「私から言わせれば、なぜ嫌われることを拒絶するのか理解できないね」
「私から申しますと、なぜ好かれることを拒絶するのか理解しかねます」
地霊殿の一室。
小さなテーブル一つを挟んで対峙する影が二つ見える。
一つは地霊殿の主、古明地さとりで相違ないのだが、もう一つは地上でも地底でもめったに見られない人物である。なぜなら彼女は普段、幻想郷の上空、空飛ぶ逆さ城に身を窶しているからである。
もう一つとは、天邪鬼、鬼人正邪だった。
「結局さ」正邪は言う。「お前は“強者”なんだろう? 強いから、好かれるということに耐えられる」
「それは逆なのでは?」さとりは言う。「強いからこそ、嫌われるという苦行に耐え得る」
「私が強い、と? はっはっは! 笑わせるね。かなり愉快だ」
「……元より、私は強くありませんが」
「強いだろ?」
精神的にはさ、と正邪はこれ見よがしに言う。
さとりは何も言わない。
「『他人の心を読む』なんて……それこそ強靭な精神がなければ、今ここでこんな話は出来ていないだろう?」
「貴方の場合、全くの本音ですから。……普通と反応が違うのは、なかなか新鮮ですが」
「天邪鬼――だからな、私は」
「“鬼”なのに弱いとは、皮肉ですね」
「ああ、天邪鬼だからな。所詮、鬼の皮と肉をかぶっただけの、ただのひねくれ者。骨なんて、ありはしない。ふにゃふにゃのやわやわだ」
「しかし、それは私にも言えることです」
「へえ?」正邪は興味深そうにさとりの顔を覗く。
「サトリ、なんて名前ですが、私は妹のことすら悟れないくらい弱いんですから」
正邪が「弱い」という単語に反応する。
「弱い、ねえ。だから、お前は強いだろうに」
「それを言うならば、貴方もそうです。嫌われる、ということは、相手にされない、という事なのですから」
「いやあ、まだ判らないかな。私は、天邪鬼なんだよ。世界中のみんなが考えていることをそのままひっくり返したような感性なのさ」
「……判りました。この議論、これ以上は不毛のようですね」
「先が見えたな」
だからこそ私は続けたいんだが、と正邪は言う。
さとりはそれを無視する。
「要は、貴方は何が言いたいんですか?」
「言わなくても判っているくせに」
正邪の言うとおり、さとりには彼女が本当は何を言わんとしているかなど、手に取るように判っていた。
だが、それはそういう問題ではなかった。
正邪が自分の口から言うことに、意味があった。
「……ちぇっ。これだから覚は」正邪はようやく本題に入るようだ。「仕方ないな……黙って利用してやろうと思っていたが、まあサトリ相手じゃあ、土台無理な話か」
「筒抜けですから」
さとりは両手の人差し指と親指を直角にして合わせ、まるでファインダーのように正邪を覗きこむ。
正邪は「やれやれ」といった感じだ。
「あんたが強者でないって主張していることは、十分伝わった。そこで、だ。共に――幻想郷をひっくり返さないか?」
「……具体的におっしゃいますと?」
「ああもう、面倒くさいな。視ればいいだろ」
正邪は自分の胸のあたりを指さす。
「ダメです。これは、貴方の口から発せられるべきです」さとりは微笑む。「『口は災いの元』、ですから」
「本当に良い奴だな。気に入ったぞ」
「それはどうも」
「具体的に言えば、下剋上だ。実は今、小人族を一人、懐柔しているところなのだ」
「そんな事をして何になります?」
「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれた」正邪は唐突に芝居口調を始める。「これこそが私の完璧な計画なのだ! ……多少の代償に目を瞑れば」
「…………」
「小人族を、知っているか?」
さとりはもちろん、知っていた。
