Coolier - 新生・東方創想話

ムラサとルイズ2 地底旅行

2013/07/17 23:44:01
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前回『千年後の潮騒 http://coolier.sytes.net/sosowa/ssw_l/186/1373548071』の続きです。
こちらを先に読んでいてくださると嬉しいです。



    *****



「今回の行き先は?」
「決めてません」

 いつもの問いかけに、ルイズはいつものように微笑んだ。
 私は聖輦船の離陸作業を済ませて、客室として使われている僧堂にやってきた。私は廊下側でひざを崩していたルイズに話しかけた。

 私は村紗水蜜。皆はムラサと呼ぶ。魔界と幻想郷をつなぐこの聖輦船の船長である。
 船長とはいえ、離陸してしまえばあとは着陸までやる事はない。聖と星は講堂で怪談、もとい法会。マミゾウとナズーリンとぬえはいない。船長は客室でだらだらしたりお喋りしたり。一輪と響子もお客さんにお茶を淹れながらくっちゃべっている。本日も聖輦船は安全な空の旅を約束いたします。

 最近は、お客さんの中ではルイズとお喋りする事が多かった。ひょんな事から気心が知れて、彼女が乗船していたら彼女とばかり話している気がする。
 ルイズと話すのは楽しかった。彼女は私の知らない事をたくさん知っていた。私の行動範囲がごく限定されているのに対して、ルイズはふらふらとどこにでも行く。私の知らない景色や人の話を聴くのが楽しかった。
 ルイズもそこそこ私に気を許してくれているようだった。

 ……いや。正直に言おう。気を許しすぎだと思う。
 最初に比べて明らかにスキンシップが増えた。それ自体はいい。けど……こう、その一つひとつがぺったりとしたカンジなんだよね。例えば私が小粋なジョークを飛ばしたとしよう。そしたらルイズは「あらあらうふふ」とか言いながらぺたっと私に触れるのだ。ニ秒くらい。
 違うでしょう!? 私の知っているスキンシップはそういうのじゃない! こう、軽く小突くようなのがスキンシップだと思ってた。一輪がするようなの!
 その二秒のあいだにルイズの手のひらの熱が伝わってくるのだ。無駄にドキドキしてしまう。正直やめてほしい……とはまぁ、言えないんだけど。

 私は彼女の無邪気な微笑みを若干持て余しながら、今日も持ち前の気前の良さで会話をこなす。
 彼女は相変わらず、何を考えているかわからなかった。



    *****



「ムラサさん、地底に行きませんか?」

 夕食後。居間でだらだらと過ごしていると、ルイズが言った。

「地底? 私と?」

 私はひとつしゃっくりした。ちゃぶ台の上の湯のみを取ろうとして、一輪がおかわりを注ぎに行ってくれたことを思い出す。この場にいるのは私とルイズだけ。聖はお風呂。星は帳簿がどうとか言って部屋に篭っている。響子はもう寝た。
 既に聖輦船は今日の運航を終えて、命蓮寺に戻っている。
 ルイズは例によってお泊りである。命蓮寺のメンバーともわりかし気が知れてきたようだ。運航の日にいないマミゾウとナズとぬえ以外は。
 ルイズは続ける。

「はい。温泉もあるそうですし。どうでしょう?」
「温泉」

 温泉。いいね。でも何だか勘ぐってしまうのは自意識過剰だからだろうか。

「何でまた?」
「まだ行ったことがないので。ムラサさんも異変以来行ってないとのことですし」
「ん、んー……そうなんだけどね」

 私は頬を掻いた。ルイズは相変わらず敵意のない笑顔。
 ……旅行か。楽しむための旅というものは初めてかもしれない。地底もルイズの言うとおり、聖の復活以来行っていない。純粋に行きたいという気持ちは大きい。

 ただ……ルイズがねぇ。最近、ちょっと怖いんだよねぇ。

「仲いいわねぇ」

 お茶のおかわりを持ってきた一輪が言った。

「仲がいいもの」

 私はお茶を受け取りながら適当に返した。ルイズの方はつとめて見ないように。

「珍しいのよ、ムラサが懐くなんて。ひねたやつだけど仲良くしてやってね」
「うふふ。任せてください」
 何を任されたつもりなのか、ルイズは照れたような仕草。
「私は猫か何かかい」
「似たようなもんじゃない」
 一輪は事も無げに言う。甚だ心外である。気さくな船幽霊で通っているこのみなみっちゃんを捕まえて、あろうことかぬえと同等だなんて。

