少女、家出する
「こらッ、どこへ行くんだ!まだ話は終わっていないぞ!」
家の中に怒声が響く
ここは人里の普通のあばら屋。平凡な一家が住まう家
今この家は怒鳴り声が飛び交う修羅場と化していた
「もう聞きたくない!お父さんなんて知らない!」
怒鳴られているのは少女だった。この前14になったばかりだという
彼女の名前はめいと言った
健康に育ち、寺子屋でそこそこの学を得ている普通の少女
「お父さん、何もそこまで言わなくても…」
この騒動は、恐らく思春期や反抗期に起こる独特のものなのだろう
家族に反抗し、父にイラつく…
だが、事態をここまで荒れさせたのは、それだけじゃなかった
「私はこの家の本当の子じゃないんだ!私、知ってるんだよっ!」
「ッ……!」
「他人の私に……もう構わないでッ!」
ピシャリと扉を閉じて、夜の里を駆けていく
父が娘を止めようと上げた手が、虚しく空を掴んだ
この普通の家で起きた珍事。それはつまり、こういう結末を迎えたのだ
――
少女は泣いていた。泣きながらがむしゃらに走っていた
物にぶつかったり、躓いたりしなかったのは、日頃から遊び慣れていたからだろうか
(お父さんのバカ……)
喧嘩はほんの些細なことだった。彼女の言葉も悪かったのだろう
父の性格が頑固だったのもあるのだろう。互いに引くに引けなくなっていたのだ
(……もう、家には…戻れない……)
結果的に勢いで家出をしてしまったが、最後の捨て台詞で、本当に自分の帰る場所を失ってしまったと、彼女は実感した
後悔先に立たず、と言うがまさに今の状況のことだろう
勢いでやってしまったが、未だ冷めやらぬ怒りでその事実から目を背けている
既に人里の明かりは背後になっている。追ってくる人は、居ない
そのことが余計に彼女の怒りと悲しみを増長させた
(こうなったら、無残に野垂れ死んでやるっ)
自棄っぱちになっためいは大股で道を進んでいった
これからどこへ行くのか、そこまで考えては居なかった
とにかく怒りに任せて足を動かし続けていった
――
身体に疲れを覚えた頃、ようやくというか、とうとう彼女は少し冷静になった
最近めっきり平和になったとは言え、まだまだ妖怪の脅威は無くなっていはいないのだ
めいはブルリと身体を震わせた
それは冷えた汗のせいなのか、それとも一人ぽつんと無防備にいることの恐怖のせいなのか…
「そうだ。困ったときは博麗神社の霊夢さんに頼るといいって、先生が言ってたっけ…」
ふと、寺子屋の先生が言っていたことを思い出した
―――寺子屋の先生は、めいの父やその祖父もお世話になってきた人物……いや、正確に言うと妖怪だ
半妖半人で、長く人里で暮らしその生活を助けているという
また、里の人間が普通に接することが出来る、数少ない妖怪の一人だった
寺子屋の創設者にして自ら教鞭をとる教師だ。彼女の教えは面白く、生徒からの人気も高い
めいも先生のことが大好きだった―――
里を守り、数々の難事を解決してきた博麗霊夢
(優しい人だから、最悪一晩くらい置いてもらえるよね)
博麗霊夢の評判はすこぶる良く、最近の子供たちの合言葉は「困ったときの霊夢さん」だった
めいと霊夢は話す回数こそ多くなかったが、年齢が近いこともあって、同年代の友達同様彼女と仲が良かった
目的は定まったが、問題が一つあった
「ここ、どこ……?」
怒りに任せた結果、めいは道に迷ってしまったのだ
――
「どうしよう……」
めいは途方に暮れていた
