Coolier - 新生・東方創想話

いつもの夜 ~冷奴~

2013/08/06 02:27:07
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 人通りの少ない真っ暗な道の一角。
 そこにわたし自慢の屋台はある。
 店も大きくないし、くる人(妖怪?)も少ないけれど、毎日楽しくやっています。
 今日も赤提灯に火を入れて、準備完了。
 夕方になってもひぐらしの鳴く声が響いてます。


☆☆☆


「こんばんは。今日も暑いですね」
「いらっしゃい。夏だから仕方ないですよ。いつもと同じでいいですか?」
「いつも通りでお願いします」
 今日の最初のお客さんは、妖夢さんだった。
 妖夢さんのいつも通りは、濃いめのレモンハイとお通し。子供っぽい見た目をしているが、なかなかの酒豪である。
「今日は目につくものが見つからなかったので、枝豆です」
 一番端のお決まりの席に座った妖夢さんの前に、レモンハイのグラスと枝豆を置く。
「夏の定番ですね」
 妖夢さんは一言話して早速グラスに手を伸ばした。最初の一飲みで、レモンハイは半分以下になってしまう。
「夏だと、やっぱり枝豆が人気なんですか?」
「そうですね。ビールを頼むお客さんが多いので」
「美鈴さんが来たら、『枝豆でもレモンハイなの?』って言われそうです」
「美鈴さん、ビール好きですからね」
「あれはビールが好きなわけじゃなくて、お酒ならなんでもいいタイプですよ」
 妖夢さんは呆れたように言った。美鈴さんは妖夢さん、文さんと並ぶこの店の常連さんだ。
 ちなみに、美鈴さんに言わせれば、妖夢さんはレモンハイ中毒者らしい。わたしからしてみれば、どっちもただのアルコール中毒だけど。
「あ、お替りお願いします。それにしても、今年の夏は暑いですよね。お酒が進んじゃいます」
 妖夢さんなりの呑む口実なのだろうか? 新しいグラスにレモンハイを作りながら時計を見る。妖夢さんが来店してから7分。今日はゆっくり目だ。
「暑いとお店としては嬉しいんですけどね。ビール好きのお客さんが結構来てくれるので」
「いつもよりたくさん来る方もいらっしゃるんですか?」
「魔理沙さんとかはよく来ますね。今年はあまり見ないですけど」
「魔理沙さんなら、しばらく来られないと思いますよ?」
「え? 研究が忙しいんですか?」
 レモンハイをカウンターに置きながら尋ねる。魔理沙さんはかなりの努力家なので、研究が忙しくて来られないという可能性は十分にあり得る。けれども妖夢さんの答えは、その斜め上だった。
「いや、永琳さんのドクターストップです。γーGTPが4桁いったらしくて」
「4桁ですか……。それはちょっと……」
「わたしも永琳さんから、魔理沙さんにお酒を飲ませないように言われてまして。ミスティアさんも、来ても飲ませないでくださいね」
「わ、わかりました」
「霊夢さんでも3桁程度なのに」
 いや、3桁でもなかなかだと思う。普通30とか40くらいだし。というか、4桁なんてあり得るんだ。
「あの2人は、γーGTPでも競争してるんですかね」
「競争だと、数が大きい方が強そうですね」
「うーん」
 わたしが適当な答えを返すと、なぜか妖夢さんは考え込み始めた。
 なんとなく、ろくでもない予感がして身構える。
「だとすると、どっちが先に脂肪肝になるかを競争してるのでしょうか?」
「はい!?」
 けれども妖夢さんの強烈な奇襲攻撃に、わたしは変な声を出してしまった。
 この人、たまにとんでもない天然発言するからなぁ。
 まだ頭がついていかないわたしを放置して、妖夢さんの波状攻撃が続いていく。
「でもあの2人の飲み方だと、脂肪肝で止まりそうにないんですよねぇ。肝硬変とか、最悪、脳動脈瘤破裂まで行きそうですし」
 また空になったグラスを置きながら「うんうん」と納得する妖夢さん。
 ツッコミたい場所が多すぎて困る。「脳動脈瘤破裂したら死にますよ!」とか。「その2人よりもはるかに飲んでいるのがあなたですよ!」とか。