「……それより、地底か。行けるかな? 一輪」
「勝手に抜け出せばいいじゃない。いつもみたいに」

 まぁそうなんだけど。聖に頼んでもおおかた了承は得られると思う。

「……一輪も行く?」
「ほらね、ひねてる」

 一輪はやれやれ、といった具合。ルイズも肩をすくめて苦笑している。ちょっと、そんな「うまいこと落とした」みたいな顔してないで助け舟のひとつくらい出してちょうだいよ。

「ふん。そんなに留守番してたいなら一輪は留守番ね。……折角だから行くよ。明日すぐでいいんだよね?」
「ほんとですか!? やったぁ」

 引っ込みがつかなくなって言ったのだけど、ルイズは心から嬉しそうに体を揺らした。
 可愛いなぁとぼんやり思いながら、やっぱり彼女が何を考えているのかはわからなかった。
 ……いや。考えないようにしていた。



    *****



 正直に言おう。ルイズの事は好きだ。
 旅が好きだと言うなら一緒に行きたい。もっと一緒に居たい。
 出会ったのはそう昔のことではない。それなのに、彼女には千年前からの知人である一輪達とはまた別の感情を抱くに至っていた。

 あの眼がいけなかった。
 深い、澄んだ海みたいな眼。あれが、私の海への強烈な想いを呼び起こした。そして、その当人がその想いを共有できる人だった。
 たとえ海には行けなくとも……きっと彼女とはいろんな事を共有できる。したいと思った。実際彼女に付いて行こうと思ったことは多々ある。でも「ちょっと仲のいい船長と旅行者」なんて関係を気に入っていたんだから……いや、いや。正直に認めよう。私はヘタレていた。

 でもね。だってね? 私だって妖怪ですよ?
 時間ならいっぱいある。朝は寝床。昼はのんびりお散歩。夜は墓地で唐傘をおちょくる。私は比較的規則正しい生活をしているとはいえ、自堕落でナンボの妖怪である。そんな生き物が何を急ぐことがあろうと言うのか。生きてないけど。

 ……何も間違いが起こらなければいい。私は極めて消極的な願いを我らがご本尊に託すだけだった。



    *****



 地底は私の故郷と言えなくもない。既に生前の故郷は記憶に無いし、千年間もここで過ごしたのだから。
 地底への旅行に際して、聖に寺を何日か空ける事を申し出ると、存外……でもなく、軽く了承を得られた。普段の行いの賜物であることは言うまでもない。
 長い長い縦穴を下った先の、長い橋の先。無数の暖色の光の集まりが浮いている。橋に足をかける前から旧都の活気が伝わってくるようだった。

「綺麗ですね」

 ルイズは微笑んだ。私も頷き返す。私も、地底ではこの景色が一番好きだった。
 地底の気温は地上より少し涼しい程度である。夏には蝉が鳴くし、冬には雪が降る。避暑には都合のいい場所かもしれない。

「……ムラサさん」

 ルイズは少し目を伏せた。帽子のつばの下、ルイズはなにか言いたげにもじもじとしている。
 ……彼女が何を考えているかはわからないけど、彼女が何を欲しているかはルイズと過ごすうちにわかるようになってきた。
 ……それでどうして何を考えてるかわからないかって? 察して。

「行こ」

 私はルイズの手を取った。
 ルイズは私の手を見て目を丸くしている。こんな表情もするんだなぁ、とか思っていると、彼女は次第に頬を染めて、「うん」と口角を緩めて手を握り返してきた。
 ……ルイズと過ごしていて、もう一つわかった事がある。

 私はかなり流されやすい方らしい。



    *****



 縦穴と旧都をつなぐ橋の、中間に差し掛かろうとするところ。橋の欄干にもたれかかる人影を見つけた。

「げ」

 忘れてた。そうだ。この橋にはアイツがいるんじゃない。
 私は慌ててルイズの手を解こうとした。私がつないだ手をパーにすると、ルイズは不思議そうな顔をしてこちらを見た。その手を軽く振ると、ルイズは何の遊びだと思ったのか嬉しそうに私の手を握ったままシェイクしだした。ええい、そうじゃない。

