診察の時間は終わっていましたが、お客さんは残っていました。患者ではありません。
「ありがとうございました」
頭を下げて、彼は帰っていきました。ずっと永琳に見てもらっていた人の、息子さんです。どれだけ病気を治そうとしても、蓬莱人で無い限りは、いつかは死んでしまいます。例え月の医学があっても、そこは仕方の無いところです。誰も死ななかったら、世界は人で埋め尽くされてしまいますから。
お客さんが心底から感謝しているのはわかっていますが、永琳も、鈴仙も、嬉しくはなれません。
「まあ、気持ちを切り替えていかないと、明日になれば、また新しい患者を診ないといけないんだから」
「はい。ああ……てゐが診て欲しいって言ってました。確かに、体がおかしいみたいなんです。今日も、頭まで布団を被って寝込んでましたし……」
「最近てゐを見ていないけれど、そうなの? なんにせよ診てみないことにはね、呼んできて」
「はい」
そして、てゐは入ってきました。それは不思議な症状でした。永琳ですら、見たことのないものでした。
◇
それから、何日か経ちました。てゐの症状は重くなる一方です。
「反省した?」
「勿論です」
てゐは、しょぼくれながら言いました。頭があんまりに重かったので、しょぼくれるしかなかったのもありますが、確かに反省もしていました。立ったまま、頭を下げています。
「もう嘘なんてつかない?」
「ええ、金輪際つきません」
てゐが答えた瞬間、耳がまた伸びました。もう少し伸びると、その垂れた耳は床に付いてしまいそうです。そうすると歩くだけでも擦れて大変だ。白い毛並みが土まみれになってしまう。思うと、ぞっとしてしまいます。なので、反省しているのは本当です。
いつもいつも嘘ばかり付いてきた彼女ですけれど、今日は流石に、心の底から人を騙して遊ぶのはやめようと思っています。
「まさしくピノッキオですね……」
はあ、とため息をついて、鈴仙は言いました。「ええ」と永琳は笑いましたが、てゐにはなんのことだかわかりませんでした。
「ピノッキオ?」
「有名なおとぎ話、木の人形なんだけど、嘘をつく度にね、鼻が伸びていくの。で、それが色々有って最後は人間になるの」
「へえ、人形なのに嘘までつけるなんて、森の魔法使いならいくらで買ってくれるんだろう」
「そう思ってしまう貴方が真人間、いや、真うさぎになる日はこなさそうだけれどね……」
「正直者の可愛いうさぎとして大評判なのが私だよ」
てゐも、そんな病気でした。まあ、病気と言うべきか、それとも呪いや天罰と言うべきかはわかりませんが、とにかく嘘を付く度に、耳が伸びてしまうのです。「正直者で評判」なんて嘘をついたので、その時も耳が伸びていきました。
「うう……、そうですね。ごめんなさい、嘘をつかないは言いすぎました……というか、嘘をつかない存在なんていないと思う。鈴仙も、姫様も、お師匠様も、嘘を付いたことがあるに決まってる」
「そう、ね。嘘も方便とも言うわ」
と永琳は言いました。鈴仙も迷って、でも実際そうなのでうなづくしか出来ませんでした。
「だからといって貴方の詐欺が許されるわけではないけれど……。嘘も方便とはいえど、それは嘘をつく側が言っていい言葉ではないわね」
「はい」
そう答えても、やはりてゐの耳は伸びません。
「わかったわ。薬をあげましょう。でも、てゐ。忘れないこと。貴方の耳が伸びるようになったのは私のせいじゃないわ。一種の神経失調に細胞の異常分裂――」
永琳が何かを長々と説明していましたが、てゐにはなんのことだかわかりませんでした。
「――と、今回は説明も付くし対応も出来るけれど、これは本当に天罰としか言えないわ。問題は、貴方の騙した相手が多すぎて、これが魔法か神の奇跡か人形の毒か閻魔の説教か偶然の病気かすらわからないこと。だから反省して、人を騙して遊んだりしないように」
「はい」
「少なくとも、貴方のためを思えばそうなるわ。嘘なんて付くなって」
どういう仕組みで耳が伸びるのかはさておき、確かにこれは天罰なんだろうな、とてゐは思っています。自分が人を幸せに出来ることは知っていますが、恨みを買うかはまた別の話とも知っています。だから、しっかり反省しました。
そうして、永琳に薬をもらって、何日かすると、てゐはすっかり元の耳に戻りました。
頭が軽くなって、身軽になるととても気分がよくなりました。もう嘘なんてつかない。人なんて騙したりしない。と考えています。そう思ったのは、彼女の(自分でも数え切れないほど長い)うさぎ生の中では何度目だったのでしょうか。
何千か、何万か、何十万か、もしかすると何百万年の中で、少なくとも二回はあったはずですが。もっとあったかもしれませんが、昔の事はそこまで覚えてはいません。
ワニに襲われては素兎になったときの反省を、すっかり忘れてしまったのと同じように。
◇
その日は、とても爽やかな日でした。外はなかなかに熱いのですが、永遠亭の中は冷房で涼しく保たれています。
さて、今度の縁日では何を売ろうか、とてゐは考えています。彼女は、よく縁日に屋台を出しています。今度、お寺である縁日にも出る予定です。
前に売っていたカラーうさぎは、もう売ろうとも思いません。あれは要するにスプレーで色を塗ったうさぎを、色鮮やかで珍しいうさぎだと思わせて売っていたのです。耳が長くなって大変な思いをするのは、もうこりごりでした。
色々と考えて、綿菓子を売ることにしました。河童に連絡をとって、機械を借りました。
そうして、縁日の日になりました。てゐの綿菓子は、あまり売れていませんでした。他にも綿菓子屋があった、というのもあるのでしょう。
「いらっしゃい! この雲山みたいにふかふかの綿飴だよ!」
一輪が景気のいい声で客を呼んでいます。その隣には綿菓子の形になった雲山がいました。白くてふかふかなそれを見ると、みんな綿菓子を買いたくなりました。
「てゐ、調子はどう?」
「見ればわかるとおり」
鈴仙がてゐの元を訪ねても、随分と退屈そうでした。一輪の屋台は人だかりが出来ていましたが、てゐの方には、殆ど客がありません。鈴仙も他の屋台を見に行って、てゐは退屈でした。
「くださいな」
「はい、どうぞ」
そんな中で、青い氷精が来て、綿菓子を買ってくれました。白くて甘くてふかふかなのは、殆どが機械のおかげですから、てゐの綿菓子も同じようにふわふわ美味しいものです。チルノも美味しそうに食べていました。でも、何口か目になって、チルノは怒ったように言いました。
「やっぱりこの綿飴も不良品だ! 騙したわね!」
「騙した?」
てゐにはまるっきり心当たりがありませんでした。今回は真っ当に商売をしているはずなのにと首を傾げます。
「ああ、そりゃそうなるよ」
チルノが綿菓子を付き返してきて、なるほどとわかりました。その綿菓子はやはり白くて甘いのですが、ふわふわではありませんでした。シャーベットのように凍って、固くなっています。
「あんたが冷たいから綿菓子まで凍ってしまったのさ。そんな風にぴゅーぴゅー冷気を出してちゃ駄目だよ」
「こんなにも暑いんだからしょうがないじゃない」
蝉と人声が賑やかな夏の日でした。誰でも頭がぼんやりしてしまいそうなほどに暑くて、賑やかで楽しい縁日です。
「そりゃそうだけれど、綿菓子を食べる間くらい我慢してごらん」
「うーん」
自分のせいで凍っていると言う事は納得がいったようです。少し考えて、
「わかった、もう一つちょうだい」
「どうぞ」
もう一つ、綿菓子を買いました。
「最近の妖精はお金持ちだね」
退屈紛れに、てゐは言いました。
「うん、一緒に遊んでいるだけでお金をくれる人がいるの。それもたくさん」
「それはまあ奇特な。お金を払ってまで妖精と遊びたいとは童心に溢れているのかそれとも――」
「でも、一緒に本を読めとかばかりでだいたいつまんない。もう、しばらくはいいや。ああ、話しているとまた凍っちゃう。急がないと」
チルノは大急ぎで綿菓子を食べました。今度は凍る前に食べ切れました。すると、チルノは落ち着いた顔になって、あたりは随分と涼しくなります。
ああ、とてゐは合点しました。冷房代わりに側に置いておきたい人がいるんだなと。
永遠亭や、山の何カ所かには電気で動く冷房がありますが、殆どの人間はこうやって妖精や幽霊で涼を取るのが精一杯です。
そして、捨てようと思っていた、突き返された綿菓子を、口に運んでみます。綿菓子ではありませんが、甘く冷たい、美味しいお菓子でした。
「いいことを思いついたよ。綿飴を凍らせて売ればきっと沢山売れる。どうだい、一緒に商売をしないか? 売り上げの三割は貴方の物だ」
「商売? よくわからないけど面倒だからいいよ」
「そこにいてくれるだけでいいんだけれど」
「やだよ、縁日をもっと回りたいもの」
と言って、チルノは何処かに駆けだしていきました。売れ行きが悪いと言っても、たまには客も来るので、放り出して追いかける事も出来ません。
「あら、今年はカラーうさぎを売ってないんですね」
山の風祝が神様付きで訪れて、てゐは愛想よく「いらっしゃい」と言いました。
「あれはやめました。真っ当に商売をしていきます」
「そうですか。でも、この年になると、ああいうのが何となく懐かしくなります。カラーひよことか、絶対に当たりの無いくじとか、倒しても倒しても落ちない射的とか。そんなのが」
「当たりの無いくじ?」
「まあ、絶対に無いとは言い切れませんけど……たぶん最初っから当たりの無いだろうくじが、縁日にはだいたいあるんですよ。言われると、確かにこっちではそういうのは見ませんね。外の世界の神社にはよくありました」
そんな商売もあるのか、とてゐは思いました。もっと不思議なのは、
「そんな詐欺が許されているんですかね。外の世界では」
そんな籤が有ること、
「詐欺、詐欺か。詐欺というとそうなんでしょうけど、当たりなんて無いってわかってますからねえ。まあ、小さいときは信じてるのかな。ゲーム機とかが当たるって。でも、大人になってあれが当たりなんて無いと気がついても、懐かしいだけですね」
そして、早苗がなんだか嬉しそうに話すことでした。
「そういう商売でも神罰は下らない?」
「どうです? 八坂様? 守矢様?」
神奈子は考えるでもなく、すぐに口を開きます。
「籤でも射的でもなんでも、ああいう小さな詐欺に騙されて、みんな大人になるんじゃないのかね」
「神奈子はわかった風で。私が顕現しては縁日に行って、型抜きを大成功したのにテキ屋が支払いを渋ったときは、流石の私も八代先まで祟ると決断してやったさ。神と神域を蔑ろにする不届き者にはと。まあ――」
諏訪子は少しだけ考えて、手に持っていたあんず飴を舐めながら言いました。
「カラーひよこ……うさぎか、たぶん子供は楽しいんだろうね。大人はわかってるから『こんなの買ってきて』と渋い顔をするけれど、まだ知らない子供はああいう怪しいものがないと物足りない気がするよ、飴の人工着色料とかさ、ああいうのは子供にはたまらないんだろう」
「守矢様に子供時代があったとも思えませんが」
「子供の事はわかるよ、全国の百万匹ケロちゃんは常に心を見ているんだから。神社でお参りをした無数の人の願いを通じて」
「素敵ですね」
てゐには何が素敵かはよくわかりません。わかったのは、早苗と神奈子は綿菓子を買ってくれたけれど、諏訪子は買ってくれそうに無いと言う事です。あんず飴をなめ続けている神様は。
「そうすると、カラーうさぎ程度では天罰は落ちない?」
「諏訪子はわからないし、寺のことはあっちが決めるんだろうが、まあ、私はそのくらいで目くじらは立てないさ」
もう一個わかったのは。カラーうさぎ程度なら、八百万のうち一つの神様からは、神罰が下ったりはしないと言うことでした。と言っても、他に祟られたりが怖いので、てゐは、今のてゐは、人を騙そうとは思いません。
だから、その日もずっと真っ当に綿菓子を売っていました。売り上げは、結局いまいちでした。
◇
