「いつもここにいるよね」
久しぶりに遊びに来た彼女は開口一番、そう言った。
「ここって……地下室ってこと?」
「それも含めてこの館の中、って感じかな」
確かに私はこの館からほとんど出たことがない。
ずっと地下室に籠っていて、外へ出るといっても館の中にある図書館だったり食道だったり、館の外へ行くことはまずない。
「どうして外に出ないの? まだお姉さんに止められてるの?」
「ううん、アイツは関係ないよ」
館の外に出ること自体は許されている。必ず付き添いをつけるようには言われているけれど。
「なんとなく、ね。外に行く気になれないんだ」
「ふぅん」
自分から聞いてきたというのに彼女は興味なさそうにそう鼻を鳴らした。
いつもこんな調子だから、別段腹を立てることもない。
私は手つかずだった紅茶を口に含む。結構時間が経っていたはずだけど、紅茶はいれたてのようにあたたかかった。事実、いれたてなのだろう。
時間を止めてまでこんなことしなくてもいいっていつも言っているのに……。
「このクッキーってメイドさんのお手製?」
「うん」
「おいしいね。お姉ちゃんたちにも食べさせてあげたいくらい」
「咲夜に頼めば喜んで持たせてくれると思うけど……」
完璧で瀟洒を名乗っているうちのメイド長は、自分の作ったお菓子を褒められるのがなにより嬉しいらしく、下手に褒めると同じものを大量に作って食べきれなくなることがよくある。
「うーん……嬉しいけど、いつ帰るかわからないから、いいや」
手元でクッキーを弄りながら彼女は宙を見た。
無意識で動く彼女には、自分が次にどこに向かうか、自分でもわからないらしい。
ぼんやりとした瞳は、今どこを見ているのかすらわからない。
「そっか。気が向いたら言ってね、咲夜も喜ぶから」
そう告げてから私もクッキーをひとつ口に運ぶ。おいしい。流石うちのメイド長。
「でもいいなぁ。家にメイドさんがいるって。うちはペットしかいないから、ご飯も掃除もぜーんぶ私がやらないとだもん」
「でも、あんまり帰ってないんでしょ?」
「そうだねー」
「その間、ペットたちのご飯はどうするの?」
「お姉ちゃんがやってくれてるよ。うちのペットは妖怪じみてるから、自分たちで調達出来ると思うけど」
「ふぅん」
うちにはペットがいないからよくわからないけど、動物ってそんなものなんだ。
今度図書館から動物の本でも借りてこようか。
なんとなく会話が途切れて、私はまた紅茶をすすった。彼女も同じようにカップを手にしている。
「紅茶、おいしいね」
「うん」
「咲夜さんって何でも出来るんだね。すごいな」
「……まあ、アイツのお気に入りだし」
手塩にかけて立派な従者に育てたと、そう聞いている。
見栄っ張りなアイツのための、完璧な従者。
「……お姉さんのこと、きらいなの?」
彼女のぼんやりとした瞳が、まっすぐ私の方を向いていた。
「キライだよ」
「なんで?」
「だって、お姉さまが私のことをキライだから」
アイツは私がキライで、私はアイツがキライ。ただそれだけのこと。
「そういうものなの?」
「そういうものだよ」
「よくわかんない」
「あなたはお姉さんのこと、スキだもんね」
「うん、大すき」
にっこり笑って彼女は言う。
今日初めての笑顔だった。
「どうして?」
「お姉ちゃんが私をすきだから」
彼女のお姉さんは、彼女を溺愛しているらしい。
「私と逆だね」
「そうだね」
お互いをキライな姉妹と、お互いをスキな姉妹。
反対なのに、一緒にいる。不思議。
「そんなにきらいならここから出ればいいのに」
「お姉さまは私にいなくなって欲しいと思ってるの。だから、私はここにいてお姉さまを困らせるの」
だって私はアイツがキライだもの。
「そっちこそ、そんなにスキなら家に帰ったらいいのに」
「お姉ちゃんは私にいて欲しいと思ってるの。だから、私はお姉ちゃんから離れているの」
――そうじゃないと、お互い他のものが見えなくなるから。
彼女はそう言うと残った紅茶を飲みほして、席を立つ。
「またくるね、フランちゃん」
トレードマークの黒い帽子を目深にかぶって、彼女は目を閉じる。それに合わせて私も目を閉じた。
次に目を開くと、すでに彼女の姿はなくなっている。
「またね、こいし」
ふと、思った。
彼女と私の姉が、逆だったらどうなっていたのだろう。
久しぶりに遊びに来た彼女は開口一番、そう言った。
「ここって……地下室ってこと?」
「それも含めてこの館の中、って感じかな」
確かに私はこの館からほとんど出たことがない。
ずっと地下室に籠っていて、外へ出るといっても館の中にある図書館だったり食道だったり、館の外へ行くことはまずない。
