Coolier - 新生・東方創想話

諏訪子の夏、水爬虫の夏 ~後編~

2013/07/15 02:36:33
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 一夜が明け、朝日が照らす切り立った崖の上に、その下を覗きこむ影があった。
 重々しい巨岩のようなその影は、昨日のナズーリンとの打ち合わせの後、自ら斥候に出ていた長老の影だった。彼が覗き込んだ崖の下をタガメの群れが朝靄を裂いて飛んで行く、その姿を見送って長老は顔を苦々しくしかめた。

(速い。昨日に比べて明らかに速度が上がっておる。さすがに成長が速過ぎる気がするが……さて?)

 予想を超えるタガメの成長に長老は何かあったのかと思案を巡らす。しかし……

(考えるだけ無駄、か。考える材料が少なすぎる。放置するのは些か不安が残るが……まぁよい、あの程度ならまだ儂一人であっても対処出来る範囲。ふむ、早々に方を付けるという判断はやはり正着でしたな、ナズーリン殿)

 長老の口元が一転して笑みを描く。速度こそ予想を外れていたが、タガメ達の進路が彼の予想と、そして予定されていた策に従っていた為だった。そしてそんな彼の背後に複数の気配が近付く。

「……各々、監視対象の動きを報告せよ」

 彼の後ろに並ぶのは蛙の妖怪達だった。と言っても今は人間の姿をしていたが。

「監視対象"い"の組の群れ、命蓮寺の方角へ飛び立ちました」
「監視対象"ろ"の組の群れ、同じく命蓮寺の方角へ」
「監視対象"は"の組の群れ、三つの群れが大沼の北に残り、他七つの群れが命蓮寺の方角へ」
「監視対象"に"の組の群れ、こちらは……」

 粛々と続いていく報告の数々、長老が熟考の末選抜した斥候部隊だけあってどれも的確で、また漏れのない報告であった。
 そうして最後まで報告を聞き終えて、長老は瞑目して再び思案を巡らす。そして……

「うむ、時は来たり。出撃の時は今ぞ、もの共儂に続いけぃ!!」

 長老がかっと目を見開き一喝。集合地点である池の広場へと郎党を率い、跳躍を重ねる。
 風を唸らし進むその速度は先程彼が見下ろしていたタガメの群れより遥かに速い。

「……長老」
「うむ、紀之介か。どうした?」
「いえ、昨日合流を認めたという洩矢諏訪子……幻想郷の新参と聞きますが、使い物になるのですか?」
「……紀之介」
「はい」
「断言しよう。お主が百人束になっても諏訪子様には敵わぬよ。お主が諏訪子様の心配をするなど百年早い」
「なっ!! そ、それは幾らなんでも……」
「儂の見立てを疑うのか?」
「い、いえ……」

 跳ねながらの会話を経てジロリと長老が睨むと、見目麗しい少年の姿をした蛙妖怪は沈黙した。
 その姿を見て長老は溜息を零す。この少年は若輩ながら蛙妖怪の中ではかなりの上位に入る神童とも言える実力者なのだが、その才気故か自身と師である長老以外を低く見る癖があった。齢千を超える大妖溢れる幻想郷でその自信過剰は即死に繋がりかねない悪癖であり、長老はそれを直す為にさんざん骨を折っているのだが……結果はあまり芳しくないようだった。そしてそれが実は蛙妖怪の頭領たる長老が自ら斥候に出ねばならない理由であった。

(紀之介は予想通り単騎駆けで夜襲しようとするわ、平左は居眠りしているわ、友清はうっかり監視対象を間違えるわ……はぁ)

 ……もう一度言うが斥候部隊は長老が"熟考の末"に選んだ精鋭である。しかし……彼らは間違っても"即決で"選べる精鋭ではなかった。
 これが今回の作戦における最大の不安要素だった。妖怪は基本的に団体行動を取らない。例えば天狗という種族は、特徴として上下関係のある社会を構築していることが挙げられるが、これは逆に言うとその社会性が特徴として挙げられる程珍しいということに他ならない。
 今回蛙妖怪にある程度統率が取れているのも、これは長老個人の人徳があってこその成果であり、そしてその統率は残念ながら完全と呼ぶには程遠い。

(それに対して相手方は正しく虫。その統率は儂らどころか幻想郷全土を見回しても最上級のものであろう)

 ナズーリンが昨日タガメ達を蜂の群れに例えていたが、これは実に的を射た例えだと長老は思っていた。
 蜂の群れは恐ろしい。例え手足を失っても女王を守る為なら平気でこちらの喉笛に噛み付いてくる。
 いわゆる死兵と呼ばれるものだが、その死を厭わぬ凄絶さが醸す迫力を長老は知っていた。それがともすれば統率の取れていない軍を突き崩してしまいかねない程のものだと。

(残ったタガメ共を儂一人で突破し頭領を討つ。それが不可能だとは思わぬが、それは初めから儂一人であった場合。味方がたがいきなり崩れ、後背を突かれれば……)

 厳しい。長老は己を過信せず静かに結論を下す。かと言って本当に一人で行くのはやはり上手くない。それはもう完全にタガメ達と長老、どちらが上かに全てを任す運否天賦の丁半博打だ。ナズーリンが言っていた計算外などが起きた日にはその時点で完全に詰む。そうなれば、例え第二陣に残りの蛙達を潜ませたとしても奇襲による優位は失われる。……しかも不安要素はそれだけではない。

(紀之介にはああ言ったが……昨日の諏訪子様はどこか様子がおかしかったように思う。それも確かあれは諏訪の王国が……)

 長老はそこまで考え顔をしかめさせた。
 昨日それとなく聞いておければ良かったのだが、斥候部隊の指揮に忙しくその余裕がなかった。やはり味方の統率不足が弱点になっていた。

(せめて紀之介の高慢ちきがもう少しマシになっておれば、そちらの指揮を任せられたのだが……いや、これは八つ当たりというものか。統率が取れていないのは頭領たる儂自身の不徳)

 自省と共に気を引き締め長老は速度を上げた。
 不安要素はある、しかしそれはこちらの戦力を考えれば小さなことではあるのだ。何より作戦はすでに始まってしまっている。それも速度とタイミングが物を言う奇襲作戦である。今更躊躇は許されない。

(この先儂が出来ることは己を矢弾と化し突き進むことのみ。ならば不安などは置いて捨てる。……それしかない)

 長老が見た目に相応しい巌の如き覚悟を纏う。味方の弱点が露呈した時にはこの覚悟で以ってそれさえも押し通す。
 ……しかしそれでも、

(やはり惜しい。あと一つ何かあれば万全であったというのに)

 く、と短く皮肉な笑みを浮かべた長老が木々の切れ間を飛び越し、池の広間に轟音を立てて着地する。

「皆の者、出撃ぞ!! 今こそ蛙妖怪の意地を見せ……る……」

 長老が上げた気炎の雄叫びが立ち消えた。長老の隣にいた紀之介が呆然として立ち尽くした。
 朝靄によって細い帯のように差し込んだ朝日が静謐な水面に注がれていた。そして、その水面の上に立つ人影があった。
 注がれる朝日を浴びて洩矢諏訪子が瞳を閉じ、ただただ静かに立っていた。けれどその姿はどうしてだろう、言い様のない荘厳さに満ち溢れていた。
 長老が緊張でゴクリと喉を鳴らした。ただの森の中であるはずなのに、その場が注連縄で区切られた神域に変わってしまったかのようだった。いや、その認識は確かに間違ってはいないのだろう。何せ……

「長老」
「は、はッ!!」
「時間?」
「……はい」
「ん」

 そうして長老の返事に頷いた洩矢諏訪子、彼女は紛れもない土着神の頂点、なればこの場は神前に当たる神域なのだから。
 諏訪子のその神々しい様を見て、長老は目尻を潤ませた。あれは、あの諏訪子様は……

「我らの国を侵す、不届きな賊が居る」

 諏訪子が目を開き、凛とした声を響かせる。
 長老が連れた者達も、広場に居た者達も、その鈴のような声に打たれ身を震わせた。

「その賊は我らだけでなく、この幻想の園、全ての者の法を犯し人里に手を出した生粋の害悪である。これを討つにあっては、もはや大義を述べる礼すら不要」

 諏訪子が腕を広げる。その身に纏う清然とした何かが勢いを強め場に満ちる。

「我が眷属よ、断じて許すな!! 我が眷属よ、断じて怖じけるな!! 義は我らに有り!! その義を果たす限り汝らには洩矢神の加護がある!! 如何なる剣よりも強く、如何なる盾よりも剛き力を授けよう!! ……我が愛する勇者たちよ!!」

 諏訪子が一拍間を置いて息を吸う。そして……

「我と共に敵を討て!!」

 裂帛。正にそう表するに相応しい語気で諏訪子が叫ぶ。次の瞬間、

「「「雄ぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッ!!!!!」」」

 割れんばかりの叫びが迸った。腕を振り上げ叫ばぬ者は誰一人として居なかった。チルノや大妖精ですら何事かをひたすらに叫んでいた。
 その中で自らも叫びつつ長老は密かに笑った。

(これは……あと一つどころでは収まらんな。やはり統率が取れなんだは我が不徳の致すところであったわ)

 百と少しのこの軍勢に今や統率の不安など有り得まい。いや、それどころか妖気を持たないただの蛙にすら諏訪子の加護が宿り輝きを発している。あれならば十分に戦力として数えるに足る。ならばこの場の戦力は百を越え、二百を越え……

(否、それ以上は数える必要もなし。もはや我が方の勝ちは揺るがぬ)

 叫びの中を諏訪子が歩き、池の淵を越えて長老に歩み寄る。諏訪子との距離が縮まるに連れ長老は自然と居住まいを正した。

「長老」
「はっ!!」
「良かったら、また乗っけてくんない?」

 先程までの様子が嘘のようにあっけらかんとそう言われ、長老はパチパチと瞬きを繰り返した。けれどそれも一瞬、大きな口に笑みを浮かべ長老は傅くようにこうべを諏訪子に差し出した。諏訪子は嬉しそうに笑って長老の頭に飛び乗る。長老がゆっくりと頭を上げる……と、そうして視線が上がって諏訪子は長老の横に立って、未だ呆然としていた紀之介に気が付いた。

「君、大丈夫?」
「……は、はい」
「そ、ならよし。結構強そうだけど、長老のお孫さん?」
「は、残念ながら血の繋がりは有りませぬが、これなるは孫に劣らぬ我が愛弟子、紀之介と申します」
「そっか、それじゃ紀之介」
「は、はい!!」
「お師匠さんに追いつけるように頑張ってね。今日は頼りにさせて貰うから」
「はいッ!! 諏訪子様の為に粉骨砕身させて頂きます!!」
「ん、まぁ無理はしないでねー。それじゃ長老」
「はっ」

 諏訪子に声をかけられ長老が脚を撓め力を込める。そして……

「全軍出撃!!」

 諏訪子の叫びと同時に、長老が大きく跳ね飛んだ。
 その場の全員がその後に一斉に続いた事は、もはや必然とも言える当然の行動であった。











………………

…………

……












 蝗、という文字がある。
 読みはイナゴとなるが、元々はトノサマバッタ等の一部のバッタが相変異した際に与えられる文字であり、虫の皇などという大仰な文字が当てられるその訳は蝗害、もはや天災に数えられる程の大量発生であろうことは想像に難くない。
 蝗の群れ、蟻の群れ、蜂の群れ、虫の数の力は時として人の力を大きく上回る。せめてもの救いはこのような数の力を持つ虫達が一匹一匹では、体躯の差で人間に勝ち得ない者達であることだろうか。もし仮にこの数の力に個々の力が付与されれば、それは掛け値なしに世界の在り方を大きく変える力になるだろう。
 ……そして、そんな悪夢めいた仮定が今、幻想郷の森で現実のものになっていた。

 ブブブブブ、ブブ、ブブブ、ブ、ブブブブブブブブ、ブブ、
 ブブ、ブブブブブブブブ、ブ、ブ、ブブブブ、ブブブブブ、
 ブ、ブブ、ブ、ブブブブブブブ、ブブ、ブブブブブブブブ、
 ブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブ!!
 ブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブ!!
 ブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブ!!

 幾つも幾つも響く羽音の群れは、もはや山津波さながらの轟音だった。
 体長が50mm~60mm、日本最大の水生昆虫であるタガメの群れは、森も平野も飲み尽くす大河の氾濫のようだった。この褐色の剛流にならば、河童とて飲まれても罵倒も謗りも受け得まい。なにせ時折タガメの群れの中から響くバキバキという音はタガメにへし折られた立木がたてる音なのだから。妖怪化したタガメの突進力はもはや虫類の域に収まらず、兵器の域に踏み込んでいた。
 命ある者が踏み込めば、熊であろうが象であろうが骨と皮に成り果てる破滅の雲。幻想郷のタガメは今や、蝗の文字を本来の持ち主から簒奪するに値する最強の群れだった。しかし……

「いっけぇぇぇええええええ!! 撃て撃て撃て撃てーー!!」

 ならばその群れをすら引き裂く存在には一体どのような文字を当てるべきなのか?
 諏訪子の号令で弾幕を張る蛙の軍団が駿馬の速度で山道を押し進む。タガメで犇めく空間の中でその周囲だけ色が違ってしまっていた。圧倒的な数を誇るタガメの群れをそこまで押しやる蛙の弾幕、それこそは……

「さぁ我が眷属よ、我が加護を存分に振るえ!! のわはははははははは!!」

 コバルトスプレッド。それが蛙達に与えられた力にして放たれている弾幕、いやさ弾頭であった。
 分類としてはナパーム弾などの焼夷弾に近い。蛙型をした可愛らしい妖弾はその見た目とは裏腹に、敵に着弾すると同時に炸裂し更なる破壊を広範囲にもたらす極悪な効果を持つ、そしてその効果は……

(うぅむ、哀れな程タガメ共に相性が良い。流石は諏訪子様、戦を解っておられる)

 諏訪子を頭に乗せた長老は、その巨躯による結界付きの突貫で最前線を切り開きつつ感心で唸った。
 何を隠そう諏訪子が加護として与えるこのコバルトスプレッド、数を頼みとする敵には滅法強い。
 命蓮寺建立後にあったゴタゴタでは、封獣ぬえが得意とするUFO型の使い魔弾幕にその効果を遺憾なく発揮。カラフルなUFO使い魔を瞬時に撃滅し、伝説にその名を残す大妖であるぬえに、幾らなんでもそれずっこいよ!! と涙目で叫ばせた程である。
 千年以上を生きたぬえですらその有様なのだ。妖怪の域に半歩足を踏み入れただけのタガメ達が敵うはずもなかった。更に……

「おらー!! アンタらもっと気合入れなさい!! 弾幕はこう撃つのよ!! こう、もっとへぐり込むように!!」
「チルノちゃんそれを言うならえぐり込むだよ!! ……ってそれじゃどっちみち良くわかんないよ!!」
 
 後陣でトボけた叫びを上げるチルノであったが、しかしその力の抜ける内容に反して蛙達、特に昨夜斥候に出ていなかった者達からは力強い雄叫びが返礼として返され弾幕の勢いが強まる。その上チルノ自身の弾幕も冷気属性なので虫類にはすこぶる効果的であり、景気よくタガメを撃ち落としている。戦力、士気、双方を共に底上げしているチルノは今やちょっとしたカリスマと化していた。
 諏訪子の様子が変わった事といい、チルノといい、昨夜に一体何があったのだろうかと長老はかなり強く疑問に思った。
 ……と、そんな長老の視線に気付いたのかチルノが長老に追い付いてきて、

「どうよ、諏訪子に超ガマ、あたいの最強っぷりは!! これならもう楽勝よね!!」

 得意満面の笑顔でチルノはそう言って胸を張った。
 それを見て諏訪子と長老は揶揄することもなく、ただ微笑ましげに笑った。実際、チルノの働きは大したものだった。最強とはいかずとも、現在の快進撃に大きく貢献しているのは間違いない。
 ただ……

「んー、確かにチルノもうちの子達もすっごい奮闘してくれてる訳だけど……長老」
「はっ」

 諏訪子は再び弾幕をばら撒き始めたチルノから視線を切って、顔を厳しくして言う。

「このまま……行けると思う?」
「……」
 
 諏訪子の問いに長老は即座に答えを返せなかった。
 諏訪子達は目的地である大沼への道のりをすでに半ば以上踏破していた。そしてこれまでの自軍の損失は全くの零。ほぼ、と断りを入れる必要もない完全な零である。
 これ以上無い程に順調な道のり、しかし、いやなればこそ諏訪子と長老は不安というか漠然とした嫌な予感を感じていた。なぜなら……

「タガメがこっちのコバルトスプレッドに対処出来てない。ううん、"対処しようと"してこない。これは絶対おかしい」
 
 諏訪子が呟いた言葉に長老は無言で同意を示した。
 人里を囲って更なる力を得ようなどという搦手を使う以上タガメ達……というよりその頭領が人に劣らぬ知能を持っているのは間違いないと見ていい。ならば少なくとも自軍が一方的に押されているこの現状に何か手を打っては来るはずなのだ。例えその手が上手く行かなくとも、少なくともその痕跡ぐらいは見えるはずなのだ。にも関わらず……タガメ達の行動は先程から正面からの突進のみ、完全に一定の動きしかしておらず全く変化がない。打たれるはずの手の痕跡が全く見えない。

「こうなってくると考えられるのは二つだよね。一つ、タガメの頭領とやらを私達が買い被ってた。噂の頭領さんとやらは思ったよりずっとお馬鹿さんだった。こっちだったら私達としては万々歳だよね」

 そう言って戯けたように手を上げて見せる諏訪子の顔は、しかし、仕草とは違い重いものだった。

「けどもう一つの方、向こうの頭領さんがすでに手を打っていて、"私達が"それに気付けない程のお馬鹿さんだったりしたら……今ってかなりまずいよね?」
「……やはり諏訪子様もそうお考えですか」

 長老の遠回しな同意の言葉を聞いて諏訪子は更に表情を曇らせた。なにせもし仮に後者の可能性が現実であった場合……コバルトスプレッドによる力押しで一定の行動しか取っていないこちらは知略家の絶好のカモであるはずだからだ。
 いや、後者の可能性を真実と睨むなら、そもそもタガメの一辺倒な行動もこちらの動きを優勢という甘い餌で釣る為の罠だと見るべきだ。

「長老、相手は何してくると思う?」
「そうですな……定石ならばまずこちらの足を止め、その後伏兵にて横撃を加えて陣形を引き裂く。こちらは鋒矢の陣ですからな、これが妥当にして最上でしょう」

 鋒矢の陣とは、その名の通り自軍を矢のように布陣し、極限まで突破力を高めた陣形である。
 寡兵で大軍を突破し頭領を討つという戦略目標を考えれば、これもまた妥当な陣形であると言えるだろう。しかし、鋒矢の陣は高い突破力の代わりに前面以外の防御力が弱いという欠点がある。またその高い突破力故に前軍が止められてしまえば後続が止まれず同士討ちになるというリスクもある。
 故に厚みのある部隊で足を止めて包囲殲滅というのは長老が言った通り相当に有り得る対応策なのだが……

「しかし、この策を取って来るのならやはり我々としては万々歳ですな。甘く見るつもりはありませんが、敵方に我が方の先陣を止められる力があるとは思えませぬ。その為に諏訪子様に先陣まで御足労願っておる訳ですからな」
 
 鋒矢の陣とは通常、大将を後方に置いて突撃を仕掛けるものである。
 しかし今回長老は諏訪子の合意を得てこの定石を曲げ、諏訪子と共に先陣を切った。これは人間が考案した陣形を妖怪が用いるための応用だった。
 極端な話、諏訪子と長老を除いた面々で構築された先陣と、長老に乗った諏訪子の変則の一騎兵が激突した場合、何の問題もなく一騎兵が先陣を切り裂くという有り得ぬ光景が展開されるだろう。妖怪の個人戦力差というのは"格"によって人間のそれより大きな開きが出る。一騎当千が比喩でなく実際に存在するのが妖怪達の世界なのだ。ならば、その四文字熟語に該当する者が突撃を旨とする陣形にて先陣を切るのは必然と言える。
 そして、そのような規格外を持たない側が持つ側の瞬発的な突破力を止めることは不可能に近い。

「となれば、警戒すべきは兵力による足止めではなく、罠の類による足止めですかな。しかしこれも……」
「うん、それは大丈夫。この先の地面に怪しいところはないから」

 長老が問うように濁した先を引き取って諏訪子は頷いた。
 坤を創造する程度の能力、土地の荒廃を操り大地を御する、土着神の頂点たる諏訪子に与えられた超級の能力。この能力で諏訪子がこの先の地面をスキャンした結果、罠らしき物は何一つなかった。そしてタガメに諏訪子の目を欺くほどの偽装能力があるとは考えにくい。

「……嫌な予感がするね」
「……嫌な予感がしますな」
 
 諏訪子と長老がボソリと同じ見解を零した。
 実際のところ何かが有り得るとすれば、それは嫌な予感では収まらない大仕掛のはずだ。しかし、何をしてくるか全く見当も付かないが故の漠然とした、この上なく不安を掻き立てる表現だった。

「長老、こうなったらいっそ進路を変えてみない? このままっていうのは正直気持ち悪いよ」
「うぅむ、お言葉はご尤もなのですが、しかしそうなるとこの山道を外れ森の中を進むことになります。そうなれば後続の一部はこの速度を保てませぬ。今以下の速度では足止めなしでも横撃を食らう危険性が」
「うーん、あるかどうか解らない危険の為に、はっきりした危険に飛び込む訳にはいかないかぁ」
「はい。……まぁ、仰る通り杞憂の可能性も捨て切れませんからな。正直、今の我らを止め得る手段というのはそうありませぬ」
「あーうー……それなんだけど、私なんか心当たりがある気がするんだよねー……うーん、なんだったかなー?」

 長老の言葉に感化され、何かを思い出しそうになった諏訪子が腕組みして唸る。そんな諏訪子に倣い長老もまた自らの内に没頭して記憶を辿る。しかし……戦場の最前線にて圧倒的な力を振るう二人の追憶は結局意味を成さなかった。何故なら……

「うえっ!?」
「なんと!?」

 二人の懸念、それが現実に形を成して襲いかかってきたからだ。
 始まりは微かな風だった。騒乱の戦地の中、唐突に風向きが変わった事に気付いたのは諏訪子と長老を含めほんの一握りしかいなかった。しかし、それが一握りであったのもほんの一瞬、疾走する蛙達は次々に気付いた、気付かされた。自らが進む先に轟々と空気を飲み込み圧搾する、風の塊が出現していることに。
 目に見えぬ風で作られているはずのそれがはっきりと目視出来る程の、あまりにも桁違いな気圧による光の歪み。その力を博識故に理屈で悟った長老は顔を引き攣らせた。

(有り得ぬ!! これ程の術を扱える者など、儂はおろか幻想郷全土を見渡してもそうはおらぬぞ!! しかも風術だと!?)

 或いは、これがもっと別の、例えばタガメに縁のある水術であったなら長老の動揺はもっと少なかったかも知れない。しかし、よりにもよってタガメと何の関係もない、要するにどう考えても専門ではない風術であった事が長老の動揺と絶望を誘った。そう、彼は気の毒なほど知恵が回った。少なくとも、風術でこれ程ならば水術であったならどれ程のと、先を考えてしまう程度には。しかし、今日まで彼を支えてきたその聡明さが今回ばかりは裏目に出た。長老が一瞬、今でなく先に思いをやったその隙に風塊が更にその力を増し……

(いかん、風が止まりおった。これは……!!)

 風塊は先程まで風を飲み込み、驚異的な圧力で押し固めていた。ならば風の吸収が終われば……

(あの中の風をこちらに向けて放たれれば……!! 躱す……否、後続が間に合わん!! ならば防ぐしか方法が……くっ間に合うか)

 長老は歯噛みして妖力を練る。自覚があった、ほんの一瞬、今でなく先を考えたその時間が致命的な遅れに成り得る事に。
 それでも長老は他の全てを忘れて必死に術を紡ぐ、自身とそして何より後ろに引き連れた同族達の為に。しかし……

(ぐぬ、間に合わん!! いやそもそも間に合ったとしても、凌げるかどうか……!!)

 敵の術式の完成を膨れ上がる力の大きさで察知し、長老はいよいよもって覚悟を決めた。出来かけの結界と自らの身体で以って術式を止める、その覚悟を。
 長老が歪む風塊を睨みつける。風塊が解け轟々たる音と共にその中身を吐き出す、そして……

「長老!! 結界で皆を止まらせて!!」

 長老が、自らの頭の上の存在を忘れる程必死であった長老が、その言葉に反応出来たのは、やはり並々ならぬ敬意が第一であったのだろうが、しかし頭上で膨れ上がった力が目の前の風塊に劣らぬ程巨大な物だったことも大きな要因であっただろう。
 長老は指示に従い、用意していた結界を後方に展開し余勢によって停止仕切れていなかった味方を受け止め、その場で強制停止させる。納得の行く出来ではなかったとはいえ、十分に防壁として機能するはずだった結界を後ろに放つ事に長老はもはや全く躊躇しなかった。
 馬鹿げている、心配とは程遠い位置にある方とはいえ、よもやこの場において最強の存在を失念するとは――!!

