弓張月が空高く昇る宵口、秘封倶楽部は石段を見上げていた。
京都から南へ一時間、整理されていないインフラを駆使して目的地へやってきた頃にはもう夜が世界へ手を差し伸べていた。
小さな鳥居を見つけてから言葉を交わさずにいる彼女達は、どちらともなく段差の小さい階段を登り始める。
蓮子は足を止めると夜空を眺め時刻を呟き、メリーの背中を見つめた。彼女の歩く姿は美しかった。いましがた眺めた月と星に匹敵するほどに。
宇佐見蓮子はマエリベリー・ハーンを愛している。
一人の友人として、同じ趣味を楽しむ同士として、何よりもその機知と能力が好きだった。
メリーに与えられた
しかし彼女が結界を見るための瞳を持っていた事を、そして自分と出会えた事を蓮子は感謝していた。
秘密の共有者としてこれ以上的確な人間が居るとは思えなかったのだ。秘め事を持つ意味も知らぬままに。
同じ秘密を取り出して愉しむ時、当然ながら少女達はいつも二人で過ごし、やがて蓮子はメリーの笑顔に喜び以上の意図を探すようになっていた。
それからは変化が潮が浜へ打ち寄せるようにして訪れた。
互いの瞳がすれ違うや
今や蝋に
指先の名は恋。封をしたのは恐怖のためだった。女と女が共寝をする事を想定していない社会に蓮子は住んでおり、ゆえに二人が結ばれる事を諦めてはいた。少女の恋が空想する終わりはそこが限界だったからだ。
とはいえ封の奥、読まれることのない手紙には一文が認められて久しい。
『どうして貴方が友達なの? 友達なんかじゃないのに』
宇佐見蓮子はマエリベリー・ハーンが好きだった。
さて、今回の倶楽部活動の発端はメリーの夢であった。いつものように。
手に松明を持ち、闇が溢れる地下洞窟に立っていたところから始まった夢は最後に神と出会って終わったのだと彼女は語った。
姿を見せず、ただ闇の中で巨大な存在感を発していた神は、思い返してみれば幾つかの気配に別れていたらしい。
神は(あるいは神々は)聞いた。久しく
娘は答えた。
『宇佐見蓮子という女の子がいる。隠し事をしているようだから、その内容を聞きだせる方法はないものか』
神は応えたらしい。音を用いた返事ではなく、さりとて精神を使用した会話とも多少違っていた。多くが人間に理解できぬ象徴に頼った言語、もしくはその翻訳を娘への応えとしたのは間違いない。こう言った。
「来い」
そして今や招かれた先、
持参したカンテラ型のライトを振り回しても光が届かぬ高い天井に感嘆の声を上げ、灰と黒が混合された滑らかな岩を撫でながら注意深く奥へ奥へと進んでいった。
水も風も無い場所であり、岩を
二人が顔を見合わせる薄ぼんやりとした光の中で、見えるのはどこまでも岩肌のみ。呼びつけた神の痕跡は未だに皆無だった。
そのとき灯が消えた。あまりに優しく、まるで手の内に握りつぶされるようにして途絶えた。面食らった蓮子とメリーが闇をまさぐり、出会った手を手で繋ぐや新しい光が――先ほどの人工灯とは別種の光が小さく点いて辺りを照らした。
秘封倶楽部は広大な地底湖の上、冷えきった水面の上に立っていた。行き止まりより一歩たりとも動いてはいなかったが、自分たちがさらに深く地の奥へ下ったのは理解できた。海よりも深く、あるいは根の国まで落ちてきたのかもしれぬ。
決して地底に差すはずのない冷めた月光が辺りを満たしていた。光そのものは弱々しく足下の水面と辺りの僅かな空間を照らすばかり。大いなる静けさと共に有るのは闇の色、天地も四方も黒玉色の帳が掛かっていた。
あまりにも見事に月と夜が分け隔てられていたためか、蓮子は月光の半球に閉じ込められたのではないかと疑いかけた。なにしろ踏みしめているのは土のごとく固い水であったのだ。光が檻となることもあろう。
意見を聞くべく蓮子が相方を振り返るとメリーは思索に耽っていた。俯き、水鏡に写る自分と見つめ合うかのような眼差しをして、呼吸と同じ間隔で金の睫毛が揺れている。
蓮子は目を逸らした。光の中にいるためか影が全く生じていない少女、透き通る光のみを纏うメリーを彼女が見つめるなどできようか。
