この館は彼女にとって大き過ぎた。
普通に生活する分には、その十分の一でいいだろう。
普通に生きていく分には、その五分の一もいらないかもしれない。
紅魔館と呼ばれるこの館は、やはり彼女にとって大き過ぎたのだ。
彼女は一年の殆どをこの地下で過ごしていて、それ故に二階はおろか、この館の一階すら把握仕切れていない筈だ。
常に本を読み、時に紅茶を飲み、たまに気の合うらしい小悪魔と話し、稀に私と悪巧みする。
その全てが地下で完結出来る事で、だから彼女はこの図書館から出ようとしない。いや、出る必要が無いのだ。
そういえば、幻想郷の住人らしく、宴会だけは好んでいる節がある。親友の誘いも平気で断るくせに、宴会となるとのこのこと顔を出すのだ、この魔女は。
ん? 誰だお前、どっから入ってきた?
まぁいいや、せっかくだ、私の話を聞いていけ。なあに、大した時間じゃ無いさ。少しくらいいいだろう? いいな? よし、決まりだ。
彼女を動かない大図書館と名付けたのは、誰だったか。もしかしたら、今もこうして読書に耽る彼女を眺めている私自身かもしれないな。というか、正直な所を言えば、そのような些事は私にとってはどうでもいい事で、覚えてないというのが本当の所だ。
だってそうだろう? 他人が定義したそいつを現す言葉なんて、そいつにとっては関係ないんだから。彼女がそういう奴だって事は私がよく知っているし、私がそれを知っている事を、彼女はよく理解しているんだ。
図書館に風は吹かない。しかし、確かな息遣いがある。
そう彼女が私に言った事があるんだが、想像出来るか?
言われた本人であるこの私には、彼女が何を言っているのかさっぱり分からなかったよ。奴め、本の読み過ぎでとうとう感覚がおかしくなってきたか。そう思ったものだ。
ところが、だ。彼女が言っている事は、まるで本当だったんだよ。
ここで一度、話を逸らそう。
彼女とたまに本を読んでいる、小悪魔という悪魔がこの図書館には住み着いているんだが。
何故小悪魔なのかって? 悪魔は易々と他人に真名を語れないんだよ。でも一緒に住んでるんだから、名前が分からないと支障が出るじゃないか。だから、便宜上そう読んでるのさ、あいつもまんざらでも無さそうだしね。分かったか? 分かったら、次から話の腰を折るんじゃないこの無知め。
さて、その小悪魔なんだがな。こいつもこいつで本ばかり読んでるものだから、ずっと図書館にいるわけさ、魔女に負けないくらいね。いや、宴会に出ない分、小悪魔の方がその割合は多いかもな。
その小悪魔が私に言ったのさ。この図書館は、確かに息遣いをしているのを感じる、ってね。
私が鼻で笑い飛ばそうとした時だ。不意に、今まで感じた事も無い、生温い視線をどこからか感じた。
私の妹? おいおい、冗談は死んでから言えよ。あいつにそんな視線、出せるわけが無いだろう。あいつはもっと、鋭くて、隠れてても居場所が一発でバレるような、そんな危うい視線しか向けれないよ。って、だから話の腰を折るなって言っただろ、この愚図がっ。ん? 何でお前、私の妹の事知ってるんだ? いや、言わなくていい。聞いといてなんだが、お前の話には興味ない。
そう、それで、図書館で私が感じた、視線の正体なんだが。結論から言おう、分からなかったよ。
私に分かったのは、彼女達二人がその視線の主を愛していて、共にいれる事を喜んでいる、という事だけさ。
分かるかい?
この図書館には確かに息遣いがあり、はっきりと意識、ってものが存在してるんだよ。
それで、お前はいつまでここにいるつもりだ? もう語るのに飽きたし、これ以上私の話を聞いてても仕方ないだろう。さっさと行くべき所へ行ったらどうだ? 寄り道が楽しいのは分かるけどな。
あ、ちょっと待て、まだ行くな。こら、待てって言ってるだろう!
そうだ、よしよし。いやな、寄り道で思い出したんだが。あの魔女の事さ。
そう、彼女は魔女なんだよ。魔女なんだから、当然魔法を使う。私にはよく分からないんだが、魔法にも色々種類があるらしい。
で、彼女が使う魔法っていうのが精霊魔法? だかなんだかっていうのでね。魔法なのに精霊だなんて、よく分からないよな。精霊って言ったら召喚でしょう?