「こんの……」

 目の前の風塊が国の歴史を変えてきた神風を思わせる術式であるのなら、食い縛る歯列の間から怒気を漏らした諏訪子の術式は日の本を見下ろし続けてきた不死の山を思わせる重厚な術式だった。
 天災たる野分と、不動たる霊峰の対峙。直接ぶつからずとも気配で見る者を圧倒するその対峙は、しかし長くは続かずに……

「何のつもりさ馬鹿ぁぁーーーーーー!!」

 諏訪子の叫びと同時に、遂に風塊がその威力を顕にした。街を引き裂く巨大竜巻を一点に収束させたかのような豪風が諏訪子目掛けて迸る。諏訪子が術式を解き放ったのもそれと全く同じタイミングだった。長老の頭の上から飛び降り、膨大な神力を宿した両手を地面に叩きつける。同時に地面が多頭蛇のように隆起し捩じ合わさり、強固な防壁を構築。二つの強大な術式が激突する。

「む、むぅぅぅっっ!!」

 ガガガガガと、重い掘削音と諏訪子の苦鳴が重なる。
 風の螺旋槍と大地の防壁がその身を削って先陣の覇を競う。
 そして諏訪子の防壁が削れ削れ削れ――

「どッ!! 根性ぉーーー!!」

 諏訪子が一際強く防壁に力を注ぎ込む。防壁が光輝き、防壁の後ろで固唾を飲んでいた長老達の目を焼く。そうして光が晴れた先に……

「ぜー、ぜー……」
 
 荒く息を吐く諏訪子と防壁の姿があった。しかし本当にギリギリの攻防であったのだろう、どうにか健在を保つ防壁にはあちこち小さな穴が開いて細く陽光を通していた。

「く、くくく……」
「諏訪子様?」

 ガラリと音を立てて、役目を終えた防壁がその身を崩し土に帰る。
 諏訪子を先頭とした蛙達の前に風の術式で荒らされた山道の光景が広がる。流石にあの風術を前にしては退くしかなかったのかタガメ達の姿はいつの間にか消えていた。未だ砂塵の余韻でぼやける景色を前にして、諏訪子は静かに笑っていた。

「ふ、ふ、ふ……私の能力に引っかからないように空中に陣を張って奇襲……つまり、私の能力をよく知ってる……しかもこの威力の風術……それで思い浮かぶのって幻想郷じゃ一人しかいないよねぇ!!」

 そう言った諏訪子の声に呼応するように砂塵が晴れる。その先には、ちょうど風塊があった場所に立つ、あまりに特徴的な"人影"があった。
 鏡を胸元に飾った人影だった。注連縄を背負った人影だった。ついでの如く立派な御柱も背負った人影だった。それすなわち――

「同居人にいきなり何してくれてんのさ、神奈子ぉーー!!」

 晴れた砂塵の先、日輪を背に後光を纏った八坂神奈子の立ち姿に諏訪子は辛抱堪らず渾身の叫びを上げた。
 あまりに予想外の敵援軍に諏訪子の背後で長老の口がバカリと開く。

「いやー寺のネズミはいい勘してるねホント。計算外、ここに極まれりだ……で、一体どういうつもりさ神奈子?」

 苛立ちを隠しきれない諏訪子は早口で捲し立てる。いや、諏訪子のそれは苛立ちではなく焦りと呼べるものだったかもしれない。何故かと言って、諏訪子は神奈子がタガメの側に付く理由を想像出来たからである。
 タガメ達は現在多くの信仰を集めており、かつこれから更に多くの信仰を得られる見込みもある成長株である。ならば、その商売敵を掣肘するのではなく言葉巧みに自勢力に取り込み自らの信仰に統合する。名よりも実をとる、諏訪の王国で諏訪子を頭に据えたままの二大巨頭政治などというものを採用した実利主義者の神奈子が如何にも好みそうな戦略であった。とはいえ勿論、その戦略を諏訪子が受け入れられるはずもない。

「んー普段信仰集めは任せっきりだから言い難いけど……流石に今回は譲れないよ、神奈子。私がどんだけ蛙好きかっていうのは、あんたなら良く知ってるでしょ?」

こりこりと頭を掻いて諏訪子は再びしゃがんだ姿勢で両手を地面につく。人が蛙を真似たかのようなその姿勢、一見そうは見えないが、それが実は諏訪子の戦闘態勢であることを神奈子は違えず悟れるはずだった。言葉でなく姿勢で以って不退転の決意を示した諏訪子は、そのままじっと神奈子を見据え反応を待つ。しかし……

「……? ちょっと神奈子、なんか言ったらどうなのさ。だんまりじゃ私もどうすればいいか決められ……」
「諏訪子様」
「長老、悪いんだけど今はちょっと……」
「諏訪子様」
「……んむ?」

 言葉を遮るような呼びかけにようやく違和感を覚え、諏訪子は長老の方に半身の横目で注意を向けた。自身と同格の神奈子と対峙した状態を考えれば、破格の対応であった。なにせ思えば長老が諏訪子の言葉を遮るなどというのは初めての事であり、それはつまり何か退っ引きならない……

「神奈子殿の様子、どこかおかしくはありませぬか?」
「……あぅ?」

 引きつった顔、引きつった声でそう言われ諏訪子は改めて神奈子の姿を注視した。
 言われてみれば神奈子は何か小さく震えているような……というかこの期に及んで無言というのが多弁な神奈子にしてはおかしいような……そして諏訪子は気付いた。目、神奈子の両目が明らかにおかしい、赤みを含んだ目の中にぐるぐると渦巻き模様が浮かんでいる。それはもう何というか解りやすくメダパニってるというか、かなこは こんらんしている!! というか、洗脳探偵ここに降臨というか……

(あーそういえばタガメの能力って確か……)

 思い出した瞬間、諏訪子は自覚した。多分、今、自分も顔が引きつっていると。

「え、いやでも、まさか、そんな……」
「タ……」
「……!!」

 予想されるあまりの事態に動揺する諏訪子、そしてそれに追い打ちをかけるように神奈子が口を開き……

「タガーーーメェェーーーーー!!」
「神奈子が操られてるーー!?」

 神奈子が上げた確定的な雄叫びを聞いて、諏訪子はこちらも本気で叫んだ。

「ちょっと長老、話違くない!? タガメの能力って人間にすら効果微妙って話じゃなかったっけ!? ていうか神奈子がやられるなら私だってやばいよ!! 自慢じゃないけど私むかし神奈子にボロ負けしてるんだからね!?」
「い、いえ、幾ら何でも神奈子殿ほどの方を洗脳できる能力などあるはずが……いや、タガメを千匹近く一遍に食せばあるいは……?」
「タガメだけ千匹も食べるってどんな状況さ!! 言ったらなんだけど神奈子って虫とか結構苦手なんだからね!! ゴキ出たらきゃあとか叫んで早苗に内緒で私呼ぶんだよ!?」
「む、むぅ……」
 
 計算外の上の更なる計算外に蛙陣営は大いに慌てる。

(まずい、まず過ぎるよ~。神奈子がまともなら普通に弾幕ごっこでケリつけられるけど、これじゃ無理そう……ていうか、わざと蛙達を巻き込むように戦われたら庇いきれない)

 諏訪子は事態のあまりの不味さに歯噛みする。思考を深め、方策を探せば探すほど絶望が深まる。というより、仮にこのマリオネット神奈子がいつもと変わらぬ100%のスペックを発揮出来るのだとしたら、事は蛙vsタガメなどという話では収まらない。なにせここで神奈子を使って諏訪子を撃破、何らかの方法で洗脳、諏訪子も使って次の目標へというのを繰り返していけば、幻想郷全土を征服する事すら夢ではないのだから。
 神奈子の登場により諏訪子は先程までの楽勝ムードが嘘のように追い詰められていた。……と、

「……諏訪子様」

 重々しく諏訪子に呼びかけたのはやはり長老だった。昨日今日と策を敷き、力を振るってきた古強者。その声にはやはり諏訪子も期待してしまう。長老なら、何かこの状況を打開する策も……

「御身は大沼に先行し、頭領を討って下され。神奈子殿は儂らが引き受けます」
「……うぇ?」

 長老が口にしたのは期待に応える策どころか、理の一辺も通らぬ暴論だった。あまりに予想外の言葉に諏訪子はその身を硬直させる。

「な、長老何言って……」
「申し訳ございませぬが、これを拒否する権利は諏訪子様には御座いませぬ。これは末端とはいえ妖怪の賢者としての儂の決定なれば」
「……ッ」

 二の句を継がせぬ長老の断言に諏訪子は今度こそ絶句した。
 長老は、この幻想郷の先達は、新参の諏訪子などより余程現状を重く見ていたのだ。なんとなれば、ここで幻想郷の為に自分達を使い潰すのも致し方なし、と。

「神奈子殿がこの地点で出てきた以上、ここから大沼までにタガメの群れ以上の障害はありますまい。ならばここより先は諏訪子様お一人の方が足が速い。……諏訪子様、どうか御理解下され、今は窮地であると同時に好機でもあるのです。もし仮に神奈子殿とタガメの頭領を同時に相手取った場合、御身であれど勝利は絶対のものではなくなります。勝利を確実なものにするためには両者を分断する必要があるのです」

 そして、その分断を成すのは今を置いて他にありませぬ。
 長老が冷徹な、断固とした口調で諏訪子を諭す。

「そ、それなら私が神奈子を……」
「手段は解りませぬが、神奈子殿を操るような者が相手なら諏訪子様より儂らの方が操られる可能性が高い。……諏訪子様、御身は操られた儂らを撃つ事が出来ますかな? いや、それ以前に……」

 神奈子殿と全力でやり合う事が出来るのですか?
 神奈子を鋭く見据えながら語る長老の言葉に、諏訪子はとうとう反駁の言葉をなくす。
 結局、問題はそこだった。今の神奈子がいつもと変わらぬ力を出せる可能性は実の所かなり低い。なにせきっちりと準備していたはずの風塊の術式を諏訪子は咄嗟の術式で防ぐ事が出来たのだから。しかしそれを言うなら……諏訪子はこの神奈子を相手に全力を出せるのか、いや出せぬ危惧がある以上、神奈子の相手をするべきなのは……
 諏訪子の理性ははっきりと理解していた、長老が提示したマッチアップこそが最善だと。しかし、それでも諏訪子は頷けない、なにせ自分抜きでは、そもそも風塊の術式だけで蛙達は壊滅していたはずなのだから。口を戦慄かせ、諏訪子は懊悩する。悩み、悩んで、ひたすら苦悩し……

「……分かった。ごめん長老、神奈子を足止めして」
「承知致しました。代わりに諏訪子様にはタガメ共の頭領への手厚い挨拶をお頼みします……儂らの分まで」
「……うん」

 決断し、諏訪子は長老の後ろへと飛び退いた。そうして長老と同じ様に神奈子を見据える。どのタイミングで飛び出すべきか、後ろから神奈子の追撃を貰わぬ機を計り……

「ねぇ」
「……なにさ?」

 すい、と泳ぐように軽く前に出たチルノが背を向けたまま、こちらも神奈子を見据え問いかけた。チルノが横に並んだ事に長老も驚いているようだった。
 
「よく解んなかったんだけどさ、よーするに今からあたい達があの柱を相手にして、諏訪子が先に行くってことでいいのよね?」
「……そうだね。そうなるよ」

 チルノがあっけらかんと言った内容を反芻して、諏訪子は白けたような口調を改めた。
 考えてみれば、この展開で一番とばっちりを食ったのは、このチルノと大妖精だろう。信仰争奪戦に妖精は関係ないし、タガメの被害も出ていない、そんな完全な第三者であるにも関わらず参戦し、そして置いていかれようとしているのだから。
 ならば恨み言の一つや二つ言いたくなるのは当然だろう、諏訪子はそう考えチルノの言葉に耳を澄ました。

「んー、親分やっつけるのはあたいがやりたいんだけど……やっぱり諏訪子が行った方がいいのよね、"蛙達が最強であって欲しいのは"きっと諏訪子なんだろうし。……だからさ、残るのはいいんだけど、いっこだけ聞いときたいのよ」
「……?」

 チルノの軽い言葉に諏訪子はほんの少しだけ戸惑った。
 何か想像していたのと言い分が違う、そしてこの戸惑いは覚えがある。あの夜の池で、諏訪子は確かに同じ様に戸惑った。ならばチルノはまた、まさかまた、諏訪子の全く予想していない事を言おうとして……
 そして果たしてチルノは、

「あの柱、知り合いみたいだけど、別にあたいがやっつけちゃってもいいのよね?」
「――――」
 
 何でもない事のように、そう言った。誰もが身じろぎ一つせず口を噤み、木々のざわめきさえも静まった。
 そうして最初に音を立てたのは、ずさりと一歩後退った音だった。それは神奈子が立てた足音だった。

「ふは、ふはははははははははははははははははははははは!!!!」

 次いで訪れた変化は野太い哄笑だった。
 長老が高らかに上げたその笑声と共に空気が変わっていく、悲壮に冷めていた空気が、火のように熱くなっていく。先じて神奈子を下がらせた熱気が、熾火のように広がっていく。

「はは、はっ!! ……諏訪子様」
「な、なに? っていうか長老、なんか大丈夫?」
「全く大丈夫で御座います。それより諏訪子様、先程の言葉を訂正させて頂きたく。タガメ共の頭領への挨拶はほどほどでお願いします。後ほど"神奈子殿共々儂ら全員で挨拶に向かいます故"」

 ざざざざざと、長老の言葉と同時に後ろに居た蛙達が前に出る。人の姿をした者も、蛙そのままの姿をした者も、はっきりとそれと解る戦意満面の笑みを浮かべていた。そんな蛙達を見てチルノはきょとりと首を傾げる。その姿を見て苦笑し、長老が口を開く。

「諏訪子様、どうかお早く。……神奈子殿は儂らが引き受けます」

 先程言われたのと全く同じ言葉だった。けれど、そこに篭った熱の違いを察して諏訪子は今度ははっきりと頷けた。

「長老」
「はっ!!」
「これが終わったら……うん、昔の話を、しよう。今まで怖くて聞けなかったけど、今なら大丈夫な気がするから。あの頃何を思ったか、私に聞かせて」
「……ッ」

 諏訪子はそう言って長老の背中を叩き、大沼の方へと飛び立った。神奈子はそんな諏訪子を何もせずに見送った。この場を去る者に攻撃を向ける余裕はもう神奈子にはなかったのだ。その代わりに神奈子は右手を上げて合図を出す。ブアン、と羽音を立てて新たなタガメの群れが蛙達の前後左右に現れる。

「……成る程、儂らが話す間仕掛けてこなかったのはこの為であったか。しかし、今となっては失策よな。チルノ殿が話す前ならば、あるいは勝ち目もあったであろうに」

 絶体絶命を思わせる包囲網にも、もはや蛙達は怯まない。むしろ窮地上等と言わんばかりに気炎を滾らせ、武者震いに震えた。

「ねぇ超ガマ」
「む、何ですかなチルノ殿?」
「諏訪子が言ってた昔の話って何?」

 ぐるぐると腕を回し、やる気満々を小さな身体で示すチルノが問いかける。
 長老はそれを聞いて遠くを見る目をして小さく笑った。

「昔の、そうですな、儂がまだチルノ殿より背丈が低かった頃の話です。まだまだ不甲斐なく、諏訪子様のお力になれなかった頃の話です。……いや、今も不甲斐ないのは変わりないのかも知れませぬな。全く、端から負けるつもりで戦に挑むとは不甲斐ないにも程がある」
「……ふーん、じゃあさ」

 チルノは解ったのか、解らないのか、ともあれ空を飛び長老の頭の上に乗って笑った。

「ここでふがいなくないとこ見せとかないと!! じゃないと、いつまでもふがいないままよ?」
「……は、違いない。全く以て、その通りでありますな」

 長老がぎょろりと目を剥いて神奈子を見据える。
 今更恨み言を言う気はない。なんとなれば諏訪子が神奈子を無二の友とみなしているのだ。神代の昔の話で恨むつもりなど毛頭ない。
 しかし、その大和の神としての威厳を漂わせる姿は長老に苦い記憶を想起させる。一対一の勝負に敗れ……ただそれだけで敗北を諏訪子に悟らせてしまった、力と信用の足りなかった己の弱き姿を。その記憶を払拭するのに今以上の好機があろうか、否、有り得るはずがない。
 チルノの言葉に乗せられ、しかしそれを心地良く思い、長老は自ら一歩を踏み出し……

「時の果てにて忘れられし神々よ!! 我らが蛮勇、天の御座より照覧あれ!! 我らは今、時を遡及し大和の御神に挑み候!!」

 長老の老いたはずの笑みが頭上のチルノのそれと重なる。思い出す、己が可能性の無限を信じた、若き日の事を。

「亡国、諏訪が王国臣下、サイノモレヤガミ!! 守矢が祭神、建御名方神に一槍馳走せん!! いざぁぁあぁぁあああああ!!」
「ぃよっしゃあ!! いったれ超ガマぁぁあああ!!」

 過去の己を乗り越えるべく、古き大蝦蟇が地面を削り突貫する。タガメが飛翔し、蛙が加護の妖弾を解き放つ。激戦の幕が今、切って落とされた。











………………

…………

……















 そこがタガメの頭領の沼だと聞いていた諏訪子は、はっきり言って拍子抜けした気分だった。
 あれだけ物量戦術でゴリ押ししてきたタガメ共の本拠地なのだ、そのタガメ密度は相当のものだと思っていたのだが、辺りを飛び交うタガメの数はごく僅か、恐らく百を超える事はあるまい。

(……って、タガメって普通十匹もまとめていたら多い方なのに。麻痺しきてるなー)
 
 久しぶりだったとはいえ、タガメを一、二匹見て逃げ回っていたのは昨日の話だったのに。諏訪子は苦笑し、パシパシと頬を張って気を入れ直す。
 タガメの大沼はとても美しい場所だった。蓮が浮き、水草が繁り、その水辺の緑を綺麗で透明な水が育み、波間の陽光と共に見る者の目を楽しませる。
 そんな光景が守矢神社の湖並の面積に広がっているのだ。蛙と遊ぶことの多い諏訪子でも、ここまで見事な水辺の情景というのは滅多にお目にかかれない。空から降りて、その畔に立った諏訪子は思わず感嘆の息を付いた。しかし、

「まぁ、水草にやたらくっついてる卵は余計かなー。目玉みたいで気持ち悪いよ、せっかくの景観が台無しだね」
「あっははっ、それは仕方ないわよ。やどうか、やどうかと問われてこの幻想郷は諾と答えてしまったんだもの。高野聖に宿貸すな、娘取られて恥かくなってね。……私達に宿を貸して、それぐらいで済むなら安いものじゃない?」
「……」
 
 ま、勿論それだけじゃ済まさないんだけど、とそう結んで即座に返される返答。
 無論のこと諏訪子は初めから気付いていた。大沼から顔を出している大きな岩、その上に座す人影に。
 年の頃は十代半ば、恐らく早苗とそう年の変わらない少女だった。と言ってもここが幻想郷である以上、見た目を年齢に直結させるのは論外だが。
 どこか色褪せたような白味の強い金髪を二つに結い、その先端に鋭く研いだ黒曜石の飾りをぶら下げ、見かけの歳の割には長身な身体を褐色の小ざっぱりしたスリーピーススーツとその上に羽織った丈の長いコートで包んでいた。そんな幻想郷では滅多に見ないようなマフィアファッションの少女は服と揃いの褐色の瞳で諏訪子の事を正面から見据えていた。少女の不敵なその態度に諏訪子の瞳が、すぅっと不吉に細められる。

「……あんたがタガメの頭領ってことでいいんだよね? まぁ違うって言っても、とりあえず一発殴っとくけど」

 諏訪子はそう言って両手に顕現させた鉄輪を握る。容赦なく戦闘態勢に入った諏訪子の確認は、あくまで念のための確認だった。この少女、これまで諏訪子が蹴散らしてきたタガメ共とは、纏う力の桁が違った。互いに全力を見た事がないため甲乙付けがたいが、少なくとも長老と勝負しても瞬殺、楽勝とはならないのは間違いない。
 そして果たして、褐色の少女は岩の上で立ち上がり、頭に乗った中折れのソフト帽を胸に押し当て一礼し名乗りを上げた。

「ピアチェーレ、スィニョリーナスワコ。私はこの沼の主にしてタガメ達のドン、小川弥 夜召(おがわみ よるめ)と申します。長い付き合いになりますので、どうかよしなに」
「……長い付き合い、ねぇ。私としては速攻で縁を切る気でいるんだけど?」
「ある意味ではそうなるわね。こっちも貴方の自意識とは早々におさらばするつもりだし」

 帽子を戻しながらサバサバと言ったその言葉に、諏訪子の眉がピクリと跳ねる。その微かな反応を目敏く捉え、夜召はにんまりと笑った。

「ふふ、貴方のお友達とはもう会ってるはずよね? ホント、彼女には助けられてるのよ。彼女のお陰で私の幻想郷征服計画が五年は早まったわ」
「……単純に疑問なんだけど、あんた程度がどうして神奈子を操れたのさ?」
「ん? んー、それについては私もよく解らないわ。強めに操れる奴にいきなりド強いのが出てきたから喜んで攫ってきただけだし」
「……」

 夜召のとぼけたような言葉を聞いて諏訪子の顔に剣呑さが増す。並の妖怪ならそれだけで心臓発作を起こしそうな鋭い眼光。
 しかし、夜召はそれを受けても表情を変えず、飄々と肩を竦めてみせる。

「睨まれても困るわね。嘘は言ってないわよ? まぁ、半分ぐらいは狙ってたけど」
「半分?」
「そ、うちの子達の能力って累積遅効性な代わりに一つ一つは感じられないぐらい弱いから、大物もうっかり引っかかったりしないかなーとは思ってたの。拾った幸運だけど、期待はしてたって感じかな」
「……ふーん、そっかそういう感じか」
「そ、そういう感じ。私にとってはこの上ないラッキーだったわ」
「はぁ、何やってんのさ神奈子は、こんなの相手に。……まぁいいや、それじゃ聞きたいことはあと一個だけだ」
「あら、もう最後? 私はもう少しお喋りしててもいいんだけど?」
「……あんた達の能力は、あんたを倒せば解けるのかい?」

 夜召の呑気な言葉には応えず、本題を叩きつける。あまりに率直なその言葉を聞いて、夜目はにぃっと人攫いに相応しい気障りな、胸の悪くなるような笑みを浮かべた。

「さぁ? それは教えられないね。あんただって答えるって期待してた訳じゃないだろう? 何より……」
「うん、そうだね。答えないなら……」

 諏訪子は両手に握った鉄輪を胸の前で打ち合わせ、ガチンと音を鳴らした。

「試してみれば、それで済む。さてと、それじゃそろそろ……」
「ええ、そろそろ……」

 諏訪子が、ざりと土を鳴らして脚を弛める。
 夜召が羽織ったコートを掴み、脱ぎ捨てる。

「終わらせようか!! 水面下の人攫い!!」
「始めましょうか!! いにしえの土着神!!」        BGM ~ザ・ゴッドマザー 弾幕のテーマ~

 両者の開戦の叫びが計ったかのように重なり、しかし次の瞬間、両者が取った行動は全くの反対だった。
 渾身の気合で踏み込み夜召に肉薄せんと疾駆する諏訪子と軽やかに飛び退り距離を開けるべく後方へと飛翔する夜召。そんな二人の内、僅かながらも相手の行動に疑問を覚えたのは諏訪子だった。これまでの余裕を演出するような態度から、てっきり夜召も向かって来ると思っていたための疑念であった。
 注意一つ、諏訪子は心中に黄色のランプを灯し、気を引き締める。次手が予想外のものであっても動揺しないための気構え。
 そして、そんな諏訪子の気構えは功を奏した。何故なら、

「スペルカード宣言!! 十枚!!」
「――――!!」
 
 夜召が叫び、手のひら大のカードをばら撒いた。そのカードは空中で円を描くように静止し、枚数が宣言通りであることを諏訪子に示す。
 気構えによって動揺を最小限に抑え、しかしそれでも諏訪子は驚きで目を見開いた。

(スペルカードルール!? こいつが!? しかもきっちり正式なやつ!?)

 夜召の宣言自体は別に珍しいものでもなんでもない。むしろ幻想郷の妖怪少女ならば、誰もが一度は行ったことがある宣言だろう。にも関わらず、諏訪子は夜召がスペルカードルールを使ってくるとは思っていなかった。何故なら能力で人里を囲うやり方、蛙妖怪への襲撃、先程までの物量戦術、そのどれもがルール無視の外法であるからだ。なり振り構わないアウトローに、いきなり法廷で決着を着けましょうと宣言されれば誰でも驚く。
 そしてもう一つ諏訪子を驚かせたのは、夜召が対戦を始める前にスペルカードの枚数を宣言するという正規手順を踏んできたことだった。
 今や幻想郷におけるスタンダードバトルとも言えるスペルカード戦であるが、その知名度と使用頻度からか略式や変形のルールが非常に多い。というより、巫女が異変解決に当たるなど正式な決闘でないのなら、そちらの方が多いかもしれない。例えば、そこらの野良妖精が正式な手順を知らず、異変の勢いに乗じていきなり弾幕攻撃をしてくるというのは良くある話である。然るにこの夜召、正真正銘の新参であり、外法働きばかりしてきたのに正式な手順を知っていた。それはつまり……

(わざわざスペルカードルールについて調べてた!! つまり……やられた、こいつこのタイマンは想定済みだったんだ!!)

