ん中、帰路につく人々が私たちの横を通り抜けて行き、はるか西の空がほんのりと赤く染まり始めます。
そんな赤く染まった空を背に、彼女は口を開きます。
「そうねえ。じゃあ、『また今度』とかどうかしら?」
「それって……」
「君と色々な所を巡るのはなかなか悪くなかった。だから、また機会があればこうして色々な場所を案内してくれたらな、と。もちろん、君が良ければだけど」
「良いに決まってます! こちらからもぜひお願いしたいくらいです」
私は咄嗟に神子さんの手を両手で握っていました。無意識の行動だったので、すぐに自分がしたことに驚き、彼女も目を丸くして、私は頬が火照るのを感じながら、
「あ、ごめんなさい」
手を解いて引っ込めます。
彼女は何も言わずに、ただ目を細めて穏やかな笑みを見せます。その表情は余計に私の頬を赤くします。きっと神子さんの背に広がる夕焼けみたいになっているはずです。
私は咳払いを一つすると、
「神子さん」
「はい」
「では、また今度」
「うん、また」
そうして私たちは静かに別れました。今日、彼女と一緒に色々な場所を巡れたのは私にとっても良い経験でした。「また今度」がいつになるかはわかりませんが、そんな機会が訪れることを願いながら、私は帰路につきました。
夜に目が覚めました。
喉が渇いていることに気付き、私は床を抜け出すと台所へ向かいます。
月明かりのおかげで、廊下を歩いていても柱に小指をぶつけて悶絶するような事はありません。昼間よりも随分と気温が下がり、とても穏やかな気候でした。
寺の中はひっそりとしていて歩く度に足音が響いてしまうので、私はなるべく音を立てないように気を付けて歩きます。
台所へ近付くと、明かりがこぼれている事に気付きました。どうやら誰かがいるようです。一輪あたりが私と同じように喉の渇きを潤すためにやって来たのだろうと思いました。以前にも何度か夜中に顔を合わせているので、一輪かもしくは村紗だろうと勝手に想像して、何と声を掛けようか考えながら私は台所へ入ったのです。
そして、驚きました。
「やあ、良い夜ですね」
そこにいたのは、一輪でも村紗でもその他の寺の者でもなく、まったくの予想外の人物だったものですから、私は驚き、体の動きが止まりました。
「神子さん……?」
「驚きましたか」
神子さんがいました。なぜこんな所に、なぜこんな時間にいるのか、私にはさっぱりわかりません。確かに「また今度」などと言いましたが、さすがに早過ぎます。私が何も言い出せないでその場に呆然と立っていると、
「すみません。驚かせるつもりはなかったのです。ただ、仙人とは神出鬼没であれと教わったもので」
「そう、なのですか」
まともな返事ができませんでしたが、彼女は頷くと、
「喉渇いているのでしょう。冷たい水を用意しておきました」
そう言って、手に持っていたコップを私に差し出してきました。受け取ってみると、冷たさが掌に伝わってきます。色々な疑問がありましたが、とにかく何か考えるのは喉を潤わせてからにしようと、私はそれを飲みました。とても喉が渇いていたので、一息に飲み干し、ふうと息を吐きます。
「ついでに毒も入れておきました」
「ええ!?」
暗殺という単語が頭をよぎります。まさか自分がその対象になるなんて思わなかったので、大きな声を出してしまいました。
「いや、さすがに冗談だから。まさか信じるなんて、こっちが逆に驚きましたよ」
「神子さん」
「はい」
「私、寝起きなんです」
「はい、それで」
「寝起きはまったく頭が働かないでしょう」
「ふむ、確かに言われてみればその通りですね」
「だから、そんな冗談はいけないと思うのです」
「なるほど。これからは気を付けましょう」
神子さんは口元に笑みを浮かべて言います。本当に反省したか疑問なところです。私は溜め息をつき、
「それで、どうしてここにいらしたのです?」
「そうそう。実はこれからちょっと付き合って貰いたいのです」
「こんな時間に?」
「こんな時間に」
「私と?」
「君と」
私は少し考えます。神子さんの意図が読めませんが、何か悪いことを企んでいる訳でもなさそうです。彼女はじっと私を眺め、どういう返答をするかを興味深そうに待っています。私は手に持っているコップを見つめます。水滴を帯び、つるつると滑ります。寺で使っているコップとは違うので、恐らくは彼女の私物なのでしょう。
少しばかりの間を置いて、
「わかりました。あなたに付き合います」
単純に興味が湧きました。わざわざこんな時間にやってきたのですから、何かしらの理由があるはずです。
「良かった。それではさっそく行きましょう。……いや、君は着替えた方がいいか」
神子さんの視線が私の胸元に移ります。その視線を追って自分の胸元を見やると、寝間着がはだけて胸の大部分が見えてしまっていました。私は慌てて襟の部分を正して隠します。
「眼福かな」
「馬鹿」
着替えを済ませ、私たちは夜空へ飛び立ちます。
湿気を多く含んだ風が心地よく感じられました。神子さんは私を先導するように、右側でほんの少しだけ先を飛んでいます。どこへ連れて行くのか訊いても、着いてからのお楽しみと言うのです。せっかくなので、言われたとおり楽しみにしておきます。
月明かりの下、動く影は私と神子さんの二人だけでした。下方の大地はどこまでも伸び広がり、静かな存在感を示しています。逆にはるか上空へ目をやると、ずっと遠くにある星が呼吸をするようにひっそりと瞬いているのがわかります。静寂の世界で、月だけが私たちを何も言わずにじっと観察している、そんな感じがしました。
里を抜けて、しばらく飛び続けると、神子さんが徐々に高度を下げていきました。それに続いて下がっていくと、森が広がる手前で地面に降り立ちました。暗い森が静かに佇み、光を一切吸い取られたかのような闇が広がっているのがここからでもわかります。
「これからちょっとだけ歩きます」
神子さんは言うと森の中へ向かって歩き出したので、私はその背中に付いて行きます。森に入ると一気に視界が奪われます。神子さんが何か動きを見せると、その手にぽっと光が宿ります。良く見ると、神子さんがいつも持ち歩いている笏が輝いているのでした。笏をランタン代わりに、森の中を突き進みます。何も言葉は発しませんでした。お互いの息遣いだけを感じながら、私たちは歩きます。
私には前を歩く神子さんの背中がとても頼もしく見えていました。彼女に付いていけば、何も間違いはない。そんな風に思えます。これが為政者としての威厳なのか、それとも私が勝手に不思議な感情を抱いているせいなのかは定かではありませんが、この飲み込まれてしまいそうな暗闇の中で、その背中は私をとても安心させます。
と、神子さんが歩みを止めました。こちらを振り返ると、
「もう着きますよ。心の準備は良いですか?」
私はこくんと頷きます。
真っ暗な森の暗闇から抜けると、そこは別世界でした。
ぽっかりと森がくり抜かれた空間に、大きな池が佇んでいました。昼に私が案内した池よりもずっと大きくて、まるで魔法でもかけられているかのように、水面には圧倒的な星空が映し出されています。水面に映る星空と本物の星空、その間には数え切れないほどの蛍が飛んでいて、淡い光を纏いながら空中にいくつもの線を描きます。
その様子があまりにも綺麗で、私は息を呑み、そっと見守っていると、一匹の蛍が輪を離れ、池のほとりに咲いていた蓮華に静かに止まりました。そこでまた光り出したことで、白い蓮華に光が反射し、まるで花そのものが淡く輝いているようです。本当に幻想的な風景でした。
神子さんは平らな岩に腰掛けると、隣に座るよう私を手招きします。私はそこへ座り、
「この風景を見せに、ここに連れてきたのですか?」
そう質問すると、神子さんはゆっくりと首を横に振りました。それから、人差し指を口の前に持ってきて、しーっと静かにするよう指示を出します。
「静かに。目を閉じて」
そう言って、神子さんは優しく微笑むのです。目の前の風景が名残惜しい気持ちもありましたが、彼女の指示に従うことにします。
ゆっくりと目を閉じると、暗闇が訪れます。
と、そこで気が付きました。
鳴き声。
いくつもの鳴き声。
最初、漠然とした音の連なりにしか聞こえなかったそれらは、耳が慣れて行くに連れて一つ一つの分かれた音として聞こえるようになります。
森のどこかでキリキリキリと鳴けば、今度はまた違う場所で、リッリッリッと鳴くのです。と思えば、いきなり背後からリンリンリンと鳴き、そう離れていない草むらからジージージーと鳴きます。池の方からはケロ、ケロ、と聞こえます。
まるで山彦のようでした。あちこちで鳴き声が響き渡り、それに呼応するようにしてさらに別の鳴き声が響くのです。
「聞こえますか?」
「はい。はっきりと」
「こういうのも、悪くないでしょう」
「とても、素敵ですね」
心からそう思いました。目を開ければ、そこには絶景が広がっているのでしょうが、あえてそれから目を背けて、耳を澄まして鳴き声を聞く。何という贅沢でしょうか。こんなことは、私一人では到底思いつかなかったでしょう。
私はただただ聞き入っていました。耳に入ってくる音に。夏の夜に響き渡る鳴き声に。
それぞれに違う味があって、それらが重なることでより美しくなったり、またはどこか面白みのある音に変化するのです。私はすっかり虜になっていました。それと同時に、複雑な気持ちになります。夏が好きだとあれだけ言っておきながら、夏が嫌いだった神子さんにこうして夏の魅力を教わる立場になってしまいました。少し悔しいような、でも新たな夏の魅力を感じられた事の嬉しさが混ざり合って、何とも言えない気持ちです。
「今鳴いたのは、鈴虫」
と神子さんが口を開きました。私は目を開けて彼女の方を見ます。
「今のはコオロギ。それから、これは蛙ね。わかりやすい」
「詳しいんですね」
「昔よくこうやって鳴き声を当てて遊んだの。今みたいにこれは鈴虫、これはコオロギ、って。そうしていると、私たちは本当に無邪気になれました」
神子さんが「私たち」と言ったのを、私は聞き逃しませんでした。彼女は昔、誰かとこうしていたのです。恐らくは私の知らない誰か、と。その方がどんな人物なのか、気にならないと言えば嘘になりますが、私は何も言いませんでした。きっとそれを訊ねたところで、彼女はただ微笑むだけで質問には答えてくれなかったことでしょう。
