皆さんお待ちかね! 歴史に残る大決闘会……“東方心綺楼”! これは弾幕ごっこを別次元に引き上げる!
人気に餓えた8人+αの少女たちにスペルカードとラストワードを装備させ、お互いに狩らせる! これは君も参加するかもしれないリアリティー大異変だ!
「俺は飲み屋の店先でモロキュウをパクついてたんだ。そしたら突然ヤツらが現れて、ドンパチを始めやがったんだ! 俺は興奮し過ぎて撃たれたことさえ気付かなかったよ!」
決闘を目の当たりにして、未だ興奮冷めやらぬ様子の里人Aさん(25歳・童貞)!
額からドクドクと流れ出る血も意に介さず、治療に当たる鈴仙(容量の都合により中略)イナバさんに向けて大熱弁!
包帯を巻かれる際、ブラウズの袖から漂う腋の香りを堪能! 役得! 怪我の功名!
「とりあえず応急処置は済みましたので、あとは永遠亭で診て貰ってください」
「道中でまた決闘やってねーかな! 今度はこいしちゃんにブチのめされたいぜ! イヤッホゥ!」
里の外れに設けられた仮設診療所のテントから、弾丸の如き勢いで駆け出してゆくAさん! この後、竹林にて謎の狼女と遭遇。バッドラック!
治療待ちの列が途絶えたのを確認して、ほっと一息つく鈴仙。机上に並んだ国士無双の薬に手を伸ばし……思いとどまる。
「怪我人なんて放っておけばいいのに……あーあ、これなら背景やってた方がマシだったわ」
絶え間なく行われる決闘決闘また決闘! 興奮のボルテージに比例して、死傷者数も右肩上がり!
暢気に背景やってた永遠亭の面々も、こりゃマズイだろと裏方として急遽参戦。スクランブル!
負傷者は鈴仙ひとりが受け持つテントへ! それでも駄目なら永遠亭へ! 隙を生じぬ二段構え!
「すみませーん、誰か居ませんかぁ……?」
「居るに決まってんでしょうが。どうぞー!」
新たな客! 過労とストレスの影響もあって、鈴仙の対応も些かぶっきらぼうに。
おずおずとテントの中に入って来たのは……里で大人気の人形遣い、アリス・マーガトロイドではないか!
頭髪はボサボサ、衣服はボロボロ! チラリとのぞく雪のように白い生足……エロス!
「ああ、鈴仙! アナタ一人なの? 他に危なそうなヤツとか居ない?」
「強いて言うならアンタが危ないわ。どうしたのそのカッコ。婦女暴行拉致監禁妊娠確実的なアレなら、迷わず永遠亭に向かうことをおススメするわ」
「訳あって追われているのよ! お願いだから匿って頂戴!」
「えぇ~っ……」
見よ、この鈴仙の露骨に嫌そうな顔を! 彼女は何よりも面倒がキライなのだ。
しかしアリスも退くに退けぬ。何を思ったのやら、鈴仙のミニスカートに噛り付かんばかりの勢いで食い下がる!
「机の下! 机の下でいいから隠れさせて! これ以上外に居たら私……ジャンクにされちゃう!」
「やめろ変態! 大声出して人を呼ぶわよ!」
「いやあぁぁぁぁマジ勘弁マジ勘弁お願いします何でもしますから誰もテントに入れないでぇ……」
善意で設けられた仮設診療所に対し、突如突きつけられた機能停止命令!
何がアリスをそこまでさせるのか? 一体全体外で何が起こったというのか!?
真相はこのあとすぐ! ただし保証は無い!
「……流石にテントは閉められないわ。そんなコトしたら、私が後で師匠に殺されちゃうもの」
「私と一緒に死んで!」
「オマエは何を言っているんだ……そうだ、いいコト考えた」
徐に医療用コンテナを漁りはじめる鈴仙。アリスは洟をすすりつつ、その動きを注視する。
やがて彼女が取り出したモノとは……ナース服だ! 純白! ミニスカ! 扇情的!
「とりあえず、アンタこれに着替えなさい」
「ええっ変態趣味……」
「違う! 変装に使えって言ってんの! これ着て私の助手をやってれば、誰もアンタだって気付かないでしょ?」
「そんな……幻想郷屈指の常識人であるこの私が、よりにもよってこんな駄目兎の助手だなんて……なんだか屈辱的」
「口をバッテンに縫い合わせてあげましょうか?」
「それ私のセリフじゃない! ちょっと違うけど!」
渋々と着替えを始めるアリス・M! その間鈴仙は、ガーゼや包帯を用いて何やら工作を開始する。
「ううっ、ちょっと胸がキツいかも。スカートの丈も短いし……これって、アナタ用のサイズなんじゃない?」
「ええ、師匠が私に着ろって言ったヤツよ。流石にそこまで堕ちたくないから、仕舞っておいたのだけどね」
「今日ドロワーズ穿いてなくてよかった。こんなミニの下がドロワ若しくはノーパンだなんて……」
「馬鹿じゃなかったら変態ね」
「あーん! また私のセリフとったぁー!」
ナース服に加え、ナースキャップ、オーバーニー風タイツ、そしてサンダルも装着。いずれも白一色! ビギニング・オブ・ザ・コスモス!
しかしこれでは、ただのコスプレだ! 顔を見れば一目でマーガトロイド! 不完全!
「そこで取り出したるは……これよ!」
「えっ? 何そのアナタの出来損ないの兎耳モドキの、さらに模造品チックな代物は?」
「説明的かつ冒涜的なセリフをアリガトウ。これを頭に装着すれば、誰がどう見たってワン・オブ・兎妖怪というワケよ」
「死んだほうがマシかも……」
「ご町内のみなさーん! ここに弱りきった西欧人形風の美少女が居りますよー!」
「わあぁっ、わかった! それ我慢して着けてあげるからヤメテ!」
ナースキャップにテープでピタリ。強いて言うなら満更でもない。そんな気分のアリスであった。
「でも、顔は隠さなくて大丈夫かしら? 何かマスク的なモノでもあればいいのだけど」
「マスク……すなわちお面ね。例えばオカメとか、ヒョットコとか、般若とか……」
「何よそのチョイスは」
「翁とか、猿面とか、狐面とか……」
「能楽でも演らせるつもりなの?」
まさか今の会話が、この後の展開を暗示していたものであったとは思うまい。
一連の騒動の裏側に潜むモノとは? それはまだ……混沌の中。それが……シンキロウ!
「いざとなったら、私が波長を弄ってなんとかしてあげるわ。そう、この世のすべては波で出来ている!」
「ちょっと待って。初めからアナタの能力で隠してくれれば良かったんじゃないの?」
「やーよ、面倒臭い」
「ええ~っ理不尽……」
「おーい、入ってもいいですかーい?」
テントの外側より響く明朗な声。新たな客が間近に迫っているぞ!
慌ててパイプ椅子に腰掛ける鈴仙。だがアリスに椅子は無い! だったら立てばいいだろ!
「滑り込みセーフってところだったわね……どうぞー!」
「ああ待って、まだ心の準備が……」
「お邪魔しまーす! ……ちっくしょう、あのクサレ人形師め。見つけたらギッタンギッタンにしてやる……!」
ぶつくさ言いながら現れたのは、表面を程よくローストされた河童ガール、河城にとり!
彼女は患者用の丸椅子に腰掛けるなり、背負ったバッグを叩きつけるように床へ置く。
脇に立っていたアリスが、心なしか気まずい表情で顔を背けた。
「お薬ちょーだい!」
「えーっと……火傷の薬でいいのかしら?」
「違う! 爆薬を寄越せっつってんだよ! 薬屋ならそれくらい常備してあんだろ!? オラ出せよ!」
「ねーよ、このハゲ」
「ハゲてねーし!」
炙り焼きの河童、診療所に入りて爆薬を求むるの事。時はまさに世紀末!
鈴仙の目に呆れの色が浮かび、そしてアリスの目には……怯えが!?
「しっかし酷いやられ様ねえ。一体誰にやられたの?」
「アイツだよ! あの……なんつったかなぁ……マンガ泥棒?」
「マーガトロイド!」
「そう! なんとかマーガトロイド……看護助手さん詳しいねえ」
「えっ!? いや、その、オホホホホホ……」
「とにかくそのマーライオンが、私の屋台を軒並み爆破しやがったのさ! こいつはメチャゆるせんよなあ!?」
「……ええ、それは許せないわね。私ならそいつのケツに爆薬詰めて、月までブッ飛ばしてやるところだわ」
「それだよ! それがやりたくて此処へ来たんだ私は! さあ寄越せ! ホラ寄越せ!」
適当に受け答えをしつつ、鈴仙はそっと横目でアリスの様子を窺う。
彼女の顔面は蒼白となり、呼吸もやや不安定! そして小刻みに震える内股! もはや限界は近いぞ!
「これ……アナタが欲しがってる薬とは、少々異なるモノなのだけど……」
鈴仙は机上に並んだ小瓶を、四本手にとりにとりに手渡す。
「何だこりゃ、栄養剤? こんなモノ要るか!」
「ここだけの話、それを四本一気に飲み干すと……」
「の、飲み干すと……?」
「爆発する」
「待て! 主語は何だ!? まさか飲んだヤツが……!?」
「そういうコト。アリス・マーガトロイドを捕まえたら、これを飲ませてやりなさい。それで彼女は……ジ・エンドよ」
鈴仙は再びアリスの様子を確認。そこには憐れみを乞う彼女のまなざしが!
「フフフ……面白い、実に面白い!」
「でしょ? アナタの事情も考慮に入れて、今ならお安く提供させていただきますわ」
「よし買った! 待ってろよアリガトロイドめ、こいつでヒーヒー言わせてやるぜい……!」
にとりはがま口の財布を取り出し、幾らかの小銭を掴んで鈴仙に手渡す。
お互いに満足顔だ! にとりはバッグを担ぎ上げ、そのままテントから退去! 危機は去った……?
「さーて、アリス・マーガトロイドさん?」
「ち、違うのよ鈴仙! これには深い事情が……」
「どういう事情で屋台を爆破したりするのよ? 河童に何か恨みでもあったの?」
「じ、事故だったの! あれは不幸な事故だったのよ!」
不幸な事故!
決闘に湧く命蓮寺を襲った大惨事が、まさか単なる事故だったとは!
「たまたま通りかかったお寺で、なんだか楽しそうな事をやってたの。それで……」
「ついカッとなったアナタは、立ち並ぶ屋台を片っ端から毒牙にかけ……」
「だから違うって! 私はただ、場をもっと盛り上げようとして……」
「うわぁ……想像の遙か斜め下をゆく回答だわ……」
「仕方ないじゃない! 私はアーティストなの! 決闘というものはより美しく、創造性に満ちたものでなければならないのよ!」
その後、容量にして30kbほどアリスの芸術論が語られたが……読者の皆様のご都合を考慮し、ばっさりカット! 英断!
長話で居眠りしかかった鈴仙の耳に、またもや第三者の声が!
「急患だ! すまんが入らせて貰うぞ!」
「……あー、どうぞー!」
アリスの脛を盛大に蹴っ飛ばし、客を招き入れる鈴仙。
今度は二人組だ! 一人は青い帽子に白い装束。なんか紐がいっぱい付いてるぞ! 邪魔!
もう一人は緑の帽子に黄色の洋服。こっちも紐っぽいモノが付いてるぞ! 邪魔!
「ううっ……苦しいよー、お腹いたいよー」
「耐えるのだ。すぐにお医者様が診てくださる」
「イテテテ……げっ!?」
脛をさすっていたアリスは、二人組の片割れ──物部布都を見るなり、またしても顔を背ける。
このバカ、また何かやりやがったのか! などと言いたい衝動を堪え、鈴仙は布都に椅子を勧めた。
「いやいや、我ではなくこちらの者を診て貰いたいのだが……」
「こちらの者って、アナタ一人しか居ないじゃない」
「なに? ……ああ、すまん。コヤツは少々難儀な特性を持つゆえ、意識を集中させねば認識が困難なのだ」
「意識ですって? 何を訳の分からない事を……うわっ!? びっくりした!」
ここで鈴仙とアリス、ようやくもう一人の客──古明地こいしの存在を認識。地の文に遅れること数行。迂闊!
「で、今日はどうされましたか?」
「お腹が痛くて……吐き気がして……なんかもう死にそう」
「とある痴れ者を捜していた我が、蹲っていたコヤツを発見したのよ。我が宗教は妖怪であろうと見殺しにはせぬ」
「痴れ者、ねえ……」
もはや何度目かも定かではないが、鈴仙は横目でアリスの様子を確認!
彼女は半ば諦めの表情で、付け耳を所在なく弄んでいる。
「とりあえず、お洋服を脱いでもらってもいいかしら? これはあくまで診察上必要な手順であって、やましい事など一つも無いの」
「嘘……絶対ウソよ。ホントだったらそんな言い訳する筈ないし……」
「だぁっとれ看護助手が。耳引き千切って追い出すわよ」
「ひえぇ堪忍して……」
言われるがままにこいしは上着を脱ぎ、肌着をまくり上げて肌を晒す。
鈴仙の口元が妖しく歪む! 布都もこいしも気づいていないが、アリスだけは目敏く察知!
「そのままの姿勢で居てくださいねー。ちょっとくすぐったいかもしれないけど、すぐに終わりますから」
「んっ……」
ああ、神仏もご照覧あれ! 鈴仙の長く不気味な耳が、まるで意志を持ったかの如くにこいしの素肌を蹂躙し始めたではないか!
思わず甘い声を上げてしまうこいし! 心配そうに見つめる布都! 一方のアリスはドン引きだ!
「ふむふむ……なーるほど。うん? ……うん、そういう事なの」
「うぅっ、くふっ……んんっ!?」
「あらゴメンナサイ。うっかり関係ないところまで触っちゃったわ」
「お、おい。大丈夫なのか? なにやら不穏な気配を感じるぞ……」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。鈴仙サマにむわっかせっなすぁーい」
「うっ……あっ! ふっ、ふぁっ、ふあぁっ!?」
上体を反らせ、必死に耐えるこいし!
果たしてこれは正当な医療行為なのか? それとも、クーリエ的な意味でイリーガルな案件なのか!?
「ふぁっ……ぶわぁーっくしょい!」
「グギャッ!?」
クシャミ一閃! こいしの口から唾液と共に吐き出されたモノが、正面に居た鈴仙の顔面を直撃! 天罰覿面!
もんどりうつ鈴仙の傍らに転がるモノを見て、アリスが思わず悲鳴を上げる! こいしの胃液にまみれたモノの正体とは!?
「これは……人形、だな?」
人形を拾い上げ、渾身のドヤ顔をきめる布都! いつものポーズも絶好調だ!
晴れ晴れとした表情のこいし! 顔をさすりつつ立ち上がった鈴仙は、密かに己が顔面に付着したこいしの唾液を舐めとった! 変態!