 スペルカードルールの目的の一つに人間が妖怪を退治しやすくする、というものがある。
 これは本来、妖怪は人間を襲い、人間はそれを退治せんと対抗するという、妖怪にとって望ましい形を保つためのものであるが、それはとどのつまり弱い側である人間に有利なルールであるという事に他ならない。
 そして諏訪子と夜召の間には妖怪と人間の間と同じぐらい大きな差が横たわっており……しかし、それは逆を言えば、スペルカードルールでなら夜召にも諏訪子に勝ち目が出てくるということである。
 
(かと言って無視する訳にも……家はこっちに来た時、色々やっちゃったからあちこちに睨まれてる。ここでルール無視して、それを知られたら後々面倒になっちゃう)

 諏訪子は面に苦渋を浮かべて、夜召を改めて睨みつける。
 その表情を目にした夜召は、してやったりと言わんばかりに、にぃと底意地悪く笑う。その小生意気な顔を見て、諏訪子の頭に血が上る。

「上等ぉ!! スペルカード宣言、十枚!! 弾幕ごっこのイロハ、教えてやらぁ!!」

 売り言葉に買い言葉で決闘宣言を丸ごと飲み込み、更に突貫する諏訪子。と言っても挑発に乗って言い返しただけでは断じてない。

(スペルカードルールなら勝ち目があるって言ったって、それは死ぬほど少ないはず!! 神奈子と特訓したとしても、こいつの経験値は一日分!! そんな奴が早苗とかに付き合って弾幕ごっこ慣れした私に勝てるもんか!!)

 霊夢や魔理沙など元々幻想郷に住んでいた者には新参扱いされる守矢一派であるが、夜召はそんな守矢一派がベテランに見える程の更なる新参である。スペルカード戦の練度には雲泥の差があると見ていい。地力も上、練度も上、となればどのみち諏訪子には圧倒的な有利が約束されている。ならば……

「こっちでも私が上って証明してやれば、諦めも付くよねぇ!!」

 諏訪子が水の上を魔法のように駆け抜け、大沼の上に浮かぶ夜召との距離を詰める。
 夜召も宣言の為の後退だったのか、それ以上は下がらずに迎撃の姿勢を見せた。

「せぇ、のっ!!」

 諏訪子が跳躍、空中で鉄輪を振るい光輪の魔弾を放つ。一振り、二振り、三振り……くるくると踊るように諏訪子が放った光輪は一振り八発の二十四、諏訪子の背丈並に膨れた光輪が一気呵成に襲い掛かる。
 対する夜召は光輪弾幕を前にしても一歩も引かなかった。退る分はすでに退り終わったと言わんばかりの不動の姿勢、ただし立ち位置はそのままに両腕だけが閃くように振るわれ……

「シャアッ!!」

 ギギィンと、火花を散らしつつ光輪を受け流したのは、いつの間にか夜召が取り出していた黒曜石のナイフだった。
 ククリナイフやショテルのように内に曲がった側に刃が付いた、恐竜の爪のような黒い刃。それを夜召が二刀流で振るい、光輪を迎撃したのだ。その華麗な手並みに諏訪子はぴゅぃと口笛を吹いて称賛を送る。
 諏訪子の確かな感嘆の念を受け、夜召がニヤリと不敵に笑い両手に握ったナイフを改めて構える。諏訪子の小手調べの後に放たれたのは、やはり夜召の小手調べの弾幕だった。笑みを浮かべたまま流麗にナイフを振るい、縦横無尽に空を裂く。そしてその軌道をなぞるように三日月型の魔弾が放たれ、群となって諏訪子の身に迫る。
 その水色の弾幕を見る諏訪子の口元にはこちらも笑み、手品師のように大げさに腕を広げてみせると、なんと手にした鉄輪を適当な上方へと放り投げた。諏訪子のこの行動に、夜召は笑みを消して目を剥いた。

「ふふん、良い事教えてあげるよルーキー。弾幕ごっこの花はド派手な弾幕と……華麗な回避だっ!!」

 諏訪子が動いた。
 群がる弾幕の最初の一発を空中トンボ返りで横に躱す。次弾は逆さになったまま独楽のように回って下へ、かと思えば月面宙返りのような動きで上へ、夜召が放った弾幕を新体操の演技のように躱していく。そうして最後の一発を躱し、諏訪子は両手を頭上に掲げ放り投げた鉄輪を見事にキャッチし……

「っとお!?」

 ガギンと、弾幕に紛れ無音で接近して来た夜召の斬撃をキャッチした鉄輪で受け止めた。

「やっぱり無粋だね無法者は。スペルカードの理念にゃ美しさと思念に勝る物なしって書いてあるのを知らないの?」
「そっちこそ、弾幕ごっこの花は回避だって言ってなかったかしら?」

 鉄輪とナイフで鍔迫り合う二人は間近にある互いの顔を睨みつけ、軽口を叩く。そして、その裏で二人は小手調べで見えたものを検証する。

(こいつのナイフは飾りじゃないね。今の斬撃といい、きっちり使いこなしてる。弾幕のセンスもまずまずだし……あーうー、敵じゃなかったらルーキーの上に期待の、をつけちゃうとこだよ)
(このチビスケ……光輪は本当にあのサイズの鉄輪をぶつけられたみたいな重さだったし、速度も十分。何よりあの回避、見切ることよりアピールの方に気を割いてる。あれぐらいじゃ脅威と見なして貰えないってことか)

 ギチギチと得物で押し合いながら、二人は互いに一致した解答を出した。目の前のこいつは予想以上の難敵であると。そして、

「まぁ、それなら真っ当にやり合わなきゃいいわよね」
「……ッ!!」

 硬直状態に焦れて手を打ったのは夜召だった。
 背後に気配を感じて咄嗟に頭を下げた諏訪子の上を沼から伸び上がった水が鞭のように薙ぎ払ったのだ。頭を下げた勢いのまま降下し、夜召の下を通って背後へ回った諏訪子は、忌々しそうに伸びた水の腕を睨めつける。

「あーうー、やっぱりそっちも水に親和性が高いのか。さすが水生昆虫」
 
 諏訪子は一本目に続いて次々と伸び上がる水腕を見て嫌そうに呟く。
 夜召はそんな諏訪子をゆっくり振り返り右手を頭上に掲げた。指揮者のようにも見える夜召の背後で大樹の如き水腕が六本蠢く。

「水符……」
「……へぇ!!」
 
 夜召が目に力と光を湛え、諏訪子を見下ろす。そして、

「河童虫の六本腕!!」

 人差し指と中指にカードを挟み抜き放つ。同時に沼から無数の水球が浮かび上がり、夜召の周りを漂い始める。

「さぁ!! これでも余裕でいられるかしら、土着神!!」

 夜召がナイフで水球を切り裂く。すると水球は綺麗に弾け飛び、小さな水滴弾を諏訪子に向けて無数に吐き出した。
 先程の小手調べとは比べ物にならない数、密度。しかも夜召は続けて周囲に漂う水球を切りまくる。速度こそ三日月弾に劣るものの、正に弾"幕"と呼ぶに相応しい厚みが諏訪子に迫る。

(へー、やっぱセンスあるねこいつ。しっかり弾幕らしくなってるじゃない)

 夜召の弾幕に内心で可の評価をつけ、諏訪子は目の動きで弾幕の軌道を追って躱し始める。水弾と水弾の間を、隙間の広い方へ広い方へと進んでいく。

(でもまぁ、ありきたり過ぎるかな? 慣れた奴ならこれぐらい誰でも躱せちゃうね。余裕、余裕)

 諏訪子は夜召の水滴弾幕を泳ぐように悠々躱し、機を見計らって反撃の光輪を放つ。その表情には焦りの色は微塵も見られない。
 ……と、

「……ん?」

 諏訪子の耳が音を捉えた。空気を引き裂く風切り音、弾幕を見切る為に使っていた目を一瞬そちらに向け……

「のあっ!?」
 
 ゴォゥッ!!! と、唸りを上げて薙ぎ払われる水の剛腕にさしもの諏訪子も悲鳴を上げた。その水腕の規模と速度は、共に並を大きく凌駕していた。
 夜召の腕の動きと連動した二本の水腕が左右から挟み潰すように諏訪子に迫る。

(こういう弾幕か!! 水滴避けながら、あの水腕も避けるっていう!!)

 諏訪子は内心で推察しながらも、必死で水滴弾幕を掻き分け水腕の軌道から外れるべく飛翔する。
 間に合え!! と念じた諏訪子が一際大きく上昇する。果たして水腕は、諏訪子の伸ばされた爪先を掠め通り過ぎていく。

(オッケー、グレイズゲット!! とはいえまぁ、まだ終わりじゃないよね!!)

 油断なく立ち位置と視界を調整する諏訪子の目端には、通り過ぎていった水腕と未だ夜召の背後で屹立する水腕が同時に映る。

(通り過ぎていったのは……崩れた!! なら飛んでくるのはあと四本かな? スペル名が河童虫の"六本腕"だし)

 思い返してみれば、河童虫というのは確かタガメの別名だったような気がする。となると先程の水腕はタガメの脚をイメージしているのだろう。タガメの脚の数も六本なのだし。

「とくれば……」

 続く水滴弾幕を躱しながらも、諏訪子は水腕への警戒と、考察を留めない。
 同時に複数の物を見、また考えるスキルは、思えば弾幕ごっこによって鍛えられた物のような気がする。意外な事に気付いて諏訪子はクスリと表情を緩ませる。
 ……と、

「ほい来た、二組目!!」

 軌道上にある水滴弾を砕いて迫る二本の水腕。今度は水平でなく上下から挟み潰す動き、巨腕が形作る影が諏訪子に落ちる。
 しかし、先程と軌道を変えた水腕の一撃は諏訪子に焦りを与える事は叶わなかった。

(あの水腕の動きはタガメ娘の腕の動きと連動してる。だから、水腕が来る前にはあいつ自身が腕を大きく開く。それさえ見ちゃえば水腕が来るタイミングは事前に解る。それに……)

 水滴弾幕の中を泳ぎ泳いで諏訪子は夜召に近づく方へと進む。夜召との距離が近付く程、余裕の色が濃くなっていく。

(この水滴弾はあいつが水球を壊すことで発生してる。だから腕を動かしてる間は"放たれない"。なら腕を動かしてる間はあいつに近づく程弾幕が薄くなる!!)

 迫る水腕を余裕を持って躱す諏訪子の姿は、その考察が正しいことの証明のようだった。
 水腕を操り終わり、再び水球を壊し始める夜召の顔に苦い色が浮かぶ。ただの一度で自身のスペルを見切られたのだからそれも当然だろう。
 弾幕の密度が濃くなる前に再び後退する諏訪子は置き土産のように光輪を放ち、ペロリと舌を出し得意気に笑う。

「どうしたのさ河童虫!! これぐらいの弾幕、幻想郷じゃ子供の河童でもあっさり躱すよ!!」

 くるくると、無駄な回転動作を交え反撃の光輪を放つ諏訪子が挑発の声を上げる。
 一度パターンを見切ってしまった弾幕は諏訪子にとっては小手調べの弾幕と変わらぬ難易度に格下げされるようだった。
 挑発の声を受けて、顔に怒りを浮かべた夜召は再び大きく腕を広げる。

(ありゃ、こんな安い挑発に乗るなんて。やっぱりまだまだ青いんだ……ね……?)
 
 腕を大きく広げた夜召がその姿勢で一旦停止し、力を練り上げ腕に込める。それに呼応するように、残った二本の水腕が背丈を伸ばし、バンプアップして太さを増す。
 ちょっとしたビルのようになってしまったその剛腕を見上げ、諏訪子は顔を引きつらせた。

(あー、そういえばタガメの腕って前二本だけやたら立派だよねぇ)

 呆気にとられた諏訪子が他人事のように思い出した瞬間、夜召の両腕が勢い良く振るわれた。これまでとは段違いに巨大な水腕が、これまでに倍する速度で飛来する。
 我に返った諏訪子は慌てて夜召に向けて前進を開始し、回避行動に移る。

(落ち着け、だいじょーぶ!! あの水腕を振る前の溜めはかなり長かった。ならその分、水滴弾の密度は更に落ちてる!!)

 諏訪子は始め水腕を避けようとはしなかった。水滴弾幕の中、一目散に夜召に近付き、霧が張れるように密度が落ちる領域に到達。その後、垂直急上昇で水腕を振り切るべく急加速、上昇の角度変更のみで大雑把に水滴弾を躱して飛翔する。

(うわわ、間に合って間に合って間に合ってぇーー!!)

 飛翔術のアクセルを全力で踏み込みつつ、諏訪子は思わず神頼み。高空で親指立てて微笑む早苗の幻影に向けて飛び込んでいく。そして果たして……

「……ッセーーーーーフッッ!!」

 ヴゥォンと、眼下を素通りした水腕の姿を見て諏訪子は顔を青くしつつも叫んだ。
 避けたにも関わらず顔色が悪いのはそれが直撃した時の事を想像したためだった。なにせ今の水腕、風圧だけで飛んでいる諏訪子をふらふらと揺らがせているのだから。
 しかし、ともあれ……

「どうさっ!! これで一枚目突っ……ッ!!」

 勝ち誇ろうとした諏訪子の言葉が途切れた。その視線の先で、夜召が腕を振るい終わった姿勢、両腕を交差させたまま停止していた。その両腕には先程より更に上の力が陽炎のように揺らめいており……

「シャアッ!!」

 夜召が交差させていた腕を素早く広げ、空を裂いた。瞬間……

「うそぉっ!?」

 諏訪子の頭上に始めの内の細い水腕が二組、水面から諏訪子に肝を冷やさせた太い水腕が一組現れ、今度は夜召の両腕とは逆に閉じる動作で鋭く振るわれた。
 
(待って待って下の一組を瞬間発動させたのも驚きだけど、上の二組は水どっから持ってきたのさ!? あんだけの術なら事前準備か元になる水がないと瞬間発動なんて無理……)

 心の中で呟いて、その途中で気付いた。諏訪子の周りにあったはずの水滴弾幕が"完全に"なくなっている。

(水滴弾幕を集めて呼び水にしたんだ!! って事はこれって初めから予定通り!? 挑発に乗ったように見えたのは演技……!!)

 どこまで性悪なのさ、あのタガメ娘!! 理解と同時に諏訪子は毒づいた。そして直ぐ様現状に目をやって六本腕の動きと速度を把握する。
 一瞬の思考、そして結論、躱すのはもう無理。なら……

「ふふっ、手足の弾幕はタガメの専売特許じゃないかんね!! いくよ!!」

 諏訪子が手と足を縮め、身体を玉のように丸める。
 そして……

「土着神!! 手長足長さま!!」

 バッと、大きく広げられた諏訪子の両手両足から夜召の水腕に劣らぬ威容を持った鮮やかな光線が迸る。手足が伸長したかのような四本の極太レーザーを携えた諏訪子は……

「そぉ、りゃっ!!」

 下方の水腕二本の間に飛び込んで、光の手足を叩きつけた。
 ギギギギギギと、レーザーと水腕が軋み合い一瞬の拮抗を見せる。しかし、

「へん!! 六分の二と、四分の四で勝負になるかぁぁああ!!」

 拮抗は一瞬だった。諏訪子の手長足長さまの威力に耐えられなかった水腕が切り裂かれ、轟音を立て瀑布の如く崩れ去る。
 下方の水腕を無力化した諏訪子は、安全地帯に急降下して飛び込み、上の四本の水腕をやり過ごす。

「さって、今度はこっちの番だよ!! 手長足長に追われて潰れちゃいな!!」

 未だ威力を残すレーザーを振りかぶり、諏訪子は夜召に向けて振り下ろし……と、

「あぅ?」

 その手足の動きがガクンと止まった。
 驚いて諏訪子が自分の手足を見れば、いつの間にそうなっていたのか手首足首に水球が枷のように纏わりついていた。

「残念!! まだまだ私のターンは続くのよ!! それ!!」
「うあ、あわぁぁぁあああああ!?」

 夜召が両手を振り上げ、そのまま振り下ろすと、それに引かれたかのように水球が諏訪子を引っ張り下方へと引きずり込む。そして……

 ――ドボォォン!!

 着水した。
 水球に引かれて沼に引きずり込まれた諏訪子は一瞬狼狽したものの、すぐに落ち着きを取り戻し姿勢を整える。その水中での振る舞いは、流石蛙の神様と勘違いされるだけの事はあり至極滑らかなものだった。
 そうして態勢を整えた諏訪子は手足を振って水球の枷がまだあるかを確認する。結果、手足に引っかかるような重さは存在せず、その軽さで以って諏訪子は己の手足が解放された事を悟った。

(ふーん、ってことはあの水枷は私を水中に引きずり込む為の物なのかな? タガメだから水中は得意なんだろうけど、私だって水中は得意だもんね)

 諏訪子は水の中から夜召を見上げ、透き通った水越しに手招きした。
 基本的な方針として、諏訪子は夜召の策には全て真っ向から応えてやるつもりでいた。それは驕りや余裕ではなく、もっと実利的な判断によるものだった。つまり……と、諏訪子が一瞬思考を他所に飛ばそうとしたところで夜召が諏訪子の手招きに応じて降下し……

「……ん?」
 
 夜召が水面に"着地"した。水に潜るのではなく、水面の上に立った夜召は、そのまましゃがんで水面に両手を付けて力を込める。

「ふふ、いいのかしら? 貴方、私"達"のことが苦手なのよね? ならちょっとばかり不用意じゃないかしら?」
「はい? ……!!」

 水中へ直接響いた意味深な言葉を聞いて諏訪子は訝しげに顔をしかめた。……が、

「うぞ……」
「さぁ、カワズよカワズ、檻で怯えて逃げ惑え!!」

 嘯く夜召の言葉を、この時諏訪子はほとんど聞いていなかった。何故なら、周囲から諏訪子に向けられる貪欲な視線に気付いてしまったからで……

「水符!! デッド・オア・プリズンブレイク!!」

 水中に落とされたカードが諏訪子の前で光を放つ。それと同時に起きた現象は二つ、一つが沼の水面全体が夜召の力を湛えて蒼く、より蒼く輝き始めたこと。
 そしてもう一つが……

「い、いぃぃぃやぁぁぁああああああああ!!」

 沼の中で水草の茂みや岩陰に隠れていたタガメ達が一斉に諏訪子に殺到したこと。
 チルノや長老の前では平気な顔をしていたが、ただ一人タガメの群れの中に放り込まれるという状況が諏訪子のトラウマを呼び起こした。というより、手の平大の虫に群がられておじけない者など居はしない。
 沼と呼ぶには些か以上に深い水深の中を、諏訪子が血相変えて逃げ惑う。

(……って、無理無理無理無理っ!! 沼にしちゃ広いし深いけど、行き止まりがあるんじゃこの数から逃げ切るのは無理!! 癪だけど脱出!!)

 ぞわぞわと追いすがるタガメの不気味さに負けて諏訪子は慌てて水中を脱するべく、上昇し……

「あだっ!? え、なんで!?」

 水面に頭をぶつけて、火花を見た。
 大した勢いもないのに水にぶつかるという奇怪な体験をした諏訪子は水面をごんごんと叩き、そして悟る。

(これって……結界!? まさか水面全部を結界にしてるっていうの!?)

 この場が夜召と相性のいい水気の土地であり、最も馴染んだ本拠地であるからこそ出来る芸当であった。
 タガメの大沼は、今や巨大な牢獄と化して諏訪子の逃げ道を塞いでいた。そして、

「あづっ!! ちょ、痛、いたたたた!! やめっ、やめてぇ!!」 

 動揺した諏訪子にタガメ達が追いついた。諏訪子という極上の獲物にタガメが我先にと押し寄せる。
 タガメは稀に血液だけを吸う虫だと勘違いされることがあるが、これは非常に都合のいい勘違いであると言える。なにせタガメが針のような口吻を突き刺し吸い取るのは血液だけではないのだから。タガメが吸い取る物には血などの体液だけでなく肉質も含まれる。消化液を獲物の体内に注入し、肉を溶かして吸い尽くすのだ。
 そんな危険な食性を持つタガメの一刺し、これは人間であっても飛び上がる程の激痛が走るという。ましてやそれが虫類の域を超えた妖怪タガメならば、ましてやそれが一匹でなく数十匹なら。本物の戦をも乗り越えてきた諏訪子が悲鳴を上げてしまうのも当然と言えた。

「こんの……いい加減に離れろぉ!!」

 タガメに群がられ悶えていた諏訪子がパンと両手を合わせて全身から神力を放出し、タガメを振り払う。一瞬の怯み、それを見逃さず諏訪子は素早くタガメの群れの中から離脱する。
 とはいえ……

「ひぃぃいいいいいい!! 来んな!! こっち来んなぁぁ!!」

 怯んだのも一瞬、あっという間に再開される鬼ごっこ。刺された箇所から血を流しつつ諏訪子は再び逃げ惑う。
 実際の脅威以上に、虫類のおぞましさ、そして過去のトラウマという精神的要素を攻める悪質なスペルカードであった。

(おおお落ち着け私!! 大丈夫、こいつらは十把一絡げの雑魚!! 元タガメ寺一号のUFO使い魔のが脅威度は上!! 出血も結構多いし、速攻でやっつける!!)

 冷静な分析というよりは、そうして自己暗示をかけなければやっていられないという感じの諏訪子だった。
 しかし……

「おりゃあ!! 食らえ、元祖コバルトスプレッド!!」

 鈴が鳴るような軽い着弾音に反し、一発でタガメ数匹を纏めて吹き飛ばす強力な弾頭を連射する諏訪子。
 そもそも諏訪子より遥かに格下の蛙達が使っても有効だったそれを、精神的に追い詰められた諏訪子が必死で連射するのだ。タガメ達がその猛威に抗し得るはずがない。諏訪子の分析は確かに正鵠を射ていたのだ。
 にも関わらず……

「うわぁぁぁあああん!! あんたらちょっとは怯んでよぉ!! スペル名のデッドって、実はアンデッドのデッドか!!」

 タガメ達は止まらない。飛んで火に入る夏の虫を演じつつも、決して怯まず諏訪子に一刺しくれてやらんと無謀な突撃を敢行し続ける。数の厚みが、諏訪子の圧倒的な連射を徐々に圧し始める。

「ぎゃーー!! ちょっ、やめ、来るなぁぁーー!!」

 ホラー映画のゾンビのような光景に諏訪子はもはや叫ぶことを止められない。
 そうしてタガメが僅かずつ間を詰める。1ミリ、1センチと僅かずつだが確実に諏訪子に近寄る。その縮まる距離に諏訪子が刺される痛みを思い出し……

「時間切れー。死か脱獄かって二択だったのに、最後まで粘られるとは思わなかったわ。……って、あっははっ、凄い顔してるわよ貴方!!」

 そこでタガメの群れがさっと退いて、代わりに夜召が沼の中に潜ってきた。
 そんな突然の展開に諏訪子は驚くやら安堵するやら名状し難い表情で夜召を睨んだ。

「うるさいっ!! まったくあんたは~、もう怒ったかんね私!!」
「あっははっ、そんな半泣きで言われてもね。あっははっ、ははははははは!!」
「……オーケー、やっぱりお前はぶっ飛ばす!! 虫らしく潰れてろ!!」

 指差して笑う夜召に、怒る諏訪子が弾幕を放つ。
 弾種はタガメに効果抜群のコバルトスプレッド。かつてぬえを泣かした時の如く、景気よく焼夷弾をばら撒き尽くす。しかし……

「あっははっ、やっぱりテンパッてるのね!! それが有効なのはタガメにじゃなくて、数で押してくる相手にでしょう!?」
 
 夜召が嘲り、蛙型の弾頭をステップを踏みつつ躱していく。
 コバルトスプレッドが"着弾してから"広範囲に威力をばら撒く弾頭であるなら、当たりさえしなければただの通常弾と変わらない。ましてやここは水中、夜召にとって最も力が増す場所である。数だけの通常弾を躱すことなど造作も無い。
 ……ただし、

「……ふん、やっぱり若いね。性格の悪さは及第点だけどさ!!」

 諏訪子が鉄輪を振るい、一際多くのコバルトスプレッドを放つ。
 標的たる夜召はそれをにやけ顔で流し見、諏訪子にやられたように回転動作を交えて弾幕を躱す。……が、

「コバルトスプレッドが着弾型なのは、私が撃たなかったらの話だよ!!」

 ガチィン、と鉄輪同士を打ち合わせる。
 瞬間、夜召が躱したコバルトスプレッドが虚空で炸裂した。丁度、夜召を囲うような形になっていた炸裂弾幕の衝撃は、余すことなく全方位から夜召に襲いかかった。

「がっ!? な、なんで……」
「ほら!! 他所見しない!!」
「な……ごっ!?」

 とりわけ動揺を誘った背後からの衝撃に釣られ、振り向いてしまったのがまずかった。
 その隙を逃さず諏訪子は夜召の懐に飛び込み容赦のない連撃を見舞う。鉄輪での二連打、飛び上がっての連蹴り、打撃で動きが止まった所に至近距離での魔弾の連打。しかもこの場で最も強力になる水気の魔弾、夜召はその全てを受け、堪らず沼底に叩きつけられる。

「そら、続きだよ。今度は凌げるかな!?」
「……私を、舐めるなぁぁぁああああ!!」

 距離が開いた所で、諏訪子が再びコバルトスプレッドの連射を開始する。
 夜召は哮りを上げてその弾幕に挑むが、如何せんその動きには怯えの色が目立った。嫌に弾幕を大げさに躱すのだ。
 諏訪子の任意炸裂への対策なら、それは間違っていないのだろうが……

(ふふん、それじゃ本末転倒だよ。そんな避け方で私の弾幕を躱しきれるもんか!!)