彼女は目をそっと細めます。その誰かと一緒にいる風景を、今見ている景色と重ね合わせて、懐かしんでいるようでした。
何となく、神子さんが私をここへ連れてきてくれた理由がわかったような気がします。きっと、これは彼女なりの誠意なのです。昼間に案内した池には、私の過去の大切な思い出があって、間接的にではあるものの彼女はそれに触れたのです。私が勝手にした事に過ぎないのに、彼女はそれを特別な事だと感じてくれたのです。だから、神子さんも同じように自分の中にある大切な思い出の一部を、こうして私に触れさせてくれたのです。
どうしようもないほど嬉しい気持ちで一杯になります。私と神子さんは、お互いの思い出を共有しているのです。たったそれだけのことなのに、その場で跳ねてしまいたいくらいに嬉しいのです。
感謝を述べるのは、違う気がしました。だから、私はそっと口を開き、
「ねえ、神子さん」
「ん?」
「二度美味しいですか?」
彼女は一瞬、目を丸くしました。それから、ゆっくりと表情を崩して微笑むと、
「ええ、そうね。確かに、二度美味しい」
私たちは再び耳を澄ませて音を聞きました。
とても幻想的な時間でした。いつも暮らしている世界から、一歩だけ外に踏み出したような感覚と言えばいいでしょうか。地面にしっかりと足を着いているのに、どこかふわふわとした感じがします。それは決して不快ではなくて、とても心地よく私を愉快な気分にさせます。
「あなたとこうして夏の夜に耳を澄ませたことは、きっと忘れません」
「そんなに気に入ってくれた?」
「ええ。本当に素敵です」
私は空を仰ぎ見ます。それからしみじみと、
「今この瞬間も、いつか遠い過去になってしまうんですね。そう思うと、ちょっとだけ寂しい気持ちになります」
少しばかりの間があってから、神子さんは口を開きました。
「なら、考え方を変えてみたらいいんじゃない?」
「考え方?」
「そう。いつか遠い未来で、また同じことをした時に二度美味しいと思えるように、いや、二度と言わず三度でも四度でも美味しいと思えるように、今はそのための下ごしらえをしているのだ、と」
「ちょっと無理やりじゃありませんか?」
「やっぱり?」
そうですよ、と私は言います。それに私は神子さんとの素敵な時間を、下ごしらえなどと思いたくはありません。でも、こうやって思い出を積み重ねて行って、未来でまた同じことをして、その時に過去の分だけ今がより美味しいと思えるのなら、それはそれで良いことでもあるように思えます。
だから、私は祈ります。
胸の前で手を合わせて、心の中で、美味しくなれー、と。
少しの時間そうやって祈った後、隣を見ると、神子さんも私と同じように手を合わせていました。まさか彼女がそんな事をするとは思わなかったので、私は驚きました。私の視線に気付いたのか、彼女はこちらを向きます。
視線が合い、しばらく見つめ合った後、自然と笑い声が漏れて二人でくすくすと笑い合いました。
笑い声に反応したのか、どこかで蛙がケロケロと鳴きました。虫たちは今も忙しなく鳴き続けて、空高く響き渡ります。
同じ時間は二度と訪れません。同じ場所で、同じことをしたってそれは別の記憶になるのです。
夏の夜の、二人だけの特別な時間。この瞬間にしか味わえない気持ちを心に刻みつけます。
私たちはその後も、空が白み始めるまでその場でじっと耳を澄ませていました。この蛍の光のように儚い時間が、記憶となっていつまでも淡く光り輝いてくれることを願いながら。
朝になって、いつまでも起きてこない私を心配したのか、一輪が部屋にやって来ました。私は一輪に起こされたことで、すっかり日が昇っている事にようやく気付きます。
「具合でも悪いのですか?」
欠伸を必死に噛み殺す私を、彼女は心配そうな目で見てきます。
「いえ、そういうわけじゃありません」
とびっきり大きな欠伸を両手で隠してやり過ごした後、
「ただ、すごく良い夢を見ていたので、起きるのがもったいなかったの」
夜中に神子さんとお出かけしたことは、秘密にしておくことにしました。そうした方が、あの記憶がより大切に思える気がしたのです。
一輪は何だか良くわからないといった表情を見せます。
「それではお邪魔してしまいましたか?」
申し訳なさそうに彼女が言ったので、私はふふっと笑います。
「気にしなくてもいいです。あなたが来たときには終わっていたから」
私はそれから冷たい水で顔を洗って、朝の体操を一緒に行えなかった事を響子に謝り、皆で一緒に朝食を取ります。朝食の間も油断すると欠伸が出てくるので、我慢するのに苦労しました。
今日は予定がなかったことで助かりました。眠気が我慢できなくて、私は朝食を終えるとすぐに布団に戻り、少しばかり休息をとります。休んだことで頭もすっきりしたので、昼過ぎになって里に買い物へと出かけました。
瀬戸物屋さんで目的の物を買って寺に戻ると、縁側でぬえがいつものように尺取り虫みたいな姿勢で項垂れていました。
「ぬえ」
「ん~?」
「良い物を買ってきましたよ」
「あ~」
私は苦笑を浮かべながら、買ってきた物をさっそく縁側の軒下に吊します。それからしばらく座って待機していると、ふわりと風が吹きました。
チリン、チリン、と涼しげな音が鳴ります。透明感のある、実に綺麗な音です。
「風鈴~?」
「ええ、いいでしょう。涼しくなるような気がします」
「気がするだけで、暑いのは変わらないわよ」
「……そうですね」
でも、本当に良い音です。夏が終わるまではここに吊しておくことにしましょう。
私は一度自室へ行き、うちわを持って戻ってくると、自分とぬえに風が当たるように扇ぎます。風が送られてくる事に気付いたぬえは変な姿勢を止めると、私と並ぶように座りました。
チリン、チリン、と風鈴が鳴ります。二人でしばらくその音に耳を傾けていると、とてとてと廊下を歩く音が近付いてきます。
「スイカを切りました。どうぞ」
一輪が切り分けたスイカを持ってきてくれました。私とぬえは喜んで、さっそくスイカにかぶりつきました。甘い汁が口いっぱいに広がります。
「あら、風鈴」
「さっき聖が買ってきたんだよ」
「へえ。それは良い。しかし、ここだと来客する方々には聞こえないと思いますよ」
一輪が言います。私は首を横に振り、
「ここでいいんです。これは私が個人的に楽しむためのものなんです」
そう言って、にっこりと微笑みます。一輪は不思議そうな顔をして、近くにいたぬえに視線を送りました。ぬえは肩をすくめると、またスイカにかぶりつきます。
今日もまたとても暑い一日です。しばらくは猛暑が続くのでしょう。私としては望むところです。夏を思いっきり楽しんでやります。
風鈴が鳴りました。凛としていて、とても風流な音です。
私は持っていたスイカと風鈴を交互に眺めて、それからスイカに目一杯かぶりつきました。シャリッという何とも良い音がします。風鈴の音も良いけれど、私はやっぱりこっちの方が好きなのでした。
それをあの方に言ったら、いったいなんて答えてくれるかなと私は考えて、愉快な気持ちになります。
午前中に人里の檀家の方々に挨拶を済ませ、お昼近くになって私は帰路につくところでした。もうすっかり夏の気配があちらこちらに感じられて、額の汗を袖で拭いながら、少しばかり気持ちが高鳴りました。
私は夏が好きなのです。
朝露に濡れた朝顔の花、陽炎が立ち上る人里の道、せわしなく鳴き続ける蝉、夜の縁側に訪れる涼しい風、そういったひとつひとつの要素が私を愉快にさせます。朝、昼、夜、と色々な顔を見せてくるのも私の気に入る理由なのでしょう。
この暑さに気が滅入る人も多く、夏が嫌いだ、などと言う人も少なくありません。そう言う声を聞くと私は悲しい気持ちになります。寺の中でも実際に聞こえるのです。特にぬえはその筆頭で、日中はとにかく涼しい場所を求めて寺の中を移動します。大体は日の当たらない縁側で、尺取り虫のような体勢を取っているため、はしたないので止めなさいと私は注意するのですが、「んー」やら「あー」としか言わない彼女に結局は私が折れるのでした。
逆に響子は、暑さにも負けずに元気な声を響かせてくれます。彼女の挨拶の声は、夏のさわやかな朝にはとても合います。お互いに元気良く挨拶を交わして、その後一緒に体操を行うのが密かな日課になっています。朝一番で汗をかくのは、実に気持ちの良いことです。
みんなに夏の良さを感じてもらいたいと、私は常に思うのです。好き嫌いがあるのは当然仕方ないことですが、考え方次第で少しは変えられると思っています。例えば、この暑さ。暑さ自体を変えることはできませんが、考え方を変えれば、暑さのおかげで水浴びが大変気持ち良いとも言えますし、お風呂で体を洗えば汗をかいた分それだけすっきりとした気分になれるのです。氷を入れて冷やした素麺などは格別に美味しく感じます。暑くて寝苦しいという人は、毎日が我慢大会なのだと思えば良いのです。
とにかく日本の季節はそれぞれに楽しみ方があり、夏には夏の魅力があります。ただ暑いから嫌いと言うのではなくて、それを踏まえた夏の魅力に目を向けて欲しいのです。
だから、その時「あー暑くて嫌になっちゃうわー」という声が聞こえて、私は気分が落ち込みました。その声がした方を見ると、知った顔がありました。
「ん?」
と彼女もこちらを見て、私に気付いた様子です。
「やあ、これは聖ではありませんか」
彼女が片手を上げて言ってきます。暑さに参ったような表情とは裏腹に、彼女のトレードマークであるぴんと尖った髪は、いつもと変わらず凛々しい姿でした。
「どうも、こんにちは」
と私は返します。神子さんと人里で出くわすのは、偶にあることなので驚きはありませんが、夏を蔑むようなことを言ったのが神子さんだったというのは、私に少しばかりの衝撃を与えました。率直に言って、とても残念でした。
「今日は何をしているのですか?」
神子さんが興味ありげに訊いてきます。
「檀家の方たちに挨拶をしてきました。日頃から感謝の念をお伝えするのは大切なことなので」
「なるほど。ダンケだけに」
そう言った神子さんの表情はすごく満足そうでした。残念ながら、その時の私は彼女が言ったことの意味がよくわからなかったのですが、後々考えてみて、おそらく「檀家」は「だんけ」とも呼ばれることと、ドイツ語で「ありがとう」と言う意味の「ダンケ」を掛けたのではないかと思われます。神子さんは本当に面白い方です!