 一瞬もう酔っぱらったのかとも思ったが、妖夢さんがこの程度で酔わないことはよくわかっている。なにせ、あの射命丸文を潰したほどの酒豪なのだから。 
「今日も一番のりー。って、妖夢、ずいぶん早いのね」
 わたしが返答に困っていると美鈴さんが来店してくれた。なんだか、とても助かった気分だ。妖夢さんの扱いにおいて、美鈴さんの右に出る人はいない。幽々子さんも上手らしいけど、お店には来ないし。
「美鈴さんが遅いだけですよ」
「夏とはいえ、日が暮れる前に来て遅いわないでしょ。遅いっていうのは、閉店2時間前くらいじゃない?」
「そういえば美鈴さん、ぎりぎりに来て凄い勢いで飲んだことありましたよね」
「あー、あったわね。あの時は、なんか遅れた分を取り戻さなくちゃいけない気がしちゃって」
「遅れた分って、お酒ですか?」
「そうそう。いつもと同じくらいアルコールを摂取しなくちゃいけないと思って。でも、なぜか早く来ていつも通り飲んだから帰ろうとは思えないのよねぇ」
「あ、それ凄いわかります。早く来たんだから、いつもよりしっかり飲まない気分になりますよね」
 さすがに酒豪の2人。いかにもな会話だと思った。普通の人なら、ぎりぎりで来れば軽く飲む程度で済ませるし、早く来た時には酔っぱらっちゃって、早めに帰る人も多いのに。
「そういえば妖夢、さっきミスティアになんの話してたのよ?」
 ジョッキに注がれたビールを半分ほど一気に飲み干した美鈴さんが言った。
「なんのって、普通の世間話ですよ?」
「妖夢は天然だから普通が普通じゃなかったりするからなぁ。さっきのミスティア、けっこう困った顔してたわよ」
「そんな変な話してないですよ。霊夢さんも魔理沙さんもγーGTPが高いので、どっちが先に肝硬変とか脳動脈瘤破裂するかの競争でもしてるのかと思いまして」
 妖夢さんが真顔で話したあと、美鈴さんの手から枝豆がポロリと落ちた。美鈴さんでも、動揺を隠せていないようだ。それはそうだろう。あまりにも妖夢さんの話は吹き飛んでいる。
「さすがのわたしでも、ちょっとビックリしたわ。話の飛び方に」
「そんなに変ですか?」
「うん。変。というか、あの2人が相手じゃなかったら、不謹慎すぎるわよ」
「だってあの2人、アルコールで死ぬなら本望って自分たちで言ってるじゃないですか」
「だからあの2人でなかったらって言ってるでしょ。あー、なんだかいきなり疲れた。ミスティア、おかわりちょうだい」
 ドンとジョッキを置く美鈴さん。心の中で「おつかれさまです」と言いながらおかわりのビールを出す。美鈴さんはビールを受けとると、一気にほとんど飲み干してしまった。
「まったく、妖夢ってときどき凄まじい発言するわよね。改めて実感した」
「凄まじいって、どういうことですか?」
「妖夢が単純にド天然ってことよ」
「わたし、天然じゃないです!」
「はいはい。天然は自分のことを天然って認めないものだからね」
 美鈴さんはビール片手に枝豆を口に運びながら妖夢さんを攻撃する。この2人は本当に常連なので、言いたいことがどんどん言えてしまうのだ。妖夢さんの方は、「もう、わたしのどこが天然なんですか……」と、頬を膨らませている。
「妖夢も、天然なところ以外はわかりやすいんだけどね」
「美鈴さんも結構わかりやすいと思いますけど。枝豆食べてる今とか、すごい幸せそうですし」
「まぁ、実際幸せだし。でも、妖夢よりはわかりにくいと思うわ」
 わたしも、美鈴さんの方が妖夢さんよりも少しわかりにくいと思う。美鈴さんの方が、若干胡散臭いところがあるのだ。妖夢さんは純粋無垢のド天然なので、裏とかは考えられないし。
 しかし、今日の美鈴さんは、この後すぐに重大なミスを犯してしまう。
「ところで妖夢?」
 美鈴さんはビールのおかわりを注文しながら妖夢さんに尋ねた。
「なんですか?」
「妖夢、枝豆でもレモンハイなの?」
 美鈴さんが言った瞬間、わたしと妖夢さんは同時に手を止めて顔を見合わせた。そのまま見つめ合うこと数秒。一緒にクスクス笑ってしまう。何もわかっていない美鈴さんは戸惑ってばかりだが、今回は勘弁してもらいたい。
 美鈴さん。完璧に妖夢さんに読み切られてます。