 諏訪子はそんな夜召を見て、あえて任意炸裂はしなかった。その代わり放つ魔弾の数を増やし、弾幕その物の密度を上げる。
 そうなれば回避に大きなスペースを必要とする夜召は避けきれなくなり……魔弾が袖口を掠めた。

「しまっ、きゃあああああ!!」

 そこからは悲惨なものだった。一発触れれば、衝撃で吹き飛ばされる。そしてその先にはまた別のコバルトスプレッドがあり、それに触れればまた吹き飛ばされ……夜召はまるでピンボール台の球のように弾き飛ばされ続け、衝撃を存分に食らい続けた。
 しかもこの間、諏訪子は連射を止めておらず新たなコバルトスプレッドが供給され続ける。夜召の惨状を肴に愉悦の笑みを浮かべる諏訪子は控えめに言っても怖かった。少なくとも、人を性悪呼ばわり出来るほど性格の良い祟り神には見えなかった。……と、

「この……馬鹿の一つ覚えが!!」

 ピンボール状態の中、辛うじて見出した空白でナイフを振るう。三日月弾が無数に放たれ、コバルトスプレッドを迎撃。夜召に安息の静寂をもたらす。そこで……

「悪業!! シュノーケリング・トラップ!!」
「悪業って今更!?」

 夜召の三枚目のスペルカード、その命名を聞いて諏訪子は思わずツッコんだ。
 なにせ諏訪子にとって、これまでのスペルがすでに悪辣極まる性悪スペルだったからだ。そんなスペルを水符と如何にも普通そうに名付ける輩が、わざわざ悪業と名付けるスペル。その極悪度は如何程のものか。流石の諏訪子も戦慄を覚え警戒を顕にする。
 夜召が右手のナイフを頭上に掲げる。それと同時に夜召の周囲に水流が渦を巻き気泡を纏う。

「痛みは三倍返しが私の主義よ!! 食らいなさい!!」

 ナイフを振り下ろす、水流が螺旋を描き槍の如く諏訪子に突き出される。それも数十本、正に水流の槍衾とでも言うべき恐るべき弾幕。その矛先に立たされた諏訪子は敵弾幕の迫力の姿に顔を険しくしつつも、怪訝そうに目を細めた。

(確かに一発の威力はコバルトスプレッドの三倍はありそうだけど……これのどの辺が悪業?)

 言ってしまえば真っ当過ぎる。威力があり、迫力があるだけの弾幕など幻想郷には有り触れている。
 そんな感想を覚えつつ諏訪子は水流の矛先をあっさりと躱し……その先で、自身の肩口に当たった蒼い光に気付いた。それはまるでレーザーサイトのような三角形をしており……

「まっず……あぐっ!?」

 光に気付くと同時に走り抜けた悪寒、その正しさを証明するかのように肩口にタガメが突き立った。鋭い口吻と爪を突き立てられ諏訪子が苦鳴を漏らす。
 チュウチュウと、何か吸われるような感覚に怖気を覚え、諏訪子は慌ててそのタガメを鉄輪で弾き飛ばす。

(今のタガメは刺さり方からして……それにあの光の当たり方は……)

 諏訪子はタガメの射角を割り出し……いや、割り出すまでもない。なにせタガメは肩口に"垂直"に突き立ったのだから。

(となれば上っ!?)

 頭上を見れば、水面は未だ夜召の結界で蒼く輝いていた。そしてその蒼い輝きの中で、確かにタガメがこちらに頭を向けて待機している。蒼い光を直下に放出し、狙いを定めて。
 
(いつの間に!? って、そういえば元々沼の外にもタガメは居たっけ。それをさっきのバトルの間に? なら……!!)

 上空のタガメトラップを確認した諏訪子は、それを潰すべく光輪を放つ。しかし、それはあっさりと蒼い結界に弾かれ虚空に飛ばされる。

(通常弾じゃ抜けない。それなら……)

 結界を撃ち抜くべく諏訪子は力を溜め……

「どこ見てるのよ!! 私が居るのを忘れたの!?」
「うぇ!? あ、忘れてた!!」
「ちょっとっ!?」

 チャージを阻むべく放たれた水流を慌てて回避する。直撃こそ避けたものの、螺旋回転の掠りで裂かれた肌から血が流れる。

(あうぅ、やっぱりタガメは調子が狂うよ。威力だけ見たら、どう考えたってあの水流の方が大きいのに)

 本当に警戒すべきを忘れ、妨害以上の意味がないような威力の薄いタガメに気を取られる。あるいは諏訪子にとってタガメそのものより、人型の夜召の方が与し易い相手なのかもしれなかった。
 ……ともあれ、諏訪子は水流を避け、タガメ弾を二、三食らい、隙を見て反撃の弾幕を放ちつつ考えを纏める。

(このスペルの肝は掴めた。要するに……ぅん?)

 諏訪子は一瞬目眩を覚え、頭を振って意識を正す。
 要するに、このスペルは水流に気を取られればタガメに刺され、タガメに気を取られれば水流で殺られるという二段構えなのだ。そういう意味では初っ端の河童虫の六本腕に近いものがある。
 更に……

(タガメって確か、元々ああいう狩りの仕方なんだよね。水面の近くでお尻の管で呼吸して、獲物が近付いたら襲いかかるっていう)

 ならばタガメが垂直降下してきた際の速度にも納得が行く。そういう謂れがある、意味がある行動というのは総じて妖怪の力を高めるのだ。

(タガメの垂直降下を目で見て避けるのはちょっと厳しい。水流を気にしながらなら、なおさら。だったら……うん、打つ手は一つ)

 考えを纏め終わった諏訪子が、一瞬目を閉じ、そして見開く。

「土着神!! 宝永四年の赤蛙!!」
 
 スペル名を宣言する。瞬間、諏訪子の姿がブレて、諏訪子が三人に増える。
 水流を放とうとした夜召がそれを見て驚きで目を見開く。

「へん、これぐらいで驚くない!! 分身スペルなんて珍しくも何ともないよ!! さぁ行け!!」

 三人並んだ内、中央の諏訪子が手を振るうと両側の二人が夜召に瞬間移動じみたスピードで迫る。
 夜召はこれを水流で撃ち落とそうとするが、水流は威力こそあるものの出が遅く、素早い二人の諏訪子を捉えられない。それを見て諏訪子はほくそ笑む、何せそこまで読んでいたからこそ諏訪子はこのスペルを放ったのだから。そうして速度に物を言わせた二人の諏訪子はすれ違いざまの打撃で着実に夜召にダメージを与えていく。
 一方、水流でどうにか諏訪子を墜とそうとする夜召はどうにも後一歩が届かず苛立ちを募らせていく……と、夜召が視線を変えギロリと中央に居た諏訪子を睨んだ。

「分身がどうにもならないなら、本体を墜とせばいいわよね!!」

 夜召は得意気に叫び、水流を解き放つ。そして更に指を鳴らして合図を送った。ドンの指令を受け、待機していたタガメ達が一斉に照準を諏訪子に据える。
 蒼いレーザーサイトを幾本も浴びせられ、諏訪子の顔に驚きと焦りが浮かぶ。

「はっ、私のタガメがただ待つだけの木偶だと思ったか!! さぁやっておしまい!!」

 号令一下、水流に続きタガメ達が己を魔弾と化し諏訪子に襲いかかる。
 さしもの諏訪子もこれは避けきる事が出来ずに直撃し……ニタリと、諏訪子が不吉に微笑んだ。そしてその微笑みが霞のように消えて行き……

「なっ!?」
「ざぁーんねん、こっちが本物でした♪ 私の分身弾は本来ならもっと速いよ?」
「……ッ!?」

 スペルブレイクを確信した背中に忍び寄り、諏訪子が艶やかに笑う。
 そんな手弱女めいた笑みとは裏腹に、諏訪子は両手を揃えて繰り出した鉄輪の剛撃で夜召を吹き飛ばし、再び沼底に叩きつけた。

「ちょいと癪だけど認めてあげるよ。この沼の中は確かに私に不利だ。だから一枚遅れだけど……」

 夜召を見下ろしながら諏訪子が鉄輪を手首だけで素早く振るう。すると手品のように鉄輪が消え、代わりに一枚のカードが諏訪子の手に現れる。

「そろそろ脱獄させて貰うよ!! スペルカード!! 獄熱の間欠泉!!」

 宣言と同時に諏訪子が大きく腕を広げる。すると諏訪子の周りに黒い靄の塊が幾つも漂い始め……沼底で起き上り、靄に込められた力の量を見た夜召の顔から血の気が失せた。

「避けるか防ぐか、今すぐ決めた方がいいよ。中途半端だとあっさり死んじゃうから♪」

 童女のようにあどけなく笑い、広げた腕を夜召に向けて振り下ろす。
 夜召の選択は防御、大慌てで結界を構築し守りを固める。そんな夜召の上に黒い靄が降り注ぎ、靄が沼底に触れ……

 ――爆音を上げて、真っ赤に輝く間欠泉が吹き上げた。

 地を裂き立ち昇る轟流は、もはやマグマさながらの熱量を以って夜召を苛み、更に吹き上げた先の水面の結界に激突、破城槌の如く打ち据えた。

「そぉれ、もう一発!! おまけで二発、ええい欲張りめ、三発目も持ってけぇ!!」

 諏訪子が腕を三度振るい、三度間欠泉を迸らせる。
 夜召が水面に張った結界は確かに頑健であったが、超威力の弾幕を都合四度ぶつけられれば耐えられようはずもなく……ガシャアンと、硝子が割れような音を立てて砕け散った。
 それを見た諏訪子は即座に急上昇し水面に接近、そして……

「ぷはぁっ!! 脱獄成功!! 久しぶりの空気が美味い!! ……ととっ?」

 空気と水の境界を突破。空中で大きく息を吸い、安堵による気の緩みからか少し身体をふらつかせ照れたように笑った。

「さって、それじゃ続きだよ。私のスペルはまだ終わっちゃいないのさ!! くたばれ、このタガメ野郎!!」

 気を取り直した諏訪子が再び腕を振るって黒い靄を沼に撃ちまくる。それに一拍遅れて吹き上げる間欠泉の連打は、もはや爆撃機の空爆のようだった。
 そうして満足行くまでスペルを撃ちまくった諏訪子は息を荒くしながら波打つ水面を見下ろす。
 ……荒立つ波以外の動きは見られない。そうして一秒経ち、二秒経ち……ゆらりと、水面に人間大の影が近付き、

「よくも人の本拠を荒らしてくれたわね!!」

 水面を突き破り姿を現した夜召はボロボロだった。洒脱なスリーピース・スーツはあちこち傷み、破れ、その下の肌にも幾つも火傷と裂傷を負っていた。
 しかし、そんな傷の痛みも怒りで忘れているのか、夜召は躊躇わず諏訪子に近接戦を挑みナイフを連続で振るう。ギン、ギィンと火花を散らして得物が打ち合わされる。

「へんだ、ホームを荒らされるのが嫌なら始めっから戦場に選ばなきゃいいんだよ。神奈子と一緒に出てくれば良かったんだ」
「うるさいっ!! 仮にも山の神なら少しは自然環境に気を使いなさい!!」
「心配しなくても沼は後で戻しとくよ。生態系を荒らす、やたら増えたタガメ以外はねっ!!」
「ぐがっ!?」

 鉄輪で挟み込むように打撃を加え、受けられたところで宙返りからの踵落としという離れ技を食らった夜召が苦鳴と共に墜落する。そうしてどうにか水面スレスレで停止した夜召は憎々しげに諏訪子を睨みながらも、それ以上突貫しようとはしなかった。頭に血が昇っていた事と、もう一つの事に気付いた為だった。それは……

(あのタガメ娘、やっぱり地力は私より下だ。タガメだから腕力はあるみたいだけど、格闘の技量じゃ……ううん、格闘の技量"でも"私がはっきりと上だ)

 夜召と同時に諏訪子もまたその結論に至った。
 スペルカードでこそ諏訪子にダメージを与えられているものの、それ以外の場面では全て諏訪子が優位に立ち圧倒出来ている。というより、その諏訪子の優位を打破すべく夜召はスペルカードを使わされてしまっている。
 そのスペルカードにしても地の利を活かし、部下に頼り、恐らくは対諏訪子用に組み上げたものであるはずなのに、結局致命的なダメージを与える前に破られてしまっている。

(真っ当に勝負を続ければ、間違いなく勝てる。後はスペルカードの悪どさだけが脅威かな。実際よく私の弱点を突いてきてるし。って言ってもまぁ……)

 一番の弱点はまだ突かれてないけど。
 諏訪子は最大の懸念に思いをやり顔をしかめる。そんな諏訪子の不安に気付いたのか気付かぬのか、とまれ、ある種絶妙なタイミングで夜召が吠えた。

「悪業!! 卵壊のエレジー!!」

 四枚目のスペルカード、その名を開放し夜召が力を迸らせる。その力が形成したのは、もはや見慣れた感もある水球の妖弾だった。
 ただし、これまで諏訪子が見たものよりかなり大きく、諏訪子ぐらいならうずくまれば収まってしまいそうな大きさだった。それがボコボコと水面から大量に浮かび上がってくる。浮かび上がり、昇り、そしてどんどん上昇して……

(ふむ、すっかり囲まれちゃったか。沼の全域ぐらいには広がってるかな、このアドバルーンゾーン)

 諏訪子は前後左右ついでに上下、見渡す限り全てに浮かんでいる水球を見て呑気にそんな感想を抱いた。
 空間を占める水球の数は百か二百か千を越えるか、とかく無数と称するに不足はない。……と、

「おっと、来るね」

 納得が行く数まで水球を浮かべ終えたのか、夜召が次の行動に移った。
 黒曜石のナイフを振るい、その通った軌跡の上にナイフ型の妖弾をこれまた無数に並び立てる。そして三枚目と同じようにナイフを頭上に掲げ……

「百舌の早贄になれ!! この蛙ババア!!」
「バ……誰がババアさ、この小娘ぇ!!」

 見た目子供と言われ幾年月。未だかつてない罵倒を受けた諏訪子は自身でも驚く程激昂し光輪を放ったが、あまりに乱雑な弾幕であったためあっさりと躱される。
 そして、

「行け!!」

 夜召がナイフ型の魔弾を解き放つ。無秩序に並んだ刃の葬列が諏訪子を棺桶に納めるべく、空を駆ける。
 速さは及第、数も当然のように一線級。その点について諏訪子はもはや驚かない。これまでのやり取りで夜召が格下ではあっても、容易ならざる難敵である事は解っている。
 何より……

(こいつのスペルカードには、いちいち裏がある。速度押しとか数押しとか解りやすいのが一個もない。調子に乗った若いのは普通、そういう力押しが多くて楽なんだけど……っとほら来た!! この水球はこういう効果か!!)

 旋回飛行でナイフを躱した諏訪子は、そのナイフが当たった水球に取り込まれ……そして数を十本に増やし、色を赤から青に変えて飛び出してくるのを抜かりなく視認していた。

(水球から飛び出してきたナイフはこっち狙いじゃくて全方位射出!! 水球は一本ナイフを飲むと砕ける!! 青色のナイフは水球に当たってもそのまま貫通数は増えない!!)

 数を次々増やしていくナイフを回避しつつ、諏訪子は砕ける水球を一瞬の目の動きで観察し特徴を見極める。……が、

(……と、そんなとこかな。っていうかそろそろ避けるのに集中しないとまずいかも!?)

 言うまでもないが放たれたナイフ弾は第一波だけでなく、夜召は嬉々としてナイフ弾を連射してくる。そして、その数を十倍に増やす水球があれば……その数は、想像するだに恐ろしい数になる。

「それ、そーれ!! まだまだ行くわよ!! 浮き上がれ、命宿さぬ卵達!!」

 夜召がナイフ弾を放ちつつ叫ぶと、ボコボコと再び水球が浮かび沼の上空の隙間を埋めていく。
 ナイフ弾が放たれ、増加し、空間を刃で埋め尽くす。諏訪子はそのナイフ弾を……

(……んん?)

 反撃の弾幕を交えつつ、あっさりと躱していく。
 数に目が慣れない始めこそ慌てたが、一度慣れてしまえば後ろに気を付けながら飛んでくるナイフ弾を躱すだけ。
 並の妖怪なら数に飲まれて潰れていだろうが、諏訪子レベルならば集中力次第でどうにでもなる。
 故に諏訪子は不審がる、不安になる。これは、これは……

(こいつらしくない。威力よりも、どうやって裏を取るか考えるのがこいつの性格なのに。……む、って事はこっからまたビックリドッキリサプライズ?)

 最後に光輪を一斉射し、諏訪子は攻撃を切り上げ辺りを注意深く見渡す。
 ナイフ弾……変化なし。
 水球……変化なし。
 それ以外の空間……変化なし。
 変化はない、どこにも変化は見られない。諏訪子が見る限り、この一帯に変化は何も見られない。
 しかし、ならば何故、何故……

「あ、え……?」

 ――諏訪子の脇腹にナイフ弾が一本突き刺さっているのか……?

「……ッ!! な、何、なんで……!? このっ!!」

 痛みを堪え、ナイフ弾を引き抜き放り捨てる。
 諏訪子は今、言い知れない違和感を抱え混乱しきっていた。見落としか、飛翔術の制御ミスか、ともあれ何らかの失敗でこのナイフ弾を食らったのならそれでいい。腹に刃物が刺さった程度で動じる程、諏訪子は甘くも青くもない。その痛みを戒めに更に気を引き締め戦に臨むだけである。しかし、

(このナイフ……"いつ"刺さった? 私はその時の事を覚えてない。気が付いたら、いつの間にか腹にナイフが刺さってた――!!)

 刃で刺された、鎚で殴られた、鞭で叩かれた。
 炎で焼かれた、雷で打たれた、毒で溶かされた。
 この世に存在する凡その痛みを知ったつもりの諏訪子だったが、その痛み自体に気付かなかったというのはこれが初めてだった。
 とてもこの世の出来事とは思えなかった。これではまるで時間を飛ばしてナイフが刺さったような――

(……ッ、時間を操る程度の能力!? 吸血鬼んとこのメイドがそんなの持ってたような……まさかこいつもそれを持ってるの!?)

 混乱の中、どうにか飛び交うナイフ弾を躱す諏訪子は畏怖を込めて眼下の夜召を凝視した。
 その焦燥に満ちた視線を受けて、夜召はナイフ弾を止めてニタリと口を裂いて笑った。気分が悪くなるような、熱帯夜の悪夢のような笑み。
 その怖気を振るう笑みを見て諏訪子は自然と思いだした。そして愕然とした。

(違う、時間を操る程度の能力じゃない。そもそも私は、こいつの能力が何なのか知って……)

 諏訪子は顔を青くして問いを投げた。

「……いつ」
「ク、ククク……」
「いつ? いつ、あんたは……」
「ククッ、ははっ、あっははっ、あはははははははははははははははははははは!!!!」
「私に能力をかけた!! 小川弥夜召!!」

 夜召がひしりあげる哄笑の中、諏訪子は怖気に背を押されるようにして叫んだ。
 ――神奈子を操り人形にした詳細不明の能力。最も警戒すべきその能力を、これまで諏訪子が慮外に置いていたのには理由がある。
 神奈子が洗脳されるという未曾有の事態を受け諏訪子が最も恐れたのは、タガメの頭領が――夜召が――洗脳能力のみに特化した妖怪で、単純にその能力が神奈子の抵抗力を上回ってしまったというケースであった。この場合、諏訪子とて無事に済む理由は全くない。故に諏訪子は初めに夜召の前に立った時、そうとは悟られぬよう全身全霊で気を高め、何があっても意識を乗っ取られる事などないように備えていたのだ。
 そして、その後の弾幕戦で夜召が特化型の妖怪ではないと察し、また即座に操られる事はなかった為、諏訪子は洗脳の二つの条件、匂いとタガメを口にしない事に気を割いていたのだ。断言出来る。諏訪子はこれまで、人里で嗅ぎとった甘い匂いを吸い込んでもいないし、タガメを食べるような事も勿論していない。操られる条件を満たすような事は何一つしていない。なのに、なのに……

「あっははっ、ここまで来たら教えてあげるわよ。もう隠す意味はないし。……貴方は多分勘違いしてるのよ、私達の能力について。じゃないと貴方、幾ら何でも無防備過ぎたもの」
「無防備……?」
「呼吸について、それと水について、ね」

 夜召がそう言って指を鳴らすと沼から水球が一つ浮かび上がり、彼女の胸元で静止した。
 その水球の変化はゆっくりと進んでいった。最初は普通の透明な水だったものが、ゆっくりとウィスキーのような琥珀色に色付いていく。

「多分貴方は、私達の能力を匂いで人を操る能力だと思っている。タガメを食べると能力の進行が段違いなのも、匂いを直接取り込んでしまったからだと考えている。例えば、お酒の匂いを一番染み付かせるのは間違いなく飲酒行為だもの、そう考えるのも無理はないわ。けどね、違うのよ。私達の能力は人を匂いで操ることじゃない。私達の能力は匂いの元である"フェロモン"で人を操ることよ」
「フェ、フェロモン……?」
「そ、ここの流儀に合わせるなら、フェロモンを操る程度の能力ってところかしらね」

 夜召が琥珀色に染まった水球を指の上に浮かべて、くるくるとボールのように回す。
 
「匂いとフェロモンって言うと同じ物のように思われがちだけど、その内実はぜんぜん違うわ。フェロモンっていうのは生物が作って放出し、自分以外の生物に影響を与える"成分"の総称よ。だから当然、この世には無臭のフェロモンっていうのも存在する。フェロモンが匂いと同一視されるのは、フェロモンっていう物質が匂いを伴う事が多く、かつそれを感じ取る器官が鼻にあるから。例えば目は光を"見る"為の器官だけど、目に触られたりしたらその感覚は視覚でなく"触覚"で伝わるでしょう? それと同じで鼻……というか脳は匂いとフェロモンを別の刺激として判断しているのよ」
「……それって、つまり……」
「そ、私達が……いえ、"私が"操るフェロモンには無臭の物も存在する。そっちの方は……人に似た五感を持つなら、はっきり言って事前に感知する事は不可能よ。気付くのは貴方みたいに操られるようになってから」
「……ッ」
「ま、注意深くすれば能力を使う時の力に気付けない事はないんだけど……貴方、私に能力で操られる可能性を早々に切ったでしょ? 甘い匂いを嗅がなければ平気だって高を括ったでしょ? それじゃ気付けない、気付ける訳がない。だって私が貴方と戦うまで匂いのあるフェロモンしか使ってこなかったのは、貴方みたいな早とちりした奴を操る為だもの。用意した罠に気付ことさえなく踏み込んで、ただで済むはずないでしょう?」

 夜召が艶然と笑う。その場違いに明るい笑みに、けれど諏訪子は背筋を震わした。
 他者の行動を操る無臭のフェロモン、それはもはや感知不能の毒ガスと変わらないではないか。発動したことにさえ気付かせない隠密性、そして致命的なその効果。諏訪子は今、はっきりと理解した。夜召が能力特化型ではないとした判断、それが誤りであったことを。
 弾幕戦で見せた夜召の実力は確かに高い、けれどそれもこの能力の前では霞んでしまう。夜召は確かに"能力の質が高過ぎる形で"能力に特化している存在だったのだ。
 ……しかし、

「待って。幾らあんたが私に気付かせずにフェロモンを吸わせられるからって、私を操れるだけの量をこの短時間で吸わせられるはずない」

 それは確信だった。単純に分量の問題だ。諏訪子が夜召と顔を合わせてから吸い込んだ空気、仮にその全てがフェロモンだったとしても諏訪子程の者を操れるはずがない。何せタガメのフェロモンはただの人間でさえ操るのに、二、三年はかかるはずなのだから。
 そんな諏訪子の疑問に、夜召は勝ち誇り嬉々として答える。

「あっははっ、鈍いわね。幾ら私のフェロモンで思考が鈍ってるとはいえ……この水球を見て気付かないの? 言っておくけど私のフェロモンはこの数千分の一……ほとんど"透明にしか見えない濃度"でも効果があるのよ? その"中に"貴方は傷だらけでどれだけの時間浸かっていたのかしら? 酒精に酔う一番手っ取り早い方法を、貴方は知らないのかしら?」
「……あ、まさか……ッ!?」

 諏訪子は下を見る。夜召が準備万端で待ち構えていたはずの大沼を。そして薄いとは言え確かに血を流している自分の身体の無数の傷を。
 ――酒精に酔う一番手っ取り早い方法、それは単純にして明快だ。酒精、エチルアルコールを直接血管に注射し"血に混ぜれば"いい。そしてそれは夜召の能力でも違いがあるはずがなく……

「さて、とは言っても貴方が言う通りな面もあるわ。貴方を神奈子と同じレベルで操るにはまだまだフェロモンの蓄積量が足りないもの。こうしてお喋りで時間を稼いでも一週間はかかりそう。だ、か、ら……」
「……ッ」

 夜召が婀娜っぽく言葉を零し、スリーピース・スーツの上着を脱ぎ捨て奇術師のように手を広げる。あちこち裂けたベストとYシャツからサラシで抑えた豊満な膨らみが覗き、何とも言えない色香を醸し出す。

「悪いけど、もう少し痛めつけさせて貰うわ。貴方がもっと素直になるまでね」
「っく……」
「ふふっ、貴方も神様ならお酒は好きなんでしょう? 私がとっておきのお酒を供えて上げるわ」

 水面に少しだけ触れていた夜召の爪先、そこから透明な水が琥珀色に染まり、広がっていく。夜召の周囲にコポコポと水球が浮かび上がる。それ自体は先程のスペルでも見た光景だった。ただ違うのは、その色が全てウィスキーのような琥珀色に染まっていることで……

「さぁ、たんとお飲みなさいな。月光酒!! カッコーン・リキュール!!」

 五枚目、折り返しに当たるスペルカードは、これまでに比べ恐ろしく単純だった。形成した琥珀色の水球を、ただ全方位にばら撒くだけのスペルカード。
 ……ただし、それに当たる諏訪子の緊張度もまた、これまでと比べ恐ろしく高かったが。

(まずい!! あれがホントに沼水の数千倍の濃度なら、一発直撃するだけで意識を持ってかれかねない。傷はまだ全然塞がらないし……って、この程度の傷がまだ?)

 かすり傷や針で刺された程度の傷から流れる血が全く止まっていない。その事に違和感を覚えた諏訪子は一瞬訝り、そして即座に解を得て舌打ちした。

(タガメの消化液……!! 刺されただけじゃなくて、溶かされたりしたなら治りは遅くなる。んにゃろめ、まさかこれも計算づく!?)