「お仲がよろしいようで。妬ましいわ」

 健闘むなしく、既に気付かれていた。人影は緑眼爛々と獲物を見据えている。

「よりにもよってこの橋を、よりにもよっておててを繋いで。仲睦まじく通ろうだなんて。それとも妖怪退治の餌のつもりなのかしら」

 敵意を隠そうともしない。が、向けられる気迫と言葉とは裏腹に本人は楽しそうだ。
 水橋パルスィ。地底のメンドクサイ妖怪の中でもかなりメンドクサイ部類の妖怪だ。

「仲睦まじいだなんて、そう見えます?」

 あらあらうふふ、とルイズさん。

「見える見える。お似合いよ。二人まとめて橋から叩き落としてやりたいくらいに」

 パルスィは口に手をやりながらうすら笑いを浮かべている。ルイズはやっと目の前の奴が敵であることに気が付いてくれたのか、私の手を離して身構えてくれた。

「旧友のよしみで通してくれたっていいじゃない?」
「旧友は地上で新しい友人を作って、私は今や邪魔者でしかない。ああ、妬ましい」
「……あんたもよろしくやってるじゃない」

 私はパルスィの横に目を向けた。パルスィの横で手持ち無沙汰にしていたのは黒谷ヤマメである。

「……」

 パルスィはそっちを見て黙った。ヤマメもパルスィを見ている。

「……そうなのよね」
「え? 引き下がっちゃうの?」

 ヤマメははにかんだ苦笑。なんとまぁ、適当に言ったのだけど。よろしくやっているなら何よりだ。

「ま、いいや。ムラサ、おかえり。今日は旅行?」

 ヤマメはこちらに無邪気な笑顔を向けた。

「ただいま、ヤマメにパルスィ。お二人さん、私が居ない間に随分仲良くなっちゃったみたいで。仲睦まじそうで妬ましいわ」
「やっぱ沈めてやるわ」
「やっぱ沈めるの?」

 パルスィが飛び立つと、ヤマメもくるっと一回転してからその隣に飛び立った。何だこいつら。二人だけで楽しそうじゃない。

「あのお二人はお知り合いですか?」

 さっきから置いてけぼりのルイズが首を傾げた。大丈夫。私も置いてけぼりだから。

「うん。ルイズ、スペルカードは使えるわよね?」
「はい。あまり得意ではないですけれど……」
「大丈夫よ。四面ボスが付いてるんだから。向こうは1たす2で3。足しても掛けてもまだこっちが勝ってるわ」

 帽子のつばを押し上げて見せる。……実際はそこまで余裕をこいていられる相手ではないのだけど。イキオイは大事だ。

「地上の光が妬ましい」

 パルスィが嬉しそうに告げる。

「巡る風が妬ましい」

 ヤマメが楽しそうに続く。

「たっぷり地上の光を浴びた、そんな妬ましいあんたは――」
「タイクツな私達に面白い事を見せる必要がある!」



    *****



「それではごゆっくり。何かございましたらお申し付けください」

 どうも、とふすまを閉めて出て行く骸骨のおかみさんに会釈する。

「綺麗な旅館が見つかってよかったわね」

 私は座椅子にもたれて一息。十二畳の小綺麗な和室だ。薄暗い部屋を行灯が照らす。
 地底の連中はとかく大雑把なので、旅館に限らず大概の施設が……何と言うか、地上の連中が過ごすには適していない。
 しかし私達が弾幕ごっこで撃墜したヤマメとパルスィの二名にダメ元で訊いてみると、地霊殿が管理している施設が最近積極的に改装を行なっているとのこと。ここも地上の連中に配慮して建てられた旅館だと言う。私が地上に出ていたのはそう長くなかったというのに、随分と様変わりしたものだ。
 そもそも地上の妖怪と、加えて人間をそこそこの数見かけた事自体がとんでもない事だった。住人のほとんどが人食い妖怪だというのに。地上の連中をよく思っていないやつらも多いというのに。物好きばっかりだ。
 雑然とした、一日中やかましい雰囲気は変わってはいなかったけど。新鮮さと同時にちょっともの寂しさを覚えたものだ。

 弾幕ごっこといえば。ルイズは彼女が自称した通り、それほど派手なスペルカードは持っていなかった。
 しかし身のこなしが違った。彼女はどんな弾幕にも落ち着いて突破口を見つけて、するすると攻略していった。
 恐らく相当な場数を踏んでいるんだろう。突っ込み過ぎて2機落とした私に比べて、ルイズは1機も落とさなかった。彼女が経験してきた戦いというものに一層興味を惹かれたけど、今のところそれを訊ねる機会はちょっと逸している。