☆☆☆


 妖夢さんと美鈴さんが来店してから1時間くらいしてから。
 次のお客さんたちは手に鍋を持って現れた。
「ミスティア、これ、そこの呑兵衛2人にも冷奴にしてあげてくれない?」
「霊夢さん、これどうしたんですか?」
「パチュリーと買い物に行ったんだけど、店仕舞いの直前だったからおまけしてもらっちゃって。あとこれも」
 そう言って霊夢さんが出した紙包みには、油揚げが入っていた。
「簡単に焼いて、わさび醤油で食べると美味しいわよ。あと、とりあえず冷で。パチュリーはどうする?」
「日本酒は苦手だからレモンハイで」
「ちょっと待ってくださいね」
 豆腐の入った鍋と油揚げを置いて、冷酒とレモンハイを用意する。レモンハイは、もちろん妖夢さんのものよりもはるかに薄めだ。
「「乾杯」」
 カチャンと音がして、2人がグラスを合わせる。
「結局外食になっちゃったわね」
「霊夢が楽できるならいいんじゃない?」
「料理なんて日課だから、別になんともないけどね」
「わたし、料理はからっきしなのよね」
「食べる専門だからね」
「たしかに」
 クスクスと笑う霊夢さんとパチュリーさん。あれ? わたしカラメルでも作ってたっけ? なんとなく砂糖のような甘い香りが漂っている気がする。
「パチュリーも、もう少し好き嫌いが減ってくれれば、わたしの献立も楽になるんだけどなぁ」
「ピーマンとトマトだけは絶対に嫌ね。あと山葵」
「ピーマン駄目だから、野菜炒め作りにくいし、トマトが嫌いだから、サラダも緑ばっかりになっちゃうのよねぇ」
「これでも好き嫌い減らしたんだけど、どうしてもね」
「昔はキノコとか、ニンジンもダメだったもんね」
「霊夢がハンバーグに練りこんだからね。あれはぜんぜん気付けなかったなぁ」
「あのー、レモンハイの酸味がぜんぜん効かなくなってきたんですけど。そこの熟年夫婦さん方」
 妖夢さんがジト目をしながら、凄まじく冷たい声で言った。
「そうですよ。ここは居酒屋なんですから。甘い会話じゃなくて、仕事の愚痴のようなギスギスしたことを話す場所です」
 さらに美鈴さんが追撃するが、この2人にはまったく無意味だった。
「別に甘い会話なんかじゃないわよね?」
「そうそう。日頃の献立の愚痴だし。むしろ居酒屋にピッタリなギスギスした話題じゃない?」
 ……。
 まぁ、2人にとっては当たり前の日常会話なのだろう。だとしたら、本当に熟年夫婦になってしまうけど。そこまで言うなら、いっそ同棲でもすればいいのに。
「ところでみなさん。癖の強い野菜は大丈夫ですか。冷奴の薬味に使うんですけど」
 2人の甘ったるい会話が再開される前に尋ねた。
「何のせるの?」
 霊夢さんが今度はこちらに話しかけてくる。
「葱と紫蘇。あと、生姜と茗荷ですね」
「だって。生姜以外は大丈夫?」
「あと茗荷も」
「じゃあパチュリーの分は、生姜と茗荷抜きでお願い」
 霊夢さんは、パチュリーさんの保護者ですか?
 思わずそう聞きたくなるが、体に針を打たれるのは嫌なのでやめておく。ロイヤルフレアが飛んでくる可能性もあるし。
「妖夢さんと美鈴さんは大丈夫ですよね?」
