天高く人肥ゆる秋。
盆の暑さも大分納まり、田圃では稲穂が頭を垂れている。
妖怪の山もすっかり赤ら顔になり、過ごしやすい季節だ。
その山で、新聞を書き、天狗の組織の一員として過ごしている射命丸文は、完全に埋まらない紙面をどうにかするために、人里のグルメレポートでもしようかと店を漁っていた。
「太鼓判な店の前に太鼓とか置いてないのかしら……やっぱり勘で調べるしかないのね……」
まるで一年のすべてが夏か冬かになった時のようにひとりごちていると、川を挟んで向かいの店にスポイラー(はたて)が居るのが見えた。
店の戸を開けると芳しい香りと店の人間の陽気な歓迎の声が聞こえた。
「あやや、はたてじゃない」
「あー、此処の取材権は私が取ったからね。邪魔しないでよ」
はたてがそう言ったので、文は余裕満面の風に返した。
「誰が二流の邪魔なんかするのよ。勝者はいつでも敗者を待ってあげるのよ」
「ああそうかい。そんなんだから鞍馬諧報を抜かせないんでしょ」
何気ないはたての切り替えしが割と効いたらしく、文はだんまりになってしまった。
とりあえず頼む物は頼み、紙面を考えるしかないかと沈思黙考を始めた。
正直一面減ろうが困るわけではないし、そこまで注意して読むような購読者もいないだろう。
重要なのはアンニュイな時間に合うかどうかだ。
純粋にニュースとして扱ってほしい気もあるが、毎日生きるのに必死な人間が、たったの須臾でこの世の全てを知った気になっている人間が、本質を理解する暇など有る訳もない。
ましてや自分だけ良ければいいような妖怪が裏を考えてまで読もうとはしないだろう。
「ところではたて、見事に引き篭もりは解消したみたいね」
「そうよ。どこぞの三流捏造記者とは違って私は今記事の推敲をしているの。あとは写真の腕さえ何とかなればランキング上位間違いなしね」
「そうして新しいものに遅れていくのね」
「速度なんて後からいくらでもつけられるわ」
そうこうしている内に、頼んだ料理が来た。
まだ店は繁盛と言うほどの規模ではないが、十分に福助が来そうな店だ。
鶏肉が無いのにも好感が持てる。
これはもしかするとはたてに大スクープを取られたかもしれない。
「あー、それ、本当に美味しい奴よ。頼めばよかったかも」
前から通っていたのか、はたてが羨ましそうに言う。
「分けないわよ。スクープ取られたし」
「いつでも食べられるしね」
そうして丁度良く炊かれたご飯を口に運ぶ。
美味しい。まさに、心がこもったとでも言うべき力の入りようだ。
「ところでさー、文。新聞合同で作ってみない?特装版として」
「んー?何で急にそんなこと言うのよ。もぐもぐ」
むしろはたてなら写真を盗っていってしまう性質だと思っていたばかりに、文は拍子抜けしてしまった。
「あんたが私の文章力を盗む。私があんたの撮影力を盗む。最高じゃない?」
「ふーん。一回くらいなら構わないわよ。もぐもぐ」
文の箸が止まらないところを見ると、相当好みなのかもしれない。
「まあそれは後々ね。年末にでもやるわ。ところで、あんたの新聞見たわよ。相変わらずの捏造っぷりじゃない」
記事に推敲を重ねるはたては、記事を蔑ろにする文に対して義憤を燃やしているのだろう。
「写真こそ新聞」
間髪入れず文が返す。
「狼少年はどうして不運な目にあったか知ってる?」
「狼に食べられたんでしょ?」
「結果じゃなくて過程よ」
「それなら嘘を嘘と見抜けない方が悪いでしょ?些細な変化にも気づこうとする姿勢が街の人に欠けていただけだと思うわ。ちなみに嘘は書いてないわ」
記事を人に読ませる、と言う行為、そして新聞を書く、と言う行為について、私とはたてとでは認識の違いが大きい。
はたてはどちらかというと啓蒙させる新聞、と言ったところだろうか。
情報を届けるだけでなく、それをかみ砕いて皆に伝えようとしているのだろう。
「ふーん。どうせあんたは記事を理解できない側が悪いとか言いそうね」
「言うわよ。だって今の人間が蜃すら忘れてたのよ?」
「だからこそ知識をわかりやすく与えるんじゃない。人間と妖怪は持ちつ持たれつの関係である事も含めてね」
「あらそう。割と考えてるのね。読者様はまだ増えないようだけど」
「良い物と認められれば自ずと増えるわ。その高い鼻をへし折ってやるわよ」