場所も時間も分からず、ただ一人その場に佇んでいた
「えっと……どう歩いてきたんだっけ…?」
来た道を引き返そうとするも、現在地がわからない以上、引くも戻るも同じ事だと気付いた
どうするか考えていると、ポツポツと音が聞こえてきた
「雨っ!?」
雨粒が草木を叩く音だった
そして次第に雨音が強くなっていく
「ど、どこかしのげるところは…」
慌てて雨宿りの出来そうな場所を探す
だがすぐには見つかりそうもなかった
本格的に雨が降り始めた頃、ようやく大木の木の根に丁度いい窪みがあることを見つけた
「やった、これで少しはマシになる」
小さい窪みだったが、小柄な少女であるめいにとっては十分だった
窪みに入り、ようやく人心地がついた
そして今まで気にしていなかったが、今の自分の服装のみすぼらしさに気づいてしまった
(あー……あっちこっち引っ掛けたから破けてる。その上さっきので泥まみれだ……)
安心感が一気に萎えていった。今までの生活で、ここまで汚い格好をしたことはなかった
家出から三時間が立っていた
雨音が、ささくれ立っていた心を落ち着かせる
自分の生い立ち、育ての親のこと、今の事
様々な思いが、雨音とともに浮かんでは消えを繰り返していった
次第に眠気が襲ってくる
疲労していためいは眠気に逆らうことは出来ず、その内眠りに落ちていった
――
翌朝
結局、一夜を木の根で過ごしてしまっためい
明るくなったことで、少し元気を取り戻した。服が汚いのには目をつぶったが
「…私の気分とは裏腹に、天気はいいのね」
木漏れ日からわかる天気の具合。本日は快晴だった
再び移動を開始しためい
「今、どこに居るのかしら?博麗神社に向かってるの?離れて行ってるの?」
ぬかるみに苛つきながらも依然、博麗神社を目指していた
眠ったことで気力は少し回復したが、疲労は溜まり、昨夜の雨で体が冷え、オマケに空腹だった
それでも先へ進むのは、もう里には戻れないという思いと、あの父と母に会いたくないというのがあったからだった
(これは……本当に野垂れ死ぬかも…。餓死が先か、妖怪に食べられるのが先か……)
ちょっとだけ、本当にちょっとだけ、いろいろと覚悟し始めためいだった
――
(さっきから、身体が、重い……)
それもそのはず、彼女は昨夜の雨で風邪を引いてしまっていたのだ
暖かくなったとはいえ、雨ざらしで野宿というのはどんな健常者でも風邪を引いてしまうだろう
さらに疲労が極限まで達している。早く医者にかからなければ取り返しの付かないことになる
(頭がクラクラする……)
だんだん意識が朦朧となり、立っているのも困難になってきた
フラッシュをたかれた様に、視界が明滅を繰り返している
「これ…もしかして、まず…い…?」
ついにその場へへたり込んでしまった
「あっけ、ない…こんな、ことって……」
全てを諦めたその時
めいの背後で誰かの叫び声が聞こえた
それと同時に身体に鈍い衝撃を感じ、めいの意識はそこで途絶えた……
――
めいが目を覚ましたのは布団の中だった
一瞬自分の家かとも思ったが、頭がはっきりしてくるにつれ、状況の把握ができるようになっていった
(誰の、家なんだろう…
そういえば、身体の調子が良くなってる)
身体にあった異常も大分改善されていた
ほっとして、改めて部屋を観察してみる
女性の部屋だろうか?小奇麗で、落ち着いた調度品が置かれている
次に布団から起きて、窓の外を覗いてみた
薄暗い場所だった。夜なのだろうか?