「神子さんは何を?」
「特に何をしようと言うわけではないのです。足の向くままにふらふらと」
「そうですか、ところで」
と私は切り出します。夏を好む者として、彼女の言動を見過ごすというわけにはいきません。若干空気が変わったのを察したのか、神子さんの顔が引き締まります。
「先ほどあなたが言われたことですが」
「何か変なことでも言いましたっけ」
「『暑くて嫌になっちゃうわー』というやつです」
「ふむ。確かに言ったわね」
「神子さんは夏がお嫌いで?」
彼女はほんの少し考える素振りをして、
「……そうね。確かに好きか嫌いかで言えば、嫌い、でしょうね。暑くてどうしようもないもの」
私はその言葉に落胆し溜め息をつきます。ここにも夏の良さを理解していない人がいたのです。それもよりによって神子さんだったということが、私の落胆に拍車を掛けました。
「まったく聖徳王ともあろうお方が、そのようなことを言うとは」
「んん?」
と私の言葉に彼女は困惑したような顔を見せます。
私はもう一度、深く溜息をつき、
「嘆かわしい、嘆かわしい。何ということでしょう。かつてこの国を導いた伝説のお方が、異国の宗教に染まっていた挙げ句に、まさか『夏が嫌い』などと言い出すとは……。ああ、南無三」
私はその場にへたり込んでしまいそうなのを必死に堪えました。
「ちょっとちょっと、いったいどうしたの」
彼女は困惑の色を一層強めて私を見ました。何を言っているのかわからないと言った風です。私は少し冷静さを失っていたことを恥じ、ゆっくりと深呼吸をしました。
「神子さん。私は夏が好きなのです。それもとびっきり」
「はい。それで」
「だから、夏が嫌いなどと聞くと、どうしても悲しくなるのです」
「ふむ。確かに自分が好きな物を、他人に否定されるのは悲しいことです」
「ええ。だから、神子さんに『夏が嫌い』などと思って欲しくないのです」
「そんなことを言われても、難しい。嫌いなものは嫌いとしか言えません」
「そうでしょう。でも『嫌い』を『好き』に変えることだってできると思うのです」
「しかし、そう簡単に変えられるものでもないと思いますが」
「はい。だけど、変えられないことはないと思っています」
私はそこで一呼吸置きます。人々が多く行き交う里の道で、神子さんはまっすぐ視線をこちらへ向けています。
「そのためには実感して頂くのが一番かと。夏にしか味わえない素晴らしい部分を体で感じれば、きっと神子さんも夏を好きになってくれるはずです」
「実感と言われても、いったい何を実感すれば良いのやら」
彼女はそう言って、困ったように眉をひそめました。その様子は、面倒だとか、どうでもいいとか、そういう投げやりさはなく、純粋にわからないというような印象でした。
これは好機だと私は考えます。
「ええ、そうでしょう。でも安心してください。わからないのなら知っている人物に訊けば良いのです。夏の魅力を十分に理解している人物に教われば良いのです。かつて、あなたが為政者としてこの国を導いたように、今度は誰かがあなたを導けば良いのです」
「はあ」
と神子さんは中途半端な返事をしました。いまいちぴんときていないようです。
私はそっと笑みを浮かべると、ゆっくりと口を開きます。
「この後お時間ありますか?」
そんなわけで、神子さんを連れてまず向かったのは、私が気に入っているお食事処でした。季節を体感するには、やはりその季節の料理を頂くのが一番だと思うのです。夏は食欲が落ちるなどと言われますが、だからこそ夏の料理はそんなだらけた体でもすんなりと入って行けるように工夫がされていて、とても美味しいのです。
昼時と言うこともあり、私はお腹がぺこぺこでしたし、神子さんもまだ食事を済ませていないとのことでしたので、これは調度良いと、私たちはさっそくお店に入りました。
店内はなかなかの賑わいを見せていました。大衆向けの食堂で、メニューの種類も豊富であるのにも関わらず、その料理は素人目に見てもひとつひとつにこだわりがあると理解できます。客に満足して貰うのに一切の手抜きはしないと豪語するのはここの店主である泰蔵さんで、その実の娘である八恵さんが私たちを出迎え、席に誘導してくれました。
「何を頼むんです?」
神子さんは店内を興味深げに見渡しながら訊いてきます。私はもうここに来る前から決めていたので、水を持ってきた八恵さんに注文を頼みます。
「冷やし中華を二つお願いします。それと……」
と私はそこで少しばかり言い淀みました。一つ迷っていることがあったのです。と言うのも、私はその時非常にお腹が空いていて、それこそお腹と背中がくっつきそうなくらいでした。このお店ではそれぞれのメニューに量を決められるので、それが私を悩ませます。このお腹の空き具合ならいつもは何のためらいもなく「あれ」を頼むところですが、今は神子さんが一緒にいるので、少しばかり恥ずかしいという思いもありました。しかし、やはり最後はお腹一杯食べたいという欲求に負けました。
「一つは『超特』でお願いします」
「はい。冷やし中華二つで、その内の一つは『超特』ですね。いつも通りお肉は抜きですよね。そちらの方は?」
「そちらの方は平気なので、私のだけで」
「はい、了解しました。しばらくお待ち下さい」
にっ、と元気な笑みを見せながら八恵さんはそう言うと、厨房へ下がりました。彼女はとても明るくて性格がそのまま顔に出ていると、ここを訪れる方々に人気です。八恵さんの笑顔を見ていると、何だか元気が湧いてくるような気がします。
私は水をちびりと口に含み、それから神子さんがこちらを見ているのに気が付きました。
「ああ、そう言えば、勝手に注文を頼んでしまいましたが、もしかして何か食べたい物がありましたか?」
「いえ、それは君に任せているので」
と彼女が言うので、私は安心しました。夏と言えば冷やし中華だろうと、神子さんの意見も聞かずに頼んだのは反省すべき点でした。私はあくまで夏の魅力を伝えるのが目的で、押しつけるわけではないのです。それを履き違えてはいけません。
「冷やし中華とは?」
「やはりご存知ありませんでしたか」
私はそこで手を叩き、
「なら、それはお楽しみということで」
「そうですか。それなら楽しみにしておきましょう」
「中華ですから、道教の神子さんの口にもきっと合うと思います」
「いや、別に道教だから中華が好きというわけではないのだけど。生まれも育ちも日本ですし」
「冷やし中華も『中華』なんて言っているのに、実は日本生まれの料理なのです。日本と中華のハイブリッドという点において、神子さんと似ていますね」
「私と似ている料理とは、いったいどんなものか」
テーブルに片肘を付き、その腕で顔を支えながら面白そうに彼女は笑みを浮かべます。料理が運ばれて来るのを待っている間、私たちはあまり会話をしませんでした。気まずい雰囲気はなかったので、特に必要性は感じません。私はお腹の空き具合がだいぶ限界に近付き、お腹の虫が鳴き出していたので、それを必死に抑えようと努力しました。もしかしたら、この音が彼女に聞こえてはいないかと冷や冷やしましたが、神子さんは店内の様子に興味があるようで、こちらへ何かを言ってくるような素振りは見せませんでしたから、恐らくは大丈夫でしょう。
窓から入ってくる風が私たちを涼ませてくれましたが、それでも店内はとても暑く、うちわで顔を扇ぎながら何とか料理を食べている男性の姿も見られます。うちわを持つ腕は筋肉が盛り上がり、陽に焼けた顔には汗が玉のように浮いています。良く見ると、その方が食べているのはカレーでした。
何と男気に溢れた方でしょう! この猛暑の中で、汗を流しながらも、ひたすらにスプーンを口に運ぶ姿が私にはとても凛々しく見えました。きっとこれが彼なりの夏の楽しみ方なのです。暑いときにこそ熱い物を食べるという、彼なりの夏に対する礼儀なのです。私はそんな彼に対し、心の中でそっと手を合わせました。
しばらくして、私たちのもとに料理が運ばれてきました。
「お待たせしました。冷やし中華です」
八恵さんは神子さんの前に料理を置くと、すぐにまた厨房へと戻りました。神子さんは運ばれてきた料理をしげしげと見つめ、それから私の分が運ばれ来ない事に気付き、あれ、という感じでした。なぜ自分のだけしか来ないのだろう。一緒に運んで来ればいいのに、と。その理由はすぐにわかることでしょう。
「どうぞ、先に食べてください」
「いや、しかし」
「私としては神子さんの感想が聞きたいので、どうぞ遠慮せずに」
「そ、そう。では、いただこうかしら」
私の言葉に、神子さんが箸を手に取ります。それから、じっと目の前に置かれた料理を見つめます。見た目はどこにでもある冷やし中華ですが、ここのは麺に腰があり、それがさっぱりとしたかけ汁と合わさり、絶妙な味わいになっています。
彼女の持った箸が冷やし中華へと伸び、上に乗っけられたキュウリ、豚肉、錦糸卵の順に箸の先が向けられます。彼女がちらりとこちらに視線を送ってきて、今度は辺りをきょろきょろと目だけで見渡します。初めての料理ということで、彼女はどう食べればいいのか迷っているようでした。
別に決まった食べ方があるわけではないので、好きにすればいいのですよ、と私が言えば問題ありません。強いて言えば、やはり麺がメインなので、それを豪快に啜って食べてください。そう言えば良かったのですが、私はそこで意地悪をして、黙ってその様子を眺めることにしました。
彼女はしばらく箸を空中でさまよわせた後、意を決したように箸を冷やし中華に突っ込むと、見事トッピングの下に隠された麺を掘り起こすことに成功しました。
それを口に含み、余っていた部分をするするっと啜ると、麺は何の抵抗もなく吸い込まれていきます。
彼女が一口分を食べ終えるまでしばらく待ってから、
「どうですお味は?」
「ふむ、これはなかなか。さっぱりしていて美味しい」
「そうでしょう。このさっぱりした味わいが、暑くてだるくなった体にぴったりなんです」
「確かに、食べやすいかも」
「それから上に乗せられたトッピングがですね……」
私は冷やし中華がいかに美味しいか、それが夏にいかに合うかを説きます。ふむふむと頷きながらも彼女は麺を啜ります。
そうしていると、ざわざわと店内が騒がしくなり始めました。店内の奥の方からさざ波のようにそれは段々と伝わって来ます。
「おや、どうかしたのかしら」
辺りの変化に神子さんも気付きます。
少しずつ、人々のがやがやとした声がこちらへ近付いて来るのがわかります。