「どうして外に出ないの? まだお姉さんに止められてるの?」
「ううん、アイツは関係ないよ」
館の外に出ること自体は許されている。必ず付き添いをつけるようには言われているけれど。
「なんとなく、ね。外に行く気になれないんだ」
「ふぅん」
自分から聞いてきたというのに彼女は興味なさそうにそう鼻を鳴らした。
いつもこんな調子だから、別段腹を立てることもない。
私は手つかずだった紅茶を口に含む。結構時間が経っていたはずだけど、紅茶はいれたてのようにあたたかかった。事実、いれたてなのだろう。
時間を止めてまでこんなことしなくてもいいっていつも言っているのに……。
「このクッキーってメイドさんのお手製?」
「うん」
「おいしいね。お姉ちゃんたちにも食べさせてあげたいくらい」
「咲夜に頼めば喜んで持たせてくれると思うけど……」
完璧で瀟洒を名乗っているうちのメイド長は、自分の作ったお菓子を褒められるのがなにより嬉しいらしく、下手に褒めると同じものを大量に作って食べきれなくなることがよくある。
「うーん……嬉しいけど、いつ帰るかわからないから、いいや」
手元でクッキーを弄りながら彼女は宙を見た。
無意識で動く彼女には、自分が次にどこに向かうか、自分でもわからないらしい。
ぼんやりとした瞳は、今どこを見ているのかすらわからない。
「そっか。気が向いたら言ってね、咲夜も喜ぶから」
そう告げてから私もクッキーをひとつ口に運ぶ。おいしい。流石うちのメイド長。
「でもいいなぁ。家にメイドさんがいるって。うちはペットしかいないから、ご飯も掃除もぜーんぶ私がやらないとだもん」
「でも、あんまり帰ってないんでしょ?」
「そうだねー」
「その間、ペットたちのご飯はどうするの?」
「お姉ちゃんがやってくれてるよ。うちのペットは妖怪じみてるから、自分たちで調達出来ると思うけど」
「ふぅん」
うちにはペットがいないからよくわからないけど、動物ってそんなものなんだ。
今度図書館から動物の本でも借りてこようか。
なんとなく会話が途切れて、私はまた紅茶をすすった。彼女も同じようにカップを手にしている。
「紅茶、おいしいね」
「うん」
「咲夜さんって何でも出来るんだね。すごいな」
「……まあ、アイツのお気に入りだし」
手塩にかけて立派な従者に育てたと、そう聞いている。
見栄っ張りなアイツのための、完璧な従者。
「……お姉さんのこと、きらいなの?」
彼女のぼんやりとした瞳が、まっすぐ私の方を向いていた。
「キライだよ」
「なんで?」
「だって、お姉さまが私のことをキライだから」
アイツは私がキライで、私はアイツがキライ。ただそれだけのこと。
「そういうものなの?」
「そういうものだよ」
「よくわかんない」
「あなたはお姉さんのこと、スキだもんね」
「うん、大すき」
にっこり笑って彼女は言う。
今日初めての笑顔だった。
「どうして?」
「お姉ちゃんが私をすきだから」
彼女のお姉さんは、彼女を溺愛しているらしい。
「私と逆だね」
「そうだね」
お互いをキライな姉妹と、お互いをスキな姉妹。
反対なのに、一緒にいる。不思議。
「そんなにきらいならここから出ればいいのに」
「お姉さまは私にいなくなって欲しいと思ってるの。だから、私はここにいてお姉さまを困らせるの」
だって私はアイツがキライだもの。
「そっちこそ、そんなにスキなら家に帰ったらいいのに」
「お姉ちゃんは私にいて欲しいと思ってるの。だから、私はお姉ちゃんから離れているの」
――そうじゃないと、お互い他のものが見えなくなるから。
彼女はそう言うと残った紅茶を飲みほして、席を立つ。
「またくるね、フランちゃん」
トレードマークの黒い帽子を目深にかぶって、彼女は目を閉じる。それに合わせて私も目を閉じた。
次に目を開くと、すでに彼女の姿はなくなっている。
「またね、こいし」
ふと、思った。
彼女と私の姉が、逆だったらどうなっていたのだろう。
もう少し会話の話題があったらなーと。
ただ、そう思っただけです。
作品自体は良かったです。
まとまっているので読みやすかった。それだけにそれだけなのが惜しい
もう少し話題が突飛でもいいかな、と思いました。
フランの言う通り、立場が逆だったらどうなってたんだろう。
話もすっきりまとまっていましたが、それだけにもうちょっと長く読みたかったなあ、という印象が強いのが残念。
あと誤字報告ー 食道だったり→食堂だったり
可愛らしく、切ない会話が魅力的でした。しかし、最後のフランちゃんの思いつきがきっかけにもっと話が広がりそうだったのに、ここで終わってしまうのがもったいない。