波乱と熱狂に満ちた夏が終わり、徐々に元の姿を取り戻しつつある幻想郷。
人間の里の居酒屋は、今夜も憩いを求める人々で大いに賑わっていた。
「前々から気になっていたんだが……」
卓のひとつに、二人の若い男が向かい合って座っている。
彼らは名も無き里人であるため、片方を甲、もう片方を乙と呼称する事を、まずはご了承願いたい。
「彼女、どっちだと思う?」
「彼女って?」
「ほら、隅っこのあの子だよ……」
甲は親指を立て、カウンター席の端に座る一人の少女を指し示した。
その頭髪も、首元を隠すかのように襟を立てられたマントも、燃え立つような赤い色。
二人の与り知らぬ事ではあるが、彼女の名は赤蛮奇という。
「どうよ?」
「俺の経験から言わせてもらうと、彼女は間違いなくレズビアンだと思う」
「誰もそんな事聞いてねえよ! 人間か妖怪かって聞いてるんだよ!」
「マントを纏った女ってのは、たった一人の例外も無く同性愛者らしいぜ」
「知るか! どこ情報だそれは!」
「男の場合はどうなんだろうな?」
「知りたくもねえよ! その話いつまで続ける気だ!」
どこまでも脱線を続ける乙を前に、頭を抱える甲であった。
「で、あのビアン妖怪がどうかしたか?」
「ビアンかどうかは兎も角として、妖怪と決め付けるのは早計じゃないか? ひょっとしたら人間かもしれないだろ」
「いや、あれはどう見てもビアンだよ。そんでもって妖怪の女は全員ビアンだ。よってあの子は妖怪。C.E.O」
「Q.E.Dって言いたかったのか? 土台ガタガタの三段論法で、一体何を証明したつもりなんだオマエは」
下世話極まりない会話ではあるが、当の本人たちは至って真剣。
偏見と信念は切っても切れない関係にある。乙の発言を受けて、甲はそのような思いを抱かずにいられなかった。
「あ、彼女いまこっち見たぜ」
「マジかよ!? まさか聞かれちまったんじゃあるまいな」
慌てて視線を向ける甲。しかし、赤蛮奇の顔を拝むまでには至らなかった。
彼女は二人に背を向けたまま、一定のペースで酒を呷っている。
「おい、ホントにこっち見たのか?」
「ああ、見たよ。なんかこう、首がグルンと一回転してさ」
「首が!?」
思わず立ち上がってしまった甲に、店内の視線が集中する。
ただし……赤蛮奇ひとりを除いて。
「まあ落ち着けって。モロキュウ食うか?」
「オマエの箸で摘んだやつなんかいらねえよ……それより今の話、ホントなのか?」
「うん。時計回りに一回転。あっ、いや、一回とは限らないな。俺が見てなかっただけで、本当は何回転もしてたかもしれん」
「回数の問題じゃねえだろ! 首が回った時点でおかしいと思わねえのかよ!」
「別に普通じゃん? 彼女妖怪なんだし」
「だから! まだそうと決まった訳じゃ……ああ、うん……」
何かを察してしまった様子の甲は、言い終えぬ間に意気消沈し、うなだれた。
そんな彼を見て、これまた何かを察した様子の乙が、そっと顔を寄せ小声で問いかける。
「ひょっとしてお前……彼女の事が好きなのか?」
「はあ!? ばっ、ち、違ぇーし! そんなんじゃねーし! かんけーし!」
「分かりやすい反応だなあ。分かりやす過ぎて裏がありそうなくらいだ……おっ、またこっち見てる」
「何ィ!?」
再度視線を向ける甲。赤蛮奇は相変わらず二人に背を向けたままだ。
ただし、髪が僅かに揺れている。この事実をどう解釈するかは、受け手によって異なるところだ。
甲の場合は……?