そして、この騒がしさを作り出している「それ」が姿を見せました。
「お待たせしました。冷やし中華、超特盛りです」
どん、とテーブルに置かれたそれは冷やし中華なのですが、とにかく大きさが普通ではありません。お盆として代用できるくらいの大きなお皿の上に、喰えるものなら食ってみろと言わんばかりに山盛りされた麺とトッピングが、ものすごい存在感をアピールしています。
初めてそれを目にする人は必ず二度見をすることから、「二度見盛り」なんて異名まであるほどの、このお店で一番のボリュームを誇るメニューが、今私の目の前に置かれた冷やし中華、超特盛りなのです。
店内の人々の視線を感じます。これを頼むと、どうしても目立ってしまうという欠点があります。
「ほ、本当にそれ食べるの?」
神子さんは呆然と目の前にある巨大な山を見ながら言います。
「はい」
「……そう」
もうすっかりお腹が減っていたので、私はさっそく手を合わせて、
「では、いただきます」
箸を麺の山に突き刺すようにして入れると、挟める物は可能な限り挟んで引っこ抜ぬき、それを口に運びます。
口に入りきらなかった麺を、すすっと啜ってから、顎を動かします。
麺のもちもちとした歯ごたえが絶妙でした。さっぱりとしているのにしっかりと味のあるタレが麺に絡まって、噛めば噛むほど味が出てくるのです。口の中が一杯で言葉にできないので、心の中で「美味しい」とつぶやきました。
量が量でしたので、食べるのに時間が掛かります。しかし、神子さんをお待たせさせるのも悪いので、私は最大の速度で食べ進めます。
箸を動かし、料理を掴んで、口に入れて、飲み込む。山のようにあった冷やし中華が、たちまち土砂崩れでも起きて削れた山みたいになります。どんなに急いで食べようが、料理が本当に美味しいので嫌になりません。
ひたすら麺を啜り、時々味に変化をつけるために盛りつけられたキュウリやら錦糸卵を口の中に押し込めるだけ押し込みます。
ここで言っておきたいのですが、いつもはもう少しゆっくり味わうようにして食べています。今回は神子さんに配慮してかなり速めに食べていると言うことを、ぜひとも念頭に置いて欲しいのです。
後々に神子さんはその時の様子を「信じられない光景でした」と振り返って言いました。「食べ物が自分から吸い込まれていくようだった」と。
土砂崩れの起きた山は、すぐに小高い丘になり、それが切り崩されてどんどん平地へと近付いていきます。
そうして、私は神子さんよりも早く食べ終えることができました。最後に残った麺を啜ってゆっくりと味わってから飲み込むと、箸を置いて手を合わせます。
「ごちそうさまでした」
と私が言った瞬間、店内で爆発が起こったような歓声が上がります。「うおー本当に食べちゃったよ」とか、「すごかったぞ姉ちゃん」やら、「サイン貰っちゃおうかしら」等々、色々な声が飛び交います。八恵さんが拍手をして、厨房から出てきた泰蔵さんが帽子を取って首を振ります。
「お見事」
神子さんですら、そんな事を言います。
私はすっかり恥ずかしくなりました。一応これでも女なので、あまりこういう所は見られたくないという思いはあります。でも、みんな喜んでくれているようなので、そこは私としても喜ばしいことです。
咳払いを一つします。
「今回は神子さんに夏を楽しんで貰う企画なんですよ。あくまで主役は神子さんです。私の事はいいんです」
「いやいや、今は君が主役でしょう。店内を見れば一目瞭然」
今も拍手が鳴りやまない店内は、多いに盛り上がっています。大人たちが昼間にも関わらず、ビールを片手に乾杯まで始める始末です。
私はなるべく早くここから出たい気持ちで一杯になり、まだ料理を食べきっていない神子さんを急かすのですが、彼女はそんな私の様子を気にせず、と言うよりもむしろ面白がるように、ものすごくゆっくりと残った分を食べるのです。
おかげで、私は色々な人から声を掛けられて、誉められたり、サインをねだられたりと、大変な思いする羽目になりました。
そんなこんなで、お食事処を後にした私たちは次なる場所へと歩いて向かうことにします。
「いやあ、すごい騒ぎでしたね」
「いつもはあれほどの騒ぎにはならないんですけれど……」
かなりのハイペースで食べたことがいけなかったのかもしれません。とにかくお祭り状態の店内から抜け出せて、ほっとします。
「今度はどこへ?」
強まる一方の日差しに、神子さんは手をおでこに当てて目元に影を作ります。今日は恐らく、最高気温を更新することでしょう。人里の道には陽炎が立ち上り、まるで火に掛けられた鍋の中に入れられているような感覚になります。私はそれすらも楽しむことができますが、彼女は苦しそうに顔を歪めます。
「次は、そうですね。私のお気に入りスポットへお連れしようかと」
「お気に入りスポット……」
「ええ、今日は良く晴れているので、とても見応えがあると思いますよ」
「それは楽しみ……、なのだけど、とにかく暑い。もはや立っているだけで汗がでてきます」
「そうですね。私も暑いです。頑張りましょう」
里の通りには人々が多く行き交います。それらの顔は、どれも暑さに参っているように見えます。私は彼らにも心の中で「頑張れ」とつぶやきます。この暑さも夏の魅力なのです。暑いからこそ楽しいこともあるのです。一人でも多くの人が、そのことを理解してくれたらいいなと私は思います。
私たちは歩きました。早すぎず遅すぎず、神子さんの様子を見ながら、適当な速度で歩を進めます。空を飛んでも良かったのですが、それだと少し味気ないと思いました。夏の気配は至るところにあって、彼女にはできるだけ多くの夏を感じてもらいたかったのです。
商店の中から、桶と柄杓を持った方が出てきました。軒先に水が撒かれます。水が撒かれる度に、きらきらと光が反射して綺麗でした。見ているだけで、心が和み、涼しくなるような気がします。打ち水とは実に風情があるものです。夏の風物詩の一つですね。
と、今度は通りの向こう側から、数人の子供達が駆けてきます。その手には虫取り網がしっかりと握られて、まるでこれから戦へ行く戦国武将さながらに威風堂々とした姿でした。私たちの横をすごい勢いで駆け抜けて行きます。その背中を見送りながら、できるだけ多くの戦利品を獲られればいいなと私は思います。
「子供たちは、元気ですね」
神子さんが笑って言います。呆れているようにも、嬉しがっているようにも見えます。
「子供達が元気なのは、良いことです」
「ええ、まったく。無邪気な声というのは、聞いていて心地がいい」
私たちは大通りの角を曲がり、それからさらに少し歩き、今度は脇道に入ります。脇道に入ると建物で日差しが遮られるので、だいぶ涼しく感じられました。神子さんもほっとした様子です。
蛇のように曲がりくねった小道を歩き、分岐点を右、左、右と進んで行くと、今度は坂道が現われます。整備された道ではなく、所々にむき出しの岩が見えます。足下に気を付けて下さいと私が言うと、彼女は黙って頷きました。坂道自体はそれほど長くはありません。すぐに上り終えると、木々が覆いかぶさるように立ち並ぶ場所へ出ます。ここまで来れば、目的の場所まではもう少しです。
「ほら、神子さん。あそこが私のお気に入りスポット、その一です」
「一と言うことは、まだ他にあるのね」
「ええ、まあそれはまた後でと言うことで、とりあえずこの場所を楽しみましょう」
並んでいた木々が途切れ、一気に視界が開けたのと同時に、私の気に入っている夏の景色が目に飛び込んできます。
「ほう」
と神子さんが声を出しました。
私たちがいるのは小高い丘の上で、そこからは眼下に広がる景色を一望できます。下方には青々とした稲がどこまでも広がっています。田に植えられたまだ成長途中の稲がぎっしりと視界に映り、それらが風に煽られて、まるで水面を伝う波のように揺らめいています。風には新鮮な緑の匂いが感じられ、息を大きく吸い込むと清々しい気持ちになれます。また、空の清潔な青さが引き立て役となり、新緑の大地をより映えるものに仕立て上げているのです。
青と緑。夏を描くのに必要な色はその二つだけ。そう思えてくるほどに、ここからの眺めは素晴らしいものでした。
私はここへ来る度に息を呑み、引き込まれ、ほうと溜め息をつくのです。
「どうですかここの景色は?」
しばらく黙って眺めた後、私はそっと訊ねました。
「……そうですね。君が気に入るのが良くわかる。とても美しい」
その一言で私は嬉しくなります。上々の反応でした。
神子さんはすうっと目を細めて、遠くの方を見ていました。どこを見ているのだろうと気になり、私も目を細めてみると、遠く妖怪の山の稜線が見えます。ここから見る妖怪の山は、巨大な存在感もごつごつとした岩肌の質感もまったく感じられず、一枚の紙でできた背景のようにひっそりと佇んでいます。
二羽の小鳥がじゃれ合うように私たちの前を横切って行き、風がそっと髪を揺らしました。とても穏やかな時間です。
眼下に広がる稲は後数ヶ月もすれば収穫時を迎え、人々の食卓の前に真っ白でふっくらとした美味しいご飯として姿を現すことでしょう。
私はその様子を頭で想像しながら、そっと胸の前で手を当てて目を瞑りました。
「何をしているんです?」
「祈りを捧げているのです」
「何と?」
「美味しいお米になれー! っと」
沈黙が訪れました。
どうかしたのだろうかと私は彼女の方を見やると、肩の辺りがほんの少し揺れているのがわかりました。それからもう我慢できないと言う感じで、声を出して笑い始めました。
なぜ彼女が笑っているのか、私にはわかりません。だって、私はとても真剣に言ったのですから。
「すみません。つい可笑しくて」
彼女は謝るのですが、けらけらと笑う声は止みません。
いつまでも笑っている彼女に、私は少し拗ねて、
「ひどいです」
大げさにそっぽを向いて見せました。神子さんは「ごめんごめん」と謝り、私がそれでも顔を向けないので、何とか気を引こうと「君のおかげで夏が好きになりましたよ」などとその場しのぎの甘言を言ってきます。そのような言葉に、私は決して騙されません。神子さんが本当に心からそう思ってくれない限り、いくら上っ面だけを整えたところで、私が満足することはありません。彼女だって、それは十分わかっているはずです。だから、これは彼女の意地悪なのでしょう。私がどんな反応を見せるのか、面白可笑しく試しているのです。神子さんは本当にひどい方です!