しかし、仄かに明るい。光源は窓の下にあった
「わあぁ……川が光ってる…綺麗…」
淡く光る川の神秘的な光景に、めいはしばらく目を奪われた
見とれている内に、背後から声をかけられた
「あ、起きたんだ」
驚いて振り返った
そこには大きなリボンを付け、だっぷりした服を着た少女が立っていた
「あ、あ、貴女誰っ?」
「私?私は黒谷ヤマメ。あなたは?」
「……めい…です」
「ふーん、めいっていうんだ。可愛い名前だね!」
「…………」
目の前の少女、黒谷ヤマメと名乗った。聞いたことのない名前だった
少なくとも里では聞かない姓名だった
つまり、今いる場所は里ではない別の場所である、ということだった
「あの、ここは何処ですか?私、なんでここにいるんですか?」
「あーっと……その、話せば長く―――」
何故か言い淀んでいると、もう一人入ってきた
「どうしたー?様子を見るにしてはおそ……お?起きてたのか」
めいは目を見開いた。今しがた入ってきた女性にはあってはならないものがあったからだ
角。額に一本角があった
少女は震えた。寒いからではない、恐怖で震えたのだ
「お、鬼……っ!?」
「んー分かっちゃう?」
「角が自己主張してるよ。誰にも分かるようにね」
親しげに話すヤマメと名乗った少女
「あ、あなたも妖怪……!?」
「あれ?言わなかったっけ?」
徐々に後ずさりしていくめい
彼女が暮らした人里も、少なからず妖怪はいた
だがそのどれもが友好的であり、人のルールを尊重していた
命蓮寺や守矢神社が現れて、より平穏を確固たるものにしていたが、それでも潜在的な妖怪への恐怖は拭えなかった
というよりも、妖怪を身近に感じ、理解しているのであれば誰もが恐怖を抱いただろう
めいも、一般的に妖怪を恐怖しているものの一人だった
「怖がらせちゃったね」
「あたしのせい?」
怯えるめいをよそに、朗らかな会話を続けている妖怪たち
(そんな……助かったと思ったら、妖怪に捕まるなんて…)
「あー、あのね?怖がらずに聞いてもらえるかな?」
すみで震えるめいに優しく声をかけるヤマメ
声をかけられたことで、ピクンと飛び上がる
「その~、あなたがここに居ることの説明をしたいんだけど…」
遠慮がちに聞いてきた
その言葉に労りの気持ちを感じ取り、少しずつ落ち着きを取り戻していった
めいは無言でうなずいた
ようやく得られた反応に、ヤマメは心中ホッとし、経緯を説明していく
――
「それで、めいちゃん?が、何故ここにいるかというと……」
初めにあった時のように言いよどむヤマメ
「あたし、嘘は嫌いだからね」
ヤマメの背後でピシャリと言い放つ鬼
「わ、わかってるよっ」
コホンと軽く咳払いして続けた
「えーっと、倒れていた貴女を見つけて、私達が助けたの」
「正確に言うと、地底の入り口近くて倒れていたんだ」
「そう!そうなの!」
何か違和感を受けたが、嘘はいってないようだった
悪い妖怪ではないようだと判断すると、めいの態度も軟化していった
この短い間でめいが受けた印象は、彼女に安心感を与えるに十分だった
もちろん妖怪は怖い。しかし、寺子屋の先生や、度々里で興行していく人形師など、いい妖怪が居ることも知っている
眼の前に居る妖怪からは、そういった感覚を受けたのだった
「そうだったんですか。その、ありがとうございます」
素直に感謝するめい
その様子に面食らう妖怪二人。感謝には慣れていないようだった。照れくさそうにしている
「ちょっと二人共、確かに嘘は言っていないけど、言葉が足りなさすぎるわよ」
また一人、扉を開けて女性が入ってきた
彼女も妖怪なのだろうか。尖った耳に綺麗な緑眼をしている
(綺麗な瞳……)
掛け値なしにめいはそう思った
「あ、パルスィ……盗み聞き?」
「ここは私の家で、この部屋は私のなの。知ってた?」
それで十分というように、ヤマメを無視してめいに向かっていった
「私から説明するわ。いい?」
「は、はい」
パルスィと呼ばれた緑眼の少女はこれまでのことを説明していった
――――
丁度めいが絶体絶命に陥っている時、偶然その付近で彼女達は遊んでいたのだ
鬼が入っている遊びである。かなり豪快で普通ならためらうような遊びだった
その内容は、なんと砲弾投げならぬ、妖怪投げだったのだ
鬼が所持している酒を飲んでいたらしく、すっかり出来上がっていた
そのまま次々に宙を舞っては笑い、宙を舞っては酒を呑む。そんな遊びをしていた
遊びもたけなわになってきた時、事件は起こった
鬼が投げた妖怪の一人が、偶然めいに直撃したのである
慌てたのは妖怪たちだ
最近の騒動で、地底と地上の行き来がまずまず良好になってきたところなのだ
今ここで人間を死なせてしまえば、こうして地上で馬鹿騒ぎが出来なくなってしまうのである
もちろんそれだけではなかったが、急ぎ彼女を治療するために取り掛かった