「見てたんだ……彼女こっちを見てたんだ……!」
「感激するのは勝手だが、彼女は妖怪で、しかもレズビアンだ。これではフラグの立ちようが無い」
「いや待て。まだ妖怪と決め付けるには早過ぎる。ひょっとしたら、首が回るよう特殊な訓練を受けたのかもしれん」
「全然関係ないけど、借金で首が回らないって言葉があるよな。あれっておかしくね? 借金と首って関係なくね?」
「彼女の首が回るということは……借りた金を返せるだけの金銭感覚を持ち合わせているってことだ! 外見だけでなく内面も素晴らしい……!」
「やっぱり惚れてんじゃん」
これまた無関係で恐縮なのだが、お金に困った時は二ッ岩マミゾウという妖怪を頼るといいらしい。
無職でも妖怪でも借り入れ可能。初めての方でも安心のブランド力。ご利用は計画的に。
「よしんば俺が彼女に惚れていたとして、それの何がいけないと言うのだ?」
「だから、彼女は同性愛者で……」
「その話はもういい。人間と妖怪が恋に落ちる事だってあるだろう? ここは幻想郷だ、腐ったミカンの方程式だよ!」
「言葉の意味はよく分からんが……まあ、気持ちは分からんでもないな。ここだけの話、俺も薬売りの妖怪にグッときた事があったよ」
「薬売りの妖怪? ああ、あの赤と青の……」
「その人は妖怪じゃねえよ。兎だよ兎。くっそー、彼女がレズビアンでさえなければなあ……」
乙の過去に何があったのかは、いずれ語られる機会もあるだろう。
それより今は赤蛮奇だ。彼女は先程から、頻繁に二人の様子を窺っている。
「でもさあ、やっぱ妖怪が相手ってのは、色々とハードル高いと思うな」
「そんなもん百も承知だよ。首が回るくらい何だってんだ。むしろこれを進化の過程と歓迎するものもいた」
「それだけとは限らんさ。なんかいっぱい増えたり、目からビームとか出しちゃうかもしれないぜ?」
「彼女がそんなバンカラな事をやる筈ないだろう。どっかの兎じゃあるまいし……」
「やるよ」
「えっ」
「えっ」
何者かが会話に介入。その第一声は肯定であった。
思わず素っ頓狂な声を上げてしまった二人。周囲を見回してみるが、声の主の特定には至らない。
「どこ見てんのさ。アンタらの足元だよ、足元」
「なに、足元……?」
「おっと、見ない方がいいと言っておきましょうか。見たらアンタら腰抜かしちゃうよ」
「やった! 腰を抜かせるぞ!」
乙は迷う事無く卓の下を覗き込む。彼は果敢であった。無謀とも言う。要するに馬鹿。
そして硬直。馬鹿らしからぬリアクションを目の当たりにした甲が、恐る恐る彼に問いかける。
「おい、何があったんだ?」
「うーん……お前は見ない方がいいと思う。多分だけど……」
「くそっ、気になるじゃないか!」
乙の忠告に耳を貸さず、甲も卓の下を覗き込む。
……眼と眼が合った。相手は生首だった。ニタニタ笑う赤蛮奇の生首。
甲は眉間にシワを寄せて、カウンター席の赤蛮奇に視線を向ける。
彼女の頭部は健在。では、卓の下に潜むコイツは何だ? あらゆる可能性を吟味した結果、甲が導き出した結論とは……。
「……見なかったことにしよう♪」
「アンタそれでいいワケ?」
「まあ、大目に見てやってくださいよ。コイツはコイツなりに色々と思うところがあって……」
「知ってるわよ。つうか、アンタらの話全部聞こえてたし」
「ホヒェッ!?」
カッと目を見開き、口を限界まですぼめて奇声を上げる甲。
乙としては腹を抱えて大笑いしたいところであったが、レディーの前なので自重した。
「随分好き勝手言ってくれたわね。同性愛者がどうとか……」
「いやあ、まあその……で、どうなんすか?」
「何がよ?」
「だからその、姐さんの性的指向というか」
「Laser!」
「熱ッ! ありがとうございます!」
乙の足元スレスレを焦がす、赤蛮奇の熱視線。
