夜。いつも通り、自分の家に帰った私は、家の前に何かが落ちていることに気が付いた。
「……?」
拾い上げると、どうやらよくある型の手帳のようだ。誰かが落としていったのかな、と疑問に思い、ページをめくると、文面から察するに日記の様なものらしい。多少の好奇心と、自分の新聞に使えそうなネタなら抜き出してしまえばいい、という不純な動機とで、私はその手帳を読んでみることにした。
――――――――――――――――――――――ず
七月〇日
新聞のネタが切れた。最近は異変も起きず、紙面に乗せるほどの事件が起きないことが原因である。
幻想郷をいくら飛び回れども、些細な事件一つない。どうにかならないものだろうか。
七月×日
迷った挙句、人妖に関しての考察をすることにした。面倒臭いが、事件が起きないので仕方がない。
とはいえ、八雲紫や博麗の巫女などの有名な人妖ではありきたりすぎる。
あまり新聞などに載らず、それでいて有名な人妖。中々難しい条件であるが、探してみよう。
七月△日
適役が見つかった。人里での聞き込みをした結果、”宵闇の妖怪”『ルーミア』という妖怪の名がよく聞かれたのだ。
どうやら人里の人間にとっては恐怖の対象らしい。この周辺では有名な人食い妖怪のようだ。
人里向けに発行すれば、それなりの部数を売り上げられるかもしれない。
このメモを書いた天狗は、どうやらルーミアについて調査することにしたらしい。そういえば私もあの妖怪についてはあまり気にしたことが無かった。稗田家が作った幻想郷縁起で流し読みした記憶があるのみである。とすると、天狗向けでは売れないが、人間向けに発行すれば売れるという考えはなかなか理に適っているかもしれない。私は少し感心して、次のページを開いた。
――――――――――――――――――――――ずずっ
七月□日
早速聞き込みを開始したが、あまり有益な情報は得られていない。
先日、人里で遭遇した霧雨魔理沙氏に話を伺うと、『ルーミア? 普段はそーなのかーって言いながら飛び回ってる印象しかないぜ』と言われ、
その時一緒に居た氷精にも一応話を聞くと、『るーみあ?そんなのあたいの敵じゃないわ! あたいったら最強ね!』と、要領を得ない返事が返ってくるだけだった。
いまいちルーミアという妖怪の全貌がつかめてこない。とはいえ、まだ一日目である。焦る時期ではないだろう。
七月☆日
今日は、関係の深い妖怪から話を聞いた。
ミスティア氏は、『ルーミアねぇ。そういえばあの子の住処とかは知らないわ』と。
帯同していたリグル氏からは、『何かを食べているときと、たまに会う時以外に何をしてるのかもわからないね』と。
たまたまその場にいた人里の守護者、上白沢氏からは、『奴には何十年間も悩まされているが、退治しようにも全く消息がつかめんのだ』と。
確かにルーミアについての情報を得ることは出来たが、謎は深まるばかりである。
ルーミアとは、一体どのような妖怪なのだろうか。
確かに、あの妖怪が退治されたと言う噂は聞かない。能力を使えば隠れることくらいは出来そうだが、それにしても何十年も消息がつかめないとは異常である。気配を消すのがよほど上手いのだろうか。読み進めていくうちに、私の頭の中にもルーミアに対する興味が湧いてきた。手帳には付箋がびっしりと貼り付けられており、ルーミアについての調査は終わっているように見える。私は湧き出た興味に動かされるまま、続きに目を通すことにした。
――――――――――――――――――――――ずずずっ
七月◎日
本日もルーミアについて調査をしていたが、おかしなことがあった。
博麗の巫女は取材に非協力的なことで有名である。その事を事前に知っていた私は、菓子折りを持って取材へ向かうことにした。
初めは嫌そうな顔をしていた巫女だが、菓子折りを見せると先程までの素振りが嘘であるかのように快く取材に応じてくれた。
そうして、ルーミアについての話を切り出したのだが、そこで巫女は先程まで浮かべていた感情を消し去り、何処か虚ろな瞳でこちらを見つめてきたのである。