「ムラサさんムラサさん! 温泉行きましょう」
「はやっ! もう着替えたの?」

 広縁で何やらごそごそしていると思ったら。ルイズは早々に浴衣に着替えて、わくわくと体を揺らしている。

「疲れてないの?」

 呆れながら帽子をちゃぶ台に置く。ヤマメとパルスィには予想以上に手こずらされた。二人を撃墜して旅館の場所を訊いた後も、ルイズは何事もなかったかのように、好奇心の赴くまま私の手を引いてあちこち連れ回してくれたのだった。
 いや……まぁ。それ自体は楽しかったのだけど。

「……もうちょっとだけ休ませて」

 私は座椅子に横になって丸まった。むう、とルイズは頬を膨らませて広縁の椅子に腰かけた。
 窓の向こうには街並みの、提灯の暖色系の光。薄暗い部屋に、ルイズの姿が提灯の光に浮かび上がる。
 ルイズの浴衣姿はわりと見慣れているとはいえ、その、何というか……。

「どうしました?」

 はたと目があった。ルイズの微笑みに、私が彼女をガン見していた事に気がついた。

「何でもないよ。やっぱり、お風呂、行こっか」

私はちゃぶ台に置いた帽子を手繰り寄せて、被った。

「帽子も持って行くんですか?」
「……いらないね」

 ……ぎくしゃくとちゃぶ台に置きなおした。ルイズはおかしそうにくすくす笑っている。
 ……しかし帽子は適当に言い訳して持っていけばよかった、と早くも後悔した。
 もう赤い顔を隠し切れる自信がないよ……。



    *****



 温泉に入った。
 光陰矢のごとし。楽しい時間はすぐに過ぎるもの。ムラサさんと過ごしていると特にそれを強く感じます。

 申し遅れました。私はルイズ。魔界出身の、旅行が趣味のただの魔界人です。
 私はお代を出して番台さんからフルーツ牛乳を受け取って、扇風機の前に陣取った。ムラサさんは今は居ません。私より先に、早々に上がってしまいました。
 私が牛乳瓶のフタを開けて一口あおると、

「付き合ってんのかお前ら」

 浴衣姿でマッサージ椅子に揺られるちびっこに声をかけられた。

「付き合ってはいませんよ」
「これからか」
「攻略中ですわ」
「左様で」

 ちびっこは半眼でこちらを見ている。

「……見てらんないよ。最近調子がおかしいし、今日も地底なんかに行ったって言うから付けてみたら、あのムラサがもじもじもじもじしよってからに」
「ムラサさんのお友達ですか?」
「……まァ、ムラサはいいやつだよ」

 ちびっこは呟いた。マッサージ椅子は足を揉むモードに移行した。

「何でまたあいつなワケ? あいつの何が攻略に値するの?」

 ちびっこは眉をしかめながら言った。足を揉まれる感触がお気に召さないご様子。

「眼が、海色をしていると思ったので」

 ムラサさんの何が好きかと訊かれたら、やっぱり眼だった。綺麗な水色。澄んだ、澄んだその眼は私の想い描いていた海と同じ色をしていた。
 それと、橋での弾幕ごっこ。ムラサさんは橋の番人の挑発に、人が変わったような戦闘狂っぷりを見せた。ためらわず相手の弾幕に突っ込んで錨を振るい、遠距離からは波を模した弾幕で猛攻を加える。普段の気だるげな、でも気遣いのあるムラサさんとは違った姿に改めて心を奪われたのだった。

「スピリチュアルだなぁ。……でも、わからんでもない」
「ぬえさんも好きでしょう? あの眼が」
「は!? 何で私の名前……」
「ムラサさんのお話に出てくる方と似てると思って」

 ドンピシャだったようだ。ぬえさんは「正体不明がウリだってのに」と軽く舌打ちした。

「……ま、ご勝手に。遊び道具を取られたお礼にスペカの一つでもお見舞いしようかとも思ったけど。温泉入ったらわりとどうでもよくなった」
「私が勝手にするとムラサさんはぬえさんと遊んでくれなくなるんですか?」