地底の入り口が近かったので、橋の管理者、水橋パルスィを頼ることにした
彼女の許可を得て部屋へ運び入れ、今まで看病していたのである
ちなみに四日間意識不明だったとのこと
――――
「―――と、言うことなの」
「は、はぁ…そうだったんですか…?」
そう言ってヤマメと鬼を見る
見るからに狼狽していた
「あ、あははははは~……ごめんなさい」
「…嘘はいってないよ。……すまん」
さっきまで恐怖の対象だった二人が、今目の前でしょぼくれている
その印象のギャップに、思わず笑いをこぼしてしまう
その様子に妖怪たちは顔を見合わせ怪訝な顔をしていく
またそれが、めいの笑いを誘う
地底のとある家に、少女の笑いが奇妙にひびいた
――
ひとしきり笑った後、糸が切れたようにプッツリと動かなくなった
ヤマメが心配して声をかける
「めい、ちゃん?だいじょうぶ…?」
しばらくしてコテンと布団に倒れた
そして、
グ、ググ、グゥゥ~~~………
「………」
「………」
「四日も寝てりゃあそうなるわよね」
倒れながらも、耳まで真っ赤になっていることが感じ取れた
「すいません……」
蚊の鳴くような声で謝罪する
「気にしないで。原因は私達にあるし
待ってて、今粥を用意するわ。それまでこれ、飲んでて。胃腸の働きを良くするそうよ」
ヤマメの手を借りて、薬膳茶をすする
一口飲むと、お腹の辺りからポカポカと温まってきた
「あの、ヤマメさん、ありがとうございます。もう一人で飲めますから…」
「あ、もういいの?遠慮しなくていいのに」
最初の警戒心は何処へやら、完全に打ち解けていた
(うーん…人間っていうのはよくわからんな~)
ヤマメの傍らで酒をあおりながら、めいの態度の軟化具合に驚いていた
きっとこれが妖怪と隣り合わせで生きてきた、里の人間の性質なんだろう
良いものは受け入れ、悪いものはとことん忌避する
(強いのやら弱いのやら……妖怪よりも、不思議なもんだ)
――
少女とは思えない量を一気に平らげ、満足気に笑顔になるめい
(この量…一体何処に入ったんだ…?)
脅威の健啖家ぶりに、妖怪たちはそう思わざるをえなかった
二杯目の茶を飲み干し、顔の血色がようやく戻っていった
「そうだ。まだちゃんと自己紹介してなかったね!せっかくだから自己紹介しようよ
さっきしたけど改めて、黒谷ヤマメ。土蜘蛛よ」
ペコリと頭を下げる。それにつられてリボンが揺れた
「あたしは星熊勇儀。見ての通り鬼だよ」
既に数杯も平らげており、赤ら顔に気さくな笑みを浮かべ、鬼が挨拶した
「…………」
勇儀とヤマメがジッと見つめる
「な、なに?私もするの?
………水橋パルスィ。ちなみにここは私の家だから」
「水橋パルスィ・橋姫。年中妬んでる嫉妬妖怪なんだよねー」
「あんたは余計な一言いいすぎなのよ」
慣れた感じでヤマメの頭をはたく
この人達はいつもこうなのだろうか?めいはそう思った
最後にめいの番が回ってきた
「……めいです。この度は助けていただき、ありがとうございます!」
めいが挨拶し終わると、ヤマメは背後から桶を取り出した
そしてめいの目の前に置く
「そしてこれがキスメちゃんです。人見知りするから、私が代わりに挨拶するね」
桶の中から遠慮がちに白くちっちゃな手が見えた。それが左右に振れている
「ちなみに彼女がぶつかりました」
ついでと言わんばかりの口調でヤマメが付け加えた
見る見る突き出た手が赤くなっていき、引っ込んでいった
――
「ところでなんであんな所で倒れてたのさ」
鬼が尋ねる
「え?えーっと……」
「まあまあ、あんなとこにいたんだ。きっとなにか退っ引きならない事情があるんだよ」
「でも、普通人はあんなところまで入ってこないよ?」
仕切りにパルスィが目配せしているが、それに気づかず訪ね続ける
「えー…っと、その、家出……してきちゃいまして…」
聞きなれない単語に動きを止める妖怪一同
顔に疑問符が浮かび上がっている
「家出って、なに?」
ヤマメの質問に今度はめいが面食らった
まさかそこについて説明しなくてはならないのだろうか
「家出っていうのは、そのう…親と喧嘩して、家から出て行くって……ことです…」
後半に連れて尻すぼみしていった
「へぇー。人間って難儀なんだな」
「じゃあ、めいちゃんもそれを?いっかすー!」
勇儀とヤマメが交互に言った
「そして倒れているところに追い打ちされたのね」
パルスィの言葉に再びしょんぼりする二人
「まあ、それはいいけど、今後どうするの?家出ってことは帰りたくないんでしょう?」
パルスィの最もな質問に言葉をつまらせる
しばしの沈黙の後、絞りだすように答えた
「……わかりません…」
「……そう。どっちみち、地底に来てしまった以上、ここの管理者の指示を仰がなくちゃいけないんだけどね」
えー!?と声が上がる
「さとりさんとこに連れて行くの!?そりゃちょっと無情過ぎない、パルスィ!