どうしたのですか、と問うと、巫女は『……この世には、知っても良いことと悪いことがあるのよ。あなたが知ろうとしているのは後者』と意味深なことを言った。
納得いかず、何故、と言うと、『悪いことは言わない。あの妖怪について調べるのはやめておきなさい。これは忠告ではなく、警告よ』とだけ言い残して、博麗神社へ引き返してしまった。
いったい何が、巫女をそうまでさせたのだろうか。ルーミアへの興味は増すばかりである。
それにしても最近は、暗くなるのが速い。取材メモの字が少し汚くなってしまっている。後で書き直すことにしよう。
(何度か書き直した跡)
七月▽日
緊急事態。もう少しでルーミアについての調査を取りやめなければならない所だった。
巫女からの警告を気にせず調査を続けていた私だが、人里に居ると突然目の前にスキマが開き、引き摺りこまれた。
隙間妖怪、八雲紫の住処、マヨヒガに連れ込まれたのである。
一体自分が何をしたのか、と疑問に思っていると、八雲紫は、先日の巫女と同じようなことを言い出した。
『これ以上踏み込めば、もう戻れないわよ』『あなたは既に囚われかけている』など、意図が掴めぬ発言をされたので、
私は何と言われようとも調査を止めるつもりはない、と言い返した。記者の意地である。
私の言葉を聞いた八雲紫は、底冷えするほどに冷たい瞳をこちらに向けると、ひとつ、呆れた様な溜息を吐いて、指を鳴らした。
気が付くと、私は元居た場所に戻っていた。どうやら解放された様である。
大妖と守護者からの警告。しかし、記者のプライドにかけて私は立ち止まるわけにはいかない。
早くルーミアについての調査を終わらせ、新聞を作らなくては。
……しかし、まだ六時ごろであるというのに、すでに辺りは暗闇に包まれている。
そろそろ夏至に差し掛かる時期だというのに、異常なまでに早い日の入りだ。これも外界の影響だろうか。
私の家の電灯も少し調子が悪い。あまり明るくならないので、今度河童に見てもらおうと思う。
それにしても酷い字だ。また書き直さなくては。
(再び、何度も書き直した跡)
八雲紫と博麗霊夢が、一介の天狗に忠告。普通ならばありえない出来事である。私はと言えば、なんだかんだで千年近く生きているし、それなりの人脈を持っているとの自負がある。だから、様々な妖怪に取材を行うことが出来るのだ。しかし、この手帳の持ち主は、文を読む限りではそこまで地位が高くない烏天狗のようである。文中には更に、不自然な点がいくらかある。夏至の時期に日の入りが異常に早いこと。これが真実なら、何かしらの異常事態がこの天狗の身に起こっているかもしれない。ルーミアという妖怪には、どんな闇が存在するのか。私は更に激しく湧いてきたルーミアへの興味に突き動かされ、周りを気にしない勢いで続きのページを捲った。――心の奥に芽生えた、漠然とした不安に気が付かないまま。
――――――――――――――――――――――ずずずずっ、ずずっ
七月◇日
さらにおかしなことが起こった。まだ朝だというのに、辺りが日の入りくらいのように薄暗いのである。
目に異常が起こったのだろうか、と思い、月の薬師に診てもらったが、彼女ですら症状の原因がわからず、首を捻っていた。
何が原因なのか、いまいちわからない。呪術か何かの類だろうか。
気休めかもしれないけど、と渡された薬を飲んだが、やはり症状を抑えるとはいかないようだ。
早く新聞を作らなければならないというのに、不運である。
七月α日
最近は、以前よりも症状が酷くなってきた。視界のほとんどを闇が覆い尽くしている。
これではまともな取材もできない。なんとかして直さなければ。
そういえば、ルーミアの住処についての有益な情報を、少女から手に入れることができた。
闇の中に映える金髪に、赤いリボン。とても目につく色だったので、印象に残っている。貴重な情報提供者なので、今度お礼をすることにしよう。