 ……見誤った。完全に見誤った。
 夜召の能力と狡猾さ、警戒すべきと判断した二つを、それでも低く見積もった。つまりは……

(完璧に油断した……!! 侮るつもりはなかったけど……侮るつもりはないって思考自体が侮りだって気付くべきだった!!)

 言われて初めて気付いたボヤけ頭で、どうにか水球を回避しつつ己の無様さに歯噛みする。
 これではまるで変わっていない、神奈子に負けた頃から何一つ変わって――

(違う!! そういうのは後で考えればいい、今はこの弾幕に集中する!!)

 ボヤけた思考に流されかかった集中を正すべく、諏訪子は己に活を入れ……水球に近付こうとしてしまっている自分にようやく気付いた。

「……ッ!? いつの間に!? あ、あぅ……」

 慌てて直撃寸前の水球から離れ、諏訪子は更に自覚する。

(……飲み、たい。あのお酒、すっごく飲みたい。喉が、喉が焼けそうに乾く……)

 胸の奥から欲求が湧いて出る。
 気付けば漂っていた芳しい香りを胸一杯に吸い込みたい。何を置いても、あの琥珀色の命の水を飲み干したい。甘い、あまりに甘い誘惑が諏訪子の胸に木霊する。

(だめ、だめ……あれをのんじゃ……うぅ)

 ふらふらと、かろうじて水球を回避する。
 水球に近付くように動き、思い出したかのように動きを止め、どうにか躱す方へと戻る。諏訪子の葛藤がそのまま現れた動きはあまりにも弱々しかった。
 そんな諏訪子に夜召の悪意の工夫が容赦なく襲いかかる。と言っても劇的なものではなく、ただ単に水球の形の区切りを曖昧にしただけだった。しかし、それにより形を保つ力が弱まった水球はフェロモンをたっぷり含んだ飛沫を諏訪子の肌に付着させ、匂いと酔いを加速させる。
 諏訪子の意識が、段々と身体から抜け落ちていく、その分空いた隙間に夜召の悪意が注がれる。

(だめ、うぅ……のんじゃ、だめ……のんだら、のんだら……?)

 そしてとうとう……

(あれ? なんでのんだらだめなんだっけ? わたしはこんなにのみたいのに)

 白痴のように呆けた疑問が浮かぶと同時、諏訪子の動きが止まった。
 密度勝負の弾幕の中でその停滞はあまりに無防備で……バシャリと、諏訪子の身体を水球が押し包んだ。

(あぅ……甘い、美味しい……)

 琥珀色の水球の中で諏訪子の顔が綻ぶ。
 水球越しに気に入らない笑みが見えた気がしたが、それすらもどうでも良くなる恍惚感。それに諏訪子の意識は飲まれ飲まれ飲まれ……

(もう、いっか。うん、ちょっと眠いし……)
 
 諏訪子は笑みを浮かべたまま、安らかに目を閉じ……




 ――夢見心地の中、けろけろと、あの夜の歌を聞いた気がした。




「……ッぅぅぅっぅううううあああああああああああああ!!!!」
「なっ!? こ、なにこれ……!?」

 甘い微睡みに落ちかかっていた諏訪子が目を見開き咆哮した。
 
「私は、馬鹿かぁぁぁああああああああああああああ!!!」
「ぐ、こ、この……!!」
 
 諏訪子が神力を解き放つ。諏訪子を包んでいた水球が弾け飛び、夜召の能力による縛鎖がガタガタと揺らぐ。

(馬鹿か馬鹿か馬鹿か、本気で馬鹿か!! 信じられて、裏切って。なのにもう一度信じてくれたのに、言うに事欠いてちょっと眠いし!? 腑抜けるにも程がある!!)

 諏訪子の周囲で高々度の重力のように光を歪める神力がひしぎ合うような音を立てる。ただ純粋に巨大な力が夜召の能力の進行を一時防ぐ。しかし……

「いい加減……私を舐めるなぁぁぁぁあああああああ!!」

 ギシリと、諏訪子の身体に糸が巻き付く。
 それは外からではなく、身体の内から諏訪子を縛るイメージの繰糸。諏訪子がどれだけ強固な防壁を築いたとしても、夜召の能力はすでに諏訪子の血に混じり、内から彼女を侵しているのだ。ほんの少し、ほんの僅かでも夜召の指令が届けば、それだけで防壁に関係なく威力を発揮する。
 怒りで醒めた諏訪子の意識に再び霧がかかる。思考から意味が消え失せ、心が想いを見失う。
 ……その直前、

「スペルカード!! マグマの両生類!!」

 轟然たる大音声でスペルを解き放つ。
 諏訪子の身体が灼熱を帯び、熱波で虚空を沸騰させる。跳躍。夜召の上を取った諏訪子が有り余る熱量を叩きこむべく急降下で体当たりを仕掛け、

「私は、舐めるなと言った!!」

 夜召がその身を翻し、起死回生の突撃を回避する。諏訪子はそのまま沼に着水、水蒸気爆発と共に大量のマグマを上空に噴き上げるが、勝利に手が掛かった夜召は脅威の集中力でこれも見切り被弾を回避する。

(勝った!! さっきですでに堕ちかかってたのに、更に沼に突っ込んで意識を保てるはずがない!! もう一度能力を使えば……)

 会心の笑みを浮かべ、夜召が繰糸に手をかける。手の届かぬ域にあるはずの土着神の頂点を籠絡すべく能力を発動し……

 ――明らかに"弱まっている"諏訪子への支配力に気付き、目を剥いた。

「なッ……!?」
「どらぁぁぁああああ!!」
「しまっ、きゃあああああああ!?」
 
 予想外の事態に気を取られた夜召が、沼から飛び上がった諏訪子に轢かれて宙を舞う。
 ぐるぐると宙空で回転させられた夜召は、しかし、思いの外冷静に気付いた。

(ダメージが……少ない?)

 痛みで走るはずのノイズが思考に混じらない。諏訪子の持つ熱量を考えれば冗談としか思えない低威力に困惑し、夜召は顔を険しくさせた。
 安堵よりも不気味さが際立った。再び響いた水蒸気爆発の音、その大きさを考えれば今自分が無事であるのはどう考えてもおかしい。
 ……嫌な予感がする。これを、この不気味さを放置すれば自分はこの優位から滑り落ちてしまうのでは――

(確かめる、しかないわね。幸い、このスペルは当たってもダメージは少ないみたいだし)

 回転をピタリと止めた夜召は沼に向けて目を凝らす。沼に潜った諏訪子を待ち構え、ひたすら観察眼を研ぎ澄ます。
 三度目の諏訪子の突撃は最悪当たっても構わない、代わりにこの一度で不気味さの靄を晴らす。
 そうして覚悟を決めた夜召に向かい諏訪子が三度、跳躍し……

「らぁああああああああ!!」
「――――!?」

 ゴォォオオオン、と。互いに狙い通り吹き飛ばし、吹き飛ばされ……その時夜召は確かに見た。諏訪子の身に何が起こっているのかを。

「……ッ、正気なの!? 洩矢諏訪子!?」

 爛れて血を流す新しい火傷、ジィウジィウと音を立てて焼ける肉の匂い。
 ……大量の水を一瞬で気化させる熱量、諏訪子はそれを外に向けるのではなく"己の身"を焼き焦がすことに使っていた。

(ね、狙いは解るわよ? 私のフェロモンは今、諏訪子の血に混じって存在している。ならその侵された血を蒸発させて体外に出せば能力の掛かりは薄くなる。沼に飛び込むのも、それだけの熱量を発していれば身体に触れると同時にフェロモンが蒸発するから侵食されようがない。でも、でも……)
 
 夜召の口が戦慄く。
 確かに効果的な策ではある。自身の身の内の能力を排除し、新たに掛かってくる能力を防ぎ切る、一石二鳥の妙手ではある。しかし、しかし……

(それ以上にダメージが大き過ぎる!! それじゃただの自爆と変わらないじゃない。そんな状態で生きて、ましてや戦えるはずが……え?)

 思考に空白が混じる。途方も無い疑問に意識が止まる。
 戦えるはずがないのなら、何故諏訪子から紛れも無い攻撃を受けたのか、そして今、再び突貫による攻撃を受けているのか……?
 足元が崩れるような喪失感が身体を這い登る。これまで計算に計算を重ねて、予定通りの勝ち筋を辿ってきた夜召に理解不能の戸惑いが襲いかかる。

(解かるわけないよね。私がどうして戦えるか、あんたに!!)

 四度目の突貫を躱されながらも、すれ違いざまに夜召の動揺を見た諏訪子はズタボロの身体で火のように笑った。
 ――今や無二の友である諏訪子と神奈子の二人であるが、二人には数多くの違いがある。坤を創造する程度の能力と乾を創造する程度の能力、幼い容姿と成熟した容姿、表に出たがらない性格と表に出たがる性格。互いが互いを補完するかのように二人は様々なものが違っている。そしてその違いの中に、元となる神霊があったかとなかったかという違いが存在する。要するに神奈子は元となる"型"が信仰と願いを集め神となり、諏訪子は元となる"型"がない状態から純粋な信仰と願いで発生した。洩矢諏訪子は元となる誰かが居たのではなく人々の願いが押し固めて作られた、幽霊のようなものなのだ。祟神ミシャグチを統治する誰かが居て欲しいという人々の願いを、絶望で外枠を埋めて作った純然たる信仰の神。故に……

(本来私に信仰以外は必要ない。この身体の血も肉も骨も、信仰を固めてそれらしく作ってあるだけなんだから。全体が形を保てれば、消え去る事は有り得ない!!)

 とは言っても、身体を失う事に害が無い訳ではない。
 例えば守矢神社に参拝する時、人々の頭の中に居る諏訪子はきっと今の諏訪子の姿をしているはずだ。その頭の中の諏訪子に信仰を捧げ、しかし、もし諏訪子がそれ以外の姿を取っていたとしたら、その信仰はどうやってもブレる。諏訪子の本体には届かない。
 故に名のある神霊は自身の姿を固定化するのだ。より多くの人間から捧げられる信仰を確実に受け取る為に。そして例えば、人間の姿を取っている諏訪子には血が必要に違いないという考えを持つ者が多ければ、血を失っても戦う諏訪子への信仰は薄れてしまう。諏訪子そのものである、信仰が。
 ……実の所、諏訪子が打った手は夜召の分析よりも遥かにリスクが高い。血肉を超えた、諏訪子その物である信仰を失っているのだから。しかし……

(それが……どうした!!)

 熱波に身を焼かれる諏訪子には、今も確かに蛙達の歌が聞こえていた。
 そうだ……

『私達は諏訪子様がお辛そうなのが一番悲しいのですから』

 この歌のお陰で気付けた。私は今も昔も支えられていた。いつだって、どんな時だって、

『あんたに感謝してるやつはいてもっ!! あんたが負けて責めるようなやつは、ここには一人もいないっ!!』

 どれだけリスクを背負うと、どれだけ危険な賭けに出ようと……

『諏訪子様、どうかお早く。……神奈子殿は儂らが引き受けます』

 ――私の身体しんこうが消えてなくなるなんて有り得ない!! 私は今、それを信じられる!!
 そうだ、こんな私を信じてくれると言うのなら……

(その想いを尊ぼう、崇めよう。それが私の……)

 洩矢諏訪子の……

「信、仰、だぁぁあああああああああああ!!」

 叫ぶ諏訪子が夜召に向けて飛び跳ねる。未だ動じている夜召に、諏訪子は憐憫すら覚えた。

(あんたには解んないでしょう? 能力で操るなんて真似をして信仰を掻き集めたあんたには、"信じられる信仰"なんて本物の存在はっ!!)

 哀れなるかな、小川弥夜召。信じられる物など一つもなく、ただ一人で策謀に淫し孤独と相成る。哀れ、なんと哀れ。
 熱波で乾かなければ、涙が頬を伝っていたに違いない。それほどまでに諏訪子は夜召を哀れんでいた。しかし、涙なくとも哀れみの目に気付いたのか夜召の顔が憤怒で染まる。

「ふざ、けるなぁああああ!! 異名!!」

 激昂した夜召がスペルカードを引き抜いた。激怒に背を圧され絶叫する。

「隠れ座頭の岩窟!!」
「……ッ!?」

 宣言と同時に諏訪子は突進を止め、咄嗟に目を擦った。確かに正面に居たはずの夜召が消えた。いや、もっと言うなら……

(前が……見えない!?)

 正確に言うなら辺りが極端に暗くなった。自分の前で翳した手ですら、ぼんやりとした輪郭しか判別出来ない。それはまさしく明かりのない岩窟に放り込まれたような視界で……

「シャアッ!!」
「あづッ!?」

 諏訪子の背中に新たな熱が生まれた。身を焼く熱とは別の痛みという名の鋭い熱。暗闇に乗じて忍び寄った夜召がナイフで背を引き裂いた熱だった。諏訪子は慌てて反撃の鉄輪を振るうが、得物は何の感触も返さずに虚しく空を切った。

(これは……私の視界を操ってるんだ!! 意識を操れるなら、きっと視界だって操れる。それなら……)

 諏訪子は瞬時に決意を固めて、マグマの両生類を解除する。
 ろくに見えない視界の中でそれでも目を閉じる。その状態で一秒待ち、二秒待ち……
 "揺らがない"。諏訪子の意識が酒に酔ったような酩酊感から開放され、今度こそフラットラインを取り戻した。
 
(やった、荒療治が上手く行った。夜召が視界を操ってるのは、やっぱり意識が操れなくなったからだ)

 諏訪子が猛々しい笑みで笑う。行ける、意識さえ再び取り戻せたなら……

「……ッ!!」

 ザクリと、再び背を裂かれる。間に合わぬと判じて諏訪子はそちらを睨むだけに留める。

「あっははっ、どうかしら? 暗闇の中で為す術なく切り裂かれる気分は、絶望は!?」

 嗜虐的な響きで笑う夜召の声が、諏訪子だけの暗闇の中に響く。
 その声に諏訪子は何も応えず、胸の前で手を合わせた。それはまるで……

「あっははっ、ははははははははは!! あんた、神が神頼みって……あはははははははは!!」

 仕返しと言わんばかりに夜召が諏訪子を嘲笑う。笑って、笑って、嘲笑い尽くして……ふと、笑い声が途切れた。闇に紛れた攻撃の前兆。だが……

(……絶望、ねぇ)

 諏訪子の口元に浮かぶのはやはり笑み。穏やかとすら言えるその笑みに、しかし夜召の凶刃が襲いかかり……切り裂かれた瞬間、諏訪子の合わされた手から神力が迸った。

「土着神!! 洩矢神!!」
「がっ!?」
 
 全く狙いを付けない神力が波紋のように全方位に広がった。その速度は夜召の離脱速度を追い越し、高圧電流に触れたかのように彼女を痙攣させる。
 ……と、

「あんまりさ……」

 諏訪子が神力に苛まれる夜召の手を掴んだ。

「信仰を、舐めんな」
「な――!!」
 
 掴んだ手を思い切り振りかぶり、諏訪子が夜召を下方に向けて投擲する。高めの衝突音を響かせて、夜召が沼の水面に叩きつけられる。
 ……切り裂かれる覚悟があるのなら後出しの全方位攻撃でこのスペルは破れる。そして自らの身を決意と共に焼いた諏訪子に、その程度の覚悟がないはずがない。
 沼の水面に大の字で浮かぶ夜召は唖然として諏訪子を仰いでいた。一体どうしてここまで、諏訪子はあっさりと捨て身の覚悟を決められるのか――

「もし、」
「……ッ!?」

 諏訪子が虚空に向けて言葉を零す。目はまだ見えていないのだから当然だろう。だが……

「私の存在が、おばあちゃんや長老や蛙達に、私に信仰をくれる皆に……」

 諏訪子の顔がゆっくりと夜召の方を向く。
 見えているはずがない。能力の発動は万全で、絶対に見えているはずはない。夜召はそう自分に言い聞かせる。なのに……

「今みたいな気持ちを上げられてるなら。私は神様に生まれて良かったって思うよ……信じられるものがあるっていうのは、こんなにも心強い」
「――――!!」

 見透かされた。目の見えない敵に、何か自分の芯を見透かされた。夜召の中に不可思議な理解が降りてくる。その理解を持て余し、処理出来ない内に諏訪子が問う。

「それで? あんたは私に、そんな小細工で挑み続ける気? 私は付き合ってもいいけど……」

 負ける気は、もうしないよ?
 当然のようにあっさりと言う諏訪子に、夜召は……

「……ッ!! 帽符!! フェドーラ・フェスティバル!!」

 萎えそうになる脚で立ち上がり、"新たな"スペルを解き放つ。夜召が被った帽子をそのまま大きくしたような魔弾の群れが諏訪子に向けて襲い掛かる。

(違う!! 負けてない!! これは合理的な判断。あの全方位スペルがある以上、近づかないと攻撃出来ないスペルは危険。それだけ、それだけなんだから!!)

 夜召の諏訪子への支配力はすでに相当減少してしまっている。視界全てを封鎖するようなレベルで操ろうとすればかなり繊細に、かつ強く指令を送らねばならず、それと同時に弾幕を放つのは夜召の力量では不可能だったのだ。それ故の近接攻撃、ならば遠距離攻撃と共に能力を活かすには……

(これが……ベスト!!)

 夜召が目に見えぬ力を発し、再び諏訪子の視覚を操る。傍目には何も変わらないが諏訪子の目には今、実際の数以上の帽子弾が映っているはずだ。幻覚と実体の入り混じった弾幕、標的に混乱と焦燥を与え、自らは力を温存し実数以上の戦果を得る。現に諏訪子は何もない場所で無駄な回避動作を取り、魔弾にぶつかっている。夜召らしい計算高い狡猾なスペル。しかし……

「神具、洩矢の鉄の輪」

 諏訪子が呟き、御神楽を舞う。金色の軌跡を残して振るわれた鉄輪が、巨大な光輪を無数に放つ。その数たるや夜召の弾幕の幻覚と実体を合わせたよりもなお多く、ただ純粋な弾数のみで帽子弾を全て撃ち落とす。

「……ッ、遊行!! スーパー・ゴウリキー・ウォーク!!」

 夜召の足元に水が纏わり付く。その水がキュルキュルと車輪のように丸くなり回転を始める。
 ゴポリと浮かび上がった一抱え程の水球を背後に従え、夜召が空中をローラースケートのように滑らかに走りだす。その速度は明らかに通常の飛翔より速い。しかもこれも幻覚付き、今諏訪子には疾走する夜召が五人に見えているはずだった。そんな夜召の背から水球が高速で圧縮した水弾を撃ち出す。その連射は標的を確実に捉え、それに対し諏訪子は再び洩矢の鉄の輪で反撃し……

「当たるかぁぁああああ!!」

 夜召が華麗な足捌きで光輪を躱した。高速移動中とは思えぬ程の回避精度、その秘密は回避中も射撃を止めていなかった水球にある。何を隠そうこの水球、標的を自動で捕捉し射撃を行う優れ物である。これに攻撃を任せることで夜召自身は回避に徹することが出来る。数で押す洩矢の鉄の輪に対する応手としては中々の良手で……

「祟神、赤口ミシャグチさま」
「――――な」

 静かに成された宣言、それを合図に夜召が支配しているはずの大沼から真っ白な四匹の大蛇が鎌首を擡げた。大樹のように巨大な蛇はそこだけは真っ赤に染まった目で夜召をギロリと見据える。……夜召の幻覚はあくまで諏訪子の視覚を操ったものである。ならば当然、諏訪子から独立したミシャグチ達に影響があるはずがなく……

「なら躱し……きゃあああああああああ!?」

 虚しく回避も叶わない。ガパリと真っ赤な口が開いた後、どのように攻撃されたか夜召には全く見えなかった。それ程の速度で、高速移動系のスペルを使った夜召を遥かに超える高速でミシャグチ達は夜召を啄み引き裂いた。力を失った夜召の身体が、バシャアンと音を立てて沼に落ちる。

「……あんたは間違っても馬鹿じゃない。っていうか、ほとんど策謀だけで私をここまでボロボロにしたんだから、頭の出来なら私より上かもね。けど、なら解るでしょ?」

 どうにか浮かび上がり水面の上で立ち上がった夜召に諏訪子は諭すように語る。

「私を操る策が破れた時点で……あんたにはもう勝ち目がない。もうこんなに沢山、スペルカードを使っちゃってるんだから」

 諏訪子が使ったスペルカードは七枚、それに対して夜召がこれまで使ったスペルカードは八枚。たった一枚の差であるが、この差は絶対的なまでに大きい。
 なにせ諏訪子は通常弾の撃ち合いや接近戦では確実に夜召を上回っているのだ。ならば諏訪子は通常弾で夜召を削り、苦し紛れで放たれるスペルを冷静に後出しのスペルで潰せばいい。そうすれば諏訪子の最後の一枚を夜召はスペルカードなしで突破しなければならなくなる。それが不可能であり、よしんば突破したとしてもその後が続かないことは……諏訪子以上に夜召が解っているはずだった。だからこそ夜召は不利になり得る程スペルを連打し、諏訪子に能力をかける事だけに集中していたのだから。
 
「なら……なら、もう一度操って上げるわよ!! 芳香!! 在り得ざる誘惑の香り!!」

 夜召の周囲に琥珀色の靄が現れる。恐らく夜召のフェロモンを目に見える程凝縮したその靄は、それなりに吸わせる事が出来れば確かに諏訪子をも操れるのかも知れない。果たして夜召の作り出した靄は一発逆転を懸け諏訪子に襲いかかり……

「蛙狩、蛙は口ゆえ蛇に呑まるる」

 ゴバァッと再び沼から頭を生やした土で出来た大蛇に飲み込まれた。その大蛇は一匹だったが、代わりに先の四匹を纏めたぐらいに巨大で、それなりの面積に広がっていた夜召の靄をあっさりと一口で飲み干してしまう。そして土蛇は生物ではなくゴーレムの一種なので夜召のフェロモンでは操れない。夜召の能力を散々見てきたが故の完璧な無効化であった。
 ……と、

「ん? あのタガメ娘、何処に……?」

 靄の対処に気を取られた隙に夜召が姿を消していた。お得意の幻覚という感じではない。これはただ単に……

「まだよっ!!」

 夜召の姿を探していた諏訪子の耳に切羽詰まった叫びが届いた。夜召は沼の畔の方に移動していた。最初に遭遇した時、座っていた大きな岩の横。追い詰められた目をした夜召がその岩をナイフで切り裂く。すると……

「これでっ、あんたは手を出せないでしょう!?」

 切り裂かれた岩の中はぽっかりと空洞になっており、その中から引きずり出された気を失っている娘は……

「……早苗、何処に行ったのかと思ったら」

 守矢神社に住まう現人神にして諏訪子の子孫、東風谷早苗だった。諏訪子は苦々しく顔をしかめる。

「聞くまでもないけど、これって人質を取られたってことでいいのかな?」
「あっははっ!! それ以外に解釈があるなら逆に教えて欲しいわね。何ならもっと解りやすくしましょうか? ……こいつの命が惜しかったら動くな」

 夜召が笑いを収めて早苗の首にナイフを押し当てる。僅かに傷つけられ一筋伝った血の赤を見て、諏訪子は鉄輪を沼に投げ捨て、夜召と同じように水面に降り立った。

「……これも一応言うけど、スペルカードルールに違反してるよね? 人質って?」
「人質について記述があるわけじゃないけど、多分違反でしょうね。そもそも、命が惜しかったらって言ってる時点でアウトでしょうし」
「スペルカードルールを破るのを気にしないなら、なんで弾幕戦なんて挑んだのさ? 初めから人質出してれば、私は手出し出来なかったのに」
「……信仰の為よ」
「……?」
「貴方、人里の異変には気付いてるかしら? 私達でなく里人が妙に浮かれやすく攻撃的になってることに。ああいう刹那的な人間は、こういう娯楽に感化されやすい。スペルカード戦っていう華やかで美しい闘争に。だからさっきまでの……私が赤口さまを貰って沼に沈むまでは人里に中継されてたのよこのスペルカード戦は、水鏡映しの術で。まぁ、ひょっとしたら人質を使うかもって思ったから切っちゃたけど」
「……スペルカード戦で勝って更に信仰を集めるつもりだったって訳か。ほんと策士だね。負けそうになったらちゃっかり中継切っちゃう辺り特に」

 諏訪子は肩を竦めて、夜召の策謀好きに呆れを示した。夜召はそんな諏訪子の軽い調子に付き合わず、剣呑な目で諏訪子を睨む。

「お喋りはこの辺で終わりよ、さっさと本題に入りましょう。こっちの要求は一つ、私がいいと言うまで沼の水を飲みなさい。そうすればこの早苗って子は解放してあげる」
「……要するに私に操られろってことだよね? 私が意識を失くした後に、あんたが早苗を解放するって保証は?」
「私の言葉以外に保証はないわ。けど断るなら、この子はここで死ぬことになる」
「解った。解ったからやめて。早苗はまだ嫁入り前なんだから、あんまり傷付けないで」

 夜召が早苗の首にナイフを強く押し込もうとするのを制止して、諏訪子は沼の水を掬う。薄く琥珀色に色付いた水を諏訪子は飲まずにじっと見つめる。余裕のない夜召がそれを咎めようとしたところで……