元々地霊殿の書庫にも文献が残っていたし、いま『そのもの』を読んでいるし。
「ええ」
「小人族の秘宝に、『打ち出の小槌』というものがある。その魔力を用いれば、事は容易く運ぶだろう」
「ふむ、成程……しかし、そんなにうまくいくでしょうか?」
「大丈夫。小人族の歴史は詳細に詮索済みだ」
「いえいえ、私が言っているのは」
貴方の心の方ですよ、とさとりは無表情で言う。
今度無言になるのは、正邪だった。
「貴方は、何がしたくてそんな事をするのですか?」
「……小人族の奴にも言ったことだが、もちろん、弱者達が如何に虐げられてきたかを、強者に思い知らせるためだ」
「へえ」
「この地底の住人――特にお前は、忌み嫌われる能力を持ち、虐げられてきただろう?」
「だから地霊殿(ここ)に来たのですね」
「ああ」
「それは違いますね」
「そんなことはない。私は本気で――」
「違います」
「何が違うというのだ? 私の言葉は本心から来る物だと、お前が一番良く判る筈だろ?」
「違いますね。貴方が言っているのは、“弱者”代表の目的なんですよ」
「…………」
正邪はまた黙りこむ。
そんなことをしても、さとりに対しては無意味だと判っていたが、それは正邪にとってのささやかな抵抗だった。
「貴方自身の、目的を話して下さい」さとりは相変わらずのジト目で正邪を見つめる。「話は、それからですよ」
「ふん……お前、最高だな」
「『何で判ったんだ』ですか……それは単純です」
「これでも、心の扱いには心得があるのだがね」
「そんなことは関係ありません。私がどれだけ妹に手を焼いていると思っているんですか?」
「……早く言え」
「……良いでしょう」
さとりは息を整えてから言う。
「天邪鬼が、そんな正義感ぶった目的で動くわけないじゃないですか」
「…………」
「貴方がおっしゃったんですよ? 『私は天邪鬼だから、ひねくれ者』なんて……天邪鬼なのに、素直すぎるというのも考え物ですね」
「……ふっふっふ」正邪は笑い出す。「あっはっはっはっは! 本当に最高だ、お前! 今まで色んなサトリに会って来たけど……こんなに最後の最後まで看破ったのは、お前が初めてだよ!」
「計画が御釈迦になったというのに、楽しそうですね」
「ああ。『天邪鬼だから』な」
「……ふふっ、そうでしたね」さとりも思わず吹き出してしまう。
二人は、長い時間笑った。
互いが互いに、互い違いに。
理由は違えども――
それぞれが、とても滑稽に感じたのだった。
そして、数分後だろうか、数時間後だろうか、二人はまただんまりの状態になった。
「さあ、では」正邪が真面目な顔で切り出す。「天邪鬼様が本音を喋ってやろうかな」
「天邪鬼の本音は、また天邪鬼なのですがね」
「まあ固いこと言うな。私はこれが本音だと信じている」
「判っていますよ」
「そうだろうな。……私の能力がどんなものか、もちろん判るだろう?」
聞かれるまでもなく、さとりには判っていた。
ここは、口で答えるべきだということも、判っていた。
「貴方が呼んでいる風に言うなら、『何でもひっくり返す程度の能力』ですか」
「ああ」
「ちょっと誇張しすぎでは?」さとりは苦笑する。
「まあ、そこも天邪鬼らしくていいだろう」正邪も苦笑いする。「そう、“何でも”ってのはさすがに盛りすぎだ。私がひっくり返せるのはせいぜい、天地無用の荷物とか、道行く人間の進行方向とか、ちゃぶ台とか、そんなちんけなものくらいだ」
「十分恐ろしいのですが」
特に、天地無用とちゃぶ台が、とさとりが笑う。
それにまた正邪は笑ってしまう。
「ふふ、まあ私は、矮小な能力だと常々感じていたのだ」
「そこで、打ち出の小槌、というわけですか」
「そうだ」正邪は宙を見つめる。「アレを知った時は、その存在を疑ったものだが――小人族の歴史を漁れば、実在することが判ったからそれはもう……」