季節が秋になった頃、ふと永琳は言いました。
「ウドンゲも、少し社交的になったのかしら?」
鈴仙が薬を配達してきて、少し帰りが遅くなりました。てゐがお使いに出かけて、道草を食って遅くなると、だいたい叱られます。なのに鈴仙に関してはそうではないようです。これはちょっと不公平だと思って、てゐは言いました。
「お師匠様は、鈴仙には甘いね。私が遅れると怒るのに」
「貴方は毎度だからよ」
「毎回やむを得ない事情がありましてね」
まあ、事情があるのは本当です。美味しいお団子屋さんが出来ていたので、思わず行列に並んでしまった。みたいな事情は。で、口に出すときは百倍くらい大げさにして言い訳にしています。それが嘘かというのは微妙なところです。
「売り上げには繋がりそうにないですが、妖精に絡まれても……妖精に薬が必要なわけでもないですし」
「絡まれたって何さ? 決闘でも挑まれたの?」
「ううん、話をせがまれただけ。月の話とか……ああいうのはファンタジーに見えるのかな。妖精は好きみたい。童話とかもね、話すと喜ぶわね」
「童話か」
聞いて、二つほど思い出しました。一つはあの屋台。もし鈴仙がそこにいれば、お話でチルノを引き留めて、綿菓子のシャーベットを作れたんだろうなと。お金で釣るよりも、そっちの方がよほど誘えそうだ、と今更ながらに思います。
「お話をしましょう」と言って、チルノを引き留めればよかった。と思います。それは果たして騙すことなのでしょうか。お話をしましょうは本当で、でもてゐの目的はそこには無いというのは。
それはともかく、思い出したもう一個もあります。ピノッキオの話です。
「前に、私の耳が伸びたとき、ピノッキオの話をしたじゃない?」
「ええ」
「今、ふと思ったんだけれど、ピノッキオは木の人形。製材所の木が痛い痛いと叫んだのは聞いた事もない。そうすると、伸びても切ってしまえばいいんじゃないかな」
「切っても切っても伸びるからどうにもならないでしょう。嘘を付くのを辞めない限りは」
「そうするとそれは凄いね、嘘を付くたび、幾らでも木が取れる。家具職人にでもなれば大もうけだ」
てゐは自然にそう思いました。ピノッキオの大きさがどんなものかはわかりませんが、まあ、話を聞くに人間並みじゃないかとは思いました。
そして、永遠亭を見渡しても、木で作られた物は山ほど有ります。例えば机があります。その脚はどうだろう? と考え、流石に細いかなとは思いました。でも、机の上の棚。その華奢な脚なら鼻の大きさでも十分じゃないだろうかと。
「ピノッキオはいいね。チルノもそうだけど、いつも通りの行動がお金になるのは素晴らしい。なんの苦労もなくお金になるなんて」
「言われてみればそうかもしれないけど……夢のない話。教育にはならないわね」
「実際そうなんだからしょうがないよ。楽にお金を稼げるのは確かさ」
「特技なら、てゐも人を幸せにする力でなんとかしてあげれば? 上手くすれば、お礼にお金か何かは貰えそうだけど。感謝は少なくともされるでしょう」
「感謝か、息を吐くように嘘を付きたくなる性分だからねえ。どうしても恨まれがちだ。ま、嘘を付くことがむしろ人間の幸せに繋がるんじゃないかとも思ってるんだけどさ。それは私に限らず」
早苗達と話した事を思い出しつつ、てゐは言います。
「またそんなこと言って、師匠からも言ってあげて下さい」
「……実際、嘘を付くのが人を幸せにするか不幸にするかは難しいわね」
「お師匠様はやはり考えが深い」
「とはいえ、少なくとも嘘を付いた人間が幸せになれる気はしないわ。貴方にしても、少なくともこのままじゃ地獄行きは、閻魔様が保証してるんだから」
「そうですけどね」
地獄の沙汰も金次第、と心の中で思いながら、てゐは一応頷きました。内心では、嘘を付いたら必ず不幸になんてなるものか、と思ってますが。てゐは長生きしてきたので、幸福に生きてきた嘘つきも沢山知っていますし。
「でもさあ、鈴仙。幸せにする力ってのはね、意外とお金にならないのさ。私は人を幸せにする力がある。そいつは間違いない」
「だから恩に着せる……というと言い方は悪いけれど、上手くすればお礼は幾らでも貰えるんじゃない?」
「そうだねえ。不幸な物はまさしく溺れる者は藁にもすがる心境さ。でも、そこから抜け出すと、まさに喉元過ぎれば熱さを忘れるって奴でね、不幸なときの切実な願いも消え失せてしまう」
てゐは、鈴仙からも永琳からも目を離して、悲しそうな顔を作って言いました。
「私だって、昔は幸福になって喜んで貰えば、それだけで嬉しいと思ってた。でもねえ。こっちのおかげで幸せになったのに、向こうは自分の力でなんとかしたって思ってる。幸福なんてのは確かに主観的だしあやふやだ。でも、こっちに礼も何も無いのは辛いよ。ましてや、礼どころか邪険にされるのが殆どじゃあ」
「どうして邪険にされるの? お礼を言われないのはなんとなくわかるけれど……自分で何とかしたと思ってればね」
「そう、思いたいんだろう。だから、私が邪魔に思えるんだよ。私を見ると、自分で自分に嘘を付いていると気がついてしまうんだろう」
これを少し固い言葉で言うと、「自己欺瞞」と言います。自分に嘘をついて、自分の嘘を信じると言うことです。
それは人間だったら、まあ、妖怪でも殆どの人がよくしてしまいます。手が届かない葡萄を見ては、「あんな酸っぱい葡萄を食べてもしょうがない」と思うように。
「そうかあ……そうかもね」
「だから、こっちもちょっとくらい意趣返しに騙してやってもいいだろう? どうやっても私は人間を幸福にするんだし。こいつは突き詰めるともっと深いんだがね」
「深い?」
「私が騙して相手を不幸にする。そっから私の力で幸福にする。これでトントンさ、鈴仙でもお師匠様でも……腹に据えかねる相手の一人くらいはいるだろう?」
「そうね」
鈴仙は迷わずに言いました。永琳は「どうかしら」と笑いながら言いました。
「そいつをトントンにするための嘘くらいは、正直許して欲しいよ。私は聖人君子じゃない、ただの妖怪兎なんだから」
鈴仙は納得したようにうなづきました。「でも、人を不幸にするほどの嘘はよくないけれど」とは釘を刺しつつ。
「もちろん、そこは考えているさ」
ちなみに、この辺でてゐの言ったことはまるっきり嘘です。感謝なんて最初から求めてませんし、感謝されても邪険にされても、他人相手なら彼女は気にしません。
てゐが人を騙すのは、それが楽しいからです。ただ、それだけです。「嘘も方便」ということは、まさしく自己欺瞞の見本のような物で、そう自分に言い聞かせないと、殆どの人は嘘を付く罪悪感でぺちゃんこになってしまいます。
完璧な聖人君子の人なら――もし実在したとすれば――別ですが、誰だって、悪いことをしながら、生きています。忘れたくても忘れられない、嫌なことを、罪を抱えながら、生きています。
例えば鈴仙なら軍から逃げ出したこと。永琳なら、月の使者を殺してしまったこと。殆ど全部の人間、妖怪、神様ですら、それを抱えています。
それを全部自分のせいにするのは、永琳のように賢い人ですら耐え難いことです。ですので、「私は戦争で人を犠牲にしないために逃げた」「私は姫様を守るために使者を追い払った」などと、他人を引っ張ってきて、言い訳を――自己欺瞞を行います。
それは、自分につく嘘ですが、自分への嘘でも他人への嘘でも、そこに他人を盛り込むと、ぐっと信憑性が増します。
そのあたりは、てゐは十分わかっています。だから、「他人に邪険にされて辛かった」「気にくわない相手を幸福にしたくない」などと、他人を出しつつ嘘をつくのです。
「そもそも、私の言う事なんて半分が嘘だと思ってくれていいのさ。どう転んだって、私は人を幸福にしてしまう。そのためには嘘も必要になりますよ。ねえ、お師匠様?」
「難しいわね」
永琳は、流石に賢い人ですので、てゐの話したことがほぼ嘘だとは推測しています。でも、絶対だとは言い切れません。そういうのは、推測の限界です。だから、深く話そうともしませんでした。
もっとも、永琳の推測は人間の比ではありません。百年や千年先の予想ですら、まず外れないほどに推測できます。ただの漁師だった水江浦嶋子を神様にして、遙か先の未来で、科学の言葉に使われるほどの有名人としたのは、その例でしょう。時には変えたいと思っても、自分一人の力では変えられないほどに、未来がわかってしまいます。
ともあれ、てゐは清々しい気持ちでした。久しぶりに思いっきり嘘を付いたからです。とはいえ、喉元にはまだ熱さが残っているので、びくびくしながら耳に触れてみました。
また伸びていたら、流石に嘘は付くまいとは思っています。体中を見回して、何も変わったところは有りませんでした。それは残念でした。ピノッキオの話を聞いて、自分ならやってやる、と思ったことが出来なかったからです。
そのためにも、しばらくはひたすら嘘をつこう。てゐは決めました。耳や鼻が伸びてしまったら、絶対に嘘をつかないようにしようとは思いつつ。
◇
てゐは里に家を建てました。なかなかに大きな屋敷です。中にいるのは殆どが小さなうさぎですので、実際にそれが必要かと言われると、ここまで大きくする必要はないのでしょうが、てゐは大きさに満足していました。
今のてゐは永遠亭を出て、この屋敷に住んでいます。すっかり冬ですが、暖房も効いていて、永遠亭並みに快適な建物です。
「呆れた物ね」
屋敷に入り、毛玉に向かって、鈴仙は言いました。その白い楕円形は、綿菓子を連想させるかもしれません。綿菓子みたいな毛を持ったアンゴラうさぎも、勿論連想できます。
外には白い雪が降っています。寒い、寒い冬の一日でした。鈴仙は、とても肌触りのよいマフラーを巻いていました。てゐからのプレゼントです。
「誰も不幸にはなってないよ」
嘘をつく人間が……まあ、てゐはうさぎですが、嘘つきが幸せになれないなんてのは、それこそ嘘っぱちだとてゐは思っています。ふかふかの毛玉の中で、てゐは幸せでした。
「そうかもしれないけれど……」
その毛玉がアンゴラうさぎと違うのは、頭まで毛に包まれていることです。毛玉からにゅっと顔を出して、てゐは言いました。
「私は確かに大もうけだけど、みんな素敵なアンゴラやモヘヤが手に入るんだ。それも安く」
「ううん……でも羊飼いとかは不景気じゃない? ウールが売れなくて」
「いやいや、そっちと混ぜて売るのが殆どだからね。まさしく三方一両得さ」
このままでは流石に話しにくいので、てゐは妖怪うさぎを呼んで――あらかじめ教え込んでいたとおりに――毛を切らせました。てゐは身軽になりました。工場に持っていく原料も、沢山手に入りました。
「でも、アンゴラでもモヘヤでもないでしょうに」
「確かにそうだけど……おっといけない」
妖怪兎が運んでいた毛が、消えていきました。鈴仙のマフラーも、少しだけ小さくなった気がします。
てゐが嘘をつき続けた結果、また、伸びるようになりました。前と同じく、ピノッキオと同じく。ただ、伸びるのは耳ではありません。毛が伸びるようになったのです。ただのうさぎだった頃のように、体中から伸びてくるようになりました。嘘をついてしばらくすると、嘘の分だけ毛が伸びてきます。
ピノッキオの鼻が伸びても端材にしかなりませんが、てゐの毛はとてもなめらかな繊維になります。アンゴラよりも素敵な織物が作れます。
アンゴラうさぎを育てるのは手間ですし、うさぎは小さいので、一匹のうさぎから取れる毛は、あまり多くはありません。ですので、うさぎの毛というのは高価な繊維です。
一方、てゐの毛は、嘘をつけば幾らでも伸びてきます。原価という物は嘘だけですので、とても安く売ることが出来ました。妖怪うさぎや、腕のいい商人に手伝わせたおかげで、てゐの始めた繊維会社は、あっというまに大きな会社になりました。
繊維自体も売ってますし、自分で加工しても売っています。どちらも、とてもよい売れ行きでした。事務所を兼ねたお屋敷を建てるのも、簡単なことでした。