と、愉快げな声が聞こえました。視線を下の方へ向けると、そこには先ほど虫取り網を掲げていた子供達の姿がありました。子供達ははしゃぎながら、あぜ道を駆け抜けて行きます。
その内の一人が突然足を滑らせ、体勢が崩れると、姿が見えなくなりました。「あっ」と私は声を上げます。田の周りに巡らせてある用水路に落ちたのです。大丈夫だろうかと心配になりましたが、その子はすぐに用水路から這い出して来ると、それから大きな声で笑い出しました。その様子を見て、周りにいた子供達も次々に用水路に飛び込み始めました。
どこまでも広がる稲の景色に、子供達のはしゃぐ声が響き渡ります。
私と神子さんはお互いの顔を見合い、それからにっこりと微笑みました。
日が昇りきり、暑さはピークに達しようとしていました。隣を歩く神子さんは「溶けてしまいそう」と言い、私もそれに同意します。陽炎がもうもうと立ち上り景色が揺らぎます。
一度大通りまで戻った私たちは、次の目的地へ向かって今度はひたすら道に沿って歩きます。
「次の場所は比較的涼しいので、もう少し頑張りましょう」
暑さに項垂れる神子さんを鼓舞しながら、幻想郷縁起で著名な稗田阿求さんの屋敷を通り過ぎ、お地蔵様が並ぶ道をさらに進むと、少ししたところで林が見えてきます。
「この中へ入るの?」
「ええ。夏の森林浴というのは、実に気持ちの良いものなのですよ」
私は夏になると良く森林浴をします。森林は季節によって色々な顔を見せてくれる場所でもあります。夏は青々とした植物が生い茂り、知らぬ間にまったく様子が変わって驚くこともしばしばあるほどです。
林に入ります。
木々の生い茂る空間に足を踏み入れた瞬間、今まで立っていた世界とは違う、何か別の世界へと入ったような気分になります。それはきっと私の単なる思い込みによるものなのでしょうが、私にそう思い込ませる分には、夏の森林というのは神秘的な空気を発しているものなのです。そして、独特の匂いがあるのです。語彙力の乏しい私には、どんな匂いなのかを言葉に表すことがとても難しく、はっきりと口にすることはできません。ただ、やはりここには独特の匂い、言ってしまえば「夏の匂い」があって、私はこの匂いを嗅ぐ度にとてもすっきりとした気分になるのでした。
林のより奥深くへ、私たちは入って行きます。
日の光は林を進むにつれて遠くなり、徐々に薄暗さを増していきます。木々の隙間からわずかにこぼれ落ちる光が、丈夫な幹の表面を照らし美しく輝いているのを見て、その幹を真っ二つに切ったら中からかぐや姫が出てきそうなどと思いました。
そのことを神子さんに言ってみると、
「それは竹でしょう」
「あれ、そうでしたっけ?」
恥をかいてしまいました。でも神子さんは愉快そうにしているので、良しとします。ポジティブな思考は大切なのです。
道は二人が並んで歩いても余裕があったのですが、段々と狭まって行き、生い茂る草が左右から迫り出してくるものですから、私たちはそれらを屈んだり、跳ねたりしながら避けて進みました。
里の通りと比べてこの場所は涼しく、独特の雰囲気も手伝って、私の足は軽やかになります。地面はでこぼことしているので歩きにくさはあるのですが、それすらも私は愉快に感じます。
森林の空気を目一杯、肌で感じながら、斜面を下り、上り、また下っては上ります。私はとても楽しい気持ちで満たされていました。いつもは一人で歩いている道を、今日は二人で歩いているのです。それだけで楽しさは二倍に膨れあがり、私はついつい浮かれてしまいました。
そのため、神子さんが疲労していることに気付かなかったのです。
「ちょっと……待って」
と、神子さんは歩みを止めました。私が振り返ると、彼女は荒くなった呼吸を整えようと深呼吸をしました。その様子を見て、ようやく私は彼女が疲れていることを知り、相手のことを考えず自分のペースで歩かせたことを反省します。私はこの場所を歩き慣れているものの、神子さんは恐らく初めてなので疲れるのも当然のことです。
「すみません。つい浮かれて……。もう少しゆっくり歩けば良かったですね」
「むしろ何で君は疲れていないのか、それが気になります」
神子さんはそう言い、上の方を見上げながら額を手で拭うと、
「何だか行脚をさせられている気分」
行脚とは仏教の言葉で、僧侶が修行のために諸国を歩き回ることを言います。彼女にそれだけ負担を掛けたことを申し訳なく思い、私はもう一度謝ります。
「いえ、気にすることはありませんよ。確かに森林浴というのは気持ちが良い。気分が晴れやかになる」
その言葉に、今度は急に嬉しい気持ちになります。自分の調子の良さに呆れつつも、やっぱり嬉しいものは嬉しいのです。
「神子さん。もう少しだけ歩けますか?」
平気です、と彼女は答えます。
少し行くと、湧き水が出ている場所へ出ます。岩の間から染み出した水は、小さな滝のように流れ続けています。
私と神子さんはそこでしばらくの休憩を取ることにしました。水は氷のように冷たくて、手に溜めると痛みを感じるほどですが、喉を潤すには最適です。
彼女は両手に水を溜めると、それを口に持って行き、一息に飲み干しました。
「ふう。生き返るわね」
「その『生き返る』という感覚は、夏だからこそ味わえるのですよ」
「なるほど。言われてみれば確かに」
冷たい水で喉を潤す。たったそれだけのことでも、気持ちよく感じることができるのは夏の良い所です。暑いのだって、悪いことばっかりじゃありません。
そこで不意に、辺りの空気が変わったのを感じました。肌ではっきりと感じられる程度にひんやりとした空気が、どこからともなく流れてきます。いくら林の中だろうと真夏の気温でこれだけの冷気が発生するのは普通の事とは思えません。何かしらの原因があるのは明らかでした。
神子さんもそれに気付いた様子で辺りをそっと窺います。私たちは押し黙り、緊張が走ります。じっとその場で動かず辺りの様子を探り、わずかばかりの時間が過ぎ、次の変化が唐突に訪れます。
すーっと木々の間を縫って、少しの白みを帯びた透明な物体が私たちの方へと向かって来るのです。最初、それが何かわかりませんでしたが、近付いて来るにつれ姿がはっきりと見え、正体が何なのか理解することができました。
「幽霊か」
神子さんがつぶやきます。
冷気を作り出していた原因は幽霊でした。それも一つや二つではなく、いくつも飛んでいます。なぜ、こんなところにこれだけの幽霊が集まっているのか、私にはわかりませんでしたが、特に何か悪いことがあるわけでもないので、それほど気にする必要もありません。
私たちは緊張を解き、通り過ぎていく幽霊を眺めます。
そこで私は良いことを思い付き、目の前を通った片手で掴めるほどの手頃な幽霊を捕まえます。ひんやりとしていて、体の熱を冷ますには持ってこいでした。疲れている神子さんを少しでも回復できればという思いで、私はそれを彼女の首筋にそっと当てました。
「ひゃあ!」
彼女は素っ頓狂な声を出しました。
「あ、ごめんなさい。こうすれば冷たくて気持ちいいかと……」
首筋を手で押さえてこちらを振り返り、何とも言えない表情で私を見ます。
驚かせるつもりはなかったので、悪いことをしてしまいました。
変な声を出した事を恥ずかしく感じたのか、彼女は咳払いをして体裁を取り繕います。
「……それで、君のお気に入りスポットその二はここでいいのかしら」
「いえ、ここもそうですが、ここだけではないのです」
と私は言い、
「もう少し進むと、農家があるので、そちらにお邪魔しようかと」
神子さんの疲れも取れたようで、私たちはまた歩き始めます。とは言っても、ほんの数分歩くと、林を抜け目的の農家が見えてきます。
「この農家の方たちは、寺の方に取れたての野菜を届けて下さるんです。本当にありがたいことです」
いつでも野菜を食べに来て下さいとの事ですので、今日はその言葉に甘えさせて貰うことにしました。
一軒の家屋が建っています。一軒家としては大きく、それなりに歴史を感じられる風貌をしています。瓦屋根が日差しを受けて、鉛色に輝いていました。私たちは玄関ではなく、裏手へと回りました。裏には畑が見え、そこには夏の野菜が美味しそうに実っているのがわかります。
「すみません。どなたかいらっしゃいますか」
建物の裏手は縁側になっているので、中の方へ向かって呼びかけると、すぐに人が出て来ました。
「あら、これは聖さん。良くお越しで」
そう言って頭を下げて来たのは、今年で八十歳を迎える夏子さんです。名前に夏が入っているなんて、とても素敵です。以前、ご本人にそう言ったところ、「ええ、そうでしょう。良くわかってらっしゃる」と無邪気な笑顔で答えて下さいました。日に焼けた顔は、まだまだお元気そうで何よりです。挨拶を交わすと、彼女に神子さんを紹介し、神子さんにも彼女を紹介します。
「実は今日は神子さんに夏の魅力をお伝えしようと、色々な所を巡っているんです」
「なるほど。それは調度良かった。今日取れたばかりの野菜を冷やしていたところなんですよ」
「まあ、ほんとですか」
私は手を叩いて喜びます。
「せっかくですから、食べていってください」
「ぜひ」
僥倖です。新鮮な取れたて野菜が、まさか冷えた状態で待っていてくれるなんて。
家に上がったらどうかという夏子さんの言葉を丁重に断り、縁側に座らせて貰うことにします。夏子さんは奥に引き下がり、桶を抱えてすぐに戻ってきました。
桶の中にはキュウリとトマトが冷たい水につけられています。
どうぞ、と言うので私はさっそく頂くことにします。まずはキュウリを取ると、そのままかぶりつきます。かりっと良い音がして、歯ごたえが何と言えません。噛むたびに水分が染み出して来るのですが臭みはまったくなくて、とても食べやすいのです。
神子さんも私の真似をしてキュウリにかぶりつきます。
「どうですか?」
夏子さんが訊ねます。
「うん、美味しい。とても新鮮で、何より大事に育てられたと言うのがわかります」
神子さんが言うと、夏子さんは嬉しそうに無邪気な笑みを見せました。その顔を見たら、何だか私まで嬉しくなって来ます。
トマトの方もぜひどうぞ、と言うので遠慮なくそちらも頂きます。綺麗な赤色をしている腹を囓ると、じゅわっとジューシーな汁が飛び出してきます。
「美味ひい」
正しい発音ができませんでしたが、意味は伝わるでしょう。
「聖さんは本当に美味しそうに食べてくれるから、作っているこっちとしても嬉しい限りですよ」
「確かに。聖の表情を見るだけで、どれだけ美味しいか伝わってくる」
「そ、そうですか」
私はちょっと困惑します。そんなにわかりやすいのでしょうか。
出された野菜は私がほとんどを頂きました。神子さんはあまりお腹が空いていないとのことで、キュウリとトマトを一つずつ頂いて夏子さんにお礼を言っていました。
