@9/7、タイトルとタグを変更しました。
※おことわり
・この作品は小悪魔複数説に基づき書いた作品です。
・オリキャラが登場します。そういった要素が苦手な方は読まない事をお勧めします。
以上の点を了承できる方は、どうぞゆっくりしていって下さい。楽しんでいただけると幸いです。
湖面に滲む、影。畔に佇むその影は、夜霧に紛れるようにそこに静座していた。
雲間から漏れ降る、光。霧によって乱反射する月明かりが朧気なベールのようにして、薄暗く、そして怪しくその姿を照らした。
鮮血を想起させる、紅。その姿を見たものは、まずその色が強烈な印象として真っ先に意識に飛び込んでくるだろう。妙な威圧感のある造りの洋館は、その色と、やけに窓の少ない外観も相俟って、筆舌に尽くしがたい異様さを呈していた。
しかしその洋館を異様たらしめていたのは、その面妖な外観だけではなかった。忽然と、そう忽然と、その洋館はそこにあったのだ。幻想郷という隔絶された世界の中に、文字通り忽然と姿を現したという事実こそが、その洋館の異様の正体だった。
そして、まるで模型か芸術作品のようなその洋館は、生活感の欠片もなく、表から見る限りでは人気など微塵も感じられないが、そこには確かに“住人”が、館の“主”が居た。潜む“魔”――その存在を感じ取る事ができるのは、よほど鋭い洞察力や霊感を持つ者のみであろう。
紅魔館。今ではその名も知られ、幻想郷の一部として普通に存在している場所。その紅魔館が、まだ幻想郷にとって“異物”だった頃の姿。誰も知る由もなく、突如としてそこに在った頃の事。
――そう、これは後に「紅霧異変」という名で知られる事となる異変の、少し前の話――
紅魔館の一室、大図書館。膨大な量の本が収められた壁のように大きな本棚が無数に並ぶ空間。紅魔館の外観から鑑みて不自然なまでに広いその一角で、不機嫌そうに机に頬杖をつく少女の姿があった。
「はぁ……」
ため息をつきながら、少女――パチュリー・ノーレッジはぼんやりと前を見つめていた。
「レミィは好きに使ってって言ってたけど……」
独白とともに、目の前の光景を眺める。彼女の視界には、メイド服を着た妖精たちがいた。
数冊の本を抱えてフラフラと重そうに飛ぶ者、大して重くもなさそうな本一冊を四人掛かりで運ぶ者、魔導書を運ぼうとするもそれが放つ魔力に弾かれて触れる事ができない者、積まれた本の上に腰掛けて休憩する者、ただただ本を読みふけっている者、パチュリーの机の上にあった筈の茶菓子をいつの間にか一つ取って食べている者。それらの妖精たちは、ここ紅魔館の使用人として、主であるレミリア・スカーレットに雇われている者たちである。が、その仕事ぶりは誰がどう見ても、おおよそ「使用人」とは呼べない有様であった。その様子を呆れ顔で眺めながら、パチュリーは苛立ちをため息にして吐き出していた。
「何一つ使えないじゃない……!」
眉間に皺を寄せながら、苛立つ気持ちを落ち着かせるように紅茶を一口、口にする。
「これじゃいつまで経っても整理なんて終わらない……」
妖精メイド達のあまりな体たらくに怒るのも馬鹿馬鹿しくなったのか、眉尻を下げて気怠そうに机に突っ伏す。パチュリーが呆れ顔で眺めようとも、鋭く睨みつけようとも、妖精メイド達の動きは何も変わらなかった。
ふと、休憩していた妖精メイドが作業再開と言わんばかりに勢いよく空中に飛び上がった。が、そのタイミングが悪かった。飛び上がった途端、丁度そこを数冊の本を運んでいた妖精メイドに背中の羽がかすったのだ。それに驚いてバランスを崩した妖精メイドの手から、運んでいた本がバラバラと下に落ちる。
さらに不運な事に、落ちた本の下には本の山と、そこで本を読みふける妖精メイドの姿があった。その彼女が本の落ちる音に気付いた時には、既に頭上にまで本が迫っていた。
咄嗟に読んでいた本を盾にして、体を縮こめる。しかし、本は落ちて来ない。怯えながら上を見上げると、そこには空中に浮遊する数冊の本があった。
「まったく……あなた達は“一回休み”で済んでも、本はそうはいかないんだから、勘弁してよもう……」
小声でそう愚痴をこぼすと、浮遊魔法で浮かせた本達を自分の机に誘導して積み上げる。そして弾みをつけるように重い腰を上げると、妖精メイド達に全ての作業を中止するよう言い渡した。
「もういいわ。ここはもういいから、咲夜に別の仕事を貰って来なさい」
パチュリーの言葉に、妖精メイド達は首を縦に振る。それと同時に、ドアをノックする音が聞こえた。
「咲夜です。食器の回収に参りました」
「丁度良かったわね……どーぞー」
「失礼します」
サービスワゴンを押しながら、十六夜咲夜はパチュリーの机の横につく。空になった菓子皿とティーカップを静かに、手際よく回収する。
「おかわりはいかがしますか?」
「ハーブティーが飲みたいわ。リフレッシュできるようなやつね」
「かしこまりました」
脱力しきった様子で椅子に沈み込むパチュリーの後ろで聞こえる、「では」という咲夜の一声。その次の瞬間、レモンバームのほのかな香りが辺りに漂った。
「お待たせしました」
「ありがと」
目の前に置かれたティーカップを手に取って、立ち上る湯気と共にレモンバームの香りをたっぷりと吸い込む。そして一口飲み、ゆっくりとソーサーに置く。
「にしても、ほんと何でも調達できるわね」
「門番が庭で栽培しているので」
「ふーん……」
「ところでところで咲夜さまー?」
ふと、妖精メイドの一人が咲夜のもとに歩み寄る。
「パチュリーさまがここはいいとおっしゃられておられるのでー、何か別の仕事を下さいー」
「えっ」
メイド妖精のその発言に、咲夜は意外そうな顔でパチュリーを見た。
「結局一人で片付ける事にしたんですか?」
その問いに、パチュリーは首を横に振り、再びハーブティーを口にする。
「数が足りないのですか? でしたら、他に手の空いている者を回しますが……」
かぶりを振るように左手を振るパチュリーに、咲夜の言葉が弱まる。静かに置かれたティーカップが僅かに立てたカチャリという音だけが、周囲に響く。
「妖精にマジックアイテムを触らせるのには無理があったのよ。だから召喚する事にしたの」
「召喚……でも召喚魔法は対価が必要なものなのでは?」
右手の人差し指が、左右に動く。
「どんな魔法にも付き物よ。私が得意とする属性魔法だって、“詠唱”という“対価”を払って初めて発動するものだし」
「そういうものなんですか……でも召喚魔法は術者の髪の毛や血肉、ものによっては命を対価として払うと聞いた事が」
「本を整理させるだけの用で何でそんな物騒なものを召喚する方法を取るのよ……大丈夫、小悪魔とか低級の使い魔ならそこまでする必要はないわ」
机の上から、一冊の本を取る。それは初級の召喚術に関する記述がなされた魔導書だった。
「それに、術者の魔力を分け与える方法もあるわ。魔力を分け与えている間だけ召喚が成立する特殊な方法が……ちょ、そこ邪魔」
ティーカップの側でレモンバームの香りを胸一杯吸い込む妖精メイドを、手で払いのけるようにしてどくように促す。妖精メイドがトボトボと机から降りると、パチュリーは浮遊魔法でもう一冊の本を開いた。
「厳密には違うけど、東洋魔術の式神がある意味近いわ。使い魔に式を憑けて、能力を強化する。術者の能力が高いほど能力の上限が増す所も似てるし。大きく違うのは、式神が使い魔との永続的な主従がある事が多いのに対して、その方法の場合は魔力を分け与えている間だけ有効な契約である事ね……という訳で、妖精メイド達に別の仕事を振ってあげて頂戴」
「は、はい……あなた達、仕事の指示をするからついて来て」
その一声に、妖精メイド達がぞろぞろと咲夜の前に集まる。
「では、失礼します」
咲夜と妖精メイド達が退出するのを見届けて暫く、パチュリーはおもむろに立ち上がった。
「……さて、と」
辺りに散らかった本を浮遊魔法で一通り片付け、机の端に積み上げる。そうして開けた机の中央に羊皮紙を数枚並べると、羽ペンを羊皮紙と同じ数、手に取った。
「下の中くらいの低級を複数喚べば充分、かな」
羽ペンの束にインクをつけ、左手の上に並べる。そのうちの一本をつまみ上げると、残りの羽ペンがそれに追うようにして宙に浮かんだ。
羊皮紙の上に羽ペンを置き、手元で開いた魔導書に記された魔法陣を書き写していく。同時に、その手の動きに完全に同期した羽ペンたちが、それぞれの羊皮紙の上に同一の魔法陣を描いた。
「これでよし、と」
羽ペンを置くと同時に、浮遊していた羽ペンたちもそこに集まるようにして落ち着く。そして描き上がった魔法陣の羊皮紙をまとめて手に取ると、静かに立ち上がって深呼吸をした。
「我は与える。汝らが現世(うつしよ)に降り立つ力とその器を。我は命ずる。契約の下、我が眷属として現世に降り立たん事を。来たれ、来たれ、魔なるものよ。我が眼前にその姿を現せ――」
掌を魔法陣にかざし、魔力を込める。それに反応して魔法陣が淡く発光したのを確認すると、羊皮紙を机の前に向けて放り投げた。
魔力を帯びた羊皮紙たちが、パチュリーの目の前に浮かぶ。そして、光が失われると、それらはヒラヒラと地面に落ちた。
「……あれ?」
パチュリーはその様子を見て、呆然とした。何も起きなかったのだ。そんな筈はないとは思いはしたが、何も喚び出す事なく地面に落ちたままの羊皮紙を見て、その状況を理解した。
「何も間違いはなかった筈……まさか魔力が足りなかった?」
机の前に出て、床に散らばった羊皮紙を拾おうとしたその時だった。
「……ん?」
違和感を覚え、羊皮紙を凝視する。そこで、ある事に気付いた。羊皮紙に込めた魔力がまだ“活きて”いる。それに、その魔力がそこから漏れ出し、漂っているようにも感じる。
「これは……」
違う、とパチュリーは心の中で呟いた。その魔力は“漏れ出して漂っている”のではなく“何かに吸い出されていた”のだ。そして――その行き先にあった一冊の魔導書が目に入った次の瞬間、激しく反応する魔力の光と風に視界が塞がれた。
「――っ!?」
咄嗟に手で目を覆うと同時に、魔力による結界を張って光と風を防ぐ。激しい魔力の反応が止んだのを確認し、ゆっくりと手をどけた彼女の目の前には、想定外の状況が広がっていた。
まず目に入ったのは、紅だった。恐ろしい程に鮮烈な、紅い髪。膝あたりまであろう長さのそれが、先程の魔力の風の名残に広がり、揺らめく。
そして次に目に入る、黒。不気味な程に暗い、蝙蝠のような漆黒の翼。それが頭に一対、背中には二対と一枚の片翼。それらの紅と黒が、パチュリーの視界の殆どを占領するように目の前に広がっていた。
「……フムン」
パチュリーの存在に気付いたそれが、おもむろに振り返る。髪と同じ、紅の瞳。妖しく煌めく双眸が、驚愕の表情のまま固まるパチュリーをじっと見つめる。
「……魔法使い、か」
ゆっくりと息を吐き出すように、言う。その容姿、その声は少女のようであったが、口調からは異様な威圧感があるように感じられた。それどころか、黒のシャツに紅のネクタイ、黒のサロペットスカートという暗色の出で立ちにも関わらず、その立ち姿からも、まるでオーラのように威圧的な雰囲気が滲み出ていた。
「な、何なのよあなた……私はあなたみたいな物騒なのを呼んだ覚えは……」
動揺を隠しきれないパチュリー。それもその筈、彼女はその威圧感の正体を理解していた。“魔力”――何もしていなくとも体から滲み出るそれは、特徴的な翼も合わせて、その紅髪の少女が強大な力を持つ悪魔である事を意味していた。しかし、彼女自身にそのような悪魔を喚ぶような事をした覚えはない。にも関わらず、目の前にはおそらく上級であろう悪魔が居る。その状況も、そうなった原因も理解できず、パチュリーはただただその紅髪の悪魔を睨む事しか出来なかった。そして――
(こんな物騒なのを喚んだ事が、それも意図せず事故的に喚んだなんて事がバレたら、咲夜どころかレミィに大目玉を食らう……!)
そうして思索すればするほど、彼女の動揺はさらに大きくなっていった。
「量そのものはそれほどでもなかったが、私がこうして封じられていた姿を顕在させられる程度には濃度のある魔力であった。流石と言ったところか。悪くない、悪くないぞ、魔法使いよ」
その言葉に、パチュリーの眉が動く。
「そういう事なら……!」
浮遊魔法で羊皮紙をかき集めて束ね、息を吸う。
「我は宣じる。契約の下、汝らが現世に降り立つ力と器を棄つ事を。帰せよ、帰せよ、魔なるものよ。汝らの在るべきもとへ――」
唱え、羊皮紙の束を紅髪の悪魔に突き付ける。
「……フムン」
パチュリーは、目の前の状況にまたもや固まった。紅髪の悪魔が、こちらを鼻で笑っている。確かに今、契約の破棄を宣言した。しかし、紅髪の悪魔は姿を消す事なく、まだ目の前にいた。
「契約も魔力も破棄した筈なのに……どういう事なの……」
パチュリーの手から羊皮紙が落ち、虚しく舞い落ちる。その様子を見届けると、紅髪の悪魔は不敵な笑みを浮かべた。
「勘違いしているようだな、魔法使い。確かに私はお前がその羊皮紙に込めた魔力を使った」
「じ、じゃあなんで……!?」
「それは引き金に過ぎぬのだよ、魔法使い。お前に召還された訳ではない。私が顕在する足る糧となるのはそれとは別の“魔力”、お前の中に在る“魔力”だ。それを利用させてもらったのだよ」
紅髪の悪魔の発言に、パチュリーは言葉を失った。悪魔というものは得てして、意味深長、あるはひねくれたような発言をする事がある。しかしその発言は、聡明なパチュリーですら全くもって理解不能なものだった。
「一体何を言っ……」
「あぁ、何とかしてこの本達を整理したい」
半ば被せるように突然喋り出した紅髪の悪魔に、パチュリーは再び言葉を失う。突然喋り出した事もそうだが、何よりその内容に驚き、何も言えなくなった。
「でも面倒だ、でも片付けたい、でもなるべく自分は動きたくない」
見るものを吸い込みそうなほどの眼力で見つめながら、紅髪の悪魔はお構いなしに語り続ける。まるでパチュリーの心の内を見透かしているような――いや、もはや心の内をそのまま代弁するかのような言葉の数々に、パチュリーの表情がみるみるうちに引きつっていく。
「な……何を……」
「“怠惰”。お前の中に宿るその“負の感情”こそが、私の“魔力”だ」
“怠惰”――その単語に、パチュリーが反応する。それと同時に、紅髪の悪魔は再び不敵な笑みを浮かべた。
「あんた、まさか……」
「我が名はシンス・ペウスグル。“原罪”と“魔力”を司る魔なるもの」
そう言って、紅髪の悪魔――シンスは両腕と翼を広げる。それに合わせ、全身から滲み出る魔力が空気を揺らめかせ、まるで蜃気楼のように景色を僅かに歪ませる。
「さぁ、私と共に堕落しよう。お前は負なる感情を解き放ち、抑圧という苦しみの柵を打ち捨て、その魂は自由となり、私はそこより出ずる“魔力”を糧とする。どうだ、誰も損はしない。皆が得をする」
不敵な笑みと共に繰り出される、文字通りの“悪魔の誘惑”。甘く、誘い導くような語り口を一通り訊き届けたパチュリーの口角が、シンスと同様につり上がった。
「――お断りよ」
予想外の返答に、シンスはばつが悪そうに眉を動かす。不敵な笑みは、パチュリーの方にあった。
「この手であなたを倒して封印する。私にはその選択肢しかないの」
ピンと伸ばした人差し指が、シンスの顔を差す。
「あっさりと色々語ってくれたわね。それも自分の弱点を晒すような事を。簡単な話じゃない? その“負の感情”とやらを抑えるだけだなんて」
決め台詞を叩き付けるようにして、パチュリーは机の上の魔導書――彼女が得意とする、属性魔法が記された“戦闘用”の魔導書を手に取る。
「私を、私の司る“負の感情”を完全に滅する事が出来るのは、清浄な神仏か、感情を捨て去り悟りを開き、涅槃の境地に達した者くらいだが。お前にそれが出来るか?」
腕を組み笑うシンスを見据えながら、パチュリーの右手は既に“準備”を完了させていた。
(咲夜たちに感づかれる前に、カタをつける……!)