「師匠はどう思ってるのかしらね……止めないって事は認めてるのかしら」
てゐは黙っています。嘘をつくと毛は伸びますが、本当のことを言うと消えてしまいます。しかも、一回の嘘で現れたよりも遙かに多く。そこが、この病気か呪いか祝福かわからないものの難しいところでした。
「お師匠様は、激怒してたよ。二度と永遠亭の敷居を跨がせないくらいの勢いで」
「ええ!? そこまで言わなくても……」
「と言うのは嘘だけど」
本当のところは「貴方がそれでいいと思うなら好きにしなさい」という感じでした。
「本当に貴方は嘘ばかりで……」
そんな調子で、てゐは鈴仙に嘘をつき続けました。最後は鈴仙も呆れて、てゐの言葉を信じなくなってしまいましたが。
「まあ、今日は帰るわ。貴方が元気そうなのは確認できてよかった」
「もう会うこともないだろうね」
「わかりやすい嘘。じゃ、またね」
と言って鈴仙は帰りました。帰り際に、素敵なセーターとコートをお土産に渡しました。鈴仙に嘘を付き続けたのは自分の都合ですが、これはお詫びなどではなく、単純に友達へのプレゼントです。てゐは嘘をついたからと言って罪悪感を感じたりはしません。耳が伸びでもしない限りは。だから、お詫びをしようとも思いません。
てゐは、また毛玉になっていました。ベルを鳴らして、妖怪兎を呼びます。シャワーの部屋に行って、あとは何も言いません。「毛を剃ってくれ」などと望みを正しく言うと、毛が消えてしまいますから。あらかじめ教え込んでおいて、あとは無言で剃らせておけば、毛は消えないようです。
息を吐くようにして嘘を付くのはてゐには容易ですが、本当のことを言わなければならないときでも、言えないというのは中々に骨ではあります。
毛を剃らせて、シャワーを浴びて、耳以外には毛のない、見慣れたてゐに戻りました。その日も、てゐの毛から作られた服や小物は沢山売れました。
みんなには「うさぎ独自のルートで入手したアンゴラ」と言っています。それを皆が信じているおかげで、毛は幾らでも生えてきます。
てゐは幸せでした。いつものように嘘を付くだけで、楽に簡単に、お金持ちになれたのですから。真面目に薬を売ったりするなんて馬鹿らしいな。と思っていました。
◇
もうすぐ、冬も終わります。売れ行きは鈍くなってきましたが、会社の蓄えは山ほど有るので、それは問題有りません。また寒い季節を待てばいいだけです。
それよりも問題なのは、毛が入手しにくくなってきたことです。前々から、嘘をついたら毛が伸びるときと、伸びないときがあるのは気がついていました。何故だろう、と最初は思っていました。今でははっきりわかっています。
相手が嘘に騙されてくれれば、毛が伸びます。「そんなの嘘だ」と思われると、伸びません。そこが問題でした。もう、誰もてゐの話を信じなくなりました。流石に嘘を付き過ぎたのでしょうか。どんなことでも嘘だと思われるようになりました。
てゐは考えて、何匹かの妖精を雇いました。妖精は基本的に騙されやすいので、てゐの嘘も信じてくれます。
そうしている内に春になりました。普通の人は毛織物を買う時期ではありませんが、服や小物を作る人は秋冬物を考えないといけないので、ある程度は売れました。妖精を騙して増えた分と同じくらいは、売れていきました。
夏になりました。妖精を雇っては変えて、雇っては変えていきます。夏に毛が伸びて毛玉になるのは厳しいのですが、冷房も効いているのでてゐは我慢できました。
それから、秋になりました。そろそろ売れ行きもよくなる時期ですが、問題が起きました。もう、妖精ですらてゐの嘘を信じなくなったのです。さて、どうしたものかとてゐは思いました。
悩んで、てゐは嘘を考える人を雇うことにしました。相手に頼っても、もう無理だと思ったので、自分の嘘を変えようと考えたのです。
まず、永琳に声をかけてみました。もっとも、永琳が「いいわよ」と言ってくれたのは意外でした。どうせ駄目だと思って、あのスキマ妖怪か紅魔館の魔法少女にでも頼るか、と考えていたので。
流石は月の頭脳でしょう。永琳の考えた嘘は、誰もが信じてくれました。それに、誰もが不幸にならないような嘘でした。例えば、永琳はこう言いました。
「里に、こういう男の子が住んでいるの。その子に、こう言いなさい。『君が思いを寄せているあの子がどこそこで待っている』と」
それ自体はまるっきり嘘ですが、それをきっかけにして、二人は恋人になれました。付け加えれば結婚して幸せな家庭を築きます。それは先の話ですが……永琳はそうなると確信して教えていました。
おかげで、また冬が来ても在庫は十二分にありました。その年も、てゐの会社はとてもよい売れ行きでした。
みんな、幸せでした。人々は、素晴らしい毛織物を安く手にいれることが出来ました。売る人も、混ぜる繊維を作る人も、毛織物にする職人も、みんな裕福になりました。てゐも沢山のお金を手にしました。永琳にも山ほどのお金を渡していました。そのお金で、永琳は薬を作ります。元々お金はあるときでいい、というのが彼女でしたが、いつまでもお金がないような人にも、薬を配りやすくなりました。
てゐが嘘をつけばつくほど、人々は幸福になれました。そして、また冬が終わります。
◇
「……」
「この嘘なら、必ず信じるでしょう」
春になって、てゐは無言でした。永琳の指示は、きっと完璧なのでしょう。永琳に教えられた嘘が信じられなかったことは、ただの一度もありません。それを嘘だと気が付かれることですら、殆どありませんでした。
あまりにももっともらしく、誰も困らない嘘なので、人々は「てゐが正直者になった」と思っていたほどです。それが、嘘を信じさせられた理由かもしれませんが。狼少女だったうさぎは、もう真面目なうさぎと思われています。
信じたとしても、後々疑われることはありました。でも、僅かにあったそれも、まさしく「嘘も方便」でした。誰一人として、てゐを恨むことは有りませんでした。永琳の嘘はそこまで考えられたものでした。みんなを、幸せにしていました。
彼女の力は、「人間を幸運にする程度の能力」です。そして、前に言った、「気にくわない相手を嘘で不幸にすればトントン」というのは、嘘です。どうやっても、彼女と関われば、それが人間なら、幸福になれます。
ただ、あくまで「人間を幸運にする程度の能力」なのです。妖怪うさぎはその範疇を外れています。てゐは不幸でした。不幸は言い過ぎかもしれませんが、もう疲れ果てていました。
てゐの会社は相変わらず素晴らしい売り上げでした。そのお金で、てゐはお金で買える物なら、なんだって買うことが出来ました。豪邸と呼ぶに相応しい家は沢山買いました。河童の作った高価な機械も沢山買いました。畑を買ったり、うさぎのための牧場を作ってみたり、それはキリが無いほどに。
また、夏です。
「もっと簡単な指示にしてくれませんか……」
「これは完璧な嘘。完璧というのは、もう何も変えようが無いから完璧なの」
てゐが力なく言った瞬間、在庫の毛は山ほど消えました。
「でも、到底覚えきれません」
「それは私の関わるところではないわ。貴方の望み通り、私は必ず騙されるだろう嘘を考えたのだから」
また、在庫は消えます。てゐは覚悟して、一人で嘘を覚えます。
「八月十三日の十五時十二分に数学者の元に行く、三以上の自然数nについてx^n+y^n=z^nとなる自然数(x,y,z)の解は存在しない、何故なら――」
自分の言っていることの意味はまったくわかりませんが、必死に覚えます。
「――そしてn=3の場合のみ考えればよい、ここで因数分解をすると虚数になるが――」
何が嘘なのか、まったく理解できないまま、彼女は数学者の元に行きました。この間違えた計算が、後々正しい答えに繋がるのですが、それもてゐの理解できるところにはありません。
その時は苦労しては苦労して、どうにか嘘を覚えることが出来ました。まあ、相手の人もどこか抜けてはいたのでしょう。妖怪うさぎが急に来て、数学の話をしたのを信じるなんて。
でも、考えている人はそうなります。永琳の嘘を必死に覚えて、苦労して苦労して嘘を付くてゐも、端から見れば滑稽かもしれません。
嘘をつくだけで、要するに今までどおりにするだけでお金持ちになれる。そう思っていたはずが、最近では何よりも厳しい行動をして、ようやく一欠片のお金が手に入るようになっていました。でも、それが馬鹿らしいことだと気がつくには、なかなかに時間がかかってしまいました。
考え事をしていると、どうしてもそれ以外に考えが回らなくなってしまうのは、人間もうさぎも同じなのです。
◇
「会社を畳むことにしました」
もう一度冬が来て、てゐはもう辞めようと決めました。嘘を付くことに、もう疲れ果てていました。
「そう、じゃあ、私の仕事もこれまでね」
「最後に一つ、お願いがあります」
「何かしら?」
「もう毛が伸びる必要は無いので、治す薬を下さい」
「薬を飲めばなんだって治るなんて言うほど、世の中都合よくはないわよ。そうしたら、病気で死ぬ人はいなくなるわ」
「そこをなんとか。一生毛むくじゃらも嫌ですし」
永琳の言うことはもっともですが、当の本人は病気でもなんでも死ななかったりします。妖怪の住む世界という物は、人間だけの世界よりは幾らか都合がよいのは確かです。
てゐは何度も頼みました。お金も山ほどあげました。そのどちらが有効だったのかはわかりませんが、永琳は治し方を教えてくれました。「わかったわ。毛が伸びないようにしてあげる」と言ってくれました。
妖怪の賢者様に連絡をとって、彼女が何かをすると、てゐの何かは無くなりました。嘘をついても、毛が伸びなくなりました。
沢山のお金を渡しても、どうすれば使い切れるかわからないほどのお金も残っています。これで当分は――人間なら一生を何度も繰り返せるような時間は――悠々自適に、遊んで暮らせるな、と思いつつ、てゐは会社を畳みました。みんなに退職金を渡して、在庫も最後に安売りして、事務所でもあった屋敷はただの家になって、うさぎ牧場や畑は管理が面倒なので手下のうさぎ達にあげて、それでおしまいです。
すっかり気楽になったてゐは、嘘をついたり、本当のことを言ったり、会社を作る前のように暮らしていました。
「随分とすっきりしちゃったわね」
「まあ、持てあますのは確かだけど、何か面白い使い道でも捜してみるさ」
鈴仙とのんびりお話をしたりもしています。
「まずは倉庫を整理しないとねえ。織物にしなかった毛がまだ残ってる。そうだ、鈴仙、よかったら編み物にでもしてみるかい?」
「そういうのは苦手なのよね」
「それがいいんだよ、不器用な女の子が手作りで作る。これはまた違った味わいがある」
「そんなものかしら」
鈴仙を連れて、てゐは倉庫に行きます。「里のなんとかが鈴仙が素敵って言ってたんだけど――」などと、嘘のことや本当の事でからかっています。
「冗談言わないでよ」と鈴仙は恥ずかしそうに嬉しそうにしていました。そうして倉庫に着くと、倉庫は空っぽでした。
「おや」
もうあの病気か罰か何かは治ったはずなのに? 泥棒でも入ったのだろうか? とてゐが思っていると、玄関から大声が聞こえます。
「マフラーがすかすかよ! 不良品じゃない!」
「こっちのカーディガンも穴だらけ!」
てゐが行くと、怒った顔の人が何人もいました。「おかしいな、ちゃんとした職人に作らせて検品もしてるのに」とは思いましたが、怒った人が渡した品は、確かに酷い有様だったので、「すいません。検品が甘かったんですかね……」と言ってはお金を返しました。
検品は完璧だったと思いつつ「検品が甘かった」と言ったとき、カーディガンの穴が大きくなりました。てゐは青ざめました。
「不良品を売るのは駄目よ、詐欺も詐欺。ちゃんとチェックしなきゃ。まあ、もう終わったことだしお金も返したみたいだけれど……」
「…………」
「どうしたの? てゐ? 顔色が悪いわよ? 風邪でも引いた? だったら薬を持ってきてあげるから」