「私天狗にしては鼻低い方なんだけどね」
「頭の中が花でいっぱいなのね」
どうやらはたては私の新聞を抜かしに来ているらしい。
鴉天狗間でもダークホースとしてその存在を話される程だという。
あまり余裕ではいられなくなるのであろうか。
合同新聞を機に、少し読者寄りに新聞を書いてみてもいいかもしれない。
「少なくともシクラメンじゃないわよ」
「文にぴったりなのは向日葵かデルフィニウムよ」
「どこまでも対抗(スポイル)するのね。そのうち牙を剥くかな」
「スポイラーが八合目で満足しているのが気に食わないのよ」
……本気らしい。
相手が本気で来るならこちらもそれに合わせてあげるのだ。
「ああもう。判ったわよ。もっと本気出せってことね?ええやってやるわよ。
見てなさいはたて!『文々。新聞』の底力を!」
半ばはたてに乗せられた形で文は宣言した。この調子なら一面を埋めるどころか号外まで出しかねない雰囲気だ。
「あ、ちょっと待って!文っ!」
扉が悲鳴を上げた。店の中の人間妖怪全員がしばしの間唖然としていた。
ガラスが割れなかったのは最後の理性か良心か。
いつのまにか食事は終わっていたらしく、まさに韋駄天の様な速さで文は店を出て行った。
やる気に満ち溢れているのはライバルとして誠に喜ばしいことなのではあるが……
「私の奢りなの……?」
はたての財布は秋にしては寒々しくなりそうだ。
まあ、それもいいか。あとで奢ってもらえれば、とはたては坐り直した。
あいつと同じ土俵に立てるとは、多分あの頃は思っていなかったろう。
それが、いよいよ本気にさせる段階にたどり着いたとは……もしかしてランキングにでも乗るかも知れない。
そうすれば幻想郷一の新聞になることも夢じゃないかもしれない。
……そんな妄想をしつつ文の食べていった料理に目をやった。
___高い。
「……絶対に負けない」
無情にも熱い湯気がたっている。
暖かい、心のこもった料理から。
はたてはこのちっぽけで大きな恨みをいつか絶対に晴らそうと決意したのだった。
………合同新聞が存外好評だったのは、また別の話。
盆の暑さも大分納まり、田圃では稲穂が頭を垂れている。
妖怪の山もすっかり赤ら顔になり、過ごしやすい季節だ。
その山で、新聞を書き、天狗の組織の一員として過ごしている射命丸文は、完全に埋まらない紙面をどうにかするために、人里のグルメレポートでもしようかと店を漁っていた。
「太鼓判な店の前に太鼓とか置いてないのかしら……やっぱり勘で調べるしかないのね……」
まるで一年のすべてが夏か冬かになった時のようにひとりごちていると、川を挟んで向かいの店にスポイラー(はたて)が居るのが見えた。
店の戸を開けると芳しい香りと店の人間の陽気な歓迎の声が聞こえた。
「あやや、はたてじゃない」
「あー、此処の取材権は私が取ったからね。邪魔しないでよ」
はたてがそう言ったので、文は余裕満面の風に返した。
「誰が二流の邪魔なんかするのよ。勝者はいつでも敗者を待ってあげるのよ」
「ああそうかい。そんなんだから鞍馬諧報を抜かせないんでしょ」
何気ないはたての切り替えしが割と効いたらしく、文はだんまりになってしまった。
とりあえず頼む物は頼み、紙面を考えるしかないかと沈思黙考を始めた。
正直一面減ろうが困るわけではないし、そこまで注意して読むような購読者もいないだろう。
重要なのはアンニュイな時間に合うかどうかだ。
純粋にニュースとして扱ってほしい気もあるが、毎日生きるのに必死な人間が、たったの須臾でこの世の全てを知った気になっている人間が、本質を理解する暇など有る訳もない。
ましてや自分だけ良ければいいような妖怪が裏を考えてまで読もうとはしないだろう。
「ところではたて、見事に引き篭もりは解消したみたいね」
「そうよ。どこぞの三流捏造記者とは違って私は今記事の推敲をしているの。あとは写真の腕さえ何とかなればランキング上位間違いなしね」
「そうして新しいものに遅れていくのね」
「速度なんて後からいくらでもつけられるわ」
そうこうしている内に、頼んだ料理が来た。
まだ店は繁盛と言うほどの規模ではないが、十分に福助が来そうな店だ。
鶏肉が無いのにも好感が持てる。
これはもしかするとはたてに大スクープを取られたかもしれない。