明日は、暫定での住処へ向かうつもりである。ルーミアがそこに居ればよいのだが。
やはり、身体に何かの異変が起こっていたのだ。ルーミアについて調査している天狗にこのような症状が起こっているということは、間違いなくその症状にはルーミアが関係しているのだろう。住処へ向かうということは、これからルーミアの素性の核心へと迫っていくようだ。クライマックスに向かいつつある取材メモは、あと数ページほどを残すのみである。私は、どこか物寂しい気持ちで、次のページを開いた。
――――――――――――――――――――――ずずずずずずずずずずずっ
しちがつ
しってしまった。
しちがつ
くらい。なにもみえない。
しちがつ
ひかりは、ない。
しちがつ
やみ。
「……っ!?」
酷い字だった。まるでミミズが這ったかのような字。読み取れたのは上記の部分で、他にも所々意味が解らない言葉が書かれている。これまで規則正しく書かれていた日時も、ある日を境に書かれていない。そう、その日とは、ルーミアの住処へ向かった日。その日に何があったのか。恐らく、ほぼ光を失いかけていた眼は、完全に失明したのではないか。それならば、この字についても説明がつく。しかし、一体ルーミアの住処において、彼女――あるいは彼の身に、何が起きたのか。
じわり、と嫌な汗が全身から吹き出すのを感じた。馬鹿な。齢千を数える大妖怪が恐怖などと。心中に浮かんできた考えを、かぶりを振って打ち消す。
しかし。
――私はそこで初めて、聞きなれぬ音が、何処かから聞こえることに気が付いた。
――――――――――――――――――――――ずずずずずずずずずずずずずずずずっ ずずずずずずずずずずずずずずずずっ
「ひっ……!」
妖怪の鳴き声か。あるいは蟲が飛ぶ音か。そう思えたら、どれだけ幸せだっただろうか。しかし、私の長い人生経験こそが、前述の可能性を完全に否定していた。何故なら、その耳障りな音は、私が千年を超える年月の中で聞いてきたどの音にも当てはまらない、異質さを持っていたからである。まるで、奈落の窯の底から瘴気が這いだすかのような。まるで、何か得体の知れぬものが、私を向こう側へ引き込もうとしているかのような。
がちがちと、私の歯が音を立てて震える。私の今の顔を鏡で見たら、どのような顔だろうか。きっと、笑ってしまうほど滑稽な顔に違いない。そうだ、笑え。笑え。笑え。……しかし、冷たい現実は、圧倒的な絶望を持って、私に牙を剥いた。
「あ……?ああああ……!」
震える手が、勝手に手帳の次のページを捲ろうとする。もちろん私の意志ではない。まるでこの闇が、私を操っているかの様に。理性を総動員して押し止めようとする。止まらない。止まれ。止まらない。止まらない。止まらない――。
――ついに私の指が、最後のページを開いた。
るー み あ は や み
わ た し の
う し ろ に
「う、あ」
心臓がこれ以上無い程早鐘を打つ。本能と理性が全力で警鐘を鳴らす。決して振り向いてはならない。振り向いては、ならない。しかし、『私』の意志とは裏腹に、『私』は徐々に後ろを向こうとする。瞳を閉じようとしても、閉じることが出来ない。現実から逃げられない。心を覆い尽くす、恐怖。ただひたすらに、逃げたい。逃げたい。逃げたい。逃げたい。――逃げられない。
後ろを、向いた。
そこには。
「うあああああああああああああああああああああああああああああっ」
私を飲み込まんと、大口を開けた闇。そして、
闇の中に映える金髪と、赤いリボン――――。
「……?」
拾い上げると、どうやらよくある型の手帳のようだ。誰かが落としていったのかな、と疑問に思い、ページをめくると、文面から察するに日記の様なものらしい。多少の好奇心と、自分の新聞に使えそうなネタなら抜き出してしまえばいい、という不純な動機とで、私はその手帳を読んでみることにした。
――――――――――――――――――――――ず
七月〇日
新聞のネタが切れた。最近は異変も起きず、紙面に乗せるほどの事件が起きないことが原因である。