てゐはもう何も言えません。いえ、言うことは出来ます。
「いや、なんでもないよ」
嘘を付くことは出来ます。「どうしよう」と思っているときに「なんでもないよ」と言っても、穴は大きくなりませんでした。
「いけない、買い物に行かないといけなかったんだ」
そう言って、てゐは駆け出し、飛んでいきました。永遠亭を目指して、永琳を目指して。
「黙ってたらわからないわよ」
この嘘つき、全部わかってるくせに、とてゐは思っていますが、口に出したらまた毛が消えてしまうとわかっているので、何も言わないで永琳の前に立ちすくんでいます。迷って、なに、お金はまだまだあるんだと思って、てゐは言いました。
「お師匠様、嘘をついても毛は伸びなくなりました」
「もちろん。私はちゃんと対策してあげたわ」
「でも、本当の事を言うと今でも毛が無くなるんです」
「それは仕方ないわね。私は貴方が毛が伸びないようにしただけだから。それは約束通りだし、嘘ではないわ」
「そんな殺生な。私はそこまで頼んだつもりだったのに」
「言葉は難しいわね」
話しては毛を無くしつつ、永琳の話はずっとそんな調子だったので、
「もういいです。貴方には頼みません」
「そもそも、私の力ではそれは治せないの」
てゐは怒って、妖怪の賢者様の所に行きました。家を探すのは少し手間でしたが、どうにかたどり着きます。
「紫様はいらっしゃいますか?」
「紫様は寝てます」
「起こして下さい」
「冬眠中は何があっても起こすなと言いつけられてますから」
お付きの狐に断われて、機嫌を損ねても良くないと思い、てゐは諦めました。冬が終われば起きるだろうと思いつつ。
だから、春まで待ちました。その間は、嘘ばかりを言っていました。冬の間くらいなら、難しいことではありません。
「いい天気だね」
「どう見ても雨が降りそうな雲じゃない」
鈴仙は何を言っているんだろう、という顔でしたが、もう毛はいらないので難しい嘘を付く必要はありません。
「素晴らしいスクープがあるよ。二円でいい。これがあれば花果子念報は文々。新聞なんて目じゃない新聞になるさ」
「高い……高いけど……本当にそんなに凄いの?」
「もちろん、確かに高いけれど、これは誠意というか、真面目さを見てるんだね。ネタのためにはお金を投げ出す覚悟があるのか」
「ううん……確かに貴方は大金持ちだし、覚悟を試すか」
詐欺で遊ぶことも出来ます。
特に辛いこともなく、春になりました。
「紫様はいらっしゃいますか?」
「はい。ご在宅です」
賢者様も、冬眠から冷めていました。
「こんばんは。紫さん」
朝早くでしたが、もう起きていました。
「おはよう。何の用かしら?」
「貴方のおかげで毛は伸びなくなりましたが、本当のことを言うと毛が消えてしまうんです。どうか治して下さい」
「いいですよ」
こいつは永琳と違って話がわかると感じながら、てゐは「ありがとうございます」と言いました。
「でも、手間もかかるし、報酬は欲しいわね」
「それは勿論」
「じゃあ、貴方の全財産を下さい」
「それは流石に……」
「と言うのは冗談ですわ。そうねえ。うん。決めた。ロンギヌスの槍と、レーヴァテインと、聖杯を下さい」
「なんですかそれは」
「それは自分で捜しなさい。貴方、はたてさんに言ったでしょう? こういうのは覚悟を試すんだって。そういう決意、素敵ですね。ああ、あなたの所の姫様もそんな感じでしたね」
ロンギヌスの槍だのなんだの、なんだそれはと思いつつも、てゐは方々を捜しました。
「レーヴァテインがここにあると聞きました」
フランドールからレーヴァテインを買いました。
「ロンギヌスの槍があると聞きました」
槍は早苗から借りられました。聖杯だけは見つかりません。
「お師匠様、聖杯って知ってますか?」
「ええ。キリスト――神様に纏わる杯ね。有名な物よ」
「どこにあるんでしょう? 知ってますか?」
「ええ。ノバスコシアにあるわ」
「どこですか?」
永琳は本棚から地図帳を取り、場所を示しました。カナダという国の端にあるのですが、てゐは全く知らない場所でした。そもそも、どうやっていくのだろうと思います。
「そんなところ、行けませんよ」
「でも、そこに行かないと無いわ。まあ、私の知っている限りではね。いくつか有るという話も聞いたことはあるけれど、それは物の真偽も含めてはっきりとは知らないわね」
仕方ないので、てゐはまた方々に探しに出かけます。
考えて、てゐは返金する仕事の人を雇うことにしました。捜すとなればどうしても本当の事を言わないと行けないので、自分でやるのは手間でした。
ずっと捜して、見つかりません。二個有るだけでも十分だろうと思うようになりました。誠意は見せられるだろうと思って、賢者様の所に行きます。
「レーヴァテインとグングニルの槍を持ってきました」
「聖杯は?」
「場所はわかってるんですけれど、いかんせん外の世界、貴方様の力がないと」
「とりあえず、見せて下さる?」
てゐは二つの物を渡します。
「偽物じゃない。レーヴァテインは剣じゃなくて杖だし、この槍はプラモの部品……やり直しね。あと、外の世界に連れて行く気はないわ、自分で頑張ってね」
「もう無理です。必死に捜したんですよ」
「捜したらで済むなら、貴方の姫様はどれだけ結婚しないといけなかったのかしら?」
「そもそも、レーヴァテインとかロンギヌスの槍なんて本当にあるんですか?」
「さあ? 無いはずだったあの一枚天井も永遠亭にはあるそうですが――見せれば終わる存在の証明と違って、存在しないことの証明は難しいですからね。捜すのが辛いなら、全財産でもいいですよ。これだけで。まあ、こうなるのもある程度読めてました。ラプラスの魔のような賢い少女がわたくしですもの、貴方が必死に捜したのも知ってますし」
「これでいいですよ」と言いながら、賢者様は、紙に数字を書きました。山ほどのゼロを書きました。てゐの全財産の数字でした。もう疲れた、お金はいいやとも思いつつ、数字で見ると惜しくもなったので、てゐはまた探しに行きました。
でも、見つかりませんでした。見つからないのも疲れるのも、まだいいのですが、問題は返金の山です。会社には勿論経費というものがありますから、全部返金したら赤字どころではありません。山ほどの借金になってしまいます。
このままではいずれ借金生活だ。考えたあげく、てゐは諦めました。あんなもの、最初から存在しないんだと信じました。
「わかりました。お金を払うので治して下さい」
「ええ、でしたらこれだけくださいな」
それは、前に書かれたのと同じ数字でした。あれからも本当のことを言っていたので、そこまでのお金は残っていません。
「もうそんなに残ってません」
「じゃあ稼いで来てください」
しょうがない、詐欺でもしてお金を稼ぐしかない。と思いました。で、何人かの人を騙しました。すると、とても怒った顔で鈴仙がやってきました。
「ひどい。おばあさんからお金をだまし取るなんて、貴方には良心がないの?」
「でも、しょうがな……」
慌てて口を閉じます。本当の事を言うと、また詐欺をする相手が増えてしまいます。
「……私だって詐欺なんてしたくないよ。心が痛む。でもさ」
言い換えて、でも、毛が無くなってしまいました。それは遠くで起きたことなので、てゐにも気がつけませんでしたが。
詐欺をしたくないというのは真実でした。遊びではなくて、必要に迫られれば手間になってしまいます。心は痛まない、てゐは思っています。
ですが、これも自己欺瞞かもしれません。「お金を返せ!」と怒鳴り込まれたときは、てゐも嫌な気分になりました。詐欺をしても、いつかはわかるともてゐは経験で知っています。それでもしてしまうのが妖怪うさぎではありますが……怒った相手を思って、嫌な気分にはなってしまいます。
「そうだよね……話は聞いてる。私に貯金でもあれば貸してあげるけれど、そんなに沢山はないし……でも、詐欺はよくない。私からも師匠に頼んでみるわ。師匠だって、おばあさんが詐欺にあうようなのは嫌だろうし、このままだと、貴方は地獄送りの前に殺されてしまうわ。師匠が本気でやれば、どうにでもなるわよ」
そんなてゐの気持ちはいざ知らず、本当と嘘がないまぜになったてゐの言葉を受けて、鈴仙は永琳の所に行きました。
「師匠、てゐ一人ならまだしも、みんなに迷惑をかけてしまいます。なんとかして治してあげて下さい」
「みんなの迷惑か一人の迷惑かはわからないけれど……でも、辛いでしょうね。わかった。私が紫に口を効いてあげましょう」
永琳が何を言ったのかはさておき、今の全財産で賢者様は全てを治してくれました。使い道は、永琳に任せてくれました。
そのお金は色んな事に使われました。例えば、返金した人には、買い直さずに済むよう新しい毛織物を送りました。詐欺に引っかかった人には、お詫びの品を添えて、お金を返しました。あの屋敷は、病院を兼ねた薬屋になりました。鈴仙が運べないときでも、薬を買うことが出来るようになって、みんな助かりました。
そして、元通りです。
元通りとは違うかもしれません。てゐに騙された人は、みんな幸せになりました。新しい毛織物は素晴らしい品でした、毛が消えるまで、古い物もずっと使えていましたし、痛む前に変えられたのです。
詐欺に遭った人も、回り回って、その人にあった形で、幸せになりました。薬屋が便利なのは、言うまでもありません。
結局の所、てゐは幸せを運ぶうさぎなので、どうやってもみんな幸せになってしまいます。
「治ってよかったわね」
「あれだけ有ったお金も、全部無くなってしまったけれど。儲けたのはくたびれだけだったよ」
「おかげで、こんどこそ真うさぎになれるんじゃない? 嘘をついても結局はこうなるだけよ」
永遠亭に帰ってきたてゐは、鈴仙と話しつつ、もう嘘は当分いいやと思ってます。人に会うのも億劫です。あえば、騙したくなりますし。
今でも、本当に幸運な人は、てゐに会うことが出来るでしょう。多分騙されて、きっと、幸運を手にいれます。元からあまり幸運でない人は、てゐに会うことは難しくなりました。
てゐが嘘を付くために動き回っていたときのようには、幸運がばらまかれることはありません。
だから、みんなの、幻想郷全体の幸運は減りました。でも、てゐは少し幸福になれました。嘘をついて、それに悩まされることは、しばらくないでしょう。そんな不幸はもう無くなりました。
そんな元通りの世界で、ある日になりました。
「嘘も方便ってのはわかってるけれど、どうしても心は痛んでしまうわね」
永琳は呟きます。永琳でも治せないような、治すべきではないような難しい病気の――寿命が近い人に、希望を持たせる話を、つまり嘘を付いたばかりでした。
「でも、師匠はきっと正しいことをしていると思います。最後まで希望をもっていきられるように嘘をつくのは、正しいことだと」
「そういうのを他人が決めるのはおこがましい、それは確かでしょうね」
あの嘘と偽薬と痛み止めとは知らせなかった鎮痛剤のおかげで、余命が三年は延びるだろう。生活の質も上がるだろう。そう推測しながら、永遠に死なない月人は、難しい顔を浮かべています。それは、どれだけ生きても、答えの出ない問題でした。
ただ、これは確かでしょう。嘘を付かれた人は、不幸にも幸せにもなれます。嘘のせいですっきりと生きていける人もいます。それは相手と嘘次第です。でも、嘘をついた人はどうやっても嘘を抱えては、悩まないといけません。嘘がばれるまではいつまでも。それだけは、確かなことです。
「ありがとうございました」
頭を下げて、彼は帰っていきました。ずっと永琳に見てもらっていた人の、息子さんです。どれだけ病気を治そうとしても、蓬莱人で無い限りは、いつかは死んでしまいます。例え月の医学があっても、そこは仕方の無いところです。誰も死ななかったら、世界は人で埋め尽くされてしまいますから。
お客さんが心底から感謝しているのはわかっていますが、永琳も、鈴仙も、嬉しくはなれません。