まだいいじゃない。もう少し遊んでいったって……」
「あたしも同意権だけど、許可無く連れてきてしまったんだ。やっぱり規則は守ったほうがいいと思う」
「そんな、勇儀まで!」
話に付いていくことが出来ず、当事者なのにめいは蚊帳の外にいた
「ヤマメ、さとりさんはそこまで酷い方じゃないわよ。大丈夫だって」
パルスィがなだめにかかる
まだ不満そうにしていたが、このままでもいけないと理解して一応納得する
それを見て、今度はめいに向き直り、今後のことについて説明していく
「この地底を管理している地霊殿という所があるの。まずあなたはそこに行くことになるわ
そして主の古明地さとりに謁見することになるのだけど……
まず間違いなく送還されると思うわ」
「え!?」
「地底の騒動以来行き来は緩和されてきたけど、ここはまだ危険なの
だから人間は許可を得られたものだけ、地底に行くことが出来るのよ」
「……」
「悪く思わないで頂戴ね…。あなたが帰りたくないのは分かっているのだけれど、こればっかりは…」
送還…つまり家に帰されること――今のめいには何としても避けたかったことだった
助けを求めてヤマメと勇儀を見る
「ごめんね…せっかく仲良くなれると思ったのに…力になれないみたい…」
「……分かりました。……案内、お願いしてもいいですか?」
こうしてめいの案内をするべく、妖怪一同は地霊殿へ出発した
――
「あの、『さとりさん』ってどんな方なんですか?」
気になっていたことを尋ねた
ヤマメの慌てた態度に怖くなったのだ
「怖い人」
「面倒な奴」
「忙しい人」
三者三様の言葉に面食らった
「それじゃわからないです」
「古明地さとりは覚り妖怪でね、心を読むんだ。だから流れ流れてここに落ち着いた
その内、妖怪たちの心理を掌握していつの間にかここのボスに収まっちまった」
と勇儀は語った
「ここは旧地獄なんだけど、まだ稼働してるものがあってそれらの管理や、この旧都の整備などの仕事をしててね
テキパキ仕事をこなしていくんだけど、心を読むからズバリ痛いところを突かれることが多くてね…
仕事に妥協しない人だから、わたしは苦手」
とヤマメ
「心を読むんですか?」
その言葉にますます恐怖感が増していった
出来れば会いたくない。でも行かなければならない。どうしようもないことに葛藤していた
「でも悪い人じゃないわ。頭も固いし、怖い人でもあるけれど
人の心を覗いておいて、無闇にそれを攻撃するようなことは………最近はなくなったから!」
フォローになってないパルスィのフォローに、不安は募るばかりだった…
――
大通りを真っ直ぐ行くと地霊殿がある
丁度地底の中央に位置している
周囲の和風な景観とは異なって、洋風な作りになっていた
「大きくて、豪華ですね~…」
地霊殿に到着しためいは、殿を見上げてそう言った
「あたしたちが建てたんだよ」
得意そうな顔をした鬼と土蜘蛛が親指をたてる
力作だったらしく、地霊殿を見る目に誇りがあふれていた
「さあ、中へ入りましょう」
「安心しなって。これも何かの縁だ。一緒についてってやるよ」
勇儀が不安がるめいを元気づける
――
案内に声をかけ、古明地さとりのいる部屋まで通された
移動中、心臓が早鐘を打っていた。もしかしたら周りに聞こえていたかもしれない
そんな夢想をするくらいめいは緊張していたのだ
案内人が扉を開けた
よく手入れされているのか、軋む音も立てずにスムーズに開いた
部屋の中を見る。中に居たのは書類の山に埋もれた仏頂面の少女だった
少女は書類に目を通しながら、その仏頂面のまま口を開いた
「話には聞いています。人間の少女を無許可で連れ込んだそうですね、勇儀さん」
突き刺さるような冷めた口調だった
さしもの勇儀も開口一番に矛先が向くとは思っていなかったのか、わずかに動揺する
「え、ああ。ちょっと事故ってしまってやむを得ず……」