あ、いやいい。お前は喋るな。別にお前の見解とかどうでもいいから。うん、黙ってろ。
るびす? だから口を閉じてろって。知らんよそんな名前。
そう、その魔法に関する事だ。
その前に、一つ聞いておこうか。
賢者の石って、知ってるか?
名前だけは? ほう、奇遇だな、私も名前程度しか知らん。
その賢者の石とやらは、彼女曰わく、あらゆる知識人が一度は目指し、そして挫折する通過儀礼なんだそうだ。
彼女がそれを知った時、何を思ったと思う?
分からない? 正直だな。もっと考える癖を付けろ、怠け者め。
ちなみに私も分からないんだが。何を思ったのか、彼女は作ってしまったのさ、賢者の石を。
まるで、この程度の事も出来ないなんて、才能無いんじゃない? とでも嘲笑うかのように、いとも容易く、な。
天才なんだよ、彼女は。こう言うといつも嫌な顔をするんだけどな、馬鹿にしてるのかって。
ま、細かい話はどうでもいい。ここで重要なのは、彼女にとっては賢者の石の作成さえも寄り道にしか過ぎないって事だ。
何故そんな事が言えるかって?
ふ、ふふふ。いいぞ、その質問を待っていた。ようやくお前もまともな事が言えるようになったじゃないか。ん? いや待て、私はさっきお前に喋るなって言ったじゃないか。自覚が足りないぞ貴様。何の自覚? 私が知る筈無いだろう、そんな事。
そうだ、そんな事より、お前の質問に答えよう。賢者の石を作る事が、何故彼女にとって寄り道にしか過ぎないのか。
それは、彼女のただ一つの、ささやかで小さで素朴な願いを、私が知っているからさ。
知りたいか? そうでもない? 知りたいんだろ? そんなでもない? お前、張っ倒すぞ、話の流れを汲み取れよ、知りたいですって言っとけばいいんだよ。
彼女の願い。賢者の石を作っておきながら、まるでそれには関心を示さない魔女の願い。そう、彼女は魔女なんだ。そもそもが、魔女が賢者の石を作るっていうのがおかしいんだよ。
ふふ、彼女の願い。これはな、彼女が魔女になった事に深く関係しているんだ。今こうしてよくよく彼女を観察すれば、その答えが分かるんだが。
ま、お前は考えるだけ無駄だろう。いいぞ、そんな無理しなくても。どうせ分かりっこないんだから。
何でそんな事が言えるかって? そうだなぁ、お前が人間だから、だよ。
ほら、彼女を見てみろ。
彼女は今、何してる?
読書? そうだな、読書だ。
お、私のメイドが紅茶を淹れたぞ。ん? そうだよ、あれは私のメイドだ。あんまり見るなよ、金の代わりに命取るからな。
紅茶を飲んでいるな。そう、紅茶を飲んでる。
他には? 気付いた事は無いか? え、うるさい? お前、それは私が誰だか知っての暴言か? 妹と遊ばせてやろうか?
で。他には何も無いか?
ふむ、そうか。無いか。では聞こう、彼女の願いとは何だ?
静かに読書をする事?
すまん、もう一回言ってくれ。
静かに、読書をする事?
お前、どうしようもないな。まぁ人間だしな、別にいいよ、期待してないし。所詮は脳で考える生き物の限界ってやつだ。気にするな、有脳。
答えは何かって?
見て分かれ。ああ、分からないんだったか。じゃ、見て考えろ。それは脳で考える事と同義だって? 心で考えるんだよ、まぬけ。
ん、悪いな、もう時間切れだ。
ほら、見てみろ、お前があんまりにもうるさいから、彼女が煩そうにこっちを睨んでるじゃないか。私は静かにしてたのに、全く。私の許可無く喋るからそうなるんだ。自業自得ってやつだ。
え? 気になる? お前さっき、そんなでもないとかって言ってたじゃないか。自分の言を翻すなんて、格好悪い奴がする事だからな。少しは私を見習え。
さて、私も紅茶でも頂こうかな。
あれ、何お前、まだいたの? しつこいなぁ、いいからさっさと失せろよ。しっしっ。
ん? ああ、何でもないよ、パチェ。ちょっとした独り言さ。
それで、どうだい?
何って、お前の願い事さ。
なんだよ、顔赤くして。可愛い奴だな。
ふふ、勿論私は知ってるからな。
いい願いだと思うよ。
そう。掌にすっぽり収まるような、小さな願いだけどね。
私はお前の、そういう所が好きだよ。
ところで、るびすって何だい?