天を仰ぐ正邪。
さとりは、天邪鬼らしいのか天邪鬼らしくないのか、と笑みをこぼす。
「私はずっと、腹立たしかった」正邪は姿勢を元に戻す。「いくら天邪鬼でも、腹立たしかったのだ。自分の非力さが」
「判りますよ」さとりは感慨深そうに言う。「私も、今では妹に対して何もしてあげられませんから。自分の非力さ、貧弱さが嫌でも目に沁みます」
「だから、打ち出の小槌の魔力を借り受けようとしているのだ。元は鬼の道具である打ち出の小槌の魔力なら、天邪鬼でも、鬼に近づけるのではないか、とな。そして、『世界』をも、ひっくり返せるように……。さあ、これが目的だよ」
「ええ、判っていますよ」
「お前――いや、さとり、協力してくれないか?」
正邪はこれまでにない、天邪鬼にはない、素直な表情で言う。
これに対してさとりは――
「それが目的なら、私は協力できません」
「……おいおい」
正邪は何か言いたそうだ。
「嬉しいことを言うな」
「当たり前です」
「全く、天邪鬼の特性を把握するのが速すぎるぞ」
「サトリですから」
二人はまた笑い合った。
「――ははっ……。でもな、冗談はそこまでにしてくれ。私は本気で言っているんだから」
「何言ってるんですか、私も本気ですよ」
「どうしてなのだ? 訳が知りたい」
さとりは、まっすぐ正邪を見て言う。
「私は、強者だからです」
「…………」
「…………」
「…………ふふ……あはははははははは! ――いやはや、また一本取られてしまった。確かに、さとりは紛れもない強者だ。そのしたたかさは、私の手に余る。名残惜しいが、仕方ないか」
「申し訳ありません」
さとりは悪びれた様子はない。
全く、強すぎるな、と正邪は思った。
「しかし、他人と会話していて、こんなに愉快だと思ったことはないな」
「まあ、私と会話するの、嫌がる人が大多数ですからね」
「ふふっ、成程――どおりで。二枚舌がいつもより良く回ると思ったわ。今は一枚だが」
「一寸法師さんをたばかる時よりも、ですか?」
「当たり前だ。あまりあいつとは話したくないのだから」
「小人は小さくて可愛らしいですからね」
「そう、だから私は、弱者のために立ち上がるのだ!」
「ふふ。頑張って下さい」
二人は、心の底から、楽しんでいた。
片や、自分の強さが嫌で人目を避ける妖怪。
片や、自分の弱さが嫌で下剋上を目論む妖怪。
種族は違えども、その人生哲学――否、妖生哲学は案外、似たり寄ったりなのかもしれない。
「もう、行かねばな」正邪は椅子から立ち上がる。
「あら、いつでもいらしてね」さとりも席を立つ。
「いつかさとりの妹とも会ってみたいものだ」
「貴方がそれを意識しなければ、きっと叶うでしょう」
「……? そうか」
「それと、地底に何か異変があった時は、私が何とか誤魔化しておきます」
「あれま、打ち出の小槌がそんなに危険だと?」
「酔っても鬼の道具ですよ? まあいつも酔ってますけど」
「違いない」
正邪は舌を出す。黒髪の中の赤髪も舌に見え、まさに二枚の舌があるようだった。
「気をつけておこう」
「でも、それ、多分忘れますよね?」
「ん?」
「『天邪鬼だから』」
正邪は、またここに来るだろうな、と思った。
そこまで天邪鬼ではないから。
その後、普段おとなしい妖怪が暴れ出し、幻想郷各地の道具が付喪神になる異変が起こるのだが――それはまた、別のお話。
そして、さとりがその際約束を守るのも、別のお話。
「私から申しますと、なぜ好かれることを拒絶するのか理解しかねます」
地霊殿の一室。
小さなテーブル一つを挟んで対峙する影が二つ見える。