「パチュリー様と違って、大人の味もわかるので」
 しれっとした顔で言う美鈴さん。客品相手なのに、なかなか酷い。
「生姜はともかく、茗荷は好き嫌いじゃなくて、頭が悪くなるから嫌なのよ」
「それって茗荷を食べると馬鹿になるってやつですか?」
 妖夢さんが2桁目のレモンハイを受け取りながら聞いた。
「それよ、結構有名な話じゃない」
「迷信とかの類じゃないんですか?」
「わたしは、茗荷は凄い美味しいけどあまり手に入らないから、子供に食べさせないために作った話だって聞いたことがあるけど」
 最後の霊夢さんの話は、わたしも聞いたことがあるものだった。けれどもパチュリーさんの場合はなんとなく違う気がする。
 たぶんただの好き嫌いだと思う。生姜も山葵もダメなのだから、茗荷が大丈夫だとは思えない。案の定、美鈴さんと妖夢さんも思われたらしく、集中攻撃を受けている。
「とりあえず冷奴です。油揚げの方はもう少し待ってくださいね」
 たっぷりと薬味を乗せた冷奴と醤油の小瓶をカウンタの上におく。もちろんパチュリーさんには生姜と茗荷抜きだ。
「やっぱり夏はこれですよねー」
 美鈴さんは箸で大き目に切った豆腐を頬張る。そのあとにビールを飲むときの顔は、この世に苦しみなんて存在しませんという顔だった。美鈴さんは、美味しそうに食べる人(妖怪も含む)ランキング1位だ。
「霊夢さんは、冷奴のときは木綿なんですね」
 妖夢さんが霊夢さんに声をかけた。霊夢さんの隣に座っているパチュリーさんは、豆腐を箸で食べることに苦戦中で、話す余裕がないようである。箸を扱うようになったのは、霊夢さんと付き合い始めてかららしいので、まだ慣れていないのだろう。
「妖夢のところは絹なの?」
「基本的には絹ですね。舌触りがいいですし。幽々子様も絹の方がお好きなので」
「わたしは基本的には木綿派なのよ。醤油がよく染み込むし。味噌汁のときには絹を使ったりするけどね」
「逆に味噌汁だから木綿を使うことならありますね。なめこ汁を作るときには木綿を使うんです」
「なめこ汁は、濃いめにつくるからね」
 妖夢さんと霊夢さんの会話は、いかにも普段から料理をしている人らしい会話だ。こうなると、天然だった妖夢さんがしっかりものに見えてくる。
「豆腐も鍋を持たないで買えれば便利なんですけどねぇ」
「そうなのよねぇ。豆腐を買うときは荷物が増えるから他の買い物があんまりできなくなっちゃうから」
「外の世界だと、鍋を持たなくても豆腐を買えるらしいわよ」
「「嘘!!」」
 パチュリーさんの言葉に、妖夢さんと霊夢さんは驚きの声をあげた。もちろん、わたしも声は出していないがビックリしている。崩れやすい豆腐を、鍋も使わないでどうやって運ぶのだろう。
「いきなり大声ださないでよ。豆腐は一丁ずつ箱詰めになって売ってるらしいわ」
「箱詰めって、水はどうするんですか?」
 すっかり前のめりになった妖夢さんが尋ねる。
「水も一緒に箱の中に入ってるのよ。早苗にも聞いたし、外の世界の本にも書いてあったから、間違いないわ」
 思わず言葉を失う。いったい、どのようにして豆腐は売られているのだろう? 1つ1つ木の箱にでも入っているのだろうか? そうしたら、すごく重たそうだ。