「最後に、一つだけ聞いてもいい?」
「…………なによ?」

 諏訪子が狙ったように言葉を挟み、夜召は悩んだ末にそれを許し……

「あんた、恥ずかしくないの? こんな真似して。嫌にならないの? こんな事する自分が」
「……ッ」

 真っ直ぐな糾弾の言葉、それを聞いて夜召は俯き肩を震わせる。

「……しょう」
「ん?」
「嫌に決まってるでしょう!!」

 夜召がばっと顔を上げる。その目には涙さえ浮かんでいた。

「私だってこんな事したくないわよ!! こんな真似するぐらいなら潔く負けを認めたいわよ!! 知ってる!? 知らないでしょ!? あんたの話を聞いて、私はあんたに憧れてた!! 私はタガメで、夜道怪で、タガメの願いで生まれた"土着神"だから!! 土着神の頂点なんて呼ばれて、国まで作ったあんたに憧れてたのよ!! あんたに認めて欲しかった!! 敵なら敵で、好敵手になりたかった!! 絶対、絶対……軽蔑だけは、されたくなかった」

 夜召が何度も叫んでいた、私を舐めるなと言う言葉。侮りは付け入る隙であるはずなのに叫ばずにはいられなかった、あの言葉こそが夜召の本心だったのだ。

「けどっ、どうしようもないじゃない!! あんたは強くて、強過ぎて!! 私が神奈子を操れたのは本当に偶然なのよ!! あの人に、あんなのに比肩する力を持つあんたに、私がまともにやって勝てる訳ないじゃない!! 私は負けることだけは出来ないの!! 知らないでしょあんたは、離れられない棲家で、ただ水に浸かるだけで身体が腐ってく恐怖を!! ある日突然動けなくなって、そのまま事切れる虚しさを!! 孵らずに水底に沈む……卵を、眺める悲しさを」

 夜召の慟哭を聞いて、諏訪子は思い出す。タガメ達はそもそも……"絶滅寸前まで追い詰められた"から幻想郷に流れ着いたのだと。そしてタガメ達が絶滅しそうな所以は確か公害に近い水質汚染の為であったと。

「私は負けられない。ここで、この土地で負けてしまえば後がない。だから、ここで生き残る為なら何でもする。例え人質を取ってでも、私はタガメという種を守る。それが……」

 私に託された、私達の願いだから。
 震えていた感情が冷たく固まっていく、涙を流しながら、それでも。
 諏訪子はそんな夜召を悲しそうに見つめる。多分、その憐れみも侮蔑になるのだろうと解って……それでも。

「……戯れ言はここまでにしましょう。早く水を飲んで。あんたを操って倒さなきゃならない奴が山程いるんだから」

 涙を拭った夜召に命じられ、諏訪子は再び琥珀色の水に目を落とす。そして……

 ――パシャリと、そのまま手の中の水を沼に落とした。

 予想だにしない諏訪子の行動に、夜召は目を剥いて絶句した。

「…………な、なんの」
「あんたがさ、最初に私に会ったとき喋りたがったのは時間を稼ぎたかったからだよね? 私に無臭のフェロモンを少しでも吸わせる為に、あんたは時間が欲しかったんだ」
「何を言って……」
「解んないかな? 私は大地を操れる。なら沼に閉じ込められるなんてことは絶対にないんだよ。だって、"沼底を操れば出られるんだから"」
「――――」

 夜召が再び言葉を失くす。思い出すのは薫香を飲み込んだ巨大な土蛇。確かに、確かにあの規模で大地を操れるのなら水面に張った結界など意味が無い。失策だったのだ、諏訪子の能力を聞いて、しかしあれ程とは想像できなかった矮小な夜召の完全な失策。にも関わらず、その失策は見逃され諏訪子は一時夜召の手に堕ちかかった。何故、何故……

「答えは簡単だよ。私もね、時間が欲しかったんだ。だって神奈子が操られて、一緒にいる早苗が"無事なはずがなかったから"。初めから……こうなると思ってたから」

 夜召を憐憫の目で見つめ……諏訪子はその場にすっとしゃがみ込んだ。困惑しきっていた夜召に、その諏訪子の上を通過して迫る"柱"を避けきれるはずもなく……

「が……ッ!! な、一体何が……? ッそれより早苗……なっ!?」
「ご、ごめんなさいっ!!」

 絶妙なコントロールで夜召だけを吹き飛ばした柱は、なんと上に妖精を乗せていたらしく、その妖精は早苗の手を掴み瞬間移動で掻き消えた。と言ってもそれで離れた距離は十m前後だったが……

「へぇ、面白い技持ってるね。ええと、大ちゃんだったっけ?」
「は、はい……ええと、早苗さんはどうすれば……?」
「ん、そっちに連れてって上げて。私の傍はまだ危ないから」
「はいっ!!」

 夜召が吹き飛ばされると同時に駆け出していた諏訪子の所へ行くには十分な距離だった。夜召は愕然として必死に早苗を抱えて飛んでいく妖精の行き先を見る。諏訪子の背後、遠いその畔に立つ人影があった。注連縄を背負った人影だった。ついでの如く立派な御柱も背負った人影だった。それすなわち――

「諏訪子ー!! 負けたら承知しないからね!! 思いっきりやんなー!!」

 小脇にぐるぐると目を回し気絶しているチルノを抱え、御柱で作った担架にぐったりと伸びている長老を乗せた八坂神奈子だった。その更に後ろにはずらずらと蛙達が行列を成している。

「全く呑気なもんだよ。誰のせいで苦労したと思ってるんだか」
「か……神奈子に掛けた能力を解いたって言うの!? どうやって!?」
「さぁ? けど、皆が頑張ったんでしょ。長老が言った約束を守る為に」

 諏訪子は笑う。穏やかに、楽しそうに。

『タガメ共の頭領への挨拶はほどほどでお願いします。後ほど"神奈子殿共々、儂ら全員で挨拶に向かいます故"』

 その言葉を、思い出して。

「あ、あんたは……」
「ん?」
「あんたは、その言葉を信じたっていうの……? そんな、無謀過ぎる話を」
「もちろん。だってそれが……信仰ってもんでしょ?」

 そう言って向日葵のように笑う諏訪子を見て夜召は敗北を悟った。勝てるはずがなかったのだ。ただ一人で信仰を背負うだけだった夜召が、信仰とその後ろにいる者達を信じ共に戦う諏訪子に。
 ……しかし、

「まだ……終わってない」
「……」
「私の力は貴方に劣る、土着神としても劣ってる。けど、それを補うぐらい貴方はボロボロだもの。大きな力で攻撃することは出来ても、大きなダメージに耐える事は出来ない。後ろの神奈子達だって似たようなダメージに決まってる」

 諏訪子の威厳ある姿の前ではあまりにも虚しい願望めいた勝機。
 夜召は震える手で懐からスペルカードを抜き出す。最後の一枚、もし、この一枚をもし諏訪子に叩き込む事が出来たら……
 しかし、その為には……

「いいよ、付き合ってあげる。最後のその一枚、私にぶつけてみなよ」
「……な」
「ん? スペルカード戦を続行するって言ってるんだけど、何かまずい? ていうか、神奈子達もそのつもりだしね」

 そう言って諏訪子が指差す先で神奈子達はこちらに来る様子を見せず、その場に留まっていた。
 特に神奈子などは、どかりとその場に腰をおろし早苗の頭を脚に乗せ、完全に観戦の姿勢だ。というか横でチルノを膝枕している大妖精に注いでやってる酒は何処から持ってきた。そして飲むな、自分でも。

「遊びさ、遊び。この幻想郷の楽しい楽しい神遊び。あんたも土着神の端くれだって言うなら、乗っておいでよ」
「あんたは……ッ」

 夜召の腹で憤怒が煮え立つ。
 すでに夜召がスペルカードルールを破った以上、諏訪子がこれを守らねばならぬ理由はない。ならこの場での最善手は全員で夜召に襲いかかり、袋叩きにすることだ。それなら夜召はひとたまりもなく、スペルを発動する事さえ出来ないだろう。
 ……舐められている。その認識が再び夜召の臓腑を焦がす。しかし……次の瞬間、夜召の肩からふっと力が抜けた。

(ははっ、舐められても……仕方ないわよね。私は結局、何一つ諏訪子には勝てなかったんだから)

 力や度量では勿論、唯一勝っていたと思えた知謀でも上を行かれた。
 土着神の頂点は伊達ではなかった。夜召程度が端から勝てる相手ではなかったのだ。
 ……それでも、

「少しでも勝ち目があるなら……いいえ、勝ち目がなくても私は止まれない。それが私の存在意義だから」

 ここで膝を折ることは、自らに託された願いを捨てる事と同義だ。願いから生まれた夜召に、どうしてそんな真似が出来ようか。
 夜召は決意を胸に秘め、顔を上げる。自らに残された全ての力を、最後のスペルの為に撚り上げる。
 それを見た諏訪子は大きく後ろへ飛んで距離を離す。回避でも退避でもなく、ただ互いにベストの距離を空ける為の戦意溢れる後退。その証拠に諏訪子は直ぐ様スペルカードを翳し、夜召と同じ様に力を込める。
 ビシビシと二人の間で力がぶつかり、爆ぜ音が鳴る。そして……

「祟符!! ミシャグジさま!!」

 先にスペルを放ったのは諏訪子だった。翠色の菱型弾を敷き詰めるように高密度でばら撒き始める。当然、それは夜召の居る方向へと向かい……
 迫る翠弾を夜召は静かに見つめていた。初めから夜召は、絶対に諏訪子より後にスペルを放つつもりでいた。ただでさえ地力で負けているのにチャージの時間でまで負けては勝てるはずはない。……それはきっとほとんど意味のない、些細で、無意味な努力。しかし、

(やれることは……全部やって砕け散る!! 全部全部絞り切る!!)

 ……諏訪子が己の身を焼いて、示したように。
 迫る魔弾を夜召は直撃寸前で躱す。捻った身体の上に、掠めた髪がパラパラと落ちる。そして翠弾の群れを見つめ……

「土着神!!」

 諏訪子に向けたカードが光を放つ、力が溢れる。その力は形を成し……

「小川弥夜召!!」

 命名決闘法。一度は背いたその法に詫びるかのように、あまりにも愚直なスペルを解き放つ。
 水面が揺れる、夜召の沼が琥珀色の水を沸き立たせる。幾度も放った水弾がナイフの形となって宙を駆ける。刃の群れは諏訪子の弾幕に全く劣らない密度の弾幕で、それはまるで彼女が率いるタガメの群れのようで……

「あ、がぁぁあああああああああああ!!」

 夜召が絶叫を上げる。我が身を裂くような叫びが辺りを震わす。琥珀色の刃が翠弾を相殺し、弾幕同士の拮抗を作り出す。
 ……届かない。きっと自分は諏訪子には届かない。それでも戦う。戦える。不屈の闘志なんて格好のいいものではない。折れてなお無様に足掻いているだけだ。この身は虫。例え頭をもがれたとしても、身体は動く。ただ足掻いて、足掻いて、終わっていたとしても足掻いて、そして、

「がっ、ぐ……」
「――――!?」

 ――例えば、ナイフの一本でも諏訪子に届いたりもして。
 諏訪子の脚に突き立ったナイフを夜召自身が誰よりも驚愕した目で見ていた。
 目を丸くした夜召を見て、諏訪子は小さく笑いを零す。

(そんなに驚かなくてもいいと思うけどなぁ。私がボロボロだってあんたも言ってたんだし)

 夜召には圧倒的に見えていた諏訪子の立ち姿。しかし、客観的に見れば身体のあちこちが焼け焦げ、幾つも傷を負い、眼の焦点すら怪しい悲惨な有様である。その姿は元々の幼い容姿も相まって吹けば飛びそうなほどの儚さだった。
 夜召が憶測、というよりほとんど強がりに近い思いで語った勝機は、実のところ見事に的を得ていた。それどころか諏訪子の身体は、自身が放つ弾幕の反動でさえ耐え切れずにジワジワと傷が押し広がっている。これに夜召が気づかなかったのは流せる血がもうほとんど無いので出血がなかったからに他ならない。

(ちょっと格好つけ過ぎたかなぁ? これ、本気でしんどいや)

 諏訪子が伸ばした手に力を込め、弾幕の密度と圧力を増す。しかし、威力を増した分だけ夜召が底力を引き出し拮抗を保つ。……保たれて、しまっている。純粋な力の激突で、諏訪子が絶対に勝てるはずの領域で。

(私の身体は信仰で出来ている……ってことは、血を流せばそれだけ信仰も失くしちゃうってことだし。弱ったなぁ、んにゃ弱ってるなぁ私)

 自嘲しつつ諏訪子は夜召を見る。諏訪子の衰弱を今度こそ精確に見抜いた夜召は希望を見出し、顔つきを変えていた。覚悟だけでなく、その覚悟をエネルギーに変えて突き進む先を見つけた、透き通った目。いい顔つきだった。ああいう顔をした敵は例外なく手強い事を諏訪子は知っていた。

(本気で期待のルーキーだね、こいつ。だからこそ、ここで叩いときたいんだけど……神様ってのが、解ってない内に)

 誇りを捨てて手段を選ばず、己を殺して総意を生かす。
 即物的と言えばそれまでだが、ここまで徹することが出来るのならそれは見事という他無いだろう。しかし、

(それは違うんだよ、夜召。そのやり方は"私達"のやり方じゃないんだ。だって私達は、そういうやり方に絶望した人にこそ頼られるものなんだから)

 夜召のやり方は、人間によく似ていた。弱さと意志をひた隠し、強さと実利をこそ求める。そういうやり方を否定するつもりはない。けれど神というのは……そういうやり方では得られなかった何かを、至れなかった何処かをこそ願われるものなのだ。ならば神は己を偽ることはしてはならない。それをしてしまうのなら……それこそ神という存在の意味が無い。

(卑怯も策も好きなだけ使えばいい、そういうのが専門な神様だってこの世には居る。失敗して後悔するのだって構わない、結果が望み通りにならないことなんてことは幾らでもある。けど、それを"選ぶ事"がそもそもあんたの意志にそぐわないなら……それはやっちゃダメなんだよ、夜召)

 神が自分のやり方を憎むようなことはあってはならないのだ。それは願いの結晶である神が、その形を否定するという悪夢に他ならないのだから。夜召が己の卑劣に涙する程誇り高いのは、きっとそうあれかしと願われたからなのだから。だから……

(私はこの意地を張り通すよ。ああして"私"を願ってくれた皆の前で、キツくても、しんどくても、私のやり方で勝ってみせるよ。……力押しで負けたら、それこそあんたに勝てるモノがなくなっちゃうもんね)

 ほんの少しだけ諏訪子の弾幕が弱まる。けれどその結果は覿面で、みるみる内に諏訪子の弾幕が夜召の弾幕に押されて下がって行く。翠の弾幕と琥珀色の弾幕の境界線が諏訪子に向かって近付いて行く。夜召の顔に喜色が浮かび、次いで直ぐに引き締められる。気付いたからだろう、弾幕が弱まったのが、勝負を付ける力を蓄える為の嵐の前の静けさなのだと。諏訪子の目は限界を迎えたというにはあまりにも強く輝いて――

「さて、じゃ……そろそろ行きますかぁ!!」

 夜召に向けられた諏訪子の手がより強く光を放つ。声を発した諏訪子も、それを受けた夜召も悟った。これが最後の競り合いだと、激突だと。そして――

「土着神!! 御射軍神さま!!」

 総じて二十重、文字通り。正真正銘、最後のスペルカードが放たれた。
 諏訪子の翠弾が凝縮し、变化し、幾本もの巨大なツルギを作り出す。奇しくも夜召の弾幕と同じ刃の弾幕。大剣の軍列が無頼の刃を押し返す。

「ぐ、この……ッ」

 翠色の大剣が琥珀色の領域を侵食する。迫る境界線を見て、夜召はより一層の気合で弾幕を強化する。再び琥珀の弾幕が持ち直し……

「まっだまだぁ!!」
「……ッ!?」
 
 諏訪子が叫ぶと同時、夜召が咄嗟にその場を飛び退いた。飛び退き空いた空間に神力が収束し炸裂する。白い爆光が夜召の目を焼き、光が晴れた後には余韻のような光弾が残る。

「刃と爆裂、神代の戦だ。あんたにやれるかい、ルーキー!?」
「やれるに……決まってるでしょう!!」

 自らを追う連続炸裂を疾走で回避する。相殺を突破してきた剣弾を足を止めずに掻い潜る。夜召とて決して無傷ではない、身体に走る痛みを堪えて諏訪子のラストスペルを凌ぎ、あまつさえ反撃の弾幕を放つ。窮地ゆえの底力か、それとも神懸かりの奇跡か、とかくこの一時に限り夜召は諏訪子に比肩した。諏訪子のスペルに完全に対処していた。
 夜召の顔に静かな灯が点る。諏訪子の顔に愉快げな笑みが咲く。躱し、放ち、凌ぎ、撃つ……美しいスペルカード戦だった。観客が見惚れる程の、見事な神遊びだった。

(生き生きとしちゃってまぁ……やっぱりこっちの方が向いてるんじゃないか、あんたは)

 後も先もなく、純粋に今に集中する夜召の顔を見て、諏訪子は素直にそう思った。
 思えば、諏訪子が逆転していったのも始まりは夜召が能力に頼りだしてからだった。それまでの夜召の方がやはり良かったのだ。弾幕を張る事に熱中し、策が嵌ると笑い、被弾すれば悔しさと共に怒る。そんな夜召の方が、やはり強かったのだ。となると今拮抗されているのも単に本領を発揮されているだけなのかもしれない。

(だったら、なおのこと負けられないよね。本気出されて負けましたとか格好悪すぎるし。……なら)

 こっちも、本気だよ。
 気配が膨れ上がる。夜召も、神奈子も、他の観客も気付いた。諏訪子が勝負を掛けようとしている事に。そして……

「そぉ、りゃあああああああああああああ!!!」

 諏訪子が渾身の雄叫びを上げる。大音声に呼応するかのように剣弾の密度が増し、爆裂の間隔が早くなる。もはや命中と言うよりも空間を埋め尽くす事を目的としていそうな弾幕は、夜召の弾幕を押し切り幾本もの剣弾を夜召に向けて突き立てる。その全てを夜召は躱し躱し躱し……

(やるねぇ、やっぱ!! あいつを撃墜するのが先か、私がへたばるのが先か……面白い勝負になってきた!!)

 アクロバティックな動きで躱す夜召にひたすらに弾幕を放つ。防御に関しては気にしない、諏訪子の弾幕はもはや敵弾の侵攻を許す余地のない密度に達している。攻撃こそ最大の防御、諏訪子も後先考えず、ただ夜召を撃墜することだけに集中する。
 ……それがとんでもない悪手だと知っているにも関わらず。勝利を盤石にしたいのなら諏訪子は夜召のスペルを潰すことだけを考えるべきなのだ。ここで全力を尽くし疲弊するなど論外、そもそも最後の一枚をここで使った事が有り得ない。けれど、

(ここで退いてちゃ土着神の頂点は名乗れない。そんな私を、私も、皆も望んでない。絶対にここで決着を付ける!!)

 神としての在り方が諏訪子の背を押すのだ。信仰という名の信頼が諏訪子の足を進ませるのだ。
 理に沿わぬことに意味はない、何故なら彼女は元来、願いが理を曲げた奇跡の存在であるが故。ただ自侭に、放埒に、力尽くで脅威を表す。それこそが……

(土着神、洩矢諏訪子の在り方!! その形を、その力を……)

 空気が震えて収束する。集う神力に引き寄せられ、風が諏訪子の周囲で渦巻いた。桁外れの力が轟々と風を唸らせ……

「思い知れぇぇぇぇええええええええ!!!」

 加速する。剣弾の速度が、密度が。爆裂の轟音も、もはや豪雨のような勢いで連打される。
 目も眩むような神域の弾幕。そのただ中を、それでも躱して動く夜召は称賛されて然るべきだろう。土着神として胸を張ったとしても謗りを受けぬ手並みだったろう。しかし……

「しまっ……」

 あまりの速度と密度に押されて、とうとう手を誤った。剣弾と爆裂に挟まれ動きが止まる、唯一空いた方角も慣性の反対側なのですぐには進めない。あまりに致命的な必至の停滞。諏訪子は勿論その好機を逃さず王手をかける。瞬時に持てる力の全てを叩き込み、他の三倍はある巨大剣弾を作り出し夜召に向けて投擲する。迫る刃を前に、夜召の逃げ場は一つもない。完全な詰みの

「舐めるなぁぁぁああああああああ!!!」

 吼えた夜召が刃を連射する。小さく小回りの効く弾種だからこその隙間を縫うような連射、その刃は遥かに巨大な翠の剣を削り削り削り――
 ビシリと、音を立てて剣弾がひび割れた。夜召はそこに弾幕を集中させる。諏訪子の総力を注ぎ込んだ剣が崩れていく、そして崩れ崩れ崩れ――
 夜召の元に辿り着いた時にはナイフで弾ける程度の大きさしか残っていなかった。だから、夜召はその剣をナイフで弾いて笑う。勝ち誇った笑み、それを見て諏訪子も笑った。

(まったく大した奴だよ。末恐ろしいにも程がある)

 あの剣弾は、正真正銘諏訪子の全力を尽くした一撃だった。諏訪子にはもう通常弾を放つだけの余力も残っていない。だから……

「こうするっきゃないよねぇ!!」
「なっ!?」
 
 夜召の顔が驚愕で歪んだ。弾いた剣弾の後ろについて飛んで来ていた諏訪子にようやく気付いた為だった。ひどくシンプルな結論、弾幕を撃てないなら最後に残った自らを弾丸にする。諏訪子は夜召よりもずっと早くに自らの剣が崩される事を予見していた。夜召の裂帛の気合に確かにその可能性を見出した。だから、夜召が気付いた時にはもう間近まで迫る事が出来ていた。夜召が切り返したナイフを諏訪子に振り下ろす。真剣勝負の熱に浮かされ笑う諏訪子と目を見開いた夜召の視線が交錯する。早い、ナイフが諏訪子に届くよりも、諏訪子の一撃の方が。双方共にその理解に達し……諏訪子はもう腕を上げることも出来なかった。足もピクリとも動かなかった。だから諏訪子は頭を振りかぶり……

「だぁりゃぁあああああああああああああああ!!!」

 技術もへったくれもないヘッドバット。ひたすらに泥臭い一撃が叩き込まれ、壮絶な打撃音を響かせた。振り下ろされたナイフが当たる寸前で力を失い、諏訪子の頭で視界を一杯にされた夜召が完全にその動きを止める。辺りに残っていた弾幕が全て形を崩し消え失せる。後に残ったのは互いにもたれかかるようになった二人の姿と耳の痛くなるような静寂。

「……はっ、なんで、こうなるの……かしら? 私は……勝てた……勝った、はず、なのに」
「……気付かなかったからだよ」
「……?」

 絞り出したかのような夜召の声。それに対する答えはひどく優しい声で返された。

「あんたは最後に舐めるなって言ったけど……私は、そんなの考えてる余裕なかった。本当に全力だった。気付いたら、突撃してた」
「――――」

 どこまでいっても払拭し切れなかった相手が若輩であるという無意識の認識、侮り。それを最後の最後に諏訪子は振り払った……夜召が、振り切った。だから諏訪子は自らの全力が破られる事に気付けた。だから正真正銘、死力を尽くせた。
 それに夜召は気付けなかった。それが明暗を分けた。何故なら……諏訪子が本気になれたのはその一瞬だけだったから。それまでの諏訪子のつもりで勝算を見込めば正答を出せるはずがなかったから。
 薄れる意識の中で夜召はそれを理解した。だから……

「あ、ははっ、それなら……」

 まぁ、いっか。
 そう最後に呟いた夜召はようやくナイフを手放した。身体から意識がなくなり、諏訪子に完全に体重を預ける。自身より背の高い夜召の体重にあうぅ、と苦鳴を漏らしながらも諏訪子はどうにか夜召を支えて沼の畔に着地し崩折れた。投げ出された夜召がその横に転がり肩を並べて大の字になる。

「…………あーうー。ダメ、もう無理、本気で動けない。タガメは私の天敵だよ、やっぱり」
「まぁ……まぐれ込みとはいえ私に一杯食わせた奴なんだ。あんたにそれぐらい言わせられなきゃ困るねぇ」

 疲労困憊、満身創痍の諏訪子を上から覗きこんだのは、あまりに見慣れた古馴染、八坂神奈子だった。
 多少は傷を負っているようだが自身に比べれば格段に軽いのがはっきりと解る姿でそんな風に言われ、諏訪子は眉間に皺を寄せる。

「人に散々迷惑かけ通して最初に出てくる言葉がそれ? もうちょっとしおらしくできないの?」
「うん? きちんとしおらしく礼は言ったよ? 助けてくれた長老と妖精に。だから、一人で逃げて元凶作ったあんたにしおらしくする謂れはないねぇ」
「あー……本当にあれが原因だったんだ。そんな気はしてたけど。なら私が逃げたのは正解じゃないのさ、二人揃って操られてたかもしれないんだから」
「あっはっはっ、言われてみればそうだね。その通りだ。うん、それじゃまぁ……お疲れ、諏訪子」

 そう言って差し伸べられた手を、苦笑と共にどうにか掴んで諏訪子は立ち上がる。というより肩を借りる形で担がれる。
 
(ま、神奈子と私ならこんなもんかな。今更この程度で改まるには、お互い貸し借りが多すぎるし)
 
 それに多分、この後しばらく神奈子はえらくさりげなく諏訪子に親切になるだろう。この意地っ張りな神様がそういう形でしか謝意を示せないのは諏訪子の良く知るところであった。

「むぅ、終わりましたな。いやはや流石は諏訪子様、相次ぐ想定外を物ともしませんな」
「あれ、長老? もう動いて……大丈夫じゃなさそうだね」
「はは、どうもお見苦しい所を……恥ずかしながら、未だに足が動きませぬ」