「まあ、気持ちを切り替えていかないと、明日になれば、また新しい患者を診ないといけないんだから」
「はい。ああ……てゐが診て欲しいって言ってました。確かに、体がおかしいみたいなんです。今日も、頭まで布団を被って寝込んでましたし……」
「最近てゐを見ていないけれど、そうなの? なんにせよ診てみないことにはね、呼んできて」
「はい」
そして、てゐは入ってきました。それは不思議な症状でした。永琳ですら、見たことのないものでした。
◇
それから、何日か経ちました。てゐの症状は重くなる一方です。
「反省した?」
「勿論です」
てゐは、しょぼくれながら言いました。頭があんまりに重かったので、しょぼくれるしかなかったのもありますが、確かに反省もしていました。立ったまま、頭を下げています。
「もう嘘なんてつかない?」
「ええ、金輪際つきません」
てゐが答えた瞬間、耳がまた伸びました。もう少し伸びると、その垂れた耳は床に付いてしまいそうです。そうすると歩くだけでも擦れて大変だ。白い毛並みが土まみれになってしまう。思うと、ぞっとしてしまいます。なので、反省しているのは本当です。
いつもいつも嘘ばかり付いてきた彼女ですけれど、今日は流石に、心の底から人を騙して遊ぶのはやめようと思っています。
「まさしくピノッキオですね……」
はあ、とため息をついて、鈴仙は言いました。「ええ」と永琳は笑いましたが、てゐにはなんのことだかわかりませんでした。
「ピノッキオ?」
「有名なおとぎ話、木の人形なんだけど、嘘をつく度にね、鼻が伸びていくの。で、それが色々有って最後は人間になるの」
「へえ、人形なのに嘘までつけるなんて、森の魔法使いならいくらで買ってくれるんだろう」
「そう思ってしまう貴方が真人間、いや、真うさぎになる日はこなさそうだけれどね……」
「正直者の可愛いうさぎとして大評判なのが私だよ」
てゐも、そんな病気でした。まあ、病気と言うべきか、それとも呪いや天罰と言うべきかはわかりませんが、とにかく嘘を付く度に、耳が伸びてしまうのです。「正直者で評判」なんて嘘をついたので、その時も耳が伸びていきました。
「うう……、そうですね。ごめんなさい、嘘をつかないは言いすぎました……というか、嘘をつかない存在なんていないと思う。鈴仙も、姫様も、お師匠様も、嘘を付いたことがあるに決まってる」
「そう、ね。嘘も方便とも言うわ」
と永琳は言いました。鈴仙も迷って、でも実際そうなのでうなづくしか出来ませんでした。
「だからといって貴方の詐欺が許されるわけではないけれど……。嘘も方便とはいえど、それは嘘をつく側が言っていい言葉ではないわね」
「はい」
そう答えても、やはりてゐの耳は伸びません。
「わかったわ。薬をあげましょう。でも、てゐ。忘れないこと。貴方の耳が伸びるようになったのは私のせいじゃないわ。一種の神経失調に細胞の異常分裂――」
永琳が何かを長々と説明していましたが、てゐにはなんのことだかわかりませんでした。
「――と、今回は説明も付くし対応も出来るけれど、これは本当に天罰としか言えないわ。問題は、貴方の騙した相手が多すぎて、これが魔法か神の奇跡か人形の毒か閻魔の説教か偶然の病気かすらわからないこと。だから反省して、人を騙して遊んだりしないように」
「はい」
「少なくとも、貴方のためを思えばそうなるわ。嘘なんて付くなって」
どういう仕組みで耳が伸びるのかはさておき、確かにこれは天罰なんだろうな、とてゐは思っています。自分が人を幸せに出来ることは知っていますが、恨みを買うかはまた別の話とも知っています。だから、しっかり反省しました。
そうして、永琳に薬をもらって、何日かすると、てゐはすっかり元の耳に戻りました。
頭が軽くなって、身軽になるととても気分がよくなりました。もう嘘なんてつかない。人なんて騙したりしない。と考えています。そう思ったのは、彼女の(自分でも数え切れないほど長い)うさぎ生の中では何度目だったのでしょうか。
何千か、何万か、何十万か、もしかすると何百万年の中で、少なくとも二回はあったはずですが。もっとあったかもしれませんが、昔の事はそこまで覚えてはいません。
ワニに襲われては素兎になったときの反省を、すっかり忘れてしまったのと同じように。
◇
その日は、とても爽やかな日でした。外はなかなかに熱いのですが、永遠亭の中は冷房で涼しく保たれています。
さて、今度の縁日では何を売ろうか、とてゐは考えています。彼女は、よく縁日に屋台を出しています。今度、お寺である縁日にも出る予定です。
前に売っていたカラーうさぎは、もう売ろうとも思いません。あれは要するにスプレーで色を塗ったうさぎを、色鮮やかで珍しいうさぎだと思わせて売っていたのです。耳が長くなって大変な思いをするのは、もうこりごりでした。
色々と考えて、綿菓子を売ることにしました。河童に連絡をとって、機械を借りました。
そうして、縁日の日になりました。てゐの綿菓子は、あまり売れていませんでした。他にも綿菓子屋があった、というのもあるのでしょう。
「いらっしゃい! この雲山みたいにふかふかの綿飴だよ!」
一輪が景気のいい声で客を呼んでいます。その隣には綿菓子の形になった雲山がいました。白くてふかふかなそれを見ると、みんな綿菓子を買いたくなりました。
「てゐ、調子はどう?」
「見ればわかるとおり」
鈴仙がてゐの元を訪ねても、随分と退屈そうでした。一輪の屋台は人だかりが出来ていましたが、てゐの方には、殆ど客がありません。鈴仙も他の屋台を見に行って、てゐは退屈でした。
「くださいな」
「はい、どうぞ」
そんな中で、青い氷精が来て、綿菓子を買ってくれました。白くて甘くてふかふかなのは、殆どが機械のおかげですから、てゐの綿菓子も同じようにふわふわ美味しいものです。チルノも美味しそうに食べていました。でも、何口か目になって、チルノは怒ったように言いました。
「やっぱりこの綿飴も不良品だ! 騙したわね!」
「騙した?」
てゐにはまるっきり心当たりがありませんでした。今回は真っ当に商売をしているはずなのにと首を傾げます。
「ああ、そりゃそうなるよ」
チルノが綿菓子を付き返してきて、なるほどとわかりました。その綿菓子はやはり白くて甘いのですが、ふわふわではありませんでした。シャーベットのように凍って、固くなっています。
「あんたが冷たいから綿菓子まで凍ってしまったのさ。そんな風にぴゅーぴゅー冷気を出してちゃ駄目だよ」
「こんなにも暑いんだからしょうがないじゃない」
蝉と人声が賑やかな夏の日でした。誰でも頭がぼんやりしてしまいそうなほどに暑くて、賑やかで楽しい縁日です。
「そりゃそうだけれど、綿菓子を食べる間くらい我慢してごらん」
「うーん」
自分のせいで凍っていると言う事は納得がいったようです。少し考えて、
「わかった、もう一つちょうだい」
「どうぞ」
もう一つ、綿菓子を買いました。
「最近の妖精はお金持ちだね」
退屈紛れに、てゐは言いました。
「うん、一緒に遊んでいるだけでお金をくれる人がいるの。それもたくさん」
「それはまあ奇特な。お金を払ってまで妖精と遊びたいとは童心に溢れているのかそれとも――」
「でも、一緒に本を読めとかばかりでだいたいつまんない。もう、しばらくはいいや。ああ、話しているとまた凍っちゃう。急がないと」
チルノは大急ぎで綿菓子を食べました。今度は凍る前に食べ切れました。すると、チルノは落ち着いた顔になって、あたりは随分と涼しくなります。
ああ、とてゐは合点しました。冷房代わりに側に置いておきたい人がいるんだなと。
永遠亭や、山の何カ所かには電気で動く冷房がありますが、殆どの人間はこうやって妖精や幽霊で涼を取るのが精一杯です。
そして、捨てようと思っていた、突き返された綿菓子を、口に運んでみます。綿菓子ではありませんが、甘く冷たい、美味しいお菓子でした。
「いいことを思いついたよ。綿飴を凍らせて売ればきっと沢山売れる。どうだい、一緒に商売をしないか? 売り上げの三割は貴方の物だ」
「商売? よくわからないけど面倒だからいいよ」
「そこにいてくれるだけでいいんだけれど」
「やだよ、縁日をもっと回りたいもの」
と言って、チルノは何処かに駆けだしていきました。売れ行きが悪いと言っても、たまには客も来るので、放り出して追いかける事も出来ません。
「あら、今年はカラーうさぎを売ってないんですね」
山の風祝が神様付きで訪れて、てゐは愛想よく「いらっしゃい」と言いました。
「あれはやめました。真っ当に商売をしていきます」
「そうですか。でも、この年になると、ああいうのが何となく懐かしくなります。カラーひよことか、絶対に当たりの無いくじとか、倒しても倒しても落ちない射的とか。そんなのが」
「当たりの無いくじ?」
「まあ、絶対に無いとは言い切れませんけど……たぶん最初っから当たりの無いだろうくじが、縁日にはだいたいあるんですよ。言われると、確かにこっちではそういうのは見ませんね。外の世界の神社にはよくありました」
そんな商売もあるのか、とてゐは思いました。もっと不思議なのは、
「そんな詐欺が許されているんですかね。外の世界では」
そんな籤が有ること、
「詐欺、詐欺か。詐欺というとそうなんでしょうけど、当たりなんて無いってわかってますからねえ。まあ、小さいときは信じてるのかな。ゲーム機とかが当たるって。でも、大人になってあれが当たりなんて無いと気がついても、懐かしいだけですね」
そして、早苗がなんだか嬉しそうに話すことでした。
「そういう商売でも神罰は下らない?」
「どうです? 八坂様? 守矢様?」
神奈子は考えるでもなく、すぐに口を開きます。
「籤でも射的でもなんでも、ああいう小さな詐欺に騙されて、みんな大人になるんじゃないのかね」
「神奈子はわかった風で。私が顕現しては縁日に行って、型抜きを大成功したのにテキ屋が支払いを渋ったときは、流石の私も八代先まで祟ると決断してやったさ。神と神域を蔑ろにする不届き者にはと。まあ――」
諏訪子は少しだけ考えて、手に持っていたあんず飴を舐めながら言いました。
「カラーひよこ……うさぎか、たぶん子供は楽しいんだろうね。大人はわかってるから『こんなの買ってきて』と渋い顔をするけれど、まだ知らない子供はああいう怪しいものがないと物足りない気がするよ、飴の人工着色料とかさ、ああいうのは子供にはたまらないんだろう」
「守矢様に子供時代があったとも思えませんが」
「子供の事はわかるよ、全国の百万匹ケロちゃんは常に心を見ているんだから。神社でお参りをした無数の人の願いを通じて」
「素敵ですね」
てゐには何が素敵かはよくわかりません。わかったのは、早苗と神奈子は綿菓子を買ってくれたけれど、諏訪子は買ってくれそうに無いと言う事です。あんず飴をなめ続けている神様は。
「そうすると、カラーうさぎ程度では天罰は落ちない?」
「諏訪子はわからないし、寺のことはあっちが決めるんだろうが、まあ、私はそのくらいで目くじらは立てないさ」
もう一個わかったのは。カラーうさぎ程度なら、八百万のうち一つの神様からは、神罰が下ったりはしないと言うことでした。と言っても、他に祟られたりが怖いので、てゐは、今のてゐは、人を騙そうとは思いません。
だから、その日もずっと真っ当に綿菓子を売っていました。売り上げは、結局いまいちでした。
◇
季節が秋になった頃、ふと永琳は言いました。
「ウドンゲも、少し社交的になったのかしら?」
鈴仙が薬を配達してきて、少し帰りが遅くなりました。てゐがお使いに出かけて、道草を食って遅くなると、だいたい叱られます。なのに鈴仙に関してはそうではないようです。これはちょっと不公平だと思って、てゐは言いました。
「お師匠様は、鈴仙には甘いね。私が遅れると怒るのに」
「貴方は毎度だからよ」
「毎回やむを得ない事情がありましてね」