「あースッキリした! ありがとう兎さん! アナタは命の恩人よ!」
「礼ならそこのドヤ顔さんに言いなさい。あと、いま出てきた人形だけど……」
「さ、さーさー良かったわねー無事治療できて! お代はいいから気を付けてお帰りくださいねー!」
アリスがこいしを抱えるようにして、テントの外にムリヤリ追いやってゆく。
そんな彼女を見送っていた鈴仙の眼前に、ビショビショのクタクタになった人形が突きつけられた。
「それ貰っちゃっていいワケ? ありがと」
「否。それよりお主、コレの持ち主について心当たりは無いか? 巫女や魔法使いは知っておった様だが、生憎話を聞きそびれてしまった」
「なに? アイツらもアリ……痴れ者とやらを追いかけてるの?」
「左様。これらの人形は幻想郷の各地に出没し、決闘を台無しにして回っておるのだ。誰の仕業か知らんが、まったく迷惑な話よのう」
「へーえ……」
小走りで戻ってくるアリスに対し、訝しげな視線を送る鈴仙。
アリスは手のひらを上に向け、スッと布都に差し出した。
「なんだ? この手は」
「お代。アナタお金持ってそうだから、あの子の治療費を払って貰うわ」
「面妖な……ついさっきタダで良いと申したではないか」
「アナタに言った覚えは無い。さあ、耳揃えて払うがいいわ!」
「何でそーなるのっ! ……いや、すまん。生憎このところ出費が嵩んでな。我が神霊廟は未曾有の財政難にして火の車であり、ゆくゆくは死体も抵当に入りますか?」
「私に聞かれても……どうしても払えないというのなら、その人形置いてとっとと出て行きなさい」
二人の会話を黙って聞いていた鈴仙は、アリスのしたり顔を見てその意図を察する。
治療費の請求に託けて、人形を回収してしまおうという腹積もりだ。悪辣!
「ふふっ、毎度あり」
「我ともあろう者が何という醜態。今後は一試合毎に割る皿の量を、十枚前後に抑えねばならんな」
「二十枚くらいがベストだって、どこかで聞いたような気がするわ」
「そ、そうなのか? 一度太子様に相談してみるとするか……」
ぼやきながら去っていく布都。人形の持ち主についての質問など、とうの昔に記憶から欠落してしまったようだ。
ホクホク顔のアリスであったが、鈴仙の冷ややかな視線に気付いた途端、硬直!
「マガトロ博士、事情を説明して貰おうか」
「い、いま少し時間と予算を頂ければ……」
「弁解は罪悪と知りなさい! 爆破テロのお次は無差別攻撃ですって? アンタ一体全体何がしたいのよ!」
「うっ……あ……うわあああああああああああぁん!」
突然の号泣! 小一時間ほど問い詰める気マンマンだった鈴仙も、これには困惑!
周囲の波長を操作し、泣き声が外部に漏れないよう処置。その後、頃合を見計らってアリスの精神を平常へと近づける。職人芸!
「ぐすっ……ひっく……だって、だって皆決闘に夢中で、私の人形劇なんか見向きもしないんだもん。それでついカッとなって……」
「人形を乱入させて回った、というワケね。何と言うか、随分とアンタらしくない事をしたものね」
「アナタに私の何が分かるっていうのよ! みんなして私の知らないところで盛り上がって、結局私は除け者じゃない! もうヤダ……!」
アリスはその場にへたりこみ、メソメソと嗚咽を上げ始めた。
かけるべき言葉が見当たらず、鈴仙はただただ気まずそうに頭を掻くばかり。
いつ被害に遭った宗教家達がやって来て、彼女をしょっ引いて行くか知れたモノではないというのに!
「……死のう」
「えっ?」
泣き腫らした顔を上げ、何やら不吉な事を口にするアリス。
困惑を隠せない鈴仙の目の前で、彼女は徐に立ち上がった。
「私、自首するわ。そんでもって宗教家共と観衆が集まったところで、盛大に自爆してやるの。アリス・マーガトロイド一世一代の残酷劇(グランギニョル)よ」
「待って、落ち着いて。命は投げ捨てるモノではないわ」
「百万メガトンの大爆発で、幻想郷ごと綺麗サッパリ吹き飛ばしてやる。私を軽んじた報いを受けるがいいわ。うふ、うふっ、うふふふふふふ……!」
「なにその威力。わざわざ集める必要ないじゃん……って、そうじゃなくて!」
アリスは完全に正気を失いつつある。
止められる者が居るとすれば、それは鈴仙ひとりを除いて他に無い!
「私を売り渡す機会は何度もあったのに、アナタだけは最後まで私の味方で居てくれた。ありがとう鈴仙。アナタの事は忘れないわ」
「どういたしまして……それよりアリス、目にゴミが付いてるわよ」
「え? ホント?」
「ホントよ。ほら、ここ……」
アリスの正面に回った鈴仙は、そっと彼女の顔に手を伸ばす。
二人の視線が交差した、まさにその瞬間!
「とりあえず、寝とけ」
「あっ……」
目と目が合えば亜光速。それが彼女の赤眼催眠(マインドブローイング)。
さながら糸が切れたマリオネットの如くに、アリスはその場に崩れ落ちる!
「やれやれね……」
穏やかな寝息を立て始めたアリスを前に、鈴仙はひとり途方に暮れるばかりであった。
目が覚めた時、アリスは仮設診療所内のベッドの上に横たわっていた。
時刻は既に丑三つ時。闇が世界を支配する時。にも関わらず、不思議と視界が確保されている事に彼女は気付く。
僅かな月の光が、テントの素材を通り抜けているのだ。永遠亭脅威のメカニズム、その一端がこの診療所であった。
「……ん……おおッ! 何故に皆ハダカ……うへへ……」
鈴仙の寝言!
彼女は机に突っ伏したまま、幸せそうな寝顔を浮かべて夢の中。
ピコピコ動く二本の兎耳を、ぼんやりと眺めていたアリスは、少しずつ自分の置かれた状況を思い出してゆく。
「そうだ、私は外に出て行こうとして……なにコレ」
下腹部に違和感を覚えたアリスは、手探りで正体を突き止めんとする。
何かが下着に突っ込まれていた……アリス手製の人形。こいしが誤って飲み込んでしまったと思われる、あの人形だ。
「こ、このバカ……!」
犯人と思わしき唯一の人物、鈴仙に向かって人形を投げつけようとして……思い止まる。
何故、アリスはこんな時間までグースカ眠っていられたのだろう?
彼女が眠りに就いてから、誰もテントを訪れなかったとでも言うのだろうか。そんなばかな。
「ひょっとして……私を護っていてくれたの?」
そっと問いかけてみるが、鈴仙が答える筈も無い。
彼女のだらしない寝顔を見ている内に、蘇りかけた怒りが雲散霧消してゆくのを感じ、アリスは表情を綻ばせる。
「本当に……変なヤツ」
プロペラじみた旋回を続ける鈴仙の耳を見ながら、アリスはひとりごちた。
夜が明けるまでには、現状を打開する策のひとつやふたつ思いつくだろう。それまでは束の間の静寂を楽しむとしよう。
……などと暢気なことを考え始めた、まさにその時!
“どこにあるやら、希望の面……なんだこのテントはぁ!?”
何者かの声が、垂れ幕の向こう側から響いてきた。
こんな夜中にうろつく者が、真っ当な人間である筈が無い!
どうにか悲鳴を押し殺したアリスは、足音を立てぬよう鈴仙に近寄り、彼女の肩を叩く。
「鈴仙……鈴仙! 誰か来たわよ!」
「んっ……駄目よアリス、私にはムニャムニャが……」
鈴仙は寝惚けている!
小声で必死に呼びかけながら、彼女の肩を掴んで揺さぶるアリス!
青白い光を伴った謎の存在は、テントの周囲をなおも徘徊する! そして!
“とにかく入ってみようぜぇ……入り口はここか?”
「ひいっ!? はっ、侵入(はい)って来たぁ! 鈴仙起きて! 起きてよ!」
「なによ、うるさいわねぇ……ん?」
鈴仙の寝惚け眼が、ようやく謎の存在――妖怪じみた少女を捉えたが、時既に遅し!
ピンクの長髪に、同系色の膨らんだスカート! 周囲に漂う表情豊かなお面の数々とは裏腹に、彼女はまったくの無表情!
「えーっと、患者さんですか? 本日の営業は終了しましたので……あれ? もう日付変わってる?」
「カンジャ? ……そんなコトより貴方達、希望の面がどこにあるか知らない?」
「希望の面……ああ、そういう用件ね。はいはい」
合点がいった様子の鈴仙は、徐に立ち上がって、アリスの肩にポンと手を置いた。
「アリス、お面返してあげて」
「今度ばかりは私じゃないわよ! だいたいこんな子見たこと無いし……そもそもアナタは何者なの!?」
「私が何者か……? 何者かだと……!?」
少女の顔に貼り付いていた小面を押しのけるようにして、角の生えた赤黒い面が装着される。
これは般若の面。その意味するところは……怒りだ! もう怒りしかない!
「『秦こころ』に決まってんだろうが! そんな事も分からないのかよ、アンタ達は!」
「アリス、とりあえず謝っといて。彼女怒ってるわ」
「なんで私が!? ……えーっと、こころさん? アナタが探しているものは、多分ここには無いと思うのだけど……」
「流石シラを切るのは看護助手のお家芸だな!」
「駄目だこいつ……まるで会話が成り立たないわ……」
アクの強すぎるニューフェイスを前に、匙を投げたい気分の鈴仙とアリス。
そんな二人を意に介する様子もなく、こころは再びお面を換装。今度の面は……狐! ガチガチの本気モードだ!
「希望の面が無いのなら、貴方達の希望を頂くとしよう! そして新たな希望(みらい)をつくるのだ!」
「私たちの希望ですって? ……ねーよ、そんなもん」
「えっ」
「えっ」
吐き捨てるような鈴仙の回答に、こころのお面がまたも換装! 驚愕を表す大飛出(おおとびで)だ!
一方のアリスは困惑の面持ち。そんな彼女を指差しつつ、鈴仙はこころに語りかける。
「まず、こちらのアリス・マーガトロイド大先生。彼女は昨日行ったテロ活動により、目下指名手配中の身よ」
「し、指名手配?」
「ええ。朝になれば彼女を追う者達が動き始める。遅くても昼までには捕縛されて、人里の真ん中あたりで公開処刑されるでしょうね」
「怖い想像させないでよ! ああもう、折角嫌なコト忘れられそうだったのにぃ……!」
自身のノーフューチャーな現実を突きつけられ、頭を抱えて蹲るアリス!
こころの位置からはスカートの中が丸見えだ! しかし彼女は無表情。
「看護助手の事情はわかった。では貴方は? やっぱり指名手配中だったりするの?」
「ええ、少々事情が異なるけどね……聞かせてあげましょうか、私の話」
こころの返答を待たずして始まる、鈴仙の長い長い半生語り!
月から逃げ出した経緯、地上での奴隷じみた生活、地獄行きどころか三途の川すら危ぶまれる現状、そして緋想天サウンドトラックの4コマ漫画における扱い……。
どこをとっても悲惨の一語。波乱万丈にして暗澹冥濛の極みであった。
「……とまあ、そんな感じで今に至るワケよ」
「なんというか、その……元気出しなよ。生きてればいい事あるって」
さすがのこころも、これには同情の色を隠せない。
沈んだ気分を盛り上げるべく、ひょっとこの面に換装。歌って踊れば上機嫌!
「明日があるさ明日がある♪ 若い僕には夢があるー♪」
「明日も、夢も、無いんだよ……」
「ナンクルナイサー! マイペンラーイ! ハクーナ・マタータ!」
「ああダメ、なんか力が抜けていくみたい……」
ひたすら陽気なこころとは対照的に、鈴仙のテンションが目に見えて沈んでいく!
膝から崩れ落ち、うつ伏せに倒れた彼女を見て、アリスが慌てて駆け寄って来る。
「ちょっ、鈴仙!? しっかりしてよ!」
「逃げて、逃げて、最後に討たれる……それが私のデスティニーですってね……」
「おおっ? 何だか知らんがやっつけてしまったらしい。さすが私、我ながら天晴れね♪」
鈴仙のなけなしの希望を奪い取ったこころは、喜びの感情を舞で表現する。
ひとしきり踊り狂った後、もう用は済んだとばかりに、彼女は診療所の外へと離脱!
残されたアリスは、鈴仙を抱き起こしつつ一人途方に暮れる。
「どうしよう、このままじゃマジでノーフューチャーだわ」
「アリス……私を外に連れて行って」
「あいつを追うの? 無茶よ! 今のアナタじゃ勝てっこないって」
「いいから、早く……」
「ああもう、分かったわよ!」
鈴仙に肩を貸してやり、半ば引き摺るようにしてアリスはテントの外に出た。
昼間の喧騒とは打って変わって、辺りは不気味な静寂に包まれていた。
上空には薄い雲が漂っており、月の光を幾分和らげているようにも見える。
「で、どうするの? 満月光線(命名:アリス・マーガトロイド)でも浴びようっていうの?」
「満月光線(命名:アリス・マーガトロイド)なんか浴びたって仕方がないわ。ただちょっと外の空気が吸いたかっただけ……」
「何を暢気な……!」
「ふふふ、やはり追ってきたな」
空からの声! 両手に扇を携えたこころが、月をバックに二人を見下ろしている!
人事不省となった鈴仙を降ろし、身構えるアリス。そんな彼女の耳に、何やら能天気な歌声が飛び込んできた。
“望みが 絶たれた おしまいだ あヨイヨイ♪”
炭坑節を彷彿とさせる旋律と共に、里の方角から押し寄せる人、人、人!
みな一様に表情を失い、さながら白面を貼り付けたかの如く! こいつはちょっとしたホラーだ!
「この人間達は……アナタの仕業ね、バタコ!」
「バタコじゃねえ、秦こころだ! ……希望の面が失われてしまったせいで、里の人達はご覧の有様だよ!」
「気味が悪くて仕方がないわ。すぐ元に戻してあげなさい!」
「それが出来たら、とっくの昔にやってるっつーんだよ! わっかんねぇヤツだなぁマジで!」
こころのポーカーフェイスの周囲を、複数の面が観覧車の如く回転!
激情の表れか、はたまた暴走の兆しか!? いずれにせよ、事態は予断を許さない!
「……人々を救うためには、希望を集めなければならないの。その兎はもう駄目そうだから、今度は貴方の希望を頂くとしましょう」
「ムザムザとやられる心算は無いわ。返り討ちにして、アナタのお面を私の蒐集物(コレクション)に加えてあげる」
「やーだもう、強がっちゃってー♪ 満足に戦えるような状態じゃない事くらい、とっくの昔にお見通しなんですよー♪」
「くっ……」
手持ちの人形は僅か一体。グリモワールも無いときた。
如何に万能のアリスといえども、この状況を覆す事はほぼ不可能。
里人達が歌っている通りに、望みが絶たれてしまうのも時間の問題か。
その時である!
「望見円月(ルナティックブラスト)エネルギー充填……電影クロスゲージ明度20……」
仰向けに横たわっていた鈴仙が、突如起き上がってこころを視界に捕えた!
アリスの動きに注意を向けていたこころは、意外な伏兵に警戒を強める!