「しかし、君は良く食べるわねえ。さっきあんなに大きな冷やし中華を食べたと言うのに」
神子さんはそう言って、夏子さんにもわかるようにどれだけ大きいかを腕を使って説明します。
「まあまあ。それはそれは」
と夏子さんは微笑みます。
「人を大食漢みたいな目で見ないでください」
「実際そうでしょう。大食尼だ」
「違います」
私はきっぱりと否定します。すると夏子さんが、
「そう言えば、キュウリの漬け物があるんでした。お出ししましょうか?」
「ぜひお願いします」
私が即答すると、二人は大笑いするのでした。ひどいです。
小川が静かに流れる通り。
立ち並んだ柳が風に煽られてさわさわと音を立てます。
「次の場所は私の一番のお気に入りなんです」
「ほう」
川のせせらぎを聞いていると、涼しく感じられます。小川に沿ってしばらく歩くと、水の流れが横に小さく分かれる場所があります。川というよりも水路のような小さな流れで、今度はそちらに沿って歩きます。
神子さんは黙って着いてきてくれますが、もしかしたら本当は嫌なんじゃないかと不安な気持ちはありました。暑いのが嫌だと言っている人を、この猛烈な暑さの中で歩かせているわけですから。彼女に無理を強いているのだとしたら、それはとても嫌でした。どう思っているのだろうと彼女の顔を窺っても、私にはわかりません。
「後どれくらいで着くの?」
「えっと、もうすぐです」
「そう。今回は早いのね。さてさて、次はどんな場所なのか」
神子さんはそう言うと、一呼吸置いてから、
「そんな心配そうに見つめなくても平気ですよ。君とこうしているのが嫌だったら、とっくに帰ってるから」
心の内が完全にばれていました。でも、彼女がそう言ってくれたおかげで私はやる気が出ます。ここまで来たら最後まで付き合ってもらいます。
「君は内面が顔に出るから、わかりやすい」
「あなたはわかりにくいです」
私が言うと、彼女はふふんと楽しそうに声を漏らしました。
小さな川の流れは、やがて池に流れ込みます。
「はい。到着です」
「ここ?」
と神子さんが首を傾げます。彼女の反応も当然と言えば当然でしょう。
命蓮寺の敷地にそのまま入ってしまうほどの小さな池で、周りにも特に目立ったものはありません。見所と言えば池に咲いている蓮華くらいですが、わざわざこの風景を見にここに来る物好きは私くらいでしょう。
「私は好きなんです。ほら、ここから見ると池に空が映っているのが見えるでしょう。そこから蓮華が飛び出すように咲いているのは、何だか綺麗じゃありませんか」
池には空の青さが映し出されて、水面から飛び出した蓮華が風に揺れています。ひっそりと静かに咲き誇る白い蓮華はとても綺麗で、今が一番の見頃なのでしょう。
神子さんは池に近付いて池全体を眺め、それから蓮華をじっと見つめました。
「やっぱり少し物足りなかったでしょうか?」
彼女は私の言葉にそっと首を横に振りました。
「そんなことはない。十分楽しんでいますよ」
私は後ろから見ていました。池に映る空と白い蓮華と、それから神子さんの背中を。彼女は近くにあった蓮華を指でつんと突っつきました。
一瞬だけ、その後ろ姿が記憶の中の背中と重なりあって、私は目を閉じてゆっくりと深呼吸をしました。今は昔の思い出に浸っている場合ではないと、その幻影を振り払います。
目を開けると、そこには過去の思い出とは似ても似つかぬ神子さんの華奢な背中があります。
「聖」
と彼女が振り返って私を呼びます。
「何でここが好きなの?」
「……そうですね。ここから見ると、何だか空がぽっかりと切り取られたみたいじゃないですか。それが何だか綺麗だなあ、って」
私が答えると、彼女は首を横に振りました。
「嘘。それは嘘でしょう。誤魔化そうとしても私にわかりますよ」
「やっぱりばれちゃいます?」
「ばれちゃいます」
彼女は池の周りに巡らされた柵に寄りかかり、にこにこと笑って言います。
「それで、本当の理由は?」
私は溜め息をつき、神子さんの隣まで行って柵に手を掛けました。それからぼーっと池全体を眺めながら、そっと口を開きます。
「似ているんです。ここの風景が。かつて大切な人と一緒に見た風景と」
「大切な人?」
と神子さんが訊いてきます。だけど私はその問いには答えず、そっと微笑み返します。これはきっと誰かに言うようなものではなく、自分の心にしまっておくものなのです。
神子さんはそんな私の心情を察してくれたのか、それ以上追求はしてきませんでした。
「大切な思い出なのですね」
「ええ、とっても」
「じゃあ、二度美味しいというわけだ」
「え?」
「今見ているこの風景と、ここから思い出せる昔の風景を、同時に味わっているわけでしょう。ほら、二度美味しい」
神子さんは面白いことを言います。不思議とその言葉は私の中にすんなりと入ってきました。そっか、二度美味しいのか、と。
「特をしているわけですね」
「そう。それもかなり特をしているわね。だって私と一緒なんですから」
「ありがたやありがたや」
私が手を合わせて言うと、彼女は明るい笑顔を見せます。
昔見た景色と似ているけれど、今見ているのはやっぱり違う景色で、でもどちらも私は好きです。彼女が言うには昔の思い出が上乗せされる分、今の方がお得らしいので、私は十分に景色を楽しむことにします。小さな池に蓮華が咲いているだけの平凡な景色。だけど私にとっては特別な景色を。
私が何も言わずに池を眺めていると、横にいた神子さんが口を開きます。
「しかし、私はてっきり、いずれこの蓮の茎の部分が成長して食べられるようになるのが理由かと思ったのに。美味しいレンコンになれー、って」
「そんなに食べ物の事ばっかり考えているわけじゃありません! ……もう」
私は神子さんの肩の辺りをぽかぽかと叩きます。彼女は可笑しそうに笑い声を上げます。やっぱり神子さんはひどい方です!
「ねえ、神子さん」
「はい」
「最後にもう一ヶ所だけ付き合ってください」
最後に立ち寄ったのは甘味処です。
食べ物の事ばかり考えているわけではないと言ったばかりで、ちょっとだけ気が引けましたが、かき氷を食べないで夏を満喫したとは言えません。
神子さんはかき氷を食べたことがないそうです。あんなに美味しいものを食べないなんて、非常にもったいないことだと思います。
「とは言っても氷でしょ?」
神子さんが言います。
「わかっていません。あなたは全然わかっていません」
私はため息をつきます。これはぜひ食べてもらわないといけません。
ただのかき氷では彼女を満足させられないかもしれませんが、私おすすめの甘味処のかき氷を食べたら、彼女だってきっと虜になります。私には自信がありました。
結構な老舗らしく里でもかなり有名なお店です。昔ながらの和菓子から、外の世界から入り込んだ洋菓子まで色々と売っていますが、かき氷の種類は一種類だけ。宇治金時のみです。
私はさっそく注文を頼みます。すぐにお店の方がかき氷を作り始め、神子さんは興味深そうにその様子を眺めていました。
お待ちどお様、とお店の人が二人分のかき氷を差し出してきます。私たちはそれを受け取り、お店のすぐ目の前にある東屋の椅子に座ります。
「溶けないうちにどうぞ」
「そうですね」
私はすぐにでも口に入れてしまいたかったのですが、神子さんがかき氷を食べてどんな反応をみせるか気になり、様子を見ることにします。
器の中央には氷の山があって、見栄えの良い緑色をした抹茶のシロップがかけられています。その横には上品な味わいの小豆がメインである氷を邪魔しない程度に添えられています。白、緑、紫、と色のバランスがとても美しく、見ているだけでも十分に楽しめます。これを写真に撮って部屋に飾ってしまいたいくらいです。
神子さんはかき氷の山頂部分をスプーンで一口分をすくい取ると、それをゆっくりと口に入れました。その瞬間、彼女は目を丸くして、
「美味しい……」
とつぶやきました。
やった、と私は心の中で思います。彼女はかき氷の美味しさにとても驚いたようです。その反応も当然でしょう。
ここのかき氷は天然の氷を使っています。人工的に作った氷と比べて、口当たりがまったく違います。何というか、ふわっとしているのです。口に入れた瞬間に溶けてしまいますが、ほんの一瞬だけ柔らかい感触を舌で感じることができ、その感覚を言い表すと「ふわっとしている」としか適当な言葉が思い付きません。
とにかく彼女もその感覚を気に入ったのか、二口、三口とかき氷を食べていきます。私はすっかり安心して自分のかき氷に意識を向けます。スプーンで真ん中をすくい取って、口の中に入れると、思わずため息がこぼれました。
どうしてここまで美味しいのでしょうか。ふわっとした感触が去った後に、口の中に上品な甘味が広がっていくのです。幸せな気持ちでいっぱいになります。
「正直びっくり。こんなに美味しいなんて」
「ただの氷じゃないでしょう?」
「まったく、君の言う通り」
溶ける前にいただいてしまおうと、私たちは黙々と口に運びました。
夏の日差しで火照った体には、氷の冷たさが実にありがたいです。やっぱり夏にはかき氷なのです。そして、かき氷が美味しく食べられる夏はやっぱり良いな、と思います。
半分ほど食べたところで、ふと気付きます。
真ん中ばかりを食べ進めていたので、氷の山が中央で二つに裂かれていました。その様子が、神子さんの髪型とそっくりだったのです。
横に座る神子さんの方をちらりと見やると、かき氷に舌鼓を打ち満足そうな顔をしています。頭の上にぴょんと立っている耳みたいな髪が、頭の動きに合わせて揺れ動いています。このかき氷と神子さんの髪、どちらがふわっとしているのだろうと考えたら、思わずくすっと声が漏れてしまいました。
「む、今、笑った。私の髪を見て」
私は咄嗟に手で口元を隠しましたが、時すでに遅しです。
「どうせ君もこの髪型を馬鹿にするのでしょう。その手元のかき氷みたいだ、と」
「いえ、決して馬鹿にしたつもりでは……」
何とか誤解を解こうとしたのですが、どうやら触れてはいけない部分に触れたらしく、彼女は怒ります。
「ええ、ええ、そうでしょう。変でしょう。私には聞こえるんです。里に来れば、そりゃあもう、たくさんの声が聞こえます。人々の声から、欲からしっかり聞こえるんですよ。変わった、奇抜な、可笑しな、髪型だって」
神子さんはさらに声を強めて言います。
「まったくわかっていない。この髪型の良さがわかっていない。ああ、嘆かわしい。君が夏の良さを私に伝えようとした理由が良くわかりました。確かに悪く言われると、悲しい」
はあ、と神子さんはため息をつきました。私は何とか謝ろうと思ってタイミングを窺います。
彼女はそっと尖った髪の部分を手で優しく撫でます。
そして、ぽつりと小さな声でつぶやきました。
「可愛いと思うんだけどなあ……」