咄嗟に口を衝いて出たのは、どういう訳か感謝の言葉だった。
「くだらない馬鹿話なんかしてないで、家帰ってマスかいて寝なさい」
「……ッ! 今、何て言った……?」
出来の悪いヒョットコのような表情で固まっていた甲が、突如として息を吹き返した。
「な、なによ。マスかいて寝ろって言ったけど、それが何か?」
「違う! その前だ!」
「くだらない馬鹿話って言ったのよ。悪い?」
「くだらない……馬鹿話だと!? よくもそんな事が言えるな!」
激昂し、卓を叩いて立ち上がる甲。
その勢いは、店内の喧騒を吹き飛ばして余りあるものであった。
「アンタに想いを伝えようとする事が、そんなにくだらない事だって言うのかよ!? こっちは真剣なんだよ!」
「ちょっ、落ち着きなさいって。なにもそこまで必死にならなくても……」
「ああ、必死だよ! 必死じゃなかったら、それは嘘だよ! ……アンタが好きだァー! 結婚を前提にお付き合いしてくれェーッ!」
再び店中の視線が集まる中、甲は気後れすることなく堂々と告白。
赤蛮奇(本体)の頭部が酒を吹き出したが、気に留める者など居はしない。
「里で見かけた時から、アンタに心奪われちまったんだ! 俺の想いは制御不能で、地獄極楽メルトダウン寸前なんだよ!」
「ちょっと待った。少し落ち着け。この雰囲気……何かがヤバい」
暴走気味の甲を制しつつ、乙は自分達の置かれた状況を把握しようと努めた。
まずは位置関係。直立した甲と、座ったままの乙。二人は卓を挟んで向かい合っている。
その卓の下には、赤蛮奇の生首。ただし陰になっているため、周囲の者は彼女の存在に気付いていない。
すなわち、客観的に見た場合、甲の視線が向けられた先は……乙の顔から血の気が引いた。
“うわぁ……男同士の求婚シーンなんて初めて見たわ……”
“薄い本が分厚くなるわね……”
「あーあ、やっぱり誤解されちまってるじゃねーか」
ギャラリーの会話を耳にした乙が、打ちひしがれた表情で呟いた。
片や熱情のハイテンション。片や絶望のローテンション。
あまりにも対照的な二人の男の狭間で、赤蛮奇の頭部が必死に笑いを堪えている。
「俺は本気だ! 本気と書いてマジと読むんだッ!」
「ひいっ!?」
いきなり卓の下に潜り込んで来た甲に対し、赤蛮奇が思わず情けない声を上げてしまう。
そんな彼女の両頬を掴み、情熱的なベーゼを迫る甲。
尋常ならざる空気を察した乙が、慌てて卓の下を覗き込んだ。
「おい、何してるんだ? ……って、それはマズいだろ!」
「うぎぎ……見てないで助けなさいよッ……!」
「実際こんなコト初めてだから、上手く出来るか分からないけど……ジュルッ、ズビビッ、ジュビジュビッ!」
「ひいぃキモ過ぎる!」
舌舐めずりをする甲を振り切って、乙の足元へと逃げる赤蛮奇。
軽い気持ちで茶々を入れた見返りが、このような恐怖体験であったとは、さしもの彼女も予想出来なかったに違いない。
恐怖体験はまだまだ続く。下品極まりない音を立てながら、四つん這いの甲が彼女を追い詰める。
その時、ギャラリーの、特に御婦人方から黄色い声が上がった。
“ヒエ~ッ! アイツ求婚だけでは飽き足らず、吸茎までおッ始めやがったんですよー!”
“ナイスな展開だわ! 今晩のオカズはコレで決まりね”
重ねてお伝えしておくが、周囲の者達は赤蛮奇(生首)の存在に気付いていない。
誤解に誤解が重なってしまうのも、致し方ない事であろう。
「ええい、Laser! Laser,Laser,Laser!」
「なんの! 顔面セーフ!」
「コイツ無敵か!?」
立て続けの「目からレーザー攻撃」も、今の甲に対してはまったくの無力。
文字通り手も足も出ない赤蛮奇。そんな彼女に、熱い男の熱い唇が迫り来る。
まだ製品版も出ていないというのに、このような無法が許されてしまっても良いのだろうか?