自らの袖へ視線を逃がしてから蓮子は目を細めた。白い袖の繊維の捻じれに添ってはっきりと陰が付いている。光の中に居るにも関わらず。影はその姿と角度を以て、隣より光が訪れたと蓮子へ告げていた。
「メリー」
少女の顔を見ないようにして蓮子は言った。
「貴方、光ってる。影を見て」
メリーは突き出された相方の腕と自分の身体を交互に見つめてから腰をねじって下半身を、次いで全身を観察した。
「今回はいつにも増して現実離れしてるわね」
「羨ましいわ。ホタルみたいで」
「チェレンコフ光じゃないでしょうね」
そのとき背後に動きを感じ、二人は弾かれたようにして後ろを振り向いた。身体を寄せ合う彼女らが見たのは、光が闇に潰される縁のちょうど向こう側に立つ何かだった。
人間ほどの背丈、あるいは視認できぬ地底湖の天蓋に届くほどの体格であり、対峙する秘封倶楽部と同じようにしてふたつが水面上に在ると見受けられた。見えないにも関わらず。
同時に水面を境界として逆しまに映る像の部分にも、水面上に立つ者の影ではなく別の存在がふたつ居るのが解った。解らないにも関わらず。
メリーが蓮子の腕を抱き込むようにして後ずさるとお互いの身体が緊張で張り詰めた。
「私からはぐれたら駄目よ。絶対に駄目」
「灯りから手は離さないって」
指で指をしっかり結ぶと、二人は背後に向かって走った。何時間も、あるいは何秒も、
蓮子とメリーは屋根を駆けている。月華が冷たく満ちた夜の中、幾千もの家屋が掲げる屋根の平野の上を走り抜けていた。見渡す限りに隙間無くみっしりと並べられ、そのくせ一つ一つが別物であり、広さも千差万別であった。
少女たちはしばらく手を繋ぎ合い走っていたが、やがて何も追ってこないと知るとその内の一つへ座って休む事に決めた。屋根の傾斜の問題であろうか、そこだけが白々と月光に輝いていたからだ。
屋根が見覚えのある形、日本で二十世紀に流行った型だった事もあるだろう。色は黒紅玉、全体は寄棟。採光のために設けられた窓尽きの子屋根が付け加えられており、ちょうど肘掛けかテーブルのように使えそうだった。その両隣へ秘封倶楽部は同じ方向を見つめて座った。
未だに発光が止まないメリーは天からの月光を掌で受け止めるかのように手を伸ばす。優しい銀色は彼女の上にも、屋根の上にも別け隔てなく溜まっていた。
蓮子は空を見上げた。月も星も点ってはいなかった。空を分厚い雲が覆っている物とは訳が違う、完璧な黒が広がっている。
(では未だに続いているのね)
蓮子は空の隅から隅、端から端を眺めた。
(当然、そうでしょうとも)
見上げる意味を無くした空から視線を逃した蓮子が小さい方の屋根の上に置かれている物に気づき、迷いのない手つきで調べた。陶器でできた細長い瓶が一つに、盃が六つ。大きなものが二つ、小さなものが四つで同じく陶器。いずれも紙のごとく薄く、黒色であった。
蓮子が瓶を傾けると白い液体が盃を満たしていく。匂いから
「一杯やりながら考えましょう」
「何が目的なのかしら」
輝くメリーの指が盃を取り上げる。
「人間の宴会が見たいのかもしれないわ。神様が喜びそうなことよ」
「わざわざ呼びつけて、光らせながら、ね。お酒に毒でも入ってるんじゃないの。人間の喜びが苦しみに変わる刹那を眺めて楽しむ。神様はそういうのも好きなんじゃない」
「ここのはやらないでしょうけどね。まあ、そこを突き詰めましょう。さ、乾杯」
「乾杯」
一口目を先に飲み下した蓮子がメリーの反った喉を見ている。
「何よ」
「光ってるなって」
「いいでしょ。『月下に醜女なし』」
「ぜひ代わってほしいわ」
半ば目を閉じた蓮子がメモでびっしり埋まったノートを取り出して言った。
「まずは神社の祭神と特色をなぞりましょうか。飲み過ぎないでよ」
「了解」
「飲まないでったら」
常のごとく皮肉と冗談が飛び交う秘封倶楽部の話し合いではあったが、神社の祭神が単純であったためかすぐに何が起こっているかの仮説を立てることができた。
加えて、
「変則的な
「神様相手に威勢がいいわね」
恐らくは四柱全員に悪態をつくメリーを見てくつくつと蓮子は笑う。
「この場合、貴方と私、どちらが罪人になるの」
メリーが指で屋根を叩く。