「セーフティロック解除……眼球内圧力上昇……対ショック、対閃光防御オン……」
「れ、鈴仙?」
心配そうなアリスに構わず、鈴仙は感情の篭らぬ声で呟き続ける!
そうこうしている内に、彼女の両目に真紅の光が灯った。一体何が始まるというのか!
「エネルギー充填128パーセント……発射!」
Laser!
狂気の瞳から放たれた思念波が、怒涛の如き勢いでこころに押し寄せる!
奔流にひとたび呑まれてしまえば、ズタズタのメタメタにされること必至!
だが!
「はあーッ! 華麗に回避!」
そう、華麗に回避! こころは鈴仙の攻撃を読みきっていたのだ!
全てを懸けた最後の一撃は、結局何一つとして状況を変えられぬまま、遥か彼方の月へと吸い込まれていった。
「ザマアみさらせ! カッコつけて長台詞なんか読むからそういう事になるのよ! ばーか、ばーか!」
「ああッ、鈴仙……!」
力なく仰け反る鈴仙を、アリスが慌てて抱きとめる。
瞳の輝きは完全に失われ、最早何物も映し出されていないことは明らか!
「やったわアリス……これで私達の完全勝利(パーフェクトヴィクトリー)は確定よ……」
「いやいや、思いっきり避けられちゃったから! あいつピンピンしてるから!」
「別れの挨拶はお済みかしら? お二人サン」
勝利を確信したとみえるこころが、音も無く二人の許へと飛来!
狐面の下は相変わらずの無表情! 二人を囲むようにして盆踊りを続ける里人達も、これまた全くの無表情!
“望みが 絶たれた おしまいだ あヨイヨイ♪”
「これ以上の抵抗は無意味よ。大人しく希望を寄越すがいいわ」
“望みが 絶たれた おしまいだ あヨイヨイ♪”
「安心しなさい。希望の面が戻りさえすれば皆救われる。貴方達も、この人達もね」
“望みが 絶たれた おしまいだ あヨイヨイ♪”
「だが、それまでの間は……我が奥義、暗黒能楽(モンキーポゼッション)を受けよ!」
“望みが 絶たれた おしまいぎゃああああああああああああああああああぁっ!?”
里人達の一角に、突如として赤い光の柱が立ち上る!
光に呑まれた数名が、悲鳴を上げながらその場に昏倒!
「エッ!?」
事態を把握できぬまま、こころは慌てて奥義を中断!
彼女を中心とした広い範囲に、上空から尚も降り注ぐ真紅の光条!
呆然とするアリスの耳に、鈴仙の消え入りそうな声が舞い込んで来た。
「ずっとコレを狙っていた……アナタが外に連れ出してくれて、尚且つ時間を稼いでくれたから、どうにか希望を繋ぐことが出来た……」
「一体何が起こっているの? このレーザーはアナタの仕業なの?」
「望見円月は通信の術……月に残った仲間達が、私の最後の言葉(ラストワード)を聞き届けてくれたのよ」
「最後の言葉って?」
アリスが問い掛けた瞬間、二人の許にも光線が降り注いだ。
不思議と痛みは無い。代わりに言いようの無い高揚感が、身体の内側から湧き起こって来る。
感情の昂ぶりが活力を生み、やがて希望へと変わっていくのをアリスは感じた。
「『月ニ栄光アレ、地球ニ慈悲アレ』……なーんつってね、ハハハ……」
本気とも冗談ともつかぬ口調で、鈴仙はアリスの問いに答えた。
先程までの半死人状態から、見事に蘇生を遂げた彼女。狂気の瞳にも光が戻り、レーザーから逃げ回るこころを悠然と捉える。
「この光って……満月光線(命名:アリス・マーガトロイド)とは違うモノなの?」
「満月光線(命名:アリス・マーガトロイド)とはちょっと違うわね。これは玉兎達の放つ思念波。停滞した感情を揺り動かす、まさに希望の光といったところかしら」
鈴仙の言葉を証明するかの如くに、昏倒した里人達が起き上がる。
しばしの無表情の後、彼らは皆一様に笑顔を浮かべ、右手を掲げながらシュプレヒコールを開始!
“レイセン! レイセン! レイセン! レイセン! レイセン! レイセン! レイセン! レイセン!”
「なっ、何だと!?」
“アリス! アリス! アリス! アリス! アリス! アリス! アリス! アリス!”
「馬鹿なッ! 希望は残らず奪い取った筈……!」
必死に光条をかわしつつ、こころはお面をせわしなく換装!
暴走などという陳腐な言葉では、もはや治まりのつかない状態に!
“レイアリ! レイアリ! レイアリ! レイアリ! レイアリ! レイアリ! レイアリ! レイアリ!”
「なにがレイアリだ……こんなの絶対認めないぞ」
「いい加減、観念したらどう? その光を浴びさえすれば、希望の面とやらも戻るかもしれないわよ?」
「黙れ! ……私は認めない。こんな馬鹿げた代物が、私の希望であって堪るものかよ!」
「そう……」
尚も抵抗の意思を示し続けるこころ!
アリスは鈴仙と目配せし合った後、右手を頭の横にそっと持ち上げ、親指と中指を合せて力を込める。
「希望が蘇ったのなら寧ろ好都合だ! 今度こそ根こそぎ奪いつくしてやる! 全ての人間の感情の為に!」
「まだ、抵抗するのなら……!」
こころは猛然と二人に突撃! 換装され続けるお面も勢いを増し、今やルーレットの如く高速回転!
小面! ひょっとこ! 般若! 猿面! 福の神! 大飛出! 姥! 狐面! そして人形!
……人形で固定! こころの両頬を掴み、ニタリと笑う不気味な人形! 両目はルビーの如き赤色! ルナティック!
「くそっ、放せ! これではお面が換えられない……!」
「あら、それはお気の毒様。でも……」
アリスは右手に込めた力を解放! 小気味良いフィンガースナップの音が響き渡った!
今日の爆発まで、あと数行!
「のっ……!?」
人形から放たれた強烈な光が、こころのポーカーフェイスを呑み込んでゆく!
その光景に背を向けながら、アリスはこころに向けて最後の言葉を放つ!
「そんな瑣末な事は、どうでも良かったのであった……ってね」
「望みが絶たれたあああああああああああああああああああああああああああああああああぁ!」
……爆滅!
辺りに響く轟音を掻き消して、なお余りあるこころの断末魔!
“ナナナ~ナ ナナナ~ナ ヘイヘイヘイ グッバ~イ♪”
こころを弔うかのごとく、里人たちが別れの歌を唱和する。
明るいながらもどこか物悲しげな雰囲気の中、鈴仙が月に向かって再びレーザーを照射。
程なくして、月からの光線は途絶えた。メッセージの内容は彼女のみぞ知る、とでも言っておこうか。
「持つべきものは友達……とでも言いたそうな感じね?」
戦いの緊張から解放されたアリスは、微笑みながら鈴仙の肩にそっと手を置く。
月を見上げたまま、どこか満足げな笑みを浮かべている鈴仙。
一呼吸置いた後、あたかも狂気の瞳が溶け出したかのごとくに、彼女の両頬を赤い液体が伝った。
「……鈴仙!? 鈴仙しっかりして、鈴仙!」
“ナナナ~ナ ナナナ~ナ ヘイヘイヘイ グッバ~イ……♪”
二日後、人里の外れの仮設診療所。
今日も今日とて宗教家達の決闘は続き、負傷した野次馬たちがこぞって治療に訪れている。
「……いやァ、あん時はマジで『食われる!』って思ったよ! まあ実際喰われちまったわけだが!」
頭部の包帯を換えてもらいながら、興奮気味に捲くし立てる里人Aさん(25歳・非童貞)!
対応に当たっているのは……ナース服のアリスだ! 純白! ミニスカ! 扇情的!
営業スマイルも堂に入ったもので、嫌な顔ひとつせず真摯に対応! コミュ力激高!
「祭りを楽しむのは結構ですけど、あまりムチャをしては駄目ですよ?」
「貴女の治療が受けられるのなら、僕は鬼にだって喧嘩を売ります」
無駄に凛々しい笑顔を残し、診療所を後にするAさん! この後、彼は量子力学的奇跡によって月の都へとワープするのだが、それはまた別の話。
治療待ちの列が途絶えたのを確認して、ほっと一息つくアリス。普段着の補修を再開しようとした彼女の耳に、茶化すような声が舞い込んで来た。
「人気者の面目躍如、とでも言っておきましょうか。もう私要らないんじゃないかな」
「馬鹿言わないの。アナタはここの責任者なのよ?」
ベッドに寝そべり、ニヤニヤ笑う鈴仙。アリスの返答もやや呆れの色を含んだものになる。
先日の酷使が祟ったか、鈴仙の両目には眼帯が装着されていた。クロス眼帯!
「『責任』か。私が二番目に嫌いな言葉だわ」
「じゃあ、一番は?」
「『無責任』よ」
「何それ」
おかしそうに笑うアリス。
祭りが終わるまでの間、診療所で鈴仙の手伝いをする事を条件に、彼女は宗教家達の報復を免れた。
事態は収束に向かいつつあるが、今なお負傷者が絶えないのも事実。原因の一端を担う者達にも、どこか後ろめたい部分があるのかもしれない。
「それにしても酷いハナシよねえ。アイツをやっつけたのは私達なのに、美味しい所だけ宗教屋共に持って行かれちゃうなんて」
「こころさんのコト? 別にいいじゃない。希望の面も手に入ったみたいだし、どうにか更生……矯正? も出来そうだし」
「スウィーツ! スウィーツ過ぎるわよアリス・マーガトロイド! 無軌道な武力介入を繰り返した頃のアナタは一体何処へ……!?」
無残な最期を遂げたかに思われた秦こころ。しかし、翌日には無事リスポーン。
その後、あんな事やこんな事があって、今では立派に決闘者達の仲間入りを果たしている。
「彼女、みんなから豪(えら)く可愛がられているみたいね。里人達の間でもファンが急増中だって聞いたわ」
「じゃあ、もういっぺんブッ殺しちゃいましょうか?」
「何でそうなるのよ!」
「だってぇー、アリスちゃんってばこころちゃんに嫉妬しまくりんぐ? みたいな? このままじゃ早晩オワコン呼ばわりされちゃったりして……」
「あーもう、その喋り方ムカツクぅ!」
アリスは九割方縫い終えた服を投げ捨てて、ベッドに向かい跳躍!
そのまま鈴仙に馬乗りになり、彼女の腋をくすぐり始めた!
「ほーれほれ、コイツがいいんでしょ? 気に入った? どうよ!」
「フハハハハハハやめれやめれマジでフハハハハハ死ぬ死ぬフッフッフッフッフ……!」
攻防と呼ぶには、余りに一方的すぎる蹂躙!
鈴仙の必死の抵抗も空しく、アリスは的確にウィークポイントを攻撃! 技巧派!
その時である!
「望みが絶たれたあああああああぁぁぁぁぁぁ……ぁぁぁああああああああああ!?」
診療所に駆け込んで来たのは……秦こころだ!
ベッドの上で絡み合う二人を見て、彼女の叫び声が絶望から驚愕へと変化!
「これは一体……はっ、そうか! これがレイアリというモノね!」
「鈴アリ、と表記するのが一般的みたいよ? ひとつ勉強になったわね」
「こらこら、子供に変なコト教えない!」
鈴仙の頭をポコンと一発引っ叩いた後、アリスはこころに向かって営業スマイル!
彼女は相変わらずの無表情。しかし、その服も仮面もボロボロだ! 犯罪臭!
「こんにちはこころさん。どこか怪我でもしたの?」
「決闘に……負けてしまった! もう戦う力も残っていない! 望みが絶たれた!」
「フフフ、どうやら私の出番のようね」
鈴仙は上体を起こし、馬乗りになったアリスの腰にしがみついて、こころに顔を向けた。
そして、徐に両目の眼帯を毟り取る。狂気の瞳は……既に回復していた!
「さあ、鈴仙お姉さんが希望の光を注いであげるわ。まずはお洋服を脱いで頂戴」
「ぬ、脱がなきゃ駄目なの? まあ仕方ないか……」
「騙されちゃ駄目だって! ……こら鈴仙! アンタ本当に見境が無いわね!」
「こういうピュアでイノセンスな子を見てると、なんて言うかこう……“滾って”くるのよ。わかるでしょ?」
「理解に苦しむわ!」
鼻と鼻が触れ合う距離で、二人は壮絶な口論を開始!
その一方で、こころは手際よく服を脱ぎ捨ててゆく!
二人が気付いた頃には既に、彼女は半壊した仮面以外何も身に着けてはいなかった。
「さあ、存分になされよ!」
「心得た! ……私の瞳が光って唸る! 柔肌嬲れと轟き叫ぶゥ!」
「させるか変態!」
義憤に駆られたアリスが、情熱的に鈴仙を押し倒す!
そのまま取っ組み合いを始める二人! 放置される形となったこころは、為すところなくその場にて回転!
世紀末的修羅場と化した診療所に、またもや何者かが飛び込んで来た!
「すまん、また急患だ! ……こら、痴れ者共め! 少しは大人しくせんか!」
「うわーん、生臭いよー! ヌルヌルして気持ち悪いよー!」
「テメーふざけんなこのクソガキめ! ケツの穴手ェ突っ込んで尻子玉抜いたろかゴラァ!」
物部布都に引き摺られながら入って来たのは……古明地こいしと、河城にとりだ!
こいしのサードアイとにとりの機械腕が複雑に絡み合って、名状し難いオブジェと化しているではないか!
しかし、混沌の度合いなら当診療所も劣りはしない。内部の光景を目の当たりにして、布都は思わず立ち尽くす。
「なんだコレは……マジ面妖な……」
「あっ、道教の人だ」
「お主はまず服を着よ……しかしまあ、なんという……」
こころに服を着せてやりながら、布都はベッドの上の光景を凝視!
ミニスカナース服のアリスと、ミニスカ夏服の鈴仙が、くんずほぐれつの大決闘!
教育に悪い事この上無し! 布都はこころの周囲に漂う面を適当に見繕い、彼女にそっと被せてやった。
「ヒアーッ!? な、何も見えない!」
「行くぞ皆の者。どうやら我々はお邪魔のようだ」
慌てふためくこころの背を押しながら、クールに去ろうとする布都。聖童女!
だが!
「待てコラ! 私ら絡まったまんまじゃねえか! どうすんだこの痛てててててて!?」
「やだっ!? 私の大事なサードアイが、ヌメヌメ水棲生物の変なトコロに挿入(はい)っちゃったあ!」
「ああああああああああああざっけんなコラアアアアアアアアアアアアアアァ!」
にとり悶絶! 主の絶叫に呼応するかの如く、彼女のバックパックが閃光を放ち、変形!
二本のドリル、二門のブースター、そして大きな河童の頭部! 戦機到来!
同時に機械腕が収縮してゆき、こいしも戒めから解放される。ほっと一息つく……暇など無い!
「行くぞオラァ! 天下取りじゃあッ!」
にとりはそのまま急上昇! 天井を突き破ろうとして……抜けない!
それもそのはず、テントの素材は永遠亭が誇る宇宙的物質! 地上のドリル何するものぞ!