「いいワケねえだろオラァ! 首もげろ!」
「でゅらららッ」
ここで赤蛮奇(本体)、スライディング気味のキックで華麗にカット。
頭部にクリティカルな打撃を受け、奇声を上げて吹き飛ぶ甲。
ギャラリーからは拍手と歓声。乙もつられて拍手を送る。これでいいのか人間の里。
「って、こんな事やってる場合じゃねえな。おーい、生きてるかー?」
「ああ、顔面セーフだ……あれ? 彼女の頭が無いぞ?」
赤蛮奇の生首は、既に本体によって回収済み。
馬鹿二人は兎も角として、他の里人にまで素性を明かすつもりはなかったのだ。
もっとも、先ほど何度か首を回転させた際は、周囲の目などまるで考慮に入れてなかったのだが。
「まったく、人間と関わるとロクな事がないわね。アディオス、お二人さん」
服装の乱れを整えた後、マントを翻して去ろうとする赤蛮奇。
そんな彼女の心中に、言い様の無い喪失感が去来する。
それは寂寞か、惜別の念か……あるいは単なる気の迷いだろうか。
止まりかけた足に力を込め、やや内股気味で彼女は店を後にした。
「やれやれ。今日は厄日だったな……お前、何持ってんだ?」
「スゥーッ……ハァーッ……スウゥゥゥーッ……ハアァァァーッ……!」
床に伏せたままの状態で、不気味な呼吸音を立てる甲に、乙が訝しげな視線を送る。
顔面を覆う甲の両手からは、なにやら白い布切れの様なモノが見え隠れしていた。
「ハンカチ……じゃあないよな。まさかオマエ……!」
「シュコオォォォォォォ……! ……そうよ、そのまさかよ!」
布切れの正体について、今この場で明かすような事はしない。
言える事があるとすれば、甲が生粋の幻想郷っ子である事と、愛の力は偉大であるという事だけだ。
刹那の交錯の中で、見事チャンスをモノにした友人に対し、心の中で惜しみない拍手を送る乙であった。
人間の里の居酒屋は、今夜も憩いを求める人々で大いに賑わっていた。
「前々から気になっていたんだが……」
卓のひとつに、二人の若い男が向かい合って座っている。
彼らは名も無き里人であるため、片方を甲、もう片方を乙と呼称する事を、まずはご了承願いたい。
「彼女、どっちだと思う?」
「彼女って?」
「ほら、隅っこのあの子だよ……」
甲は親指を立て、カウンター席の端に座る一人の少女を指し示した。
その頭髪も、首元を隠すかのように襟を立てられたマントも、燃え立つような赤い色。
二人の与り知らぬ事ではあるが、彼女の名は赤蛮奇という。
「どうよ?」
「俺の経験から言わせてもらうと、彼女は間違いなくレズビアンだと思う」
「誰もそんな事聞いてねえよ! 人間か妖怪かって聞いてるんだよ!」
「マントを纏った女ってのは、たった一人の例外も無く同性愛者らしいぜ」
「知るか! どこ情報だそれは!」
「男の場合はどうなんだろうな?」
「知りたくもねえよ! その話いつまで続ける気だ!」
どこまでも脱線を続ける乙を前に、頭を抱える甲であった。
「で、あのビアン妖怪がどうかしたか?」
「ビアンかどうかは兎も角として、妖怪と決め付けるのは早計じゃないか? ひょっとしたら人間かもしれないだろ」
「いや、あれはどう見てもビアンだよ。そんでもって妖怪の女は全員ビアンだ。よってあの子は妖怪。C.E.O」
「Q.E.Dって言いたかったのか? 土台ガタガタの三段論法で、一体何を証明したつもりなんだオマエは」
下世話極まりない会話ではあるが、当の本人たちは至って真剣。
偏見と信念は切っても切れない関係にある。乙の発言を受けて、甲はそのような思いを抱かずにいられなかった。
「あ、彼女いまこっち見たぜ」
「マジかよ!? まさか聞かれちまったんじゃあるまいな」
慌てて視線を向ける甲。しかし、赤蛮奇の顔を拝むまでには至らなかった。
彼女は二人に背を向けたまま、一定のペースで酒を呷っている。
「おい、ホントにこっち見たのか?」
「ああ、見たよ。なんかこう、首がグルンと一回転してさ」
「首が!?」
思わず立ち上がってしまった甲に、店内の視線が集中する。
ただし……赤蛮奇ひとりを除いて。