一つは地霊殿の主、古明地さとりで相違ないのだが、もう一つは地上でも地底でもめったに見られない人物である。なぜなら彼女は普段、幻想郷の上空、空飛ぶ逆さ城に身を窶しているからである。
もう一つとは、天邪鬼、鬼人正邪だった。
「結局さ」正邪は言う。「お前は“強者”なんだろう? 強いから、好かれるということに耐えられる」
「それは逆なのでは?」さとりは言う。「強いからこそ、嫌われるという苦行に耐え得る」
「私が強い、と? はっはっは! 笑わせるね。かなり愉快だ」
「……元より、私は強くありませんが」
「強いだろ?」
精神的にはさ、と正邪はこれ見よがしに言う。
さとりは何も言わない。
「『他人の心を読む』なんて……それこそ強靭な精神がなければ、今ここでこんな話は出来ていないだろう?」
「貴方の場合、全くの本音ですから。……普通と反応が違うのは、なかなか新鮮ですが」
「天邪鬼――だからな、私は」
「“鬼”なのに弱いとは、皮肉ですね」
「ああ、天邪鬼だからな。所詮、鬼の皮と肉をかぶっただけの、ただのひねくれ者。骨なんて、ありはしない。ふにゃふにゃのやわやわだ」
「しかし、それは私にも言えることです」
「へえ?」正邪は興味深そうにさとりの顔を覗く。
「サトリ、なんて名前ですが、私は妹のことすら悟れないくらい弱いんですから」
正邪が「弱い」という単語に反応する。
「弱い、ねえ。だから、お前は強いだろうに」
「それを言うならば、貴方もそうです。嫌われる、ということは、相手にされない、という事なのですから」
「いやあ、まだ判らないかな。私は、天邪鬼なんだよ。世界中のみんなが考えていることをそのままひっくり返したような感性なのさ」
「……判りました。この議論、これ以上は不毛のようですね」
「先が見えたな」
だからこそ私は続けたいんだが、と正邪は言う。
さとりはそれを無視する。
「要は、貴方は何が言いたいんですか?」
「言わなくても判っているくせに」
正邪の言うとおり、さとりには彼女が本当は何を言わんとしているかなど、手に取るように判っていた。
だが、それはそういう問題ではなかった。
正邪が自分の口から言うことに、意味があった。
「……ちぇっ。これだから覚は」正邪はようやく本題に入るようだ。「仕方ないな……黙って利用してやろうと思っていたが、まあサトリ相手じゃあ、土台無理な話か」
「筒抜けですから」
さとりは両手の人差し指と親指を直角にして合わせ、まるでファインダーのように正邪を覗きこむ。
正邪は「やれやれ」といった感じだ。
「あんたが強者でないって主張していることは、十分伝わった。そこで、だ。共に――幻想郷をひっくり返さないか?」
「……具体的におっしゃいますと?」
「ああもう、面倒くさいな。視ればいいだろ」
正邪は自分の胸のあたりを指さす。
「ダメです。これは、貴方の口から発せられるべきです」さとりは微笑む。「『口は災いの元』、ですから」
「本当に良い奴だな。気に入ったぞ」
「それはどうも」
「具体的に言えば、下剋上だ。実は今、小人族を一人、懐柔しているところなのだ」
「そんな事をして何になります?」
「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれた」正邪は唐突に芝居口調を始める。「これこそが私の完璧な計画なのだ! ……多少の代償に目を瞑れば」
「…………」
「小人族を、知っているか?」
さとりはもちろん、知っていた。
元々地霊殿の書庫にも文献が残っていたし、いま『そのもの』を読んでいるし。
「ええ」
「小人族の秘宝に、『打ち出の小槌』というものがある。その魔力を用いれば、事は容易く運ぶだろう」
「ふむ、成程……しかし、そんなにうまくいくでしょうか?」
「大丈夫。小人族の歴史は詳細に詮索済みだ」
「いえいえ、私が言っているのは」