普通に生活する分には、その十分の一でいいだろう。
普通に生きていく分には、その五分の一もいらないかもしれない。
紅魔館と呼ばれるこの館は、やはり彼女にとって大き過ぎたのだ。
彼女は一年の殆どをこの地下で過ごしていて、それ故に二階はおろか、この館の一階すら把握仕切れていない筈だ。
常に本を読み、時に紅茶を飲み、たまに気の合うらしい小悪魔と話し、稀に私と悪巧みする。
その全てが地下で完結出来る事で、だから彼女はこの図書館から出ようとしない。いや、出る必要が無いのだ。
そういえば、幻想郷の住人らしく、宴会だけは好んでいる節がある。親友の誘いも平気で断るくせに、宴会となるとのこのこと顔を出すのだ、この魔女は。
ん? 誰だお前、どっから入ってきた?
まぁいいや、せっかくだ、私の話を聞いていけ。なあに、大した時間じゃ無いさ。少しくらいいいだろう? いいな? よし、決まりだ。
彼女を動かない大図書館と名付けたのは、誰だったか。もしかしたら、今もこうして読書に耽る彼女を眺めている私自身かもしれないな。というか、正直な所を言えば、そのような些事は私にとってはどうでもいい事で、覚えてないというのが本当の所だ。
だってそうだろう? 他人が定義したそいつを現す言葉なんて、そいつにとっては関係ないんだから。彼女がそういう奴だって事は私がよく知っているし、私がそれを知っている事を、彼女はよく理解しているんだ。
図書館に風は吹かない。しかし、確かな息遣いがある。
そう彼女が私に言った事があるんだが、想像出来るか?
言われた本人であるこの私には、彼女が何を言っているのかさっぱり分からなかったよ。奴め、本の読み過ぎでとうとう感覚がおかしくなってきたか。そう思ったものだ。
ところが、だ。彼女が言っている事は、まるで本当だったんだよ。
ここで一度、話を逸らそう。
彼女とたまに本を読んでいる、小悪魔という悪魔がこの図書館には住み着いているんだが。
何故小悪魔なのかって? 悪魔は易々と他人に真名を語れないんだよ。でも一緒に住んでるんだから、名前が分からないと支障が出るじゃないか。だから、便宜上そう読んでるのさ、あいつもまんざらでも無さそうだしね。分かったか? 分かったら、次から話の腰を折るんじゃないこの無知め。
さて、その小悪魔なんだがな。こいつもこいつで本ばかり読んでるものだから、ずっと図書館にいるわけさ、魔女に負けないくらいね。いや、宴会に出ない分、小悪魔の方がその割合は多いかもな。
その小悪魔が私に言ったのさ。この図書館は、確かに息遣いをしているのを感じる、ってね。
私が鼻で笑い飛ばそうとした時だ。不意に、今まで感じた事も無い、生温い視線をどこからか感じた。
私の妹? おいおい、冗談は死んでから言えよ。あいつにそんな視線、出せるわけが無いだろう。あいつはもっと、鋭くて、隠れてても居場所が一発でバレるような、そんな危うい視線しか向けれないよ。って、だから話の腰を折るなって言っただろ、この愚図がっ。ん? 何でお前、私の妹の事知ってるんだ? いや、言わなくていい。聞いといてなんだが、お前の話には興味ない。
そう、それで、図書館で私が感じた、視線の正体なんだが。結論から言おう、分からなかったよ。
私に分かったのは、彼女達二人がその視線の主を愛していて、共にいれる事を喜んでいる、という事だけさ。
分かるかい?
この図書館には確かに息遣いがあり、はっきりと意識、ってものが存在してるんだよ。
それで、お前はいつまでここにいるつもりだ? もう語るのに飽きたし、これ以上私の話を聞いてても仕方ないだろう。さっさと行くべき所へ行ったらどうだ? 寄り道が楽しいのは分かるけどな。
あ、ちょっと待て、まだ行くな。こら、待てって言ってるだろう!
そうだ、よしよし。いやな、寄り道で思い出したんだが。あの魔女の事さ。
そう、彼女は魔女なんだよ。魔女なんだから、当然魔法を使う。私にはよく分からないんだが、魔法にも色々種類があるらしい。
で、彼女が使う魔法っていうのが精霊魔法? だかなんだかっていうのでね。魔法なのに精霊だなんて、よく分からないよな。精霊って言ったら召喚でしょう?
あ、いやいい。お前は喋るな。別にお前の見解とかどうでもいいから。うん、黙ってろ。
るびす? だから口を閉じてろって。知らんよそんな名前。
そう、その魔法に関する事だ。
その前に、一つ聞いておこうか。
賢者の石って、知ってるか?