 ふよふよと浮遊する御柱担架に乗って移動してきた長老は照れたように笑い相好を崩した。しかし、それも束の間のこと、すぐさま態度を改め居住まいを正す。
 諏訪子もそれを見て表情を引き結び、神奈子も腕組みして難しい顔になった。長老が見苦しいと知ってなおこの場に来た理由が解っていたからだった。

「してこの者、夜召と言いましたかな。如何様な処遇に致しましょうか、お二方」
「……」

 三人の視線が意識のない夜召に注がれる。
 今回の最大戦略目標たる夜召の罪ははっきり言って重い。他にも諸々あるが、特にスペルカードルールを破ったこと、人里に手を出したことは幻想郷では申し開きのしようが無い違反行為である。何となれば、今この瞬間に巫女だの妖怪の賢者だのが夜召にトドメを刺しに来ても不思議ではないし、取り決め的に見てそれは全く正しい事だった。
 そしてそれは取りも直さず……諏訪子達が夜召をどうしようと誰にも咎められないということだった。

「と言っても、問題もありますが。……今からもう一戦やるには儂らは些か疲弊し過ぎております」
「そうかい? 私はあんな弾幕戦見せられて、ちょっと暴れたい気分なんだけどねぇ」
「む……いやいや、その意気込みを共通認識とするのはどうかご勘弁を。大和の軍神程、儂ら蛙は豪気にはなれませぬ故」

 まんざら冗談でもなさそうな調子で言う神奈子と苦笑して諫める長老の目は、油断なく夜召の大沼に向けられていた。
 水面の上こそ静かであったが、その一枚下にはまだまだタガメが多数おり無機質な目で頭領とその周りの敵の様子を伺っていた。諏訪子達が夜召に手を伸ばした時、果たしてあのタガメ達が大人しくしているかどうか――

「平気だよ。あのタガメ達は気にしなくても大丈夫」
「……ん?」
「む?」

 少なからず一戦やる覚悟を固めていた神奈子と長老に、諏訪子はあっさりそう言った。

「夜召の目的はタガメっていう種を守ること。自分っていう最大戦力がいなくなった後にタガメを無駄死にさせるような命令は出さないよ。むしろ、私達が向かって行ったら一目散に逃げろって命じてるんじゃないかな」
「……種を守る?」
「ああ、そういうこと。そりゃまた何とも……ははっこりゃ面白い話だね」
「む、む?」

 諏訪子の言葉に長老は不思議そうに首を傾げ、神奈子は得心した様子でからからと笑った。

「長老」
「む、何ですかな諏訪子様」
「命蓮寺の方はどうなったか解る? あと、こいつの処遇って私にはどれぐらい裁量があるのかな?」
「……ふむ」

 長老と目を合わせ穏やかな語調でそう尋ねた諏訪子の言葉を聞いて、長老はしばし沈黙しこちらも静かに答えを口にした。

「まず命蓮寺の方ですが、あちらは問題ないようです。先程、我が方勝利という合図が届きましたので……思えばあれは諏訪子様がこの者を倒した直後でしたからな。仰る通り、自らが倒れた時に退却するよう命じたのかも知れませぬ。そして御身の裁量ですが……」

 心持ち声に緊張を込めて長老は言った。

「この者の処遇に関しては一切を諏訪子様にお任せ致します。何なりとお申し付けください」
「……それ、本当にいいの?」
「はい。どのような処遇であれ、儂が責任を持って通して見せます」
「……ホントに大丈夫?」
「無論、男に二言は御座いませぬ」

 諏訪子が裁量について聞いたのは、どう考えても夜召の処遇が妖怪の賢者達が出張ってくる案件であったからなのだが……どうやらこの長老、その辺を強引に突破してしまうつもりらしい。当人の話によるとただの使いっ走りらしいのだが……本当に大丈夫だろうかと、諏訪子は三度首を傾げた。とはいえ、どうにも長老の決意は固いようで引く気は全く見られない。なら……

(素直に言っちゃっていいか。何言おうとしてるか長老も薄々察してるっぽいし)

 僅かに見られる緊張はそれ故にだろう。単純に夜召を罰するだけなら、何を言っても通すことは難しくない。
 諏訪子は気絶している夜召をちらりと見る。

(まったく呑気な顔しちゃって、やりにくいったらありゃしない)

 横たわる夜召の顔に浮かぶのは、どうしようもなく満足気な笑みだった。その意味を、それが何故なのかを知って諏訪子は、

「それじゃあさ、長老。こいつは……」

 その言葉を諏訪子も笑って言った。楽しそうに、悪戯に。










………………

…………

……












 願いましては、
 ――人里一部の損壊、三百貫
 ――命蓮寺周辺の大損壊、七百貫
 ――大沼周辺の超損壊、千五百貫
 ――怪我人怪我妖怪の被害手当、五百貫
 ――タガメ怖いタガメ怖いのトラウマ……プライスレス
 締めて貨幣三千貫也

「……と、以上が今回の異変における被害総額になります。……紫様? 聞いておられますか、紫様?」
「…………ふー」

 座った椅子に深々ともたれかかり、自らの式神たる八雲藍の報告を聞き終えた八雲紫はこちらもまた深々とした溜息を付いた。
 もはや重量すら持ちそうな溜息が床に落ちて音を鳴らすのを藍は確かに聞き取った気がした。

「また……」

 目元を手で覆い天を仰ぐ紫は憂鬱そうに言葉を続ける。

「……守矢なのね」
「はい。また……守矢です」

 果たして、手を避け藍の前に顕にされた紫の目は疲労でだらりと濁っていた。そして……

「もういやぁー!! なんであいつらいっつもいっつも問題ばっかり起こすのよ!? しかも微妙に私の手が届きにくい方向とタイミングで!!」

 爆発した。
 机の上に山と積まれていた書類を勢い良く突き倒し、紫は泣き言と共に突っ伏した。
 それを見て、あの書類の片付け誰がやるんだろうな私かな私だろうな私だよなぁと藍はこちらも突っ伏したくなる思いだったが、流石に堪えた。なんとなれば今回は紫に同情の余地が有り過ぎた為である。それでもどうにか、

「まぁ、今回守矢サイドは異変を解決する側にあったようなので一部賢者達の間での流行語、また守矢か、には該当しないようにも思えますが」

 と、公平に意見を述べたのは流石の理性と言えよう。それを聞いて紫はのろのろと身を起こし、藍が差し出してきた報告書を流し読みし、再び大きく溜息を付いた。

「うーん、命蓮寺に人里の退治屋に……やたら風呂敷が広がってるわねー。このフェロモンを操る能力とかいうのの除去は済んでるのよね?」
「はい、すでに調査しましたが能力は完全に除去されていることを確認しました。そちらについての対処は必要ないかと」
「それだけが救いねー、フェロモンを選り分けてそれだけ摘出するって私の能力でもめんどいもの。にしても何で沼の修復願いとかがこっちに回って来てるのよ。守矢の土着神が能力使えば一発で済むでしょう?」
「洩矢諏訪子はその新参土着神との弾幕ごっこで受けたダメージで療養中だそうです。そして家に請求書が回ってきたのは今回の大量発生の件は全て私が預かると紫様が宣言された為です。その被害も大量発生の件に含まれますので」
「……私、言ったかしらそんなこと」
「はい、仰りました。魔界に発つ前に会議に出ていた賢者達の前ではっきりと」

 したり顔で頷く藍の姿を見て紫は魂を抜かれたような顔になり再び机に轟沈した。
 
「酷いわ酷いわ酷すぎるわ。私は正にタガメ達の為に魔界に足を運んだというのに……」
「それは私も知っていますが、タガメ達にそれを通達していませんでしたからねぇ。というか紫様と私が魔界に行った時には彼らはただの虫でしたし。……あ、ほら紫様、タガメ達の犯行動機もそこみたいですよ。種の存続の為ってなってますから」
「無駄に頭がいいわね。それならもうちょっと頭を使って気付いてくれれば良かったのに、放っておいても大丈夫だって」
「ですねぇ」

 『外』の希少動物の大量発生、これが大きな問題に成り得るのは大量発生した生物が何らかの要因で在来生物を激減させてしまう場合に限られる。そして今回タガメ達はこの条件を完璧に満たしていた。なにせタガメは止水系の生態系では頂点に君臨する存在なのだ。それの大量発生というのは水辺においては、例えばサバンナでライオンが大量発生するのに等しい。そうなれば草食動物などの数が激減するのは火を見るより明らかである。
 夜召が進撃を開始したのはこれが理由であった。つまり、理性ある存在なら大量発生したタガメを当然のことながら駆逐しようとするはずなのだ。そうなれば新参のタガメはひとたまりもなくあっさりとやられてしまう。そうなる前にのし上がる、それが夜召が打ち立てた方針であったのだ。事実、夜召は増えすぎた生物はいつの間にか数を減らし、場合によっては全く姿を見なくなることもあると聞いていた。
 しかし……

「かと言っていつも神綺ちゃんのお世話になるっていうのも悪いわよねー。……何かいい代案はないかしら、藍?」
「代案と言われましても……魔界程広い所なんて他にないですし」
「そうよねー、今のところ神綺ちゃんがこの話持ってくと大喜びなのが救いだわ」
「今回も『きゃーなになにまた新しい子連れてきてくれたの? たがめちゃんて言うんだ腕がたくましくて素敵だね。いいよいいよ家においでよ!!』って大はしゃぎでしたからね」
「あの懐の広さは見習いたいわぁ」
「見習わないで下さい、お願いですから。幻想郷が潰れます」
「解ってるわよ。私が言ってるのはもっとこうスピリチュアルな話よ」

 ならいいのですが、と藍は頷いた。
 幻想郷における大量発生への対処法、それは一斉駆除ではなく十分なスペースと豊かさを持つ魔界への一斉移動だったりする。幻想郷のバランスに人一倍敏感な紫が人里へと手を伸ばした夜召にノータッチだったのも、この件での交渉の為に魔界へと出張していたからだった。
 この対処法を長老は直接的な知識として、また諏訪子達は少なくとも、幻想郷は全てを受け入れるなどと豪語する賢者の存在を知っていたので一斉駆除は有り得ないと察していたのだが……新参の夜召にはそれが解らなかった。というか彼女はそもそも魔界も八雲紫も知らなかった。それ故の"早とちり"、それ故の大侵攻であったのだ。

「こんな理由で異変を起こされても困るわよねぇ。こっちとしては」
「全く同感ですが……残念ながら毎度の異変もこんな感じのしょうもない理由とオチばかりのような気がします」
「馬鹿ね、そういう事を言ってるんじゃないわよ。私の幻想郷で騒ぎを起こすならもっと楽しい理由でやれって言ってるのよ、私は。こんな切羽詰まった理由で騒がれても興に欠けるもの。やんわり書いてあるけど実際かなりアウトなとこまでやったみたいだしね、この新入りの子」
「……左様でしたか」

 つまらなそうに報告書を眺める紫に隠れて藍はこっそり微笑んだ。その顔がどこか誇らしげに見えたのは気のせいではあるまい。そして、そんな藍につられたかのように報告書の最後の部分に目を通した紫が堪えられないと言った調子で笑みを零した。

「ふふっ、それに比べて守矢の面々はここの流儀を理解してきてるわね。中々素敵なバツゲームだわ」
「……それについては私は異存があるのですが」
「忘れなさい。貴方の主である私が是としているのだから。何より、これを直接提案した長老さんには貴方も手伝って貰ったことがあるでしょう?」
「まぁ……面倒な調整役や伝令役を進んで引き受けてくれる実力者というのは幻想郷では貴重ですからね」
「ついでに叩き上げでの実力者だから小妖怪からの人望も厚い……彼に貸しを作れると考えれば貴方も納得できるのではなくて?」
「……そうですね、そういう事にしておきましょう。元より我々に近しい穏健派ですのでほぼ無意味ですが」
「一言余計よ。そこで何も言わずに頷ければ貴方も私に近付けるというのに」
「紫様と同じ考え方では外部演算回路である私の意味がないでしょう? だから私は紫様が遊ぶ分真面目になると決めたのです」
「あら、言うようになったじゃない藍。けど、それとこれとは話が別よ。真面目と頭でっかちは別物と心得なさい」
「御意……ちなみに、今回はどちらになるので?」

 藍が半眼で問うと、紫は笑ってそっぽを向いた。相変わらず掴み所のない主であった。
 ……と、

「紫様、何故おもむろに帽子を被り日傘を手にしておられるので?」
「あらまぁ藍、それじゃあ言葉が足りないわよ。だって貴方にも帽子を被せちゃうもの」
「それはいやホント止めて下さい紫様は獣耳の扱いが雑だから変な風に入って、痛たたたたた」
「ひ、と、こ、と、よ、け、い、よっ♪」
「あたたたたたた」

 ぐりぐりと捻るように被せられた帽子を慌てて直す藍を尻目に、紫は日傘を片手にスキマを開いた。些か乱れた髪を四苦八苦して直す藍は答えを察しながらも尋ねた。

「紫様、どちらに?」
「決まってるでしょう?」

 紫は首だけ振り向いて報告書を指差して笑う。

「楽しい楽しい宴会に、よ」

 報告書の最後の欄に、
 『本異変首謀者への処罰、異変解決における功労者の希望により恒例の異変解決祝いの宴会幹事を以ってカエルこととす。蛙だけに』
 と、仰々しい文体でふざけた内容が書いてあることを改めて確認し、藍は自身の足元に開いたスキマに大人しく落下した。帰ってきたら紫に絶対仕事させると固く誓って。










………………

…………

……










 鳥居の上の左端、神でなければ罰が当たりそうな特等席から見下ろす守矢神社はこの日いつになく浮かれていた。
 参拝客の数こそいつもより少なかったが、御座を敷いて野外で盃を傾ける宴会客がその分を埋め、賑々しさはむしろ増している。そんな浮かれた光景を見下ろす諏訪子は神であるが故に罰を恐れることなく眼下の光景を堪能し、秘蔵の焼酎を楽しんでいた。
 いつもなら博麗神社で行われる異変解決後の宴会であったが今回は異変解決に尽力したのをいいことに開催場所を守矢神社に変更してしまった守矢一派であった。命蓮寺でという言もあったのだが戒律で飲酒が禁止されている以上誰も来ないだろうとの最もな意見が上がりあえなくアウトとなった。と言っても諏訪子の視界にはこっそり酒類に手を伸ばす寅やら色鮮やかなカクテルをジュースと誤魔化して堂々飲んでいるネズミやらが映っているのだが……まぁ細かいことは言うまいと諏訪子は視線を切った。彼女達にも世話になったのだし、今回ばかりは好きにさせてやろうという塩梅である。他にも目を移せばスキマと亡霊姫にその従者、ちゃっかり屋台を出している夜雀に河童、何やらぎゃあぎゃあ騒いでいる不良天人と宥めている深海魚などなど、守矢神社では中々見ない面々が一堂に会していた。神奈子と、それから密かに諏訪子も狙っていた絵が現実の物となり、諏訪子はご機嫌だった。
 ……と、

「うん? 何してんのさ、あいつは?」

 見下ろす光景に不審行動を取っている者を発見した諏訪子は鳥居から飛び降り、ぴょんぴょん跳ねてその人物の元まで寄っていく。神奈子が大吟醸を味わうその隣、ぽっかりと開いているマンホールのような縦穴の縁にしゃがみ込み諏訪子は呼びかけた。

「うぉーい夜召ー、あんたそんなとこで何してんのさー」
「……」

 諏訪子が覗き込んだ縦穴の底には、この宴会の幹事役、小川弥夜召が体育座りで身動ぎ一つせず納まっていた。諏訪子の呼びかけに夜召は無反応だったが代わりに神奈子がさも楽しそうに笑いながら答えを返す。

「はっはっはっ、このタガメ娘はさっき霊夢に、あんたが早とちりで大騒ぎした挙句私に気付かれない程速攻で退治された異変の首謀者? って嫌味でなく本気で不思議そうに聞かれてね。穴があったら入りたいけどないから自分で掘る!! って言って今そこだよ」
「はーん、なるほどねぇ。そりゃ恥ずかしいし情けないね、うん」
「……」

 もっともらしく頷いた諏訪子の言葉を聞いて夜召の肩が無言ながらもぶるぶると震える。
 それを上から眺める諏訪子と神奈子はそれはそれは楽しそうな笑顔だった。

「夜召ー恥ずかしいのは解ったから出ておいでよー、肴、もとい幹事役がそんなとこ居たんじゃ様になんないでしょー?」
「今!! 確実に肴って言ったでしょ貴方!!」

 からかうような諏訪子の言葉に思わず沈黙を破ってしまう夜召。その反応に気を良くした諏訪子は更ににんまり笑って地面に手をつく。療養中とはいえ仮にも土着神の頂点、しかも坤を創造する程度の能力持ち、ほんの少し地面に神力を込めればあら不思議、夜召を乗せた穴底がエレベーターのように上昇しあっという間に拗ねる夜召を地表へと運んできた。突然の移動に反応出来なかった夜召は真っ赤で半泣きな顔のまま諏訪子と対面し目を丸くした。

「うわぁい、可愛い顔だね夜召ちゃん。少しでも勝ち目があるならっ!! いいえ、勝ち目がなくても私は止まれないっ!! それが私の存在意義だからっ!! とか言ってたカッコイイ夜召さんと同じ人とは思え……」
「いやぁぁぁあああ!! やーめーてぇー!!」

 わざとらしくキリリとした表情を作り夜召の少々クサい台詞を真似る諏訪子を見て、夜召は耳を塞いで悶え伏す。そんな二人のやりとりに神奈子は膝を叩いて大爆笑し、酒の勢いのまま囃し立てる。

「アンコール!! アンコール!! 諏訪子のちょっといいとこ見てみたい!!」
「オッケー!! それじゃ次は悪ぶって早苗を人質にとった夜召ちゃん!! 私の言葉以外に保証はないわ。けど断るなら、この子はここで……」
「やめろっつってんでしょうが馬鹿二柱ぁ!!」

 絶妙なコンビネーションでのおちょくりに夜召が逆上して飛びかかる。しかし、その反応を読んでいた諏訪子と神奈子はあっさりと身を躱し、勢い余って二人の間を通過した夜召の足を二人して引っ掛けた。両足を刈られた夜召は成す術なく地面に顔から墜落、ビターンと痛そうな音を立てて動きを止めた。

「……うぅ、殺してよぉ、いっそ殺しなさいよぉ。早とちりで暴走してそれをいじられ倒して……こんな羞恥地獄耐えられないわよぅ……ぐす」
「ありゃホントに泣いちゃったか。ごめんごめん、ほらこれ飲んで」
「ひっく、ぐす……ゲッホ、ゴホ!? ちょ、これ強……ゲホ、ゴッホ!!」
「あはははははは!!」
「この……祟り神ぃ!!」

 度数が青天井の焼酎を疑いなく飲んでしまった夜召がとうとうナイフを抜くが、諏訪子は高笑いを上げて緊急退避、ぴょんぴょこ跳ねて逃げていく。そのあまりの素早さに夜召は追いかけることも出来ず憤懣やるかたないと言った調子で地面をざくざく突き刺す。

「あの蛙いつか泣かしてやるー!!」
「はっはっはっ、無理じゃないかねぇ。あいつ、ここしばらくお前さんの顔見るだけで楽しそうだし。お、ちょいとその酒注いでくれないかい? 諏訪子秘蔵の焼酎だろ、それ?」
「え? ええ、いいけど……いいの?」
「その程度のチャンポンで悪酔いするなら、私は神様名乗ってないよ。ほれ」
「……」
 
 何か言いたそうに渋る夜召に神奈子が朱塗りの盃を突きつける。その磊落な調子に押されて夜召は諏訪子が置いていった酒瓶からとくとくと酒を注ぎ、神奈子は上機嫌でそれを飲み干した。

「うぅん、あの蛙め。こんな旨い酒を隠しとくなんてけしからん。今度部屋のなか漁ってやる」
「……」

 からから笑って酷い事を言う神奈子を夜召はじっと見つめる。その顔はやはり何かを言いたそうで……

「そんなに不思議かい? 私があんたに注がれた酒を飲むってのが」

 つまみをつつきながらのあっさりとした問いかけに、夜召は一瞬息を呑み、そして答えた。

「……ええ。というより、私に幹事を任せたっていうのが信じ難いわ。酒も料理もほとんど私が用意したものなのよ? そりゃ今回だけで操れる量を盛るのは無理だけど、貴方は……貴方は一度、私に操られてる。それを……ううん、そもそも貴方達はどうして私を庇ったのよ。私がやったことは殺されたって文句は言えないことなのに」

 夜召は自分の能力を使うことの意味を理解している。自意識を除かれ操られ、あまつさえ朋友にぶつけられる。それがどれだけ酷いことかも理解している。夜召と神奈子の立場が逆だったなら夜召は間違いなく神奈子を八つ裂きにしている。なのに何故、宴会の幹事役などという罰にもならないような罰でお茶を濁すのか? 夜召には全く理解出来なかった。……と、

「馬鹿にすんな、ひよっ子」
「あたっ」

 神奈子が夜召の額を爪弾く。口元を曲げて涼やかに微笑み、飄々と酒を舐めながら神奈子は語る。

「私があんたに操られたのは私の親馬鹿が原因さね。自分の不注意に腹を立てることはあっても、あんたを責めたりはしないよ。むしろあんたの手管にゃ感心すらしてる、さっきの霊夢にしたって逆を言えば霊夢に気付かれない程密やかに進められてたってことだしね。あと……」

 神奈子は首を巡らして他所を見る。そっちを見ろと促されているのを察し、夜召も素直にそちらを見ると……

「渡れる渡れな~い一人の~今のわ~たし~、渡れる渡れな~い、ああ、あじさい橋ぃ~~♪」

 チルノや大妖精に囃し立てられノリノリでこぶしを効かせている早苗が歌っていた。長老の頭の上で。ズシンズシンと歩く長老の上で歌い、あちこちで声援を得る早苗はどこの演歌歌手だと突っ込みたくなるぐらいキマっていた。はしゃいでいた。

「あれがあんたのこと恨んでるように見えるかい?」
「……」

 正直、私の存在を覚えてるかどうかが怪しい。自然に湧いて出た言葉をどうにか飲み込んで夜召は沈黙した。

「あの蛙の長老はあんたが反省するなら許すって言ってる。命蓮寺もそれは一緒。人里の連中は気にする程でかい被害が結局一個も出てない……方々合わせてあんたを恨んでるって奴がいないんだ。そりゃ罰も軽くなるってもんだろう。それに……」

 神奈子が酒をあおって遠い目をする。宴そのものを見通すような目でポツリと、

「あんたの理由はここに居る全員にとって他人事じゃない。ここに居るのは『外』で居場所がなくなった奴ばっかりだから」
「――――」
 
 夜召が息を呑む。
 幻想郷、『外』にて忘れられた者が集う幻の里。妖怪も、妖精も、神様も、ここへは大半が逃げ延びてきたのだ。『外』では生きてはいけなくなったから。それは例えば夜召のように、そして……神奈子と諏訪子のように。

「解るのさ、あんたみたいな切れ者がそれでも馬鹿やっちまうような焦りが。だから強くは責められない、自分の鏡写しだって解っちまうから。だから……」

 神奈子が空になった盃を夜召に投げて渡した。慌ててお手玉しながらもキャッチした夜召に神奈子が酒瓶の口を向ける。

「こうして一緒に酒飲んで水に流せるなら、そうしたいって思うのさ。せっかく顔を合わせた同類なんだからね」
「……随分、甘い考えね」
「ああ、甘いよ。正直言うなら甘すぎるぐらいだ。けど、苦いのや辛いのはもう『外』で散々味わっただろう? なら此処で飲むのが甘ったるい蜂蜜酒であってもいい。誰も口には出さないけど、此処はそういう奴らの集まりだよ。じゃないとスペルカードルールなんてのがまかり通るはずがない。……で、あんたはどうなんだい? 此処は今言ったような奴らが最後に追い詰められた土地だ。だから此処に『外』の世知辛さを持ち込むって言うんなら……残念だけど、どっちにとっても面白いことにはならないよ」

 その一瞬だけ口調を鋭く改めて、神奈子は酒瓶の口越しに夜召の目を覗き込んだ。
 嘘を許さない誠実さをこそ求める目、その目を見て夜召は思わず嬉しくなった。自分がまだ、誠実さなんてものを求められる程信用されていると解ったから。
 だから、という訳ではないが……夜召は盃を差し出した。神奈子は笑ってそれに酒を注ぐ。盃に口を付け、一息に飲み干し……

「……辛いぃ」
「あっはっはっはっは!! 確かにこの酒はちょっと辛口だねぇ!! あっはっはっはっは!!」

 どうやらあまり酒には強くないらしい夜召を見て神奈子は高らかに笑った。新しい幻想郷の住人を歓迎して。

「けど、ま、それなら早めに紫に断り入れときなよ。幻想郷で面倒見切れない分のタガメは魔界に移住して貰うって話だからね。言っとかないとあんたもそっち行きになる」
「ええ、そうね。それは私も聞いてるわ。あっちはいい所みたいだし……私はもう少し、こっちで遊んでいくわ。神様らしく、神遊びを……やっぱり負けっぱなしは癪だしね」

 そう言って夜召は目を少しだけ動かして辺りを見回した。恐らくこっそりとやったつもりの仕草なのだろうが、神奈子はばっちりそれを見咎め苦笑した。そしておもむろに手を伸ばし夜召と肩を組む。

「な、なによいきなり? やっぱり酔っ払ったの?」
「酔っちゃいるけど、そういうのとはちょっと違うよ。ほれ、盃こっちに向けな」
「……?」

 神奈子に言われるまま盃を向けると、それが当然のように神奈子は酒を注ぎ入れる。ただ、今回はそれを飲めということではなく……

「ほら、もうちょっと傾けて……声出すんじゃないよ? 覗いてみな」
「……あ」

 上向きに傾けた盃の水面、そこに背後の木からこちらを見下ろす諏訪子が映っていた。その諏訪子の顔はどうにも心配そうで……

「いいこと教えてやろうか夜召。諏訪子の奴が神遊びに誘うのは大抵面白そうな奴か気に入った奴だ。私がさっき言った蜂蜜酒の話も、多分諏訪子の奴は考えちゃいない。あいつは単純に……」