拗ねたような顔を見せる彼女に、私は我慢できなくて声に出して笑ってしまいました。もちろん彼女はさらに怒ってしまったので、許してもらうのに苦労したのは言うまでもありません。
夕暮れが近付いてきます。
少しずつ人の気配が減って行く人里を歩きながら、私は神子さんに訊ねます。
「今日はどうでした。楽しめたでしょうか?」
夏を楽しんで好きになって貰おうと、私ができることはやったつもりでしたが、正直なところ少し不安です。本当に彼女が楽しんでくれたのか。私の単なる自己満足になっているのではないか。
「楽しかったですよ。まあ、暑くて本当に苦労したけれど。でも、良い経験をさせて貰いました」
ほっと胸をなで下ろします。ただし、次が一番の問題です。
「それで、神子さん。夏は好きになってくれましたか?」
彼女は少しだけ考えるような素振りを見せます。
「そうね。まあ、悪くないかな」
「悪くない、ですか」
「うん、悪くない」
悪くない。好きになって貰おうという試みは失敗に終わりましたが、でも「嫌い」から「悪くない」に変化したのなら、それはそれで悪くない、という事にします。
「まあ、いいでしょう。何より、今日はとても楽しかったですし。神子さんにできるだけ楽しんで貰うつもりだったのに、すっかり私自身が楽しんでしまいました」
「よっぽど好きなのね、夏が」
「ええ。自分でも不思議に思います」
夏は本当に良い季節です。他の季節も当然ながら魅力はありますが、私にとってはやはり夏が一番で、特別な季節なのです。できることなら、神子さんにも夏を好きになって貰って、二人で思う存分夏を満喫できたら、それはとても素敵だろうなと思います。だって、今日は本当に楽しかったのですから。
「しかし、今日は何だか食べてばっかりの一日だったわね」
そう言われて、私は恥ずかしくなります。確かにその通りでした。
「あのですね。ほら、私の魔法って身体能力を向上させるでしょう。向上した分、かなり代謝も良くなってしまうので、それだけ食べる量も必然的に多くなってしまうんです。これは仕方ないんです」
「ふうん。ま、そう言う事にしておきましょう」
「しておきましょう、じゃなくて、実際そうなんですよお」
私はまた神子さんの肩の辺りをぽかぽかと叩きます。
「でも、どちらにせよ君が大食いという事実に変わりはないわよ」
「……そう、ですけれど」
反論できる余地はなかったので、苦し紛れに、
「で、でも、美味しかったでしょう」
「そうね。美味しかった。それに、君が何とか私に夏の魅力を伝えようとしているのは、すごく伝わった」
そして、彼女は「ありがとう」と言うのです。
「ずるいです」
「うん?」
「だって、その言葉は私が言うべきはずの言葉なのに、それを先に言っちゃうんですもの。私はなんて言えばいいのです?」
私が言うと、彼女は立ち止まりこちらを向きます。十字路の真ん中、帰路につく人々が私たちの横を通り抜けて行き、はるか西の空がほんのりと赤く染まり始めます。
そんな赤く染まった空を背に、彼女は口を開きます。
「そうねえ。じゃあ、『また今度』とかどうかしら?」
「それって……」
「君と色々な所を巡るのはなかなか悪くなかった。だから、また機会があればこうして色々な場所を案内してくれたらな、と。もちろん、君が良ければだけど」
「良いに決まってます! こちらからもぜひお願いしたいくらいです」
私は咄嗟に神子さんの手を両手で握っていました。無意識の行動だったので、すぐに自分がしたことに驚き、彼女も目を丸くして、私は頬が火照るのを感じながら、
「あ、ごめんなさい」
手を解いて引っ込めます。
彼女は何も言わずに、ただ目を細めて穏やかな笑みを見せます。その表情は余計に私の頬を赤くします。きっと神子さんの背に広がる夕焼けみたいになっているはずです。
私は咳払いを一つすると、
「神子さん」
「はい」
「では、また今度」
「うん、また」
そうして私たちは静かに別れました。今日、彼女と一緒に色々な場所を巡れたのは私にとっても良い経験でした。「また今度」がいつになるかはわかりませんが、そんな機会が訪れることを願いながら、私は帰路につきました。
夜に目が覚めました。
喉が渇いていることに気付き、私は床を抜け出すと台所へ向かいます。
月明かりのおかげで、廊下を歩いていても柱に小指をぶつけて悶絶するような事はありません。昼間よりも随分と気温が下がり、とても穏やかな気候でした。
寺の中はひっそりとしていて歩く度に足音が響いてしまうので、私はなるべく音を立てないように気を付けて歩きます。
台所へ近付くと、明かりがこぼれている事に気付きました。どうやら誰かがいるようです。一輪あたりが私と同じように喉の渇きを潤すためにやって来たのだろうと思いました。以前にも何度か夜中に顔を合わせているので、一輪かもしくは村紗だろうと勝手に想像して、何と声を掛けようか考えながら私は台所へ入ったのです。
そして、驚きました。
「やあ、良い夜ですね」
そこにいたのは、一輪でも村紗でもその他の寺の者でもなく、まったくの予想外の人物だったものですから、私は驚き、体の動きが止まりました。
「神子さん……?」
「驚きましたか」
神子さんがいました。なぜこんな所に、なぜこんな時間にいるのか、私にはさっぱりわかりません。確かに「また今度」などと言いましたが、さすがに早過ぎます。私が何も言い出せないでその場に呆然と立っていると、
「すみません。驚かせるつもりはなかったのです。ただ、仙人とは神出鬼没であれと教わったもので」
「そう、なのですか」
まともな返事ができませんでしたが、彼女は頷くと、
「喉渇いているのでしょう。冷たい水を用意しておきました」
そう言って、手に持っていたコップを私に差し出してきました。受け取ってみると、冷たさが掌に伝わってきます。色々な疑問がありましたが、とにかく何か考えるのは喉を潤わせてからにしようと、私はそれを飲みました。とても喉が渇いていたので、一息に飲み干し、ふうと息を吐きます。
「ついでに毒も入れておきました」
「ええ!?」
暗殺という単語が頭をよぎります。まさか自分がその対象になるなんて思わなかったので、大きな声を出してしまいました。
「いや、さすがに冗談だから。まさか信じるなんて、こっちが逆に驚きましたよ」
「神子さん」
「はい」
「私、寝起きなんです」
「はい、それで」
「寝起きはまったく頭が働かないでしょう」
「ふむ、確かに言われてみればその通りですね」
「だから、そんな冗談はいけないと思うのです」
「なるほど。これからは気を付けましょう」
神子さんは口元に笑みを浮かべて言います。本当に反省したか疑問なところです。私は溜め息をつき、
「それで、どうしてここにいらしたのです?」
「そうそう。実はこれからちょっと付き合って貰いたいのです」
「こんな時間に?」
「こんな時間に」
「私と?」
「君と」
私は少し考えます。神子さんの意図が読めませんが、何か悪いことを企んでいる訳でもなさそうです。彼女はじっと私を眺め、どういう返答をするかを興味深そうに待っています。私は手に持っているコップを見つめます。水滴を帯び、つるつると滑ります。寺で使っているコップとは違うので、恐らくは彼女の私物なのでしょう。
少しばかりの間を置いて、
「わかりました。あなたに付き合います」
単純に興味が湧きました。わざわざこんな時間にやってきたのですから、何かしらの理由があるはずです。
「良かった。それではさっそく行きましょう。……いや、君は着替えた方がいいか」
神子さんの視線が私の胸元に移ります。その視線を追って自分の胸元を見やると、寝間着がはだけて胸の大部分が見えてしまっていました。私は慌てて襟の部分を正して隠します。
「眼福かな」
「馬鹿」
着替えを済ませ、私たちは夜空へ飛び立ちます。
湿気を多く含んだ風が心地よく感じられました。神子さんは私を先導するように、右側でほんの少しだけ先を飛んでいます。どこへ連れて行くのか訊いても、着いてからのお楽しみと言うのです。せっかくなので、言われたとおり楽しみにしておきます。
月明かりの下、動く影は私と神子さんの二人だけでした。下方の大地はどこまでも伸び広がり、静かな存在感を示しています。逆にはるか上空へ目をやると、ずっと遠くにある星が呼吸をするようにひっそりと瞬いているのがわかります。静寂の世界で、月だけが私たちを何も言わずにじっと観察している、そんな感じがしました。
里を抜けて、しばらく飛び続けると、神子さんが徐々に高度を下げていきました。それに続いて下がっていくと、森が広がる手前で地面に降り立ちました。暗い森が静かに佇み、光を一切吸い取られたかのような闇が広がっているのがここからでもわかります。
「これからちょっとだけ歩きます」
神子さんは言うと森の中へ向かって歩き出したので、私はその背中に付いて行きます。森に入ると一気に視界が奪われます。神子さんが何か動きを見せると、その手にぽっと光が宿ります。良く見ると、神子さんがいつも持ち歩いている笏が輝いているのでした。笏をランタン代わりに、森の中を突き進みます。何も言葉は発しませんでした。お互いの息遣いだけを感じながら、私たちは歩きます。
私には前を歩く神子さんの背中がとても頼もしく見えていました。彼女に付いていけば、何も間違いはない。そんな風に思えます。これが為政者としての威厳なのか、それとも私が勝手に不思議な感情を抱いているせいなのかは定かではありませんが、この飲み込まれてしまいそうな暗闇の中で、その背中は私をとても安心させます。
と、神子さんが歩みを止めました。こちらを振り返ると、
「もう着きますよ。心の準備は良いですか?」
私はこくんと頷きます。
真っ暗な森の暗闇から抜けると、そこは別世界でした。
ぽっかりと森がくり抜かれた空間に、大きな池が佇んでいました。昼に私が案内した池よりもずっと大きくて、まるで魔法でもかけられているかのように、水面には圧倒的な星空が映し出されています。水面に映る星空と本物の星空、その間には数え切れないほどの蛍が飛んでいて、淡い光を纏いながら空中にいくつもの線を描きます。
その様子があまりにも綺麗で、私は息を呑み、そっと見守っていると、一匹の蛍が輪を離れ、池のほとりに咲いていた蓮華に静かに止まりました。そこでまた光り出したことで、白い蓮華に光が反射し、まるで花そのものが淡く輝いているようです。本当に幻想的な風景でした。
神子さんは平らな岩に腰掛けると、隣に座るよう私を手招きします。私はそこへ座り、
「この風景を見せに、ここに連れてきたのですか?」
そう質問すると、神子さんはゆっくりと首を横に振りました。それから、人差し指を口の前に持ってきて、しーっと静かにするよう指示を出します。
「静かに。目を閉じて」