 私が首を傾げると、ぬえさんは眉間に深くしわを刻んだ。

「……アンタ、嫌い」
「うふふ。ごめんなさい。意地悪しちゃいました。仲良くしましょう?」
「……もうちょっとぶらついたら帰るわ。ムラサに見つからないうちにね」

 ぬえさんはマッサージ椅子を中断させて立ち上がった。

「会っていかなくていいんですか?」
「……ムラサはいいやつだよ」

 ぬえさんは私の肩を軽く叩いて去っていった。



    *****



「おかえり」
「いいお湯でした」

 ちゃぶ台に突っ伏して清酒の瓶を抱いていた私は、顔を上げてそちらを見た。

「ムラサさん? 大丈夫ですか? のぼせちゃいました?」
「ああ、いや。冷やしてたのよ」

 流石に氷なんて気の利いた物はないので、私の低い体温を利用して瓶を冷やしていたのだけど。あんまり見て気持ちの良いものでもなかったかと、私は曖昧な笑顔で応じた。うっかり。ちょっとぼんやりしてた。
 地上は夜も更けてきたあたりだろうか。太陽の届かないここでは時間はほとんど意味を成さないが、ふんわりと眠気を感じていた。
 彼女は私の向かいに腰を下ろした。ふわりといい匂いが漂ってきて、また頬が熱くなりそうになる。

「気持ち悪くなったら仰ってください」
「うん。大丈夫大丈夫。……ところでさ、ルイズ?」
「はい、何でしょう」
「ぬえに会った?」
「え! 何でわかったんですか?」

 ルイズは無邪気に驚きを表情に表すが、それはとてもとても違和感があった。

「だってねぇ……」

 あんた、そっくりそのままぬえになっちゃってるもの。
 中身がルイズである事は口調とか言葉遣いですぐにわかったけど。顔も声も背格好も、見慣れたぬえのものになってしまっていた。服も黒いワンピースとニーソックス。背中からは奇妙にうねった羽が生えている。
 本人は気づいていないようだ。正体不明のタネの特性である。このタネは見る者の経験と想像力を利用して、それぞれに見せる姿を変えるのだ。
 私は身を乗り出して、彼女の体に目を凝らした。そして彼女の肩にひっついていた、ごく短い蛇のような光沢のうねうねを見付けてつまみ上げた。それを握りつぶすと、霧が晴れるように彼女は普段の姿を取り戻した。自然、目の前に浴衣姿。上気した肌。下ろした髪。綺麗な青い眼。私は思わず眼を逸らしてしまう。

「……正体不明の種をひっつけられてたのよ。他に何か変な事とかされなかった?」
「いえ……」

 ルイズはきょとんとして首を振った。私は座椅子に座り直して息を吐いた。私は苦笑した。
 私達を付けてきたクセにルイズにだけ絡んで、しかし正体不明のタネを引っ付けてぬえの存在はアピールして。
 全くもって天邪鬼と言う他無い。
 でも……

「ムラサさん?」
「うん、ううん……なんでもない。変な事されなかったならいいわ」

 決心はついた。かも。しれない。
 私はルイズにお猪口を渡して、瓶の蓋を開けた。
 ぬえはぬえなりに私を励ましてくれたのだと思う。私の帰るべき家を示した上で、「好きにしなよ」と言っている気がした。……と、いう風に。好意的に受け取っておこう。

 では、存分に。自堕落でナンボの妖怪。遊惰に、妖怪らしく。これ以上ぐだぐだする前に自分のペースを取り戻せてよかった。
 私はちゃぶ台に身を乗り出して、その青い眼に語りかける。

「まだまだ旅行は始まったばかりよ。いっぱい話そう。私、もっと旅を好きになりたい」
ムラルイぺたぺた。

20151021 ナンバリングなどしてみました。
マグロおう
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コメント



0.150簡易評価
1.80名前が無い程度の能力削除
続編があるとは嬉しい限りです。目を丸くするルイズが妙に心に残りました。
ルイズの手馴れた感はしっくりきますが、村紗も突っ込んでいきますね。
お手玉に取られるのか、逆転劇を巻き起こすのか楽しみです。
3.1003削除
惜しい。この作品シリーズが埋もれているのは本当に惜しい。
ルイズが「騙して悪いが」となる展開になるかと戦々恐々としていましたが、どうやらその様子はないようで一安心。
また続きが読みたくなります。