「まあ落ち着けって。モロキュウ食うか?」
「オマエの箸で摘んだやつなんかいらねえよ……それより今の話、ホントなのか?」
「うん。時計回りに一回転。あっ、いや、一回とは限らないな。俺が見てなかっただけで、本当は何回転もしてたかもしれん」
「回数の問題じゃねえだろ! 首が回った時点でおかしいと思わねえのかよ!」
「別に普通じゃん? 彼女妖怪なんだし」
「だから! まだそうと決まった訳じゃ……ああ、うん……」
何かを察してしまった様子の甲は、言い終えぬ間に意気消沈し、うなだれた。
そんな彼を見て、これまた何かを察した様子の乙が、そっと顔を寄せ小声で問いかける。
「ひょっとしてお前……彼女の事が好きなのか?」
「はあ!? ばっ、ち、違ぇーし! そんなんじゃねーし! かんけーし!」
「分かりやすい反応だなあ。分かりやす過ぎて裏がありそうなくらいだ……おっ、またこっち見てる」
「何ィ!?」
再度視線を向ける甲。赤蛮奇は相変わらず二人に背を向けたままだ。
ただし、髪が僅かに揺れている。この事実をどう解釈するかは、受け手によって異なるところだ。
甲の場合は……?
「見てたんだ……彼女こっちを見てたんだ……!」
「感激するのは勝手だが、彼女は妖怪で、しかもレズビアンだ。これではフラグの立ちようが無い」
「いや待て。まだ妖怪と決め付けるには早過ぎる。ひょっとしたら、首が回るよう特殊な訓練を受けたのかもしれん」
「全然関係ないけど、借金で首が回らないって言葉があるよな。あれっておかしくね? 借金と首って関係なくね?」
「彼女の首が回るということは……借りた金を返せるだけの金銭感覚を持ち合わせているってことだ! 外見だけでなく内面も素晴らしい……!」
「やっぱり惚れてんじゃん」
これまた無関係で恐縮なのだが、お金に困った時は二ッ岩マミゾウという妖怪を頼るといいらしい。
無職でも妖怪でも借り入れ可能。初めての方でも安心のブランド力。ご利用は計画的に。
「よしんば俺が彼女に惚れていたとして、それの何がいけないと言うのだ?」
「だから、彼女は同性愛者で……」
「その話はもういい。人間と妖怪が恋に落ちる事だってあるだろう? ここは幻想郷だ、腐ったミカンの方程式だよ!」
「言葉の意味はよく分からんが……まあ、気持ちは分からんでもないな。ここだけの話、俺も薬売りの妖怪にグッときた事があったよ」
「薬売りの妖怪? ああ、あの赤と青の……」
「その人は妖怪じゃねえよ。兎だよ兎。くっそー、彼女がレズビアンでさえなければなあ……」
乙の過去に何があったのかは、いずれ語られる機会もあるだろう。
それより今は赤蛮奇だ。彼女は先程から、頻繁に二人の様子を窺っている。
「でもさあ、やっぱ妖怪が相手ってのは、色々とハードル高いと思うな」
「そんなもん百も承知だよ。首が回るくらい何だってんだ。むしろこれを進化の過程と歓迎するものもいた」
「それだけとは限らんさ。なんかいっぱい増えたり、目からビームとか出しちゃうかもしれないぜ?」
「彼女がそんなバンカラな事をやる筈ないだろう。どっかの兎じゃあるまいし……」
「やるよ」
「えっ」
「えっ」
何者かが会話に介入。その第一声は肯定であった。
思わず素っ頓狂な声を上げてしまった二人。周囲を見回してみるが、声の主の特定には至らない。
「どこ見てんのさ。アンタらの足元だよ、足元」
「なに、足元……?」
「おっと、見ない方がいいと言っておきましょうか。見たらアンタら腰抜かしちゃうよ」
「やった! 腰を抜かせるぞ!」
乙は迷う事無く卓の下を覗き込む。彼は果敢であった。無謀とも言う。要するに馬鹿。
そして硬直。馬鹿らしからぬリアクションを目の当たりにした甲が、恐る恐る彼に問いかける。
「おい、何があったんだ?」
「うーん……お前は見ない方がいいと思う。多分だけど……」
「くそっ、気になるじゃないか!」
乙の忠告に耳を貸さず、甲も卓の下を覗き込む。
……眼と眼が合った。相手は生首だった。ニタニタ笑う赤蛮奇の生首。
甲は眉間にシワを寄せて、カウンター席の赤蛮奇に視線を向ける。