貴方の心の方ですよ、とさとりは無表情で言う。
今度無言になるのは、正邪だった。
「貴方は、何がしたくてそんな事をするのですか?」
「……小人族の奴にも言ったことだが、もちろん、弱者達が如何に虐げられてきたかを、強者に思い知らせるためだ」
「へえ」
「この地底の住人――特にお前は、忌み嫌われる能力を持ち、虐げられてきただろう?」
「だから地霊殿(ここ)に来たのですね」
「ああ」
「それは違いますね」
「そんなことはない。私は本気で――」
「違います」
「何が違うというのだ? 私の言葉は本心から来る物だと、お前が一番良く判る筈だろ?」
「違いますね。貴方が言っているのは、“弱者”代表の目的なんですよ」
「…………」
正邪はまた黙りこむ。
そんなことをしても、さとりに対しては無意味だと判っていたが、それは正邪にとってのささやかな抵抗だった。
「貴方自身の、目的を話して下さい」さとりは相変わらずのジト目で正邪を見つめる。「話は、それからですよ」
「ふん……お前、最高だな」
「『何で判ったんだ』ですか……それは単純です」
「これでも、心の扱いには心得があるのだがね」
「そんなことは関係ありません。私がどれだけ妹に手を焼いていると思っているんですか?」
「……早く言え」
「……良いでしょう」
さとりは息を整えてから言う。
「天邪鬼が、そんな正義感ぶった目的で動くわけないじゃないですか」
「…………」
「貴方がおっしゃったんですよ? 『私は天邪鬼だから、ひねくれ者』なんて……天邪鬼なのに、素直すぎるというのも考え物ですね」
「……ふっふっふ」正邪は笑い出す。「あっはっはっはっは! 本当に最高だ、お前! 今まで色んなサトリに会って来たけど……こんなに最後の最後まで看破ったのは、お前が初めてだよ!」
「計画が御釈迦になったというのに、楽しそうですね」
「ああ。『天邪鬼だから』な」
「……ふふっ、そうでしたね」さとりも思わず吹き出してしまう。
二人は、長い時間笑った。
互いが互いに、互い違いに。
理由は違えども――
それぞれが、とても滑稽に感じたのだった。
そして、数分後だろうか、数時間後だろうか、二人はまただんまりの状態になった。
「さあ、では」正邪が真面目な顔で切り出す。「天邪鬼様が本音を喋ってやろうかな」
「天邪鬼の本音は、また天邪鬼なのですがね」
「まあ固いこと言うな。私はこれが本音だと信じている」
「判っていますよ」
「そうだろうな。……私の能力がどんなものか、もちろん判るだろう?」
聞かれるまでもなく、さとりには判っていた。
ここは、口で答えるべきだということも、判っていた。
「貴方が呼んでいる風に言うなら、『何でもひっくり返す程度の能力』ですか」
「ああ」
「ちょっと誇張しすぎでは?」さとりは苦笑する。
「まあ、そこも天邪鬼らしくていいだろう」正邪も苦笑いする。「そう、“何でも”ってのはさすがに盛りすぎだ。私がひっくり返せるのはせいぜい、天地無用の荷物とか、道行く人間の進行方向とか、ちゃぶ台とか、そんなちんけなものくらいだ」
「十分恐ろしいのですが」
特に、天地無用とちゃぶ台が、とさとりが笑う。
それにまた正邪は笑ってしまう。
「ふふ、まあ私は、矮小な能力だと常々感じていたのだ」
「そこで、打ち出の小槌、というわけですか」
「そうだ」正邪は宙を見つめる。「アレを知った時は、その存在を疑ったものだが――小人族の歴史を漁れば、実在することが判ったからそれはもう……」
天を仰ぐ正邪。
さとりは、天邪鬼らしいのか天邪鬼らしくないのか、と笑みをこぼす。
「私はずっと、腹立たしかった」正邪は姿勢を元に戻す。「いくら天邪鬼でも、腹立たしかったのだ。自分の非力さが」