「他に方法があったんじゃあないですか?例えば……」
チラリとめいに目を向けた。が、直ぐに書類に戻す
「博麗神社の博麗霊夢を仲介して、人里の医者にかからせる、とか」
パサリと目を通していた書類を机に置いた
「まあ、そうなってしまったのはしょうがありません
落ち度はこちらにあるようですし……ね」
よくよく観察すると、目のふちにくまが見えた
「私は今、先の騒動の後始末に追われてましてね。その上完全解放とは行きませんが、
ゆくゆくは今以上に、地上との交流を活発にして行かなければなりません
地上の娯楽に飢えている、旧都の住民たちを抑えなければなりませんし……
かなり、今は、忙しいのです」
分かってくれますね?――と八つ当たりともとれる語調で彼女達に語りかける
「そこの…めい、さん、と言いましたね?」
急に名前を呼ばれ身体が跳ねた
「は、はいっ!」
「…………」
さとりがジッとめいを見つめた。さとりの周りを浮遊する目玉も揃って凝視する
実時間では一分ほどだっただろうが、めいにとっては一時間にも二時間にも感じられた
「博麗神社のもとへ行っても、結局はどうにもなりませんよ」
ポツリと呟くようにさとりが言った
意味を理解できずに聞き返す
「え…?」
「確かにあの霊夢なら一泊は泊めてもらえるでしょうけど、その後は人里へ行き、親元へ引き渡されるのがオチです
それに、今は博麗霊夢は神社に不在です。何やら問題が起こったようで、それを解決しに行ってます」
「さっきあたしに『神社に行け』って言ったじゃないか」
先ほどの言葉尻を捉えてぼやく勇儀
「なにか?」
沈黙。静寂がその場に訪れた。誰もがさとりの次の言葉を待っていた
「……よく、わかりました。期限付きで地底滞在の許可を出します」
「えっ!?」
めいも、付き添いの妖怪たちも、その場に控えていた案内人も皆一様に驚いた
「その代わり、あなたに人里代表の親善大使となってもらいます」
先ほどと同じように。いや、それ以上に全員が驚いた
「しんぜんたいし?」
ヤマメが思わず聞き返した
「先程も言ったように、この地底も地上との交流を行なっていくのです
ですが、長らく接触の無かった場所です。いきなり互いに押しかけるというのも角がたちます
そこでめいさん。あなたに親善大使を務めてもらい、事前に地底がどういうものか知ってもらう、というわけなのです」
突然の成行きで、めいの頭が真っ白になっていく
「お燐、これを彼女に」
お燐と呼ばれた案内人が、一冊のノートをめいに手渡した
固まってしまっためいの代わりにパルスィが尋ねる
「さとりさん、これは…?」
「そうですね……業務日誌、とでも言いますか。つまり、その日あったことをつぶさに記録して貰いたいのです
人の視点で。ありのままを。嘘を書いても私にはわかりますからね。ズバリと書いてもらって構いません
それと……」
机の引き出しから何かを取り出し、先ほどのように案内人に手渡すよう命じた
「許可証を渡しておきます。外出の際はその許可証を首から下げて下さい
そうそうない事とは思いますが、万一の時があるかもしれませんので
それがあれば妖怪も軽々しくあなたを襲うことは出来ないでしょう」
ひとしきり説明した後、周りを見渡して
「何か質問は?」
誰も声を上げなかった。予想してなかった答えに戸惑うどころか、思考が停止してしまったのだ
めいはみんなが語ったさとりに対する印象を思い出した。怖くて、面倒で、忙しい人
でも、優しい人だとも。そのどれもに当てはまっている。めいは人知れずそう思った。幸いさとりには感づかれなかった
――
嵐のような謁見が終わり、退出する時にさとりが声をかけてきた
「お燐。せっかくだから例の露天風呂に案内してあげて」
「露天?そんなのあったっけか?」
勇儀が疑問に思った
「最近出来たのよ。あ、それの感想も日誌に書くようにね」