 あんたの事が気に入ったから庇ったのさ。洩矢諏訪子ってのはそういう奴だよ。
 神奈子が肩組を外し、ついでに回収した盃から酒を呑む。夜召はそれを気にしない、いや気にしている余裕がない。神奈子が言った言葉がジワジワと、それこそ上等な酒のように身体に染み入る。

「偶にでいいからあいつと遊んでやっておくれよ。あいつはどうにも引き篭もりの気があるからねぇ。"早苗を操って諏訪子にぶつけなかった"あんたなら気も合うだろう。タガメのくせに親馬鹿さん?」
「……!!」

 夜召が慌てて神奈子の方を向くが、神奈子はそっぽを向いて素知らぬ顔で酒を飲んでいた。その横顔を見て夜召は思う、本当によくこんな人を自分なんかが操れたものだ。
 何を言うべきか迷い、夜召は口を戦慄かせる。

「あの、えっと……」
「うん?」
「色々お話有難う御座いました!! 神奈子先輩!!」
「ぶほっ!! けほっ、けほっ……」

 むせる神奈子を尻目に夜召はその場で回れ右して飛び立った。その先には当然……

「諏訪子!! 得物出しなさいリベンジよ!!」
「あぅ!? い、いきなり!? 私一応療養中なんだけど……」
「そこぉっ!! 諏訪子様に挑むなら私を倒してからにしなさい!! 何やら今回出番が有りませんでしたが、守矢神社風祝の実力を見せて上げます!!」
「うっさい大人しく歌ってなさい人質A!! そのマイクで戦う気!?」
「ひ、人質A!? この……推定私より年下のくせにー!!」
「うぇっ!? 嘘ぉ!?」
「だったらどうしたって言うのよ年増ー!!」

 マイクと地声で叫んで空中で激突する二人に辺りからやんややんやと喝采が飛ぶ。酒宴と弾幕は幻想郷の花、二つ揃えば賑わいは自乗倍に加速する。
 そんな騒ぎの中、流れ的に除け者にされた諏訪子が神奈子の横に唖然とした顔のままふわふわと降りてくる。

「か、神奈子……」
「あータガメの寿命って確か長くて二、三年だから……あいつが幻想郷に来てから神になったり誕生したなりしたなら……早苗より年上ってことはない、はず」

 予想される夜召の推定年齢に二人は愕然とする。思い込みとは恐ろしい、土着神と聞いて確実に百年ぐらいは生きているものと思い込んでいた。そしてそんな思いは二人だけのものではないのだろう、早苗の年下発言を聞いて衝撃を受けていると思しき妖怪やら何やらが結構居る。それでも神奈子はかろうじて納得した。なるほど、それであの素直さか、と。

「はは、こりゃまた……今更だけど面白い奴が幻想郷に来たもんだ。いや、面白い奴しか来ないのが此処のいい所ではあるんだけどねぇ」
「え、じゃあ夜召ってこっち残るの?」
「ああ、お前さんの望み通りにね」
「む、べ、別に望んでなんていないんだからねっ!!」
「はいはい……えーと、何だっけ、つんでれ乙つんでれ乙」
「……なにそれ?」
「さぁ? 早苗がなんかそういう台詞言った奴に言ってたのを真似しただけ。……っと、あの子随分苦戦してるね」
「え? ……あーうー、そういえば早苗ってもう結構飲んでたような……」
「ああ、下戸なくせに飲み過ぎるからねぇあの子は」

 見れば空中の早苗はかなり押されていた。というより弾幕と関係ないところでもふらついており非常に危なっかしい。そして、夜召はそういう相手にも容赦はしない……というかむしろここぞとばかりに攻め込む性格である。

「あっははっ、大口叩いてその程度なの年上さん!?」
「う、くぅぅ、こうなったら……乾神招来!! 御柱!!」
「おおぅ!?」
「なっ!?」
 
 観戦モードから一転、突如召喚された神奈子が慌てて御柱を放ち、夜召が驚きながらもどうにかこれを迎撃する。

「ず、ずるいわよ!! 先輩の手を借りるなんて!!」
「ふはははは、負け犬の遠吠えですね。風祝が神様召喚して何が悪いんですか!! だいたい貴方だって諏訪子様を相手にする時、数百単位で手下を使ったと聞いてますよ!!」
「うぐっ!?」
「何より……」
 
 痛いところを突かれて胸を押さえた夜召に早苗が畳み掛ける。

「幻想郷では常識に囚われてはいけないのですっ!!」
「な……」
 
 堂々たる決め台詞にギャラリーは酒を片手に声援を上げ早苗を囃し立てる。そして夜召も視線を下げ……

「た……確かに!!」
「こらぁ夜召!! 今あんたどっち見て言った!!」

 問うまでもなく諏訪子に視線を合わせた夜召は劇画のような慄いた顔で早苗の言を受け入れた。やはり自分はまだまだ新参なのだと自省する。……間違っている気がしなくもないが。
 しかしともあれこの二対一はまずい。ぶっちゃけ勝ち目が全くない。先輩たる神奈子は自分で言うぐらいの親馬鹿だから手抜きしてくれるとは思えないし……

「ならば私が加勢しましょう」

 と、困り果てた夜召に助け舟を出したのは命蓮寺住職、聖白蓮だった。誰にとってもまさかの援軍に場は更にヒートアップし、神奈子の片眉がピクリと跳ねる。

「へぇ、なんのつもりだい?」
「夜召さんが反省するというのなら当方に遺恨はなし、これは先にお伝えした通りです。ならば私は同胞の為に立ち上がった勇気ある若人を守りたい……聖白蓮として矛盾した行動は取っていないつもりですが」
「夜召は一応、種族神様のはずだよ?」
「ええ、眷属とはいえ異種族たる妖怪のために立ち上がった神様です。その志は私にとって快い」
「……」
「……」
「あ、あの……神奈子様?」
「え、ええと……白蓮、さん?」

 当事者そっちのけで尋常ならざる戦意をぶつける二人の実力者を前に若人二人は早くもビクつきおずおずと声をかけた。声に多分に宥める色を含ませながら。しかし、

「早苗、あんたはちょっと下がってなさい」
「夜召さん、ここは私に任せてお下がりなさい」
「え、え……?」

 ぐいと背後に押しやられ夜召は聖の後ろでうろたえる。え、これって一体どうすればいいの? そんな風に夜召は首を傾げ……

「え、あれ? なんか人が減ってる……?」

 迷うように彷徨わせた視線、そこに引っかる人影が明らかに減っていた。というか大抵の者は酒瓶だのなんだのを引っ掴み大慌ててで離れて……

「夜召さーん!!」
「え、わ、ちょっと!?」

 周りの反応に戸惑う夜召を神奈子の後ろから大回りで飛んできた早苗がとっ捕まえて全力飛翔。小脇に夜召を抱え、一心不乱に逃げを打つ。

「い、いきなりなに……」
「いいから逃げますよ!! あのお二人ガチで本気です、巻き込まれたら死にますよ!?」
「へ? ……げっ」

 言われて改めて目をやった神奈子と聖の二人は、もはや完全に第一級臨戦態勢だった。
 二人が練り上げている力の量はもはや夜召のラストスペルを遥かに凌駕している。こんなのに巻き込まれたら死ぬ、洒落じゃなく虫のようにあっさりと死ぬ。そこまで認識して夜召は早苗の手から離れ、慌てて加速を開始する。しかし、それは些か以上に出遅れて……

「スペルカード!! 風神様の神徳!!」
「ラストワード!! アーンギラサヴェーダ!!」

 初手から最大スペルをぶっ放した二人の間に光の奔流が弾け、眩い閃光が威力となって辺りを覆う。
 早苗と夜召は逃げた、必死で逃げた。しかし、どう考えても間に合うはずがなく……

「きゃああああ!! 神奈子様の見境無しーー!!」
「守るって、守るって言ったのにぃぃいいいい!!」

 肩を並べて逃げる二人が光に飲み込まれる。その瞬間、

「や、やむを得ません。坤神招来!! 盾!!」
「呼ぶのが遅い!! 間に合うかどうか微妙じゃない!!」
「えーん、お怪我をされてるから一応気を使ったのにー!!」

 召喚された諏訪子と早苗が同時に振り向き結界を張る。その二人に左右から首根っこを引っ掴まれた夜召がつんのめって制止する。
 そして……

「「「きゃああああああああ!!」」」

 今度こそ三人まとめて光に飲み込まれた。










………………

…………

……











「……生きてる、わね」
「ええ、多分生きてます」
「いんや解んないよ。三人まとめて幽霊になっただけかも、少なくとも私はこんな死に方したら祟るために化けて出るし」
「あんた元から平将門みたいなもんじゃない」
「イエスッアイアム!! イッツ祟り神ジョーク!!」
「……」
「……」
「あ、あの、お二人さん?」
「……若いって辛いですね夜召さん」
「そうね、年寄りの深淵なジョークは私達じゃ理解できないわ」
「あうぅ……」

 三人揃って逆さのままでの会話だった。
 荒れ果てた地面にでんぐり返しに失敗したかのようにひっくり返っている三人は各々ぐったりとした動きでどうにか座る姿勢に持ち直り、丁度良くめくれ上がっていた地面に背をもたれさせた。

「あーうー、この面子集めた宴会が博麗神社でしかやれない訳が一発で解ったよ」
「そうですね、事前に気付くべきでした。バルカン半島も真っ青な火薬庫状態を捌けるのは今回はあっさり逃げやがりましたホームを守る霊夢さんしかいないと。いつか!! いつか追い付きますけど!!」
「あはは、まぁ頑張って。でもこういうのも偶には悪くないかなー、ねぇ夜召?」
「……あっははっ」
「ん?」

 諏訪子に水を向けられ夜召は笑い出す。
 右を向けば何か妙に意気込んでいる早苗と不思議そうな顔をしている諏訪子。
 左を向けば互いに初撃で力尽きたのか額を突き合わせ指相撲で決着を付けようとしている神奈子と聖、そしてその向こうで瓦礫に座って酒盛りを再開している宴会客。
 グダグダであり滅茶苦茶である。まとまりなんてものは欠片もない、常識なんてものも微塵もない。けど、けれど……

「なんだか私、ようやく幻想郷に来たんだって気がしたわ。なんでか解んないけど」
「ははっ、理解が早いじゃないのさ。さっすが期待のルーキー、ねぇ早苗?」
「そうですね、私も常識を捨てるにはもう少し時間がかかりました」
「褒めてるの? それ?」
「ええ、褒めてるんですよ。目一杯に」
「……そっか。あっははっ」
「ふふ、ふふふふ」
「あはははは」

 三人は溢れ出すように顔を合わせて笑い出す。
 そんな三人を目の端で見て、神奈子は穏やかに色濃く笑った。その顔は母親のような優しい顔で……

「隙ありです!! 一二三四五六七はt」
「っとお!? あ、あんた意外と油断も隙もないね」
「ふふ、幻想郷に来て変わったのが貴方達だけだと思っているなら大間違いですよ?」
「ああ……そりゃそうだろうね。しっかし……」
「なんですか?」
「んにゃ、あいつら……ていうか諏訪子が」

 神奈子が再び笑っている三人に目を移す。聖もそれに釣られてそっちを見る。

「あいつがタガメ嫌いだったって言ったらあんた信じるかい?」
「……はい?」

 神奈子に苦笑して言われ聖は首を傾げた。
 二人が見ている先では掘り起こしてきた酒で酌を交わしている三人が居る。その様子はどう見ても。どう見ても……

「冗談でしょう?」
「ははっ、かもね。そら隙ありだ!!」
「な、ひ、卑怯な!!」
「軍略さ、軍略。一二三四……」

 早口のカウントが奇しくも重なる。
 酒器を取る手が持ち上がる。

 七、八、九……

「「「かんぱーい!!」」」

 それぞれバラバラな酒器が打ち合わされる。
 ――ここは幻想郷、今に忘れられし者達がそれでも変わって未来へと進む土地。その宴は今日もまた全てを受け入れ、空に賑わいを溶かして響いていった。……どこまでも、いつまでも。

















>>諏訪子の夏、水爬虫の夏...It isn't over yet!!


















おかしいなぁ、100kbには収まるはずだったのに……
この暑い夏の気温を、一時でも忘れて頂けたなら本望です。読了有難う御座いました。

追伸:諏訪子様を祟り以外で信仰したくなってもいいと思う。きっと。
    そして神奈子様ファンの方、申し訳ない。一家の大黒柱に負担をかけ過ぎてしまった気が……おまけでも↓








おまけ



Q.どうして守矢組は心綺楼に出なかったんですか?

「神社の修理してたからに決まってんでしょうがー!! ええい、この展開は予想していなかった!! 諏訪子、あんたまだ療養中の看板は取れないのかい!? 私は柱立てる以外は苦手なんだよ、建築関係!!」
「うりゃ、飛車角両取り」
「む、むむむ……ええと、そうなったら次の手でああなってこうなるから……これでどう?」
「あぅ!? くむ、そう来られたら……うーん」
「諏訪子ぉぉおお!!」
「神奈子うっさい!! いいじゃん別に、家の信仰は私と夜召の弾幕ごっこがブームの火付けになって鰻登りなんだから。これ以上はげんそうきょーのばらんす的に良くないよ。ねぇ長老?」
「は、はぁ……(言えぬ。神奈子殿の必死さを見れば、儂は正にそれを言うために来たとは言えぬ。いやしかし、ここで言わぬのも無体な話か……というか神奈子殿は何故にこんなにも必死なのだろうか?)」
「神奈子様ー、スイカを切りましたから休憩にしませんかー?」
「それは早苗達で食べてなさい!! ただし蛙あんたはダメだ!! ていうかあんたもう実は元気でしょ!? そうなんでしょ!?」
「スイカうまー。いやーあんたも大分強くなったじゃん夜召。この局は私の負けだよ」
「そ、そう? えへへ……ってまだよ!! まだ負け越しなんだからこれ食べたらまた……」
「スイカを食うなーー!!」
「はいごめんなさい!! 手伝います先輩!!」
「ん? いやあんたじゃなくて私が言ってるのはそこの蛙……」
「む、これは失礼しました神奈子殿。確かに女人に金槌を振るわせ何もせぬのは男子の名折れ。及ばずながら手助けをば」
「いやあんたでもなくて!!」
「たのもー、私と最強の名を賭けて闘えー!!」
「このタイミングで道場破りとか舐めとんのかー!!」
「ひぃ、鑿とか怖い削られる……おお、これが怖いという感情か。ぶるぶる」
「ええい、よく解からん奴が来たね……夜召、あんたが相手してやりな」
「え、私がですか?」
「そいつ、ここらじゃ見ない顔だからね。新顔同士いい訓練になるだろ? そしてミニマム蛙!! あんたはいい加減働け!!」
「えーやだー、この後夜召にスク水着せて泳ぎ勝負とかしてみたいー」
「い、い、か、らっ!! やりなさいこの仮病蛙!!」
「ぶー仕方ないなー。けど弱ってるのはホントだから、いつも通りにはいかないよ?」
「あんたの能力なら全力の二割も出せれば今日中には終わるでしょ。ほれ、まずは壁の板出すところから……」
「……むむ、これはつまり私の相手はお前ということか、二つ結び」
「ええ、そうなるわね。悪いけど、先輩の指名だから負けてあげられないわよ?」
「おお、知ってるぞ。それは挑発というものだな。ならばこれが怒りというものか、燃え尽きるほどヒートだぜ!!」
「あっははっ、なら私が刻んで血液のビートを流させてやるわ!! 真夏の怪談になれぇぇええ!!」
「おお、あの御二方は元気があって良いですな。儂などはこの暑さで少々夏バテ気味なのですが……む、どうしましたかな早苗殿?」
「いえ、運命の辛辣さに思いを致すと涙が……うぅ、神奈子様、お可哀想に……黄昏が遠ざかる……でもまだ非想天則的なチャンスも……」
「は、はぁ……?」






Q.チルノと蛙はその後どうなったんですか?

「ケロー!!(チルノ姐さんお願いしやーす!!)」
「うぅ、最小氷、最小氷……てりゃ!!」
「ケロッフ!? ……ケ、ケロケロー!!(ぐはぁっ!? ……あ、あざーすっ!!)」
「や、やったよ大ちゃん!! これで……あれ、何連続だっけ?」
「い、一応七連続だけど……もうやめたらチルノちゃん? 蛙さん達も」
「ケローケロケーロ!!(そうはいかねっすよ大姐さん!!)」
「ケロケローケーロケロー!!(俺らチルノ姐さんの子分になったんすから、氷漬けにされても平気なぐらい鍛えねぇと!!)」
「で、でも危ないよ? ほら、怪我しちゃった子もいるし……」
「け~ろ、け~ろけろ~(大姐さんの手がやわくて気持ち~)」
「ケロッ!?(てめぇ!?)」
「ケロケロケロッ!!(硬派の誇りはどこ行った!!)」
「ケロォォォオオオオオ!!(そこ変われてめぇぇえええええ!!)」
「おお、なんか大騒ぎに……ん?」
「よし氷精、僕には思いっきりやって構わないよ」
「え、いいの?」
「ああ、この南雲紀之介、氷精如きの冷気では小揺ぎも……」
「よーし、それじゃいくよー思いっきり~思いっきり~」
「……待った。おかしい。その力は妖精としてどう考えてもおかし……」
「ぃよっしゃぁ!! 冷体!! スーパーアイスキッーークッ!!」
「ぐおはぁっ!?」
「きゃあ!! チルノちゃんやりすぎ、やりすぎー!!」
「ケロケローー!! ケロォォォオオオ!!(野郎共、紀之介が男見せたぞ!! 続けェェえええ!!)」
「おお、やる気だなお前らー!! よっし、かかってこーい!!」
「ああもうみんなやめ……やめなさーーーい!!!」






Q.おじいさんとおばあさんはその後どうなったんですか?

「どうしたんですかお義父さん? え、お母さんに家を叩きだされた? いやその歳でそこまで壮絶な夫婦喧嘩しなくてもいいじゃないですか。どうせ三日もしたらラブラブに戻るくせに。……ええまぁ勿論、家に泊まるのは構わないんですが……どうしたんですか今回は? ははぁ、なるほど諏訪子様が……」



14/11/04 コメント返信しました。御評価並びにコメントどうも有り難う御座いました。
 追伸:コメントの返信ですが"私の返信"によって問題が出そうだと判断した場合、返信を控えさせて頂く場合があります。ご了承下さい。

>>1様
 自覚がある点としてはスペカ戦が長すぎたかなーという気はしていたのですが、十枚やりたいという欲に負けました。勢いで押しきれなかったか。
 毎回文章やらシーンやら削ってはいるんですが……精進します。御意見有難う御座います。

>>2様
 技量やら欲やらで文が長くなってしまうので、読み易い文章を心がけております。
 それが功を奏したなら幸いです。コメント有難う御座いました。

>>非現実世界に棲む者様
 暑いですよね今年、そんな浮世を忘れて頂けたなら幸いです。でも弾幕戦を書く時は三十度ぐらいが丁度いい煮え具合な気もしています。四十度は要らないですがw
 夜召は一応、夜道怪が元ネタということになるのでしょうか。ゲゲゲの鬼太郎にも登場したことがある実在? の妖怪です。その際は古い僧侶のような姿で登場しています……タガメの絡みとか能力とかは完全に自作です。すいません、多分想像されてるより由緒のないキャラです奴はw
 長文は大歓迎です。細やかなコメントを有難う御座いました。
 
>>奇声を発する程度の能力様
 一気読みして頂き有難う御座いました。感謝です。

>>13様
 ……きっと命蓮寺側で頑張って……すいません、素で忘れてました。
 読了有難う御座いました。

>>14様
 次も機会が有りましたら宜しくお願いします。
 コメント有難う御座いました。

>>15様
 楽しんで頂けたようで幸いです。
 そして諏訪子に関してなんですが、白いのは風神録の諏訪子が結構良い奴そうに見えた(主観)というのが影響しております。
 黒い面がないとは思ってないんですが、そういう面は機会があればまたいつか。……実は今作で突っ込む場所を思いつかなかったというだけだったりもしますw
 コメント有難う御座いました。

>>r様
 >>誤字なし!(たぶん)
 貴方にそう言って貰うのが夢の一つで御座いました。
 オリキャラ、評価頂き有難う御座います。今後更なるレベルアップを目指します。
 意外とシリアスな理由→ゆるい決着っていうのは幻想郷では結構ありますよね。あの辺実は幻想郷の凄さなんだろうなぁと思っております。
 読了、お疲れ様でした。

>>とらねこ様
 オリキャラでしたが、一応幻想郷の異変というのを意識して書きました。
 らしく感じて頂けたのなら幸いです。コメント有難う御座いました。

>>23様
 ううむ、キャラの練り込みが足りない感じでしたか。
 実際話の流れで省いている部分はあるのでもう少し増すことは出来るのですが……長い(断定)
 今後兼ね合いを含めて学んでいきたいと思います。
 ご意見有難う御座いました。

>>3様
 バトルシーンは書くの大好きですので褒めてもらえると嬉しいです。
 熱ですね、熱がバトルの命です。冷たいのも書いてみたいですがw
 コメント有難う御座いました。
森秋一
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コメント



0.610簡易評価
1.無評価名前が無い程度の能力削除
長けりゃいいってもんじゃない。
2.90名前が無い程度の能力削除
相変わらず長いのに、長さが気にならない。
3.100非現実世界に棲む者削除
いやー面白かったです。ほんと。
こういう異変モノかつ弾幕勝負が展開される作品は読んでて作者さんの言う通り暑さを忘れてしまうほどでした。

にしても諏訪子様かっこええなー。
スペルカード戦もだけど、諏訪子様の想いとか信念には感服しましたよ。
夜召もなんだかった言ってちょっと悪どいけど、可愛らしくて思わず微笑ましい性格をしてますね。
ちなみに名前の元ネタとかも支障がなければ教えて下さい。

チルノや大妖精もやる時はやってくれますね。
長老も荘厳でなんか迫力がありました。存在と言動に。
神奈子も後半良い働きをしてくれました(白蓮との喧嘩は除く)けど早苗の出番が無かったのが残念です。

凄く楽しめました。
こういうのが月一のぺースで創想話で出てくれると嬉しいんですけどね。
というわけで素晴らしい作品をありがとうございました!
最後おまけで何気にこころちゃんを出してくれて大満足です!
それでは長文失礼いたしました!
4.100奇声を発する程度の能力削除
前編、後編一気に読ませてもらいました
とても面白く素晴らしかったです
6.10名前が無い程度の能力削除
その辺のラノベに居そうなオリキャラの薄っぺらい考え方に全く共感できないし、まずもって熱さが安っぽいんだよなあ……別にどいつもこいつもいつでも原作らしくしろというつもりもないけど、何かこの洩矢諏訪子には原作の性格を放棄した分の新しい魅力をまるで感じなかった
次は頑張ってください
7.10名前が無い程度の能力削除
これは東方?
前作が“これぞ東方"という感じがするとても素晴らしく面白い作品でしたので今作のオリキャララッシュに馴染めなかったです。
11.10名前が無い程度の能力削除
オリキャラ無双は他でやって、どうぞ
13.60名前が無い程度の能力削除
リグル「蟲の話なのに私が出ないだって? こんなことがあり得るのか……?」

あ、ストーリー自体は面白かったです。
14.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです、次回作にも期待
15.100名前が無い程度の能力削除
オリキャラも原作キャラ、設定ともうまく馴染んでたしストーリーにも破綻はなく最後まで楽しく読ませて貰いました。
諏訪子が少し白過ぎるのが少し引っかかったくらいかな。
目的の為には手段を選ばないのが祟り神たる諏訪子の本性だろうし。


なんかオリキャラに拒否反応示してるコメが多いな...
もしオリキャラ出しただけで10点つけるなんて考えてるならそれは評価じゃなくただの嫌がらせじゃないの?

17.90r削除
ああいいですねえ、不自然さのないオリキャラの練り具合。異変の黒幕の動機がクソまじめなのに、解決側のゆるさとか、私にはドストライクです。スペルカード戦に持ち込むのにこんな使い方が!と感嘆いたしました。
このほどの練度ならばこの分量が長すぎるなんて思いません。素晴らしい作品をありがとうございました。…誤字なし!(たぶん)
次作も期待してお待ちしております。
20.100とらねこ削除
読むのに時間がかかったけど、オリキャラも諏訪子もチルノも違和感なく、それでいてそれぞれの思いや背景が伝わってくる作品でした。ラストの締めものんびりしていてこれぞ幻想郷という感じですね。
23.40名前が無い程度の能力削除
夜召さんのキャラは微笑ましく好感が持てるけど、ポッと出のキャラだ
戦ってる途中にそのキャラを形づくる背景は差し込まれたけど、ほんの少しだった
私にとっての夜召さんの位置づけは幻想郷侵略軍のボスだったし、とつぜん同情を引くようなことを言われても困った
外見は幼女なんだろうけど、これがおっさんだったら殴ってたね
24.903削除
なんで作品の出来の割に点数が低いのかと思ったら原因オリキャラかー。
私は全く気にしないのでこの点数を付けます。
バトルの熱さは氏の「紅魔館の秘宝」にも負けないレベルだと思います。
25.100名前が無い程度の能力削除
オリキャラも含め始終楽しく読めました
爬虫類・虫好きとしては彼らの活躍に込み上げるものが