素早くかざした右手の指先に、魔力を宿す光が集まる。それが波動のように一瞬で拡散すると、周囲を覆うように広がっていった。
「フムン……結界か。そんなもので私を封じられるとでも思ったか?」
「やってみなきゃわからないじゃない」
「……まぁいい、せっかく用意された舞台だ。存分に興じさせてもらおう」
(とにかく、本だけは守らないと……)
結界――本と、本棚を守るために展開した防御魔法に気を配りつつも、彼女の目はシンスの動きを警戒するように睨みつけていた。
「灼熱の紅蓮、荒ぶる炎よ、うねる柱となりて、万物を焼き払え」
速攻とばかりに呪文を唱える。指先に込められた魔力が魔導書に流れ、手を触れる事なく魔導書のページが開かれる。そして増幅された魔力が彼女の詠唱の通り熱量に変換されると、飛び出す火柱となって放たれた。
対するシンスはそれをじっと見据えて、何もせずそこに立っていた。火柱が、自らの目と鼻の先まで迫る。
「甘いな」
振り払うような右手の動きが、火柱を揺るがす。そしていとも簡単にその炎を真っ二つにすると、それを横に流した。
「!!」
“それ”にシンスが気付いたのは、火柱をいなした直後の事だった。鋭い輝きが、その火柱の尾に紛れて高速で飛来する。その存在を認識したと同時に危険を感じ回避したが、“それ”――金の属性魔法による、冷たく硬質な針状の金属はシンスの左腕を掠め、傷をつけた。
「甘いのはあなたよ」
指差し、そう言うパチュリー。シンスは自信ありげに言うその表情に、左腕を押さえながら苛立ちの睨みで返す。しかし、次の瞬間別の飛来音が迫るのを聞き、勢いよく飛び退いた。
頭上から落ちる氷柱が、シンスが飛び退く前にいた場所に降り注ぐ。叩き付けられた硝子細工のように砕け散る氷片がシンスの頬に当たり、ゆっくりと溶けて伝い落ちる。
「なるほど、詠唱の短い初級魔法を素早く組み合わせる事による波状攻撃か……悪くない、悪くない……が」
ゆっくりと動いた右手が、パチュリーに照準を定めるようにかざされる。
「そのような小細工がいつまでも通用すると思うなよ」
シンスの掌全体を覆うように、禍々しい黒紫色の魔力の炎が灯る。そして次第に形を成すと、複数の矢のようなものとなり、パチュリー目掛け高速で飛び出した。
「小細工、ね……」
飛来する魔力の矢。それを金の魔法によって作った鉄の盾で防ぐと、魔導書のページが別の場所を開いた。
「ここは私の空間。私の書いた魔導書もある。言わばここは私の小細工そのものとも言える場所」
その言葉に付け足すように小声で素早く詠唱される、呪文。唱え終わると、魔導書がさらに別のページを開く。
「むしろ、いつまでその小細工に耐えられるかしら」
全ての詠唱を終えると共に、パチュリーの周囲に魔力の塊が複数の光球となって浮かび上がる。光球は蓄えた魔力を凝縮すると、直線状に光熱魔法を照射した。
「火、金、水、それに日の魔法……七曜の魔法というやつか」
余裕たっぷりに身を翻し、その光線をかわす。
「そしてまた金の魔法、か」
光線の死角に入り込むように、本棚の結界を反射しながら飛来する歯車状の円盤。それすらも悠々と受け止め、強力な防御魔法によって叩き落とす。
パチュリーはその様子を見ながらも、なお同じ魔法で攻撃を続けた。シンスはそれを回避し続けながら、次第に苛立ちを見せ始めていた。
「いつまでも小細工が通用すると思うなと……言った筈だ!」
声を荒げ、飛来する魔法の全てを強力な魔力の衝撃波で消し飛ばすシンス。しかしパチュリーはそれに驚く様子を見せることはなかった。むしろ、その口元は笑みを浮かべていた。
「そこまでよ」
シンスがその表情と言葉の意味を理解するのに、さほど時間はかからなかった。突如として本棚から飛び出し、周りを囲うように展開する複数の魔導書。シンスは日と金の魔法によって、その魔導書――パチュリーが自ら記した、魔力増幅の記述がなされたそれが“仕込まれた”場所に誘導されていたのだ。
「いつの間に……!」
「あなたが身をかわしまくってた間よ」
パチュリーの右手が静かに挙げられる。
「チェックメイト」
振り下ろされる手と共に、魔導書が光を放つ。それぞれの魔導書から日の魔法による光線が、中央――シンスが立っている場所へと照射される。
激しい光と熱が、シンスの姿が見えなくなるほどに広がる。光線がぶつかり合う事による強烈な魔力反応が、薄暗い図書館の一角を照らし、そこから吹き出す魔力の風が、深紫のパチュリーの髪をなびかせる。
「はぁ」
光が止むと同時に、パチュリーは安堵の混じった溜め息を漏らした。魔導書たちの中央にいた筈のシンスの姿は、跡形もなく消え去っていた。
「ちょっと強すぎたかしら? まぁでも封印する手間が省けたから――」
独りごちるパチュリーの視界を埋め尽くすように、何かが飛び込む。ギラリと揺らめく二つの紅い光点と、たなびく紅の髪、不気味ににやつく口元。それを認識した瞬間、パチュリーは飛行魔法で素早く飛び退いた。
「……!?」
パチュリーは混乱していた。今見えた姿――魔法によって確かに消し飛ばした筈にも関わらず、こちらを嘲るように突然目の前に現れたシンスに驚き飛び退いたが、どこにもその姿はない。しかし、その姿と共に感じた異様な魔力から、それが幻や気のせいという言葉で片付けられるものではない事も理解していた。
「良い驚きぶりだな、魔法使いよ」
しばらくの間を置いてから聞こえた、声。それは紛れもなく、シンスの声だった。その声と同時に、陽炎のような揺らめきと共にパチュリーの前に再び姿を現す。
「ウソ……どうして……」
動揺に言葉を詰まらせるパチュリーに、シンスは笑いかける。
「思ったより呆気なく勝てた、意外と大した事なかった。そう思ったな?」
先程より少し近くに姿を現す。口走る言葉に、パチュリーの唇が震える。
「“傲慢”。そう、“傲慢”だ。そこにつけ込ませてもらった。そして――」
朧気に揺らぎ消えて、さらに近くへと現れる。
「お前の“怠惰”にも、悪戯をさせてもらった」
ニンマリと、シンスは笑う。悪魔的なまでに端正な顔立ちも相俟って、その笑みは見るものの心を奪う程の“魔力”があったが、同時にえもいわれぬ不気味さと、それに対する畏怖も感じさせる“魔力”もあった。
「お前の“怠惰”でお前の感覚を鈍らせ、私の存在を認識しづらくしているのだよ。気分はどうだ? 魔法使い」
余裕綽々に腕組みしながら、首を傾げて問いかけるシンス。しかしパチュリーは反応することなく、黙り込んだままだった。
(ああ……)
私は、とてつもないものを呼び出してしまったのだと、パチュリーは改めて思った。しかしまだ、彼女は諦めていなかった。とにかく何とかしようと、頭を回転させ続けていた。
(こうなったら……)
先程までのような小細工ではなく、自分の持てる魔法の全てを叩きつける勢いでやるしかない。そう覚悟を決めたと同時に、その口元と手は動き出していた。
「灼熱の紅蓮、焼き払え」
振り払うような手の動きに連動するように、放射される炎。それはシンスに傷をつける事こそ出来なかったものの、距離を離させるのには十分な効果があった。
「……フムン、先程よりは迷いがなくなっているな。本当に己の中の負を克するつもりか」
一切の迷いを捨てた、鋭い視線。“負の感情”を克する――自分にとって不利になりかねないそれを見てもなお、シンスは余裕の表情を崩す事はなかった。
パチュリーの口元が、矢継ぎ早に動く。凄まじいスピードで、正確に詠唱を連ねていく。それに応じるように、先程の魔導書たちが動き出す。
放たれる、多数の光線。パチュリーの意思に合わせ、まるで生きているかのように湾曲すると、シンス目掛けて次々と飛んでいった。
「フハハ、良いぞ、良いぞ、魔法使い!」
悪魔とは思えないほど優雅な飛行で身を翻しながら、飛来する光線を黒紫の炎の弾丸で打ち消すシンス。そして張られた弾幕の僅かな隙間を見つけると、そこを縫うように狙い撃った。
「これ、使わせてもらうわよ」
意味深な呟きと共に、パチュリーは目の前に結界を展開する。結界は炎の弾丸を吸収すると、鏡に反射させたかのように同じ軌道でそれをシンスに撃ち返した。
「ほう、そっくりそのまま返すとはやるな……だが」
感心する素振りを見せながらも、シンスは余裕の表情のまま、返ってくる炎の弾丸に向けて手をかざす。そして右手でそれを受け止めた瞬間、余裕の表情は驚きの表情へと変わった。
「なっ……!?」
炎の弾丸が、みるみるうちに姿を変える。金属製の枷がシンスの右手首を固定し、そこから伸びた鎖がパチュリーの側に浮く魔導書の一冊に繋がり、動きを封じる。
「よし……!」
シンスの周囲に展開された魔導書から、右手首を拘束したものと同じ枷と鎖が飛び出し、残りの手足を固定する。
「くっ、い、一体何を!?」
「言った通りよ。“使わせてもらった”の」
突然自由を奪われ、もがくシンス。パチュリーはそれを鋭く見据えたまま、魔導書のページをめくる。
「私の魔力をそのまま使って自らの魔法に変換したか……!」
そのような危機的状況に置かれながらも、シンスはさして取り乱した様子を見せなかった。むしろ冷静に、パチュリーの放った魔法を分析するほどてあった。その自信は彼女の特性である“傲慢”からくるものではなく、ある根拠があった。
「今度こそ……今度こそ、決める……!」
そう言って魔導書をめくるパチュリーの、様子の“変化”。シンスは先程からそれを感じ取り、戦いながらもそれを観察していた。
本来であれば、金の魔法による手枷と鎖で動きを封じた直後、間髪入れずに詠唱して止めを刺されてもおかしくはなかった。しかし、パチュリーはそれをしなかった。それは油断や慢心があったわけでも、ましてや情けをかけたわけでもなかった。“出来なかった”のだ。
シンスは、パチュリーが肩で息をしているように見えるのを確認して、その意味を理解した。
「霊玄の樹冠、灼熱の紅蓮、荘厳の沃地、冷徹の鈍光、清廉の蒼流、膨潤の暗光、収斂の明光――」
ようやく始めた呪文の詠唱が、そこで途切れる。
「――――!」
胸を走る痛みと、激しい咳。突如襲いかかったその苦痛に言葉にならない声を上げ、膝から崩れ落ちる。
「……フムン」
(ウソ……こんな時に……!)
パチュリーがうずくまると同時に、シンスを拘束していた枷と鎖が崩れ、やがて消失する。
「こん、な……時、に……っ!」
「所謂喘息、というやつか。持病持ちの魔法使いとは、なんとも難儀なものだな」
再び自由を得、この状況を有利と見たのか、シンスはうずくまるパチュリーに嫌みたらしく笑いかける。
「うる……さい」
咳き込みながらそう吐き捨て、なんとか上体を置きあげるパチュリー。その視界に、机の上に腰掛けてこちらを見下ろすシンスが映る。
「あまり無理をするな。下手をすれば死ぬぞ?」
余裕綽々に、シンスは机の上に置いてあった飲みかけのハーブティーを口にする。
「うる、さい、って……言っ、てる……でしょ……」
「興奮しすきだ、魔法使い。本当に窒息死するぞ? 死なれては困る。感情などない死体になってしまっては、“糧”を取り出せなくなってしまうではないか」
息を詰まらせ、消え入りそうな声を漏らすパチュリーを見つめながら、悲しそうに眉尻を下げるシンス。ハーブティーの香りを楽しみながらパチュリーを観察し、やがて飲み干すと、カップの縁から滴り落ちそうになった雫を舌先で舐め取った。
(もう……ダメか……せめて、結界だけは……それと本、本は無事でいて……)
ほとんど声も発せず、意識も朦朧とするなか、パチュリーは振り絞るように呪文を唱える。それに合わせ、薄れかかっていた結界が再度展開され直したのを見届けると――パチュリーそのまま地面に倒れ伏した。
「……フムン」
シンスは机から降りると、倒れたパチュリーと、周囲に展開された結界を交互に眺めた。
「気を失ってもなお結界魔法を維持するとは……素晴らしい、素晴らしいぞ、魔法使いよ」
カップをソーサに置きながら、倒れたまま動かないパチュリーに向けてわざとらしく讃辞を送る。
「さて」
再び周囲を見回すシンス。何かを感じ取った様子でゆっくり頷くと、淡々と独り言を始めた。
「この館の中に人間が一人いるようだな。それと、ここから離れた場所に人間の集まり……人里か何かか。糧には困らなさそうだな、フフッ……」
そう呟いて、舌なめずりする。濡れた唇を持ち上げたと同時に漏れた笑いが、静まり返った図書館に微かに反響する。
「まぁ、まずはこの魔法使いの負の感情を解放して、始めの糧とするか。それからでも、遅くはない」
ゆっくりとパチュリーのもとへ歩み寄り、そばにしゃがみ込む。うつ伏せに倒れた体を仰向けに返すと、青白く細長い指先で頬を撫でる。そしてその指先を首筋へスライドさせると、そのまま胸元へと移動させた。
「さぁ、どれほどの“魔力”となるか」
まじまじと、舐め回すような目つきでパチュリーの顔を見つめる。
「見せてもら――」
突如聞こえた風切り音に、反射的に顔を上げる。目前に、銀色の煌めきが迫る。シンスは自らの姿を煙のように変化させてそれをかわすと、パチュリーのもとから飛び退いた。
開け放たれた扉の前に立つ、人影。そこには銀色に輝くナイフを片手に立つ咲夜の姿があった。
「動かないで下さい」
切っ先をシンスに向け、威嚇するようにして睨みつける。シンスはその姿を観察すると、薄ら笑いを浮かべた。
「人間の方からこちらに来てくれるとは好都合だ……その格好は、所謂メイドというやつか」
シンスの顔の側を、一本のナイフが横切る。
「誰が喋っていいと言いました?」
咲夜の手元にあったナイフが三本から二本に減っているのを見て、シンスは大袈裟に両手を上げて見せる。
「おお、危ない危ない」
「何やら振動と物音を感じると思って駆けつけてみたら……侵入した目的は何?」
「侵入? 何を言うか。私はこの図書館の中に居たのだが」
当然の事のようにそう答えるシンスに、咲夜は次第に剣呑な態度をあらわにする。
「ふざけないで下さい」
「ふざけてはいないが。私はこの図書館の魔導書の一つだ。正確にはその中に封じられていたと言った方が正しいか」
「魔導書がヒトの姿形をして喋るなんて、見たことも聞いたこともありませんが」
「今まさに目の前で見聞きしているではないか」
苛立ちを隠すように黙り込む咲夜。それらの言葉の数々はシンスの言う通りの意味であったが、状況を知らない彼女にとっては胡散臭いものでしかなかった。しばらくの間を挟み、ため息を一つつくと、咲夜はナイフを向けたまま数歩近付いた。
「大人しく出て行くというのであれば、命だけは保証しても良いですよ? この館の存在そのものについて、そしてここで見聞きした事を一切口外しない、という条件付きではありますが」
「ほう、存外ぬるい対応だな」
「お嬢様のご指示です」
「お嬢様? この館の地下に感じる魔力の塊……の方ではなさそうだな。上の部屋にいる方か」
「お嬢様と同様に魔力を感知できるということは……あなたも魔族の類ですか」
「ご名答。にしても、魔族に仕えるとは……物好きな人間もいたものだな。何か目的や理由があるのか?」
そうして微妙に話をそらすようにして、一向に出て行く素振りを見せないシンスに、咲夜は眉をひそめる。
「貴方には関係のない事です。とにかく、お嬢様の気が変わらないうちに出て行った方がいいんじゃないでしょうか」
「いいのかそれで? もし出て行った先でこの館の事を言いふらしたらどうするんだ?」
「その時は貴方を殺しに行くまでです」
「魔族と知ってなお言うか……人間風情がそう簡単に殺せる存在ではないぞ? 私は」
目を見開き、先程パチュリーに見せたのと同じようにして、全身から魔力を滲ませる。
「人間に人間の原罪を根本から滅する事が出来ないように、お前は私を倒せない」
魔力のオーラで威圧するシンス。それを前にしても、咲夜の態度は変わらなかった。怯む事なく、むしろ好戦的な目つきでシンスを見据えながら、腿に巻きつけられたベルトからナイフを抜き取り、静かに構えた。
「悪魔であろうと神であろうと人間であろうと、この館での狼藉は許しません。全て実力行使で排除します」
「勇ましいな。悪くない、悪くないぞ……と、そういえば」
臨戦態勢に入ると思いきや、シンスは突然何かを思い出したように言葉を切る。
「先程目的を聞かれたのに対して答えてなかったな」
その言葉に何を今更、と思いつつも咲夜は改めて問いかける。
「……目的は?」
「お前の心だ」
指差し、ニヤリと口角を上げる。その挑発的な態度にも咲夜の表情にあまり変化は見られなかったが、先程より殺気立っている事だけは明らかだった。
「……どうやらこの場で殺されたいようですね」
「やってみろ、その鈍いナイフでな」
次の瞬間、全てが凍り付いたように動かなくなった。空気の流れすらも止まり、無音が世界を支配する。全てが止まった世界、時の止まった直中で――ただ一人、咲夜だけが動いていた。
「言われなくてもやりますよ」
呟きながら、シンスのもとへ歩み寄る。
「しかし、生憎貴方に時間を掛ける余裕はありません。そこに倒れているパチュリー様を運ぶ必要がありますし、館の掃除も半分ほどしか終わっていません。それと――」
シンスの目の前で立ち止まり、ナイフをその顔の前まで持ってくる。
「私のナイフは死ぬほど鋭いですよ?」
咲夜の手から放たれたナイフたちが、シンスの額から下腹部まで沿うようにして並び、空中で静止する。それぞれの切っ先は、所謂“急所”となる場所を全て突くように向けられていた。
「時が動き出した次の瞬間には、貴方は訳も分からないまま絶命している事でしょう」
綿密にナイフの位置と角度を微調整し、口元から笑みをこぼす。しかし能力の発動と同時に紅く輝いたその目は、その笑みに反して冷淡に、ナイフのように突き刺さるほどの鋭さで、シンスの瞳を貫いていた。
「死を目の前に何も出来ない気分はどうですか? なんて、言ったところでどうせ聞こえないので無意味でしょうが――」
咲夜の笑みが、そこでふと消える。そして急に飛び退くと、その表情は驚愕へと変化していた。彼女がそうなった原因は、シンスにあった。時を止めた筈であるにも関わらず――シンスの口角がニヤリと動いていたのだ。
「……フムン」
聞こえる筈のない、声。口角どころか、体すらも動かしている。その“有り得ない”光景に、咲夜は愕然とした。
「時を操る能力、か。面白い人間もいたものだ。だが――私にとっては、子供騙しの手品でしかない」
再び滲み出た魔力が、シンスの姿を揺らがせる。咲夜は慌てて時間の停止を解除したが、それと同時にシンスの姿が消え、ナイフはむなしく空を切って地面に落ちた。
(そんな……私の能力が……!?)
ナイフを手に構えを取ったまま、咲夜は混乱していた。自分の能力が、破られた。その事実を受け入れられず、状況を理解する事が出来なかった。いくら悪魔と言えど、そのような芸当ができるものがいるなどという話は聞いたこともない、あり得ないと心の中で独白しながら、辺りを見回してシンスの姿を探した。
そして――能力を破られ、あまつさえ自分の能力を「子供騙しの手品」と一蹴された事に、彼女のプライドは傷付けられていた。
それはやがて、彼女の心の中で言葉にし難い感情となり――
「――そうだ、それだ」
突如耳元で囁かれる言葉。シンスの声に、咲夜の体は硬直する。
「その“憤怒”。やはり人間のものは一味も二味も違うな」
シンスの左手が、背後から咲夜の腰に回る。
「さぁ、己が心の内に宿るそれを解放するのだ」
次いで、撫でるような動きで右手が首元にかけられる。
「くっ……!」
ぬらりと耳に入り込んでくるようなその言葉と、自分の心を見透かされ、それを抜き出されているかのような感覚に、咲夜はえもいわれぬ気持ち悪さを感じていた。同時に、明らかに自分を嘲るその態度に覚えた苛立ちで、次第に表情が歪んでいた。
それでもなお、咲夜は冷静さを失ってはいなかった。どこからともなく取り出した二本のナイフを両手に持ち、それを逆手に構えると、背後に立つシンスの脇腹を狙うようにして後ろ向きに突き込んだ。
「おっと、危ない」
シンスの声が、今度は正面から聞こえる。いつの間にか背後から消えていたその姿が、咲夜の目の前に現れた。
「苛立ちで少々冷静さを欠いているようだな。それでは殺すどころか、傷一つ付けられないぞ?」
パチュリーの椅子に腰掛け、頬杖をつきながら笑う。その手には先程飛ばしたナイフであろうものの一本を持ち、咲夜を挑発するようにそれを弄んでいた。
「咲……夜……」
ふと背後から聞こえる声。振り返ると、倒れていたパチュリーが本棚を背に座り込んでいた。
「そいつの言葉に……耳を貸しちゃ、ダメ……」
朦朧とした様子で、苦しそうに咳き込む。咲夜はシンスにナイフを向けたまま後ずさりすると、パチュリーのもとへ寄った。
「こんなに酷く発作が出るほど魔法を……あまり無理はしないで下さい」
「あれは……心につけ込んで……それを魔力にする……悪魔……挑発に、乗っちゃダメ……」
「なるほど……わかりました」
しゃがみ込み、背中をさする。同時に、二人の耳に甲高い声が飛び込んだ。
「咲夜さまーパチュリーさまー、何やら騒がしいようですがー……って侵入者ー!?」
異変を察知したのか、数人の妖精メイド達が扉の端から様子をうかがう。そしてシンスの姿を見るや否や、慌てて図書館の中に入ってきた。
「か、加勢しますっ!」
掃除用具を武器に見立てて構えながら、咲夜達の前に陣形を作る妖精メイド達。しかし咲夜はその前を塞ぐように回り込み、背を向けて立った。
「こっちはいいから、パチュリー様を安全な場所へ運んで頂戴」
「で、でも……」
「あなたたちがどうこうできる相手ではないわ。パチュリー様の身の安全を最優先して」
静かに言う咲夜。妖精メイド達は一瞬ためらったが、その背中から何かを感じ取ったのか、素直に従った。
「怠慢と悪戯と我欲が基本原理の妖精が居ると不利になると見たか。悪くない判断だ」
妖精メイド達がパチュリーを運び出すのを見届けて、シンスは感心した様子で頷く。咲夜はそれに何も返さずナイフを取り出すと、無言で構えを取った。
「何か言ってくれんと興が乗らんのだが」
「貴方と話す事などありません」
残念そうに言って肩をすくめるシンス。咲夜は目を閉じ、呆れ気味に小さなため息を漏らすと、その言葉に応えるようにシンスを睨みつけながら口を開いた。
「全力であなたを排除する。これで良いでしょ?」
「まぁ、悪くはない。いや、むしろ良い。そのナイフのように鋭い気迫、自分よりもあの魔法使いの事を考え、彼女を助け出させ、一人で私に立ち向かおうという勇ましさ。さながら騎士のようだな」