まあ、事情があるのは本当です。美味しいお団子屋さんが出来ていたので、思わず行列に並んでしまった。みたいな事情は。で、口に出すときは百倍くらい大げさにして言い訳にしています。それが嘘かというのは微妙なところです。
「売り上げには繋がりそうにないですが、妖精に絡まれても……妖精に薬が必要なわけでもないですし」
「絡まれたって何さ? 決闘でも挑まれたの?」
「ううん、話をせがまれただけ。月の話とか……ああいうのはファンタジーに見えるのかな。妖精は好きみたい。童話とかもね、話すと喜ぶわね」
「童話か」
聞いて、二つほど思い出しました。一つはあの屋台。もし鈴仙がそこにいれば、お話でチルノを引き留めて、綿菓子のシャーベットを作れたんだろうなと。お金で釣るよりも、そっちの方がよほど誘えそうだ、と今更ながらに思います。
「お話をしましょう」と言って、チルノを引き留めればよかった。と思います。それは果たして騙すことなのでしょうか。お話をしましょうは本当で、でもてゐの目的はそこには無いというのは。
それはともかく、思い出したもう一個もあります。ピノッキオの話です。
「前に、私の耳が伸びたとき、ピノッキオの話をしたじゃない?」
「ええ」
「今、ふと思ったんだけれど、ピノッキオは木の人形。製材所の木が痛い痛いと叫んだのは聞いた事もない。そうすると、伸びても切ってしまえばいいんじゃないかな」
「切っても切っても伸びるからどうにもならないでしょう。嘘を付くのを辞めない限りは」
「そうするとそれは凄いね、嘘を付くたび、幾らでも木が取れる。家具職人にでもなれば大もうけだ」
てゐは自然にそう思いました。ピノッキオの大きさがどんなものかはわかりませんが、まあ、話を聞くに人間並みじゃないかとは思いました。
そして、永遠亭を見渡しても、木で作られた物は山ほど有ります。例えば机があります。その脚はどうだろう? と考え、流石に細いかなとは思いました。でも、机の上の棚。その華奢な脚なら鼻の大きさでも十分じゃないだろうかと。
「ピノッキオはいいね。チルノもそうだけど、いつも通りの行動がお金になるのは素晴らしい。なんの苦労もなくお金になるなんて」
「言われてみればそうかもしれないけど……夢のない話。教育にはならないわね」
「実際そうなんだからしょうがないよ。楽にお金を稼げるのは確かさ」
「特技なら、てゐも人を幸せにする力でなんとかしてあげれば? 上手くすれば、お礼にお金か何かは貰えそうだけど。感謝は少なくともされるでしょう」
「感謝か、息を吐くように嘘を付きたくなる性分だからねえ。どうしても恨まれがちだ。ま、嘘を付くことがむしろ人間の幸せに繋がるんじゃないかとも思ってるんだけどさ。それは私に限らず」
早苗達と話した事を思い出しつつ、てゐは言います。
「またそんなこと言って、師匠からも言ってあげて下さい」
「……実際、嘘を付くのが人を幸せにするか不幸にするかは難しいわね」
「お師匠様はやはり考えが深い」
「とはいえ、少なくとも嘘を付いた人間が幸せになれる気はしないわ。貴方にしても、少なくともこのままじゃ地獄行きは、閻魔様が保証してるんだから」
「そうですけどね」
地獄の沙汰も金次第、と心の中で思いながら、てゐは一応頷きました。内心では、嘘を付いたら必ず不幸になんてなるものか、と思ってますが。てゐは長生きしてきたので、幸福に生きてきた嘘つきも沢山知っていますし。
「でもさあ、鈴仙。幸せにする力ってのはね、意外とお金にならないのさ。私は人を幸せにする力がある。そいつは間違いない」
「だから恩に着せる……というと言い方は悪いけれど、上手くすればお礼は幾らでも貰えるんじゃない?」
「そうだねえ。不幸な物はまさしく溺れる者は藁にもすがる心境さ。でも、そこから抜け出すと、まさに喉元過ぎれば熱さを忘れるって奴でね、不幸なときの切実な願いも消え失せてしまう」
てゐは、鈴仙からも永琳からも目を離して、悲しそうな顔を作って言いました。
「私だって、昔は幸福になって喜んで貰えば、それだけで嬉しいと思ってた。でもねえ。こっちのおかげで幸せになったのに、向こうは自分の力でなんとかしたって思ってる。幸福なんてのは確かに主観的だしあやふやだ。でも、こっちに礼も何も無いのは辛いよ。ましてや、礼どころか邪険にされるのが殆どじゃあ」
「どうして邪険にされるの? お礼を言われないのはなんとなくわかるけれど……自分で何とかしたと思ってればね」
「そう、思いたいんだろう。だから、私が邪魔に思えるんだよ。私を見ると、自分で自分に嘘を付いていると気がついてしまうんだろう」
これを少し固い言葉で言うと、「自己欺瞞」と言います。自分に嘘をついて、自分の嘘を信じると言うことです。
それは人間だったら、まあ、妖怪でも殆どの人がよくしてしまいます。手が届かない葡萄を見ては、「あんな酸っぱい葡萄を食べてもしょうがない」と思うように。
「そうかあ……そうかもね」
「だから、こっちもちょっとくらい意趣返しに騙してやってもいいだろう? どうやっても私は人間を幸福にするんだし。こいつは突き詰めるともっと深いんだがね」
「深い?」
「私が騙して相手を不幸にする。そっから私の力で幸福にする。これでトントンさ、鈴仙でもお師匠様でも……腹に据えかねる相手の一人くらいはいるだろう?」
「そうね」
鈴仙は迷わずに言いました。永琳は「どうかしら」と笑いながら言いました。
「そいつをトントンにするための嘘くらいは、正直許して欲しいよ。私は聖人君子じゃない、ただの妖怪兎なんだから」
鈴仙は納得したようにうなづきました。「でも、人を不幸にするほどの嘘はよくないけれど」とは釘を刺しつつ。
「もちろん、そこは考えているさ」
ちなみに、この辺でてゐの言ったことはまるっきり嘘です。感謝なんて最初から求めてませんし、感謝されても邪険にされても、他人相手なら彼女は気にしません。
てゐが人を騙すのは、それが楽しいからです。ただ、それだけです。「嘘も方便」ということは、まさしく自己欺瞞の見本のような物で、そう自分に言い聞かせないと、殆どの人は嘘を付く罪悪感でぺちゃんこになってしまいます。
完璧な聖人君子の人なら――もし実在したとすれば――別ですが、誰だって、悪いことをしながら、生きています。忘れたくても忘れられない、嫌なことを、罪を抱えながら、生きています。
例えば鈴仙なら軍から逃げ出したこと。永琳なら、月の使者を殺してしまったこと。殆ど全部の人間、妖怪、神様ですら、それを抱えています。
それを全部自分のせいにするのは、永琳のように賢い人ですら耐え難いことです。ですので、「私は戦争で人を犠牲にしないために逃げた」「私は姫様を守るために使者を追い払った」などと、他人を引っ張ってきて、言い訳を――自己欺瞞を行います。
それは、自分につく嘘ですが、自分への嘘でも他人への嘘でも、そこに他人を盛り込むと、ぐっと信憑性が増します。
そのあたりは、てゐは十分わかっています。だから、「他人に邪険にされて辛かった」「気にくわない相手を幸福にしたくない」などと、他人を出しつつ嘘をつくのです。
「そもそも、私の言う事なんて半分が嘘だと思ってくれていいのさ。どう転んだって、私は人を幸福にしてしまう。そのためには嘘も必要になりますよ。ねえ、お師匠様?」
「難しいわね」
永琳は、流石に賢い人ですので、てゐの話したことがほぼ嘘だとは推測しています。でも、絶対だとは言い切れません。そういうのは、推測の限界です。だから、深く話そうともしませんでした。
もっとも、永琳の推測は人間の比ではありません。百年や千年先の予想ですら、まず外れないほどに推測できます。ただの漁師だった水江浦嶋子を神様にして、遙か先の未来で、科学の言葉に使われるほどの有名人としたのは、その例でしょう。時には変えたいと思っても、自分一人の力では変えられないほどに、未来がわかってしまいます。
ともあれ、てゐは清々しい気持ちでした。久しぶりに思いっきり嘘を付いたからです。とはいえ、喉元にはまだ熱さが残っているので、びくびくしながら耳に触れてみました。
また伸びていたら、流石に嘘は付くまいとは思っています。体中を見回して、何も変わったところは有りませんでした。それは残念でした。ピノッキオの話を聞いて、自分ならやってやる、と思ったことが出来なかったからです。
そのためにも、しばらくはひたすら嘘をつこう。てゐは決めました。耳や鼻が伸びてしまったら、絶対に嘘をつかないようにしようとは思いつつ。
◇
てゐは里に家を建てました。なかなかに大きな屋敷です。中にいるのは殆どが小さなうさぎですので、実際にそれが必要かと言われると、ここまで大きくする必要はないのでしょうが、てゐは大きさに満足していました。
今のてゐは永遠亭を出て、この屋敷に住んでいます。すっかり冬ですが、暖房も効いていて、永遠亭並みに快適な建物です。
「呆れた物ね」
屋敷に入り、毛玉に向かって、鈴仙は言いました。その白い楕円形は、綿菓子を連想させるかもしれません。綿菓子みたいな毛を持ったアンゴラうさぎも、勿論連想できます。
外には白い雪が降っています。寒い、寒い冬の一日でした。鈴仙は、とても肌触りのよいマフラーを巻いていました。てゐからのプレゼントです。
「誰も不幸にはなってないよ」
嘘をつく人間が……まあ、てゐはうさぎですが、嘘つきが幸せになれないなんてのは、それこそ嘘っぱちだとてゐは思っています。ふかふかの毛玉の中で、てゐは幸せでした。
「そうかもしれないけれど……」
その毛玉がアンゴラうさぎと違うのは、頭まで毛に包まれていることです。毛玉からにゅっと顔を出して、てゐは言いました。
「私は確かに大もうけだけど、みんな素敵なアンゴラやモヘヤが手に入るんだ。それも安く」
「ううん……でも羊飼いとかは不景気じゃない? ウールが売れなくて」
「いやいや、そっちと混ぜて売るのが殆どだからね。まさしく三方一両得さ」
このままでは流石に話しにくいので、てゐは妖怪うさぎを呼んで――あらかじめ教え込んでいたとおりに――毛を切らせました。てゐは身軽になりました。工場に持っていく原料も、沢山手に入りました。
「でも、アンゴラでもモヘヤでもないでしょうに」
「確かにそうだけど……おっといけない」
妖怪兎が運んでいた毛が、消えていきました。鈴仙のマフラーも、少しだけ小さくなった気がします。
てゐが嘘をつき続けた結果、また、伸びるようになりました。前と同じく、ピノッキオと同じく。ただ、伸びるのは耳ではありません。毛が伸びるようになったのです。ただのうさぎだった頃のように、体中から伸びてくるようになりました。嘘をついてしばらくすると、嘘の分だけ毛が伸びてきます。
ピノッキオの鼻が伸びても端材にしかなりませんが、てゐの毛はとてもなめらかな繊維になります。アンゴラよりも素敵な織物が作れます。
アンゴラうさぎを育てるのは手間ですし、うさぎは小さいので、一匹のうさぎから取れる毛は、あまり多くはありません。ですので、うさぎの毛というのは高価な繊維です。
一方、てゐの毛は、嘘をつけば幾らでも伸びてきます。原価という物は嘘だけですので、とても安く売ることが出来ました。妖怪うさぎや、腕のいい商人に手伝わせたおかげで、てゐの始めた繊維会社は、あっというまに大きな会社になりました。
繊維自体も売ってますし、自分で加工しても売っています。どちらも、とてもよい売れ行きでした。事務所を兼ねたお屋敷を建てるのも、簡単なことでした。
「師匠はどう思ってるのかしらね……止めないって事は認めてるのかしら」
てゐは黙っています。嘘をつくと毛は伸びますが、本当のことを言うと消えてしまいます。しかも、一回の嘘で現れたよりも遙かに多く。そこが、この病気か呪いか祝福かわからないものの難しいところでした。
「お師匠様は、激怒してたよ。二度と永遠亭の敷居を跨がせないくらいの勢いで」
「ええ!? そこまで言わなくても……」
「と言うのは嘘だけど」
本当のところは「貴方がそれでいいと思うなら好きにしなさい」という感じでした。