「そりゃあ……」
「隠すべき罪なんて無い。あるとしたら秘封倶楽部の活動だけど、それなら蓮子が無事なのはおかしいじゃない」
問うてこそいたが互いに答えを知っているのは明らかであり、ゆえに儀礼のような平坦さで蓮子は言った。
「私にとっては夢だから、かな」
「でしょうね」
メリーは不機嫌そうに盃をあおった。爛れる傷の代わりに膚へ月の光を浮かべる罰などとは、神なりの諧謔であろうか? 仮にこのまま現の生活へ戻ってしまえば、やがて誰もがメリーに注目するようになるだろう。その先に何が待つものか。自ら思いついた予想が彼女の気分を害している。
もしくは月の光そのものになってしまったならばどうなるか。昼であれば太陽の光にねじ伏せられながら大気へ拡散するのか。はたまた夜であれば、オリジナルである天の月に刺し貫かれながら夜に溶かされていくのか。
空想に過ぎぬ。だが、起こりえぬとは言い切れなかった。
「トリフネの事を考えれば、帰っても元に戻らないでしょうね」
メリーは頭を垂れた。
「それくらいの光ならなんとか誤魔化せる。一旦戻って、他の神様の力を借りるほうが早いかもしれないわ」
「例えば?」
「大国主とか。傷には薬よ」
「神の裁きを治す薬ねぇ。時間経過で発光が進まないとは限らないし、そもそもここからの出口が見当たらない。ああ、なんで蓮子の隠し事がこんな事になるのよ」
「悪いのは隠し事じゃなくてそれを突つこうとした貴方よ。メリー、まさか何でも腹を割って話すのが友情の証だ、なんて考えてないでしょうね」
「それこそまさかよ。でも、貴方の隠し事の中には私に関した物がある気がしてならないの」
「無いわよ」
蓮子は盃に酒を注ぎ足そうとして、止まった。メリーの光が強くなったように思えたからだ。メリーも自らの変化に気づいた。
「ちょっと」
「なに?」
「私への隠し事、有るわよね」
「無い」
メリーは光った。
「蓮子」
「お願いだから聞かないで」
蓮子は自分の物に続いてメリーの盃にも酒を満たした。その動きと蓮子の顔を交互に見比べつつ、メリーの声が飛ぶ。
「馬鹿やってる場合じゃないの。私をピカピカにしたい訳じゃないわよね」
「ちょっと待って。言いたいことを整理する時間が欲しいのよ。しばらく待って頂戴」
服から透けるほどにメリーの光が強くなる。蓮子は音を鳴らさずに舌打ちした。今の言葉は時間稼ぎのための嘘だった。この種の嘘にすら月の光は反応するらしい。もちろんメリーへ言葉の真偽を伝えて。
二人は沈黙し、そのあいだ手酌で足した酒を舐めた。互いが宇佐見蓮子の事を考えている。
いつからか辺りの風景は一変していた。あんなにあった数多の屋根は遥か下、色とりどりの
そもそも彼女達はそれどころではなかった。秘封倶楽部であったのに。
「私が、私達が壊れてしまうような事なの」
再び開いたメリーの口はそれでも問いかけることを止めない。蓮子は苛立った。
「そうよ」
「貴方が勝手に考えてるお終いかもしれないわ。どうにかなるかもしれない」
「そうかも。でもきっと終わるわ」
メリーの光はそのままだ。暴れはじめた感情と酔いが混合して蓮子の心臓を圧迫する。どうしてメリーが問いかけを止めないのか彼女には不思議だった。
聞かなければ答えずともよく、少なくとも彼女の発光を促進させる事はないのだ。わからなかった。
わかっていた。何もせずにいようとも夢の終わりは訪れる。そのまま夢から覚め、メリーは治らないまま京都へ戻ることになるになるだろう。立ち止まれないのはお互いが理解できている。聡明なのだから。
蓮子の盃を持つ手が震え、乱暴に、音を立てながら置かれるのをメリーが静かな瞳で追った。
蓮子に思い出されたのは、相棒が聡明だということ。無言の合間に彼女は推論を幾つか立てたはずだ。秘封倶楽部が壊れるとして、その原因を。本心を言い当てられる可能性に蓮子は震えた。
もう一つ。思いついた端から蓮子に真偽を聞かないのは月の光を必要以上に強くするのが怖いからだろう。許容限度の解らない中で、自らの内に光を注いでいく恐怖とメリーは戦っている。メリーが恐れている。
恐れさせているのは自分なのだとも蓮子は知った。