「なんだか、外の世界は全然想像できないですね。だとすると、その豆腐は想像できないくらい美味しいんでしょうね」
 妖夢さんがポツリと言った。確かに外の世界の豆腐は凄まじく美味しそうだ。幻想郷では考えられないような技術で作られるのだから。
「でも、美味しさは別問題みたいなのよ。ね、霊夢」
「そういえば早苗が言ってたわね。パチュリーと3人で食事をしたときに冷奴を出したんだけど、『こんなに美味しいお豆腐は食べたことないです』って言ったのよ」
「すっごい感動してたわよね」
「なんか、妙な食べ物で感動するのよね。早苗。糠漬けとかでもビックリしてたし」
「あと、ホットミルクでも感動してたわよね?」
「たしかに。ミルクパンで暖めただけなのになんでだろう?」
「そういえば、最近キャラメルミルク飲んでないわね」
「夏だから、あんまりね。冷たいのも作れるけど。 今度久しぶりに飲む?」
「そうね。また作ってくれる?」
「1人分だけね」
「え!?」
「嘘よ。ちゃんと2人分作ってあげるわ」
「霊夢、酷い」
 めそめそと泣くふりをするパチュリーさん。またまた屋台の中には甘い香りが充満しているような気がした。
「たぶんだけどさぁ」
 ずっと黙って話を聞いていた美鈴さんが口を開いた。冷奴が乗っていた皿は、すでに空っぽになっている。
「結局、外の世界も進歩してないってことでしょ。早苗とか見てるとそう思うのよね」
「技術的には進歩してますよね? 幻想郷では鍋を持たずに豆腐を買いにいけないですし」
「まぁ、そこは妖夢の言う通りだと思うけど。でも、結局今も昔も大して変わらないじゃない。基本的に、やりたいことなんて、食べて、飲んで、寝て、みたい感じで。あとは遊ぶくらい?」
「むしろ、わたしたちなんか退化してるんじゃない? アルコールまで欠かせなくなったんだから」
「霊夢さん、アル中ですからね」
「「「……」」」
 妖夢さんに向けて、3人のお客さん全員が冷ややかな視線を浴びせる。無言で「妖夢さんにだけは言われたくない」と言っているようだ。
「妖夢の天然発言は置いておいて。とにかく、なんかあんまり進歩してる気がしないのよね。外の世界も。合ってるかわからないけど」
「だから、わたしは天然じゃないですって!」
「黙りなさい、天然」
 パチュリーさんが妖夢さんを黙らせて、新しい外の世界の知識を提供する。
 どうやら、外の世界ではいろんな技術が進歩しているらしい。物はいくらでもあるし、たくさんの便利なものもあるそうだ。
 それに比べて、ここの屋台には何もない。あるのは、食事とお酒と、話す空間だけだ。
 けれども、不思議と外の世界が羨ましいとは思わなかった。
 お客さんたちが楽しくお酒を飲みながら話していて、わたしもときどき参加する。
 それだけで、十分楽しめるのだ。
「みなさん、油揚げが焼けましたよ」
 わたしは、炭火で焼いた油揚げと、山葵醤油をカウンターに置いた。もちろん、パチュリーさんの醤油には山葵なしで。
 すぐにみんなからお酒の追加が入って、会話がさらに弾む。
 うん。わたしは、これだけで十分満足だ。