……いや、待て! 診療所の周囲に打たれた固定用アンカーが、河童的科学の推進力によって抜かれ始めたではないか!
「嫌あッ! 抜いて! 放して! 私まで連れて行こうとしないでよっ!」
「オメーはいつまで挿入(ささ)ってるつもりだ早く抜けろやああああああああああぁ!」
抜けた! テントを支えていたアンカーが、一本残らず抜けてしまった!
悲鳴と雄叫びを置き土産に、二人はテントもろとも蒼穹(そら)の果て!
残された地上の診療所は、図らずもその全貌を露にしてしまう。野次馬達も続々集結。好奇心!
「ねえアリス……何だか周りの様子が変よ」
「ハァーッ! ハァーッ! ……そんなコト言って、私の注意を逸らすつもりでしょ?」
「いやいや。なんていうか、妙に風通しが良くなったっていうか……あっ」
「えっ……?」
気が付けば既に衆人環視。公的抑圧(パブリック・プレッシャー)の真っ只中!
二人の痴態もライブで公開。見ようによってはファック・イン・ザ・トウホウ!
鈴仙に覆いかぶさるアリスの表情が、見る見るうちに朱色へと染まってゆく。
「のっ……のっ、のぞっ、望みがたたっ、絶たれっ……!」
「おお、看護助手が絶望しているぞ。しからばこのワタクシめが希望を回収……」
「割とシャレにならないのでやめれ。しかし医者殿、こうまで多くの者達に見られたとあっては、最早責任を取るより他に無いのでは?」
「そうねえ……」
鈴仙は徐にベッドの上に立ち上がり、額に手を翳しながら群集を一望。
診療所の周囲に築かれた人垣は、目に見えてその規模を拡大してゆく。人間に混じり、見知った妖怪の姿もチラホラと散見される。
老若男女、人妖を問わぬ多様ぶり。しかし彼らの視線はただ一点、すなわち、ベッドの上の鈴仙とアリスに集中していた。
「こうなってしまっては仕方ないわ。コイツら全員洗脳して、殺し合いでもさせちゃおうかしら」
「発想が狂気過ぎる! ……ねえ鈴仙、ここは私に任せてくれない?」
「アリス? 一体何を……」
身なりを整え、背筋を伸ばして立ち上がるアリス。
先程までの絶望っぷりもどこ吹く風。観衆を前にすれば、彼女はいつでもエンターテイナー!
「皆に分からせてあげるのよ。あんなくッだらない決闘騒ぎに浮かれているようじゃ、この先生きのこれないってコトをね」
「今の発言でいろんなところに喧嘩を売ってしまった気がするけど、それは大丈夫なのかしら……」
「そんなの最初っからでしょ? 今更気にしてどうするのよ……えー、皆さーん? しばしお耳を拝借(はいしゃーく)!」
アリスによる跳躍を交えながらの猛アピール! ナースキャップにくっついた偽耳が、彼女の動きに合せて上下に揺れる!
群集の一角から「あざとい……」なる呟きが漏れたが、彼女は歯牙にもかけず続行!
「至高の人形職人……ていうかむしろ、究極の少女? アリス・マーガトロイドより皆さんにメッセージが……」
“よっ! 淫乱看護助手!”
「いま淫乱っつった奴こっち来いよ。前歯全部叩き折ってやる!」
「落ち着いてアリス。淫乱はステータスよ」
「鈴仙は黙ってて! ……お祭り騒ぎで浮かれている皆さんに、どうしても聞いておきたい事があるのです」
いきなりシリアスなムードを醸し出したアリス。
されど聴衆は聞く耳持たず。朝礼前の小学生よろしくワイワイガヤガヤ。
「何故、皆さんは背景に甘んじておられるのですか? 主役になりたいとは思わないのですか?」
咎め立てるようなアリスの言葉を受けて、会場は水を打ったように静まり返った。
多くの者は発言の趣旨を理解していない様子だが、中には困惑、若しくは動揺の色を浮かべている者も居る。
「栄えある舞台に立っていながら、書割同然の役割を押し付けられている現状に、何の不満も抱かないのですか? 率直に申し上げて、私には理解に苦しみます」
「あいや待った! しばらく、しばらく!」
言葉を失った聴衆を代弁するかの如く、最前列の布都が食って掛かる。
「お主は何を申しておるのだ。そもそも此度の騒動は、宗教家達の華麗なる決闘こそがメインにしてセンター。その他の者達は単なる野次馬であり……」
「あら、そんなコト誰が決めたのかしら? 『人は誰もが舞台(ステージ)に立っている、輝く主役(ほし)になれ』って名文句を知らないの?」
「知らん! ……見よ、皆困っておるではないか。踊る阿呆に見る阿呆、どちらを欠いても祭りというものは成り立たんのだ」
「踊れない阿呆はただの阿呆。縺れた糸を断ち切って、気分のままに踊れないのなら、アナタ達は人形にすら劣るガラクタよ。あえて言おう、ジャンクであると!」
布都の頭越しに、聴衆を過激に挑発するアリス!
人形遣いとしてのレゾンデートルが疑われる発言なれど、彼女の表情に一点の曇りなし!
“……じゃあ、どうしろって言うんですか”
会場の一角から、今にも泣き出しそうな声で疑問の言葉が投げ掛けられた。
“知らない間に、勝手に蚊帳の外へと追いやられてしまった私達に、一体何が出来るって言うんですか!?”
「戦いなさい」
誰かの悲痛な叫びに対し、アリスは事も無げに言い放つ。
「誰が決めたシナリオだか知らないけれど、気に入らないのなら戦ってブチ壊せばいいのよ。少なくとも、私はそうしたわ。そして主役の座を掴み取った!」
「えーっと……一応、私もね」
力強いアリスの発言! 鈴仙もさりげなく便乗!
諦めムードを吹き飛ばすかの如き勢いに、会場の一部から感嘆の声が上がる!
「やり方は至ってシンプルよ。適当な相手を捕まえてこう言うの。『私と最強の称号を賭けて闘え!』……ってね」
「それ私のセリフ!」
“いや私のだ!”
最前列のこころと、最後尾の何者かが同時に抗議!
しかしアリスは聞く耳持たず! 怯むどころか更にヒートアップ!
「さあみんな、戦いなさい! 歴史にその名が刻まれるよう、麗らかに激しく!」
「よせ、煽るな! せっかく人心が鎮まりかけたところだというのに……!」
布都の制止も空しく、徐々にざわめきを取り戻し始める群衆!
彼らの感情の乱れを察知したか、こころのお面もせわしなく換装!
そして!
“私と……”
“えっ?”
“私と最強の称号を賭けて闘え!”
“ぎゃあああああああああっ!?”
ああ! そして、ついに……ついに乱闘が始まってしまった!
一人が誰かを殴りつけたのを皮切りに、感情の摩天楼がドミノ倒しで崩壊してゆくではないか!
群集の各所で巻き起こる悲鳴、暴力、そして爆発! それら総てを尻目に、アリスが鈴仙に抱きつく!
「やったわ鈴仙! 私の想いが皆に通じた! ホンモノの祭りが今、始まったのよ!」
「結局こうなるのなら、最初から私に任せてくれても……」
「馬鹿ね! 皆が自分自身の意思で戦うからこそ美しいのよ! 洗脳したんじゃ意味無いわ!」
「ちょっと理解に苦しむ思想だわ。何て言うか、その、エレガント過ぎて」
アリスがはしゃぐ! 鈴仙がちょっと引く!
暴徒達の宴は、布都とこころを呑み込んで尚も拡大! ベッドの上の二人にも迫る!
先陣を切って突っ込んできた一名が、アリスのサンダルに蹴り上げられて蒼穹へ! 役得!
「聞いて鈴仙。私ね、今回の事件を人形劇にしようと思ってるの」
「その話、今じゃないとダメ? ……ああもう鬱陶しい!」
“望みが絶たれた!”“ノゾミガタタレター!”“のぞたた!”
襲い来る暴徒達を跳び蹴りで一掃しつつ、鈴仙はアリスを抱えて逃走!
アリスはといえば、夢見心地の表情で滔々とプランを語り続ける!
「皆の戦いぶりを、後世に残してあげたいの。勿論、アナタと私の物語もね」
「それは夢のある話だわ。問題は、無事にハッピーエンドが迎えられるかどうかってところね」
「既にタイトルも決めてあるの。名付けて『心綺楼』。どう? 私に相応しいネーミングだと思わない?」
「私にネーミングセンスの話を振らないで頂戴……うわっ、何よアレは!?」
面食らったのも無理はない!
上空から二人に迫るもの、それは狼を模った巨大な霊気!
誰の仕業だ!? 秦こころだ! 狼の面を被ったこころ!
「てめえら人をおちょくるのも大概にしやがれオラアアアアアアアアアアァ! 私の『心綺楼』パクってんじゃねえぞゴラアアアアアアアアアアァ!」
「残念でしたー♪ 時系列的には私の方が先でーす♪」
「スンマセンほんとスンマセン私関係ないんで帰ってもいいですか」
「死ね! 死ね! マジで死ね! フザけた事ぬかしてねえでさっさと死にやがれええええええええええええええええええええぇッッッ!」
恐るべき猛襲! 間一髪で難を逃れた二人だが、その身は既に死地にあり!
見よ! アリスの演説によってメンツを潰された宗教家達が、二人を完全に包囲しているではないか!
「貴様らには此処で果てて戴こう。理由は……分かっておるな?」
両手を袖に突っ込んだ布都が、威圧的な眼差しで二人に死を宣告!
臨時のユニオンを結成したと見える宗教家達が、彼女に倣いジリジリと距離を詰める!
狐面を装着したこころも、いつの間にやら輪に参加! 臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前!
「彼我の戦力差は歴然。為す術もなく絶望の淵へと沈むがよい」
迫り来るホープレス・マスカレイド・オールスターズ! 2名の欠員も誤差の範囲か!?
対するは外道ひとりに畜生一匹! まともに当たれば怪獣一食! もとい鎧袖一触!
しかし!
「絶望? 絶望ねえ……」
「それは無理な話だわ。何故なら……」
背中合わせに立ち、迎撃の構えを見せる鈴仙とアリス。
この不敵な表情は何だ? 絶望の真っ只中に在りながら、如何なる理由でもって怪気炎をあげられるのか?
二人の眼に怯えの色は絶無。それどころか、溢れんばかりの愉悦すら湛えているではないか!
「「私達が……絶望だ!」」
二人の堂々たる宣言と共に、戦いの火蓋が切って落とされた!
飛び交う拳骨! 綺羅の如き弾幕! 煮えたぎる憎悪が、迸る狂気が、キリングフィールドと化した一帯を真紅に染め上げてゆく!
すべてを破壊し、すべてを奪え! アリス達の戦いは、まだ始まったばかりだ!
「……まったく、よくもまあ飽きもせず続けるもんだわ」
「それ、扇動した張本人が言っていいセリフ? 流石に引くわー」
喧騒に背を向け、ゆったりと歩く影二つ。
ひとつは鈴仙・優曇華院・イナバ。先程の闘争が嘘であったかの如くに、彼女の身なりに乱れは無い。
もうひとつはアリス・マーガトロイド。彼女に至っては既に着替えを済ませ、普段の装いに戻っているではないか!
二人の身にいったい何が!?
「何にせよ、無事に抜け出せて良かったわ。あのまま留まっていたら、どんな目に遭わされていたことやら」
「クックック、これも波長操作のちょっとした応用よ。てなワケでアリスちゃん? ご褒美にチューしれ、チュー」
「ばか」
窮地に陥った二人。絶たれかけた望みを繋いだのは、毎度おなじみ狂気の瞳!
襲い来る宗教家達を幻覚に堕とし込んだ後、二人は悠然と身支度を整え、位相をずらした上で激戦の最中を堂々突破!
そろそろ「インチキ効果もいい加減にしろ!」などとお叱りを受けそうではあるが、何分能力が能力ゆえ、平にご容赦願いたい。
「で、これからどうする?」
「ほとぼりが冷めるまでの間、実家に戻ってのんびり過ごすわ。鈴仙はどうするの?」
「私もねぇ……誰かさんの片棒担いだ所為でお尋ね者にされちゃうし、戻れる実家なんてある筈も……あれ? 私詰んでね?」
「もっと相応しいセリフがあるでしょ? ほら、言ってみなさいな」
「何だっけ、えーっと……ああそうだ、『望みが絶たれた!』」
「ぷっ!」
思わず吹き出してしまうアリス。そんな彼女を見て、鈴仙もおかしそうに笑みをこぼす。
結局のところ、絶望ほど笑いを誘うものなど無いのかもしれない。それが他人のものであれ、自分自身のものであれ。
一頻り笑いあった後、アリスは鈴仙の腕を掴み、彼女の耳元に囁きかけた。
「だったら、私と一緒に来ない? 今なら特別にペット扱いという事で、私が面倒見てあげるわ」
「うーん……アナタみたいな駄目駄目魔法使いのペットだなんて、なんだか屈辱的……」
「口をバッテンに縫い合わせてあげましょうか?」
「それ私のセリフ……じゃなかったわね、元々は」
少女アリスが兎を一匹、不思議の国へとご招待!
狂った御伽噺の結末として、これ以上何を望むというのか?
「アナタの実家って、どんな所なの?」
「あら、とってもいい所よ? 少なくとも、退屈せずには済むと思うわ」
「嫌な予感しかしないわね。マジで望みが絶たれなきゃいいのだけど」
物語は今度こそ終点に達したが、まだまだ語られるべき事柄は残っている。
幻想郷にて続く不毛な争いは、誰の勝利で幕を下ろすのか?
アリス考案の人形劇『心綺楼』は、無事公演にこぎつけることが出来るのだろうか?
片や光学迷彩、片や無意識に身を潜めて、アリス達を追跡する二人の正体と目的とは?
謎に包まれたアリスの実家にて、鈴仙を待ち受けるモノとは?
そして何より、力を合わせて絶望を乗り越えた二人の行く末や如何に!?
「私達二人であれだけの危機を乗り越えてきたんだもの。どんな困難が待っていようと、心配する事なんて何も無いでしょ?」
「どうだかねぇ……つーかアンタ、耳弄るのやめて頂戴よ。色々なところで勘違いしている奴がいるけど、私の耳は正真正銘のホンモノなのよ?」
「そうだっけ? 明言されてないから偽物だとばかり思っていたわ。でも……」
心苦しい限りではあるものの、それら全てを記すには、あまりにも時間と予算が不足していると言わざるを得ない!
些か不調法ではあるが、ここはアリス・マーガトロイド女史の至言でもって、しめやかに幕を閉じさせて頂くとしよう。
「そんな瑣末な事は、どうでも良かったのであった……ってね」
人気に餓えた8人+αの少女たちにスペルカードとラストワードを装備させ、お互いに狩らせる! これは君も参加するかもしれないリアリティー大異変だ!
「俺は飲み屋の店先でモロキュウをパクついてたんだ。そしたら突然ヤツらが現れて、ドンパチを始めやがったんだ! 俺は興奮し過ぎて撃たれたことさえ気付かなかったよ!」
決闘を目の当たりにして、未だ興奮冷めやらぬ様子の里人Aさん(25歳・童貞)!