幻想郷をいくら飛び回れども、些細な事件一つない。どうにかならないものだろうか。
七月×日
迷った挙句、人妖に関しての考察をすることにした。面倒臭いが、事件が起きないので仕方がない。
とはいえ、八雲紫や博麗の巫女などの有名な人妖ではありきたりすぎる。
あまり新聞などに載らず、それでいて有名な人妖。中々難しい条件であるが、探してみよう。
七月△日
適役が見つかった。人里での聞き込みをした結果、”宵闇の妖怪”『ルーミア』という妖怪の名がよく聞かれたのだ。
どうやら人里の人間にとっては恐怖の対象らしい。この周辺では有名な人食い妖怪のようだ。
人里向けに発行すれば、それなりの部数を売り上げられるかもしれない。
このメモを書いた天狗は、どうやらルーミアについて調査することにしたらしい。そういえば私もあの妖怪についてはあまり気にしたことが無かった。稗田家が作った幻想郷縁起で流し読みした記憶があるのみである。とすると、天狗向けでは売れないが、人間向けに発行すれば売れるという考えはなかなか理に適っているかもしれない。私は少し感心して、次のページを開いた。
――――――――――――――――――――――ずずっ
七月□日
早速聞き込みを開始したが、あまり有益な情報は得られていない。
先日、人里で遭遇した霧雨魔理沙氏に話を伺うと、『ルーミア? 普段はそーなのかーって言いながら飛び回ってる印象しかないぜ』と言われ、
その時一緒に居た氷精にも一応話を聞くと、『るーみあ?そんなのあたいの敵じゃないわ! あたいったら最強ね!』と、要領を得ない返事が返ってくるだけだった。
いまいちルーミアという妖怪の全貌がつかめてこない。とはいえ、まだ一日目である。焦る時期ではないだろう。
七月☆日
今日は、関係の深い妖怪から話を聞いた。
ミスティア氏は、『ルーミアねぇ。そういえばあの子の住処とかは知らないわ』と。
帯同していたリグル氏からは、『何かを食べているときと、たまに会う時以外に何をしてるのかもわからないね』と。
たまたまその場にいた人里の守護者、上白沢氏からは、『奴には何十年間も悩まされているが、退治しようにも全く消息がつかめんのだ』と。
確かにルーミアについての情報を得ることは出来たが、謎は深まるばかりである。
ルーミアとは、一体どのような妖怪なのだろうか。
確かに、あの妖怪が退治されたと言う噂は聞かない。能力を使えば隠れることくらいは出来そうだが、それにしても何十年も消息がつかめないとは異常である。気配を消すのがよほど上手いのだろうか。読み進めていくうちに、私の頭の中にもルーミアに対する興味が湧いてきた。手帳には付箋がびっしりと貼り付けられており、ルーミアについての調査は終わっているように見える。私は湧き出た興味に動かされるまま、続きに目を通すことにした。
――――――――――――――――――――――ずずずっ
七月◎日
本日もルーミアについて調査をしていたが、おかしなことがあった。
博麗の巫女は取材に非協力的なことで有名である。その事を事前に知っていた私は、菓子折りを持って取材へ向かうことにした。
初めは嫌そうな顔をしていた巫女だが、菓子折りを見せると先程までの素振りが嘘であるかのように快く取材に応じてくれた。
そうして、ルーミアについての話を切り出したのだが、そこで巫女は先程まで浮かべていた感情を消し去り、何処か虚ろな瞳でこちらを見つめてきたのである。
どうしたのですか、と問うと、巫女は『……この世には、知っても良いことと悪いことがあるのよ。あなたが知ろうとしているのは後者』と意味深なことを言った。
納得いかず、何故、と言うと、『悪いことは言わない。あの妖怪について調べるのはやめておきなさい。これは忠告ではなく、警告よ』とだけ言い残して、博麗神社へ引き返してしまった。
いったい何が、巫女をそうまでさせたのだろうか。ルーミアへの興味は増すばかりである。
それにしても最近は、暗くなるのが速い。取材メモの字が少し汚くなってしまっている。後で書き直すことにしよう。