「秘封倶楽部は壊れないわ」
静かにメリーが言う。そして、言うべき言葉がそこへ溶けているかのように酒を飲み、続けた。
「どちらか一方が遠くへ行ったとしても、離れたって変わらない。私が信州のサナトリウムへ居たあいだに私達の関係は変わったかしら。変わらないわよ」
蓮子の心臓が大げさに跳ねる。おかげで大声を出しかけた。
『では私の恋は? 口にしても貴方は変わらずにいられるの』と。代わりに唇から吐き出されたのは、捻じ曲げられた狎れ狎れしい皮肉。声に根付くのは小さな毒花であった。
「そうね。貴方は自分で結界を越えられるんだもの。活動は一人でも、他の人とでもやれるわね」
「しない。蓮子。こっち見て」
二人は再び視線を絡ませる。夜空のための瞳と、結界を見る眼が。
「気持ち悪い目」
「おっしゃるとおりですわ。だからやらない。こんな目を持つ者同士じゃないと」
今や蓮子にとってのメリーは火となった。わかり合おうとして差し伸ばさした真情の腕はメリーの意図以上に蓮子の深い場所を握り締めてしまった。
共にいるだけで燃えていく
少女は悟った。神明裁判の真の意味と逃げられない自分を。確かにメリーの願いは神々へ聞き届けられたのだ。
蓮子は再びメリーの側へ戻ると自らの盃に酒を流し込んだ。
「話すわ。でも待って」
「待つわよ。そんなに勇気がいるの」
「いるの」
「蓮子のそんなところ、初めて見る」
「そりゃあ、初めてだからね。……怖いわ」
「やめてよ。私も怖くなってくるじゃない」
「飲む?」
「うん」
二人はゆっくりと、ぽつりぽつりと話しながら酒を進めた。宴とはとても呼べない光景であった。そんな彼女たちを嘲るように屋根は昇っていく。高く、高く。
「もういいわ」
言葉少ない会話が幾度目かの長い沈黙を迎えた時にメリーは盃を持って立ち上がり、屋根の縁までフラフラと歩いて行く。蓮子も立ち上がったが追おうとはしなかった。
屋根はいずことも知れぬ海岸線が遥か下に見られるほど高くあり、地平線は真っ直ぐではなく曲がっていた。
他の全てが夜で編まれたブーケを半ば被っている中、メリーだけが自らの光でそれを拒んでいる。
「見たくないわ、そんな蓮子。ウジウジして、言葉を言わないで。なんなの。なんで私を疑うのよ」
蓮子は誤解に顔を赤くした。
「貴方を疑うなんて、そんな馬鹿なことする訳ないじゃない」
「信じてないじゃない」
貫くようにメリーが言う。
「マエリベリー・ハーンをなめないで頂戴。蓮子、あなた最低よ。こんな事させるんだから」
メリーは笑いながら手から盃を空へと放り投げた。黒い陶器が縁を白く光らせながら地表へ真っ逆さまへ落ちていくのを蓮子は見ていた。
「ちょっと」
「全部腹を割る必要なんてない。そりゃあそうよ。でも、一人で探すのを諦めるくらいなら一緒にやろうって言いなさいよ。そうやってきたじゃない。二人でいつも同じ物を見てきたじゃない!」
酔いで潤んだ瞳がじっと蓮子を見つめる。
「メリー、こっち……」
「ああ、でも、私も最低ね」
メリーは腕を組んで悲しそうな笑顔を浮かべた。
「こうすれば、貴方は助けてくれるって知ってるんだから」
光り輝く身体が後ろへ傾ぐ。
蓮子は即座に飛び出した。お互いにこうなることは知っていたのだ。
メリーが屋根から落ちる前に蓮子は彼女に追いつき抱き締めたが、そこまでだった。二人はそのまま落下した。
頭を下にして急激な加速がかかり、流星よりも速い風が流れる最中を、秘封倶楽部は気絶もせず顔を見つめあった。
『はやく』
メリーの唇が動く。隠し事を言いなさい、と。
蓮子は口を半ば開きかけ、逡巡し、メリーの顔に己のそれを近づけた。それから一旦止まり、首を曲げて彼女の首筋に唇を埋めた。流れ去る速度の中で行われたにしては、あまりにも遅く、あまりに稚拙な接触だった。
こうしてメリーは悟った。蓮子の真意を。分からぬはずがあろうや? 二人はいつも一緒だったのだ。彼女は混乱した。予想外の、意識外の返答だった。
困惑して足先に浮かぶ夜空へ視線を逃し、満天の星と月を見てからメリーは思い至った。そういえば蓮子はこれだけの空にも関わらず、一言も時間を呟いていなかったのではなかったか。