額からドクドクと流れ出る血も意に介さず、治療に当たる鈴仙(容量の都合により中略)イナバさんに向けて大熱弁!
包帯を巻かれる際、ブラウズの袖から漂う腋の香りを堪能! 役得! 怪我の功名!
「とりあえず応急処置は済みましたので、あとは永遠亭で診て貰ってください」
「道中でまた決闘やってねーかな! 今度はこいしちゃんにブチのめされたいぜ! イヤッホゥ!」
里の外れに設けられた仮設診療所のテントから、弾丸の如き勢いで駆け出してゆくAさん! この後、竹林にて謎の狼女と遭遇。バッドラック!
治療待ちの列が途絶えたのを確認して、ほっと一息つく鈴仙。机上に並んだ国士無双の薬に手を伸ばし……思いとどまる。
「怪我人なんて放っておけばいいのに……あーあ、これなら背景やってた方がマシだったわ」
絶え間なく行われる決闘決闘また決闘! 興奮のボルテージに比例して、死傷者数も右肩上がり!
暢気に背景やってた永遠亭の面々も、こりゃマズイだろと裏方として急遽参戦。スクランブル!
負傷者は鈴仙ひとりが受け持つテントへ! それでも駄目なら永遠亭へ! 隙を生じぬ二段構え!
「すみませーん、誰か居ませんかぁ……?」
「居るに決まってんでしょうが。どうぞー!」
新たな客! 過労とストレスの影響もあって、鈴仙の対応も些かぶっきらぼうに。
おずおずとテントの中に入って来たのは……里で大人気の人形遣い、アリス・マーガトロイドではないか!
頭髪はボサボサ、衣服はボロボロ! チラリとのぞく雪のように白い生足……エロス!
「ああ、鈴仙! アナタ一人なの? 他に危なそうなヤツとか居ない?」
「強いて言うならアンタが危ないわ。どうしたのそのカッコ。婦女暴行拉致監禁妊娠確実的なアレなら、迷わず永遠亭に向かうことをおススメするわ」
「訳あって追われているのよ! お願いだから匿って頂戴!」
「えぇ~っ……」
見よ、この鈴仙の露骨に嫌そうな顔を! 彼女は何よりも面倒がキライなのだ。
しかしアリスも退くに退けぬ。何を思ったのやら、鈴仙のミニスカートに噛り付かんばかりの勢いで食い下がる!
「机の下! 机の下でいいから隠れさせて! これ以上外に居たら私……ジャンクにされちゃう!」
「やめろ変態! 大声出して人を呼ぶわよ!」
「いやあぁぁぁぁマジ勘弁マジ勘弁お願いします何でもしますから誰もテントに入れないでぇ……」
善意で設けられた仮設診療所に対し、突如突きつけられた機能停止命令!
何がアリスをそこまでさせるのか? 一体全体外で何が起こったというのか!?
真相はこのあとすぐ! ただし保証は無い!
「……流石にテントは閉められないわ。そんなコトしたら、私が後で師匠に殺されちゃうもの」
「私と一緒に死んで!」
「オマエは何を言っているんだ……そうだ、いいコト考えた」
徐に医療用コンテナを漁りはじめる鈴仙。アリスは洟をすすりつつ、その動きを注視する。
やがて彼女が取り出したモノとは……ナース服だ! 純白! ミニスカ! 扇情的!
「とりあえず、アンタこれに着替えなさい」
「ええっ変態趣味……」
「違う! 変装に使えって言ってんの! これ着て私の助手をやってれば、誰もアンタだって気付かないでしょ?」
「そんな……幻想郷屈指の常識人であるこの私が、よりにもよってこんな駄目兎の助手だなんて……なんだか屈辱的」
「口をバッテンに縫い合わせてあげましょうか?」
「それ私のセリフじゃない! ちょっと違うけど!」
渋々と着替えを始めるアリス・M! その間鈴仙は、ガーゼや包帯を用いて何やら工作を開始する。
「ううっ、ちょっと胸がキツいかも。スカートの丈も短いし……これって、アナタ用のサイズなんじゃない?」
「ええ、師匠が私に着ろって言ったヤツよ。流石にそこまで堕ちたくないから、仕舞っておいたのだけどね」
「今日ドロワーズ穿いてなくてよかった。こんなミニの下がドロワ若しくはノーパンだなんて……」
「馬鹿じゃなかったら変態ね」
「あーん! また私のセリフとったぁー!」
ナース服に加え、ナースキャップ、オーバーニー風タイツ、そしてサンダルも装着。いずれも白一色! ビギニング・オブ・ザ・コスモス!
しかしこれでは、ただのコスプレだ! 顔を見れば一目でマーガトロイド! 不完全!
「そこで取り出したるは……これよ!」
「えっ? 何そのアナタの出来損ないの兎耳モドキの、さらに模造品チックな代物は?」
「説明的かつ冒涜的なセリフをアリガトウ。これを頭に装着すれば、誰がどう見たってワン・オブ・兎妖怪というワケよ」
「死んだほうがマシかも……」
「ご町内のみなさーん! ここに弱りきった西欧人形風の美少女が居りますよー!」
「わあぁっ、わかった! それ我慢して着けてあげるからヤメテ!」
ナースキャップにテープでピタリ。強いて言うなら満更でもない。そんな気分のアリスであった。
「でも、顔は隠さなくて大丈夫かしら? 何かマスク的なモノでもあればいいのだけど」
「マスク……すなわちお面ね。例えばオカメとか、ヒョットコとか、般若とか……」
「何よそのチョイスは」
「翁とか、猿面とか、狐面とか……」
「能楽でも演らせるつもりなの?」
まさか今の会話が、この後の展開を暗示していたものであったとは思うまい。
一連の騒動の裏側に潜むモノとは? それはまだ……混沌の中。それが……シンキロウ!
「いざとなったら、私が波長を弄ってなんとかしてあげるわ。そう、この世のすべては波で出来ている!」
「ちょっと待って。初めからアナタの能力で隠してくれれば良かったんじゃないの?」
「やーよ、面倒臭い」
「ええ~っ理不尽……」
「おーい、入ってもいいですかーい?」
テントの外側より響く明朗な声。新たな客が間近に迫っているぞ!
慌ててパイプ椅子に腰掛ける鈴仙。だがアリスに椅子は無い! だったら立てばいいだろ!
「滑り込みセーフってところだったわね……どうぞー!」
「ああ待って、まだ心の準備が……」
「お邪魔しまーす! ……ちっくしょう、あのクサレ人形師め。見つけたらギッタンギッタンにしてやる……!」
ぶつくさ言いながら現れたのは、表面を程よくローストされた河童ガール、河城にとり!
彼女は患者用の丸椅子に腰掛けるなり、背負ったバッグを叩きつけるように床へ置く。
脇に立っていたアリスが、心なしか気まずい表情で顔を背けた。
「お薬ちょーだい!」
「えーっと……火傷の薬でいいのかしら?」
「違う! 爆薬を寄越せっつってんだよ! 薬屋ならそれくらい常備してあんだろ!? オラ出せよ!」
「ねーよ、このハゲ」
「ハゲてねーし!」
炙り焼きの河童、診療所に入りて爆薬を求むるの事。時はまさに世紀末!
鈴仙の目に呆れの色が浮かび、そしてアリスの目には……怯えが!?
「しっかし酷いやられ様ねえ。一体誰にやられたの?」
「アイツだよ! あの……なんつったかなぁ……マンガ泥棒?」
「マーガトロイド!」
「そう! なんとかマーガトロイド……看護助手さん詳しいねえ」
「えっ!? いや、その、オホホホホホ……」
「とにかくそのマーライオンが、私の屋台を軒並み爆破しやがったのさ! こいつはメチャゆるせんよなあ!?」
「……ええ、それは許せないわね。私ならそいつのケツに爆薬詰めて、月までブッ飛ばしてやるところだわ」
「それだよ! それがやりたくて此処へ来たんだ私は! さあ寄越せ! ホラ寄越せ!」
適当に受け答えをしつつ、鈴仙はそっと横目でアリスの様子を窺う。
彼女の顔面は蒼白となり、呼吸もやや不安定! そして小刻みに震える内股! もはや限界は近いぞ!
「これ……アナタが欲しがってる薬とは、少々異なるモノなのだけど……」
鈴仙は机上に並んだ小瓶を、四本手にとりにとりに手渡す。
「何だこりゃ、栄養剤? こんなモノ要るか!」
「ここだけの話、それを四本一気に飲み干すと……」
「の、飲み干すと……?」
「爆発する」
「待て! 主語は何だ!? まさか飲んだヤツが……!?」
「そういうコト。アリス・マーガトロイドを捕まえたら、これを飲ませてやりなさい。それで彼女は……ジ・エンドよ」
鈴仙は再びアリスの様子を確認。そこには憐れみを乞う彼女のまなざしが!
「フフフ……面白い、実に面白い!」
「でしょ? アナタの事情も考慮に入れて、今ならお安く提供させていただきますわ」
「よし買った! 待ってろよアリガトロイドめ、こいつでヒーヒー言わせてやるぜい……!」
にとりはがま口の財布を取り出し、幾らかの小銭を掴んで鈴仙に手渡す。
お互いに満足顔だ! にとりはバッグを担ぎ上げ、そのままテントから退去! 危機は去った……?
「さーて、アリス・マーガトロイドさん?」
「ち、違うのよ鈴仙! これには深い事情が……」
「どういう事情で屋台を爆破したりするのよ? 河童に何か恨みでもあったの?」
「じ、事故だったの! あれは不幸な事故だったのよ!」
不幸な事故!
決闘に湧く命蓮寺を襲った大惨事が、まさか単なる事故だったとは!
「たまたま通りかかったお寺で、なんだか楽しそうな事をやってたの。それで……」
「ついカッとなったアナタは、立ち並ぶ屋台を片っ端から毒牙にかけ……」
「だから違うって! 私はただ、場をもっと盛り上げようとして……」
「うわぁ……想像の遙か斜め下をゆく回答だわ……」
「仕方ないじゃない! 私はアーティストなの! 決闘というものはより美しく、創造性に満ちたものでなければならないのよ!」
その後、容量にして30kbほどアリスの芸術論が語られたが……読者の皆様のご都合を考慮し、ばっさりカット! 英断!
長話で居眠りしかかった鈴仙の耳に、またもや第三者の声が!
「急患だ! すまんが入らせて貰うぞ!」
「……あー、どうぞー!」
アリスの脛を盛大に蹴っ飛ばし、客を招き入れる鈴仙。
今度は二人組だ! 一人は青い帽子に白い装束。なんか紐がいっぱい付いてるぞ! 邪魔!
もう一人は緑の帽子に黄色の洋服。こっちも紐っぽいモノが付いてるぞ! 邪魔!
「ううっ……苦しいよー、お腹いたいよー」
「耐えるのだ。すぐにお医者様が診てくださる」
「イテテテ……げっ!?」
脛をさすっていたアリスは、二人組の片割れ──物部布都を見るなり、またしても顔を背ける。
このバカ、また何かやりやがったのか! などと言いたい衝動を堪え、鈴仙は布都に椅子を勧めた。
「いやいや、我ではなくこちらの者を診て貰いたいのだが……」
「こちらの者って、アナタ一人しか居ないじゃない」
「なに? ……ああ、すまん。コヤツは少々難儀な特性を持つゆえ、意識を集中させねば認識が困難なのだ」
「意識ですって? 何を訳の分からない事を……うわっ!? びっくりした!」
ここで鈴仙とアリス、ようやくもう一人の客──古明地こいしの存在を認識。地の文に遅れること数行。迂闊!
「で、今日はどうされましたか?」
「お腹が痛くて……吐き気がして……なんかもう死にそう」
「とある痴れ者を捜していた我が、蹲っていたコヤツを発見したのよ。我が宗教は妖怪であろうと見殺しにはせぬ」
「痴れ者、ねえ……」
もはや何度目かも定かではないが、鈴仙は横目でアリスの様子を確認!
彼女は半ば諦めの表情で、付け耳を所在なく弄んでいる。
「とりあえず、お洋服を脱いでもらってもいいかしら? これはあくまで診察上必要な手順であって、やましい事など一つも無いの」
「嘘……絶対ウソよ。ホントだったらそんな言い訳する筈ないし……」
「だぁっとれ看護助手が。耳引き千切って追い出すわよ」
「ひえぇ堪忍して……」
言われるがままにこいしは上着を脱ぎ、肌着をまくり上げて肌を晒す。
鈴仙の口元が妖しく歪む! 布都もこいしも気づいていないが、アリスだけは目敏く察知!
「そのままの姿勢で居てくださいねー。ちょっとくすぐったいかもしれないけど、すぐに終わりますから」
「んっ……」
ああ、神仏もご照覧あれ! 鈴仙の長く不気味な耳が、まるで意志を持ったかの如くにこいしの素肌を蹂躙し始めたではないか!
思わず甘い声を上げてしまうこいし! 心配そうに見つめる布都! 一方のアリスはドン引きだ!
「ふむふむ……なーるほど。うん? ……うん、そういう事なの」
「うぅっ、くふっ……んんっ!?」
「あらゴメンナサイ。うっかり関係ないところまで触っちゃったわ」
「お、おい。大丈夫なのか? なにやら不穏な気配を感じるぞ……」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。鈴仙サマにむわっかせっなすぁーい」
「うっ……あっ! ふっ、ふぁっ、ふあぁっ!?」
上体を反らせ、必死に耐えるこいし!
果たしてこれは正当な医療行為なのか? それとも、クーリエ的な意味でイリーガルな案件なのか!?
「ふぁっ……ぶわぁーっくしょい!」
「グギャッ!?」
クシャミ一閃! こいしの口から唾液と共に吐き出されたモノが、正面に居た鈴仙の顔面を直撃! 天罰覿面!
もんどりうつ鈴仙の傍らに転がるモノを見て、アリスが思わず悲鳴を上げる! こいしの胃液にまみれたモノの正体とは!?
「これは……人形、だな?」
人形を拾い上げ、渾身のドヤ顔をきめる布都! いつものポーズも絶好調だ!
晴れ晴れとした表情のこいし! 顔をさすりつつ立ち上がった鈴仙は、密かに己が顔面に付着したこいしの唾液を舐めとった! 変態!