(何度か書き直した跡)
七月▽日
緊急事態。もう少しでルーミアについての調査を取りやめなければならない所だった。
巫女からの警告を気にせず調査を続けていた私だが、人里に居ると突然目の前にスキマが開き、引き摺りこまれた。
隙間妖怪、八雲紫の住処、マヨヒガに連れ込まれたのである。
一体自分が何をしたのか、と疑問に思っていると、八雲紫は、先日の巫女と同じようなことを言い出した。
『これ以上踏み込めば、もう戻れないわよ』『あなたは既に囚われかけている』など、意図が掴めぬ発言をされたので、
私は何と言われようとも調査を止めるつもりはない、と言い返した。記者の意地である。
私の言葉を聞いた八雲紫は、底冷えするほどに冷たい瞳をこちらに向けると、ひとつ、呆れた様な溜息を吐いて、指を鳴らした。
気が付くと、私は元居た場所に戻っていた。どうやら解放された様である。
大妖と守護者からの警告。しかし、記者のプライドにかけて私は立ち止まるわけにはいかない。
早くルーミアについての調査を終わらせ、新聞を作らなくては。
……しかし、まだ六時ごろであるというのに、すでに辺りは暗闇に包まれている。
そろそろ夏至に差し掛かる時期だというのに、異常なまでに早い日の入りだ。これも外界の影響だろうか。
私の家の電灯も少し調子が悪い。あまり明るくならないので、今度河童に見てもらおうと思う。
それにしても酷い字だ。また書き直さなくては。
(再び、何度も書き直した跡)
八雲紫と博麗霊夢が、一介の天狗に忠告。普通ならばありえない出来事である。私はと言えば、なんだかんだで千年近く生きているし、それなりの人脈を持っているとの自負がある。だから、様々な妖怪に取材を行うことが出来るのだ。しかし、この手帳の持ち主は、文を読む限りではそこまで地位が高くない烏天狗のようである。文中には更に、不自然な点がいくらかある。夏至の時期に日の入りが異常に早いこと。これが真実なら、何かしらの異常事態がこの天狗の身に起こっているかもしれない。ルーミアという妖怪には、どんな闇が存在するのか。私は更に激しく湧いてきたルーミアへの興味に突き動かされ、周りを気にしない勢いで続きのページを捲った。――心の奥に芽生えた、漠然とした不安に気が付かないまま。
――――――――――――――――――――――ずずずずっ、ずずっ
七月◇日
さらにおかしなことが起こった。まだ朝だというのに、辺りが日の入りくらいのように薄暗いのである。
目に異常が起こったのだろうか、と思い、月の薬師に診てもらったが、彼女ですら症状の原因がわからず、首を捻っていた。
何が原因なのか、いまいちわからない。呪術か何かの類だろうか。
気休めかもしれないけど、と渡された薬を飲んだが、やはり症状を抑えるとはいかないようだ。
早く新聞を作らなければならないというのに、不運である。
七月α日
最近は、以前よりも症状が酷くなってきた。視界のほとんどを闇が覆い尽くしている。
これではまともな取材もできない。なんとかして直さなければ。
そういえば、ルーミアの住処についての有益な情報を、少女から手に入れることができた。
闇の中に映える金髪に、赤いリボン。とても目につく色だったので、印象に残っている。貴重な情報提供者なので、今度お礼をすることにしよう。
明日は、暫定での住処へ向かうつもりである。ルーミアがそこに居ればよいのだが。
やはり、身体に何かの異変が起こっていたのだ。ルーミアについて調査している天狗にこのような症状が起こっているということは、間違いなくその症状にはルーミアが関係しているのだろう。住処へ向かうということは、これからルーミアの素性の核心へと迫っていくようだ。クライマックスに向かいつつある取材メモは、あと数ページほどを残すのみである。私は、どこか物寂しい気持ちで、次のページを開いた。
――――――――――――――――――――――ずずずずずずずずずずずっ
しちがつ