「私はメイドです。それ以上でも以下でもありません。お嬢様の友人たるパチュリー様の事を優先するのは、使用人として当然の務めです」
仰々しい身振りと共に、シンスは真意かどうかも分からない賞賛を送る。対して咲夜は、冷めた様子で淡々と言葉を返した。
「では……全力で興じさせてもらうとしよう!」
全身から滲み出した魔力と共に、シンスの体が浮き上がる。
「では、全力で終わらせます」
数本の銀色の軌跡が、光の如く凄まじい速さでシンスに襲いかかる。シンスはそれを魔力による結界で無理矢理軌道をねじ曲げ、いなす。
甲高い金属音と共に、ナイフがシンスの背後へと消えていく。同時に、ほぼ瞬間移動に近い動きで咲夜が間合いを詰めた。
シンスの目前に、ギラリと光るナイフの切っ先が迫る。ほぼ予備動作もなく、驚くほど高速で振り抜かれた軌跡が、銀の帯を描く。しかしそれすらも、シンスは見切っていた。
「……ほう。自分のみの時間の流れを操り、擬似的に高速移動をしているのか。中々面白い」
飛び退きながら、興味深そうに咲夜の動きを観察するシンス。着地と同時に手をかざすと、目掛けて赤黒い霧のようなものの塊を放った。
それをかわしながら、再び高速で間合いを詰める咲夜。僅かな風切り音と共に、シンスの腹目掛けて突きを繰り出す。
「流石、速いな」
咲夜の頭上を翻り、背後に着地する。その一瞬の間に、投げられたナイフがシンスの視界に飛び込む。
「ではこちらも……瞬間移動の手品を見せよう」
結界でそれら全てを叩き落とし、今度はシンスの方が仕掛ける。煙状に消えながら、瞬く間に咲夜に迫ると、両手から霧の塊を連続で放った。
「何……!?」
視界に映る咲夜の姿に、シンスは驚愕した。目の前にいたその姿が左右にぶれ、二人に増えたのだ。そしてそれぞれナイフを構えると、同時に斬りかかった。
「分身……これも能力の応用か」
咄嗟に切り返し、飛び退いてそれをかわす。分身した咲夜はさらにナイフを素早く振りかぶると、追撃と言わんばかりに投げた。
「“子供騙し”は少々言葉が過ぎたかもしれないな。子供相手にはいささか物騒すぎるか」
そうは言いながらも、シンスの顔からにやつきは消えていなかった。図書館内の結界にぶつかり、乱反射しながら迫る多数のナイフを前に、まだ余裕の表情を浮かべる。
「だがやはり、手品は手品。清浄なる金属とされる銀でできたナイフも、そう簡単に私に深手を負わせる事は出来ん」
再び煙のようになってそれらをかわし、咲夜の前に現れる。その姿を捉えようと繰り出された霧の塊が、咲夜のもとへ肉迫する。
咲夜の動きに、シンスは驚嘆した。二人に分身していた咲夜が、さらに三人に分身する。そしてそれぞれが別々に本棚の結界を蹴ると、凄まじいスピードで跳び回りながら距離を取り、ナイフを放った。
「分身しながらそれぞれ別の動きで高速移動……本当に人間かどうか怪しくなってくるな」
分身した咲夜の目の輝きが描く紅い軌跡と、銀色の矢のようにも見える軌跡を描きながら飛来するナイフの軌道を、見極めながらかわす。
無数のナイフが体のすぐ側を通り抜け、背後へと消えゆく。それと同時にシンスは背後に気配を感じ、反転する。
時間にして、コンマ数秒の事だった。いつの間にか背後に現れた咲夜が、自らが投げたナイフのうちの一本の前に立っていた。そし自分目掛けて飛来するナイフの柄を掴むと、その勢いを殺さないように体ごと回転し、シンス目掛けて投げ返した。
「何っ……!?」
辛うじてそれに反応できたシンスは、身を翻して飛び退きそれをかわそうとする。しかし回避が間に合いきらず、ナイフは彼女の脇腹を掠めた。
「これで終わり」
静かに呟きながら、咲夜は手に持ったナイフを弄ぶようにして軽く上に投げる。緩やかに回転しながら落ちるそれを再び手に取ると、とどめとばかりに勢いよく投げた。
「いや、まだ終わらんよ」
鋭い風切り音と、銀の煌めきと共に、ナイフは一瞬でシンスの元へ迫る。シンスはそれを結界で減速させ、掴み取ろうとする。
「…………!!」
指先がナイフの柄に触れた、その瞬間の事だった。魔力反応による火花がほとばしり、右手を焼く。シンスは咄嗟にナイフから手を離して反撃に移ろうとしたが、既に視界に咲夜の姿はなかった。
上から左肩に突き刺さる、一本のナイフ。それが先程と同じように魔力反応を起こし、単純にナイフが突き刺さる以上の苦痛を与える。シンスが思わずその場に崩れ落ちて片膝をつくと同時に、咲夜が目の前に降り立った。
「どういう事だ……今投げたナイフは一本だった筈だ……!」
身動きが取れずしゃがみ込むシンスを前に、咲夜は口元にうっすらと笑みを浮かべる。
「クロースアップ・マジック。至近距離において、タネに気付かせないため、別のものに注意を向けるよう仕向ける。近距離であるほど、別のものに注意を向けさせた際にタネを視界外に仕込みやすくなる。手品の基本です」
「それだけでない……これは一体なんだというんだ……!」
苦しそうな声を上げながら、シンスは左肩に刺さったナイフを抜き取って投げ捨てる。傷口から、彼女の体を構成する魔力が赤黒い煙状の物体となって、微かに漏れ出す。魔力反応――突き刺さったナイフから流れ込んだ魔力が、傷の回復を妨げていた。
「お前からはあれほどの魔力は感じられない……お前があのような魔法を使える筈が――」
そこまで言って、シンスは言葉を失った。その答えに自ら気付いたのだ。そう――
「先程魔法使いに近付いた時か……!」
「そう。あの時です。パチュリー様は何も言わなかったので、私も戦っている最中に気付いたのですが」
咲夜はホルダーに刺さった残りの一本を取り出すと、顔の前にかざす。じっと観察した刃の部分の全体からは、パチュリーが込めた魔力が微かなオーラを張るように揺らいでいた。
「魔法使いめ……最後の最後まで小細工を……」
恨めしそうに睨むシンスの前に、切っ先が突き付けられる。
「あとはこれで止めを刺して完全に身動きを封じて、お嬢様に封印して頂こうかしら」
指先でクルリとナイフを回し、構える。静かに上げられた右手に掲げたナイフが、込められた魔力の揺らぎと共に怪しく光る。
振り下ろされた手から離れたナイフが、シンスの額に迫る。そのまま刺さろうというところで、何故か彼女の口元は笑っていた。
「えっ……!?」
咲夜が“それ”に気付いた時には、身体の自由は奪われていた。ナイフがシンスの額の前でピタリと止まると同時に、赤黒い煙がまず咲夜の手足を拘束し、それから全身を覆って締め上げた。
「これは……っ!?」
咲夜はそれを振り払うために身をよじろうとしたが、既に全身の動きは封じられており、指先一つすら動かす事も叶わなかった。
「やはり人間というのは、つくづく愚かな生き物なのだろう」
額の前で止まったナイフを手に取ると同時に、シンスはゆっくりと立ち上がる。
「私が回避に徹し、殆ど反撃をせず一方的に攻撃できた事に加え、あの魔法使いの助力、そしてそれに怯んだ私の姿。お前の心は『拍子抜け』した」
手に取ったナイフに宿ったパチュリーの魔力を、指先から吸収する。そして咲夜の真似をするようにそれを弄びながら、咲夜のもとへ歩み寄る。
「そこでお前は思った。思ってしまった。『思ったよりは大した事はない』『私なら倒せる』、と」
そう言って、ナイフの切っ先を咲夜に向ける。
「争い事となると自然と好戦的になる性分のようだが、それが仇となったな」
ギラリと煌めく刃越しに見せる、妖しい笑み。それと共に、体表から揺らぐ魔力が少しずつ大きくなっていく。見せつけられるような絶望。それを前にして、咲夜は言葉を失っていた。
「そう怯えるな。何も取って喰う訳ではないのだから」
顔を強ばらせる咲夜に、シンスは諭すように語りかけ、引きつる頬を指先で優しく撫でる。しかし妖しい笑みを浮かべたままの表情が、逆にその所作の不気味さを引き立てていた。
「私は生きた人間の心を糧とするのだ。死ぬような真似はしないさ。ただ――」
指先が、頬から額へとスライドする。
「覚醒している状態では心を操るのが少し面倒だから、少し眠ってもらうとしよう。さぁ、怠惰に身を委ねるのだ――」
誘うようなシンスの声に、咲夜の視界は急激に霞む。意識が溶け出していくような感覚と共に瞼が重くなると、咲夜は眠るように気を失った。
「能力といい、境遇といい、実に興味深い人間だ。その心から取り出せる魔力も、さぞ上質で濃厚なのだろう」
煙を操り、咲夜を床に横たえる。そして動かない咲夜をジトリとした目つきで見下ろし、その側に持っていたナイフを置く。
「先程の魔法使いは逃したが、いずれにせよ後で糧は取り出させてもらおう。まずはこちらの上物から、いただくとしようか」
咲夜の胸元に手をかざすシンス。しばらくして、咲夜の体から霧状の何かがうっすらと現れ、少しずつシンスの指先へと集まっていく。
「隙ありーっ!」
「覚悟ーっ!」
「悪魔死すべしっ! 慈悲はなーいっ!」
つんざくような甲高い声に、シンスは思わず動作を中断して耳を塞ぐ。顔を上げると、複数の妖精メイドが咲夜と同じナイフを手に飛びかかって来ていた。
「何だ貴様らは……」
耳を塞いでいた両手を前にかざし、結界を張る。楽しみを邪魔された事に対する怒りが、結界をより強固なものにし、妖精メイド達を阻む。
「妖精ごときが束になったところで私は倒せんぞ」
強力な結界の反発力によって、妖精メイド達の突進を押し返す。
「今でしょ!」
目の前の妖精メイド達の後方から聞こえる、甲高い声。いつの間にか足元に滑り込んだ別の妖精メイド達が咲夜の体を抱え上げると、素早く部屋の外へと運んでいった。
「なっ……!? 貴様ら……小癪なマネを!!」
力任せに両腕を振るい、結界の圧力で妖精メイド達を弾き飛ばす。シンスはさらなる攻撃を警戒して身構えたが、妖精メイド達は反撃に転じる事もなくシンスに背を向けると、そのまま部屋の外へ逃げ出していった。
シンスはその場に佇んだまま、図書館の出入り口を睨んでいた。先程感じた、“館の上の方にいる魔力の塊”――それがすぐそこに移動してきたのを彼女は感じ取っていた。
「やっぱり、人間じゃダメだったか」
呟く、少女の声。同時にシンスの目はその声の主に向けられる。
随所に赤いラインリボンと白のフリルがあしらわれた、薄淡紅の服。同様の生地と装飾でできた、空気を含んだかのようにフワリとしたナイトキャップ。色素の薄い肌はまるで白磁のように、生気が感じられないとも言えるほど白く。肌と同様に色素の薄い髪は、緩やかなウェーブに微かに青みがかかっており、白とも銀とも言えるような、何とも言い表しがたい色をしている。そして、 血のようなワインレッドの瞳が、一切のぶれを見せる事なくシンスを見据えていた。
「咲夜は優秀なメイドだから何とかしてくれるんじゃないかと思ったけど……」
館の主――レミリア・スカーレットは腕を組んだまま、少々うんざりした様子で図書館の中に入る。
「……ほう」
シンスの眉が、意外そうな表情と共にピクリと動く。先程からずっと感じていた、魔力の塊――彼女はさぞ強力な魔族が姿を現すのだろうと想像していたらしく、それに反する風貌だった事に、驚きと興味を隠せずにいた。
「魔力の塊のような存在感の正体が、まさか十代前半の少女のような姿とはな……実に面白い」
「優秀だからって、買い被りすぎたのかな」
「まあ、あのメイドは人間でありながら私とある程度渡り合えたという意味では十分すぎるほど優秀だとは思うが……それよりどうだ? 私と手を組まないか? 同じ魔族同士、その強大な力を以て、この世界を、住人を、我々の掌の上で弄んでみようではないか」
「にしても、事故とはいえ、パチェも厄介なものを呼び出したものね」
シンスの言葉に返答せず、耳を傾ける様子もなく独白を続けるレミリア。自分をまるで無視するかのようなその態度に、シンスは不快さを露わにした。
「先程からこちらの問いに対して話が噛み合っていないのだが、耳が遠いのか?」
皮肉っぽく投げかけるシンス。レミリアは目を閉じてため息をつくと、その紅い眼でシンスを睨みつけた。
「あなたと話す舌などないわ」
冷淡に吐き捨て、図書館の中へと歩み入る。
「それは残念だ。交渉する能があると思っていたのだがな」
「人の家で好き勝手暴れた挙げ句、私の友人と使用人をあんな目に会わせてただで済むと思ってるのかしら」
「あんな目……? いやいや待ってくれ。二人とも向こうから攻撃を仕掛けてんだが。私は正当防衛をしたまでだぞ? あんな目に合わせるつもりはなかったんだ」
大仰に両手をあげて、シンスは肩をすくめる。その表情にはレミリアに対する挑発の意趣が含まれていた。
「話す舌などないと言った筈よ」
組んでいた腕をほどくと同時に、レミリアの周囲に何かが漂い始める。霧――濃厚な魔力が、紅い霧となって彼女の体から滲み出る。
「この世界を、住人を、掌の上で弄ぶ? 愚かね。私の掌の上で弄ばれる運命とも知らずに」
おもむろに背中から広がる、一対の翼。蝙蝠のような形の紅い翼膜が、バサリと重い風音を立てながら羽ばたく。
「やはりこうなるか……ともすれば、正当防衛をせねばな」
聞く耳を持たないレミリアの態度に、シンスは落胆した様子で両手を下ろす。しかし体表からは魔力の赤黒い煙が漂っており、言葉とは裏腹に既に臨戦態勢を取っていた。
レミリアの体が、僅かに浮き上がる。翼が空気を含むようにしなった次の瞬間、風切り音と共にその姿を眩ませた。
残像すらも追うことが困難な程の速度で、レミリアが肉迫する。広げられたその両手には、圧縮された魔力が込められていた。
魔力が形を成し、指先に纏われる紅い鉤爪。振るわれたそれが甲高い音で風を切り、十本の紅い軌跡がシンスを捉えようと襲い掛かる。
「一切の無駄がない動きだな。まさに殺すための動きと言ったところか」
嘲るように身を翻し、シンスはそれをかわす。左右非対称の背中の翼で大きく飛び退きながら同時に両手を前にかざすと、無数の赤黒い火炎弾をばらまいた。
火炎弾を前にして、レミリアは避けようとする素振りすら見せず、ゆっくりと両腕を顔の前で交差するように持ち上げる。防御の構えとしてはあまりに不十分なその動きに、シンスは訝しんだ目つきで次の手を観察した。
「無駄弾だらけね」
勢いよく振り下ろされる両腕。それが強力な結界を形成し、いとも簡単に火炎弾をかき消すと、今度は素早く両腕を振り上げた。
「おお……っ!?」
突如としてシンス目掛けて走った、十本の紅い軌 跡。彼女はそれを辛うじて認識し、すんでのところで結界を形成する。
耳障りな衝突音が、多重奏の如く鳴り響く。レミリアの指先から切り離された紅い鉤爪が結界に突き刺さり、火花を散らしながら徐々に勢いを失っていく。
「素晴らしく本気だな……」
結界を解除すると同時に、鉤爪が四方八方に飛び散って消失する。
「では、私も全力を以てそれに応えよう」
広げられた両腕に、赤黒い魔力の煙が集まる。邪魔が入ったとはいえ、結果的にパチュリーと咲夜から十分な“糧”を取り出す事に、シンスは成功していたのだ。
レミリアに向けかざされる両腕。魔力の煙が掌に収束し、炎の弾となって飛び出す。
赤黒い煙の軌跡を尾に引きながら、炎の弾が高速でレミリアに迫る。防ぐ暇もなく着弾したそれが炸裂すると、辺り一面は赤黒い爆炎に包まれた。
「上、か」
シンスの視界に、巻き上げられた煙の柱が映る。見上げたその頂点に、レミリアの姿はあった。
「これで全力、ねぇ。殺意も殺気もあったもんじゃないわね」
シンスの攻撃を無傷でかわし、本棚と同じ程の高さまで飛び上がったレミリア。侮蔑の目でシンスを見下しながら右手を前に突き出すと、そこから無数の紅い光条を放った。
放射状に飛び出した光条が湾曲し、シンスの視界を覆うように飛来する。
「数が多くとも、一発一発はごく軽い」
紅い光条の雨を前に、シンスは動じる事なく結界を展開してそれを防ぐ。そして体を僅かに沈めると、そこからどの方向にも飛べるよう構えた。
「つまりこれは牽制。本命は――」
降り注ぐ光条の中に紛れ、凄まじい速度で飛来する紅い光球。それを見越していたシンスは、余裕をもってそこから飛び退いた。
叩き付けられた光球が、一瞬の激しい光を伴って炸裂する。そして――破裂音と共に多数の小さな球をばら撒く。
「子弾だと……面妖な手を!」
僅かに反応が遅れたものの、何とかそれを防ぐシンス。その視界の上方から、紅い影が飛び込む。
振り下ろされたそれが、紅い霧と閃光で軌跡を描く。次いでそれを防ぐシンスの結界と衝突する音が、図書館中に響き渡った。
衝突音が、二度三度と響き渡る。レミリアは手に携えたそれ――魔力により生成された紅い槍を軽々と振り回しながら、容赦のない連撃を繰り出す。
「槍、か。小柄な身体に似つかわしくないものを扱うものだな」
掌に張った結界で穂先を受け止めながら、シンスは余裕を見せつけるようにレミリアに笑いかける。レミリアは無言で一瞥をくれると、ほぼ瞬間移動に近い速度で飛び退いた。
「私も何か得物を出そうか」
そう言って突き出された両手の間に、一本の柄が現れる。そしてその両端から噴き出す赤黒い煙が次第に収束すると、二つの刀身が姿を現した。
「今度はこちらから行かせてもらおう」
穂先を向けるレミリアを見据えたまま、生成した両剣を構える。非対称の翼を広げ、勢い良く飛び出して一気に間合いを詰める。
舞い踊るように、体ごと回転しながら、流れるような連撃を次々と見舞う。対するレミリアは槍でそれを受け流し、反撃の機会を伺う。
「隙がないように見せかけて、無駄の多い動き――」
継ぎ目のないように見えるその連撃。そこにある一瞬の隙を、レミリアは見逃さなかった。
「殺る気ないわね」
両剣を弾き返し、シンスの連撃を強制的に中断させる。よろけるシンスを前に、レミリアは間髪入れずに鋭い突きを繰り出した。
「フフッ」
突き出された穂先は、シンスの体を捉える事なく空振りに終わる。そこにいたシンスの代わりに目前に現れた赤黒い煙が、レミリアの視界を覆うように広がる。槍でそれを振り払うと、十数歩先に両剣を構えるシンスの姿があった。
「まぁ、殺してしまったら糧が取り出せないからな。致命傷にならない程度に力を抑え……と、私と話す舌は持たないんだったな」
両剣を後ろ手に引いて、ゆっくりと息を吸う。直後、素早く身を翻して一回転すると、そのままの勢いで両剣を投げた。
高速で回転する両剣が、鈍い風音を撒き散らしながらレミリアの目前に迫る。
「ふん」
片手で張られた結界に両剣が衝突し、激しい魔力の火花が迸る。その眩しい視界に、シンスは紛れていた。
「隙あり、だ」
生成したもう一本の両剣を手に、頭上から斬りかかる。
一合、二合、三合。走る魔力の火花と共に、レミリアは全ての攻撃を槍で受け止める。四合、渾身の斬撃を食い止めると、鍔迫り合いの格好で二人の動きは止まった。
「どうした? 受けるごとに一歩下がっているようだが?」
ニヤリと笑って見せながら、シンスは両剣を圧し込む。しかしレミリアは全く表情を変える事なく、威圧するシンスを鼻で笑っていた。
「やっぱり愚かね」
呆れた様子で、吐き捨てる。
「既に私の掌の上で弄ばれ始めている事にも気付かないなんて」
「何……?」
一瞬の出来事だった。今まさにシンスの目の前で鍔迫り合いをしていた筈のレミリアの姿が、おびただしい数の紅い蝙蝠と化し、飛び散った。
「くっ……!?」
極めて耳障りな羽音と鳴き声と共に、視界を塞ぎながら飛び去る蝙蝠。シンスは苛立ちながらそれを払いのける。
「……そこか!」
突如上方に感じた殺気に、シンスは頭上を見上げる。次々と視界に迫る紅い槍たちを認識した瞬間、飛び退いてそれをかわし、一旦距離を取る。
「図に乗るなよ!」
レミリアと同じ高度まで飛び上がり、超高速の火炎弾を連続で放つシンス。しかしレミリアは本棚を壁代わりにするように蹴って飛び、変則的な機動でその全てをかわした。
「ちょこまかと……これならどうだ!」
苛立ちを抑えながら、瞬時に圧縮した魔力を放つ。魔力は多数の小さな火炎弾となって拡散すると、高速で動き回るレミリアを捉えようと飛んだ。
それに対するレミリアの動きに、シンスは思わず面食らった。何を思ったのか、レミリアはその弾幕に突っ込むようにして、シンスに接近しようとしたのだ。
「あえてこちらの攻撃に飛び込みながら自ら距離を詰めるか……ならば!」
弾幕を結界でかき消しながら、レミリアが肉迫する。それに応じるように、シンスも全速力で飛び込み、両剣を振り抜く。
「ぐっ、は……!!」
両者が衝突しようという、その寸前の事だった。短いうめきと共に、シンスの体が水平に吹き飛ばされ、本棚に叩き付けられた。衝突する寸前にレミリアが不意打ちで放った一発の弾が、シンスの腹部にめり込んだのだ。
「貴……様ァ……!」
本棚に張られた結界によるダメージを受けつつも、シンスは未だ健在だった。乱暴に弾みをつけ、全身から魔力を放出しながら、追撃しようと接近するレミリアに真正面から向かう。
再び両剣を振り抜きながら、凄まじい速度で飛び込む。先程の攻撃を警戒し、持てる魔力の殆どを使用して、結界を張ったままで強引に懐へと入り込む。
「捕まえたぞ……!」
振り下ろした両剣から放たれた、赤黒い煙。煙がレミリアの体を覆い、一切の動きを封じると、シンスは左手をその喉元へと伸ばした。
「さぁ、大人しくなってもらおうか――」
身動きの取れないレミリアの首に、シンスの指先がかかる。その瞬間、絶望的状況に置かれている筈のレミリアの口角が不気味につり上がった。
それを認識した次の瞬間の事だった。指先にあった筈の触覚が消え、手が空を掴むと同時に、シンスの視界を再び蝙蝠たちが覆った。
「何だと……!?」
シンスは一瞬のうちに混乱した。魔力の煙によって、一切の自由を奪った筈。なのに何故? と、考えを巡らせる。
しかしそれすらも、もはや無駄な事だった。レミリア・スカーレットという魔族が、彼女にどうにか出来る存在ではないということに気付くのには、既に遅すぎた。全ては、遅きに失していたのだ。
「!!」
突如としてシンスを襲う、背中から腹部までを抉るような感覚。次いで、自分の腹を突き破る紅い槍が視界に入る。
「あなたには串刺しが似合いよ」
背後から耳元で囁かれる声と共に、引き抜かれる槍。同時に、シンスの手から両剣がこぼれ落ち、霧散して跡形もなく消える。
「かっ……は……」
声にならない声を漏らしながら、ゆっくりと力なく落下していくシンス。床に膝をつき、今し方腹部に開けられた風穴を両手で押さえる。彼女の体を構成する魔力が、赤黒い煙状の物質となり、流体のようにとめどなくそこから流れ出る。