メリーは抱き締められた片腕を曲げて抱擁から外し、蓮子のおでこに当てると相手が震えたのが解った。くちづけへの拒絶ではない事を示すためにもう片方の腕を蓮子の背中へ包むように回してから、メリーは先ほど蓮子の顔に当てた手をゆっくり下ろし、夜空を見ながら目蓋の上に掛かるようにした。
蓮子は瞳に掛かるメリーの掌越しに星を知り、首筋から離した唇で呟いた。
「34度28分54.926秒、135度48分44.291秒。午前2時42分50秒」
地球上の座標と時刻の宣告は現の楔となって少女たちの認識を変えた。夢ではなく現実が忍び寄る時間だ。メリーは見た。蓮子はメリーを通して見た。
まばたきの後、二人が沈んでいたのは地底湖の深淵。水による浮遊感の中、遥か上方へ見える水面の向こう側には月光じみた小さな光があり、認知できぬ四つが此方をのぞき込んでいるのが判った。
二人は抱き合ったまま、揺蕩う黒と金の髪もそのままに彼らと目を合わせた。そうして異様に透き通った水の中で少女たちは顔を合わせ、笑って盛大な気泡を吐いた。
泡が水面に浮かぶまでの間に光は消えた。神は消え、秘封倶楽部もまた消えた。
暁の中、メリーは
もはや二人の身体から酔いは消えていた。おそらくは幻の酒気であったのだろう。
「行こう。メリー」
三度目の呼びかけでようやく彼女は振り向いた。いつものメリー、自ら光り輝いてなどいないメリー。蓮子は満足していた。彼女の表情に今のところ侮蔑と拒絶がなかったから。どこか拗ねたような顔をしているのは、メリーなりに今回の事を受けとめようとしているのだと解釈して。
蓮子は神を呪った。少女らしい形ではあったが、それは確かに呪いであった。
暗い蓮子の瞳をメリーが覗きこむ。
「傷ついた顔しないで」
「無理よ」
恋を暴かれた少女は弱々しく笑った。選んではいけなかった未来に彼女は立っている。散々と空想してきた結末とあってか涙は流さなんだが。
「蓮子。今は私が何を言っても、貴方は理由を付けて受け取ってはくれないでしょうね」
メリーは考えるようにして中指で口を隠す。
「私も、今はそれをさせないだけの言葉が思い浮かばない」
「いいの。気にしないで」
「笑いたがるのね、今日は」
娘は一歩踏み出し、蓮子の唇へ指を押し当てた。黙れというジェスチャーだと思った蓮子はすぐ違和感に戸惑った。当てられたのは中指の腹。先ほど、メリーの唇に蓋をしていたのはどの指だったか。
指を離すと、娘は赤い顔で(酔いか曙光のせいであろう)言った。
「これが精一杯」
蓮子が何も言えないでいると、前触れもなく相手の頬を涙が流れた。
「気にしないなんて、できない。なんて言えばいいの? ごめんなさい? ありがとう? 私は貴方みたいに恋をしてない。でも、じゃあ、どうすればいいの。貴方に、私を、伝えるための、言葉が。蓮子」
泣きながらしゃくりあげるメリーを見る蓮子の瞳からもすでに涙が流れていた。どうして泣かずにいられようか?
メリーの痛みは容易く蓮子へ伝わっていた。本来は蓮子だけの物になるはずだった痛み。少女の全てが愛しい人の心臓へ沈んでいく短剣と化した際に味わう痛みが。蓮子は言った。
「メリー。言葉、私も一緒に探していい?」
蓮子は相手を抱き締めようとして、止めた。メリーも止めた。
二人は昇る朝日の中で涙を払いもせずに見つめ合い、立ちつくした。
宇佐見蓮子は、マエリベリー・ハーンが好きだった。
蓮メリ可愛いかったです。
ただあっちの世界の物を口に入れる禁忌をたやすく冒すところにちょっと違和感を覚えました。
視線の動いていく先に次々あらわれる美しさ、そのイメージの豊かさに脱帽です。
素敵な「始まり」だなあ。
文体も硬すぎずgood。秘封は傍観者視点が似合ってると個人的に思う
実在の神社を出す必要はあったのかしら
読み仮名も、勢いを削がれる気持ちだったな。特に要らない
でもとてもいい作品でした
ほどよい後味
まあ、神様は空気は読んでくれないよなあw
>互いが宇佐見る蓮子の事を考えている。
お見事でした
最後の一文が重いですね
ご指摘ありがとうございます。修正させていただきました。