彼女の頭部は健在。では、卓の下に潜むコイツは何だ? あらゆる可能性を吟味した結果、甲が導き出した結論とは……。
「……見なかったことにしよう♪」
「アンタそれでいいワケ?」
「まあ、大目に見てやってくださいよ。コイツはコイツなりに色々と思うところがあって……」
「知ってるわよ。つうか、アンタらの話全部聞こえてたし」
「ホヒェッ!?」
カッと目を見開き、口を限界まですぼめて奇声を上げる甲。
乙としては腹を抱えて大笑いしたいところであったが、レディーの前なので自重した。
「随分好き勝手言ってくれたわね。同性愛者がどうとか……」
「いやあ、まあその……で、どうなんすか?」
「何がよ?」
「だからその、姐さんの性的指向というか」
「Laser!」
「熱ッ! ありがとうございます!」
乙の足元スレスレを焦がす、赤蛮奇の熱視線。
咄嗟に口を衝いて出たのは、どういう訳か感謝の言葉だった。
「くだらない馬鹿話なんかしてないで、家帰ってマスかいて寝なさい」
「……ッ! 今、何て言った……?」
出来の悪いヒョットコのような表情で固まっていた甲が、突如として息を吹き返した。
「な、なによ。マスかいて寝ろって言ったけど、それが何か?」
「違う! その前だ!」
「くだらない馬鹿話って言ったのよ。悪い?」
「くだらない……馬鹿話だと!? よくもそんな事が言えるな!」
激昂し、卓を叩いて立ち上がる甲。
その勢いは、店内の喧騒を吹き飛ばして余りあるものであった。
「アンタに想いを伝えようとする事が、そんなにくだらない事だって言うのかよ!? こっちは真剣なんだよ!」
「ちょっ、落ち着きなさいって。なにもそこまで必死にならなくても……」
「ああ、必死だよ! 必死じゃなかったら、それは嘘だよ! ……アンタが好きだァー! 結婚を前提にお付き合いしてくれェーッ!」
再び店中の視線が集まる中、甲は気後れすることなく堂々と告白。
赤蛮奇(本体)の頭部が酒を吹き出したが、気に留める者など居はしない。
「里で見かけた時から、アンタに心奪われちまったんだ! 俺の想いは制御不能で、地獄極楽メルトダウン寸前なんだよ!」
「ちょっと待った。少し落ち着け。この雰囲気……何かがヤバい」
暴走気味の甲を制しつつ、乙は自分達の置かれた状況を把握しようと努めた。
まずは位置関係。直立した甲と、座ったままの乙。二人は卓を挟んで向かい合っている。
その卓の下には、赤蛮奇の生首。ただし陰になっているため、周囲の者は彼女の存在に気付いていない。
すなわち、客観的に見た場合、甲の視線が向けられた先は……乙の顔から血の気が引いた。
“うわぁ……男同士の求婚シーンなんて初めて見たわ……”
“薄い本が分厚くなるわね……”
「あーあ、やっぱり誤解されちまってるじゃねーか」
ギャラリーの会話を耳にした乙が、打ちひしがれた表情で呟いた。
片や熱情のハイテンション。片や絶望のローテンション。
あまりにも対照的な二人の男の狭間で、赤蛮奇の頭部が必死に笑いを堪えている。
「俺は本気だ! 本気と書いてマジと読むんだッ!」
「ひいっ!?」
いきなり卓の下に潜り込んで来た甲に対し、赤蛮奇が思わず情けない声を上げてしまう。
そんな彼女の両頬を掴み、情熱的なベーゼを迫る甲。
尋常ならざる空気を察した乙が、慌てて卓の下を覗き込んだ。
「おい、何してるんだ? ……って、それはマズいだろ!」
「うぎぎ……見てないで助けなさいよッ……!」
「実際こんなコト初めてだから、上手く出来るか分からないけど……ジュルッ、ズビビッ、ジュビジュビッ!」
「ひいぃキモ過ぎる!」
舌舐めずりをする甲を振り切って、乙の足元へと逃げる赤蛮奇。
軽い気持ちで茶々を入れた見返りが、このような恐怖体験であったとは、さしもの彼女も予想出来なかったに違いない。
恐怖体験はまだまだ続く。下品極まりない音を立てながら、四つん這いの甲が彼女を追い詰める。
その時、ギャラリーの、特に御婦人方から黄色い声が上がった。
“ヒエ~ッ! アイツ求婚だけでは飽き足らず、吸茎までおッ始めやがったんですよー!”