「あースッキリした! ありがとう兎さん! アナタは命の恩人よ!」
「礼ならそこのドヤ顔さんに言いなさい。あと、いま出てきた人形だけど……」
「さ、さーさー良かったわねー無事治療できて! お代はいいから気を付けてお帰りくださいねー!」
アリスがこいしを抱えるようにして、テントの外にムリヤリ追いやってゆく。
そんな彼女を見送っていた鈴仙の眼前に、ビショビショのクタクタになった人形が突きつけられた。
「それ貰っちゃっていいワケ? ありがと」
「否。それよりお主、コレの持ち主について心当たりは無いか? 巫女や魔法使いは知っておった様だが、生憎話を聞きそびれてしまった」
「なに? アイツらもアリ……痴れ者とやらを追いかけてるの?」
「左様。これらの人形は幻想郷の各地に出没し、決闘を台無しにして回っておるのだ。誰の仕業か知らんが、まったく迷惑な話よのう」
「へーえ……」
小走りで戻ってくるアリスに対し、訝しげな視線を送る鈴仙。
アリスは手のひらを上に向け、スッと布都に差し出した。
「なんだ? この手は」
「お代。アナタお金持ってそうだから、あの子の治療費を払って貰うわ」
「面妖な……ついさっきタダで良いと申したではないか」
「アナタに言った覚えは無い。さあ、耳揃えて払うがいいわ!」
「何でそーなるのっ! ……いや、すまん。生憎このところ出費が嵩んでな。我が神霊廟は未曾有の財政難にして火の車であり、ゆくゆくは死体も抵当に入りますか?」
「私に聞かれても……どうしても払えないというのなら、その人形置いてとっとと出て行きなさい」
二人の会話を黙って聞いていた鈴仙は、アリスのしたり顔を見てその意図を察する。
治療費の請求に託けて、人形を回収してしまおうという腹積もりだ。悪辣!
「ふふっ、毎度あり」
「我ともあろう者が何という醜態。今後は一試合毎に割る皿の量を、十枚前後に抑えねばならんな」
「二十枚くらいがベストだって、どこかで聞いたような気がするわ」
「そ、そうなのか? 一度太子様に相談してみるとするか……」
ぼやきながら去っていく布都。人形の持ち主についての質問など、とうの昔に記憶から欠落してしまったようだ。
ホクホク顔のアリスであったが、鈴仙の冷ややかな視線に気付いた途端、硬直!
「マガトロ博士、事情を説明して貰おうか」
「い、いま少し時間と予算を頂ければ……」
「弁解は罪悪と知りなさい! 爆破テロのお次は無差別攻撃ですって? アンタ一体全体何がしたいのよ!」
「うっ……あ……うわあああああああああああぁん!」
突然の号泣! 小一時間ほど問い詰める気マンマンだった鈴仙も、これには困惑!
周囲の波長を操作し、泣き声が外部に漏れないよう処置。その後、頃合を見計らってアリスの精神を平常へと近づける。職人芸!
「ぐすっ……ひっく……だって、だって皆決闘に夢中で、私の人形劇なんか見向きもしないんだもん。それでついカッとなって……」
「人形を乱入させて回った、というワケね。何と言うか、随分とアンタらしくない事をしたものね」
「アナタに私の何が分かるっていうのよ! みんなして私の知らないところで盛り上がって、結局私は除け者じゃない! もうヤダ……!」
アリスはその場にへたりこみ、メソメソと嗚咽を上げ始めた。
かけるべき言葉が見当たらず、鈴仙はただただ気まずそうに頭を掻くばかり。
いつ被害に遭った宗教家達がやって来て、彼女をしょっ引いて行くか知れたモノではないというのに!
「……死のう」
「えっ?」
泣き腫らした顔を上げ、何やら不吉な事を口にするアリス。
困惑を隠せない鈴仙の目の前で、彼女は徐に立ち上がった。
「私、自首するわ。そんでもって宗教家共と観衆が集まったところで、盛大に自爆してやるの。アリス・マーガトロイド一世一代の残酷劇(グランギニョル)よ」
「待って、落ち着いて。命は投げ捨てるモノではないわ」
「百万メガトンの大爆発で、幻想郷ごと綺麗サッパリ吹き飛ばしてやる。私を軽んじた報いを受けるがいいわ。うふ、うふっ、うふふふふふふ……!」
「なにその威力。わざわざ集める必要ないじゃん……って、そうじゃなくて!」
アリスは完全に正気を失いつつある。
止められる者が居るとすれば、それは鈴仙ひとりを除いて他に無い!
「私を売り渡す機会は何度もあったのに、アナタだけは最後まで私の味方で居てくれた。ありがとう鈴仙。アナタの事は忘れないわ」
「どういたしまして……それよりアリス、目にゴミが付いてるわよ」
「え? ホント?」
「ホントよ。ほら、ここ……」
アリスの正面に回った鈴仙は、そっと彼女の顔に手を伸ばす。
二人の視線が交差した、まさにその瞬間!
「とりあえず、寝とけ」
「あっ……」
目と目が合えば亜光速。それが彼女の赤眼催眠(マインドブローイング)。
さながら糸が切れたマリオネットの如くに、アリスはその場に崩れ落ちる!
「やれやれね……」
穏やかな寝息を立て始めたアリスを前に、鈴仙はひとり途方に暮れるばかりであった。
目が覚めた時、アリスは仮設診療所内のベッドの上に横たわっていた。
時刻は既に丑三つ時。闇が世界を支配する時。にも関わらず、不思議と視界が確保されている事に彼女は気付く。
僅かな月の光が、テントの素材を通り抜けているのだ。永遠亭脅威のメカニズム、その一端がこの診療所であった。
「……ん……おおッ! 何故に皆ハダカ……うへへ……」
鈴仙の寝言!
彼女は机に突っ伏したまま、幸せそうな寝顔を浮かべて夢の中。
ピコピコ動く二本の兎耳を、ぼんやりと眺めていたアリスは、少しずつ自分の置かれた状況を思い出してゆく。
「そうだ、私は外に出て行こうとして……なにコレ」
下腹部に違和感を覚えたアリスは、手探りで正体を突き止めんとする。
何かが下着に突っ込まれていた……アリス手製の人形。こいしが誤って飲み込んでしまったと思われる、あの人形だ。
「こ、このバカ……!」
犯人と思わしき唯一の人物、鈴仙に向かって人形を投げつけようとして……思い止まる。
何故、アリスはこんな時間までグースカ眠っていられたのだろう?
彼女が眠りに就いてから、誰もテントを訪れなかったとでも言うのだろうか。そんなばかな。
「ひょっとして……私を護っていてくれたの?」
そっと問いかけてみるが、鈴仙が答える筈も無い。
彼女のだらしない寝顔を見ている内に、蘇りかけた怒りが雲散霧消してゆくのを感じ、アリスは表情を綻ばせる。
「本当に……変なヤツ」
プロペラじみた旋回を続ける鈴仙の耳を見ながら、アリスはひとりごちた。
夜が明けるまでには、現状を打開する策のひとつやふたつ思いつくだろう。それまでは束の間の静寂を楽しむとしよう。
……などと暢気なことを考え始めた、まさにその時!
“どこにあるやら、希望の面……なんだこのテントはぁ!?”
何者かの声が、垂れ幕の向こう側から響いてきた。
こんな夜中にうろつく者が、真っ当な人間である筈が無い!
どうにか悲鳴を押し殺したアリスは、足音を立てぬよう鈴仙に近寄り、彼女の肩を叩く。
「鈴仙……鈴仙! 誰か来たわよ!」
「んっ……駄目よアリス、私にはムニャムニャが……」
鈴仙は寝惚けている!
小声で必死に呼びかけながら、彼女の肩を掴んで揺さぶるアリス!
青白い光を伴った謎の存在は、テントの周囲をなおも徘徊する! そして!
“とにかく入ってみようぜぇ……入り口はここか?”
「ひいっ!? はっ、侵入(はい)って来たぁ! 鈴仙起きて! 起きてよ!」
「なによ、うるさいわねぇ……ん?」
鈴仙の寝惚け眼が、ようやく謎の存在――妖怪じみた少女を捉えたが、時既に遅し!
ピンクの長髪に、同系色の膨らんだスカート! 周囲に漂う表情豊かなお面の数々とは裏腹に、彼女はまったくの無表情!
「えーっと、患者さんですか? 本日の営業は終了しましたので……あれ? もう日付変わってる?」
「カンジャ? ……そんなコトより貴方達、希望の面がどこにあるか知らない?」
「希望の面……ああ、そういう用件ね。はいはい」
合点がいった様子の鈴仙は、徐に立ち上がって、アリスの肩にポンと手を置いた。
「アリス、お面返してあげて」
「今度ばかりは私じゃないわよ! だいたいこんな子見たこと無いし……そもそもアナタは何者なの!?」
「私が何者か……? 何者かだと……!?」
少女の顔に貼り付いていた小面を押しのけるようにして、角の生えた赤黒い面が装着される。
これは般若の面。その意味するところは……怒りだ! もう怒りしかない!
「『秦こころ』に決まってんだろうが! そんな事も分からないのかよ、アンタ達は!」
「アリス、とりあえず謝っといて。彼女怒ってるわ」
「なんで私が!? ……えーっと、こころさん? アナタが探しているものは、多分ここには無いと思うのだけど……」
「流石シラを切るのは看護助手のお家芸だな!」
「駄目だこいつ……まるで会話が成り立たないわ……」
アクの強すぎるニューフェイスを前に、匙を投げたい気分の鈴仙とアリス。
そんな二人を意に介する様子もなく、こころは再びお面を換装。今度の面は……狐! ガチガチの本気モードだ!
「希望の面が無いのなら、貴方達の希望を頂くとしよう! そして新たな希望(みらい)をつくるのだ!」
「私たちの希望ですって? ……ねーよ、そんなもん」
「えっ」
「えっ」
吐き捨てるような鈴仙の回答に、こころのお面がまたも換装! 驚愕を表す大飛出(おおとびで)だ!
一方のアリスは困惑の面持ち。そんな彼女を指差しつつ、鈴仙はこころに語りかける。
「まず、こちらのアリス・マーガトロイド大先生。彼女は昨日行ったテロ活動により、目下指名手配中の身よ」
「し、指名手配?」
「ええ。朝になれば彼女を追う者達が動き始める。遅くても昼までには捕縛されて、人里の真ん中あたりで公開処刑されるでしょうね」
「怖い想像させないでよ! ああもう、折角嫌なコト忘れられそうだったのにぃ……!」
自身のノーフューチャーな現実を突きつけられ、頭を抱えて蹲るアリス!
こころの位置からはスカートの中が丸見えだ! しかし彼女は無表情。
「看護助手の事情はわかった。では貴方は? やっぱり指名手配中だったりするの?」
「ええ、少々事情が異なるけどね……聞かせてあげましょうか、私の話」
こころの返答を待たずして始まる、鈴仙の長い長い半生語り!
月から逃げ出した経緯、地上での奴隷じみた生活、地獄行きどころか三途の川すら危ぶまれる現状、そして緋想天サウンドトラックの4コマ漫画における扱い……。
どこをとっても悲惨の一語。波乱万丈にして暗澹冥濛の極みであった。
「……とまあ、そんな感じで今に至るワケよ」
「なんというか、その……元気出しなよ。生きてればいい事あるって」
さすがのこころも、これには同情の色を隠せない。
沈んだ気分を盛り上げるべく、ひょっとこの面に換装。歌って踊れば上機嫌!
「明日があるさ明日がある♪ 若い僕には夢があるー♪」
「明日も、夢も、無いんだよ……」
「ナンクルナイサー! マイペンラーイ! ハクーナ・マタータ!」
「ああダメ、なんか力が抜けていくみたい……」
ひたすら陽気なこころとは対照的に、鈴仙のテンションが目に見えて沈んでいく!
膝から崩れ落ち、うつ伏せに倒れた彼女を見て、アリスが慌てて駆け寄って来る。
「ちょっ、鈴仙!? しっかりしてよ!」
「逃げて、逃げて、最後に討たれる……それが私のデスティニーですってね……」
「おおっ? 何だか知らんがやっつけてしまったらしい。さすが私、我ながら天晴れね♪」
鈴仙のなけなしの希望を奪い取ったこころは、喜びの感情を舞で表現する。
ひとしきり踊り狂った後、もう用は済んだとばかりに、彼女は診療所の外へと離脱!
残されたアリスは、鈴仙を抱き起こしつつ一人途方に暮れる。
「どうしよう、このままじゃマジでノーフューチャーだわ」
「アリス……私を外に連れて行って」
「あいつを追うの? 無茶よ! 今のアナタじゃ勝てっこないって」
「いいから、早く……」
「ああもう、分かったわよ!」
鈴仙に肩を貸してやり、半ば引き摺るようにしてアリスはテントの外に出た。
昼間の喧騒とは打って変わって、辺りは不気味な静寂に包まれていた。
上空には薄い雲が漂っており、月の光を幾分和らげているようにも見える。
「で、どうするの? 満月光線(命名:アリス・マーガトロイド)でも浴びようっていうの?」
「満月光線(命名:アリス・マーガトロイド)なんか浴びたって仕方がないわ。ただちょっと外の空気が吸いたかっただけ……」
「何を暢気な……!」
「ふふふ、やはり追ってきたな」
空からの声! 両手に扇を携えたこころが、月をバックに二人を見下ろしている!
人事不省となった鈴仙を降ろし、身構えるアリス。そんな彼女の耳に、何やら能天気な歌声が飛び込んできた。
“望みが 絶たれた おしまいだ あヨイヨイ♪”
炭坑節を彷彿とさせる旋律と共に、里の方角から押し寄せる人、人、人!
みな一様に表情を失い、さながら白面を貼り付けたかの如く! こいつはちょっとしたホラーだ!
「この人間達は……アナタの仕業ね、バタコ!」
「バタコじゃねえ、秦こころだ! ……希望の面が失われてしまったせいで、里の人達はご覧の有様だよ!」
「気味が悪くて仕方がないわ。すぐ元に戻してあげなさい!」
「それが出来たら、とっくの昔にやってるっつーんだよ! わっかんねぇヤツだなぁマジで!」
こころのポーカーフェイスの周囲を、複数の面が観覧車の如く回転!
激情の表れか、はたまた暴走の兆しか!? いずれにせよ、事態は予断を許さない!
「……人々を救うためには、希望を集めなければならないの。その兎はもう駄目そうだから、今度は貴方の希望を頂くとしましょう」
「ムザムザとやられる心算は無いわ。返り討ちにして、アナタのお面を私の蒐集物(コレクション)に加えてあげる」
「やーだもう、強がっちゃってー♪ 満足に戦えるような状態じゃない事くらい、とっくの昔にお見通しなんですよー♪」
「くっ……」
手持ちの人形は僅か一体。グリモワールも無いときた。
如何に万能のアリスといえども、この状況を覆す事はほぼ不可能。
里人達が歌っている通りに、望みが絶たれてしまうのも時間の問題か。
その時である!
「望見円月(ルナティックブラスト)エネルギー充填……電影クロスゲージ明度20……」
仰向けに横たわっていた鈴仙が、突如起き上がってこころを視界に捕えた!
アリスの動きに注意を向けていたこころは、意外な伏兵に警戒を強める!
「セーフティロック解除……眼球内圧力上昇……対ショック、対閃光防御オン……」
「れ、鈴仙?」
心配そうなアリスに構わず、鈴仙は感情の篭らぬ声で呟き続ける!
そうこうしている内に、彼女の両目に真紅の光が灯った。一体何が始まるというのか!
「エネルギー充填128パーセント……発射!」
Laser!
狂気の瞳から放たれた思念波が、怒涛の如き勢いでこころに押し寄せる!
奔流にひとたび呑まれてしまえば、ズタズタのメタメタにされること必至!
だが!