名前だけは? ほう、奇遇だな、私も名前程度しか知らん。
その賢者の石とやらは、彼女曰わく、あらゆる知識人が一度は目指し、そして挫折する通過儀礼なんだそうだ。
彼女がそれを知った時、何を思ったと思う?
分からない? 正直だな。もっと考える癖を付けろ、怠け者め。
ちなみに私も分からないんだが。何を思ったのか、彼女は作ってしまったのさ、賢者の石を。
まるで、この程度の事も出来ないなんて、才能無いんじゃない? とでも嘲笑うかのように、いとも容易く、な。
天才なんだよ、彼女は。こう言うといつも嫌な顔をするんだけどな、馬鹿にしてるのかって。
ま、細かい話はどうでもいい。ここで重要なのは、彼女にとっては賢者の石の作成さえも寄り道にしか過ぎないって事だ。
何故そんな事が言えるかって?
ふ、ふふふ。いいぞ、その質問を待っていた。ようやくお前もまともな事が言えるようになったじゃないか。ん? いや待て、私はさっきお前に喋るなって言ったじゃないか。自覚が足りないぞ貴様。何の自覚? 私が知る筈無いだろう、そんな事。
そうだ、そんな事より、お前の質問に答えよう。賢者の石を作る事が、何故彼女にとって寄り道にしか過ぎないのか。
それは、彼女のただ一つの、ささやかで小さで素朴な願いを、私が知っているからさ。
知りたいか? そうでもない? 知りたいんだろ? そんなでもない? お前、張っ倒すぞ、話の流れを汲み取れよ、知りたいですって言っとけばいいんだよ。
彼女の願い。賢者の石を作っておきながら、まるでそれには関心を示さない魔女の願い。そう、彼女は魔女なんだ。そもそもが、魔女が賢者の石を作るっていうのがおかしいんだよ。
ふふ、彼女の願い。これはな、彼女が魔女になった事に深く関係しているんだ。今こうしてよくよく彼女を観察すれば、その答えが分かるんだが。
ま、お前は考えるだけ無駄だろう。いいぞ、そんな無理しなくても。どうせ分かりっこないんだから。
何でそんな事が言えるかって? そうだなぁ、お前が人間だから、だよ。
ほら、彼女を見てみろ。
彼女は今、何してる?
読書? そうだな、読書だ。
お、私のメイドが紅茶を淹れたぞ。ん? そうだよ、あれは私のメイドだ。あんまり見るなよ、金の代わりに命取るからな。
紅茶を飲んでいるな。そう、紅茶を飲んでる。
他には? 気付いた事は無いか? え、うるさい? お前、それは私が誰だか知っての暴言か? 妹と遊ばせてやろうか?
で。他には何も無いか?
ふむ、そうか。無いか。では聞こう、彼女の願いとは何だ?
静かに読書をする事?
すまん、もう一回言ってくれ。
静かに、読書をする事?
お前、どうしようもないな。まぁ人間だしな、別にいいよ、期待してないし。所詮は脳で考える生き物の限界ってやつだ。気にするな、有脳。
答えは何かって?
見て分かれ。ああ、分からないんだったか。じゃ、見て考えろ。それは脳で考える事と同義だって? 心で考えるんだよ、まぬけ。
ん、悪いな、もう時間切れだ。
ほら、見てみろ、お前があんまりにもうるさいから、彼女が煩そうにこっちを睨んでるじゃないか。私は静かにしてたのに、全く。私の許可無く喋るからそうなるんだ。自業自得ってやつだ。
え? 気になる? お前さっき、そんなでもないとかって言ってたじゃないか。自分の言を翻すなんて、格好悪い奴がする事だからな。少しは私を見習え。
さて、私も紅茶でも頂こうかな。
あれ、何お前、まだいたの? しつこいなぁ、いいからさっさと失せろよ。しっしっ。
ん? ああ、何でもないよ、パチェ。ちょっとした独り言さ。
それで、どうだい?
何って、お前の願い事さ。
なんだよ、顔赤くして。可愛い奴だな。
ふふ、勿論私は知ってるからな。
いい願いだと思うよ。
そう。掌にすっぽり収まるような、小さな願いだけどね。
私はお前の、そういう所が好きだよ。
ところで、るびすって何だい?
でもなんだかった言って楽しかったんじゃないかな。この会話。
レミリアが心の底から楽しんでる表情が浮かんできます。
結構楽しめました。次回も期待してます。
まあでも実際に会話したらこんな感じなんだろうなー。