「あ……ああ……」
必死で傷口を塞ごうとするも、魔力は彼女の意志など関係なく、栓の壊れた酒樽のように流れ出続ける。その様子を観察しながら、レミリアがそこに降り立った。
「無様ね」
侮蔑を込めた目でシンスを見下しながら、冷淡な笑みを浮かべる。その恐ろしく冷酷な表情に、シンスは立ち上がる事も出来ないまま慌てて後ずさる。
「ま、待ってくれ! もういいだろう! 見ての通り私にはもう抵抗する力はない! これ以上は互いにとって意味がない!」
若干の怯えが見え隠れする震え声で、槍をしまう様子もないまま歩み寄るレミリアを制止しようとするシンス。しかしレミリアは説得に全く反応を見せず、ジリジリと近付く。
「な? わかるだろう? 同じ魔族じゃないか!」
その言葉に、レミリアは足を止め、呆れたように鼻で笑う。
「そんな情けない姿を晒して、“同じ魔族”? 片腹痛いわね」
再び歩み寄りながら槍を構え直すレミリア。その穂先の紅い煌めきに、シンスの表情がさらに強張る。
「なぜだ!? 私が何をしたというのだ!? 私はそこまでの罪を犯したつもりはない! 何故そこまでしようと……」
理不尽かつ無慈悲な、レミリアの行動。いくら魔族であるとはいえ、吸血鬼であるとはいえ、ここまでする必要があるのかと、シンスはその理由がわからなかった。
「あなたの罪は、たった一つのシンプルなものよ」
しゃがみ、シンスの顔を覗き込む。
「あなたは私を怒らせた」
ただそれだけ言って、立ち上がる。そして茫然としたまま座り込むシンスを再び冷たい視線で見下ろすと、槍を構え直した。
「わ、わかった! 罪を償おう! 使用人でもいい、何でもする! だから……」
その言葉に、再びレミリアの動きが止まる。相変わらず槍をしまう素振りは見せなかったものの、ひとまずとどめを刺される事は免れた。
「使用人、ねぇ。パチェがここの本を整理するのに人手が欲しいって言ってたから、それも悪くないわね」
これで助かる、そうシンスは心の中で呟き、安堵する。しかし、次に出てきた言葉で彼女の表情は再び曇り始めた。
「でも、あなたみたいな強い魔力と特殊な能力を持った悪魔じゃ手に余るのよね」
「そ、そんな……」
「じゃあどうすればいいか、一つ思いついたわ」
悪魔らしさの欠片もない怯えた目で見つめるシンスに、レミリアは淡々と続ける。
「あなた、見たところ魔力そのもので構成された存在みたいだから、その中心となる魂と魔力を“分割”して力の弱い複数の悪魔として“再構成”すれば、適任なのがまとめて確保できそうね」
シンスの顔が、みるみるうちに青ざめていく。彼女がその発言の意味を理解するのに、一秒も必要なかった。
「おい、待て……待ってくれ……!」
傷口も気にせず慌てふためくシンスをよそに、レミリアの指先から放たれた紅い霧がシンスの両手首を拘束する。
「やめろ……やめてくれ……頼む……!」
シンスの懇願も空しく、その体は空中に持ち上げられ、磔刑のような格好で固定される。
「嫌だ……死にたくない……助けてくれ……」
力無い声で命乞いをするシンスの姿を眺め、レミリアはクスクスと笑いを零す。
「死にたくないってあなた、そもそも生物じゃないじゃない。それに勘違いしてるようだけど“生まれ変わる”だけよ? さっき自分で使用人でも何でもするって言っておいて、私の眷属になるのは嫌なんて理屈が通る訳ないじゃない。それとも、生まれ変わらずまた封印されたいのかしら」
つらつらとまくし立てるように言いながら、レミリアは開いていた左手にもう一本の槍を生成する。
「頼むから……やめてくれ……」
響き渡る、澄んだ金属音。二本の槍の穂先がすり合わされ、散る紅い火花。楽しげな笑みを浮かべながら槍を構えるレミリアの姿は、目の前で磔にされているシンスよりも、よほど“悪魔”であった。
「さぁ、解体ショーの始まりよ――」
~~~~
パチュリーが目を覚ましたのは、気を失ってから六時間ほど経ってからの事であった。湖の周辺は既に薄明るくなり始めており、紅魔館もまた、霧雲の合間から洩れ差す朝日で薄明るく照らされていた。
「……ん」
カーテンの隙間から部屋に差し込む光に、パチュリーは顔をしかめる。
「あ」
「起きた……起きたよ!」
「よかった~」
視界の端々を囲う妖精メイドたちが、顔を覗き込む。そうしてパチュリーの意識が戻ったことを確認すると、不安げな表情が一気に安堵の表情へと変わった。
「パチュリーさまー! お体は大丈夫ですか?」
「うん……喉と胸がちょっと痛いけど……まぁ、特に問題はないかな」
心配そうに様子をうかがう妖精メイドに、パチュリーは上半身を起こして頷いてみせる。
「あ、ちょっと咲夜さま呼んできますねー!」
妖精メイドの一人が、思い出したようにドアへと飛んでいく。ノブに手をかけようとしたところで、不意にドアが開くと、そこには咲夜の姿があった。
「あ、パチュリー様。気が付かれたんですね。よかった……」
パチュリーが既に起きていると思っていなかったらしく、咲夜は驚き気味に声をかけながらワゴンを押して部屋へと入る。そしてワゴンをベッドの傍につけると、積まれていたティーポットを手に取った。
「丁度良かったみたいですね」
ニコリと笑って見せながら、カップにそれを注ぐ。カップから昇る湯気とともに、香辛料を思わせるようなほのかな香りが漂う。
「それは……?」
「ジンジャーティーです。咳や喉の痛みを和らげる効能があります。どうぞ」
「あ、ありがと」
あまりのタイミングの良さに面食らいつつつも、パチュリーはワゴンに置かれたカップを手に取り、まずはその香りと湯気をゆっくりと吸う。それだけで少し楽になったのか、安心したようなため息をもらすと、静かに一口飲んだ。
「ふぅ……まさか生姜もあるなんて、これも門番かしら?」
「はい」
「あいつ、門番の仕事は居眠りするくせに、庭師の仕事は一丁前にこなすのね」
「まぁ、門番という受動的な仕事より庭師のように能動的に体を動かす仕事の方が好きなのか、あるいは向いているのか、そういう事なんでしょう」
小声の皮肉に、咲夜も皮肉っぽく言葉を合わせる。
「ところでお体の調子はどうですか?」
「ちょっとだけ喉と胸が痛かったんだけど、これのおかげでラクになったわ。ありがと」
「いえいえ、大事がなくて何よりです」
謙虚に頭を下げる咲夜を尻目に、ジンジャーティーを口にするパチュリー。ゆっくりと深呼吸をしながら味わうと、やがて空になったカップをソーサーに戻した。
「にしても、丁度いいタイミングで丁度いいものを持ってきたものね。さすがメイド長といったところかしら」
賞賛するパチュリーに、咲夜はかぶりを振る。
「あ、いえ、これは全てお嬢様のご指示なんですよ」
予想外の返答に、パチュリーは目をパチクリとさせる。
「『そろそろ目を覚ますだろうし、体調も万全じゃないだろうからジンジャーティーでも淹れて持って行きなさい』、と」
「へー……さすがレミィ……」
驚きを隠せずに目を見開いて、パチュリーは咲夜を見つめる。その後ろに見えるドアが、静かに開いた。
「やっぱり起きたわね」
パチュリーにとって最も付き合いの長い、聞き慣れた声。レミリアがそこに立っていた。
「あ、レミィ……」
パチュリーはそこで口をパクつかせると、ばつが悪そうに黙り込んだ。図書館でのあの出来事――シンスという、恐ろしく厄介な悪魔を呼び覚ましてしまった事を咎められるのだろうと思い、何も言えなくなってしまった。
「何急にしょんぼりしてるのよ」
ベッドに歩み寄り、レミリアは不思議そうにパチュリーの顔を覗き込む。
「あ、いや、その……変なの喚び出しちゃってごめん、って……」
しおらしく小声で言うパチュリーに、レミリアは笑って返す。
「あぁ、あれ? 別にいいわよ気にしなくて。意図的に召喚したんじゃなくて、事故でしょ?」
「気にしなくていい」と言ってみせるレミリアに、パチュリーはなおも反省した様子で俯く。
「うん……でも、本当にごめん。今度からは近くに魔力に反応するマジックアイテムがないかちゃんと確認してから魔法を使うようにするわ。それかそういう類は隔離棚を用意してそこに置くから」
詫びの言葉を口にしながら、パチュリーは何かを思い出したように顔を上げる。あの悪魔と対峙した後、どうなったのか――その途中で気を失ってしまった彼女は、それが一番気になっていた。
「ところであの悪魔は……」
「ああ、人の家で好き勝手暴れた狼藉者の悪魔? 頭にきたからバッサリ捌いて魔界に葬ってやったわよ」
あの悪魔――シンスの姿がないか、部屋を見渡すパチュリー。それに対しレミリアは、さも当然のようにそう答える。
「バッサリ捌いてって……三枚おろしにでもしたの?」
「七枚おろしくらいにしといてやったわ」
「はは……」
苦笑しながら冗談混じりに聞き返すパチュリーに、レミリアは腕を組み、少しだけ得意げに口角を上げる。
「……と、あんたにいい知らせがあったんだったわ。入って」
閑話休題、とばかりに手を叩くと、ポカンとして見つめるパチュリーをよそに、レミリアは部屋の外に居るらしい誰かに声をかけた。
「失礼します」
扉越しの一声のあと、ガチャリとドアが開く。部屋の中に入ってきたのは、見慣れない人物たちだった。
一人は、襟足あたりで切り揃えたセミショートの、快活そうな雰囲気の少女。
一人は、背中あたりまでのロングヘアーの、落ち着いた雰囲気の少女。
一人は、セミロングの髪をツインテールにした、小うるさそうな雰囲気の少女。
一人は、もみあげを伸ばしたショートヘアーの、気怠そうな雰囲気の少女。
一人は、おかっぱのようなボブカットの、暗そうな雰囲気の少女。
一人は、ポニーテールに眼鏡をかけた、生真面目そうな雰囲気の少女。
一人は、長い髪をツーサイドアップにまとめた、小生意気そうな少女。
それら七人の少女たちが、ベッドの前に整然と並ぶ。
「え……どちら様?」
パチュリーはポカンとしたまま、少女たちをぼんやり眺めていた。それぞれ髪型も雰囲気も異なってはいたが、紅い瞳と髪、そして頭と背中にそれぞれ生えた一対の蝙蝠の翼は全く同じだった。そして、着揃えられた白のシャツに黒のベストとスカート、赤いネクタイと、服装までもが同じだった。
「その翼……いや、というか何その司書みたいな格好……」
そこまで言った所で、パチュリーはそれらが意味する事に気付いたのか、レミリアの方を見た。
「そう、その司書よ。今日から図書館の管理をしてもらう事にしたのよ」
「宜しくお願いします」
当然の事のように言うレミリアと、揃って一礼する七人に、パチュリーは当惑した様子で目を泳がせる。
「え、悪魔……よね?」
「見ての通りそうよ」
「ちょ、待って、まさか召喚したの?」
つい先ほどあったあの“事故”を思い出し、表情が曇る。目の前の悪魔たちの素性が分からなかったが故に、「シンスのような厄介な悪魔なのでは」という考えが、無意識によぎってしまったのだ。
「いえいえ、私達はこの辺りで迷っていたところこの館に辿り着いて、レミリアお嬢様にここで雇っていただける事になったんですよ」
焦り気味に聞き返すパチュリーに、レミリアより先にセミショートの悪魔が口を開く。
「パチェが手足りないらしいって咲夜から聞いてたから、丁度良いと思ってね。妖精と違ってほとんどのマジックアイテムに問題なく触れるだろうし、仕事できそうだし」
「仕事さえこなせば後は一切自由、住むところも食事も保証するとの事なんで、私達にとっても非常に良かったんです」
「は、はぁ……」
ニッコリと微笑みながら言う、ロングヘアーの小悪魔。それらのいやに素直な態度に、パチュリーは不審さを覚えていた。
「あんたが訝しむような要素はないわよ」
不安げな様子で悪魔達を見つめるパチュリーの心情を感じ取ったのか、レミリアは諭すような口調で言う。それでも不審さを拭い切れなかったパチュリーは、思い切って疑問をぶつける事にした。
「……にしても、悪魔なのにいやに素直ね」
「まぁ、悪魔というより小悪魔だからね。力の弱さ的に」
「待遇ももちろんそうですが……何よりも私達はお嬢様の強大な“魔力”と“魅力”に同じ魔族として惚れ込んだのが、ここでお世話になろうと思った何よりもの理由なんですよー!」
「そ、そう……」
そう言って目を輝かせる、眼鏡の小悪魔。パチュリーは返答に困りながらもその様子を観察したが、確かにレミリアの言う通り、彼女たちからはシンスのような体から滲み出るほどの強大な魔力は感じられなかった。
(確かに悪魔としての等級は低そうだけど……だとしても、野良の悪魔なんて大丈夫なのかしら……というかよくレミィも雇ったわね……)
「まぁとにかくそういう事らしいから、心配ないでしょう。仮に何か変な事したら私が裁きを下すわ。あの悪魔のように、ね」
「そ、そんなぁ。私達は変な事なんてしませんよー!」
思索を巡らせながら小悪魔たちと自分を交互に見るパチュリーに、レミリアは溜め息混じりに再度諭す。小悪魔たちがその言葉に頷く様子に納得したのか、パチュリーもまた、無言で頷いていた。
「うん、まぁ……確かに無害そうね。にしても、ホントあなたの元には色んな人や物が集まってくるのね」
「まぁね」
「ところでレミィ、さっきから気になってたんだけどこんな日が入る部屋にいて大丈夫なの?」
ふと、窓の方を気にしつつ、レミリアを見やる。いくら早朝で、なおかつ霧で遮られているとはいえ、吸血鬼であるレミリアにとって日光が差し込むこの部屋に立ち入るのは危険な筈だった。しかし、当のレミリアは「大丈夫」と言いたげにかぶりを振っていた。
「問題ないわ、ほら」
至極当然の事のように言って、足元を指差す。見れば、器用にも部屋の中に日が差し込まない場所を選んで立っていた。
「あぁ……なるほどね。でも器用というか面倒というか、そんな事しなくても……」
「もちろん、鬱陶しいから後で“覆う”わよ?」
指先から紅い霧を漂わせながら、これまた至極当然の事のように笑って見せる。“覆う”――普通であれば想像すらも出来ない事であったが、レミリアにはそれができるという事を知っていたパチュリーは、何も言わずにその霧を見つめていた。
「あー、それにしても暑いわね。日光はもちろん、霧のせいもあってかなんだか蒸し暑い。あとで家全体に氷の魔法でもかけて冷やして、それから風の魔法で空気を入れ換えて、この湿気を飛ばしておいてくれるかしら」
手で首元を扇ぎながら、少々わざとらしく暑そうにして見せるレミリア。その口から出たお嬢様らしいワガママに、パチュリーは呆れかえった様子で溜め息を漏らす。
「病み上がりに無茶言うわね……」
「別にあとででいいわよ、あとでで。それより先に図書館の整理でしょ? そのために雇ったんだから」
「まぁ確かに蒸い暑いから、片付けつつ何とかしとくわ。高温多湿は本にも良くないし、私も暑いの嫌だし」
レミリアと同様に手で首元を扇ぎ、ベッドから足を下ろすパチュリー。起き上がった時に枕元に落ちたナイトキャップを手に取って被り直すと、小さく溜め息をつく。
「嫌って、あんた私と同じでほとんど汗かかないんだからいいじゃない」
「よくないのよ。汗かかないから体の熱が外に逃げていかなくて嫌なの。レミィはそれが体調に響く事はほとんどないんだろうけど」
「確かにそうだけど、私だって暑い事には変わりないわ」
「私はそれが体調に響くの」
「ヒトの体ってめんどくさいのね」
両手を組んで背伸びをし、まだ若干の重さが残る体を慣らすようにしながら立ち上がる。伸びきった後溜め息とともに脱力すると、小悪魔たちの顔を見渡し、自分の元に集まるよう合図をした。
「お嬢様、パチュリー様」
暑さにうだる二人を気にかけた咲夜が、ふと呼び止める。「少々お待ちを」という言葉と共に一瞬姿を消すと、何かを手に持って再び現れた。
「こちらを」
二人の手に、それが渡される。
「扇子?」
「こんなものまで……」
不思議そうな目で見ながらも、首元をそれであおぐ二人。扇が生み出す幽かながらも涼しげな風に、二人の暑さに対する溜飲は少し下がったようだった。
「物置にあったのを思い出しまして持ってきました。門番の私物だそうです」
「ほんとなんでもあるのね……もう門番じゃなくて
物置で倉庫番でもいいんじゃないかしらね」
「門番兼庭師兼倉庫番……ですか。いくら体力自慢の妖怪とはいえ、そこまでいくといささか荷が重すぎる気が……と、パチュリー様のお体も問題なさそうですし、私は掃除がまだ残っているので、そろそろ失礼致します。あなたたちも来て」
思い出したように言って、咲夜は妖精メイドを引き連れて速やかに部屋を出ていく。
「じゃ、早速だけど図書館の整理を手伝ってもらおうかしら」
部屋を後にする咲夜を見届けた後、ピシャリと扇子を閉じるパチュリー。扇子で促すようにして、小悪魔たちに付いて来るよう指示する。
「はい、ドーンと任せて下さい!」
「言っておくけど、あなたたちが想像してる以上に広いからね」
「大丈夫です! 私達小悪魔七人が集まれば七人力です!」
「七人力ってそれ凄いのか凄くないのか……そもそも何換算で七人力なのかわからないからピンとこないわ……」
「とにかく、パチュリー様のお手を煩わす暇もなく片づけ終えて見せますよ!」
いまいち信頼しきれない様子のパチュリーに、セミショートの小悪魔は無邪気に言いながら胸を叩く。パチュリーはそれを話半分に相槌を打つと、彼女たちを引き連れて部屋を出て行った。
静まり返った部屋の中、レミリアは無言で佇む。窓から差し込み床へと広がり、足先近くまで伸びた日の光をぼんやり見つめると、一人皮肉っぽく笑みをこぼした。
「どう? 私の眷属になった気分は? “あんた”から生まれた“あんたたち”、まんざらでもなさそうよ。なあんて言ったところで、聞いてるかどうか知らないけど――」
~~~~
紅魔館の一室、大図書館。膨大な量の本が収められた壁のように大きな本棚が無数に並ぶ空間。その中のどこかに存在する、七冊の魔導書。一つ一つは元から大図書館に存在していた、初級魔法についての記述がなされた何の変哲もないただの魔導書だった。しかしその本の中には、封印の魔法陣が、新たに、そして通常ではわからない場所に隠すように密かに刻まれていた。
そこには、大図書館の住人であるパチュリー・ノーレッジが事故で誤って召喚してしまった悪魔――“罪深き魔導書の悪魔”、シンス・ペウスグルの存在を構成する魔力がそれぞれに分割され封じ込められていた。
しかしパチュリーは、それを知らなかった。彼女のもとで本の管理を担う司書として働く事となった七人の小悪魔もまた、それを知らなかった。何故ならその“仕掛け”は、彼女たちが施したものではなかったからだ。
その“仕掛け”――無数の中の七冊に隠された封印についてと、七人の小悪魔の正体が、分割されたシンスの魔力から生み出された存在であるという事実は、紅魔館の主であり、それを行った張本人であるレミリア・スカーレットただ一人を除き、幻想的で知る者はいないという。
※おことわり
・この作品は小悪魔複数説に基づき書いた作品です。
・オリキャラが登場します。そういった要素が苦手な方は読まない事をお勧めします。
以上の点を了承できる方は、どうぞゆっくりしていって下さい。楽しんでいただけると幸いです。
湖面に滲む、影。畔に佇むその影は、夜霧に紛れるようにそこに静座していた。
雲間から漏れ降る、光。霧によって乱反射する月明かりが朧気なベールのようにして、薄暗く、そして怪しくその姿を照らした。
鮮血を想起させる、紅。その姿を見たものは、まずその色が強烈な印象として真っ先に意識に飛び込んでくるだろう。妙な威圧感のある造りの洋館は、その色と、やけに窓の少ない外観も相俟って、筆舌に尽くしがたい異様さを呈していた。
しかしその洋館を異様たらしめていたのは、その面妖な外観だけではなかった。忽然と、そう忽然と、その洋館はそこにあったのだ。幻想郷という隔絶された世界の中に、文字通り忽然と姿を現したという事実こそが、その洋館の異様の正体だった。
そして、まるで模型か芸術作品のようなその洋館は、生活感の欠片もなく、表から見る限りでは人気など微塵も感じられないが、そこには確かに“住人”が、館の“主”が居た。潜む“魔”――その存在を感じ取る事ができるのは、よほど鋭い洞察力や霊感を持つ者のみであろう。
紅魔館。今ではその名も知られ、幻想郷の一部として普通に存在している場所。その紅魔館が、まだ幻想郷にとって“異物”だった頃の姿。誰も知る由もなく、突如としてそこに在った頃の事。
――そう、これは後に「紅霧異変」という名で知られる事となる異変の、少し前の話――
紅魔館の一室、大図書館。膨大な量の本が収められた壁のように大きな本棚が無数に並ぶ空間。紅魔館の外観から鑑みて不自然なまでに広いその一角で、不機嫌そうに机に頬杖をつく少女の姿があった。
「はぁ……」
ため息をつきながら、少女――パチュリー・ノーレッジはぼんやりと前を見つめていた。
「レミィは好きに使ってって言ってたけど……」
独白とともに、目の前の光景を眺める。彼女の視界には、メイド服を着た妖精たちがいた。
数冊の本を抱えてフラフラと重そうに飛ぶ者、大して重くもなさそうな本一冊を四人掛かりで運ぶ者、魔導書を運ぼうとするもそれが放つ魔力に弾かれて触れる事ができない者、積まれた本の上に腰掛けて休憩する者、ただただ本を読みふけっている者、パチュリーの机の上にあった筈の茶菓子をいつの間にか一つ取って食べている者。それらの妖精たちは、ここ紅魔館の使用人として、主であるレミリア・スカーレットに雇われている者たちである。が、その仕事ぶりは誰がどう見ても、おおよそ「使用人」とは呼べない有様であった。その様子を呆れ顔で眺めながら、パチュリーは苛立ちをため息にして吐き出していた。
「何一つ使えないじゃない……!」
眉間に皺を寄せながら、苛立つ気持ちを落ち着かせるように紅茶を一口、口にする。
「これじゃいつまで経っても整理なんて終わらない……」
妖精メイド達のあまりな体たらくに怒るのも馬鹿馬鹿しくなったのか、眉尻を下げて気怠そうに机に突っ伏す。パチュリーが呆れ顔で眺めようとも、鋭く睨みつけようとも、妖精メイド達の動きは何も変わらなかった。
ふと、休憩していた妖精メイドが作業再開と言わんばかりに勢いよく空中に飛び上がった。が、そのタイミングが悪かった。飛び上がった途端、丁度そこを数冊の本を運んでいた妖精メイドに背中の羽がかすったのだ。それに驚いてバランスを崩した妖精メイドの手から、運んでいた本がバラバラと下に落ちる。