そう言って、神子さんは優しく微笑むのです。目の前の風景が名残惜しい気持ちもありましたが、彼女の指示に従うことにします。
ゆっくりと目を閉じると、暗闇が訪れます。
と、そこで気が付きました。
鳴き声。
いくつもの鳴き声。
最初、漠然とした音の連なりにしか聞こえなかったそれらは、耳が慣れて行くに連れて一つ一つの分かれた音として聞こえるようになります。
森のどこかでキリキリキリと鳴けば、今度はまた違う場所で、リッリッリッと鳴くのです。と思えば、いきなり背後からリンリンリンと鳴き、そう離れていない草むらからジージージーと鳴きます。池の方からはケロ、ケロ、と聞こえます。
まるで山彦のようでした。あちこちで鳴き声が響き渡り、それに呼応するようにしてさらに別の鳴き声が響くのです。
「聞こえますか?」
「はい。はっきりと」
「こういうのも、悪くないでしょう」
「とても、素敵ですね」
心からそう思いました。目を開ければ、そこには絶景が広がっているのでしょうが、あえてそれから目を背けて、耳を澄まして鳴き声を聞く。何という贅沢でしょうか。こんなことは、私一人では到底思いつかなかったでしょう。
私はただただ聞き入っていました。耳に入ってくる音に。夏の夜に響き渡る鳴き声に。
それぞれに違う味があって、それらが重なることでより美しくなったり、またはどこか面白みのある音に変化するのです。私はすっかり虜になっていました。それと同時に、複雑な気持ちになります。夏が好きだとあれだけ言っておきながら、夏が嫌いだった神子さんにこうして夏の魅力を教わる立場になってしまいました。少し悔しいような、でも新たな夏の魅力を感じられた事の嬉しさが混ざり合って、何とも言えない気持ちです。
「今鳴いたのは、鈴虫」
と神子さんが口を開きました。私は目を開けて彼女の方を見ます。
「今のはコオロギ。それから、これは蛙ね。わかりやすい」
「詳しいんですね」
「昔よくこうやって鳴き声を当てて遊んだの。今みたいにこれは鈴虫、これはコオロギ、って。そうしていると、私たちは本当に無邪気になれました」
神子さんが「私たち」と言ったのを、私は聞き逃しませんでした。彼女は昔、誰かとこうしていたのです。恐らくは私の知らない誰か、と。その方がどんな人物なのか、気にならないと言えば嘘になりますが、私は何も言いませんでした。きっとそれを訊ねたところで、彼女はただ微笑むだけで質問には答えてくれなかったことでしょう。
彼女は目をそっと細めます。その誰かと一緒にいる風景を、今見ている景色と重ね合わせて、懐かしんでいるようでした。
何となく、神子さんが私をここへ連れてきてくれた理由がわかったような気がします。きっと、これは彼女なりの誠意なのです。昼間に案内した池には、私の過去の大切な思い出があって、間接的にではあるものの彼女はそれに触れたのです。私が勝手にした事に過ぎないのに、彼女はそれを特別な事だと感じてくれたのです。だから、神子さんも同じように自分の中にある大切な思い出の一部を、こうして私に触れさせてくれたのです。
どうしようもないほど嬉しい気持ちで一杯になります。私と神子さんは、お互いの思い出を共有しているのです。たったそれだけのことなのに、その場で跳ねてしまいたいくらいに嬉しいのです。
感謝を述べるのは、違う気がしました。だから、私はそっと口を開き、
「ねえ、神子さん」
「ん?」
「二度美味しいですか?」
彼女は一瞬、目を丸くしました。それから、ゆっくりと表情を崩して微笑むと、
「ええ、そうね。確かに、二度美味しい」
私たちは再び耳を澄ませて音を聞きました。
とても幻想的な時間でした。いつも暮らしている世界から、一歩だけ外に踏み出したような感覚と言えばいいでしょうか。地面にしっかりと足を着いているのに、どこかふわふわとした感じがします。それは決して不快ではなくて、とても心地よく私を愉快な気分にさせます。
「あなたとこうして夏の夜に耳を澄ませたことは、きっと忘れません」
「そんなに気に入ってくれた?」
「ええ。本当に素敵です」
私は空を仰ぎ見ます。それからしみじみと、
「今この瞬間も、いつか遠い過去になってしまうんですね。そう思うと、ちょっとだけ寂しい気持ちになります」
少しばかりの間があってから、神子さんは口を開きました。
「なら、考え方を変えてみたらいいんじゃない?」
「考え方?」
「そう。いつか遠い未来で、また同じことをした時に二度美味しいと思えるように、いや、二度と言わず三度でも四度でも美味しいと思えるように、今はそのための下ごしらえをしているのだ、と」
「ちょっと無理やりじゃありませんか?」
「やっぱり?」
そうですよ、と私は言います。それに私は神子さんとの素敵な時間を、下ごしらえなどと思いたくはありません。でも、こうやって思い出を積み重ねて行って、未来でまた同じことをして、その時に過去の分だけ今がより美味しいと思えるのなら、それはそれで良いことでもあるように思えます。
だから、私は祈ります。
胸の前で手を合わせて、心の中で、美味しくなれー、と。
少しの時間そうやって祈った後、隣を見ると、神子さんも私と同じように手を合わせていました。まさか彼女がそんな事をするとは思わなかったので、私は驚きました。私の視線に気付いたのか、彼女はこちらを向きます。
視線が合い、しばらく見つめ合った後、自然と笑い声が漏れて二人でくすくすと笑い合いました。
笑い声に反応したのか、どこかで蛙がケロケロと鳴きました。虫たちは今も忙しなく鳴き続けて、空高く響き渡ります。
同じ時間は二度と訪れません。同じ場所で、同じことをしたってそれは別の記憶になるのです。
夏の夜の、二人だけの特別な時間。この瞬間にしか味わえない気持ちを心に刻みつけます。
私たちはその後も、空が白み始めるまでその場でじっと耳を澄ませていました。この蛍の光のように儚い時間が、記憶となっていつまでも淡く光り輝いてくれることを願いながら。
朝になって、いつまでも起きてこない私を心配したのか、一輪が部屋にやって来ました。私は一輪に起こされたことで、すっかり日が昇っている事にようやく気付きます。
「具合でも悪いのですか?」
欠伸を必死に噛み殺す私を、彼女は心配そうな目で見てきます。
「いえ、そういうわけじゃありません」
とびっきり大きな欠伸を両手で隠してやり過ごした後、
「ただ、すごく良い夢を見ていたので、起きるのがもったいなかったの」
夜中に神子さんとお出かけしたことは、秘密にしておくことにしました。そうした方が、あの記憶がより大切に思える気がしたのです。
一輪は何だか良くわからないといった表情を見せます。
「それではお邪魔してしまいましたか?」
申し訳なさそうに彼女が言ったので、私はふふっと笑います。
「気にしなくてもいいです。あなたが来たときには終わっていたから」
私はそれから冷たい水で顔を洗って、朝の体操を一緒に行えなかった事を響子に謝り、皆で一緒に朝食を取ります。朝食の間も油断すると欠伸が出てくるので、我慢するのに苦労しました。
今日は予定がなかったことで助かりました。眠気が我慢できなくて、私は朝食を終えるとすぐに布団に戻り、少しばかり休息をとります。休んだことで頭もすっきりしたので、昼過ぎになって里に買い物へと出かけました。
瀬戸物屋さんで目的の物を買って寺に戻ると、縁側でぬえがいつものように尺取り虫みたいな姿勢で項垂れていました。
「ぬえ」
「ん~?」
「良い物を買ってきましたよ」
「あ~」
私は苦笑を浮かべながら、買ってきた物をさっそく縁側の軒下に吊します。それからしばらく座って待機していると、ふわりと風が吹きました。
チリン、チリン、と涼しげな音が鳴ります。透明感のある、実に綺麗な音です。
「風鈴~?」
「ええ、いいでしょう。涼しくなるような気がします」
「気がするだけで、暑いのは変わらないわよ」
「……そうですね」
でも、本当に良い音です。夏が終わるまではここに吊しておくことにしましょう。
私は一度自室へ行き、うちわを持って戻ってくると、自分とぬえに風が当たるように扇ぎます。風が送られてくる事に気付いたぬえは変な姿勢を止めると、私と並ぶように座りました。
チリン、チリン、と風鈴が鳴ります。二人でしばらくその音に耳を傾けていると、とてとてと廊下を歩く音が近付いてきます。
「スイカを切りました。どうぞ」
一輪が切り分けたスイカを持ってきてくれました。私とぬえは喜んで、さっそくスイカにかぶりつきました。甘い汁が口いっぱいに広がります。
「あら、風鈴」
「さっき聖が買ってきたんだよ」
「へえ。それは良い。しかし、ここだと来客する方々には聞こえないと思いますよ」
一輪が言います。私は首を横に振り、
「ここでいいんです。これは私が個人的に楽しむためのものなんです」
そう言って、にっこりと微笑みます。一輪は不思議そうな顔をして、近くにいたぬえに視線を送りました。ぬえは肩をすくめると、またスイカにかぶりつきます。
今日もまたとても暑い一日です。しばらくは猛暑が続くのでしょう。私としては望むところです。夏を思いっきり楽しんでやります。
風鈴が鳴りました。凛としていて、とても風流な音です。
私は持っていたスイカと風鈴を交互に眺めて、それからスイカに目一杯かぶりつきました。シャリッという何とも良い音がします。風鈴の音も良いけれど、私はやっぱりこっちの方が好きなのでした。
それをあの方に言ったら、いったいなんて答えてくれるかなと私は考えて、愉快な気持ちになります。
一つ一つの風景が細かく描写されていて、想像ができるほど素敵でした。
脳内で暁雲が再生されるほどに夏を感じました。
素晴らしいひじみこでした。
この二人は一緒に散歩したりするのが似合いますね。
文章の巧緻とは別の――きっと作者様ならではの魅力ではないかと思います。
私は今話が初読となりますが、過去作の方も漁らせて頂きます。
あ、文章の方もとても良い物でした。御馳走様ですよ。
聖も可愛いし神子さます素敵。
夏の風景を楽しむ二人す姿が爽やかでした
それにしても冷えたキュウリとトマトは反則だぁ……。
次は娘さん(こころ)も一緒に夏巡りをされるのも良いかもしれませんね。きっと何かが見つかるでしょう。
みこひじいいね( ・∀・)!!
夏の旅の最中に貰った農家の味を思い出しました.
作品を楽しみつつ過去の野菜の味を思い出し二度美味しかったです
聖がのほほんとしてて平和だなーと思いました。
聖と神子は宗教の関係上ライバルということが出来ると思いますが、
このSSのような関係もすんなりと入ってくるんですよね。
かぐもこやあやはたではこうは行かない不思議。
神子様の豊聡耳を生かした目の付けどころには感嘆しました。その視点が最後に聖に
受け継がれ、耳で夏を感じているのも良い。