しってしまった。
しちがつ
くらい。なにもみえない。
しちがつ
ひかりは、ない。
しちがつ
やみ。
「……っ!?」
酷い字だった。まるでミミズが這ったかのような字。読み取れたのは上記の部分で、他にも所々意味が解らない言葉が書かれている。これまで規則正しく書かれていた日時も、ある日を境に書かれていない。そう、その日とは、ルーミアの住処へ向かった日。その日に何があったのか。恐らく、ほぼ光を失いかけていた眼は、完全に失明したのではないか。それならば、この字についても説明がつく。しかし、一体ルーミアの住処において、彼女――あるいは彼の身に、何が起きたのか。
じわり、と嫌な汗が全身から吹き出すのを感じた。馬鹿な。齢千を数える大妖怪が恐怖などと。心中に浮かんできた考えを、かぶりを振って打ち消す。
しかし。
――私はそこで初めて、聞きなれぬ音が、何処かから聞こえることに気が付いた。
――――――――――――――――――――――ずずずずずずずずずずずずずずずずっ ずずずずずずずずずずずずずずずずっ
「ひっ……!」
妖怪の鳴き声か。あるいは蟲が飛ぶ音か。そう思えたら、どれだけ幸せだっただろうか。しかし、私の長い人生経験こそが、前述の可能性を完全に否定していた。何故なら、その耳障りな音は、私が千年を超える年月の中で聞いてきたどの音にも当てはまらない、異質さを持っていたからである。まるで、奈落の窯の底から瘴気が這いだすかのような。まるで、何か得体の知れぬものが、私を向こう側へ引き込もうとしているかのような。
がちがちと、私の歯が音を立てて震える。私の今の顔を鏡で見たら、どのような顔だろうか。きっと、笑ってしまうほど滑稽な顔に違いない。そうだ、笑え。笑え。笑え。……しかし、冷たい現実は、圧倒的な絶望を持って、私に牙を剥いた。
「あ……?ああああ……!」
震える手が、勝手に手帳の次のページを捲ろうとする。もちろん私の意志ではない。まるでこの闇が、私を操っているかの様に。理性を総動員して押し止めようとする。止まらない。止まれ。止まらない。止まらない。止まらない――。
――ついに私の指が、最後のページを開いた。
るー み あ は や み
わ た し の
う し ろ に
「う、あ」
心臓がこれ以上無い程早鐘を打つ。本能と理性が全力で警鐘を鳴らす。決して振り向いてはならない。振り向いては、ならない。しかし、『私』の意志とは裏腹に、『私』は徐々に後ろを向こうとする。瞳を閉じようとしても、閉じることが出来ない。現実から逃げられない。心を覆い尽くす、恐怖。ただひたすらに、逃げたい。逃げたい。逃げたい。逃げたい。――逃げられない。
後ろを、向いた。
そこには。
「うあああああああああああああああああああああああああああああっ」
私を飲み込まんと、大口を開けた闇。そして、
闇の中に映える金髪と、赤いリボン――――。
この季節はホラーを読みたくなりますね。
徐々に這い寄ってくる、という感覚と、前日から、『しってしまった』への落差。
ぞくりとさせられました。面白かったです。
ルーミアの素姓の確信へと迫っていくにつれて、手帳の『天狗』の身に異変が起き、それとともにあややの身にもなにかが襲いかかる。
前半と後半の落差がとても怖かったです。
多分、今まで読んだホラーの中でも一番ゾクゾクしました。
「ヒトリシズカ」がこの作品にピッタリだと感じました。歌詞も曲も。
是非、もう一作ホラー作品を出していただけたら嬉しいです。
夏はやっぱりホラー。今年の夏は涼しく過ごせそうです。
では、「ヒトリシズカ」。聴きにいってきます。
文様頑張って戻ってきてー
つか、霊夢も紫も優しいけどそれならなんで危ないか伝えればよかったのに
ルーミアカリスマくてステキ
暗闇は、世界で一番初めに恐れられ、一番初めに克服されたものだと思います
豆
いい感じでホラーでした。ルーミアは色々と考察出来るところがあっていいですよね。
ルーミアについて知ろうと思うとこうなるのか
ふgy