さらに不運な事に、落ちた本の下には本の山と、そこで本を読みふける妖精メイドの姿があった。その彼女が本の落ちる音に気付いた時には、既に頭上にまで本が迫っていた。
咄嗟に読んでいた本を盾にして、体を縮こめる。しかし、本は落ちて来ない。怯えながら上を見上げると、そこには空中に浮遊する数冊の本があった。
「まったく……あなた達は“一回休み”で済んでも、本はそうはいかないんだから、勘弁してよもう……」
小声でそう愚痴をこぼすと、浮遊魔法で浮かせた本達を自分の机に誘導して積み上げる。そして弾みをつけるように重い腰を上げると、妖精メイド達に全ての作業を中止するよう言い渡した。
「もういいわ。ここはもういいから、咲夜に別の仕事を貰って来なさい」
パチュリーの言葉に、妖精メイド達は首を縦に振る。それと同時に、ドアをノックする音が聞こえた。
「咲夜です。食器の回収に参りました」
「丁度良かったわね……どーぞー」
「失礼します」
サービスワゴンを押しながら、十六夜咲夜はパチュリーの机の横につく。空になった菓子皿とティーカップを静かに、手際よく回収する。
「おかわりはいかがしますか?」
「ハーブティーが飲みたいわ。リフレッシュできるようなやつね」
「かしこまりました」
脱力しきった様子で椅子に沈み込むパチュリーの後ろで聞こえる、「では」という咲夜の一声。その次の瞬間、レモンバームのほのかな香りが辺りに漂った。
「お待たせしました」
「ありがと」
目の前に置かれたティーカップを手に取って、立ち上る湯気と共にレモンバームの香りをたっぷりと吸い込む。そして一口飲み、ゆっくりとソーサーに置く。
「にしても、ほんと何でも調達できるわね」
「門番が庭で栽培しているので」
「ふーん……」
「ところでところで咲夜さまー?」
ふと、妖精メイドの一人が咲夜のもとに歩み寄る。
「パチュリーさまがここはいいとおっしゃられておられるのでー、何か別の仕事を下さいー」
「えっ」
メイド妖精のその発言に、咲夜は意外そうな顔でパチュリーを見た。
「結局一人で片付ける事にしたんですか?」
その問いに、パチュリーは首を横に振り、再びハーブティーを口にする。
「数が足りないのですか? でしたら、他に手の空いている者を回しますが……」
かぶりを振るように左手を振るパチュリーに、咲夜の言葉が弱まる。静かに置かれたティーカップが僅かに立てたカチャリという音だけが、周囲に響く。
「妖精にマジックアイテムを触らせるのには無理があったのよ。だから召喚する事にしたの」
「召喚……でも召喚魔法は対価が必要なものなのでは?」
右手の人差し指が、左右に動く。
「どんな魔法にも付き物よ。私が得意とする属性魔法だって、“詠唱”という“対価”を払って初めて発動するものだし」
「そういうものなんですか……でも召喚魔法は術者の髪の毛や血肉、ものによっては命を対価として払うと聞いた事が」
「本を整理させるだけの用で何でそんな物騒なものを召喚する方法を取るのよ……大丈夫、小悪魔とか低級の使い魔ならそこまでする必要はないわ」
机の上から、一冊の本を取る。それは初級の召喚術に関する記述がなされた魔導書だった。
「それに、術者の魔力を分け与える方法もあるわ。魔力を分け与えている間だけ召喚が成立する特殊な方法が……ちょ、そこ邪魔」
ティーカップの側でレモンバームの香りを胸一杯吸い込む妖精メイドを、手で払いのけるようにしてどくように促す。妖精メイドがトボトボと机から降りると、パチュリーは浮遊魔法でもう一冊の本を開いた。
「厳密には違うけど、東洋魔術の式神がある意味近いわ。使い魔に式を憑けて、能力を強化する。術者の能力が高いほど能力の上限が増す所も似てるし。大きく違うのは、式神が使い魔との永続的な主従がある事が多いのに対して、その方法の場合は魔力を分け与えている間だけ有効な契約である事ね……という訳で、妖精メイド達に別の仕事を振ってあげて頂戴」
「は、はい……あなた達、仕事の指示をするからついて来て」
その一声に、妖精メイド達がぞろぞろと咲夜の前に集まる。
「では、失礼します」
咲夜と妖精メイド達が退出するのを見届けて暫く、パチュリーはおもむろに立ち上がった。
「……さて、と」
辺りに散らかった本を浮遊魔法で一通り片付け、机の端に積み上げる。そうして開けた机の中央に羊皮紙を数枚並べると、羽ペンを羊皮紙と同じ数、手に取った。
「下の中くらいの低級を複数喚べば充分、かな」
羽ペンの束にインクをつけ、左手の上に並べる。そのうちの一本をつまみ上げると、残りの羽ペンがそれに追うようにして宙に浮かんだ。
羊皮紙の上に羽ペンを置き、手元で開いた魔導書に記された魔法陣を書き写していく。同時に、その手の動きに完全に同期した羽ペンたちが、それぞれの羊皮紙の上に同一の魔法陣を描いた。
「これでよし、と」
羽ペンを置くと同時に、浮遊していた羽ペンたちもそこに集まるようにして落ち着く。そして描き上がった魔法陣の羊皮紙をまとめて手に取ると、静かに立ち上がって深呼吸をした。
「我は与える。汝らが現世(うつしよ)に降り立つ力とその器を。我は命ずる。契約の下、我が眷属として現世に降り立たん事を。来たれ、来たれ、魔なるものよ。我が眼前にその姿を現せ――」
掌を魔法陣にかざし、魔力を込める。それに反応して魔法陣が淡く発光したのを確認すると、羊皮紙を机の前に向けて放り投げた。
魔力を帯びた羊皮紙たちが、パチュリーの目の前に浮かぶ。そして、光が失われると、それらはヒラヒラと地面に落ちた。
「……あれ?」
パチュリーはその様子を見て、呆然とした。何も起きなかったのだ。そんな筈はないとは思いはしたが、何も喚び出す事なく地面に落ちたままの羊皮紙を見て、その状況を理解した。
「何も間違いはなかった筈……まさか魔力が足りなかった?」
机の前に出て、床に散らばった羊皮紙を拾おうとしたその時だった。
「……ん?」
違和感を覚え、羊皮紙を凝視する。そこで、ある事に気付いた。羊皮紙に込めた魔力がまだ“活きて”いる。それに、その魔力がそこから漏れ出し、漂っているようにも感じる。
「これは……」
違う、とパチュリーは心の中で呟いた。その魔力は“漏れ出して漂っている”のではなく“何かに吸い出されていた”のだ。そして――その行き先にあった一冊の魔導書が目に入った次の瞬間、激しく反応する魔力の光と風に視界が塞がれた。
「――っ!?」
咄嗟に手で目を覆うと同時に、魔力による結界を張って光と風を防ぐ。激しい魔力の反応が止んだのを確認し、ゆっくりと手をどけた彼女の目の前には、想定外の状況が広がっていた。
まず目に入ったのは、紅だった。恐ろしい程に鮮烈な、紅い髪。膝あたりまであろう長さのそれが、先程の魔力の風の名残に広がり、揺らめく。
そして次に目に入る、黒。不気味な程に暗い、蝙蝠のような漆黒の翼。それが頭に一対、背中には二対と一枚の片翼。それらの紅と黒が、パチュリーの視界の殆どを占領するように目の前に広がっていた。
「……フムン」
パチュリーの存在に気付いたそれが、おもむろに振り返る。髪と同じ、紅の瞳。妖しく煌めく双眸が、驚愕の表情のまま固まるパチュリーをじっと見つめる。
「……魔法使い、か」
ゆっくりと息を吐き出すように、言う。その容姿、その声は少女のようであったが、口調からは異様な威圧感があるように感じられた。それどころか、黒のシャツに紅のネクタイ、黒のサロペットスカートという暗色の出で立ちにも関わらず、その立ち姿からも、まるでオーラのように威圧的な雰囲気が滲み出ていた。
「な、何なのよあなた……私はあなたみたいな物騒なのを呼んだ覚えは……」
動揺を隠しきれないパチュリー。それもその筈、彼女はその威圧感の正体を理解していた。“魔力”――何もしていなくとも体から滲み出るそれは、特徴的な翼も合わせて、その紅髪の少女が強大な力を持つ悪魔である事を意味していた。しかし、彼女自身にそのような悪魔を喚ぶような事をした覚えはない。にも関わらず、目の前にはおそらく上級であろう悪魔が居る。その状況も、そうなった原因も理解できず、パチュリーはただただその紅髪の悪魔を睨む事しか出来なかった。そして――
(こんな物騒なのを喚んだ事が、それも意図せず事故的に喚んだなんて事がバレたら、咲夜どころかレミィに大目玉を食らう……!)
そうして思索すればするほど、彼女の動揺はさらに大きくなっていった。
「量そのものはそれほどでもなかったが、私がこうして封じられていた姿を顕在させられる程度には濃度のある魔力であった。流石と言ったところか。悪くない、悪くないぞ、魔法使いよ」
その言葉に、パチュリーの眉が動く。
「そういう事なら……!」
浮遊魔法で羊皮紙をかき集めて束ね、息を吸う。
「我は宣じる。契約の下、汝らが現世に降り立つ力と器を棄つ事を。帰せよ、帰せよ、魔なるものよ。汝らの在るべきもとへ――」
唱え、羊皮紙の束を紅髪の悪魔に突き付ける。
「……フムン」
パチュリーは、目の前の状況にまたもや固まった。紅髪の悪魔が、こちらを鼻で笑っている。確かに今、契約の破棄を宣言した。しかし、紅髪の悪魔は姿を消す事なく、まだ目の前にいた。
「契約も魔力も破棄した筈なのに……どういう事なの……」
パチュリーの手から羊皮紙が落ち、虚しく舞い落ちる。その様子を見届けると、紅髪の悪魔は不敵な笑みを浮かべた。
「勘違いしているようだな、魔法使い。確かに私はお前がその羊皮紙に込めた魔力を使った」
「じ、じゃあなんで……!?」
「それは引き金に過ぎぬのだよ、魔法使い。お前に召還された訳ではない。私が顕在する足る糧となるのはそれとは別の“魔力”、お前の中に在る“魔力”だ。それを利用させてもらったのだよ」
紅髪の悪魔の発言に、パチュリーは言葉を失った。悪魔というものは得てして、意味深長、あるはひねくれたような発言をする事がある。しかしその発言は、聡明なパチュリーですら全くもって理解不能なものだった。
「一体何を言っ……」
「あぁ、何とかしてこの本達を整理したい」
半ば被せるように突然喋り出した紅髪の悪魔に、パチュリーは再び言葉を失う。突然喋り出した事もそうだが、何よりその内容に驚き、何も言えなくなった。
「でも面倒だ、でも片付けたい、でもなるべく自分は動きたくない」
見るものを吸い込みそうなほどの眼力で見つめながら、紅髪の悪魔はお構いなしに語り続ける。まるでパチュリーの心の内を見透かしているような――いや、もはや心の内をそのまま代弁するかのような言葉の数々に、パチュリーの表情がみるみるうちに引きつっていく。
「な……何を……」
「“怠惰”。お前の中に宿るその“負の感情”こそが、私の“魔力”だ」
“怠惰”――その単語に、パチュリーが反応する。それと同時に、紅髪の悪魔は再び不敵な笑みを浮かべた。
「あんた、まさか……」
「我が名はシンス・ペウスグル。“原罪”と“魔力”を司る魔なるもの」
そう言って、紅髪の悪魔――シンスは両腕と翼を広げる。それに合わせ、全身から滲み出る魔力が空気を揺らめかせ、まるで蜃気楼のように景色を僅かに歪ませる。
「さぁ、私と共に堕落しよう。お前は負なる感情を解き放ち、抑圧という苦しみの柵を打ち捨て、その魂は自由となり、私はそこより出ずる“魔力”を糧とする。どうだ、誰も損はしない。皆が得をする」
不敵な笑みと共に繰り出される、文字通りの“悪魔の誘惑”。甘く、誘い導くような語り口を一通り訊き届けたパチュリーの口角が、シンスと同様につり上がった。
「――お断りよ」
予想外の返答に、シンスはばつが悪そうに眉を動かす。不敵な笑みは、パチュリーの方にあった。
「この手であなたを倒して封印する。私にはその選択肢しかないの」
ピンと伸ばした人差し指が、シンスの顔を差す。
「あっさりと色々語ってくれたわね。それも自分の弱点を晒すような事を。簡単な話じゃない? その“負の感情”とやらを抑えるだけだなんて」
決め台詞を叩き付けるようにして、パチュリーは机の上の魔導書――彼女が得意とする、属性魔法が記された“戦闘用”の魔導書を手に取る。
「私を、私の司る“負の感情”を完全に滅する事が出来るのは、清浄な神仏か、感情を捨て去り悟りを開き、涅槃の境地に達した者くらいだが。お前にそれが出来るか?」
腕を組み笑うシンスを見据えながら、パチュリーの右手は既に“準備”を完了させていた。
(咲夜たちに感づかれる前に、カタをつける……!)
素早くかざした右手の指先に、魔力を宿す光が集まる。それが波動のように一瞬で拡散すると、周囲を覆うように広がっていった。
「フムン……結界か。そんなもので私を封じられるとでも思ったか?」
「やってみなきゃわからないじゃない」
「……まぁいい、せっかく用意された舞台だ。存分に興じさせてもらおう」
(とにかく、本だけは守らないと……)
結界――本と、本棚を守るために展開した防御魔法に気を配りつつも、彼女の目はシンスの動きを警戒するように睨みつけていた。
「灼熱の紅蓮、荒ぶる炎よ、うねる柱となりて、万物を焼き払え」
速攻とばかりに呪文を唱える。指先に込められた魔力が魔導書に流れ、手を触れる事なく魔導書のページが開かれる。そして増幅された魔力が彼女の詠唱の通り熱量に変換されると、飛び出す火柱となって放たれた。
対するシンスはそれをじっと見据えて、何もせずそこに立っていた。火柱が、自らの目と鼻の先まで迫る。
「甘いな」
振り払うような右手の動きが、火柱を揺るがす。そしていとも簡単にその炎を真っ二つにすると、それを横に流した。
「!!」
“それ”にシンスが気付いたのは、火柱をいなした直後の事だった。鋭い輝きが、その火柱の尾に紛れて高速で飛来する。その存在を認識したと同時に危険を感じ回避したが、“それ”――金の属性魔法による、冷たく硬質な針状の金属はシンスの左腕を掠め、傷をつけた。
「甘いのはあなたよ」
指差し、そう言うパチュリー。シンスは自信ありげに言うその表情に、左腕を押さえながら苛立ちの睨みで返す。しかし、次の瞬間別の飛来音が迫るのを聞き、勢いよく飛び退いた。
頭上から落ちる氷柱が、シンスが飛び退く前にいた場所に降り注ぐ。叩き付けられた硝子細工のように砕け散る氷片がシンスの頬に当たり、ゆっくりと溶けて伝い落ちる。
「なるほど、詠唱の短い初級魔法を素早く組み合わせる事による波状攻撃か……悪くない、悪くない……が」
ゆっくりと動いた右手が、パチュリーに照準を定めるようにかざされる。
「そのような小細工がいつまでも通用すると思うなよ」
シンスの掌全体を覆うように、禍々しい黒紫色の魔力の炎が灯る。そして次第に形を成すと、複数の矢のようなものとなり、パチュリー目掛け高速で飛び出した。
「小細工、ね……」
飛来する魔力の矢。それを金の魔法によって作った鉄の盾で防ぐと、魔導書のページが別の場所を開いた。
「ここは私の空間。私の書いた魔導書もある。言わばここは私の小細工そのものとも言える場所」
その言葉に付け足すように小声で素早く詠唱される、呪文。唱え終わると、魔導書がさらに別のページを開く。
「むしろ、いつまでその小細工に耐えられるかしら」
全ての詠唱を終えると共に、パチュリーの周囲に魔力の塊が複数の光球となって浮かび上がる。光球は蓄えた魔力を凝縮すると、直線状に光熱魔法を照射した。
「火、金、水、それに日の魔法……七曜の魔法というやつか」
余裕たっぷりに身を翻し、その光線をかわす。
「そしてまた金の魔法、か」
光線の死角に入り込むように、本棚の結界を反射しながら飛来する歯車状の円盤。それすらも悠々と受け止め、強力な防御魔法によって叩き落とす。
パチュリーはその様子を見ながらも、なお同じ魔法で攻撃を続けた。シンスはそれを回避し続けながら、次第に苛立ちを見せ始めていた。
「いつまでも小細工が通用すると思うなと……言った筈だ!」
声を荒げ、飛来する魔法の全てを強力な魔力の衝撃波で消し飛ばすシンス。しかしパチュリーはそれに驚く様子を見せることはなかった。むしろ、その口元は笑みを浮かべていた。
「そこまでよ」
シンスがその表情と言葉の意味を理解するのに、さほど時間はかからなかった。突如として本棚から飛び出し、周りを囲うように展開する複数の魔導書。シンスは日と金の魔法によって、その魔導書――パチュリーが自ら記した、魔力増幅の記述がなされたそれが“仕込まれた”場所に誘導されていたのだ。
「いつの間に……!」
「あなたが身をかわしまくってた間よ」
パチュリーの右手が静かに挙げられる。
「チェックメイト」
振り下ろされる手と共に、魔導書が光を放つ。それぞれの魔導書から日の魔法による光線が、中央――シンスが立っている場所へと照射される。
激しい光と熱が、シンスの姿が見えなくなるほどに広がる。光線がぶつかり合う事による強烈な魔力反応が、薄暗い図書館の一角を照らし、そこから吹き出す魔力の風が、深紫のパチュリーの髪をなびかせる。
「はぁ」
光が止むと同時に、パチュリーは安堵の混じった溜め息を漏らした。魔導書たちの中央にいた筈のシンスの姿は、跡形もなく消え去っていた。
「ちょっと強すぎたかしら? まぁでも封印する手間が省けたから――」
独りごちるパチュリーの視界を埋め尽くすように、何かが飛び込む。ギラリと揺らめく二つの紅い光点と、たなびく紅の髪、不気味ににやつく口元。それを認識した瞬間、パチュリーは飛行魔法で素早く飛び退いた。
「……!?」
パチュリーは混乱していた。今見えた姿――魔法によって確かに消し飛ばした筈にも関わらず、こちらを嘲るように突然目の前に現れたシンスに驚き飛び退いたが、どこにもその姿はない。しかし、その姿と共に感じた異様な魔力から、それが幻や気のせいという言葉で片付けられるものではない事も理解していた。
「良い驚きぶりだな、魔法使いよ」
しばらくの間を置いてから聞こえた、声。それは紛れもなく、シンスの声だった。その声と同時に、陽炎のような揺らめきと共にパチュリーの前に再び姿を現す。
「ウソ……どうして……」
動揺に言葉を詰まらせるパチュリーに、シンスは笑いかける。
「思ったより呆気なく勝てた、意外と大した事なかった。そう思ったな?」
先程より少し近くに姿を現す。口走る言葉に、パチュリーの唇が震える。
「“傲慢”。そう、“傲慢”だ。そこにつけ込ませてもらった。そして――」
朧気に揺らぎ消えて、さらに近くへと現れる。
「お前の“怠惰”にも、悪戯をさせてもらった」
ニンマリと、シンスは笑う。悪魔的なまでに端正な顔立ちも相俟って、その笑みは見るものの心を奪う程の“魔力”があったが、同時にえもいわれぬ不気味さと、それに対する畏怖も感じさせる“魔力”もあった。
「お前の“怠惰”でお前の感覚を鈍らせ、私の存在を認識しづらくしているのだよ。気分はどうだ? 魔法使い」
余裕綽々に腕組みしながら、首を傾げて問いかけるシンス。しかしパチュリーは反応することなく、黙り込んだままだった。
(ああ……)
私は、とてつもないものを呼び出してしまったのだと、パチュリーは改めて思った。しかしまだ、彼女は諦めていなかった。とにかく何とかしようと、頭を回転させ続けていた。
(こうなったら……)
先程までのような小細工ではなく、自分の持てる魔法の全てを叩きつける勢いでやるしかない。そう覚悟を決めたと同時に、その口元と手は動き出していた。
「灼熱の紅蓮、焼き払え」
振り払うような手の動きに連動するように、放射される炎。それはシンスに傷をつける事こそ出来なかったものの、距離を離させるのには十分な効果があった。
「……フムン、先程よりは迷いがなくなっているな。本当に己の中の負を克するつもりか」
一切の迷いを捨てた、鋭い視線。“負の感情”を克する――自分にとって不利になりかねないそれを見てもなお、シンスは余裕の表情を崩す事はなかった。
パチュリーの口元が、矢継ぎ早に動く。凄まじいスピードで、正確に詠唱を連ねていく。それに応じるように、先程の魔導書たちが動き出す。
放たれる、多数の光線。パチュリーの意思に合わせ、まるで生きているかのように湾曲すると、シンス目掛けて次々と飛んでいった。
「フハハ、良いぞ、良いぞ、魔法使い!」
悪魔とは思えないほど優雅な飛行で身を翻しながら、飛来する光線を黒紫の炎の弾丸で打ち消すシンス。そして張られた弾幕の僅かな隙間を見つけると、そこを縫うように狙い撃った。
「これ、使わせてもらうわよ」
意味深な呟きと共に、パチュリーは目の前に結界を展開する。結界は炎の弾丸を吸収すると、鏡に反射させたかのように同じ軌道でそれをシンスに撃ち返した。
「ほう、そっくりそのまま返すとはやるな……だが」
感心する素振りを見せながらも、シンスは余裕の表情のまま、返ってくる炎の弾丸に向けて手をかざす。そして右手でそれを受け止めた瞬間、余裕の表情は驚きの表情へと変わった。
「なっ……!?」
炎の弾丸が、みるみるうちに姿を変える。金属製の枷がシンスの右手首を固定し、そこから伸びた鎖がパチュリーの側に浮く魔導書の一冊に繋がり、動きを封じる。
「よし……!」
シンスの周囲に展開された魔導書から、右手首を拘束したものと同じ枷と鎖が飛び出し、残りの手足を固定する。
「くっ、い、一体何を!?」
「言った通りよ。“使わせてもらった”の」
突然自由を奪われ、もがくシンス。パチュリーはそれを鋭く見据えたまま、魔導書のページをめくる。
「私の魔力をそのまま使って自らの魔法に変換したか……!」
そのような危機的状況に置かれながらも、シンスはさして取り乱した様子を見せなかった。むしろ冷静に、パチュリーの放った魔法を分析するほどてあった。その自信は彼女の特性である“傲慢”からくるものではなく、ある根拠があった。
「今度こそ……今度こそ、決める……!」
そう言って魔導書をめくるパチュリーの、様子の“変化”。シンスは先程からそれを感じ取り、戦いながらもそれを観察していた。
本来であれば、金の魔法による手枷と鎖で動きを封じた直後、間髪入れずに詠唱して止めを刺されてもおかしくはなかった。しかし、パチュリーはそれをしなかった。それは油断や慢心があったわけでも、ましてや情けをかけたわけでもなかった。“出来なかった”のだ。
シンスは、パチュリーが肩で息をしているように見えるのを確認して、その意味を理解した。
「霊玄の樹冠、灼熱の紅蓮、荘厳の沃地、冷徹の鈍光、清廉の蒼流、膨潤の暗光、収斂の明光――」
ようやく始めた呪文の詠唱が、そこで途切れる。
「――――!」
胸を走る痛みと、激しい咳。突如襲いかかったその苦痛に言葉にならない声を上げ、膝から崩れ落ちる。
「……フムン」
(ウソ……こんな時に……!)