「はあーッ! 華麗に回避!」
そう、華麗に回避! こころは鈴仙の攻撃を読みきっていたのだ!
全てを懸けた最後の一撃は、結局何一つとして状況を変えられぬまま、遥か彼方の月へと吸い込まれていった。
「ザマアみさらせ! カッコつけて長台詞なんか読むからそういう事になるのよ! ばーか、ばーか!」
「ああッ、鈴仙……!」
力なく仰け反る鈴仙を、アリスが慌てて抱きとめる。
瞳の輝きは完全に失われ、最早何物も映し出されていないことは明らか!
「やったわアリス……これで私達の完全勝利(パーフェクトヴィクトリー)は確定よ……」
「いやいや、思いっきり避けられちゃったから! あいつピンピンしてるから!」
「別れの挨拶はお済みかしら? お二人サン」
勝利を確信したとみえるこころが、音も無く二人の許へと飛来!
狐面の下は相変わらずの無表情! 二人を囲むようにして盆踊りを続ける里人達も、これまた全くの無表情!
“望みが 絶たれた おしまいだ あヨイヨイ♪”
「これ以上の抵抗は無意味よ。大人しく希望を寄越すがいいわ」
“望みが 絶たれた おしまいだ あヨイヨイ♪”
「安心しなさい。希望の面が戻りさえすれば皆救われる。貴方達も、この人達もね」
“望みが 絶たれた おしまいだ あヨイヨイ♪”
「だが、それまでの間は……我が奥義、暗黒能楽(モンキーポゼッション)を受けよ!」
“望みが 絶たれた おしまいぎゃああああああああああああああああああぁっ!?”
里人達の一角に、突如として赤い光の柱が立ち上る!
光に呑まれた数名が、悲鳴を上げながらその場に昏倒!
「エッ!?」
事態を把握できぬまま、こころは慌てて奥義を中断!
彼女を中心とした広い範囲に、上空から尚も降り注ぐ真紅の光条!
呆然とするアリスの耳に、鈴仙の消え入りそうな声が舞い込んで来た。
「ずっとコレを狙っていた……アナタが外に連れ出してくれて、尚且つ時間を稼いでくれたから、どうにか希望を繋ぐことが出来た……」
「一体何が起こっているの? このレーザーはアナタの仕業なの?」
「望見円月は通信の術……月に残った仲間達が、私の最後の言葉(ラストワード)を聞き届けてくれたのよ」
「最後の言葉って?」
アリスが問い掛けた瞬間、二人の許にも光線が降り注いだ。
不思議と痛みは無い。代わりに言いようの無い高揚感が、身体の内側から湧き起こって来る。
感情の昂ぶりが活力を生み、やがて希望へと変わっていくのをアリスは感じた。
「『月ニ栄光アレ、地球ニ慈悲アレ』……なーんつってね、ハハハ……」
本気とも冗談ともつかぬ口調で、鈴仙はアリスの問いに答えた。
先程までの半死人状態から、見事に蘇生を遂げた彼女。狂気の瞳にも光が戻り、レーザーから逃げ回るこころを悠然と捉える。
「この光って……満月光線(命名:アリス・マーガトロイド)とは違うモノなの?」
「満月光線(命名:アリス・マーガトロイド)とはちょっと違うわね。これは玉兎達の放つ思念波。停滞した感情を揺り動かす、まさに希望の光といったところかしら」
鈴仙の言葉を証明するかの如くに、昏倒した里人達が起き上がる。
しばしの無表情の後、彼らは皆一様に笑顔を浮かべ、右手を掲げながらシュプレヒコールを開始!
“レイセン! レイセン! レイセン! レイセン! レイセン! レイセン! レイセン! レイセン!”
「なっ、何だと!?」
“アリス! アリス! アリス! アリス! アリス! アリス! アリス! アリス!”
「馬鹿なッ! 希望は残らず奪い取った筈……!」
必死に光条をかわしつつ、こころはお面をせわしなく換装!
暴走などという陳腐な言葉では、もはや治まりのつかない状態に!
“レイアリ! レイアリ! レイアリ! レイアリ! レイアリ! レイアリ! レイアリ! レイアリ!”
「なにがレイアリだ……こんなの絶対認めないぞ」
「いい加減、観念したらどう? その光を浴びさえすれば、希望の面とやらも戻るかもしれないわよ?」
「黙れ! ……私は認めない。こんな馬鹿げた代物が、私の希望であって堪るものかよ!」
「そう……」
尚も抵抗の意思を示し続けるこころ!
アリスは鈴仙と目配せし合った後、右手を頭の横にそっと持ち上げ、親指と中指を合せて力を込める。
「希望が蘇ったのなら寧ろ好都合だ! 今度こそ根こそぎ奪いつくしてやる! 全ての人間の感情の為に!」
「まだ、抵抗するのなら……!」
こころは猛然と二人に突撃! 換装され続けるお面も勢いを増し、今やルーレットの如く高速回転!
小面! ひょっとこ! 般若! 猿面! 福の神! 大飛出! 姥! 狐面! そして人形!
……人形で固定! こころの両頬を掴み、ニタリと笑う不気味な人形! 両目はルビーの如き赤色! ルナティック!
「くそっ、放せ! これではお面が換えられない……!」
「あら、それはお気の毒様。でも……」
アリスは右手に込めた力を解放! 小気味良いフィンガースナップの音が響き渡った!
今日の爆発まで、あと数行!
「のっ……!?」
人形から放たれた強烈な光が、こころのポーカーフェイスを呑み込んでゆく!
その光景に背を向けながら、アリスはこころに向けて最後の言葉を放つ!
「そんな瑣末な事は、どうでも良かったのであった……ってね」
「望みが絶たれたあああああああああああああああああああああああああああああああああぁ!」
……爆滅!
辺りに響く轟音を掻き消して、なお余りあるこころの断末魔!
“ナナナ~ナ ナナナ~ナ ヘイヘイヘイ グッバ~イ♪”
こころを弔うかのごとく、里人たちが別れの歌を唱和する。
明るいながらもどこか物悲しげな雰囲気の中、鈴仙が月に向かって再びレーザーを照射。
程なくして、月からの光線は途絶えた。メッセージの内容は彼女のみぞ知る、とでも言っておこうか。
「持つべきものは友達……とでも言いたそうな感じね?」
戦いの緊張から解放されたアリスは、微笑みながら鈴仙の肩にそっと手を置く。
月を見上げたまま、どこか満足げな笑みを浮かべている鈴仙。
一呼吸置いた後、あたかも狂気の瞳が溶け出したかのごとくに、彼女の両頬を赤い液体が伝った。
「……鈴仙!? 鈴仙しっかりして、鈴仙!」
“ナナナ~ナ ナナナ~ナ ヘイヘイヘイ グッバ~イ……♪”
二日後、人里の外れの仮設診療所。
今日も今日とて宗教家達の決闘は続き、負傷した野次馬たちがこぞって治療に訪れている。
「……いやァ、あん時はマジで『食われる!』って思ったよ! まあ実際喰われちまったわけだが!」
頭部の包帯を換えてもらいながら、興奮気味に捲くし立てる里人Aさん(25歳・非童貞)!
対応に当たっているのは……ナース服のアリスだ! 純白! ミニスカ! 扇情的!
営業スマイルも堂に入ったもので、嫌な顔ひとつせず真摯に対応! コミュ力激高!
「祭りを楽しむのは結構ですけど、あまりムチャをしては駄目ですよ?」
「貴女の治療が受けられるのなら、僕は鬼にだって喧嘩を売ります」
無駄に凛々しい笑顔を残し、診療所を後にするAさん! この後、彼は量子力学的奇跡によって月の都へとワープするのだが、それはまた別の話。
治療待ちの列が途絶えたのを確認して、ほっと一息つくアリス。普段着の補修を再開しようとした彼女の耳に、茶化すような声が舞い込んで来た。
「人気者の面目躍如、とでも言っておきましょうか。もう私要らないんじゃないかな」
「馬鹿言わないの。アナタはここの責任者なのよ?」
ベッドに寝そべり、ニヤニヤ笑う鈴仙。アリスの返答もやや呆れの色を含んだものになる。
先日の酷使が祟ったか、鈴仙の両目には眼帯が装着されていた。クロス眼帯!
「『責任』か。私が二番目に嫌いな言葉だわ」
「じゃあ、一番は?」
「『無責任』よ」
「何それ」
おかしそうに笑うアリス。
祭りが終わるまでの間、診療所で鈴仙の手伝いをする事を条件に、彼女は宗教家達の報復を免れた。
事態は収束に向かいつつあるが、今なお負傷者が絶えないのも事実。原因の一端を担う者達にも、どこか後ろめたい部分があるのかもしれない。
「それにしても酷いハナシよねえ。アイツをやっつけたのは私達なのに、美味しい所だけ宗教屋共に持って行かれちゃうなんて」
「こころさんのコト? 別にいいじゃない。希望の面も手に入ったみたいだし、どうにか更生……矯正? も出来そうだし」
「スウィーツ! スウィーツ過ぎるわよアリス・マーガトロイド! 無軌道な武力介入を繰り返した頃のアナタは一体何処へ……!?」
無残な最期を遂げたかに思われた秦こころ。しかし、翌日には無事リスポーン。
その後、あんな事やこんな事があって、今では立派に決闘者達の仲間入りを果たしている。
「彼女、みんなから豪(えら)く可愛がられているみたいね。里人達の間でもファンが急増中だって聞いたわ」
「じゃあ、もういっぺんブッ殺しちゃいましょうか?」
「何でそうなるのよ!」
「だってぇー、アリスちゃんってばこころちゃんに嫉妬しまくりんぐ? みたいな? このままじゃ早晩オワコン呼ばわりされちゃったりして……」
「あーもう、その喋り方ムカツクぅ!」
アリスは九割方縫い終えた服を投げ捨てて、ベッドに向かい跳躍!
そのまま鈴仙に馬乗りになり、彼女の腋をくすぐり始めた!
「ほーれほれ、コイツがいいんでしょ? 気に入った? どうよ!」
「フハハハハハハやめれやめれマジでフハハハハハ死ぬ死ぬフッフッフッフッフ……!」
攻防と呼ぶには、余りに一方的すぎる蹂躙!
鈴仙の必死の抵抗も空しく、アリスは的確にウィークポイントを攻撃! 技巧派!
その時である!
「望みが絶たれたあああああああぁぁぁぁぁぁ……ぁぁぁああああああああああ!?」
診療所に駆け込んで来たのは……秦こころだ!
ベッドの上で絡み合う二人を見て、彼女の叫び声が絶望から驚愕へと変化!
「これは一体……はっ、そうか! これがレイアリというモノね!」
「鈴アリ、と表記するのが一般的みたいよ? ひとつ勉強になったわね」
「こらこら、子供に変なコト教えない!」
鈴仙の頭をポコンと一発引っ叩いた後、アリスはこころに向かって営業スマイル!
彼女は相変わらずの無表情。しかし、その服も仮面もボロボロだ! 犯罪臭!
「こんにちはこころさん。どこか怪我でもしたの?」
「決闘に……負けてしまった! もう戦う力も残っていない! 望みが絶たれた!」
「フフフ、どうやら私の出番のようね」
鈴仙は上体を起こし、馬乗りになったアリスの腰にしがみついて、こころに顔を向けた。
そして、徐に両目の眼帯を毟り取る。狂気の瞳は……既に回復していた!
「さあ、鈴仙お姉さんが希望の光を注いであげるわ。まずはお洋服を脱いで頂戴」
「ぬ、脱がなきゃ駄目なの? まあ仕方ないか……」
「騙されちゃ駄目だって! ……こら鈴仙! アンタ本当に見境が無いわね!」
「こういうピュアでイノセンスな子を見てると、なんて言うかこう……“滾って”くるのよ。わかるでしょ?」
「理解に苦しむわ!」
鼻と鼻が触れ合う距離で、二人は壮絶な口論を開始!
その一方で、こころは手際よく服を脱ぎ捨ててゆく!
二人が気付いた頃には既に、彼女は半壊した仮面以外何も身に着けてはいなかった。
「さあ、存分になされよ!」
「心得た! ……私の瞳が光って唸る! 柔肌嬲れと轟き叫ぶゥ!」
「させるか変態!」
義憤に駆られたアリスが、情熱的に鈴仙を押し倒す!
そのまま取っ組み合いを始める二人! 放置される形となったこころは、為すところなくその場にて回転!
世紀末的修羅場と化した診療所に、またもや何者かが飛び込んで来た!
「すまん、また急患だ! ……こら、痴れ者共め! 少しは大人しくせんか!」
「うわーん、生臭いよー! ヌルヌルして気持ち悪いよー!」
「テメーふざけんなこのクソガキめ! ケツの穴手ェ突っ込んで尻子玉抜いたろかゴラァ!」
物部布都に引き摺られながら入って来たのは……古明地こいしと、河城にとりだ!
こいしのサードアイとにとりの機械腕が複雑に絡み合って、名状し難いオブジェと化しているではないか!
しかし、混沌の度合いなら当診療所も劣りはしない。内部の光景を目の当たりにして、布都は思わず立ち尽くす。
「なんだコレは……マジ面妖な……」
「あっ、道教の人だ」
「お主はまず服を着よ……しかしまあ、なんという……」
こころに服を着せてやりながら、布都はベッドの上の光景を凝視!
ミニスカナース服のアリスと、ミニスカ夏服の鈴仙が、くんずほぐれつの大決闘!
教育に悪い事この上無し! 布都はこころの周囲に漂う面を適当に見繕い、彼女にそっと被せてやった。
「ヒアーッ!? な、何も見えない!」
「行くぞ皆の者。どうやら我々はお邪魔のようだ」
慌てふためくこころの背を押しながら、クールに去ろうとする布都。聖童女!
だが!
「待てコラ! 私ら絡まったまんまじゃねえか! どうすんだこの痛てててててて!?」
「やだっ!? 私の大事なサードアイが、ヌメヌメ水棲生物の変なトコロに挿入(はい)っちゃったあ!」
「ああああああああああああざっけんなコラアアアアアアアアアアアアアアァ!」
にとり悶絶! 主の絶叫に呼応するかの如く、彼女のバックパックが閃光を放ち、変形!
二本のドリル、二門のブースター、そして大きな河童の頭部! 戦機到来!
同時に機械腕が収縮してゆき、こいしも戒めから解放される。ほっと一息つく……暇など無い!
「行くぞオラァ! 天下取りじゃあッ!」
にとりはそのまま急上昇! 天井を突き破ろうとして……抜けない!
それもそのはず、テントの素材は永遠亭が誇る宇宙的物質! 地上のドリル何するものぞ!
……いや、待て! 診療所の周囲に打たれた固定用アンカーが、河童的科学の推進力によって抜かれ始めたではないか!
「嫌あッ! 抜いて! 放して! 私まで連れて行こうとしないでよっ!」
「オメーはいつまで挿入(ささ)ってるつもりだ早く抜けろやああああああああああぁ!」
抜けた! テントを支えていたアンカーが、一本残らず抜けてしまった!
悲鳴と雄叫びを置き土産に、二人はテントもろとも蒼穹(そら)の果て!