「あー、それ、本当に美味しい奴よ。頼めばよかったかも」
前から通っていたのか、はたてが羨ましそうに言う。
「分けないわよ。スクープ取られたし」
「いつでも食べられるしね」
そうして丁度良く炊かれたご飯を口に運ぶ。
美味しい。まさに、心がこもったとでも言うべき力の入りようだ。
「ところでさー、文。新聞合同で作ってみない?特装版として」
「んー?何で急にそんなこと言うのよ。もぐもぐ」
むしろはたてなら写真を盗っていってしまう性質だと思っていたばかりに、文は拍子抜けしてしまった。
「あんたが私の文章力を盗む。私があんたの撮影力を盗む。最高じゃない?」
「ふーん。一回くらいなら構わないわよ。もぐもぐ」
文の箸が止まらないところを見ると、相当好みなのかもしれない。
「まあそれは後々ね。年末にでもやるわ。ところで、あんたの新聞見たわよ。相変わらずの捏造っぷりじゃない」
記事に推敲を重ねるはたては、記事を蔑ろにする文に対して義憤を燃やしているのだろう。
「写真こそ新聞」
間髪入れず文が返す。
「狼少年はどうして不運な目にあったか知ってる?」
「狼に食べられたんでしょ?」
「結果じゃなくて過程よ」
「それなら嘘を嘘と見抜けない方が悪いでしょ?些細な変化にも気づこうとする姿勢が街の人に欠けていただけだと思うわ。ちなみに嘘は書いてないわ」
記事を人に読ませる、と言う行為、そして新聞を書く、と言う行為について、私とはたてとでは認識の違いが大きい。
はたてはどちらかというと啓蒙させる新聞、と言ったところだろうか。
情報を届けるだけでなく、それをかみ砕いて皆に伝えようとしているのだろう。
「ふーん。どうせあんたは記事を理解できない側が悪いとか言いそうね」
「言うわよ。だって今の人間が蜃すら忘れてたのよ?」
「だからこそ知識をわかりやすく与えるんじゃない。人間と妖怪は持ちつ持たれつの関係である事も含めてね」
「あらそう。割と考えてるのね。読者様はまだ増えないようだけど」
「良い物と認められれば自ずと増えるわ。その高い鼻をへし折ってやるわよ」
「私天狗にしては鼻低い方なんだけどね」
「頭の中が花でいっぱいなのね」
どうやらはたては私の新聞を抜かしに来ているらしい。
鴉天狗間でもダークホースとしてその存在を話される程だという。
あまり余裕ではいられなくなるのであろうか。
合同新聞を機に、少し読者寄りに新聞を書いてみてもいいかもしれない。
「少なくともシクラメンじゃないわよ」
「文にぴったりなのは向日葵かデルフィニウムよ」
「どこまでも対抗(スポイル)するのね。そのうち牙を剥くかな」
「スポイラーが八合目で満足しているのが気に食わないのよ」
……本気らしい。
相手が本気で来るならこちらもそれに合わせてあげるのだ。
「ああもう。判ったわよ。もっと本気出せってことね?ええやってやるわよ。
見てなさいはたて!『文々。新聞』の底力を!」
半ばはたてに乗せられた形で文は宣言した。この調子なら一面を埋めるどころか号外まで出しかねない雰囲気だ。
「あ、ちょっと待って!文っ!」
扉が悲鳴を上げた。店の中の人間妖怪全員がしばしの間唖然としていた。
ガラスが割れなかったのは最後の理性か良心か。
いつのまにか食事は終わっていたらしく、まさに韋駄天の様な速さで文は店を出て行った。
やる気に満ち溢れているのはライバルとして誠に喜ばしいことなのではあるが……
「私の奢りなの……?」
はたての財布は秋にしては寒々しくなりそうだ。
まあ、それもいいか。あとで奢ってもらえれば、とはたては坐り直した。
あいつと同じ土俵に立てるとは、多分あの頃は思っていなかったろう。
それが、いよいよ本気にさせる段階にたどり着いたとは……もしかしてランキングにでも乗るかも知れない。
そうすれば幻想郷一の新聞になることも夢じゃないかもしれない。
……そんな妄想をしつつ文の食べていった料理に目をやった。
___高い。
「……絶対に負けない」
無情にも熱い湯気がたっている。
暖かい、心のこもった料理から。
はたてはこのちっぽけで大きな恨みをいつか絶対に晴らそうと決意したのだった。
………合同新聞が存外好評だったのは、また別の話。
好きです
文も負けず嫌いだなあ。
はたての頑張る姿勢でチャラ
瓦版ではない新聞も幻想入りするんですかねそのうち。