パチュリーがうずくまると同時に、シンスを拘束していた枷と鎖が崩れ、やがて消失する。
「こん、な……時、に……っ!」
「所謂喘息、というやつか。持病持ちの魔法使いとは、なんとも難儀なものだな」
再び自由を得、この状況を有利と見たのか、シンスはうずくまるパチュリーに嫌みたらしく笑いかける。
「うる……さい」
咳き込みながらそう吐き捨て、なんとか上体を置きあげるパチュリー。その視界に、机の上に腰掛けてこちらを見下ろすシンスが映る。
「あまり無理をするな。下手をすれば死ぬぞ?」
余裕綽々に、シンスは机の上に置いてあった飲みかけのハーブティーを口にする。
「うる、さい、って……言っ、てる……でしょ……」
「興奮しすきだ、魔法使い。本当に窒息死するぞ? 死なれては困る。感情などない死体になってしまっては、“糧”を取り出せなくなってしまうではないか」
息を詰まらせ、消え入りそうな声を漏らすパチュリーを見つめながら、悲しそうに眉尻を下げるシンス。ハーブティーの香りを楽しみながらパチュリーを観察し、やがて飲み干すと、カップの縁から滴り落ちそうになった雫を舌先で舐め取った。
(もう……ダメか……せめて、結界だけは……それと本、本は無事でいて……)
ほとんど声も発せず、意識も朦朧とするなか、パチュリーは振り絞るように呪文を唱える。それに合わせ、薄れかかっていた結界が再度展開され直したのを見届けると――パチュリーそのまま地面に倒れ伏した。
「……フムン」
シンスは机から降りると、倒れたパチュリーと、周囲に展開された結界を交互に眺めた。
「気を失ってもなお結界魔法を維持するとは……素晴らしい、素晴らしいぞ、魔法使いよ」
カップをソーサに置きながら、倒れたまま動かないパチュリーに向けてわざとらしく讃辞を送る。
「さて」
再び周囲を見回すシンス。何かを感じ取った様子でゆっくり頷くと、淡々と独り言を始めた。
「この館の中に人間が一人いるようだな。それと、ここから離れた場所に人間の集まり……人里か何かか。糧には困らなさそうだな、フフッ……」
そう呟いて、舌なめずりする。濡れた唇を持ち上げたと同時に漏れた笑いが、静まり返った図書館に微かに反響する。
「まぁ、まずはこの魔法使いの負の感情を解放して、始めの糧とするか。それからでも、遅くはない」
ゆっくりとパチュリーのもとへ歩み寄り、そばにしゃがみ込む。うつ伏せに倒れた体を仰向けに返すと、青白く細長い指先で頬を撫でる。そしてその指先を首筋へスライドさせると、そのまま胸元へと移動させた。
「さぁ、どれほどの“魔力”となるか」
まじまじと、舐め回すような目つきでパチュリーの顔を見つめる。
「見せてもら――」
突如聞こえた風切り音に、反射的に顔を上げる。目前に、銀色の煌めきが迫る。シンスは自らの姿を煙のように変化させてそれをかわすと、パチュリーのもとから飛び退いた。
開け放たれた扉の前に立つ、人影。そこには銀色に輝くナイフを片手に立つ咲夜の姿があった。
「動かないで下さい」
切っ先をシンスに向け、威嚇するようにして睨みつける。シンスはその姿を観察すると、薄ら笑いを浮かべた。
「人間の方からこちらに来てくれるとは好都合だ……その格好は、所謂メイドというやつか」
シンスの顔の側を、一本のナイフが横切る。
「誰が喋っていいと言いました?」
咲夜の手元にあったナイフが三本から二本に減っているのを見て、シンスは大袈裟に両手を上げて見せる。
「おお、危ない危ない」
「何やら振動と物音を感じると思って駆けつけてみたら……侵入した目的は何?」
「侵入? 何を言うか。私はこの図書館の中に居たのだが」
当然の事のようにそう答えるシンスに、咲夜は次第に剣呑な態度をあらわにする。
「ふざけないで下さい」
「ふざけてはいないが。私はこの図書館の魔導書の一つだ。正確にはその中に封じられていたと言った方が正しいか」
「魔導書がヒトの姿形をして喋るなんて、見たことも聞いたこともありませんが」
「今まさに目の前で見聞きしているではないか」
苛立ちを隠すように黙り込む咲夜。それらの言葉の数々はシンスの言う通りの意味であったが、状況を知らない彼女にとっては胡散臭いものでしかなかった。しばらくの間を挟み、ため息を一つつくと、咲夜はナイフを向けたまま数歩近付いた。
「大人しく出て行くというのであれば、命だけは保証しても良いですよ? この館の存在そのものについて、そしてここで見聞きした事を一切口外しない、という条件付きではありますが」
「ほう、存外ぬるい対応だな」
「お嬢様のご指示です」
「お嬢様? この館の地下に感じる魔力の塊……の方ではなさそうだな。上の部屋にいる方か」
「お嬢様と同様に魔力を感知できるということは……あなたも魔族の類ですか」
「ご名答。にしても、魔族に仕えるとは……物好きな人間もいたものだな。何か目的や理由があるのか?」
そうして微妙に話をそらすようにして、一向に出て行く素振りを見せないシンスに、咲夜は眉をひそめる。
「貴方には関係のない事です。とにかく、お嬢様の気が変わらないうちに出て行った方がいいんじゃないでしょうか」
「いいのかそれで? もし出て行った先でこの館の事を言いふらしたらどうするんだ?」
「その時は貴方を殺しに行くまでです」
「魔族と知ってなお言うか……人間風情がそう簡単に殺せる存在ではないぞ? 私は」
目を見開き、先程パチュリーに見せたのと同じようにして、全身から魔力を滲ませる。
「人間に人間の原罪を根本から滅する事が出来ないように、お前は私を倒せない」
魔力のオーラで威圧するシンス。それを前にしても、咲夜の態度は変わらなかった。怯む事なく、むしろ好戦的な目つきでシンスを見据えながら、腿に巻きつけられたベルトからナイフを抜き取り、静かに構えた。
「悪魔であろうと神であろうと人間であろうと、この館での狼藉は許しません。全て実力行使で排除します」
「勇ましいな。悪くない、悪くないぞ……と、そういえば」
臨戦態勢に入ると思いきや、シンスは突然何かを思い出したように言葉を切る。
「先程目的を聞かれたのに対して答えてなかったな」
その言葉に何を今更、と思いつつも咲夜は改めて問いかける。
「……目的は?」
「お前の心だ」
指差し、ニヤリと口角を上げる。その挑発的な態度にも咲夜の表情にあまり変化は見られなかったが、先程より殺気立っている事だけは明らかだった。
「……どうやらこの場で殺されたいようですね」
「やってみろ、その鈍いナイフでな」
次の瞬間、全てが凍り付いたように動かなくなった。空気の流れすらも止まり、無音が世界を支配する。全てが止まった世界、時の止まった直中で――ただ一人、咲夜だけが動いていた。
「言われなくてもやりますよ」
呟きながら、シンスのもとへ歩み寄る。
「しかし、生憎貴方に時間を掛ける余裕はありません。そこに倒れているパチュリー様を運ぶ必要がありますし、館の掃除も半分ほどしか終わっていません。それと――」
シンスの目の前で立ち止まり、ナイフをその顔の前まで持ってくる。
「私のナイフは死ぬほど鋭いですよ?」
咲夜の手から放たれたナイフたちが、シンスの額から下腹部まで沿うようにして並び、空中で静止する。それぞれの切っ先は、所謂“急所”となる場所を全て突くように向けられていた。
「時が動き出した次の瞬間には、貴方は訳も分からないまま絶命している事でしょう」
綿密にナイフの位置と角度を微調整し、口元から笑みをこぼす。しかし能力の発動と同時に紅く輝いたその目は、その笑みに反して冷淡に、ナイフのように突き刺さるほどの鋭さで、シンスの瞳を貫いていた。
「死を目の前に何も出来ない気分はどうですか? なんて、言ったところでどうせ聞こえないので無意味でしょうが――」
咲夜の笑みが、そこでふと消える。そして急に飛び退くと、その表情は驚愕へと変化していた。彼女がそうなった原因は、シンスにあった。時を止めた筈であるにも関わらず――シンスの口角がニヤリと動いていたのだ。
「……フムン」
聞こえる筈のない、声。口角どころか、体すらも動かしている。その“有り得ない”光景に、咲夜は愕然とした。
「時を操る能力、か。面白い人間もいたものだ。だが――私にとっては、子供騙しの手品でしかない」
再び滲み出た魔力が、シンスの姿を揺らがせる。咲夜は慌てて時間の停止を解除したが、それと同時にシンスの姿が消え、ナイフはむなしく空を切って地面に落ちた。
(そんな……私の能力が……!?)
ナイフを手に構えを取ったまま、咲夜は混乱していた。自分の能力が、破られた。その事実を受け入れられず、状況を理解する事が出来なかった。いくら悪魔と言えど、そのような芸当ができるものがいるなどという話は聞いたこともない、あり得ないと心の中で独白しながら、辺りを見回してシンスの姿を探した。
そして――能力を破られ、あまつさえ自分の能力を「子供騙しの手品」と一蹴された事に、彼女のプライドは傷付けられていた。
それはやがて、彼女の心の中で言葉にし難い感情となり――
「――そうだ、それだ」
突如耳元で囁かれる言葉。シンスの声に、咲夜の体は硬直する。
「その“憤怒”。やはり人間のものは一味も二味も違うな」
シンスの左手が、背後から咲夜の腰に回る。
「さぁ、己が心の内に宿るそれを解放するのだ」
次いで、撫でるような動きで右手が首元にかけられる。
「くっ……!」
ぬらりと耳に入り込んでくるようなその言葉と、自分の心を見透かされ、それを抜き出されているかのような感覚に、咲夜はえもいわれぬ気持ち悪さを感じていた。同時に、明らかに自分を嘲るその態度に覚えた苛立ちで、次第に表情が歪んでいた。
それでもなお、咲夜は冷静さを失ってはいなかった。どこからともなく取り出した二本のナイフを両手に持ち、それを逆手に構えると、背後に立つシンスの脇腹を狙うようにして後ろ向きに突き込んだ。
「おっと、危ない」
シンスの声が、今度は正面から聞こえる。いつの間にか背後から消えていたその姿が、咲夜の目の前に現れた。
「苛立ちで少々冷静さを欠いているようだな。それでは殺すどころか、傷一つ付けられないぞ?」
パチュリーの椅子に腰掛け、頬杖をつきながら笑う。その手には先程飛ばしたナイフであろうものの一本を持ち、咲夜を挑発するようにそれを弄んでいた。
「咲……夜……」
ふと背後から聞こえる声。振り返ると、倒れていたパチュリーが本棚を背に座り込んでいた。
「そいつの言葉に……耳を貸しちゃ、ダメ……」
朦朧とした様子で、苦しそうに咳き込む。咲夜はシンスにナイフを向けたまま後ずさりすると、パチュリーのもとへ寄った。
「こんなに酷く発作が出るほど魔法を……あまり無理はしないで下さい」
「あれは……心につけ込んで……それを魔力にする……悪魔……挑発に、乗っちゃダメ……」
「なるほど……わかりました」
しゃがみ込み、背中をさする。同時に、二人の耳に甲高い声が飛び込んだ。
「咲夜さまーパチュリーさまー、何やら騒がしいようですがー……って侵入者ー!?」
異変を察知したのか、数人の妖精メイド達が扉の端から様子をうかがう。そしてシンスの姿を見るや否や、慌てて図書館の中に入ってきた。
「か、加勢しますっ!」
掃除用具を武器に見立てて構えながら、咲夜達の前に陣形を作る妖精メイド達。しかし咲夜はその前を塞ぐように回り込み、背を向けて立った。
「こっちはいいから、パチュリー様を安全な場所へ運んで頂戴」
「で、でも……」
「あなたたちがどうこうできる相手ではないわ。パチュリー様の身の安全を最優先して」
静かに言う咲夜。妖精メイド達は一瞬ためらったが、その背中から何かを感じ取ったのか、素直に従った。
「怠慢と悪戯と我欲が基本原理の妖精が居ると不利になると見たか。悪くない判断だ」
妖精メイド達がパチュリーを運び出すのを見届けて、シンスは感心した様子で頷く。咲夜はそれに何も返さずナイフを取り出すと、無言で構えを取った。
「何か言ってくれんと興が乗らんのだが」
「貴方と話す事などありません」
残念そうに言って肩をすくめるシンス。咲夜は目を閉じ、呆れ気味に小さなため息を漏らすと、その言葉に応えるようにシンスを睨みつけながら口を開いた。
「全力であなたを排除する。これで良いでしょ?」
「まぁ、悪くはない。いや、むしろ良い。そのナイフのように鋭い気迫、自分よりもあの魔法使いの事を考え、彼女を助け出させ、一人で私に立ち向かおうという勇ましさ。さながら騎士のようだな」
「私はメイドです。それ以上でも以下でもありません。お嬢様の友人たるパチュリー様の事を優先するのは、使用人として当然の務めです」
仰々しい身振りと共に、シンスは真意かどうかも分からない賞賛を送る。対して咲夜は、冷めた様子で淡々と言葉を返した。
「では……全力で興じさせてもらうとしよう!」
全身から滲み出した魔力と共に、シンスの体が浮き上がる。
「では、全力で終わらせます」
数本の銀色の軌跡が、光の如く凄まじい速さでシンスに襲いかかる。シンスはそれを魔力による結界で無理矢理軌道をねじ曲げ、いなす。
甲高い金属音と共に、ナイフがシンスの背後へと消えていく。同時に、ほぼ瞬間移動に近い動きで咲夜が間合いを詰めた。
シンスの目前に、ギラリと光るナイフの切っ先が迫る。ほぼ予備動作もなく、驚くほど高速で振り抜かれた軌跡が、銀の帯を描く。しかしそれすらも、シンスは見切っていた。
「……ほう。自分のみの時間の流れを操り、擬似的に高速移動をしているのか。中々面白い」
飛び退きながら、興味深そうに咲夜の動きを観察するシンス。着地と同時に手をかざすと、目掛けて赤黒い霧のようなものの塊を放った。
それをかわしながら、再び高速で間合いを詰める咲夜。僅かな風切り音と共に、シンスの腹目掛けて突きを繰り出す。
「流石、速いな」
咲夜の頭上を翻り、背後に着地する。その一瞬の間に、投げられたナイフがシンスの視界に飛び込む。
「ではこちらも……瞬間移動の手品を見せよう」
結界でそれら全てを叩き落とし、今度はシンスの方が仕掛ける。煙状に消えながら、瞬く間に咲夜に迫ると、両手から霧の塊を連続で放った。
「何……!?」
視界に映る咲夜の姿に、シンスは驚愕した。目の前にいたその姿が左右にぶれ、二人に増えたのだ。そしてそれぞれナイフを構えると、同時に斬りかかった。
「分身……これも能力の応用か」
咄嗟に切り返し、飛び退いてそれをかわす。分身した咲夜はさらにナイフを素早く振りかぶると、追撃と言わんばかりに投げた。
「“子供騙し”は少々言葉が過ぎたかもしれないな。子供相手にはいささか物騒すぎるか」
そうは言いながらも、シンスの顔からにやつきは消えていなかった。図書館内の結界にぶつかり、乱反射しながら迫る多数のナイフを前に、まだ余裕の表情を浮かべる。
「だがやはり、手品は手品。清浄なる金属とされる銀でできたナイフも、そう簡単に私に深手を負わせる事は出来ん」
再び煙のようになってそれらをかわし、咲夜の前に現れる。その姿を捉えようと繰り出された霧の塊が、咲夜のもとへ肉迫する。
咲夜の動きに、シンスは驚嘆した。二人に分身していた咲夜が、さらに三人に分身する。そしてそれぞれが別々に本棚の結界を蹴ると、凄まじいスピードで跳び回りながら距離を取り、ナイフを放った。
「分身しながらそれぞれ別の動きで高速移動……本当に人間かどうか怪しくなってくるな」
分身した咲夜の目の輝きが描く紅い軌跡と、銀色の矢のようにも見える軌跡を描きながら飛来するナイフの軌道を、見極めながらかわす。
無数のナイフが体のすぐ側を通り抜け、背後へと消えゆく。それと同時にシンスは背後に気配を感じ、反転する。
時間にして、コンマ数秒の事だった。いつの間にか背後に現れた咲夜が、自らが投げたナイフのうちの一本の前に立っていた。そし自分目掛けて飛来するナイフの柄を掴むと、その勢いを殺さないように体ごと回転し、シンス目掛けて投げ返した。
「何っ……!?」
辛うじてそれに反応できたシンスは、身を翻して飛び退きそれをかわそうとする。しかし回避が間に合いきらず、ナイフは彼女の脇腹を掠めた。
「これで終わり」
静かに呟きながら、咲夜は手に持ったナイフを弄ぶようにして軽く上に投げる。緩やかに回転しながら落ちるそれを再び手に取ると、とどめとばかりに勢いよく投げた。
「いや、まだ終わらんよ」
鋭い風切り音と、銀の煌めきと共に、ナイフは一瞬でシンスの元へ迫る。シンスはそれを結界で減速させ、掴み取ろうとする。
「…………!!」
指先がナイフの柄に触れた、その瞬間の事だった。魔力反応による火花がほとばしり、右手を焼く。シンスは咄嗟にナイフから手を離して反撃に移ろうとしたが、既に視界に咲夜の姿はなかった。
上から左肩に突き刺さる、一本のナイフ。それが先程と同じように魔力反応を起こし、単純にナイフが突き刺さる以上の苦痛を与える。シンスが思わずその場に崩れ落ちて片膝をつくと同時に、咲夜が目の前に降り立った。
「どういう事だ……今投げたナイフは一本だった筈だ……!」
身動きが取れずしゃがみ込むシンスを前に、咲夜は口元にうっすらと笑みを浮かべる。
「クロースアップ・マジック。至近距離において、タネに気付かせないため、別のものに注意を向けるよう仕向ける。近距離であるほど、別のものに注意を向けさせた際にタネを視界外に仕込みやすくなる。手品の基本です」
「それだけでない……これは一体なんだというんだ……!」
苦しそうな声を上げながら、シンスは左肩に刺さったナイフを抜き取って投げ捨てる。傷口から、彼女の体を構成する魔力が赤黒い煙状の物体となって、微かに漏れ出す。魔力反応――突き刺さったナイフから流れ込んだ魔力が、傷の回復を妨げていた。
「お前からはあれほどの魔力は感じられない……お前があのような魔法を使える筈が――」
そこまで言って、シンスは言葉を失った。その答えに自ら気付いたのだ。そう――
「先程魔法使いに近付いた時か……!」
「そう。あの時です。パチュリー様は何も言わなかったので、私も戦っている最中に気付いたのですが」
咲夜はホルダーに刺さった残りの一本を取り出すと、顔の前にかざす。じっと観察した刃の部分の全体からは、パチュリーが込めた魔力が微かなオーラを張るように揺らいでいた。
「魔法使いめ……最後の最後まで小細工を……」
恨めしそうに睨むシンスの前に、切っ先が突き付けられる。
「あとはこれで止めを刺して完全に身動きを封じて、お嬢様に封印して頂こうかしら」
指先でクルリとナイフを回し、構える。静かに上げられた右手に掲げたナイフが、込められた魔力の揺らぎと共に怪しく光る。
振り下ろされた手から離れたナイフが、シンスの額に迫る。そのまま刺さろうというところで、何故か彼女の口元は笑っていた。
「えっ……!?」
咲夜が“それ”に気付いた時には、身体の自由は奪われていた。ナイフがシンスの額の前でピタリと止まると同時に、赤黒い煙がまず咲夜の手足を拘束し、それから全身を覆って締め上げた。
「これは……っ!?」
咲夜はそれを振り払うために身をよじろうとしたが、既に全身の動きは封じられており、指先一つすら動かす事も叶わなかった。
「やはり人間というのは、つくづく愚かな生き物なのだろう」
額の前で止まったナイフを手に取ると同時に、シンスはゆっくりと立ち上がる。
「私が回避に徹し、殆ど反撃をせず一方的に攻撃できた事に加え、あの魔法使いの助力、そしてそれに怯んだ私の姿。お前の心は『拍子抜け』した」