「判りますよ」さとりは感慨深そうに言う。「私も、今では妹に対して何もしてあげられませんから。自分の非力さ、貧弱さが嫌でも目に沁みます」
「だから、打ち出の小槌の魔力を借り受けようとしているのだ。元は鬼の道具である打ち出の小槌の魔力なら、天邪鬼でも、鬼に近づけるのではないか、とな。そして、『世界』をも、ひっくり返せるように……。さあ、これが目的だよ」
「ええ、判っていますよ」
「お前――いや、さとり、協力してくれないか?」
正邪はこれまでにない、天邪鬼にはない、素直な表情で言う。
これに対してさとりは――
「それが目的なら、私は協力できません」
「……おいおい」
正邪は何か言いたそうだ。
「嬉しいことを言うな」
「当たり前です」
「全く、天邪鬼の特性を把握するのが速すぎるぞ」
「サトリですから」
二人はまた笑い合った。
「――ははっ……。でもな、冗談はそこまでにしてくれ。私は本気で言っているんだから」
「何言ってるんですか、私も本気ですよ」
「どうしてなのだ? 訳が知りたい」
さとりは、まっすぐ正邪を見て言う。
「私は、強者だからです」
「…………」
「…………」
「…………ふふ……あはははははははは! ――いやはや、また一本取られてしまった。確かに、さとりは紛れもない強者だ。そのしたたかさは、私の手に余る。名残惜しいが、仕方ないか」
「申し訳ありません」
さとりは悪びれた様子はない。
全く、強すぎるな、と正邪は思った。
「しかし、他人と会話していて、こんなに愉快だと思ったことはないな」
「まあ、私と会話するの、嫌がる人が大多数ですからね」
「ふふっ、成程――どおりで。二枚舌がいつもより良く回ると思ったわ。今は一枚だが」
「一寸法師さんをたばかる時よりも、ですか?」
「当たり前だ。あまりあいつとは話したくないのだから」
「小人は小さくて可愛らしいですからね」
「そう、だから私は、弱者のために立ち上がるのだ!」
「ふふ。頑張って下さい」
二人は、心の底から、楽しんでいた。
片や、自分の強さが嫌で人目を避ける妖怪。
片や、自分の弱さが嫌で下剋上を目論む妖怪。
種族は違えども、その人生哲学――否、妖生哲学は案外、似たり寄ったりなのかもしれない。
「もう、行かねばな」正邪は椅子から立ち上がる。
「あら、いつでもいらしてね」さとりも席を立つ。
「いつかさとりの妹とも会ってみたいものだ」
「貴方がそれを意識しなければ、きっと叶うでしょう」
「……? そうか」
「それと、地底に何か異変があった時は、私が何とか誤魔化しておきます」
「あれま、打ち出の小槌がそんなに危険だと?」
「酔っても鬼の道具ですよ? まあいつも酔ってますけど」
「違いない」
正邪は舌を出す。黒髪の中の赤髪も舌に見え、まさに二枚の舌があるようだった。
「気をつけておこう」
「でも、それ、多分忘れますよね?」
「ん?」
「『天邪鬼だから』」
正邪は、またここに来るだろうな、と思った。
そこまで天邪鬼ではないから。
その後、普段おとなしい妖怪が暴れ出し、幻想郷各地の道具が付喪神になる異変が起こるのだが――それはまた、別のお話。
そして、さとりがその際約束を守るのも、別のお話。
正邪は話を作りにくそうな感じですが、キャラの掘り下げ方によってはすごく面白くなりそうだなあ、という予感を感じさせてくれるSSでした。
面白かったです。
ねじくれた性格の2人がねじくれた会話をしています。よくこんな頭の痛くなるような会話をしながら楽しそうに笑えるものです。
ご指摘ありがとうございます。
修正させていただきました。
なんというか、とてもInterestingな意味で面白いです
月並みな言葉しか出てこないのが悔しいくらい
初の正邪SSからこれとは後続のハードルが上がりますね。