覚り妖怪の不思議な好意で露天風呂に浸かることになった一同
狐につままれたような面持ちで風呂を堪能していく
肩までたっぷりと浸かりながら酒を呑む鬼。飲みながらふとした疑問を口に出す
「地底に居ることに決まったのはいいけど…。どこにすむんだ?」
あっ!と声に出したのは脱衣所に居た案内人だった
パタパタと駆けていく音が聞こえる。恐らく今のことについて聞きに行ったのだろう
「さとりさんってさ、几帳面なのに、何処か抜けてるよね」
湯の心地いい温かさにとろけながら、ヤマメが言った
「あれ、絶対反応楽しんでたよね。私達が驚くの見て、鼻がちょっと膨らんでるの見たもの」
借り受けた白タオルをお馴染みのように頭にのせたパルスィが答える
「目の下に隈ができてたし、疲れてるんだよ」
「疲れている時のリフレッシュがあれって、なかなか無いわよ」
勇儀がフォローを入れるが、パルスィによって突っ込まれる
「ところでキスメちゃんは?」
連れてきた桶妖怪、改めつるべ落としのキスメをキョロキョロと探した
一緒に入ってきたはずだった
めいも釣られて探した。隅のほうで桶が見えた
「あ、そんなところに。こっちにおいでよ、一緒に入ろう?」
ヤマメが湯から上がり桶に近寄っていく。そして桶を覗きこんだ
桶にはたっぷりのお湯が注ぎ込まれていた
「き、キスメちゃん…それで、いいの?」
ヤマメの問に答えるように、桶から湯だったように赤くなった手が出てきて、親指をグイッと突き上げた
「あ、いいんだ。プロだね、桶の……」
――
湯を堪能し、身体も緊張もほぐれた一同
そこに、先ほどの案内人が戻ってきた
「ハァ、ハァ…。あ、その。申し訳ないのですが、皆さんの宅のどれかをお貸し下さい
とのことです。支援は行いますので……」
息を切らしながらそう告げた
「やっぱり…」
「さとりさんって」
「何処か抜けてる…よね」
こうして家出少女は、なんの因果か一時的に地底で暮らすことになった
結局彼女の住処は、大使ということで勇儀、ヤマメ、パルスィ、キスメの家を周ることになった
少しでも多くの地底ぐらしの実態を把握してほしいとの考えだった。めいも快くそれに賛同した
その日の日誌にはこう書かれている
――絶体絶命のところを変な妖怪に助けてもらった。怖いと評判の、地底の主に出会ったが、とてもよくしてくれた
だけど、何処か抜けていて最後までかっこ良さが維持できてないのを見て、
ああ、この方も地底の住人なんだなぁと、ちょっぴり安心した
突然案内された露天風呂は、初めてああいうのを利用したけど、とっても気持ちよかった
地上に戻ったら、もう入れないのかな?それが今から気がかり
日誌ってこういうのでいいのかな?さとりさんはありのまま包み隠さず書けって言ってたから、きっとこれでいいんだ
今日はそのまま水橋パルスィさんのお宅にお泊りすることになった
ついでに鬼の勇儀さんやヤマメさん、キスメさんも泊まっていった
私は飲めないけども、楽しそうにお酒を飲んでいた
明日はみんなで地底を案内してくれるそうだ。楽しみで眠れそうもない――
――――
「お燐。一応博麗霊夢、八雲紫と上白沢慧音に書簡をだすわ。届けてもらえる?」
「はい。任せて下さい、さとりさま…」
手紙を受け取り、退出する。が、戻ってきた
「あの……八雲紫にはどうやって届ければ……」
「あっ」
家出少女と地底の愉快な仲間たち 完
これってこのまま終わりですか?
その辺をはっきりさせないとどうにも釈然としません。終わり方も。
まあ、話の流れからして続くんでしょうけど...
あとこの話、視点を変えたら妖怪の没個性に成りかねませんね。設定的に。
色々と半信半疑なのでこの評価で
「会話文」
~した
~だ
以下続く
これでは読んでいる方も飽きてしまいます。もう少し色々とバリエーションを増やしてみてはどうでしょう。