手に取ったナイフに宿ったパチュリーの魔力を、指先から吸収する。そして咲夜の真似をするようにそれを弄びながら、咲夜のもとへ歩み寄る。
「そこでお前は思った。思ってしまった。『思ったよりは大した事はない』『私なら倒せる』、と」
そう言って、ナイフの切っ先を咲夜に向ける。
「争い事となると自然と好戦的になる性分のようだが、それが仇となったな」
ギラリと煌めく刃越しに見せる、妖しい笑み。それと共に、体表から揺らぐ魔力が少しずつ大きくなっていく。見せつけられるような絶望。それを前にして、咲夜は言葉を失っていた。
「そう怯えるな。何も取って喰う訳ではないのだから」
顔を強ばらせる咲夜に、シンスは諭すように語りかけ、引きつる頬を指先で優しく撫でる。しかし妖しい笑みを浮かべたままの表情が、逆にその所作の不気味さを引き立てていた。
「私は生きた人間の心を糧とするのだ。死ぬような真似はしないさ。ただ――」
指先が、頬から額へとスライドする。
「覚醒している状態では心を操るのが少し面倒だから、少し眠ってもらうとしよう。さぁ、怠惰に身を委ねるのだ――」
誘うようなシンスの声に、咲夜の視界は急激に霞む。意識が溶け出していくような感覚と共に瞼が重くなると、咲夜は眠るように気を失った。
「能力といい、境遇といい、実に興味深い人間だ。その心から取り出せる魔力も、さぞ上質で濃厚なのだろう」
煙を操り、咲夜を床に横たえる。そして動かない咲夜をジトリとした目つきで見下ろし、その側に持っていたナイフを置く。
「先程の魔法使いは逃したが、いずれにせよ後で糧は取り出させてもらおう。まずはこちらの上物から、いただくとしようか」
咲夜の胸元に手をかざすシンス。しばらくして、咲夜の体から霧状の何かがうっすらと現れ、少しずつシンスの指先へと集まっていく。
「隙ありーっ!」
「覚悟ーっ!」
「悪魔死すべしっ! 慈悲はなーいっ!」
つんざくような甲高い声に、シンスは思わず動作を中断して耳を塞ぐ。顔を上げると、複数の妖精メイドが咲夜と同じナイフを手に飛びかかって来ていた。
「何だ貴様らは……」
耳を塞いでいた両手を前にかざし、結界を張る。楽しみを邪魔された事に対する怒りが、結界をより強固なものにし、妖精メイド達を阻む。
「妖精ごときが束になったところで私は倒せんぞ」
強力な結界の反発力によって、妖精メイド達の突進を押し返す。
「今でしょ!」
目の前の妖精メイド達の後方から聞こえる、甲高い声。いつの間にか足元に滑り込んだ別の妖精メイド達が咲夜の体を抱え上げると、素早く部屋の外へと運んでいった。
「なっ……!? 貴様ら……小癪なマネを!!」
力任せに両腕を振るい、結界の圧力で妖精メイド達を弾き飛ばす。シンスはさらなる攻撃を警戒して身構えたが、妖精メイド達は反撃に転じる事もなくシンスに背を向けると、そのまま部屋の外へ逃げ出していった。
シンスはその場に佇んだまま、図書館の出入り口を睨んでいた。先程感じた、“館の上の方にいる魔力の塊”――それがすぐそこに移動してきたのを彼女は感じ取っていた。
「やっぱり、人間じゃダメだったか」
呟く、少女の声。同時にシンスの目はその声の主に向けられる。
随所に赤いラインリボンと白のフリルがあしらわれた、薄淡紅の服。同様の生地と装飾でできた、空気を含んだかのようにフワリとしたナイトキャップ。色素の薄い肌はまるで白磁のように、生気が感じられないとも言えるほど白く。肌と同様に色素の薄い髪は、緩やかなウェーブに微かに青みがかかっており、白とも銀とも言えるような、何とも言い表しがたい色をしている。そして、 血のようなワインレッドの瞳が、一切のぶれを見せる事なくシンスを見据えていた。
「咲夜は優秀なメイドだから何とかしてくれるんじゃないかと思ったけど……」
館の主――レミリア・スカーレットは腕を組んだまま、少々うんざりした様子で図書館の中に入る。
「……ほう」
シンスの眉が、意外そうな表情と共にピクリと動く。先程からずっと感じていた、魔力の塊――彼女はさぞ強力な魔族が姿を現すのだろうと想像していたらしく、それに反する風貌だった事に、驚きと興味を隠せずにいた。
「魔力の塊のような存在感の正体が、まさか十代前半の少女のような姿とはな……実に面白い」
「優秀だからって、買い被りすぎたのかな」
「まあ、あのメイドは人間でありながら私とある程度渡り合えたという意味では十分すぎるほど優秀だとは思うが……それよりどうだ? 私と手を組まないか? 同じ魔族同士、その強大な力を以て、この世界を、住人を、我々の掌の上で弄んでみようではないか」
「にしても、事故とはいえ、パチェも厄介なものを呼び出したものね」
シンスの言葉に返答せず、耳を傾ける様子もなく独白を続けるレミリア。自分をまるで無視するかのようなその態度に、シンスは不快さを露わにした。
「先程からこちらの問いに対して話が噛み合っていないのだが、耳が遠いのか?」
皮肉っぽく投げかけるシンス。レミリアは目を閉じてため息をつくと、その紅い眼でシンスを睨みつけた。
「あなたと話す舌などないわ」
冷淡に吐き捨て、図書館の中へと歩み入る。
「それは残念だ。交渉する能があると思っていたのだがな」
「人の家で好き勝手暴れた挙げ句、私の友人と使用人をあんな目に会わせてただで済むと思ってるのかしら」
「あんな目……? いやいや待ってくれ。二人とも向こうから攻撃を仕掛けてんだが。私は正当防衛をしたまでだぞ? あんな目に合わせるつもりはなかったんだ」
大仰に両手をあげて、シンスは肩をすくめる。その表情にはレミリアに対する挑発の意趣が含まれていた。
「話す舌などないと言った筈よ」
組んでいた腕をほどくと同時に、レミリアの周囲に何かが漂い始める。霧――濃厚な魔力が、紅い霧となって彼女の体から滲み出る。
「この世界を、住人を、掌の上で弄ぶ? 愚かね。私の掌の上で弄ばれる運命とも知らずに」
おもむろに背中から広がる、一対の翼。蝙蝠のような形の紅い翼膜が、バサリと重い風音を立てながら羽ばたく。
「やはりこうなるか……ともすれば、正当防衛をせねばな」
聞く耳を持たないレミリアの態度に、シンスは落胆した様子で両手を下ろす。しかし体表からは魔力の赤黒い煙が漂っており、言葉とは裏腹に既に臨戦態勢を取っていた。
レミリアの体が、僅かに浮き上がる。翼が空気を含むようにしなった次の瞬間、風切り音と共にその姿を眩ませた。
残像すらも追うことが困難な程の速度で、レミリアが肉迫する。広げられたその両手には、圧縮された魔力が込められていた。
魔力が形を成し、指先に纏われる紅い鉤爪。振るわれたそれが甲高い音で風を切り、十本の紅い軌跡がシンスを捉えようと襲い掛かる。
「一切の無駄がない動きだな。まさに殺すための動きと言ったところか」
嘲るように身を翻し、シンスはそれをかわす。左右非対称の背中の翼で大きく飛び退きながら同時に両手を前にかざすと、無数の赤黒い火炎弾をばらまいた。
火炎弾を前にして、レミリアは避けようとする素振りすら見せず、ゆっくりと両腕を顔の前で交差するように持ち上げる。防御の構えとしてはあまりに不十分なその動きに、シンスは訝しんだ目つきで次の手を観察した。
「無駄弾だらけね」
勢いよく振り下ろされる両腕。それが強力な結界を形成し、いとも簡単に火炎弾をかき消すと、今度は素早く両腕を振り上げた。
「おお……っ!?」
突如としてシンス目掛けて走った、十本の紅い軌 跡。彼女はそれを辛うじて認識し、すんでのところで結界を形成する。
耳障りな衝突音が、多重奏の如く鳴り響く。レミリアの指先から切り離された紅い鉤爪が結界に突き刺さり、火花を散らしながら徐々に勢いを失っていく。
「素晴らしく本気だな……」
結界を解除すると同時に、鉤爪が四方八方に飛び散って消失する。
「では、私も全力を以てそれに応えよう」
広げられた両腕に、赤黒い魔力の煙が集まる。邪魔が入ったとはいえ、結果的にパチュリーと咲夜から十分な“糧”を取り出す事に、シンスは成功していたのだ。
レミリアに向けかざされる両腕。魔力の煙が掌に収束し、炎の弾となって飛び出す。
赤黒い煙の軌跡を尾に引きながら、炎の弾が高速でレミリアに迫る。防ぐ暇もなく着弾したそれが炸裂すると、辺り一面は赤黒い爆炎に包まれた。
「上、か」
シンスの視界に、巻き上げられた煙の柱が映る。見上げたその頂点に、レミリアの姿はあった。
「これで全力、ねぇ。殺意も殺気もあったもんじゃないわね」
シンスの攻撃を無傷でかわし、本棚と同じ程の高さまで飛び上がったレミリア。侮蔑の目でシンスを見下しながら右手を前に突き出すと、そこから無数の紅い光条を放った。
放射状に飛び出した光条が湾曲し、シンスの視界を覆うように飛来する。
「数が多くとも、一発一発はごく軽い」
紅い光条の雨を前に、シンスは動じる事なく結界を展開してそれを防ぐ。そして体を僅かに沈めると、そこからどの方向にも飛べるよう構えた。
「つまりこれは牽制。本命は――」
降り注ぐ光条の中に紛れ、凄まじい速度で飛来する紅い光球。それを見越していたシンスは、余裕をもってそこから飛び退いた。
叩き付けられた光球が、一瞬の激しい光を伴って炸裂する。そして――破裂音と共に多数の小さな球をばら撒く。
「子弾だと……面妖な手を!」
僅かに反応が遅れたものの、何とかそれを防ぐシンス。その視界の上方から、紅い影が飛び込む。
振り下ろされたそれが、紅い霧と閃光で軌跡を描く。次いでそれを防ぐシンスの結界と衝突する音が、図書館中に響き渡った。
衝突音が、二度三度と響き渡る。レミリアは手に携えたそれ――魔力により生成された紅い槍を軽々と振り回しながら、容赦のない連撃を繰り出す。
「槍、か。小柄な身体に似つかわしくないものを扱うものだな」
掌に張った結界で穂先を受け止めながら、シンスは余裕を見せつけるようにレミリアに笑いかける。レミリアは無言で一瞥をくれると、ほぼ瞬間移動に近い速度で飛び退いた。
「私も何か得物を出そうか」
そう言って突き出された両手の間に、一本の柄が現れる。そしてその両端から噴き出す赤黒い煙が次第に収束すると、二つの刀身が姿を現した。
「今度はこちらから行かせてもらおう」
穂先を向けるレミリアを見据えたまま、生成した両剣を構える。非対称の翼を広げ、勢い良く飛び出して一気に間合いを詰める。
舞い踊るように、体ごと回転しながら、流れるような連撃を次々と見舞う。対するレミリアは槍でそれを受け流し、反撃の機会を伺う。
「隙がないように見せかけて、無駄の多い動き――」
継ぎ目のないように見えるその連撃。そこにある一瞬の隙を、レミリアは見逃さなかった。
「殺る気ないわね」
両剣を弾き返し、シンスの連撃を強制的に中断させる。よろけるシンスを前に、レミリアは間髪入れずに鋭い突きを繰り出した。
「フフッ」
突き出された穂先は、シンスの体を捉える事なく空振りに終わる。そこにいたシンスの代わりに目前に現れた赤黒い煙が、レミリアの視界を覆うように広がる。槍でそれを振り払うと、十数歩先に両剣を構えるシンスの姿があった。
「まぁ、殺してしまったら糧が取り出せないからな。致命傷にならない程度に力を抑え……と、私と話す舌は持たないんだったな」
両剣を後ろ手に引いて、ゆっくりと息を吸う。直後、素早く身を翻して一回転すると、そのままの勢いで両剣を投げた。
高速で回転する両剣が、鈍い風音を撒き散らしながらレミリアの目前に迫る。
「ふん」
片手で張られた結界に両剣が衝突し、激しい魔力の火花が迸る。その眩しい視界に、シンスは紛れていた。
「隙あり、だ」
生成したもう一本の両剣を手に、頭上から斬りかかる。
一合、二合、三合。走る魔力の火花と共に、レミリアは全ての攻撃を槍で受け止める。四合、渾身の斬撃を食い止めると、鍔迫り合いの格好で二人の動きは止まった。
「どうした? 受けるごとに一歩下がっているようだが?」
ニヤリと笑って見せながら、シンスは両剣を圧し込む。しかしレミリアは全く表情を変える事なく、威圧するシンスを鼻で笑っていた。
「やっぱり愚かね」
呆れた様子で、吐き捨てる。
「既に私の掌の上で弄ばれ始めている事にも気付かないなんて」
「何……?」
一瞬の出来事だった。今まさにシンスの目の前で鍔迫り合いをしていた筈のレミリアの姿が、おびただしい数の紅い蝙蝠と化し、飛び散った。
「くっ……!?」
極めて耳障りな羽音と鳴き声と共に、視界を塞ぎながら飛び去る蝙蝠。シンスは苛立ちながらそれを払いのける。
「……そこか!」
突如上方に感じた殺気に、シンスは頭上を見上げる。次々と視界に迫る紅い槍たちを認識した瞬間、飛び退いてそれをかわし、一旦距離を取る。
「図に乗るなよ!」
レミリアと同じ高度まで飛び上がり、超高速の火炎弾を連続で放つシンス。しかしレミリアは本棚を壁代わりにするように蹴って飛び、変則的な機動でその全てをかわした。
「ちょこまかと……これならどうだ!」
苛立ちを抑えながら、瞬時に圧縮した魔力を放つ。魔力は多数の小さな火炎弾となって拡散すると、高速で動き回るレミリアを捉えようと飛んだ。
それに対するレミリアの動きに、シンスは思わず面食らった。何を思ったのか、レミリアはその弾幕に突っ込むようにして、シンスに接近しようとしたのだ。
「あえてこちらの攻撃に飛び込みながら自ら距離を詰めるか……ならば!」
弾幕を結界でかき消しながら、レミリアが肉迫する。それに応じるように、シンスも全速力で飛び込み、両剣を振り抜く。
「ぐっ、は……!!」
両者が衝突しようという、その寸前の事だった。短いうめきと共に、シンスの体が水平に吹き飛ばされ、本棚に叩き付けられた。衝突する寸前にレミリアが不意打ちで放った一発の弾が、シンスの腹部にめり込んだのだ。
「貴……様ァ……!」
本棚に張られた結界によるダメージを受けつつも、シンスは未だ健在だった。乱暴に弾みをつけ、全身から魔力を放出しながら、追撃しようと接近するレミリアに真正面から向かう。
再び両剣を振り抜きながら、凄まじい速度で飛び込む。先程の攻撃を警戒し、持てる魔力の殆どを使用して、結界を張ったままで強引に懐へと入り込む。
「捕まえたぞ……!」
振り下ろした両剣から放たれた、赤黒い煙。煙がレミリアの体を覆い、一切の動きを封じると、シンスは左手をその喉元へと伸ばした。
「さぁ、大人しくなってもらおうか――」
身動きの取れないレミリアの首に、シンスの指先がかかる。その瞬間、絶望的状況に置かれている筈のレミリアの口角が不気味につり上がった。
それを認識した次の瞬間の事だった。指先にあった筈の触覚が消え、手が空を掴むと同時に、シンスの視界を再び蝙蝠たちが覆った。
「何だと……!?」
シンスは一瞬のうちに混乱した。魔力の煙によって、一切の自由を奪った筈。なのに何故? と、考えを巡らせる。
しかしそれすらも、もはや無駄な事だった。レミリア・スカーレットという魔族が、彼女にどうにか出来る存在ではないということに気付くのには、既に遅すぎた。全ては、遅きに失していたのだ。
「!!」
突如としてシンスを襲う、背中から腹部までを抉るような感覚。次いで、自分の腹を突き破る紅い槍が視界に入る。
「あなたには串刺しが似合いよ」
背後から耳元で囁かれる声と共に、引き抜かれる槍。同時に、シンスの手から両剣がこぼれ落ち、霧散して跡形もなく消える。
「かっ……は……」
声にならない声を漏らしながら、ゆっくりと力なく落下していくシンス。床に膝をつき、今し方腹部に開けられた風穴を両手で押さえる。彼女の体を構成する魔力が、赤黒い煙状の物質となり、流体のようにとめどなくそこから流れ出る。
「あ……ああ……」
必死で傷口を塞ごうとするも、魔力は彼女の意志など関係なく、栓の壊れた酒樽のように流れ出続ける。その様子を観察しながら、レミリアがそこに降り立った。
「無様ね」
侮蔑を込めた目でシンスを見下しながら、冷淡な笑みを浮かべる。その恐ろしく冷酷な表情に、シンスは立ち上がる事も出来ないまま慌てて後ずさる。
「ま、待ってくれ! もういいだろう! 見ての通り私にはもう抵抗する力はない! これ以上は互いにとって意味がない!」
若干の怯えが見え隠れする震え声で、槍をしまう様子もないまま歩み寄るレミリアを制止しようとするシンス。しかしレミリアは説得に全く反応を見せず、ジリジリと近付く。
「な? わかるだろう? 同じ魔族じゃないか!」
その言葉に、レミリアは足を止め、呆れたように鼻で笑う。
「そんな情けない姿を晒して、“同じ魔族”? 片腹痛いわね」
再び歩み寄りながら槍を構え直すレミリア。その穂先の紅い煌めきに、シンスの表情がさらに強張る。
「なぜだ!? 私が何をしたというのだ!? 私はそこまでの罪を犯したつもりはない! 何故そこまでしようと……」
理不尽かつ無慈悲な、レミリアの行動。いくら魔族であるとはいえ、吸血鬼であるとはいえ、ここまでする必要があるのかと、シンスはその理由がわからなかった。
「あなたの罪は、たった一つのシンプルなものよ」
しゃがみ、シンスの顔を覗き込む。
「あなたは私を怒らせた」
ただそれだけ言って、立ち上がる。そして茫然としたまま座り込むシンスを再び冷たい視線で見下ろすと、槍を構え直した。
「わ、わかった! 罪を償おう! 使用人でもいい、何でもする! だから……」
その言葉に、再びレミリアの動きが止まる。相変わらず槍をしまう素振りは見せなかったものの、ひとまずとどめを刺される事は免れた。
「使用人、ねぇ。パチェがここの本を整理するのに人手が欲しいって言ってたから、それも悪くないわね」
これで助かる、そうシンスは心の中で呟き、安堵する。しかし、次に出てきた言葉で彼女の表情は再び曇り始めた。
「でも、あなたみたいな強い魔力と特殊な能力を持った悪魔じゃ手に余るのよね」
「そ、そんな……」
「じゃあどうすればいいか、一つ思いついたわ」
悪魔らしさの欠片もない怯えた目で見つめるシンスに、レミリアは淡々と続ける。
「あなた、見たところ魔力そのもので構成された存在みたいだから、その中心となる魂と魔力を“分割”して力の弱い複数の悪魔として“再構成”すれば、適任なのがまとめて確保できそうね」
シンスの顔が、みるみるうちに青ざめていく。彼女がその発言の意味を理解するのに、一秒も必要なかった。
「おい、待て……待ってくれ……!」
傷口も気にせず慌てふためくシンスをよそに、レミリアの指先から放たれた紅い霧がシンスの両手首を拘束する。
「やめろ……やめてくれ……頼む……!」
シンスの懇願も空しく、その体は空中に持ち上げられ、磔刑のような格好で固定される。
「嫌だ……死にたくない……助けてくれ……」
力無い声で命乞いをするシンスの姿を眺め、レミリアはクスクスと笑いを零す。
「死にたくないってあなた、そもそも生物じゃないじゃない。それに勘違いしてるようだけど“生まれ変わる”だけよ? さっき自分で使用人でも何でもするって言っておいて、私の眷属になるのは嫌なんて理屈が通る訳ないじゃない。それとも、生まれ変わらずまた封印されたいのかしら」
つらつらとまくし立てるように言いながら、レミリアは開いていた左手にもう一本の槍を生成する。
「頼むから……やめてくれ……」
響き渡る、澄んだ金属音。二本の槍の穂先がすり合わされ、散る紅い火花。楽しげな笑みを浮かべながら槍を構えるレミリアの姿は、目の前で磔にされているシンスよりも、よほど“悪魔”であった。