「本当に貴方は嘘ばかりで……」
そんな調子で、てゐは鈴仙に嘘をつき続けました。最後は鈴仙も呆れて、てゐの言葉を信じなくなってしまいましたが。
「まあ、今日は帰るわ。貴方が元気そうなのは確認できてよかった」
「もう会うこともないだろうね」
「わかりやすい嘘。じゃ、またね」
と言って鈴仙は帰りました。帰り際に、素敵なセーターとコートをお土産に渡しました。鈴仙に嘘を付き続けたのは自分の都合ですが、これはお詫びなどではなく、単純に友達へのプレゼントです。てゐは嘘をついたからと言って罪悪感を感じたりはしません。耳が伸びでもしない限りは。だから、お詫びをしようとも思いません。
てゐは、また毛玉になっていました。ベルを鳴らして、妖怪兎を呼びます。シャワーの部屋に行って、あとは何も言いません。「毛を剃ってくれ」などと望みを正しく言うと、毛が消えてしまいますから。あらかじめ教え込んでおいて、あとは無言で剃らせておけば、毛は消えないようです。
息を吐くようにして嘘を付くのはてゐには容易ですが、本当のことを言わなければならないときでも、言えないというのは中々に骨ではあります。
毛を剃らせて、シャワーを浴びて、耳以外には毛のない、見慣れたてゐに戻りました。その日も、てゐの毛から作られた服や小物は沢山売れました。
みんなには「うさぎ独自のルートで入手したアンゴラ」と言っています。それを皆が信じているおかげで、毛は幾らでも生えてきます。
てゐは幸せでした。いつものように嘘を付くだけで、楽に簡単に、お金持ちになれたのですから。真面目に薬を売ったりするなんて馬鹿らしいな。と思っていました。
◇
もうすぐ、冬も終わります。売れ行きは鈍くなってきましたが、会社の蓄えは山ほど有るので、それは問題有りません。また寒い季節を待てばいいだけです。
それよりも問題なのは、毛が入手しにくくなってきたことです。前々から、嘘をついたら毛が伸びるときと、伸びないときがあるのは気がついていました。何故だろう、と最初は思っていました。今でははっきりわかっています。
相手が嘘に騙されてくれれば、毛が伸びます。「そんなの嘘だ」と思われると、伸びません。そこが問題でした。もう、誰もてゐの話を信じなくなりました。流石に嘘を付き過ぎたのでしょうか。どんなことでも嘘だと思われるようになりました。
てゐは考えて、何匹かの妖精を雇いました。妖精は基本的に騙されやすいので、てゐの嘘も信じてくれます。
そうしている内に春になりました。普通の人は毛織物を買う時期ではありませんが、服や小物を作る人は秋冬物を考えないといけないので、ある程度は売れました。妖精を騙して増えた分と同じくらいは、売れていきました。
夏になりました。妖精を雇っては変えて、雇っては変えていきます。夏に毛が伸びて毛玉になるのは厳しいのですが、冷房も効いているのでてゐは我慢できました。
それから、秋になりました。そろそろ売れ行きもよくなる時期ですが、問題が起きました。もう、妖精ですらてゐの嘘を信じなくなったのです。さて、どうしたものかとてゐは思いました。
悩んで、てゐは嘘を考える人を雇うことにしました。相手に頼っても、もう無理だと思ったので、自分の嘘を変えようと考えたのです。
まず、永琳に声をかけてみました。もっとも、永琳が「いいわよ」と言ってくれたのは意外でした。どうせ駄目だと思って、あのスキマ妖怪か紅魔館の魔法少女にでも頼るか、と考えていたので。
流石は月の頭脳でしょう。永琳の考えた嘘は、誰もが信じてくれました。それに、誰もが不幸にならないような嘘でした。例えば、永琳はこう言いました。
「里に、こういう男の子が住んでいるの。その子に、こう言いなさい。『君が思いを寄せているあの子がどこそこで待っている』と」
それ自体はまるっきり嘘ですが、それをきっかけにして、二人は恋人になれました。付け加えれば結婚して幸せな家庭を築きます。それは先の話ですが……永琳はそうなると確信して教えていました。
おかげで、また冬が来ても在庫は十二分にありました。その年も、てゐの会社はとてもよい売れ行きでした。
みんな、幸せでした。人々は、素晴らしい毛織物を安く手にいれることが出来ました。売る人も、混ぜる繊維を作る人も、毛織物にする職人も、みんな裕福になりました。てゐも沢山のお金を手にしました。永琳にも山ほどのお金を渡していました。そのお金で、永琳は薬を作ります。元々お金はあるときでいい、というのが彼女でしたが、いつまでもお金がないような人にも、薬を配りやすくなりました。
てゐが嘘をつけばつくほど、人々は幸福になれました。そして、また冬が終わります。
◇
「……」
「この嘘なら、必ず信じるでしょう」
春になって、てゐは無言でした。永琳の指示は、きっと完璧なのでしょう。永琳に教えられた嘘が信じられなかったことは、ただの一度もありません。それを嘘だと気が付かれることですら、殆どありませんでした。
あまりにももっともらしく、誰も困らない嘘なので、人々は「てゐが正直者になった」と思っていたほどです。それが、嘘を信じさせられた理由かもしれませんが。狼少女だったうさぎは、もう真面目なうさぎと思われています。
信じたとしても、後々疑われることはありました。でも、僅かにあったそれも、まさしく「嘘も方便」でした。誰一人として、てゐを恨むことは有りませんでした。永琳の嘘はそこまで考えられたものでした。みんなを、幸せにしていました。
彼女の力は、「人間を幸運にする程度の能力」です。そして、前に言った、「気にくわない相手を嘘で不幸にすればトントン」というのは、嘘です。どうやっても、彼女と関われば、それが人間なら、幸福になれます。
ただ、あくまで「人間を幸運にする程度の能力」なのです。妖怪うさぎはその範疇を外れています。てゐは不幸でした。不幸は言い過ぎかもしれませんが、もう疲れ果てていました。
てゐの会社は相変わらず素晴らしい売り上げでした。そのお金で、てゐはお金で買える物なら、なんだって買うことが出来ました。豪邸と呼ぶに相応しい家は沢山買いました。河童の作った高価な機械も沢山買いました。畑を買ったり、うさぎのための牧場を作ってみたり、それはキリが無いほどに。
また、夏です。
「もっと簡単な指示にしてくれませんか……」
「これは完璧な嘘。完璧というのは、もう何も変えようが無いから完璧なの」
てゐが力なく言った瞬間、在庫の毛は山ほど消えました。
「でも、到底覚えきれません」
「それは私の関わるところではないわ。貴方の望み通り、私は必ず騙されるだろう嘘を考えたのだから」
また、在庫は消えます。てゐは覚悟して、一人で嘘を覚えます。
「八月十三日の十五時十二分に数学者の元に行く、三以上の自然数nについてx^n+y^n=z^nとなる自然数(x,y,z)の解は存在しない、何故なら――」
自分の言っていることの意味はまったくわかりませんが、必死に覚えます。
「――そしてn=3の場合のみ考えればよい、ここで因数分解をすると虚数になるが――」
何が嘘なのか、まったく理解できないまま、彼女は数学者の元に行きました。この間違えた計算が、後々正しい答えに繋がるのですが、それもてゐの理解できるところにはありません。
その時は苦労しては苦労して、どうにか嘘を覚えることが出来ました。まあ、相手の人もどこか抜けてはいたのでしょう。妖怪うさぎが急に来て、数学の話をしたのを信じるなんて。
でも、考えている人はそうなります。永琳の嘘を必死に覚えて、苦労して苦労して嘘を付くてゐも、端から見れば滑稽かもしれません。
嘘をつくだけで、要するに今までどおりにするだけでお金持ちになれる。そう思っていたはずが、最近では何よりも厳しい行動をして、ようやく一欠片のお金が手に入るようになっていました。でも、それが馬鹿らしいことだと気がつくには、なかなかに時間がかかってしまいました。
考え事をしていると、どうしてもそれ以外に考えが回らなくなってしまうのは、人間もうさぎも同じなのです。
◇
「会社を畳むことにしました」
もう一度冬が来て、てゐはもう辞めようと決めました。嘘を付くことに、もう疲れ果てていました。
「そう、じゃあ、私の仕事もこれまでね」
「最後に一つ、お願いがあります」
「何かしら?」
「もう毛が伸びる必要は無いので、治す薬を下さい」
「薬を飲めばなんだって治るなんて言うほど、世の中都合よくはないわよ。そうしたら、病気で死ぬ人はいなくなるわ」
「そこをなんとか。一生毛むくじゃらも嫌ですし」
永琳の言うことはもっともですが、当の本人は病気でもなんでも死ななかったりします。妖怪の住む世界という物は、人間だけの世界よりは幾らか都合がよいのは確かです。
てゐは何度も頼みました。お金も山ほどあげました。そのどちらが有効だったのかはわかりませんが、永琳は治し方を教えてくれました。「わかったわ。毛が伸びないようにしてあげる」と言ってくれました。
妖怪の賢者様に連絡をとって、彼女が何かをすると、てゐの何かは無くなりました。嘘をついても、毛が伸びなくなりました。
沢山のお金を渡しても、どうすれば使い切れるかわからないほどのお金も残っています。これで当分は――人間なら一生を何度も繰り返せるような時間は――悠々自適に、遊んで暮らせるな、と思いつつ、てゐは会社を畳みました。みんなに退職金を渡して、在庫も最後に安売りして、事務所でもあった屋敷はただの家になって、うさぎ牧場や畑は管理が面倒なので手下のうさぎ達にあげて、それでおしまいです。
すっかり気楽になったてゐは、嘘をついたり、本当のことを言ったり、会社を作る前のように暮らしていました。
「随分とすっきりしちゃったわね」
「まあ、持てあますのは確かだけど、何か面白い使い道でも捜してみるさ」
鈴仙とのんびりお話をしたりもしています。
「まずは倉庫を整理しないとねえ。織物にしなかった毛がまだ残ってる。そうだ、鈴仙、よかったら編み物にでもしてみるかい?」
「そういうのは苦手なのよね」
「それがいいんだよ、不器用な女の子が手作りで作る。これはまた違った味わいがある」
「そんなものかしら」
鈴仙を連れて、てゐは倉庫に行きます。「里のなんとかが鈴仙が素敵って言ってたんだけど――」などと、嘘のことや本当の事でからかっています。
「冗談言わないでよ」と鈴仙は恥ずかしそうに嬉しそうにしていました。そうして倉庫に着くと、倉庫は空っぽでした。
「おや」
もうあの病気か罰か何かは治ったはずなのに? 泥棒でも入ったのだろうか? とてゐが思っていると、玄関から大声が聞こえます。
「マフラーがすかすかよ! 不良品じゃない!」
「こっちのカーディガンも穴だらけ!」
てゐが行くと、怒った顔の人が何人もいました。「おかしいな、ちゃんとした職人に作らせて検品もしてるのに」とは思いましたが、怒った人が渡した品は、確かに酷い有様だったので、「すいません。検品が甘かったんですかね……」と言ってはお金を返しました。
検品は完璧だったと思いつつ「検品が甘かった」と言ったとき、カーディガンの穴が大きくなりました。てゐは青ざめました。
「不良品を売るのは駄目よ、詐欺も詐欺。ちゃんとチェックしなきゃ。まあ、もう終わったことだしお金も返したみたいだけれど……」
「…………」
「どうしたの? てゐ? 顔色が悪いわよ? 風邪でも引いた? だったら薬を持ってきてあげるから」
てゐはもう何も言えません。いえ、言うことは出来ます。
「いや、なんでもないよ」
嘘を付くことは出来ます。「どうしよう」と思っているときに「なんでもないよ」と言っても、穴は大きくなりませんでした。
「いけない、買い物に行かないといけなかったんだ」
そう言って、てゐは駆け出し、飛んでいきました。永遠亭を目指して、永琳を目指して。
「黙ってたらわからないわよ」
この嘘つき、全部わかってるくせに、とてゐは思っていますが、口に出したらまた毛が消えてしまうとわかっているので、何も言わないで永琳の前に立ちすくんでいます。迷って、なに、お金はまだまだあるんだと思って、てゐは言いました。