☆☆☆


 店の中は妖夢さんと美鈴さん、それにわたしの3人になっていた。熟年夫婦はおそらく一緒にキャラメルミルクでも飲んでいるのだろう。
「そういえば、ひぐらしの声も静かになりましたね」
 妖夢さんが追加で茹でた枝豆の皮を剥きながら言った。
「妖夢が来たときには鳴いてたの?」
「結構うるさく鳴いてましたよ。美鈴さんが来るときには鳴いてなかったんですか?」
「あんまり覚えてないなぁ。記憶に残ってないってことは、鳴いてなかったんだと思うけど」
「ただ単に、お酒を飲むからって、浮かれてただけじゃないですか?」
「妖夢じゃないんだから。でも、時間的にも結構涼しくなってきてたからね」
「そういえば、今はすっかり涼しいですね」
 妖夢さんの言葉が聞こえたのか、夏の夜独特の涼しい風が入ってきた。ほんのり水と土の香りを感じさせる風は、今が夏であることを実感させてくれる。
「うーん、そろそろ日本酒に切り替えようかなぁ。ビールって気分じゃなくなってきたし」
「熱燗ですか?」
「まさか。さすがに冷酒よ。夏だし。冷酒お願いできる?」
「じゃあ、わたしもレモンハイのおかわりを」
「ほんと、飽きないわね」
「まだ2桁になったくらいですよ?」
「それでも十分だと思うけどなぁ」
 注文を受けて、2人の分のお酒を用意する。ちなみに、妖夢さんのレモンハイは、軽く20杯を超えている。
 さすがに新しいお客さんは来ないと思って、外にでて赤提灯の火を消した。どこかの田んぼで鳴いているのか、ひぐらしの代わりに蛙の声が聞こえてくる。そして、蛙の声と重なるように、屋台の中から2人の笑い声が聞こえてきた。
「あの2人、本当に楽しそうだなぁ」
 なんとなく独り言を言ったとき、思わず笑いが漏れてしまった。単純に、自分の屋台でみんなが楽しんでくれていることは、やっぱり嬉しい。
 そしてやっぱりこう思ってしまう。
 もしかしたら、凄く贅沢なお願いかもしれないけど。
 明日もまた楽しい夜になるといいな、って。
  
今作で20作目。
お久しぶりです。琴森ありすです。
いつもの夜シリーズに、十八番の霊パチェを絡めてみました。
今回は冷奴。いろんな豆腐がスーパーに行くと売ってるんですが、結局昔食べた豆腐屋さんの豆腐には敵わない気がするんですよね・・・。
大きい水槽からその場で切ってくれる豆腐は、本当に美味しかったです。

それではここまで読んでいただきありがとうございました。
では、乾杯!

※誤字編集しました。ご指摘ありがとうございます。
琴森ありす
http://yaplog.jp/vitalsign/
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コメント



0.1210簡易評価
4.100名前が無い程度の能力削除
やった!いつもの夜の新作!
ここの美鈴最高です。

豆腐はある店の汲み上げ豆腐が一番好きです。ちょっと遠いけどあの味のためならと思っちゃいます。
5.100絶望を司る程度の能力削除
こういう居酒屋って、ホント良い雰囲気ですよね。この雰囲気は、大好きです。
誤字報告 変える→帰る ではないでしょうか。
6.80奇声を発する程度の能力削除
雰囲気良く面白かったです
7.100名前が無い程度の能力削除
実にいつもの飲み屋って感じがして良いですねぇ
砂糖たっぷりのモヒートを飲んだ気分です
8.100名前が無い程度の能力削除
γーGTPが4桁いったらしくて
いやぁあああ!
ビールって飲み過ぎると尿酸値が。。。。
11.100名前が無い程度の能力削除

あなたの作品は初めて拝見させて頂いたんですが、とても感じがよくて惚れ込みました。ひぐらしの鳴き声を聞きながらほのぼのしたいもんです。

17.100名前が無い程度の能力削除
冷奴が食べたくなってきた…
あ、ちなみに絹派です。
しかしいつ読んでもこのシリーズの酒は美味しそうですね。ううむ、酒も呑みたくなってきたぞ…
18.100名前が無い程度の能力削除
雰囲気が素晴らしい!難易度の高い女子会トークがそれっぽく描かれていて美しいです。

そして、魔理沙はとっとと入永遠亭すべき。4桁・・・。
19.100名前が無い程度の能力削除
妖夢のキャラが珍しい(年齢的にはむしろ妥当ですが)
この呑んだくれな雰囲気良いですね
20.80名前が無い程度の能力削除
外の世界は技術は進歩したが心が退化したのだ……。
みたいなナレーションが欲しくなった