残された地上の診療所は、図らずもその全貌を露にしてしまう。野次馬達も続々集結。好奇心!
「ねえアリス……何だか周りの様子が変よ」
「ハァーッ! ハァーッ! ……そんなコト言って、私の注意を逸らすつもりでしょ?」
「いやいや。なんていうか、妙に風通しが良くなったっていうか……あっ」
「えっ……?」
気が付けば既に衆人環視。公的抑圧(パブリック・プレッシャー)の真っ只中!
二人の痴態もライブで公開。見ようによってはファック・イン・ザ・トウホウ!
鈴仙に覆いかぶさるアリスの表情が、見る見るうちに朱色へと染まってゆく。
「のっ……のっ、のぞっ、望みがたたっ、絶たれっ……!」
「おお、看護助手が絶望しているぞ。しからばこのワタクシめが希望を回収……」
「割とシャレにならないのでやめれ。しかし医者殿、こうまで多くの者達に見られたとあっては、最早責任を取るより他に無いのでは?」
「そうねえ……」
鈴仙は徐にベッドの上に立ち上がり、額に手を翳しながら群集を一望。
診療所の周囲に築かれた人垣は、目に見えてその規模を拡大してゆく。人間に混じり、見知った妖怪の姿もチラホラと散見される。
老若男女、人妖を問わぬ多様ぶり。しかし彼らの視線はただ一点、すなわち、ベッドの上の鈴仙とアリスに集中していた。
「こうなってしまっては仕方ないわ。コイツら全員洗脳して、殺し合いでもさせちゃおうかしら」
「発想が狂気過ぎる! ……ねえ鈴仙、ここは私に任せてくれない?」
「アリス? 一体何を……」
身なりを整え、背筋を伸ばして立ち上がるアリス。
先程までの絶望っぷりもどこ吹く風。観衆を前にすれば、彼女はいつでもエンターテイナー!
「皆に分からせてあげるのよ。あんなくッだらない決闘騒ぎに浮かれているようじゃ、この先生きのこれないってコトをね」
「今の発言でいろんなところに喧嘩を売ってしまった気がするけど、それは大丈夫なのかしら……」
「そんなの最初っからでしょ? 今更気にしてどうするのよ……えー、皆さーん? しばしお耳を拝借(はいしゃーく)!」
アリスによる跳躍を交えながらの猛アピール! ナースキャップにくっついた偽耳が、彼女の動きに合せて上下に揺れる!
群集の一角から「あざとい……」なる呟きが漏れたが、彼女は歯牙にもかけず続行!
「至高の人形職人……ていうかむしろ、究極の少女? アリス・マーガトロイドより皆さんにメッセージが……」
“よっ! 淫乱看護助手!”
「いま淫乱っつった奴こっち来いよ。前歯全部叩き折ってやる!」
「落ち着いてアリス。淫乱はステータスよ」
「鈴仙は黙ってて! ……お祭り騒ぎで浮かれている皆さんに、どうしても聞いておきたい事があるのです」
いきなりシリアスなムードを醸し出したアリス。
されど聴衆は聞く耳持たず。朝礼前の小学生よろしくワイワイガヤガヤ。
「何故、皆さんは背景に甘んじておられるのですか? 主役になりたいとは思わないのですか?」
咎め立てるようなアリスの言葉を受けて、会場は水を打ったように静まり返った。
多くの者は発言の趣旨を理解していない様子だが、中には困惑、若しくは動揺の色を浮かべている者も居る。
「栄えある舞台に立っていながら、書割同然の役割を押し付けられている現状に、何の不満も抱かないのですか? 率直に申し上げて、私には理解に苦しみます」
「あいや待った! しばらく、しばらく!」
言葉を失った聴衆を代弁するかの如く、最前列の布都が食って掛かる。
「お主は何を申しておるのだ。そもそも此度の騒動は、宗教家達の華麗なる決闘こそがメインにしてセンター。その他の者達は単なる野次馬であり……」
「あら、そんなコト誰が決めたのかしら? 『人は誰もが舞台(ステージ)に立っている、輝く主役(ほし)になれ』って名文句を知らないの?」
「知らん! ……見よ、皆困っておるではないか。踊る阿呆に見る阿呆、どちらを欠いても祭りというものは成り立たんのだ」
「踊れない阿呆はただの阿呆。縺れた糸を断ち切って、気分のままに踊れないのなら、アナタ達は人形にすら劣るガラクタよ。あえて言おう、ジャンクであると!」
布都の頭越しに、聴衆を過激に挑発するアリス!
人形遣いとしてのレゾンデートルが疑われる発言なれど、彼女の表情に一点の曇りなし!
“……じゃあ、どうしろって言うんですか”
会場の一角から、今にも泣き出しそうな声で疑問の言葉が投げ掛けられた。
“知らない間に、勝手に蚊帳の外へと追いやられてしまった私達に、一体何が出来るって言うんですか!?”
「戦いなさい」
誰かの悲痛な叫びに対し、アリスは事も無げに言い放つ。
「誰が決めたシナリオだか知らないけれど、気に入らないのなら戦ってブチ壊せばいいのよ。少なくとも、私はそうしたわ。そして主役の座を掴み取った!」
「えーっと……一応、私もね」
力強いアリスの発言! 鈴仙もさりげなく便乗!
諦めムードを吹き飛ばすかの如き勢いに、会場の一部から感嘆の声が上がる!
「やり方は至ってシンプルよ。適当な相手を捕まえてこう言うの。『私と最強の称号を賭けて闘え!』……ってね」
「それ私のセリフ!」
“いや私のだ!”
最前列のこころと、最後尾の何者かが同時に抗議!
しかしアリスは聞く耳持たず! 怯むどころか更にヒートアップ!
「さあみんな、戦いなさい! 歴史にその名が刻まれるよう、麗らかに激しく!」
「よせ、煽るな! せっかく人心が鎮まりかけたところだというのに……!」
布都の制止も空しく、徐々にざわめきを取り戻し始める群衆!
彼らの感情の乱れを察知したか、こころのお面もせわしなく換装!
そして!
“私と……”
“えっ?”
“私と最強の称号を賭けて闘え!”
“ぎゃあああああああああっ!?”
ああ! そして、ついに……ついに乱闘が始まってしまった!
一人が誰かを殴りつけたのを皮切りに、感情の摩天楼がドミノ倒しで崩壊してゆくではないか!
群集の各所で巻き起こる悲鳴、暴力、そして爆発! それら総てを尻目に、アリスが鈴仙に抱きつく!
「やったわ鈴仙! 私の想いが皆に通じた! ホンモノの祭りが今、始まったのよ!」
「結局こうなるのなら、最初から私に任せてくれても……」
「馬鹿ね! 皆が自分自身の意思で戦うからこそ美しいのよ! 洗脳したんじゃ意味無いわ!」
「ちょっと理解に苦しむ思想だわ。何て言うか、その、エレガント過ぎて」
アリスがはしゃぐ! 鈴仙がちょっと引く!
暴徒達の宴は、布都とこころを呑み込んで尚も拡大! ベッドの上の二人にも迫る!
先陣を切って突っ込んできた一名が、アリスのサンダルに蹴り上げられて蒼穹へ! 役得!
「聞いて鈴仙。私ね、今回の事件を人形劇にしようと思ってるの」
「その話、今じゃないとダメ? ……ああもう鬱陶しい!」
“望みが絶たれた!”“ノゾミガタタレター!”“のぞたた!”
襲い来る暴徒達を跳び蹴りで一掃しつつ、鈴仙はアリスを抱えて逃走!
アリスはといえば、夢見心地の表情で滔々とプランを語り続ける!
「皆の戦いぶりを、後世に残してあげたいの。勿論、アナタと私の物語もね」
「それは夢のある話だわ。問題は、無事にハッピーエンドが迎えられるかどうかってところね」
「既にタイトルも決めてあるの。名付けて『心綺楼』。どう? 私に相応しいネーミングだと思わない?」
「私にネーミングセンスの話を振らないで頂戴……うわっ、何よアレは!?」
面食らったのも無理はない!
上空から二人に迫るもの、それは狼を模った巨大な霊気!
誰の仕業だ!? 秦こころだ! 狼の面を被ったこころ!
「てめえら人をおちょくるのも大概にしやがれオラアアアアアアアアアアァ! 私の『心綺楼』パクってんじゃねえぞゴラアアアアアアアアアアァ!」
「残念でしたー♪ 時系列的には私の方が先でーす♪」
「スンマセンほんとスンマセン私関係ないんで帰ってもいいですか」
「死ね! 死ね! マジで死ね! フザけた事ぬかしてねえでさっさと死にやがれええええええええええええええええええええぇッッッ!」
恐るべき猛襲! 間一髪で難を逃れた二人だが、その身は既に死地にあり!
見よ! アリスの演説によってメンツを潰された宗教家達が、二人を完全に包囲しているではないか!
「貴様らには此処で果てて戴こう。理由は……分かっておるな?」
両手を袖に突っ込んだ布都が、威圧的な眼差しで二人に死を宣告!
臨時のユニオンを結成したと見える宗教家達が、彼女に倣いジリジリと距離を詰める!
狐面を装着したこころも、いつの間にやら輪に参加! 臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前!
「彼我の戦力差は歴然。為す術もなく絶望の淵へと沈むがよい」
迫り来るホープレス・マスカレイド・オールスターズ! 2名の欠員も誤差の範囲か!?
対するは外道ひとりに畜生一匹! まともに当たれば怪獣一食! もとい鎧袖一触!
しかし!
「絶望? 絶望ねえ……」
「それは無理な話だわ。何故なら……」
背中合わせに立ち、迎撃の構えを見せる鈴仙とアリス。
この不敵な表情は何だ? 絶望の真っ只中に在りながら、如何なる理由でもって怪気炎をあげられるのか?
二人の眼に怯えの色は絶無。それどころか、溢れんばかりの愉悦すら湛えているではないか!
「「私達が……絶望だ!」」
二人の堂々たる宣言と共に、戦いの火蓋が切って落とされた!
飛び交う拳骨! 綺羅の如き弾幕! 煮えたぎる憎悪が、迸る狂気が、キリングフィールドと化した一帯を真紅に染め上げてゆく!
すべてを破壊し、すべてを奪え! アリス達の戦いは、まだ始まったばかりだ!
「……まったく、よくもまあ飽きもせず続けるもんだわ」
「それ、扇動した張本人が言っていいセリフ? 流石に引くわー」
喧騒に背を向け、ゆったりと歩く影二つ。
ひとつは鈴仙・優曇華院・イナバ。先程の闘争が嘘であったかの如くに、彼女の身なりに乱れは無い。
もうひとつはアリス・マーガトロイド。彼女に至っては既に着替えを済ませ、普段の装いに戻っているではないか!
二人の身にいったい何が!?
「何にせよ、無事に抜け出せて良かったわ。あのまま留まっていたら、どんな目に遭わされていたことやら」
「クックック、これも波長操作のちょっとした応用よ。てなワケでアリスちゃん? ご褒美にチューしれ、チュー」
「ばか」
窮地に陥った二人。絶たれかけた望みを繋いだのは、毎度おなじみ狂気の瞳!
襲い来る宗教家達を幻覚に堕とし込んだ後、二人は悠然と身支度を整え、位相をずらした上で激戦の最中を堂々突破!
そろそろ「インチキ効果もいい加減にしろ!」などとお叱りを受けそうではあるが、何分能力が能力ゆえ、平にご容赦願いたい。
「で、これからどうする?」
「ほとぼりが冷めるまでの間、実家に戻ってのんびり過ごすわ。鈴仙はどうするの?」
「私もねぇ……誰かさんの片棒担いだ所為でお尋ね者にされちゃうし、戻れる実家なんてある筈も……あれ? 私詰んでね?」
「もっと相応しいセリフがあるでしょ? ほら、言ってみなさいな」
「何だっけ、えーっと……ああそうだ、『望みが絶たれた!』」
「ぷっ!」
思わず吹き出してしまうアリス。そんな彼女を見て、鈴仙もおかしそうに笑みをこぼす。
結局のところ、絶望ほど笑いを誘うものなど無いのかもしれない。それが他人のものであれ、自分自身のものであれ。
一頻り笑いあった後、アリスは鈴仙の腕を掴み、彼女の耳元に囁きかけた。
「だったら、私と一緒に来ない? 今なら特別にペット扱いという事で、私が面倒見てあげるわ」
「うーん……アナタみたいな駄目駄目魔法使いのペットだなんて、なんだか屈辱的……」
「口をバッテンに縫い合わせてあげましょうか?」
「それ私のセリフ……じゃなかったわね、元々は」
少女アリスが兎を一匹、不思議の国へとご招待!
狂った御伽噺の結末として、これ以上何を望むというのか?
「アナタの実家って、どんな所なの?」
「あら、とってもいい所よ? 少なくとも、退屈せずには済むと思うわ」
「嫌な予感しかしないわね。マジで望みが絶たれなきゃいいのだけど」
物語は今度こそ終点に達したが、まだまだ語られるべき事柄は残っている。
幻想郷にて続く不毛な争いは、誰の勝利で幕を下ろすのか?
アリス考案の人形劇『心綺楼』は、無事公演にこぎつけることが出来るのだろうか?
片や光学迷彩、片や無意識に身を潜めて、アリス達を追跡する二人の正体と目的とは?
謎に包まれたアリスの実家にて、鈴仙を待ち受けるモノとは?
そして何より、力を合わせて絶望を乗り越えた二人の行く末や如何に!?
「私達二人であれだけの危機を乗り越えてきたんだもの。どんな困難が待っていようと、心配する事なんて何も無いでしょ?」
「どうだかねぇ……つーかアンタ、耳弄るのやめて頂戴よ。色々なところで勘違いしている奴がいるけど、私の耳は正真正銘のホンモノなのよ?」
「そうだっけ? 明言されてないから偽物だとばかり思っていたわ。でも……」
心苦しい限りではあるものの、それら全てを記すには、あまりにも時間と予算が不足していると言わざるを得ない!
些か不調法ではあるが、ここはアリス・マーガトロイド女史の至言でもって、しめやかに幕を閉じさせて頂くとしよう。
「そんな瑣末な事は、どうでも良かったのであった……ってね」
鈴アリごちそうさまでした! むしろ望みが繋がった!
今までと比べて地の文を工夫されたと思います。
初めはややくどいかなと感じましたが、読み進めていくうちにアリな気がしてきました。
決闘してる連中はせいぜい絆創膏なのに、見てる連中は死傷者続出ですかw
人間たちの感情に悪影響及ぼしているこころはとりあえずもっとお仕置きしましょう
平安座兄貴がいなくなったタイミングで神作家兄貴が出てきたから、
平安座兄貴は名前変えてさよならバイバイしちゃったのかと思ってたよ。あいかわらず、ネタが多いね!いいよ~!いいよいいよ~!
しかしまあ、どいつもこいつもスットコドッコイだなぁ。
うむ、よりいっそう駆け抜かれよ
空気としてはニンジャスレイヤー? いや、読んだことないんですけど。
でも、嫌いじゃないぜ!こういうの!