「お師匠様、嘘をついても毛は伸びなくなりました」
「もちろん。私はちゃんと対策してあげたわ」
「でも、本当の事を言うと今でも毛が無くなるんです」
「それは仕方ないわね。私は貴方が毛が伸びないようにしただけだから。それは約束通りだし、嘘ではないわ」
「そんな殺生な。私はそこまで頼んだつもりだったのに」
「言葉は難しいわね」
話しては毛を無くしつつ、永琳の話はずっとそんな調子だったので、
「もういいです。貴方には頼みません」
「そもそも、私の力ではそれは治せないの」
てゐは怒って、妖怪の賢者様の所に行きました。家を探すのは少し手間でしたが、どうにかたどり着きます。
「紫様はいらっしゃいますか?」
「紫様は寝てます」
「起こして下さい」
「冬眠中は何があっても起こすなと言いつけられてますから」
お付きの狐に断われて、機嫌を損ねても良くないと思い、てゐは諦めました。冬が終われば起きるだろうと思いつつ。
だから、春まで待ちました。その間は、嘘ばかりを言っていました。冬の間くらいなら、難しいことではありません。
「いい天気だね」
「どう見ても雨が降りそうな雲じゃない」
鈴仙は何を言っているんだろう、という顔でしたが、もう毛はいらないので難しい嘘を付く必要はありません。
「素晴らしいスクープがあるよ。二円でいい。これがあれば花果子念報は文々。新聞なんて目じゃない新聞になるさ」
「高い……高いけど……本当にそんなに凄いの?」
「もちろん、確かに高いけれど、これは誠意というか、真面目さを見てるんだね。ネタのためにはお金を投げ出す覚悟があるのか」
「ううん……確かに貴方は大金持ちだし、覚悟を試すか」
詐欺で遊ぶことも出来ます。
特に辛いこともなく、春になりました。
「紫様はいらっしゃいますか?」
「はい。ご在宅です」
賢者様も、冬眠から冷めていました。
「こんばんは。紫さん」
朝早くでしたが、もう起きていました。
「おはよう。何の用かしら?」
「貴方のおかげで毛は伸びなくなりましたが、本当のことを言うと毛が消えてしまうんです。どうか治して下さい」
「いいですよ」
こいつは永琳と違って話がわかると感じながら、てゐは「ありがとうございます」と言いました。
「でも、手間もかかるし、報酬は欲しいわね」
「それは勿論」
「じゃあ、貴方の全財産を下さい」
「それは流石に……」
「と言うのは冗談ですわ。そうねえ。うん。決めた。ロンギヌスの槍と、レーヴァテインと、聖杯を下さい」
「なんですかそれは」
「それは自分で捜しなさい。貴方、はたてさんに言ったでしょう? こういうのは覚悟を試すんだって。そういう決意、素敵ですね。ああ、あなたの所の姫様もそんな感じでしたね」
ロンギヌスの槍だのなんだの、なんだそれはと思いつつも、てゐは方々を捜しました。
「レーヴァテインがここにあると聞きました」
フランドールからレーヴァテインを買いました。
「ロンギヌスの槍があると聞きました」
槍は早苗から借りられました。聖杯だけは見つかりません。
「お師匠様、聖杯って知ってますか?」
「ええ。キリスト――神様に纏わる杯ね。有名な物よ」
「どこにあるんでしょう? 知ってますか?」
「ええ。ノバスコシアにあるわ」
「どこですか?」
永琳は本棚から地図帳を取り、場所を示しました。カナダという国の端にあるのですが、てゐは全く知らない場所でした。そもそも、どうやっていくのだろうと思います。
「そんなところ、行けませんよ」
「でも、そこに行かないと無いわ。まあ、私の知っている限りではね。いくつか有るという話も聞いたことはあるけれど、それは物の真偽も含めてはっきりとは知らないわね」
仕方ないので、てゐはまた方々に探しに出かけます。
考えて、てゐは返金する仕事の人を雇うことにしました。捜すとなればどうしても本当の事を言わないと行けないので、自分でやるのは手間でした。
ずっと捜して、見つかりません。二個有るだけでも十分だろうと思うようになりました。誠意は見せられるだろうと思って、賢者様の所に行きます。
「レーヴァテインとグングニルの槍を持ってきました」
「聖杯は?」
「場所はわかってるんですけれど、いかんせん外の世界、貴方様の力がないと」
「とりあえず、見せて下さる?」
てゐは二つの物を渡します。
「偽物じゃない。レーヴァテインは剣じゃなくて杖だし、この槍はプラモの部品……やり直しね。あと、外の世界に連れて行く気はないわ、自分で頑張ってね」
「もう無理です。必死に捜したんですよ」
「捜したらで済むなら、貴方の姫様はどれだけ結婚しないといけなかったのかしら?」
「そもそも、レーヴァテインとかロンギヌスの槍なんて本当にあるんですか?」
「さあ? 無いはずだったあの一枚天井も永遠亭にはあるそうですが――見せれば終わる存在の証明と違って、存在しないことの証明は難しいですからね。捜すのが辛いなら、全財産でもいいですよ。これだけで。まあ、こうなるのもある程度読めてました。ラプラスの魔のような賢い少女がわたくしですもの、貴方が必死に捜したのも知ってますし」
「これでいいですよ」と言いながら、賢者様は、紙に数字を書きました。山ほどのゼロを書きました。てゐの全財産の数字でした。もう疲れた、お金はいいやとも思いつつ、数字で見ると惜しくもなったので、てゐはまた探しに行きました。
でも、見つかりませんでした。見つからないのも疲れるのも、まだいいのですが、問題は返金の山です。会社には勿論経費というものがありますから、全部返金したら赤字どころではありません。山ほどの借金になってしまいます。
このままではいずれ借金生活だ。考えたあげく、てゐは諦めました。あんなもの、最初から存在しないんだと信じました。
「わかりました。お金を払うので治して下さい」
「ええ、でしたらこれだけくださいな」
それは、前に書かれたのと同じ数字でした。あれからも本当のことを言っていたので、そこまでのお金は残っていません。
「もうそんなに残ってません」
「じゃあ稼いで来てください」
しょうがない、詐欺でもしてお金を稼ぐしかない。と思いました。で、何人かの人を騙しました。すると、とても怒った顔で鈴仙がやってきました。
「ひどい。おばあさんからお金をだまし取るなんて、貴方には良心がないの?」
「でも、しょうがな……」
慌てて口を閉じます。本当の事を言うと、また詐欺をする相手が増えてしまいます。
「……私だって詐欺なんてしたくないよ。心が痛む。でもさ」
言い換えて、でも、毛が無くなってしまいました。それは遠くで起きたことなので、てゐにも気がつけませんでしたが。
詐欺をしたくないというのは真実でした。遊びではなくて、必要に迫られれば手間になってしまいます。心は痛まない、てゐは思っています。
ですが、これも自己欺瞞かもしれません。「お金を返せ!」と怒鳴り込まれたときは、てゐも嫌な気分になりました。詐欺をしても、いつかはわかるともてゐは経験で知っています。それでもしてしまうのが妖怪うさぎではありますが……怒った相手を思って、嫌な気分にはなってしまいます。
「そうだよね……話は聞いてる。私に貯金でもあれば貸してあげるけれど、そんなに沢山はないし……でも、詐欺はよくない。私からも師匠に頼んでみるわ。師匠だって、おばあさんが詐欺にあうようなのは嫌だろうし、このままだと、貴方は地獄送りの前に殺されてしまうわ。師匠が本気でやれば、どうにでもなるわよ」
そんなてゐの気持ちはいざ知らず、本当と嘘がないまぜになったてゐの言葉を受けて、鈴仙は永琳の所に行きました。
「師匠、てゐ一人ならまだしも、みんなに迷惑をかけてしまいます。なんとかして治してあげて下さい」
「みんなの迷惑か一人の迷惑かはわからないけれど……でも、辛いでしょうね。わかった。私が紫に口を効いてあげましょう」
永琳が何を言ったのかはさておき、今の全財産で賢者様は全てを治してくれました。使い道は、永琳に任せてくれました。
そのお金は色んな事に使われました。例えば、返金した人には、買い直さずに済むよう新しい毛織物を送りました。詐欺に引っかかった人には、お詫びの品を添えて、お金を返しました。あの屋敷は、病院を兼ねた薬屋になりました。鈴仙が運べないときでも、薬を買うことが出来るようになって、みんな助かりました。
そして、元通りです。
元通りとは違うかもしれません。てゐに騙された人は、みんな幸せになりました。新しい毛織物は素晴らしい品でした、毛が消えるまで、古い物もずっと使えていましたし、痛む前に変えられたのです。
詐欺に遭った人も、回り回って、その人にあった形で、幸せになりました。薬屋が便利なのは、言うまでもありません。
結局の所、てゐは幸せを運ぶうさぎなので、どうやってもみんな幸せになってしまいます。
「治ってよかったわね」
「あれだけ有ったお金も、全部無くなってしまったけれど。儲けたのはくたびれだけだったよ」
「おかげで、こんどこそ真うさぎになれるんじゃない? 嘘をついても結局はこうなるだけよ」
永遠亭に帰ってきたてゐは、鈴仙と話しつつ、もう嘘は当分いいやと思ってます。人に会うのも億劫です。あえば、騙したくなりますし。
今でも、本当に幸運な人は、てゐに会うことが出来るでしょう。多分騙されて、きっと、幸運を手にいれます。元からあまり幸運でない人は、てゐに会うことは難しくなりました。
てゐが嘘を付くために動き回っていたときのようには、幸運がばらまかれることはありません。
だから、みんなの、幻想郷全体の幸運は減りました。でも、てゐは少し幸福になれました。嘘をついて、それに悩まされることは、しばらくないでしょう。そんな不幸はもう無くなりました。
そんな元通りの世界で、ある日になりました。
「嘘も方便ってのはわかってるけれど、どうしても心は痛んでしまうわね」
永琳は呟きます。永琳でも治せないような、治すべきではないような難しい病気の――寿命が近い人に、希望を持たせる話を、つまり嘘を付いたばかりでした。
「でも、師匠はきっと正しいことをしていると思います。最後まで希望をもっていきられるように嘘をつくのは、正しいことだと」
「そういうのを他人が決めるのはおこがましい、それは確かでしょうね」
あの嘘と偽薬と痛み止めとは知らせなかった鎮痛剤のおかげで、余命が三年は延びるだろう。生活の質も上がるだろう。そう推測しながら、永遠に死なない月人は、難しい顔を浮かべています。それは、どれだけ生きても、答えの出ない問題でした。
ただ、これは確かでしょう。嘘を付かれた人は、不幸にも幸せにもなれます。嘘のせいですっきりと生きていける人もいます。それは相手と嘘次第です。でも、嘘をついた人はどうやっても嘘を抱えては、悩まないといけません。嘘がばれるまではいつまでも。それだけは、確かなことです。
ストーリー、キャラクター、文体と寓話的な印象ですが……
その中で鈴仙のまともな感じがさりげなく愛らしかったと思いました。
ファンタジーって感じですね
嘘つきも大変だ
>てゐは考えて、何匹かの妖精を雇いました。妖精は基本的に騙されやすいので、てゐの嘘も信じてくれます。
このシーンが何故かわからないけど好き
えーりんの
>「言葉は難しいわね」
って言うセリフも好き
話中の毛のごとく膨らんだ印象があるので、適当な頃合でカットしてスキッとまとめられていたらより良かったと思いました。
楽をして、たくさんいい思いをした分、たくさんの苦労がてゐに降りかかってきましたね。人間も妖怪も、身の丈をわきまえて、地に足つけて生きていかないとなんだなと思いました。
結局幸せってなんなんでしょうね。
誰も嘘をついていないから、誰も不幸にはなりません。罪の意識など感じることはない、誰もが同じことを言っています。しかも、そうして生まれた巨大な嘘のおかげで、たくさんの貧乏な人が家や車を買えるのです!なんて賢い仕組み!