“ナイスな展開だわ! 今晩のオカズはコレで決まりね”
重ねてお伝えしておくが、周囲の者達は赤蛮奇(生首)の存在に気付いていない。
誤解に誤解が重なってしまうのも、致し方ない事であろう。
「ええい、Laser! Laser,Laser,Laser!」
「なんの! 顔面セーフ!」
「コイツ無敵か!?」
立て続けの「目からレーザー攻撃」も、今の甲に対してはまったくの無力。
文字通り手も足も出ない赤蛮奇。そんな彼女に、熱い男の熱い唇が迫り来る。
まだ製品版も出ていないというのに、このような無法が許されてしまっても良いのだろうか?
「いいワケねえだろオラァ! 首もげろ!」
「でゅらららッ」
ここで赤蛮奇(本体)、スライディング気味のキックで華麗にカット。
頭部にクリティカルな打撃を受け、奇声を上げて吹き飛ぶ甲。
ギャラリーからは拍手と歓声。乙もつられて拍手を送る。これでいいのか人間の里。
「って、こんな事やってる場合じゃねえな。おーい、生きてるかー?」
「ああ、顔面セーフだ……あれ? 彼女の頭が無いぞ?」
赤蛮奇の生首は、既に本体によって回収済み。
馬鹿二人は兎も角として、他の里人にまで素性を明かすつもりはなかったのだ。
もっとも、先ほど何度か首を回転させた際は、周囲の目などまるで考慮に入れてなかったのだが。
「まったく、人間と関わるとロクな事がないわね。アディオス、お二人さん」
服装の乱れを整えた後、マントを翻して去ろうとする赤蛮奇。
そんな彼女の心中に、言い様の無い喪失感が去来する。
それは寂寞か、惜別の念か……あるいは単なる気の迷いだろうか。
止まりかけた足に力を込め、やや内股気味で彼女は店を後にした。
「やれやれ。今日は厄日だったな……お前、何持ってんだ?」
「スゥーッ……ハァーッ……スウゥゥゥーッ……ハアァァァーッ……!」
床に伏せたままの状態で、不気味な呼吸音を立てる甲に、乙が訝しげな視線を送る。
顔面を覆う甲の両手からは、なにやら白い布切れの様なモノが見え隠れしていた。
「ハンカチ……じゃあないよな。まさかオマエ……!」
「シュコオォォォォォォ……! ……そうよ、そのまさかよ!」
布切れの正体について、今この場で明かすような事はしない。
言える事があるとすれば、甲が生粋の幻想郷っ子である事と、愛の力は偉大であるという事だけだ。
刹那の交錯の中で、見事チャンスをモノにした友人に対し、心の中で惜しみない拍手を送る乙であった。
あ、この話は下品だけど面白かったです(小並感
こんなにスムーズに何の違和感もなく、男のオリキャラを好きになれたのは初めてだ!
甲と乙のテンポの良い漫才がとってもおもしろかった。
こんなにノリが良くて、おもしろい男なら、東方少女とくっついても良し!と思えちゃう。
しかし、私はノーパン主義者ではない。穿いている娘も好みだ
あ、ばんきちゃん可愛いです。
とりあえず赤蛮奇さんのため、甲氏に怖いブラコン姉ちゃんがいないことを祈ります。
誤解しないでいただきたいのですが、私ははいてない娘も好むのであって、私自身が常にはいてないわけではないのです。
なんだこれ