「さぁ、解体ショーの始まりよ――」
~~~~
パチュリーが目を覚ましたのは、気を失ってから六時間ほど経ってからの事であった。湖の周辺は既に薄明るくなり始めており、紅魔館もまた、霧雲の合間から洩れ差す朝日で薄明るく照らされていた。
「……ん」
カーテンの隙間から部屋に差し込む光に、パチュリーは顔をしかめる。
「あ」
「起きた……起きたよ!」
「よかった~」
視界の端々を囲う妖精メイドたちが、顔を覗き込む。そうしてパチュリーの意識が戻ったことを確認すると、不安げな表情が一気に安堵の表情へと変わった。
「パチュリーさまー! お体は大丈夫ですか?」
「うん……喉と胸がちょっと痛いけど……まぁ、特に問題はないかな」
心配そうに様子をうかがう妖精メイドに、パチュリーは上半身を起こして頷いてみせる。
「あ、ちょっと咲夜さま呼んできますねー!」
妖精メイドの一人が、思い出したようにドアへと飛んでいく。ノブに手をかけようとしたところで、不意にドアが開くと、そこには咲夜の姿があった。
「あ、パチュリー様。気が付かれたんですね。よかった……」
パチュリーが既に起きていると思っていなかったらしく、咲夜は驚き気味に声をかけながらワゴンを押して部屋へと入る。そしてワゴンをベッドの傍につけると、積まれていたティーポットを手に取った。
「丁度良かったみたいですね」
ニコリと笑って見せながら、カップにそれを注ぐ。カップから昇る湯気とともに、香辛料を思わせるようなほのかな香りが漂う。
「それは……?」
「ジンジャーティーです。咳や喉の痛みを和らげる効能があります。どうぞ」
「あ、ありがと」
あまりのタイミングの良さに面食らいつつつも、パチュリーはワゴンに置かれたカップを手に取り、まずはその香りと湯気をゆっくりと吸う。それだけで少し楽になったのか、安心したようなため息をもらすと、静かに一口飲んだ。
「ふぅ……まさか生姜もあるなんて、これも門番かしら?」
「はい」
「あいつ、門番の仕事は居眠りするくせに、庭師の仕事は一丁前にこなすのね」
「まぁ、門番という受動的な仕事より庭師のように能動的に体を動かす仕事の方が好きなのか、あるいは向いているのか、そういう事なんでしょう」
小声の皮肉に、咲夜も皮肉っぽく言葉を合わせる。
「ところでお体の調子はどうですか?」
「ちょっとだけ喉と胸が痛かったんだけど、これのおかげでラクになったわ。ありがと」
「いえいえ、大事がなくて何よりです」
謙虚に頭を下げる咲夜を尻目に、ジンジャーティーを口にするパチュリー。ゆっくりと深呼吸をしながら味わうと、やがて空になったカップをソーサーに戻した。
「にしても、丁度いいタイミングで丁度いいものを持ってきたものね。さすがメイド長といったところかしら」
賞賛するパチュリーに、咲夜はかぶりを振る。
「あ、いえ、これは全てお嬢様のご指示なんですよ」
予想外の返答に、パチュリーは目をパチクリとさせる。
「『そろそろ目を覚ますだろうし、体調も万全じゃないだろうからジンジャーティーでも淹れて持って行きなさい』、と」
「へー……さすがレミィ……」
驚きを隠せずに目を見開いて、パチュリーは咲夜を見つめる。その後ろに見えるドアが、静かに開いた。
「やっぱり起きたわね」
パチュリーにとって最も付き合いの長い、聞き慣れた声。レミリアがそこに立っていた。
「あ、レミィ……」
パチュリーはそこで口をパクつかせると、ばつが悪そうに黙り込んだ。図書館でのあの出来事――シンスという、恐ろしく厄介な悪魔を呼び覚ましてしまった事を咎められるのだろうと思い、何も言えなくなってしまった。
「何急にしょんぼりしてるのよ」
ベッドに歩み寄り、レミリアは不思議そうにパチュリーの顔を覗き込む。
「あ、いや、その……変なの喚び出しちゃってごめん、って……」
しおらしく小声で言うパチュリーに、レミリアは笑って返す。
「あぁ、あれ? 別にいいわよ気にしなくて。意図的に召喚したんじゃなくて、事故でしょ?」
「気にしなくていい」と言ってみせるレミリアに、パチュリーはなおも反省した様子で俯く。
「うん……でも、本当にごめん。今度からは近くに魔力に反応するマジックアイテムがないかちゃんと確認してから魔法を使うようにするわ。それかそういう類は隔離棚を用意してそこに置くから」
詫びの言葉を口にしながら、パチュリーは何かを思い出したように顔を上げる。あの悪魔と対峙した後、どうなったのか――その途中で気を失ってしまった彼女は、それが一番気になっていた。
「ところであの悪魔は……」
「ああ、人の家で好き勝手暴れた狼藉者の悪魔? 頭にきたからバッサリ捌いて魔界に葬ってやったわよ」
あの悪魔――シンスの姿がないか、部屋を見渡すパチュリー。それに対しレミリアは、さも当然のようにそう答える。
「バッサリ捌いてって……三枚おろしにでもしたの?」
「七枚おろしくらいにしといてやったわ」
「はは……」
苦笑しながら冗談混じりに聞き返すパチュリーに、レミリアは腕を組み、少しだけ得意げに口角を上げる。
「……と、あんたにいい知らせがあったんだったわ。入って」
閑話休題、とばかりに手を叩くと、ポカンとして見つめるパチュリーをよそに、レミリアは部屋の外に居るらしい誰かに声をかけた。
「失礼します」
扉越しの一声のあと、ガチャリとドアが開く。部屋の中に入ってきたのは、見慣れない人物たちだった。
一人は、襟足あたりで切り揃えたセミショートの、快活そうな雰囲気の少女。
一人は、背中あたりまでのロングヘアーの、落ち着いた雰囲気の少女。
一人は、セミロングの髪をツインテールにした、小うるさそうな雰囲気の少女。
一人は、もみあげを伸ばしたショートヘアーの、気怠そうな雰囲気の少女。
一人は、おかっぱのようなボブカットの、暗そうな雰囲気の少女。
一人は、ポニーテールに眼鏡をかけた、生真面目そうな雰囲気の少女。
一人は、長い髪をツーサイドアップにまとめた、小生意気そうな少女。
それら七人の少女たちが、ベッドの前に整然と並ぶ。
「え……どちら様?」
パチュリーはポカンとしたまま、少女たちをぼんやり眺めていた。それぞれ髪型も雰囲気も異なってはいたが、紅い瞳と髪、そして頭と背中にそれぞれ生えた一対の蝙蝠の翼は全く同じだった。そして、着揃えられた白のシャツに黒のベストとスカート、赤いネクタイと、服装までもが同じだった。
「その翼……いや、というか何その司書みたいな格好……」
そこまで言った所で、パチュリーはそれらが意味する事に気付いたのか、レミリアの方を見た。
「そう、その司書よ。今日から図書館の管理をしてもらう事にしたのよ」
「宜しくお願いします」
当然の事のように言うレミリアと、揃って一礼する七人に、パチュリーは当惑した様子で目を泳がせる。
「え、悪魔……よね?」
「見ての通りそうよ」
「ちょ、待って、まさか召喚したの?」
つい先ほどあったあの“事故”を思い出し、表情が曇る。目の前の悪魔たちの素性が分からなかったが故に、「シンスのような厄介な悪魔なのでは」という考えが、無意識によぎってしまったのだ。
「いえいえ、私達はこの辺りで迷っていたところこの館に辿り着いて、レミリアお嬢様にここで雇っていただける事になったんですよ」
焦り気味に聞き返すパチュリーに、レミリアより先にセミショートの悪魔が口を開く。
「パチェが手足りないらしいって咲夜から聞いてたから、丁度良いと思ってね。妖精と違ってほとんどのマジックアイテムに問題なく触れるだろうし、仕事できそうだし」
「仕事さえこなせば後は一切自由、住むところも食事も保証するとの事なんで、私達にとっても非常に良かったんです」
「は、はぁ……」
ニッコリと微笑みながら言う、ロングヘアーの小悪魔。それらのいやに素直な態度に、パチュリーは不審さを覚えていた。
「あんたが訝しむような要素はないわよ」
不安げな様子で悪魔達を見つめるパチュリーの心情を感じ取ったのか、レミリアは諭すような口調で言う。それでも不審さを拭い切れなかったパチュリーは、思い切って疑問をぶつける事にした。
「……にしても、悪魔なのにいやに素直ね」
「まぁ、悪魔というより小悪魔だからね。力の弱さ的に」
「待遇ももちろんそうですが……何よりも私達はお嬢様の強大な“魔力”と“魅力”に同じ魔族として惚れ込んだのが、ここでお世話になろうと思った何よりもの理由なんですよー!」
「そ、そう……」
そう言って目を輝かせる、眼鏡の小悪魔。パチュリーは返答に困りながらもその様子を観察したが、確かにレミリアの言う通り、彼女たちからはシンスのような体から滲み出るほどの強大な魔力は感じられなかった。
(確かに悪魔としての等級は低そうだけど……だとしても、野良の悪魔なんて大丈夫なのかしら……というかよくレミィも雇ったわね……)
「まぁとにかくそういう事らしいから、心配ないでしょう。仮に何か変な事したら私が裁きを下すわ。あの悪魔のように、ね」
「そ、そんなぁ。私達は変な事なんてしませんよー!」
思索を巡らせながら小悪魔たちと自分を交互に見るパチュリーに、レミリアは溜め息混じりに再度諭す。小悪魔たちがその言葉に頷く様子に納得したのか、パチュリーもまた、無言で頷いていた。
「うん、まぁ……確かに無害そうね。にしても、ホントあなたの元には色んな人や物が集まってくるのね」
「まぁね」
「ところでレミィ、さっきから気になってたんだけどこんな日が入る部屋にいて大丈夫なの?」
ふと、窓の方を気にしつつ、レミリアを見やる。いくら早朝で、なおかつ霧で遮られているとはいえ、吸血鬼であるレミリアにとって日光が差し込むこの部屋に立ち入るのは危険な筈だった。しかし、当のレミリアは「大丈夫」と言いたげにかぶりを振っていた。
「問題ないわ、ほら」
至極当然の事のように言って、足元を指差す。見れば、器用にも部屋の中に日が差し込まない場所を選んで立っていた。
「あぁ……なるほどね。でも器用というか面倒というか、そんな事しなくても……」
「もちろん、鬱陶しいから後で“覆う”わよ?」
指先から紅い霧を漂わせながら、これまた至極当然の事のように笑って見せる。“覆う”――普通であれば想像すらも出来ない事であったが、レミリアにはそれができるという事を知っていたパチュリーは、何も言わずにその霧を見つめていた。
「あー、それにしても暑いわね。日光はもちろん、霧のせいもあってかなんだか蒸し暑い。あとで家全体に氷の魔法でもかけて冷やして、それから風の魔法で空気を入れ換えて、この湿気を飛ばしておいてくれるかしら」
手で首元を扇ぎながら、少々わざとらしく暑そうにして見せるレミリア。その口から出たお嬢様らしいワガママに、パチュリーは呆れかえった様子で溜め息を漏らす。
「病み上がりに無茶言うわね……」
「別にあとででいいわよ、あとでで。それより先に図書館の整理でしょ? そのために雇ったんだから」
「まぁ確かに蒸い暑いから、片付けつつ何とかしとくわ。高温多湿は本にも良くないし、私も暑いの嫌だし」
レミリアと同様に手で首元を扇ぎ、ベッドから足を下ろすパチュリー。起き上がった時に枕元に落ちたナイトキャップを手に取って被り直すと、小さく溜め息をつく。
「嫌って、あんた私と同じでほとんど汗かかないんだからいいじゃない」
「よくないのよ。汗かかないから体の熱が外に逃げていかなくて嫌なの。レミィはそれが体調に響く事はほとんどないんだろうけど」
「確かにそうだけど、私だって暑い事には変わりないわ」
「私はそれが体調に響くの」
「ヒトの体ってめんどくさいのね」
両手を組んで背伸びをし、まだ若干の重さが残る体を慣らすようにしながら立ち上がる。伸びきった後溜め息とともに脱力すると、小悪魔たちの顔を見渡し、自分の元に集まるよう合図をした。
「お嬢様、パチュリー様」
暑さにうだる二人を気にかけた咲夜が、ふと呼び止める。「少々お待ちを」という言葉と共に一瞬姿を消すと、何かを手に持って再び現れた。
「こちらを」
二人の手に、それが渡される。
「扇子?」
「こんなものまで……」
不思議そうな目で見ながらも、首元をそれであおぐ二人。扇が生み出す幽かながらも涼しげな風に、二人の暑さに対する溜飲は少し下がったようだった。
「物置にあったのを思い出しまして持ってきました。門番の私物だそうです」
「ほんとなんでもあるのね……もう門番じゃなくて
物置で倉庫番でもいいんじゃないかしらね」
「門番兼庭師兼倉庫番……ですか。いくら体力自慢の妖怪とはいえ、そこまでいくといささか荷が重すぎる気が……と、パチュリー様のお体も問題なさそうですし、私は掃除がまだ残っているので、そろそろ失礼致します。あなたたちも来て」
思い出したように言って、咲夜は妖精メイドを引き連れて速やかに部屋を出ていく。
「じゃ、早速だけど図書館の整理を手伝ってもらおうかしら」
部屋を後にする咲夜を見届けた後、ピシャリと扇子を閉じるパチュリー。扇子で促すようにして、小悪魔たちに付いて来るよう指示する。
「はい、ドーンと任せて下さい!」
「言っておくけど、あなたたちが想像してる以上に広いからね」
「大丈夫です! 私達小悪魔七人が集まれば七人力です!」
「七人力ってそれ凄いのか凄くないのか……そもそも何換算で七人力なのかわからないからピンとこないわ……」
「とにかく、パチュリー様のお手を煩わす暇もなく片づけ終えて見せますよ!」
いまいち信頼しきれない様子のパチュリーに、セミショートの小悪魔は無邪気に言いながら胸を叩く。パチュリーはそれを話半分に相槌を打つと、彼女たちを引き連れて部屋を出て行った。
静まり返った部屋の中、レミリアは無言で佇む。窓から差し込み床へと広がり、足先近くまで伸びた日の光をぼんやり見つめると、一人皮肉っぽく笑みをこぼした。
「どう? 私の眷属になった気分は? “あんた”から生まれた“あんたたち”、まんざらでもなさそうよ。なあんて言ったところで、聞いてるかどうか知らないけど――」
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紅魔館の一室、大図書館。膨大な量の本が収められた壁のように大きな本棚が無数に並ぶ空間。その中のどこかに存在する、七冊の魔導書。一つ一つは元から大図書館に存在していた、初級魔法についての記述がなされた何の変哲もないただの魔導書だった。しかしその本の中には、封印の魔法陣が、新たに、そして通常ではわからない場所に隠すように密かに刻まれていた。
そこには、大図書館の住人であるパチュリー・ノーレッジが事故で誤って召喚してしまった悪魔――“罪深き魔導書の悪魔”、シンス・ペウスグルの存在を構成する魔力がそれぞれに分割され封じ込められていた。
しかしパチュリーは、それを知らなかった。彼女のもとで本の管理を担う司書として働く事となった七人の小悪魔もまた、それを知らなかった。何故ならその“仕掛け”は、彼女たちが施したものではなかったからだ。
その“仕掛け”――無数の中の七冊に隠された封印についてと、七人の小悪魔の正体が、分割されたシンスの魔力から生み出された存在であるという事実は、紅魔館の主であり、それを行った張本人であるレミリア・スカーレットただ一人を除き、幻想的で知る者はいないという。
とても丁寧な文章と描写に感服しました。
小悪魔の解釈も面白い。なるほどと思わされました。
小ネタも随所に挟まれていて読んでいて飽きない。
眠れない夜に良いものを読ませていただきました。
次は美鈴とフランドールの話もお願いします(n'∀')η
読んでいただきありがとうございます。
>勘繰り
それについては気にしないで下さいw
私自身「東方○○○というタイトルとオリキャラの組み合わせは地雷の代名詞」という話を聞いた事はあったんですが、他にしっくりくるタイトルがなかったのであえてこのタイトルにしたので、そう捉えられるだろうなというのはある程度予測済みですw
>丁寧な文章と描写
ありがとうございます。ちょっと堅すぎたかな?とも思ったんですが問題なかったようで安心です。
>小悪魔の解釈
シンスと七人の小悪魔には一応元ネタが存在するのですが、正直既出感がそこはかとなくあってちょっと不安があったのはここだけの話です。
突然脳内に浮かんだ「インテルこぁi7」という単語一つからここまで話を広げたのもここだけの話です。
>小ネタ
ありがとうございます。実は上記の通りちょっと堅すぎたかな?と思ったので中和させる意味でやった事だったりしますw
もちろん私の中での妖精のイメージの具象化という意味でもあります。妖精はネタorほんわか要員的な。
>美鈴とフランの話
こちらは現在構想&執筆中の長編で見せ場を作ろうかなと考えてます。美鈴の肉弾戦は書いてて楽しそうなので。
最後にもう一度、読んでいただきありがとうございます。楽しんでいただけて何よりです。
ありがとうございます。楽しんでいただけて何よりです。
思いっきり手前味噌ですが、シンスは心や感情が存在するものなら人間や人間に近い種族でなくとも“糧”を取り出す事が一応可能なので、場所と相手によってはさらに面倒な事に発展していた事でしょうw
ありがとうございます。楽しんでいただけて何よりです。
確かにこれは感じましたねw
あとは手を見せる→「なんだと……?」→これで終わり→「貴様の○○に付け込ませて(略」 か。
前小悪魔の能力がレミリアには通じなかったのは何故なんでしょうかね? やはり悪魔としての「格」なんでしょうか。
あとは二番目の小悪魔がいいですね。(聞いてない)
読んでいただきありがとうございます。
厨二くさい云々の点については、元々「スペカルール制定前の幻想郷でのスペカなしガチバトルを厨二異能バトルっぽく書く」というコンセプトのもとで書いたフシもあるにはあるので、ある意味では思った通りです。
展開については、「人間の原罪に基づく感情を自らの魔力とする」という悪魔の能力故、人間や人間に近い種族であるほど悪魔がパワーアップしてしまってどんどん勝ち目がなくなる……ということを表すつもりでこうしたんですが、やっぱりどうしてもパチェと咲夜がかませ犬っぽくなってしまうところが悩ましいところですね。
実際の所カリスマなレミリアを書きたかったフシもあるので、半分意図的ではあるんですが。
能力がレミリアに通じなかった点については、悪魔本人が示唆している通り、「人間が一番上質な糧を取り出せるから」というのが一番大きいです。悪魔の元ネタが元ネタ故に、「原罪は人間にこそ意味がある概念」という解釈でこうなりました。
あとは「原罪を自らの魔力とするという“道理”がレミリアの圧倒的魔力という“無理”によって引っ込んだ」「そもそも糧を取り出せる人間が約二名(片方は厳密には魔法使いですが)しかいないところに現れてしまったことが運の尽き」という事による結果なので概ね仰る通り「格の違い」で正解なのですが、いずれにしても冷静に読み返すとその辺の描写不足が否めませんね。
上記二点の理由を、特に「無理を通せば道理が引っ込む」をパチェと悪魔の会話の中に盛り込もうと思ったものの「死亡フラグすぎやしないか」と思いあえてやめたんですが、やっぱり死亡フラグでもいいから言わせた方がよかったんでしょうかね……
と、長々と喋り過ぎました。すいません。
最後に、読んでいただきありがとうございました。長文返信ですいませんでした。
あ、ちなみに私も二番目の小悪魔が好きです(聞いてない)